第2話 我、推しを見つける
「いったたた。でもボスを倒したぞー」
ギターの女の子が両手を高く上げる。黒のゴシック衣装だから目立ちはしないが、レース越しに腕に血がにじんでいるのが垣間見え、少し痛々しい。
とは言え本人は、最初に少し顔をしかめた程度で気にもしていないのだが。
「いやあ、
ベースの女の子が肩をすくめながらそう言った。
「えーー。試しに挑戦してみようって言った時、みんなも賛成したじゃん。
ギターの子――音葉――が不満げに言うのに対し、ベースの子――灯――は意地悪そうに笑う。
「ええー? そんなこと私、いいましたっけー?」
「あー、ずっるい。このずるっこあかりめー」
「あーもう、叩くな。私は音葉みたいに頑丈じゃないんだけど」
「なんだとー」
「はいはい、二人ともやめないか」
ドラムの子だ。
髪を短くまとめた彼女の周りにあったドラムセットは、いつの間にか消えている。
「とりあえず集まって自己紹介をするぞ。あと、音葉。それを言うなら一蓮托生だ」
「えー、
「そうだそうだー。三階のボスを倒した時もそう言って自己紹介したけど、結局放送されずに恥ずかしい思いしただけじゃん」
さっきまでじゃれ合っていた二人――
「あーもう。こんな時だけ仲良く口をそろえて……。いいからこっちに並ぶの。ほら、
エイは腰に手を当て、手招きしてボーカルの子――夏奏――を呼ぶ。だが彼女はお腹を押さえて一向に動かない。
「……どうした? 傷がひどいのか? だったら由羽もいないことだし今度あらためて……」
心配げな声音のエイに対し、オトハとアカリは肩をすくめる。
「いやいや、ちがうんじゃないかなー」
「そうそう。アレだよアレ。夏奏は次に“お腹がすいた”と言うってやつだよー」
「お腹がすいた。もう動けない。…………はっ!? 音葉はなんでわかったんだ」
驚きに顔を上げ目を瞠るカナデだったが、それを見る三人の顔は冷ややかだ。
「そりゃあねぇ」
「それ、いつも言ってるじゃーん」
「はぁ……。そういう事ならダンジョンから出たらすぐご飯を食べに行くとしよう。だからそれまでもう少し我慢してくれ」
エイはそう言ってカナデの手を取り移動させ、4人そろって横並びになる。
「というわけで、ダンジョン系バンド、ルスキニアボックスの曲。『稜線のリアライズ』はいかがだったでしょうか」
「あれ?
「
「……ぐう」
「ええい、そこら辺はよくわからないからやめにしただろうが。あと夏奏、お腹がすいたのはわかったから鳴らすな。もう少し辛抱してくれ」
エイは首を振り気を取り直す。
「そんなわけで、ドラムの
「あー、ごまかしたー。……あーはいはい。わかったからそんなににらまないでよー。ギターの
元気よく手を挙げるオトハ。
「ベースの
アカリは小さく手を振った。
最後に夏奏が口を開く。
「
「夏奏……、それだと自己紹介じゃ……。いや、まあいいか」
エイはこめかみを一揉み。それを見てオトハとアカリが声を上げる。
「相変わらず英は夏奏に対し甘々だなぁ」
「そうだ! ずっこいぞー。ぶーぶー」
「うるさい。お前達は普段の行動を顧みろ」
はやし立てる二人に対しそう一喝し、エイはひと息つく。
「後はもう一人、メンバーにヴァイオリンの
「放送されてるかどうかわからないけどよろしくねー」
「うんうん、よっろしくー」
エイにあわせて、オトハとアカリも頭を下げる。
一方カナデはまたもお腹を押さえていた。またもぐうと音が鳴る。
「あーもう、カナは仕方ないなぁ。それじゃあとっておきのカロリーお供をあげよう」
オトハは黄色いパッケージが印象的なブロックがしを差し出した。
だがカナデはぷいと顔を横に背ける。
「それは喉が渇くから嫌だ……」
「なにおー、この贅沢カナめ。ふーんだ。なら食べちゃうもんねー」
バリバリとパッケージを開け、オトハはブロックを1つ、口の中へと放り込んだ。
それを見て、映画ため息をつく。
「もうダンジョンから出るんだから食べる必要はないだろうに。ほら、夏奏も帰りにおいしい物でも食べよう」
その言葉に夏奏がぱっと顔を上げる。
「……そうだな、今日はいっぱい食べるぞ」
「ほどほどにねー」
いつの間にか帰りの魔法陣のそばまで行っていた灯が声をかける。
「音葉もさー、怪我してるんだから早く戻って治そうよー。先行っちゃうよー」
「あ、そうだった。いたたたた。帰る、帰りまーす」
言われて思い出したのか、怪我を急に気にしだしたオトハは、走って魔法陣へと飛び込んだ。
「全然怪我してるように見えないじゃん。てか、おいていかないでよねー」
「まあ、音葉らしいさ」
「……お肉食べたい」
銘々にそう言いながら、ルスキニアボックスのメンバーは帰還していった。
《む、帰っていったか》
《ルスキニアボックスってバンド知ってる?》
《知らないかな~。さっきインディーズ系の配信サイトで調べてみたけど、引っかからなかったよ~》
《メンバーにヴァイオリンいるって言ってたし、珍しくってわかりやすいと思うんだけどなぁ》
《わからないかー。歌声もきれいで結構よさげだったからちょっと気になったのに》
《戦闘中に歌うとか、アニメのオープニングみたいな補正かかってるからな。当然よ》
《お前ら、そういうの大好きだろ》
《おうともさ》
《歌姫ちゃん、腹ぺこ属性だったけどな》
《食べさせてあげたい》
《財布が空になるまで食べさせてあげたい》
《わかりまくりのすけよ》
《財布の残高確認してから言ってもろて》
《あの子、安物では満足できない舌もってそうやで》
《最近の食べ放題はおいしいんだぞー》
《出禁にされてそう(ぼそり)》
《それはともかくモナちゃん。今のってライブ?》
「ん? うむ、そのとおりじゃ。録画映像ではないぞ」
モナは興奮に頬を紅潮させて頷く。
「ふぅむ、しかしそうなると今ここで見ることができたのは運命というものじゃな。ルスキニアボックスと言ったか? よし、あやつらは我の推しじゃな。何より格好よかったしのぉ」
いつの間にやらモナはたすきを掛けていた。当然そこにはルスキニアボックスの名前がある。
ウスベニも七色に体を光らせていた。
モナはそれを両手に持ち、上下に振って楽しんでいる。
「こんさーと? を見る時はこうするんじゃろ。我、勉強したんじゃぞ」
《仕事早すぎるんだわ》
《そしていつも通り斜め下なんだわ》
《それよりウスベニちゃんの仕様よ》
《あれ、サイリウムのつもりか?》
《サイリウムって言うよりゲーミングだよな》
《ウスベニちゃんはゲーミングスライムだった》
《ちゃんと薄紅色完備してるのエライ》
《ウスベニちゃん万能説まである》
《そんなことよりライブ映像だとマズくないか?》
《ん?》
《どゆこと?》
《彼女たち、今ダンジョンから出ていったばかりだろ? 入ってたダンジョンも安曇野ダンジョンってわかってる》
《あー、なるほど……》
《あー、なる》
《あな――》
《言わせねえよ》
《いや、不用意にセンシティブな単語書くとマジで警告はいるからやめておこうぜ》
《ちっ、まじめちゃんめ》
《ノマルンめ!!》
《心配したらこの仕打ち、ひどい扱いだよ、ほんと》
《ノマルンはともかく、理解した。今外に出たらちょっとした騒ぎだよな》
《ダンジョン毎に張ってる記者もいるみたいだし》
《まあ、彼女たちもその点は本望じゃない? モナに動画放送されたいみたいなこと言ってたし》
《まあそうだけど……、うーん》
【はっはっはー、その点は大丈夫だー】
突然にテンション高めの色違いのコメントが踊った。
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