第15話 元神であるリィンリンさんの現状だよ

「ていうか、ここって牢屋? 牢屋なの?」






 時間の流れを感じられない辛気くさい部屋で、すぐ横に見えるのは鉄格子だ。そこには、誰がどう見ても頑丈な鍵がかかっている出入り口があり、中にいる者を完全に閉じ込めている。他に部屋内で確認できるのはズタボロに等しい毛布と、絶対に用を足したくない簡易なトイレだけで、それ以外は何も無い。外から光が差し込む窓もついて無かった。






 「まあ………………牢屋よね。これはどうみても」






 そう、つまりここは間違いなく牢屋であり、シンカリアは気がついたらここに捕まって(?)いた。だが、当然シンカリアにこの牢屋へ連れてこられた記憶は無いし、放り込まれるような覚えだって無い。




 なら、この牢屋に来てしまった理由は一つしかない。レスクラの世界移動魔法リリルージヨンによってここへ転送されたのだ。理由は不明だが、レスクラの世界移動魔法リリルージヨンの転送先ポインターはこの牢屋内になっているようだった。






 「変な場所に飛ばしてくれるわね。もっと転送先に便利というか、沿った場所があると思うけど……………………まあいいか」






 おかげで神には会えた。




 転生者をエルナブリア王国に送り込む元凶に会えたので、結果オーライだ。神に会うという最初の目標は達成である。






 「ぐぉぉぉぉぉ……………………ぐーぐーぐー」






 そう、達成なのだが。






 「ぎりぎりぎりぎり………………ぐぉぉぉぉぉぉ…………」






 いびきをかき涎を垂らして眠る神のはずだがを見てると不安になってしまう。






 「…………コイツなの? 本当にコイツがそうなのかしら?」






 冷静に考えて、神が牢屋なんて場所にいるだろうか。エルナブリア王国を危機に落とす元凶がこんな所で眠ってるなんてあり得るのだろうか。死んだ者を異世界に転生させる力を持つ存在が牢屋にいるというだけで不自然なのに。それに併せて豪快に睡眠までしているとなると疑問度倍増である。






 「ねえ――――――――――」






 シンカリアはいきなりここに来たので何もわからない。とりあえず事態を理解する必要がある。


 とりあえず眠ってる神(?)を起こそうとシンカリアは声をかけようとしたが――――――――――ふと、牢屋の外に目が行き絶句する。






 「ギリリリリリルルルルルル…………」






 二人のいる牢屋内を魔物が覗き込んでいたのである。






 「――――――――――は?」






 リザードマンだ。並の武器では刃を通す事が難しい鱗で全身が守られており、武器技量も高い魔物である。知能も決して悪くなく、奇襲や徒党を組んで旅人や村を襲ったりする統率力もやっかいな部分だ。数の多さばかりのゴブリンより遙かに強敵であり、新米兵士程度ではやられる事も多い。






 「ギャララララララララララァァァァ!」






 甲高い声を上げて、手に持っている片手剣シヨートソードを威嚇するように振り回している。人間を見て興奮しているのだろうか。鉄格子があるのでさすがに手出しはしてこないが、少なくとも牢屋内のシンカリアを認識している。






 「え? 何故? なんで? なんで魔物がいんの? ここって神世界メルガリアとかいう所なんでしょ? アルドゥーク神殿っていう神のいる場所なんでしょ? 違うの?」






 魔物がいるという事は、この近くに転生者がいるという事になるが――――――――――――――――――それはおかしな話である。




 転生者とは生まれ変わるから転生者なのである。このアルドゥーク神殿では、まだ死亡しただけの魂存在であり、まだ転生が完了していない。転生者になっているはずがないのだ。




 なれているはずがないのだ。






 「わかんないけど、このアルドゥーク神殿で何故か転生は終わってて、その転生者はここにいて…………その影響で神殿に魔物がいる………………の?」






 しかし、そんなの神にとって何のメリットもない。ただのデメリットだ。魔物出現で放置などあり得ないと思うが――――――――――それともこうなっている理由があるのだろうか。




 だが、理由があろうとなかろうと今ここには魔物がいる。




 転生者がいなければ起きない現象が発生しているのは事実だ。






 「ちょっとアンタッ! ヘイヘイヘイッ!」






 「ぎゃひへぐぅ! だ、誰ですかッ!?」






 シンカリアがみぞおちに拳を三発決めると、神のはずだがの身体がビクンと痙攣した。飛び上がった。つまり、目覚めた。






 「まず一つ目! アンタの名前は!? アンタは何者!?」






 「わ、私? 私ですか?」






 起きたばかりでまだ寝ぼけ顔の神のはずだがにシンカリアは思い切り詰め寄った。






 「私の名前はリィンリンで…………その…………えっと…………神です。信じられないでしょうけど…………」






 当たり前の事だが、目の前の女子は本当に神だった。






 「OK! じゃあ二つ目! なんで外で魔物がうろついてんの!? ここは神のいる場所でしょ!? アルドゥーク神殿っていうのよね!? そこなんじゃないの!?」






 「えっと…………外の魔物はうろついているというより、神の眷属として私達を見張ってるんです………………牢屋に捕まった罪人がいるなら、それを管理する看守がいるのは当然の事ですから…………」






 「神の眷属として見張ってるって…………え? どういう事? アンタが神でしょ? さっきそう言ってたわよね? なんで神のアンタが見張られてるのよ?」






 「私はたしかに神です…………でも、神の業務を行っているのは私じゃないんです…………今、このアルドゥーク神殿を管理しているのは――――――――」






 「俺だよ」






 タイミングを計ったように、聞き慣れない声が牢屋の外から聞こえた。






 「このゼスターがアルドゥーク神殿を管理している。わかったかねエルナブリア王国民よ」






 若い男の声だった。クリハラと近い年齢のようだが、見た目がうるさい派手な衣服を纏い、装飾がジャラジャラと音を鳴らしているため印象は全然違う。マントを翻して牢屋の外に立っているその姿は、なんというか頭の悪い支配者といった雰囲気だ。




 ――――――――おそらく服を着ている本人はキマっていると、威厳あるかっこいい服を着ていると思っているのだろう。




 つまり勘違いが起こっており、本人と見た者の温度差がこの衣服にはあった。好む者はごく一部に限られるのは間違いなく、少なくともシンカリアは絶対に着たくない種類の衣服だ。






 「あ、マサノブさん! もう神を代行するのはやめてください! 無理な転生をしすぎてるせいでエルナブリア王国に悪影響が出ているんです! これ以上は世界の致命傷に――――――」






 「マサノブではないといつもどこでも何度も言ってるだろぅがぁッ! 俺はゼスターだ! その名で呼ぶなッ!」






 「はううう! す、すいませぇぇぇん……………………」






 怒鳴られたリィンリンは萎縮し、目尻に涙を浮ばせる。




 これまで何度も行われたやり取りなのだろう。いい加減学習しろといった、ゼスターの辟易した様子が感じ取れた。






 「お前はおとなしく閉じ込められていろ。死んだ地球人に第二の人生を歩ませる力を持つのは俺でいい。俺こそが絶望して死んだ地球人の心を理解できる者なんだからな」






 「でも、マサノブさん――――――――」






 「シャラァァァァァァツプ!」






 「ひぃぃぃぃぃぃ…………」






 ゼスターは再度怒鳴りつけた。そして、リィンリンも再度泣き始める。






 「じゃあ、せめてスキル(チート)を与える人を絞るとか限定的にするとか、世界に影響無い程度にバランス良く――――――――」






 「聞こえなかったんですかぁぁぁぁぁ!? 俺の言った事理解できなかったんですかねぇぇぇぇ!?」






 「ひぃぃぃぃぃぃぃ…………」






 だが、リィンリンは懲りずにゼスターへ抗議し、ゼスターもそんなリィンリンにまた怒鳴りつける。






 「あ、クジでスキル(チート)を持つ人を決めるってどうですか? 結構良いアイデアだと思います! ほら、当たったらおめでたい感じもありますし――――――」






 「てめぇの頭はニワトリさん以下ですかぁぁぁぁぁ? 微生物が繁殖してるだけなのかなぁぁぁぁぁ? これからはミジンコ女って呼んで良いですかぁぁぁぁぁ?」






 「ひぃぃぃぃぃぃ………………」






 「………………アンタらワザとコントやってるの?」






 シンカリアは呆れながら二人のやり取りにボソリとツッコミをいれた。何だか既視感を感じるやり取りである。






 「おっと、いかんいかん。こんなアホ元神と話したいワケではない。用があるのはエルナブリア人のお前だ」






 こんどこそ泣いているだけのリィンリンを横に、ゼスターはシンカリアに視線を移した。






 「何しに来たか教えてもらおうか。あと、どうやってここへ来たのかもな」






 「言う必要は無いわね。アンタ、ムカツクつくし」






 「ほう。お前が会話しているのは神だと理解できていないようだな。エルナブリア人は崇拝すべき者もわからんらしい」






 「神じゃないでしょ。どうみてもアンタはただの転生者でしょうが」






 シンカリアは牢屋の外を歩く魔物をチラリと横目で見る。






 「まあ、ふざけた力チートで手名付けてるんでしょうけど。相も変わらず便利な反則技ね。何でもできるんだし」






 ふざけた力チートは主に転生者が無敵に近い能力になるために使われるが、もちろんそれ以外の能力としても使える。それを多くのふざけた力チートは“スキルツリー”や“スキル獲得”という“項目”を選んで使えるようになっていくのだが――――――――――――ぶっちゃけ選ぶだけなので、覚える条件といったモノはまず存在し無い。使用者がふざけた力チートを会得する許可をするだけである。




 一見、安全装置セーフティに見えなくもないが、ふざけた力チートは使用者の意思一つで覚えられるので、そんな機能になっていない。ただの無駄行程だ。




 そのため、シンカリアはこの“なんちゃって安全装置セーフティ”を、転生者をワクワクさせるためだけの遊戯装置と認識(どうでもいい事だが)している。






 「ふざけた力チートとは失礼なヤツだ。スキル(チート)と呼べ。まあ、魔物を手名付けているというのは正しいがな」






 ゼスターの傍を何度もリザードマンが通っているが、ゼスターを攻撃する様子は無い。牢屋内の見回りを続けるだけでシンカリアの時とは全然違う。武器を構える事も目を合わせる事もしなかった。






 「魔物は減っても、しばらくすれば害虫のように勝手に増える。だから下僕として使うには便利でな。スキル(チート)を使えば操作するのは難しくない。アルドゥークの雑務をやらせるにはピッタリだよ。おかげで俺は仕事に集中できる」






 「仕事……………………仕事ね…………仕事か…………」






 シンカリアはその“仕事”という言葉を何度も噛みしめる。






 「――――――アンタなの? エルナブリアにいる迷惑な転生者を増やしている元凶は? その仕事ってヤツをしてるのは?」






 これは聞いておかなければならない事だった。




 先程のリィンリンとゼスターの会話から察せるとはいえ、シンカリアが目的とする元凶の人物ははっきりとさせなければならない。




 なぜなら、それで全てが終わるからだ。それで全てに決着をつける事ができるからだ。




 転生者を増やしてる神をどうにかできれば、エルナブリア王国最大の危機は消える。






 「お前と同じく聞かれた事を拒否してやりたい所だが、俺の器は小さくない。聞かれた事は答えてやろうじゃないか。そうだとも私が――――――」






 「元凶なんですッ!。マサノブさんがムチャクチャな転生をしているからエルナブリアに無用な混乱が起きてるんですッ! 大変な事になってるんですッ! このままじゃ世界に致命傷が起きてハチャメチャになっちゃうんですッ! これまでの歴史や知識や文化が消え去って、転生者の人達の拙い知識しかないトンデモ世界になっちゃうんですよッ!」






 「黙っとかんかアホ神がぁぁぁぁぁ! 俺がかっこよく決めるシーンをブチ壊すなぁぁぁぁ!」






 「ひぃぃぃぃぃぃ………………でも、そこは別にかっこよく決めるシーンでも、かっよく言えるようなシーンでも無いような…………」






 「ああ!? まだくっちゃべるの続ける気かぁぁぁぁぁぁぁ!?」






 「ひぃぃぃぃぃ……………………」






 「…………なーんか締まらないわよね…………恐ろしい事実を聞いたのに。いやまあ、誰が敵なのかははっきりしたんだけどさ」






 答えたのがリィンリンのせいで漫才になってしまったが、ゼスターがシンカリアの敵なのは確定した。




 この男だ。この神と名乗る転生者マサノブがシンカリアの住むエルナブリア王国をメチャクチャにしているのだ。王国にとって迷惑極まりない転生者を生んでいるのだ。




 そして、この男をどうにかすれば全ては解決する。

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