第2話 エルナブリア王国に住んでる魔道士シンカリア

「………………何処よここ?」






 来たことの無い知らない平原。




 昨日まで自分のベットで寝ていた事を彼女は脳内で確認する。さらに、昨日と状況の差異が酷いため、冷静に確認しようと声を出して自分自身のチェックも始めた。






 「えー、私はシンカリア・ヨリナガ・レシュティール。レシュティール家に生まれた三女で、年齢は十五歳。エルナブリア王国のイールフォルト魔法学院に通っている三年生で、好物は生クリームたっぷりのシュートケーキ。成績はどうにか良好で居残りや赤点の心配は無し。得意な魔法は補助や回復よりも圧倒的に攻撃だが、それは長所だと割り切っている――――――――――これで十分か。記憶は問題なさそうね。で、これが夢で無いのも間違い無し、と」






 シンカリアは他にもいくつかブツブツと喋ると、それらをしっかりと脳内で確認していく。






 「…………………………パジャマが制服になってるわね」






 続いて服装を見ると、寝間着ではなくなっている事実に少し青ざめる。誰が何のために着替えさせたのか気になるが、考えても答えは出ないだろう。終わってる事なのでこの思考は止めておく。






 「なんでわざわざ制服なんかに…………まあ、耐性防具程度には丈夫だし、好きな服だからいいけど」






 視線を下げた先にあったのは母校であるイールフォルト魔法学院の制服だ。赤いブレザータイプのややスカートが短い制服で、生徒達からは可愛いデザインだと好まれている。この制服を着たいから受験する者もいるくらいの人気制服で、たまに雑誌でやってる人気学校制服ランキングでは常に上位にランクインしている。






 「鏡は…………こんな所にあるワケないか。自分の身体が入れ替わっている可能性あるかもだけど…………まあ、そんなの考えすぎか。そんな大魔法を私にふっかける理由なんか無いだろうし」






 我ながら冷静に現状把握しているなと思いながら、一応シンカリアは自身の身体を触って確認していく。




 まあ、異性が目を引く体型と言える部類だろう。この出る所は出ている身体は間違いなく見慣れた己のモノだ。




 恥ずかしいと思いつつ、一応念のためとシンカリアは自分の胸を揉んでみたが――――――――――うん、間違いない。その感触は最近何となくたしかめた時と同じ形で柔らかさだった。






 「………………また大きくなってるかな。これ以上は大きくならなくていいんだけどな…………無意味に大きすぎるとアレだし………………って、今はそんな事より」






 自身への雑念を払って立ち上がると、すぐに周囲を見渡す。






 「………………やっぱここって知らない何処かよね」






 適度に木々が立ち並び、シンカリアの周囲は青々とした草原が気持ちよく風に靡いている。普通ならピクニックで立ち寄りたい名所にでもなるのだろうが――――――――――現状でそんな気楽になる事はできない。






 「さっさと村なり町なり人のいる場所を探して、ここが何処なのか判明させないとね…………」






 シンカリアは「この事態慌ててないのは、イールフォルト魔法学院の授業のせいだな」と、これまでの日々を簡単に思い出す。




 イールフォルト魔法学院が普通の授業しか行わないなら、この現状に混乱し慌てふためいた事だろう。だが、この学院は普通授業の他に特別な授業が存在する。




 その授業は特務授業と呼ばれており、対転生者の専用授業だ。この授業はバリエーションに富んでおり、予定されていた授業開始場所から突然知らない土地に転移させられるのはよくある事だったのだ。




 そのため、授業が突然未開の森林から始まったり、今にも崩れ落ちそうな廃墟から始まったり、息をするのも難しい高山から始まったり、深い湖の底から始まったり、真っ暗闇の中から始まったりと様々だ。実戦に近い“魔法”を使う戦闘訓練もあるため、命の危険を伴う授業も珍しく無い。




 なのでシンカリアは今のような事態はなれている。見知らぬ平原程度で混乱する繊細さは遙か昔に消え去っていた。まあ、自宅のベッドから見知らぬ平原に放り出されるというのは初パターンだったが。






 「…………ん?」






 シンカリアが目を足下に向けると手紙を踏んでいた事に気がつく。ただ四つ折りにしただけの無造作な手紙が落ちていた。






 ――――――――――タイミングからして、どう考えてもこの現状に関係する事が書かれているだろう。






 中に書かれている事を読もうとシンカリアは手紙を拾うが、その手紙は即座に制服のポケットに突っ込まれる。






 「ゴァルルルルル………………」






 獣のような唸り声が聞こえたからだ。喉に泥を塗りたくってるような不快な声に、シンカリアは即座に反応する。






 「魔物………………さっきまでいなかったはずよね…………」






 いつの間にかシンカリアは百体以上のゴブリン達に囲まれていた。




 魔物と呼ばれる種族だ。人が普通に生きてたらまず見る事なく生涯を終える存在が、突如シンカリアの目の前に現れていた。




 放っておく事はできない。魔物は無意味に人へ襲いかかる非常に危険な種族で、見つけたら即時殲滅しなければならない。もし、出現した近くに人家があったら大変な事になってしまう。






 「ギャハアアアアアアア! ギュルアアアアアアアア!」






 まあ、“転生者”がいれば都合の良いようにやられてくれるのだろうが――――――――――今、そんな偶然に期待するワケにはいかないし、そんなのがあってはならない。






 「いきなり出てきたって事は…………つまりコレはそういう事よね……」






 多少の知能はあるため、どのゴブリンも棍棒といった簡単な武器を持っている。さらに圧倒的な数の優位をわかっているのか、その顔は蹂躙できる喜びに満ちていた。先程放たれた謎の咆哮はその喜びを声にしたモノだろう。




 少なくとも警戒しているゴブリンは一匹もいない。柔らかそうな女の肉を前に舌なめずりしているばかりだ。どう倒すかよりもどう料理するか考えているようで、完全にシンカリアを無力な獲物として見ていた。






 「はぁー」






 そんな余裕綽々のゴブリン達を見て、シンカリアは心底呆れるようにため息をついた。






 「本物の魔物って結構な大馬鹿なのね。どっちがピンチなのかわからないなんて。これじゃ授業で倒してきた偽魔物達の方がいくらか賢かったわ」






 どうせ言っても通じないだろうと、シンカリアはゴブリン達に思った事をそのまま吐き出した。






 「魔物は魔法を知らないのかしら。それとも魔物は人間を舐めてるだけなのかしら。まあ、両方だろうけど」






 シンカリアは学院で“魔道士”としての授業と訓練を受けている。魔法を専門としている人間なのだ。その中でも攻撃魔法はシンカリアの得意分野で、一対多数に対応できるモノを多く習得している。今のような“大勢のザコ”といった状況は完全にシンカリアが得意とする状況だった。






 「私、嫌いなのよね」






 シンカリアが軽く手の平をゴブリン達に向けると、そこから白光弾が発射された。




 その白光弾はボールをパスするように、緩やかな軌道を描いてゴブリン達へ向かって行く。






 「魔物だろうと誰だろうと、イキって相手を舐め腐る大馬鹿なヤツは!」






 ゴブリン達はシンカリアが何をしたのか理解できておらず、そのまま白光弾が自分達の所へ来るまで目で追って――――――――――――――――――瞬間、眩い閃光と共に爆発が起こった。




 その爆発で十数体のゴブリンが跡形も無く消滅し、そこでゴブリン達はシンカリアに攻撃された事を理解する。






 「あと、気持ち悪い鳴き声聞かされたら、さらにドンッって感じでムカツクわッ!」






 爆破魔法ブラストだ。魔道士の基本攻撃魔法であり、この魔法の範囲や威力等々で魔道士の技量が解るとされている。




 通常の魔道士なら一度の爆破魔法ブラストで魔物を二、三体倒すのが普通だが、シンカリアは十数体のゴブリンを倒している。




 これはつまり、それだけシンカリアの攻撃魔法が洗練されているという事でおり、同時にゴブリン達はケンカ売った相手を間違えた事も表している。少なくともシンカリアは余裕を見せていい相手では無い。




 まあ、シンカリアからゴブリン達を見るなら余裕綽々で問題は無いが。






 「それそれそれそれそれそれそれッ!」






 絶えず爆破魔法ブラストを放ち続け、シンカリアを中心とした爆撃にゴブリン達は太刀打ちできない。ゴブリン達の数はどんどん減っていった。それは害虫業者が難なく害虫を駆除いくような状況で、獲物だと思ったら天敵だったという悲惨な結果が生まれていた。バラまかれ続ける爆破魔法ブラストにゴブリン達は為す術が無い。






 「ギョアアアエッ! ギョアッ! ギョアアアッ!」






 何を言ったのか不明だが、この現状に危機感を覚えたのだろう。シンカリアに対してゴブリン達は一斉に飛びかかっていった。統率も何も無い動きだが、このまま全滅を待つよりは遙かにマシだと判断したようだった。






 「グバアアアアアア! ギャウアアアウアアアア!」






 どんなに攻撃が過酷だろうとシンカリア自身はただの人間だ。ゴブリン達が力任せに棍棒で殴りつければ致命傷だ。うまくいけば即死だろう。たった一撃命中させればゴブリン達の勝ちである。きっと、素手でも一発殴りつければ勝利だろう。






 「バカでしょッ! そんな猛進だけで私に勝てると思ってんのッ!」






 だが、そんなとっさの行動に意味はなかった。




 難なく多数を攻撃できるシンカリアと、作戦も何もなく慌てて一撃を当てに行こうとするゴブリン達では、どちらが勝つか火を見るより明らかだった。




 形勢が逆転する事はなく、ゴブリン達がシンカリアに蹂躙され続けるのは変わらなかった。全く近寄れず、抵抗も士気もあっという間に無くなってしまう。当然の結果だった。






 「ん? アイツら逃げようとしてる?」






 なので、そうなればゴブリン達はこの場から逃走を開始する。我先にと散り散りになって、少しでもシンカリアから離れようとしていた。どうやら、命が惜しいのは人間も魔物も一緒のようだ。






 「私がヤバイって今更気づいても遅いわよッ!」






 だが、ゴブリン達の逃走を許すシンカリアではない。攻撃の手を緩める事も逃がす事もなく、戦意喪失したゴブリン達に爆破魔法ブラストを命中させていった。






 「ギャアアァァァァァァァァァ!」






 結果、百体以上いたゴブリン達はシンカリアに一分とかからず全滅させられた。元からゴブリン達などいなかったかのように草原に静けさが戻っている。






 まあ、放ちまくった爆破魔法ブラストのせいで、そこら中の地面はスプーンで掬ったアイスのように抉られているのだが。






 「ホントに死体が残らないのね。いや、習った事を信じてなかったワケじゃないけど」






 そんな戦闘の痕こそあるものの、この場に死体は一つ転がっていない。




 そう、ゴブリン達は魔物なので死んだらその場から消えてしまうのだ。これは魔物の特性で、転生者の都合でそうなっている。学院生であるシンカリアにとって当然の知識だ。そのため、死体が残らないという光景を異常と思っても不思議と思う事は無い。






 「…………ん?」






 ゴブリン達を片付け爆破魔法ブラストの砂埃が完全に晴れると――――――――――――そこに誰か倒れていた。




 シンカリアは状況もあって、直感で爆破魔法ブラストによる被害者だと判断する。






 「………………嘘でしょ?」






 若い大人の男性が――――――――――――何故かがに股と万歳のポーズの格好をして、なおかつ伏せで倒れていたのだ。車輪で無残に引かれた蛙のようで、さらに衣服は所々が焦げ付いている。








 明らかにダメージを負っており、その理由がシンカリアの放った爆破魔法ブラストなのは間違い無かった。

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