第6話 サトリマックスは異世界転生者の被害者です

「つまり、そういう事よ。修学旅行中は転生者問題を解決しなきゃいけない。それが私の義務なのよ。つか、解決していかないと卒業に響いちゃうし。留年するのは嫌だし」






 「つ、つまり自分の頼みはッ!?」






 「断る理由は無いわね。それが修学旅行だし」






 イールフォルト魔法学院に通う者としてわかっていた事だ。別に面倒といった様子もなくシンカリアは了解した。






 「ありがとうシンカリア君! 君は自分の恩人だ!」






 「お礼は事が済んでからでいいわよ。あ、お礼は生クリームたっぷりのシュートケーキでよろしく」






 「了解だ。常に生クリームたっぷりのショートケーキを口にしなくてはならない身体にしてあげようじゃないか」






 「そこは普通にお礼してくれるだけでいいんだけど…………」






 出会って間もないが、シンカリアはサトリマックスに敬語を使うのをやめていた。




 サトリマックスは別に依頼者というワケではない。サトリマックスの困りごとにシンカリアが協力する義務があるというだけだ。




 それになんというか――――――――他人行儀じゃない方が良い気がする。サトリマックスの雰囲気がシンカリアにそう思わせていた。






 「妹をたぶらかした存在に天誅を食らわせる事ができるとは…………よかった…………本当によかった」






 「ていうか、その様子だとアンタは転生者の影響を受けてないわよね? 私と同じで選定零組ティーレアンなんじゃないの?」






 「いや、どうだろうか………………たしかに、妹や住民達のおかしさには気づいた。しかし、直接“クリハラ”に会った事は無いから、本当に影響が無いのかは不明だ」






 「ああ、なるほど。転生影響無能病フラジャイルの抵抗力だけがあるのね」






 選定零組ティーレアンの転生者への“天敵度”は個人差がある。






 転生影響無能病フラジャイルを無効化し、ふざけた力チートを一蹴でき、魔物に対し無敵で、こちらの攻撃は十倍増しで通じる完璧者もいれば、転生影響無能病フラジャイルは無効化できるが、ふざけた力チート耐性と魔物相手は微有利程度な者。または転生影響無能病フラジャイルを無効化できるだけでふざけた力チートの耐性が極端に低い者等々、同じ選定零組ティーレアンでもその能力には差があるのだ。






 これらの欠点ムラをなるべく埋めるためにもイールフォルト魔法学院はあるのだが、未発見の選定零組ティーレアンならサトリマックスのような者がいてもおかしくはない。






 「自分が選定零組ティーレアンだって可能性があるなら、すぐにイールフォルトへ来ればよかったのに。待遇悪くないわよ」






 「たしかにシンカリア君言う通りなのだが………………妹がずっとその転生影響無能病フラジャイルという転生者にもたらされた病に冒された事実を前にすると、無意識のウチにクリハラを探す旅に出てしまった。何かを頼るよりも、早く妹を正気に戻したい本能を優先してしまったのだ。まあ、バカな行動だとは思っているよ。後悔は無いしやめる気も無いがね」






 「…………フォローするワケじゃないけど、大事な身内がどうにかなったなら、考えるよりも行動すると思うわよ。バカだとか軽率とか簡単に言っちゃうヤツがいたら、それは相手の事を考えようとしない氷柱の心を持ったかナニかだと思うわ」






 「な、なんという………………この自分の旅を初めて肯定されたよ! なんてシンカリア君は優しいのか。ありがとう少女よ」






 感謝を表すようにサトリマックスはニコリとシンカリアへ笑顔を向けた。




 サトリマックスの容姿は決して悪くない。むしろ、整っている方なので笑顔を向けられれば大半の女性が意識してしまうだろう。






 「よくもまぁ、そんな歯の浮いたというか仰々しいセリフが言えるわね。いや、別に言っていいんだけど」






 だが、シンカリアは知り合って日が浅い(数時間)とはいえ、サトリマックスが見ての通りの残念イケメンである事は理解している。なので、特に意識も心臓ドキドキも無かった。フラグは全く立っていない。






 「………………くくく…………実感が…………だんだんと実感が出てきたぞッ!」






 サトリマックスは天に向かって両手を思い切り広げて叫んだ。






 「もし自分の願いを叶えた者がいるならばッ! 私はあなたに感謝する! これでクリハラに対抗する事ができる! フハハハハハハハ! ヒヒヒヒヒヒヒ! ダハハハハハ!」






 「で、さっきからクリハラって名前が出てきてるけど、それって転生者?」






 「うむ! その通りだよ! 我が妹に足し算引き算教えた事で大絶賛された者! 妹を知能大低下の術中に落とした悪鬼羅刹の名前だッ!」






 サトリマックスは無念を込めるように、自分の両手を握りこんだ。






 「さらに住民達の知能まで低下させた元凶でもあるッ! リンゴ二個くださいと言ったら「ニコ? ニコとは一体…………うぐぐ……」と返されるくらいにね…………それはもう酷い頭脳にされてしまった…………酷い! あまりにもッ!」






 「なんか一ヶ月も経たない内に滅びちゃいそうな知能にされてるわね………………」






 サトリマックスの住んでいる所はなかなか酷い事になっているようだ。住民全員が数を数えられないなんて、もう破滅まっしぐらだろう。






 「あ、言っておくが私はかけ算でも割り算でもどんとこいだよ? 八かける三は十一! 三百十一かける四百二十三は十三万千五百五十三! ハッハッハ! どうだい? 凄いだろう?」






 「いや、簡単なかけ算は普通に間違えて、難しいかけ算を普通に正解してドヤ顔までされたら、返す言葉に困るんだけど…………」






 そんなボケとツッコミのやり取りをしながら二人は街道を歩いて行くと、町が見え始めた。




 もうすぐ陽が落ちる時間になりそうだし、今日はあの町に泊まるべきだろう。この辺りは知らない土地だ。夜になっても歩きたい程シンカリアは旅マニアでもマゾでも追い詰められてもいない。






 「………………」






 だが、この町で泊まるというなら、頭の片隅でいいから留めなければならない事がある。






 「どうかしたのかい?」






 町を歩いていると木造の古臭い宿屋を見つけた。そこへ入ろうとするサトリマックスだったが、シンカリアが周囲を警戒しているので疑問に思ったのだ。






 「ああ、別に自分の心配をする必要は無いよ。自分が愛しているのは妹だし、君は異性というより女性という生物って認識だし、生物だったら羽虫とか毛虫と同等って目で見ても問題ないし、そう考えると例え同じ部屋だったとしても便所コオロギに欲情する人間はいないと言える。大丈夫、安心して欲しい」






 「さわやかな顔で堂々を私をとディスるのやめてくれるッ!? つか、アンタって私をそんな風に思ってたのッ!?」






 こんなグラマーと一緒なのに!? とも言いかけたが、それは余計だなとシンカリアは発言を引っ込める。






 「い、いや別にそういうワケじゃない! 私は妹を愛しているってだけであって、君は充分魅力的だと思っているよ! そのプロポーションと外見なら、どんな町に行ってもパパを作るのには困らない! 断言できる! 自信を持ってほしい!」






 「必死の言い訳がどうして春を売ってる系になんのよッ! 褒めてねーわよ全然褒めてねーわよ全く褒めてる事になってないわよどうしてそれが褒めたって認識になってんのよゴルァッ!」






 ボケというより悪気の無い悪意とでも言ったほうがいいような言葉だ。




 そんなサトリマックスの言葉にシンカリアは肺の酸素を全て絞り出すような語気でツッコミを入れていた。






 「ここは魔物が出た場所から一番近い町なのよ? 警戒っていうか注意して歩くのは当たり前でしょーが。転生者がいる可能性が高いんだから」






 「何ッ!? 転生者ッ!? つまりクリハラかッ!」






 その単語に反応したサトリマックスは思い切り後ろに振り返る。






 「何処だッ!? 我が妹とその故郷を堕とした元凶は何処にいるッ!?」






 「いないわよ。羨望の眼差しを向けられてるヤツとか見なかったし」






 転生者は歩くだけで黄色い悲鳴が上がるような人物なので、見つけるのはさほど難しくは無い。町内で騒がしい場所を見つければ、そこで転生者の知識お披露目か、悪党イジメが始まっている可能性が高いからだ。






 それに転生影響無能病フラジャイルなため「なんて素晴らしく健康的な歩幅なのかしら!」だったり、「道端に落ちてる食べ物を拾って食べるなんて凄い胃袋!」だったり、「炎天下で人を待っているなんてなかなかできる事じゃないよ!」なんて騒がれるのも多いので、とりあえず転生者周辺はうるさくなる。転生影響無能病フラジャイルにかかっているから仕方ないとはいえ、なかなか狂った褒め方だ。背筋が凍る。






 「とりあえず宿に入りましょ。早くご飯食べたいわ。今日はまだ何も食べてないし」






 「うむうむ。わんぱくでもいい。シンカリア君にはたくましく育ってほしい……………………いや、すこぶる成長しているか。特に女性である事を主張する部分達は」






 「全くいやらしさが無い視線でジロジロ見るのやめなさい。いや、あったらいいわけじゃないけど。ほら、さっさと受付済ませましょ」






 早くご飯を食べたいシンカリアと、スタイルの良い身体シンカリアをジロジロ見ていたサトリマックスは宿屋に入った。






 宿の中は外見と同じように古びた内装だ。年季に溢れており、きっと長い間ここで宿を構えているのだろう。お世辞にも綺麗な宿とは言いがたい。まあ、シンカリア達は泊まれればいいので、別にボロかろうが新しかろうが気にしない。






 「受付は任せるよ。トイレに行きたいのでね。長くなるだろうから、健闘を称えてくれると嬉しい」






 「なんでアンタのトイレを称えなきゃいけないのよッ! あと、部屋を任せるなら文句は言わないよーに」






 「うむ、もちろんだ」






 トイレに向かったサトリマックスにシンカリアはそう告げると、受付にいる小太りの店主の元へ向かった。




 何やら店主はボードに挟んである紙とにらめっこをしていた。宿に入った時、特に反応がなかったのはこのせいのようだ。






 「すいません、食事つきで一泊したいんですけど。二人お願いします」






 気づいてもらわないと泊まれないので、少し大きめの声でシンカリアは店主に話しかけた。




 すると、気がついた店主はシンカリアの方を見て腰を抜かしたように驚く。






 「い、一泊ですって!? しかも二人!?」






 宿屋の店主なら聞き慣れてる言葉のはずだが、なぜか恐怖するように反応していた。

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