第7話 これが異世界転生による最悪な影響だ!
「い、一泊ですって!? しかも二人!?」
宿屋の店主なら聞き慣れてる言葉のはずだが、なぜか恐怖するように反応していた。
「そ、そんな…………私は一体ど、どうすれば…………」
そして、妻の命と娘の命を天秤にかけられたように悩み始める。
どう見ても店主の様子がおかしい。それは確定的に明らかだった。
「えと…………あの、どうかしたんですか?」
「どうかしますよッ! これを見てくださいッ!」
店主がボードに挟んだ宿の料金表をシンカリアに見せつける。
「あなたは一泊したいと言った! だから、ここに書いてある通りの事をしなければならない! しかし私には………………私にはッ!」
向けられた料金表を見ると、そこには『一泊三千リアー 一泊食事つき四千リアー』と書かれていた。他の記述が無い所を見ると、この宿の代金は全部屋一律になっているようだ。
「一体、あなたに対してどうすればいいか…………わからないのです…………」
「むしろ私の方がどうすればいいのかわからないんですけど」
店主の様子は相変わらずおかしいが、そんな店主の言葉にシンカリアの脳内もおかしくなりかける。
「タダで泊めるなら問題はありません…………代金をいただきませんからね…………しかし、代金をいただくとなれば…………お金をもらわねばならない…………しかし、三千なんて途方も無い数字を数える術など私には………………」
「………………もしかしてコレって」
悩み続ける店主を見てシンカリアは察した。
その病気というか現象というか状態というか、シンカリアはソレを実際に見た事は無かった。イールフォルト魔法学院の授業で教えてもらっただけで、知っているだけだった。修学旅行中発見したら解決しなければならない事で、住民達がバカになってしまう恐るべきモノというだけの認識だった。
今、シンカリアのその認識が、知識だけから実感へと進化エヴォリユーシヨンする。
そう、目の前の店主はどうみても転生影響無能病フラジャイルにかかってる人物だった。
「ええと、一……二……三……………………ダメだ……ここから先どうすればいいんだ…………」
「いや、別に何て事ないと思いますけど…………」
「だいたいなんなんだコレはわぁぁぁ!? 私は何を考えてこんな数字にしてるんだぁぁぁ!? 何でこんな難解な宿代を設定してるんだぁぁぁ!? 何故ぇぇぇぇ!? 私ってば何故ぇぇぇぇ!? どうしてぇぇぇぇぇ!? わからないぃぃぃぃぃ! わからないなぁぁぁぁぁぁ! 私ってば正気かぁぁぁぁぁ!?」
「………………うわぁ」
シンカリアとサトリマックス二人の宿料金の計算を、本気で悩んでいる店主を見てシンカリアは若干引いた。いや、かなり引いた。
頭ではわかっていたが、実際見ると転生影響無能病フラジャイルのヤバさを肌で感じる。
全く知らない人が見たら、この店主はギャグで戯言を言ってるとしか思わないだろう。
しかし、コレは本気なのである。
シンカリアが払う合計八千リアーの足し算を一から数えながらやっている。目を血走らせながら作業を行っているが、とても無事に正確な数字にたどり着けるとは思えない。
だが、それでも四千+四千、もしくは四千×二の計算ができないというか、計算そのものを知らないため、日が暮れるような行動をするしかないのた。
「…………ここは教えるべきなの? いや、どうなの?」
今、店主にシンカリアが足し算なりかけ算なりを教えた方がいいのかもしれないが、シンカリアは客である。転生影響無能病フラジャイルであったとしてもなかったとしても、初対面の何処とも知れない客の言う計算方法を聞いてくれるだろうか。料金を誤魔化そうとしていると思われないだろうか。下手すれば新手の詐欺だと認識される可能性だってある。
まあ、店主にとって信用ある人物が言うなら問題無いが、そんな人物に意味はないだろう。高確率で転生影響無能病フラジャイルにかかっている。
そうなると、この店主に教える事ができるのは――――――――――――――おそらくあの人物のみ。
「どうしたんですか? 何だか困ってるみたいですけど」
宿の入り口から声が聞こえた。その声に振り返ると、シンカリアと大して変わらない年代の男子が立っていた。
服装も雰囲気も年相応のモノで特に目立った所は無く、少し気怠そうにしているくらいだ。イールフォルト魔法学院の制服を着ているシンカリアの方が目立つ外見――――――――――――――――と思ったが、腰につけている武器と思われるモノだけは違った。なんというか異様だった。
「…………何あの武器?」
武器が全体的に長く先端に刃あるので剣だと思うのだが、サトリマックスが持っている銃のように引き金がついているのだ。見ると銃口もあり回転式弾倉シリンダーまで確認できるので、きっと弾丸を発射できるだろう。おそらくアレは銃に違いない――――――――と思いたくなる。
思いたくなる、となってしまうのは銃として使う場合刃の部分が邪魔になるからだ。弾丸を発射して相手を攻撃するのが銃というモノなので刃なんて全く必要無いのである。
どうしても刃が欲しいならナイフや片手剣シヨートソードといったモノを携帯すべきだろう。サブとして考えてもそれが合理的だ。そうしなければ、剣として使い続けてしまった時、その衝撃が蓄積され、銃として使う際に照準がズレてしまう。そうなると最悪の場合、暴発の危険に繋がるが――――――――別に問題は無いのだろうか。
まあ、そう思うなら銃として使えば問題ないが、それなら最初から銃を使っとけという話になる。片手で持ち歩けるようになるし、何よりかさばらない。
(私は銃も剣も素人考えしか無いから口に出せないけど……………………実際はあの武器って強くて便利…………なのかしら?)
せめて、剣部分を槍のような刺突専用にして、それに耐えられるよう太く丈夫にすればマシになる気がするが。
シンカリアは男子が腰に差している“銃剣”とでも言うべき武器を眺めながらそんな事を考えていた。
「おお! クリハラ様! どうかあなたの知恵をお貸し願えませんか!」
「様づけなんてやめてください。やれやれ、呼び捨てにしてもらっていいのに。ふぅ、困ったな全く」
「………………………………」
どうでもいい事ではあるのだが、シンカリアは店主に対する男子の反応がさっそく鼻についていた。お高くとまった鬱陶しさを感じるのだ。
つまりウザいと思っていた。
「とんでもない。その叡智で我々をいつも助けてくださってるクリハラ様を呼び捨てになんてとてもとても………………」
何やら男子と店主のやり取りが始まった。
どうやら店主は男子にかなりの恩義を感じているらしく、とにかくヘコヘコしていた。王様にでも接しているかのような態度である。
「…………………………」
そのやり取りをシンカリアは黙って一応見ていた。
いや、この男子はもうヤツであり、サトリマックスの言ってるアレで間違いないとわかっちゃいる。名前もクリハラだし。覚えやすい四文字だし。でも、やり取り気になるし。どんな会話になるのか一度くらい聞いてみたいし。生のやり取り見たことないし。
つまり、そういう事なのでシンカリアの見学は続く。
「ほらこうすれば簡単に宿代がわかります。四千で二人だから八千。簡単ですよ」
「凄い! これが足し算! こんな事を知っているなんて、さすがクリハラ様です!」
「え? 俺そんなに凄い事してます? 別に何でも無い事だと思うんですけど?」
「何を言っているんですか! 足し算なんて、こんな画期的なやり方をできる者なんて王国全土見てもいるワケありませんよ!」
「大袈裟ですよ。足し算とか幼児の頃からできましたから」
「よ、幼児の頃から!?」
何故か店主は腰を抜かした。
「よ、幼児の頃からこんな神のような事ができるなんて…………」
「足し算以外だと引き算とかできましたよ。かけ算もそのくらいだったし」
「ヒキザン……カケザン…………聞いた事がない…………さすがクリハラ様の叡智です。それもきっと我らにとって革命的知識に違いありません」
店主は立ち上がり、改めてクリハラに感服する。
「じゃあ、今日もパトロールしてきますね。昨日はドラゴンとかいたし、また軽く十匹くらい倒してこないとなぁ」
「ど、ドラゴンですって!?」
再び店主は腰を抜かした。コントでもしてるのかと言いたくなるが、店主は心の底から真剣マジに腰を抜かしている。
「まあ、ファイアボールで一撃でしたから、弱いドラゴンでしたね」
「ファイアボールで一撃!?」
またまた店主は腰を抜かした。そろそろ腰が外れるんじゃないかと心配になる。
「え? なんかオレっておかしな事言いました? 別に普通の事だと思うんですけど」
とぼけた顔で言っているが、どう見ても聞いても自慢したくてワザと言ってるとしか思えない言い方だ。ウザったさ満載とはこの事である。
だが、クリハラとしては特に意識も何もせず言っているだけ(なのか?)なのだろう。ウザくてウザくてたまらないが、その言葉に悪意は無い。
「ドラゴンが弱かったと言ってもファイアボールで一撃とは! 王国一の魔道士でもそんな事ができる者はいませんよ!」
店主がいちいちクリハラについて騒いだからだろう。いや、騒いで無くてもこうなったのかもしれないが――――――――――
「なんだって!? ドラゴンを一撃!?」
「ドラゴン一撃ィ!?」
「オレにも言わせてくれ! ドラゴンを一撃ィ!?」
「俺も俺も! ドラゴンを一撃ィ!?」
「さすがクリハラ様です!」
「やっぱクリハラさんすげェぜェ!」
「もう一回言っちゃう! クリハラさんはすげェ!」
――――――――宿屋の外から町の住人がドッと押し寄せてきた。偶然宿の前を通ったら聞こえてきたにしては、あまりに都合がよくて多すぎる人数だ。
「クリハラ様ぁ! アンタのおかげで今日は晴れましたですじゃ! 教えてもらったてるてる坊主とかいう道具のおかですじゃ!」
「塩と砂糖の違いは舐めればわかるんだねぇ…………そんな知識があったなんて長生きはするもんじゃ…………ありがたやありがたや…………」
「クリハラ様! いつかオレにハイパーウルトラスマッシュ教えてください! オレも使えるようになりたいんだ!」
「クリハラ様のガンブレードかっこいいですよねぇ。英雄が持つ武器として相応しいくて、感動で涙が…………でますよ…………」
男に女に子供に老人に何でもござれ、ってな感じに大量の人がやってきた。そのため、シンカリアは隅へ隅へと追いやられる。脇役が目立つなと注意されているようだった。
宿になだれ込んできた人数は完全に宿屋の営業妨害になるレベルだ。だが、その自覚が無いのかむしろ誇らしいのか、全く構わず住人達はクリハラの側で騒ぎ始めた。いや、褒めちぎりはじめた。
「ファイヤーボールなんて初級魔法でドラゴン倒すなんてさすがクリハラ様だぜ!」
「そうですか? あんなに弱いならドラゴンなんてファイアボールで充分だと思うけどなぁ。まあ、カイザードラゴンは二発必要でしたけど。あと、とどめにガンブレード使ったかな?」
「カイザードラゴンですって!?」
打ち合わせでもしかたのように、こんどは宿屋に集まった住民達が全員腰を抜かした。当然店主も抜かした。もちろん全員真剣マジである。
「……………………………………」
シンカリアだけが傍観者として腰を抜かさず立っている。一応だが、シンカリアは「空気を読んで私も腰を抜かした方がいいかな…………」なんて事は露程にも思っていない。
「カイザードラゴンってアレだろ!? 、口から四千度の炎を吐いて王国の精鋭部隊一万人を三秒で蒸発させるあのカイザードラゴンか!?」
「凄いクリハラ様! そんな凄いドラゴンでもファイヤーボール二発で倒すなんて!」
「カイザードラゴンにダメージを与えられるそのガンブレードも凄い! さすがクリハラ様自作の武器だ! カイザードラゴンに通用する武器なんて究極ゼオガ級だ!」
住民達のクリハラ上げが止まらない。きっと褒めなきゃ死んじゃうのだろう。ずっと泳いでなきゃいけない魚とかと同種なのだろう。
そう思わなきゃシンカリアは泣きそうになる。何故か泣きそうなる。
あと、クリハラが腰につけている武器はガンブレードというらしい。どうでもいい事だが。
「おっといけない。そろそろホントにパトロール行かないと。すいません皆さん」
クリハラは人をかき分けて外に出て行く。その際に黄色い悲鳴が宿の外のあちこちから聞こえてきた。どうやら、思った以上に住民達が宿の周囲に集まっていたらしい。
「キャー! クリハラ様ー! 抱いてー!」
「何言ってるのよアンタ! クリハラ様に抱いてもらうのは私よ!」
「クリハラ様がこっち向いたわ! もう私死んじゃってもいい!」
「クリハラ様ー! その笑顔が眩しいですー!」
「ひょええ! クリハラ様が目の前にいるのぉぉぉぉぉ!」
「もうすぐ王国直々に、その強さが表彰されるらしいわ! さすがクリハラ様!」
「人としても完璧だものね! 私、この間落ちたリンゴを拾ってもらったわ!」
「私はオレンジよ! 落ちたモノを拾うなんて、私感動したわ! クリハラ様ってなんて優しいのかしら!」
「ゴミも拾ってたわね! 近くにあるゴミ箱に捨ててわ!」
「炎天下の中で十分も立ってた事も感動よ!」
「凄い! 落ちてるゴミをゴミ箱に捨てるなんて人として素晴らしいわ! なかなかできる事じゃないもの!」
恐ろしい人気である。特に異性からの人気がもの凄い。ホントもの凄い。
何がどうなればこんなまで好意的に思われるのか本気でわからないレベルに突入している。落ちたモノを拾うとかゴミをゴミ箱に捨てるとか、別にクリハラじゃなくてもできる普通の親切で行為だと思うが――――――――――――あと、王国は転生者の事を知っているので直々に表彰なんて有り得ない。尾ヒレがついた噂だろう。尾ヒレつきすぎだが。
「やれやれ。僕でケンカはやめてくださいって言ってるのに」
だが、クリハラはそんな女子達の言ってる事を否定せず、やんわりと受け止めていた。
慣れているのだろう。困ったような態度をしているがそこには余裕がある。きっと、こんな事は何度も言われているに違いない。むしろ嬉しいようだ。その証拠に女性達の発言を咎めないし、その態度に引いてもいないし焦ってもいない。
「キャー! キャー! キャー! クリハラサマー! クリハラサマー!」
「ちょ、ちょっと! みんな追って来ないでってー! ひえー!」
と、そんなこんなの騒ぎはまだまだ続きそうで、住民達はクリハラの後ろへ続いていった。見送るためなのだろうが、人数多過ぎである。
ひょっとして毎日やってるのだろうか。というか、みんなそんなに暇なのだろうか。
「………………………………」
そんなクリハラと騒ぎまくる住民達が去って行くのを、一人残ったシンカリアは眺めていた。ちなみに何故か店主までついていったので、この場に突っ立っているのはシンカリアのみである。
「………………………………」
―――――――――――――なんというかまあ、凄かった。
いや、ホントに凄いとしか言いようが無い。
転生影響無能病フラジャイルヤバすぎである。
「何か面白イベントでも始まったのかい? なかなか騒がしかったが…………」
「………………………………………………」
サトリマックスがシンカリアの元へとやってきた。どうやら長いトイレは済んだらしい。
「ふむ………………あ、わかったよ!」
頭の上にピコーンと擬音が出たかのようにサトリマックスは閃く。
「自分が推理するに、その面白イベントはシンカリア君が喜ぶ内容ではなかった…………つまり、シンカリア君が素人ドッキリに引っかけられた、と。うむ! どうだ! これは大当たり間違いないのではないかな? 名推理間違いないしだろう!」
「いや、そのなんていうか………………馴れって怖いと思うべきなのか、あんなにまでチヤホヤされたいもんなのかとか、褒められてる内容がアレすぎて侮辱はいってるって考えたことないのかとか色々とね…………考えちゃってね………………」
さっきまで目の前で展開されていた異常な光景。
なんというか、シンカリアはとてもとてもとてもシンプルに思った。
転生影響無能病フラジャイルの耐性持っててホントによかったな、と。
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