第16話 神マサノブをクリハラなんかと一緒にしちゃいけない
「結論から言うわ。エルナブリア王国に転生者を増やすのやめて」
「それは無理だな。私は神として死んだ地球人を転生させる義務がある」
聞く耳など持たないとでもいうように、ゼスターはシンカリアの意見を完全拒否した。
「こっちは転生者のせいで酷く迷惑してるの。駆除しきれない魔物が発生するわ、転生者の浅い知識に喜ぶバカだらけになっちゃうわ、くだらない自慢話に首ったけになるわで大変なの。ふざけた力チートの自己満は他の世界でやってくれない? 私の住む世界を玩具にされると迷惑極まりないから」
「なるほど。ま、何だろうが無理な相談だ。私は死んだ者に幸せな第二の人生を歩ませなくてはならないからな」
「…………その第二の人生のために私の世界を犠牲にするの? エルナブリアがどうなろうと問題無いって言うの?」
「転生者というのは悲惨な最期を迎えた者が多い。死に方は様々でも、前世の人生は同情しかできない者達ばかりなんだ。俺は元転生者として、そんな者達が満足できる人生を与えたい。生きる事を素晴らしいと思って欲しい。悲惨だった前世では考えられなかった幸せを噛みしめて欲しいと思っている」
「………………別に第二の人生を幸せにするってのはいいわよ。前世が悲惨だったから満足できる人生を与えるってのもいいわよ。そのためにふざけた力チートを与えて、無双するなりハーレムつくるなり凄いと言われ続けるのも別にいいわよ。それ事態には何の文句も無いわよ」
シンカリアはゼスターを睨み付ける。
「ただ、あんたのやり方だと私の世界がメチャクチャになるの! さっきも言ったでしょ! 転生者の満足のために、私の世界を使うなって言ってんのよ! 私の言ってる事聞いてんの!?」
「転生した者が満足するには世界が必要だ。世界がなければふざけた力チートで無双もできないし、好みの異性に好意を向けられる事もできない。転生者に都合のよい展開も関係が生まれないし、何よりある程度できあがった世界で無ければ転生者は楽しめない。面白く生きる事ができない」
「………………まさか、転生者が世界への影響の事を知らないのって」
「ふん、乳がでかいだけの無能ではなかったか。察しはいいようだな。お前が思っている通りだ」
「………………………………」
ひっかかってはいたのだ。転生者はあまりに都合の良い力を持つ事について、本当に最初神に何も確認しなかったのかと。自分が持つ力は本当にデメリットが無いのかと。
普通は聞くはずだ。持つ力が巨大になればなるほど、不安も大きくなるものだからだ。
「転生者は世界に悪影響を与える、なんて事を自覚したらストレスで第二の人生を楽しめないからな。だから俺は転生者に教えない。嘘だってつく。世界に住む者達の知能や思考を低下させる存在になる事や、魔物を発生させてしまう事や色々とな。都合の悪い事は全て伏せている。必要な措置だ」
神が真実を語る気が無いならこの現状(エルナブリア王国)に説明はつく。そもそもふざけた力チートは転生者自身にデメリットは起こらない。「大丈夫」と言われるだけで、不安や懸念は消え失せるだろう。もうどうでもいいと思考停止するはずだ。
「……………………アンタ最低ね」
全ては転生者を楽しませるため。そのためにエルナブリア王国を犠牲(玩具)にする。
ゼスターにとってエルナブリア王国は転生者達の遊園地テーマパークだった。
「凄いと言われるから気持ちよくて楽しいんだ。頼られるから気持ちよくて楽しいんだ。好意を持たれるから気持ちよくて楽しいんだ、何もかもに圧倒できるから気持ちよくて楽しいんだ。だから、そういったモノが何も無い世界で無双しても意味が無いんだよ。人間がいて、ある程度の文明がなければ転生者は楽しくない。エルナブリア王国のような異世界はその楽しさを満たすのにちょうどいいんだよ」
何のストレスも感じない優しく楽しく明るい世界。
ゼスターは転生者だけの幸せを第一に考えている。
「………………そう、わかったわ。アンタはクリハラのヤツと違うって事が。それと――――――――」
シンカリアは牢屋の外にいるゼスターに手を翳す。
「――――――アンタは私にとって、はっきりとした“邪悪”って事がッ!」
問答無用とばかりにシンカリアの翳した手から攻撃魔法が放った。
「超爆破魔法ハイ・ブラストッ!」
個人へ撃つには過剰すぎる威力が至近距離でゼスターへと叩きつけられる。
鉄格子や周囲の壁はその威力に耐え切れずに粉々に吹き飛び、牢屋内は爆風に包まれた。
「わわわわわわわわわッ!」
さすがに傍にいるリィンリンには気遣ったようで超爆破魔法ハイ・ブラストの影響は無い。粉塵や飛ぶ破片から守るように、その身を淡い紫の光が包みこんでいる。光防魔法リエルダと呼ばれているこの魔法はリィンリンへのダメージを全てカットしていた。
だが、魔法が直撃したゼスターには――――――――――
「エルナブリア人はこの程度か? それとも誇りを巻き上げるだけの手品が流行っているのか?」
「なッ!?」
――――――何の効果も無い。
牢屋は破壊されたが、シンカリアの超爆破魔法ハイ・ブラストは肝心のゼスターには傷一つ与えられていなかった。
「転生者なのにダメージが通らない!? 無効化されてるっての!?」
だが、それはあり得ない事だった。
シンカリアが選定零組ティーレアンでゼスターが転生者なら、ゼスターにシンカリアの攻撃が効かないワケがないのだ。
転生者がエルナブリア王国の存在に無双できるなら、選定零組ティーレアンは転生者に無双できる。
これは法則であり現象と言ってもいい。事実、クリハラはシンカリアに対し何もできなかったのだから。
「俺が転生者だから勝てると思ったか? 余裕だと思ったか? ただのザコと侮ったか?」
攻撃ターンが入れ替わったとでもいうように、今度はゼスターは魔法名を口にした。
「束縛魔法グルズム」
その魔法名が発言されると、翳されたゼスターの手から白い光の網が高速で放たれた。投網を受けた魚のようにシンカリアは身体を絡め取られ、床に束縛されてしまう。
シンカリアの魔法がゼスターに通じない所か、逆に魔法をくらってしまう。選定零組ティーレアンが転生者にやられるなど、絶対におかしかった。
「ぐっ!? こ、このッ!」
指先程度は動くが、身体全体を動かす事はできない。何故か顔だけ網に絡まっていないが、これは会話できるようにワザとやったのだろう。なかなか趣味の悪いやり方だった。
「俺は神だぞ? 転生者だと勘違いしているからそうなる」
「クソ野郎ね。可愛い女の子にこんな仕打ちするなんて」
魔法で反撃してやりたい所だが、指先しか動かないのでは魔法を命中させる事はできない。それに、この束縛魔法グルズムには魔法を封じる効果もあるようで、シンカリアが自爆覚悟で魔法名を口にしても何も起きない。当たり前だが、身体の自由を奪うだけの魔法ではなかった。
「一生その格好で神に刃向かった事を反省するんだな。ああ、安心していいぞ。その胸やら尻やらな部分が貧相になるのは可哀想だからな。エサは良いモノを持ってきてやる。そこの元神のアホに食わせてもらえ」
そう言うとゼスターは牢屋から去って行った。
牢屋は先程シンカリアが超爆破魔法ハイ・ブラストで破壊したままだが、別に問題無いと思っているのだろう。シンカリアは束縛魔法グルズムで動けず魔法も使えないため抵抗は不可能となっているし、リィンリンは比較的自由だが、動けた所で驚異にはならないとゼスターに判断されているようだった。
「なんでこんな事になってんの…………転生者なら選定零組ティーレアンに…………私ならアイツのふざけた力チートを圧倒できるはずなのに…………」
「…………マサツグさんには私の神の力があるんです」
リィンリンは仕方が無いと漏らすように言った。
「だから勝てなかったのだと思います。転生者であっても、神の力を持っているなら…………それは神である事と同じですから」
「…………なんでアイツって神の力があるの? 神はアンタで、ゼスターは転生者でしょ?」
「………………私がいけなかったんです」
リィンリンは悔いている罪を告白するように語り始めた。
「ずっと前に、私がマサノブさんにふざけた力チートを与えて転生させてしまった事が始まりです………………マサノブさんの前世は何の幸福も無く終わっているのですが…………それを見てふと思ってしまったんです。転生後のマサツグさんには前世と違って……………………どんな敵にも勝てる強さがあって、誰からも頼られる存在になれて、自分に完璧な自信を持てて、嫌な事は何も起こらない………………そういった幸福を感じる経験や出来事を歩める人生にしてあげたいって」
「………………なんで転生者の前世ってそんなヤツばっかりなのかしら」
クリハラも同じような事を言っていたなとシンカリアは思い出す。
「当時のエルナブリアは今より荒れていたので、それを正す役割として転生させたかったというのもあります。世界を正せる力を持てる存在というのは、その世界に何の関係もしがらみも無い部外者が最も適任ですから」
国や世界レベルの悪や闇を払うのは内部の者では無く、外部の誰かである事が圧倒的に多い。後世に語り継がれるような歴史的事件になっていく程そういった傾向がある。
これは浄化作用に頼る事があまり得策では無い、人間という種族の欠点だった。
「ふざけた力チートを持ったマサノブさんは、そんな荒れたエルナブリアを救ってくれました………………王国を救った“勇者”と崇められて、誰もが知る英雄になって、何処へ行っても慕われて、王族のコネなんかも完璧になって、あらゆる富も名誉も手に入れて、異性からとにかくモテてモテてモテまくって、説教や嫌みを言ってくる者は皆無で、「やれやれ…………」とか「全く…………」とウザさ全開っぷりに呟いても慕われて、本気を出さずに戦うからカッコイイという姿勢も歓迎されて……………………あまりにも完璧な勇者になってくれました…………」
「なんで後半部分は呆れたように呟いてんの………………いや、気持ちはわかるけど」
何か察してしまうマサノブの勇者具合だったが、そこは関係無いのでシンカリアはボヤくだけに止めておく。
「ですが、マサノブさんがそこまでになった時………………思ったみたいなんです。なんで、転生後にこんな楽しめる人生をオレだけが歩んでるんだろうって……………………自分以外の転生者がいない事に違和感があったんでしょうね………………私に抗議するためアルドゥーク神殿に行ける世界移動魔法リリルージヨンの使い手に力をかりて、ここへ戻ってきました。まあ、転生後に前世の記憶がはっきり残ってて、なおかつふざけた力チートもあるって方が、本来ならもの凄くおかしいんですけど…………そういった事には聞く耳もってもらえなくて………………」
「人の欲には限りが無いからね。満足すればそれより一つステージの高い満足を求めて、そこに満足したならさらに一つステージが高い満足を求めるようになるわ。それがどんな事でもどんなモノでも………………他愛っていう正義感に酔える理由ならなおさらね」
エルナブリア王国を救った後、ゼスターは自分のような前世を持つ者を救わなければならないと思ってしまったのだろう。可哀想な誰かを救う力があるならそうするべきと、悪い余力が出てしまったのだ。
自分のような前世だった者は今の自分のようにならなければならないと。
「そこからは今に至るって感じです。私はマサノブさんの意見に反対したので………………ふざけた力チートでマサノブさんは私から神の力を奪って神となり…………前世が地球人で不幸な生い立ちだった者を見つけたらふざけた力チートを与え続けています。例え、エルナブリア王国を根本から狂わせてしまう事になるとしても…………」
ゼスターにとってはエルナブリア人が転生者を褒め称え続ける存在なら、それでいいのだろう。それ以外はどうでもいいのだ。異世界より助けるべきは転生者だと定めために、他は何がどうなろう関係無くなってしまったのだ。
「悲しいです………………エルナブリア王国はかつてマサノブさん自身が“ちゃんと救った世界”なのに………………」
「………………………………」
今のゼスターにとって、エルナブリア王国は滅びなければいいというだけだ。人々が信じられないくらい無知になるといった事はむしろ望む所で、その方が転生者達は気持ちよく過ごせる。魔物が発生する事も右に同じだ。
「一人二人程度なら問題ないのですが、ふざけた力チートを持つ者が大量発生してしまうとエルナブリア王国にバグが発生してしまいます。それが今起こってる転生影響無能病フラジャイルや魔物発生といったモノの正体です。でもマサノブさんはソレらを進んで放置して………………改善する気はないみたいです………………」
「ふざけた力チートなんてのは本来地上にあるべきモノじゃないって事なんでしょうね。多少なら世界は自浄するんだろうけど」
そもそもふざけた力チートというのはこの世界に無いモノだ。神という異世界の存在しか与える事のできない異世界の力である。おまけに何でも可能にする力でもある。
僅かなら影響は無いだろう。だが、そんなあるはずのない力が大量に存在してしまえば、何らかの致命傷を世界に与えてしまうのだ。その証拠に選定零組ティーレアンという、ふざけた力チートのカウンターにしかなり得ない者達が生まれている。
「このままだとエルナブリア王国はふざけた力チートを持つ大量の転生者のせいで、文明や文化や歴史が消えていって…………人々の意思までも捻じ曲がってしまいます。それは世界が汚染されたと同義で………………なんとしてもやめさせないと」
「当たり前だわ。元凶のゼスターをどうにかして世界をあるべき姿にしないと、いずれ私だって転生者の影響受けるかもしれないし……………………ぬうううううぐぐぐ………………」
シンカリアは束縛魔法グルズムを解こうとずっと藻掻いているのだが、やはり意味は無い。時間経過で弱まる期待も薄いため、自力で解くのは諦めるしかなさそうだ。
「………………ねぇ、なんでアンタはアイツにふざけた力チートをあげようと思ったの?」
「…………え? それは前世が可哀想だったので現世は幸せを感じてもらいたいというのと、その時のエルナブリアが――――――」
「あ、ゴメンゴメン。そういう事じゃなくてね」
シンカリアは優しく訂正する。
「なんで可哀想だなんて思ったの? あなた神なんでしょ? 誰か一人に同情するなんて事していいの?」
「………………………………………………………………………………そうですね」
リィンリンは黙ったままだったが、少し経ってその重い口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます