第3話 我、恐怖する(こ、怖いんじゃが……)

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《あれ、いわゆるオークってやつか?》

《まずくね?》

《気づいて二人とも、うしろうしろー》

《ホラーゲーのノリだw》

《つか、最序盤でオークとか難易度高杉晋作ぅ》



「……高杉晋作?」

 はてとモナは首をかしげる。

「ようわからんが難易度に関しては順当じゃぞ。一層は一応お手軽で倒せるモンスターを配置してある」



《いや、オークって強いイメージだぞ》

《自衛隊ダンジョンでゴブリンだったのに。パンピーの入るダンジョンでオーク。難易度とはががが》



 それを見てモナは手を振って慌てた。

「あ、いや違うのじゃ。あのオーク? は、あれじゃ。れあモンスターという奴じゃ。決して我、無視されてさみしかったから配置したんじゃないのじゃ。信じてたも」



《あ、や、し、い》

《わざわざ言うところが怪しいんだよなぁ》

《黙ってればわからなかったのに》

《掘った墓穴である》



「だーー! 違うと言うとろうが」

 モナはぷんすこ腕を振り下ろす。

「そんなことより見よ。事態が動くぞ」



《誤魔化されねぇ、誤魔化されねぇよ》

《いや、ホントにヤバそうだぞ》

《あ……、マズ……》



 そう、事態は動いていた。

 部屋に入った二人。何もないその部屋に落胆半分、安堵半分のため息をつく。

 だがそこに、背後から雄叫びを上げて襲いかかるオークの姿があった。

 オークは骨で出来た棍棒を振りかざしている。狙うは近場にいた弓を持った女。

 二人は驚きか、はたまた雄叫びの効果であろうか、その身を固くしている。


「ブヒィィィ」

 迫るオーク。振りかぶられる棍棒。だがすんでの所でタケルが反応した。

「美夜ぁぁ」

 タケルの手でもって突き飛ばされた美夜。彼女は転がりオークから離れ窮地を脱する。

 しかしその代償は重かった。


「が、ああぁ」

 タケルはうめいた。それもそのはず。タケルの上腕に棍棒が当たり、それはあり得ない方向に曲がっていた。

 だが、それでもタケルは残った右手でもってスコップを構えオークの前に立ち塞がる。


「タケルっ」

「だい、じょうぶだ。いいから美夜は逃げろ」


「ブヒッヒ」

 立ち塞がるタケルを見て、オークは下卑た笑いをあげる。

 振り上げられた棍棒。それは執拗にタケルの折れた左腕を狙う。


「がっ――、ああぁぁああ」

 痛みか、はたまた自分を鼓舞するためか、タケルは声を上げ、しかしそれでも美夜とオークの間に立ち塞がる。

 だがそれすらも楽しんでいるのか、オークは醜悪に笑い続ける。


「ちく、しょう……、こんな奴、出るなんて――、聞いてないぞっ」

 片手で振り回すスコップ。だがそれも――、


 ――ガインッ。

 オークの持つ棍棒によって弾き飛ばされる。

 片手を、そして武器すらなくしてしまったタケル。だがそれでもとタケルはオークへと体当たりをかます。


「ブ!? ブヒィ?」

 驚きか、オークはタケルの体当たりを受け組み付かれてしまった。

「美夜ぁ、逃げろっ」

 振り払おうと力を込めるオークに捕まりながら、必死に声を上げる。だが当の美夜はへたり込み微動だにしない。


「…………お兄ぃ……怪我した。アタシ……あいつ……せい。……やらなきゃ、……死んで……しね…………しね……死んでしまえ…………」

 ぶつぶつとつぶやきながら、やがてその焦点がオークに合う。そうしておもむろに矢を抜き、弓をキリキリと引き絞った。


「お兄ぃ、どいて。そいつ殺せない」


「んなっ、美夜」

 組み付いたまま振り返った男。そこで見たのはよどんだ瞳で弓を構える美夜の姿。

 それを見て何かを悟ったのか、タケルは力を込める。せめても美夜から遠く離せるように、と。


「ああもう……、ちく、しょう――」

 タケルの渾身の力にオークも思わずたたらを踏んだ。だがタケルの方も、それで精一杯だったのか、転がるようにして地面に倒れてしまう。


 タケルに出来たのはそこまでだった。

 オークは転がったタケルを見て舌なめずりをし、棍棒を振り上げた。

 弓の持ち手は意に介さない。ただの弓矢は自分の皮膚を貫けないと知っているからだ。だったらそれよりもこいつをなぶり殺してそれからあの女を料理すればいい。

 そんな風に考えていたオークだったが、怖気を感じて顔を上げた――。


「ブヒィ!?」

 ――その目の向こうには弓を構えた美夜。


「お兄ぃを……いじめた。殺さなきゃ。死んで、詫びて……」

 なおもぼそぼそとつぶやく美夜に、本能的な恐怖を感じたのか、オークは対象を変え美夜に迫る。だが――、


 ――一射、矢が放たれる。オークは自らの皮膚を頼りに顔を腕で覆い、美夜の元に駆ける。しかして――、


「プギィィィギイイィィ」

 オークが顔を押さえて悲痛の声を上げた。


 矢が――、刺さっていた。腕の間を抜け小さなその瞳に、針の穴を通すが如きその隙間を抜けて、矢がオークの眼球を貫いていた。

 皮膚と違って眼球は硬くない。むろん瞬膜もない。オークは文字通り血の涙を流し泣いていた。


「そう、一射じゃ死なないんだ、ふふ……」

 顔を押さえてのたうつオークを一瞥し、美夜は矢をつがえる。その口元は奇妙にゆがんでいた。

「でも、もう一個あるもんね」


 ――放つ。それは狙い違わず、もう片方の目に吸い込まれた。


「プギップギィィ」

 両の目を無くし、暗闇の中で泣きわめくことしか出来ないオーク。それを見て美夜はふらりと立ち上がった。


「へぇ、頑丈だね。でももう両方ともなくなっちゃったし、だったらしょうがないよね……」

 ゆらり……、ゆらりとオークに近づく美夜。弓は捨て置いた。今その手に光るのは三徳包丁がひとつ。

 一歩、また一歩と美夜はオークに近づいていく。そうしてあと一歩、美夜が三徳包丁を振り上げたその時――、


「……プ、ギ…ィィ」

 オークは力なくその姿を消した。残されたのは魔石、そして白く大ぶりの牙が一本。

「あ……れ……? いなくなっちゃった。お詫びは? …………でも、なら仕方ないか。あ~あ」

 美夜は感情の抜け落ちた瞳で、奇妙にゆがんだ口元でそれを見て、三徳包丁を逆手に持ち直し胸に――、


「――美夜っ、やめろ!」

「……お、兄、ぃ?」


 ぐるん。美夜がガラス玉のような目でタケルを見つめる。


「もういいから。僕は大丈夫だから」


 カラン……。

 三徳包丁が美夜の手からこぼれ落ちた。


「タ……、タケ……、タケルぅ」

 タケルに駆け寄る美夜。その顔は涙に濡れていて――、

 それをタケルは、無事な右手でしっかりと抱きしめた。



《お、思わず見入ってしまった》

《コメント欄一切動いてなかった》

《てか、こえーよミヤちゃん》

《ファンタジーかと思ったら、ホラーだったでござる》

《ナイスボート案件でござるぅ》

《グロは耐えれるけどこれ系はちょっと……》

《最後、ミヤちゃんの包丁の先、自分の胸を向いてたよな》

《やめろよ、こえーよ》

《タケル君ストッパーがなかったらと思うと……ガクガクブルブル》

《知ってるか? これリアルなんだぜ》

《そうか、この子リアルに存在するんだな。やべーよ》

《ヤンデレは二次元の中だけにしてどうぞ》

《ミヤちゃん、俺の性癖どストライクかと思ってたら振り逃げ上等大暴投だったの巻》



 予想外の展開にざわつくコメント欄。一方モナの方はというと……。


「こ、怖いんじゃが。あの子、怖いんじゃが……」

 半べそをかいていた。



《モナ、君の場合は自業自得》

《そもそもマヨがレアモンスターなんて配置しなければ……》

《トラウマじゃん、こんなのトラウマもんじゃん》

《見てる俺らもな》

《いうて、あの兄妹、ダンジョン潜ってたらいずれ同じ事態になっただろ》

《まあそれは……、ね……》

《モナはこれでも飲んで落ち着いてどうぞ っ旦~》

《うん、なんか飲み物でも飲んで落ち着け、な?》



「お、おう。そうじゃ、そうしよう」

 モナはごそごそと机の下を探る。そうして取り出した湯飲みには白い液体が湯気を立てて入っている。一緒に出された小皿には白い漬物も数切れのっていた。


 モナは湯飲みを取りふぅふぅと息を吹きかける。そうしておもむろに口に含み……、

「はふぅ~~」

 吐息をもらした。その目は先程までの恐怖に満ちた目と違い、とろんとしている。



《……ごくり》

《自重》

《こんな事態なのに、ちょっとえっちぃと思ってしまった》

《エッチなのはいけないと思います》

《いやまあ、でも……。わかる》



 だがそんな状況を無視し、もしくは気づかずモナはこくこくと喉を鳴らす。

「あまいのぉ。あったかいのぉ」

 とろけるモナは湯飲みを置き、それじゃあこちらは……、と今度は漬物に手をつける。


「おほぉ。こっちはしゃくしゃくでおいしいのぉ。香りも爽やかで口直しによい。そして……」

 モナは再度湯飲みに手を伸ばす。


「こちらの甘さも際立つ。ほふぅぅ」

 ほっこり落ち着きを取り戻したようだ。


 もっとも、コメント欄の方は色々とざわめいたままだったのだが……。

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