六月十日

 翌日僕はいつもとは違いサボる気はなく、約束を守るため体育館倉庫へ。扉を開ける。


「おはよう」

「ん」


 高橋はまだ本を読んでいて、挨拶もまともに返してくれない。一応短編なので長くても三時間程度あれば読み終わるはずだが。


定位置に座りながら、

「まだ読んでるのか?」


 そう思わず聞いてしまった。どちらかと言えば読んで貰っているのにこんな言い方は申し訳ない。


「悪いな。感想はもう少し待て。」


 謝られてしまった。少々複雑だ。違うな、何だか気持ちが悪い。高橋はいい奴かも知れないと思った事が気持ちが悪い。第一印象が最悪だったから。


「家では読んだりしたか?」


 本を薦めて読ませた後、絶対言わなければいけない台詞だ。僕は今初めて言った。


「いや、家には家のゲームがあるからな。家ではそれをやってた」


 成る程、だから読み終わっていないわけだ。とも思ったが明日までに読んでくるから明日、ここに来いと言っておいてそれでいいのかと疑問に感じた。 

 でもまぁ、今読んでいるだけいいほうなんだろう。知らんが。


「なぁ、面白いか、それ」

「感想は待てって言ったろ」


 少し怒られた。


 僕もここ最近読んでいた文庫本が読み終わりそうだったので高橋が読み終わるのが先か僕が読み終わるのが先か、勝手に競っていた。


 「よし、読み終わった」


 勝手に開催したこの勝負は高橋の勝利でおわった。


「もう少しだったんだけどな」

「なにがだ?」

「いや、こっちの話」

「なんだそれ」

「それより、どうだった?その本は」


 結構ウキウキの僕である。


「んーまぁ面白いんじゃないか?」

「なぜ疑問」

「正直言うとよく分からん」


 出来るだけカジュアルなものを選んだつもりだったが僕の趣味の本と言うことを念頭に置いていなかったことに気づいた。


「そうか...」


 結構がっかりの僕である。主に高橋ではなく自分に。その人に合う本すら選べないとは。


「あ、でもあのシーンは面白かったぞ。主人公がロダンに会いに行く道中のところ」

「そんなもんでいいんだよ。読書は」


 内心ウキウキの僕である。こんなにも自分の趣味が認められるのが嬉しいとは。


「そんなもんか?」

「あぁ、そんなもんだ。あと僕も好きだ、そのシーン」


 叫びたいのを出来るだけクールにして言った。高橋は満更でもない表情だった。勘違いかも知れないが。


「それにしても嬉しそうだな、ニヤニヤして。気持ち悪いぞ。」


 高橋に言われなければ僕は顔がふやけているのに気づかなかっただろう。


「うるさいな」


 恥ずかしかったので僕がやっても可愛くない照れ隠しをしておいた。


 そういえば、高橋もニヤニヤしながらゲームについて講釈してくれていたことを思い出した。今の僕の気持ちと同じような気持ちだったのだろうか。だから本を全部読んでくれたのか。だとしたら高橋は相当いい奴だ。


「いい奴だな、高橋は」

「何言ってんだ?相当気持ち悪いぞ」


 感想の言い合いがひとしきり終わって、高橋から教えて貰ったゲームが詰まっているのを思い出した。


「なぁ高橋。ゲーム、進めなくなったんだが。教えてくれないか?」

「いいけど、まさか面白かったのか?」


 自分が面白くないゲームを薦めたように言う。


「いや、そう言うわけじゃないが途中で止めるのもアレだしと思っただけだ。」


 高橋はふーん。と言ってどこ?と聞いてきた。


 恩は恩で返すべきだとは思っているが、だとしてもこれは我ながらなかなかキザな、気持ち悪い、らしくないことをしているなと思った。

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