第3話 シンカリアは罰を受けたくないので行動する

「死んで…………ないわよね?」






 若い男性だがシンカリアよりは明らかに年上だ。二十代半ばといった所だろうか。長旅をしている最中なのか衣服が年季で色あせている。履いているブーツも同じくで、長い間使っている事が見た目で伝わってくる。腰に差している片手剣ショートソードもきっとそうだろう。






 だが、この男性を見て一番目を引くのは手に持たれている“銃”だった。






 技術習得が難しく、部品の扱いや弾丸の製造に専門知識が多く必要なせいで、使い手も銃そのものも目にする機会は少ない。




 決して弱い武器ではないのだが、剣といった武器の方が遙かに扱いやすいし、遠距離に対しては魔法があるので、無理に銃を扱う理由が無いのである。




 魔法より銃の方が攻撃速度が速く連射可能という利点はあるが、弾込め(リロード)が発生するため永遠に連射できないし、何よりそれは致命的な隙だ。




 なので、シンカリアにとって銃を扱う“銃撃士”というのは、よほどの変人か物好きのどちらかという印象になっている。そうでなければ銃を扱おうと思わないからだ。ちなみに、偏見の自覚はある。






 「もしもし? もーしもーし?」






 そんな銃という珍しさ満載の塊を持っているこの男性だが――――――――――――なんという事か反応が無い。




 まさかと思い、シンカリアはうつ伏せになっている顔を持ち上げると――――――――――――――――見事な白目を確認できた。




 これはどう見ても死――――――――――――――いや、馬鹿な、そんなワケはない。






 「いやいや。いやいやいや。いやいやいやいやいや!」






 白目を見て、心中穏やかでなくなったシンカリアは思わずパッと手を離した。




 男性の顔がゴンッ! と鈍い音をたてて地面にぶつかったが、シンカリアにその音は聞こえていない。






 「いや、まさかー。まさかまさかまさかまさかー。ねー? そんな事あるワケ無いってー? ねー? 気絶よ気絶! そうに決まってるってー!」






 誰に向けて言っているのか、シンカリアはその場をウロウロしながら独り言を呟きまくる。その様子は『原材料 動揺』とでも言うような百パーセントっぷりで、目が泳ぎ、動作の一つ一つにバランスが感じられなかった。




 爆破魔法ブラストが直で当たってしまったか? そして当たり所が悪くて昇天してしまったか? 大怪我ではなく致死撃になってしまったのか?




 もし、この男性に爆破魔法ブラストがどうしようもなくヒットしていたのなら――――――――――――――――死亡するのは大いにあり得る。シンカリアの爆破魔法ブラストは普通より遙かに大きな威力があるのだ。それがヒットすれば一人の命くらい簡単に吹き飛んでしまう。






 『魔法を放つ時は最大限の注意が必要でそれは絶対である』






 王国法の魔道士に関する一文だ。これを守れない者には罰則と決まっている。




 まあ、当たり前の話だ。こういった罰がなければ、魔法での犯罪が横行し、治安の二文字はあっという間に消えてしまう。






 「――――――――――――――」






 そう、当たり前。魔法で人を傷つけてはならないのは当たり前の話だ。ましてや殺したなんて事になれば、どう考えても厳しすぎる罰が待っている。犯罪者確定で臭い飯コース直行だ。一生後ろ指を差される人生になる事だろう。






 「いやああああああああ! それだけはいやああああああああ!」






 獄中生活やらその他諸々が脳内を巡ったのだろう。シンカリアの悲鳴には犯罪者になりたくない一心が込められていた。




 当たり前だが犯罪者になりたい者などいない。もちろん、好き好んで臭い飯を食べたい者だっていないし、良い事全く無しの環境に飛び込みたいMだっていない。






 「ど、どうしよう…………一体どうすれば…………」






 シンカリアは頭を揺さぶったり、頭を地面にぶつけまくったり、あたふたしまくったりするが、そんな行動に意味はない。




 白目を剥いてピクリとも動かない男性を見て膝をつくシンカリアだったが――――――――――――ふと、今の状況を確認する。






 「…………………………………………」






 風が靡き、駆け回りたくなるような美しい草原にたった二人。




 そう、この草原にいるのはたった二人だけ。シンカリアと倒れている男性の二人だけがこの場にいる。




 それはつまり目撃者が誰もいない事を意味している。






 「…………………………………………」






 この場に、男性がシンカリアの爆破魔法ブラストに巻き込まれた事を知っている者は誰もいない。




 つまりこれは――――――――――――――隠蔽とかできてしまうのではないか? 何も無かった事にできるのではなかろうか? そうすれば自分は綺麗な身のままでいられるのではないか? 臭い飯コースなんて「え? そんなコースに行ける旅行のパンフありましたっけ?」と笑いながら言えるのではないか?






 「………………………………………………」






 そう思ってからのシンカリアの行動は早かった。






 「爆破魔法ブラスト! 爆破魔法ブラストッ! 爆破魔法ブラストぉッ!」






 シンカリアが地面に手を翳すと数発の爆音が鳴り響き、そこに成人男性一人程度なら余裕で放り込める深い深い深~~~い穴ができあがる。






 「さすが私ね…………バッチリな穴だわ」






 全く自慢にならないし誇れるワケもない行動だが、自らの迅速正確な対応にシンカリアは関心した。






 「時間との勝負! さっさと終わらせなきゃ!」






 この草原に人の気配が無いとはいえ、それがずっと続くとは限らない。それに見通しのいい場所なので、遠くからでもシンカリアの様子はまる見えだ。時間が経てば経つ程、白目の男性を無かった事にするのは難しくなっていくだろう。






 「うぐぐぐぐぐぐ…………」






 十分な穴は作る事はできた。あとは白目の男性を放り込んで埋めるだけだが――――――――――――――――その大事な所が一番難しかった。






 「う、ぐぐぐぐぅぅぅぅ………………」






 シンカリアは優秀な魔道士であってもそれ以前に女の子であり、自他共に認める非力である。成人男性を持ち上げられる筋肉や握力は無く、押しても引っ張っても動かす事ができない。




 結果、シンカリアがゼィゼィと肩で息をするだけで時間だけが過ぎていく。




 犯罪者妄想が過ぎたせいで、非力である事を忘れていた魔道士の醜い姿がそこにあった。






 「ハァ、ハァ、ハァ…………ど、どうしよう…………」






 せっかくバッチリな穴を作っても、そこに白目の男性を放り込めないなら意味はない


 シシンカリア・ヨリナガ・レシュティール。万事休すか。






 「くっ…………こうなったら…………」






 自らの力で動かせないのなら魔法に頼るしかない。動かして運ぶといった種類の魔法を使って、この危機を脱しなければならないだろう。






 「…………この類いは苦手だけど」






 だが、シンカリアは攻撃魔法が得意である一方、補助や回復に属する魔法は苦手としていた。特に精密さを要求されるモノになると尚更だ。過去にサイコロ程度のブロックを運ぶ授業があったが、その時の成績は下から三番目という始末である。






 「でも、闇に塗れた未来にならないためにやるしかないッ!」






 シンカリアは一度深呼吸をすると、両手の平を白目の男性を向け魔法名を呟いた。






 「対象移動魔法ルルーク」






 目標物を動かす魔法である。




 目の前に置いてある物を多少動かす程度なら手を使った方が早い。だが、この魔法の練度が凄くなってくると、動かすモノの大きさや距離を選ばなくなったり、壁の向こうにある目視できない物体を自在に動かしたり、対人戦で相手の行動を束縛したりといった事ができるようになるのだ。




 もちろん、そこまでの領域に達するには相当な修練が必要だ。高レベルの使い手は数える程しかいない。




 だが、成人男性一人をすぐそこの穴へ落とす程度なら初歩段階だ。対象移動魔法ルルークが得意でない魔道士でも十分可能である。






 可能なはずである。






 「よしッ!」






 白目の男性の身体が淡く輝く。対象移動魔法ルルークの発動が成功した証拠だ。




 だが、魔法を発動させるだけなら得意も苦手も関係無い。問題はこの先だ。対象移動魔法ルルークを発動させた後、ゆっくりでもいいから対象を動かさなくてはならない。シンカリアの試練はここから始まるのだ。






 「そのまま右…………右に動かすのよ私…………」






 白目の男性はだんだんと穴に近づいて行き、あとほんのちょっとで落下させられる。そんな惜しすぎる距離に来た時、それは起こってしまった。








 ――――――――――バビュン、と。








 「バビュン?」






 そうバビュン、だ。




 そう例えるのが正しい音がシンカリアの目の前で聞こえた。聞こえてしまったのだ。






 「うえええええええええええええ!?」






 それは遙か上空に白目の男性が吹っ飛んでしまった音だった。シンカリアはゆっくりと右に動かそうとしただけなのに間違えてしまったのだ。白目の男性は高速で上空に吹っ飛んでしまったのだ。




 それはもの凄く強烈なアッパーカットを食らったような図で、顎を勢いよく蹴り上げた図でもいいだろう。




 誰がどう見ても失敗である。ワザとやってんのかと怒られるレベルだ。






 「ま、マズイわッ!?」






 上空に吹っ飛んだので当然落っこちる。しかも頭から。白目の男は動かないままなので、受け身しないまま(してもどうかと思うが)落下だろう。




 このまま落ちれば頭と首の骨が粉砕し、色々とグチャっとなる事は必至だ。グロ満載の図が完成である。そして死体遺棄罪もめでたく追加決定だ。






 「対象移動魔法ルルーク!」






 なんとしても落下の勢いを殺さなくてはならない。




 シンカリアは失敗したとはいえ、再度対象移動魔法ルルークを発動させ白目の男性が地面に大激突するのを防ぐ努力をする。何でもいいから己が持つ土壇場の可能性にかけて、あの落下を防ぎきらなければならない。




 そう誓っての対象移動魔法ルルークだったが。






 「………………………………………………ズン?」






 そう、こんどはズンだ。






 白目の男性の落下速度はさらに上昇してしまい、シンカリアの空けた穴の中心へ見事に頭から突き刺さった。








 そう、地面にズンっと突き刺さったのである。








 「………………………………………………」






 グチャッ! ボキッ! ってな状況にはなってない。




 だが、白目の男性は逆立ちで頭だけが地面にめり込み、足はがに股で外にはみ出ている。




 そんな笑いたくとも笑えない男性の姿が穴にあった。






 「…………………………………………いや! これで問題ないだろ私ッ!」






 思わずビックリしてしまったが、結果オーライである事をシンカリアはすぐに自覚する。




 白目の男性は地面に突き刺さる伝説の剣のようになっているが、別に問題はない。




 元々運びたかった場所に移動されたし、この男性は死んで(るはず)いるのでどんなに過酷なダメージが入ろうと関係無い(無いと信じる)からだ。




 なかなかダイナミックな事が起こってしまったがそれだけだ。後は土砲魔法グイヴという、周囲の土を塊にして対象にぶつける魔法で穴を埋めて終わりである。不安要素は何処にもない。






 「最後の作業を――――――――――――って、え?」






 何も問題は無いと、シンカリアが土砲魔法グイヴを発動させようとした時だった。






 「はッ!? て、敵はッ!? 女の子は無事かッ!?」






 白目の男性が動いたのだ。




 ボコッ! と、地面に突き刺さった頭が抜けたかと思うと、男性は即座に立ち上がり周囲を警戒し始めたのである。

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