第13話 転生者クリハラの最後とレスクラの今後

「さっきの光は何だったんだい?」






 「主マスターの姿が…………無い?」






 クリハラの転送が終わった直後、タイミングよくサトリマックスとレスクラがシンカリアのそばへやってきた。




 空中戦でもやっていたのか、二人は空から降って来た。距離を空けて着地し、互いに姿勢を全く崩さず武器と視線を突きつけている。






 「………………アンタってホントに神滅兵器と互角なのね」






 シンカリアはサトリマックスの衣服や身体が、汚れても怪我もない事に、驚愕を通り超して呆れていた。




 どうやら、人間の限界を決めつけてはいけない証拠がこの男のようだ。




 信じられない事だが、サトリマックスは本当に古代の超兵器と渡り合える力と技量があるらしい。あと、疲れていないようなので、スタミナも恐ろしくある事が決定だ。






 「いやー照れるなシンカリア君。自分は持ち上げられる事に慣れていなくてね。ついつい、身体の一部が照れてしまうよ。いやー、困った困った。照れすぎて困るなー いやーもうホントに」






 「いや、照れるべき部分はアンタの戦闘センスっていうか戦闘力っていうか人を超えてる所っていうか…………」






 何やらウザさが炸裂しているサトリマックスは横目に放って、シンカリアはレスクラの方へ視線を移した。




 レスクラもサトリマックスと同様、衣服に汚れはなく身体に怪我も無く疲れていない――――――――――――と思っていたのだが、ほんの僅かに手の甲が汚れている。




 おそらく、サトリマックスが放った蹴りか何かの攻撃を防いだ後だろう。どうやらサトリマックスの方がレスクラを押していた(どうでもいいくらいほんの僅かの差だが)ようだ。






 「主マスターは…………どうなったのですか?」






 レスクラはいなくなってしまったクリハラを気にしていた。夜闇でも見えているのか、大きなリボンを揺らしながら周囲をキョロキョロと見回している。






 「クリハラは帰ったわよ。元いた世界にね」






 「…………元いた世界?」






 「アイツは地球の日本って所から来た異世界転生者ってヤツでね――――――」






 シンカリアはさっきまであった事をレスクラ(ついでにサトリマックスも)に説明した。




 クリハラが転生者である事や、その転生者がエルナブリア王国にいると色々と危機が起こってしまう事。そのクリハラを日本に転送した事。だからこの世界にはもういない事――――――――――――等々を話し、レスクラはしっかりとその全てに耳を傾けた。






 「という事は、もうクリハラの影響は無くなった………………そう言う事…………なの………………かい?」






 サトリマックスは慎重にその事実をシンカリアに確認する。






 「そうね。今頃は転生影響無能病フラジャイルが解けて正気に戻ってるはずよ。あとで街の確認にいかなきゃね。魔物はまだ残ってるだろうけど、転生者がいなくなったから、駆逐していけばいずれいなくなるはずよ」






 「それはつまり…………自分の妹も――――――」






 「そうね。アンタの妹さんも転生影響無能病フラジャイルから解放されてるわ」






 「よっしゃあああああああああああああああ!」






 それを聞いてサトリマックスは万歳しながら身体を捻らせつつ、飛び跳ねつつ、くねらせつつ、なんというか怪しい健康体操のような動きを始める。






 「おっしゃああああああ! 思わずおっしゃあああって感じで、おっしゃああああああ!」






 なんか、歓喜と乖離しているような動きに見えてしまうが、これがサトリマックスの激しい喜び表現なのだろう。シンカリアにはそう思う(合ってるだろう)事しかできないが。






 「つまりこれで我が妹はクリハラの呪縛から解き放たれたというワケだッ! 自分を見てくれるいつもの状態になったというワケだッ! 兄を好きでやまない妹になったというワケだッ! 兄を一番としてくれる可愛さを再度発揮してくれるというワケだッ! つまり我が妹は最高というワケだッ! 我が妹に異論は無いと言うワケだッ!」






 「妹さんがアンタの願望の通りになってくれるかは知らないけどね………………って、いけないいけない」






 シンカリアは慌ててレスクラの方へ視線を移す。そもそもシンカリアはレスクラと話していてサトリマックスはついでだったのだ。完全に置いてけぼりにしてしまった。






 「………………………………」






 レスクラは黙ったまま夜空を見上げていた。




 もの凄く短い間の主マスターだったとはいえ、いなくなってしまったのだ。アイデンティティーが失われたと同義の状態だろう。






 「話はわかりました。そうなると………………」






 そう呟くと、レスクラは大剣をネックレスに戻し、その場に膝を抱えて座り込んだ。顔は半分だけ膝に埋もらせ、腕で膝全体を抱きしめる。






 「…………もう主マスターは帰ってきませんね」






 そんな風にジッとしているレスクラの姿は、なんだか友達の家に悩み相談にきた落ち込み中の少女のようだ。小さく華奢に見える身体もあって、可愛らしさと寂しさが同居していた。






 「………………………………」






 レスクラは完全にシンカリアとサトリマックスに敵対する事をやめている――――――――――――いや、生きる事すらやめた雰囲気までレスクラにはあった。






 「え? 何? ど、どうしたの?」






 そんなレスクラにシンカリアは戸惑った。思わず話しかけてしまう。






 「もう主マスターはいませんから動く理由がなくなりました。このまま眠ろうと思います」






 「ね、眠るって?」






 レスクラにとって眠るとは、おそらく“停止”という意味だろう。以前眠ったのがいつなのか知らないが、それは恐ろしく長い年月だったはずだ。






 「あ、私の事は放って置いてもらって大丈夫です。耐久力には自信がありますので、人の進化が百世代以上続いても問題ありません。もちろん、嵐がこようと天変地異が起ころうとも右に同じです。世界崩壊まで行くと、ちょっとわかりませんが」






 「いや、その………………百世代以上とか天変地異とか世界崩壊とか言われてもピンと来ないんだけど…………」






 どうも軽く千年は眠る気のようだ。しかも、それをあっさり言う所からして慣れた事なのが窺える。






 「せ、せっかく起きたんじゃない? なのにすぐ眠っちゃうなんてその………………も、もったいなくない?」






 たしかに主マスターであるクリハラはいなくなったが、だからといってすぐに千年レベルで眠ってしまう必要はない。せっかく起きたのだから、眠るにしてもまだまだ先でいいはずである。






 「そう言われましても。主マスターがいないのでは、起きてる理由がありませんし」






 「うーむ、なかなか寂しい事を言うわね………………」






 シンカリアが何を言おうともレスクラの意思は変わらない。そこに躊躇いは無かった。




 なので、レスクラを眠らせない事はシンカリアのワガママで終わる――――――――――――――――そう思われたのだが。






 「なら簡単な話だ。シンカリア君がレスクラ君の新しい主マスターになればいい」






 サトリマックスが二人の横からそんな事を言った。






 「主マスターがいないから眠ろうとしているのだろう? なら、新しい主マスターを見つければ解決だ。簡単な事じゃないか」






 サトリマックスは自分の言った事をナイスアイデアだと思っているようで、何度も頷きながら「良いこといったなぁ自分」と満足な顔している。






 「………………え? 私!? 私がこの子の主マスターになるの!?」






 だが、それは実際良いアイデアだ。レスクラの眠ってしまう理由が主マスター不在なだけというなら、たしかに新しい主マスターをシンカリアにすればそれで解決だ。






 「ん? 主マスターになるのは嫌なのかい?」






 しかし、それは簡単にできる事なのだろうか。ついさっきレスクラはクリハラを主マスターにしたばかりだ。クリハラはもういなくなっているとはいえ、そんな簡単に主マスターを変更できるのだろうか。






 「いや、その…………別に嫌でもなんでもないけど………………私が主マスターでもいいけども…………でも、私でいいのかって思うし」






 「では、よろしくお願いします」






 「決断早ッ!?」






 ヒョコリとレスクラは立ち上がった。




 そのままレスクラはシンカリアの横に移動し、ピタリと身体をくっつける。その動きは何処か、姉を慕っている妹のような動きだった。






 「え? そんなんでいいの? 主マスターってそんなあっさり決めらて決めちゃっていいもんなの? そういうモノなの?」






 「はい」






 「即答ッ!?」






 あまりにもシンプルすぎる回答に、シンカリアのツッコミもシンプルになった。






 「でも私、あなたの主マスターを転送した本人なんだけど。コレって敵討ちするとか、怨みの対象とか、私はそういうのになるんじゃないの?」






 「…………別になりませんが?」






 「わー、めっちゃ不思議そうに見られたー。当たり前すぎる事を聞かれたような顔されたー。あまりにも当然の答えすぎて相手を気遣うような表情してるー」






 「いやーよかったよかった。自分はもういなくなるからね。一人旅で寂しくなるシンカリア君と一緒にいてくれる人がいないかなーと思っていたんだよ。レスクラ君ならボディガードとしても完璧だ。ケーキをねだって姉にあーんしてもらう妹としても完璧だし、妹の口周りについた涎なんかを拭いてあげる姉という関係も完璧だ。つまり、パーペキというヤツだね。間違いない」






 何がどうパーペキで間違い無いのかわからないが、サトリマックスはウンウンと頷いて勝手に納得している。






 「妄想は加速していく業って聞いた事あるけど……………………コイツの言ってる事がソレなのかしら……………………」






 「じゃあ達者でね! またいつか会える事を祈っているよ!」






 サトリマックスはその言葉を最後に、土煙をあげて凄まじい速さで去って行った。




 どうやら朝になってから旅立つという選択肢は無いらしい。それだけ早く妹に会いたいのだろう。それにサトリマックスなら夜道が危険だとか、道が見えにくくて不効率だとか、そういうのは別になんでもなさそうな謎の確信がシンカリアにはあった。






 「なんか、忘れられそうに無いヤツだわ…………出会いも別れもなかなか無い突然具合だったし…………」






 一応、見送りの手ぐらいは振っておく。見てないだろうが。






 「主マスター、これからどうしましょうか?」






 「あ、ちょっと待った。私を主マスターって呼ぶのはやめて。その呼び方、なんかしっくりこないからさ。なんか背中がゾワゾワするのよ」






 「わかりました。では、なんとお呼びしましょう?」






 「シンカリアでいいわ。私はあなたの事レスクラって呼ぶから」






 「わかりましたシンカリア。これからどうしましょうか?」






 レスクラはシンカリアを本名呼びで質問する。






 「そうね………………学院を目指しつつ出会った転生者を送り返す。今日みたいな事をこれからも続けてく――――――――――って、言いたい所だけど」






 とりあえずの問題は解決したので、住民達が正気か確認しつつ宿に戻りたい。そして、何も食べてないのでご飯食べたい。その後は、もう今日は何も考えずに眠りたい。あと、寝る前にお風呂入りたい――――――――――――そういった事がシンカリアの脳内に浮かんでいるが。






 「神ってさ…………どうやったら会う事ができるのかしら…………」






 口に出たのは、転生者による被害の元凶の事だった。

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