第5話 我、ダンジョンのバージョンアップの相談をする

「ふむふむ、いろんな意見があるんじゃな。聞いてみるもんじゃのぉ」


 モナはコメント欄を見つつうんうんと頷き、何やら書き込んでいたホワイトボードを自分の前にとんと置いた。

 そこにはコメント欄に書かれていた意見がいくつかまとめられている。


[1.ダンジョンを増やして欲しい]

[2.スタンピードを起こすとよい]

[3.死なないようにして欲しい]

[4.職業やスキルが欲しい]

[5.お金を手に入れる手段が欲しい]


「とりあえずはこんな所か?」



《おけおけ》

《ひとまずはそんな物かな》

《ステータスの件はどうするよ》

《そうだな。もし職業やスキルが手に入るなら、それの確認手段は欲しいな》

《あ、でもステータスっつうか能力値の数値化はいやだな》

《あー、確かに》

《変にマウントとってくる奴増えそうだな》

《でも、命かかってるんだぜ。それに職業とかスキルがある時点でマウントはあるだろ》

《いや、確かにそうなんだけどさー》

《そんなことより俺はボードの左隅に書かれた謎の生物が気になるんだが……》

《しっ、触れるな》

《SAN値下がるだろ》



「む、これか?」


 モナは気づいてもらえたのが嬉しかったのか誇らしげに胸を張る。


「暇だったからおぬしらの好きなゴブリンを描いてみたのじゃ。なかなか怖く描けたじゃろ? こやつならもうあっという間に取り押さえられたりしないのじゃ」



《それはもはやゴブリンじゃない》

《おぞましい別の何かだな》

《モナちゃんは画伯だったかー》

《狙ってやってる分、もっとたちが悪いぞ》

《意外と自衛隊にあっさり取り押さえられたの、気にしてたのな》

《自重してやれよ、自衛隊》

《職務全うして怒られる自衛隊、かわいそす》

《ん~、話は戻すがとりあえずステータスは保留でいいんじゃね》

《あとでマヨちゃんが変えれるんなら別にかまわないかな》



「ふむ、それくらいなら大丈夫じゃと思うぞ。ならば能力値の数値化は保留としておくかの。ではそれ以外。とりあえず3、4、5番について話し合おう」


 ホワイトボードの3番と4番に赤のマーカーで○、5番には△の印をモナはつけていく。


「まずは三番じゃな」


 モナは[3.死なないようにして欲しい]をマーカーで指した


「これは○じゃな。我のダンジョンは残機制じゃ。例の有名な配管工は三回死んでも大丈夫なんじゃろ? おぬしらも同じように設定してあるぞ」



《モナちゃんぐう有能》

《さすモナ》

《配管工って……》

《総理大臣がコスプレするくらいには有名だからな。マヨマヨが知っていても不思議はない、か?》

《赤い帽子がトレードマークの、緑の類似品的弟がいるあいつか》

《緑はジャンプ力高いけど滑るんだよな》

《マニアックすぎる》

《ディスクシステムで散々やったからなぁ》

《ディスクシステムってなんだ?》

《古すぎる》

《ジェネレーションギャップがひどい》

《新しいので説明すればいいのに……》

《説明するには時間がないから、あとでググるんだ》

《あ、ちなみに残機の回復はするの?》



「うむ、もちろんじゃ。一年に一機回復するぞ。ただし自然回復は最大三機までじゃがな。それとは別に機数回復アイテムもダンジョンで手に入るようにしてある。頑張って探すのじゃな」


 得意げに語るモナに対し、コメントの方は拍手喝采である。



《アフターフォローもばっちりかよ》

《誰だよモナをぽんこつとか言ってた奴》

《お前達だよw》

《手首見てみ? ぐるぐる回って腱鞘炎になってねえか?》



 そんなコメントに、ますます得意になってモナは顔をほころばせた。


「そうじゃろう、そうじゃろう。我は有能だからな、これくらいはお茶の子さいさいじゃ」


 よしよしとつぶやきながらモナは続けてホワイトボードの4番、[4.職業やスキルが欲しい]を指さす。


「続いてこの職業とかスキルに関してじゃがな、最初はそのような物想定してなかったんじゃ。言われてみればもっともじゃ。皆が皆、最初からダンジョンで戦えるわけはないものな。たくさんの人に入ってもらうためにこれも何とかしよう」



《mjk》

《俺、勇者。ここに見参!》

《よし、魔王の私が返り討ちにしてやる》

《いや、やっぱはやりはありふれた職業からの最強だろ?》

《不遇職からの成り上がりこそ至高》

《いや、最近は職業:社畜ってのもいいもんだぞ?》

《精神が鍛えられてるからな》

《すり減ってるの間違いじゃね?》

《ほんそれ。今まさに社畜人生なのにわざわざ職業:社畜とか選びたくないしな》



「あー、その。盛り上がっとる所すまんのじゃが、職業を選ぶことはできんぞ。一度魔物と戦って勝つか負けるかすれば自動で割り振られるようになる予定じゃ」


 おずおずといった様子でコメントに口を挟むモナ。

 それに対するコメント欄の反応は様々だった。



《妥当かなぁ》

《モナちゃん使えないなー》

《やっぱりぽんこつかな?》

《ホントお前らの手首、ボロボロだよな》

《一度戦わなきゃいけないのもしんどいな》

《いうてダンジョン潜るんならいずれ戦うんだから、そこは仕方ないだろ》

《最悪残機が減るだけだしな。それに耐えられないんだったらそもそも向いてないって話だわな》

《あー、でも職業やスキル選びってこういうのの醍醐味だから、自分でしたかったわー》

《そう言う奴に限ってテンプレスキルとってそう》

《確かにww》

《でも命かかってるんだ。テンプレないのはつらくないか?》

《……それはまあ確かに。ノマルンの言うことにも一理あるな》



「そんなこと言うても仕方ないじゃろ。リソースは限られておるんじゃ。職業選べたりダンジョンの外で使えるようにするにはリソースが足りんのじゃ。これ以上使える物の制限したりするのは嫌じゃろ?」


 モナは不満げに唇をとがらせる。ダンジョン運営側にも色々と制約があるのだろう。コメントの方もモナに若干好意的だ。



《それならまあ……、仕方ないか》

《今は近代兵器使えないんだっけ》

《確か銃器はゴブリンに効果なかったな》

《これ以上の制限ていうのがどんなものかはわからないけど、残機が減ったりするよりはいいかな》

《死ぬよりはマシか》

《それにランダムで選ばれるなら、逆に当たりもありそうだし》

《確かに。それを考えると選ぶよりもランダムの方が夢があるな》

《ハズレ引いたら悲惨だけどな》

《それこそハズレからの成り上がりだるぉ》

《ま、普通は諦めるけどな》

《せやな》

《とは言えダンジョンに来てもらいたいのは運営側も一緒なんだ。無体なことにはならんだろ》

《それはまあ確かに……》



「よしよし、納得してくれたようじゃな。ならば次、5番に向かおうか」


 モナはそう言って[5.お金を手に入れる手段が欲しい]を指さす。

 だが、モナはそれを指さしながら難しい顔になった。


「とは言えのぉ。正直これに関してはなんともできんのじゃ。我のダンジョンは魔石メインじゃからのぉ。少なくとも今のところは直接お金が出るとか言うことはないぞ。今後の成長次第ではなんとかならんこともないが……」



《モナちゃんつかえない》

《いや、これに関しては残当だろう》

《ダンジョンができた経緯が経緯だからな。魔石を使ってエネルギーつくって欲しいのに魔石以外ばっかりでてもねぇ》

《それは確かにそうなんだけど。魔物の素材剥ぎ取りもできないのかなぁ》

《ゴブリン、魔石だけになって消えてたもんな。できないんじゃね》

《いうて、素材の剥ぎ取りなんてしたいか? ゲームと違ってナイフ突き立てたら皮とか爪が手に入るわけじゃないんだぞ》

《鳥とか四つ足の解体も結構適正いるのに、ゴブリンとは言え人型の解体とかしたくないな》

《言うなよ、想像しちまったじゃないか》

《でもなあ。自衛隊は取り押さえてたけど俺らにそんなことはできんし、普通にグロくなりそうだけどな》

《相手よりも先に自分の身がグロくなりそう》

《そのための残機制だろ?》

《まさか状態異常はリスポーンして直す気か》

《腕とか足がなくなったりしたら、そうせざるをえんだろう》

《……そうだけど、そうだけどもさぁ》

《部位回復のポーションでも手に入るんなら別だろうがな》

《宝箱でもあればそこら辺も手に入るかもなんだけどねぇ》

《望み薄だよねー》

《……そうだよっ、宝箱だよ! ダンジョンにはそういうのつきものだろ。設置しろよモナ。あとレアモンスも》

《いや、やめておけよ》

《いいんだよ、できるんだろ? モナ》



「むむっ」


 コメントに眉根を寄せ、悩みはじめるモナ。


「そうは言ってもリソースがのぉ。……いや、でも宝箱か。確かにダンジョンにはつきものじゃからな。試してみるか……。ちと待っておれ」


 そう言うとホワイトボードを置き、手元でごそごそと何かを操作しはじめた。

 だがその表情はなおも難しく、時折首をかしげながらうんうんうなっている。



《ほら、やっぱできそうじゃねぇか。お前ら俺に感謝しろよ》

《いや、どうだろうなぁ》

《リソースギリギリって言ってたじゃん。何かしわ寄せが来たらどうすんだよ》

《それ以前にうちの迷ちゃんに命令とかあり得ないね》

《そうだそうだー》

《謝罪だー謝罪しろー》

《フルボッコで草》

《当たり前だのクラッカーって奴よ》

《ふっるっ》

《わかる時点で……、っていうのは野暮かね》



 そうこうしている間にモナは作業を終えたようだ。その手を止めている。

 ちなみにフルボッコにされていた宝箱の彼の反応はない。いたたまれなくなったのか、それともシステムにコメントがはじかれているのかはわからないが……。


「ふむ、なんとか設定ができたぞ。ただどうやっても中身をよいモノにはできんかった。とりあえずはリナポミンではありふれた品になりそうじゃ。今後に期待じゃな。ただその代償で、ダンジョンに罠が配置されるようになった。まあ、ダンジョンには罠も定番なようじゃし、大丈夫じゃろ」



《ほらーーー》

《やっぱりきつくなったじゃんかー》

《今まで罠なかったのか……》

《これ、まずくね?》

《おおっとテレポーター》

《……石の中にいる》

《やめろ!》

《即座にリセットするんだ。それならキャンプできる》

《(人生に)リセットボタンなぞ無い》

《無情……》

《オレ、TeleporterのLとRを間違えて罠に引っかかったことあるんだよね》

《罠の名前を打ち込むとか、ネタが古すぎないか?》

《誰だよ、さっきからめっちゃ古いネタぶち込んでくる奴》

《そりゃ年寄りニキだろ》

《年寄りなのに兄貴とはいったい……》

《じゃあZZi》

《なんで無駄に頭文字w》

《そんなことより罠ができたことに関してだろ! どーすんのこれ》

《魔物だけじゃなくて罠にも警戒しなきゃならないの。相当難易度上がってね?》

《おい、宝箱設置しろって言ってた奴。なにが感謝だよ。どー責任取るのよ!》

《知らねーよ。そんなん予想できるわけねーだろ》

《いや、止めてた奴いただろ。そこで撤回してりゃあ》

《そうだそうだー》

《うっせーな、わかったよ。おいモナ! 宝箱は撤回だ。元に戻せよ。お前らもこれでいいだろ》

《いや、多分無理だろ》

《何でだよ! やれよ、モナ》



「な、な、な……」


 あまりの言葉にモナは鼻白む。


「なんなんじゃ、この失礼なやからはっ。大体おぬしがやって欲しいと言うたから、色々頑張ってやったのに。それを即座に撤回しろとは……。しかもなんじゃその言い草は」


 モナは顔をまっ赤にして、机を両手でバンバンとたたく。完全におこである。



《そら怒るわな》

《台パン激怒》

《ごめんなモナちゃん、こいつはみんなでシメとくから機嫌を直してくれ》

《こうなるとコメントが名無しなのがつらいな。特定したりNG登録できねぇ》

《そこは仕方ない。それにまあ……》

《ボウゲンユルスマジ》

《……貧乳母上がなんとかしてくれると信じよう》

《宝箱の件も、向こうの品が入るというのはプラスだろうし》

《でもありふれた品だろ?》

《ありふれたっつっても、魔法や魔物がいる場所だぞ。下手したら地球とは全然違うだろ》

《そんなことはどうでもいい》

《どうでもよくはなかろう》

《いや、どうでもいい。そんなことよりモナモナの機嫌の方が大事だ》

《お、おう……》

《まあ、そうだな》

《モナちゃんには今度マヨネーズをプレゼントしてやるから、今回はそれで許しておくれ》

《いや、どうやってプレゼントするんだよ》

《ダンジョンにおいておけばいいんじゃね》



「……マヨネーズか……」


 顔をまっ赤にしていたモナだが、マヨネーズの話を聞き少し我を取り戻したようだ。


「確か全知万能たる我に似た万能調味料のことじゃったな。ふむ……、やぶさかではあるがそれを献上するというのなら許してやろうかの。我寛大じゃし」


 そうして一転、胸を張った。



《ちょ、ろ、い》

《ぺたんこかわいい》

《しゃーねー。うちの最高級マヨネーズ送るか》

《いうてマヨネーズじゃろ》

《うちの農場の奴、小売りだとグラム千円超えるからな。高えよ》

《たっか》

《味は折り紙付きよ》

《気になるなぁ》

《その話はここまでだ。俺も気になるけどまた時間があるときにしようぜ》

《確かに……。モナも機嫌が直ったことだし、残った1番と2番の話をしよう》

《あ、たしかに……。スタンピードはともかくとして、地方民の俺はこのままだとダンジョンに潜れない》

《そもそもダンジョンがどこにあるかわからんしな》



「ふむふむ、確かに時間はないの。それじゃあ1番と2番じゃな」


 モナはホワイトボードの[1.ダンジョンを増やして欲しい]と[2.スタンピードを起こすとよい]にきゅっきゅとマーカーで印をつけた。


「1番についてじゃが、元々増やすつもりじゃったから大丈夫じゃよ。むろん数に限りはあるがの。今だと全部で十個くらいかの。どこにするか決めてなかったから、それを相談できるのはよいな。あ、我が配置できるのは日本だけじゃぞ」



《十個かあ》

《多いのか少ないのかわからんな》

《全県に欲しかったけどそれは無理か》

《十個だと各地方に一個ずつくらいか》

《まあそんなもんだろ》

《島に住んでる俺、号泣》

《どのみち無理だろ》



 よしよしわかったとばかりにモナは頷き、1番の隣にマーカーで[各地方に設置]と書き加えた。


「後は2番のスタンピードの件じゃな。我、正直なんでこんな設定があるのか不思議じゃったが、おぬしらのおかげで合点がいったのじゃ。これは皆にダンジョンに来てもらうために設定するモノだったのじゃな。スタンピードの設定をすればリソースにも余裕ができるし、いいことずくめよの。早速設定しようかの……」


 そう言って手元で何やら操作をはじめるモナ。それを見てコメント欄は大騒ぎしはじめた。



《やめてモナちゃーーん》

《それだけはダメ―》

《ウェイウェイウェーーイト》

《がちでやばい》

《下手したら各地方のダンジョンでスタンピード》

《地獄絵図》

《リアルガチでヤバい》

《それだけは勘弁してください。何でもします、主にノマルンが》

《なんで俺!》

《貴い犠牲だった》

《たった一人の犠牲でみんなが助かったんだ……》

《敬礼(ロ_ロ)ゞ》

《犠牲になるのはっや》



 あまりのコメント欄の狂乱っぷりにモナも目をみはりその手を止めた。


「ど、どうしたんじゃおぬしら……。これ設定せん方がええのか? ……でもスタンピードせんと皆がダンジョンに来られないんじゃろ? だったら……」


 そう言って再度設定を進めようとしたモナだったが、何かに気がついたかのようにはたと手を止めた。

 そうして一枚の紙をゆっくりとカメラの前に持ってきた。


「む、何やらお便りが来たようじゃ。なになに……、日本政府じゃと?」



《なっなんだってー》


 その瞬間、コメント欄の皆の気持ちが一つとなった。

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