第30話 我、悩ましい
《おお、魔法陣だ》
《ようやくファンタジーっぽくなってきたな》
《ゴブリンとかスライムとか、十分ファンタジーですが、なにか?》
《いや、確かにそうなんだけど……。ほら、イメージ的なサムシングよ》
《まあ、わからなくもない》
《一応下に降りる階段っぽいのもあるから、魔法陣か、下に行くか、歩いて戻るかの三択やね》
《魔法陣……。多分、害はないんだろうけど。積極的に触れたくはないな》
《なんで? どうせ帰還の魔法陣か何かでしょ? ボス戦終わったんだし》
《いや、アレがどんなものなのか。見ただけじゃわかんないし》
《仮に転移系の魔法陣だったとしても、転移先が『モンスターハウスだ!』だったらヤバいでしょ》
《まあ、モナちゃんメイドだし、悪辣なのは無いとは思うけど》
《いやわからないぞ。最近はモナモナ、ダークサイドに堕ち気味だし》
《あーー、確かに……》
「何を納得しかけておる……。我、そんなにあくどくはないぞ」
流れるコメントに、モナは頬をふくらませる。
《いや、でも。探索者が苦しんでると、すーぐ愉悦に浸るじゃん》
《笑いの三段活用するじゃん》
《大体すぐオチがつくけどな》
《そこまでがセット》
《調子に乗って即オチまでが様式美》
《安心のモナモナクオリティだね》
「そ……、そなたら……。好き勝手言いおって」
モナは両手で扇子を握ってプルプルと震える。
「覚えておれよ! ぜったい、ぜーーーったい見返してやるからなっ。その時になって泣いても遅いのじゃからな!」
びっと扇子を突きつけた。
《台パンやめ……、してないし》
《小道具手に入れたからな》
《扇子、両手でもってプルプルしてたの、かーいい》
《軋みもしてなかったけどな》
《扇子が丈夫なのか、マヨちゃんが非力なのか》
《後者じゃね?》
《後者だろ》
《まあ、後者だよな》
《お、お前ら……。まあ俺も完全に同意だが》
《おいおい、お前らがからかったせいで、まーたダンジョンの難易度上がるかもなんだぞ。ちょっとは自重しろ》
《大丈夫やろ》
《きっと、たぶん、Maybe》
《それに俺、ヲチ専だし》
《みーてーるーだーけー》
《こ、こいつら~~。俺、次の休みにダンジョンに潜る予定なんだぞ。やめろよ》
《はぁ? なんすか? 自慢すか? こちとら講習の抽選に外れてるんですけどー》
《ぷーくすくす》
《舞台にすら立ててないの、笑う》
《ぶっころ!》
《はいはい、けんかやめてー》
《んなことより、結局あの魔法陣ってなんなのよ》
《ボス戦も終わったし、害があるものじゃなきゃ、教えてくれても大丈夫じゃない?》
《せやせや。おせーてモナちゃん》
「ぐ……、ぬ。そなたらは本当に調子のよい輩じゃな」
モナは感情を落ち着けるように、ふうとひと息。
「……あの陣に関しては、ちゃんと効果がわかるようにしてある。よく見るといい」
《いや、俺たちあんな謎模様の解読できないし》
《鑑定ちゃんならわかるって事?》
《それ、逆に言うと、いなきゃわからないって事じゃん》
《モナちゃん、説明になってないってばよ》
《ちゃんとー、おしえろー》
《やーやー》
流れるコメント欄に、モナはいらだちの声を上げた。
「じゃーかーらー。ちゃんと書いてあるじゃろうが。そなたら、もうちょっとちゃんと見よ。……ほれ、あの娘はわかったようじゃぞ」
モナはコツンと、扇子で机をならす。
◆
画面上では、風花が魔法陣のそばに座り込み、手に持ったペンでもって、それをツンツンとつついていた。
それを呆れたような目で野火が見つめる。
「何やってんだ? 風花。疲れてるのはわかるが、とりあえずそいつの鑑定は手早く頼む。効果がわからないと、議論のしようも無いからな」
「ん? 鑑定はまだだけど、効果ならわかる、よ。ほら……」
風花がペンで差したのは魔法陣の外縁。先程から風花がツンツンしていた、紋様が書かれている場所だ。
野火はそれをのぞき込むも、わからないとばかりに首を振った。
「だからそんな謎文字、俺には読めないって」
「ん? ローマ字だよ」
首を振る野火を、風花は不思議そうに見つめる。
「ほら、ここ……。『UE』って書いてる……」
「んあ? おいおい、そんなこと……」
野火は目を細め、体をかしげるようにして、魔法陣をのぞき込む。
「…………あー、確かに書いてるわ。よくわかったな、風花」
「ふふ……。褒めていい、よ?」
「はいはい、わかったわかった」
野火は、風花の頭をわしゃわしゃと掻き撫でる。
いささか乱暴なそれでも満足したのか、風花は座ったまま体を横に揺らした。
「んで、結局何って書いてあるんだ?」
「んと……。外周は『UENINOTTARAKAERERUZO.WARENIKANSHASURUGAYOI』…………だよ」
「あーー、『上に乗ったら帰れるぞ。我に感謝するがよい』か」
「……ん」
野火はなんとも言えない表情で天井を見つめ、頭をかく。
「なるほど、これが帰還手段って訳か……。ちなみに『外周』はって言ってたが、内側にも何か書かれてるのか?」
「うん。……えと『TSUG――』」
「――あー、待て待て」
またも1文字1文字、指さして読もうとする風花を、野火は慌てて止めた。
「全体的に何が書かれてるか、ざっくりでいいから教えてくれ」
「ん? ……ん。次からここスタートもできる。……あと、この部屋、あそこから入ってこない限り敵は出ないって……」
指さす先は、4人が入ってきた扉。
「なるほど、な。……んじゃまあ、これからの相談をするかねぇ」
「ん」
風花は小さく頷いた。
◆
「ほらーー、見てみよー」
モナはドヤ顔でのけぞり、
「やはり、わかる者はわかるのじゃな」
うむうむと訳知り顔で頷いていた。
《いや、わからんわ》
《あー、あのごちゃごちゃしてる模様。ローマ字なのか》
《スマホをくるくる回して解読を試みる俺氏。画面がちっさくて断念》
《画面も回転するから、結局読めないんだが……》
《自動回転切れや》
《PCの俺、アームを回転させて解読中。モナちゃん割とふざけて書いてるから面白いぞ》
《ぐっ、今解読しないとあとで見返せないんだよなぁ》
《ダンジョン潜って三階まで行けばいいんじゃね》
《だから、その権利がねぇって言ってるだろ》
《だから、ヲチ専だって言ってるだろ》
《うーん、この》
「うむうむ。どうやら楽しんでもらえたようじゃの」
モナは満足気に扇子をひと叩き。
「これなら最初の案の暗号的魔法陣でもよかったかのぉ。最初にするには手間がかかるだろうと思ってやめたんじゃが……」
目を閉じ思案する。
《それはやめろ》
《謎解き要素は求めてないんだよなぁ》
《はまると時間だけ食うからな》
《ローマ字の所って、要は説明書だろ? そこを暗号にするってどうなのよ》
《ありえませんわぁ》
フルボッコである。
「そ、そこまで言わんでも……」
ちょっぴりしょんぼりするモナを、ウスベニがヨシヨシとばかりになでる。
《しょんぼりモナちゃん》
《いいね》
《可哀想だからやめてやれって》
《仕方ないなぁ》
《今回だけは勘弁してあげるでござるぅ》
《で、結局こいつら、これからどうするんだろうな》
《そりゃあ、魔法陣使って帰るんじゃない?》
《でも、まだ時間的には早いぜ》
《あー、まだ昼だもんねぇ。どうするのかな》
《とりあえずこの部屋、安全地帯みたいだから、休憩して先に進むのもありなのかもね》
《確かに。とりあえず先を覗いておくのはありだな》
探索者の4人は車座になって休憩しつつ、今後の相談をしていた。
「さて……。これからどうするか、だが」
盾を置き、ペットボトルを手に四方山はひと息つきながら、他の3人に聞いた。
「ワタシは先をちょっと覗いてみたいな。それによって今後の準備も変わるしね」
手にした魔石をお手玉のようにして遊ばせながら、林音は言った。
「俺は帰るに一票。万が一、奥に行ってこの部屋に戻ってこれなかったら事だしな」
「あー、確かに。その可能性はあるか……」
「まあ、たぶん大丈夫だとは思うけどな。念には念を、だ」
野火も、水を一飲みしながら林音に意見を返す。
「風花はどうだ?」
四方山の問いに、風花は少し考えるように首をかしげた。
「……帰りたい、かな? トイレ少ないし」
そばに置いたリュックを、ぽんぽんとたたく。
「あーー、そういやそうだったね。それなら私も帰るに一票だわ」
意見をひるがえした林音を見て、四方山は大きく頷いた。
「ふむ、それなら一旦帰還という事にするか。よしっ」
「あいよっと。それじゃあ帰るとしますかね。さって、こいつらはいくらになるかねぇ」
四方山は膝を打って立ち上がり、後を追うように林音も魔石を遊ばせながら立ち上がる。
「さすがに、これで生活できる稼ぎにはならないんじゃねーの? ほら、風花も行くぞ」
「……ん」
野火は軽口をたたきながら、風花を引っ張って起こす。
そうして4人は足をそろえて魔法陣へと踏み入れた。
《帰っちゃったかー》
《まあ、妥当な判断じゃろ》
《なんなら、一旦外に出てもう一回入ってきてもいいんだしな》
《俺なら一回外に出たら、スイッチが切れる。その日のうちは戻りたくないな》
《それは……、わからんでもない》
《スライムの所の変態とか何回もダンジョンに入ってきてたじゃん》
《アレは変態だから。一緒にしちゃ駄目だから……》
《そっかー、トイレ問題か……》
《そういや鑑定っ子がトイレ少ないとか言ってたな。どういうことよ》
《普通ダンジョンにはトイレがない。あとはわかるな……》
《…………ちょっと興奮してきた》
《帰れ》
《ホントもう、帰れ》
《まあでも、わかった。簡易トイレかなんか持ってきてたけど、残り少ないって事か》
《男は立ちションすりゃいいけど、女は大変よな》
《男も、大が来たら大変よ》
《まあ、そうね……》
《汚い話だけど避けては通れない、か……》
《モナちゃん、なんとかならないの?》
《これ、結構大変だから、ここをケアしてあげるのとあげないのでは、探索者の数が変わると思うよ》
「む、むむむ……」
コメント欄を見て、モナはこめかみに手を当てて悩みはじめる。
「であれば、これの簡易版を……。そう言えば、あやつらボスの初回討伐なのにボーナスがなかったな……。ではこれを……」
辞典を取り出して、あーでもないこーでもないと悩むモナが画面に映し出されていた。
《おいおい……モナちゃん、こっち無視して考え込んじゃったぞ》
《今日は昼配信だから時間あるし、いいんじゃね?》
《いいのかなぁ》
《ウスベニちゃん、こっちを飽きさせないようにブレイクダンスしはじめたし、やっぱいいんじゃない?》
《スライムのブレイクダンスとは》
《でも、意外とかっこかわいい》
《やはりウスベニちゃんは有能》
《モナはぽんこつ》
《真理やねぇ》
モナの思案が終わるまで、雑談は続いた。
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