第31話 我、通販する
「よし、これでよかろう」
しばらくして、ようやく考えがまとまったのか、モナは辞典をパタンと閉じた。
そうして視線をあげた先では、ウスベニが机の上で、すっすと滑るように後退し、最後にギュルンとその身体をひねりながら弾んでいた。
――ポゥ!
「…………何をしておるのじゃ? おぬし」
それを見て、モナは不思議そうにこてんと首をかしげた。
《モナちゃん、ひどい》
《ひどすぎる》
《マヨが自分の世界に閉じこもったから、その間、間を持たせてたんやで?》
《それを呆れるとか……》
《感謝してしかるべきでは?》
《あ~あ》
《いーけないんだーいけないんだー♪》
《せーんせいにゆーちゃーろー♪》
《久々に聞いたな、そのフレーズ》
《うちの地元とはちょっと違うけど、脳内再生余裕でしたわ》
《アレっていつの間にか知ってたけど。どこで知ったんだろうな》
《謎だよねぇ》
《それはともかくモナモナは、やってはいけないことをした!》
《そうだーそうだー》
《ウスベニちゃん、ちょっとしょんぼりしてるだろー》
《……そうか?》
《俺には違いがわからん》
《いつも通りぽよんぽよんしてるようにしか見えないや》
《まあでも、モナちゃんがやってしまったのは事実》
「ぐ……、あ……」
流れるコメント欄に、口を開け閉めしながら顔を紅潮させるモナだったが、やがてウスベニに視線を落としたかと思うと、ストンと腰を落とした。
「う……、ごめんなさいなのじゃ。あと……、間を持たせてくれて感謝するぞ」
おずおずと手を差し伸べて、つるりとしたウスベニの身体をなでた。
《ちゃんと感謝できましたね。迷ノ宮さん、偉いですよ》
《謝るモナちゃん、かわよ》
《どうせ何でもいいんでしょ?》
《うむ、どのモナちゃんも可愛いからな》
《一押しは、意地張ってぐぬぬしてるモナ》
《わかる》
《個人的にはもうちょっとからかって遊びたかったのに、残念》
《迷ちゃんは日々成長しているんです》
《嬉しいような、寂しいような……》
《はっ。これが娘を見守る父親の気持ち……》
《出会って数日で父性に目覚めるな!》
《この成長具合だと、来週辺りには、思春期のお父さんばりに嫌われてそう》
《洗濯物、一緒に洗わないで!!!》
《ぐはっ》
《やめろ……、精神に響く》
《仕事疲れで帰ってきて、蔑んだ目で見られたことあるか? キツいぞ》
《はぁはぁ……》
《特殊性癖は帰ってどうぞ》
《生物学的に思春期の娘に嫌われるものらしいけどね~》
《なん……だと……!?》
《救われねぇ、救われねぇよ……》
《世のお父さんの悲哀はどうでもいいから、次のダンジョン見よーよ》
《せやな》
《どうでもよくない……(血涙)》
《対処法を! 対処法をぉぉぉおお!!》
《はいはい、自分で調べてねー》
《ダンジョンもいいけど、ワタシはその前にトイレ問題がどうなったか知りたい》
《それは確かに……、お父さんの悲哀よりも大事だな》
《あと、ちらっと初回ボス討伐ボーナスとか言ってたし、そっちも知りたいなぁ》
《チラ?》
《チラチラ?》
コメントの無言(でもない)圧力に屈したのか、ウスベニの機嫌をとっていた手をモナは止める。
「む、むう……。まあよかろう。特に隠すことでもないしな。まずあの4人へ与えたボーナスはこれじゃ」
モナが取り出したのは、白い半透明の丸いカプセルだった。
《ん?》
《ただのガチャガチャカプセルにしか見えん》
《中は何だ……》
《カプセルって言ったら、カプセル怪獣だろ》
《古い、古すぎる!》
《ぽけっとなモンスターだろ、常考》
「何を言っておるのじゃ? そなたら……」
よくわからなかったのか、モナは首をかしげる。
「これを、先程からそなたらが欲しいと言っておった物じゃぞ。その名も……」
モナは、右手でカプセルを掲げる。
「ぽ~い~ぽ~い~お手洗い~~~」
《それやめろww》
《頑張ってダミ声だそうとしてるのカワイイ》
《日本人は、何か紹介するとき、これをやらずにはいられないのか……》
《どこで勉強してきたんだろうな、モナちゃん》
《しかもこれ、旧版声優のほうやで》
《そっち勉強して、カプセル怪獣知らないとか》
《ぽけっとなモンスターをわからないとか》
《モナちゃん、もうちょっと勉強して》
《いや、ダンマスの仕事の方優先しろよ》
《で、名前はわかったけど。結局それってどうやって使うの?》
《まあ、トイレになるんじゃろうけどな……》
《せやろな》
流れるコメントに、少し恥ずかしくなったのか、モナはいそいそと手を下ろした。
「じ、実際の性能については見てもらう方がよかろう。ほれ」
モナは早口にそう言うと、画面を切り替えた。
映し出されたのは、先程と同じボス部屋。
そこでは、ゴブリンが一匹、スポットライトの中心でたたずんでいた。
「ご、ごぶごぶー。ごぶごぶー」
ゴブリンは、腰をちょっと突き出し、お尻に力を込めた様子でうろうろしはじめた。
なにやら切羽詰まっているのか、しきりにお尻に手を当てて気にしている。
汗をふきふき、スポットライトの中を何度も行き来するゴブリンだったが、そこに、眼鏡を掛けたゴブリンがあらわれた。
「めごっぶ」
眼鏡ゴブリンは、うろうろするゴブリンの肩をたたいて注意を促す。
そうして眼鏡ゴブリンが取り出したのは、白色のガチャガチャカプセル。
眼鏡ゴブリンはそれを指さし、画面に向けてサムズアップ。とがった歯をキラリと輝かせた。
今度は、そのカプセルを地面に向けて叩きつけた。
ぼふんと音を立て、白い煙が立ち上る。やがて煙が晴れると、そこには扉のついた直方体の物体が立っていた。
眼鏡ゴブリンが扉を開けると、白の洋式便座が鎮座している。
「ごぶっぶ」
お尻を押さえたゴブリンが、それを見て驚きの声を上げる。
しきりに、中に入ってよいかと便座を指さし、眼鏡ゴブリンがどうぞと手を振ると、急いで中に入り、バタンと扉を閉めた。
眼鏡ゴブリンは閉じられたトイレのまわりを、耳を澄ませながらぐるぐると回る。
「めごっぶ。きこーえんごっぶ」
そう言うとにっこり笑顔でまたもサムズアップ。
今度はスポットライトの外から、木人を持ち出してきた。それをトイレのそばへと設置する。
「めごっぶ、めーごごーっぶ」
眼鏡ゴブリンが木人にむけ手のひらをむけると、そこには火の玉が浮かび上がり――
――ごおと音を立てて木人に向けて放たれた。
着弾したそれは、木人を木っ端みじんに吹き飛ばす。
それを見て、眼鏡ゴブリンは額をひとなで。今度はトイレに向けて手のひらをむける。
「めごっぶ、めーごごーっぶ」
同じように火の玉が浮かび上がり、今度はそれは、トイレに向かって放たれた。
トイレも木っ端みじんに砕け散る――そう思われたのだが一転、トイレの目前で火の玉はかき消えた。
画面に向かって両手を広げる眼鏡ゴブリン。
そうして、二度三度と火の玉を放つが、どれも同じようにトイレの目前でかき消える。
それを確認した眼鏡ゴブリンは、またも画面に向かってサムズアップ。とがった歯を光らせた。
「めごめーご、めーごごーっぶ」
指を1つ立て、最後にもう一度とばかりに、大きな火の玉を作り上げトイレに向かってはなった。
当然それもトイレを目前にかき消えると思われたのだが――、
――ガチャリ。
唐突にトイレの扉が開く。
中からあらわれたのは、当然さっき急いでトイレに駆け込んだゴブリン。ゴブリンは妙にすっきりとした表情で額を拭っていた。
そこに巨大な火の玉が迫る。
「ごぶ!? ごっぶっぶーーー」
一瞬の驚き。しかしてゴブリンは、拳でもってその火の玉を打ち上げる。
――ゴウン。
天井に当たり、パラパラと土を落とす。
「ごっぶ! ごぶっぶ! ごっぶ!」
「めがーぶ、めがーぶ」
何度も指を突きつけ抗議をするゴブリンに、眼鏡ゴブリンは平謝りの状況だ。
「ごっぶっぶ」
ひとしきり文句を言って気が済んだのか、ゴブリンがトイレのあった場所を指さす。
いつの間にかそこにあったトイレは消え、代わりに黒くなったガチャガチャカプセルが転がっていた。
「めっごっぶ」
眼鏡ゴブリンはそれを拾い上げると、今度は懐から懐中時計を取り出す。
画面に懐中時計を一杯に映し出すと、その長針を一回二回、ちょうど2時間分回転させる。
すると真っ黒だったカプセルがきれいな白に戻っていた。
そうして、眼鏡ゴブリンは再度カプセルを地面に叩きつける。
音を立てて現れるトイレ。
今度は時計の秒針を、一回二回……、きっかり十回回転させる。
トイレは音を立て、今度は黒いカプセルへと姿を変えた。
その様子を見て拍手をするゴブリン。
眼鏡ゴブリンは両手を上げてそれに答え、またしても画面に向かってサムズアップ&歯をキラリ。
二人してボウアンドスクレイプ、そしてカーテシーを決めたところで、画面は閉じた。
《俺たちは一体何を見せられてたんだってばよ……》
《茶番的サムシング》
《通販のノリ的な何か?》
《むしろマジックショウ的な何かを感じた》
《ちょっとわかる》
《えーと、結局何が何やら……》
《これがあの4人に与えられた報酬って事だろ?》
《個人用トイレかー》
《うーん微妙》
《そうか? かなり便利じゃね?》
《だよなぁ……》
《防音ばっちし。頑丈って言うか、攻撃を受け付けない。再利用も可》
《使用時間は10分。クールタイム2時間って感じか》
《そう聞くと便利な気がするな》
《むしろ、長時間潜るなら必須かもしれない》
《ただまあ、あの茶番よ……》
《俺は好きよ》
流れるコメントに、モナは満足そうに何度も頷いた。
「どうやら好評のようじゃの。そなたら、通販番組とやらが好きなようじゃから、ちょっとやってみた。好評ならまた続けてみるのじゃ」
《好き、なのか?》
《あのノリは好きだけどな》
《そういや、前にウソッコ通販コメントが流れてたか》
《ちゃんと見てたんだなぁ。モナちゃん偉いぞ》
《頑張りどころを間違えてるんだよなぁ》
《続くのか……》
《続かないと、あのゴブリン達の出番がなくなるじゃん、かわいそうじゃん》
《どっかで適当に敵として出てくればいいよ……》
《雑魚にしては強すぎない?》
《んじゃあどっかのボスで》
「……ふむ。よい考えじゃな。とりあえず九州ダンジョンの三層に放り込んでおくとしよう。多少強いかもしれんが、なんとかなるじゃろ。あとはそうじゃな……」
モナは虚空に目を走らせ、ぽんと扇子をひと叩き。
「探索者は希望すれば、ぽいぽいお手洗いの簡易版が手に入るようにしておいた。機能制限はつくが、活用するとよい」
《GJ》
《マヨマヨ、ないっすぅ》
《すばら》
《ふとっぱらぁ》
《いかっぱらぁ》
《ぽっこりおなかぁ》
「むっふっふ。そうじゃろう、そうじゃろう。もっと褒め称えるがよいぞ。はっはっは」
モナは扇子を広げひとしきり笑うと、画面を切り替える。
「それではそろそろ、東北ダンジョンに移ろうか。はーっはっはっはー」
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