第10話 異世界転生しようがツケって来るモノなんです

「どうして俺が魔法くらって痛がってるんだよッ!? ステータスオープンで見た限り間違いないだろッ!? 俺にとって雑魚同然の攻撃のはずだろッ!?」






 たまらずクリハラは膝をつく。攻撃が当たるというだけでも初めてなのに、ダメージまで負ってしまったのだ。当然、これは余裕も油断もできないという状況であり、そのストレスはクリハラを狼狽させていた。






 「ステータスオープンで私が見抜けないのは当然だと思うわ。神が与えたのは転生者が異世界で圧倒的になれる力だもの。それはつまりストレスを感じさせない力とも言えるから、例外は感知できないようになってる。そうなっててもおかしくないわ。感知できると転生者のストレスになっちゃうからね。まあ、転生者にストレス与えられる強者なんてまずいないんだけど」






 「な、なんだよ!? なんなんだよソレは!? どういう事なんだよッ!?」






 クリハラがこの異世界に来て、理解の追いつかない出来事が一瞬で起きている。




 何をしようと最上位だった心地よさがバラバラと崩れていく。






 「何が起こったかわからないって顔してるけど、痛いって別に不思議な事でも何でもないからね? 攻撃を避けようとも防ごうともしなかったんだから。そうなるのは当たり前よ」






 シンカリアは至って普通の事を言った。






 「あ、当たり前なワケ無いだろッ! こ、こんな事起こるワケが…………」






 「起こるわよ。だって、アンタはただの人間なんだから。あ、いや正確には地球人で日本人なんだけど」






 ダメージを負った事実に慌てるクリハラに、シンカリアはクリハラが本当は何者であるのかを告げる。






 「私は転生者が持つ力をほぼ無効にできるの。だから爆破魔法ブラストは普通の魔法としてアンタに向かってくし、それをどうにかしようとしないなら今みたいになる。至極当然の事よ」






 「え、影響? な、なんだよソレ?」






 「つまり、アンタのふざけた力チートは私には通じないの。アンタが元々持っている力なら通じるけど…………まあそんなの無いでしょ。ずっとふざけた力チートだけでやってきただろうし」






 選定零組ティーレアンは、あくまで転生者が神からもらった力に耐性があるだけで、その者本人が持つ力に耐性は無い。ただ殴ったり蹴ったりするなら、シンカリアに通用するのだ。




 だが通用しても、そんなお遊びレベルの力では魔道士であるシンカリアは倒せない。ただの地球人では、魔法を使えて戦闘訓練も積んでいる異世界の人間シンカリアに勝てる道理はないからだ。






 「そんなワケが…………そんなワケがあるかッ!」






 クリハラは全力でシンカリアに向かって超爆破魔法ハイ・ブラストを放った。




 爆破魔法ブラストの上位魔法だ。どんなに練度が低くても、民家の数軒程度なら一発で消し飛ばす威力がある魔法である。






 当然、そんなの無防備の人間では耐えきれない。展開されたら防ぐか避けるか必須になるが――――――――――――――シンカリアはその場で何の行動もしなかった。






 そう、サトリマックスを前にしたクリハラと同じだ。




 超爆破魔法ハイ・ブラストがシンカリアに直撃する。






 「なん…………だと…………」






 超爆破魔法ハイ・ブラストが放たれ、その威力でクリハラ家は消し飛んだ。質の悪い花火のような音が夜闇に響き渡り、壁や扉が細かい破片となって空中へ打ち上げられる。やがて地面に黒焦げになった破片達が落下し、クリハラ家が見るも無惨になった結果を見せつ


けた。




 「無駄よ。それが例え人の枠を超えた大魔法だろうと能力だろうと技能だろうと、それが本来のアンタの力で放たれたモノじゃないなら、私には無効化近くまで激減されるわ。超爆破魔法ハイ・ブラストが埃で嫌がらせするのが精々って程度になるくらいにはね」






 超爆破魔法ハイ・ブラストは突っ立っていただけのシンカリアに直撃したが、その身体を傷つける事はできなかった。全くの無傷で姿勢すら崩せていない。シンカリア本人が言った通り、埃が舞い上がるだけの魔法を撃たれたと言わんばかりの表情だ。あまりにも余裕すぎる。とても超爆破魔法ハイ・ブラストを撃たれた者とは思えない。






 「ど、どうしてッ!?」






 この結果が信じられず、クリハラはシンカリアに向かって何度も攻撃魔法を放つ。




 さらにそれ以外にも、地面に大穴を空けるような力で殴りかかったり、局所的な火炎や吹雪や落雷を巻き起こしたり、シンカリアのいる空間部分を断裂させるといった事までやったが――――――――――やはり何の意味もなかった。何も効かなかった。






 「無効化近くまで激減って言ったでしょ。そんなんじゃ擦り傷一もつかないわ」






 クリハラが何をしようとシンカリアには通じない。その絶対的な光景は、まるでクリハラのふざけた力チートをこの世界が拒否しているような――――――――――法則しくみとでも呼ぶべき光景だった。






 「私はね、アンタみたいな転生者を殺せる力を持ってるのよ。戦える力があるの。そっちの攻撃はほとんど効かないのにこっちの攻撃が通じるのはそういう理屈。これまで余裕や油断ばっかりしてたアンタには信じられないだろうけどね」






 「な、なんだって? 転生者を殺せる?」






 これまでクリハラを倒そうとする者、攻撃しようとする悪役は多く現れた事だろう。






 「このエルナブリア王国に住む人達を………………アンタみたいな転生者は無意識に狂わせるの。簡単に言うと、頭の中身をとんでもなくバカにされちゃうのよ」






 だが、それを実行できる者はいなかった。全員、クリハラの足下にも及ばないため簡単に返り討ちにされていた。






 「異常だと思った事は無い? 相手の全力攻撃は全く効かなくて、自分の気の抜けた攻撃は相手を簡単にやっつけられる事に。そんな力を誰にも恐れらない事に。称えられ続ける事に。他にも、出会った人達は文化レベル的に持ってて当然の知識が無い事や、どんな拙い知識でも披露すれば必ず絶賛される事、あらゆる異性から無条件に好意を持たれる事、反感持つ者は何処にもいない事、他にも色んなありとあらゆる都合の良い事が大量に起こって――――――――こんなの異常以外の何物でもないわ」






 転生者はこれだけの異常に何の違和感も抱かずエルナブリアで生きている。どれだけ警戒心がザルなんだとシンカリアは呆れていた。






 「私としては、何でその現状を受け入れられるのか謎ね。気味悪くてたまらないと思うんだけど」






 「……………………」






 クリハラは黙ってシンカリアの話を聞いている。




 クリハラからすればシンカリアの言っている事はただのムカツク説教だろう。上から目線で貶めるだけの言葉だ。




 だが、クリハラはシンカリアに反論しない。先程まであった余裕が崩れている事から、シンカリアの言い分を肯定しているのは間違い無かった。




 図星を指され、心の内に踏み込まれた事に焦っている。






 「そんなあまりに特別すぎる力があって、何故自分の身に何も起こらないと思うのかしら? 特別に対しては必ず天敵が現れてしまうのが常で、倒される何かが生まれてくるモノなのに。ひょっとして地球は違うのかしら? 一度栄華を極めたら、それは永遠に続いているの? 悠久の時間をそのまま過ごす事ができて、変化なんてモノは絶対に起こらない世界なのかしら?」






 クリハラは転生者が支配できる環境を良しとし、溢れる疑問に答えを出す事をやめている。己がチヤホヤされるのなら理由などどうでもいいと判断している。




 ――――――――――きっと違和感について考える事は、すぐにどうでもよくなっていったのだろう。




 あまりにも都合のいい時間は、不都合な様々を脳内から消していったのだ。








 異世界に転生するとはこういう事なのだと。








 エルナブリアは神様が転生者に与えてくれた居心地の良い場所。そんな場所にストレスを与える存在や出来事や思考は存在してはならない。




 クリハラという絶対者の幸福だけが蓄積していく。




 それがこの世界の摂理だと、疑わなくなっていったのだ。






 「このエルブナリアは元々ここに住んでる私達のモノなの。何処の誰とも知らないアンタがメチャクチャにしていい世界おもちやじゃないんだから」






 だから、シンカリアのような存在は考えもしなかったはずだ。




 神様から力をもらった自分が勝てない、そんな天敵と呼ばれる者がいずれ現れるだろう事など。


 自分だけが絶対者という根拠は何処にも無いというのに。




 その証拠に、今クリハラにツケがやってきている。






 「お前は……………………お、俺を………………」






 クリハラはシンカリアが何をしようとしてるのか、言わずとも理解している。




 転生者を殺す力があるとシンカリアは言ったのだ。




 なら、やる事は一つだろう。






 「く、くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ! 嫌だぁぁぁぁぁぁッ!」






 クリハラがこの世界に来て初めての悲鳴だった。初めての恐怖だった。






 「え!? ど、どうしたの?」






 突然発狂したクリハラにシンカリアはビクリと反応する。






 「なんで…………なんでだ…………日本じゃ散々だったんだから、この世界くらいオレのしたいようにできる世界でいいじゃないか…………何もなかったんだからッ! オレは人が羨むようなモノなんて何も持ってなかったんだからッ!」






 まるで、探偵に逃れようのない証拠を突きつけられた犯人のようにクリハラは項垂れた。






 「死んだ後、また何処かで生きなきゃならないって聞いて嫌だった…………もう世界で生きるのはたくさんだった………………でも、神様がスキル(チート)をくれたから転生しようと思った…………スキル(チート)があれば本当に好き勝手に生きられるって言ってたから………………それが本当だったから生きる事は素晴らしいと思ったのに…………俺のやる事言うことが何もかも肯定されるから、ここは生きる価値がある世界と思ったのに………………」






 「…………中々に歪んだ人生観ね………………何がどうしてそうなったのかは聞かない事にするけど………………」






 おそらく悲惨で仕方ない前世だったのだろう。そこにはシンカリアが想像する事など、とてもできない何かがあったのかもしれない。




 だが、それがこの世界で好き勝手していい理由にはならない。




 世界で好き勝手に生きるのは自由でも、世界を好き勝手していい自由は何処の誰にも無いのだ。






 「くそ…………オレはここでも、またくだらない死に方するのかよぉぉぉぉぉぉぉ!」






 シンカリアにはどんな攻撃をしても通じないに等しい。そんな相手と対峙している今の状況は命を握られているのと同じだ。






 そして、その命はこれから潰される。






 「ああああああああああああああああああああ!」






 叫んでもどうしようもないが、どうしようもないからこそクリハラは叫んでいた。




 力は通じなくとも、己の感情くらいはお前に届かせてやると。無力に塗れていようが関係無い。この叫びだけは本物だと、己が持つ精一杯の感情を周囲に解き放つ。




 それは真に追い詰められた者にしか出せない、世界への咆哮だった。






 「…………あ、もしかして勘違いしてない? 私は別にアンタを――――――――――」






 だからなのか。






 己に何もないと心から吐露した元地球人は――――――――――ここで奇跡を起こしたのだ。








 「私を呼んだのは――――――――――あなたですね」






 突如、クリハラ家跡の地面の一部が眩しいくらい光り輝いたかと思うと――――――――――――そこに少女が現れた。

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