第二章 竜血の乙女、暴君を穿つのこと3
最初に異変に気付いたのは、隣接する中杉製作所の工場に詰める警備員だった。
いつも通りに工場内を巡回している途中で爆発音にすくみ、その直後の咆哮で腰を抜かした。
「なっ……なんだぁっ……」
ビリビリと窓ガラスが震える。
恐々と外を覗くと、すぐ近くの道路上で火の手が上がっていた。
二台の大型トレーラーがコンテナをぶち抜かれて焼け焦げている。得体の知れない残骸が炎上して夜が朱色に染まっている。
燃える世界の中で、恐竜が吼えている。
警備員は無線機に手を伸ばし
「こちら巡回の山田……ああ、これって……消防、警察……どこに連絡……」
思考を喪失して呆然と呟いた。
隣接する重要港湾の従業員も、陸の火災に気づいて作業の手を止めていた。
大型のクレーンを備えたコンテナターミナルにて、従業員たちは目を細めて、あるいはスマホの望遠カメラで現場を見上げた。
「工場で火事かぁ?」
「これやばくないっスか?」
「あれ……ちょっと待てよ。なんかこっちに飛んで――」
望遠カメラを覗いていた従業員は、黒い物体が弾き飛ばされるのを目で追った。
その物体は放物線を描いて400メートルの距離を飛び、コンテナの上に降り注いだ。
「うあああああああああ!」
従業員たちは、とっさにヘルメットを被った頭を保護して伏せた。
5トンを超える質量が落下して、鉄製のドライコンテナは火花と轟音を上げて潰れた。落下物は三重に積まれた空のコンテナの二層部分までめり込み、ひしゃげ、衝突時の熱でぶすぶすと黒煙を上げている。
落下した物体は、胴体の潰れた〈ウェンディゴ〉の残骸だった。
胸部から上の正面部分には、巨大な足跡が刻まれている。
この残骸は、真正面から蹴り出されたのだ。
より大きな質量と運動エネルギーの集約された蹴りで踏みつけられて、下半身から離断して、ここまで飛ばされてきたのだ。
〈ジゾライド〉と〈ウェンディゴ〉部隊との接触は、戦闘ではなかった。
一方的な虐殺であった。
かたや、恐竜の闘争本能と戦闘経験を内包し、6600万年分の怒りと憎しみを原動力とし、それを人類の英知と理性で駆動させる完璧な戦闘機械傀儡。
かたや、練度の低い素人の動かす低精度のミサイルキャリアー。テクノ・ゴーレムという名称が立派な形だけの粗悪なコピー品。
勝負にならなかった。
〈ジゾライド〉は格闘戦だけを仕掛ける。火器は使用しない。
総重量50トンを超える〈ジゾライド〉に対して、〈ウェンディゴ〉は10トン少々に過ぎない。エンジン出力、駆動系のパワーも全て〈ジゾライド〉が数段上だ。
正しく鎧袖一触。体当たりに接触するだけで、〈ウェンディゴ〉は紙細工のように弾け飛んだ。
それでも〈ジゾライド〉は正面から突っ込んでくるのだから、マニュアル照準でも対戦車ミサイルを当てるのはさして難しくはない。
実際、何発ものミサイルが発射された。〈ウェンディゴ〉一体につき一発しか撃てないが、それを数でカバーできる。目視不能な速度で飛来するミサイルの回避など出来るわけがない。ミサイルを防御するアクティブ装甲すらない鉄の塊など一瞬で破壊できる。HEAT弾頭は容易に鋼鉄の装甲をメタルジェットを発生させて撃ち抜き、〈ジゾライド〉の内部構造を破壊して擱座――
できなかった。
ロケットのブラストが夜闇に幾重にも走り、HUDに投映される真正面の〈ジゾライド〉に当たった。
当たっている。直撃している。そのはずなのに、あの恐竜のバケモノは平然と突っ込んでくるのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ! 当たってる! 当たってるはずだ! なんで動ける! どうなってぇ――」
〈ウェンディゴ〉のオペレーターの悲鳴が途切れ、HUD内の映像は〈ジゾライド〉の足の裏を捉えたのを最後にブロックノイズに塗れて消えた。
一気に20メートルの距離を跳躍する〈ジゾライド〉の飛び蹴りで〈ウェンディゴ〉の上半身が喪失。その感覚を共有していたオペレーターは目と鼻から体液を垂れ流して気絶した。
対戦車ミサイルは確かに(ジゾライド)に当たっている。
正確には、触れただけだ。
直撃の寸前に爪の一振りで叩き落とされ、ロケットのブラスト光が奇妙な楕円を描いてあらぬ方向に逸れるか、弾頭が地面に触れて信管誤作動により爆発。背後から発射されたミサイルも、同様に尾で薙ぎ払われた。
人間を超えた恐竜の反応速度で行使される攻撃的防御は、人間の目で見れば当たっているのに効いていない、という不条理にしか映らなかった。
前線から200メートル離れた防風林に身を潜める一体の〈ウェンディゴ〉がいた。
赤いカラーリングの試作2号機。局地戦限定仕様の通称〈Mk.2〉と呼ばれる機体だった。
駆動系には人工筋肉を採用し、主機は中東で鹵獲されたアメリカ軍の主力戦車から流用されたガスタービンエンジンを積み、パワーも反応速度も量産型とは次元が違う。
更に、背中には跳躍力強化のパワーエクステンダーとレーダーシステム、左肩には赤外線センサーユニット、左腕には40mmグレネードランチャーと同軸機関銃、そして右肩には主砲たるTOWミサイルランチャーとヘルファイヤ四発を装備している。
これはデイビス達にテクノ・ゴーレムを売りつけたブローカーが最初に用意した、採算度外視の試供品であった。
操縦するオベレーターもブローカーから派遣された軍事顧問であり、練度も相応に高い人物だった。
軍事顧問の男は、〈Mk.2〉から更に離れたワゴン車に乗っていた。後部座席を外してオペレーション用に改造し、他の〈ウェンディゴ〉同様にジョイスティックと石英で遠隔操作する。
「くそ……なんだこれは……」
軍事顧問の男の額に汗が浮かぶ。
本来ならアウトレンジからのヘルファイヤで簡単に勝負がつくはずだが、レーダーが不調でロックオンが出来ない。
「レギュラスのゴーストジャミング……ここまで強力だとは聞いていないぞ……」
別の照準システムを使用するTOWも強制的にマニュアル照準に変更され、戦闘機動中の〈ジゾライド〉を補足できなかった。
「こちらMk.2。指揮車、聞こえているか。索敵を熱探知に切り替え。こちらとデータリンク――」
指揮車両に通信で呼びかけたが、ノイズだらけで返答は無かった。
ゴーストジャミング。電磁波の集合体である霊体による電波干渉の一つだ。要は幽霊を映すと映像機器に障害が起こる心霊現象である。
霊体が強力であればそれに比例して障害も大きくなる。
とはいえ、量産型の〈ウェンディゴ〉はともかく、霊的電子防御も施された〈Mk.2〉にまで影響が及ぶのは想定外だった。それほどまでに、あの〈ジゾライド〉は強力ということなのか。
機体パフォーマンスのモニタ上では、〈Mk.2〉の駆動系のレスポンス低下が表示されている。正常値ならば緑色のグラフが、今は黄色に変色していた。
「アーキテクチャに封入された悪霊が怯えている……? わけの分からないことばかり起きる。くそ……」
テクノ・ゴーレムは電子的に魔獣の霊魂や悪霊を封印して、その凶暴性を利用するマシンだ。生者を脅かす概念が逆に脅かされる事態など想定外だった。
〈ウェンディゴ〉の悪霊にとって、自らが発生する遥か以前に存在していた恐竜とは未知の恐怖に他ならない、ということか。
「チェック。メンテナンスモード。アーキテクチャからのフィードバックをカット。チェック。アプリケーション、パターンB」
ボイスコマンドで悪霊をプリセットされた思考パターンの統制下に置いて沈静化させる。運動能力は低下するが、単なるミサイルキャリアーとして運用するなら問題ない。
遠巻きに〈ジゾライド〉の戦闘を観察する軍事顧問は、奇妙なことに気付いた。
「奴め……どうして火器を使わん」
全身に重火器を装備していながら、〈ジゾライド〉は尽く格闘戦のみで〈ウェンディゴ〉を屠っている。
「弾が装填されていない。それとも火器管制に不備があるのか。いずれにせよ使えないのなら……」
動きを一瞬でも止めるチャンスがあれば、確実にTOWを撃ち込める。
勝機あり、と思った瞬間、熱探知センサーの画像内で〈ジゾライド〉の動きが止まった。
そして、ビンッッという空裂音と共に防風林の一部が弾け飛んだ。
「なにっ!」
軍事顧問がびくりと反応し、運転席に叫んだ。
「何が飛んできた!」
運転手が窓を開き、ライトで防風林を照らして確認。
「何も見えん……。だが銃撃のように聞こえた……」
報告を聞いて、軍事顧問は息を飲んだ。何が起きたのかを理解した。
「奴め……。俺に気付いている……。撃てないんじゃない……撃たないだけか……」
〈ジゾライド〉は自分に向けられる敵意と侮りを感じて、威嚇と示威として一発だけ機関銃を撃った。
俺を嘗めるな。その気ならいつでもお前にブチ込んでやる――という明確な意思の一発。
軍事顧問の息が切れる。
「はぁ……はぁ……はぅ……どうするかな」
「この辺にしておくか?」
運転手が冷たく言った。この男もまた単なる雇われの身だ。デイビスたち一族には何の義理もない。危ない橋にはとっとと見切りをつけるのが賢い選択だ。
「いや。料金分だけは働く。Mk.2のアフターサービスだ」
それは軍事顧問として雇われたプロとしての矜持であり、信用を守るための選択だった。今後もこの仕事で食っていく、そのためのドライな決断でもある。
「アレに勝てるのか?」
運転手が問う。
「そういう問題じゃない」
軍事顧問は分かり切った答は言わない。
「分かった。終わったら車を出す」
全てを察して、運転手はハンドルに向き直った。
一台の大型トレーラーのコンテナ内には、巨大なテクノ・ゴーレムが鎮座していた。
〈ウェンディゴ〉とは根本から設計思想の異なる、黒龍を模した機体だった。
その胸に埋め込まれた紫色の石英にはコネクタを介して何本ものコードやハーネスが接続されている。
血管のように伸びるコードの先には、椅子に固定されたカチナがいた。
カチナは電気椅子めいた意匠のそれに拘束され、目隠しとヘッドギアを装着されている。両腕には何かの黒い液体が点滴で注入され、石英の明滅に合わせて体を痙攣させていた。
板一枚隔てた向こうは破壊の地獄。
絶え間ない爆発音と破砕音の中、黒フードの男たちは不安げに作業を眺めていた。
「あの……本当にこれでズライグは器に……定着するのですか?」
一人、ノートパソコンに向かってマウスを連打する男が一人。
黒フードたちの中にあって更に異様な風体の男だった。
時代がかったローブをまとった、無貌の仮面の男。
『だぁぁぁぃじょぶジョブジョブ。ワタシ、ナイスジョブヨォォォォォ? 霊体憑依に人体調整お手の物ォォォォ。憑かせ屋業界ナァンバァワンの、このエデン・ザ・ファー・イーストに任せてくださぁぁぁぁぁい♪』
外の騒音に負けじと大声を張り上げた。
裾を捲りあげてキーボードをタン、タンと軽快に叩くエデン・ザ・ファー・イースト。作業し難いなら何故にローブなぞ着ているのか。
そもそも、この男が持ち込んだのは怪しげな調整用のヘッドギアと、ノートパソコン一台のみ。
こんなお手軽な機材で黒龍ズライグの魂を巫女であるカチナに定着させると言うのだから、黒フードたちは未だに信じられなかった。
『ンフーフフフフ~~♪ 疑ってる? 疑ってるねェーエキミたちぃぃぃぃぃぃ? これだから田舎者は困る! 大体! ズライグの魂をサルベージしたのもワタシの同業者でしょォ? 今の技術なら出来るの! 確かな経験と実績があるからノーパソ一台でパパッとやって、ドーーーンと憑依させられんの! あの女の子に!』
技術と知識を矜持とするエデン・ザ・ファー・イーストは疑いに反論するように、むしろ自分を誇って酔い痴れるように、甲高い声で謳いはじめた。
『世の中にはネーー! 色んな趣味の人がいるのよォーーーーッ! お金持ちさんとかマフィアのボスさんがェ! 自分を殺しにきた暗殺者とか! 商売敵の家の娘さんとか! そういう反抗的な女の子をねェ! アンナ方法コンナ方法で堕として漬けて沈めてぶっ壊して、使い物にならなくなったら再利用するの! 悪霊怨霊生霊とかを心の壊れた女の子に入れて、新しい人格を与えて生まれ変わらせるゥ! ゾクゾクしますねェ! 良い趣味ですねェ! でも考えようによっては人助けですよコレ! 捨てる神あれば拾う神ありのリサイクルですよ! だからワタシは一種のリサイクル業者なんですねぇぇぇぇぇぇ!』
何かのスイッチが入ってしまったエデン・ザ・ファー・イーストを誰も制止できない。
ピアノを弾くように、キーボードを打ちながら、仮面の異常者が早口で歌い続ける。
『でもねぇーーーっ、やっぱり中々定着しないんだよね! 心がブッ壊れても脳ミソの奥には記憶が残っていて、コレが邪魔して拒絶反応。人格再形成の成功率はいいとこ10%。あとは三年以内に発狂するネー! でーもでもでも安心して! このカチナちゃんは記憶も真っ新だから100%成功するヨォォォォォ! 大体、ドラゴンてなに? 羽が生えて口から火を吐く? そんな生物いるワケないよね? ドラゴンっていうのは、元を辿れば精神寄生体が大昔の大型爬虫類に憑依して変化したのが起源という説がある! だから! それと同じことを人間でやるってぇだけッッッ!』
バシッとエンターキーを指先で叩き。エデン・ザ・ファー・イーストはマウスをダブルクリック。
『はーーーい! これでコンプリィ―――と! 竜血♪ 注入ゥゥゥ~~~~ッッッッ♪』
カチナの首筋に、拘束椅子から黒い液体が注射された。
カチナの体が海老反りに跳ね上がり、口をぱくぱくと開けてか細く喘ぐ。
「か……は……あ……あ……ぁーーー……」
自らの存在が消える、死への恐怖。
何の知識も記憶もない空っぽの少女が、人生の最後に本能で死に抗ってみせたかのような動きだった。
カチナ・ホワイトという虚ろな人間はここで終わった。
代わりに、人外の黒い意思が満ち溢れる。
「ふ……ははっ」
目隠しの奥で、生まれ変わった少女が歓喜に沸いた。
激怒混沌、爆破騒音の火中。
竜が猿を蹴散らす絵図を背に、デイビス・ブラックは吼える。
「ドゲザしろっ! 頭を下げろっ! 死んでドタマを地べたに擦りつけてぇっ、俺と父祖と同胞に詫びを入れろォォッッッ!」
左大に殴りかかる、突風の鉄拳。疾く、そして重い一撃一撃。
腕で打撃を防御する左大。みしり、と肉と骨が軋む。捌けない。左大の筋力と恐竜酔拳を持ってしても。
「いぃい打撃だァ……! 覚悟と激情と憎しみが人を強くする! 俺はこの時を待っていたァ!」
左大の爪がデイビスの顔面を狙う。皮と肉を食い千切り、握り潰そうとする高速の掌撃。
デイビスはその掌撃に拳骨を叩き込んだ。
高速で衝突した拳と掌では、強度に勝る前者が有利。
左大は踏みとどまれず、初めて後に弾き飛ばされた。
「いい感じだァぁ……。とぉーたるウォー……! 財産も命も人生も全てを投げ捨てて戦う。その極限の土壇場でこそ、人間は限界を超えて輝けるゥ……、とぉーーたるウォー―――!」
左大は今、アルコールで得られる以上の酩酊至極に達していた。
ずっと待ち焦がれていた生き場所と死に場所を得られた。これ以上の喜びがどこにあるというのか。
興奮に息を荒げて獣のように唸り声を上げるデイビスに、笑いかける。凶暴に。
「気づいてるかデェェェイビスゥゥゥゥ……。お前は俺そのものだ」
「たァわけたことを~~~ッッ!」
「自覚しろよ? 俺一人ブッ殺すためだけによ? 体鍛えて変な拳法を編み出す。大金はたいてゴリラメカ軍団揃え。で、わざわざ日本くんだりまで攻め込んできたんだぜ? 冷静に考えて頭おかしいだろ? ここまで極めたバカは古今東西……俺とお前しかぁいないぜっ!」
憎い仇と同類だと言われて素直に納得できるわけがない。ああそうだろう。そうだろうとも。
左大は安直なシンパシーなど求めていない。煽って煽って煽り立てて、限界以上にデイビスの力を引き出してやるだけだ。
案の定、デイビスは白目を剥いて額に血管を浮かべた。
「拳銃の一丁でも持ってくるべきだった……! もはや貴様を殺すのに何の躊躇もないわ~~ッ!」
デイビスが地を蹴った。猛烈な突撃。繰り出される音速の手刀。
それを左大は恐竜酔拳ピンポイント・アンキロアーマーにて強化した素手で無刀取り。受け止め、力比べの様相に持ち込む。
二人の背後では、また〈ウェンディゴ〉が〈ジゾライド〉に倒され、粉塵を上げて地に沈んだ。
デイビスと至近距離で掴み合っている左大が〈ジゾライド〉を操作している気配はない。
「サダイィィ~~ッ! きっさま~~っ! 俺と戦いながら、どうやってレギュラスを動かしているゥ!」
「クククク……テメーらとは違うんだよ本物はよォ!」
左大はぐっと力を込めて、デイビスの腕を押し返した。
「恐竜との完全同調! いちいち考える必要なんざねえ! 俺の脳ミソの奥の原始の本能がジゾライドを動かしてんのさ!」
恐竜に近しい思考の人間が精神を同調させることで、無意識に戦闘機械傀儡を制御する。それは兵器の操縦というより、訓練された馬や犬との関係に近い。左大は〈ジゾライド〉の激流のような闘争本能の向かう先を誘導して、適度に暴れさせてやっている。
火器を使う必要もない。その程度の敵は、寝起きの準備運動代わりに踏み潰してやれ、と肩を叩いてやっているだけだ。
知識と実践の両者において戦闘機械傀儡のすべてを知り尽くした左大だからこそ出来る芸当。そして、それを可能とするハードウェアとソフトウェアの完成度。テクノ・ゴーレムなぞ足元にも及ばない。
「でぇぇぇぃビスよぉぉぉぉぉ? 本家のウチがちっとばっかし休業中なのを狙ってよぉーーっ、あんな出来損ないのゴリラメカで天下取れるとか思ってた? あ? あんなパチモンでっ、よぉーーーーっ?」
「ぬぅぐぉぉぉぉぉぉぉっ!」
肉体攻撃と精神攻撃の両方でデイビスが圧迫される。
背後では左大の言葉が現実となり、〈ジゾライド〉の尻尾に〈ウェンディゴ〉が貫かれ、対戦車ミサイルの盾にされて、赤イ火花を散らして弾け飛んでいた。
「はっはーーっ! 見た目だけ真似た偽物の分際でぇ、本物に勝てるわきゃぁねぇぇぇぇだろォ~~~~が~~~ぁっ!!」
「おっおっぉーーー……っっ!」
怒りと屈辱に顔を真っ赤に燃え上がらせて、デイビスは渾身の力で左大を押し返した。
「俺はぁーーーっ。勝つ! 勝つためにここまで来た! 血反吐を吐いてきたぁ! 貴様なぞ想像もできんほどの惨めな暮らしにも耐えてきたァ! 敗北に土を甞めた! 生きるためにゴミすらも漁った!」
「その努力と苦労を一瞬で踏み潰す! 積み重ねた歴史も段取りも何もかもブッ壊す! こんな快感が他にあるかん! 破壊ィ! 破壊破壊破壊破壊だァーーーーーっ!」
今や左大は〈ジゾライド〉そのもの。破壊と殺戮の喜悦に吼える。
怨み積もった左大の家を潰すために来たデイビスたちは、今や逆に自分達の一族諸共一切合体が破壊されようとしていた。
土壇場に立たされたデイビスは恐怖を払うように己を奮い立たせる。
「俺は勝つ! 俺は強いっ! 強い強い強いっっ! 我が飛竜の拳は無敵なりぃ~~~っっっっ!」
デイビス、左大との力比べから脱して、高速の拳で切り返す。
空裂音と共に左大の顔面にクリーンヒット。吹き出る鼻血。
その痛みすら心地良しと、左大が嗤う。
「ばぁーーーーっ! しゃあっ!」
下方向からすくい上げる反撃の恐竜拳打。
ボッ、パンッと肉の弾ける音が鳴り、デイヒスの腹を拳が掠める。
至近距離の応酬。互いに鎬を削る音が鳴り続けた。
ゴースト・ジャミングで指揮系統を分断された〈ウェンディゴ〉部隊は混乱の極みにあった。
「ミサイルの再装填を早くしろぉ! 奴がそこまで来てる!」
「これでも急いでる! 半分死んで人手がないんだよ!」
「えーっ? なんだってーー? 聞こえな――」
〈ウェンディゴ〉を駐機して対戦車ミサイルの再装填作業を行っていた黒フードたちは、一瞬で残骸の下敷きになり、あるいは衝撃で数十メートルも吹き飛んでいった。
〈ジゾライド〉が尻尾で貫いて盾にした〈ウェンディゴ〉を用済みとして投棄し、それが運悪く直撃したのだった。
やや遠巻きに破壊と殺戮のカオスを眺めて、東瀬織が笑う。
「ほほほ……良い感じに混沌としておりますねぇ。それでは、もぉーーーっとグチャグチャにしてさしあげましょうか~?」
横目で後の闇を見やると、静かに土が盛り上がった。
音もなく、うやうやしく、主の下に闇色のサソリ型戦闘機械傀儡が土中より馳せ参じた。
改装を完了した〈マガツチ改〉であった。
装甲は一新され、新造された尾の側面には左右合わせて八つの勾玉がはめ込まれている。
『我 直参 拝謁 イタシ 候』
〈マガツチ改〉が新設されたスピーカーから音声を発した。強引に空洞を震動させていた以前より聞き取り易い電子音だった。
そのスピーカーから、続いて人間の声がした。
『聞こえてますか、お嬢様ぁ? ジゾライドのジャミング受けない周波数帯なんですけどぉ……』
西本庄篝からの通信だった。ノイズもなく良く通じる。
「ええ、大丈夫ですわ。ご苦労様でした西本庄さん」
瀬織が返すと、篝は歓喜で気持ちの悪い笑いを零した。
『うひっ、うひひひひ……。ありがたき幸せぇ! っと、それはそうとして、電子戦のイロハは一応マニュアルに――』
「不要でございます」
『ほぇ?』
篝の素っ頓狂な声を背に、瀬織はとん、とんと爪先で地を叩いた。靴を直すように、戦場のリズムを自分に合わせるように。
「傀儡使いの意識の流れは糸と同じ。その糸を手繰るも千切るも自由自在。わたくしには容易きこと」
戦火に照らされる闇の中で、人外の少女は冷たく微笑んだ。
手をかざす。舞の仕手のごとく。
「いざ、祇園の神楽。戦舞台の傀儡舞をば」
『上意 拝命』
主上の意を受け、〈マガツチ改〉がその身を開いた。
対妖魔電子戦用戦闘機械傀儡として再調整された機体が、荒神の機能拡張装置として瀬織に重なり、連なり、合一する。
瘴気に塗れた人工筋肉が瀬織の体にまとわりつき、古式ゆかしき空繰の神経伝達に現代の光ファイバーが食いこむ。
瞬く間に装甲がロックされ、瀬織は〈マガツチ改〉の洗練された戦装束をまとった。
「ん~~……。さて?」
さっそく、瀬織は右目を凝らして戦場を見た。
〈マガツチ改〉の複合センサーが視覚と連動し、光学映像だけでなく赤外線や磁気反応のデータを瀬織の頭脳に送る。つらつらと並ぶ横文字の電子データは知識としては良く分からないが、感覚としては理解できた。
「おやおや、繰り手を無くした傀儡がいますわねぇ。四体……ですか」
人間と意識的に接続されていない〈ウェンディゴ〉が四体いた。
〈ジゾライド〉起動時の稲妻にトレーラーを撃ち抜かれて、オペレーターが死亡して放置されている機体だった。
「傀儡に糸を通すのは容易きこと」
瀬織が腕を組むと、背中の〈天鬼輪〉がガシャリと音を立てて左右に展開した。内蔵されていた合計八本の突起が剥き出し、その根元の勾玉の中身が液体のように蠢き、淀んだ。
「さあ、踊りなさい。哀れで惨めな傀儡舞を……!」
瀬織が酷薄に嗤った。
八個の勾玉が紫色にどろりと蠢くと、〈天鬼輪〉の突起から音もなく何かが放射された。
〈マガツチ改〉のラジエターが俄かに熱を持ち始める。
撃ち放たれたのは、人には見えない意識の糸であった。
〈ジゾライド〉にただ蹂躙されていく〈ウェンディゴ〉部隊が後ずさる。
ミサイルは当たらない。再装填する暇もない。果敢にも格闘戦を挑んだ機体もいたが、無謀な挑戦だった。
油圧駆動の〈ウェンディゴ〉の動きはあまりにも緩慢。こちらが腕を振り上げようとした間に、〈ジゾライド〉は間合いに飛び込んで一撃で頭部を噛み砕いていた。モーションの速度には十倍以上もの差がある。
『どうすれば良い! 指示をくれ指示を!』
『離脱して良いのか? 援軍はいないのか!』
指揮車との連絡はとうに途絶し、オペレーターが機体を捨てて戦闘を放棄しようかと考え始めた矢先、後方から味方の信号が近づいてきた。
『味方機! 電波状態が回復したのか!』
HUD上のブロックノイズはさっきまでが嘘のようにクリアに晴れていた。
山の天気でもあるまいし、ゴースト・ジャミングが急に払拭されるわけがない。素人オペレーターの判断は至らず、希望を持って振り返った視界に飛び込んできたのは、対戦車ミサイルの弾頭だった。
友軍のはずの機体の対戦車ミサイルに頭部を撃ち抜かれ、〈ウェンディゴ〉は後頭部から熱い粉塵を吹いて倒れた。
『なにっ!』
もう一機の〈ウェンディゴ〉も瞬く間にミサイルに胴体を撃ち抜かれ、横合いに倒れて機能を停止した。
もはや役に立たない指揮車両のトレーラーも、味方からの攻撃を受けていた。
〈ウェンディゴ〉がゆったりとした動きで腕を振り上げ、トレーラーの運転席を潰した。間一髪で逃げ出す運転手。
別の〈ウェンディゴ〉は荷台の扉を破壊し、内部の指揮所に上体を突っ込んだ。
「だっ、誰が動かしている! ここはーーーっ!」
響き渡る指揮官の悲鳴。
〈ウェンディゴ〉の目が無言で赤く輝き、指揮所に対戦車ミサイルが放たれた。
爆風が荷台を膨脹させ、貫通したメタルジェットがトレーラーの燃料タンクに達して、〈ウェンディゴ〉諸共に全てが炎に飲み込まれた。
異常はそれだけに留まらず、別のトレーラーで操縦しているオベレーター達にも発生した。
何の前触れもなく、一人のオペレーターがHUDを外した。操縦用のジョイスティックと石英も手放して、シートからゆらりと立ち上がり、他のオベレーターの襟元に掴みかかった。
「なにっ! なにをするお前――――っ!」
揉み合う二人のオベレーター。
仲間に襲いかかったオペレーターは虚ろな目で、歓喜の笑みを浮かべていた。
「こんなことはもう止めましょう。くだらないことです。ズライグなんてどうでもいい。我々はもっと素晴らしい存在のために命を捧げて、心を捧げて、幸福幸福真の幸福」
見えない糸を通して精神を汚染されたオペレーターは、仲間の首に全体重をかけて圧し掛かった。
無惨なる同士討ちの糸を引く。
これは〈マガツチ改〉の対妖魔電子戦能力の応用だった。
まず、敵の脆弱な管制機能を乗っ取って欺瞞情報を流した。更に瀬織の人格をコピーした勾玉を媒体にハッキングをかけ、無人の〈ウェンディゴ〉の制御を奪い、またオペレーターの精神を汚染して発狂させた。
本来なら複数の大型統制システムや電子戦システムの機材が必要な電子戦も、瀬織にとっては絡まった糸を解き、切断し、繋ぎ合わせるのと同じだった。
感じ取る世界が違う人間以上の存在に道具を与えた結果である。
欠点といえば〈マガツチ改〉の発熱が大きく、長時間の連続使用は難がある、ということか。電子戦システムに発熱は付き物であり、それをここまで小型化しているのだから、機械的には相当な無理をしている。冷却が追いつかないのは当然だった。
「あっついですわね……。ま、こんなもんでしょう」
瀬織は〈天鬼輪〉を収納して「ふう」と息を吐いて、手で首元を扇いだ。
景に頼まれた助太刀もこの程度で良かろう。〈ジゾライド〉は放っておいてもデイビス達の傀儡モドキを全滅させてくれる……と思いきや、側頭部にピクリと痺れを感じた。
「ン……これはぁ……」
再び目を凝らす。
人間の強い意思の反応がある。一際大きな熱源と音源が戦場に近づいてくる。
エンジン音の異なる赤い〈ウェンディゴ〉が、〈Mk.2〉が高い走行能力で前線に合流しようとしている。
「中々どうして……。手練れもいるようですね。では、お手並み拝見」
瀬織は余裕の笑みで、破壊に抗う人間の足掻きを眺めることにした。
赤い〈MK.2〉が跳ぶように走る。
ゴリラのように両拳を地につけ、後ろ足で瓦礫を蹴って戦場を疾走する。
ガスタービンエンジン特有の大きな駆動音に掻き消されぬように、機体の外部スピーカーから軍事顧問が大声で叫ぶ。
『動ける機体は俺に続け! 逃げたい奴はとっとと失せろ! やる気のある奴だけついてこい!』
通信が潰された状態では、大声という原始的な方法が唯一有効な手段だった。
のろのろとした動きで稼働状態にある〈ウェンディゴ〉が集まってきた。
総勢は……七体。
『たった……これだけか』
叱責するでもなく、諦めるでもなく、可能なだけ感情を殺して言った。
集まった〈ウェンディゴ〉の一体のスピーカーからは、震える声。
『全機……ミサイルの残弾……ありません』
残存した機体は後方から射撃を行ったから、今まで生き残れた。接近された機体が一秒と経たずにどういう結末を迎えるかは、周囲の死屍累々を見れば明白。
『了解した。作戦を伝える』
軍事顧問の声に動揺はない。元より射撃制度がゼロに等しき素人のミサイル攻撃なぞアテにしていない。
『お前たちは全機で一斉にレギュラスに飛びかかれ。掴みかかって一瞬でも良いから動きを止めろ。そこを俺が仕留める』
遠隔操作とはいえ、特攻当然の作戦に一同は唾を飲んだ。
テクノ・ゴーレムの操縦は痛覚を機体と共有する。死の痛みを味わう恐怖に逡巡する。
『本当に死ぬよりはマシと思えば、出来ないことはない。覚悟を決めろ』
軍事顧問の言葉に、〈ウェンディゴ〉達はぞろぞろと背を向けて動き出した。
向かう先は、〈ジゾライド〉の暴風吹き荒れる前線だった。
ここに至るまで〈ジゾライド〉は一度も火器を攻撃に使っていない。慢心なのか、戦いを楽しむためなのか、いずれにせよ、そこが付け入る唯一の隙だと軍事顧問は判断した。
テクノ・ゴーレムの最大の強みは遠隔操作ということ。
機体が破壊されてもオペレーターはせいぜい失神する程度で済む。死にはしない。
自らの命を賭ける必要がないのだから、特攻への躊躇も和らぐというもの。
決死ではなくとも必死の肉薄が可能なのだ。
今、七体の〈ウェンディゴ〉は破壊されるのを覚悟の上で総員突撃をかける。
〈ジゾライド〉の目には、なんとも緩慢な動きで向かってくる七匹の猿に映るだろう。逃げもせず、迎撃に向かうこともない不動で待ち構える姿勢には、尾の一振りで全て薙ぎ払えるという絶対の自信が見て取れる。
それこそが勝機――!
七体の〈ウェンディゴ〉が一斉に、しかし各々別方向から飛びかかった。
一体は〈ジゾライド〉の尾撃をまともに受けたが、それを両腕で抱きかかえるように抑え込んだ。機体がひしゃげ、胴体の半分まで圧潰する。オペレーターは腹が潰れる激痛に意識を失ったが、機体は尾を掴んで離さなかった。
他の六体は足に、腕に、胴体に、頭にかじりついて、自らを重石として〈ジゾライド〉の動きを止めた。
〈ジゾライド〉のパワーを以てすれば一瞬で振り払える儚き枷。
だが、一瞬で十分だった。
『ファイア』
〈Mk.2〉が全てのミサイルを一斉に発射。
四発のヘルファイヤが、TOWミサイルランチャーが五本のブラストの束となって、〈ジゾライド〉に殺到する。計五発の対戦車ミサイルの直撃。いかに最強の戦闘機械傀儡とて踏み留まるのは不可能。
勝利と敗北が交錯する刹那の妙味を噛み締めて、〈ジゾライド〉は嗤った。
口角を俄かに開けて、牙を見せて竜王が嗤う。
よくぞ自分をここまで追い込んだものだ、と。
これより披露するのは、弱き者へのせめての手向け。賞賛と感謝を込めた破壊。
〈ジゾライド〉の背ビレに青白い電光が走る。機体各部が放電版を展開し、火花が散った次の瞬間――閃光が、爆ぜた。
視界の全てを染める白雷。
地の竜を象った傀儡の雷の怒りが、周囲一帯を灰塵とせしめる。
それは、ターボシャフトエンジンが生み出す膨大な電力を人工筋肉の駆動から放電に切り替えた、電撃の体内放射だった。
電光のカッターに切り裂かれた〈ウェンディゴ〉が微塵に砕けて吹き飛んだ。
サージ電流の奔流はミサイルの信管を誤作動させ、あるいは弾体を焼き尽くして空中で爆発させた。
僅かに遅れて爆風と雷音が吹き荒れて、〈MK.2〉の機体を打った。
『ば……バカな……』
軍事顧問の声が初めて恐怖に震えた。
〈ジゾライド〉の周囲、半径30メートルが更地になっている。瓦礫もテクノ・ゴーレムの残骸も、全てが吹き飛ばされた。
帯電する大気の中心で、〈ジゾライド〉は首を上げて小さく唸った。
最後に残った勇敢な敵を誘っている。
勇者よ、早く俺に挑んでこい、と。
『は……上等ォ……!』
軍事顧問の声が震える。奥歯ががちがちと音を立てる。恐怖にではなく、戦斗の昂ぶりに震え奮えていきり立つ。
己の仕事の始末をつける。結果など関係ない。己の戦いの結末を相手が受けて止めてくれるのは、戦士として最高の喜びだった。
『立てウェンディゴMk.2! ここが俺とお前の花道だ!』
束の間の愛機に呼びかける。暴君なる竜王に怯える〈MK.2〉の悪霊を、人の心で奮い立たせる。
テクノ・ゴーレムとオペレーターとの完全同調。
〈MK.2〉の目が赤く燃え上がり、己を鼓舞するように胸を両の平手で叩いた。装甲を打ち鳴らすドラミング。それは正に、最後の戦いを告げる鋼鉄の陣鐘(アイアンゴング)であった。
『ゴー!』
軍事顧問のボイスコマンドと共に背中のパワーエクステンダーが両足のバネを強化し、〈MK.2〉は爆発的な加速で突っ込んだ。
ガスタービンエンジンが最大出力で駆動し、両腕の人工筋肉が装甲を押し上げて膨れ上がる。
赤き〈MK.2〉は、全出力と全質量を乗せた鉄拳を振りかぶった。
『アイアンナックルビート! アタック!』
ボイスコマンドと同時に放たれる真紅の連撃。打突用の特殊装甲に覆われた拳の二連撃が〈ジゾライド〉に叩き込まれた。
火花が散り、装甲が軋む一瞬の相克。
結果は分かり切っていた。
〈ジゾライド〉は難なく〈MK.2〉の打撃を爪で受け止めていた。
赤い拳から伝わる衝撃を満足げに味わい、返礼として爪で拳を握り潰した。
装甲が弾け、潰れた人工筋肉から潤滑液が飛び散る。
そして〈ジゾライド〉は大きく咢を開いて、〈MK.2〉の頭部に向かった。
『ここまでっだぁぁっ!』
自分の仕事を全てやり終えた軍事顧問が機体との精神接続をカットしたのと同時に、〈MK.2〉の頭部は噛み砕かれた。
「ほほほ……ああ、怖い怖い」
肩をすくめて、瀬織は笑った。
〈ジゾライド〉の戦いぶりには、瀬織ですら恐怖を感じた。笑顔が引きつっている。
神である自分より以前に存在した恐竜という原始の生物を、あんな怪物兵器に仕立てあげた人間の技術と殺意には寒気がした。
あんなものを作られて、倒されてしまった〈禍津神〉なる存在が気の毒にさえ思う。
ともあれ、〈ジゾライド〉は攻撃対象の選別は確かなようで、戦場に踏み入った瀬織を狙う気配はない。
「さぁて、あのお猿さん達は全滅でしょうか?」
食べ残しがいないかと、瀬織は再度索敵をかけた。
センサーに動態反応。前方の瓦礫が動いている。
瓦礫の下敷きになって破壊からも探知からも逃れていた〈ウェンディゴ〉がいた。
どうにか瓦礫を押し退けて脱出したその機体は、瀬織にとって良い演習の的だった。
「試運転に丁度いいのがいましたねぇ♪」
〈ウェンディゴ〉が瀬織に気付いた。
『なんだこいつ……。厭な感じが……』
妙な風体の少女に戸惑うも、その体から発せられる得体の知れない威圧感と瘴気に後ずさった。
瀬織の右腕の手甲が展開し、内部に収納された鉄扇が円を描いて回転を始める。
鉄扇は電光を帯び、やがて巨大な紫電の光輪を描いた。
「確か……こぉんな感じでしたかぁ?」
瀬織は腰をくの字に曲げて、光輪を抱く腕を大きく背後に持ち上げて、体移動と共に前方に投げ出した。
「重連合体方術……矢矧!」
それは、ボーリングの投擲フォームを模した動きだった。
右腕から投射された光輪は高速で〈ウェンディゴ〉に衝突し、縦一直線に切断していた。
電位操作の方術をごく小規模で発生させ、それを機械的に増幅して放つ電光の切断術。それが矢矧であった。
改装された〈マガツチ改〉の機能なら可能だろうと思い、哀れな〈ウェンディゴ〉に生贄になってもらった。
「さぁて、これでお仕事は――」
終わり、と溜息を吐こうとした矢先、またしてもセンサーに痺れを感じた。
「――まだすこーし、残っているようですね」
モーターの駆動する機械音の中で、三台のトレーラーの荷台が大きく開いていくのが見えた。
開き切った荷台の上には、大型のテクノ・ゴーレムの姿があった。
竜を模した意匠の機体が三体。畳んでいた翼と尾を広げた全長は10メートルを超している。
全身に火砲を備えた、四本足のワイバーン型。三体は同型だが、機体の色だけが異なっている。白いカラーリングが二体。黒いカラーリングが一体。
黒いワイバーンゴーレムの足元には、カチナの姿があった。
「人の子はアテにならぬゆえ……我が自ら手を下すとしよう」
その冷たい声色の奥に、瀬織は自分と似たものを感じた。
「あら……中々に素敵なものが見れそうですわねえ?」
瀬織は身を引き、再び観戦の構えに入った。
自分が直接戦う必要などない。既に〈ジゾライド〉は臨戦態勢に入り、カチナの方向に進み始めていた。
カチナもまた、怨敵の接近に気付いて薄く笑った。
「くるが良いレギュラス……。我の新たな映し身たち、ズライグ・ブラックとズライグ・ホワイトが、お前の始末を――」
その静かな宣戦布告の最中、〈ジゾライド〉が吼えた。
赤熱する口内を赤く光らせて、大気を震動させて吼えた。
いかなり悪霊、悪鬼すら竦ませる竜王の咆哮にカチナはびくりと震え、それに同調した白いワイバーンゴーレム〈ズライグ・ホワイト〉の一体が萎縮。
その隙を狙って、〈ジゾライド〉が突撃した。
空気など読まない。相手の都合なぞ知らない。口上も布告も聞く耳持たぬ。左大億三郎と同じ強襲突撃。
瞬きほどの時の後、〈ジゾライド〉の爪が深々と〈ズライグ・ホワイト〉の胸に突き刺さっていた。
激突する恐竜と飛竜。現実の竜と幻想の竜、合計80トン近い質量が激突した。
衝突時の衝撃が大気を押し出し、気圧変化による水蒸気が霧となって周囲に弾け飛ぶ。
〈ジゾライド〉のチタン製の爪は〈ズライグ・ホワイト〉の胸部装甲を貫通していた。
破砕された装甲が火花となって弾け、電気系統のショートが水蒸気に反応して幾度とスパークする。
「ぐぅぅぅぅぅ……っ!」
カチナが胸を抑えて身悶える。
分身の一つが受けたダメージがフィードバックされている。
〈ズライグ・ホワイト〉が甲高い声で啼いた。
胸を貫かれる痛みが、予想外の奇襲攻撃の驚愕が、竜哭の夜を雷で染める。
爪から逃れようと体を捩る〈ズライグ・ホワイト〉だが、〈ジゾライド〉は逃がさない。
竜王の雄叫びは嘲笑う炎。
爪を捩じり、更に〈ズライグ・ホワイト〉の体内に押し込む。
〈ズライグ・ホワイト〉が巨大な羽をばたつかせ、しゃにむに火砲を乱射した。
両翼のロケット弾を、胸のバルカン砲を、足のグレネードランチャーを一斉に放つが、〈ジゾライド〉が肉薄しているため射角に捉え切れない。辛うじてバルカン砲は直撃しているが、ぶ厚い装甲の前に無意味に跳弾している。
〈ズライグ・ホワイト〉はバイザーの奥の目を白く明滅させる。これが肉体であれば必死の形相だったろう。死と破壊から逃れるために手段を選んでいられない。
噛みつこうと口をぱくぱくと開閉するが〈ジゾライド〉に当たらない。触覚のような二本の角から対人用のショック・パルスを放つが、鋼鉄の竜王には効かない。
無駄な足掻きの果てに、遂に〈ジゾライド〉が白きワイバーンの心臓を抉り出した。
ぶちぶちと音を立てて無数のコードとハーネスを引き千切り、〈ズライグ・ホワイト〉の胸部から紫の石英が摘出された。
それは、空繰や戦闘機械傀儡の勾玉と同質の中枢回路であり、飛竜の霊体が複写された媒体である。
〈ジゾライド〉の爪が石英を一気に砕いた。
まずは一体。〈ズライグ・ホワイト〉は機能を停止し、空っぽの器となって首を垂れた。
僅か二十秒に満たない交戦だった。
「ゲホッゲホッ……! おのれぇ……レ・ギュ・ラ・スゥゥゥ……っ!」
カチナが膝をつき、胸を抑えて何度も咽た。
60余年前の屈辱が、カチナの脳裏にフラッシュバックする。
かつて黒竜であった自分が成す術なく殺された、あの竜哭の夜が今日という日に重なって、カチナは痛みを怒りで捻じ伏せた。
「回れ……我が殺戮の円刃……」
カチナの命令を受けて、残る二体の映し身が駆動する。
羽に内蔵されていた二対のプロペラ、正確にはプロップローターがせり上がり、二発のターボシャフトエンジンの高鳴りに合わせて回転速度を上げていく。
〈ズライグ・ブラック〉の胸の石英が輝くと、大気がうねり、地表から翼を押し上げるような上昇気流が発生した。
それは、揚力不足を補うための風の魔術であった。
プロップローターの揚力、上昇気流、そして翼の羽ばたきを合わせて、〈ズライグ・ブラック〉の巨体が空中に浮きあがった。
高速回転する二対のプロップローターが電光を帯び、やがて稲妻は円を描いて、〈ジゾライド〉へと撃ち放たれた。
〈ジゾライド〉と組み合っていた〈ズライグ・ホワイト〉の亡骸に、稲妻の円刃が到達。衝突と同時に円刃は弾け、放電と同時に生じた衝撃波が亡骸を破砕した。
「見たか、我がキラーディスクの威力を!」
キラーディスク攻撃。
それは、土木工事などに用いられる放電破砕をズライグの魔力により兵器として成立させたものだ。
本来なら大がかりな設備と電力が必要で、かつ兵器転用なぞ無理な代物だが、欠点を魔術的に補うことで不可能を可能としている。
〈ズライグ・ブラック〉の飛行にしても、エンジンの出力不足は魔術で、空力制御はカチナの中の飛竜としての記憶と本能で補填している。
「今のは……試し撃ちじゃ……!」
猛烈な揚力の真下にいるカチナは、予想外の風圧でコンテナの床に押し付けられ、腕立ての姿勢を取っていた。
だが今は脆弱な人の身を嘆くより、キラーディスクの狙いをつけるのが先決。
火器管制システムとの同調は全く理屈では分からないので、ほとんど感覚で狙いをつける。
既に〈ズライグ・ホワイト〉と〈ズライグ・ブラック〉は、上昇して上空50メートルにまで達していた。
頭上からのトップアタックは、全ての陸戦兵器にとって弱点である。これらワイバーン型テクノ・ゴーレムは、トップアタックにより〈ジゾライド〉を圧倒するために作られたガンシップであった。
「くくくく…人の子らはコレを作るのに大金をふっかけられたと泣いておったが……。これならば我が宿願は成就される!」
あと一撃で、あの憎い恐竜を始末できる。それも一方的に!
強者として弱者を屠る快感に痺れる。昂ぶりを必死に抑えつつ、カチナは上空の機体に視覚を同調させて〈ジゾライド〉を狙った。
〈ジゾライド〉は成す術なく、呆然と夜空を見上げていた。
いかに動きが早くとも、稲妻の速度は回避できまい。運よく避けられたとしても、空を飛ぶ相手にあんな図体の鉄の塊が反撃できるわけがない。
「悔しかろうなぁレギュラスよ! お前の爪も! 牙も! 空を舞う我が映し身には届かんのじゃからなぁ!」
得意の格闘戦を封じられた〈ジゾライド〉の敗北は必至。
勝った! 勝ったぞ!
そう確信したカチナの視界の奥で、〈ジゾライド〉は嗤った。
〈ジゾライド〉が背中のハードポイントに装備する、二対の巨砲。
FH‐70。陸上自衛隊にも配備されている155㎜榴弾砲である。
書類上は用途廃止のスクラップとして廃棄され、左大家のダミー会社に売却もとい譲渡されて、戦闘機械傀儡の武装として装備されたものだ。
直撃すれば、いかなる妖魔とて一撃で消滅させる火力を誇る。
とはいえ、榴弾砲自体はコンポーネントの単純な流用であり、ハードポイントへの懸架装置以外に特に手は加えられていない。
照準装置や給弾機構も従来品のままだ。
つまり、砲兵としての知識と経験を持ったオペレーターが〈ジゾライド〉の背中に張り付いて、手動で操作しなければ発射できない。
そして発射できたとしても次弾装填は事実上不可能であり、先制攻撃として突撃前にとりあえず一発ぶち込んでおく的な運用しかできない。
戦闘機動中に発射するのも不可能だ。
この榴弾砲は走行中に撃てるように設計されていないし、そもそも操作するオペレーターが振り落される。
仮にオベレーターを榴弾砲の操作用に固定するとしたら、それは決死の懲罰席に他ならない。〈ジゾライド〉の戦闘機動時のGに耐えられずに血と肉のシェイクと化すのがオチだ。
故に、〈ジゾライド〉の背中の巨砲は飾りでしかない。
だが、榴弾砲の操作をするのが人間でなければ?
Gに耐え、発射時の衝撃波で吹き飛ぶのも恐れない、人外の存在がオベレーターならば、〈ジゾライド〉はいかなる環境下でも砲撃が可能だ。
今、〈ジゾライド〉の背面、榴弾砲の操作盤のシートには二体の空繰がベルトで固定されていた。
整備を行っていた〈祇園神楽〉の同型機である。この二体には、砲術の知識だけが封入されている。
上空の敵の脅威判定を経て、〈ジゾライド〉の火器管制AIが初めて
射撃の要アリ
との指令を出した。
155㎜榴弾砲は対空砲ではない。元より上空への砲撃は不可能だ。
最初から、そんなことに砲撃を使うつもりはない。
夜空に四つの円刃が煌めいた時、〈ジゾライド〉は膝を曲げて身を屈め、尻尾を大きく振り上げて、地面に振り下ろした。
同時に、両足の人工筋肉が全力で屈伸。地を蹴り、アスファルトを粉砕して、巨体が上空に飛び上がった。
50トンの巨体が砲弾と化して夜天を貫く。
「なっ!」
まさかの出来事にカチナが目を見開いた。
跳躍する鉄塊は瞬時に上昇し、自らを対空砲弾として〈ズライグ・ホワイト〉の高度に到達。擦れ違いざまに翼を蹴とばして、更に上空へと突き抜けていく。
しかし〈ジゾライド〉の蹴りは、〈ズライグ・ホワイト〉の翼の先端を掠めるに留まった。姿勢が崩れただけで、ほとんどダメージはない。
「まさか……こんな手を使うとはな! だが、万策尽きたのうレギュラス!」
冷や汗を浮かべるカチナだが、今度こそ勝利を確信した。
自由に飛行可能なワイバーンゴーレムと異なり、陸戦兵器に過ぎない〈ジゾライド〉には自由落下しか道は残されていない。あとは墜落か、着地か。
いずれにせよ、その瞬間にトドメを撃ち込むつもりだった。
しかし〈ジゾライド〉が選ぶのは、第三の選択。
砲手の〈祇園神楽〉がハンドルを回し、右の榴弾砲の仰角を上げて、発射レバーを引いた。
暗黒の空に爆炎が上がった。無照準の砲撃は空に消え、遠方の海上に飛んでいった。一見して無意味な悪あがきの砲撃。
だが、これは砲撃の反動を姿勢制御に利用するのが目的だった。
砲撃の反動と尻尾を舵にした重心移動で〈ジゾライド〉は空中で180°転回。落下する方向を制御した。すなわち、対空砲弾である自身の弾道を変更した。
本来なら地表に固定するアウトリガーなしでの空中発射は、ハードポイントから右の榴弾砲を脱落させた。その脱落した榴弾砲を〈ジゾライド〉は両手の爪で掴み、棍棒さながらに振り上げて、落下と共に眼下の〈ズライグ・ホワイト〉へと叩き込んだ。
脳天を叩き割られる〈ズライグ・ホワイト〉。
ぶち込まれた榴弾砲も無惨にひしゃげ、固定されていた〈祇園神楽〉も上半身と下半身をベルトで両断されて宙を舞った。
「んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
カチナは頭を抑えて絶叫した。
痛みのフィードバックと。目の前で起きたあらゆる現実を理解できぬ錯乱が思考を焦がす。
制御を失った〈ズライグ・ホワイト〉は、きりもみ状態となって墜落。
〈ジゾライド〉は使い物にならなくなった榴弾砲を〈ズライグ・ブラック〉へと投げつけた。
操作するカチナの判断が遅れ、榴弾砲の砲身が翼に直撃。片方のプロップローターの回転が失速。姿勢制御不能に陥った〈ズライグ・ブラック〉は、ゆっくりと地上に落ちていった。
〈ジゾライド〉は自由落下で地表に達し、残った榴弾砲と脚部のアウトリガーを展開して接地面を最大まで広げて、道路を滑走破壊しながら着地した。
一方の〈ズライグ・ブラック〉はプロップローターの揚力で、比較的穏便に着陸した。
ずしり、と20トン超の機体が土煙を上げて接地する。
プロップローターは未だに稼働状態で、周囲の大気を巻き上げていた。
幸運にも〈ズライグ・ブラック〉の射線上に、無防備な〈ジゾライド〉の背中がある。まだ着地の衝撃から体制を立て直せていない。
カチナは頭痛で疼く片目を抑えて、コンテナの床を這いながら狙いをつける。
「空中戦をやるなど予想外じゃったが……今度こそ終わりじゃ! キラーディスク!」
〈ズライグ・ブラック〉の両翼のプロップローターがキラーディスクを形成し、地獄の光輪を投射した。
〈ジゾライド〉が振り向き、目を細めて自らに迫る光輪の軌跡を捉えた時には、その鋼鉄の機体に二枚のキラーディスクが直撃していた。
弾け飛ぶ電光。
夜天に火花の血潮が走った後に、砕かれていたのはキラーディスクの方だった。
地獄の光輪は〈ジゾライド〉の装甲に触れた瞬間、魔術で増幅されていた電圧を打ち消され、極度に矮小化して、粉々に砕けてしまった。
「はっ……?」
自信を込めた必殺の一撃が無力化され、カチナの意識が凍りついた。
〈ジゾライド〉の関節が、赤熱化している。10月の冷たい空気が関節に触れて、水蒸気を上げている。
蒸気をまといながら、〈ジゾライド〉がゆっくりと歩き始めた。
〈ズライグ・ブラック〉に向かって、悠然と殺意を込めて、前身を始めた。
「こっ……この……っ!」
カチナはコンテナの床にへたり込み、無意識に後ずさった。
「この……っ! バケモノめぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
人の身にて、黒龍は恐怖に絶叫した。
〈ズライグ・ブラック〉が全身の火器を放つ。無数の赤い火線が夜に尾を引き、存外に地味な発射音が雪崩のように重なって、迫りくる竜王を迎撃する。
対装甲用のHEDP弾頭ロケット弾の嵐、効かない。
20mmバルカン砲の猛攻、だが効かない。
M129グレネードランチャーの速射、それも効かない。
全てが効いていない。
あらゆる抵抗をものともせず、〈ジゾライド〉が爆炎の中を進んでくる。
極大のキラーディスクの投射さえ、爪の一振りで打ち砕かれた。
「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
戦意を喪失したカチナが〈ズライグ・ブラック〉を退かせようとした時には、〈ジゾライド〉が目前まで迫っていた。
おいおいまだ逃げるなよ、とでも言いたげに〈ジゾライド〉左の爪で〈ズライグ・ブラック〉の翼を掴んだ。
そして〈ジゾライド〉は右腕の兵装コンテナを展開した。
露わになる、チェーンソー型の対妖魔切削殲滅装置。通称チェイン・マグニーザー。
主機とは別に装備された補機のターボシャフトエンジンを動力として、破壊の牙が高速回転を始めた。炭化タングステンのエッジが黒い残像を成すほどの超高速回転刃が、〈ズライグ・ブラック〉の顔面に叩き込まれた。
激しい火花と切削された装甲のカスが周囲に飛び散る。
「ぎぃやああああああああああああああああ!」
カチナが顔面を抑えてのたうつ。
顔を削り取られていく幻肢痛と、魂を引き裂かれる苦痛に全神経が占有される。
チェイン・マグニーザーとは、強大な妖魔を炭化タングステンエッジで物理的に切削し、強電磁波の照射で霊的に捩じ切る二段構えの殲滅用超兵器。
これを展開された時点で、〈ズライグ・ブラック〉の運命は決まっていた。
程なく、チェイン・マグニーザーが〈ズライグ・ブラック〉の胴体部まで両断。中枢回路の石英が破壊され、内部に封入されていた黒龍ズライグの霊体は死んだ。形なきモノ、神や魔を殺すために人類がありったけの殺意を込めて練り上げた兵器をまともに受けて、剥き出しの霊体が耐えられるわけがなかった。
「あぁー……ぁぁ……」
自らの精神の片割れを喪失して、カチナは意識を失った。
切削された〈ズライグ・ブラック〉の無様な亡骸に向けて、〈ジゾライド〉は左の榴弾砲を向けた。爪でフックを引っ張り、手動で砲口を切り口に合わせた。
至近距離からの砲撃。そして爆発。
榴弾の爆炎が二体の竜を飲み込み、離れたコンテナ上にいたカチナも爆風で吹き飛ばされた。コンテナに残されていた機材の数々、竜血の入った注射器も無秩序に散乱していった。
同じころ、左大とデイビスの死闘の決着も近づいていた。
息を切らし、肩を上下させるデイビス。
対する左大もダメージが蓄積し、足がフラつく。
それでも、左大の表情は楽しげだった。
「はぁ、はぁ……なあ、デイビスよォ……。ティラノを追うスティラコはトリケラとなる……って言うぜ。今のお前は正しく俺と言うティラノに追いすがった……トリケラトプスだぜ」
そんなこと誰が言っているのか。デイビスは聞いたことがない。
だが、あの牛に似た間抜け面の草食恐竜くらい知っている。
「だァれがトリケラトプスじゃああああああああッッッッっ!」
「さァこいよトリケラァ! こぉいっこいっ! こいっっっ!」
謎の挑発でこい、こいと手振りをする左大。
挑発に乗ったデイビスが拳を下段に構えて突進する。
左大は横ステップで回り込もうとしたが、思うように体が反応しない。
体力の限界だった。
それでも、ここで倒されるのなら構わなかった。
全力を出し切った戦いで敗れて死ぬのもまた、良き人生の花道だと……最初から納得の上でこうしている。
限界なのは、デイビスも同じだった。
足がもつれて姿勢を崩し、中途半端な勢いで左大に衝突した。
反射的にカウンターを叩き込む左大。
互いの拳が腹にめり込んで、二人の巨漢は拳を撃ち放つ形で吹き飛んだ。
「ぬぅぉっ!」
「ぐあああああああああ!」
瓦礫の上を転げまわって、左大は地に両膝をついた。
倒れてはいない。だが、すぐに立ち上がれない。
額から脂汗を垂らして、左大は笑った。
「こい……あと一息だぞデイビス……!」
勝敗など、もうどうでも良かった。こんな投げ槍で戦っていては負ける。きっと、デイビスの執念の方が勝るだろう。
さあかかってこい。俺にトドメを刺してみろ!
そう願って顔を上げた左大の視界に映ったのは、予想外の光景だった。
デイビスが注射器を握っている。黒い液体の入った、ひび割れた注射器。
「はぁ……はぁ……はぁぁぁぁぁぁ! 貴様を打ち殺すのに! 手段は選ばぬと言ったァ!」
その注射器がなんなのか、左大は具体的には分からない。
だが恐竜的直感が脳の旧皮質の奥底で叫んでいる。
あんなものを使ったら、全てがおしまいだと。
左大より早く、瓦礫の向こうから制止する声がした。
「おやめください宗主様! 竜血に適応できるのは長年の調整あってこそ!」
「普通の人間が使えば死にますぞぉぉぉぉぉぉ!」
生き残りのデイビスの一族が声を張り上げた。
デイビスは同胞の悲痛な声に耳を貸す気配がない。
それどころか、左大の表情を見て不敵に笑った。
「貴様が焦っているということはァ! 俺にとって有利ということだな~~~っ!」
「止めろデイビス! 取り返しのつかんことになるぞ!」
「俺はなぁ~~サダィ~~~……っ! 取り返しのつかんことになるのは大好きなのだぁ~~~っ!」
激情のままに、デイビスは乱暴に注射器を頸動脈に打ち込んだ。
「ドワォ!」
奇声を上げるデイビス。
生と死を天秤に賭けた選択。それ自体は良い。結構なことだ。そういう土壇場は左大も望む所だ。
だが、デイビスの手段は間違っているのだ。
「ばかやろうが……」
変わりゆくデイビスを見る左大の視線は、ひどく悲しげだった。
デイビスの肉が変化していく。
打ち込まれた竜血は人体を強制的に飛竜に近づける。時間をかけて調整されたカチナと異なり、デイビスの肌は黒く変色し、表皮は鱗のごとく硬質化。筋肉は異様に盛り上がり、怪物じみた外見に変貌した。
「ぬぅぅぅぅぅぅん……。ぐぅぅぅぅぅ……」
呻き声を上げるデイビスは、さながら竜人といったところか。
全身から湯気を上気させて、竜人が筋肉を震わせた。
「FooooMゥゥゥゥ……。生まれ変わった気分だァ……」
竜人と化したデイビスは、間近の残骸に目をやった。
左大の乗っていた軽自動車が下敷きになっている。200キログラムはあろうかという装甲の破片だ。
デイビスはその残骸を
「だァァァァばァ~~ッッッッ!」
片手で押し退け、下敷きになっていた軽自動車に手をかけた。
そして足を踏ん張り、背筋の膂力で以て600キログラムの車体を持ち上げ、地面に叩きつけた。
砕け散る軽自動車。その光景を見たデイビスの一族が湧いた。
「じっ自動車にジャーマンスープレックスだぁっ!」
「日本でしか売られていない軽量の自動車とはいえ車を投げ飛ばすとはぁ~~っ! 宗主様の力は既に人間を超えておられる~~っっっ!」
同胞の歓声を背に受けたデイビスが、余裕の表情で左大を見下ろした。
「フハハハハハ……竜血を得た我が聖なる肉体には、もはや一片の隙もなしィ……」
左大は無言で虚空を見つめている。
それは、全てを諦め、敗北を受け入れたように見えた。
「終わりだサダィ! 飛竜突貫斬撃翼(ワイバーン・ギルスマッシャ―)――――ッ!」
強烈な手刀の袈裟切りが左大の肩口に打ち込まれた。
終わった。全てが終わった。
肉を裂き、骨を砕いた確実な手応えを感じ、デイビスはくつくつと笑った。
「すまんなデイビス。効かねぇンだ……」
左大は無常に呟いた。
手刀を撃ち込んだデイビスの腕が、逆方向に折れ曲がっていた。
左大の鎖骨の強度に耐え切れず、竜人の腕は無惨に破壊されていた。
「なぁ~~~っ! バカな~~~っ!」
信じられない現実にデイビスは絶叫した。
「人間を超えたこの俺が~~ぁっ!」
「デイビスよ。そんなトカゲの力に頼らなくたって、人間は十分すぎるくらいに強いぜ」
「どぉーーーーしてっ!」
「そのトカゲが人間より強ぇのなら、どうして山奥に引きこもってたんだ。大昔の人間に負けたからだろ……」
デイビスの表情が凍結した。
そもそも、ズライグは自分達の祖先同様にサクソン人に負けてウェールズに逃げ込んだのだ。ズライグは火砲すらない中世の野蛮な戦士たちに、ただの人間に負けたのだ。
敗者の力を得た所で、どうして勝者に勝てるというのか。
「じゃあ……お、俺は何のために……」
「人生ってのは間違いだらけで、いつも後悔してから本当の答を探すもんだぜ。何が正解だったのか……ってな。お前の答え合わせは……あの世でやりな」
左大がデイビスの足を払い、姿勢を崩して腰から体を持ち上げた。
プロレス技のアルゼンチンパックブリーカーに近い形で、デイビスの巨体を肩に乗せている。
勝利を目前に選択を誤った愚者へのせめてもの手向けとして、大技で送ってやる。
「恐竜酔拳! ギガノトフォー――――ルッ!」
左大は全身を回転させ、竜巻と化して天空に飛ぶ。その勢いを乗せた大車輪投げで、デイビスを燃え盛る火中へと投げ入れた。
「ああぁぁぁ……こ、これが俺の結末かよぉぉぉぉぉ……」
嗚咽のような叫びを残して、デイビス・ブラックは炎に消えた。
その炎は、〈ズライグ・ブラック〉の破壊された炎。ターボシャフトエンジンの燃料に引火した炎は、更に激しく火柱を上げて、飛竜の墓標と成っていた。
全ての敵を打ち倒し、〈ジゾライド〉が勝利の雄叫びを上げた。
しかし左大の表情は苦く、冷え切っていた。
「あとちょっとだったんたぜ……。デイビス……ばかやろうめ……」
望んだ場所に、あと一歩の所で手が届かなかった空しさ儚さ。
酒とは人生の鎮痛剤。ほんの一時、この馴れきった虚無感を忘れさせてくれる。
酔いは……とっくに醒めていた。
車の時計は午前1時を過ぎている。
街灯もない防風林近くの道路を走るワゴン車のライトが、人影を捉えた。
無貌の仮面の男、エデン・ザ・ファー・イーストだった。小脇にノートパソコンを抱えて、脳天気に親指を立ててヒッチハイクを気取っている。
『へ~~イ、タクシ~~♪』
一般人が見たら幽霊か変質者と思って素通り確実だが、ワゴン車は停車した。
助手席の窓が開き、運転手が呼びかけた。
「乗れ」
エデン・ザ・ファー・イーストはドアを開けると、軽やかに助手席に収まり、律儀にシートベルトを締めた。遠くからパトカーと消防車のサイレン音が近づいてくるのが聞こえる。
これから、一般人を装って何食わぬ顔で騒ぎになる前においとまする、というわけだ。
ワゴン車が発進する。
焦らず、目立たぬように、法定速度の安全運転で加速する車内で、エデン・ザ・ファー・イーストは小型の双眼鏡で戦場を覗いた。
『ハッハッハー! なーかなかに面白い仕事だったよォォォォォォ!』
声がでかい。
エデン・ザ・ファー・イーストの仮面には覗き穴すらないのだが、普通に見えているらしい。
運転手は顔をしかめた。
「静かにしろ」
『霊体も電気信号だからねぇぇぇぇぇ! それを脳ミソに定着させるのは、そんな難しいーーぃ! ことじゃぁーーーないっ! で~っもっでぇもでもぉ♪ ドラゴンの霊を人間に憑かせるってのは、さぁーーすがのワタシも初めてぇ――』
運転手はしかめっ面でカーオーディオのラジオを入れた。そしてボリュームを最大まで上げる。
大音響のFMラジオが車外まで響いた。このまま走ってパトカーに見つかれば怪しまれる。お前の声もそれくらいに煩いから黙れ、という抗議行動だった。
『オーケーオーケー。ソーリーソーリー。ミスタータクシードライバー』
エデン・ザ・ファー・イーストが双眼鏡を覗いたまま、声のボリュームを落として、右手で謝罪の手振りをして見せると、運転手はラジオを停めた。
『でも、キミも刺激的だったろう? この仕事』
エデン・ザ・ファー・イーストが右手で後部座席に話を振った。
後に座る軍事顧問は憔悴した様子で、しかし肯定するように笑った。
「貴重な体験ではあった」
『キミの人生に幸あれ』
この三人は単に同じブローカーから依頼され、同じ場所で別々の仕事をしていた。それだけの関係だ。交友があるわけではない。ドライな仕事関係でも、命をかけて鉄火場をくぐれば、なんとなくシンパシーが芽生えてしまうものだ。それが、群れで生きる人のサガというものだろう。
『フフー♪』
双眼鏡に映るのは、静止した〈ジゾライド〉の姿。その頭部、目のあたりが不自然に明滅しているのが見えた。
エデン・ザ・ファー・イーストは双眼鏡を放して、正面に向き直った。
『あと一悶着ありそうだけど~、ワタシらには関係のないことサ』
仮面の顎のあたりに指を這わせると、無貌の仮面に人間の顔が投映された。
どこにでもいそうな、しかし実際はどこにもいない、何の変哲もない日本人男性の顔。エデン・ザ・ファー・イーストの仮面には、そういう仕掛けがある。
助手席の窓からは、幾つもの赤い回転灯が県道を走っていくのが見えた。
全てのテクノ・ゴーレムは破壊され、あたり一帯は焼野原と化していた。
道路は滅茶苦茶に踏み荒らされ、何台ものトレーラーが横転し、〈ウェンディゴ〉の残骸は中杉製作所の駐車場にまで降り注いで駐車してある重機を破損させている。
切り札であったろうワイバーンゴーレムも一体が頭部を失って墜落し中破。ほか二体が大破。〈ズライグ・ブラック〉は今も尚炎上中だ。
デイビス一派は僅かながら生き残りがいたが、もはや彼らに戦意は無かった。
「ああ~~……宗主様が死んでしまった~~……」
「もうダメだあ……一族は終わりだあ…」
ある者は頭を抱えて嘆き、ある者は意気消沈して項垂れている。
大将を失い、総崩れとなった郎党というのは、いつの時代もこんなものだ。
「あぁ♪ なんて哀れで惨めなんでしょう♪ 負けるのが厭なら最初から戦争なんてしなければいいのに♪」
瀬織は敗者を嘲笑い、戦場を往く。
一応、念のために索敵と情報収集は継続しているので武装は解いていない。
戦いの勝者である〈ジゾライド〉と左大は、さっきまでが嘘のように鎮まり、押し黙って仁王立ちしている。
「で、この騒ぎの始末はいかがされるのですか、左大さん?」
背後から呼びかけるが、左大からの返答はなかった。
妙だと思った。
左大の性格からして、大事になったことに狼狽しているわけがない。責任なぞ知ったことかと笑い飛ばして、園衛に全てを丸投げして自分は逃走する。そういう人間だ。
「あの、左大さん?」
瀬織が前に回ってみると、沈黙の理由が分かった。
「げ……この方……立ったまま気絶してますわ……」
薄目を開けたまま、左大は疲労で意識を失っていた。
瀬織が稼働していた平安時代より少し後には、全身に矢を受けて立ち往生した僧兵がいたそうだが、こんな上半身裸の状態で気絶する人間はあまりお目にかかったことがない。
「こんな所で……寝られても困るんですのよ」
瀬織は吐き捨てるように言うと、手甲の爪で左大の背中を突いた。
「ふおっ!」
ビクリと背中を震わせて左大は覚醒した。
相手は景ではなく、ただの迷惑な中年なので優しく起こす義理などない。
「ふっ……なんだぁ? 瀬織ちゃんかよ」
左大は瀬織の武装した姿を見ても、さして驚いた様子はなかった。恐竜的直感と洞察力を持つこの男のことだ。普通の人間ではないと、とっくに感づいていたのだろう。
気絶していたのは、あの恐竜酔拳なる莫迦げた拳法で相当に体力を消耗したということか。人間離れした動きを脳のリミッターを外して行使していたのだから、それも分かる話だ。
ただ不可解なのは、〈ジゾライド〉まで静止している点だ。
「はて……? 操り手が寝たからといって大人しくするタマとは思えませんが?」
あそこまで恐竜の我が強い戦闘機械傀儡が凶暴性を抑えていられるのだろうか。
園衛曰く、「放っておくと暴走する」らしいが……。
「ねえ、左大さん。あの恐竜さん――」
尋ねようとした矢先、左大は血相を変えてポケットを漁った。出てきたのは赤い勾玉。戦闘機械傀儡のコントローラーだ。
「俺はどれくらい気絶してた!」
「知りませんわよ」
瀬織は暑苦しい左大から顔を背けて、面倒臭そうに答えた。
「っ……ちょっとやべぇかもな……」
左大が妙に焦っている。いつも超然かつ凶暴な男が、こんな感情を露わにするのは異様だった。
「やばいって……何がですの」
「俺との接続が切れてる……」
「つまり?」
「ジゾライドの敵味方識別が初期化される。暴走する! 本能のままに!」
左大が声を荒げた時、背後の〈ジゾライド〉の目が赤く光った。
機体の状態を示すインジケーターである目が菱形に変形し、収縮と拡大を繰り返している。
「あの……何やってるんですの、アレ……?」
「機体制御がスタンドアローンに切り替わってんだ……。あの状態になると、30秒後にティラノの闘争本能から送られる命令が最優先される」
「なんて命令ですか……」
物凄く厭な予感がしつつも、瀬織が問うた。
左大は引きつった笑いを浮かべて、自嘲するように答えた。
「気にくわない奴は全部ブッ殺せ……だ」
〈ジゾライド〉の目の変化が止まり、元通りの切れ長の形状となった。
そして、ゆっくりと港の方に首を向ける。
そこには巨大なガントリークレーンがあった。自分よりも大きなモノがあった。
〈ジゾライド〉は苛立つような唸り声を上げて、港に向かって転回した。その動作に、もはや人間の理性は介在していなかった。
「ちょっ……なんでそんな欠陥品を実戦に使ったんですのよ!」
「欠陥品でも使うしかなかったんだよ! 俺たちゃ昔、そういう敵と戦ってたんだ!」
園衛たちが10年前に戦っていたという敵。それは全ての生物にとっての破滅の概念存在だったという。だが、今となってはそんなことはどうでも良い。
議論よりまずは思考と行動あるのみ。
これ以上の大事になるのは園衛の政治的立場に関わり、引いては景と自分の生活にも影響があるだろう。
「仕方ありませんわねぇぇぇぇぇ……っ!」
已む無く、瀬織は面倒事を解決することにした。
背中の〈天鬼輪〉を展開し、電子戦の事前動作に入る。
先刻、〈ウェンディゴ〉たちを撹乱し、制御を乗っ取ったのと同じことをする。いかに戦闘機械傀儡とて、基本は空繰と変わらないのだ。瀬織の演算能力と支配力を以てすれば〈ジゾライド〉とて――
「待て止めとけ!」
左大の制止が入った時には既に遅し。
〈天鬼輪〉から放たれた不可視の繰り糸は〈ジゾライド〉に到達し、その中枢である胸の勾玉に、そこに封入されたティラノサウルスの怨念に接触していた。
糸を通じて、瀬織は異質な精神構造に触れてしまった。
人間とは形が違う心。あまりにも巨大で、常に燃え続ける灼熱の憎悪。巨大な恐竜の目に睨まれた錯覚。直後、瀬織は食われる――と思った。
「チィッ!」
舌打ち、瀬織が精神接続を強制切断したと同時に、右側の〈天鬼輪〉にはめ込まれた四つの勾玉が砕け散った。〈ジゾライド〉から流れ込む情報と怨念のオーバーロードに耐え切れず、ハードウェア諸共にアーキテクチャが破壊された。
「なんてバケモノ……っ」
「神も魔も磨り潰してブッ殺すために、爺さん達はアレを作ったんだ。止められんぜ。簡単には……」
もはや成す術なく、暴君なる竜王の進軍を見送るのみ。
〈ジゾライド〉が空になった最後の榴弾砲をハードポイントからパージした。
榴弾砲は一瞬、地面に直立してから、ずしりと横倒しになって土煙を上げた。
瀬織はふと、〈ジゾライド〉の関節部が赤熱化しているのが気になった。外部に露出している膝や肘の部分が、真っ赤に発光して蒸気を帯びている。
(あの関節……なんでしょうか?)
背後からは、パトカーと消防車のサイレンが近づいていた。
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