第12話 シンカリアは異世界転生をこう思ってます
「…………アレ? あなたずっと見てるだけだったの? つか、戦いやめてたの?」
サトリマックスにツッコミを続けていたシンカリアは、しばらくしてそんなレスクラに気がついた。
「ええ、ドンドンパッパラゴリゴリアーというモノが何なのか考えていたモノで」
レスクラは真顔でサトリマックスの謎単語を言った。
「違うよ君。ドレダンパパットササットナーだよ、。間違えてはいけない」
「名称がどんどん変わってんだけどッ!? アンタから一言も同じ名称が発せられないんだけどッ!? どんどん謎になってく何かになってんだけどッ!?」
「ドレダンパパットササットナですか。なるほど」
「あ、ちょっと待って欲しい。今わかったんだが、君と対等なのは毎日ちゃんと歯磨きしているからだ。これだ。間違い無い。絶対にそうだ」
「絶対違うわよね? 毎日歯磨きしたら神滅兵器倒せるっていうなら、この世の人間達は神滅兵器キラーだらけになるわよね? そうよね? 私は間違った事言ってないわよね?」
「歯磨きは神滅兵器を超越するのですか…………興味深いですね…………」
「信じちゃダメ信じちゃダメ信じちゃダメ信じちゃダメだからッ! 絶対、コイツが適当に言ってるだけだからッ! あまりにも検討外れに決まってるからッ!」
「え? ちゃんと歯磨きしてれば強くなれるよ?」
「アンタはちょっと黙ってなさいッ!」
「つまり、歯磨きしてないからそこの魔道士は弱いと言うワケですか」
「私が歯磨きしない女って断定するのやめてッ! 私、ちゃんと清潔にしてるから! 歯磨きするし、お風呂だって入ってるから! 不潔じゃないから! 身体を綺麗にできる女の子だからッ!」
「え? そうなのかいシンカリア君?」
「なんで信じらないような顔してんのアンタッ!」
「おいいいいいいいいいいいいいレスクラぁぁぁぁぁぁぁ!」
長い漫才(?)が続いたからだろう。
それを見ていたクリハラはたまらず叫んだ。完全に中断された戦闘と、自分が仲間外れにされている会話にイラつきが最高点に到達したようだった。クリハラの顔が怒りで吹き出したマグマのように赤くなっている。
「早くその魔道士を殺せッ! なんで敵とお話なんてしてるんだお前はッ! さっさと戦わないかッ!」
戻っていた余裕が再びクリハラから消えている。こんなにも自分でどうにかできない展開になった事が無いので、それがクリハラを苛立たせていた。
「くそ…………なんでオレを蚊帳の外にしてんだよ…………オレはいつだって中心にいるはずなのに…………なんでだよクソッ!」
クリハラは転生してきてから、ずっと自分中心の展開になれすぎていた。常にそれを望んでいるため、ストレスを与えられる展開や出来事に対して情緒不安定になりやすくなっている。
簡単に言うと、コンプレックスを刺激される事に過剰な反応をしてしまうのだった。
相手にやられたり、叱られたり、相手をどうにもできなかったり、自分を蚊帳の外にされたり――――――――といった事に絶えられない。それだけで耐えられない不快さが内に溢れてしまう。
転生者という存在全般に言える事だが、彼らは全て自分の都合の良い世界に生きている。
そういう世界にして生きている。
「早く殺せッ! 本気だせよッ! 早くオレに日常いつもを戻せッ!」
だから、そういった事から外れるモノを非常に嫌う。
認めたくない、認められないが故に。
「もう戦ってるわよ。イライラしてないで現状をちゃんと見なさいっての」
その声――――――シンカリアの声が聞こえた時、クリハラの背筋が凍った。
「――――――――え?」
いつの前にか、クリハラのそばにシンカリアが立っており、その向こうでサトリマックスとレスクラが戦っていた。互角の勝負だ。ぶつかる度に火花を散らし、どちらも引く様子はない。決着はまだまだ先になるだろう。
そう、だからシンカリアが今ここにいる。
「お互い助かったわよね。偶然がこんな奇跡を呼んでるんだから」
サトリマックスとレスクラの戦闘音が響く中、シンカリアは自分の手をクリハラへと翳した。
「い、いやだ…………殺さないでくれ…………」
この世界で初めて――――――いや、クリハラの人生で初めて心の底から命乞いをした。
殺されたくない。死にたくない。生きていたい。
こんなにも都合良く生きられる世界を終わらせたくない。
生命と欲望の本能に突き動かされるまま、クリハラはシンカリアに土下座を続けた。シンカリアにふざけた力チートは通じないのだ。クリハラにできる事はコレしかない。
「………………………………」
そんなクリハラの命を握っているシンカリアだったが――――――――
「さ、そこにできてる光の柱に飛び込んで。この世界移動魔法リリルージヨンを潜れば日本に戻れるはずだから。もちろん、アンタの知ってる世界の日本よ。そこに繋がってるわ」
――――――クリハラの命を奪う事はなかった。
いや、元から殺す気など全く無かった。
「――――――え?」
ふと、クリハラが後ろを向くと、真っ白に輝く夜空に届きそう柱が出現していた。まるで、強烈な照明を地面に埋め込んで空に向かって照射しているような光だ。
「会得するのすっごい大変だったのよ。私、攻撃以外の魔法は覚えるのも修練するのもすごく苦手だから」
世界移動魔法リリルージヨン
この白い光の柱に入った者を任意の世界に転移させる、シンカリアが自力で覚えた大魔法の一つである。
「あ、言っとくけど、戻ってもアンタが持ってるふざけた力チートはそのままよ。日本に行ったら消えるなんて事にはならないわ。安心して向こうで使いなさい。私としては、この世界の迷惑にならなきゃどうでもいいから」
さっき手をクリハラに翳したのは、クリハラを殺すためではない。この白い光円を作るためだったのだ。
クリハラを殺さず、ふざけた力チートもそのままで日本へ送り返すために。
「な、なんで…………?」
クリハラはシンカリアの行動が理解できなかった。
シンカリアにとってクリハラは世界をメチャクチャにした人物のはずだ。憎まれるべき存在で、そんな存在を助ける気になるとは思えない。それに、転生者のふざけた力チートを無効化できるなら、殺す方が手っ取り早いはずだ。その方が世界移動魔法リリルージヨンなんて大魔法を習得する必要なくなるし、何より楽だろう。
「お前は…………オレを殺したいんじゃないのか?」
この世界にとって転生者は害悪だ。
なのに、なぜシンカリアは転生者を助けようとするのだろう。
「転生者ってのは私達の世界からその命が消えれば問題ない存在なのよ。わかる? だから私は殺したいなんて思ってないわ。転生者を殺しても、この世界から追い出しても結果が同じなら、私は後者を選ぶってだけ。ま、こういう考えは珍しいんだけどね。転生者を殺すために行動するヤツらだらけだし、それが普通だし、その方が手間も無いんだし」
シンカリアは目の前で這いつくばる世界の害悪に手を差し出した。
「――――――でもね」
それは決して人にふざけた力チートを与え、万能に救済してくれる神の手では無い。
せめてもの助けを差し伸べて偽善を行う、ただの人間の手だった。
「誰だって自分が中心の世界で生きていたいし、英雄のように持ち上げられたいし、誰からも感謝される行動をしていきたいし、迷惑をかけない存在でいたいし、悪を倒す味方でいたいし、正義であり続ける者になりたいし、多くに恵みを与えてあげたいし――――――――――――何より、毎日を気持ちよく生きられる世界に居たい。そうでしょ?」
それはシンカリアが転生者に思っていた事だった。
シンカリアは転生者=悪という考えではない。
何故なら、転生者は全ての者が世界を支配しようとしたり、無意味に戦いをしかけたり、堕落させようとしたり、悪を良しとして行動する者がまずいないからだ。
転生者のほとんどは力を持った良い人として異世界を生きようと、善意の姿勢で毎日を過ごしている。
そう、それだけ。それだけなのだ。
シンカリアは転生者をそのように理解している。
「転生者については授業だったり歴史だったり人から話を聞いたりして…………………………私はまあ、そういうヤツらなんじゃないかって思っちゃったのよ」
転生者がヘタな魔王のように世界支配を目論む者なら、シンカリアはソイツを殺すだろう。
転生者が 己シンカリアの大切な人物達に致命的な何かを与える者なら、ソイツもシンカリアは殺すだろう。
そして、転生者が死ななければエルナブリア王国が滅びるというなら、これもシンカリアは殺す事に躊躇は無いだろう。
シンカリアの優先順位は自分の生きる世界であり自分自身だ。転生者の学芸会を続けさせる理由は何処にも無い。
だが、転生者がヘタな魔王ではなく、己シンカリアの知人に致命的な何かを与えず、死なずともエルナブリア王国が滅びない解決方法があるというのなら――――――――――――殺すことはない。
そう、殺すことは無いのだ。
「…………私ね…………生クリームいっぱいのショートケーキが好きなの。毎日食べたいくらいの好物なのよ」
「ショ、ショートケーキ?」
この場に似つかわしくない菓子の名前が出たので、クリハラは思わず聞き返す。
「ショートケーキってさ…………昔、アンタ達転生者がこのエルナブリアに教えてくれたモノなの。伝えたって言った方がいいのかもね………………今は皆無だけど、昔転生者が色々伝えてくれたおかげで、様々な文化が育ったって経緯がこのエルナブリアにはあるのよ」
「そ、そうなのか…………?」
それは中々の衝撃的事実だった。
普通なら外国文化に影響を受けるモノのはずだが、エルナブリア王国は異世界の影響を受けているらしい。信じられない事実だが、シンカリアはそれだけ調べているのだろう。この事実を話す口調は確信に満ちていた。
「そうなのよ。だから、アンタが知ってる知識がエルナブリアに多かったんじゃない? 道具や料理の名称とか、農業や工業の技術やら色々とね」
「た、たしかにそうかもしれない…………ケーキなんて言葉があって、料理の種類や外見まで一致しているなんて偶然があるワケないし………………この世界でしか見られないモノというのはあまりなかった……………………」
「まあ、今じゃこんな感じになっちゃっけるけどね」
シンカリアは自分とクリハラを指さして、今のエルナブリア人と転生者の関係を示した。
「私は無意味に転生者を殺すなんてできない。でも、放置だってできない。そして………………自分の行動に迷ってもいない」
クリハラの目を見てはっきりとそう告げる。
それは、シンカリアがエルナブリア王国発展に寄与してくれた転生者に唯一できる感謝の行動だった。
「生クリームたっぷりのシュートケーキが私の好物でラッキーだったと思いなさい。そうじゃなかったらきっと……………………アンタは私に殺されてたと思うわ」
――――――――これは間違いなくただの心の贅肉だろう。
世界移動魔法リリルージヨンは対象を異世界に移動させる大魔法、というだけだだ。ふざけた力チートでもできない魔法だがそれだけなのだ。相手を殺すやら倒すやらの魔法を覚えたいなら他に多数存在するし、繰り返すがそっちの方が世界移動魔法リリルージヨンよりお手軽だ。薪に火をつけるのに城下町を燃やし尽くす魔法は必要ないのと同じで、手間も効果も大きすぎるのである。
異世界人を殺さず元の世界に戻せる魔法だが、そんなのにメリットを感じる者はまずいない。異世界人というリスクを知っている者達ならなおさらだ。習得するなど意味不明と罵られても仕方の無い大魔法だろう。
「生まれ変わってまで大変な世界に生きたくないわよね。苦労なんて、前世で死ぬほど味わってきてるんだから」
だが、シンカリアはそんな世界移動魔法リリルージヨンを習得した。
自分の世界をムチャクチャにしている、誰とも知らない人物を助けるために。
殺す事は無いという、たったそれだけのために。
偽善を全うすべく、シンカリアは己の行動を決めている。
「私は正義面して生きちゃいないからね。このくらいしてあげるわよ」
「あ、ありがとう…………で、いいんだよな?」
少し戸惑いながら、クリハラはシンカリアの手を取り立ち上がった。
「戻ったら日本で無双するのね。ふざけた力チートでそっちの世界の常識やらなんやらはムチャクチャになるだろうけど、好きにやんなさいよ。ふざけた力チートを思いのまま使うも、忍びながら使うも。あと、何も使わないってのでもね」
「ほ、本当にいいのか? 俺がこのままふざけた力チート持ったまま戻るのって…………」
緊張感が一気に解けたからだろう。何やらクリハラは、日本へ戻れば助かる事に対してビビっていた。
「お、おかしくないか? そう言っておきながら、俺を希望から絶望のどん底に落とすような罠とか仕掛けてあるんじゃ…………」
意味もなくクリハラはシンカリアを疑った。普通に考えて、何か裏があるとしか思えないのだろう。
シンカリアが転生者に対してどう思っているのか聞いても、素直に信じる事は難しい。
クリハラが転生前にどういった人生だったかわかるような発言だった。
「戻るのが嫌なら殺してあげるわよ」
そんなクリハラに、シンカリアはニコリと微笑みかける。
「エルナブリアに居られたんじゃあまりに迷惑極まりないからね。私の譲歩を受け入れず、このまま日本に戻らないなら遠慮なくここでブッ殺よ。あと、ワザと死んでこの世界にまた転生してきてもブッ殺だから。いや、滅殺だから。そんな舐めた事するヤツに天誅くらわすのは当たり前だから。沸いた悪をブッ殺なのは摂理だから」
「戻ります! そしてもう二度と来ませんッ! さようならッ!」
シンカリアに脅され、クリハラは世界移動魔法リリルージヨンで作られた白い円に入っていった。
「全く、さっさとそうすればいいっての………………」
転送はすぐに完了し、激しい輝きはすぐに収束していった。光の柱の形跡は夜の闇に飲まれ、残ったのは残骸が広がる元クリハラ屋敷だけだった。
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