第4話 銃撃士サトリマックスはとっても頑丈でたまらない

「何処だッ!? 何処にいる魔物ッ!? つか、アレが魔物って生き物でいいなッ!? 女性を襲う人外生命体は魔物って事にしていいなッ!?」






 それは負傷など全く気にしてない動きだった。少なくとも死に損ないの動きではない。ダメージを負ってるようには見えないくらいピンピンしている。服装が焦げてたり、吹っ飛んだり、落下したりと、色々あったはずなのに、全然意にも介していない。






 「………………何か違和感があるな………………たしか、自分は魔物に襲われている女の子を助けようとして………………でも、腹痛で気を失って…………………………はッ!?」






 男性の視線がシンカリアに向いた。




 その視線にシンカリアはビクッ! と身体を震わせ反応してしまう。






 「なるほど! 全て理解したよ! 君が自分を救ってくれたのだね!」






 上空に飛んだ時と同じく、バビュン! という擬音が似合いそうな速度で男性はシンカリアの元へ走ってきた。






 「助けようとしたのに逆に助けられるとは情けない…………己の未熟を恥じるばかりだ。出土不明のキノコを食べたすぐ後に戦おうとするモノではないね」






 「え? キノコ?」






 「なーに。よくある事なのだ。キノコなり雑草なり何なり拾い食いしたら、それが何らかの毒作用を持っていて気を失うというのは。まあ、お腹が空いて倒れるくらいなら可能性にかけてみるモノだからね。人は可能性を信じる生き物。つまり仕方の無い事なのだよ。うんうん」






 「は、はぁ…………」






 「ありがとう女の子! 君が助けてくれなければ、自分はこの場所でずっと気絶していただろう。何とお礼を言っていいかわからない。というわけで、ヒューヒュー! この正義の味方さんめ! にくいねこのこの! 凄いぞこのやろぉ!」






 「い、いや別にお礼を言われるような事は…………お気になさらず…………」






 男性はシンカリアにまくし立てるよう喋り続け、それに気圧されるながらシンカリアは対応する。


 どうやら男性が気を失ったのは爆破魔法ブラストのせいではなかった(直撃はしたはずだが)ようだ。あと、介抱してくれたとも思っているようで、男性の目はシンカリアへの感謝いっぱいに煌めいていた。






 「ううむ…………」






 シンカリアはその視線に罪悪感を覚えてしまい僅かに目を反らす。




 実際は全てを無かった事にすべく埋めようと考え、それを実行しようとしたら天高く吹っ飛ばして落下させ伝説の剣状態にした。という酷い事実しか無い。なので、男性の煌めく視線に耐えられなかった。






 「名前を伺ってもいいかな? 自分の名はサトリマックス・サトウ」






 サトリマックスはクルクルと起用に銃を左手の指先で回しながら、右手で弾丸六発を上へ放り投げる。すると、銃本体の回転弾倉リボルバーが鮮やかに開かれ、そのまま吸い込まれるようにして弾丸が装填されていった。




 明らかに卓越した技術である。銃を指先で回している不安定な状態なのに難なく装填を完了させた。回転弾倉リボルバーに落ちていく弾丸の一発一発のタイミングが完璧すぎるため、できて当然のように思えてしまう。




 さすが銃撃士だ。動作に一切の無駄がない超人的な技術を披露し、気持ちの良い音をたてて腰のホルスターに銃が収められる。






 「見ての通り、銃の扱いくらいしか取り柄の無い男さ。ハッハッハッハ」






 「………………………………」






 本当ならここでサトリマックスの技量(というより芸)に対して拍手したり、羨望の眼差しを向けたり、突然見せられたドヤ顔芸に「だから何?」と冷たい顔を向けたりと、とりあえずリアクションを返すべきなのだろう。




 しかし、シンカリアはそんな事よりもサトリマックスの無傷っぷりの方が遙かに気になっていた。






 (…………いやいやいやおかしいでしょコイツ)






 サトリマックスにはシンカリアの爆破魔法ブラストが命中し、殴られたように上空にもふっ飛び、いきなり急降下して地面に激突だってしているのだ。




 なのに、本人が気にしてる(気づいている)のは気絶した原因のキノコだけで、なおかつ元気ハツラツである。




 このサトリマックスを“頑丈”とか“超強い人”なんかで済ましていいのだろうか。いや、そう思うべきなのだろうが、だとしたら相当の強さである。あれだけやられてなんとも無い人間がいるなんて、とても信じられない。






 そう、とても信じられないのだが――――――――――シンカリアは今回初めて旅というモノをしている。






 世界というモノを実感するのはこれからなのだ。知ってる人間なんてほんの一握りだし、考えだって知識だって右に同じである。




 なので、シンカリアは「世の中って広いんだなぁ」という、半ば現実逃避に近い結論を出して考えるのをやめた。実際、サトリマックスはピンピンしているのだから。あと、銃撃士についての偏見が強固になった。






 「――――――はっ! す、すいません…………ボーッとしちゃって。私の名はシンカリア・ヨリナガ・レシュティールです」






 と、以上の事を考えてしまったため脳判断が二秒程遅延したが、シンカリアもサトリマックスへの自己紹介を終える。






 「シンカリア・ヨリナガ・レシュティール……………………うむ。君のような可憐な女の子にピッタリの名前だ」






 「は、はぁ…………ありがとうございます」






 先程からの印象として、おそらく天然で言っているだけだろう。サトリマックスの言葉に誠意はあっても、女性を口説くような軽々しさは何処にも無い。






 「そ、それじゃあ私はこれで…………」






 サトリマックスが何も覚えてないなら、自ら進んで藪蛇を突く必要は無い。




 なので、そそくさとシンカリアはサトリマックスの前から立ち去ろうとするが。






 「うむ。道中気をつけなさい。里のお母さんを悲しませないように――――――――――ん?」






 去って行くシンカリアをサトリマックスは笑顔で見送ろうとして――――――――――――気がついた。






 「も、もしやその制服はッ!? まさか君の正体はッ!?」






 去ろうとしたシンカリアの前にサトリマックスは目にも止まらぬ速さで駆け寄ってきた。急に回り込まれた形になり、シンカリアの身体がビクリと反応する。






 「入学するのは鼻でスパゲッティを食べるより難しい! 目でピーナッツを噛むより難しい! 水を尻から入れて口から出すより難しい! そう噂されて止まない、あのイールフォルト魔法学院の生徒なのか!?」






 「鼻でスパゲッティは食べられませんし、目でピーナッツも噛めませんし、水を…………いや、これもできませんが…………ええ、そうです。私はイールフォルト魔法学院の生徒です」






 サトリマックスが驚いているのは無理も無い。イールフォルト魔法学院はこのエルナブリア王国で入学最難関と呼ばれる有名な学校なのだ。合格は奇跡とまで呼ばれているくらいで、イールフォルト魔法学院に通う事はそれ程まで難しい。




 そのため、イールフォルト魔法学院のブランド力はもの凄く、卒業者は様々な分野から引く手数多の存在となる。特にエルナブリア王国政府にはイールフォルト魔法学院の卒業者達が多く、ここもイールフォルト魔法学院のブランド力を上げる一端となっていた。






 「………………ならば確認したい事があるのだが」






 そんなイールフォルト魔法学院だが――――――――――――――そういった全ては本当に欲しい生徒を探しやすくするための手段に過ぎない。




 目的の生徒は他にいるのだ。その生徒を探すためにイールフォルト魔法学院のブランド力は存在している。








 「君はイールフォルトの通常合格ではなく“特別合格枠”の生徒なんじゃないのか?」








 イールフォルト魔法学院が本当に入学させたい者。




 それが特別合格枠で入学した生徒だ。この枠に入れた生徒こそがこの学院の本命である。




 この特別枠に成績や運動能力は必要ない。これまでの素行も生まれもった性格も年齢も国籍も種族すらも一切関係無い。




 イールフォルトが求めているただ一つの能力があるなら、その特別枠での入学が認められる。








 そう、そのただ一つの能力さえ持っているのならば。








 「エルナブリア王国に転生してきた“地球人”を倒すために組織された生徒達――――――――選定零組ティーレアンと呼ばれている生徒の一人ではなかろうかッ!?」






 この世界へ転生してきた地球人を倒す事のできる先天的な能力を持っているか。この能力を持つ者の入学こそがイールフォルト魔法学院の目的である。






 全ては転生した地球人からエルナブリア王国を守るために。






 そのためにイールフォルト魔法学院は存在する。






 「そうですけど、だったらなんなんです?」






 選定零組ティーレアンについては別に秘匿されているワケではない。シンカリアは正直に自分が選定零組ティーレアンである事サトリマックスに告げた。






 「やはりそうだったかッ! なんかそんな感じがしたのだッ! 自分のカンが囁いたのだッ! そんな運命を見たのだッ!」






 サトリマックスの身体が吹きこぼれる寸前の鍋蓋のように震え出す。






 「ついに………………ついに…………ついについについについにッ!」






 そして、世界に伝わる大秘宝でも見つけたかのように、サトリマックスは空に向かって叫んだ。






 「転生者を倒せる人物を見つけたぞぉぉぉぉぉ! 妹よぉぉぉぉ! お兄ちゃんがお前の目を覚まさせる日は近いぞぉぉぉぉぉ!」






 サトリマックスは涙を流しながら感動している。どうやら、選定零組ティーレアンであるシンカリアに会えた事が相当嬉しいらしい。






 「…………やっぱ銃撃士って変な人多いんだわ」






 用がある(と思う)みたいなので、シンカリアはしばらくサトリマックスの感動が収まるのを待つが――――――――――――――なんだか終わる様子がない。






 「あ、今のうちに読んどこっと」






 手持ち無沙汰になったので、シンカリアは読もうとしていた手紙を制服のポケットから取り出した。








 そこにはこう書かれていた。












 『イールフォルト魔法学院を目指し帰投せよ。なお、その帰路の途中で転生者による問題が起きていた場合、巻き込まれた場合等、転生者に関する事は積極的に解決せよ。それらに対する行動の全てはこの手紙に自動で記されるため不正は許されない。これは修学旅行である。なお、この手紙の紛失はイールフォルト魔法学院卒業の資格を失うものとする』










 それを読み終えた後、まだ空に向かって感動しているサトリマックスを見てシンカリアは呟いた。


 「つまり…………まずあの変な男の問題を解決しろって事ね…………」






 イールフォルト魔法学院の選定零組ティーレアン修学旅行。






 それは、見知らぬ土地で目覚めた生徒がイールフォルト魔法学院を目指して帰投しつつ“転生者問題”を解決しなければならない課外授業の一つである。

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