アトラスの冒険者

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アトラスの冒険者

 ……ん? フワフワしたような、足元の覚束ない感覚。

 ははあ、これは夢だな? 

 目の前の薄着でたわわですげー美人のお姉さんが、寂しげな眼差しを浮かべあたしに告げる。


「ユーラシア・ライムさん。私はこの世界を統括する女神です。残念ながらあなたは、帝国との戦争で命を落としてしまいました」


 なるほど、そーゆー設定か。


「しかしあなたの英雄的行動は、犠牲者をほとんど出さずしてドーラを独立に導きました」


 英雄て。

 ヒロインの間違いだろ。


「その古今類を見ない功績に敬意を表し、次の人生では素晴らしいギフト、地位・財産・名誉・美貌・カリスマのいずれかを、最高ランクでプレゼントいたします。どれをお選びになりますか?」


「ケチケチするのは美徳じゃないぞ? 1つと言わず、全部寄越しなよ」


「えっ、どうしてそんな力が? あっ、あなた生身じゃないですか! 時間が100日近くもずれてる! まだ何も始まっていない?」


「うるさいなー。ギフトもらい損なって夢から醒めちゃったらどうするつもりだ」


「せ、石板を拾ってください! あーれー……」


          ◇


 うーん、やけにリアルな夢だったぞ?

 石板がどうとか。


 寝室を出ると、同居している眩草の精霊クララが、熱心に本を読んでいた。


「……レベルとは、その個人の戦闘力の目安となるステータス値である。一定以上の経験値取得とともにレベルは上がり、同時に各種パラメーターの上昇を見込める。経験値を得る最も一般的かつ普遍的な手段は、魔物を倒すことである……」


「おはよう、クララ。美少女精霊使いにふさわしい、爽やかな朝だねえ」


「ユー様、もう昼ですよ。そして美少女精霊使いにふさわしくない寝グセです」


 苦笑するクララ。

 人間で言えば7、8歳児程度の身体のサイズで、人間にはあり得ないほど肌が白い。


「いい夢見たんだ。女神様がね、あたしがいい子だからって、最高の地位・財産・名誉・美貌・カリスマをくれたの。美貌とカリスマは元々持ってるけど」


「……ひょっとして強奪しませんでしたか?」


 何故わかる?

 油断できないな。


「寝坊の言い訳にはなりませんよ」


「昨晩蒸し暑くて寝られなかったんだよ、10時間くらいしか」


「えーとそれ、満足するまで寝てますよね?」


「当たり前じゃないか。何であたしが寝苦しさなんかに屈服しなきゃいけないんだ」


「さすがはユー様です」


 幼さを感じさせる小さく黒目がちの目をパチパチさせるクララ。

 通常、精霊は人を嫌うが、あたし達の故郷は精霊とともにある村だ。

 そんな中でも、精霊と一緒に住んでいたのはあたしだけだった。

 あたしが『精霊使い』と呼ばれる所以だね。

 村を出た今も、そしてこれからもずっとクララと一緒だ。


「ところで何の本読んでたの?」


「『レベルアップの勧め』という小冊子ですよ。兵士や冒険者向けのものです。ユー様は興味ないですか?」


「あるある。おっぱいレベルアップしたい」


 カル帝国領ドーラの片田舎に建つ、2人で住むには大き過ぎるくらいの我が家。

 一応魔物の生息域ではないものの、ちょっと道や集落から外れると危ない土地柄だ。

 行動範囲を広げるためには、魔物と戦える実力が必須とわかってはいる。


 とはゆーものの武器は高価で、誰かの手ほどきなしで魔物と戦うのも自殺行為だ。

 魔物除けの札に頼った暮らしもやむなし。

 戦闘職への道はなくはないのだろうけど、それってそもそも15歳の乙女向きなん?


「魔物を倒せるだけの力とどこへでも飛べる翼があったらなー」


「もう。そんなの夢ですよ?」


 半年前に村を出て、ここに拠点を構えた時にはすごく気分が高揚していた。

 何たって一家の主だし、無限の未来が存在するような気がしていたのだ。


 でも時間が経ち、冷静な目で自分を俯瞰できるようになってくると、単にこの家に縛りつけられただけの気もしてくる。


「現実が言うこと聞かないなら、もう一度寝て夢を見ることにする」


「昼御飯も食べ損ねることになりますよ?」


「それは大変だ! 2食も食べ損ねるのは大損だ!」


 クララが笑う。

 今の暮らしがつまらないわけじゃない。

 畑作はすこぶる順調である。

 変化の少ない生活だから、退屈と無縁の選択肢が輝いて見えるだけなのかもしれないな。


「昼食まで少し時間があります。海岸で素材の採集をしてきてはいただけませんか?」


「うん、行ってくる!」


 家を飛び出す。

 南へ2、3分歩いたところが小高い防砂林になっており、さらに行くと海岸だ。

 あたしら以外に誰も訪れることのない小さな浜。


 有用なアイテムが打ち上げられていることがあり、数日に一度くらいのペースでそれらを回収するのが習慣になっている。

 ほぼ唯一の、貴重な収入源なのだ。

 おゼゼ大事。


「あっ、ラッキー!」

 

 黄珠を見つけた。

 装飾用として需要があるアイテムで、売ればちょっとした外食が可能なくらいの額になる。

 つつましい生活を余儀なくされているあたし達にとっては大金だ。


 ん? 波打ち際に見慣れない漂流物があるな?

 一辺が肩幅内外くらいの長方形の板で、模様か文字みたいなものが書かれている。

 あっ、ひょっとして夢で言ってた石板? 

 拾い上げて、想像したより軽いことに少し虚を突かれた。

 何でできてるんだろ?

 見た目は岩みたいだけど。


 『アトラスの冒険者』という、聞いたことのない言葉がふっと頭に浮かぶとともに、突如ズズズウンンンと地響きがした。

 家の方か?

 急いで帰るか、いや、異常があればクララが来るか?

 しばし逡巡していると……。


「うぼあがぷがぷごぽぽぽぉぉぉぉ!」


 大波め、背後から不意打ちするとは卑怯なり!


          ◇


「問題はこれだ。どーしてこうなった?」


 びしょ濡れのまま家に帰ってみりゃ異変あり。

 整地を進めていた我が家の東側の区画に突如現れた、両腕を広げたくらいの大きさの円形の何か。

 邪魔だな、ここは家畜を飼おうと思ってた場所なのに。


 クララが言うには、地響きで慌てて表に出たら出現していたらしい。

 赤っぽく若干光っており、あたしでもわかるくらいの、明らかな魔力を感じる。


 思えばあの石板が怪しい。

 拾い上げてすぐだったもんな。

 『アトラスの冒険者』という謎のアナウンスも、不穏な地響きも、大波のバックアタックも。

 いや、大波は偶然だろうけど。


「これは魔法陣?」


 それくらいの見当は付くってばよ。

 クララがしゃがみこんで、じっくり調べている。

 しきりに感心しているようだ。


「ユー様、これすごいです! エーテルを周辺から必要なだけ取り込み、自力で安定している魔法陣です。こんなことができるんですねえ。術式からして転送魔法陣です」


 さすがはクララ。

 故郷の村であたしの弟分と並ぶ勉強家だっただけのことはある。


 ちなみに『エーテル』とは、万物に存在する魔力の媒質のことらしい。

 難しいんで、あたしもよく知らん。


「転送? この魔法陣に入ると、どこか別の場所に行けるということ?」


「そういうことです」


「そりゃ面白いね」


 故郷に住んでいた頃は魔物の危険もあり、なかなか他所へ行く機会がなかった。

 あたしが村を出たかったのも、外の世界への憧れが大きかったからだ。


 この転送魔法陣は、あたしを外に連れ出してくれる翼になるのか?


「行き先がどこかはわからない?」


「そこまではわからないですねえ」


「一旦、家畜飼う計画は白紙ね」


「ええっ!」


 そりゃそーだ。

 こいつのせいで、可愛がってる子がうっかり転送されちゃったら泣けるじゃないか。


「うしさん……」


 そんなに楽しみにしてたとは知らなかった。

 ごめんよ、クララ。

 白紙といっても、あくまで一旦だからね。


 それはともかく……。


「……ユー様」


「わかってる」


 緊張が走る。

 敷地のすぐ外に魔物が近づいているのだ。

 名前忘れたけど、大型犬くらいの大きさの、太ったネズミみたいな魔獣。


 あたしん家は魔物の生息域から外れてるはずなんだが、先ほどの地鳴りでどこぞから迷い込んだか? 

 こいつは鈍感なのか、魔除けの札が貼ってあっても割と寄って来ちゃうんだよな。


「あたしに任せて。クララは隠れてなさい」


「はい」


 足の遅いクララを遠ざけておく。

 気付かれないよう、その魔物にそーっと近づき、溜めて溜めて……。


「があああああっ!」


「ギャッ?」


 ハッハッハッ、逃げてった。

 まともに戦えば強いらしいけど、抜けてる魔物だ。

 もし追いかけられても逃げ切れる自信があるから、こんなマネができるわけだが。


「ここへ引っ越してから、魔物出たの初めてだねえ」


「魔除けの札を増やした方がいいでしょうか?」


「いや、いいよ」


 今あるのだけで計算上十分のはずだ。

 効かない時は効かないらしいしな。


 それよりも、と。


「……転送魔法陣、どこに繋がってるのか、行ってみよう」


「えっ、帰って来られないかもしれませんよ?」


「そりゃ困る」


「誘拐目的かもしれませんし」


「いやん」


「いきなり魔物の巣に転送されたりとか」


「クララは心配性だなー」


 確かにクララの言う危険はあり得る。

 しかし転送魔法陣の設置には、かなりの手間も費用もかかっているはずだ。

 わざわざあたしん家に作った目的は何か? 


 そこにはあたしが使えという明確な意図がある。

 あの謎の石板を拾った時に聞こえた、『アトラスの冒険者』なる言葉こそがカギなのか?

 魔物を追い払った直後だからか、『冒険者』がやけに魅力的な響きに思える。


「あたしには欲しいものがあるんだ」


「巨乳とギャグセンスですよね?」


「それも欲しいけれども」


 クララは記憶力がいい。

 頼りになることは多いんだが。


「望みがあるんだってば」


「世界征服ですよね?」


「何であんたはあたしの冗談を逐一覚えてるんだよもー」


 アハハと笑い合い、そしてクララはあたしの言葉を待つ。


「自由が欲しいんだ」


「自由、ですか……」


「やっぱドーラで思い通りに暮らすためには、魔物をどうにかできなきゃダメだわ。今日それがよくわかった」


 魔物に脅かされる生活は自由と言えるか?

 今の生活は順調ではあるけれど、魔物が1匹現れただけで壊されてしまう脆いものだ。

 不安をはね退ける力が欲しい。


「確かにそうですねえ」


「うん、それと転送魔法陣。行動範囲を飛躍的に広げられる可能性があるでしょ?」


 そう、ただの可能性に過ぎないのだ。

 しかし転送魔法陣と『アトラスの冒険者』。

 これらはあたし達の生活を変えてくれるという、確信めいた予感がある。


「大体うちに勝手にこんなもの作られちゃ困るよ。損害賠償請求しに行かないと。あたしのスローライフを返せーってね」


「ユー様、最近暇だ暇だって連呼してたじゃないですか。スローライフはいいから刺激をよこせーって」


「よく覚えてるね。クララは偉い!」


「えへへー」


 クララはフニャっとした笑顔を見せて言った。


「行きましょう。私もお供します。ユー様のカンを信じます!」


「よーし、決まった! でもお昼御飯食べないとお腹がピンチだ」


          ◇


 昼食後、再び赤い転送魔法陣のところに戻ってきた。

 ドキドキするなあ。

 こいつにはあたし達の平凡な生活を面白くしてくれるのではないか、という大いなる期待と同時に、未知のものに足を踏み入れる怖さがある。


「いざ行くとなると度胸が要るね」


「そうですねえ」


 あんたが帰って来られないかもだの誘拐目的かもだの、散々脅したからだぞ?

 あたしとクララは、おっかなびっくり魔法陣の上に立ってみた。


 スイッチが入ったかのように、魔法陣から立ち上る光が強くなり、フイィィーンという小さくやや高い音を発し始めた。

 同時に頭の中に事務的な声が響く。


『チュートリアルルームに転送いたします。よろしいですか?』


 おお、どういう仕組みか知らんけど、問答無用で転送するんじゃないところは親切じゃないか。

 で、何だって?

 ちゅーとりあるるーむ?


「指導部屋くらいの意味でしょうか?」


「状況を説明してくれるくらいの気はあるみたいだねえ」


 あたしは強い意思で魔法陣に告げた。


「行く。転送よろしく」


 光と音がやや強くなる。

 上下が曖昧になるような感覚があって、フッと視界がシャットダウンされた。


 シュパパパッ。

 数瞬の後、眩しさに包まれ、自分の足で立っている感覚が戻ってきた。

 光と音が収まると、見知らぬ場所にいることに気付く。


「ここは?」


 不思議な部屋だ。

 緑を基調とした幾何学的なパターンで床と壁が埋め尽くされており、しかもそれが柔らかく光っているために、適度な明るさを保っている。


 その時、背後から声をかけられた。


「どうです、落ち着きましたか? ユーラシアさん」


 振り向くとハゲがいた。

 歳の頃はおそらく20代半ば、赤い瞳のタレ目と笑窪が印象的な、スラッとした女性だ。

 生成りのローブを着ている。

 髪がそれなりだったら美人なんじゃないかな。


 それにしてもハゲ子、あたしの名前知ってんじゃねーか。

 どこから個人情報が漏れたんだ?

 疑問は解決せねば。


「ええ、ありがとう。あなたはどうして、頭を剃り上げているの?」


「第一声がそれかいっ! 他に聞くことないんかい!」


「間髪入れないツッコミが素晴らしいね」


 あたしの中のお笑い感知器が敏感に作用し、語りかけてくる。

 ファニーな見かけに誤魔化されてはいけない。

 ハゲ子は愉快極まりない人材だと。


 クララが心配そうにこっちをチラチラ見てくる。

 ユー様悪い顔してる、あれは玩具を見つけた時の顔だ、とでも思っているのだろう。

 その通りだけれども。


「で、ハゲ子はあたしに何の用だったのかな?」


「ハゲ子ゆーな!」


「そういえば名前聞いてなかったよ」


 脳内では完全に『ハゲ子』で定着してたけど。


「私の名はイシンバエワ、覚えておいてください」


「よし、バエちゃんね」


「ば、バエちゃん……まあいいです」


 気に入ってもらえたようだ。

 あたしのセンスの勝利だな。


 ん、仕事モードに入ったか?

 バエちゃんの表情が引き締まる。


「私はここチュートリアルルームで、『アトラスの冒険者』について説明させていただいております」


「うん、よろしく」


 『アトラスの冒険者』か。

 海で謎の石板を拾った時に頭に響いた、気になるワードだ。


「『アトラスの冒険者』とは、所属する冒険者に対する一種のお仕事マッチングサービスです。『アトラスの冒険者』が『地図の石板』を得ると、そのホームに新たな転送魔法陣が設置されます。転送先にクエストがありますので、それを解決してください。報酬と経験値を得られます」


 簡潔で流れるような説明だ。

 暗記してるんだろうな。


「『地図の石板』とは、海で拾ってここへの魔法陣が開いたやつのことだね?」


「そうです。『地図の石板』を入手した際に、ある程度『アトラスの冒険者』の説明があったかと思いますが……」


「そういう仕組みだったのか。ごめん、拾った直後に大波に攻撃食らったから聞いてないんだよ」


「そ、そうですか」


「頑張れ。あたしを納得させるのは、バエちゃんの話術スキルにかかっているぞ」


 要するに世の中に星の数ほどある困りごとを収集、所属する冒険者に割り振るってシステムらしい。

 きっと運営側も仲介料とかで儲けるんだろうな。


「ふーん。とゆーことは、クエストを完了すると次の『地図の石板』が来る、転送魔法陣が増えるって理解でいい?」


「その通りです! そして『アトラスの冒険者』最大のメリットは、自分のホームを維持したまま活動できるということです」


「今の生活のまま面白案件に首突っ込めて、おゼゼが儲かるってことだね?」


「はい! しかもレベルが上がれば強くなれるし、クエストをこなしていけば行けるところが多くなりますよ!」


 つまり努力次第で、切望していた魔物と戦う術及び行動範囲が手に入るのか。

 理想に近いぞ?

 クララには済まないけど、ウシ飼うよりずっと気分が浮き立つじゃないか。

 しかし……。


「どうです? 『アトラスの冒険者』やってみませんか?」


「面白いねえ。でも冒険者だと荒事も多いでしょ? あたし達残念なことに、武器を持ってないんだよ」


「そこで、これを支給いたします!」


 何かくれるらしいぞ?

 喜んでいただくけれども。


「……パワーカードだね」


 所持者の体内を流れるエーテルで、刃や盾などを具現化させるという装備品だ。

 その昔、通常の武器や防具を装備できない精霊でも持てるように開発されたと言われている。


「あら、知ってるの? すごく珍しくて、知名度低いって聞いたんだけど?」


 バエちゃん驚いて喋り方素に戻ってやがる。


「いや、あたし達も持ってるんだよ。防具タイプだけど」


 昔から家に伝わり、お守り代わりに持っているパワーカードを見せた。


「あ、ちょうど良かった! こちらで用意したのが近接戦闘用のブレードを出す『スラッシュ』と、ノーコストの攻撃魔法『プチファイア』を使える『火の杖』なの」


 ……攻撃手段があれば魔物に対抗できる?


「では、戦闘テストしてみましょうか。出でよ! 邪悪なる存在、テストモンスターよ!」


 バエちゃんノリノリだな、おい。


 ちょっとぼやけた、人間の影みたいなものが現れた。

 剣と盾を持ったファイターみたいな見かけだ。


「そいつ弱いです。どんどん攻撃してください!」


「わかった!」


 あたしの斬撃! ザクッ! よおし、ダメージ入ったっ! 相手の攻撃で少しダメージもらったが気にしない。クララのプチファイア! もう相手はヘロヘロだ。とどめの斬撃、よっしゃ勝ったっ!


「おめでとう! これでチュートリアルは終わりよ。どうだった?」


「イケそうな気がする。レベル上げるのはあたし達の目的にも合致するから、頑張ってみるよ。あれ、帰るにはどうしたらいいんだっけ?」


「あっ、そうでした!」


 バエちゃんが帳面を持ってきて、調べ始めた。


「……新人のユーラシア・ライムさんね。チェック入れて、と。これ、お渡しておきます」


 オレンジくらいの大きさの玉だ。

 やはり魔力を感じるが?


「『転移の玉』です。手に持って念じれば起動して、ホームに転移で戻れますよ」


 マジかよ?


「何それ、すごいじゃん! どこからでも家に帰れるってこと? 制限はないの?」


「転送魔法陣と原理は同じです。取り込んだエーテルをエネルギーに変換して起動する装置で、どこからでも何回でも使えますよ。持ち運べる代わりに、一度に転移できる人数は4人までです。それから、ホームの位置は既に登録済みで、変更することはできません。制限と言えばそんなところですか」


「これ、もらっちゃっていいんだ?」


「はい。『アトラスの冒険者』の基本アイテムで、有資格者である限り転移の玉も使用可能ですから」


「もーバエちゃん言葉崩してよ。その方があたしも喋りやすいから」


「アハハハ。じゃあユーちゃん。これでいい?」


 バエちゃん呼びしてるあたしが言うのも何だが、いきなりユーちゃん呼ばわりだぞ?

 距離詰めるの早過ぎね?

 目尻を一層下げてニコニコするバエちゃん。


「バエちゃんの目って、赤くて綺麗だね」


「そお? こっちでは皆赤い瞳なの」


 『こっち』言ってるぞ?

 すげーテクノロジーからして、別の世界ってことだな?


「ハゲなのは何でなん?」


「ハゲゆーな。原則として聖職者は男女関係なく剃髪するの。でも近頃の修道女は短くするだけで剃らないのがトレンドかな」


「バエちゃん聖職者なんだ? それよりどーしてトレンドに乗らないの! 目鼻立ちは美人なんだから、髪ちゃんとすればモテるって」


「えっ、美人?」


 クネクネしだしたぞ?


「保証する。だからカツラ取り寄せときなよ」


「うんわかった。そうする。また来てね」


 バエちゃんに別れを告げ、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「すごいよ、これ。家の入り口真横の特定の地点に狂いなく飛べる。続けて使用しても安定してるし」


 チュートリアルルームを訪れた翌日、ひたすら転移の玉で移動実験を行った使用感だ。

 一瞬で帰れるなら行動半径は倍になる。


「そうですか。スーパーアイテムですね」


 うむ、まさにスーパーアイテムと言うにふさわしい。


 あたし達の住んでた村の族長がドーラ大陸一の転移術師で、自分や対象物をかなり自由に転送・転移できるって話だ。

 でも固定魔法陣を遠隔で設置するなんてマネができるだろうか?

 ここまでの魔道技術は、たとえ帝国の宮廷魔道士研究班にだってないんじゃなかろうか。


 転送魔法陣、チュートリアルルーム、そして転移の玉。

 バエちゃんの属する一族だか国だかは、あたし達よりはるかに進んだ技術を所持しているのだろう、という点でクララとあたしは意見を同じくしている。


「パワーカードと転移の玉。ユー様の思い描いていた自由な未来が、努力次第で手に入るのではないですか?」


「そーなんだよ。きっと普段の心掛けがいいからだな。神様ありがとう!」


 バエちゃんの言ってることが額面通りならね。


「明日はどうしましょう?」


「もう一度チュートリアルルームへ行こう。どうなると転移の玉が使えなくなるのかだけは知っておかないと」


「次の『地図の石板』もいただかないといけないんじゃないでしょうか?」


「あ、そーか。それも教えてもらってなかったな」


 チュートリアル終わりって言ってたけど、いろいろ説明足りてないぞ?

 何も知らない新人に対する対応とはとても思えん。

 どーなってんだ?


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日もまたチュートリアルルームにやって来た。


「いらっしゃいませ、ユーラシア・ライムさん」


「え? またその口調なん? 普通に喋ってよ」


「わかったわ、ユーちゃん」


 それはそれとして。


「いろいろわかんないことあるから、聞きに来たんだよ。これお土産ね。貝と海藻と野草のスープ」


「あっ、ありがとう! 卵落として食べよーっと」


 あれ、鶏卵はあるんだな?

 しかしバエちゃんの手はどう見ても……。


「ちなみに普段、卵はどうやって食べてるの?」


「生で」


「野蛮人だなー。料理やんない人でしょ?」


 バエちゃんが慌てて首を振る。


「違うの! こっちの世界では卵は清潔で、生で食べてもお腹壊したりしないの!」


 また『こっちの世界』言ってるし。

 隠す気はないんかな?


「仮にそうだとしても、生で食べるのと目玉焼きにするの、どっちが女子力高いと思ってんの? 一生結婚できなく……」


「いやあああ! フラグ立てるのはほんとやめてええええ!!」


 結婚願望は強いらしい。


「うーん、ちょっと目玉焼き作ってみそ?」


「え? ええ」


 作り方を習ったことはあるそうだけど、華麗に黒色炭化物を生成。

 予想通り過ぎて笑いが込み上げてくる。

 やっぱ普段は保存食みたいなのばかり食べてるんだね?

 涙目でこっち見てくるが、そう悲観することはないんだよ。


「作り方確認するよ? 最初に鉄板を強火で熱します。温まったら油を引いて火を一旦止めます。で、卵を割り入れて再着火、中火にします。パチパチ鳴り始めたらとろ火にします。焼けたら出来上がり」


 メモしてるけど要らんだろ。

 それにしても火加減自在の魔道コンロ、すげー便利だな。

 これ使ってるにも拘らずダークマターを錬成しちゃうバエちゃんには、『台所の錬金術師』の称号を授けよう。


「卵は特に火加減難しいんだよ。逆に卵を焼けるなら、肉や野菜を炒めることはできるから」


「うん、わかった」


 今度は上手に焼けたじゃないか。

 よほど嬉しかったんだろう。

 復習と言いながら、あたしとクララの分も焼いてくれた。


 バエちゃんの国の料理本を見ながら、目玉焼きをいただく。


「これは?」


「ケチャップ。トマトを煮潰して塩入れたような調味料よ。焼き物揚げ物の味付けに使ったり、炒め物に混ぜたりするの。あ、目玉焼きにつける人もいるから、やってみる?」


「もちろんその挑戦を受けようじゃないか」


 これは美味しいな。

 トマトは生で食べるものと決めつけてたけど、けちゃっぷにすれば保存が利く。

 来年はトマトもうちで作ってみるか。


「こっちは何かな?」


「マヨネーズ。酢と卵の黄身と油を混ぜた調味料よ。サラダに合うけど、焼き物や揚げ物につける人もいるわ。そういえばケチャップとも相性いいから、同時に使うことも多いの」


 酢かあ。

 ドーラにもあるけど高いんだよな。

 残念ながら保留だ。


「ごちそうさま。さて、帰ろうかな。ありがと、大分参考になったよ」


「いえいえ、私こそ大変お世話になりました。でも何か聞きに来たんじゃなかったの?」


「あ、そーだった。転移の玉って、『アトラスの冒険者』である限り使えるんでしょ? 『アトラスの冒険者』じゃなくなるのってどんな時なの?」


「著しい不良行為があったとか、クエストでとんでもない失敗やらかしたとか。あとはそうね、長期間転送魔法陣を使わなくて、『アトラスの冒険者』を続ける意思がないと見做された人とか」


「不良行為やクエストの失敗ってどの程度よ? そんなの普通にありそうなんだけど?」


 バエちゃんが笑って首を振る。


「ないない。一応規定上はそうなってるってだけよ。選定の段階で道徳心のある人を選んでるもの。不良行為やクエストの失敗でクビになったなんて、聞いたことないから」


「そーなんだ? じゃあ普通にやってりゃ大丈夫じゃん」


「そのはずなんだけど、辞めちゃう新人は少なくないの」


「辞めちゃう? 何で?」


 転移の玉ほどのスーパー便利アイテムの使用権を放棄するって、考えられんのだけど?


「クエストこなせないと、心が折れちゃうみたい」


「そーかー。転送魔法陣使えばオーケーなら、チュートリアルルームに遊びに来るだけでもいいのにねえ」


「そうねえ。皆がユーちゃんくらいハート強ければいいのに」


 変な空気になった。

 話題変えるか。


「ところでクエストに行ってみたいんだけど」


「ええ。次の『地図の石板』は発給されてるわよ。頑張ってね」


「バエちゃんがくれるんじゃないんだ? 新しい『地図の石板』はどうすれば手に入るのかな?」


「えっ!」


 何驚いてるのよ?

 こちとらビギナーだぞ?

 教えてくれないとわかるわけないじゃないか。


「え、えーと。最初に石板が来たところにあると思う」


「じゃあ海岸か。数日に一度しか行かないところなんだよなー。どうして家に届けてくれないんだろ?」


「さあ……?」


 バエちゃんも理由を知らないらしい。

 でも首ひねり過ぎだぞ?

 折れるぞ?


「今日は帰るよ。じゃねー」


「うん、また来てね」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 美味しい調味料も教わったし、クエストも楽しみだ。


          ◇


 よーし、いい天気。

 初めてのクエストに持って来いの日だ。


「バエちゃんに聞いてわかったことを整理すると、こんなとこかな?」


 『地図の石板』を手に入れると転送魔法陣が設置される。

 転送先にはクエストがある。

 クエストをこなせば経験値やおゼゼがもらえる。


「いやー、楽しくなってきたなあ。ちなみに3日前に追っ払った、ネズミの親分みたいな魔物いるじゃん? あれはどれくらいのレベルがあれば倒せるんだろ?」


「ヒポポタマウスですか? 装備にもよりますが、2桁のレベルは必要かと思いますよ」


「そーだよなー。チュートリアルルームのテストモンスターとは、全然圧力が違うもんなー」


 あたしん家の近くに出現する可能性の高いのは、あのクラスの魔物までだ。

 軽くあしらえるようになりたいもんだが、そう簡単ではないらしい。


「とゆーことは、まずレベル10が目標だね。行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 今日は朝早くから海岸に向かう。


 お目当てのものは、と……あった!

 やはりここだったか。

 それは3日前と同じように波打ち際に落ちていた。

 駆け寄って、その怪しげな文様の描かれたブツを手に取る。

 2枚目の『地図の石板』、ゲットだぜ!


 ズズズウンンンと、地響きがする。

 うむ、予想通り。

 この前と同じだな。

 これで新しい転送魔法陣が設置される寸法か。

 美少女精霊使いの冒険がいよいよ始まるよ!


 残りの素材も回収して帰途につく。

 あれ? クララがトボトボとこちらに歩いてくる。

 どうしたんだろ、何だか悲しそうな顔をしているが?


「……ユー様」


 家か畑がやられたか?

 とりあえず、クララがケガしたんじゃなくてよかった。


「どうしたの? 何かあった?」


「新しい転送魔法陣が……」


「わかった。急いで帰ろうか」


 家へ駆け戻る。

 見たところ家と畑に被害はないようだ。

 ということは東区画に何か?

 そこには何と……。


「……魔法陣だね」


「……魔法陣です」


 今まであったチュートリアルルームへの転送魔法陣のすぐ隣に、新しい魔法陣が出現していた。

 ふーん、こう並ぶのか。


 前のとちょうど同じ大きさで、やはり淡く赤っぽい光を発している。

 邪魔にもならない位置だし、どうってことない気がするけど。

 ならどうしてクララは泣きそうな顔をしてるんだ?


「特に問題なくない?」


 クララが悲痛な声で言う。


「これではいよいよ、うしさんが飼えません……」


「そこかよ!」


 いや、ごめん。

 あんたはウシ飼うのが夢だったね。


「ほら、気を取り直して。あ、確認してなかったけど、これも転送用の魔法陣なんだよね?」


「はい、間違いありません」


 この前のチュートリアルルームもそうだが、あたしん家と転送先との位置関係がわからないんだよな?

 ドーラったって広いし、そもそも転送先がドーラ内とも限らない。


 『ドーラ』、それはあたし達の住む大陸の名だ。


 かつては船で近寄ることすらできず、暗黒大陸と呼ばれていたそうな。

 約120年前、カル帝国の探検隊が、現在でも唯一の港町であるレイノスに上陸、帝国領に組み入れられた。

 航路が確立されるやいなや帝国本土では生きづらい者達が大勢押し寄せ、温暖で暮らしやすい気候もあって帝国有数の大植民地となった。

 しかし現在でも、普通の人間が住んでいるのなんか、大陸南部のごく一部地域に過ぎない。


「転送先にクエストがあるはずなんだよね。行ってみよ?」


「そうですね」


 とにかく来たクエストには、積極的にチャレンジしてみると決めたのだ。

 日課の畑仕事を大急ぎで済ませ、クエスト用の服装に着替える。

 といっても、いつものチュニックとスラックスの他に、パワーカードを収納するための4つポケットの上着を着ただけだが。

 通常の装備品と違い、服装を選ばないのはいいところだな。


 クララとともに、新しい魔法陣の上に立つ。

 魔法陣の輝きが強くなり、フイィィーンという最早おなじみの音を発し始めた。

 同時に頭の中に事務的な声が響く。


『スライム牧場に転送いたします。よろしいですか?』


「スライム牧場? 何じゃそら?」


 世の中は不思議に満ち溢れている。

 知らないことは多いもんだ。

 『スライム』と『牧場』が直接繋がる言葉だったとは。


「牧場というからには、何かの目的があってスライムを飼育? 養殖? しているということですよね?」


 スライム。

 一般に魔物としては最下級に位置するものとされている。

 大体楕円形のぷよぷよしたやつだ。

 あたし達のような初心者向けクエストとして、スライムを相手としたものが配られるというのは大いに頷ける。


 しかしスライム牧場とは?

 魔物を飼うこと自体、後ろ指差される行為だろうに、牧場を標榜しているということは、隠れてやってるわけじゃないんだろうな。


「退治のクエストじゃないのかな?」


「どうでしょう?」


「……スライム、食べられないよねえ?」


「美味しそうじゃないですよねえ?」


 クエスチョンマークを大量生産していてもしょうがない。

 やることは決まっているのだ。魔法陣に伝える。


「行く。転送、よろしく」


 シュパパパッ。

 地に足がつく感覚が戻ってくる。


「ここは?」


 パッと見荒地だ。

 背の低い草が多く、灌木はあるが高い木は生えていない。

 今の季節にしては、風がやや肌寒いな。

 標高が高いのかもしれない。


「ユー様。あそこ、スライムがいますよ」


 クララが指し示す先、柵で囲まれた一区画に、一抱えくらいの大きさのスライムが30匹ほどおり、『スライム牧場』の看板が掲げられている。

 ほう、やっぱり飼育してるのか。


「スライムってこんなに小さいんだっけ? 小型種かな?」


「改良種じゃないでしょうか。とても人懐っこいです」


 ムイムイと鳴きながら、寄ってくる個体がいる。

 魔物なのに全然狂暴そうには見えない。

 そのオレンジ色の頭? を撫でてやったら、キューと満足そうな声を出した。


「ユー様、何だかこの子達、すごく可愛くないですか?」


「そうだねえ」


 見ているだけで頬が緩む。

 まさかスライムにこれほど癒されるとは思わなかった。


「いらっしゃい、初めてのお方かの?」


 声のした方向へ振り向くと、草木染めのトーガを着たお爺さんがいた。


「こんにちは。こちらのスライムを拝見していました。牧場主の方ですか?」


「そうですじゃ。して、お嬢さん方はどちらから?」


 ……困った、どう説明しても怪しさマックスじゃないか。

 可憐な乙女だからどうにでもなるけれども。


「えーと、おかしな話なんですけど、海で謎の石板を拾ったら、ここへ通じる転送魔法陣が開いたんです。それを使って飛んできたというか……」


「ほう? これはお見それした。『アトラスの冒険者』じゃったか」


 え? 『アトラスの冒険者』って、割と有名なん?


「一見、普通の格好の娘さん2人じゃったゆえにな、まさか冒険者とは思わなんだ。よう見れば、そちらは精霊ではないか。するとパワーカードの使い手か? それならばその軽装も理解できるの」


 何もんだよこの爺さん。

 しかし事情通なら好都合。


「まだほんの駆け出しで、右も左もわからないんです。どうしたものか、教えていただけるとありがたいんですが」


 スライム爺さんは、あごヒゲをしごきながら言う。


「そうじゃの。ここへ派遣されてくるからには、まだチュートリアルルームを経たばかりなのじゃろう。……と、あちらの小屋へ来てくれるかの? ジジイにこの風は、ちと堪えるでの」


 小屋に案内されたあたし達は、爺さんの言葉を待つ。


「ワシも、若い頃は『アトラスの冒険者』だったのじゃ。今は引退して、スライム牧場を営んでおるがの」


 衣料品や医薬品などに広く使われる『スライムスキン』という、一種の素材がある。

 通常はスライムを上手く倒した時に得られるドロップアイテム扱いだが、飼育すれば脱皮した皮がそのまま使えるんだそうな。


「品種改良した温和なスライムを増やし、それを飼っておるのじゃ。さすがに魔物を飼うという行為自体になかなか理解が得られんでの、こんな奥地に引っ込んでおる」


 ここは港町レイノスから北西へ強歩半日くらいの場所だそう。

 出荷するのにもちょうどいい距離なのだろう。


「めっちゃ可愛いですよねえ」


 クララも首をコクコクしている。


「うむうむ。愛情をもって接すれば、スライムとてなつくものじゃ。腹さえ満ち足りているなら、そうそう人を襲ったりはせぬ」


 爺さんは、歯の少なくなった口を大きく開けて笑った。


「そうそう、『アトラスの冒険者』じゃったな。転送先でクエストを得る、という原則は知っておるな?」


「はい、そう聞きました」


「では、ワシが依頼しよう。実は最近、北の原に野生のスライムが住み着いての、牧場にもちょっかいをかけてくるのじゃ」


 せっかく品種改良したラブリースライムが、やさぐれスライムに先祖返りしたらそりゃ困るわなあ。


「そのスライムを退治してもらいたい。腰の曲がったジジイには骨の折れる仕事じゃでの。全部で5匹。報酬はそうじゃな、『スライムスキン』をワシから卸値で買う権利と、知る限りの情報、それからこれを前渡ししておこう」


 爺さんは後ろの戸棚をゴソゴソし、それを出してきた。


「これ、パワーカードじゃないですか!」


 バエちゃんがすごく珍しくて知名度低いと言ってたし、実はパワーカードの入手はかなり困難なのではないかと考えていたのだ。

 ここで手に入れることができたのは、めっちゃ嬉しい。


「冒険者を辞めて牧場を始める時にもらった、『アンチスライム』のパワーカードじゃ。攻撃力が加算され、さらに通常攻撃にスライム特攻がつく」


「スライム特攻って、スライムに対するダメージが大きくなるってことですよね?」


「その通りじゃ。物理アタッカーが装備しないと意味がないから、気をつけるのじゃぞ。金がないのですまんが、その辺で勘弁してくれい」


 十分ですがな。


「じゃ、行って来まーす!」


「油断するでないぞ。ビギナーにとっては手強い相手じゃ。傷を負ったら、ホームに戻って休むのもよい。全て退治してさえくれれば、何日かかっても構わんからの」


「はい、失礼しまーす!」


「気をつけるのじゃぞ!」


 スライム爺さんがくどいくらい念押ししてくる。

 美少女冒険者だから心配してくれるのかな?


          ◇


 1体目のスライムを倒した後、へたり込んでしまった。

 ……スライムさん舐めてました。

 素早いわ攻撃が痛いわヒットポイント自動回復持ってるわ、考えていたより数段強いです。


 いや、舐めてたってのは語弊があるよ?

 だってテストモンスターには楽勝だったし、今日はスライム特攻属性のある『アンチスライム』装備してるんだよ?


「……ユー様、どうしましょう。帰りますか?」


 無理はしたくない。

 が、幸いクララのマジックポイントには余裕がある。


「装備と戦術を見直して、もうひと当てしてみよう」


 あたしの装備が『スラッシュ』『アンチスライム』と、初めから持ってた『シンプルガード』。

 これは防御力が増強され、クリティカルヒットを受けなくなるというパワーカードだ。


 クララが『火の杖』と初期装備の『エルフのマント』。

 この『エルフのマント』というやつが曲者で、魔法防御が増強され回避率が格段に上がるものの、防御力自体は上昇しないのだ。

 攻撃を食らうとかなりのダメージを受けてしまう。


 一方でレベルが上がって2となり、クララが攻撃風魔法『ウインドカッター』を覚えた。

 クララは最初から回復魔法『ヒール』を使える白魔法使いだが、それだけじゃなくて風魔法も習得するらしい?


「盾役は任せて。クララはダメージ受けないように、もっと引いたポジションから魔法ね。攻撃魔法使うなら今覚えた『ウインドカッター』使って。多分『プチファイア』より大きくヒットポイント削れる。オーケー?」


「はい、わかりました」


「よーし、次行ってみよう」


 2匹目のスライムと対戦だ。

 牧場のスライムはぷにぷにして愛らしいのに、どーしてこいつはぷにくらしいのか?

 ああもう、レッツファイッ!


 小癪にもステップを踏んで跳びかかってくる。くっ、お返しの斬撃! うむ、レベルアップのおかげか、さっきよりダメージが入るぞ。クララのヒールで回復、これなら安定して戦える!


 2ターンで2匹目のスライムを倒した。

 1回目よりかなり余裕があったぞ?


「まだやれるね。もう1匹だ」


 結局5匹全て倒した。

 うん、見渡したところ、もういないね。

 やったぜ、苦労はしたがクエスト完了だ!

 スライム爺さんのところへ報告に戻った。


「ほう、5匹全部退治したとな? お主ら実戦は初めてなのじゃろう? 普通1人で初陣じゃと、1匹のスライムを倒せるかどうかじゃ。2人がかりであっても、1日5匹倒したのは大戦果じゃ」


「ありがとうございます」


 大先輩に褒められたぞ。

 嬉しいなあ。


「さて、質問があれば受けよう」


「そもそも『アトラスの冒険者』とは何なのですか?」


 小細工要らん。

 ズバリ聞いてみた。


「『地図の石板』に導かれる冒険者のことじゃ。『地図の旅人』、『渡りガラス』、『ドリフターズ』などと呼ばれることもある。石板は現状に退屈している若者のところへ届くと言われているが、案外そういう者だけが得体のしれぬ転送魔法陣に身を任せるのかも知れぬ」


 あー身に覚えがあります。


「ここには大したものはないが、普通は素材やアイテム、薬草等を採集するのもクエストの立派な目的じゃ。背負い袋か何かを持ってゆくのがよいぞ」


「あっ、そうですね!」


 忘れてました。

 ためになるわー。


「誰が主催者なんですか?」


「全くわからん。チュートリアルの説明者は主催者側じゃが、下っ端なので肝心なことは何も知らんぞ」


 どっちにしろ『アトラスの冒険者』に関して、バエちゃんに切り込むのは無謀ということだな。

 割とデリケートな問題みたいだし。


「パワーカードについて教えて欲しいんですが」


 爺さんは眉を寄せて首をひねった。


「お主らの方がよく知っとるかもしれんよ。装備体系名としてはヘプタシステマ。100年ほど前、あるドワーフが生み出したという。火や回復魔法を手軽に使う手段だったとか、精霊が戦うことでしか解決できない問題があったとも聞くな」


「どうやって手に入れればいいでしょう?」


「ヘプタシステマ使いの冒険者が、新しいパワーカードを作ってもらうために素材を集める、と言うておった。当時はまだ製造されておったぞ」


「素材、ですか」


 現在でも作られている可能性が高いか?

 しかし入手場所が不明なのは不安だな。


「他に何か、注意した方がいいことはありますか?」


「何かを譲ってくれというクエストは比較的多い。特に手に入れづらいアイテムの換金はよく考えるべきじゃろう。それから精霊使いは精霊のみを仲間に加えるのが、うまくやっていくコツじゃ」


「大変参考になりました。本当にありがとうございました!」


 あたしは深く頭を下げた。


「『スライムスキン』が必要なら安く売ってやるでな、何かあったらまた来るがよい」


「はい。お世話になりました」


 転移の玉を起動させた、と同時にアナウンスが入る。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 お、このタイミングでボーナス?

 ともかくクエスト完了、おめでとうあたし!


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 スライムクエストの翌日、チュートリアルルームにやって来た。


「ようこそ、ユーラシア・ライムさん」


 バエちゃんが立っている。


 細かい襞のたくさん入った白いロングスカートにブラウス、肩に装飾のある紺色のベスト、モフっとした腕飾りを左右につけ、銀色の首飾りをつけている。

 前よりもかなりキチっとした装いだ。

 しかもカツラを装着済み。


「バエちゃーん、その頭、似合ってるよ」


「そ、そお?」


 クネクネするバエちゃんに告げた。


「昨日クエスト行ってクリアしたよ」


「おめでとう! 初心者で入ってきて、初めてのクエストクリアできる子って、4割もいないのよ。1日でクリアなんてすごいわ!」


 何ですと?

 聞き捨てならん衝撃の事実なんですが。


「ちょい待ち、4割いないってマジ? 転送魔法陣の設置や単位の玉だって結構な費用かかるんでしょ? そんなザル運営でいいの?」


「良くないの! だからユーちゃん頑張って」


 2人がかりなのに苦戦するわけだ。

 そりゃ素人の新人は辞めちゃうわ。

 もっとも戦闘初心者じゃない新人は、初めてのクエストクリア率まあまあ高いそーな。


「そんなことはともかく、相談に乗って欲しいの!」


「えっ?」


 あたしの人生に関わる案件なのに、そんなこと扱いされたぞ?

 よっぽど重要で深刻で大事な相談に違いない。


「太っちゃったの! 運動不足なの!」


 ……バエちゃんの相談なんてそんなもんだ。

 でも太ってるようには見えないけどな?

 まあ運動不足で筋力落ちるのはよろしくないか。


「どうしたらいいかなあ?」


「何であたしに相談なのよ?」


「女性の冒険者はユーちゃんしか来ないから……」


「そーなんだ?」


 確かに冒険者って男性のイメージではある。


「部屋にこもってるのはよくないよ。外走ってくるなり散歩するなりじゃダメなん?」


「非常時以外はここから出ちゃダメな規則なの」


「うーん、じゃあテストモンスターの設定変えられない?」


「えっ?」


 ポカンとしてるけど、設定画面見せてみなよ。


 ふむふむ、攻撃力などのパラメーターの他、攻撃方法まで選べる。

 おお、大きさや姿、感触や固さまで変えられるじゃないか。

 なんだこの『種族:男ノーマル人(変態)』ってのは。

 まあいい、これならイケる!


「あたしの言う通りに、設定変えてくれる?」


「う、うん」


 ニヤニヤしてるあたしに、バエちゃんばかりかクララまでが不穏なものを感じ取ったらしい。

 失敬な、そんなんじゃないってばよ。


          ◇


「うふっ。あはっ。最高よ。これは最高だわ! あははははっ!」


 動ける格好に着替えたバエちゃんが、パンチとキックを次々に繰り出す。

 引きこもりとは思えないほど生き生きした動きだ。


 何をしたかというと、テストモンスターのヒットポイントを『無限大』、行動を全て『様子を見る』、固さを『柔らかめ』に設定、つまり殴る蹴る用の人形を出現させたのだ。

 しかも種族を先ほどの『男ノーマル人(変態)』にしたので、どんなに非道なことをしようが全く罪悪感がないというおまけつき。

 あたしも試してみたが、すっごく爽快だ。


「くたばれえ! あはははははははははっっっ!」


 バエちゃんのテンションが、あり得ないほど上がっている。

 何か怖いよ。


「とどめに金的前蹴りっ!」


 決まった。


「これは、とても、良いものです!」


 息を切らしながらも、バエちゃんはいい笑顔で答えた。

 笑窪がキュートだよ。


「これがあれば、暇潰しになるでしょ」


「なるなる!」


「アイデアもう1つあるから、試していい?」


「ぜひ、お願いします」


 『種族:スライム(円形)』でヒットポイントを無限大、行動を全て『様子を見る』、固さを柔らかめ、大きさを腿くらいの高さに設定すると……。


「おおおお、背中伸びるぅ~」


「ぼよんぼよんって、立ったり座ったりするだけで運動になると思うよ」


 うむ、これは『ばらんすぼおる』と名付けよう。

 思った通りに設定できるんで面白いな、これ。


「これは着替える時間ないときでもいけそう」


 そうだね。

 勤務時間中にちょっと、っていうのがいいのかも。


「もうバエちゃんは御飯も作れるし、運動で身体も絞れるよ。目指せいい女!」


「そうねっ! お礼と言っては何だけど、この本は要らないかしら?」


 クララが顔をパアっと明るくし、コクコク頷く。


「よかったあ。この前精霊さんが、とっても気にしてたみたいだったから」


「ありがとう。クララは本大好きなんだよ。でもこっちで本は高価で、なかなか手に入らないんだ」


「そうなの。あ……」


 バエちゃんが気付いたように言う。


「ユーちゃんも何か話したいことあった?」


「ん? 前のクエストで問題もあってさ。次のクエスト行くまでに改善できないかなーって思って、バエちゃんの意見聞きたかったんだ」


「そうだったの? どんなこと?」


「いや、今日はいいや。変態を蹴り跳ばしてすげえスッキリしたから。また今度来ることにする」


「そう?」


「じゃーねー」


「うん、またね」 


 バエちゃんに別れを告げ、転移の玉を起動し帰宅する。

 ムダな1日のようでそうではない。

 バエちゃんと仲良くするのも目的の1つだからだ。


          ◇


 昨日1日中降り続いた雨もあがり、あたし達は家から歩いて20分の灰の民の村にやって来た。

 半年前、あたしが15歳の成人年齢を迎える前まで住んでいた故郷である。

 いかに村を出たといっても経済活動は重要。

 得たアイテムを換金し、必要な物資を買うため、時々は村に来るのだ。


「おお、ユーラシアとクララじゃないか。久しぶりだなあ。ちゃんと飯食ってるかあ? そうだ、さっきウサギが何羽か罠にかかってたんだ。1羽持ってくかい?」


「いるっ! もらうっ! 食べるっ!」


「ハハハッ。相変わらず元気がいいな。何よりだ。ほれ、捌いたやつな」


「ありがとう! 愛してるっ!」


 気前のいいおじさんの名はコモという。

 若い頃に大陸中を旅して回った元冒険者だ。

 いろんなことを知っていて、特に道具への造詣が深い。

 当然ながら、その経験と知識には村の誰もが敬意を払っている。


 それは高く売れる、あれは食べられるっていう話を聞くのは大好きだったなー。

 思えばあたしが村を出たのは、この元冒険者の影響が大きい。


「家は大丈夫か? 壊れてねえか?」


「うん、だいじょーぶ!」


 あたしが成人して村を出ると決めた時、族長やコモさん達が村の衆を集めて家を建ててくれたのだ。

 すごく感謝してる。


「おう、ところで知ってるか? 近い内に俺や族長含めて20人くらいが移住するんだ」


 移住? 突然だね。


「え、どこに?」


「西だ。強歩4日くらいのな。自由開拓民集落の多い地区をさらに向こうに抜けた、古い塔があるところだ」


「大丈夫なの? 灰の村。コモさんやじっちゃんがいなくなって」


 あたしの心配には理由があるのだ。


 ドーラ大陸のノーマル人居住エリア最東端に当たるここアルハーン平原西部は、『カラーズ』と総称される色名のついた諸部族の治める地である。

 しかしこれがお互い呆れるほど仲悪い悪い。

 温和で精霊と心通じ合わせる灰の民は特に他からバカにされていて、とりわけ脳筋の黄の民や陰険な黒の民なんぞ、態度が露骨なこと。

 しょっちゅう嫌がらせしてくるのだ。

 実力者である族長デス爺やコモさんが抜けると、他所からの圧力が増しはしないか?


「族長は、今だから大丈夫だと言ってたぞ。理由は知らんが」


「今だから大丈夫?」


 どういうことだろう、それは。

 コモさんはスパッと物を言う人で、およそもったいぶることはない。

 こういう言い方するってことは、本当に知らないか言えないことなのか、どちらかなのだろう。


「この村を捨てるわけじゃないんでしょ? 引越しする理由は何なの?」


「そこの塔なんだが、エーテルの流れが集中する位置にあって、素材がすごく豊富に存在するんだそうな。食い詰め冒険者集めて素材を採集し、加工して役立てるなり港町レイノスに運んで売るなりしようってんだな。まあレイノスなんざロクでもない町だが、政治と経済の中心であることは間違いない。うまく回ればドーラ全体を活性化させられるだろうっていう、結構規模の大きな計画なんだぜ?」


 レイノスはカラーズから南西へ強歩1日弱くらいのところにある、ドーラで最も大きい町だ。

 カル帝国領ドーラで唯一の港がある最初の植民集落で、直轄地として帝国から総督が派遣されている。


「ふーん、そんな面白い計画があったんだ。あたしも仲間に入れてもらいたいくらいだけど、今の生活が始まったばかりだしなー」


「ハハハ、まあ今回は縁がなかったんだろ。人生そういうことは山ほどある」


 人生経験豊富な人が言うと説得力あるなあ。


「老人はとっとと去って、若者に席を譲るべきってこともあるからな。ちなみに後任の族長はサイナスだぞ」


「わあ、頼りなーい」


 コモさんとあたしは同時に笑った。

 サイナスさんはとても思慮深く賢い青年だが、いわゆるヘタレキャラなのだ。

 頼りないのがお約束。


「それからクララよ。精霊もヒカリ、スネル、コケシの3名を連れて行くことが決まってる」


「そうですか、コケシが……」


 クララは同じ植物系である詰草の精霊コケシと仲が良かったから、遠くへ行ってしまうのは寂しいかもなあ。


「今生の別れってわけじゃない。しんみりしなくていいけどな」


 コモさんは、あたし達を励ますようにそう言ってくれた。

 でも街道には魔物も出ると聞く。

 家と畑を維持しなければいけない身にとって、強歩4日の西の果ては果てしなく遠い。


「じゃあコモさん、さようなら。ウサギありがとう。これで友達と鍋するんだ」


「ハハハ、そうか。じゃあ、またな」


 『またな』という言葉を使ってくれる、コモさんはいい人だ。


「今、やれることをやっとかないとね」


「そうですね」


 クララが頷く。

 スライムクエストで理解したあたし達のウィークポイントとは、ズバリ魔物との戦闘だ。

 となると実戦に関する情報収集を行うべき。

 鍋をダシにしてチュートリアルルームに押しかけ、バエちゃんから情報を引き出さなければならない。

 どうせまだ言い忘れてることがあるに決まってるからだ。


 ん? あたし達が鍋食べたいだけだろって?

 いんだよそんなことは。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームにとうちゃーく。


「ようこそ、ユーラシア・ライムさん」


「バエちゃーん、肉持って来たんだ。鍋しない?」


「するっ!」


          ◇


 骨をよく煮てダシとって、肉とニンジンとキノコを投入して灰汁をすくい、塩で味付け野草を放り込んで煮えたら~。


「はい、出来上がり!」


「やったあ! ありがとう、ありがとう!」


 大雑把に言うと、バエちゃんを餌付けして情報を引き出す作戦だ。

 バエちゃんは曲がりなりにも冒険者相手の仕事をしている。

 まだまだいろんなことを知ってるに違いない。


 しかし思ったより喜ばれるぞ?

 鍋は人数多い方が美味しいからかな。


「あなたがわたしにくれたもの~とってもおいしいうさぎにく~ほら、精霊さんもどんどん食べよ? ね?」


「はい、いただきます」


 あ、人見知りのクララもすこーし慣れたっぽい。

 いい傾向だな。


「私ね、ちょっと料理やってみることにしたんだ」


「うん、それはいいことだよ。材料はあるの?」


「それは贅沢なものでなければ支給されるから大丈夫」


 材料支給で、しかも時間もあるのに料理してなかったのかってのはさておき。


「ごちそーさま。ところで初めてのクエスト、完了したんだけどさ」


「そう言ってたわね。もう次の『地図の石板』は発給されてるのよ」


「そーなんだ? でも次のクエスト怖いなー」


「えっ、何で? 前のクエスト、1日で終えたんでしょう? 戦闘経験のない新人でそんなのあんまりいないのに」


「うーん、そうなのかもしれないけど」


 何となくバエちゃんから目を逸らす。

 どう切り出したものか。

 バエちゃん自身は冒険者じゃないしな?


「……初めのクエストのところにもう魔物いないんだ。だから次のクエストの魔物が強くても、前に戻ってレベル上げするってことができないの。パワーカード手に入れる術もないから厳しいな」


「でもユーちゃんはすごい才能があるから、大丈夫だと思うの」


「すごい才能?」


「だから『アトラスの冒険者』に選ばれたのよ?」


 マジかよ?

 そういうことは最初に言ってくれよ。


「こっちに来てくれる? これ、その人の戦闘に関する能力がわかる装置なの。手を当ててみて。まずユーちゃんから」


 1人用の机くらいの大きさの青っぽいパネルだ。

 魔道仕掛けのようだが?

 あ、文字がたくさん浮かんできた。


「これはね、ステータスを感知して表示するものなの」


 レベル3、そーいやクエスト終了後のボーナス経験値で上がったんだった。

 攻撃力、防御力、魔法力その他もろもろの数値が並んでいる。

 それから固有能力か。


「固有能力って先天的な魔法持ちみたいなやつのことだっけ?」


「そう。その人が元々持ってるすごいパワーのことよ。例えば精霊さんのように『白魔法』持ちなら、回復魔法を使えるとか。誰もが持ってるわけじゃないけど、冒険者にとって固有能力はあると有利になることが多いの。レベルアップで恩恵がある場合も多いわね」


 そりゃスキル使えれば有利だろうからなあ。


「ユーちゃんのパラメーターは全体的に平均して優れています。バランス型で何でもできるようになるわよ。注目すべきは固有能力。『自然抵抗』『精霊使い』『発気術』、魔法系以外で3つも持ってる人なんて見たことないわ」


 そーなの?

 バエちゃんがそれぞれについて説明してくれた。


 『自然抵抗』は、沈黙・麻痺・睡眠の3つの状態異常にある程度の耐性があるんだそうな。

 無効じゃないから過信はできないが、魔物の嫌らしい特殊攻撃を考えると地味にありがたいな。


 『精霊使い』は、精霊親和性が極端に高く、精霊を従えることができる能力。

 すごくレアで、持ってる人はほとんどいないらしい。

 これって能力だったんだ?

 慣れと性格によるものだと思ってたよ。


「そして『発気術』は、攻撃に気合いを乗っけるみたいな能力よ。レベルが上がると強いバトルスキルを覚えられるわ」


「あ、そーいやレベル3になった時、『ハヤブサ斬り』ってバトルスキル覚えたな」


「良かったわねえ」


 ちなみにクララは、敏捷性はないけど魔法力に優れ、その他のパラメーターも悪くないそうだ。

 固有能力は『白魔法』『風魔法』『冷静(状態異常の激昂が無効)』の3つ。

 そーか、やっぱクララは風魔法使いでもあるんだな。


 ようやく冒険者として役立つ知見だよ。

 秘められた能力が明らかにされると気分が上がるな~。

 でも初めから知ってりゃもっとレベル上がるの楽しみだったし、スキル覚えるのを計算に入れられたと思う。 


「ねえ、バエちゃん。勘違いだったらゴメンだけど、これって最初に来た時に調べるべきなんじゃないの?」


「もう過去のことはいいじゃない。大事なのは未来よ?」


「誤魔化し方が雑っ!」


 どーしてあたし達がここ数日、悩み多き青春を送っているのかわかった。

 バエちゃんがポンコツだからだ。

 新人にはもうちょっとしっかりとした指針を示してちょうだいよ。

 給料下げられちゃうぞ?


 まあいいや、それよりも……。


「ね? ユーちゃんが優れた冒険者の素質を持っているのは、ステータス上から明らかなのよ」


「あたしが美少女精霊使いであるだけじゃなく、天才冒険者の卵だということは理解したけど」


 今後もスキルを習得できるとなれば、そりゃ楽しみだ。

 しかし……。


「パワーカードどこかで手に入らないかな? あれの数を揃えられないと、どう考えても苦しいんだ」


「ちょっとこっちで調べてみたの。そうしたらね、やっぱりヘプタシステマ装備の『アトラスの冒険者』は、現役ではパーティーメンバーを含めても1人もいないわ。でも珍しい装備品として、割とあちこちに保管されてるらしいのよ。それから製作者もいる」


「まだ作ってる人いるんだ? やたっ! それは朗報だ!」


「クエストを進めていけば、近い将来にその工房へ行けるようになるわ」


「そーかー。嬉しいなあ」


 パワーカードの不足はおそらく時間が解決する。

 となると問題は次のクエストを終えられるか。

 というか魔物を倒せるか、その一点にかかってる。


「多分平気よ。前回のクエスト終了時のボーナス経験値でレベル上がったでしょ? レベルが低い内の1違いって、全然強さ違うから」


「うん、そうだね」


 それはこの前のスライムクエストで実感したことだ。

 レベルが1つ上がったら、攻撃によって与えるダメージ量が明らかに多くなり、格段に戦闘が楽になった。


「『アトラスの冒険者』の石板クエストは、適性レベルがミスマッチなものは来ないのよ。最初のクエストを1日で完了させた人が、次でどうにもならなくなることなんてないから」


「そうなのかー。じゃ、イケそーじゃん」


「あと、汎用の魔法やバトルスキルというものがあるの」


 あまり一般的ではないが、人を選ばず使用できる魔法やバトルスキルは、スキルスクロールに封じられて販売されることがある。

 スキルスクロールとは、開くだけで封じられたスキルを習得でき、そしてただの紙屑になる、使い切りのアイテムだ。

 稀にダンジョンに落ちていることもあるらしい。


「そしてじゃーん、スキルスクロールは、ここチュートリアルルームでも販売しているのでした!」


「マジか! バエちゃん女神!」


「あはははは、もっと崇めて奉って~」


 もっともスキルスクロールはそれなりに高価だそうな。

 当たり前か。


「比較的レアだけど、クエスト中にステータス値をアップさせる薬草を採取できることもあるわ。食べるだけで強くなれるのよ。やり方なんて、いくらでもあるの」


「どーしてバエちゃんは、心の中でポンコツさ加減を罵ったところで有能な面を見せるのかな?」


「ポンコ……あっ!」


 急にバエちゃんがハッとした顔になる。

 何だ? ここでポンコツさが爆発するのか?


「そうだ! ユーちゃんにクエストの相談あるんだった」


「えっ、何だろ?」


 クエストの相談?

 どーしてそういう大事そうなことを早く言わないんだ?


「ユーちゃんの先輩の『アトラスの冒険者』がね、クエストで困ってるの」


「先輩が困るようなクエストで、あたしみたいなド新人に何ができるってゆーんだ」


「それがユニコーンなのよ」


 ユニコーン、簡単に言うとウマの一種。

 ほとんどは白馬で、雄の頭部に角が生えており、その角はレア素材として知られている。

 頭が良くて非常にプライドが高いらしい。

 人間とは友好的でまず争うことはなく、魔物扱いはされていないはずだが?


「レア素材として珍重される『ユニコーンの角』を持って来いというクエストで」


「え、角のためにユニコーン殺しちゃうの? 残酷だなあ」


 バエちゃんがブンブンと首を振る。


「違うの。そのクエストを請けている人は、ユニコーンに角を譲ってもらおうとしているの」


「どゆこと?」


 『ユニコーンの角』は不定期に生え代わるんだそうな。

 清らかな美少女には心を許し、角をくれることもあるのだという。


「清らかな美少女か。どう考えてもあたしのためにあるようなお題だね」


「でしょう? ユーちゃんにピッタリだと思って」


 クララがモゴモゴしている。

 言いたいことがあったらハッキリ言いなさい。


「面白そうだからやってみる」


 その先輩冒険者にも会ってみたいしな。

 何か有益な意見を聞けるかもしれない。


「良かったあ。じゃあ明日の朝、ここへ来てくれる? その冒険者も呼んでおくから」


「わかった。どんな先輩なの?」


「ウサギの獣人よ」


 何ですと?


「『アトラスの冒険者』って、亜人もいるんだ?」


「ノーマル人だけという決まりはないわ。でも現役の『アトラスの冒険者』で亜人は1人だけよ」


「へー。最初に会う現役の先輩が、唯一の獣人なんてツイてるなあ」


 すげー明日が楽しみになってきたぞ?


「さて、あたし達は帰ろうかな。ありがと、大分ためになったよ」


「いえいえ、こちらこそ鍋、大変美味しかったわ」


 転移の珠を起動し帰宅する。


 参考になる情報と、今後やっていけそうな根拠が増えた。

 先輩冒険者にも会えることになった。

 今日もいい日だったな。

 やはりバエちゃんとは仲良くしておこう。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームに飛ぶ。


 今日は朝から先輩冒険者のクエストのお供だ。

 ドキドキするなあ。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「こんにちはー」


「よろしくぴょん」


 ……ぴょん?


 帝国風スーツをやや着崩したような、冒険者にしてはかなり洒落っ気のある服を着た背の高い男から、その言葉は発せられた。

 つば広の帽子から突き出た長い耳が、ウサギの獣人であることを主張している。


「上級冒険者のゲレゲレさんよ。こちら新人のユーラシアさん」


「女性の『アトラスの冒険者』とは珍しいぴょん」


「……その語尾はキャラ作りのため?」


「そうだぴょん。新人の時に、キャラクターは何より大切と教わったぴょん」


 そりゃそうだけれども。

 獣人冒険者ってそれだけでキャラ立ってるんじゃない?


「で、協力してくれるのかぴょん?」


「うん、もちろん」


 だから何なんだ、そのメチャメチャ腰落とした天を仰ぐようなガッツポーズは。


「イシンバエワ殿、理想的な生きのいい少女を紹介してくれたこと、感謝するぴょん」


「そうでしょうそうでしょう。冒険者のクエストの可否は、私のお給料にも影響しますからね」


「理想的な生きのいい少女? あたしの思ってたニュアンスと、若干違う気がするんだけど?」


 まあウサギさんとバエちゃんが満足げだからいいか。


「では、まいろうぴょん」


「行ってらっしゃい。あ、ユーちゃん、夜こっちに寄ってね」


「うん、わかった。じゃあゲレゲレさん、連れてって」


 ウサギさんが転移の玉を起動し、そのホームへともに飛ぶ。


          ◇


「へー、いいところだね」


 ポツンと建つ丸太小屋と畑、日当たりがいいな。

 あたしん家に雰囲気が似ている。


「今日はよろしくお願いするぴょん」


「うん、頑張るよ」


 奥さんが飲み物を出してくれる。

 やはり獣人で、ネコっぽい雰囲気の美人だ。

 傍らには双子の赤ちゃんがいる。

 獣人の赤ちゃんってすげー可愛いな。


「ここは、地理的にはどの辺に当たるの?」


「ノーマル人が住んでる領域よりさらに西だぴょん」


 あ、やっぱりドーラ大陸内なんだな。

 『アトラスの冒険者』ってドーラの事業なんだろうか?


「身どもはクエスト完了条件である『ユニコーンの角』さえ手に入ればいいのだ。その他クエスト中に手に入れたアイテムや素材の類は、全てユーラシア君のものという条件でどうだぴょん?」


「十分だぴょん」


 いかん、語尾が感染ってしまった。

 奥さんがクスクス笑っている。


「じゃあこちらへ。転送魔法陣だぴょん」


 小屋の裏側の少し高くなっている空き地に魔法陣がズラッと並ぶ。


「ふわー。ゲレゲレさんは『アトラスの冒険者』になってどれくらいなの?」


「13……14年目だぴょん」


「へー。『アトラスの冒険者』って昔からあるんだ?」


「いつからあるかは知らないが、現役最年長の人は50年近く前から『アトラスの冒険者』だったはずぴょんよ」


 スライム爺さんも『アトラスの冒険者』だったというしな。

 昔から運営されているという点がハッキリして、ちょっと信頼性が増した。


「『アトラスの冒険者』って、ドーラだけのものなの?」


「いや、以前はカル帝国本土出身の『アトラスの冒険者』もいたぴょんよ。でも今は全員ドーラ人じゃないかな」


 なるほどなあ。


「では行くぴょん」


 その内1つの魔法陣にウサギさん、あたし、クララが立つ。


『ユニコーンの平原に転送いたします。よろしいですか? 注意事項があります』


「注意事項を聞かせてくれぴょん」


 あたし達に聞かせるためだろう、ウサギさんがそう魔法陣に言う。


『素材『ユニコーンの角』を得るクエストです。『ユニコーンの角』はドリフターズギルドに納めてください』


「ドリフターズギルドとは何でしょうか?」


 クララの質問だ。

 あ、ウサギさんは精霊と喋れるタイプの人なんだな。

 バエちゃんも割と精霊親和性高めのようだが。


「冒険者の溜まり場になっている場所ぴょん。2、3クエストをこなすと、ギルド行きの転送魔法陣が設置されるぴょん」


「へー、楽しみだなあ」


 とゆーか何故バエちゃんが教えてくれないのだ。

 どう考えてもギルドって重要そうなんだが。


 ウサギさんが指示を出す。


「転送してくれぴょん」


 シュパパパッ。


「ここは……」


 草原だ。

 どっち向いても草しかないんですけど。

 方向感覚がおかしくなるな。


「ここはユニコーンのテリトリーで、魔物はほぼ出ないぴょん。だけどもし出たら、身どもに任せるぴょん」


「うん、わかったよ」


 上級冒険者って言ってたし、ウサギさんはかなり強いに違いない。


「ではアイテムを拾いに行くぴょん」


「「えっ?」」


 クララとハモった。

 ユニコーンはいいの?


「待っていればユニコーンが現れるというものではないぴょん。ここは素材はほとんどないけれども、薬草はかなりあるぴょんよ」


「えーと、ユニコーンに遭うのは偶然頼みなのかな?」


「今まで遭えたことないぴょん。美少女パワー頼みだぴょんよ?」


「なるほど、そういうことなら今日中にユニコーン出そうだねえ」


「……」


 クララ、何か喋りなよ。


「おっ、強草だ。攻撃力パラメーターの上がるレア薬草だぴょんよ」


 クララが嬉しそうに回収する。

 こういうものを地道に摂取していけば、徐々に戦いやすくなるんだろうな。


「ユーラシア君のナップザックは、既に何か物が入っているようだが?」


「うちで作ってるニンジン持って来たの。ユニコーンにあげようと思って。ゲレゲレさんも食べる?」


「いただこう」


 むしゃむしゃ。

 どう?


「これは美味いぴょん!」


「そうでしょ? うちのクララは植物の精霊だからね。生育条件をよく知ってるんだよ。もう1本どーぞ」


「おお、すまないぴょん!」


 やっぱりウサギの獣人だけにニンジン好きのようだ。

 先へ進む。


「ユーラシア君はいくつクエスト終えたぴょん?」


「1つだけ。スライム5匹倒せってやつだったんだけど……」


 2人がかりでかなりの苦戦だったと正直に告白。

 どしたらよかんべ?


「えっ? 初心者なのに1日で終えたぴょんか? それはすごい!」


「そーなの?」


 バエちゃんもそう言ってたけど、これからやっていけるのかちょっと不安なんですが。


「経験がある者はともかく、レベル1の全くの初心者が『アトラスの冒険者』としてやっていくのは、かなり難しいんだぴょん。ギルドまで到達できる新人は半分だけだという。そこまでが一番厳しいと思うぴょんが……」


「ゲレゲレさんから見ても、あんまり心配することないのかな?」


「もうレベル3くらいだぴょん?」


「うん。あたしもクララもレベル3だよ」


 ウサギさんが腕を組み、大きく頷く。


「レベル1と3とでは全然強さが違うぴょん。もうどうにもならないことはないぴょん。気にかかることがあるとすれば……」


 何だろう?


「武器と仲間のことぴょんね。精霊使いなら精霊を仲間にするのが定石ぴょんが、そういう機会に恵まれるかは運ぴょん。それから武器はパワーカードぴょんね?」


「うん、そう」


「製作工房があると聞いたことはあるぴょんが、そこまでがキツそうだぴょん。ギルドまで行くと情報が豊富になるから、そこで聞くといいぴょんよ」


「そーかー。ありがとう、ゲレゲレさん」


「なんのなんの。有望な新人と知り合えて、身どもも嬉しいぴょんよ」


 先輩にこう言ってもらえると勇気が湧く。

 そういえばスライム爺さんにも似たようなことを言われたな。


 とりあえず次のクエスト行ってみるか。

 明日にでも新しい『地図の石板』取りに行こう。


 せっせせっせとクララが薬草を集めている。

 結構なおゼゼになりそうだ。


 不意にウサギさんが足を止める。


「……本当に出た。ユニコーンだぴょん」


 どこよ?

 あ、あれかあ。

 獣人は目がいいな。


「身どもがこれ以上近づくと、おそらく去ってしまうぴょん」


「あたしが1人で行ってくるよ。逃げられちゃったらごめんね」


「その時はその時で、別の方法を考えるぴょん。よろしくお願いするぴょん」


 ウサギさん、クララと別れ、1人でユニコーンに近づく。

 向こうも気付いたっぽいな。

 こっちをじっと見てる。

 臆せず堂々と進むのだ。


「大きいねえ。それに綺麗」


 ユニコーンのすぐ傍まで近づくことができた。

 目がすごく優しい。

 頭を下げてくるのは、撫でてくれってことなんだろうな。


「よしよし。いい子だねえ」


 そうだ、ニンジン食べるかな?


「どーぞ。美味しいよ」


 大喜びだね。

 草原にニンジンはないだろうからな。

 まだあるよ。

 よしよし、全部食べた。


「可愛いなあ」


 以前ウシを飼うのが夢だったけど、ウマもいいもんだなー。

 あれ、膝を折ってどうしたんだろ?


「……乗せてくれるの?」


 そうだ、と言いたげにブルっと鼻を鳴らす。

 そうかそうか、じゃあ乗せてもらおうかな。

 どっこいせっと。


 立ち上がって走り出すユニコーン。

 賢いってのは本当だな。

 揺れないように注意しながら進んでくれる。

 裸馬なのに全然落ちる気しない。


 あたしのちょっとクセのある朽葉色の髪をくすぐる風が心地良く、高いところから見下ろす草原は海に似てるなと感じた。


「気分がいいねえ。あっ、あの2人は仲間なんだ。近くに行ってくれる?」


 すぐ理解してくれ、ゲレゲレさんとクララの近くへ歩を進める。


「よいしょっと」


 地に降り立ち、頭をぎゅっとして首を撫でてやる。


「すっかり友達だぴょんね?」


「友達かあ。友達だなあ」


 ん? 何だろ、違和感が。

 角がポロっと外れた!


「……くれるの?」


 ヒヒーンと大きくいななく。


「ありがとう!」


 あたしが角を拾うと、もう一度いなないてから去って行った。

 もう二度と会うことはないと思うと、ちょっと切ない。


「ゲレゲレさん。これ」


 『ユニコーンの角』を渡すと、ウサギさんがしみじみ言う。


「……身どもが請けたクエストの中で、間違いなく最高難易度のものだった。これほど短い時間で完璧に仕事をこなせるとは。ユーラシア君は持ってる女ぴょんね」


「大先輩にそう言ってもらえると嬉しいなあ」


「大した礼もできないのは心苦しいぴょんが……」


「え? いいよそんなの。丸々薬草もらってるし」


「せめて昼御飯でも食べてってくれぴょん」


「ゴチになります!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ようこそ、ユーちゃん。待ってたわよ~」


 そう、その夜バエちゃんに誘われていたので、チュートリアルルームへ遊びに来たのだ。

 しかし……?


「めっちゃスパイシーでいい匂いがする」


「そうでしょ? カレー作ってるの」


「かれえ?」


 とは?


「えーとね、肉とか野菜の具材を煮ておいて、カレーの素を入れるとできる料理。向こうでは家庭料理としてとても人気なのよ」


「なるほど、シチューみたいなもんだね。バエちゃんすごいじゃない。いい女への階段を着実に昇ってるよ」


「そ、そお?」


 褒められて嬉しいのか、身体をクネクネよじらせる。


「煮る料理は、水分多いから焦げないでしょ? 分量守れば私にも簡単に作れると思って」


 え、それは誤解だぞ?

 それにこの臭いは……。


「確認するけど、そのかれえって料理はとろみはないの?」


「あるわよ」


「今も火かけっぱなしとか?」


「うん。よく煮た方が美味しいんだって」


「とろみのある料理は、かき混ぜながら煮ないと焦げ付くぞ?」


「うそっ!」


 急いで控え室の方へ移動。

 やはり……。


「鍋、もう1個ある?」


 慌ててかき混ぜようとするバエちゃんを制止し、まず火を止める。

 確かに焦げ臭さはあるが、独特のスパイシーな香りの方がずっと強い。

 これならリカバリーは利く。

 焦げていない上の部分だけを予備の鍋に移せばオーケーだ。

 3分の1くらい犠牲になったが、仕方あるまい。


「焦がした時にかき混ぜるのは厳禁ね。全体に焦げが回ると、食べられなくなっちゃうから」


「うう、ごべんねえ」


 バエちゃんが泣きながら謝ってくる。


「いい女への階段を降っちゃった……?」


「バエちゃん、よく聞いて」


 おとこまさりのじゅーごさいがはなつひっさつのせりふにかつもくせよ!


「失敗の数だけ女は磨かれるのよ」


「しぃしょおおおおお!」


「号泣すんな。それからここ換気できないの?」


「でぎる……」


 はいはい、涙拭いて鼻かんで。


「仕事場にかれえ臭が充満してるのはダメだと思う」


「そうね。シスター・テレサに怒られちゃう」


「シスター・テレサ? どういう人?」


「ここのお仕事の前任者なの。つい2ヶ月くらい前まで、6年だか7年だか勤めてたのよ。で、今は私の直接の上司」


 バエちゃんてチュートリアルルーム歴、まだ2ヶ月なんだ?


「ふーん、厳しい人なんでしょ? 美人だけど何故か独身」


「どーしてわかるの? ユーちゃんエスパー?」


「そりゃあ、怒られるの恐れるくらいなら厳しい人だってのはわかるし、冒険者との窓口にわざわざブスなんか採用しないし、何年もこんなところに1人でいたのにパートナーがいるわけない」


「さすが師匠!」


「ユー様すごい……」


「何なんだ君達は。もっと褒めなさい」


 アハハと笑い合う。


「せっかくだから、カレー食べてってくれる?」


「いいの? じゃあいただく」


          ◇


 うおおおお、なんっじゃこりゃあ!


「いける……かれえ侮れん……」


「……衝撃的な味です……」


 鼻腔をくすぐり舌を刺激する、濃黄色のとろとろ。

 辛さの中に内包された甘味、酸味、旨味の複雑なハーモニーが素晴らしい。

 焦がしたとはいえ、料理ビギナーのバエちゃんにこの味が出せてしまうとは。


「へへー、どおどお?」


 バエちゃんも嬉しそうだ。


「美味しい。かれえとの相性からすると、ニンジンとタマネギがとろけてくるともっとコクが出るはず。一方で味のぼやけるジャガイモは、使用に一考を要す」


「はっ、精進いたします」


「このかれえの素って、何でできてるの?」


「いや、わかんない。単独じゃ使わないような、いろんな種類のスパイスを混ぜ合わせてあの味出してるらしいんだけど」


 そーかあ、再現は無理っぽいなあ。


「バエちゃんの国には、かれえの素みたいな料理アシスト材料がたくさんあるんでしょ? そういうの使っていけば失敗しにくいだろうし、料理好きになるよ、きっと」


「もう私、料理好きかもしれないな」


 うんうん、いい傾向だね。

 不意に思い出したように、バエちゃんが聞いてくる。


「今日、ユニコーンのクエストはどうだった?」


「うん、そっちは問題なくこなしたんだけど」


 ゲレゲレさんに武器と仲間について不安視されたことを話す。


「まあパワーカードについては、それほど心配してないんだけどね」


「新メンバーを入れる気はないの?」


 クララと顔を見合わす。


「もちろん戦える仲間は欲しいよ。でも人間はクララが嫌だろうから、精霊しかパーティーに入れるつもりはないかな」


「『アトラスの冒険者』は依頼を効率的にこなすことを主眼に置いてるから、精霊関係のクエストがあれば、ユーちゃんとこに優先的に割り振られるはずなのよ。だから可能性はあると思うの」


 ははあ、これはフラグだな?

 仲間加入が実現するなら、これほどの戦力アップはない。


「うん、バエちゃんありがとう」


「元気出た?」


「出まくり!」


「そう、良かったあ。ユーちゃんが活躍すると、私のお給料も上がるの!」


 3人で声を合わせて笑う。

 うん、なんとかなりそうだ。


「ごちそうさま。かれえ、メチャメチャ美味しかったよ。そろそろ帰るね、片付けていかないの悪いけど」


「あの、イシンバエワさん。焦げ付いた鍋は、焦げを削ぎ落しておかないとダメですよ」


「わかった、じゃあね。また来てね」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 明日は『地図の石板』を手に入れ、新しいクエストにチャレンジだ!


          ◇


 今日はクララと2人で海岸に来ている。

 風が強いこんな日は、有用なものが打ち上げられることが多いからだ。


「しめた。たくさん海藻がある!」


 ドーラ人にとって一般的な食材ではないのだが、うちでは母ちゃんが生きてた時からしょっちゅう食べていた。

 汁物の具にいいし、洗って干しておくとかなり保存が利く。


 岩場の巻貝、あたしは塩茹でが好き。

 これも汁物にいい。

 陸に上がるとハマダイコン、オカヒジキなどの食べられる野草が豊富だ。


 大戦果だ、さあ帰ろうか。


「ユー様、『地図の石板』お忘れです」


「そーだった」


 浜に戻って石板を手に取ると、やはり地響きが。

 新たな転送魔法陣が設置されたのだろう。


「スライム牧場の隣にできたのかなあ?」


「うしさん……」


 いや、モーそれ諦めようよ。


 心持ち急ぎ足で帰宅する。

 魔法陣は?


「うん、予想通り」


 チュートリアルルーム、スライム牧場の延長上等間隔の場所に、新しい魔法陣の淡い輝きが見える。

 こういう具合に並んでいくみたいだな。


「クララは貝を浅茹でしておいて。あたしは海藻洗って干しとく」


「はい」


 今、済ませておかなければならない仕事を終え、上着とナップザックを持って転送魔法陣に立った。

 フイィィーン、やや甲高い音とともに淡い輝きが増す。


『苔むした洞窟に転送いたします。よろしいですか?』


「ダンジョンっぽいね。魔物強かったらムリしない程度に戦おう。アイテム採取を優先の方針で」


「わかりました」


 苦戦しようが、魔物を倒せるようなら冒険者としてやっていける。

 毎日少しずつでも経験値を得ることを目標にすればいい。


「ところで、転送魔法陣さんはお話できるの?」


『ムリです。融通の利かないやつと言われてます』


 受け答えできるじゃないか。

 ツッコみたい気持ちがウズウズするが、変に機嫌損ねて事故起こしても嫌だしなあ。


「転送、お願い」


 シュパパパッ。

 重力がなくなる感覚はどうも慣れないな。

 大地をしっかり踏みしめられるとほっとする。

 いかにグスグスであっても。


 そうなのだ、今回は小さな沼だか湿地だかの縁に転送された。

 周りは高木に囲まれていて、日の光もあまり差しこまない。

 最悪なのが足元だ。

 頼りない水苔の上で、立っているだけで水がジワーッと生じる。


「森の中の一番低いところに、水が溜まってるのかな。で、ダンジョンはあれか」


 鬱蒼とした森には不釣合いなほど人工的な存在感を示した、石造りの入り口がある。


「ユー様、誰かいます。精霊です」


「話聞きたいけど、逃げちゃわないかなあ」


 精霊関係のクエストがあれば、あたしのところに優先的に割り振られるはず、というバエちゃんの言葉を思い出す。


「おーい、そこの精霊さん、ちょっといいかな?」


 物々しい装備に身を包まないのは、敵意がないことを示すには便利だな。

 ヘプタシステマのいいところに1つ気がついた。


 精霊であるクララと一緒であることがわかったのだろう。

 逃げる様子も構える様子もない。

 歩み寄って、なるべくフレンドリーな感じに話しかけた。


「あそこの洞窟について、何か知ってることない? 教えて欲しいんだけどな」


 その羽を持つ緑色の精霊は、あたしをまじまじと見、そして言った。


「あなたは人間、しかも『精霊の友』! これこそ天の助けだ!」


 はい?

 嫌がられてるんじゃなければいいですけれども。


「あたしはユーラシア、こっちはクララだよ。で、どうしたの? 何事?」


「はい、仲間が洞窟の中で、罠に引っかかってしまったんです。僕だけではどうにもならないし、ここはほとんど知られていない洞窟だし、すごく困ってて……」


「落ち着いて話して。仲間っていうのは精霊だね? どんな罠なの?」


「一見変わったものは何もないのですが、身体が引き寄せられて、ある程度近づくと逃げられない、みたいな……」


 ははあ、さてはアレか。

 クララと頷き合う。


「この洞窟について、知ってることある? どうしてあなたとお仲間はここに来たの?」


「ここは古くにドワーフが作り、研究所として用いたと言われる洞窟です。僕は前から知ってまして、心地よい場所なので時折来てたんです。アトムは……あ、これは仲間の精霊の名ですが、冒険者に憧れていまして、パワーカードと言われる精霊用装備品を求めていました。パワーカードはドワーフが考案したものですので、ひょっとしたらと思い、アトムにここを教えた次第です」


 仲間候補とパワーカード、不安要素2つの解消にダブルリーチですか?


「わかった、助けよう。案内して」


 緑色の精霊は大喜びで跳ね回る。


「ありがたい! 僕は水鏡の精霊ウツツ。要所要所で案内しますので、どうぞ洞窟の中へおいでください。では」


 ヒューンという音とともに、精霊ウツツが消えた。

 転移だ。


「たまにいるね、転移できる精霊。便利だなー」


 灰の民の村では、ヒカリという精霊が転移できた。

 族長のデス爺が転移や召喚に興味を持ったのはそのせいで、ヒカリの協力の下に転移術を確立したという。

 そういえば、ヒカリは西への移住メンバーに入ってたんだったか。


「羽の生えてる精霊は大体転移で飛べますねえ」


「ふーん。そうなんだ」


 クララと打ち合わせする。

 クララが引き気味に構えるフォーメーションは、スライムクエストの時と同じ。

 なるべく魔物との戦闘は避け、罠の現場に急行すること。


「よし、行こう!」


          ◇


「アトム君は冒険者希望だって。どんな子かなあ?」


「パーティー的には前衛が欲しいですねえ」


 クララとキャイキャイ話しながら歩を進める。

 もう仲間が増えること前提でね。

 実際はどうなるかわかんないけど、物事は希望的に考えた方が楽しいから。

 ウツツ? 一人称が『僕』のやつは冒険者に向かない(偏見)。


 洞窟入り口に到達。

 大きな石を精緻に組み合わせてあり、小指の厚み半分ほどの隙間もない。

 ドワーフは石細工に優れるとは聞いたことあるけど、この技術はすげーな。

 ここだけほとんど苔が生えてないのも、何かの工夫なんだろう。


 入り口から入ってすぐのところに精霊ウツツがいた。

 内部は思ったより明るい。

 壁や天井から光を取り入れる工夫がしてあるようだ。

 これなら手持ちの照明は要らないな。


「ここからは、少々入り組んではいますが一本道です。最奥の少し広くなったところから、下へ降りられます」


「下の階があるんだ?」


「はい。1つ下の階層にアトムが捕らわれているんです」


「わかった、情報ありがとう」


 精霊ウツツが慌てたように言う。


「ちょっと待ってください。この先はかなりの数の魔物がいます。武器をお持ちでないようですが、逃げるだけだと厳しいかもしれません」


「御心配なく。あたしらも冒険者だから」


 パワーカードを起動する。


「そ、それはパワーカード! 精霊使いの冒険者とは、ああ、まさに天の配剤だ!」


「でも駆け出しだから、なるべく戦ったりしないけどね」


「なんの、戦える手段さえあるなら、最弱に近い魔物でありますので」


 あたしらその最弱1匹に苦戦してたんだってばよ?

 今はレベル上がったからどうだろう。


「洞窟コウモリという飛ぶ魔物がいます。すぐ逃げますが、こいつの肉は絶品です。それから素材や薬草の類はかなり豊富に取れます。御入用かと思いますので、参考までに。では失礼いたします。下の階に降りたところでお待ちしています」


 ヒューンと、精霊ウツツが転移する。


「クララ聞いた? 絶品の肉だって。楽しみだなあ」


 目的が変わっちゃったよーな気もするが、多分気のせい。


 道なりに歩いてゆく。

 外部よりはうんと湿気が少ない感じだ。

 しかし、ところどころ床石の滑る部位があるので要注意だな。

 比較的広いので、ごく凶暴で遠くから向かってくるやつ以外はやり過ごせそうだ。


「お、チドメグサと、何だかわかんないけど薬草」


「あっ、それ堅草ですよ。防御力アップの効果があります」


 ポピュラーな薬草はあたしでもわかる。

 クララ先生は物知りなので、素材だろうが薬草だろうが大体何でも知っている。

 あたしの弟分アレクとともに、灰の民の村では図書室の主だったしな。


 考えてみりゃアイテム拾いって、見る目がなきゃ務まらないよなあ。

 クララの有能に感謝。


 通路が狭くなってるところに2匹の魔物がいる。

 これは戦闘やむなし。


 クララが囁く。


「洞窟コウモリと大ネズミです」


「肉から集中攻撃ね」


 レッツファイッ!


 素早い洞窟コウモリが先制! 急降下攻撃を食らうが、あたしのハヤブサ斬りで迎撃! 向こうのダメージの方がうんと大きい。大ネズミは……しめた! 様子見てる。クララのウインドカッターで洞窟コウモリを撃墜、肉だ! 残りは大ネズミ1匹。負ける相手じゃない。大ネズミも倒した。


 あたし達、強くなってるね!


「よし、イケる! 風魔法はやっぱり、飛んでる魔物にはかなり効果大きいね」


「ユー様の『ハヤブサ斬り』もかなりのダメージ出ます」


 このクエスト最初の戦闘を無事終えてホッとする。

 肉を狩っていけばレベルが上がる寸法だ。

 これなら冒険者を続けられる。


 さらにアトム君を仲間にできれば最高じゃないか。

 テンション上がるなあ。

 さあ、先へ進め!


 ちょっと進んだところに大きなハチ。

 2匹なら倒せそうだが?


「殺人蜂は毒持ちです。まだ毒消しの手段がないので、やめておきましょう」


 うんうん、分の悪い勝負はしない。

 冒険者の心得だね。


 アイテムを採取しながら進むと、やや広いところに出た。

 下に大きな穴が開いており、縄梯子が下がっている。


「あたしが先降りるよ」


「はい」


 注意深く縄梯子を降りると、部屋みたいな独立性の高い空間になっていた。

 お、ウツツがいる。

 見える範囲に魔物はいないな。

 クララを待ってウツツに話しかけた。


「どんな感じ?」


「ここから左手に地底湖があります」


「地底湖?」


「はい、そこの岸にアトムは捕まっているんです」


「わかった、すぐ行く」


「よろしくお願いします!」


 壁伝いに左へ曲がると、眼前に幻想的な景色が広がる。

 恐ろしく透明度の高い水と漂う霧のせいで、どこが水面かわからないくらいだ。

 天井に開いたいくつもの穴から光が差し込み、まるで湖に数本の黄金の槍が突き立てられているように見える。


「ふわーこりゃすごい……いや、いかんいかん」


 こんな時こそ気を引き締めなくては。


「魔物に隙を見せてはならないからですね?」


「それも大事だけど、アイテムを回収し損なうと、すごく悲しいから」


「さすがはユー様です」


 おいおい、尊敬し過ぎだろ。

 捕らわれしアトム君のところまであと少しだ。


 岸沿いを進んだところに、ウツツともう1人の精霊が見えた。

 魔物を刺激しないよう、そろそろと2人の精霊の方へ向かう。


「ようようようウツツさんよお。助けを呼んだって、人間じゃねーか!」


 罠に捕らわれて抜け出せないガラの悪い精霊が、首から上だけを動かして喚きたてる。

 御挨拶だな、おい。


「アトム、精霊連れですよ。彼女は『精霊の友』です」


「おお、そうだったか。すまねえ、早とちりしたぜ」


 素直に非を認めるところはポイント高いかな。


「ねえ、そこの君。動けないの?」


「あ? ああ、強力に吸い寄せられて、全然抜け出せねえんだ」


 とするとやはり……。


「ウツツ、クララ、近寄っちゃダメだよ」


「「わかりました」」


 ゆっくり近づく。

 うむ、引っ張られる感覚はあるが、力は弱い。

 これで抜けられないとすれば、それは……。


「間違いない。ファントムバインドだね」


 せーの!

 思いっきり引っ張る。

 束縛から逃れたアトムは大喜びだ。


「まだ油断しない! クララ!」


「お任せください。ウインドカッター!」


 スワシャーンンン。

 今までアトムを拘束していたあたりに、風の魔法をぶつける。


「ユーラシアさん、今のは?」


「あれはエーテルの流れがそこだけで完結して、閉回路になってるんだよ。だから実体を持たない精霊が取り込まれると、絶対に自分だけじゃ逃げられないの。まあ実体のある者が引っ張ってやれば外れはするんだけど、トラップ自体はなくならない。無効化するのに一番簡単なのが、魔法を当てることなんだよね」


 唖然としてる2人の精霊。


「……ウツツ、知ってたか?」


「いや、僕も全く。ユーラシアさん、人間には無害なもののようですが、なぜそんなことを御存知なんです?」


「昔、あれに引っかかってたこの子クララを助けて友達になったんだけどね。その時に教えてもらったんだよ」


「えへへー」


 クララよ、照れるところじゃないよ。


「ごく稀だけど自然にできるみたいなんだ。エーテルの流れがおかしいなって感じたら気をつけるんだよ」


「な、るほど……助けていただいて、ありがとうございやす。しかしユーラシア姐さんは、なんでこんな僻地へ?」


「『アトラスの冒険者』ってのがあってね……」


 『地図の石板』と転送魔法陣、現在の生活、戦力増強が急務であることを説明した。


「そういうことでしたら、ぜひこの剛石の精霊アトムを、一味に加えておくんなせえ。骨身を惜しまず働きやすぜ!」


 青褐色の精悍な精霊が真っ直ぐあたしを見つめる。

 太眉の下の、大きく訴えかけるような目だ。

 しかし一味ゆーな。

 悪党みたいだ。


「いいの? よろしく!」


「アトム、良かったなあ」


「ウツツ、あんたはどうする?」


 ウツツは首を振りながら言う。


「戦闘ではお手伝いできそうにありませんから遠慮します。この洞窟はもう少し先があって、一番奥に宝箱がありますよ。僕はそこで待ってます」


 宝箱だと?

 それはかっさらっていかないと冒険者と言えないわー。


「アトム、あんたの得意技と装備教えて」


 攻撃力、防御力と最大ヒットポイントの高い、典型的な前衛タイプだ。

 ただし、パワーカードは近接殴打属性攻撃用の『ナックル』しか持っていない。

 土魔法を使えるが、魔法力が低いせいか威力はさほどないとのこと。


「それから、こんな技が使えやすぜ」


 アトムが右手に何やら集中している。

 魔力を込めているのか?

 それをぶんと遠く湖面に放る。

 ブシャアアアアンンンン!

 着水とともに爆発した。


「魔力を留め、何らかの外力で爆発・放出させるスキルですね、エーテルの操作が非常に細やかでお上手です」


 さすがクララ、わかりやすい。

 なるほど、アトムはこの技でここまで来たか。


「じゃあフォーメーション決めるよ」


 あたしが前衛で2人は後衛、アトムはさっきの『マジックボム』中心に攻撃する。

 将来的にはアトムに盾役を任せたいが、防御装備なしでは仕方ない。


「それで行ってみよう。目標は奥の宝箱、アトムかクララのマジックポイントが切れたら撤収。いい?」


「姐御、『マジックボム』はかなりマジックポイントを消費しやす。敵の数が多いときに使い、減ったら通常攻撃でいいでやすかね?」


「よし、それで。それからあんたは、洞窟コウモリに『マジックボム』使っちゃダメ」


「どうしてでやす?」


「肉が木っ端微塵になるから」


 湖畔に沿い、宝箱があると思しき方へ進む。

 途中、洞窟コウモリ&大ネズミと遭遇、力を測るにはいい相手だ。

 レッツファイッ!


 洞窟コウモリが先制、素早い! 攻撃を食らうがハヤブサ斬りで迎撃! アトムが大ネズミの攻撃を受けるものの、マジックボムで一撃爆砕! 最後にクララのウインドカッターが洞窟コウモリに炸裂した! 1ターンキルだ! しかし……。


「肉が……」


 哀れ洞窟コウモリの亡骸は、プカプカと湖に浮かんだ。


「ご、ごめんなさい」


「あっしが取ってきやしょうか?」


「やめとこ。湖に何がいるかわかんないし、いないならいないで、湖水に毒が含まれてる可能性もある」


「うおお、姐御の深察、感服いたしやしたぜ!」


「もっと褒めていいんだよ。ところでアトム、あと何回『マジックボム』撃てる?」


「6、7回でやすかね」


 マジックポイント回復の薬草である魔法の葉を何枚か採取したけど、できれば換金したいしな。


「宝箱まではなるべく戦闘避けよう」


「「了解!」」


 その後、2回ほど魔物に絡まれ戦闘になったが、無事肉をゲットした。

 ウツツに言われたほど洞窟コウモリ逃げないな?


「こっちのレベルが高いと逃げるみたいですよ」


「野郎、舐めくさっていやがるのか!」


「怒らない怒らない。自分が食卓に並ぶことさえ理解しないで向かってくるんだから、可愛いもんじゃないの」


 アトムがうへえという失礼な顔をした。


 3人ともレベルが4に上がった。

 クララが状態異常解除の白魔法『キュア』を覚えたので、こっちの打てる手も多くなったよ。

 具体的には毒持ちの殺人蜂と戦う選択肢が増えた。


 道中アトムに聞いたら、ここは大陸のかなり西方、もともとドワーフの集落があったところの近くなんだそうだ。

 考えてみればドーラって広いよなあ。

 ノーマル人の居住域なんて、レイノスを中心とするほんの一部に過ぎない。


 お、ウツツと宝箱だ。

 えらく立派な宝箱だな?


「闇を纏う洞窟の深奥に辿り着きし勇者たちよ、その宝箱は豪胆なる貴公らのものだ。さあ、開けるがいい!」


 やだ、ウツツってこういう子だったの?

 仲間にならない?


「クララ、宝箱から何か感じる?」


「内部から魔力を感じます。箱自体からは……おそらくないです」


 灰の民の元冒険者コモさんに教わったなあ。

 こういう無造作に転がった宝箱は、罠であることを当然考えなくちゃいけない。

 しかし、どうやら魔力作動のトラップではなさそうだ。


「ウツツ、この宝箱は昔からあるの?」


 ウツツは頷いて答える。


「僕が初めてここに来たのは20年ほど前になりますが、その時既にありました」


「姐御、箱は金属と木でできてやす。間違いねえ」


 剛石の精霊アトムは材質に強いのか。

 やるじゃん。

 とすると、ミミックのように宝箱自体が魔物というわけでもない。

 可能性があるとすれば物理トラップか、それとも悪魔やゴーストなど精神系の魔物が封じられているケースくらいか?


 でもあたしは思うのだ。

 この宝箱の穏やかで美しい意匠と精密な細工、職人が愛情を持って製造したに違いない。

 これが罠なんてことがあるだろうか?


「あたしが開ける。あなた達は下がって、万一のときはフォローよろしく」


「「「はい」」」


 留め金を外し、蓋を開ける。

 やはり罠はない。

 そこには……。


「盾があるよ。おーい、もういいから、皆おいで」


 3人の精霊が寄ってきて、箱の内部を覗き込む。

 青く美しい盾を見て、誰ともなくため息がこぼれる。


「見るからにカッコいいよ。相当、上物なんだろうねえ」


「ヒットポイント自動回復がついているようです。魔法の盾ですよ、これ」


 ドワーフの傑作なんだろう。

 でも残念なことに、あたし達に盾は要らないんだよなあ。

 まあ戦利品だからもらっていくけど。

 苦笑しながらその盾を持ち上げると、何かが落ちた。


「パワーカードだ! 2枚もありやすぜ」


「やたっ! ラッキーじゃん!」

 

 しかも防御力・回避率が上がる『シールド』と、魔法防御が上がって毒・暗闇耐性及び少しだがヒットポイント自動回復のある『厄除け人形』。

 今一番必要な防御用のやつだ。


「じゃあこの2枚はアトムが装備して。フォーメーション変えるよ。前衛トップに盾役でアトム、トップ下にあたしで、クララが引き気味後衛なのは同じね。アトム、今度は『マジックボム』は温存して、なるべく通常攻撃してみて」


「わかりやした」


「よーし、これでもう少し戦ってみようか」


 まだまだ戦闘経験が足りないので、いろいろ試してみたいのだ。

 殺人蜂を含んだ3匹編成の魔物などとも戦ってみたが、手応えあり。

 十分イケるな。


 10回ほど戦い、回復役クララのヒットポイントが少なくなってきたところで、先ほどの宝箱の場所に戻ってきた。

 火を起こし、絶品と聞いた洞窟コウモリの肉を炙り焼き、ウツツを含めた皆で賞味する。


「う、うまひ……」


 何だこれ?

 脂身が少なく、肉自体が甘くていい匂いがする。

 歯ごたえはあっても筋っぽくはなく、噛めばくしゃっと潰れて食べやすい。

 塩でも美味しいけど、例のけちゃっぷやまよねえずをつけて食べたら絶対間違いないわ。


「洞窟コウモリは気が荒いので襲ってきますけど、肉食じゃなくて花の蜜とか吸ってるらしいですよ。だから美味しいのかもしれません」


 さすがクララ。

 村の図書室の『魔物図説一覧』を一字一句覚えてる子。


「この洞窟、造りと宝箱はドワーフっぽかったね」


「そうでやすね。パワーカードを2枚も手に入れることができたのは、大収穫ですぜ」


「それな。お肉も狩れるから、また来たいなあ」


 おそらく盾の方がうんと値打ちものではあるんだろうけど、あたし達は使わないしな。


「やーごちそうさまっ! お腹も大変満足しております。今日は帰ろう」


 ウツツに別れを告げ、転移の玉を起動、アトムを連れて帰宅する。

 ウツツはしばらくこの洞窟にいるそうなので、いずれまた会う機会もあるだろう。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 そうだった、2つ目のクエスト完了か。

 あ、またレベル上がった。


          ◇


 帰宅後、皆で今後の方針を決める。


「明日チュートリアルルーム行って、2つ目のクエストクリア&アトムが仲間に加わったことの報告をダシにしてパーティーね。肉持ってくから、クララは洞窟コウモリ捌いておいて」


「わかりました」


「アトムは干し藁運んでベッド作ろう。後でクララがシーツ出してくれるから」


「わかりやした」


 こういう時、家が広いのは都合がいいな。

 倉庫という名の空き部屋を1つ、アトムに提供する。


「あたしは明日お邪魔するって伝えてくるね」


「行ってらっしゃい」「行ってらっせい」


 転送魔法陣からチュートリアルルームへ飛ぶ。

 仲間が増えてパワーカードも手に入れた。

 冒険者としての見通しがすごく明るくなったことを、バエちゃんに伝えたい。


 フイィィーンシュパパパッ。

 あれ、今日は様子が違う?

 ああ、テストモンスターと誰かが戦っているね。

 少年のようだ、おそらく新人さんだろう。

 あたしにも後輩ができるのか。


 試闘を心配そうに見守っているバエちゃんが声をかけてくる。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「今日はお客さんがいるんだ?」


「ええ、ユーちゃんより3日後輩の新人冒険者よ」


「大変だ! 先輩面をマスターしないと」


 アハハと笑い合う。


「何で今テストモンスターと戦ってるの?」


 3日後輩ってことは、スライムクエストの日か。

 魔物との戦闘を経験し、知識も増えたが、不安も大きくなった日だった。

 バエちゃんがチラチラ少年の戦いぶりを見ながら答える。


「あの子、1つめのクエストがうまくいかなくてね。もう一度テストモンスターで練習させてくれって」


「真面目か」


 ということはあたしと同じ、ずぶの素人か。

 わかりみ深し。

 初めはうまくやっていけるか、判断基準がないもんなあ。


 あたしも要領わかんなくて無我夢中だったぞ?

 半分はバエちゃんのせいだったが。 


「ユーちゃんはどう? 2つ目のクエスト入ったでしょ?」


「うん、うまくいった。仲間増えたんだよ。すっごく美味しい肉手に入ったから、紹介がてら明日来ていい?」


「やたっ! 美味い肉だ!」


 いいか悪いか返事してから喜べよ。


 テストモンスターを倒した少年が、軽く肩で息をしながらこちらを向く。

 背の高さはあたしと同じくらい。

 無骨な皮の胸当てを装備しているが、可愛い雰囲気の金髪男子だ。


「新人剣士のソール君よ。こちらはソール君より3日先輩のユーラシアさん」


「初めまして」


「こちらこそ」


 握手を交わしたところでバエちゃんが言う。


「ユーちゃんはすごいのよ。戦闘にも武術にも何の心得もなかったけど、もう2つ目のクエストクリアして2人の仲間とパーティー組んでるの」


「も、もうですか? 才能があるんですね……」


 ソル君が憮然とした顔で言う。

 違うよ、運がいいだけなんだよ。

 あたしだってまだまだ悩みだらけだわ。


「戦士系の初心者は初期で脱落しちゃうこと多いのよ。ほら、戦士系は装備による補正が最も大きいじゃない? 強い武器持ったら強い、みたいな。『アトラスの冒険者』のシステムだと、初めに供与する装備品の価格は平等と決まってるから、どうしても不利なのよね」


 いや、ダメージソースを持たない後衛の回復系とか支援系だと、きっともっと難しいぞ?

 それともそういう新人には、違う形のクエストが配られるんだろうか?


 要するにド素人が苦しいのだ。

 経験者なら自分の装備品持ってるだろうから、供与される装備品も足りないやつもらえばいいし。

 あたしにはクララがいたけど、ソル君の場合は未経験者でかつ1人だしな。 


「ユーラシアさんの職種は何ですか?」


「あたしの職種? 何だろ、精霊使い?」


「精霊使い、とは?」


「精霊しか仲間にできない、人生ハードモードの業を背負った職業よ。他には何も取り柄がないの」


 おい、言い方。

 あたしは精霊しか仲間にできないわけじゃない。

 精霊しか仲間にする気がないだけだよ。


「ということは、パーティーメンバーは2人とも精霊ですか。それも貴重な……」


「もっともユーちゃんは『発気術』の固有能力も持っているから、レベルさえ上がれば強いスキル覚えるはずだけどね」


 ますますソル君が暗くなっていく。


「ねえ、ユーちゃん。ソール君超レアの固有能力持ちなのよ。とっても真剣に取り組んでくれてるいい子だし、こんなところで脱落されちゃ困るの。何とかならない?」


「あたしだって素人に毛が生えたようなもんなのに、無茶言うなあ。ところでソル君の超レア固有能力って何なの?」


 他人の固有能力って興味あるな。

 あたしの『精霊使い』も超レアって言われたけど。


「『スキルハッカー』。アクティブスキルなら何でも覚えられるの。魔法でもバトルスキルでも」


「え、何でも? めっちゃヤバくない?」


「全部で12個までっていう制限があって、汎用スキルもその中に入っちゃう。それから、教える側が了承してないと覚えられないけど。条件さえ整えば魔物のスキルでも身につけることができるはず」


 いやいや、十分チートですがな。

 初期で落伍していい人材じゃないのは理解したよ。


「ソル君、あなたが最強です」


「だ、だけど今のオレは……」


「ソル君、何歳?」


「え? 14歳です」


 ふーん、あたしの1つ下か。


「まだまだ身体も大きくなるはずだし、自然に強くなるよ。焦ることないと思う」


「……」


「なんて言って欲しいわけじゃないんでしょ?」


「え?」


 不安げなソル君とバエちゃんを交互に見て、ニヤッとする。


「ユーちゃん、何とかなりそうなの?」


「なるよ」


「ど、どうやって……」


「すぐ戻るから、ちょっと待ってて!」


 転移の玉を起動し、我が家に戻る。


「あ、姐御、お帰りなさいやし」


「いや、まだなんだ。もう1回行ってくる!」


 さっき宝箱から手に入れた青い盾を引っ掴んで、再び転送魔法陣に立つ。

 フイィィーンシュパパパッ。


「ただいまっ! これあげる」


「こ、これは?」


「いい盾!」


 装備が貧弱だから勝てないのだ。

 つまりこの盾があれば勝てる!


 食い入るように見つめていたバエちゃんが呻く。


「……防御力+20%、回避率+20%、ヒットポイント自動回復10%、クリティカル無効、即死無効。上級冒険者でもそうそう持ってないようなものすごい盾じゃない! どうしたの、これ?」


 バエちゃん見ただけでそんな細かい性能までわかるんだ?

 単なる天然ポンコツ赤目ハゲじゃなかったよ。


「さっきのクエストで手に入れたの。うちのパーティーには要らないものだから、ソル君使って」


「こ、これほどの盾を要らないって……」


「うちのパーティー、誰もこれ装備できないんだ」


「どういうことです?」


 説明を求めるように、あたしとバエちゃんを見るソル君。

 あー混乱してるんだろうなあ。

 バエちゃんよろしく。


「ソール君、あのね? 実体を持たない精霊って、普通の武器防具は装備できないの。『パワーカード』っていう特殊な装備品じゃないと。で、精霊使いであるユーちゃんもパワーカードを使ってるから、普通の武器防具は必要ないの」


「いや、だからって……」


 ソル君の肩をポンと叩く。


「今日、ソル君は運が良かったんだよ。だから最初の一歩を踏み出せる盾を手に入れた。そしてあたしも運が良かった。将来の大物に会えたからね」


 ソル君の泣きそうな目を直に見ながら言った。

 ソル君は深々と頭を下げる。


「ありがとうございます! 大事に使わせていただきます」


「ねえ、ユーちゃん、その盾に名前つけてあげなさいよ」


「ぜひ、お願いします!」


 ええ? 何だよ、恥ずかしいなあ。

 じゃあ……。


「『湖の騎士の盾』。地底湖で手に入れたから」


 騎士と岸のシャレであることは言わない。

 野暮だもんな。


「湖の騎士……伝説の最強騎士……。ありがとうございます。この盾に恥じぬよう、頑張ります!」


 おいおい、道具はあくまで道具だからね?


「それはそれとして、スキルはどうする? 覚えたければ教えるけど」


 今あたしが使えるのは、『ハヤブサ斬り』と今日覚えたばかりの『鹿威し』の2つ。

 

 『ハヤブサ斬り』は連続で通常攻撃を浴びせるバトルスキルだ。

 ただしクリティカルは出ない。

 使用するマジックポイントが少量なので、前回のクエストでは大活躍した。


 『鹿威し』はザコ魔物を驚かせて逃げ散らすバトルスキル。

 子供の頃から柵の向こうの魔物を驚かすのが趣味だったので、何でこんなもんが今更習得扱いになるんだと思ったら、速度補正がついてた。

 つまり戦闘の初っ端に効果が発揮されて、敵を追い払える可能性が高いということだ。


「ここはソル君の考え方とセンスが問われる場面だよ。12種限定だから、後で強い技を覚えたいというのもアリ、序盤から使える便利なスキルを取るのもアリ」


 そして金髪美少年が悩む姿を見つめるのは大いにアリだ。

 これが役得か。

 わざわざ口には出さないけど。


「『ハヤブサ斬り』の使い勝手はどうですか?」


 うん、覚えるならそっちだね。

 『鹿威し』じゃ消極的過ぎる。


「コスト小さいのにダメージ倍になる技だからね、使い勝手はいいよ。というか、今じゃ通常攻撃の代わりにほとんどこっち使ってる。あたしが魔法使えないせいもあるけど」


 どう判断する?

 正直ずっと使えるスキルだと思うが、将来的に自分が回復も担うつもりならやめといた方がいいかも。


「イシンバエワさんはどうお考えです?」


 満点だ。

 違った角度からの意見も重要だもんな。


「『鹿威し』は要らないと思う。確かに戦いたくない敵に会った時、数減らしたり戦闘回避したりするのに有用でしょうけど、使える場面は限定的でしょうね。『ハヤブサ斬り』は考慮の対象にしていいんじゃないかしら。序盤で使えるのはユーちゃんが実証してるし、強敵相手でも大技の繋ぎに撃てるわ。マジックポイント自動回復装備でも手に入れたら、実質ノーコストですし。会心頻発武器をメインにした時に得できない、くらいしかデメリットを思いつかないわ。ただし、12個しかないスキル枠の1つを埋める価値があるかどうかは、ソール君が決めなければいけないことよ」


「決めました。『ハヤブサ斬り』教えてください」


 ソル君やるじゃないか。

 あたしがソル君の立場なら即決できないよ。

 有能だなあ。


「えーと、スキルを教えるにはどうしたらいいのかな?」


「もう教える意思も教わる意思も明らかだから、ユーちゃんがやって見せるだけでいいわ」


「わかった。じゃ、いくよ」


 カードを起動し、ハヤブサ斬りっ!

 どう? 格好いい?


「それがパワーカードなんですね」


「面白いでしょ?」


 そっちに食いつきましたか。

 珍しいもんな。


「オーケーよ。ソール君、もう『ハヤブサ斬り』使える感覚あるでしょ?」


「はい。一度撃ってみます」


 剣を抜いてハヤブサ斬りっ!

 うむ、見事。

 免許皆伝といたそう。


「はい、ここでソル君にインタビューでーす。スキル取得、おめでとうございます!」


「ありがとうございます」


「『ハヤブサ斬り』を覚えようと思った、決め手は何でしたか?」


「あ、いや、ユーラシアさんもイシンバエワさんも『ハヤブサ斬り』取得に肯定的なニュアンスだったんで……。ぶっちゃけオレじゃ判断つかないですから、お2人の慧眼に乗っかりました」


「何だ、ただの有能オブ有能か」


「萌える思い身体中で感じてぇええええ!」


 おい、高速クネクネやめろ。

 ソル君の目、あれはけったいなものを見る目だ。


「あと冒険者として問題があるとすると……」


「年齢だよねえ。こればっかりはどうしようもない」


 わけがわからないよ、という顔をするソル君。

 いや、考えてみ?

 ソロは厳しいから仲間が欲しいでしょ?

 でも経験の少ない14歳のパーティーリーダーにメンバーが従うか?


「で、でもユーラシアさんだって若いですよね?」


「ユーちゃんは15歳だけど別格よ。姉御肌だし、固有能力『精霊使い』は配下の精霊に対して絶対的な支配力があるし、それに姉御肌だもの」


 姉御肌2回も言うから、ソル君が畏敬の目でこっち見てるじゃないか。


「ソロで実績挙げてれば、自然に仲間になりたい人も出てくるでしょ」


「そうね。何ならお試しで組んで、グッドなら継続でいいんだし。ドリフターズギルドできっと出会いがあるわよ」


「ええ、メンバー選定は急がないことにします」


 ソル君、晴れやかな顔になってるじゃないか。

 頑張れよ。


「ドリフターズギルドって、あたしもよく知らないんだ。詳しく教えてよ」


 前にチラッとゲレゲレさんに聞いたやつだ。

 バエちゃんにも聞こうと思ってて忘れてたよ。


「『アトラスの冒険者』達の、情報交換や知識の伝達が行われているところよ。食堂やお店、依頼を請けられる受付があったりするわ。武器やスキルの研究をしてる人もいるらしいけど、実はチュートリアルルームとはあまり交流がないのよね」


 ふーむ。

 おそらくチュートリアルルームは運営側、バエちゃん達の世界の出先機関で、ギルドはこっちの世界の冒険者寄りなんだろう。

 だからあまり行き来がないと見た。


「へー、面白そうだね」


「ユーちゃんはもう1つクエストを終えると行けると思うわ」


 そうなのか、もうすぐじゃん。

 楽しみだな。


「今日は本当にありがとうございました。オレ行きます」


「クエストはベストな体調で臨むもの。今日はゆっくり休みなよ?」


 ばつが悪そうな顔になった。

 やはり今からクエストに行く気だったな。


「お2人には世話になったんで、何かお礼がしたいんですが」


「私、お肉がいい」


「ソル君が世界に名だたる勇者になった時、ユーラシアさんには世話になったんだって、あちこちで吹聴してよ。鼻が高いからさ」


「ユーちゃんズルい、それ格好いいじゃない!」


 アハハと笑って解散になった。

 バエちゃん、明日はうちの新入り連れてくるからね。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ユー様、お帰りなさい」


「随分ゆっくりでやしたね」


 すぐにスープが食卓に上る。

 ダンジョンでかなり肉を食したので、夜は軽く腹を満たすだけの食事だ。

 手に入れた防御力アップの堅草入り、効果があることを祈ろう。


「うん、新しく冒険者になった子がいてね、クエストうまくいかなくて悩んでたから、さっき手に入れた盾あげてきた」


「喜んでたでしょう?」


「姐御のそういう気前のいいとこ、好きですぜ」


「よせやい」


 戦士系は装備が揃わないソロだと序盤厳しいという、ソル君の例を話したら、アトムが大いに賛同してくれた。


「ああ、もっともな話で。しかし姐御、そのボウズは恵まれてやすぜ。勝てなかったところから勝てる喜びを知るんでやすから」


「おっ、それは相当格好いいセリフだね」


 アトムの言う通りかもしれないな。

 最初順調で後から高い壁にぶつかるより、挫折を知る分強く、心折れないに違いない。

 最初から最後まで、面白おかしくやれるのが最高だけど。


「明日昼に灰の民の村、夕方にバエちゃんとこ行きます」


 人間ですかい、とアトムが難色を示す。

 でも皆精霊親和性高いですよ、私でも喋れるくらいですよとクララが説得して、そんならまあと納得してくれた。

 良かった良かった。

 バエちゃんとこ行きづらくなると、冒険に支障をきたすしな。

 精霊慣れしてる灰の民の村は問題ないだろうけど。


          ◇


 翌日、灰の民の村へ足を運んだ。

 採取した薬草の類の換金、アトムを村の皆に紹介すること、2つの大きな目的のためだ。


 素材の換金はやめておく。

 スライム爺さんの言うことには、新しいパワーカードを作ってもらうためには素材が必要なようだから。


「万能薬2つと蘇生薬1つちょうだい」


 万能薬は基本状態異常を治療する薬だ。

 クララが同じく治療用の白魔法『キュア』を使えるようになったが、今後嫌らしい魔物の攻撃も増えそうだから一応買っておく。

 戦闘不能状態から回復できる蘇生薬も念のため。


「はいよ。そっちの頑丈そうな眉毛の精霊は初めてだねえ。ユーラシアのとこの新入りかい?」


「うす。あっしはアトムっつうケチな野郎でごぜえやす。お見知りおきを」


「あはは、愉快な子だねえ。よろしくね」


 うんうん、いいね。


「この村は不思議なところだなあ。嫌な人間がいねえ」


「灰の民の村は、ノーマル人と精霊が共生する場ですから」


 アトムもこの村を気に入ってくれたようだ。

 時々来ることになるから、皆と知り合いになっておこうね。


 最後にクララの希望で図書室に寄る。


「おーい、アレク!」


「ユー様、図書室は静かにですよ」


 といってもアレクしかいないし。

 アレクは族長デス爺の孫で本の虫だ。

 栗毛のキノコ髪で、魔法使いみたいなケープをいつも着ている。


「アレクさん、この本、図書室に置いといてくださいな」


 バエちゃんにもらった本の内の1冊『魔法スキル大全』だ。

 その本もう覚えちゃったのかよ?

 さすがクララ。


「ありがとう、クララ。これどうしたの?」


「最近、ユー様と冒険者をしておりまして、譲ってもらえる機会があったんです」


「冒険者?」


 アレクは目を真ん丸にしている。


「ユー姉がそんな自分にピッタリの仕事をしてるなんて」


「おいこら」


「もっと意表を突く生き様を見せてくれるのかと思ってたよ」


「あたしを何だと思ってるんだ。そんな意地悪なこと言うと、アレクサンドロス・ライムにしてやらんぞ?」


「いやーん、アレク困っちゃう」


 アハハと笑い合うあたしとアレクを前にしたアトムが、困惑してクララに話しかけている。


「お、おい、姐御とあのボンはそういう関係なのか?」


「いえ、あれはユー様の、嫁にもらってやらんぞという定番のギャグなのです」


「え、嫁?」


 ますます混乱するアトムに、アレクが話しかける。


「そちらの方は初めてですね。アレクと申します。よろしく」


 アレクはぺこりと頭を下げる。


「あ? ああ、あっしは剛石の精霊アトム、ユーラシア組で世話になっていやす」


 ユーラシア組ゆーな。


「アトムはなかなか頑丈で強いよ。盾役任せられるんだ」


「クララはヒーラーだよね。じゃあユー姉は何やってるの? 芸人枠?」


「王女役かな」


「我が儘だもんねえ」


「こら」


 再びアハハと笑い合うあたしらを見て、アトムがポツリと漏らした。


「……ようやくあのノリがわかってきたぜ」


 クララが苦笑する。


「この前コモさんに聞いたんだけど、逃亡計画があるんだって? サイナスさんに責任全て押し付けて西へ逃げるとか」


「アハハッ、サイナスさんはともかく、移住計画があるのは本当だよ」


「あんたは行くの? じっちゃんは移住するんでしょ?」


 アレクは首を振る。


「いや、ボクは西よりもレイノスの方に興味があるかな……」


「そもそも何で急にこんな話出てきたの?」


「急じゃないんだ。ほら、カラーズはいがみ合いが激しくて発展が妨げられてるでしょ? お爺様はかなり昔から移住を模索してたんだよ」


 ふうん?

 表向きの理由はそれでいいけど、腑に落ちないんだよね。


「何か裏があるんでしょ?」


「ユー姉は鋭いな。さすが裏のある女」


「褒めなくていいから。あんたの掴んでいる情報教えて」


 コモさんは多分何か知ってるけど、教えてくれる気なかったしな。


「褒めてないんだけど……いや、ボクにもお爺様は何も教えてくれないんだ。ただ最近、パラキアスさんが村に時々来る」


「パラキアスさんが?」


 その浅黒い肌から『黒き先導者』と呼ばれる、ドーラ大陸きっての有力者だ。

 どこまで本当か知らないが、エルフとドワーフの争いを仲裁したのイビルドラゴンを倒したのという伝説持ち。

 一般にはドーラ独立派と目されている。

 しかし帝国皇帝の代理人たるドーラ総督に近い面々とも親しく、バランサーとしての役割を最も期待されている人物でもある。


「移住計画が現実味を帯びたところでパラキアスさんが来る。ユー姉どう思う?」


「うーん、関係はあるんだろうけど?」


 『黒き先導者』殿の影響力が物を言うのは、あくまで帝国の直轄地レイノスにおいてだろう。

 事実上の自治地域であるここカラーズでは、知名度ほどの影響力なんてないはず。


「そういや移住についてコモさんが『族長は、今だから大丈夫だと言ってた』って話してたっけ」


「……それだけじゃなんとも言えないね」


 うむ、情報が少な過ぎる。


「ユー姉は冒険者なんだから、出先でそれに関すること聞くかもしれないでしょ? 何かわかったら知らせてよ」


「ん。それにしても、あんたは魔法だけ研究してればいいのに、昔から陰謀論みたいの大好きだよね」


「お互い様。余計なことに首突っ込みたがる性格はよく知ってるよ」


 三度笑い合いアレクと別れた。

 軽食を取り村を後にする。

 キノコ採って帰るか。


          ◇


「あーはっはっ! アトム君、イケる口ねえ」


「あっしあ、酒ってもんは初めてでやすが、これは美味し。へへへへ、おっ、バエの姉貴、グラスが空でやすぜ。注ぎやしょう」


「あーありがとー」


 予定通り、チュートリアルルームに御飯を食べに来た。

 洞窟コウモリの肉パーティーのはずだったのに、2人で酒盛り始めてる。

 何だよアトム、あんたブツクサ言ってたくせに、すげえ馴染んでるじゃないかよ。


「お肉とキノコ焼けましたよー」


「あっ、クララちゃんありがとっ!」


「「「いただきます」」」


 そーか、バエちゃんは飲兵衛だったのか。

 あたしとクララ相手だったから自粛してただけなんだな?


「あっ、美味しい! 何この肉、甘い香りがする!」


「でやしょう? 洞窟コウモリは花の蜜とか吸ってるらしいって、クララが言ってやしたぜ」


「え~クララちゃん、魔物に詳しいの?」


「本で見知ってるだけですよ」


 クララとアトムの2人になったからか、バエちゃんの『精霊さん』呼びは名前呼びに変わった。

 おかげでバエちゃんとクララの距離がまた近くなったようだ。

 アトムよ、あんたは最初からゼロ距離だけどな。


「バエちゃんってさ、うちの子達と割と抵抗なく喋れるよね。精霊親和性がかなり高いってことなの?」


「うん。だからチュートリアルルーム係員に抜擢されたの」


「へー。『アトラスの冒険者』って精霊の関係者もいるんだ?」


「そうじゃなくて、『精霊使い』のユーちゃんが『アトラスの冒険者』候補になったから」


 え? ええええええええっ?

 あたし1人のために?


「そーなの?」


「そーなの」


「……あたしの未だ目覚めぬ漆黒の潜在能力が、『アトラスの冒険者』運営本部を震撼させてしまったのか」


「それだけ精霊使いは貴重なのよ。もっとも私がこの仕事に仕事に就いた当時は、まだユーちゃんが『アトラスの冒険者』になることは決定してなかったけど」


 ギャグがギャグにならないほどヤバい。

 あたしに何をさせようってゆーんだ。

 面倒なことは大嫌いだぞ?


「え? 面倒なことはないと思うけど」


 バエちゃんが肉にけちゃっぷを塗りながら言う。


「私1人で窓口が務まるんだもん、『アトラスの冒険者』の規模なんて大きくないし。たまたまシスター・テレサが結婚したいんです辞めさせてくださいって上層部に泣きついたから、どうせなら精霊親和性高い職員の方が業務がスムーズに運ぶだろうって、私が後任になっただけだと思うの」


「何だ、そーゆーことか」


 驚いて損した。


「シスター・テレサは結婚間際のお相手がいるんだ?」


「それがいないの。だから上の人も哀れに思ったらしくて、すぐに希望が通ったって聞いた」


「うん、まあそうだろうとは思ったけど」


「ユーちゃん、ひどーい」


 アハハと笑い合う。

 希望がすぐ通ったのは、単にシスター・テレサの勤続年数が長かったからだと思うけどね。

 噂話は面白く聞こえる方に転がるもんだ。


「ユーちゃんとソール君が話題になってたのは本当よ? でもそれは、レアな固有能力持ってるなーってことで。特にユーちゃんは3個の能力持ちだし、ソール君はすっごく実用的な能力でしょう?」


「あ、そういえばソル君どうしたかな?」


 昨日の金髪の後輩を思い出す。


「さっき1つ目のクエスト完了しましたって、嬉しそうに報告しに来たわよ。ユーちゃんにもよろしくって」


「そうか、よかった。あたしなんてすぐ追い抜かれちゃうんだろうなー」


「いやいや、ユーちゃんも期待の超新星だから」


 あたしはクエストが面白いし、経験積むとやれることが増えるから。

 ついでにお金も儲かるし食卓も潤うからやってるだけだ。

 『アトラスの冒険者』に賛同してるわけでも忠実なわけでもないんだよなあ。


「コウモリ肉をアテに酒を飲む。くうっ、止められんな」


 先ほどから1人で酒ビン抱えてるアトム。

 あれ? こいつどんだけ飲んでるんだ?


「ちょっとアトム、随分ご機嫌じゃない?」


「上機嫌ですぜ、姐御。最高の夜だぜい」


「いや、酔ってるんじゃないかって言ってるんだけど……」


 よく見ると頭揺れてるし、目の焦点が合ってない。

 ベロベロじゃねーか。

 あっ、こら寝るんじゃないよ。


「ごめん、バエちゃん。ボチボチ帰るわ」


 ゴーゴーいびきをかき始めたアトムを背負い、クララに転移の玉を起動するよう頼む。


「……どうやら起動しないようです」


「あっ、それ『アトラスの冒険者』に登録されてる人じゃないと起動しないの。登録されてるのはユーちゃんだから……」


 めんどくせーな、おい。

 かと言ってクララに背負わせるわけにもいかない。

 何故なら、いたいけな少女然としたクララにごつい労働者風のアトムが覆い被さるのは、絵面にあたしが耐えられん。

 アトムをおんぶしたまま、何とか転移の玉を起動する。


「じゃーねー」


「また来てね。きっとよ」


 また新しい『地図の石板』が海岸に届くはずだ。

 転送魔法陣が増えること、それすなわち行動範囲が大きくなることなので、あたしとしては嬉しい。

 でもうしさんが遠ざかるから、クララは悲しいのかなあ?


          ◇


「ひょーっ、いい風だぜ」 


 2日後、あたしはアトムを連れて海岸に来ていた。

 昨日はどうしたって?

 誰かさんが二日酔いで使い物にならなかったんだよ。


「姐御、海で何を?」


「うん、素材とかを拾う。今のところこれらとクエストで得たアイテムの換金しか、あたし達におゼゼを得る手段はないからね」


「おお、なるほど」


 アトムにはお金とおゼゼと金銭の重要さを叩き込んでおかねばならぬ。

 もう3ヶ月もすると冬本番だ。

 いくらこのあたりが温暖だといっても、今ほど野草や貝が手に入るわけもない。

 保存食と蓄えたおゼゼで冬を越さねばならぬのだ。


「海藻も少しあるな。取っていこう」


「姐御、これ何でやすかね?」


「あ、『地図の石板』だ。貸してみそ?」


 あたしがそれを受け取ると、最早お馴染みの地鳴りがする。


「な、何だ?」


「『アトラスの冒険者』が『地図の石板』を手に入れると、次の転送魔法陣が設置されるんだよ」


「……ってえことは?」


「新たな冒険の幕開けってことさ!」


「うおおおお! 腕が鳴るぜっ! 姐御、帰りやしょう」


「テンション最高潮のとこ悪いけど、貝拾って野草摘んでからだよ」


 帰宅して貝の下処理をクララに任せ、アトムと海藻を洗って干す。


「こうして天日で干して、表面乾いたところで陰干しすれば、一冬くらい余裕で保存できるからね」


「へい、わかりやした」


 クララの方も用意できたようだ。

 アトムにも4つポケットの上着を着せ、ナップザックを背負って魔法陣の区画へ行く。

 うん、やはり今までの転送魔法陣の延長上に新しいやつが設置されているぞ。


 新たな魔法陣の中央に立つ。

 強まる魔法陣の光、フイィィーンという音と同時に、あの事務的な声が響く。


『アルアの家に転送いたします。よろしいですか?』


 家? 個人宅?


「ねえ、転送魔法陣さん。アルアさんっていう人の家、なのかな?」


『そうです』


 ほー、これくらいの質問には答えてくれるんだ。


「転送よろしく」


 シュパパパッ。

 平衡感覚が戻ってきて足が重力を感じる。

 辺りを見回すと確かに家の中。

 屋内に転送かよ?


「この乱暴な訪問、『アトラスの冒険者』の関係者だね?」


 声のする方を見ると小柄な女性がいる。

 アトムをもっと茶に寄せた肌の色、黒い目と黒い髪、大きな口、刻まれたしわ。

 ドワーフの老女か?


「ご、ごめんなさい。まさかいきなり家の中に転送されるとは思わなかったので」


「いや、いいんだ。外には魔物がいるからね、転移先座標をそこにしてるのさ。まあいい、立ち話もなんだ、座りなさい」


 大きなテーブルに備えられた椅子を勧められる。

 そこで初めてクララとアトムが人間でないことに気付いたようだ。


「精霊連れ? ギルドの人間じゃなくて、冒険者なのかい?」


「はい」


「おやまあ、精霊使いなんぞ初めてだわさ」


 かかかと乾いた声で笑う。


「あなたは、その、ドワーフなのですか?」


「ん、ギルドで聞かなかったのかい? アタシゃ土と岩の民のアルア、アンタらがドワーフと呼ぶ種族さ。研究と製作のため、ここに住んでいる」


「何の研究ですか?」


「何も聞いてないんだね。ひょっとしてギルドからじゃなくて、直接地図の石板から来たのかい?」


「そうなんです」


「ということは、まだギルドも行ったことがない?」


「はい」


 アルアさんは驚いたように目を見開く。


「おやまあ。2人も精霊を連れてるのに、ギルドもこれからの初級者ときたか。そりゃ大したもんだ」


 あたしを興味深そうな目で見つめ、続けた。


「そういやアタシの研究対象をまだ言ってなかったね。アンタ達も絶対食いつくものさ」


「何でしょう?」


「ヘプタシステマ。パワーカード欲しいんだろ?」


「欲しい! ちょうだい!」


「何だい、いきなり遠慮がないね」


 ラッキー!

 こんなに早くパワーカード製作者に会えるとは。


「気に入った。作ってやろう」


「やたっ! パワーカード揃えるのが大変で困ってたんですよ」


「おや、アンタはノーマル人だろ? 精霊に合わせてヘプタシステマなのかい?」


「あたしは元々精霊と縁のある一族なんです。昔から家に伝わってたカードを使っていて、慣れているもんですから」


「ああ、カラーズ灰の民かい。それにしても、昔から家にパワーカードが伝わっていた?」


 アルアさんは目を細めた。


「そうかい、そりゃ都合がいいね。で、パワーカード制作の条件だが、素材を調達してアタシのところに持って来なさい。通常の買い取り価格で引き取った上、素材1個につき1ポイントやろう。これはカードと交換するためのポイントさ。カードごとに交換レートがあるから、それに達したら引き換えてやろう」


 素材取っておいて良かった。


「素材1個で1ポイント……ということは、ありふれた素材でも数集めたほうが得ということですか?」


「そういう一面もあるが、ありふれた素材だけではありふれたカードしか作れんよ? 様々なカードが欲しければ様々な素材を、だね」


「ということは、レア素材を手に入れたら……?」


「かかかっ、面白さがわかってきたか?」


 満足げにあたし達を見つめる。


「これでアタシからの話は仕舞いさ。おっと、『アトラスの冒険者』にはクエストが必要だね。じゃあ、一番交換ポイントの少ないカードである『逃げ足サンダル』を入手できたら完了としよう」


 『逃げ足サンダル』は敏捷性と回避率がアップし、装備時に戦闘中必ず逃亡が成功するスキル『煙玉』が使えるそうな。

 前衛でも後衛でも良さそうなカードだ。


「わかりました。早速、素材を換金してもらっていいですか?」


「よいともさ」


 お金を受け取り、得られたポイントは37。

 『逃げ足サンダル』は50ポイント必要だからちょっと足りないな。


「この家の外は魔物が多く、素材やアイテムも拾えるよ。回復魔法陣を設置してあるので、経験値稼ぎにちょうどいい。本来、ギルドにすら行ったこともないヒヨッコにとってはちと魔物が強いんだが、ここへの転送魔法陣が繋がるならイケるだろ。頑張んな」


「はい、行ってきます。あちらは助手の方ですか? 挨拶してきますね」


 少し離れた作業台で熱心に工具を走らせる人がいる。

 あたしと似た朽葉色の髪の、ノーマル人の男性だ。

 あたしは声をかけてみる。


「こんにちはー」


「やあ、こんにちは。娘さんがこんなところに来るのは珍しいよ」


 男は作業を中断し、こちらに向き直ると、驚いたような声を出した。


「あれ? クララじゃないか。ということは君、ユーラシアか? 大きくなったなあ」


「そこは『美しくなったなあ』でしょ」


 従兄でした。


「コルム兄なの? 6年前に村を飛び出し、とっくに死亡認定されてる?」


「相変わらずだな、君は。その芝居がかったセリフやめろ。というか死亡認定? えっ?」


「いや、それは冗談だけど」


 コルム兄はパワーカードの工房で修行してたのか。


「族長に勧められたんだ。アルア師匠と族長は古くからの知り合いだそうだよ」


「コルム兄が細々したことが好きな根暗だったのは覚えてる」


「ひどいな、君は」


 と言いながら嬉しそうだ。

 マゾなのか?


「まあ他所の人と話す機会もあまりないんでね。それが可愛い従妹のユーラシアであれば、嬉しくもなるさ。ところで君、ここにいるってことは冒険者になったのか。しかも精霊使いでパワーカード装備? 驚きだよ」


 精霊とともに暮らす種族である灰の民は、皆元々精霊親和性が高い。

 しかしそれでも精霊使いの素質を持つ者は稀だそうな。

 つかコルム兄がいた頃から、あたしは精霊使いって言われてたような気がするけどな?


「今、実戦でヘプタシステマ採用してるの、君らだけだろ?」


「そうみたい。でもここへ来て、ようやくパワーカードを手に入れる目処ついたからよかったよ。でもじっちゃんが知ってたなら、相談してみれば良かったな」


「うん、族長の知恵と思慮はどこまで伸びているのか、測りがたい」


 コルム兄は何かを考えるように視線を宙に浮かべる。


「もっとも君だって、遅かれ早かれここには来てたはずだよ。ドリフターズギルドの指定工房の1つだからね。君達まだギルドに行ってないようだが、先に行ってたらここを紹介されてただろう」


「そうなんだ?」


 さっきアルアさんも似たようなこと言ってたな。


「ふーん、ギルドか。いろいろためになりそう。何で『アトラスの冒険者』は、先にギルドの情報なしでクエスト振ってくるんだろ? すごく苦労したんだけど」


「それはちょっとわかるな」


 コルム兄が優しい目でこちらを見る。


「職人の世界でも目で盗めってことがある。嘴の黄色いヒナ鳥じゃないんだ、最初から全部教えてもらうつもりでは冒険者なんか務まらないよ。ある程度の覚悟と経験、それと自己の哲学を備えていないとね」


 自分の命と誇りを賭けている冒険者は、明らかな初心者に足を引っ張られるのを嫌がるだろう。

 自らをある程度のレベルに引き上げた者だけが来い、ということか。


「そーかー、ちょっと考えが足りなかったかな」


「ユーラシアは大人になったね。これ、あげよう」


「これ、パワーカードじゃない! くれるのありがとう愛してる!」


「最後、めっちゃ早口だったな」


 『プチエンジェル』。

 ヒットポイント自動回復2%、マジックポイント自動回復1%、即死無効、防御力低下無効、敏捷性アップ、おまけに蘇生スキルの『天使の鐘』付きか。


「オレのオリジナルのカードだよ。いろんな効果盛り込みすぎて、ピントぼやけたかもだけど」


「まだどういうカードが本当に必要なのか。わかんないんだよね」


「そうだろうな。枚数が必要な段階だろ」


「形見と思って大事にする」


「他人を殺すなよ」


 コルム兄は優しくて親切な人だが、どーもツッコミが弱くて物足りない。


「まだ当分ここで修行するの?」


「どうかな、技術は既に師匠に劣らないと思ってるけど」


 ん? 微妙に話を逸らしたな。

 何かあるのか?


「君のような勘のいい子は嫌いだよ、なんてね。そうだ、ここの外にドリフターズギルドへの転移石碑があるんだ。ギルドへ行く前に、十分レベル上げして薬草をたくさん採取しといた方がいいと思う」


「そうなんだ、ありがとう。素材も必要だし、外で暴れてくる!」


「元気いいなあ」


 蘇生スキルはありがたいなあ。

 『プチエンジェル』をクララに装備させ、いざ出陣。


「ふおおおおお?」


 外に出たあたし達は、アルアさんの家が岸壁に掘られたものだと知りビックリした。

 中結構明るかったぞ?

 どうやってるのか知らないが、明り取り用の窓穴がたくさん開けられていたのだ。

 ドワーフの石工技術すげえな。


「さて、素材集めて『逃げ足サンダル』用の交換ポイントを得るのが最優先だね」


 頷くクララとアトム。

 先にギルドへ行って情報を得る手もアリな気はするが、クエスト残したままというのも気が進まない。

 パワーカード手に入れるチャンスだしな。


 せっかく回復魔法陣があるのだ。

 地道に魔物を倒して経験値稼いで素材を採取して……待てよ、素材?


「ねえクララ。スライム爺さんが確か、『スライムスキン』卸値で売ってくれるって言ってたよね?」


「はい、あっ!」


 クララも気付いたらしい。

 そう、『スライムスキン』は素材の一種なのだ。

 爺さんのところで『スライムスキン』を卸値で仕入れ、アルアさんに同額で売ったなら、ノーコストノーリスクで交換ポイントを無限増殖できるということに!


「どういうこってす?」


 スライムクエストの経緯を知らないアトムの問いに簡潔に答えた。


「あたし達の時代が来たってことよ!」


          ◇


 ……と思っていた時代がありました。


 急ぎスライム牧場を訪れ、爺さんに『スライムスキン』あるだけ売ってくれと交渉したのだけれども、それはできないと。


「こんな山奥まで買い付けに来てくれる、馴染みの業者がおるのじゃ。それを無下にするのは商売の信義にもとるわ。しかしなぜ、お主らがそうまで『スライムスキン』をたくさん欲しがるのじゃ?」


「実は……」


 かくかくしかじか。


「おお、パワーカードは現在でも作られておったか。それは良かったのう。で、素材なら何でもよいのじゃな? それならば……」


 スライム爺さんは後ろの戸棚をゴソゴソし、箱を2つ私達の目の前に差し出した。


「ワシが拾い集めた素材じゃ。通常の買い取り価格で売ってやろう。それでも一緒のことじゃろ?」


「ありがたいです! クララ、値段わかる?」


「はい、知ってる通常素材ばかりなので」


「それから『スライムスキン』も15個までなら卸値で売るがどうか?」


「買います!」


 最初の予定とは違ったが、計40個以上の素材を手に入れたので良しとしよう。

 まあ生産限界もあるし、無限ポイント増殖はさすがに無理とわかっちゃいたが。


「また来るがよい。『スライムスキン』15個は取り置きしておいてやるでな。1ヶ月以上経てば渡せるぞ」


「はい、ありがとうございます!」


 爺さんに別れを告げ、転移の玉でホームに戻る。


「姐御、これでカードのクエストは完了できやすね」


「そうだね。でもその前に、アルアさんところの外で少し戦ってみようか。様子見とギルドへの転移石碑の位置の確認を兼ねてね」


 アルアさんの家の前の平原で、経験値稼ぎとアイテム採取にいそしむ。


 そういえば苔洞窟クエスト完了のボーナスでレベルが6になった時、アトムがバトルスキル『透明拘束』を覚えていた。

 通常攻撃よりやや攻撃力の高い斬撃技だ。

 敵単体の攻撃力と魔法力を下げる効果がある。

 強敵の火力を下げることのできる、使い勝手の良いスキルだな。

 与えるダメージは『マジックボム』の方がずっと大きいため、回復魔法陣を自由に使える今は、『マジックボム』をメインに使用するのが良さそう。


 この辺の魔物は虫系と植物系、それからスライムの亜種がいる。

 今のあたし達のレベルからすると強いことは強いんだが、マジックポイントを気にせず全力で戦えるので、そう困ることはないな。

 植物系は火に弱く、『プチファイア』でも『ウインドカッター』並みのダメージを与えることができる。

 虫系は冷気に弱いというが、うちのパーティーは誰も氷魔法使えないからわからんなー。


 それにしても、肉の得られない戦闘がこんなに味気ないものとは。

 あ、でもレベルが上がって、クララが『精霊のヴェール』を覚えた。

 精霊の白魔法使い専用のスキルらしい。

 消費マジックポイントは大きいものの、味方全員に対してかなり長い時間火・氷・雷など各種魔法属性に耐性を付与する、強力な支援魔法だ。


「これ体力草です」


 クララが嬉しそうだ。

 さっきも魔力草摘めたし、ここはステータスアップの薬草がよく取れるのかもしれないな。

 そういう場所なのかたまたまなのかはわからないけど。

 夜、薬草スープにしよう。

 効果がありますように。


 しばらくうろうろしていると、あった!

 ようやくギルド行き転移石碑の位置を確認できたよ。

 何だ、大回りしちゃったけど、アルアさん家から近いじゃん。


「姐御、どうしやす?」


「いや、今日はやめとこう。ギルドは時間のある時行こうよ。もう少し戦ってから、アルアさんとこ戻ろ」


 さらに戦闘とアイテムを求め探索し、それに倦んだ頃、アルアさん家のドアをノックする。

 これでクエストを終えられ、同時にパワーカード『逃げ足サンダル』を1枚入手できる見込みだ。


「お帰り、かなり粘ってたじゃないか。素材を換金するかい?」


「お願いしまーす」


 おお、結構な金額になった。

 もっとも、スライム爺さんのところで財布空に近い状態だったけど。

 交換ポイントは102。


「やたっ! 『逃げ足サンダル』と交換してください」


「おうとも」


 残り交換ポイントは52となる。


「クエスト完了だね、まずはおめでとうよ。『逃げ足サンダル』と、これを渡しておこう」


 紙? 

 あ、パワーカードの交換レート表か。


「あー待て待て。今までにアンタらから受け取った素材で製作できるカードはここまでだ」


 アルアさんが交換レート表にチェックをつけていく。

 

 『逃げ足サンダル』(50ポイント。敏捷性・回避率上昇、魔法:煙玉)

 『ナックル』(100ポイント。攻撃に殴打属性、攻撃力上昇)

 『シールド』(100ポイント。防御力・回避率上昇)

 『光の幕』(100ポイント。防御力・魔法防御上昇、沈黙無効)

 『ニードル』(100ポイント。攻撃に刺突属性、攻撃力上昇)

 『サイドワインダー』(120ポイント。攻撃に斬撃属性、攻撃力上昇、バトルスキル:薙ぎ払い

 

 既に持っている3種のカードの他、知らない3種のカードがラインナップされている。

 中でも目を引くのが『サイドワインダー』だ。


「何これ、『スラッシュ』の完全上位版じゃないですか?」


「いや、『サイドワインダー』の攻撃力上昇効果は『スラッシュ』より小さいんだよ。ボス戦のような攻撃力重視の場面なら『スラッシュ』が上さね」


 なるほど、使い分けが重要か。


「ねえクララ、『薙ぎ払い』ってどんなスキルなの?」


「ノーコストの全体攻撃スキルですよ。ただし、個々のダメージは通常攻撃よりも少し低くなり、クリティカルも出ません」


 いやいや、ノーコストの全体攻撃スキルってだけで十分強いよ。

 でも今のあたしらの戦い方は『ハヤブサ斬り』と『マジックボム』がメインだ。

 仮に『ハヤブサ斬り』を『薙ぎ払い』に変えたとすると、与える総ダメージは多くなっても1ターンに倒せる魔物が減って、却って食らうダメージ多くなっちゃうのか?


「考え始めると面白いだろ?」


「知恵熱が出そうです」


「例えば攻撃力の高いメンバーに攻撃力・敏捷性アップと『サイドワインダー』を固めて装備させ、先制で全体大ダメージなんてこともできるよ。雑魚相手ならね」


「むむう……」


「かかかっ、よく悩むことさね。新しい素材を手に入れたら新しいカードを製作可能になるよ。どんどん持っておいで」


 あ、そういえば。

 あたしは思っていた疑問を口にした。


「あたし達しかヘプタシステマの使い手がいないということは、カード買う人がいないんじゃないですか?」


「心配するでないよ。好事家や研究者が買ってくれるさね。レイノスではお守りに身につける人もいる」


「へー」


 あたしとクララもお守り代わりにしていたことを思い出した。

 単なる神頼み品より確実に実利があるもんな。


「アタシらにとっちゃあ、何より素材の調達が難問なんだ。パワーカード製作は素材をバカ食いするからね。素材を市場で仕入れてたんじゃ、とてもやっていけやしない。しかし買い取り価格、つまりほぼ半額さね。それで仕入れることができるなら十分儲けが出る。だからポイント制でお得感を演出する、なんてことして冒険者を優遇してるのさ。今じゃアンタらしか当てがないがね」


 しわの奥の柔和な目があたしを見つめる。


「よーくわかりました。どんどん素材持ってきます」


「期待してるよ」


 何だろう、クララが小声であたしに囁く。

 ……それが気になるんだ。

 アルアさんに聞いてみる。


「この交換レート表に書いてないパワーカードは、どういう扱いになりますか? 例えばあたし達は『エルフのマント』というカードを持っていて、それはこの中に記載されていないようですが……」


「アタシが知っていて作れるパワーカードは、その表にある物が全てだね。つまりそれ以外のカードは、アタシ以外の誰かが作ったオリジナルか、それともとうに製法が失われてしまった過去の物だろう」


「……ということは、パワーカードは他にもある?」


「あるね。アタシの婆様がヘプタシステマの創始者ロブロ師の弟子でさ、発想のおっかしなカードばかり作ってた。アタシゃロブロ師の理論からなるパワーカードは、かなり忠実に受け継いでるつもりさね。それでも婆様のカードは何がどうなってるのか、理屈がまるでわからないねえ」


「そんなことがあるんですか。ますます面白いですね」


「面白いときたか。アンタは大物だねえ」


「よく言われます」


 かかかかと、アルアさんは今日一番の大声で笑った。


「では帰ります。アルアさん、さようなら。コルム兄もさよなら」


「おう、またおいでよ」


 2人の笑顔に送られて、あたしは転移の玉を起動した。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 やったぜ!

 またレベル上がって全員8になった。

 クエスト完了後毎回レベル上がってるけど、ボーナス経験値ってかなり大きいんだろうか?


          ◇


「いやあ、具体的にパワーカードが手に入る道筋が見えるとコーフンすんなあ」


 夕食時にアトムが嬉しそうに言う。

 うんうん、あんたはパワーカードを求めてダンジョンに入ったくらいだもんね。


 夕食は庭の作物に干し肉・卵・ステータスアップの薬草を加えた具だくさんスープなり。

 今日はかなり頑張ったからさあ、お腹減っちゃったんだよ。


「これで普通に冒険者やっていけば、手持ちのパワーカードを増やすことができるよ。装備についての不安が、ようやく解消されたねえ」


 地道に素材を集めてさえいれば、少なくともヘプタシステマの装備枠一杯までは強くなれる。

 当然その過程でレベルも上がるだろうし。

 大分気が楽になったよ。


「いろんなクエストへ行けばいろんな素材が手に入って、いろんなカードをゲットすることができやすぜ」


「そうだそうだ!」


 楽しくなってきたなー。

 クララがしみじみと言う。


「アルアさんでもパワーカードでわからないことがあるんですねえ」


「素性の怪しいカードは気をつけないとね」


「気をつけるとは、どういうことで?」


「装備するとバッドステートがつく、起動をオフにできない呪いのカードなんてのがもしあったらどうする?」


「げ、くわばらくわばら」


 まあ装備者も製作者も少ないパワーカードに、そんなもんがあるとは思えないけど。


「あたしはアルアさんの婆ちゃんのカード、見てみたいなあ。あの何事も笑い飛ばしそうなアルアさんに『発想がおかしい』と言わしめたくらいだからね。相当ぶっ飛んだカードなんだろうねえ」


「ユー様は、そういうネタっぽいの大好きですよね」


「あはは。ネタ大好きだよ。でもあたしの好きなのはコクがあってキレがある、それでいてまろやかなネタだよ」


「何でやすか、それ?」


 いいね、アトムの固有能力(笑)はツッコミの方かな。

 笑いは心の処方箋。

 才能があるなら花開かせてあげるのが美少女精霊使いの使命。

 面白おかしくやっていこうよ。

 ……私がそういう成分ばかりで構成されているわけじゃないよ、念のため。


「さて、明日は例の転移石碑からギルドに行きます。多分人間が多く、聞き込みやアイテムの売買がメインになると思うので、あんた達にはつらいだろうけど、あたしについて来てくれればいいからね」


「はい」「ようがす」


 あたしは精霊と仲良しの灰の民だからピンとこないが、普通は精霊ってほとんど見るものじゃないらしい。

 レア固有能力『精霊使い』の冒険者なんてめったにいるはずもなし、ギルドの職員や他の冒険者達も、精霊を見慣れて欲しいんだよねえ。

 互いの理解のために。


 ギルドもまた興味深いのだ。

 まさか危険のある場所じゃないだろう。

 あたし達には全然情報が足りないし、楽しく意見交換できれば願ったりかなったり。

 まだまだわからんことが多いので、明日はあたしがうまく立ち回らないとな。


「ごちそうさまっ。もう寝るね」


「おやすみなさい」「おやすみなせえやし」


 心地良い疲労感と確かな達成感。

 今晩はいい夢が見られそうだ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「お邪魔してごめんなさい。ドリフターズギルドへ行ってきます!」


「あいよ、行っておいで」


 アルアさんに一言断ってから出かける。

 ギルドへはこれからもちょくちょく世話になるだろうに、一々他人の家を経由しなければならないのはなんとかならんものか。

 すげえ気まずいだろうが。


 戦闘を避けて、急ぎ転移石碑のところまで来た。

 大きな黒い平石に文様が描かれており、やはり魔力を感じる。


「あっ、この術式はおそらく族長が組んだものですよ」


「じっちゃんが?」


 わかるんだ?

 さすがクララ。

 灰の民族長であるデス爺は、ドーラ大陸一の転移術師でもある。


「周辺からエーテルを取り入れて魔力に変換することに関しては、『アトラスの冒険者』の転送魔法陣と同じですね」


 へー、デス爺が転移術のオーソリティであることは知ってたが、こんな恒久的な装置も作れるんだな。


「姐御、この石メチャクチャ硬いやつですぜ。こいつをこんだけ加工できるのはてえしたもんだ。それに基部のところの根のような構造、エーテルを集めるためだと思いやすが、地脈と細かく通じていやす」


 なるほど。

 デス爺の転移術に加え、おそらくはドワーフの石工技術と、誰か知らないけど大地のエーテル活用についての知識がある人の協力が、最低でもあったわけか。


「ふーん、ドーラの技術もバカにできないじゃないの、ねえ?」


「そうですねえ」


「ところでこれ、どうすれば起動するのかな?」


「あ、文様の真ん中に触れればいいと思います」


 転送は1人ずつということか。


「じゃあ、あたしから行くね」


「はーい」「うーす」


 転移石碑の真ん中に触れる。

 ククククッ。

 何だろう、多くの輪に包まれるような?

 転送魔法陣の時の上下がわからなくなる感覚はない。

 視界が白くぼやけていき、見知らぬ建物の中に降り立つ。


 と、大きな角帽が目を引く、にこやかな笑顔の男が話しかけてくる。


「こんにちは、新人だね? ここはドリフターズギルド。『アトラスの冒険者』のための、交流と情報交換の場さ。おっと、その台から降りてくれ。そいつが転送座標になってるんだよ」


「はい」


 あたしが台から降りるとクララが、次いでアトムが転移してきた。


「おお、精霊か? 精霊使いが冒険者になったってのは噂に聞いたが、君のことだったのか! チャーミングな女の子とは知らなかったよ」


 嫌だなあ、チャーミングだなんて。

 もっと大声で言ってよ。


「もうすぐあたしなんかよりすごい子が来るよ」


 角帽の男はちょっと驚いたようだ。


「ほう? 『スキルハッカー』の能力者が入ったの、知ってるんだ。チャーミングなだけじゃなくて情報収集能力がすごいな」


 押すなあ。


「たまたまチュートリアルルームで会ったの。あたしより年下の男の子だよ」


「そうか、ありがとう。俺はギルドの総合受付を務めているポロックだ。よろしくね」


「あたしはユーラシア、こちらがクララとアトムね。よろしく」


「ちょっとこちらへ来てくれるかな? 何、簡単な身元の照会さ。このパネルに掌を開いて当ててくれるかい?」


 言われたとおりに手を置く。

 チュートリアルルームにあった、能力見る装置に似てるな。

 やはり文字が浮かんでくる。


「はい、ユーラシア・ライムさん、確認しました。正式な『アトラスの冒険者』として登録します。このカード持ってってね」


 今まで見習いだったのか。

 もらったカードを弄りまわして眺める。

 ちょうどパワーカードと同じくらいの大きさだ。

 あ、なんかブーンってなって文字が出てきた。

 魔道の装置っぽいが?


「もう使いこなしてるのか。やるなあ」


 ポロックさんが苦笑する。


「これはギルドカード。略してギルカって皆呼んでるな。『アトラスの冒険者』の身分証であると同時に、ステータス値や所持スキルなども表示するよ。近くにいる他の冒険者との連携にも使える優れモノなんだ。登録者である君のエーテルで起動する。細かい使い方は、メニューのマニュアルって欄から確認してね」


 へー便利なものがあるんだな。

 所持者のエーテルで起動するところなど、仕組みがパワーカードに似ている。

 根は同じものなのかもしれない。


「これって仲間の能力は確認できないの?」


「君が起動して持ったまま、確認したい人にカードの真ん中を触らせれば見られるよ」


 ほうほう。


「さて、ギルド内部の説明をしようか。入口正面が依頼受付所だ。直接冒険者を指定していないクエストを取り扱ってるよ。何かアイテムを調達してくれとか魔物を倒してくれとか、そういう内容が多いかな。例えば調達だと、店で売るより高い報酬がもらえるし経験値にもなる。詳しいことは窓口で聞いてね」


 依頼をこなせるならお得ってことだな。


「左の階段下は『初心者の館』って呼ばれている。本当は研究者の集まりなんだけど、皆暇してるから、話しかけりゃいろいろためになることを教えてくれるよ。それと……食べ物差し入れると大歓迎してくれる人がいる。これ、豆知識ね」


 急に真顔になったポロックさんがおかしい。

 今度食べ物持って来てみようか。


「入って右側は、武器・防具、消費アイテム、スキルなど各種のお店になってるよ。買い取りは専門店があるからそちらでね。面白いところでは掘り出し物屋ってのがある。いつも出店してるわけじゃないが、めったに市場に出ないような物を売ってる時があるから狙い目だよ」


 パワーカード売ってるなら買いたいところだが、まあ無理か。

 アイテム買い取りは頻繁に使うかもな。

 掘り出し物屋かあ……ビンボーな内は多分用がない。


「最後に一番右奥。酒場兼食堂になってるよ。冒険者の寛ぎの場所であり、情報交換の場でもある。それから……これは秘密なんだが」


 ポロックさんが声を潜めて耳打ちしてくる。


「食堂のメニューにある『鶏の香草炙り焼き』、あれ実はニワトリじゃなくて洞窟コウモリなんだ。絶品だぜ」


「今日一番重要な情報、ありがとうございました」


「ハハハ。そうだ、君達どこからここへ来たのかな?」


「えーと、ドワーフのアルアさん家の近くの転移石碑から」


「ああなるほど、精霊使いだもんな。ということは、ホームからここへ直接繋がる転送魔法陣は持ってない?」


「ないんですよ。ここへ来る度にアルアさんに迷惑かけるのが、非常に心苦しいなと思ってたところで」


 何かを取り出し、いたずらっぽく笑うポロックさん。


「そんなあなたにこれ、ギルドへの地図の石板!」


「まあすごい、でもお高いんでしょう?」


「何と! 実はタダなんです!」


 しばし笑い合い、石板を受け取った。


「これで説明は終わりかな。ここで1つ、依頼があります」


「依頼? 何でしょ」


 内部の見物しようと思ったのに、いきなりじゃないか。


「奥の食堂に精霊がいるんだ。冒険者希望らしいんだが、君みたいな特殊な能力持ちでもないと、なかなか精霊と腹を割って話すなんてできないだろ? ちょっと雰囲気悪くてね、何とかしてもらいたいんだ」


 冒険者希望の精霊だってよ。

 あたしはアトムに向かってニッとした。


「うん、まかせて」


「助かる。オレンジ髪で、外見はほぼノーマル人と変わらないやつだ。石板クエスト扱いにしておくからね。依頼料は出ないが、ボーナス経験値は色つけとくよ」


「経験値は大好物です」


 その子と話つけるのが最初にやるべきことだな。


 ギルド入口のゲートを潜り、右手奥の食堂へ歩を進める。

 あれえ? 思ったより人多くないんだな。

 昼はクエストに行ってて、夜に食堂に集まるとかなのかもしれない。

 

 精霊連れで少し驚いたような顔をする人もいるが、気にしない。

 精霊のお披露目も目的の1つだからね。


 オレンジ髪の目立つ男がこちらを見てくる。

 ははあ、この子がポロックさんの言っていた精霊だな?

 比較的細面で切れ長の目、おお、イケメンじゃないか。

 早速話しかけてみる。


「君、精霊だよね? こんな人間ばかりのところ、居づらくない?」


「ユーは……『精霊の友』か!」


「ねえ、その『精霊の友』ってのは何なの? この前も苔の洞窟で、ウツツにそう呼ばれた気がするけど」


「『精霊の友』とは、精霊と心通わすことのできる人間のことですぜ」


「ベリーレアね。少なくとも今、このギルド内には他にいないね」


 要するに精霊親和性の高い人間に対する、精霊側の呼び名ってことか。

 でもこれってレアなのか?

 灰の民は全員そうだけどなあ。


「で、君はどうしてこんなところに?」


「ミーは、散光の精霊ダンテ。心のままワールドを見て回りたくてね。もう、田舎にすっこんでるのはコリゴリなのさ」


「よーっくわかるぜ! あっしもそうだった。何かできねえのかって、いつもいつも思っていやした」


 アトムが腕組みをして頷いている。

 あたしもそうだったな。

 思えばチュートリアルルーム行きの転送魔法陣に身を委ねたのも、現状への刺激が欲しかったからだった。

 しかし精霊にも案外そういう子が多いのか?


「冒険者を気取って飛び出してきたはいいが、まあ、ナイフひとつ満足に装備できない身ではベリーディフィカルトでね。ソーサリーにはちょっと自信があるんだけど」


 ほう、攻撃魔法が得意ってことか。

 だからここまで来れたんだろうな。

 うちのパーティーにない個性だ。


「あたし達の仲間にならない?」


「それはヤブサカでないね。でもユー達の事情くらい知りたいね」


 クララと2人で冒険者を始めたこと。

 チュートリアルルームの係員がなかなかポンコツなこと。

 人間を仲間に加える気がないこと。

 トラップに引っかかってたアトムを助け、仲間にしたこと。

 精霊でも使える装備品パワーカードのこと。


「ヘプタシステマ……パワーカード……インタレスティングだね。うん、ミーもパーティーに加えてよ」


 精霊ゲットだぜ! やったね!


「あたしはユーラシア。こっちは眩草の精霊クララと剛石の精霊アトムだよ。よろしく、ダンテ」


 握手を交わし、テーブルを囲んで腰掛ける。

 一番知りたかったことについて聞いてみた。


「ダンテはどんな魔法が得意なの?」


「ファイア、アイス、サンダーね」


「マジかよ、3系統も?」


 つまり最低でも『火魔法』『氷魔法』『雷魔法』の固有能力を持っているということか。

 クララともアトムとも得意な魔法属性が被らないのはラッキーだ。

 クララが驚き、感嘆の声を上げる。


「それは心強いですねえ。戦術のバリエーションがかなり豊富になります」


 あたしらのパーティーに足りなかったのは、ズバリ魔法による攻撃だ。

 ダンテが全体攻撃魔法でも覚えてくれれば、かなり強力な武器になる。


「そうだ、これに手を当ててみてくれる?」


 使えるものは使ってみないと。

 先ほど手に入れたギルドカードを起動し、パネルに手を触れさせる。


「魔法力と最大マジックポイントが高い、典型的な魔法使いタイプだな」


 ギルカじゃ固有能力までは表示されないのか。

 あれ、ダンテの敏捷性あたしより高いんじゃね?

 先制で攻撃魔法を撃てるのはいいな。


 一方で攻撃力・防御力・最大ヒットポイントが低い。

 後衛魔法職に攻撃力はどうでもいいとして、防御力・最大ヒットポイントの低さはうまくカバーしないといけないな。

 まあフォーメーション的にダンテは最後衛になるだろうから、そうそう攻撃食らったりはしないだろうけど。


 一通りスペックを確認したところで、アトムが切り出す。


「姐御、これからの方針どうしやす?」


「冒険者としての方針? どうもこうも。とにかく素材集めてパワーカードの数揃えないことには、今以上の魔物が出現するクエストじゃ何もできないでしょ」


 クララがコクコクしている。


「素材? ああ、ミーが今まで集めた素材とアイテムがメニーメニーあるね。これらをプレゼントしよう」


 ダンテが足元に置いてあった大きな麻袋をよこした。

 中を見るとアイテムがたくさん。

 素材だけでもかなりの数があるじゃないか!


「いいの? こんなにもらっちゃって」


「モチロンね」


「これならカード引き換えできやすぜ!」


「そうだなー、でもまだダンテは1枚もパワーカード持ってないんでしょ? じゃあそっちをまず、強化しないとね」


 家に戻ったら各自のカードを再編成して、足りない分をアルアさん家で引き換えだな。


「よーし、じゃあ今日はあと依頼受付所と各種お店を覗いて、いい時間になったら御飯食べて帰ろう」


「「「賛成!」」」


 まずは依頼受付所だ。

 上手に使えば経験値にもおゼゼにもなるから、非常に重要だな。


「こんにちは。新人冒険者です。依頼の請け方とか教えてください」


 髪をアップにした、眼鏡美人のお姉さんが対応してくれる。

 おっぱいの大きな女性を配置してるのは、男性冒険者が依頼を請けてくれるようにだろうか。

 首筋のホクロにどーしても目が行ってしまう。


「はい、説明いたします。こちらの掲示板に依頼が張り出されております。自分が請けたい依頼を剥がし、ここ窓口まで持ってきていただければよろしいです。依頼の完了条件はケースバイケースです。よくあるアイテム採取に関しては、当窓口まで持ってきて納品していただければよろしいです。それ以外の、例えば魔物の退治依頼等については、依頼人と直接交渉していただき、そちらから終了報告を受ければお終いになります。期限の設けられている依頼は報酬はいいですが、比較的遂行が難しいです。最初は既に手に入れているアイテムの採取依頼を請けるのが無難ですよ」


 事務的で聞きようによっては冷たい声なのに、何故か色っぽい。


「よくわかりました」


「何か質問はございますか?」


「おっぱいが大きい利点は何ですか?」


 だって質問って言うから……。

 すると目の前のフェロモン女が即答。


「食費があまりかかりません」


「無敵じゃないですか」


 つまりあれか、おっぱい大きいから奢られて、さらにおっぱいが育つという拡大再生産か。

 持ってる女は発言の重みが違うわ。

 別の部分の重みも違うが。


 せっかくなので掲示板も見てみる。

 結構細かい依頼が多いな。

 これも経験なので適当なのがあれば請けてみたいが、『スライムスキン』10個とか『変化花弁』12個とか。

 うーん、素材はこっちも要るんだよなあ。


「ユー様、素材の依頼はそれを必要としない、普通の冒険者に任せておけばいいでしょう。これなんかいかがでしょうか?」


 魔法の葉10個、本日中か。

 うん、どうせ売っちゃう予定のアイテムだからちょうどいいね。

 請けよう。

 依頼書を剥がし、受付に持っていく。


「この依頼お願いします。品はこちらに」


「はい、承ります。ギルドカードを御提出願います。はい、確認させていただきました。お返しいたします。魔法の葉10個、確かに領収いたしました。クエスト完了です。こちら依頼報酬になります。お受け取りください」


 なるほど、こういうものか。


「ボーナス経験値に関しては、石板クエストと同様、転移の玉使用時に加算されます」


「ありがとう。まだかなり依頼が残っているけど、皆あまり請けないものなの?」


 それなりのレベルの冒険者なら簡単に請けられそうなものだが。

 おっぱいさんはにこやかに答えてくれた。


「駆け出し冒険者のために、簡単そうな依頼は取ってあるんですよ。期限が迫ってくるとベテランが請けてくれます」


 なるほど、先輩方が譲ってくれてるのか。

 じゃあんまり『アトラスの冒険者』がお金に困ることってないんだろうな。


「そーかー、紳士的なんですね」


「紳士的なんです」


 おっぱいさんが言うと違った意味に聞こえるんですが。


 お店ゾーンにも行ってみる。

 武器・防具屋だ。

 うーん、どうかなあ?

 一応、念のために顔だけでも出しておくか。


「こんにちはー」


「こんにちは、武器・防具屋でございます。何か御入用ですか?」


 ダメもとで聞いてみる。


「パワーカードはありますか?」


「パワーカード? ヘプタシステマ装備体系の? 現在取り扱いはございませんが、確かどこかに……ああ、ありました。『マジシャンシール』、魔法力を上げ、マジックポイント自動回復3%がつきます。顔繋ぎにこれは差し上げましょう」


 タダでくれるの?

 マジか。


「えっ、いいの?」


「どうぞどうぞ。精霊使いなら必要なものでしょう。種を明かしますと、以前ヘプタシステマ使いの方が引退なさるとき、後進者が来たら渡してくれと頼まれていたものなのです」


 くうっ、先輩の優しさが身に染みるぜ。


「ありがたく使わせていただきます!」


「どうしましょう、今後は有償になりますが、パワーカードを見つけたらお取り置きしておきましょうか?」


「お願いしようかな。あ、でもドワーフのアルアさんのところで手に入るやつはいらないんだけど」


「ああ、アルアさんなら時折、ギルドにもお出でになりますよ。では当方では、現在主流でないタイプのカードを中心に仕入れておきますね」


「それでお願いします」


 いやあ、これは嬉しいな。

 ダンテにジャストフィットのカードが手に入ったよ。

 普段の心掛けがいいからだな。


 それにしても、今まで持ってた冒険者のイメージと全然違うわ。

 後輩に対する深い愛情を感じるよ。

 先輩方ありがとう。


 買い取り屋で不必要なアイテムを処分、特にダンテの持っていた宝飾品、黄珠や墨珠がかなりの値段で売れたのでホクホクだ。

 道具屋に今日は用はないかな。

 そして開店中の最後の店に足を運ぶ。


 この店を最後にしたのは理由がある。

 おそらく濃いのだ、店主のキャラが。


 ゾロっとした紫のローブに同色の幅広の帽子。

 ジュエルズアミュレットであろう二重にかけたネックレスと数個の指輪。

 背中側の壁に大きな杖が立てかけてある。

 そしてどういうわけだか、机に顔を伏せている。


「ニワトコの杖ですね。大魔法使いに好まれる木です」


 クララがそっと教えてくれた。

 ふーむ?


「たのもう!」


「ふあっ?」


 やはり寝ていたか。

 突っ伏していた店主が飛び起きる。

 薄緑の前髪は変な跳ね方してるし頬っぺたに横シワついてるし、顎のあたりまでよだれでガビガビだぞ。

 本来魔女らしさを強調すべき真っ赤な口紅も、幼女のいたずらみたくなってるし。

 こんなところに店出すくらいだから結構な年齢なのかもしれないが、童顔なので10歳と言われても違和感がない。


「ここ、何のお店?」


「わ、私が作ったオリジナルスキルを売ってるの。特に魔法とか。でもお客さんあまり来なくて……」


 クララが小さな目を見開いて驚いている。

 あたしもアレクからの聞きかじりだが、オリジナルの魔法がすごいことはわかる。

 ケイオスワードの組み立てを理解することすら並みの魔法研究者には困難なのに、冒険者相手に売るからには大掛かりな仕掛けが必要なく即座に効果の出る、効率のいい魔法に違いないからだ。

 そんなことできる魔道士なんて、多分世界に何人もいないぞ?


「で? どんなスキルを売ってるの?」


「今、最強の攻撃魔法を、たったの1000ゴールドで御奉仕提供中なの。どう、覚えていかない?」


「どーして最強の攻撃魔法が『ファイアーボール』と同じ値段なんだよ! おっかしいだろ!」


「だ、だって売れないんだもの……」


「今までに1つも?」


「今までに1つも」


 それはおかしいな。

 ギルドが認めてるからここで店構えてるんでしょ?

 『最強』は大げさにしても、まるっきりインチキなんてことはないだろうに。


「その魔法について、話聞かせてくれる?」


「う、うん。魔力を凝縮させて限界に達したところで弾けさせる無属性魔法なの。射程がすごく長くて、見かけは爆発のように見える」


 ふむふむ、問題なさそうなんだけど?


「で、威力は低レベルの者が使っても宮殿を吹っ飛ばすくらい」


「……え?」


 それ、ダンジョンで使ったら崩れますよね?

 フィールドでも普通の間合いだと味方全員巻き込むんじゃ?


「使用コストが、残りマジックポイント全てとヒットポイントのほとんど」


 ひどい。

 一発撃ったらお終いか。


「習得条件は3系統以上の魔法が使える固有能力」


「そんなもん売れるかあああああっ!」


「ええええっ! お願い、買ってくれないと次の魔法を開発できないの!」


「よし、買った!」


「「「「え?」」」」


 スキル屋さんとうちの精霊達の声がハモった。


「い、いいの?」


「効果にウソ偽りはないんでしょ?」


「ないけど……」


「じゃあ買う」


 あたしはキッパリと宣言した。


「姐御、何か考えがおありで?」


「強いて言えばロマンだから?」


「そうなのっ! 魔法はアートでロマンでドリームなのっ!」


 ものすごく食いついてきたわ。

 何だこの人。


「いや、この際実用性はどうでもいい。うちのパーティーは最大最強の魔法を使える、格好いいじゃない」


 クララが笑いながらこそっと言う。


「そうですね。ユー様そういうの大好きですよね」


「うん、大好物」


 というかこの手の超大技は、実際に使う機会がなくても、使えるというだけで脅しにも抑止力にもなるから、損にはならないと踏んだ。


「本当にありがとおおおお!」


「いいのいいの、これで魔法開発続けられるんでしょ? 良かったね」


 この人一種の天才なんだろうな。

 ネジぶっ飛んでるけど。

 だとしたら今後、どんな魔法を生み出すのか興味があるじゃないか。


「覚えられるのは、そこのオレンジの子ね。これ、どうぞ」


 スキルスクロールだ。

 ダンテが受け取り、封を切って開く。

 魔力が高まってダンテに宿り、そして消えた。


「これでいいわ。試し撃ちするときは、人のいない場所で空に放つとかにしてね。くれぐれも場所に気をつけて」


「うん、わかった。さて、御飯食べて帰ろうか」


「あ、ちょっと待って」


 スキル屋さんに呼び止められる。

 なんかモジモジしてるぞ?


「おめでとうございますっ! あなた達は、この先私の開発するスキルを買う権利を獲得いたしましたっ!」


「ずうずうしくね?」


 いや、そういうノリは嫌いじゃないけど。


「あ、あのね? 私も気が乗らない仕事はしたくないの。あなた達は初めて私のスキルを買ってくれたから……だから……」


 そうか、つまりこういうことか。


「だから近い将来、世界を股にかけた活躍で英雄となり、吟遊詩人に賛美されて伝説となるあたし達のために、ぜひスキルを作りたいということだねっ?」


「え……?」


 あたしは年齢不詳の魔女をじっと見つめ、微笑む。


「次も期待している。あなたの比類ない才能が、あたし達が習得するにふさわしいスキルを完成させることを」


「わがっだあああ、がんばゆうううう!」


「あたしの名はユーラシア、覚えておいて」


「わだじはペペ」


 はいはい、泣かない泣かない。

 じゃあね、またね。


          ◇


「鶏の香草炙り焼きを定食で4つ、それからミントティーも4つ!」


 いやあ、お腹減ったな。

 食堂で昼食の注文を入れる。 


 最強魔法『デトネートストライク』か。

 早めに一度試し撃ちしておきたい。

 ごく一般的な攻撃魔法『ファイアーボール』と同価格っていう価格設定がわけわかんないけど、考えるだけムダなんだろう。

 スキル屋ペペさんのキャラには今後も要注目だ。


 それにしても今日は大収穫。

 ダンテが仲間になったし、パワーカードを1枚もらったし、ネタ魔法も手に入れた。

 たしかなまんぞく。


「あいよっ。精霊使いの姉ちゃん、ここ初めてだろ? 枝豆と揚げポテトの盛り合わせ、サービスしとくよ」


「ありがとう、大将愛してる!」


 やーサービスいいなー。

 照れ笑いする食堂の大将が教えてくれる。


「今はまだ時間が早めだから人少ないけどな、夜になるとベテラン冒険者が多く来る。いろんな話が聞けるぜ」


 そーか、酒場兼ねてるんだったっけな。

 機会があったら夜も来てみよう。


「新しき仲間、ダンテの加入にかんぱーい!」


「「「かんぱーい!」」」


 さすが冒険者相手の食堂、お値段手頃でボリュームも多い。

 ギルド楽しくていいところだなー。


「あんた達、疲れなかった?」


「大丈夫ですよ」


「つっても喋ってたの、ほぼ姐御でやすし」


「ノープロブレムね。1人でいたときよりグッドタイムね」


「そう、よかった。あっ、骨付き肉美味っ!」


 食べ進めながら、何となくダンテの話になった。

 ダンテは魔物のあまり強くない、おそらくは西方の自由開拓民地区辺りに住んでいたようだ。

 得意の魔法で魔物を狩りつつ旅してる内に、どこぞの『アトラスの冒険者』の転送魔法陣を見つけ、ギルドまで来たらしい。


「バット、換金するのにも人間とネゴシエートしなきゃいけないし、行き詰ってたね」


 精霊のコミュ障にも困ったもんだ。

 いや、あたしとは普通に話せるから、コミュ障とは違うのか?


「まーこれからはあたしがいるから、喋る方は任せなよ」


「オーケーボス、よろしくね」


 おいこらアトム、ボス呼びに反応すんな。

 姐御呼びだって大概なんだぞ。


「ふいーごちそうさまっ!」


 食べ終わってまったりしてた頃、隣のテーブルの話が漏れ聞こえてくる。

 いや、あたしと同じくらいの年齢の女の子2人組だから目立ってはいたのだ。

 聞き耳を立ててみる。


「……お姿がわからないのは……」


「……勇者様……きっと凛々しい……」


「……才能……『スキルハッカー』……」


 『スキルハッカー』?


「何の話?」


「「えっ、誰っ?」」


 面白そうだから割り込んでみた。

 ジスイスマイコミュニケーションメソッド。

 価値観は全てに優先する。


「あたしはカラーズ灰の民出身の精霊使いユーラシア15歳。以後よろしく。今『スキルハッカー』って単語が聞こえたからさ。話に混ぜてよ」


「「う、うん」」


 背の高い赤毛ショートの女の子がアーチャーのアン。

 白魔法も使えるそうな。

 黒毛三つ編みの子がセリカ。

 濃い緑のとんがり帽とローブ姿のいかにもな魔法使いで、雷と氷の2系統が得意とのこと。


「2人とも14歳なんだ。若くない?」


 アンが言う。


「わたし達は同じ村カトマスの出で、14歳で成人なんだ。レイノス外町で『アトラスの冒険者』を募集してることは、村に出入りしてた商人に聞いて知ってたから」


 セリカが続ける。


「そうなのです。我らは冒険者たるべくレイノスを目指し、ここに至ったのです」


「レイノスも言われてるほど面倒な町じゃないしな、特に外町は」


 港町レイノスから西へ強歩1日、西域自由開拓民集落群への街道の基点となる村カトマス。

 土地柄から護衛や魔物退治など、冒険者の需要が多いのだそうだ。

 自然、村には武術を身につけさせたり、魔法を使える者を尊んだりする習慣ができ、2人はその才能からかなり期待されていたらしい。


「へー、そういう風に『アトラスの冒険者』になる手段もあるんだ。知らなかったよ。あれ? じゃあ『地図の石板』はどうなるの?」


 アンとセリカが顔を見合わせ、悔しそうに言う。


「わたし達はパーティーメンバーにはなれても、正式な『アトラスの冒険者』にはなれないんだ……」


「他の冒険者の好意で臨時にパーティーに入れてもらい、糊口をしのいでおりますが、やはり主は選びたく……」


「最近、2人のとんでもないレア固有能力の持ち主が、新人冒険者として加入したという噂が流れたのだ。『精霊使い』と『スキルハッカー』、『精霊使い』とはあなたのことだな? 女性だとは知らなかったが」


「うん」


 まあ一目瞭然だ。

 名乗ったし。


「精霊使い様は精霊をパーティーメンバーにするだろうから、スキルハッカー様に仲間にしていただこうと……」


「してもらえばいいじゃん」


「「えっ?」」


 何驚いてるんだろうな?


「し、しかし、そんなすごい固有能力の持ち主にわたし達なんかが釣り合うか……」


「そうです。我らなどごく平凡な……」


 いやいや、14歳で魔法使えてバリバリ戦えるあんたら、全然平凡じゃねーよ。

 十分ツワモノだから。


「何で『スキルハッカー』の能力者を神格化してるかわかんないけど、今のソル君は強くないよ? あんた達の方がよっぽと戦えると思う」


「ソル君? ユーラシアさんはスキルハッカーに会ったことがあるのか?」


「あるよ」


「「えっ!」」


 驚くアンセリ。


「ど、どんな方です?」


 あ、そうか。

 噂だけでどういう人物かの情報は出回ってないのかな?


「ソールって名前の14歳の男の子。あんた達とタメ年だね。背の高さはあたしと同じくらい。金髪で可愛い顔してるよ。ソロで戦ってるから、まだここまで来るの、時間かかるんじゃないかな」


「ソロで? どうして?」


 やはり固有能力だけに目を奪われていると理解できないか。


「ソル君は特別な固有能力持ちだけど、だからって今強いわけじゃないんだよ。魔物との戦闘はもちろん、剣術や魔法の心得もない。ただの素人が冒険者の世界に飛び込んだだけだからね。好き好んで行動を共にしようとする人、いないと思う」


「「……」」


 レア固有能力持ちは最初から強いという先入観があったか、押し黙る2人。


「とゆーことを知ったとして、あなた達はどうする?」


「それはもちろん、スキルハッカーを待つ」


「ええ、我もアンに同じです」


 ふーん、即答かよ。

 意外だな?


「年長の冒険者と組むと、どうしても軽く見られてしまうんだ。そりゃあ経験で劣っているのはわかってるけど、釈然としない。同い年ならそんなこともないだろうし」


「我達は後衛職なので、どこでも一応優遇はされます。でも仕えるならば、明らかに優れたところのある才能持ちがいいです」


「よし、合格。ユーラシアに頼まれたって言えば、ソル君は多分喜んでパーティーに入れてくれるから。ソル君と『スキルハッカー』について、もっと聞きたい?」


 パアっと喜色に満ちた顔でコクコクと頷く2人。

 うんうん、自分の行く道筋決まるとやる気出るよな。


「真面目で爽やかで決断力のある優良物件だよ。将来大物になると見たね。それからあたしの聞いたところでは、『スキルハッカー』の能力は魔法でもバトルスキルでも覚えられる。魔物限定のスキルでも例外ではないってこと。ただし制限がある」


「「制限?」」


「そう、まず教える側にその気がないとダメ。つまりスキルを盗むようなことはできないんだよ。それからもう1つ、こっちの方がより重要なんだけど、覚えられるのは12個までってこと」


「12個まで……」


 真剣な顔をして聞く2人。


「今、ソル君はあたしの教えたバトルスキル『ハヤブサ斬り』を覚えているので、残りの習得枠は11個。ここまではいい?」


「「はい」」


「戦闘未経験者のソル君は魔物を倒す術がなく、クエストをこなせなかったんだ。だから実質与ダメージの大きくなる『ハヤブサ斬り』を覚えた。でも習得枠の重要性がわからないほど愚かじゃないから、それ以上のスキルを覚えずここまで来るよ。ギルドで仲間を得られることを信じて」


 アンとセリカ、2人の気持ちが高揚しているのが見て取れる。


「将来、強力なスキルを覚えるほどスキルハッカーの価値は高まる、それは理解できるでしょ? あんた達2人の役目はそこまでソル君を導くこと。彼が勇者になれるかはあんた達次第なんだよ」


 目一杯炊きつけてやったが、どうだ?

 アンは口をキッと引き結び、弓をぎゅっと握って宙を睨み据えている。

 セリカに至っては、どこから取り出したのか短い杖をブンブン振り回し始めた。


「1ヶ月もしない内にソル君はギルドへ来る。それまで楽しみにしてなよ。外見的な特徴はさっき言ったっけ? そうそう、新米冒険者には不釣り合いな、超格好いい青い盾持ってるから、見間違えることはないと思うよ」


「青い盾?」


「うん、見るからに上等なやつ。他の装備とかなりギャップあって違和感あるかも」


 ふんふんと熱心に聞く2人。

 あたしより年下だけれども、ともに志のある冒険者だ。

 この2人がソル君の仲間になるなら、まず安心だわ。


「あたしはホームに帰るよ。じゃあね」


「あ、ユーラシアさん」


 魔法使いセリカに呼び止められる。


「ソール様に我らがギルドで待つこと、伝えていただけませんか?」


「……ちょっと難しいかな。あたしもソル君に会ったの偶然なんだ。でももし会えたら伝えとく。約束するよ」


「お願いします!」


 2人に別れを告げ、もう一度受付のポロックさんに挨拶しに行った。


「おっ、オレンジの精霊君、仲間にしてもらったか。良かったなあ」


 ポロックさんは我が事のように喜んでくれた。

 いい人だなあ。


「あたし達はホームに戻ります」


「もう帰っちゃうのかい? レベルの高い冒険者たちが来るのはこれからだぜ?」


「らしいですね。また今度、情報収集に来ますよ」


 『初心者の館』も行ってみないといけないし。


「そうかい、じゃあな」


「さよなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 そーか、今回は依頼所のと併せてクエスト2つこなした勘定か。

 あ、レベル上がった。


          ◇


 帰宅後、あたし達はテーブルを囲み、今後について話し合った。


「はーい、作戦会議を始めます」


 パチパチパチ。

 3人の精霊達が拍手する。


「やっておくべきことが急に増えました」


 畑仕事だと大豆の収穫に腐葉土の混ぜ込みでしょ?

 タマネギの植え付けもやんなきゃだし。

 それから海岸で素材回収と新魔法試し撃ち、ダンテに素材たくさんもらったからアルアさん家でパワーカードの交換・再編、『初心者の館』へ差し入れ持って行くこと、ギルド酒場兼食堂で夜に情報収集……。


「こんなところかな……他何かある?」


「イシンバエワさんのところに報告に行くといいと思います」


 そうだ、ダンテの顔見せに行かないと。


「これらの順番を決めましょう。次の石板クエストがあったとしても、原則的にこれら全てを終えてからにします」


 3人が頷く。


「何か意見ある?」


 アトムが挙手する。


「パワーカードは慣れもありやす。早めはどうかと」


「一理あるけど、『初心者の館』や酒場での情報によっては戦術が変わるかもしれない。ギルドの方が先かな」


「なるほど」


「明後日からレインが降るね。畑は先にするべきね」


 マジか。


「ダンテ、あんたそんなことわかるんだ?」


「ウェザーについては任せて」


「じゃあ畑と素材採取、それから魔法試し撃ちも海でやればいいから明日ね。タマネギ植え付けはムリでも、大豆の収穫と腐葉土の混ぜ込みまではやります」


「「「賛成」」」


「順番からすると、明後日にバエちゃんとこかな」


「バエちゃん、ワッツ?」


「『アトラスの冒険者』の運営側の人だよ。初めての転送先の係員で、いろいろ説明してくれたんだ。それから何回か行って、進捗を報告してるの」


「精霊親和性かなり高めの姉ちゃんだぜ」


「ええ、心配ないです」


「オーケー」


 バエちゃんとこ行くとすると夕方以降だから……。


「明後日の午前中空いちゃうな。『初心者の館』行く?」


「姐御、苔の洞窟行きやしょう。あすこは雨関係ありやせんし、肉……」


「ナイスアイデア! 採用!」


 肉と言われてはね、反対できない魔法の言葉。


「ダンテ、雨はいつまで続きそう?」


「ツーデイズは降るね。その先はまだわからない」


 となると3日目も雨か。


「ユー様、揚げイモ作りましょう」


 はい?


「『初心者の館』の皆さんに差し入れできます」


「おー、それで行こう。3日目はイモ揚げてからギルドね。で、4日目にアルアさんとこと、天気良ければタマネギ」


 よし、やることは決まった。


「今日は特急でダンテのベッドこさえて休息、以上です」


          ◇


 次の日、午前中に畑仕事をこなした。

 土が馴染めばタマネギを植えられるなー。


 午後、皆で海岸へ行く。

 素材と石板を回収、地響きでダンテがビビってたのは笑った。

 あ、そういえばギルドへの転送魔法陣が設置されてるか見てなかったな。

 帰宅したら確認せねば。


 次いで食材を確保する。


「ボス、こんなメソッドがあるね」


 ダンテが海に『サンダーボルト』を放つ。

 すると魚が浮いてくるではないか!


「素晴らしい!」


「ひょー、あっしが取ってきやすぜ」


「もう少し欲しいかな、ダンテ、もう1発いける?」


「お安い御用ね」


「あっ? アトム水から上がって!」


 どかーん。

 魚と一緒にアトムが浮いてきました。


「いやー、ひどい目に遭ったぜ」


「ソーリー、アトム」


 アトムをクララの『ヒール』で回復させ、さあ、今日のメインイベントだ!


「はいご注目! ダンテ君の~ちょーっといいとこ見てみたい! 究極魔法『デトネートストライク』のお披露目です! ダンテ、海に向かってぶちかまして!」


「イエス、ボス!」


 強大というより凶悪なまでの魔力の集積が放たれる。

 速い! そして遠い!

 白い光とともに海面が半円状に弾け飛んだ!


「すげえ……」


 ゴワババババババーーーーーーンンンンン!

 数瞬遅れて音と衝撃が届く。

 何なんこれ?

 ヤバい破壊力だわ。


 呆然としてた時、クララの声が飛ぶ!


「ユー様! あれ!」


 ん? 波が集まって……?


「津波だ! 逃げるよっ! あ?」


 ダンテが倒れてる!

 そうだ、マジックポイントとヒットポイントを使い果たすんだった!


「クララ『ヒール』! こらっ、ダンテ起きろ!」


 ダンテを叩き起こし、小高い防砂林のところまで走る。

 クララとアトムの足が遅い!


「クララ! アトム! パワーカード起動してっ! 敏捷性強化あるでしょ!」


 クララは『プチエンジェル』を、アトムは『逃げ足サンダル』を装備している。


「そうでした!」「そうでやした!」


「急いで!」


 ザバババーン。

 間に合った。

 干潮で本当によかった……。

 味方をも巻き添えにしかねない、シャレにならん威力。

 これは……。


「ダンテ、この魔法、あたしが使えって言った時以外は封印ね」


「ラジャー……」


 皆で帰路につく。

 今となってみれば面白かったわ。

 暴発でもないのに魔法の試し撃ちで死にかけるとか、二度と経験できないだろうし。


「さっきので魚が打ち上げられるかもしれないねえ。後で行ってみようか?」


「姐御はメンタル強えなあ」


 アトムが苦笑する。


 家の東側の区画で、6つの転送魔法陣が順に並んでいるのを確認。

 よしよし。


「皆は休んでて。あたしバエちゃんのとこへ、明日行くよって連絡してくるから」


「行ってらっしゃーい」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームに到着。


「ユーちゃん、いらっしゃーい」


「あっ、ユーラシアさん。こんにちは」


 ラッキー!

 ソル君がいる。


「ソール君ねえ、2つ目のクエスト完了したんだって」


「おーそれはおめでとう! 順調そうでよかった。『ハヤブサ斬り』使えてる?」


「はい、それはもう。連発してます」


 『ハヤブサ斬り』はあたしが教えた、2連続で攻撃を放つスキルだ。

 少なくとも序盤で有効なのは、自身の経験からわかっちゃいるが。


「仲間がいないのは厳しいですね。群れを相手にすると特に」


「はーい、そんなソル君に朗報です! ドリフターズギルドにはソル君の仲間になりたがってる人がいまーす!」


「良かったわねえ、ソール君」


「えっ? どうして……」


 ソル君は困惑気味だ。


「スキルハッカーが加入したって噂がギルドで広まってるんだよ。それでソル君と同い年の女の子2人がぜひにって。1人が白魔法使いのアーチャーで、もう1人が雷・氷2系統の魔法使い」


 バエちゃんがちょっと驚く。


「後衛職2人は貴重ねえ」


「いや、もったいないですよ。オレなんか見たら幻滅するんじゃないですか?」


「大丈夫! 今は可愛い系の少年だけど将来絶対イケメンになる、うまく育成できるかはあんた達次第だって煽ってきたから!」


 ソル君はどん引きしてるのに、バエちゃんがのどやかに言う。


「あはははは、ユーちゃんたら冗談ばっかり。で、本当のところは?」


 ちっ、自分が当事者じゃないと案外冷静だな。


「彼女達は冒険者稼業が日常の村カトマスの出身でね。有り体に言えばあたしやソル君より、よっぽど戦い慣れしてる。魔法持ちの固有能力からして当然なんだけど、村でも相当期待されてるんだって。でも『アトラスの冒険者』には選ばれなかった」


 ソル君のどん引き面がいつの間にか引き締まっている。


「彼女達も他の冒険者のパーティーにお試しで入れてもらったりしてる。でもやっぱり年齢のせいで、それに女の子だからってこともあると思うけど、能力にふさわしい役どころを任せてもらえないんだよ。かといって『アトラスの冒険者』じゃないから、自由に飛び回ってクエストこなすこともできない」


 バエちゃんまで神妙に聞いてるじゃないか。


「ソル君の状況も話した。チート能力持ちではあるけど、経験の浅い冒険者だから今は弱いよって。でも彼女らは君がいいんだって。自分らと共に往くリーダーは自分らが決めるんだと」


 一呼吸置く。

 ひとつとしうえのおねーさんのつむぐひっさつのせんてんす、しょうねんのげんごちゅうすうをつらぬけ!


「ソル君は『アトラスの冒険者』だ。彼女らの持ち得ない翼と稀有な素質を持っている。彼女らを誰よりも遠くへ連れて行ってやれる可能性があるのはソル君なんだよ。どうする? 君はその期待に応えないのかい?」


 金髪の少年が破顔して答える。


「よくわかりました。そのお2人に会うこと、楽しみにしてます!」


「それでこそソル君!」


 決断が早いよなあ。

 こらそこのなんちゃって聖職者。

 どこに萌えポイントがあったか知らんがクネクネすんな。


「バエちゃん、ソル君はいつ頃ギルドに行けそう?」


「人によるんだけど、チュートリアルルーム以降で2、3個のクエストを完了したらよ。ソール君の場合は残り1つね。前の2個がバトルだったから、次は変化球的なクエストになると思う」


 そーいやあたしらも3つ目のクエストはアルアさん家、変化球的だったな。

 何でバエちゃん前もってそういう仕組みだって教えてくれなかったの!

 聞かれなかったから?

 そうでしたね。


「では、オレはこのへんで失礼します」


「さようなら」「じゃあねー」


 ソル君が転移の玉を起動し、姿を消した。


「ユーちゃんの説得は悪魔的に上手ねえ。何で固有能力に表示されないのかしら?」


 冒険者に関係ないからじゃね?


「そういえばユーちゃん、ドリフターズギルド行ったの?」


「行った。んー説明が難しいんだけど、3つ目と4つ目のクエストが続きみたいな感じで、ギルドへの石板もギルドでもらった」


 何を言っているのかわからねーと思うが、ありのまま起こった事を話しているのだ。


「おめでとう。クエストは4つクリアになるのかな?」


 さすがバエちゃん、華麗にスルーだ。


「うん。あ、そうだ、3人目の精霊がメンバーになったから、明日来るね。肉持ってくる予定だけど、取れなかったらごめん。どっちにしても材料は揃えてくるから鍋しよ」


「肉、楽しみ~」


 魚も美味しいっすよ。

 うちは今日の夜は魚食べるんだ。


          ◇


 家に戻ったら大量の魚だった。

 何を言っているのかわからねーと思うが、ありのまま起こった事を話しているのだ(本日2回目)。


「どーしたの、これ?」


「いや、あれからもう一度海岸へ行ったんでさあ。そうしたらかなりの魚が打ち上げられていやして」


 それで皆して干物作りですか。

 ダンテの氷魔法で冷凍しとく手はなかったのかと言おうとして気がついた。

 マジックポイント空っけつでしたね。


「わかった、あたしも海行ってくる!」


「「えっ?」」「ワッツ?」


 魚肥作っとくんだよ。

 めったにないチャンスだからね。


          ◇


 夕飯は焼き魚と野菜のスープ。

 魚美味しかったなあ。

 ドーラでは海の一族の怒りを買うとかで、魚を常食する習慣はないんだけど。


 就寝前、クララとの会話。


「ユー様、『初心者の館』の皆さんへの差し入れ、今日の魚の一夜干しで良さそうです。明後日の午前中の予定が空きましたけど、どうしましょうか?」


「前倒しでギルドへ行く。さっきバエちゃんのところで例のスキルハッカーに会ったんだ。アンとセリカがいたら教えてあげたい」


 うちの子達とソル君はまだ面識ないんだよなあ。

 どこかで会えればいいが。


「ユー様はそのスキルハッカーの方に随分肩入れしますね。何故ですか?」


「……カンかな? 初めての後輩ってこともあるけど」


「カン……ですか」


 クララが何か、考えるような表情になる。


「ソル君はね、これから先、あたし達にとってかなり便利……関わってくるような気がするんだ。何となくだけど」


「ユー様のカン、当たりますもんねえ」


 クララがクスクス笑いながら言う。


「明日は結構、苔洞窟楽しみなんだ」


 何故ならギルドから帰った時のレベルアップで、すっごい強力なスキル覚えたから。

 だから今日は寝るっ!


「おやすみ」


「おやすみなさい」


          ◇


「使えねえ……」


 翌日、あたしは苔洞窟で呆然とつぶやく。


 あたしがレベル9で覚えた新スキルは『雑魚は往ね』。

 クララがビックリしてたくらいのレアスキルだ。

 固有能力『発気術』の所持者が稀に覚えることがあるが、明確な習得条件は知られていないらしい。


 雑魚魔物に対して特異的な強さを発揮する全体攻撃バトルスキルで、射程も長く、一撃でほぼ全滅させることができる。

 溜め技のため攻撃の順番が最後になるがノーコスト。

 一見すごそうでしょ?

 経験値稼ぎに絶好だと思うでしょ?

 そうでもないんだなあ、これが。


 出が遅いということは魔物の先制を許すということ。

 あたしが状態異常食らったりすると、途端にパーティー全体の危機を招いてしまうのだ。

 頑強なアトムに敵の攻撃を集めるなり、残りのメンバーで危険な敵を先に倒せるなりの条件がないと非常に危なっかしい。


 何より悲しいのが、肉こと洞窟コウモリが逃げてしまって倒せないこと。

 こっちのレベルが上がってるせいか、肉が問答無用で逃げるのだ。

 肉に行動ターンが回るまでに倒さなきゃいけない。


 レベルアップの恩恵で『ハヤブサ斬り』ならば一撃で倒せるようになったが、そもそもやつらが向かってこないと『ハヤブサ斬り』では届かない。

 遠距離攻撃用のカードがあれば……。

 『アイスバレット』と『ウインドカッター』を両方当てるか、それとも『ハヤブサ斬り』カウンターでないとダメなので、逃げる肉相手には非常に分が悪い。


 ちなみにクララがレベル9で覚えたのは『リカバー』。

 味方全員のヒットポイントを回復させるという白魔法だ。

 ヒーラーの醍醐味みたいなやつだな。


 アトムが覚えたのが『アースウォール』。

 味方全員の防御力と魔法防御を上げる支援系土魔法だ。

 長期戦で出番があるだろう。


 それからさっきレベル8になったダンテが、待望の全体攻撃火魔法『フレイム』を覚えた。

 戦術の幅が広がるな。

 消費マジックポイントも多いから、乱発はできないが。


 肉の確保に思わぬ手間がかかったが、その分素材やアイテムも回収できたので良しだ。

 しかししばらくコウモリ狩りに来るのはやめよう。

 効率が悪すぎる。


          ◇


「反省会を行いまーす。本日の戦闘について、忌憚のないご意見を聞かせてください」


 肉を捌いて肉にした後(何を言っているのかわからねーと思うが以下略)、苔洞窟の戦いぶりについて意見交換を行う。

 最早苔洞窟の魔物はあたし達の敵ではなく、それ故いろんなことが試せたのだが。


「あたしの『雑魚は往ね』を軸にするのは当分ムリだわ」


 残念だがいろいろ条件が足んない。


「姐御が『サイドワインダー』装備して、バトルスキル『薙ぎ払い』とダンテの『フレイム』で全体攻撃、弱った敵をあっしとクララで叩くのはどうでやすか?」


「アイシンクソー、バット、ミーのマジックポイントがすぐ切れるね」


 マジックポイントが切れても、経験値稼ぎなら戦えるだけ戦って撤収でいい。

 クエスト完了を目指すと厳しいか?


「『サイドワインダー』を2枚もらってユー様とアトムが装備すれば、連続『薙ぎ払い』できますね。『薙ぎ払い』のダメージでどれほど稼げるかが未知数ですが」


 そうなのだ。

 『薙ぎ払い』はノーコストで全体攻撃できる有用なスキルだが、通常攻撃より個々のダメージは落ちるという。

 どの程度落ちるか知りたいな。


「ボスの『ハヤブサ斬り』を生かすウェイもあるね。そのケースならミーとアトムが全体アタックね。ミーのマジックポイント消費はメニーだけれども、アトムが『マジックボム』使うよりコスパがいいね」


「そもそも群れ全部を相手にしないで、敵の数が多いときはユー様の『鹿威し』で数減らすのはどうでしょう?」


「姐御はどう思いやす?」


「真面目な議論はつまらん」


「「「!」」」


「という本音はさておき……」


「本音なのかよ」


 いいね。

 アトムのツッコミ属性が育ってきた。


「1枚だけ『サイドワインダー』のパワーカード交換してこよう。『薙ぎ払い』のダメージいかんで戦術変わっちゃうわ」


 全員頷く。


「あたしとアトムでアルアさんとこ行ってくる。その後苔洞窟でダメージテストしてくるよ。クララとダンテは鍋に入れる野草摘んできてくれる?」


「わかりました」「ようがす」「オーケー」


「よし解散。アトム、行くよ」


「へい」


          ◇


 アルアさんのところで素材を換金し、『サイドワインダー』を獲得した。

 残りの交換ポイントは149。

 ダンテからもらった中に今までない素材があったので、新たなパワーカードが引き換え対象になったんだろうが、今日はそれ以上の交換はせず、ギルドでの情報を得た後にする。


 一旦ホームに戻ってから苔洞窟に飛ぶ。

 『薙ぎ払い』の使用感だが、通常攻撃の4分の3くらいのダメージが全体に入る感じだな。


「これ、使えるねえ」


「そうでやすね」


「『ニードル』でも『ナックル』でもいいからもう1枚攻撃力アップのカードもらって装備してさ、『薙ぎ払い』撃ったらもう少しダメージ出そうだよね」


「おお、そんな手もありやしたか」


 まだ交換対象ではないが、攻撃射程の伸びるパワーカードがあったはずだ。

 あれを手に入れると肉狩りが捗りそう。

 うん、『薙ぎ払い』の確認できたし、将来の見通しも立ったからいいだろう。

 周辺の素材・アイテムを回収して家に戻った。


          ◇


「おにくおにくおにく~おにく~を~たべ~ると~、おなかおなかおなか~おなか~が~ふく~れる~ぅ」


 今日もバエちゃん絶好調だな。

 新しい仲間ダンテがイケメンとわかった瞬間からテンション高かったけど。


「バエちゃん、アトムに酒飲ませないでね」


「え、うん?」


「姐御、それは殺生でやすぜ!」


「あんた、この前の醜態忘れたの?」


「いやいや、忘れてやしやせん。反省を込めて、どうかお願えしやす」


「……2杯までよ?」


「恩に着やす!」


 オレンジのイケメンはデリシャスを連呼してる。

 そーか、そんなに鍋気に入ったか。


「ソル君、どうかな?」


「何かの素材を30個持って来いみたいなクエストよ。レアなのじゃないし、魔物が強いエリアでもないから、時間はかかりそうだけど問題なく片付くと思う」


「そうか、よしよし順調だな」


「ユーちゃんはどうなのよ?」


 こっちに水を向けてくる。


「やんなきゃいけないことが山積みでさ、新しいクエストもあるんだけど小休止してる」


「次はどんなクエストなの?」


「ほこら守りの村の怪、って転送魔法陣が言ってた」


「怪? ホラー?」


「いや、わかんない。行き先確認しただけだから」


 内容がわかれば対策できるのだが、転移した途端否応なくイベントに巻き込まれる展開だってあり得るのだし、準備は万端にしてから行きたい。


「怪かあ。アンデッドやゴーストだと火に弱いのよ」


 そうか、『ファイアーボール』をクララに覚えさせるってのもアリだな。


「バエちゃん、スキルの価格表見せてくれる?」


「ええ、いいわよ」


 『ファイアーボール』1000ゴールド、一番安い魔法の1つだ。

 あれ、『ヒール』は5000ゴールドか。割と高い気がする。


「『ヒール』って高いんだ?」


「うん、回復魔法はどのパーティーでも必須だからよく売れるの」


 ぼってるのかよ。


「お主も悪よのお」


「代官様のお仕込みで」


「「あははははっ!」」


 価格表を見ていると、『薙ぎ払い』3000ゴールドとある。

 あ、『薙ぎ払い』って買えるんだ?

 この前1000ゴールドの魔法に気が行っちゃってたから、他のあまり見てなかったよ。

 まあパワーカード『サイドワインダー』は攻撃力上昇効果もあるから、交換しなきゃよかったとは思わんけど。


 次の『五月雨連撃』も同じく3000ゴールド、全体攻撃バトルスキルとあるが、『薙ぎ払い』と何が違うんだろ?


「『五月雨連撃』は『薙ぎ払い』よりダメージ大きいけど、使用するのにマジックポイントを必要とするのよ」


 ふーん、そういうことか。


「買えそうなのは火・氷・雷・風・土の基本攻撃魔法と『薙ぎ払い』、『五月雨連撃』、『MPパンプアップ』、『セルフプロデュース』、『経穴砕き』か……」


 『MPパンプアップ』はマジックポイント回復のバトルスキル。

 『セルフプロデュース』は使用者の攻撃力と魔法力を一時的に高める魔法。

 『経穴砕き』は敵単体に1ダメージを与え魔法防御をかなり下げるバトルスキル。

 どれも使えそうだとは思うけど、『薙ぎ払い』と『五月雨連撃』以外はピンと来ないな。


「スキルコレクターみたいな人もいるけどあんまり。やっぱり戦闘に長けているのは自分の強みを知ってる人よね。ユーちゃん達はもともとパーティーバランスがすごくいいし、そもそも装備するパワーカードで全然戦い方変わっちゃうんだから、急いでスキル買わなくていいと思うの」


「そうだね。今は買うの保留にしとく」


 不意にダンテが声をかけてくる。


「ボス、レディー、アトムがボトル抱えてるけど……」


「あっ、こらアトム!」


「あ~姐御ぉ、大丈夫ですぜぇ、まだ2本目……」


「2本じゃなくて2杯までっ! あーもー」


 ダンテが指差す。


「ボス、クララもバタンキューね」


「えっ!」


 クララまでひっくり返っている。

 どーしてこうなった?


「あっ、酒臭い。誰がクララに飲ませたの?」


「ソリー、興味シンシンだったので、ミーが勧めたね。バット、ワンカップだけね」


 しょーがないなー。

 まあクララも飲みたいときくらいあるだろ。

 ただしアトム、てめーはダメだ。


「バエちゃん、ありがと。帰るわ。一夜干しは早めに食べてね」


「うん、ありがとう。また来てね」


「魚取れるようになったからね、魚で何かしたいな」


「魚? またドッカーンして取るの?」


 シャレでもそんなこと言えんわ。


「じゃねー、またね」


「またね、待ってるね」


 アトムをダンテに背負わせ、あたしはクララを抱えて転移の玉を起動した。


          ◇


「あー頭いてえ」


「自業自得! 酒は飲んでも飲まれるな、復唱!」


「酒は飲んでも飲まれるな」


「よーし、行くよ」


 アトムは今日もまた二日酔いのようだが、この間よりはマシらしい。

 慣れたからか、それともレベルが上がってるからか?


 一方でクララはケロッとしている。

 昨晩はすみませんでしたと恐縮してたが、たまにはいいんだよ、クララ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに着いた。


「やあ、いらっしゃい、ユーラシアさん」


「ポロックさん、これ作ったのでどうぞ。御家族で食べてくださいよ」


 津波の後の大量の魚で作った一夜干しを手渡す。


「すまないねえ。おとっつあんがこんな身体じゃなかったら……」


「もう、それは言わない約束でしょ」


 アハハハと笑い合う。


「真面目な話、うちの娘が身体弱くてね。食が細いんだけど魚は好物なんだよ」


「何だ、そんなことならいくつか持って行ってよ」


 ゴソッと手渡す。


「こんなにいいのかい?」


「今日は『初心者の館』訪ねてみようと思って、ポロックさんの助言に従って差し入れ持って来るつもりではあったの。でも予想外に魚たくさん取れちゃって。遠慮せずどーぞ」


「そうかい? ありがとう。『初心者の館』の面々も絶対喜ぶよ」


「だといいな。失礼しまーす」


「ああ、またね」


 階段を降りたところで、バッタリ女の子2人組に出会う。

 アーチャーのアンと魔法使いのセリカだ。


「あれ、こんなところで何してたの?」


「うむ、研究者の話も参考になるかと、拝聴しに来ていたんだ」


「我もです。知らないことは多いものです」


「あんた達くらい冒険者の知見あってもそうなんだ? あたしも真剣に聞かないとな。ところでこれあげる」


「あっ、魚の一夜干し? 珍しいものをありがとう、わたしこれ好きなんだ」


「山ほど魚取れちゃってさ」


「ユーラシアさんのホームは海が近いんですね」


「そうなんだよ。早めに食べてね。あっそうだ、一昨日ソル君に会えたから、あんた達のこと話しといたよ」


「「えっ!」」


 食い付き加減がすごい。

 2人の顔がいきなりドアップになるとビックリするわ。


「ス、スキルハッカー様は何かおっしゃっておりましたか?」


 あたしはキメ顔を作って言い放つ。


「『お2人に会うこと、楽しみにしてます』って」


「「きゃーっ!」」


 おーおー、モテモテだぞソル君。


「今、ソル君は3つ目のクエストに入ってる。だからそれをクリアすればギルドに来るよ。難しいクエストじゃないんだけど、アイテムの数揃えなきゃいけないらしくて、ちょっと時間かかるかもって話だった」


「そういうクエストなら手伝えるのに……」


「彼はあんた達に会うために、試練を乗り越えて来るのだ。信じて待て」


「「はい!」」


  アンセリの2人と別れた後、『初心者の館』を見回す。

 ホールを中心に部屋が15ほど配置されている。

 空き部屋の札が掛かっているところもあるな。

 それ以外は研究者がいるということか。


 研究者の部屋にズカズカ踏み込むのは、気後れするなあ。

 邪魔者扱いされないだろうか?

 いや、こっちには必殺一夜干しがある。

 ええい、ままよ!

 一番階段に近い部屋をノックする。


「こんにちはー、どなたかいらっしゃいますか?」


「お客さんかい? 入って」


「失礼します」


 灰白色のローブを着た、ヒゲのおっさんだ。


「やあ、1日に2組も訪問客があるのは珍しいが、精霊連れとはこれはまた。お嬢さんも冒険者なのかい?」


「ええ。『地図の石板』を手に入れて、まあ面白そうなんで」


「ハハハハ、最初は皆そんなもんだよな。境遇を楽しめるものほど長続きする。さ、立ち話もなんだ。そこの椅子にかけてくれ給え」


 席を勧められ、ハーブティーを出してくれた。


「一昨日大量に魚が取れまして、作ったんです。これ、御賞味ください」


「これは結構なものを。ところで大量にってのはどういうことだい?」


 そういうところに興味持つのが研究者っぽいな。

 大魔法を試し撃ちしてえらい目に遭ったことを簡単に話した。


「ああ、ペペちゃんの魔法か。あの子も当代一の魔道士だからね、ある意味」


 『ある意味』のイントネーションが不穏な感じがしたが、きっと気のせいだろう。


「もうその魔法を海に撃っちゃいけないよ」


「さすがに懲りましたよ」


「海には海のルールがあるからね。ナワバリを侵されたと感じる者がいるかもしれない」


「あ、そういう意味ですか」


 そういえばドーラ近海を領域とする魚人の一族とは、どこまでノーマル人が入っていいかの取り決めがあるって聞いたことがあるな。

 だからレイノス以外に港を作れないのだと。


「わかりました、気をつけます」


 ヒゲおじさんは満足そうに笑みを浮かべる。


「この部屋では何を研究してらっしゃるんですか?」


「私かい? 武器と属性の研究をしているよ。ああ、お嬢さんは精霊使いだったね。ということはヘプタシステマの使い手?」


「そうです」


「では、私のこれから話すことは重要だと思うよ」


 ほう、役立つことかな?


「通常、武器には1つないしそれ以上の属性が乗っている。例を挙げれば、剣には斬撃属性、メイスなら殴打属性だな。で、それぞれの属性について強い魔物もいたり弱い魔物もいる。ここまではいいかな?」


「はい、大丈夫です」


「じゃあ、複数の属性を持っている場合。例えば炎の魔法剣だと火属性と斬撃属性が乗っているね? これで火に弱く、斬撃に耐性のある魔物と戦うとする。どうなると思う?」


 え? そんなの考えたことなかったな。


「ええっと、火でダメージは大きくなるけど斬撃には耐性あるから……相殺される?」


「いや、火に弱いところだけ適用されて大きなダメージが入るんだ。つまり、武器の属性は多くつけた方が魔物の耐性を?い潜りやすい」


 へー、そうだったんだ。

 ためになるな。


「普通の武器だと、そうおいそれと属性をどうにかというのは考えられないが、ヘプタシステマ装備体系は別だ。攻撃に複数属性を乗せやすいからね。特に物理アタッカーは、そういうところを考えた方がいい。かといって自分の守りや耐性がおろそかになるのはいただけないが」


「大変参考になりました。ありがとうございました」


「またおいでよ。歓迎するよ」


 ヒゲおじさんの部屋を辞去する。


「ユー様、とても有意義な話でしたねえ」


「うん。次の部屋行こうか」


 『初心者の館』の研究者は、皆冒険者に役立つ知見を持ってる人達なのかなあ。


「毒、暗闇、沈黙、激昂、混乱、麻痺、睡眠、スタンを、基本8状態異常と呼ぶんだ。万能薬や『キュア』の魔法で治癒するのは、基本的にこの8つだけ。自分の耐性を考える時には、まずこの8つと即死攻撃について検討するといいよ」


「パワーカードは複数同じものを装備することも可能なんだよ。例えば刺突属性で攻撃力が増強される『ニードル』を2枚装備するだろ? すると刺突属性がダブることはないが、攻撃力は2枚分増強されるぞ」


「もう経験的にわかっちょるかもしれないけんど、コストのかからない行動方法を、防御以外で各自1つは持ってた方がいいべ。ノーコストの回復方法も世の中にはあるでよ」


「そうか、君達は字は読めるんだな? 当教室では無料で文字の読み書き講習会を行っているんだ。もし読めなくて困っている冒険者を見かけたら、ここを勧めてくれたまえ」


「状態異常のスタンは、全く行動できなくなるが解けるのは早い。一方で麻痺は、敏捷性が極端に落ちて攻撃やバトルスキルが使えず、自然に解けるのは遅いが、魔法やアイテムは何とか使えるんだ。似て非なるものだから注意な」


「強草や体力草など、基礎ステータス値を上げる薬草はほぼ市場に出回らないし、買取価格も高めだ。しかし冒険者ならなるべく売らずに使いたいものだね。あ、そうそう、そういう薬草の有効成分はアルコールに溶けるんだよ。でもまるっと食べた方がいいけどね。成分をムダにせず摂取できるから」


「武器に火属性や毒付与があったとしても、普通はスキルを使うとそういう特性は乗らない。ところが『ハヤブサ斬り』や『薙ぎ払い』など、一部のスキルには乗るんだよ。つまり即死付与武器を装備して『薙ぎ払い』すれば、イコール全体即死攻撃ってわけだ。また『薙ぎ払い』と似た『五月雨連撃』には、ステート付与は乗るけど属性は乗らないという違いがある。ただし『薙ぎ払い』と違って会心が出るから、会心率の高い装備のときはより多くの与ダメージを期待できるよ」


「ヘプタシステマ装備とそうでない通常の装備品、特に魔法の装備品の効果は干渉することがあるんだよ。併用するのはお勧めしないな」


「え? くれるの? めっちゃ美味しそうじゃない! いいわ~お酒が進みそうだわ~。お礼しなきゃね。これあげる、『経穴砕き』のスキルスクロール。えっ? もっといいのがよかった? ち、違うの。これは頭の回るベテラン冒険者なら覚えてるの。一部のレアモンスターにすごく効果的だから!」


 情報量が多い!

 いやーいろんな豆知識が聞けたわ。

 全体即死攻撃はそそるなー即死がつくパワーカードはあったかな?

 麻痺や睡眠の全体攻撃でも十分強力か。


 おや、クララが何か考えてる?


「ユー様、『経穴砕き』は人形系のレア魔物に有効なんだと思います」


「人形系?」


 とは?

 レアって響きは乙女の感性を刺激するが。


「ええ、素早くて逃げやすい、防御力がカンストしてるくらい高くて攻撃魔法は無効ですが、ヒットポイントは少ないので、ダメージを与える手段があれば倒せるとのこと」


「何それ、そんなウザいの無視すればよくない?」


「経験値が非常に高くて、ドロップアイテムが宝飾品なんです。高値で売れますよ」


「冒険者として魔物を逃がすのは許されないことだね」


「さすがユー様です。『経穴砕き』は防御力無視で確実に1ダメージとれますから」


 あたしの変わり身の術の鮮やかさにアトムとダンテが口あんぐりしてるが、君達に足りないのはそういうとこだぞ。

 冒険者は臨機応変でないと。


 階段を昇って店のコーナーへ。

 この前やってなかった店が開いてて、何人もの冒険者が群がってる。

 えーと、掘り出し物屋か、覗いてみるだけでも。


「こんにちは」


「おう、噂の精霊使いだな? 君ら向けに掘り出し物があるぜ!」


「え、何々?」


「じゃーん、パワーカード『ポンコツトーイ』4枚組4000ゴールド!」


 そんな変な名前のがあったら覚えてるはず。

 クララも首を振ってる。

 アルアさんとこでの交換対象にはなかったカードだな。

 とするとこれは、製法の失われたカードなのか?

 ダンテにもらったアイテムを売ったお金もあるし、4000ゴールドならギリギリ手が届くが……。


「うーん、いらない」


「え?」


「4000ゴールドって、あたし達みたいな新人冒険者には大金だよ? 大体4枚もいらないし、名前が『ポンコツトーイ』じゃハズレの予感しかしない」


「ちょちょっと待ってくれよ、じゃあ3000、3000ゴールドでどうだ?」


「もう一声っ!」


 そりゃそうだ。

 パワーカードなんてあたし達にしか用がないものだし、値下げしてでも売ろうとするわな。


「2500だ!」


「買ったっ!」


 掘り出し物屋に値引きさせるなんて初めて見たぜ、と、周りの冒険者の呆れたような声が聞こえる。


「ちぇっ、今日は厄日だ」


「ごめんね、これあげるから許して」


「何を……魚の干物か」


「一夜干し。いいだけ持って行ってよ」


「そうかい? めったに食べられないが好物なんだよ、嬉しいな」


 掘り出し物屋さんの表情がちょっとほころぶ。


「周りの皆さんもどうぞ」


「おっ、ありがたいねえ」


 どうせ原価はタダなのだ。

 あれ、まだまだ残ってるな。

 食堂の大将に引き取ってもらい、冒険者の皆にサービスしてくれるよう頼んだ。


「よう、ペペさんの魔法を購入した精霊使いってのはあんたのことなんだろ? よかったら話聞かせてくれよ。茶くらい奢るからさ」


 振り向くと軽薄そうな20歳くらいの男がいる。


「あなたも冒険者なの?」


「一応な。時々パーティーに入れてもらってクエストに参加したりしてる。俺の名はダンだ。よろしく」


「あたしはユーラシア、よろしくダンダ」


「ダン、な。大将、柿の葉茶5つとつまみ盛り合わせ」


 ダンと名乗ったツンツンした銀髪の男が話し始める。


「ペペさんって見た目あんなんだけど、伝説的なエピソード持ちだろ?」


「そーなの?」


 そういや『初心者の館』にいたヒゲのおじさんが、ある意味当代一の魔道士って言ってたっけ。


「ああ、あの人魔法の研究家だろ? メチャ強魔物の住む魔境にしょっちゅう極大魔法撃ち込んでテストしてたんだと。そうしたらいつの間にかマスタークラスになってたとか。実戦の立ち回りひとつ知らないのに」


「マスタークラスってレベル99以上ってこと?」


 マジかよ。

 いや、そりゃあんな広範囲の魔法撃ち込んでたら、狙ってなくとも魔物を巻き込むだろうな。

 グリフォンだろうがドラゴンだろうが木っ端微塵だわ。


 あ、料理と飲み物来た。


「まあ食べながら聞いてくれよ。ギルドでも注目してたやつは多いんだぜ? どんなやつがあの魔法買うのかって。威力だけは保証付きだからな。ただ習得条件が異常に厳しかったから……」


 3系統以上の魔法が使える固有能力。

 確かにそんなのほとんどいないだろう。


「そうしたら買ったの新人冒険者だって言うじゃねえか。しかもレア固有能力持ちの。こんな美味しいネタ、この『早耳のダン』が逃すわけにいかねえんだな」


 ははあ、こいつゴシップ屋か。


「で、どうだった? 試し撃ちしたんだろ?」


「した。でもあんまり思い出したくないけど」


「そりゃああんまりだぜ! 少しでいいから話してくれよ」


 トラウマもんなんだが、あれは。


「覚えたのそこのオレンジ髪の子なんだけどね、試し撃ちは海でやった。障害物がないからいいかと思って」


「もっともだな」


「もう発動予備段階から魔力の高まり具合がヤバいの。で、撃つでしょ? 白い塊が見たことないスピードで飛ぶ」


「うんうん」


 ダンが身を乗り出してくる。


「射程もデタラメに長くてさ、着弾して弾けると海面がくり抜かれたみたいに半円状に水なくなってんの」


「水が? 本当ならすげえな」


「そんな光景見たことないからボーっとしてると、ゴワーンって音と衝撃が後から来るの。で、ハッと気づくと波が迫ってくる。津波だよ。もー必死で逃げたわ。あんな必死になったの人生で初めて」


「ハハハ、津波が起きるほどの魔法ってのは面白いな」


 あれ? 本気にしてないのか?


「その後大量に魚が浜に打ち上げられてね、それで作ったのがさっきの一夜干し」


「え? 今の話フカシてるんじゃなかったのか?」


「掛け値なしのマジ話」


 あたしは沈痛な顔で言う。


「本当かよ……?」


「本当。この目を見て」


 一かけらの濁りもない瞳を見よ。


「可愛い女の子の顔を覗き込むのは照れるな」


 チャラい印象に似合わずピュアなことをほざくじゃないか。


「『可愛い女の子』のところがよく聞こえなかったから、もう一度言って?」


「全部聞こえてんじゃねーか。いい性格してんな」


 性格まで褒められてしまった。

 ダンはいいやつだ。


「でさ、射程が長いからいいようなものの、間違って近くに落ちたら自爆でしょ?」


「そうかもな」


「使用コストが残りマジックポイント全部とヒットポイントほとんど」


「なんだそりゃ?」


「あんまり使えないから禁呪にした」


「ハハハ、禁呪かよ」


 ダンがちょっと真顔になって言う。


「説明くらいされたんだろ? ユーラシア、あんたあれがどんな魔法か大体予想ついてたはずだ。何で買ったんだ?」


「キャラクターが愉快だったからかな」


「ペペさんのか?」


「うん」


 ダンは半ば呆れたように口に出す。


「全く、いい性格してるよ」


 二度も褒めんなよ。

 照れるじゃないか。


「面白れえネタだったぜ。あんた、これから用はあるのかい?」


「夜になるとベテラン冒険者が多くなるって言うじゃん? 話だけでも聞きたいなって思ってる。参考になるかもだし」


 ダンは振り向きもせず、親指で後ろを指す。


「あそこに貫禄のある爺さんいるだろ? 近頃じゃあんまり現場には出てないらしいが、現役の『アトラスの冒険者』だぜ。多分、最年長なんじゃねえかな」


 現役最年長の冒険者か。

 確かに年は取ってるが、がっちりした体格と日焼けした肌は、彼が歴戦の勇士であることを容易に想像させる。


「体験談には事欠かないに違いないぜ。ただ、かなり偏屈な爺さんなんだよな。俺が取り持ってやるよ」


「わあ、助かる~。ダンが今日初めて頼りになる」


「未来永劫頼りになるんだぜ。おーい、マウ爺!」


 マウ爺と呼ばれた老戦士がゆるりとこちらに身体を向ける。


「何じゃ、ダンか。そっち向いただけ労力のムダじゃったわい」


「相変わらずひでえ言い草だな」


 ダンが苦笑する。


「彼女達は新人冒険者でな、ぜひ爺さんの話を聞きたいんだと。武勇伝でも聞かせてやってくれよ」


「ほう、これはめんこいお嬢さんだ。ほっ?」


 後ろの精霊であるうちの子達が目に止まったのだろう。

 少し眉を上げている。


「精霊使いが加入したとは聞いていたが、嬢のことじゃったか」


「ユーラシアと言います。よろしく」


「ま、座ってくれ。大きいテーブルがよいかの」


 大テーブルの席に移動し、カモミールティーと盛り合わせ大皿を注文する。

 ダンも話に加わるようだ。

 マウ爺が先ほど掘り出し物屋で買った特売カードに目をやる。


「ほお、パワーカードか。久しぶりに見るの」


「パワーカード? マウ爺、そりゃ何だ?」


「ダンは知らなんだか。パワーカードとは、通常の武器や防具を使えぬ精霊にも使用できる装備品じゃ。使い勝手が直観的ではないせいか単に出回っておらんせいか、ほとんど使い手はおらん」


「弱いのか?」


 ダンよ。

 ここに使用者がいるんだから、ちょっとは遠慮しなよ。


「武器なぞ使い手次第じゃ。しかし容量の関係で、突出して優れたカードはないと聞いたことがある」


 容量の関係とは?


「どういうことでしょうか?」


「1枚のカードに詰め込める機能には限界がある。仮にレアな素材が豊富にあっても、伝説級のカードなど作れんということじゃ。例えば武器だったら、その辺の古びた剣と名工の鍛えた魔法剣では比較にならぬ差があるじゃろう? 伝説級の装備を手に入れたら、その代わりを探すなど普通は考えん。しかしヘプタシステマは違う」


 ダンがヘプタシステマ? って顔をしてたので、パワーカードの装備体系のことだよ、と教える。


「7つのカードを柔軟に組み替え、状況に即応させるのが醍醐味と言える。おそらく現在出回っているものでは、あるカードが別のあるカードの完全上位ということすらないのではないか」


 アルアさんのところでの、『サイドワインダー』と『スラッシュ』のやり取りを思い出した。

 同じ斬撃属性・攻撃力上昇であっても、『サイドワインダー』はバトルスキル『薙ぎ払い』を使うことができ、『スラッシュ』はより攻撃力上昇効果が大きいのだという。


「マウさんはどうしてそんなにパワーカードについて詳しいんですか?」


「詳しいとは言えぬな。長く冒険者をやっとると断片的な知識は増える、それだけじゃ。今、嬢が持ってる『ポンコツトーイ』については知っておるぞ。かつてヘプタシステマの使い手だった男が、常に装備していたカードだからの」


 ビックリしてあたしは聞く。


「これ、ついさっき掘り出し物屋で買ったんです。まだあたしもどういうカードだかチェックしてなくて」


「こいつ、掘り出し物屋で値切ってたんだぜ」


 要らんことは言わなくていい。


「ほお、冒険者なり立てでそいつを手に入れるとは、嬢も大変ツイておる。それは装備していると、得られる経験値が5割増えるカードじゃ」


 使えるじゃねーか。

 4枚あってよかった。


「他に一切効果はないので、ギリギリの敵と戦わねばならん場面で装備するカードではないがの。ほら、パワーカード製作者のアルアという女ドワーフがおるじゃろう? あやつの祖母アリアが生み出したと伝えられておるぞ」


 へー、物知りだなあ。


 あ、アンとセリカだ。

 夕御飯でも食べにきたのかな。

 何だ、こっちの様子が気になるのか?

 アンセリは仲間になりたそうにこちらを見ている!


「マウさーん、あそこの2人知り合いなの。冒険者希望で、マウさんの話聞きたいと思うから、ここ呼んでいい?」


「またお嬢さんか。ええぞ。たまには賑やかなのも」


 手招きで呼ぶと、アンとセリカは嬉しげに席に着く。

 マウ爺全然偏屈じゃないじゃないか。

 ダンよ、多分あんたが嫌われてるだけだぞ?


「では、新人冒険者に最も必要なことを教えよう。心して聞くがよい」


 マウ爺が歴戦の勇士オーラを全開にして言い放つ。


「そこにおるようなつまらぬ男に引っかからぬことじゃ」


「「「はーい、気をつけまーす!」」」


「そりゃねーよ、爺さん!」


 実にテンポがいいなあ。

 とゆーことは?


「ねえ、ダン」


「何だよ」


「ここのギルドでは、ダンがオチ要員ってことでいいの?」


「いいわけあるか! 何だオチ要員って。屈辱か?」


 いろいろパーフェクトなのに、もったいない。


「ユーラシアさん?」


 先ほどからうちの子達をチラチラ見てたセリカが話しかけてくる」


「ん、何?」


「この前も思ったんですけれど、精霊さんは喋らないんですか?」


「ベラベラ喋るよ。だけど……」


 マウ爺が言葉を継ぐ。


「人間と精霊とはもともと相性が悪いものなのじゃ。ごく一部の精霊親和性の高い人間のみが『精霊の友』たりえ、話すことができる。さらに『精霊使い』たるには、カリスマ的な影響力を行使できねばならぬ。『精霊使い』の固有能力がレア中のレアである所以じゃ」


「へえ……ユーラシアってすげえんだ」


「もっと尊敬してもいいんだよ」


 ダンが苦笑する。


「ちなみにあんた達、マウさん、ダン、アン、セリカの4人で一番精霊親和性が高いのは誰? せーのっ!」


「「「ダン」」」


 精霊3人の声が揃う。


「うわ最悪」


「何でだよ! そこは俺を大いに称えろよ!」


 いやまあ、ダンの精霊親和性が高そうなのは何となくわかってた。

 だからこういう話題振ったんじゃないか。

 オチ要員なら理解しろよ。


「ところでアンとセリカは、毎日どうやって過ごしてるの?」


「実戦で腕を磨いてレベルを上げたいのは山々なのだが、『アトラスの冒険者』は皆、目的を持って行動してるだろう?」


「ずっとパーティーメンバーになるわけでもなく、ただクエストに連れて行ってもらうのは難しいのです……」


 うーん、そりゃそうだろうな。


「マウさん、この2人を鍛えてやってくれませんか?」


「ん? どういうことじゃ?」


「アンとセリカは、いずれここに来るスキルハッカーの仲間になるんですよ。そのために少しでも経験を積んでおきたいんです」


 マウ爺が思慮深げに言う。


「……『スキルハッカー』の固有能力持ちが『アトラスの冒険者』になったという噂は聞いたが」


「そうだぜ、スキルハッカーが2人を仲間にすると決まったわけじゃないだろ?」


「いや、決まってるの」


「どーゆーことだってばよ!」


 あたしは事情を話す。


「『スキルハッカー』持ちの子はあたしより3日後輩でね、その子はその子で苦しんでたから、あたしが仲介した」 


「あんた、スキルハッカーともう面識があるのかよ?」


 ダンはかなり驚いている。


「たまたま会っただけだけどね」


「どんなやつだ?」


 ゴシップ屋『早耳のダン』としては知っておきたいことなのだろう。

 ちょっと情報を提供してやるか。

 ソル君がギルドに来た時、すぐ馴染んでくれると嬉しいしな。


「あたしより1つ年下14歳の男の子だよ。今3つ目のクエストで、それクリアするとここへ来る予定なんだ。早ければあと数日かな」


「つまり、その数日でやれることはやっておきたいということか。お主達もそれでよいのだな?」


「はい、お願いできるのでしたらぜひとも!」


「我らに教えて欲しいのです!」


 アンセリが勢い込んで答える。


「では引き受けよう。お主達のレベルに適した場所で、素材とアイテムの回収を兼ねた戦闘訓練じゃ」


「「はい」」


「えー爺さんばっかりずりーよ。俺も混ぜてくれよお」


「構わんぞ」


「え?」


 あまりに軽い了承にダンが面食らってやがる。


「後衛職の娘達を危険にさらすわけにはいかぬ。お主は盾となれ」


「お、おう」


 あれ? みたいな顔すんな。

 女の子を守るナイト役だぞ。

 オチ担当から大出世だ。


「良かったねえ」


「頑張るのです!」


「ユーラシアさんの予定はどうなっているのだ?」


「明後日から新しいクエストかな。明日はその準備で」


「あれ、準備に1日かけるのか?」


 ダンが意外そうだ。


「パワーカードってその辺が面倒なんだ。明日もう1枚手に入れて、それで皆のカードを再編成して試しに戦うところまではやっときたいけど」


 ダンが初めて気付いたように言う。


「あ、そうか、パーティーメンバー全員がパワーカード装備だから、やりくりしなきゃいけねえのか」


「そゆこと」


 マウ爺が声をかける。


「では今日はお開きとするかの。アン、セリカ、ダン、明朝ギルドに集合じゃ」


「「はい」」「うーす」


「さて、あたしは帰ります。今日はありがとうございました」


「おう、しっかりな」


「皆もじゃあね、またね」


「「さようなら」」「俺に惚れるなよ」


 華麗にスルーして転移の玉を起動する。

 今日はためになる1日だったなあ。


          ◇


 翌日、晴れた!

 タマネギの植え付けができた。

 初の冬越し野菜だから、楽しみな反面不安もあるな。


 屋根下の山積み魚(魚肥用)も乾燥が進むだろう。

 量が多過ぎるんで、発酵してくるのを期待して放置。

 こっちは上手くいかなきゃ仕方ないと、割り切って考えることにした。


「さあ、アルアさんとこ行くよー、準備はいい?」


「万端でやすぜ!」


 戦闘用の4つポケット上着を着込み、アルアさんの工房でカードを交換してもらいに行く。

 その後に試闘を兼ねた経験値稼ぎだな。

 あそこは回復魔法陣があるからやりやすい。

 でも肉になる魔物がいないので、乙女の心をちょっと切なくさせる。


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさんこんにちは! 早速だけど、カード交換してください」


 残り交換ポイントは149。

 1枚は交換可だ。

 少し手持ちの素材あるからポイントも上げられるが、2枚交換できるほどにはならないな。


「ほいよ、交換レート表だ」


 どれどれ、今交換できるのは、と。

 

 『逃げ足サンダル』(50ポイント。敏捷性・回避率上昇、魔法:煙玉)

 『ナックル』(100ポイント。攻撃に殴打属性、攻撃力上昇)

 『シールド』(100ポイント。防御力・回避率上昇)

 『光の幕』(100ポイント。防御力・魔法防御上昇、沈黙無効)

 『ニードル』(100ポイント。攻撃に刺突属性、攻撃力上昇)

 『サイドワインダー』(120ポイント。攻撃に斬撃属性、攻撃力上昇、バトルスキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』(100ポイント。攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性上昇)

 『ルアー』(100ポイント。狙われ率大きく上昇、防御力・魔法防御上昇)

 『スナイプ』(100ポイント。攻撃が遠隔化、攻撃力上昇)

 『スラッシュ』(100ポイント。攻撃に斬撃属性、攻撃力上昇)


 新たに交換対象となったのは『ボトムアッパー』『ルアー』『スナイプ』『スラッシュ』の4つ。

 『スラッシュ』は『アトラスの冒険者』になった時に支給された、よく知ってるカードだ。

 が、それ以外は初見だな。


「アルアさーん、『ボトムアッパー』のステータス上昇幅って、あんまり高くないの?」


「高くはないが、低くもないね。例えば『ボトムアッパー』の攻撃力上昇効果は、スラッシュやナックルの半分くらいだ」


 なるほど、魔法剣士なんかだと能力底上げに悪くない。


「『スナイプ』を装備するときは注意しな。攻撃を遠隔化するだけで属性はないから、他に斬撃なり殴打なり属性付きのカードとともに装備しないといけないよ」


 ほう、そーゆーとこすごくシステマチックだな。


 何のカードを得るのか、腹案があることはあった。


 第1案は防御力の弱いクララかダンテに防御系のカードを与えること。

 この場合沈黙無効がついてる『光の幕』が良さそう。


 第2案は攻撃系のカードで『薙ぎ払い』のダメージを増やすこと。

 遠くまで攻撃が届く『スナイプ』がベストか?


 しかし、今あたしは1つのカード名に目を奪われていた。

 そのカードの名は『ルアー』。


「ねえ、『ルアー』どう思う?」


「『ルアー』? ディフィカルトなカードね。どう使うね?」


「アトムに装備させてそっちに攻撃を集め、あたしの全体殲滅スキル『雑魚は往ね』で決着をつける」


 アトムに攻撃を集めるならば、あたしや後衛がダメージ受ける機会も減るだろう。

 溜め技である『雑魚は往ね』を有効に使えるのではないか?

 『雑魚は往ね』の射程は長いので『スナイプ』も要らない。

 どうかな?


 しばし考えていたクララが結論を出す。


「いいと思います。『雑魚は往ね』は私達のパーティーの大きな強みです。遅かれ早かれこのスキルを有効活用する手段は必要です。思うほど機能しない時は『薙ぎ払い』と『フレイム』を主体にすればいいでしょう」


 『私達のパーティー』って言った時、微かに顔が赤くなったのは見逃さない。

 可愛いぞ、クララ。


「よし、決まりね。アトム、あんたの耐久力期待してるよ」


「お任せくだせえ」


 残り交換ポイントは49。

 再編成後のパワーカード配分はこうなった。


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『ポンコツトーイ』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『シールド』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ポンコツトーイ』


 あたし以外の3人のカードをかなり入れ替えた。

 結果としてアトムが6枚も装備してるのにダンテが3枚と偏りが大きい。


 同じ後衛でも、回避率の高いクララと比べてダンテの脆弱さが際立つが、今のところは仕方ない。

 盾役やヒーラーに厚くするのは基本だからだ。

 回復魔法の機会が増えそうなクララに『マジシャンシール』のマジックポイント自動回復を期待する。


 このままだと出番がなさそうなダンテに、『初心者の館』でもらったバトルスキル『経穴砕き』を覚えさせた。

 どうせ1ダメージ固定でしか与えられないのなら攻撃力関係ないし、もしレアモンスターの人形系が現れたら素早いダンテに任せよう。


「いざ、出陣!」


 アルアさん家を威勢よく飛び出す。


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 あたしの必殺技が魔物を一掃する。

 やったぜ! 気分がいいなあ。

 狙われ率向上効果のある『ルアー』のカードを装備することで、アトムに敵攻撃を集めることができるようになり、ようやくあたしのバトルスキル『雑魚は往ね』が実用レベルに達した。


 この辺の魔物で怖いのは、食獣植物の全体睡眠技『眠りの花粉』だけだ。

 こいつが出た時に集中攻撃で倒してしまえば、おおむね『雑魚は往ね』が機能する。

 カードの充実によってさらに使えるようになるかと思うと、笑いがこみ上げてきますな。

 次々と魔物を倒せるんでレベルアップも早いだろう。


 ……ん? あそこにいる見覚えのない魔物は?

 人型に見えるがキノコっぽくもある。

 頭部が大きく、全体に青くぬめっとしている。


「……ユー様、踊る人形です」


「レア魔物の?」


 クララが頷く。

 あれが踊る人形か。

 確か宝飾品を必ずドロップして、経験値も高いとかいう話だったな。

 一方で普通の攻撃や魔法が効かないというやつ。


 ふっふっふっ、しかし我々には『初心者の館』で手に入れたあのスキルがある。


「ダンテ、わかってるね? 出番だよ」


「イエス、ボス」


 レッツファイッ!


 踊る人形の先制攻撃! アトムがサンダーボルトを食らう。ダンテの経穴砕き! 踊る人形を倒した!


 あれ、思ったよりあっけないな?

 でもレベル上がった。


「ダンテナイス! こいつ、ヒットポイント1しかないんだ?」


「はい、いわゆる人形系の魔物の中では最も弱いですね」


 人形系はダメージを与えるのが難しい代わりに、総じてヒットポイントは小さいらしい。


「姐御、何かドロップしてやすぜ?」


「やたっ! 黄珠と墨珠だ!」


 2つも宝飾品落とすのか。

 売ると高価なアイテムなので、すげー嬉しい。

 経験値が普通の魔物の10倍以上入るのに加えておゼゼまで……。


「……『経穴砕き』、全員分欲しいね」


「グループでアピアーしても倒せるね?」


「そゆこと。こいつらを倒すのが、冒険者としての使命のような気がしてきたよ」


「姐御は欲張りだなあ」


 アトムが笑う。

 何を言うか。

 経済観念が発達している上、機を見るに敏というのだ。


「より上位の人形系モンスターでも、ヒットポイントは2とか4のものもいます。全員が『経穴砕き』を習得していれば、倒せる確率はぐんと上がりますね」


「とゆーか、やつらが攻撃に回った時の魔法が強いわ。群れで出現して逃げずに『サンダーボルト』連打されたら、かなり痛いよ。1ターンで仕留めないと」


 全員賛成する。

 クララによると、人形系レア魔物は総じてかなり素早いのが特徴らしいしな。

 とゆーか、ダンテより敏捷性高いって相当だわ。


「ところで宝飾品ドロップは絶対なの?」


「えーと踊る人形の場合、間違いなく黄珠はドロップします。墨珠はレアドロップ扱いで何分の1かの確率ですけど。上位の人形系モンスターも、それなりの宝飾品を落とします」


 アトムが首をひねる。


「しかしレア魔物でそう見かけるもんでもなし、そう焦って『経穴砕き』買わなくてもいいと思いやすが?」


「そりゃそうか。ギルドの武器・防具屋さんもパワーカード取り置いてくれるって言ってたし、当然カードの数揃える方が優先度高いわな。踊る人形が2体以上同時に出現するのを確認したら、『経穴砕き』のスクロール購入することを考えようか。当面は人形バスターはダンテに頼るよ」


「ラジャーね」


 それはそれとして気になるのは……。


「人形系レア魔物がすげーたくさん出現する場所ってないのかな?」


「たくさんアピアーしたらレアって言えないね」


「もーこの際レアは返上してもいいから」


 こらあんた達、呆れた目で見るな。

 可能性の追求は大事だぞ?


「明日は新クエストだから、もう少し闘っていこうか」


「はーい」「ようがーす」「イエース」


 ちなみにさっきのレベルアップで、ダンテが全体氷攻撃魔法の『ブリザド』を覚えたよ。


          ◇


 翌日、海岸でのアイテム回収と日課の畑仕事を終え、皆で6番目の転送魔法陣の上に立つ。

 もう6つか。

 早いものだとは思うが、まあ今後はそんな簡単にこなせるクエストばかり出ないだろうしな。


 フイィィーンという高い音、そして頭の中に声が響く。


『ほこら守りの村の怪に転送いたします。よろしいですか?』


「ほこら守りの村っていう場所のクエストなのかな?」


 転送魔法陣に尋ねる。


『そうです』


「怪が起きるんだ?」


『怪が起きるんです』


 この転送魔法陣、面白いやつのような気がしてきた。

 それにしても怪異かー。


「おお、怪ときたか。いいねえ、冒険らしくなってきた」


 アトムがぐるぐると両肩を回し始めた。

 あたしは行き先だけはチェックして知ってたけどね。


「アトムはホラーに強い方なんだ?」


「……そんなことないでやす」


「ダンテは?」


「……テリブルは苦手ね」


 クララは整理された頭脳の持ち主である科学の子なので、比較的オカルトに対して割り切って見ていることは知っているが、アトムダンテがこの有様では前途多難な気がする。

 まあ行ってみないと始まらないわけだが。


「転送よろしく」


 フイィィーンシュパパパッ。


「ここは?」


 転送された場所は、比較的まばらに木の生えた森だった。

 いい感じに陽も差し込み、好きな雰囲気のところだな。

 あ、ウサギがいる。

 おいしそ……可愛いな。

 こののどかな雰囲気で怪が起きているそうなので恐れ入る。


 奥へ歩いていくと、開けたところに集落があった。

 ここがほこら守りの村だな。

 その真ん中の井戸を囲む広場で、3人の男女が何事か話し合っている。


「こんにちはー」


 最も年配の男が振り返る。


「やっ、外から来たお方ですな? 申し訳ありませんが、今、ほこらは立ち入り禁止なのですじゃ」


 ほこらが何だって?

 事情がサッパリわからん。

 怪が起きてますかって、聞かなきゃならんのか?

 怪し過ぎるだろ。


「いえ、あの、あたし達旅でここに寄っただけで……」


「ああ、すいません。ほこらを参りに来た方ではありませんのですな?」


「何やら立て込んでいる様子、お困りでしたらお手伝いしますけど」


 これまでの経験からすると、いずれのケースも依頼が出されているわけじゃなかった。

 どうも石板クエストってそういうもんらしい?

 あたし達を観察していた壮年の男が言う。


「村長、どうやら、旅の御仁は精霊連れの冒険者でいらっしゃる様子。相談してみてはいかがでしょうか?」


 村長と呼ばれた年配の男は迷っているようだったが、やがて口を開く。


「そう……ですな。どうやら我らだけでは解決できぬようだ。旅のお方、耳汚しですまぬですが、少々我らの話を聞いてもらえんでしょうか?」


「喜んで」


 よーし、いいぞ。

 いくらあたしが超絶美少女精霊使いだからといって、話も聞かずでは何もわからん。

 いや精霊使い全然関係ないけど、クエストが進まないのは困るのだ。


「ありがたや。ここは森の奥にあるほこらを祀る者たちの集落でしてな、霊験あらたかなことで、近隣には知られておりますじゃ」


 ふむふむ。

 小規模な宗教都市みたいなもんか。


「ところが最近、怪異現象が起きての、ほこら守りもままならんのです」


「怪異現象?」


「魔物が出るんです。ユーレイみたいな」


 耐えきれぬ、といった気色で3人目中年の女性が口を挟む。

 この3人がこの村の顔役なのだろう。


「ほこらまでの通路で、御神体らしき声が聞こえるのだ。どうやら魔物を倒してほこらまで来い、ということらしい。しかしいかんせん村に戦士はおらんでな、どうすべきか相談していたのだ」


 ははあ、そういうことか。

 魔物に困って冒険者に頼るというところは、極めてオーソドックスだな。

 御神体うんぬんの方はちと実体がわからんが、ユーレイが出るってだけのことならば力技で何とでもなりそうだ。


「旅のお方を冒険者と見込んでお願いする。何とかほこらに辿り着いて、御神体の様子を探っていただけんじゃろうか? 精霊使いならば、御神体と意思の疎通が可能なのかもしれぬゆえ……」


「やってみます」


「何と!」


 即答に驚いたようだ。

 まあ『アトラスの冒険者』は、達成不可能なほどのクエストを分配したりはしないらしいし。


「あ、でもしょせん駆け出し冒険者なので、失敗したらごめんなさい」


 てへぺろ。


「いやいやなんのなんの、村の者ではどうにもならなかったのじゃ。やってみてくれるだけでありがたい。報酬もできる限り、弾ませていただきますぞ」


「ではまず、村の皆さんに話を伺ってから、挑ませていただきます」


「村の衆には最大限協力するよう、申し伝えておきますでな」


 以下は聞き込みでわかったことだが。


「御神体様は、昔この村の始まりの時代に、辺り一帯を救った少女の霊とされています。しかし詳しい経緯は失伝してしまっているんです」


「素材を集めてるの? 森のユーレイは、割と高頻度で素材落とすって聞いたわよ」


「村の北から参道が出てるよ。森の回廊みたいになっていて、差し込む光がとても綺麗なんだ。でもユーレイみたいな魔物が出現するようになってから、空間がおかしくなってるのかな。通路がループしてしまっていて、行けども行けどもほこらに辿り着かなくなっちゃったの」


「ポーションやマジックウォーターが必要なら、道具屋で売ってるよ」


「参道に入るとすぐ、御神体様らしきくぐもった声がするんだ。どうやら何かのヒントを語っているようなんだが」


 ふーむ?

 まとまりのない情報は集まったが、どーもハッキリしない。

 御神体とユーレイの関わり、あるいは謎の解明には役立たないんじゃないかって気がする。


「一度参道に行ってみようか?」


「賛成でさあ。話聞いてるだけじゃ埒が明かねえ」


 ダンテは何か気になることがあるようで、少し離れた位置にあるテントのような仮家屋を指差す。


「魔力のウェーブを感じるね。参道のものとはアナザーの」


「行ってみましょうか。大した手間でもありませんし」


 テントもどきに近づく。

 ……本当だ、何とも言いようのない独特の空気感がある。

 強い魔力を持つ存在か?

 邪悪な感じはしないが。


 警戒しながら中を覗いてみると、香草だか香木だかの匂いが強い。

 何かいる、ユーレイだ!


「いきなり出たっ! 悪霊退散!」


「あくりょうちがうですよ」


 ユーレイはもぞもぞ動き、横から顔を出した。

 どうやら怪しげな布? を被った女の子だったようだ。

 しかし、この大きな魔力は……。


「ゆーしゃさまですか?」


「未来のね」


 見る目があるじゃないか。

 さすがわけのわからん魔力を撒き散らすだけある。

 というか、ひょっとして大変な才能の子なんじゃない?


 5、6才だろう。

 大きな丸い目で真っ直ぐこちらを見てくる。

 剃っているのか、髪の毛がない。

 悪しき存在に拐かされぬよう、その目を誤魔化すため髪を落とすとか、あるいは生まれてから一度も鋏を入れてない髪を供物に捧げるといった風習があるというが、その類だろうか?


 唐突に目の前の謎の幼女が言う。


「これをあげます」


「えっ? これパワーカードじゃない!」


 『ボトムアッパー』のパワーカードだ。

 どーしてこんなもんが脈絡もなく出てくる?

 いろいろ理解が追いつかないんだが。


「ゆーしゃさまがきたら、おわたしすることになっていたのです」


「つってもこれ、あたし達以外じゃ使えないと思うんだけど」


「ゆーしゃさまいがいはつかわなくてよいですよ?」


 えっ、何だこれ?

 すげー混乱するな。


「あなたは何者なの?」


「わたしはまーしゃです。りたとともだちになりたいうらないしです」


「マーシャ? リタ? 占い師?」


 ヤベーな、何言ってるかさっぱりわからん。


「あなたがマーシャだね? リタは誰?」


「ほこらにいるこ」


「御神体のこと?」


「そーともいう」


 村で聞いた話を思い出す。

 御神体は少女霊だったな。

 あれ、この子の言ってることが核心に近いのか?


「御神体ってやっぱり女の子なんだね?」


 マーシャは大きく頷く。


「かわいそうなおんなのこなの。かなしくてないている。でもまーしゃもかなしいの。みんなにきらわれ、かみのけがなくなってしまったから」


 途端におかしな展開になってきたぞ。

 こんなに小さな子が嫌われる?


「あなたの髪の毛はどうしたの?」


「きられてしまったの。まーしゃがばかなまねをしたから」


 悲しげに眉を顰め、涙を浮かべながら話すマーシャ。

 御神体である少女霊、理由も知れず暴れる森のユーレイ、田舎村にふさわしくない高魔力の少女、そしてその少女が何かをやらかし髪を切られた。

 ……なるほどホラー風味だ。

 あたしは笑いと力技が好物で、こーゆーの苦手なんだけどなあ。


「どう思う?」


 うちの子達に相談する。


「ちんぷんかんぷんでさあ」


「かなり高ランクのウィッチの素質があるガールね」


「マーシャさんについては、ひとまず保留にしましょう。御神体について聞き出し、まずそっちを片付けるのが先かと」


 うん、クララの言う通りだな。

 理解の及ぶところから手をつけていくべき。


「ねえマーシャ。リタのところに行くにはどうしたらいいか、知らない?」


「じゅうにとやっつはとしのかずなの。たしたかずだけしずめればよいです」


 年の数というのは謎だが、12と8を足した数、つまり20回鎮めればいい?


「鎮めるにはどうするの?」


「もりのまもののかずは、りたのかなしみのかず。ゆーしゃさまがかなしみををはらってください」


 ははあ、つまり20回ユーレイに勝てということか。


「わかった、行ってくる!」


「ゆーしゃさまにさちあれっ!」


 テントもどきを後にし、参道に向かう。

 途中村長がいたので聞いてみた。


「マーシャという女の子に会ったのですが」


 村長は白い眉をピクっと引きつらせ、苦しげに声を出す。


「……マーシャのことは放っといてくだされ。それがあの子のため、もうすぐ穢れが消えるのです。そうすればあの子は元のように……」


 マーシャが迫害されているという雰囲気ではない。

 それどころか、その身を心から案じているような物言いだ。

 『穢れ』の正体が何なのかはわからないが、部外者には推し量れない深い事情があるのだろうか?

 それともマーシャ自身の放つ、あの強大な魔力に起因するものなのか?


「参道に行ってきます」


 村長はほっとしたように話す。


「お願いいたします。参道に入ると、どこからか声が聞こえるのです。何らかのヒントだと思われるのですが……」


 声、か。

 何なのだろう?


 村長と別れ、村の北の参道の入り口まで来る。

 先ほど手に入れたパワーカード『ボトムアッパー』は、ダンテに装備させた。


「行くよっ!」


 参道の門をくぐる。


「神秘的ですねえ」


 集落の中とは打って変わって、木々の密度がかなり高い。

 参道が真っ直ぐ伸び、時間帯の関係もあるのだろうが、陽の光が道のみをしっかりと照らす。

 まったく見通しの利かない左右の森とのコントラストが、まさに神域という荘厳さを醸し出している。

 人の住むエリアからほんの数歩進んだだけなのに、全く様相が異なるのは、驚きと表現する以外にない。


 不意にどこからか声が聞こえる。


 こよい もうじゃが はねまわる

 じゅうにと やっつ たわむれよ

 さすれば わらわも はいだそう

 

「お、おい、マジでどこからだかわからねえ声だな」


「ミーこういうの好きじゃないね……」


「こら、ビクつくな!」


 臆せず進め!

 ずんずん参道を行く。

 しかしこれ、道の真っ直ぐ前は見通しがいいけど、左右の森の中はサッパリ見えやしない。

 どこから魔物が飛び出してくるか予想がつかないな。

 自分が不意打ちするのは好きだけど、されるのは好みじゃないんだが。


「あたしが先頭を行くから、アトムは右、ダンテは左、クララは後ろを警戒して」


「ようがす」「ラジャー」「はい」


 おっと、お出でなすったぞーっ!

 前方右から魔物だ!

 カタカタした動きのやつと、ふわふわして影が薄いやつ。

 なるほど、どっちも確かにユーレイっぽい。


「壊れ死霊とフォレストゴーストです!」


「『雑魚は往ね』でいくよっ!」


 アトムで耐え、雑魚は往ねで全体攻撃!

 よーし、問題なく通用する。

 このまま行ってみよう。

 あ、素材は回収っと。


 現れるユーレイを蹴散らしながらどんどん前へ。

 ふむ、魔物の強さも適度だし、あたし達の今のレベルに合ってる。

 素材や薬草が結構拾える点ではいいところだな。

 肉をゲットできないことだけは残念だけど。


 さらに進むと門のようなものが現れた。

 向こう側が何故か見通せない。


「ストロングな魔力を感じるね」


「潜るよ」


 門を通ると、同じ参道が続いてる?


「ユー様、後ろが!」


 振り向くと、門の向こうに村が見える。

 ということは、参道突き当りの魔力の門は、参道入り口の門と繋がってループしている?


「ぜんたーい止まれ! バックして本当に村なのか確認するよ」


 戻って門を潜ると、そこはやはり村だった。

 ふむ、帰れなくなる恐れはないわけだ。

 もっともあたし達には転移の玉があるので、その手の心配はあまりしていないが。


「よーし、続き行くよっ!」


 再び参道へ、するとあのどこからともなく聞こえる、不明瞭な声が。


 こよい もうじゃが はねまわる

 じゅうにと やっつ たわむれよ

 さすれば わらわも はいだそう

 

「あれ? これひょっとして、もう一度戦闘勝利20回のカウントやり直しなのかな?」


「そうでしょうねえ」


 しまった、やらかしたか。

 まあいいや、素材集めの効率はいいし。


 ユーレイ達を駆逐するうちにレベルが上がった。

 あたしとクララとアトムがレベル11、ダンテが10となる。

 ハハッ、ついにあたし達も全員レベル2桁だよ。


 クララが戦闘不能者を回復させる白魔法『レイズ』を、ダンテが火・氷・雷に対するレジスト魔法である『三属性バリア』を覚えた。

 より強力なクララの『精霊のヴェール』があるので『三属性バリア』の出番は少なそうだが、クララ曰く、マジックポイント消費は少なく、『精霊のヴェール』との重ねがけでより効果が高くなるそうだ。

 強敵との対戦で使えるか?


 さらに先へ行く。

 疑問に思ったことをうちの子達に聞いてみる。


「ところでユーレイと精霊は違うの?」


「大体同じでさあ」


「大体同じね」


「簡潔な結論かつテンポが非常によろしい、しかも被せてくるのはかなりポイント高いね。でも圧倒的に情報量が足りてないんだなあ」


「ユー様。ユーレイと精霊両方とも、実体を持たないことについては同じですが、成因が違います。植物や物体、現象などに魂が宿るのが精霊、動物が肉体を失って魂のみの状態になるのが幽霊です。動物の中で最も精神力の強いのが人間ですから、幽霊は人間由来のものが多いのです」


「ありがとう、クララ。とてもわかりやすかったよ」


「えへへー」


 さすがクララ。

 フニャっとした笑顔を晒していても、うちのパーティーの知性だけのことはある。

 クララが知性だとすると、アトムは頑丈、ダンテは俊敏だろうか。

 あたし? 美貌か良心か仁愛か徳望か正義だな。

 どれにしようかな、神様の言う通り。


 どんどん歩を進める。

 途中、経験値君こと踊る人形を倒す嬉しいボーナスもあった。


 さて、もう随分魔物倒してきたと思うけど?


「今ので20回の戦闘終わりました」


 あたし渾身の『雑魚は往ね』の後、クララが告げる。

 これで何かが起きるのか?


「……光の差し込むディレクションが微妙に変わったね」


 ほう? 散光の精霊ダンテが言うからにはそうなのだろう。

 先を急ぎ、門のところまで来た。


「もう魔力を感じねえでやすぜ、門からは」


 ループが消えたか?

 以前のように門の向こう側が見通せないということはなく、少し離れた場所にほこらの入り口が見える。


「ほこらの中からは狂ったように魔力が溢れてるぜ!」


「行くよ!」


 ほこらに踏み込む。

 中央に何かいる。

 あれが御神体か?

 ハッキリわかるくらい、エーテルの流れが異常だ。

 パチパチと火花を発し、時折雷魔法らしき光と音が響く。


「……デンジャラス、暴走しかかってるね!」


「悪霊化寸前です! もうあの子には、話通じないと思いますが。ユー様、どうしましょう?」


 ダンテもクララも焦りを滲ませる。


「ここで引いたんじゃ、村人もこの子も誰も救われない。戦うから腹くくって! クララは『精霊のヴェール』張ってその後回復で! アトムとダンテは火力全開で! 行くよっ!」


「はい!」「ようがす!」「イエス、ボス!」


 レッツファイッ!


 ダンテのファイアーボールで戦闘の幕を開ける。ダメージが大きく入る! やはりゴーストに火は効く。あたしのハヤブサ斬り! アトムのマジックボム! クララの精霊のヴェール! よし、間に合った、どうやら御神体に敏捷性はないようだ。しかしここで御神体の全体雷魔法! 全員がかなりのダメージを食らう。『精霊のヴェール』があってこれかっ?


「アトム! 『透明拘束』で魔法力落として!」


「よーすっ!」


 ダンテのファイアーボール! あたしのハヤブサ斬り! アトムの透明拘束! クララのリカバー! 御神体の3連続ランダム物理攻撃! アトムとあたしが受けたが大してダメージはない。大技の全体雷魔法は連発できないと見た!


「よし、勝てる! でも油断はしないで!」


 数ターン後に御神体を打ち倒した。

 急速にエーテルの流れが落ち着きを取り戻す。

 御神体はどうなった?


「うう……」


 生きてる。

 霊に向かって『生きてる』はおかしいか。


「……」


「ユー様、どうしました?」


「いや、何でもない」


 ユーレイと悪霊、どこが違うのかなとチラッと思っただけだ。

 どうせ大体同じって答えが返ってくるに決まってる。


 身体を起こそうとした御神体に手を貸す。


「大丈夫? 喋れる?」


「あ、あなた達は?」


「あんたの様子を見てきてって頼まれた冒険者だよ。良かった、正気に戻ったみたいだね」


 御神体は深いため息をつく。


「あ……ごめんなさい。とても悲しくなって、それで……」


 マーシャに聞いた通りだ。

 マーシャも悲しいって言ってたけど、あれだけの魔力が暴走したら止める自信ないぞ?


「理由を話してもらえる? あたしじゃ力になれないかもしれないけど、話すだけでも気が楽になることあるよ」


 御神体が口を開く。


「私は……リタといいます」


「うん、ゆっくりでいいからね」


 少女霊リタが頷く。

 ちょっと笑みを見せただろうか。


「昔、この村の始まりの時、土地神様が暴れていて食糧を確保できず、皆が危機に瀕したことがありました」


 村人も言っていたな。

 そんな昔の話が今の異変に関わるのか。


「それで土地神様を懐柔するために、私が嫁ぐことになりました。その後は土地神様も落ち着いて、村も少しずつ大きくなっていったんです」


「人身御供、ってやつかい?」


 アトムが気の毒そうに言う。


「いえ、そのことはもういいんです。村も発展しましたし、私も土地神様に大事にしていただいて幸せでしたから」


「じゃあ、何が問題だったの?」


 リタは悲しげな顔になる。


「土地神様が徐々に力を失っていったんです。本当に、最初はほんのちょっとずつだったんですけど、長い年月を経て、先日ついに消滅してしまわれて……」


「アイシンク、その土地神はこの辺りのネイチャーから、パワーをゲットしていたに違いないね」


「……周辺の発展で自然が減り、必要な量の力を得ることができなくなった?」


 ダンテが首を縦に振る。


「村人の話を聞く限り、どうやら信仰の対象は土地神様にではなく、『御神体』と呼ばれていたリタさんにあったようです。普通、神格の所有者は人々の信仰を自らの力に変えられるのですが、土地神様が村人の信心を得られていなかったのなら、力を失い消滅してしまったのも理解できます」


 なるほどなあ。

 クララの解説通りなんだろう。


「最早村の知り合いも土地神様もいない。私には何もなくなってしまった。それが悲しくて……」


「おい、しっかりしろよ。村人達はあんたのことを忘れちゃいねえ」


 アトムが力強い言葉をかける。


「そう……ですか?」


「本当だよ。あなたの様子を見てきてくれって、ここの村の人に頼まれて来たの」


「私の様子を……? あなた方はもしかして、『アトラスの冒険者』?」


 いやあビックリ。

 何ゆえ?


「『アトラスの冒険者』を知ってるの?」


 あたしの大声に驚いたのか、おずおずと話し出すリタ。


「は、はい、私には12歳の弟と8歳の妹がいました。弟は冒険者に憧れていまして、時々訪れる商人や旅人の話から『アトラスの冒険者』を知ったようです」


 12と8つが年の数とはこのことか。

 しかし『アトラスの冒険者』のシステムって、そんなに昔からあったの?

 少なくともドーラ植民地の黎明期には既に?


「弟は言っていました。『アトラスの冒険者は、世界の調整者なんだ』と」


「調整者……バランサー?」


「思わぬところで情報を得られたなあ」


 リタは嘆く。


「ああ、弟と妹は、あれからどうなったことでしょう! 今となってはそれが心残りだわ」


「心残りとか、縁起でもない。あなたが無事で寂しがってることがわかれば、村人達はすっ飛んで来るよ。『りたとともだちになりたい』って言ってた小さな子もいる」


 少女霊リタは眉を開く。


「本当に……?」


「ほんともほんと。土地神様はいなくなっちゃったかもしれないけど。あなたには村人がいるし、近くの村々にも霊験あらたかで知られてるらしいよ。土地神様が弱ってたなら、その霊験ってあんたの力なんでしょう?」


「私は1人じゃないんだ……」


 リタの頬に涙がつたう。

 喜びと感動の涙なんだろう。


「あ、弟さんと妹さんのことは、あたし達全然知らないんだ。村の人に伝えておくからね」


 少女霊リタが両手を打ち合わせる。


「よろしくお願いします。ああ、こんなに楽しみなのは久しぶり!」


「あたし達はもう行かなきゃいけないけど、いずれまた来るよ。面白い土産話でも持ってね!」


「期待して待ってますよ。そうだ、これ差し上げます」

 

 少女霊リタがゴソゴソして何かを取り出そうとしている。

 板? あっこれ……。


「『地図の石板』じゃない! ありがとう、でもどうしたの、これ?」


 出し抜けだな。

 こんな『地図の石板』の手に入れ方もアリなのか。

 しかしどーしてこんな場面で出てくる?

 いやクエストを終えたら次という概念なら、自然なのかもしれないけど。


「さあ……いつの間にか手元にあって、あなたに渡さなければいけないような気がしたものですから」


「そーなんだ?」


 ふむう、『アトラスの冒険者』は謎が多い。


「じゃあ、さよなら!」


「さようなら!」


 少女霊リタのほこらを出て参道へ。

 どうやらもう、ユーレイ達も出てこないようだ。

 ちょっと惜しいな。

 比較的効率よく経験値や素材を稼ぐことが可能なところだったんだけど。


 村に戻って、村長らにリタの言っていたことを報告する。


「あたし達が戻って来た限りでは、参道のループはなくなっています。大丈夫だと思いますけど、後日もう一度様子見に来ますね」


「……なるほど、土地神様が消失してしまった。そのために我らが御神体たる少女霊リタが悲しんでいるがための異変、ということでしたか」


 壮年の男が首を振り、腕を組む。


「その土地神様、という存在は全く知らなかった。もう少し昔のことが伝承されていたなら。いや、もう少し御神体と近しく寄り添えていたなら……」


 顔役の1人である中年女性が声を上げる。


「わ、私がその、御神体の妹さんの方の子孫だと思います。御先祖の姉が、身を捧げ村を救ったと伝えられておりますので」


「リタのところへ行ってあげて下さい。弟と妹のこと、どうなったかすごく気にしてたから。子孫が話をしに来たら、きっと喜びますよ」


 中年女性は深く頭を下げる。


「あの子を御神体として崇めるんじゃなくて、友として、村の仲間として語りあえばいいと思うんです」


「誠にその通りですな。いや期待以上の成果でしたぞ。本当にありがとうございました。些少ですがお受け取りくだされ」


 村長から7000ゴールドを渡された。

 マジかよ。

 えらく裕福な村だな。


「いいんですか? こんなに」


「いやいや貧乏な村でお恥ずかしい。素材を集めているとのことでしたので、こちらもどうぞお持ちください」


 ごっそり山積みの素材をもらった。

 こっちもありがたい。


 人前にも拘らず、クララが興奮気味に声を上げる。


「ユー様、これ『クラムボン』ですよ!」


 レア素材が含まれていたらしい。

 嬉しいなあ。

 どんなパワーカードと交換できるようになるだろう。


 さて、もう1つの難題に取り掛からなくてはいけない。

 このまま帰ったんじゃ寝覚めが悪いのだ。


「あの、マーシャのことなんですが……」


 3人の表情が凍りつく。


「あの子が何をしでかしたのか知りませんが、すごく悲しんでいたので可哀そうで。許してやってもらえませんか?」


 3人は互いに顔を見合わせ、何も言わない。


「大変な才能のある子なんです。あたしの顔に免じて、何とか」


「許すも何も、あの子は……」


 壮年の男が口角を微妙に引きつらせながら言う。


「2日前、肥溜めに転落しましてな」


 ………………へ?


「そりゃあもう、村中大騒ぎでしたわ。何度洗っても臭いが取れなくて、髪も剃ってまた洗って」


「それでもダメで、しばらくは香を焚いた小屋から出てくるなと。毎日きちっと洗ってやるからと。まだ3日はかかるんじゃないですかねえ」


 何だそれ?

 もっと深刻な事態を想定してたわ。

『みんなにきらわれ、かみのけがなくなってしまった』ってそういうこと?

 穢れが消えるって文字通りの意味なん? 


「マーシャを気にかけていただいてありがとうございます。あの子に類い稀な魔術の才能があることは、村の大人は皆知っていますよ。迷いがある時は、皆あの子に占ってもらうんです。そういえばちょっと前から『ゆーしゃさまがくる』って言ってましたけど、あれはあなたのことだったんですねえ」


 どーしろとゆーんだ。

 こっ恥ずかしいわ。


「じゃじゃあ、あたしはマーシャにさよなら言って帰りますね」


 村長が言う。


「ああ、あの子はすぐにでも御神体に会いたがるでしょうが、完全に穢れが消えるまではダメだぞと伝えて下され」


 はい、わかりました。

 でもマーシャは、大いに喜んでくれました。

 数日後にはリタに会いに行くんだろうな。

 ……早く穢れ(物理)が消えるといいね。


 転移の玉を起動して帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 うむ、予定通りまたレベルが上がった。

 石板クエストのボーナス経験値はかなり大きいらしい。

 必ずレベル上がるのかな?


          ◇


「じゃ、御飯の用意よろしく。あたしはバエちゃんとこ行ってくる」


「明日は宴会ですかい?」


 あたしは首を振る。


「いや、3日前に迷惑かけたばかりだし、それは次のクエスト終えたらにしよう。今日は報告と、それから『経穴砕き』のスクロール買って覚えてくるよ」


 そうなのだ。

 今日踊る人形2匹が出た時、1匹逃してしまったのだ。

 逃げたタイミングからして、あたしが『経穴砕き』を持っていたとしても倒せはしなかったが、経験値君が2匹同時に出ることがあるのは確定。

 1ターン目で両方叩ける体制だけは作っておきたい。

 ほこら守りの村で、かなーり報酬をいただいたしね。


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーちゃん、いらっしゃーい」


「5つ目のクエストクリアしたから報告しに来たよ」


 肥溜めの件で大笑いされたわ。


「いやでも実際大した子だったと思うよ。ごにょごにょ2号って呼ぶ暇もなく名乗られたもん。将来楽しみ」


「ユーちゃんがそう言うなら大した子だったんでしょうね。でもハゲ子2号ゆーな」


「言ってないってばよ」


 久しぶりだな、こーゆーやりとり。


「そうだ、『経穴砕き』買いに来たんだった」


「やっぱり買うことにしたの?」


「このスキル、ダンテは扱えるんだけどね。とりあえず2人は使い手いないと、レアモンスターに遭遇した時の機会損失が大きくなっちゃうんだよ」


「そうなの? はい、1500ゴールドね。毎度あり」


 封を切ってスクロールを開く。

 魔力が高まり、あたしはバトルスキル『経穴砕き』を身につけた。


「ふーん、スキルスクロールから覚えるのってこんな感じなんだ」


「あれ、好きな感覚ではなかった?」


「いや、金の力で解決したったという充実感がある」


「趣味悪ーい」


 2人でアハハと笑い合う。


「ソル君どうなってるか聞いてる?」


「大分コツ掴んだって言ってたよ。5日あればクリアできるだろうって今日言ってた」


「頑張ってるなあ」


 もう少しだな。

 アンセリに会ったら教えてやろ。


「でもユーちゃんは、いつもクエスト1日で終わらせるよね?」


「たまたまそういうクエストが回ってきてるだけじゃないかな。それにあたしにはうちの子達がいるし」


「そういうとこ謙虚よね。もっと自慢してもいいと思うけど」


「うーん、それはあたしの手柄じゃないんだよなー。ボケとツッコミ両方いけるところなんかは自慢できるんだけど」


 バエちゃん、こーゆーのスルーするなよな。

 悲しくなるから。


「ところで今日か明日は御飯食べに来るの?」


「いや、ちょっと先かな。次のクエストクリアしたら来るよ」


「今度来るとき、1日前に教えて。カレーライスごちそうするから」


「かれえ、らいす? らいすって米?」


「そうそう」


 米、それは穀物の一種だ。

 ふっくら焚き上げたときのもちっとした食感は、他の穀物の追随を許さない美味さだという。

 食べたことないけど。

 単位面積当たりの収量もなかなか優秀で、帝国本土の平野部では盛んに作られるらしい。

 食べたことないけど。

 ただし作るのに大量の水を必要とするため、温暖ではあるが水の不足しがちなドーラでは一般的でなく、ごく一部でしか生産されていないらしい。

 食べたことないけど。

 灰の民の集落のずっと東にクー川という大河があり、この川からの水利が実現したら広まるんじゃないかと聞いたことがある。

 食べたことないけど。


「へー楽しみにしてるよ。米、食べたことないんだ」


「うん、期待してて」


 ちっ、さすがにバエちゃんでも、あたしの心の中のボケまでにはツッコめないか。


「じゃあね、またね」


 転移の玉を起動して家へ帰る。


          ◇


 最近夕御飯に、ステータスアップの薬草を使った料理が出ることが多い。

 初心者の館の研究者は食べれば効果あるって言ってたけど、あんまり実感できないんだよな。

 継続は力なり > おゼゼは力の大小関係を信じ、売りたい気持ちをぐっとこらえて今日もいただく。


「姐御の『雑魚は往ね』は効くなあ」


「ミーの出番がないね」


 ダンテが不満気だ。

 確かに盾役アトムや回復役クララと異なり、ダンテには明白な役割が振られていない。

 ヤバい状態異常攻撃のある魔物に先制攻撃したり、経験値君を退治したりするのも重要なんだが。

 ぶっちゃけ『雑魚は往ね』による一掃が何らかの事情で不可能になっても、ダンテの全体攻撃魔法があるというだけで保険になる。


「ダンテ、あんたはいるだけで安心」


 何か嬉しそうだ。

 ちょろいな。


「ユー様、明日どうします?」


「どうしようかな」


 ちょっと迷ってるのだ。

 当たり前の考え方なら、大量に手に入れた素材をアルアさんとこで換金し、新しいカードを手に入れ試闘するべきだろう。

 レベルアップに伴い覚えたスキルのテストも兼ねてだ。


 ただもうかなり薬草や宝飾品などのアイテムを持っているので、ギルドで売ってくるのが先かなって気もしてる。

 アンセリにソル君のことも伝えたいし。


 もちろん次のクエストにいきなり行くのもアリだし、1日骨休めの日があったっていい。

 さてどうするか。


「マネー大事ね」


「そうだぜ、素材の換金先にしやしょう。何のカードと交換できるか確認するだけしておいて、ギルドへ行けばいいでやすぜ」


「よーし、そうしよう」


          ◇


「アルアさーん、こんにちはー」


「はいよ、いつも元気だね」


 翌日、日課を終えてアルアさん家へ来た。

 素材を交換すると、交換ポイントは304。

 ほこら守りの村でかなり素材もらったからなあ。


「交換レート表だよ」


 レア素材もあったし、どんなカードと交換できるようになったか楽しみだ。

 どれどれ、今交換できるのは、と。

 

 『逃げ足サンダル』(50ポイント。敏捷性・回避率上昇、魔法:煙玉)

 『ナックル』(100ポイント。攻撃に殴打属性、攻撃力上昇)

 『シールド』(100ポイント。防御力・回避率上昇)

 『光の幕』(100ポイント。防御力・魔法防御上昇、沈黙無効)

 『ニードル』(100ポイント。攻撃に刺突属性、攻撃力上昇)

 『サイドワインダー』(120ポイント。攻撃に斬撃属性、攻撃力上昇、バトルスキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』(100ポイント。攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性上昇)

 『ルアー』(100ポイント。狙われ率大きく上昇、防御力・魔法防御上昇)

 『スナイプ』(100ポイント。攻撃が遠隔化、攻撃力上昇)

 『スラッシュ』(100ポイント。攻撃に斬撃属性、攻撃力上昇)

 『火の杖』(100ポイント。魔法力上昇、魔法:プチファイア)

 『マジシャンシール』(100ポイント。魔法力上昇、マジックポイント自動回復)

 『シンプルガード』(100ポイント。防御力上昇、クリティカル無効)

 『癒し穂』(150ポイント。魔法力上昇、魔法:些細な癒し)

 『鷹の目』(100ポイント。命中率大きく上昇、攻撃力・敏捷性上昇)


 新たに交換できるようになったパワーカードは、『火の杖』『マジシャンシール』『シンプルガード』『癒し穂』『鷹の目』と5枚もある。

 その内『癒し穂』と『鷹の目』は初めて見るカードだ。


「ユー様、この『癒し穂』いいですね」


「うん、交換してくれーって訴えかけてくるね」


 『癒し穂』の何がいいかって、装備時に使用できる魔法『些細な癒し』がかなり高性能なのだ。

 戦闘中しか使用できないが、何とノーコストで全体回復できる。

 もちろん回復幅はリカバーより小さいらしいけれども。

 これ持っていれば、あたしが昨日覚えた魔法『リフレッシュ』と合わせて、回復がかなり充実する。


「アルアさん、この『癒し穂』は上物だね。これってひょっとしてレア素材『クラムボン』があったから?」


「ああ、そうだよ。ちなみにレア素材の交換対象になるカードは1枚限定だよ」


「……ということは『癒し穂』は1枚限り?」


「そういうこと。で、どうする? 交換してくかい?」


「『癒し穂』だけ交換してく。あ、そうだ、アルアさーん。1つ要望があるんだけど」


「何だい?」


「この表、ステータス値の上昇幅がわからないの。どうにかなんないかなあ?」


 アルアさんはやれやれという仕草をして言う。


「注文がうるさいね。いいよ、次回までに修正しとくよ」


「やたっ! アルアさんありがとう、愛してる!」


「調子がいいね。まったく」


 『癒し穂』はクララに装備させた。

 残り交換ポイントは154だ。


 アルアさん家の外で少し稼いでから、ギルドに行くことにする。

 昨日、帰宅時のクエスト完了ボーナスによるレベル上昇で、あたしは『マジックミサイル』と『リフレッシュ』の2つの魔法を覚えた。


 『マジックミサイル』は無属性攻撃魔法で、飛行魔物に対して強いという特性がある。

 クララによると、魔法力の高い発気術所持者が覚えるというけど、正直あんまり使いでがないかな。

 肉こと洞窟コウモリ狩りにはいいか?


 もう1つの『リフレッシュ』、ハッキリ言ってコイツはすごい。

 非戦闘時にしか使えないという制限はあるが、『ヒール』くらいの消費マジックポイントで、パーティー全員のヒットポイントを最大値まで回復できる。

 このレア魔法、習得条件が全くの謎だそうな。

 まあ姐御だからなあとアトムが呟き、クララとダンテが納得していた。

 よせやい、照れるじゃないか。


 その他アトムが『迷信拘束』を、ダンテが『スパーク』を覚えている。

 『迷信拘束』は全体攻撃バトルスキルで、麻痺と混乱を付加させる特徴がある。

 『スパーク』は全体雷魔法攻撃、安定して使えるだろう。

 『透明拘束』もそうだけど、アトムは変な技覚えるよなあ。

 おそらく『魔力操作』の固有能力持ってるんですよ、とクララが言ってた。


 そういやアトムとダンテの固有能力知らないや。

 バエちゃんとこ行った時に調べてもらお。


「さて、そろそろ切り上げてギルド行こうか。何か愉快なことある気がするなー」


「そうでやすか?」


「ボス自身がインタレスティングなエレメントね」


「おいおい、人を面白女神みたいに」


 あれ? あんまり褒められてないのか?


 『迷信拘束』の麻痺・混乱付加確率が、割と高いことが分かったのは収穫だった。

 もっともうちのパーティーは、あたしの『雑魚は往ね』が今後も主力攻撃になるだろうから、あまり使わなさそうなスキルではある。

 回復魔法陣を使ってから、転移石碑を用いてギルドへ向かう。


「ポロックさん、こんにちは」


 角帽がトレードマークのギルド総合受付に挨拶する。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「もーポロックさんったら見たまましか言わないんだから」


 いつも本当のことしか言わない正直者のポロックさんがアハハと笑い、思いついたように続ける。


「そうだ、ペペさんが君のこと探してたよ」


「ペペさん? スキル屋の?」


「そうそう」


「ありがとう、行ってみる」


 オリジナルスキル屋のペペさん。

 あたし達にいろんな意味ですごいネタ魔法を売った人。

 魔法の試し撃ちだけで、ドラゴン吹っ飛ばしまくってレベルカンストしたという伝説持ちだ。


 でも何の用だろう?

 アフターサービスでもしてくれるんだろうか?

 オリジナルスキル屋のカウンターまで足を運ぶ。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 この前と同じだな、このやり取り。

 だってまた突っ伏して寝てるから。


「あっ、ユーラシアちゃん! いらっしゃい、待ってたの」


「何かあったの?」


「その前に、この前の最強魔法どうだった?」


「死にかけた」


 海で試し撃ちして津波に追いかけられたことを話した。

 困ったような顔をしてたが、魚が大量に採れた条までくるとポンと手を打った。

 間違っても、その手があったかなんて思うなよ。


「海の一族と喧嘩になるかもしれないから、海で撃っちゃダメって言われた」


「あーそうか。そうよね……」


 心底残念そうな表情がありあり。

 大丈夫だろうか? この人。

 ナチュラルボーントラブルメーカーの香りがプンプンする。


「で、何か用だった?」


「あっそうだ、新しいスキルできたから買って?」


「え、もうできたの?」


 この前『デトネートストライク』買ってから1週間も経ってないじゃん。

 やっぱこの人天才なんだろうなー。

 この前のネタ魔法だって、説明に大げさなところ全然なかったもんな。

 だからこそ持て余すわけだが。


「どんなの?」


「『実りある経験』っていうバトルスキルなの。戦闘中に使うと、その戦闘でのパーティ全員の獲得経験値が倍になります」


「倍? それはすごいね」


 戦闘そのものを有利に運べるわけじゃないが、広い意味でパーティーを支援する、毛色の変わったスキルだ。

 こまめに使用すればレベルアップがかなり早くなりそうな。

 

「3000ゴールドでーす。どう? どう?」


「まあ、お金はあるけど……」


 あたしは素直に疑問を口にする。


「この前も思ったけど、オリジナルスキルにしては安すぎるんじゃないの? この前のやつだって、誰にでも売れる魔法じゃなかったし」


 ペペさんは手をパタパタさせて言う。


「スキル屋は趣味だから」


「どゆこと?」


 スキルで生計を立ててるわけじゃなく、素材や薬草を採って売るのがメインなんだそうな。

 あれ、極めて普通だな?


「生活楽なわけじゃないけど、たまに『逆鱗』とか拾ったりするといいお金になるし」


 ドラゴンの顎の下に生えてる鱗でレア素材です、売ったら2000ゴールドにはなりますとクララがこそっと言う。

 なるほど、ドラゴンぶっ倒すのはマジなんだな。


 ……『逆鱗』を消滅させずにドラゴンを倒すことが難しいから、たまにしか拾えないんだろう。

 やっぱヤベー人だ。


「だからスキルは私の気に入った人にしか売らないのでーす!」


 得意げなのがちょっと気に障るなあ。

 いつの間にか後ろでダンが見てるし。


「既に私のスキルを買う権利を獲得しているユーラシアちゃんの、決断力をテストしまーす! アートでロマンでドリームなスキル『実りある経験』1名様分3000ゴールド、これは誰でも覚えられます。買うチャンスは今だけ! 買うのであれば、5秒以内に誰が覚えるのか決めてください! カウント行きま……」


「4000ゴールドで買う。覚えるのはオレンジ髪の子ダンテ」


「……え?」


 ペペさんが間の抜けたような声を出す。


「ただし、『逆鱗』を1個おまけにつけて」


「……へ?」


「それでは今から精霊使いユーラシアが、売り手であるペペさんの決断力をテストしまーす! 売るチャンスは今だけ! 売るのであれば、5秒以内に決めてください! カウント行きまーす、5・4・3……」


「わーっわかった、売る売る!」


 もったいつけずに売ればいいのに。

 4000ゴールドを支払う。


「ごめんね、今、『逆鱗』の手持ちがないから今度でいい?」


「もちろん、レア素材がそんなにホイホイ出てくるとは思ってないから」


 ペペさんがホッとしている。


「えーと、じゃあこの前と同じ子ね。これどうぞ」


 スキルスクロールをダンテが受け取って開く。

 魔力が高まってダンテに宿り、『実りある経験』を覚えた。


「ユーラシアちゃんとの商売は、とってもドキドキするわあ。生きてるって感じがするの。また今度も買ってね?」


「あたし達にふさわしいスキルならね」


「うん、頑張る」


 いいスキルを手に入れた。

 ダンテの『実りある経験』の後、あたしの『雑魚は往ね』でとどめを刺すパターンが確立すれば、成長がかなり早まりそう。

 経験値5割増しのパワーカード『ポンコツトーイ』の効果もあるしな。


 レア素材『逆鱗』も楽しみだ。

 どんなパワーカードが交換対象になるだろう?


「劇場型売買かよ!」


 ツンツンした銀髪の男ダンだ。

 あんな面白れえもんを独占特等席で見物できるとは、話のネタを提供してくれた礼だと、ミントティーを奢ってくれた。

 コイツ、こういうとこマメだな。


「あんたの買い物はいつもあんな感じなのかい?」


「そんなわけないでしょ」


 ハハッと笑う。


「ダンは今、暇なの?」


「おっと、デートに誘ってくれるのかい? 申し訳ないが、そろそろ美少女2人と待ち合わせの時間なんだ」


 ああ、今日もマウ爺アンセリと訓練か。


「マウ爺の指導はどう?」


「お見通しか。やはり長いこと冒険者やってるだけはあるな。一々細かいんだが理にかなってるし、何より堅実だぜ」


 へー、興味あるな。

 そこへマウ爺アンセリがやってきた。


「早いな、待たせたか」


「いや、精霊使いがいたんでね。退屈しのぎにはなった」


「マウさん、アン、セリカ、こんにちは」


 マウ爺が頷く。


「こんにちは。ユーラシアさんは、今日は何しに?」


「いや、アイテム売りに来たんだけどね。何でかスキル買わされちゃった」


 セリカが目を『?』にしながら聞いてくる。


「どういうことです?」


「いや、それが傑作だったんだぜ……」


 ダンがスキル屋でのやり取りを面白おかしく語って聞かせた。


「ほう、あのペペを相手にか。心臓じゃのう」


 マウ爺が顎を撫でながら感心している。

 アンセリの2人なんか目を白黒させているが、ただの成り行きだってば。


「ソル君、あと4、5日で今のクエスト終わるってよ」


 アンセリが食いついてくる。


「「会ったの?」」


「いや、チュートリアルルームの係員に聞いたの」


 マウ爺がアンセリに説明する。


「チュートリアルルームというのはな、『アトラスの冒険者』に選ばれた者が最初に行き、説明を受ける場所じゃ。しかし、嬢は何しにチュートリアルルームへ行ったのじゃ?」


「あそこの今の係員と仲が良くて、時々一緒に御飯食べたりしてるんですよ。スキルハッカーの子も、そこでクエストの進捗状況を話したりしてるの」


 マウ爺が笑う。


「ふぉっふぉっ、嬢は面白いの」


 ダンが立ち上がる。


「さあ、そろそろ訓練行こうぜ爺さん!」


「うむ、行くか」


「あたしも勉強させてもらいたいんですけど、どうにかなりませんか?」


「ん? そうか、他のパーティーと連携することもあるしの。一緒に行くか」


「どうすればいいんですか?」


「受付で説明を聞かなんだか? ギルカを出すがいい」


 ギルドカード?

 何するんだ、そんなの。


「ギルカを起動して、メニューからフレンド申請の欄にするじゃろ? で、画面の真ん中にフレンド希望者を触らせる。ほれ、触れ。同様に嬢の画面にもワシがタッチすると、これでフレンド登録成立じゃ。近くにいる連携状態のフレンドとは、転移の玉で同時に飛べるぞ。今度はメニューから現有フレンドの欄にするとワシの名前があるじゃろ? そこをタッチせい。ワシのカードも同様にすると、互いの名前が点滅する。これが連携状態になった印じゃ。さあ、飛ぶぞ」


 そーいや受付のポロックさんが『近くにいる他の冒険者との連携にも使える』って言ってたな。

 共闘に便利な機能だ。


 マウ爺が転移の玉を起動すると、あたしの転移の玉も同時に起動した。


「で、ワシのホームじゃ」


 こざっぱりとした小さな小屋がある。

 これがマウ爺の家か。


「なるほど、ギルカにはこういう使い方があったんですね。知りませんでした」


「メニューからマニュアルに合わせると説明を見られるぞ。もっともこの手の使用方は、知ってはいてもやったことのない冒険者が多いかもしれぬ」


「マウさんの名前ってマウルスっていうんですねえ。知りませんでした、勝手に略しててごめんなさい」


 ギルカの現有フレンド一覧に『マウルス』ってあって冷や汗かいたわ。

 こらダン、たったの4文字を略すなよ。

 ソールをソルって略してるあたし自身のことは棚に上げるけど、大先輩に対して失礼だろ。


 ……あれ、考えてみればダンもあたしより年上か? 

 ……まあ、細けえことはいーんだよ。


「ハハハ、よいよい。気にするな。マウ、で通ってるでな」


 転送魔法陣がたくさん並んでる裏庭に案内される。

 30以上はあるな。

 これ見ただけでベテラン冒険者の戦歴がわかろうというもの。


「さて、今日はメンバーが多いから、少し推奨レベル高めのところへ行くか。レベル10相当でどうじゃ、嬢、問題はないか?」


「大丈夫です」


 ちょうどいいくらいだ。

 変な状態異常攻撃を使う魔物が少なければなおいいが。


「爺さん、アイテムの配分はどうすんだ?」


「そっちとこっちで等分でよいじゃろ」


「あ、珍しい素材があったら譲って欲しいんですけど。お金は払うから」


 マウ爺はすぐ理解したようだ。


「なるほど、ヘプタシステマは素材食いじゃからな。そういうことなら素材は嬢ら、その他アイテムはワシらでどうじゃ? お主らもそれでよいか?」


 後ろのダン、アン、セリカが頷く。

 あたしらも特に異存はない。


「まあ、分けるの簡単だわな」


「恨みっこなしじゃぞ? では行こう」


 全員で転送魔法陣に立つ。


          ◇


「嬢よ、ちぃーと手加減してくれんかの。訓練にならんわ」


 合同戦闘訓練中、マウ爺が呆れたようにこぼす。


「そういわれてもあたしのこの技、前衛多い方が安定するんですよ。今のメンバー構成だと効率的に使えるんで、見逃してくれませんかねえ?」


 この技とは、言わずと知れた『雑魚は往ね』のこと。

 溜め技のため相手の先制を許す弱点はあるが、発動さえすればザコどもを一撃で全てやっつけることができる。

 しかもノーコストという反則級に強力なバトルスキルだ。


 おまけに今日は先ほどペペさんからバトルスキル『実りある経験』を購入、ダンテが覚え、戦闘のたびに使用している。

 つまり獲得経験値倍のおまけつきなのだ。

 クララとアン、白魔法使いが2人もいるから、事故の確率も低いしなー。


「爺さん、今日は楽して経験値ボーナスデーでいいんじゃねえか?」


「やれやれ、たまにはそれでもよいか。アンよ、嬢が『前衛が多いほうが安定する』と言った理由は?」


 お、マウ爺の戦闘講座か?

 この流れで質問されるのは、実戦に即してていい感じだなあ。


「はい、『雑魚は往ね』は出の遅いスキルなので、発動前に状態異常や戦闘不能になるのが怖いです。盾役が多ければそのリスクを減らせます」


「よし、ではセリカよ。この場合の後衛の立ち回りとしては?」


「状態異常攻撃、即死攻撃を持つ魔物、あるいは攻撃力の強い魔物を先に倒すことによってユーラシアさんを守り、味方のダメージを減らすことを考えます」


「いいじゃろう」


 優秀な弟子達の回答に満足げなマウ爺。

 アンセリはさすがに戦闘のカンを掴んでるな。

 スキル覚えてるだけで使いどころのピント外してると心配だけど、これならソル君とパーティー組んでからも全然問題ないだろう。

 やはり戦闘経験は重要だとしみじみ思う。


「攻撃は嬢に基本全て任せる。ダン、ワシらは盾として防御主体じゃ。アンは『ヒール』ないし『キュア』が必要なとき以外は待機、セリカはマジックポイントを温存し、もし不測の事態となったら効率度外視でよいから最大ダメージの魔法を使え。足元の状態、光線と風の方向に注意し、不覚を取らぬよう」


「「「「はい!」」」」


          ◇


 2時間ほど共同訓練し、その後でギルドへ。

 再び同じメンバーで落ち合い、反省や感想を含めて雑談する。


「結論から言やあ、こんな楽なことはなかったな」


 ダンがコップをマドラーでかき混ぜながら言う。

 そりゃそうだ。


 ダンテが経験値倍増スキル『実りある経験』をかけ、マウ爺、ダン、アトムの前衛陣が盾になり、クララのノーコスト魔法『些細な癒し』で全体回復。

 で、とどめの『雑魚は往ね』。

 あたしの『リフレッシュ』も出番がなかったくらい。


 あたしらのパーティーはレベルが1ずつ上がり、あたしとクララ、アトムが13、ダンテが12になった。

 クララが全体攻撃風魔法『トルネード』を覚えたのは収穫だ。

 『ウインドカッター』と同じカマイタチのような風魔法だが、単体に対するダメージも『ウインドカッター』より大きいという、かなりの強力さを誇る。


 ちなみにアンとセリカは2ずつレベルが上がり9となった。


「ユーラシアさん、すまないな。ほとんど働けなかったのに……」


「本当です。何か悪くって」


「いいんだよ、あたし達も前衛多くて楽だったし。あんた達は今、少しでもレベル上げとくことが仕事でしょうに」


 マウ爺が先ほどから何か考えごとをしている。


「今日はありがとうございました。大変ためになりました」


「そう言ってもらえると嬉しいが、まあほとんどいらん世話だったかも知れんな」


「そんなことありませんよ」


 実際、あたし達も得たものは多かった。

 ギルドカードでの連携あるいは共闘の仕方。

 あたし達がしょっちゅう用いるスキル『実りある経験』や『些細な癒し』が、8人くらいなら1パーティーとして認識すること。

 レアではないが新しい素材を得たこと。


 今まで風上風下に拘った位置取りしてなかったけど、『眠りの花粉』とか使ってくる魔物なら風上の方がいいし、そうでなければ気配に感付かれにくい風下がいいしなあ。

 クララやダンテも、回復・支援魔法を使う際の立ち位置は勉強になったんじゃないかな。

 レベルも1ずつ上がったし。


「しかし嬢よ、あのスキルは何だ?」


 あのスキルとは『雑魚は往ね』のことだろう。

 何だと言われても困るのだが。


「レベル9で覚えたんです。固有能力『発気術』持ちがたまに身に付けることがあるらしいですよ。最初危なっかしくてどうにもならなかったんですけど、盾役に敵の攻撃を集めるパワーカードを手に入れてから実戦で使えるようになって」


「そうか。この年齢にして初めて見たスキルじゃ」


 マウ爺がしみじみ言う。


「爺さんが初めて見るスキル? どんだけレアなんだよ……」


 何だよ、ダンまで。

 生きのいいネタ仕入れられたぜ、くらいの軽口叩けよ。

 アンセリが尊敬の眼差しでこっち見てるじゃないか。

 いや、尊敬はしてもいいけど。


「『雑魚は往ね』は確かに威力は高いよ? コスパもいいけど、決して使い勝手は良くないんだってば、隙も大きいし」


「ま、嬢が危うさを知っとるなら問題はなかろう。あの経験値稼ぎのスキルと合わせてレベル上げに最適なのは間違いないしの。しかし……」


 マウ爺が考え込む。


「あのスキル聞いたことがある。運のステータス値が高い者が会得するのではないかという噂が昔あったな。嬢の運は高い方か?」


「え、運ですか? どうだろう?」


 さすが超ベテラン冒険者。

 レアスキルに対しても何らかの知識を持ってるんだなあ。


 しかし運か。

 今まで全然気にしたことなかったぞ?

 チュートリアルルームでステータスを計測したときは、特別どうこう言われた記憶ないけど。

 ギルカを起動して皆に見せる。


「この運のステータス値、高いのかな? あたし今、レベル13だけど」


「た、高いです。我の3倍はあります!」


 セリカがビックリしている。


「運がいいって言われりゃ悪い気はしないね。けど、冒険者的に何かいいことあるのかな?」


「比較的状態異常にかかりにくい、って聞いたことあるぜ」


「魔物を倒した際のアイテムドロップ率やレアドロップ率には関係がない、という研究結果は発表されとる。あとは謎じゃ」


 マウ爺は経験も知識も豊富だな。

 ダンも情報屋だけに案外様々なことを知ってるようだし。

 今後もいろいろ教えてもらお。


「比較的でも、状態異常にかかりにくいのは嬉しいかな。『雑魚は往ね』をより安全に使えるってことだし」


 ダンがまじまじと見つめてくる。

 何だよ、照れるじゃないか。

 いくらあたしが可愛いからって、それはマナー違反だぞ?


「何なの? 見とれるほどキュートだって? ありがとう」


「何も言ってねえよ。それよりユーラシア、あんたのステータスおかしくないか? 固有能力は何持ちなんだよ?」


「『精霊使い』の他に、えいやで撃つような雑把なスキル覚える『発気術』でしょ? それから『自然抵抗』っていう沈黙・麻痺・睡眠に対する状態異常耐性。その3つって言われた」


 驚くダンとアンセリ。


「固有能力3つ? マジかよ、そんなの聞いたことねえぞ……」


「いや、魔法系だとセリカのように能力が複数になることはあるが……」


「3つって、それのが『精霊使い』よりレア……」


 こらダン、アン、セリカ、ボキャブラリー貧弱になってんぞ。


「そうは言うけど、あたしから見ると魔法使える方がよっぽど羨ましいよ? あんたら固有能力に夢持ち過ぎだって」


 例えば『精霊使い』はレア固有能力だっていうけど、持ってりゃ便利だ強いぞってわけじゃないしな。

 魔法みたいに、冒険者にとって確実に役に立つのはいいなーって思う。

 もっとも魔法攻撃が好みかって言われると、もうちょっとアバウトな戦い方が好きだけれども。


「固有能力持ちが優れていると言い切れないのは事実」


 マウ爺がもっともらしく言う。


「しかし、過去『勇者』と呼ばれた者達の中で、固有能力を1つも持たなかったというのは聞いたことがないの」


「勇者ユーラシア……」


 冗談ならともかくマジ顔でそれはやめろ。

 本気で冒険者やってる人に失礼だから。

 あたしはお遊びで兼業冒険者やってるだけだ。


「ソル君の方があたしなんかよりうんと勇者に近いから」


「ソル君というのはスキルハッカーの名じゃったか?」


「そうです」


 マウ爺は興味を持ったようだ。


「スキルハッカーは、嬢から見てそれほど人物か?」


「かなり。いや、今がすごいっていうんじゃないですけど、真面目で決断が速く取捨選択が的確です。その上持ってる固有能力が規格外ですから」


「嬢の度胸と判断力、合理性は今日でようわかった。その嬢がこう断言するからには確かなのじゃろう」


 晴れやかな表情を浮かべるマウ爺。


「アンとセリカをもう少々、仕上げておかねばならんの。覚悟はよいな?」


「「はい!」」


 アンセリが声を揃え、元気良く返事する。


「ダンよ、お主はどうじゃ? 今後どうする?」


 冒険者としてソル君達について行く気があるか、ということだろうか?

 アンセリがともに後衛だけに前衛もう1人というのはアリだけれども、ダンは気質としてリーダータイプだろう。

 年齢も上だから、ソル君のパーティーには合わないと思うが。


「俺は……ギルドでダラダラやってる方が性に合うかな」


「そーだそーだ、ダンはギルドでのたくたしてるのが似合う」


「……もう少しワードを修飾してくれ」


 あたしは真面目な顔でダンに言う。


「あんたの持つ、誰とでも隔意なく話せる才能はすごく貴重だよ。あたしはそのコミュニケーション能力を軽視してはいないし、そのおかげでギルドにすぐ馴染めたことを感謝してもいる。……同時にそれ以外は軽視してもいいかなと思ってる」


「褒めるなら最後まで頑張れよ!」


 うむ、ダンのオチ担当能力は優れているな。

 そこは軽視すべきじゃないかもしれない。


「よし、今宵はワシの奢りじゃ。たんと食え」


「わぁ~い! マウさん大好き! 愛してる!」


「えー俺のことも愛してくれよお」


 笑いに包まれて夜は更けてゆく。


          ◇


 翌日、家の仕事を早めに終えてギルドに行く。

 何だかんだで昨日、アイテムを換金し損なったから。

 単に忘れていたというのは乙女の秘め事だ。

 買い取り屋さんで換金後、武器・防具屋さんに呼び止められる。


「精霊使いさん、パワーカード入荷してますよ。御覧になっていきませんか?」


「本当? そーだ、あたしの名前、ユーラシアね」


「ユーラシアさんですね。記憶しておきます」


 5枚のカードが目の前に出された。


「全て1500ゴールドになります。こちらの『誰も寝てはならぬ』が、アルアさんの扱わないカードです。防御力+5%、睡眠無効、装備中は最大ヒットポイントが+10%されます。他のカードはアルアさんのところで交換可能ですが、素材が揃わないけど今欲しいんだという場合には、当店でお求めいただければと」


 なるほど、アルアさんとこのシステムを知ってるんだな。

 買えるという選択肢も何気に嬉しいじゃないか。


「クララ、アルアさんとこに睡眠無効のカードあったっけ?」


「ありましたけど、かなり交換レート表の下の方でしたよ」


 交換レート表は、今のところ上の方からチェックがつく傾向にある。

 ふーむ?


「『誰も寝てはならぬ』もらっていきます。これ、もう3枚入らないですか?」


「御希望なら仕入れておきますよ。手付金として1割、450ゴールド先払いでいただきますが、よろしいですか?」


「じゃあ合わせて1950ゴールド、払っていきます」


「はい、確かに。2週間以内には入荷しますので」


「お願いしまーす」


「姐御、何か閃きやしたかい?」


 さっきの『誰も寝てはならぬ』のことかな?


「んー状態異常の中でも、睡眠・麻痺・混乱は誰が食らってもちょっとヤバげだから、早めに無効化できるカードが欲しいんだよね」


 クララとダンテが沈黙するのもよろしくないんだが、『雑魚は往ね』でワンターンキルできるなら危険はない。

 それならば睡眠・麻痺・混乱の脅威の方が上なのだ。

 少なくともザコ相手の時はね。


 それに防御力+5%と最大ヒットポイント+10%も、防御用のカードとして地味に嬉しい。

 誰が装備してもムダにならないナイスなカードと見た。


「ボス、ネクストはどうするね?」


「スキル屋で『逆鱗』もらおうと思ったんだけど……寝てるね?」


 オリジナルスキル屋の店主が突っ伏している。

 こんなんで商売になるのか?

 いや、店は趣味だとか言ってたっけ。

 まあそれはさすがに冗談だろうけど、あたしのやることは決まってる。

 目一杯息吸って~。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 寝ていた見た目少女? 幼女? の大魔道士ペペさんを起こす。


「『逆鱗』もらいに来たけど、今日ある?」


「あっ、あるある! はいこれ」


 レア素材『逆鱗』を手に入れた。

 どんなパワーカードが交換対象になるか、楽しみだなあ。


「ところでこの前のあれ、どうだった? 経験値倍増スキル『実りある経験』」


「使える使える、大活躍だよ! ありがとう! 戦闘のたびにあれかけて経験値稼いでる」


「え? そういうルーティーンな使い方は想定してなかったかな……」


 何かごにょごにょ言ってるが、使用法に文句つけるのはやめてもらおうか。


「私、あれかけてからあれ撃って、魔法テストしてたのね?」


 通訳します。

 『実りある経験』をかけてから『デトネートストライク』を撃って、大物を吹き飛ばしてたそうです。


「だからレア敵やボスの時のロマンかなーと思って。毎回使われるとアートでロマンでドリームじゃなくない?」


 知らんがな。


「それはともかく、経験値倍増からネタ魔法してたんだったら、『実りある経験』って結構前からもあったスキルなの?」


「うーん、構想だけのものも含めて、作りかけのスキルがかなりあるの。完成間近なのもいくつか。でも気分が乗らないと完成しないから……」


 『デトネートストライク』のネタ魔法呼ばわりはスルーですかそうですか。

 作りかけのスキルを完成させないのは気分屋のせいか?

 天才ってそうなのかもな。

 あたしは以前から感じてた疑問をぶつけてみる。


「あの最強魔法だけど、一発撃って倒れちゃうんじゃテストしにくくない? 魔物いるところだと危ないでしょ」


「あ、テスト段階ではヒットポイントまでコストにしなかったから」


「え? そっちのが使い勝手いいいじゃん」


「そんなんじゃ最強魔法って呼べないでしょう? 使えるコストを全部パワーに変換してこそ、看板に偽りなき最強魔法」


 看板が全てに優先するのかよ!

 頭のネジがぶっ飛びそうろう!

 いや、それは薄々感付いてたけど、まさか複数本飛んでやがるとは……。


「でも良かった、今日来てくれて。私は帰るね」


「えっ、ペペさん帰っちゃうの? 何で?」


「家の方がよく寝られるから」


 そーゆーこと聞いてるんじゃないんだけどなー。


「いや、商売はいいの? って言いたかったんだけど」


「え? だって私の商売相手はユーラシアちゃんだけだし、今は売るものないんだもん」


 マジでこの人、趣味でスキル屋やってるんだな。


「……おやすみなさい」


「じゃあまたね。おやすみなさい」


 さて、用は終わったな。


「おーい、ユーラシア、こっち来いよ」


 聞き覚えのある声だ。

 振り向いたら負けのような気もする。

 銀髪ツンツン頭、悪そうで憎めない笑顔、ダンだ。


「何なの奢ってくれるのありがとう」


「流れるように決め付けるなよ。まあいいけどな。紹介するぜ、こちら変態紳士のカール。『アトラスの冒険者』だぜ」


 『変態紳士』って他人の紹介に使っていい言葉なんだ?


「よろしく。あたしは精霊使いユーラシアだよ」


 初めて見る人だ。

 なぜそう言い切れるかというと、格好がユニークだからだ。

 ピンクの帽子と上着に黒眼鏡、こんなん忘れるようじゃ記憶力がどうかしてる。


「……こちらが、あの?」


「そう、ペペさんからスキル買った精霊使いのユーラシア」


 変態紳士と精霊使いが並列の二つ名みたいで嫌だなあ。


「……カールだ。今後ともよしなに」


 何だこの人?

 モジモジしてるし、挙動不審なんですけど。


「すまんな。こいつ、可愛い子を前にすると緊張しちまうんだ」


「そういうことなら仕方ない。あたしの罪だ」


「こんなに色の白い幼女は初めてで……」


「クララかよ! その黒眼鏡外せ、どっち向いてるかわかんないから!」


 強引に黒眼鏡を剥ぎ取る。

 ……まあまあ見られる顔じゃないか。


「カンのいいあんたのことだからもうわかってると思うが、カールはいわゆるロリの国の住人だ」


「そんな国はない」


 あたしは冷たく言い放つ。

 どーしてダンはこんなのに会わせた?

 こらそこのピンクマン、クララをチラチラ見んな。

 脅えてるだろうが!


「クララのためなら罪を犯すよ……」


「まあ待て、パワーカードしまえ。実はこのカールはペペさんの信奉者でな」


「ペペさんの?」


 とりあえず起動しかけた『スラッシュ』を止める。


「ドーラ大陸一の魔道士に名が挙がるくらいすごい人だが、あのなりだろ?」


「まあ10歳以下って言っても通用しそうだけど。え、でも実際の年齢はかなり上でしょ?」


「小生、実年齢を愛でたいのではないゆえ」


 おお? なんとなく名言っぽいな。


「でさ、ペペさんのスキル買ったときの話が聞きたいんだと。2番目の時のは俺見てたが、最初の時もどうせ愉快な掛け合いだったんだろ? 話してくれよ、俺も聞きてえんだ。こいつが飯奢るから」


「まあ、そういうことなら。あっ、ペペさーん! こっちおいでよ、食事ご馳走してくれるって!」


 片付けを終え、今まさに帰ろうとするペペさんの捕獲に成功した。

 ダン、面白がるな。

 ピンクマン、慌てんな。


「こっちがダンでそちらがカール、カールはペペさんの大ファンなんだって」


「まあ、初めまして」


 やっぱり初めましてだった。

 いつも寝てるもんな。

 こらピンクマン、固まってんじゃないよ。

 声かけろ声。


「……あ、あの小生……」


 こっち見んな。

 助け舟出せってか?


「ごめんねえ、憧れのペペさんと差し向かいで緊張しちゃったみたい。注文入れてよ」


「そお? じゃあ遠慮なく」


 ――――――――――30分後。


「で、あたしが『次も期待している。あなたの比類ない才能が、あたし達が習得するにふさわしいスキルを完成させることを』って言ったら、ペペさんが『わがっだあああ、がんばゆうううう!』って号泣よ」


「あははははっ! そうだったわねえ」


 最後のローストコウモリ肉つまみながら、最強魔法買った時の話を面白おかしく(事実)してあげたら、ダンは食いついてくるわピンクマンは感涙に咽ぶわでえらいことに。


「ううっ、ペペ様聖女だ……」


「ペペさんはどうしてユーラシアに入れ込むんだ?」


 ダンが問うと、さも当然といった風にペペさんは答える。


「そりゃあ、私のスキルを使いこなしてくれるからよ」


「いやいや、使いこなしてないから」


「え? でも津波漁なんて、私全然考えつかなかったのよ?」


「漁じゃねーよ!」


 どっかん爆笑。


「あ、そろそろ私、おいとまするわね。カールさん、どうもごちそうさまでした」


「あうあう……」


 だからこっち見んなピンクマン。


「どういたしまして、また声おかけしてよろしいですか、と言ってます」


 ペペさんはニッコリ答える。


「もちろん喜んで。私、いつも寝てますけど、構わず呼んでくださいね。では失礼いたします」


 会釈して帰ってゆくペペさんを見送り、ロクに喋れもしなかったヘタレピンクに向き直る。


「どうよ?」


 放心状態のピンクマンがいきなりカッと覚醒し、肩を掴んでくる。


「大いに感謝する! 小生、今日は天にも昇る気持ちだ……」


 そんなに喜ぶとかえって引くわ。


「何か礼をしたいのだが」


「いや、うちの子達の分まで奢ってもらったし、十分だよ」


「それでは申し訳ない」


 面白いもの見たから、本当にいいんだぞ?


「それより次からちゃんとペペさん誘いなよ?」


「難問だ、御助力願いたい」


「アホかーっ!」


 さて、そろそろ行くか。

 それにしても、ペペさんえらく大量に食べてったな?

 あの小さな身体のどこに入ってくのか謎だ。


「ダンは午後からマウ爺アンセリのお手伝い?」


「まあな」


「ピンクマンは?」


「小生は帰る。ペペ様がお帰りになられたからな」


 ブレがないな。


「ユーラシアはどうすんだ?」


「パワーカードの工房行く。昨日今日で新しい素材手に入ったしね」


「そうか、じゃあな」


「じゃあまた」


 転移の玉を起動し、一旦ホームに戻る。


          ◇


「アルアさーん、こんにちはー!」


「はいよ。いつも元気だね」


 パワーカード工房に飛んで来た。

 素材を売ってポイントに換える。

 へー、『逆鱗』って売値2200ゴールドもするのか。

 現在交換できるのは以下の通り。

 

 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突


 新たに交換対象となったのは『ハードボード』『アンチスライム』『風月』の3種。

 『アンチスライム』はよく知ってるけど、『ハードボード』と『風月』はお初だ。


 『ハードボード』は防御力補正の大きい前衛向きのカード。

 あたしが暗闇食らうと、『雑魚は往ね』の命中率下がりそうだから有用かもしれない。


 特筆すべきは『風月』だ。

 敵全体に風属性強攻撃を放つ『颶風斬』と速度補正のある単体刺突強攻撃2連の『疾風突』、2つの大技バトルスキルを備えている。


「『風月』は攻撃時属性がついてないことに注意しな。単体では武器にならないよ」


 あ、本当だ。

 『スナイプ』もそうだけど、パワーカードのそーゆーシステマチックなところ、くすぐられるものがあるなあ。


「アルアさーん、交換レート表すごくわかりやすくなったよ。ありがとう」


「そうかい、そいつがわかりやすいと思えるようになったってことは、パワーカードを戦略的に使えるようになったってことさ。成長したね」


 成長したって、他人に言われると嬉しいもんだ。

 考えてみれば最初の転送魔法陣が出現してから、まだ3週間も経ってないんだなあ。

 仲間の精霊が2人増え、生活も全然変わってしまっているのに。


「姐御、どうしやすか?」


 アトムの言葉で現実に引き戻される。

 何交換するか決めないとな。

 残り交換ポイントは194か。


「……ちょっと難しいね」


 『風月』に魅かれるのは山々なのだが、強敵やボス戦がなければ役に立たない気もする。

 であれば、沈黙無効のある『光の幕』をクララかダンテにつけるか?

 あたしに『ハードボード』という手もある。


「ユー様、交換ポイントは温存しておいて、次のクエストの傾向見てからにしてはいかがでしょうか?」


「よし、そうしよう。アルアさん、今は交換やめとく」


「そうかいそうかい。まあすぐ交換するばかりが能じゃないわさ」


 帰ろうとした時、作業場のコルム兄が手招きをした。


「ユーラシア、ちょっといいか?」


「何? 可愛い従妹の顔見たくなった?」


「ハハハ、相変わらず冗談が上手いな」


 褒められたはずなのに嬉しくないのは何故だ?

 ともかくコルム兄の傍に行く。


「この前ギルドの巡回職員2人が査察に来た時、おかしな話をしていたんだ」


「おかしな話?」


「うむ、大掃除をするんだと」


「大掃除?」


 コルム兄は何を言いたいんだ?


「ひそひそ話だった。オレも盗み聞きしただけだから詳細はわからない。ただその大掃除には、レベル25以下の正式な冒険者は全員参加ってことだった」


「全員参加? 何それ?」


 正式な冒険者ってことは、既にギルドへ来ている『アトラスの冒険者』ということだろう。

 あたしも含まれる。


「それ以外に、カラーズ各村からも代表を募り、レイノスの警備兵も参加する。わけがわからないだろう?」


「さっぱり」


「大掃除……クリーンナップ作戦」


 ダンテがボソッと呟く。


「メイビー何かのシークレットワードね」


「私もダンテの言う通りだと思います。何か大掛かりな計画があって、参加するメンバーからするとおそらく荒事かと」


 クララも物騒なことを言い出す。

 しかしわざわざコードネームつけてひそひそ話か。

 口外しない方がいいっぽい?


「とにかく伝えたよ。君にも関係あることだろうからね」


「ありがとう。周りにアンテナ張っとくよ」


 いずれギルドから正式発表あるんだろうが、その時慌てないようにしないとな。


「じゃあ帰るね。アルアさんもさよなら」


 転移の玉を起動し、我が家に戻る。


          ◇


「これからどうしようか? まだ少し時間あるけど」


 帰宅したが、腹具合からすると夕御飯までは間があるっぽい。


 コルム兄の言ってた『大掃除』なる企ても気になるが、今のところ何が何やらまるでわからないから、ウダウダ考えていてもどうにもならない。


「姐御、新しい転送先、試しに行ってみやしょう。それいかんでパワーカード考えればいかがでやしょう?」


「よし、採用! そうしよう」


 実は7つ目の転送先、チュートリアルルームを除いてクエストとしては6つ目だが、『謎の本』なる何ともその名からは判断しづらい場所なのだ。

 明日以降に本格的に挑戦として、見物がてら予備知識仕入れとくのは悪くない。


「今日のところは『雑魚は往ね』使わず、魔物の種類と攻撃パターン見極めるつもりでいくよ。ヤバそーだったら即行で帰宅する」


「はい」「ようがす」「ラジャー」


 必ずしも戦闘になるクエストとも限らないけどね。


 ギルドの武器・防具屋で買った『誰も寝てはならぬ』はあたしが装備した。

 睡眠無効がつく上に、防御力と最大ヒットポイントがアップする、使いでのあるカードだ。

 いずれは全員装備するのが望ましいと考えている。


 7つ目の転送魔法陣の上に立つ。

 強まる魔法陣の光、フイィィーンという音と同時に、例のごとくあの事務的な声が響く。


『謎の本に転送いたします。よろしいですか?』


 だから情報量が少ないんだってばよ。

 しかし本好きのクララが心なしか嬉しそうに見える。


「転送魔法陣さん、これって本の魔物が襲ってくるのかな?」


『そういうことはないです。ヒントはここまでです』


 ぐむむ見透かされたか。

 おのれ転送魔法陣、倶に天を戴いておれようか。

 いやそんな大袈裟なもんじゃないか。


「転送よろしく」


 フイィィーンシュパパパッ。


「ここは?」


 無機質な寒色の壁に囲まれた部屋だ。

 天井はやけに高い。

 壁全体が光って部屋を明るくしているところといい、印象としてはチュートリアルルームに近い。

 目立つものといえば部屋の中央にある小さな机と、そこに乗っている青い本。

 思わず間抜けな声が漏れてしまう。


「本だね」


「本ですね」


「本だな」


「本ね」


 感想が一致しながら語尾の一致しない不条理さにおかしみを覚えつつ、恐る恐る本に近寄る。

 いや、だってそれしかキーアイテムがないんだもん。


「……強い魔力を感じるぜ」


「表紙には何も書いてないです」


「タッチするしかないね」


 推測の根拠となりそうな情報と言えば、本の魔物が襲ってくるということはないという、転送魔法陣の言葉だけ。

 つまりこれは魔物ではない。

 気は進まないけど、触ってみるしかないよなあ。


「あたしがいく。あんた達は後方で待機。油断はしないで」


「「「了解!」」」


 おお、いい感じ!


「3人の声が揃った方が気持ちいいからさ、これから作戦行動中の返事は『了解』にしてくれない?」


「「「了解!」」」


 あたしは本をつついてみた。

 消極的過ぎたか、特に変化はないな。

 続いて表紙に掌を当てる。

 ふむ、これも変化なし。

 となれば……意を決して表紙を開く。


 ズアアアアアッ!

 魔力の奔流に包まれ、上下の間隔が曖昧になる。

 これは転送だ! 


「……ここは?」


 移動先は赤黒チェックの床が特徴的な場所だった。

 四面の壁が本棚になっており、ズラーッと本が並ぶ様はなかなか見ごたえがある。

 これはクララが羨ましがる構造だなあ。


 うちの子達も皆いる。

 あの本はパーティーメンバー全員が飛ばされる転送装置だったんだな。


「皆無事かな?」


「はい、大丈夫です」


「モーマンタイね」


「姐御、あれを見てくだせえ」


 アトムの指差す方向を見ると、先ほどと同じような机と黄色い本、それから青い魔法陣がある。

 黄色い本は前のフロアへ戻る転送装置だろう。

 青い魔法陣は確か……。


「ユー様、永続的で何度も使える回復魔法陣です。間違いありません」


 魔法陣の術式を調べたクララが断言した。


「やたっ! ここで経験値稼ぎができるかな?」


 ウロウロしてる魔物がいる。

 レッツファイッ!


「コブタマン3匹! 肉が美味しいらしいです!」


「何だとお! 今日の夕御飯だな!」


 ぜひやっつけねばっ!

 レッツファイッ!


 ダンテのスパーク! 1匹逃げたっ! あたしのハヤブサ斬り! コブタマンの攻撃! あたしが食らうが大したことはない。アトムの薙ぎ払い! 1匹倒した! クララの些細な癒しで全体回復。よーしいける! ダンテのアイスバレットとあたしの攻撃で残り1匹を仕留めた。


「いやー、実にいいねここ。回復魔法陣もあるし、肉も狩れる。黄金コンボじゃん。さては天国かな? コブタマンは逃げることあるみたいだけど、洞窟コウモリほど問答無用じゃないし、敏捷性も大したことないね。どんどんいってみよう!」


 思わず饒舌になってしまった。

 クエスト? 何ですかそれは。

 洞窟コウモリに逃げられてしまう現在、美味しい肉を自在に狩れるようになったことの方が重要ですよ。

 しかもコブタマンは、洞窟コウモリよりはるかに食欲に優しいビッグサイズだしね。


 本のダンジョン回復魔法陣のフロアでしばらく戦い、またアイテムの採取を行う。

 ここで取れるアイテムは素材ばかりで、薬草の類はない。

 ただし魔物のドロップで賢草があった。


「出てくる魔物はコブタマン、氷の魔女、赤ずきん邪邪、石食いオオカミ、笑う妖魅の5種と、レアの経験値君ことおなじみの踊る人形。注意する魔物の技としては、石食いオオカミの『惑わし拳』が混乱付与、笑う妖魅の『哄笑』がスタン付与だね。幸い石食いオオカミは2匹以上一度に出ないようだから、コイツは3人で集中して倒して。あとはあたしの『雑魚は往ね』でイケる。笑う妖魅が群れで出たときはオーソドックスに。まあスタンはすぐ解けるから、状態異常の中ではさほど怖くない。いいかな?」


「「「了解!」」」


「よーし、次のフロアを確認したら今日は帰ろうか」


 回復魔法陣の隣の机と本は、おそらく最初の部屋へ戻るものだろう。

 その後、奥に進んだところでもう1冊青い本を見つけた。

 さっきの青い本は転送だったな。


「普通に考えれば、こっちが次のフロアだよねえ?」


「そりゃあ……まあそうでやしょうね」


「オープンしてみればいいね」


 それしかないわなあ。

 本を開き、魔力の奔流に身を任せる。

 うん、やはり転送だな。


「このフロアは?」


 赤黒チェックの床は同じだが魔物はおらず、岩だのぬいぐるみだの、結構な数の様々なオブジェがあちらこちらに置いてあった。

 目の前の机に2冊の本がある。


「黄色い本は青い本と同じような、魔力を感じやす」


「赤の本は魔力を感じませんね……あ、表紙に『トリセツ』って書いてあります」


「トリセツ……鳥になったセツコかな?」


「誰だセツコ」


 アトムのツッコミがシャープになってきた。

 ボケが甘かったかという、あたしの逡巡を打ち消すいいテンポだ。

 これからもどうぞよろしくね。


「ディスイズ、フツーの本ね」


 『トリセツ』なる赤の本を開くと、二言だけ書かれている。


 正しく辿れ。

 左上の本から。


 ははあ、正しい順番に触っていくと次のフロアが出現するとか、そういうトリッキーなやつだな?


「じゃあ帰ろうか」


「「「えっ?」」」


 君達はそんなに意外だったか?


「ユー様はこの先がどうなっているか気にならないんですか?」


「なるけど、コブタ肉の鮮度はもっと気になる」


 正直、こんなところで引き返すのは後ろ髪引かれるなんてもんじゃないのだが、既に今日の目的は達成している。

 切り上げ時を決めるのもリーダーの務めだ。

 これだけ大掛かりな仕掛けがあるのなら、次のフロアは最終なんじゃないかって気もするしね。

 ボス戦の可能性も考慮し、しっかり準備を整えてからチャレンジしようじゃないか。


 転移の玉を起動してホームに戻る。


          ◇


「クララ、肉頼むね。アトムとダンテはその手伝い。ダンテは今日食べられない分を冷凍しといて」


「「「了解!」」」


 まだなんとか明るい。

 あたしは急いで海岸へ行って素材を回収、野草を摘んで帰ってきた。


 必殺料理人クララの包丁さばきの見事なこと。

 もうあらかた解体されているじゃないか。

 骨を煮込んでスープを作る火の番をアトムに任せ、ダンテがゴミ捨てと冷凍係を担当している。

 あたしはダンジョンで得た賢草と今摘んできた野草の食べられるところを洗っとくか。


「「「「いただきます!」」」」


 肉と野草たっぷり栄養もたっぷりのスープをいただく。

 今日はかなり盛りだくさんな1日だったので、御飯食べたらゆっくり休みたいな。


「コブタマンサイズを捌こうと思うと、もっと大きな包丁が欲しいですねえ」


「そうだね。クララにはでっかい包丁が似合う気がするし」


「何ですか、それは」


 皆が笑う。

 だけど大きな包丁ったって簡単に手に入るもんじゃなし、やはり大きな町じゃないと……。


「……レイノス行こうか」


「「「え……」」」


 不安げなうちの子達。

 まあそういう反応になるだろうなあ。

 賑わう町は人嫌いの精霊にとってちとツライ。


 しかし行動範囲が大きくなってきた今後は、ドーラ最大の町レイノスを避けて通れないのもまた事実なのだ。


「クララだけ連れてく。アトムとダンテは森で木の実なってないかチェックしといてくれる?」


「ラジャー。いつ行くね?」


「明日。本のクエストは明後日に延期だな」


 デカ包丁ないままコブタたくさん狩ったら、またクララが苦労するもんな。


「ダンテ、明日の天気わかる?」


「こっちは晴れね。レイノスはわからないけど、メイビーオーケーね」


 家と灰の民の村でほぼ用は足りるので、冒険者になるまでほとんど他所には行ったことがなかった。

 一度レイノスへは行ってみたいと思ってはいたんだ。

 コモさんはロクでもないって言ってたし、他でもいい話聞かないけど、交易や商売の盛んな町であることは間違いないからね。

 アンセリの話だと、ドリフターズギルドからすぐ近くってことだった。


「姐御、気いつけてくだせえやし」


「え? 大丈夫だよ」


 この時はあたしもそんなに心配してなかったのだ。

 まさかあんなことになっちゃうとはなー。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日は朝からクララとともにギルドへ来たぞ。

 町でルンルンお買い物デーなのだ。


「おはよう、ユーラシアさん。いつもチャーミングだね」


 総合受付のポロックさんだ。

 ウソのつけない人なので、いつ会ってもチャーミングだと真実を語る。


「おはよう、ポロックさん。あたし達レイノスに行きたいんだ。ここから近いんでしょ? どっち行けばいいかな?」


 ポロックさんが微妙な顔をする。

 え、何なの?


「……ユーラシアさんは、レイノスは初めてかい?」


「うん、楽しみなんだ」


「そうか……レイノスはちょっと難しい町なんだよね。初めて行くなら……あっ、いいところに。アンちゃんセリカちゃーん!」


 通りかかったアンセリを呼び止めるポロックさん。

 どうでもいいけど、アンセリにはちゃん付けなんだな。


「君達レイノスには割と詳しいだろう? 実はユーラシアさんがレイノスに行きたいそうなんだ」


「レイノスですか? 何しに?」


 事情を話す。


「大きい獲物をバラす時にクララが使う、でっかい包丁が欲しいの。大きい町なら手に入るかも、と思って」


 アンとセリカが顔を見合す。

 困惑したような顔だ。

 何だ? 気になるじゃないか。

 セリカがおずおずと話し始める。


「ユーラシアさんもお聞き及びかもしれませんが、レイノスはとても差別が激しいところなのです。精霊連れでレイノスへ行くのは……」


 アンが決然として言う。


「いや、ユーラシアさんが行くなら、わたし達がお供しよう。それなら十分戦える」


「おいおい、物騒なことはよしてくれよ?」


 ポロックさんが慌てて言う。

 アンも戦うて。

 そんな大げさなことになりそうなのか?


「早い話が、クララが面白くない目に遭うかもってこと?」


 3人とも頷く。

 うーん、この3人の共通見解か。

 無視できないな。


「ノーマル人以外には非難の目が浴びせられる町なんだ。いや、外町の人はそんなに気にしないんだが、上流階級の中町に住んでるやつらがね」


 レイノスは港を中心とした中町とその周りを取り囲む外町に大きく区分されており、中町の住民の気位が大変高いということのようだ。


「外町でさえ、亜人が入れてもらえたって話を聞いたことがない。見世物目的以外では」


「見世物て」


「クララさんを連れて行くのは難しい、と我は思うのですが」


 ふうむ、なるほど?


「レイノスの住人は、精霊をよく知ってるのかなあ?」


 ポロックさんが首を振る。


「いや、外町の旅商人は見たことくらいならあるかも知れんが、一番面倒くさくて厄介な、特権意識に凝り固まった連中は、精霊なんか気に留めたこともないはずさ。なにしろレイノスから出ることすらないんだから」


「それなら多分、問題ないよ」


 自信たっぷりのあたしを、ポロックさんとアンセリが不可解そうな顔で見る。


          ◇


「そっかー、今日は訓練休みなんだ」


「うむ、マウさんが神経痛でな」


「昨日、張り切り過ぎてしまったのでしょうか」


 道を間違えると危険な魔物が出るエリアもあるということで、結局アンセリの2人がレイノスまでの案内役を買って出てくれた。

 悪いねえ、何か奢るからね。


「見えるでしょう、あれがレイノスさ」


 丘を越えて見通しのよいところまで来ると、すぐ城壁に囲まれた大きな町が見える。

 これは1回来たことがあれば迷わないな。

 ギルドから歩いて30分くらいだろう、本当に近い。


「ところで中町・外町ってのは何が違うの?」


「レイノスの港を中心とした地区は、ドーラで一番最初の植民集落が形成されたところなんだ。それが中町で、規模が大きくなっていくに連れ外へと拡張されていき、外町と呼ばれるようになった」


「問題は住民の意識が違うこと。中町の住人はドーラ人であってドーラ人じゃないんです」


「どゆこと?」


「カル帝国に直接納税し、帝国の市民権を持ってるんだ。つまりドーラのルールには縛られない。極端な話、中町住人がドーラ人を殺したとしても、おそらく大した罪にならないだろう」


「何それ、怖い」


「『上級市民』とも呼ばれています。彼ら自身その特権を強く意識していますから、我らから見ると横柄な振る舞いが目立つのです」


 セリカが悔しそうに言う。

 嫌な目に遭ったことでもあるのだろうか?

 しかし税制が特権階級を作っているというのはよろしくないな。


「その顕著な特徴の1つがノーマル人至上主義なんだ」


 アンが説明してくれる。


「亜人と呼ばれる種族、ドワーフやエルフ、獣人らは、帝国からの移住者ですらない、ドーラの先住民だろう? 露骨に差別の対象になるんだ。精霊がどうなのかはわからないけれど……」


「あんた達にわからないなら、その上級市民達にもわからないに違いないさ。こっちが一方的に決めてやればいい」


「「え?」」


 アンセリが虚を突かれたような声を出す。


「そ、それはどういう……」


「こういうことだよ」


 皆の頭を近くに寄せ、あたしの計画を話した。

 アンセリの顔が驚愕の色に染まる。


 こらクララ、ユー様は悪いこと考えてるときはとても嬉しそうです、とでも思ってるんだろう?

 違うよ、今回はいいことを考えているんだよ。


「こんにちはー」


 レイノス西門まで来ると、警備兵が数名いた。

 元気に挨拶は乙女のモットーだ。


「この子と一緒に買い物したいんだけど、中入ってもいいかなあ?」


「亜人……いや、精霊か?」


 警備兵は戸惑ったような声を出す。


「ちなみにあたしはこういう者です」


 ギルドカードを見せる。

 そーいや初めて身分証として使うわ。

 ドキドキ。


「あんたは、いや、あなたは『アトラスの冒険者』か!」


「美少女精霊使いユーラシアとはあたしのことだよ」


 ふむ、やっぱ『アトラスの冒険者』を知っていたか。

 コルム兄に聞いた例の『大掃除』に、レイノスの警備兵も参加するとのことだった。

 その話が末端まで届いてるのかは知らないが、少なくとも『アトラスの冒険者』とレイノス警備兵は良好な関係だと踏んだ。

 どうやらカンは当たってたようだ。


「あたしもムリに入ろうっていうんじゃないから、誰か判断できる上の人に聞いてきてくれないかな。ここで待ってるよ」


「行ってこい。急いでな」


 隊長らしき人が声をかける。


「はっ、直ちに!」


 その警備兵は駆け出して行った。


「すみませんね。お手数かけて」


「ハハッ、想定外に対応せぬようでは警備兵とは言えぬよ。ところで……」


 隊長さんは目を細めてあたしを見る。

 惚れちゃいけねえよ?


「『アトラスの冒険者』に精霊使いが入ったとは聞いていた。これが君のパーティーなのかい?」


「いえ、うちのパーティーはあたしと精霊3人です。あっちの2人は、あたしがレイノス来たことがないんで、案内してくれたんです。覚えておくといいですよ。将来の勇者のパーティーメンバーですから」


 アンセリはちょっと離れたところにいる。

 今後のことについて話しているようだ。


「勇者というと、例の『スキルハッカー』の固有能力の持ち主という?」


 ほう、まああたしのことを知ってるくらいだから、当然スキルハッカーの情報も持ってるんだな。

 仕事柄そういうことに詳しいのか、あるいはこの隊長さんがその手の話好きなのか。

 いずれにしてもソル君のことは教えておいてあげるべきだな。


「そうです。スキルハッカーはソール君っていう14歳の男の子なんですけど、もうすぐギルドまで来る進捗状況ですよ」


「なるほど。『アトラスの冒険者』は最初が厳しくて脱落者が多いと聞くが、スキルハッカーは順調にクエストをこなしてるんだな。何よりだ」


「隊長さんは『アトラスの冒険者』について、お詳しいんですねえ」


「まあ、共同作戦取ることもあるしな。それなりには」


 なるほど、『共同作戦取ることもあるしな』ね。

 『あったしな』じゃなくて。

 ……突っ込んでみるか?


「隊長さん、『大掃除』について何か耳にされてます?」


 ストレートにぶっ込んでみた。

 隊長さんは驚いたようにこちらを見、声を潜めて言う。


「この件については情報共有が禁止されているんだ。ギルドで聞いたわけではなかろう? 君の情報収集力には感服するが、秘密が漏れると大変なことになる恐れがある。1週間は口外を避けてくれ」


「わかりました」


 いや、わからんのだが、情報共有が禁止?

 どうも考えてたより大層な計画らしい。

 1週間か……まあそれ以上の情報が得られない以上、今このことについて考えるのは徒労だ。

 話題を変えとこ。


「あたし、レイノス初めてなんですよ。ここの事情には詳しくないんですけど、やはり精霊連れは危険ですか?」


「いや、こんなに可愛らしい精霊なら問題ないと思うよ。ただ中町の連中は別だ。やつらは全てを見下そうとする」


「中町というのは、港を中心とした地区だと教えてもらいましたが」


「簡単に言えばそうだな。カル帝国ドーラ植民地の最も古い集落であり、中町内の住民は自分らのことをドーラ人とは一線を画した存在だと思っている。考えてみればレイノスの揉め事の半分は、その辺の意識の差が原因だ。いい加減にして欲しいものだが」


 おいおい、レイノスの治安を守るはずの警備兵隊長さんも上流階級否定派か。

 これかなり根深い問題なんじゃないの?


「隊長さん、ごめんなさい。あたし達中でちょっと問題起こすかもしれません。ただ皆さんのお手を煩わすような危ないことにはならないので、お許しください」


 隊長さんは好奇の目で見ながら言う。


「……ほう、面白いことをしてくれるんだな? 期待してるよ」


「お待たせしました!」


 先ほどの警備兵が駆け込んできた。


「許可証が発行されましたので、御携帯ください。どうぞ」


 1枚の紙を渡される。

 何々、当許可証を所持する者、レイノス副市長オルムス・ヤンが身分を証明するもの也、え、副市長?


「副市長って偉い人なんでしょ? フットワーク軽っ!」


 隊長も目を瞠っている。


「これ直筆だな。精霊使いに興味持ったかそれとも『アトラスの冒険者』と揉めたくないのか。どっちだか知らんが、ともかくこれ持ってれば大手を振って市内を歩けるぞ」


「隊長さん、警備兵さん、ありがとう!」


「気をつけてな」


 意気揚々と門をくぐってレイノスの域内、外町に至る。


「レイノスのトップはカル皇帝直臣のドーラ総督で、レイノス市長を兼ねてるんだ」


「でもそれはお飾りみたいなもので、実際に市政を司っているのはナンバー2の副市長という噂です」


 アンセリが代わる代わる説明してくれる。


「そんな人があの短時間で許可証発行してくれるなんて、かえって気味悪いんだけど」


 あたしら自身より価値がありそうな紙切れをぴらぴらさせる。


 こうしてあたし達に囲まれて歩いてると、案外クララは気付かれないものらしい。

 むしろあたしとアンセリの方が目立ってるような?

 美少女3人組だもんな。


「さてと。包丁って金物屋かな、刃物屋?」


「門に近いところは宿屋や大衆食堂が多いんだ。包丁を扱ってるとすると、もっと中町に近いところだと思うな」


 アンの意見に従って、町の奥に行ってみる。

 おお、食器や調理道具を売ってる店があるじゃないか。


「こんにちはー」


「いらっしゃいませ」


 愛想のいいおばちゃんが挨拶してくれる。


「あたし達冒険者なんだけどね、獲物を解体するときに使う大きな刃物が欲しいの。ちょうど良さそうなのないかなあ?」


 おばちゃんがちょっと考える。


「大きな刃物というと、特殊な業務用のしかないから少し値が張るよ。2000ゴールド前後のいくつか出して見せようか?」


「お願いしまーす」


「お待ちくださいね」


 おばちゃんが奥から3本持って来てくれた。


「どう?」


 クララが持った加減を確認する。

 真ん中のがいいか。


「じゃあこの、真ん中のやつください」


「毎度、2100ゴールドね」


 代金を支払ってる時に、おばちゃんは初めてクララが精霊であることに気付いたらしい。


「砥石をサービスしておくよ。……あれ、色の白い子だとは思ったけど、ひょっとして精霊かい?」


「お忍びなの。黙っててね」


 と言いつつ、副市長からもらった許可証を見せる。

 おばちゃんは少なからず驚いたようだったが、納得してくれたらしい。


「お買い上げ、ありがとうございました」


 店を出てぶらぶらする。

 アンセリはマウ爺へのお土産に、輸入品の茶葉を買ってた。

 御飯でも食べて帰ろうかと話していたところ、不意にクララが後ろから突き飛ばされる。


「へっ、亜人風情がレイノスで幅利かせてんじゃねえ!」


 20歳くらいのソバカス男だ。

 これが上級市民というやつか。

 そいつに足払いして転ばせ、髪の毛をガシっと捕まえる。

 同時にアンセリとクララに目配せし、作戦スタートだ!


「そこな下賤の者よ、精霊様に無礼を働くとはいかなる了見じゃ?」


「せ、精霊?」


 頭を抑えられながらも、その男はクララを見る。

 おっと、下賤呼ばわりはスルーのようですね。

 何だ何だと人が集まってくる。


「さよう、その役に立たぬ盲いた目をかっ開いてよく見るがよい。おんしらの副市長のお墨付きであるぞ!」


「ふ、副市長?」


 驚く男に許可証を突きつける。

 法的にもテメーに理はないんだよと教えてあげる、親切なあたし。


 集まって来た人々がざわつき始めた。


「オルムス・ヤン副市長の?」


「てことは本物の精霊かよ!」


 モブがいい仕事してくれて助かる。

 助演男優が大根の分は帳消しだ。

 ここだな、クララとアイコンタクトを取る。


「さあ、精霊様の慈悲を乞うのじゃ。さすれば命だけは助かるであろう」


「けっ、誰が!」


 あたしは声色を変えて、クララに呼びかける。


「……精霊様? 精霊様! お止めくださいまし!」


 クララが魔法を発動、素人目にもわかるほど魔力が膨れ上がる。

 アンセリは事前の打ち合わせ通り、間違ってもクララを止めに入る者が出ないよう、周囲を警戒する。


「精霊さま、お慈悲でございます! お怒りを鎮めてくださいませ! それではレイノスが消し飛んでしまいます! どうかお慈悲を!」


「レイノスが……」


「……消し飛ぶ?」


 ゆっくりとそのセリフの意味するところが咀嚼されてゆき、やじ馬達が騒然とする。

 パニックとなり、皆が我先に逃げようとしたため大混乱を引き起こした。


「おんし、頭を下げるのじゃ! 急がぬと大変なことになる!」


 あたしの迫力に押され、ソバカス男がようやく頭を下げる。


「精霊様!」


 クララの魔法が撃ち上がる。

 『精霊のヴェール』だ。

 効果は各種魔法属性に耐性を付与するというもの。

 精霊専用白魔法なので、まさかこれを見たことがある者はいないだろう。

 注:効果時間が比較的長く、とっても綺麗。


「おお、ありがたや!」


 ここぞとばかり声を張り上げる。


「五暈の彩光じゃ! レイノスは許された!」


「ぜいれいざまあ!」


 おーおー、素直になったもんだ。

 ソバカス男よ、あんた涙でグジュグジュになってんぞ。


 逃げ散りつつあった群集も足を止め、空を見上げている。


「なんという美しさだ……」


「あれが精霊様の奇跡……」


 あちこちからため息が漏れる。


「皆の者よ!」


 あたしはもう一度声を張り上げた。


「五暈の彩光に祈るがよい! 最も信心深き者の願いが叶えられるであろう!」


 人々が皆、空に向かい一斉に手を合わせる。

 いやあ壮観だわ。

 新興宗教が美味しい商売だという理由も理解できるよ。


 その光景は『精霊のヴェール』の効果が切れる5分間ほど続いた。


          ◇


「店主よ、馳走になった」


 その後4人で、昼食を取るためにある食堂に入った。

 改心した上級市民ソバカス男のお勧めの店だ。

 おかしなことに巻き込んでしまったアンセリには奢ってあげないといけないしな。

 いや、アンセリもノリノリだったけれども。


 ソバカス男がぜひ御馳走させてくださいと頭を下げるのを断り、そちは今日生まれ変わったのじゃ、身を慎み謙虚に暮らせば善き未来が訪れるであろうと伝えると、号泣しながら帰っていった。

 うむ、多分いいことをした。

 達者で暮らせよ。


 いや料理は美味しかったし、1人のソバカスの人生をちょっといい感じにしたったと思えば気分も上々なんだが、あたしらの後ろをぞろぞろ人々がついてくることまでは考えてなかったな。

 衆人環視の中の御飯の食べづらいこと食べづらいこと。

 おかげであの妙ちきりんな口調を、しばらく続けなければならなくなった。

 軽く後悔している。


「いくらじゃ」


 店主が手と首を同時に振り、恐縮したように断る。


「いえいえ、とんでもないことです。精霊様から代金など受け取れません」


 こっちこそいえいえだよ。

 そーゆーのはホント勘弁してちょうだい。

 あたしは眉をひそめて言う。


「精霊様は下々の施しは受けぬ。遠慮のう請求するがよい」


 精霊様詐欺は寝覚めが悪いんだってばよ。

 わかっておくれよ。


 いや、興味本位の軽いジョークに過ぎなかったのだ。

 上級市民 > その他ドーラ人 > 亜人という、レイノス中町住人の信じるヒエラルキーの上に、精霊様という上位存在を放り込んだらどうなるかという。

 思ったより大事になってしまった。


「で、では4名様で200ゴールドちょうどになります」


 あたしは200ゴールドを支払い、店主に伝える。


「大変美味であった。今後この店が『精霊様御用達』の宣伝文句を使用することを許す。いっそう精進いたせよ」


「へへーっ! ありがたき幸せ!」


 ついつい後ろめたさからサービスしてしまった。

 『精霊様御用達』にどれほどの神通力があるか知らんけど。


 食堂を出たところで、群衆の中から進み出た1人の子供に話しかけられた。


「精霊の巫女様!」


 精霊の巫女……あたしのことか?

 響きとしては悪くないけど、二つ名としては『精霊使い』よりランクダウンしてるじゃん。

 割に合わない気持ちを心に押しとどめ、その子に相対する。


「童よ、いかなる用じゃ」


「精霊とは、皆そちらの精霊様のようにすごい力を持っているのですか?」


 そういう質問は困るなー。

 精霊を恐れてもらっても何だし、かといってバカにしたり差別したりする風潮はもっと避けたい。

 ここは当たり障りなく……。


「人間と同じじゃ」


「は?」


「人間にも強き者と弱き者がおるであろう?」


「はい」


「精霊にも我が精霊様のように強大な力の持ち主もおれば、吹けば飛ぶようなか弱き者もおる。様々じゃ。しかしてその身分に上下はない」


「身分に上下はない……」


 その言葉が周りで見守る群集に浸透するのを待つ。


 なんちゃってみこのあやつるあやしげなたんごのられつよ、せいれいさまのそんざいかんになぐられたひとびとのだいのうをげんわくせよ!


「大を恐れず、小を侮らず、決して驕らず、畏まれ。それが自然と共に往く道である」


「自然と共に往く道……」


 レイノスの身分制度のバカバカしさに気付く上級市民が少しでもいればいいのだが。

 差別とかなくして、能力や性格が真っ当に評価される世の中がいい。

 おっと、ボロの出ない内に帰らねば。


「皆の者よ!」


 もう一度声を張り上げる。


「今日は迷惑をかけて済まなんだ、許せ。ではさらばじゃ」


 転移の玉を起動し、アンセリを含めた4人で我が家に戻る。


          ◇


 西門近くのちょっとした広場に残された、多くの人達のざわめきが大きくなる。


「消えた……ど、どうなってるんだ?」


「ト、トリックじゃないよな?」


「これもまた精霊様の奇跡なのか?」


「いや、魔法だろ! そうに違いない」


 精霊様以下4名の姿が消えた後、レイノス外町のあちこちで活発な議論が繰り広げられた。


「何かの間違いなんじゃないか? 本当にそんなもんがいたのか?」


「間違いなんかじゃねえよ。大勢見てるんだ!」


「何かのメッセージを伝えに来てくださったのだろうか?」


「精霊様、白くてとっても可愛いかったんだよ」


「どうして精霊って信じられるんだ! 悪魔だったかもしれないじゃないか!」


 体験談と又聞きと真偽の明らかでない噂が交錯する。

 憶測が憶測を呼び、何が起こったのか誰もが自信を持てなくなる中、最も支持を集めたのはこんな話だった。


「お前も見たんだな?」


「この目で確かに」


「あの4人が何者だったかってのはひとまず置いておく。もしお前が、どこからでも自由に消えて逃げ出せる手段を持ってたらどうする?」


「そりゃあ決まってる。食い逃げするね」


「そうだろう? でもあいつら金払ってったんだぜ? 店主が金要らないって言ってたのによ。考えられないだろ?」


「精霊かどうかはわからんが、少なくとも只者じゃねえことは、店主が受け取ったコインが証明してるな」


          ◇


「あはは、楽しかったねえ」


 家に帰ってきたあたし達は、ようやく緊張から解き放たれた。

 いやー、肩凝ったわ。


「ここがユーラシアさんのホームか。いいところだね」


「海が近いんでしたっけ?」


「うん、南にちょっと行くと海なんだ」


 急にアンとセリカが引き締まった表情になる。


「今日は……痛快だった」


「ええ、我らはもうレイノスでは何もできないと思ってたんです」


「うむ、上級市民にはとても逆らう気にはなれなかった」


「あんな方法があったとは……目から鱗でした」


「えーでもやり過ぎたよ。もうレイノス行けないな」


 3人で笑い合う。


「今日はありがとう。お礼しなきゃいけないね」


「いや、そんな」


「そうですよ、お昼も御馳走になってしまったのに」


「じゃあ、お肉どう? 昨日狩って冷凍してるやつがあるんだ」


 アンが済まなそうに言う。


「ありがたいんだけど、わたし達宿屋住みだから調理場がないんだ。この前の一夜干しみたいなのだとそのまま食べられるんだが」


「あ、そーなんだ? 材料じゃダメだねえ。今度加工食研究しとくね」


「期待してます」


 セリカが立ち上がる。


「さて、そろそろお暇しないと」


「うむ、そうだな」


「あ、転送魔法陣こっちだよ。ギルドでいいかな?」


 魔法陣の並ぶ東の区画に案内する。


「また面白い経験できそうだったら、一枚噛ませてもらいたいな」


「もうすぐあんた達の前には、金髪美少年ソル君が現れるじゃないか。あたしが構うまでもないだろ」


 そうだ、隊長さんは1週間と言っていた。

 ということは……。


「ちょっと注意してもらいたいことがあるんだ。聞いてくれる?」


「「何でしょう?」」


 真面目な表情になったあたしにビビってない?


「ソル君に会ってからの話なんだけどさ、もし新しいクエストが出ないようだったら、マウ爺の転送先を使わせてもらってレベル上げしてくれる? フレンドでもいいけど、マウ爺プラス3人なら、問題なく転移の玉で飛べるはず」


 ダンはどうすればって?

 知らない子ですね。


「それはどういう……」


 アンが戸惑ったように聞く。


「ソル君はまだレベルの低い転送先しか持ってないはずだからね。今クエスト振られなくなると、経験値稼ぎの効率が悪いんだよ」


「……その理屈はわかりますけど、新しいクエストが出ないというのは?」


 中低レベルの冒険者全員を対象とした秘密の作戦行動があるとする。

 秘密だから冒険者に伝えるわけにいかない。

 となればギルドはどういう手段を取るだろうか?


 クエストの発給を止め、何事かとギルドに情報を求めにやってくる冒険者を集めて、電撃的な作戦行動に踏み切るのではないか? という、あたしの予想なのだが。

 レイノス警備兵の隊長さんに1週間は口外するなって言われてるし、そもそもギルドがそういう手段を取るとも限らない。


「……精霊使いのカンかな」


 オカルトに頼ることにした。


「まあ、ユーラシアさんがそう言うなら」


 納得はしてないようだが了承はしてくれた。


「ごめんね、本当にカンとしか言いようがなくて。あ、でも異変があっても1週間くらいで理由がハッキリするはずなんだ」


「異変? 1週間……?」


 セリカが首をかしげる。


「つまりユーラシアさんは1週間ほどで何かあることを情報として掴んでいるけど、それは話してはいけない内容であると、そういうことですか?」


 だーっ、まずった!


「あんた達賢いな! そういうことなんだよ。あたしも断片的にしか知らないんだけど、『アトラスの冒険者』とレイノス警備兵、それからアルハーンのカラーズ各村合同の共同作戦があるらしいんだ」


「「共同作戦?」」


 2人同時に声を上げる。


「そう、あたしも情報が欲しいから、さっきレイノスの警備兵隊長にそれとなく水を向けたんだ。そしたら1週間は口外するなって」


「あ、あの時そんな会話を?」


「だから1週間……」


 アンセリが愕然とする。


「その作戦は『大掃除』ってコードネームで呼ばれてる。あたしの知ってるのも、今んとここれだけなんだ。すぐ噂が飛び交うギルドでもまだそんな話がないってことは、かなり厳重に情報管理されてるということ。口外するなって言うからには、秘密にしなきゃいけない理由がきっとある。レイノス警備兵や『アトラスの冒険者』が関わるならおそらく戦闘関係、レベル上げしとかなきゃいけない理由はわかった?」


 アンセリがコクコク頷く。


「あの、それでクエストが止まるというのは?」


「単にあたしの想像なんだけど、クエスト止めて文句言いに来た冒険者達捕まえていきなりミッション開始、ってのはあり得るかなと思ったんだよね。内緒の作戦行動だったら特に」


「そういうことですか……」


 セリカが呟く。


「あたししばらくギルド行くの控えるよ。どーもお節介のせいか、いらないこと喋って作戦壊しちゃいそうだから。あんた達もこの内容話すのはソル君だけ、そして粛々と準備を進めて」


「「わかりました!」」


 よし、ソル君にこの件は伝わる。

 どう判断するかわからんけど、賢いからレベル上げに専念するだろ。


          ◇


「チェスナットがシーズンだったね」


「おう、栗以外はまだ時期が早えな」


 留守番のアトムとダンテがゴッソリ栗を拾って来てくれていた。


「うん、ありがと。2、3日寝かせて茹でよう」


 レイノスでの出来事を2人に話し、今後どうするかを話し合う。

 主に謎の『大掃除』についてなのだが。


「とにかく明日は本のダンジョン、明後日はバエちゃんとこかな」


「ワンウィーク……」


「準備ったってなあ、レベル上げしかねーんじゃねえか?」


「ユー様、ギルドに行かないことで、必要な情報を得られないかもしれないリスクがありますが、それはよろしいですか?」


 さすがクララ。

 それはあたしも考えないではないんだが。


「うん、今の段階ではあたし達の持ってる情報の方が多い。それ以上のことはギリギリになってからでも遅くないと思う」


 アトムが発言する。


「本のクエストを完了して、その後次が出ないとは決まっちゃいねえ。姐御、やはり本が優先ですぜ」


「そうだね。あのダンジョン、知り得た限りでは特に新しいパワーカード必要なさそう。だけど新しい素材も手に入れたから、どんなカードと交換できるかは確認しといてもいいんじゃないかな」


 全員頷く。


「イシンバエワさんが何か御存知かもしれません」


「そうか、バエちゃんにも要確認っと」


 ここでダンテが違った視点の意見を出した。


「あの肥溜めガール……」


「え、ほこら守りの村のマーシャ?」


 『肥溜めガール』って相当なパワーワードだなおい。


「占い師って言ってたね。インビジブルな物が見えてるかもしれないね」


「……なるほど」


 ダンテやるじゃないか。

 あり得る、行くべし。

 あれから3日、まだちょっと早いか?


「よし、明日クエスト片付いたら、明後日はほこら守りの村とバエちゃんとこだね。あとは展開次第。今日はここまで」


          ◇


 翌日、早々に家の仕事を終え、本のダンジョンへ行く。

 すぐにレベルが上がり、あたしとクララとアトムは14、ダンテは13となった。


 今回は誰もスキル覚えなかったな。

 レベルが低いうちはよく覚えるものなので、ちょっと損した感じ。

 成長した証拠であるのかも知れないが?


「クララ、この辺でコブタは処理の限界かな?」


「そうですね」


「よーし、次のフロア行くよっ!」


「「「了解!」」」」


 各種オブジェクトが散在する次のフロアで、赤い本『トリセツ』を開く。


 正しく辿れ。

 左上の本から。


「本ってあれだよねえ?」


 左手奥にある本を指差す。


「いきなりどこかへ転送されちゃかなわねえが」


「うーん」


 まあでも開いてみるしかなさそうだなあ。

 すると触っただけで本が語りだした。


 本はね、多くの知識が含まれているよ。

 本はね、紙でできているよ。

 じゃんけんではね、紙は……に勝てるんだ。


「石、ですよねえ」


 石というか岩がある。

 次はあれか。触ると石が語りだす。


 大きい大きい丸い石。

 転がして、下に落とそう。


「『下に落とす』、がヒントだとすると、あの階段かな?」


 階段もどうやらオブジェクト扱いのようだ


 まだまだ下には降りられない。

 のんびり座って過ごそうよ。


「ノーヒントね?」


「いや、『座って』がヒントでしょう。あの青い椅子を」


 腰が痛くなってきたよ。

 ロボットくんにマッサージ。


「これ、間違えたらどうなるんでやすかねえ?」


「こら、そういうフラグ立てない!」


 ロボット、つまりカラクリ人形にタッチ。


 私はロボットだけれども。

 立ち入り禁止の場所がある。


「立ち入り禁止?」


 それらしいオブジェクトあったかな? ここでカンの出番なのか?


「今までのオブジェクトアゲインてこともあり得るね」


「確かに。そうなると困っちゃうなあ」


「あ、ユー様、このロープ『立ち入り禁止』の札がついてます」


 解決ズバッと。


 ここは危ない、立ち入り禁止。

 それとも剣で切り裂くかい?


「これは簡単、そこの剣だね」


 我を抜くのは勇者のみ。

 クマの勇者は今いずこ。


「おーおー、伝説の剣みたいなこと言いだしたぞ?」


「誰だよクマの勇者」


 クマのぬいぐるみに触る。


 クマと言えどもぬいぐるみ。

 火にはとっても弱いんだ。


「これどっちだろうね?」


 火のついたキャンドルと消火器が残ってるのだ。


「ストレートにファイアキャンドルだと思うね」


 よし、キャンドルに。


 荒々しくロウソクを灯せ。

 消せないほどの勢いになれば、奴の出番はもうすぐだ。


 こら、『荒々しく』『消せないほどの勢い』を後出しすんな。

 おかげで火傷したじゃないか。

 クララが『ヒール』をかけてくれた。


「消火器だわな、間違いねえ」


 次こそ消火器に触る。


 消火剤の泡に埋もれた生首。

 道は彼が語るだろう。


 生首て。

 確かに頭像が残ってるけれども。


「『道は彼が語る』ということは、これで最後でしょうか」


「でも生首喋るのかーやだなー」


 生首にデコピン。


 コングラッチュレーション!

 緑よ、本となれ!


 最後のオブジェクトだった植木が消え、机とその上に乗った本が出現した。


「魔力を感じる青い本。これまでのように転送本の可能性大ですぜ」


「うん、そうだね」


 本を開く。

 やはり転送本か。

 魔力の奔流が身体を包む。


「……新しいフロアだね」


 1つ前のフロアと同じ赤黒チェックの床で、やはり魔物はいない。

 ここには本棚もないな、クララが泣くぞ?

 今までのフロアより小さく、中央やや左側に机と黄色い本と黒い本が置かれている。


「ユー様、青い本がありません」


 今までの傾向からすると、青い本が転送用の本なのだろう。

 そのための本がないということは、どうやらここが最終フロアか。

 あたしも随分と冒険者としての経験を積んだものだ(約3週間)。

 様相だけでクライマックスがわかるようになった。


 アトムが黒い本をじっと観察している。


「こいつからも魔力を感じますぜ。ただ、今までの転送本とは感覚が違いやす」


 最後にトラップか、それともボスキャラ登場か?

 どちらもありそうだな。

 こーゆーのいかにも冒険っぽくてワクワクする。


「開くよ。一応警戒してて」


「「「了解!」」」


 おー、ちょっと緊張するな。

 黒い本に手をかけ、開いた。

 穏やかな魔力の高まりが感じられ、本が語りだす。


 以下の3つの選択肢から選べ。

 虹の箱

 知識とは

 影


 ……へ?


「何じゃこれ?」


「セレクトするしかない、ね?」


 いつも飄々としているダンテも困惑気味だ。


「何選んだかでクエストの成功失敗が決まっちゃうとか?」


「そりゃひでえ」


 アトムは怒っているが、クララは苦笑しながら言う。


「ユー様、これはどれを選んだから正解という根拠がありません。お得意のカンで決めてください」


 そりゃそうだわなあ。

 おそらく前のフロアに戻る手段である黄色い本を開いたり、転移の玉で出直す手はあるけど、そんなことして何だって話だしな?


「じゃあ、上から行ってみようか。『虹の箱』を選ぶ!」


 グオーーン、という低く唸るような音がして、少し離れた右側に下へ降りる階段が現れた。


「降りろってことだよねえ?」


「そりゃそうでやしょうな」


 階段を降りると、そこはさらに狭いフロアだった。

 赤黒チェックの床に宝箱が1つ置いてある。

 どこか幾何学的な精緻さを感じさせる意匠で、光沢が確かに虹っぽい。


「躊躇してても仕方ないから開けるよ。万一の際はサポートお願い」


「「「了解!」」」


 カギはかかっていない。

 重い蓋を持ち上げると、深い青みを帯びた宝飾品が1つ入っていた。

 藍珠だ!

 ラッキー、これ黄珠や墨珠より高く売れるんだよなー。


「よおし、儲かった!」


 他に何もなさそうなので上のフロアに戻る。

 すると2冊の本と階段との間に、それは出現していた。

 椅子に腰かけた、ちょうどクララくらいの大きさの人形だ。


「魔力を感じやす……というか、おそらく生きていやすぜ?」


「生きてるんだ?」


 金髪ストレートのロングヘア、大きな伏し目がちの碧眼で、ブラウンの帝国宮廷風クラシックドレスと、不釣り合いなほど目立つ赤い靴を身につけている。

 優し気な笑みを浮かべる顔はいかにも人形然としているが、立ち上るオーラが明らかに只者ではない。

 いや、人形だから只物ではないが正しいのかな?

 それなりに戦闘も経験してきているうちの子達が緊張するほどの存在感だ。


 しかし、あたしにはやらねばならぬことがある。


「……ユー様?」「姐御、何を?」「ワッツ?」


 人形を通り過ぎ、もう一度黒い本を開く。


 以下の3つの選択肢から選べ。

 虹の箱

 知識とは

 影


 ハッハッハッ。

 あたしは勝利を確信し、思わず笑みがこぼれた。

 答えは決まっている。

 トリックなどに騙されないぞ。


「2番目の『知識とは』」

 

 再びグオーーンという音がする。

 見た目変わったところはないようだが?


「……階段が変化してます。おそらく別の場所に降りるのでは?」


「ま、お宝くれるんだったら、場所はどうでもいいんだけど」


 階段を降りてゆくと、先ほどの宝箱のフロアと同じような狭い場所に出た。

 机の上に緑の表紙の本が置かれている。

 『知識とは』と書かれたその本を開いてみた。


 本の世界は英知の集積である。

 それを引き出せるかは、読者の力量による。


 この眠たくなるよーな文言だけか?

 侮ったな、あたしには睡眠抵抗があるんだぞ?

 よく見るとこの机には引き出しがある。

 開けると宝飾品の藍珠が1つ入っていた。

 計算通りだ。


「よおし、儲かった!(2回目)」


 上のフロアに戻る。

 ちょーっと人形の表情が悲しげになった気はするが、気のせいに違いない。

 三度黒い本を開く。


 以下の3つの選択肢から選べ。

 虹の箱

 知……


「3番目の『影』」


 本が語り終える前に返事を済ませると、またまたグオーーンという音が。

 階段を降りると、何だかあたしそっくりな人? 人形? がいたから声をかけた。


「あたしのカンが藍珠をくれると告げているんだけど? さっさと出せ。もっといいものくれるなら、それはそれで嬉しいよ」


「……さすがあたしのオリジナル」


 宝飾品・藍珠を受け取った。


「よおし、儲かった!(3回目)」


 意気揚々と階段を昇る。


「今日はよかったね。コブタも狩れたし、素材もかなり拾えたし、藍珠も3つ手に入れた。大儲けだ! じゃあ帰ろうか」


 アトムが気の毒そうに言う。


「姐御、人形が涙目になってやすぜ?」


 おお、そういえばそうだった。

 あたしとしてはもらうものはもらって満足したからどうでもいいんだけど、このままじゃクエスト完了になりそうにない。

 あたしは真ん中の椅子に鎮座します人形に話しかける。


「こんにちはー」


 金髪人形がビクっとした、ように見えた。


「こ、こんにちは」


「どうしたの? 調子悪そうだけど」


「い、いえ、自分の存在意義に疑問を感じまして」


「気にしなくていいよ。ちょっと忘れてただけだから」


「わ、すれてた……?」


 ウザいなーもう帰っちゃうぞ?


「あんた、この世界の主なんでしょ? しっかりしなよ」


 少し人形が嬉しそうになる。


「あなた、ここを『ダンジョン』ではなく『世界』と言ってくれるのね。ありがとう。確かに私がこの世界のマスター、アリスよ」


「本の国のアリスちゃんね」


「ごめんね、素敵なアイテムをドロップする、強いボスモンスターを期待してたのかもしれないけど」


「いやいや、そんなのは勘弁。素敵なアイテムはくれると言うならもらうけど」


 フリじゃないぞ?

 ボスモンスターなんてマジ勘弁だからな?

 テンションの上がってきたアリスが続ける。


「ここには世界の知恵と知識が集まっているの。何か聞きたいことはある?」


「ドリフターズギルド依頼受付所のおっぱいさんのおっぱいは、どうしてあんなに大きいんでしょうね?」


 だって聞きたいことって言うから。

 つい一番知りたいことが口を衝いて出たよ。


「素質と栄養です」


 アリスが真顔で断言する。

 いや、人形の真顔ってよくわからんけど。


「あたしにはその素質あるかなあ?」


「ないです」


「ないのかー残念だなー」


 うちの子達が何だか愉快な顔してるけど。


「『アトラスの冒険者』ってのは何なの? 何か知ってる?」


「い、いきなり核心を突いてくるのね。質問のギャップが……嫌いじゃないわ、そういうの。でもこの世界の存在に関わることなので、全てを話すことはできないの」


 この世界の存在に関わる?

 そういえば誰が本の世界を作ったんだろ?


「ギリギリ言えるのは……『アトラスの冒険者』の企画者は、あなた方の味方じゃないかもしれないということ」


「おいおい、胡散臭い話になってきたじゃねーか」


 アトムが鼻をこする。


「そうね、でもおかしいのは最初からでしょ? だからと言って、あなた達が得る知識や力はニセモノなんかじゃないの。経験を信じて」


「エクスペリエンスを?」


「わからないけどわかった。自分を信じることにするよ」


 アリスはホッとしたようだ。


「うん、私もできる範囲で協力するから。これからは入口のところにいることにするわ。用があったらまた来てね」


「そうする」


 ふと思いついたようにアリスが言う。


「そうだ。今、ドリフターズギルドが大きな案件を請けてるのよ。クー川より西のアルハーン平原からモンスターを駆逐し、ノーマル人の可住域を増やそうっていう計画があるの。その計画において、『アトラスの冒険者』が中核を担うことになる。上級冒険者は難しいけど、中級以下の冒険者は全員参加の大規模な掃討作戦になるわ」


 いきなり重要情報キター!


「あたし達が知りたかったのはそれだよ! やるじゃないかアリス!」


「そ、そう?」


 こらこら、顔赤くしてるんじゃないぞ、この金髪人形め。

 そうかー『大掃除』とはそういう計画だったか。


「その計画の日時はわかる?」


「5日後の朝からよ」


「ふむふむ、5日後ね。準備期間は有効に使わないとな」


 1つ疑問に思ったことを聞いてみる。


「この計画、秘密裏に進行してるみたいなんだけど、どうしてだかわからない?」


 アリスはちょっと困ったような顔をした、ように見えた。


「私は事実はわかるのだけれど、人の思惑はわからないの」


 なるほど、アリスの知識にはそういう縛りがあるのか。


「ありがとうアリス。すごく参考になったよ。また来る」


「さようなら」


 転移の玉を起動してホームに戻る。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 レベルが上がって15になった。

 やはりクエスト完了後のボーナス経験値は大きいみたいだな。

 それともレベルが上がるくらいのボーナスをくれるのだろうか?


          ◇


 うちの子達にコブタの処理を任せ、残っていた最後の冷凍コブタ肉を土産に持って、クエスト完了をバエちゃんに報告に行く。


「ふうん、不思議な場所だったのね。でも聞いたことあるような?」


 バエちゃんが首をかしげる。

 しまった、『アトラスの冒険者』が本の世界の存在に関わるということは、バエちゃんとこの世界にも関係大アリ?

 話したのは失敗だったか?

 ま、いいや。

 一度話したこと隠すとわざとらしいしな。


「ともかく明日皆で来るよ」


「カレーパーティーよお。このお肉たっぷり入れたの作っとくから、楽しみにしてて」


「いや、本当に楽しみなんだよ。米とかれえのコラボレーションを美少女精霊使いが見届ける記念日」


「アハハ、何それ?」


 そう、明日はかれえらいすの日。

 米食べたことないし、ふっくら炊くのコツが要るとも聞いたことがある。

 バエちゃんのお手並み拝見だ。


 家へ戻って食事を済ませた後、皆で作戦会議を行う。


「アルハーン平原への大侵攻計画があるとの情報を得ました。『大掃除』のネタがほとんど割れたと言っていいでしょう」


 アトムがぼやく。


「んなことがあるなら、ギルドも前もって知らせてくれなきゃ困るよなあ」


「クレバーなモンスターもいるね。そんなのにバレたら、ベリーハードなシチュエーションになりかねないね」


 ほう、ダンテやるじゃないか。

 そういうことかもしれないな。


「そうか……こっちが準備不足な代わりに、罠の可能性も低いのか?」


 アトムも納得したようだ。


「さあ、あたし達はどうするべきでしょうか?」


「セイムでいいね。レディーとガールの意見を聞く」


「フィールドがわかったんだ、出る魔物の種類わかんねえかな? そうすればそれに対応したカードを使えそうでやすぜ」


「クララ、どう?」


 こういうのはクララの得意分野だ。

 先ほどから黙ってるが、何か考えがあるに違いない。


「灰の民の村へ行きましょう」


「「「?」」」


 クララが説明する。


「灰の村はアルハーン平原カラーズ集落群の東端、この作戦行動が行われるとすると、灰の村が前線基地になる可能性が高いです」


 うおおお、さすがクララ!


「よーし、じゃあ明日はマーシャとバエちゃんのところ、明後日が灰の民の村で決定!」


「「「異議なし!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日、ほこら守りの村にやってきた。


「おお、これは精霊使い殿」


 村長だ。

 気軽に話しかけてきてくれる。


「その後、問題なかったですか?」


「ええ、それはもう」


「それはよかった。これお土産です。皆さんでどうぞ」


 昨日のコブタ肉の塊をゴッソリ渡す。


「これはこれは、大層なものを」


「いいんですよ、昨日たくさん狩れたので、召し上がって下さい。ところでマーシャは今、どこにいますか?」


 感謝しきれぬといった表情で村長が言う。


「ああ、御神体のところへ行っていますよ。昨日、ようやく穢れが取れましてな」


 昨日までかかったのか。

 『肥溜めガール』という、ダンテの言葉が何となく思い出され、慌てて打ち消す。


「参道に魔物が現れたりはしませんか?」


「大丈夫ですじゃ」


 御神体である少女霊リタが安定してれば平気だな。


「じゃあ、あたしはリタとマーシャに会ってきますね」


「よろしくお願いします」


 村の北から参道に入る。

 ここは独特の雰囲気があるなあ。


 やがて現れた門を潜ってほこらへ。

 うん、ループも解消してるね。


「こんにちはー」


「あっ、ゆーしゃさま!」


 マーシャが飛びついてくる。

 あたしすっかりゆーしゃさまだよ。

 どーすんだ、これ?


「リター、元気してる?」


 亡くなってる人間に元気もないもんだが。


「ええ、もうすっかり。村人も話しに来てくれるようになったんです。それに、昨日からマーシャがずっといてくれるようになって」


 マーシャ、いい仕事してるなあ。


「村人に要望あったら伝えとくけど?」


「いえ、特には……あ、そうでした」


 リタは何か思い付いたようだ。


「消えた土地神様のお墓なり石碑なりを立て、皆に詣でてもらえると嬉しいです。今まで村を守ってくれたお方ですので」


 なかなか悲しみが全て癒されるということはないんだろうな。

 碑を立てて参ることでリタの気が軽くなるのなら、この村のためにもいいだろう。


「わかった。村長に言っとくね」


 リタは喜んでいる。


「ところでゆーしゃさまは、なにしにきたですか」


「あんた達の顔見に来たんだよ」


 ウソではない。

 リタの精神状態もマーシャの穢れ(物理)も、心に引っかかってる材料ではあったから。


「そうだマーシャ、あたし達を占ってくれない? あんた占い師でしょ?」


「いいですよ。なにをうらないますか?」


「4日後に大きいイベントがあって、それに参加することになりそうなの。どうすればいいかな? 注意することがあれば教えて欲しい」


「はい、わたしをじっとみてください」


 言われた通り、マーシャを見つめる。

 マーシャの魔力は、押し付けがましいところがなく染み込んでくるタイプだ。

 あ、少し髪の毛生えてきてる。

 あたしと髪色似てるっぽいな。

 もうちょっと伸びてこないとわかりづらいけど。


「こんなんでました!」


 マーシャが元気よく叫ぶ。


「だいきちです! ゆーしゃさまはだいかつやくします。すごくゆうめいになります! らっきーあいてむはすきるすくろーる!」


 やっぱ戦いがあるってところは見えてるんだろーなー。

 大したもんだよマーシャ。


 それはそれとして、ラッキーアイテムがスキルスクロールか。

 何のだろ?


「ありがとう、マーシャ」


「どういたしましてなのです」


「大活躍すると、ここまで噂が流れるかなあ」


「きっとそうなるのです!」


「じゃあ、リタもマーシャも応援しててね」


「「はい!」」


 リタとマーシャに別れを告げ、村に戻った。

 村長にリタの要望を伝える。


「なるほど、土地神様の碑を……それは気付きませなんだ」


「お願いします、リタの気も晴れると思うので」


「いや、本当にお世話になりました」


「では、失礼しますね」


 転移の玉を起動してホームに戻る。

 バエちゃんとこ行くまでに、まだ時間あるな?


「アルアさんとこへ行こうか。まだ日も高いし」


「そうしやしょう!」


 真っ先に賛成するアトム。

 パワーカード大好きっ子だからなあ。

 よし、行くか。


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちは」


「よく来たね。素材売ってくれるかい?」


「ええ、お願いします」


 交換ポイントは280か。

 本の世界で新しい種類の素材を得たので、交換できるカードが増えている。


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%


 新たに『フレイムタン』『寒桜』『オールレジスト』の3種が交換対象となった。


 『フレイムタン』『寒桜』みたいな攻撃属性のつき方は面白いな。

 ゴーストに強い火属性付きの『フレイムタン』がほこら守りの村の参道で使えてたら、『雑魚は往ね』に頼ることはなかったかもなあ。


 『オールレジスト』は注目すべきカードだ。

 あたしが装備していれば状態異常を食らうケースが減り、より安全に『雑魚は往ね』を使用できそう。


「ボス、アイシンク『オールレジスト』はマストね」


「そうだね、これは1枚交換しとこう」


 『オールレジスト』をあたしが装備し、交換ポイントは残り180。


「それだけかい?」


「そうですね、今日はそれだけで。外で戦ってきます」


 ちなみに現在の装備はこう。


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『誰も寝てはならぬ』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『癒し穂』『ポンコツトーイ』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『シールド』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』


 今はまだパワーカード7枚枠を埋めるのが先だ。

 でもそろそろ7枚枠飽和後を意識した編成にすべきかもしれない。


 本の世界の帰還時ボーナスでクララが蘇生白魔法『レイズ』を、アトムがスタン・即死付与の単体刺突強攻撃バトルスキルである『朱屠拘束』を覚えている。


 蘇生魔法としては、これまでもパワーカード『プチエンジェル』装備時に使える『天使の鐘』があった。

 しかしこいつはヒットポイント満タンで蘇生できる代わりに、消費マジックポイントが非常に大きいので、新しく覚えた『レイズ』の方が使い勝手が良さそう。

 いや、蘇生魔法なんぞ使う機会がないのが最高なのだが。


 『朱屠拘束』は強敵向けかな。

 スタンはボスクラスにも比較的効くというし、期待しておこう。


 ところで本の世界じゃなく、アルアさん家の外で戦うのは理由がある。

 ぶっちゃけコブタ肉が飽和状態なので、ムダなことはしたくない心境なのだ。

 こっちの方が1回の戦闘で得られる経験値は低くても、戦闘時間が短く済み、また戦闘のインターバルも短いので、トータル経験値はあまり変わらないということもある。


「雑魚は往ねっ!」


 ここで怖い状態異常は『眠りの花粉』による睡眠だけだ。

 『誰も寝てはならぬ』の睡眠無効があるので、安全に『雑魚は往ね』が使えるな。


「ユー様、今日は『オールレジスト』もありますしね」


「ちょっと効果は実感できないけどね」


 レベル上がるまではいかなかったが、『実りある経験』『雑魚は往ね』のコンボで経験値も稼げたし、薬草も素材もまずまずの量を採取できた。

 今日はバエちゃんとこ行くから、ステータスアップの薬草は明日食べることにしよう。


「充実した時間だったね。笑いがなかったことは不満だけど」


 付き合いのいいうちの子達が笑ってくれる。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームに降り立つ、が?

 あれ、珍しい、取り込み中かな?

 冒険者らしき男2人がバエちゃんに詰め寄っている。


「バエちゃん、いつからそんなにモテモテになったの? ニクいね」


「あっ、ユーちゃんいらっしゃい」


 剣士の男がこちらを見て、少し驚いたような顔をした。


「ああ、君が噂の精霊使いか。ちょうどよかった。君のところ、新しい『地図の石板』の配給止まってないか?」


 ビンゴ! 予想通りだ。

 やっぱり今、ギルドは新規のクエストを割り振ってないんだな。

 ここはとぼけておくか。


「えっ、どういうこと?」


 もう1人のローブ姿の男が説明する。


「この2、3日、石板クエストを完了しても次の石板が出ない、って冒険者がチラホラいるのだよ。ギルドからは何も説明がないし、もしかしてここならば何かわかるかと思って来てみたのだが」


「え? 石板クエストはギルドが一括で扱って冒険者に分配してるんでしょ? ここ来たってギルドの事情はわからなくない? それともバエちゃん、何か知ってるの?」


「し、知らない」


 焦ってどもるバエちゃん。

 ヘルプしてるんだから、もうちょっと演技力何とかしなよ。

 いい女の条件だぞ?


 バエちゃんが隠し事をしてることには2人とも気付かなかったようだ。

 剣士が両手を挙げ、降参したように言う。


「もっともだな。受付の姉さん、変なこと聞いて悪かった。『クイックケア』のスキルスクロール、1つくれ」


「はい、8000ゴールドになります」


 基本状態異常を治療し同時にヒットポイントを回復する、戦闘中にのみ使える魔法です、プラスの速度補正がありますとクララが教えてくれた。

 へー、ターン先制で治癒・回復できるってことか。

 便利な魔法じゃないか、高いけど。

 あたしやダンテが覚えると事故の確率が減るかもな。

 8000ゴールドだけど。


「君はどうしてここに来たんだ? スキルを買いにか?」


「いや、夕御飯食べに。バエちゃんとは仲良くしてるんだ」


「ハハッ。なるほど、そりゃあいい」


 2人は帰るようだ。


「失礼した。精霊使いさんも頑張れよ」


「お兄さん達も元気でねー」


「じゃあな。また会おう」


 転移の玉を起動し、2人の姿が掻き消える。

 よし、これでオーケー。


 たまりかねたようにバエちゃんが何か言おうとする。


「ユーちゃん、あのね……」


「おおっとそこまでだ。あたしの推理は全ての謎を解き明かした!」


 あたしは左手を前方に突き出し、掌を開いてバエちゃんを制止する。


「ギルドがクエストの供給を止めていることは事実。そしていつもと異なるアタフタした態度から、バエちゃんはその理由を知っている」


 バエちゃんはギクリとし、あたしを見つめる。


「ギルドがクエストの供給を止める理由はいくつか考えられる。しかし理由を説明しないのは何故か? それは事情を聞きに来た『アトラスの冒険者』達をギルドに集める必要があるから」


 バエちゃんの目が驚愕に見開かれる。


「冒険者をギルドに集めなければならないのは何故か? そんなものは決まっている。大勢の冒険者を一度に使った秘密のミッションがあるとしか考えられない。以上、証明終了」


 恐ろしいほど決まった。

 左手を下げる。


「……ユーちゃん、神探偵?」


 バエちゃん、ビックリしすぎだろ。

 でも『神探偵』の称号はいいな。

 『精霊使い』より格好いいかもしれない。


「いや、種を明かすと、4日後にアルハーン平原への侵攻計画あるの知ってるんだ」


「か、神推理……」


「違うんだって。あちこちで情報集めてただけ」


 バエちゃんが何かに気付いたように言い立てる。


「えっ? でも待って。これ絶対秘密だから、誰にも漏らすなって上司から言われてるんだけど?」


 ああ、シスター・テレサ来たんだ。

 一度会ってみたいもんだ。


「知ってる。だからさっき言おうとしたの止めたんだよ」


「すごーい!」


 ふふふ、もっと崇め奉っていいんだよ。


「バエちゃんが口外禁止されてたのは、作戦行動があることについてでしょ? 1つ教えて欲しいことがあるんだ。これ何で内緒なの?」


「それはね、冒険者にしてもそれ以外の人達にしても、この計画に参加するのはそれほどレベルの高くないメンバーだから。もし高位魔族にでも知られて、参加者を危険に晒したら大変っていう配慮だそうよ」


「おーダンテすごい、当たってたね」


「えっ、これもわかってたの?」


 バエちゃんがまた目を見開く。


「わかってたわけじゃないけど、そうじゃないか、って予想はしてた」


「もう驚くの疲れた。カレーできてるわよ」


 異常に切り替え早っ!


「ところで仕事場にかれえ臭が充満するのは良くないと思うんだけど。換気できるんでしょ? 窓はどこ?」


「空間が空間だから、窓がつけられないの。換気はできるけど」


「え? 場所が秘密なんじゃなくて、空間が謎なの?」


 青くなるバエちゃん。

 もーしょうがないなー。


「内緒なのはわかってるし、あたしは別に言いふらしたりしないから、心配しなくていいよ。それよりかれえ食べよ?」


          ◇


「そうやってあちこちから断片的な情報集めたんだよ。かれえ美味っ! 肉と合う!」


 本の世界のアリスのことは少々誤魔化しておく。

 いや、そんなことよりかれえらいす美味いんだが?


「ユーちゃんは情報収集力もすごいわねえ。米どう? 美味しいでしょ」


「うん、これってふっくら炊くの難しいんでしょ?」


「炊飯器があってね、水の量間違えなければ上手に炊けるの」


「へー、魔道の装置? 便利アイテムがあるんだねえ」


 バエちゃんの世界にはいいものがあるなあ。

 いずれドーラでも米作が盛んになるかもしれないけど、美味しく炊ける器具がないと普及しないかもしれない。

 帝国の炊飯具はどんなのがあるのか知りたいな。


「バエの姉貴! おかわりありやすか?」


「ごめーん、米なくなっちゃった。カレーはあるからパンにつけて食べる?」


「それでお願えしやす!」


 バエちゃんが戸棚からパンを出してくる。

 クララとダンテは小食だからチマチマ食べてるけど、アトムは遠慮がないなー。


「目一杯炊いたのにな~」


「ごめんねえ、たくさん食べちゃって」


「え~それはいいのよ、もうちょっと大きい炊飯器にすれば良かったかなって」


 やーお腹膨れた膨れた。


「シスター・テレサこっち来たんだね。バエちゃんの様子見て感心してた? それとも大喜びしてた?」


 バエちゃんの目が真ん丸になる。


「今日はもう、驚くの止めたんだった。ユーちゃんは私の何を知ってるの?」


「いや、シスター・テレサは、バエちゃんの私生活にはこれっぽっちも期待してなかったと思うんだよ。でもきちんとしてるでしょ? 毎日運動してるし自炊もしてるし、ホームシックの様子もないし」


「そうなの! すごくちゃんとしてて偉い、あんたは勉強以外はダメな子だと思ってたって、オイオイ泣かれたの。そんなことないのに」


 いや、そんなことあったぞ?

 シスター・テレサの見立ては正しい。


「それで例のテストモンスターの特殊設定あったでしょ?」


「あー、あの殴る蹴る用の変態とばらんすぼおる?」


「そう、あれに食いつかれてね、売り出すんだって!」


 え、どゆことだってばよ?

 テストモンスターの特殊設定とは、バエちゃんの暇潰し&運動不足解消のためにひねり出したアイデアだ。

 売り出すとは?


「テストモンスターって、かなり高額の開発費かかってるそうなの。でもあの技術、あんまり応用効かないと思われてたから大赤字でね。シスターが変態とボール見て閃いたみたい。ストレス&運動不足解消用に機能限定すれば安く作れるから、メチャメチャ売れるぞーって」


「へー。シスターやるなあ」


 あんなものがウケるとは。

 バエちゃんの世界の人は、あんまり外で身体動かしたりしないのかな?


「良かったじゃない。バエちゃんの評価も上がるんじゃないの? ついでに給料も」


「そうだといいな~」


 あ、そうだ。

 確認しておかねば。


「ソル君のギルド行き石板の発給は止まらないんだよね?」


「うん、それは問題なく出てる」


「あ、もう出てるんだ」


 そりゃそーだよな。

 ギルドに人数集めたいのに、ギルド行き石板止めるのはナンセンスだから。

 アンセリと合流できれば戦術にバリエーションが生まれ、飛躍に繋がるはず。


「そーか、もうソル君ギルド行ったか。予定より早いねえ。あたしも頑張らないとな」


「え~生活の方が大事なんでしょ」


 おや、意外なことを。

 冒険者をこき使うほど、バエちゃんの成績は上がるんだろうに。


「そりゃそうだけど、物わかり良すぎない?」


「うーん、でもユーちゃんは、面白そうだから冒険者やってるだけでしょ?」


「そうだね。つまんなかったらやってない」


「ムリは良くないと思うの。誰かが頑張ってるからじゃなくて、ユーちゃんがやりたいことをやって欲しいな。そうすれば自然と、冒険者として活躍する方向になるんじゃない? だって向いてるから」


 ふうん、バエちゃんはあたしのことをよく見てくれてるんだ。


「何か悔しいけど、バエちゃんの言ってることが当たってそうだな。だってコブタ狩るの楽しいもん」


「あはは、なんで悔しいの。でも冒険者は辞めないでね」


「辞めないよ」


 バエちゃんが心配そうに聞いてくる。


「で、ミッションの方はどうなの? 冒険者の中では、多分ユーちゃんが最も情報持ってると思うけど?」


「うん、占い師に大活躍だって言われたから心配ないかな」


「あははははははっ!」


 何がそんなにおかしいんだか。

 あ、お酒入ってる?

 まあやるだけやるってばよ。


 そういえばラッキーアイテムはスキルスクロールって言われたんだったな。

 何のか判明すれば、ここに買いに来ることになりそうだが?


 さて、そろそろ時間か。


「ごちそうさま。美味しかった」


「どういたしまして」


「今度焼き肉やろうよ。コブタ肉は脂乗ってるから、ただワイルドに焼くのが美味い気がするんだ」


「そうかもねえ。じゃあ私はこっちの肉用の調味料いろいろ用意しとくね」


 それは楽しみだなあ。


「おやすみ、帰るね」


「うん、おやすみなさい。またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 明日は灰の民の村か。


          ◇


 翌日、日課を終えてから我が故郷、灰の民の村へ向かう。

 といっても歩いて20分くらいの距離なのだが。

 村の南門を潜ったところで、いきなり見知ったハゲ頭に出会う。


「じっちゃーん、久しぶり!」


 灰の村の族長にして転移術のオーソリティであるデス爺だ。

 村一番の秀才アレクの祖父でもある。


「おお、ユーラシアとクララか。元気にしておったか。初めて見る精霊もおるの」


「こっちの2人はアトムとダンテ。一緒に冒険者してるの。で、そちらの人は?」


 外見から年齢のよくわからない、浅黒い肌に精悍な顔つきのやや大柄な男性。

 いかにもな強者の雰囲気を漂わせている。


「精霊使いとは珍しい。私はパラキアスという者だ」


「有名人だ!」


 『黒き先導者』の異名をとるドーラ大陸の大立者だ。

 そういえば以前、アレクが時々村に来るって言ってたな。

 何かの企みごとだろうか?


「これユーラシア、失礼であろう!」


「ごめんなさーい」


「はっはっは! 元気なことはいいことだ。よろしく、お嬢さん」


 気持ちのいいおっちゃんだ。

 おっちゃんっていうほどでもないのかな?

 年齢がよくわからん。


「でも何でパラキアスさんがこんなところに? あ、例のクー川からこっちのモンスターを駆逐する計画……」


「これ、黙れ!」


 デス爺が慌てて制止してくる。

 ふむ、デス爺は『大掃除』の内容も秘密なことも知っているんだな。


「パラキアス殿、ここでは何なので我が家の方へ。お主も来るのじゃ」


 デス爺の家に連れて行かれる。

 家といっても、アレクと2人で住んでいる小さな小屋だ。

 あたしん家の方がよっぽど大きい。


 デス爺が切り出す。


「さてユーラシアよ、お主は何をどこまで知ってるのじゃ? 誰に聞いた?」


「決定的なことは本の世界のマスターである人形に聞いたの。『アトラスの冒険者』のクエストで飛んだ先なんだけど、そこには世界の知恵と知識が集まっているって言ってた」


 やっぱりこの2人は『アトラスの冒険者』くらいじゃ驚かないな。

 それにしては難しい顔してるけど。


「本のダンジョン……おそらくは『全てを知る者』。デス殿、少なくとも敵ではなさそうですな」


 パラキアスさんは張りのある声でそう言う。


「で、魔物の掃討に駆り出されるから、しっかり準備しとけみたいな」


 これはアリスに言われたことじゃなかったか。

 あちこちの情報総合するとそういう結論だったけど。


「……まあ、その通りじゃ。他所では喋らんようにな」


「情報が筒抜けになると良くないんだ。特に高い知能と実力・野望を備えた魔族が問題でね。そういうやつらと直接敵対してるわけではないにしろ、当然人間勢力が伸長するのは喜ばないから。悪感情を摂取するため、面白半分に首突っ込まれる可能性すらある」


「作戦に参加するのは、港町レイノスの警備兵とカラーズ各集落から数名ずつ、あとは初級~中級の冒険者じゃ。高レベル者を手配できない以上、参加者をなるべく危険に晒さぬ注意は必要であろう?」


 ふむ、どうやらあたしには作戦の全容を教えてくれるようだ。

 中途半端に聞き込みされて、台無しにされても困るからだろう。


「ふーん、じゃあ高位魔族の介入さえなければ、そう大変な仕事でもないんだ?」


「中級以下冒険者にとってはそうでもないぞ。特に普通の攻撃や魔法ではダメージの入らん、人形系の大型魔物が厄介じゃ」


「そうだ、ちょうど手持ちが1本ある。これをあげよう」


 パラキアスさんがスキルスクロールをくれた。

 敵単体に確実に1ダメージ与えることのできるバトルスキル『経穴砕き』だ。


「パラキアスさん、ありがとう。そうか、『経穴砕き』だったのかー」


 デス爺が問うてくる。


「それはどういう意味じゃ?」


「占い師にね、この作戦でのラッキーアイテムはスキルスクロールですって言われてたの。何の、まではわからなかったから」


 パラキアスさんが驚く。


「え? ちょっと待って。お嬢さん1ヶ所から情報得ていたんじゃないのか? 順番に話してくれるかな?」


「えーと、一番初めはドワーフのアルアさんのパワーカード工房で、ギルド巡回職員が『大掃除』なる計画を話してた、って教えてもらった」


「コルムか……」


 デス爺御名答。

 コルム兄は割と耳聡いようだ。


「その後レイノス西口の警備兵隊長さんに『大掃除』について知ってるかって聞いたら、口外しないようにと言われた。で、本の世界でクー川からこっちの魔物を殲滅する計画があるよって聞いて、あらかた全部が見えた感じ」


 パラキアスさんが頷く。


「クエストで行ったほこら守りの村に占い師の子がいたの思い出して、ぼかした言い方したけどどうしたらいいか聞いたら、ラッキーアイテムの話が出たんだ。最後にチュートリアルルームの受付のお姉さんにね。侵攻計画があること自体を話すのは禁止されてたけど、そこはあたしももう知ってたから。何で秘密なのかだけ教えてもらった」


 デス爺は難しい顔して動かないし、パラキアスさんは首をすくめてヤレヤレってポーズしてる。


「まったく呆れたもんじゃ。全部知っとるんじゃないか」


「素晴らしい行動力、情報収集力ですよ。ほこら守りの村というのは、土地神が消滅して、御神体とされる霊が荒れてたところだね? あそこを宥めてくれたのが君か?」


「そうです」


「3日前のレイノス精霊様騒動も?」


「はい」


 おいおい、どんだけ事情に通じてるんだよ。

 両方ともここ1週間の話だぞ?

 パラキアスさんこそ情報収集力おかしくない?


「何じゃ、また何かやらかしたか?」


 またってどういうことだ。

 心当たりは10もないぞ。


「いやデス殿、精霊を持ち上げ上級市民を凹ます痛快極まる話でしてな。そうそう、オルムスが憮然としてたよ。精霊使いに許可は出したけど、精霊様にお墨付き与えた記憶はないんだけどなーってさ」


 おお、そう言われればそうだ。

 『アトラスの冒険者』で、今回のミッション『大掃除』の参加者であるあたしにはともかく、精霊に便宜を図る理由がないもんな。


 それにしてもやはり、パラキアスさんはレイノス副市長オルムス・ヤンと懇意なのか。


「ところでユーラシアよ、お主他の冒険者にはこの話を漏らしてないじゃろうな?」


「あ、ごめん、女の子2人に話しちゃった」


「何故じゃ!」


 そんなこと言われても。

 弁解しとこ。


「賢い子達でさあ、お喋りしてるうちに言葉尻から感付かれちゃって。ぶっちゃけたのは、じっちゃんやパラキアスさんがあたしに話してくれたのと同じ理由だよ。聞きかじり知識であちこちにこの話されたら、計画自体がパーになるかもしれないじゃん。だからその時あたしの知ってたことは全部話して、その代わりパーティーリーダー以外には口外厳禁って言っといた」


「……まあ、それがリカバリーとしては最善でしょうな」


 パラキアスさんが苦笑し、デス爺も不承不承ながら頷く。


「今回の魔物掃討計画はの、高レベル冒険者の手配がつかない故、弱い魔物を根絶やしにしてくれれば大型は残しても仕方ない。後で高レベル冒険者に駆除依頼すればよいと考えていたんじゃ」


「計画自体を秘密裏に進めたのでは、誰もロクに準備すらできないしね。でも事情を知ってる君は別だ。ボスは君が責任持って仕留めてくれよ」


「えーと、できるだけ頑張ります」


 高レベル冒険者じゃなきゃ倒せないような魔物を、冒険者歴1ヶ月に満たないあたしにどうしろってゆーんだ。

 でもパラキアスさん、あたしの呼び名が『お嬢さん』から『君』になってるしな。

 ここは期待されてると思っておこう。


「そうじゃ。この掃討戦が終わったら、ワシは西へ移住するというのは知っとったか?」


「ちょっと前、コモさんに聞いたけど」


「もうコモをリーダーに、ほとんどの移住メンバーは先発しとる。残ってるのはワシとコケシだけじゃ」


「何でじっちゃんとコケシが残ってるの?」


「回復魔法を使えるでな。掃討戦でケガ人が出るのに備えてじゃ」


 なるほど、そういうことだったのか。

 コケシは詰草の精霊だ。

 性格は真逆だが、どういうわけかうちのクララと仲がいい。

 クララもそうだが、一般に植物系の精霊は、白魔法や回復術を得意とする者が多い。


「そもそもどうして移住なの? じっちゃんがいなくなると、他の村からの圧迫が強くなって大変だと思うけど」


 パラキアスさんが説明する。


「今後、ドーラ大陸におけるノーマル人社会の発展のためには、居住拠点の増加と資源の安定供給が必要なのさ。デス殿の考えも同様だろう」


「まあ、この村のことはサイナスの手腕に任せる。そうじゃ、サイナスは掃討戦のことを知っておるでな、細かい打ち合わせが必要ならそちらでせよ」


「わかった、サイナスさんとこ行ってみる。じゃあじっちゃん、パラキアスさん、さようなら」


 デス爺の小屋を出て、ぐいーっと伸びをする。

 ドーラの人類社会発展のため、ってのは好きな考え方だなあ。

 ノーマル人に限らなくたっていいよね。

 人口が増えていろんな人に会えるのも、様々なものが手に入るようになるのも嬉しい。


 サイナスさんとこにも顔出してくるか。

 賢いことは賢いけど、どーも頼りなくて族長ってタイプじゃないんだけどなーあの人。


          ◇


 小屋に残った2人は話を続ける。


「彼女が『第一の精霊使い』ですか。あの歳で精霊3人連れ、おまけにカンも運もいい。バイタリティもある。なかなかに興味をそそられますな。彼女もまた、デス殿の『塔の村』計画の候補者でしたか?」


 老人がためらいがちに首を振る。


「いや……元々あやつがいたから思いついた移住計画ではあったが、考えてみれば命令したとおりに動く性格ではないでな。早期に候補から外した」


「なるほど、やはり野におけ、ということですか。しかし、あの精霊親和性は稀有の才能じゃないですか? パーティーバランスも申し分なかった」


「ほう、ユーラシアとは初対面なのに随分買ってくれるんじゃな。精霊との相性に関しては、確かに灰の民でもピカ一ではあるが」


 浅黒い肌の壮年の男は目を細めて言う。


「才能ある若者は宝石よりも貴重です。今日はいい出会いでしたよ」


          ◇


 サイナスさん家に足を運ぶ。


「こんにちはー」


「やあ、ユーラシアじゃないか。冒険者になったとは聞いたけど、3人も精霊を連れてるのかい?」


「そーなの。結構面白おかしくやってるよ」


「それは何より」


 サイナスさんは線の細い優男といった印象の、20代後半の男だ。


「ところで、デス族長達が開拓民として移住するって話は聞いたかい? いやもう移住しちゃってる人もいるんだけど。オレがここに残るみんなのまとめ役だってよ。どう思う?」


「一言で言えば頼りない。二言で言えばとても頼りない」


「ひどいな。でもその通りなんだよなあ」


 サイナスさんは頭を抱える。


「いや、それは冗談として大丈夫なの? どうせ黄とか黒のやつら、ちょっかい出してくるでしょ」


 西アルハーン平原に割拠する各部族は、カラーズと一括りにされてはいるものの、各々とても仲が悪い。

 特に精霊と共に生活する温和な種族である灰の民は、他からバカにされているのだ。


「この集落の東って、対モンスターの前線だろ? レイノスから警備兵が来てくれることになったんだ。だから大丈夫……と思いたい」


 なるほど、以前コモさんが『今だから大丈夫』って言ってた移住の根拠はこれか。


「曖昧な言い方だけど、それって東の平原から魔物追っ払うのと関係あるんでしょ?」


 サイナスさんは驚く。


「何で知ってるんだ? オレだってデスさんに打ち明けられたばかりなのに」


「チラッと他所で聞いてね。で、今じっちゃんとパラキアスさんにその話したら、じっちゃん家に引っ張られて全部聞かせてもらった」


「マジかよ。すごいできる人みたいだな」


 すごいできる人なんだよ。


「細かい打ち合わせが要るならサイナスのところ行け、って言われたから来たの」


「丸投げかよ」


 再びサイナスさんが頭を抱える。


「ねえ、パラキアスさんほどの大物が、この掃討計画進めてるのはどうして?」


 サイナスさんが思慮深い瞳をこちらに向ける。


「……『黒き先導者』殿は、ガチガチのドーラ独立派だろ? 帝国本土から大量の移民が来る未来を見越して、土地を確保しておきたいんじゃないか?」


 何ですと?


「そんなきな臭い話なの?」


「デスさん達の移住地がずっと西なんだが、あっちは昔から自由開拓民が多くて、比較的しっかりした街道があるんだ。つまり物資の運搬がしやすい。レイノスが戦場になったとき、支援するには都合のいい位置だ。なんてオレの妄想に過ぎないけどな、あの2人が企むことだからそれくらいあってもおかしくない」


 ……ヘタレだけど次期族長任されるだけあるわ、この人。


「……色々聞けてよかった。ありがとう、やっぱりサイナスさんは頭がいいね」


「そ、そうかい? 褒めても何も出ないよ?」


 褒められ慣れてない人はこれだから。


「あたしも、その辺の可能性考えて動くことにするよ」


 ふと思いついたようにサイナスさんが言う。


「そうだ、件の作戦で灰の民からも人員を派遣しなくちゃいけないんだ。君にお願いしていいかな?」


 あたしも直近はギルド行かないことにしたから、どこで顔出せばいいのかタイミング迷ってたんだよな。

 灰の民代表なら、ギルド行くのはそれこそ全部終わってからでもいい。


「うん、どーんと任せて」


「頼もしいな。灰の民ユーラシアの勇名が轟けば、他の集落からの圧力も減りそうだ。まったく何でカラーズはこんなに仲悪いんだか」


 またサイナスさんが悩ましげな顔になる。


「ま、ここがダメならダメで、じっちゃんのところへ引っ越せばいいしね」


「なるべくそうならないようにしたいけど、なにせ灰の民に武闘派はいないからなあ。ゴリ押されるときつい」


 わかる。


「あたしも期待されると困っちゃうけど、適当に頑張るよ」


 サイナスさんが意外そうに言う。


「あれ、君がそんな弱気じゃこっちが困るんだが」


「何で?」


「だってこの掃討戦で全容知ってる冒険者って、おそらくユーラシアだけだろ? 十分準備できるじゃないか」


 そりゃそーだが。


「具体的に何しておけばいいかな?」


「消耗品はたくさん用意しておきなよ。切らした連中に恩売れる」


「おーなるほど」


「魔物は大して強くはない。だから中低レベルの冒険者にやらせるってことになったんじゃないかな。でも状態異常使ってくるやつが多いから対策はしていくべき」


「わかった」


「1体大型がいることが確認されている。人形系魔物のデカダンスだ。防御力無視系の攻撃じゃないとダメージ入らないし、氷系の全体攻撃魔法が苛烈だ。ただ敏捷性はないに等しく、逃亡もしない。こいつだけは中低レベルのパーティーが普通にやったんじゃ到底勝てない」


 サイナスさんの分析はなかなか正確だ。

 ここは乗っかろう。


「普通じゃない方法だとどうすればいいかなあ?」


「氷耐性とダメージソースの確保は絶対の前提条件として、他の参加者から支援を得られればあるいは」


「よーしわかった! やるだけやってくる!」


「その意気だ」


 サイナスさん家を後にし、道具屋へ。

 ヒットポイント回復薬のポーションとマジックポイント回復のマジックウォーターをありったけと、戦闘不能からの回復薬である蘇生薬を3つ、状態異常治療の万能薬を5つ買う。


「さあ、帰ろうか」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「結論としては氷耐性のカードが4枚必要、それからもう1人分の『経穴砕き』だね」


 パワーカード『寒桜』に氷耐性30%がある。

 今の交換ポイントが180で、その後にある程度素材を拾ってるので、実質220くらいだろう。

 今日明日明後日の3日間で、残り必要ポイントを溜められるだろうか?


 ボスは人形系レア魔物デカダンスだ。

 パーティー全員がダメージを与える手段を持っていたい。

 『経穴砕き』はあたしとダンテが習得していて、パラキアスさんからもらったスクロールが1本、もう1本買うべし。

 でもさっき目一杯薬買ったからおゼゼがあんまりないっ!


「アルアさんとこと本の世界で経験値稼ぎと素材採取だね、今日から3日間頑張ろう!」


「「「了解!」」」


          ◇


 まあこの3日間は地味というか地道というか。

 あたし達にこういうの似合わないなとは痛切に思った。


「若い内は苦労しな」


 アルアさんは軽く言うけど、苦労というか苦痛なんだよ。

 ノルマがあってそれこなさなきゃならないってのは。


 苦痛の成果というか、全員レベルが2ずつ上がった。

 あたし、クララ、アトムが17、ダンテが16だ。


 属性を武器に付与する支援魔法を覚えるレベル帯だったらしく、クララが『ウインドエンチャント』、アトムが『アースエンチャント』、ダンテが『ファイアーエンチャント』『アイスエンチャント』『サンダーエンチャント』を習得した。

 前衛が簡単に魔物の弱点属性を突けるようになる、一群のメジャーな魔法だ。

 スキルスクロールも販売されているが、あたし達はパワーカードで属性付与すればいいのであまり出番はないかもしれない。


 その他、あたしがバトルスキル『脚殺ぎ』を、クララが全体基本状態異常解除の白魔法『オールキュア』を覚えている。

 『脚殺ぎ』は敵単体の防御力・敏捷性・魔法防御を同時に下げる強めの攻撃という、アトムの『透明拘束』に似たタイプのスキルだ。

 強敵相手に『透明拘束』とセットで使うと大幅に能力落とせそう。


「よくやったね。ほれ『寒桜』4枚」


「ありがとうございまーす」


 ……癪だけど達成感は悪くないな。

 残り交換ポイントは7。

 あれ、コルム兄が手招きしてる。

 何だろ?


「族長から招集かかったんだ。オレも西へ行くことになった」


「そうなんだ。死亡認定されてる人がいきなり行くと、皆ビックリするんじゃないの?」


「いい加減そのギャグ止めろ。精神に来るから」


 それにしても変だな?

 コルム兄が行くならパワーカード作製の技術が買われてるんだろうけど、向こうでカード必要なんだろうか?


「うーん、その辺りのことはオレもわからんけど、当面の問題はそこじゃないんだ。つまりアルア師匠に助手がいなくなるだろ? 何といっても高齢だし、オレの代わりが務まるような人がどこかにいたら紹介してくれよ」


 コルム兄並みに器用で、パワーカードに興味がある人か。

 あれ、条件厳しくね?

 でもカードの供給途絶えると、あたし達の死活問題になるしな。


「わかった。今心当たりないけど、探しとくね」


「頼むよ」


 転移の玉を起動しホームに戻る。

 バエちゃんとこで『経穴砕き』をもう1本購入し、これでうちのパーティーは全員が人形系魔物にダメージを与えられる体制になった。

 さあ明日は本番だ。

 今日はゆっくり寝よっ!


          ◇


 翌日はいい天気だった。

 良かった、雨降ったら休もうかと思ってたよ。

 日課を済ませて灰の民の村へ出発。


「朝からとは聞いてたけど、具体的な開始時間は聞いてなかったな」


「そうですねえ」


「モーマンタイね。どうせフィニッシュまでには時間かかるね」


「そうだぜ、腕が鳴るぜ」


 のんびり歩きながら灰の民の村へ到着。

 一応、道具屋に顔を出しておく。


「こんにちは。消耗品ってまだある?」


「ごめんね、さすがに売り切れなの。あらあら、ユーラシアちゃん。あんた掃討戦の参加者なんだろ? ゆっくりしてていいのかい?」


「いいのいいの、どうせすぐには終わんないから」


 村の東、魔物の住む領域との境である大柵のところへ行く。

 大きな転移石碑があるが、おそらくギルドと繋がってるものだろう。

 灰の民からはデス爺と精霊コケシ、サイナスさんが待機している。

 回復魔法『ヒール』を使える面々だな。


「こら、ユーラシア! 遅いではないか」


「ごめんなさい。始まる時間聞いてなかったの」


「いえ、始まる時間なんてあってないようなものでしたから構いませんよ」


 ギルド依頼受付け所のおっぱいさんだ。

 参加者名簿を片手に立っている。


「えーと、ユーラシア・ライムさん」


「あ、今日あたし『アトラスの冒険者』としてじゃなくて、灰の民の代表で参加ってことになってると思う」


 名簿にあたしの名がないことに困惑していたおっぱいさんに声をかける。


「ああ、そうでしたか」


「でもギルドの祝勝会には参加するんで!」


「はい、承りました」


 おっぱいさんニッコリ。


「皆が出撃したのはどのくらい前です?」


「30分くらい前になります」


「わかった、行って来る!」


「お気をつけて!」


 皆に見送られて出撃する。


 灰の民の村からクー川まで強歩3時間ほどだが、起伏のない地形なのでかなり遠くまで見通せる。


 あ、あそこでも戦闘中だな。

 黄の民3人組だ。

 単純に殴りにいってるだけだ、脳筋どもめが。

 それにしても強引過ぎる?


「ユー様、あれ状態異常の激昂かかってます! 3人ともです!」


 激昂、それは無闇やたらと怒れてきて感情のコントロールが効かなくなり、ただ攻撃する以外の行動を取れなくなってしまう状態異常だ。


「助太刀しよう! クララ、『オールキュア』かけて!」


「オールキュアっ!」


 黄の民3人の激昂を解除し、全員で魔物をタコ殴りにして片付けた。


「畜生、灰の民なんぞに助けられるとは!」


「そう言うな、助かったぞ」


 ボス格であろう、モヒカンヘアーで一際大柄の拳士が礼を言う。

 何だ、話のわかるやつじゃないか。


「灰の民から精霊使いの冒険者が出るという話は聞いていた。まあ知れたもんだろうと高を括ってたが、どうしてどうして大したものだ。俺らはパワーには自信があるんだがな、魔物相手の駆け引きは専門外と痛感してる。気をつけた方がいいこと、あるだろうか?」


「アニキ、灰の民にアドバイス求めるなんて」


「バカ野郎! このまま満足に働けないことこそが黄の民の名折れだとわからんか!」


 おお、考え方もちゃんとしてる。

 おみそれしたよ。


「植物系の魔物は状態異常攻撃が多いから、あんたらには向かないと思う。獣っぽいやつ倒してよ。パワー勝負になるよ」


「おお、了解したぞ。すまんな。さらばだ」


 モヒカンがいい笑顔で挨拶する。


「黄の民にも人物はいるねえ」


「そうでやすね」


          ◇


 『雑魚は往ね』でマジックポイントを節約しながら、魔物達を駆逐していく。

 『誰も寝てはならぬ』と『オールレジスト』の状態異常耐性に頼りきった戦法で、もしあたしが『雑魚は往ね』を撃てない状況になったら、クララの装備している『逃げ足サンダル』のスキル『煙玉』で離脱する手筈だった。

 が、幸いそういうピンチにはならない。

 快進撃だ。


 しばらく行くと、見たことのある紫色のつば広帽子が。

 スキル屋のペペさんだ。

 戦い方がひどい。

 あのデカいニワトコの杖をただ魔物に叩きつけている。

 およそドーラ大陸一とも噂される魔道士の戦闘には見えない。


「ペペさーん!」


「あっ、ユーラシアちゃん!」


 1人で寂しかったのか、ちょっと嬉しそうだ。


「何でペペさん参加してるの? 冒険者でも低レベルでもないじゃん」


「だってギルドからアルバイト代が出るから」


 そーゆーことか。


「手が足りないから、ギルドの職員でも戦える人は出てるのよ? 受付のポロックさんとか、食堂の大将とか」


「ポロックさんはともかく、大将が参加しちゃダメでしょ。もし大ケガしたら祝勝会の料理どーすんだ」


 完全に祝勝会ある前提ですけれども。


「あはははっ!」


「大笑いしてるけど、ペペさんどうして魔法使わないの?」


「え? 地形変わっちゃうから……」


 どゆことだってばよ?


「私、ロマンを感じない魔法は使えないから」


「えーと意訳すると、山吹っ飛ばすクラス以外の魔法は使えないってこと?」


「うんそお」


 そりゃえらいことだ。

 地面ボッコボコにしたら移住者の受け入れもクソもないし、魔法に巻き込まれる人が出ないとも限らない。

 でもレベルカンストするくらいになると、力のない魔道士でも一回殴るだけで魔物倒せるんだな。


「そうだ、もう少し東行ったところの山際に大型魔物がいるのよ。魔法通じない人形系だから私の出番ないけど、ザコ魔物を一掃したら皆で寄ってたかって倒そうってことになってるの」


「そうなんだ。あたしちょっと見てくる!」


「行ってらっしゃーい」


          ◇


 ペペさんと別れさらに東へ。

 山際って言ってたな。

 人が集まってる、あれか?


「でかーい!」


 小高くなってるところの陰にそいつはいた。

 2人の僧服を着た男性が結界を張り、その魔物の動きを止め、魔法を封じ込めていた。


「やあ、精霊使いとは珍しい」


「こんにちは、あなた方は聖職者の人?」


「レイノスの聖火教ハイプリーストだよ。一昨日急に冒険者ギルドを通して依頼されたんだ。まあ結構な寄進を約束されたからそれはいいんだが」


「この結界っていつ頃までもつんですか?」


「5、6時間ってとこかな。もし破れたら、もう一度張り直す自信はないよ。やつも身動き取れなくて怒り狂ってる」


「じゃあそれまでに他の魔物を全部倒して、全員でこいつと対決になりますねえ」


 僧服の男が諦め顔で言う。


「対決できればね。ただ今までここに来た連中に聞いても、誰もこいつにダメージを与えられる衝波技持ってないんだよ。だからザコを掃除し終わったら、しっぽ巻いて逃げようかって話してたところなんだ」


 衝波技というのは打撃部位から内部に破壊の波を浸透させる技で、いわゆる防御力無視スキルのこと。


「あたしら4人とも『経穴砕き』覚えてます。だから逃げるのはちょっと待って」


 眉を動かし、ほう、という目であたし達を見る僧服。


「4人とも? 若干、希望が出てきたかな。よしわかった。楽しみに待ってるとするよ」


「お願いしまーす!」


          ◇


 魔物を倒しながら平原を行くと、黒のロングドレスを着た女の子が魔物に襲われていた。

 この場に似つかわしくない格好だが?


「助けよう」


 『雑魚は往ね』一閃、まあそんなもんです。

 黒ドレスの女の子がすがりついてくる。


「あああありがとう! あなたはアターシの命の恩人だわっ!」


「いや、あんたは何なの? 魔物と戦う格好じゃないけど」


「何なのって言われても、突然灰の村へ行けって言われただけだもの」


 そうか、全然事情を知らない人も混じってるんだ。


「あんたは黒の民だよね? 得意技は何?」


「呪術です」


「呪術かー」


 儀式魔法の一種で、効果は大きいのだが準備と時間のかかる技だ。

 呪術のかけられたアクセサリーなどの装備品は、その特殊効果により珍重される。

 ただし呪術師そのものは戦闘に全く向いてない。


「一応、魔法防御アップの全体支援魔法は使えますけど」


「何だ、イケるイケる! ここからちょっと西へ行った山際に、大きい魔物を結界で封じてるところがあるから、そこで待機してて。そいつが今日のボスで、ザコを掃討したら皆で倒そうってことになってるの。あんたの魔法はザコ向きじゃないけど、ボス戦にはすごく頼りになるから!」


「わ、わかったわ」


 黒い女は転げるように走っていく。

 いきなりの作戦だといろんな人がいるなあ。

 何も知らされないのは、却って危ないんじゃないかって気もする。

 かといって大悪魔なんかに知られて出しゃばられた日にゃ、何もできなくなっちゃうんだろうが。


          ◇


 『雑魚は往ね』で無双しつつ進む。

 なかなか気分がいいなあ。

 大分魔物も減ってきたか?

 あ、ピンクマンがいる。

 遠くからでも目立つなー。

 もう1人は……ダンのようだ。


「ユーラシアも来てたのか。朝見なかったから休みかと思ったぜ」


「こんな面白そうなこと欠席するわけないでしょ。主役は後から登場するもんなの!」


「しょってやがるぜ。遅刻しただけのクセに」


 えーと、ペペさん崇拝者ピンクマンの名前何だったかな?

 出てきそうで出てこない。

 まあどうでもいいか。


「ペペさんが西の方にいて、1人で魔物退治してるんだ。助けてやってよ」


 『ペペさん』でビクっとするピンクマン。


「ペペさんに助けなんか要らねえだろ。この辺のザコ魔物なんざ、魔法でイチコロだわ」


「だからだよ!」


 不可解な顔をするダン。


「どーゆーこった?」


「ペペ様は至高の魔法しかお使いにならないから、ということか?」


「そうそう。ペペさんに魔法使わせたら、この辺一帯荒野になっちゃう」


 さすがピンクマンはペペさんのことをよく知っている。

 ダンもようやく状況を理解したらしい。


「じゃあペペさん魔法使ってないのか? どうやって魔物倒してるんだ?」


「あの大っきな杖あるでしょ? あれでペチペチ潰してる」


 ダンとピンクマンが顔を見合わせる。


「いや、ペペさん自体に危険はないんだよ。メチャメチャレベル高いから、ダメージすら負わないし。でもあの人案外抜けてるとこあるからさあ、間違って混乱食らって極大魔法使われたりしたら、周りの危険が危ない」


 ようやくヤバさに気付いたらしい。


「い、急ごう」


「どうしてあんた、ペペさん放ってきたんだよ!」


「そりゃあたしだって魔物退治しなきゃなんないからさ。それにヤバさがわかるから離れてるんじゃないか」


「こいつもヤベえ!」


 ダンとピンクマンが慌てて駆け出していく。

 うん、いい仕事したぞ。

 ピンクマンがペペさんにいいとこ見せられるとベストだ。


          ◇


 さらに行くと、燃えるような赤毛を三つ編みにした女の子に出会う。

 典型的な赤の民の火魔法使いだ。

 しかし、ソロで魔法一本だと相当消費も激しかろう。


「そこの精霊使いさん、マジックポイント回復アイテム持ってないか?」


 ただ言ってみただけ、といった口調だ。

 まるっきり期待もしていなかったんだろうが、マジックウォーターとポーションを1つずつ渡してやる。

 火魔法使いは信じられないようなものを見る目で見つめてくる。


「……あなた、灰の民だろう? どうして私に施しを?」


「そういう小さい話じゃないんだよ」


 わからない、といった顔だ。


「この作戦行動について、何か聞いてる?」


「何も。とにかく魔物の掃討を行うから、赤の民からも参加者を出せって」


「人の可住域をクー川まで広げるんだよ。ドーラ全体の発展に繋がることなんだ」


 火魔法使いは目を見開く。


「あたし達は同じ作戦において同一の目的を目指す仲間なんだよ。カラーズ部族間の諍いを持ち込んでいい場じゃない」


 ふーっとため息をつく火魔法使い。

 笑みを浮かべて言う。


「借りができちゃったな」


「借りだと思うなら手を貸しておくれよ。まだ大物が残ってる」


 ボスクラスの人形魔物がいる山際を指差す。


「この辺の魔物はあらかた駆逐されてる。あそこで待機しててよ。あのデカブツを倒さないと作戦成功とは言えない。皆の力を合わせて勝つんだ」


「ああ、わかった」


 火魔法使いがこちらに手を振ってから駆けてゆく。


「姐御、格好いいですぜ」


 アトムが賞賛する。


「シリアスは背中がかゆくなるんだけど」


          ◇


 『雑魚は往ね』を非常に効果的に使えるので、向かうところ敵なし。

 そこのけそこのけ精霊使い様が通る。

 ハッハッハッ、ゴキゲンもゴキゲンだ。

 今日までほとんど人の入ってないところだからか、結構素材や薬草も拾えてるしな。


 東側の遠くに土手が見える。

 あの向こうがクー川だな。

 ちょっと拝んでみたい気もするが、今日は遠慮しておく。

 魔物の掃討が完了すればいつでも見られるだろうから。


 何人かいるっぽいから、あっちは任そう。

 もうほとんど魔物もいないようだし。


 そのまま南下し海へ。

 もうこの辺りに魔物はいない。

 海岸線に沿って西進すると3人組の冒険者がいる。

 あれはひょっとすると?


「ソル君!アン!セリカ!」


「「「ユーラシアさん!」」」


 希代のレア固有能力『スキルハッカー』の持ち主ソル君のパーティーだ。


「よかった! ソル君とアンセリは無事パーティーを組めたんだねえ。ソル君の勇者力を信じてたけど、ちょっとだけ心配してたんだぞ?」


「勇者力って……ユーラシアさんのおかげです。ありがとうございました」


 ソル君もアンセリも嬉しそうだ。

 アンセリは貴重な後衛だし、パーティーを組めれば、ソロの時と比べて格段に戦術の幅が広がるはず。


「やはりユーラシアさんは掃討戦に参加してたんだな」


「朝、姿が見えなかったから心配していたのです」


「あ、ごめん。あたし『アトラスの冒険者』としてじゃなくて、灰の民の代表として参加してるんだ。ここしばらくギルドも行ってないの」


 格好悪いので遅刻したことは言わない。


「ソル君、ギルドへはいつ行けたの?」


「4日前ですね」


 『地図の石板』出てからすぐギルド行ったんだな。


「ソル君はうちの子達初めてだったっけ?」


「そうですね。よろしくお願いします」


 いいからいいから、精霊はそういうの苦手だから。

 うちの子達戸惑ってんじゃねーか。


 アンセリに話しかける。


「ソル君は凛々しいからすぐわかったでしょ?」


「ええ、ソール様のあの青い盾、ユーラシアさんからもらったとか」


 おおっとやるなあ、様呼びですか。


「そうそう、クエストで拾ったんだけど、あたしら盾は要らないからさあ」


 ソル君のところのパーティー構成だと、当面は前衛のソル君が盾役として敵の攻撃を受け止め、アンセリの火力で仕留めるスタイルになるだろう。

 しかし今後の習得スキル次第では、ソル君がフィニッシングを受け持つのが望ましい。

 いずれにせよその防御力は非常に大事なのだ。


「ユーラシアさんの予想通り、ギルドからの石板クエスト割り振りが止まりましたので、マウさんの転送先を使わせてもらっていました。もし何も知らなかったら、我ら3日間をムダに過ごすところだったのです」


「うん、あれは自分のことながら良い判断だったと思う。有効に過ごせた?」


「「「はい!」」」


 よしよし、頑張るんだよ。


「ただ今日オレ、何もできなさそうなんですよ。あの大型魔物見ました?」


「見た。結界張ってる聖火教ハイプリーストの話聞いたんだけどさ。どーもあれにダメージ与える手段、あたし達しか持ってないみたいだから、サポートよろしく」


「あ、ユーラシアさんは防御力無視系のスキルを習得してるんですか?」


「うちの子達も含めて全員が『経穴砕き』を使えるんだよ」


「「「全員?」」」


 ソル君アンセリが驚愕する。


「か、完全に人形系レア魔物に的を絞って?」


「アン、セリカ、あんた達と別れてからも情報集めてさ、あのデカ人形がボスであることを知ったから、攻撃手段は整えた。でもあたし達だけで勝つには、レベルが全然足りないんだよ」


 ソル君が言う。


「オレも『経穴砕き』覚えるべきでしょうか?」


「何言ってるんだよ、ソル君らしくもない。『経穴砕き』覚えるならアンセリだろ」


 アンセリがビックリする。


「我らですか?」


「どうして?」


 説明する。


「あのデカブツのことは一旦頭から外して。例えば経験値の高い踊る人形と戦うとするでしょ? 『経穴砕き』は誰が殴ったって1ダメージなんだよ? アンセリが前に出てきてスキル使えばいいじゃないか。防御力無視系のスキルなんか他にもまだまだあるんだろうから、本来支援技の『経穴砕き』なんかでスキルハッカーの習得枠潰すのはもったいない」


 3人はそういったパターンにも考えを巡らせているようだ。


「灰の民の図書室に『魔法スキル大全』があるよ。古い本だけど、どういうバトルスキルや魔法があるか、有名どころはわかるから見ていきなよ。将来何のスキルを覚えるか、目星つけるのは大事でしょ。案内するからさ」


「お願いします!」


「じゃあ後で。ボスを仕留めた後に会おう」


「「「はい!」」」


 ソル君パーティーと別れさらに西へ。


「ボス、さっきのはセッキョー臭かったね」


「背中がかゆいんじゃねーか?」


「うるさいやい。せっかく若者がやる気出してたんだから、道筋示してやるのが年長者の務めでしょーが」


 アトムが呆れて言う。


「歳変わんねーじゃねーか」


 クララがクスクス笑っている。


          ◇


 あらかた退治されたっぽいな。

 あんまり魔物に出会わなくなってきた。

 向こうから台車を押しながら来る人がいる。

 手を振っているが、あれは?


「やあ、チャーミングなユーラシアさん達」


「こんにちはー」


 ポロックさんとギルド食堂の大将でした。

 ポロックさん角帽被ってないし、大将の全身見たのも初めてだから、誰だかわかんなかったよ。


「これは何の台車です?」


「今晩の宴会用の肉さ」


 あっ、あのなんちゃらマウスとかいうでっかいネズミみたいなの、食べられるんだ?

 しまった、全部放ってきちゃったよ。


「ま、美味い肉じゃねえよ。でも今日は冒険者皆こっちへ出張って来てるし、肉も仕入れられねえ。とにかく量が必要だからしょうがないぜ。どうせ酒入れば味なんかわからねえからな」


 ガハハと大将が豪快に笑う。

 そーか肉は冒険者が納めてたのか。

 多分クエスト依頼所からだろうな。


「で、祝勝会は何時からです?」


 こっちは遅刻したらえらいことだ。

 美少女精霊使いの名が廃る。

 時間はバッチリ把握しとかないと。


「5時からだ、が……」


 大将がポロックさんを見る。

 ん? 肩をすくめてますね?


「正直、祝勝会になるか残念会になるかわからない。後者の可能性の方が高いがね」


 正直者のポロックさんが正直に打ち明ける。


「やっぱりあのデカブツかなり強いんだ?」


「やつの攻撃に耐えられるだけの体力と、ダメージを与えることのできるスキルを備えているならば、比較的安定して戦えるはずなんだ。ただそんなの一部のハイクラス冒険者だけでね、そういう連中は今日来ていない」


 ポロックさんが仕方ないな、という風に両眉を下げる。


「何で今日は上級冒険者は参加してないのかな?」


「そういうやつらでしかこなせないクエストを請けてるからだぜ。ただでさえ現役の上級は数が足りてねえ」


「そーかー、あたし頑張るよ。祝勝会の方が気分いいし」


「無理はしないでおくれよ。今回の作戦行動指針では、あの大型魔物以外を全部掃討できれば御の字という見解なんだ。その場合、大型は上級冒険者に別途依頼が出されることになるだけだから」


「うーん、あたしもそう聞いたけど」


 今頑張ってるあたし達にとっては悔しい話だな。

 しっかり倒して祝勝会がいいに決まってる。


「ともかくこっから西、灰の民の集落まではもう魔物はいねえ。東の方はどうだい?」


「東も海岸沿いはやっつけたよ。少し内に入ったところはわからないから、あたしはそっち行ってみる」


「俺達は大型のところに行ってるよ」


 ポロックさん、大将と別れ、東北へ歩を進める。


          ◇


 雑魚は往ねっ!

 この辺りにはまだ少し魔物がいるようだ、それとも今のが最後かな?

 見覚えのある鎧姿の兵士達が見える。

 レイノスの警備兵であろう。


「やあ、精霊使いさん。今の技、すごい威力だね」


「あっ、この前の!」


 副市長の許可証持って来てくれた、西門の若い警備兵さんでした。

 同僚にあたしのことを紹介してくれてる。


「6日前の精霊様事件あっただろ? あれの犯人」


「犯人ゆーな。人聞きの悪い」


 ひとしきりの笑いがあった後、警備兵さんが続ける。


「まだ話題になってるよ、あれは何だったんだってね。精霊の巫女の傍若無人な振る舞いで、身分制度に疑問を持つ人が増えてきてる」


「まずったかなあ? 精霊を差別してもらいたくなかっただけなんだけど」


 実際にはそれだけの意図ではなかったが。


「いや、身分制度っていうか、中町の住人が威張り散らしてるのが面白くないんだよな」


「そうそう、精霊様の評判は総じて悪くないから心配しなくていいよ」


 同僚の兵士さんも口を挟む。


「隊長さんは、その後どうだったかなあ? 責任取らされたりしてないです?」


「いや処分とかは特に……あ、でも副市長に呼び出されたな」


「うあーやっぱそうか! 3日前パラキアスさんが、『精霊使いに許可は出したけど精霊様にお墨付き与えた記憶はないって、オルムスが憮然としてた』と言ってたんだ」


 兵士さん達が驚く。


「え? 君『黒き先導者』と知り合いなのか?」


「違う違う、たまたま会っただけ。多分今日の打ち合わせだと思うんだけど、あたしの故郷の灰の民の村にパラキアスさんが来てたの」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 危ない危ない、どーもあたしは口が軽い。

 サイナスさんの予想では、パラキアスさんとデス爺はもっと大きなこと考えてるだろうってことだった。

 秘密ってわけじゃないけど、そんなのはここで披露すべき話じゃないだろうしな。

 自重せねば。


「パラキアスさん、この掃討計画に噛んでたんだな」


「そりゃそうだろ、あの人デカい話には必ず関係してる」


「まあそうか」


 よしよし、勝手に納得してくれてるぞ。


「こっちにはもう、魔物はいないのかな?」


「君達が倒したやつがおそらく最後だよ」


「じゃあ、最後にあの大型魔物だねえ。皆の者、いざ行かん!」


 兵士さん達と連れ立って、もう既にかなりの人数が集まっている今日のメインイベント会場に臨む。

 いよいよヒロインの出番だ!


          ◇


 現地に到着すると、結界を張っている聖火教ハイプリーストが話しかけてきた。


「さて、じゃあ結界を外していいか?」


「ちょっと待ってください」


 あたしは皆に呼びかける。


「いよいよ最終決戦だぞ、覚悟はいいかーっ!」


 全員がこちらを向く。


「作戦会議するよ。まず、あの大型魔物についてよく知ってるって人、皆に説明して欲しいんだけど」


 ピンクマンが挙手して発言する。


「あの大型魔物の名は『デカダンス』。俗に言う人形系の魔物だ。人形系の魔物に魔法は効果がなく、また通常の物理攻撃もほぼ効かないという特徴がある」


「魔法も物理も効かない?」


「どうやって倒すんだ、そんなの……」


 経験のある冒険者にとっては常識なのだが、兵士やカラーズの民にはやはり知られていない。

 知識共有を優先して良かった。

 ピンクマンが続ける。


「やつに効果があるのは衝波系ないし防御力無視系と呼ばれる攻撃のみ。ヒットポイントは30~40の間。攻撃は2回連続で行うことが多く、特に全体氷魔法は魔法力の高さもあって非常に苛烈だ。また通常攻撃に中確率でスタンが乗る。安定して戦うためには、おそらくレベル40以上が必要だ。小生の知っていることは以上である」


 おおおおお、できる子だなピンクマン!


「デカダンスに有効な攻撃手段を持つ人、手を挙げて!」


 ……ゼロか。

 1人でもいれば助けになるんだが。


「うちのパーティーは全員『経穴砕き』を習得している。これは必ず1ダメージを与えることのできる衝波系スキルだよ。だからあたし達が攻撃を担当する。皆は回復と支援お願い!」


「支援ったって……なあ」


 前衛職の面々が困惑している。

 そりゃそうか。


「内容を今から説明するよ。まず白魔法が使える人、回復と状態異常の解除を任せます。それ以外の魔法や支援系のバトルスキルを使える人、必要だと思われるタイミングで支援下さい。最後にそれ以外の人」


 あたしとアトムがナップザックを下ろす。


「ここにポーションがどっさりあります! ヤバそーなときに投げて助けて下さい。それからあたし達がダメージ入れる度に、それをカウントして!」


 大勢いる前衛職や兵士等々が盛り上がる。


「用意周到だな!」


「勝てるかもしれねえぞ」


「マジックウォーターもたくさんあるよ! マジックポイント不安な人いない? 遠慮しないで回復して」


 よし、士気は最高潮!


「準備はいいかーっ!」


「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」


「結界外して!」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしとアトムの経穴砕き!

 そしてカウントが入る。


「「「「「「「「1! 2!」」」」」」」」


 クララの精霊のヴェール!

 よし、ここまでは予定通り!


「攻撃来るよ、耐えて!」


 デカダンスが全体氷魔法ブリザドを連発! ヒットポイントを半分以上持っていかれる。ダンテなんか瀕死じゃないか。『寒桜』装備して『精霊のヴェール』かかっててこれか? レベルが全く足りてないという理由をまざまざと感じる。だけど今は皆がいる!


 外野からのリカバーとポーションで回復、これなら戦える!


「回復は外に任せて攻撃に専念! クララは『精霊のヴェール』の張り替えだけ気をつけて!』


「「「了解!」」」


 4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「3! 4! 5! 6!」」」」」」」」


「いける! その調子で支援よろしく!」


「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」


 デカダンスの通常攻撃2連! アトムとあたしが受ける。 痛いことは痛いが、ヒットポイントと防御力の低いダンテが連続で食らうなんてことがない限り、おそらく問題はない。


 ポーションでアトムとあたしが回復、そして再び4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「7! 8! 9! 10!」」」」」」」」


 今のところ想定内、このままいけるか?


 デカダンスのブリザドと通常攻撃! アトムがスタン!


 外野からリカバー、ポーション、キュア!

 『キュア』をかけてくれたのはアンだ。


 このままゴリ押せ! アトムを除く3人で経穴砕き!


「「「「「「「「11! 12! 13!」」」」」」」」


 デカダンスのブリザドと通常攻撃! アトムが受ける。


 リカバーとポーションで回復して4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「14! 15! 16! 17!」」」」」」」」


「あと半分! 頑張れ!」


 誰かが発破をかけてくれる。

 ありがたいね。


 ここでデカダンスがブリザドを連発! これだけは痛い!


 連続でリカバー!

 聖火教ハイプリーストが指示してくれたらしい、ポーションは飛んでこない。


「ひるむな! 攻撃!」


 4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「18! 19! 20! 21!」」」」」」」」


 デカダンスがブリザドを連発! 


 連続でリカバー!

 ポーションはなし。

 このパターンはもう怖くないぞ。


 4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「22! 23! 24! 25!」」」」」」」」


 そろそろ『精霊のヴェール』が切れそうだ。

 クララに合図を送る。


 デカダンスの通常攻撃2連! クララとあたしが受け、クララがスタン!

 すぐさまポーションが飛び、アンがキュアをかけてくれるが、『精霊のヴェール』が間に合わない!

 どうする? ダンテの『三属性バリア』だけでは効果が足りない。

 外野の支援を信じ、クララを除く3人で経穴砕き!


「「「「「「「「26! 27! 28!」」」」」」」」


 しかしデカダンスの『ブリザド』が来る!

 ヤバい!


「三属性バリアーっ!」


「ファイアーウォール!」


「マナの帳っ!」


 セリカ、赤の火魔法使い、黒の呪術師の3人が絶好のタイミングで支援魔法をくれた!

 よーし、あんたら最高だ!

 ブリザド2連に耐え、さらに聖火教ハイプリーストが連続でリカバー!

 もう勝ったも同然だ。

 あたしは親指を立て、セリカ達にグッジョブのサインを送る。

 

 4人連続で経穴砕き!


「「「「「「「「29! 30! 31! 32!」」」」」」」」


「クオオオオオオオオオッッッッッッ!」


 断末魔の叫び声を上げるデカダンス。

 一瞬静止した後、ゆっくりと崩れ落ち、動かなくなる。

 闘気と魔力が感じられなくなったのを注意深く確認し、皆の方を振り向いて右手を上げた。


 しょうりをかくしんしたじゅうごさいびしょうじょのおっさんなきめぜりふにおそれおののけ!


「宴会だーっ!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおっ!」」」」」」」」


          ◇


 結局、祝勝会はドリフターズギルドでなく、戦場だったこの地の、灰の民の村に隣接したところで行われることになった。

 うんうん、ギルド所属の冒険者だけで祝うのはもったいないよ。

 大勢でパーティーの方が楽しいしね。


 灰の民の皆も準備を手伝ってくれている。


「おーいユーラシア、朗報だぜ!」


 あたしを見つけたダンが話しかけてくる。


「何だろ、楽しみだ!」


「さっき小耳に挟んだんだけどよ、あんたがあのデカブツ倒しただろ?」


「うん? 全員の勝利だぞ?」


 うちのパーティーだけであんなん倒せるわけがない。


「まあそれはいいんだけどよ。アレを倒せなかった時に依頼するはずだった上級冒険者への成功報酬と、それまで結界を維持する予定だった聖火教プリーストへの依頼料、その大部分が俺達に還元されるらしいぜ」


「とゆーことはつまり?」


「今日参加した冒険者全員への分配金が増えるってことよ!」


「やたっ、ボーナスだ! 本当に嬉しい! あたし大赤字だからさあ」


「え? 赤字ってどういうことだよ」


 不思議そうな顔するけど当たり前だろ。


「そりゃ『経穴砕き』のスキル全員分揃えたし、ポーションやマジックウォーターもアホほど買い込んだし」


「ああ、なるほどな。ん、ちょっと待てよ? あんた事前にどこまで情報掴んでたんだ?」


「ほぼ全部。あ、そうだ、最近のギルドでの流れ教えてよ。どういう経緯でこの掃討作戦に参加ってことになったのか」


 ダンは呆れたように言う。


「全部かよ。まあその辺は後々ゆっくり聞かせてくれ。最近のギルドでの流れったって、クエストの配給が止まったって騒ぎ出した連中がいてよ。今日の朝説明するから戦闘準備して集まれってさ。それでいきなりこっち送り込まれたんだよ」


 そうかそうか、大体思ってた通りだな。


「ギルドからどこまで説明あったかわからないけど、今後の人口増加に備えてアルハーン平原から魔物を駆逐して住めるようにしようっていうプランはあったんだってさ。でも大掛かりな掃討作戦があることが高位魔族なんかにバレると、介入されるかもしれなかったそーな。だから参加者の安全のために、各自が少々準備不足になることには目を瞑って、内緒で計画進めようってことだったらしいの」


「あー悪魔はヤベーな。そういう裏かよ。そういやあんた最近ギルドで見なかったけど、それ関連なのか?」


「口滑らせて作戦壊れるとまずいじゃん。いや、アンセリに悟られちゃってさ」


「えっ、あの2人知ってたのかよ? ……どおりであのスキルハッカーが来た後も、淡々と焦りもせずマウ爺んとこで訓練してたわけだ。あんたの入れ知恵だな?」


 よくわかってるじゃないか。

 案外頭の回転が速いよな、こいつ。


「まあね。でも『早耳のダン』をもってしても、事前にギルドで得られる情報はなかったってことだね?」


 口をへの字に曲げてダンは言う。


「まるでなかった。ヒントでもあれば気付けたかもしれないが。あっ、こらアン、セリカ! あんたらこの掃討戦あるの知ってたんだろ? 俺にも黙ってるなんてひでえじゃねえか!」


 ソル君パーティーがこっちへやって来た。


「今日の作戦についてか? ソール様以外には話すなと、ユーラシアさんに口止めされていたんだ」


 アンがつっけんどんに言う。


「結局あんたのせいかよ!」


「そーだ、あたしが全ての元凶だ!」


 ハッハッハッ、黙らせたった。


「……赤字になるほど入れ込んだのは何でだ?」


「あたし負けるの嫌いだな。お祭りは大好き」


「オーケー。正当な理由だな」


 そうだろうそうだろう。

 今日は最高の日だ!


「まだ祝勝会まで時間あるね、今の内に図書室行こうか?」


「「「はい!」」」


「図書室だ? 何しに?」


 ダンが訝しげだ。

 まあ祝勝会と結びつかないもんな。


「魔法とスキルの本があるんだよ。それを見に」


「ああ、スキルハッカーの習得候補を見繕っとくわけか」


「そうそう。あんた割と鋭いよね。一緒に来る?」


 ダンは首を振る。


「いや、普段会わねえ人達が多いしな、俺はこっちで話聞きてえんだ」


 おお、見上げたもんだ。

 あたしはソル君パーティーを連れて図書室へ行く。


「おーい、アレク!」


 やはりここにいたか。

 村の衆総出で宴会準備を手伝ってるというのに、コイツはまったく。

 あれ? 愕然とした顔してるけどどうした?


「ユー姉が、男を連れて来た……」


「誰の男だ! よく見ろ、嫁が2人もくっついてるだろーが!」


「よ、嫁?」


 ソル君は動揺してるが、アンセリは心なしか嬉しそうだぞ。

 こらアトム、そわそわすんな。

 『精霊の友』じゃない人がいても遠慮せずツッコんでこい!


「ところでどうしたの? 図書室に何か用?」


 で、かくかくしかじか。

 アレクは興味を持ったようだ。


「へえ、スキルハッカー」


「そう、魔法オタクのあんたなら何か意見あるでしょ」


「まあ魔法オタクですけれども」


 キノコ頭を揺らすアレク。

 魔法オタクって言われて嬉しいのか?


「ボケは要らない場面だよ?」


「ユー姉、それは『押すなよ』みたいな念押しフラグに聞こえるんだけど」


「あたしのオーラがそう感じさせるのか……」


「芸人のオーラだよ? それにしても……」


 アレクがソル君パーティーをチラっと見る。


「今はソールさんが盾役で後衛2人、特にセリカさんの攻撃魔法の火力が大きいんでしょうけど、将来的にソールさんに求められるのはフィニッシャーの役割ですね」


 うむ、ここまではあたしの見解と全く同じ。


「ちなみに現在習得済みのスキルは何ですか?」


「『ハヤブサ斬り』と『薙ぎ払い』です」


 おーソル君『薙ぎ払い』覚えたんだ。

 堅実だな。


「普通に欲しいのは単体攻撃と全体攻撃の大技、セリカさんのエンチャントマジックを生かすために、できれば属性やステートの乗るスキルですね。他にヒットポイントやマジックポイントを回復する手段や、防御力無視技は欲しいかと」


 アレクがこちらを向く。


「ユー姉だってそれくらいのことわかってるはずだ。何か違う考えがあるんだろう?」


「魔法はどうかと思って」


 アレクは意を図りかねたかのように聞き返す。


「魔法? アンさんセリカさんでカバーできない属性ってこと?」


「そうでなくてさ」


 あたしは『魔法スキル大全』のあるページを開く。


「これ、どう思う?」


「……なるほど、アンさんの回復負担を軽くして積極的な攻撃参加を促し、全体の火力を底上げしようってことか。序盤に覚えられれば特に効果は大きいだろうけど、かなりのレア魔法だよ、わかってる?」


「あたし使えるんだよ、これ」


「……本当に?」


 アレクが驚く。

 その魔法とは『リフレッシュ』。

 全員のヒットポイントを最大まで回復する、非戦闘時のみ使える魔法で、コストが非常に小さいという特徴がある。

 ちなみに習得条件は謎とされている。


「あんたもスキルハッカーの枠を1つもらうだけの価値はあると思う?」


「思う。十分にお釣りが来る」


 『リフレッシュ』のページを食い入るように見つめるソル君に水を向ける。


「どう? 覚えてく?」


 ここでアンセリから抗議が入る。


「いや、回復はわたしが担当すれば十分……」


「そうです! もっと強力な攻撃スキルを……」


 アンセリを制して一言。


「大いなる恵みで仲間を癒す慈悲のレア魔法は、勇者にこそふさわしい。違うか?」


「「その通りです!」」


「ちょろっ!」


 こらアレク黙ってろ。


「お願いします!」


 相変わらずソル君は決断に迷いがないなー。

 『リフレッシュ』を使ってみせ、ソル君に習得させた。


「ソル君が『リフレッシュ』使えるなら、アンが戦闘にマジックポイントを回せるよ。適当な弓術スキルでもないか、バエちゃんに相談してみるといい。それから急ぎじゃないけど、いずれセリカも『ヒール』なり『クイックケア』なりを使えた方が、戦闘時の事故が少なくなると思うよ」


「そうですね、わかりました」


 ソル君は力強く返事したが、アンセリが『バエちゃん?』って顔してる。

 チュートリアルルームのクネクネお姉さんのことだよ。


「あっそうだ、アレク、あたしこれも覚えたの!」


「『雑魚は往ね』? スーパーレアじゃないか。こういう大雑把なスキルはユー姉にピッタリだけれども」


「大雑把ゆーな」


「いえ、アレク君、ユーラシアさんの『雑魚は往ね』は本当にすごいんですよ」


「どうせアトムに防御全部任せて、えいやで撃ってるんでしょう? 威力は大きくても正統派の前衛が使う技じゃない」


「あとダンテにね、ダンテ初めてだったっけ? オレンジ髪の子。散光の精霊なの。『実りある経験』っていうオリジナルスキル覚えさせてて、これと『雑魚は往ね』のコンボがキョーレツなんだよ」


「何それ、経験値倍増スキル? これかけといて『雑魚は往ね』で一掃? 邪道って言って欲しいの、それともゲスって言って欲しいのどっち?」


「いや、とても効果的なんだ。共闘したとき、わたし達ほとんど何もせずにレベルを2つも上げてもらった」


「アンさん、セリカさん、こんな技に夢見ちゃダメですよ? しょせん芸人スキルに過ぎませんから」


「だから芸人スキルはソル君に勧めてないでしょーが!」


「ほら、自分でも芸人スキルって認めてる!」


 漫才やってる間にもソル君は『魔法スキル大全』のページを熱心に繰っていた。

 さて、そろそろ宴会の時間だ。


          ◇


「本日の栄えある勝利と来たるべき素晴らしい未来、精霊使いの大活躍と皆の大いなる支援に乾杯!」


「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」


 今日の主役だヒロインだと煽てられて、あたしが乾杯の音頭を取った。

 いやあ、実に気分がいいなあ。


「やあ、灰の民の精霊使いよ。先ほどは世話になったな」


 黄の民のでっかいモヒカン拳士だ。

 いや、見た目のイメージで拳士認定しちゃったけど、普通の村人なんだろう。

 大男総身になんとかとはよく言うが、この人は相当できる男と見た。

 バカにしたもんじゃない。


「あっ、こんにちは!」


「どんどん食べてくれよ、俺達が狩った獣もかなり含まれてるはずだぜ」


 モヒカンの取り巻きが得意げに言う。

 そうだ、あの後魔獣狩りを任せたんだった。


「うん、美味しくいただくよ。お腹減った時はお肉が最高だよねえ」


「ハハハ、そうだな。今日のお主の戦いぶりは見事だった。見慣れぬ不思議な武器を使っていたようだが?」


 そこに興味を持ったか。

 『スラッシュ』のカードを取り出して見せる。


「パワーカードって言うんだよ。所持者のエーテルを流して起動すると、刃とかが具現化するの」


 起動して『スラッシュ』のブレードを出現させると、モヒカン拳士がほうと感心する。


「これは武器タイプだけど、防具タイプや分類できないようなのもあるんだ」


「非常に面白いが、しかし……」


 気付いたか、やるなあ。


「うん、これ単体じゃあんまり強くない。7つまで同時に起動できるから、その組み合わせを工夫して戦うものなんだ。で、精霊が装備できる、事実上唯一の装備なの」


 モヒカンはしげしげと眺めている。


「工夫して戦う、か。お主らにふさわしい装備だな。俺の名はフェイだ。黄の民の村に遊びに来ることがあったら訪ねてくれ、灰の民ユーラシアよ」


「ありがとう。ぜひ行くよ」


 フェイさんと握手を交わす。

 何かあたし有名になった?


          ◇


「コショウがよく利いててイケるなー」 


 大きくて太ったネズミみたいな、ヒポポタマウスとかいう魔獣。

 食堂の大将は美味い肉じゃないって言ってたけど、そんなことないじゃん。

 よく働いたからかな、それとも皆がいるからか?

 とゆーか大将の腕がいいんだろう。

 ガツガツ平らげていると後ろから声をかけられた。


「あの……ユーラシアさん?」


 振り向くと黒のロングヘア黒のロングドレスの女性、呪術師だ。


「おー、今までどこにいたの! ありがとう! 最後助かったよ!」


 あたしの声で何だ何だと人が集まってくる。


「最後の大型魔物戦の大ピンチのところ、絶好のタイミングで支援魔法くれた3人の内の1人です。拍手!」


「「「「「おーパチパチパチパチ!」」」」」


「そうだ、名前聞いてなかったね」


「……サフランです」


「黒の民の呪術師サフランです! もう一度拍手!」


「「「「「パチパチパチパチ!」」」」」


 おー照れてる照れてる。

 ごめんよ。

 あんたみたいに引っ込み思案の子を持ち上げると大体面白いもんだから。


「ところであの魔法何? 聞いたことないんだけど」


「ああ、『マナの帳』?」


「そうそう、あれただの支援魔法じゃないでしょ?」


 魔法防御が上がるのは事前に言われていた通りなのだが、それだけでは説明できない魔力の高まりを感じたのだ。


「あれは対象に聖属性耐性と闇属性耐性、魔法防御上昇を同時に与えるという支援魔法ですのよ」


 クララがこそっと言う。

 聖属性や闇属性を扱うのは非常に難しいです、と。


「黒の民に伝わる魔法なの。ほら、アターシ達悪魔や天使とも馴染みが深いから」


「変わった魔法があるんだねえ。サフランは普段何してるの?」


「え、普段? ……呪術?」


 だから呪術で何やってんだよ。

 呪術じゃ腹膨れないだろ?


「今は主に酢を作っているわ。あまり馴染みがないと思うけど、知ってるかしら? 酸っぱい調味料で、黒の民には割と普及しているの」


「買った!」


「へょ?」


 変な声を出す黒の呪術少女。


「酢欲しかったんだよ。でも灰の民の村に入ってくると、バカ高くて買える値段じゃなくなっちゃうんだ」


「で、でもどうして酢が欲しいの? 他所の民がそんなに欲しがるようなものじゃないんだけど?」


 サフランが戸惑う。

 酢は保存食などに用いられることがあるが、ドーラではあまり一般的とは言えない調味料なのだ。

 せいぜいレイノスの高級食堂で、帝国からの輸入品が使われるくらいだろうか。


「『まよねえず』っていう異国の調味料があるんだよ。サラダや揚げ物につけて食べると美味しいんだけど、それに酢を使うんだ」


「まよねえず? ふうん、じゃあ一緒に作らない?」


「乗った! よおし約束だぞ! 近い内にレシピ持って、黒の民の村行くから」


「そ、そう? じゃあ楽しみに待ってるわ」


 呪術師サフランは軽やかな足取りで去って行った。


 友達ができたぞ。

 さっきの黄の民のモヒカン大男フェイさんもそうだ。

 これまでカラーズ他色の民と知り合う機会なんてまるでなかった。

 そういう意味でも今日の経験は大きいなあ。


          ◇


「カンが良かったんだよ」


「新しい石板出なくて変だなとは思ったんですが。助かりましたよ」


 ソル君パーティーと話してた時、またしても後ろから声をかけられる。


「あの……ちょっといいか?」


 振り向くと赤の火魔法使いの女の子がいる。


「おお、助かったよ! さっきはありがとう!」


「どなたです?」


 ソル君が尋ねる。


「さっきのデカブツ戦のとき、セリカと同じタイミングで支援魔法くれた子だよ」


 アンが驚く。


「えっ? ユーラシアさん、あのギリギリの戦いの最中に、どこから魔法来るかわかったのか?」


「そりゃわかるよ。魔力がぶわーっと大きくなるじゃん」


 セリカが聞いてくる。


「あ、あの時、確か3方向から魔法かかったと記憶してますが、もう1人の方も?」


「ああ、場違いな黒いドレス着てた呪術師の子だよ。10分くらい前に話してさ、今度その子ん家遊びに行く約束したんだ」


 ソル君パーティーと火魔法使いが絶句するけど、そんなにビックリするようなことじゃないんじゃないかな。


「カンがいいのは知ってたけど……」


「一流の冒険者とはこういうものか……」


 一流じゃねえよ。

 それどころかまだデビューして1ヶ月も経ってない、超駆け出しの冒険者だよ。


 赤の火魔法使いが決心したように話し出す。


「私の名はレイカ。ユーラシアのような冒険者になりたいんだ!」


「やめとき」


 一言のもとに却下したった。

 呆然とするレイカ。


「な、何故だ! 私の実力が足りないからか?」


「食べていけないから」


 再び呆然とするレイカ。


「そもそも何で冒険者なんかになりたいの?」


「最後の大型人形魔物戦! あれだけの戦いぶりを見せつけられて、血が滾らない方がおかしいだろうが!」


 あー熱血の人か。

 こらそこの3人、うんうんって首縦に振るな。


「冒険者ってのは、基本依頼を解決して賃金を得る仕事だろう? 名の売れた冒険者でもなけりゃ、依頼を探すこと自体が難しい。あんたは赤の民の村の人間で外のことはあまり知らないかもしれないけど、一般に冒険者の評価なんてひどいもんだよ。ごろつきと盗賊の中間みたいな扱いだよ?」


「き、君らはどうしてるんだ? 君らは冒険者だろう?」


「あたしとこっちのソル君は『アトラスの冒険者』なんだ。ギルドがあって、そこがクエストを斡旋してくれるの」


「じゃあ私も『アトラスの冒険者』になれば……」


 あたしはレイカを制して言葉を続ける。


「『アトラスの冒険者』は募集してないの。なろうと思ったってなれないんだ。逆にあたしは別に冒険者志望じゃなかったけど、突然家に転送魔法陣設置されて、あれよあれよの間に巻き込まれたよ。ソル君も同じだと思う」


 ソル君が頷く。


「こっちの2人の子達は冒険者志望で、『アトラスの冒険者』のパーティーメンバーになりたくて参加してるんだ。でもレイカは誰かのパーティーに入りたいんじゃなく、自分で冒険者したいんだろ?」


 図星のようだ。

 レイカが絶望の声を上げる。


「じゃあどうやっても無理なのか!」 


「ところがそうでもない」


「「「「えっ?」」」」


 ソル君のテナー、アンのアルト、レイカのメゾソプラノ、セリカのソプラノ。

 うむ、素っ頓狂なハーモニー悪くない。


「要はおゼゼを稼げる手段さえあれば、冒険者は仕事として成り立つんだよ。おーい、じっちゃーん!」


 近くで食休みしてたデス爺を呼ぶ。


「何じゃ、騒々しい」


「知ってるかもしれないけど、灰の民の族長ね。じっちゃん、この子冒険者やりたいんだって。今日ソロで魔物退治してたから、腕はあると思うよ」


 移住先のダンジョンで冒険者集めて素材回収して売る、みたいな話を、以前コモさんがしてたがどうか?


「おおそうか。それは奇特なことじゃ」


「じっちゃん達がやろうとしてること、この子に説明してやってよ」


 デス爺は大きく頷き、語り出す。


「港町レイノスの西、カトマスの村から自由開拓民集落群へ街道が伸びておる。ちょうどその街道の突き当たりに塔があっての、それが『永久鉱山』なのじゃ」


「『永久鉱山』?」


「エーテルの流れが集中している場所には、稀に素材を採取しても生成されて枯渇しない場合がある。それを『永久鉱山』と呼ぶ。ワシらはそこに集落を作り、冒険者を募って素材を採取してきてもらい、それを売買することによって発展させようとしているのじゃ」


「つまり、その塔で素材を取ってくれば金を稼げると……」


「そういうことじゃ。順調に発展してくれば素材運搬の護衛や盗賊退治、街道整備等の依頼も出せるはずじゃ」


「おお……!」


 レイカが感動してるけど……。


「急がんでもよいぞ。一般の冒険者より仕事は安定するであろうからの、興味があるなら西の果てまで来てくれい」


「ありがとうございます!」


 レイカは大喜びで帰っていった。

 その後姿を見送りながらソル君が言う。


「そういう話があったんですね」


「うーん、あたしも興味がないではなかったけど、魅力的ではないからね」


「どうしてですか?」


 セリカが聞く。


「そりゃちょっと考えてごらんよ。冒険者って言うより、魔物のいるダンジョンで働く歩合制鉱山労働者だからね?」


「これユーラシア、めったなことを口にするでない」


 あーデス爺もそう思ってたんだろうなあ。


          ◇


 いやー食べた食べた。

 満腹だぞー満足だぞー。

 アレクも意地張らず、こっち来てパーティーに参加すれば良かっただろうに。


 眠くなってきたし、そろそろお開きの時間だな。

 おや、ポロックさんとおっぱいさん、食堂の大将とペペさんの4人が話をしている。

 どうしたんだろ?

 祝勝会にふさわしくない表情だが?


「ユーラシアも気付いたか。おかしいだろ?」


 チャラそうではあるが、案外その観察眼はバカにならない男ダンだ。

 早耳を自称するだけあって、既にあの4人の深刻そうな雰囲気を察知していたらしい。


「ギルドの正職員と嘱託の店主。普通に考えりゃ、『アトラスの冒険者』関係で何かあったんだろうな」


「それ、この場で急に相談しなきゃいけないことかなあ?」


「じゃあ美少女精霊使いとしてはどう考えるんだ?」


「うーん、まだ魔物が残ってるってことはないよね?」


 ダンが首を振る。


「それなら見張りから連絡が来て、即対応のはずだ。あんなところで額つき合わせてる意味はねえ」


 ダンの言う通りだ。

 じゃあ何だろう?


「変だねえ。この宴会の予算がオーバーしちゃったとか?」 


「ハハッ、あり得るな。俺らの知ったこっちゃないが」


 それにしても気になるじゃないか。


「こんなところで話してるなら内緒事でもないんだろ。聞いてこようぜ」


「うん、そうだね」


 4人に声をかける。


「どうしたんですか? 皆さんで面白くなさそうな顔して」


 あたしの顔を見た4人がビクっとした。

 何なの?


「ああ、ユーラシアさん、君のチャーミングな表情が曇らないことを祈るよ」


 ポロックさんはそう言うと、おっぱいさんをチラッと見る。


「ユーラシアさん、落ち着いて聞いて下さいね」


「はい?」


 あたしに関することなのか?

 そんな難しそうな顔並べられるようなことした覚えないんだけど。


「あなたに今回の討伐作戦参加分配金が支払われないことになったんです」


 ななななな、何ですと?

 頭が真っ白になる。


「ど、どーして……」


「おっかしいだろ! 今日一番働いたのユーラシアだぜ?」


 ダンが噛み付いてくれる。

 周りも騒ぎに気がついてこちらを見ている。


 おっぱいさんが困ったような顔をして説明する。


「私達もユーラシアさんの際立った活躍を本部に説明したんですが、『アトラスの冒険者』からの参加でなく、あくまでカラーズ灰の民の代表であったということで聞き入れてもらえず……」


 な、る、ほ、ど、そーゆーことかあ。

 聞けば納得の理由だが、予想外ですぞ?


「そりゃひでえ!」


「何とかなんねえのかよ!」


「ギルドの信用に関わりますよ?」


 皆があれこれ言い立ててくれる。

 あーちょっとぼーっとしてきた……。


「ユー様!」


「大変だ、精霊使いが倒れたぞ!」


「毛布持って来い! 横にしとけ!」


          ◇


 ううーん。

 何か悪い夢を見た気がする。


「おーい、精霊使いの意識が戻ったぞ!」


 何だ?

 たくさんの顔がこっち見てるんですけど。


「皆して乙女の寝顔を眺めるとか、趣味悪くない?」


「あんたが倒れたんだよ!」


 おー、そう言えばそうだった。


「ユーラシアさん、大丈夫か?」


 アンが心配そうに聞いてくる。


「大丈夫大丈夫。でも疲れちゃったみたい」


 あたしは身体を起こし、ポロックさんとおっぱいさんに告げる。


「ごめんなさい。今日はもう家で休みます」


「あ、ああ。気をつけてね」


「明日、ギルドに顔出しますので」


「……はい」


 申し訳なさそうな顔するけど、おっぱいさん達が悪いわけじゃないよ。


「失礼しまーす」


 転移の玉を起動し家へ帰る。


          ◇


 いろいろあったせいで昨日は疲れた。

 しかしまさか美少女精霊使いともあろう者が、タダ働きさせられるハメになるとは。


 ……もっともトータルで考えりゃ、そう損したとも思っていない。

 ギルドからの報酬がなかったのは確かに残念ではあるけど、ボスのデカダンス戦では莫大な経験値があたし達のところへ転がり込んで来たからだ。

 ザコ掃討分も含め、あたし、クララ、アトムは11、ダンテは12レベルが上がり、全員28となった。

 一般にレベル30を超えると上級冒険者の仲間入りとされるので、もうちょっとで届くと思うと気恥しい感じがする。

 『ポンコツトーイ』と『実りある経験』によるドーピングの結果であって、あたし達自身全く経験不足であることはよくわかっているのだ。


「まだ新しい『地図の石板』来ないねえ。おゼゼ稼ぎたいんだけど?」


 日課の畑仕事の後、海岸に素材を回収しに来ている。

 ドーラ特有の東風が心地よいが、次のクエストはまだのようだ。


 アルアさんの工房外で戦うのはいい加減飽きたしなー。

 コブタ狩りや依頼所クエストって手もあるが?


「こんだけレベルが上がったんだ、次のクエストは楽勝でやすぜ」


「そうだそうだ! クエストを寄越せー」


「レベルアップを見越して、リオーガナイズしてるかもしれないね」


 ダンテの言う通りかも。

 まあ上昇したレベルに応じたクエストを配してくれる方が、おそらくは割がいいので嬉しいのだが。

 石板がいつ来るのかは、早めにギルドで確認しなきゃいけないな。


 しかし、それより先にやっておかねばならないことがある。


          ◇


 灰の民の村へ行く。

 昨日の今日だが、サイナスさんに物申さねばならぬ。

 トータルで損してないと理性では思っていても、か弱い乙女が倒れるほどの衝撃を受けたのだ。

 それなりの慰謝料を請求しなければならない。


 あれ? 村の南門近くの広場に3人いる。

 族長と精霊コケシ、それにあの特徴的な赤毛の三つ編みは……。


「レイカじゃない!」


 赤の民の熱血少女レイカだ。

 昨日は燃え上がるだけ燃えて帰っていったが、何故こんなところに?


「ああ、昨日あれから君が倒れたと聞いた。大丈夫だったか?」


「結果的にタダ働きになったという、ものすごい精神的ショックがあたしを打ちのめしただけだから、補償金を受け取れば大丈夫」


 レイカがちょっと笑顔になった。

 眉毛吊り上げた顔よりそっちの方が可愛いのに。


「で、何してるの?」


「いや、デス族長に正式に挨拶に来たのだ。私も西へ行くからと」


「へー、決断が早いな。ただの焦がし上手じゃないね」


「ハハハ、何だ焦がし上手って」


 もう家の人とか説得したんだ?

 やること早いなあ。


「そうしたら族長が精霊連れでちょうど出発するところだったらしく、では私も一緒に連れて行ってくれと……」


「え?」


 どんだけフライングだ。

 先走り過ぎにもほどがあるだろ。


「待て待て待て、ちょーっと落ち着こうか。じっちゃん、向こうまだ冒険者受け入れるような体制整ってないでしょ?」


「うむ」


「ほら、向こうの経営が軌道に乗ってからにしなよ。職業決めるのは一生事だよ?」


「しかし私の燃える心は止められないのだ!」


 うあー、わかっちゃいたが熱血少女だ。

 傍にいるだけで暑苦しいわ。


「じっちゃん、止めなよ!」


「しかし、向こうも人手が必要なのは事実なのじゃ。攻撃魔法の使い手はおらぬゆえな、獣を狩って当面の食料を確保してくれるだけで非常に助かる」


「レイカが使えるの火魔法だよ? 昨日みたいな湿気の多い川べりならともかく、山で使っちゃ火事になるよ!」


 デス爺が懐をゴソゴソまさぐっている。

 何だろう、取り出したのはスキルスクロール?


「レイカよ。風魔法『ウインドカッター』のスクロールじゃ。当面の報酬として先に渡しておく。習得して役立てよ」


 用意がいいな、おい!


「ありがたき幸せ!」


 感動に打ち震え、ひざまずいてスクロールを受け取るレイカ。

 主君と臣下みたいになってるけど、金がないから現物でって言われてるだけだぞ?

 まあスクロールはそれなりに高価ではあるけど。


「あの風魔法は最初から準備してたの?」


「最初はどうしても食料の調達に苦労すると思うての。コモも歳じゃし、若いのに覚えさせるつもりじゃった。攻撃魔法の間合いや呼吸を知っとる者なら好都合じゃ」


「必ずや期待に応えてみせます!」


「うむ、期待しとるぞ」


 昨日初めて会った時は、赤の民灰の民っていう立場を随分気にしてたようだったけど、今はそんな素振りさえない。

 レイカは冒険者に向いてるのかもしれないな。


「どうしたユーラシア。まだ体調が優れないのか?」


「いやいや、レイカは性格が冒険者っぽいなーって思ってたの」


 褒められて嬉しそうだ。


「あんたは好き好んでこの道に入るんだから、何があってもあたしを恨まないでね」


「恨むものか! ……多分」


 語尾尻すぼみになってんぞ?

 まあデス爺とコモさんが主導し、どうやらパラキアスさんも応援してるらしいこの移住計画が、そうそう失敗するとは思えないんだが。

 ダンジョンならレイカの火魔法の真価が存分に発揮されるだろうし。


「では行くぞ。ユーラシア、ちょっと離れておれ」


 そこで初めて気がついた。


「あっ、行くって転移術なんだ?」


「うむ、向こうとこちらには目印のビーコンが置いてあるゆえ、ワシは自由に行き来できるのじゃ」


「ということは好きな時に物資運び込めるわけ? じゃあこの移住計画って失敗しようがないじゃん。じっちゃんがポックリ逝かない限り」


「これ、勝手に殺すな!」


 デス爺が小鼻を得意げにピクピク動かすのを見ると、憎まれ口の1つも叩きたくなるというもの。

 今年灰の民の村が農作物の生産量上げてたのは、食料を移住先に運ぶ腹づもりがあったのか。


「よかったねえレイカ。だいぶ生存確率が上がったよ!」


「え、生存確率?」


「やだなー、冒険者ジョークじゃないか」


「そうか。なるほど、冒険者ジョークね……」


 不穏なワードをムリヤリ消化しようとしなくていいんだよ。


「そろそろ行くが、よいかの?」


「うん、じゃあ皆元気でね」


 クララもコケシと別れを済ませたようだ。

 デス爺たちと少し距離を取る。


「では、まいるぞ」


 高まる魔力がデス爺、コケシ、レイカの3人を包み、ククククッという音がして姿が消えた。


 向こうは向こうで面白いことになりそう。

 いつか行ってみたいものだ。

 すげーレベル上がったおかげで、もう実力的には全然問題ないんだけど、我が家には畑があるからな。

 そうそうほっつき歩いてもいられない。

 ずっと鉱山労働者というのも願い下げだし。


 さて、あたしは大事な用を済まさねばならない。


          ◇


「だ~か~ら~さ~。冒険者として納得できないタダ働きは嫌なのっ! どうにかしてよ!」


 そう、大事な用とは、うら若き乙女のハートに多大な負担をかけたことに対する責任、早い話が慰謝料をぶんどること。

 デス爺が去った今、現族長となったサイナスさんに詰め寄る。


 サイナスさんだってもちろん昨日の事情は知ってるのだが、さりとて無い袖は振れぬわけで。

 いや、賢いあたしもその辺の機微はわかるけれども、ヘタレのサイナスさんがどうオトシマエつけるつもりかなーと興味を持ったので、ちょっとゴネてみたのだ。

 結果はいかに?


「わかったわかった。ちょっと待ちなさい。取っておきのアイテムをやろう」


 後ろの戸棚をゴソゴソし、光沢のある板みたいなものを机に置くサイナスさん。

 何だろう、素材かな?

 レア素材『ささら雲母』ですよ、とクララが囁く。

 あれ、思ったよりいい物が出てきたぞ?

 ゴネてみるもんだ。


「ありがとう! 許す!」


 サイナスさんが真剣な顔になり、イマイチ厳かさの足りない声で言う。


「そのレア素材は、民の生活が逼迫したとき用の蓄えの1つだ。それを受け取ったからには、村のために協力してもらう」


「何それ、後出しはズルくない?」


 サイナスさんが手を振る。


「いや、大したことじゃない。今回の掃討作戦の後処理についてね、カラーズの他の村へ話し合いに行かなきゃいけないんだけど、その時君についてきて欲しいんだ」


「あたしが? どうして?」


「そりゃ精霊使いユーラシアが大活躍だったからさ。交渉しやすいだろう?」


 スーパーヒロインの手が必要なのだ言われると悪い気はしない。

 普段訪れる用などない他色の村に、堂々と立ち入れるのは面白そうでもある。

 でもあたしも暇ではないしな?


「じゃ、せっかくだから、知り合いのできた黄と黒の村行く時に付き合う」


「十分だ。一番面倒なところだからね」


 サイナスさんも満足げだ。


「で、いつ行くの?」


「具体的な日付が決まってるわけじゃないんで、君に合わせるよ。この1週間くらいで都合のいい日を2日教えてくれ」


 クエストの配給復活はいつになるんだろうな?

 ちょっと見当つかないので、雑事は早めに終わらせておきたいが……。


「黄が明日、黒が明後日でどう?」


「オーケー。では明日明後日の午前中に来てくれ。


「ん、わかった」


 黒の村行きが明後日となれば、明日の夜はバエちゃんとこで焼き肉だな。

 その時にまよねえずの詳しいレシピ教えてもらお。


          ◇


 転移の玉を起動して帰宅。

 さらにチュートリアルルームに飛び、バエちゃんに明日夜の来訪を告げた。


「肉一杯持ってくるよ。あ、それからまよねえずのレシピと作り方教えて欲しいんだ。酢に当てができたから、試験的に作ってみたいの」


「うん、わかった。用意しとくからね」


 バエちゃんが嬉しそうに続ける。


「昨日、鬼神のような戦いぶりだったって聞いたよ?」


「15歳女子に『鬼神のような』って修飾語はどうなんだ。いや、それには聞くも涙語るも涙のエピソードが付属してるの。聞いてる?」


「何それ、知らない」


「明日、楽しみにしててよ」


「うん、そうする。お肉も楽しみだけど」


 転移の玉を起動して帰宅、うちの子達に声をかける。


「ギルド行くよーっ!」


「ユー様、御飯の用意どうしときましょう?」


「今日はいらないよー」


「「「?」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドにとうちゃーく。


「おお、ユーラシアさん。身体は問題ないかい?」


「全然大丈夫ですよ。それよりポロックさんが『チャーミング』って褒めてくれないと物足りない」


「ハハハッ。元気なようだね。良かった良かった」


 中に入るとすぐ、依頼受付所のおっぱいさんに呼び止められた。


「昨日の分配金の件は申し訳ありません。私どもの力が足りず、ユーラシアさんに迷惑をかけてしまいました」


「え、それはもういいんだよ。お、ギルドの職員さん達のせいじゃないから」


 危うく『おっぱいさんのせいじゃない』と言ってしまうところだった。

 今更だけど、おっぱいさんの名前知らないな?


「それでせめてものお詫びとしましてですね、デカダンスのドロップアイテムでありました宝飾品『透輝珠』はユーラシアさんに差し上げるということに決定いたしましたので、ぜひお受け取り下さい」


「いいの? ありがとう!」


 透輝珠を受け取った。

 これは初めて見る宝飾品だな。

 透明で中にキラキラ光るものが含まれていてとても綺麗だ。


「それからユーラシアさんに請けていただきたい、依頼案件があるのですが」


「あ、そういう人指定の依頼ってあるんだ?」


「ありますね。ただこの案件は指名依頼ではないのですが特殊でして、依頼主が精霊なんです」


 あ、そりゃあたしが請けるべきだな。


「へー、精霊が依頼してくることもあるんだね」


「いえ、当ギルド始まって以来のことです。この方なんですが」


 おっぱいさんが後ろの案山子を紹介? してくれた。

 え? 自律タイプじゃなくて依り代タイプの精霊なんだ。

 どうやってここまで来たんだろ?


「ねえ君、一体どうしたの?」


 案山子の精霊が答える。


「おう、精霊使いが来てくれたのか。そりゃ結構なことだ。依頼内容としては、強草、堅草、賢草、耐草、速草、月草、体力草、魔力草を1株ずつ、オイラのところへ持ってきて欲しい」


「おお? いきなりだね」


 おっぱいさんが瞠目している。

 大方、おっぱいさんが依頼内容とかを聞こうとしても、ロクに口きかなかったんだろうな。


 しかし依頼内容は結構厳しい。

 ステータスアップの薬草はレアなこともあるが、食べて良し売って良しだから、それに勝るメリットがないと依頼を請ける意味がないのだ。

 大体おゼゼ持ってるのか?

 どうして動けもしない依り代タイプの精霊がそんなものを欲しがるのか、理由もわからない。

 でもさすがにそれ聞くのはルール違反だろうしな。


「うーん、期限と報酬教えて?」


「期限は無期限、報酬は言えないが、アッと驚くようなものを提供しよう。どうだ、請けてくれないか?」


 アッと驚くようなものかあ。

 そういう引き大好きだなー。


「よし請けた!」


「本当かい! 楽しみに待ってるぜ」


 案山子の精霊は大喜びだ。


「ではギルドカードを御提出ください」


「いくつか手持ちの薬草あるんだけど、一緒に出しちゃっていいかな?」


「では、今ある分だけでも承ります」


 ギルドカードと強草、賢草、月草、体力草を1つずつ提出する。


「もう半分も揃ってるのかい? しかもレア度の高い月草が含まれてるじゃねえか。やるねえ」


「たまたまだけどね」

 

 月草ってステータスアップ薬草の中でもレア度が高いんだ?

 そーいや採取したの初めてだな。

 昨日祝勝会で腹一杯食べたから持ってただけだ。

 何事もなければ今日の夕食になってただろうから、そういう意味では巡り合わせがいい。


「採れるか採れないかは運だから時間かかるかもしれないけど、必ず持ってくるよ」


「おう、待ってるぜ」


「ところで君はどうやってここへ来たの?」


「たまたま通りがかった『精霊の友』に助けてもらったのさ。運が良かった」


 ふーん、この案件はいろんな運が絡んでるんだな。

 おっぱいさんが付け加える。


「特別でなおかつ難しい依頼ですので、獲得経験値も多くなります。どうぞ精励してくださいませ」


「うん、頑張るよ」


 お店ゾーンへ足を運ぶ。


「ユーラシアさん」


 武器・防具屋さんに呼び止められる。

 あっ『誰も寝てはならぬ』のパワーカードが入荷したのかな?


「ごめんなさい、今お金ないんだ」


「いえ、『誰も寝てはならぬ』の入荷はもう数日かかりますので、お待ちくださいませ」


「何か別件?」


 武器・防具屋さんが笑顔で言う。


「昨日は大層な御活躍だったそうで。その獅子奮迅の戦いぶりに関心を覚えた方が多くいらっしゃいまして、何枚かパワーカードが売れたんですよ。ありがとうございます」


「そうなんだ? パワーカード仲間が増えるのは嬉しいなあ」


「つきましては、アルアさんのところへ急ぎカードを仕入れに行ったんです。その際の素材売買で、ユーラシアさんの交換ポイントに100点加算させていただきましたので、その旨御報告しておきます」


「えっ、100ポイントも? ありがとう!」


「どういたしまして」


 ショックなことがあればいいこともあるもんだ。

 皆が気を使ってくれる。


 買い取り屋さんで不必要なアイテムを処分した。

 透輝珠1500ゴールドで売れたよ。

 お財布ほとんどすっからかんだったから、本当に嬉しい。


「ユーラシアちゃん、ちょっと」


 オリジナルスキル屋の見た目幼女魔道士ペペさんだ。

 あれ、起きてるのは珍しいな。


「これあげる」


「スキルスクロール?」


 まあペペさんがくれるならそうか。

 さてはロマンスキルだな?


「そお。『勇者の旋律』。味方全員の物理攻撃による与ダメージを上げる、正の速度補正付きのバトルスキルよ。これは私のオリジナルじゃないけど、かなりレアなスキルでね。以前スクロール化してくれって依頼があって、結局ボツになった時の試作品なの。ユーラシアちゃんとこみたいなパーティーだったら、物理しか効かない強敵なんかに有効だと思うから」


「ありがとう! でもいいの? スクロールって作るのも手間なんじゃないの?」


「いいのいいの。掃討戦はほとんどあなた達の働きだったのに、結構なバイト料もらっちゃったから」


 済まなさそうにペペさんが言う。


「ごめんね、ちょーっとロマンに欠けるスキルで」


「そこかよ。いや、実用的ならロマンは二の次三の前くらいで」


 言ってる途中でロマンも要ると思い直し、『三の前』を追加した。

 これが成長ってやつかな。

 クララが昔からですよ、って目で見てるが。


 それにしても『勇者の旋律』って名前がいいな。

 気に入った。

 この手の支援魔法は、クララに覚えてもらうのがいいだろう。

 正の速度補正付きならば、敏捷性の低いクララが唱えても真っ先にかかるだろうし。


「次の新スキルは確実にロマンだからね。新しいスキルという言い方は、正確には違うかもしれないけど」


 ん? 何か含みのある言い方だな?


「うん、楽しみにしてる」


          ◇


 食堂にはたくさんの冒険者が集まっていた。

 こんなに人が多いのは珍しいな、もうすぐ日も暮れるからか?


 普段見かけない獣人の冒険者ゲレゲレさんもいる。

 皆が一斉にあたしに注目する。


「ようやく主役のお出ましだぜ」


 ツンツンした銀髪の調子のいい男、ダンだ。


「昨日の掃討戦における参加分配金をキャンセルされた悲劇の精霊使い、ユーラシアを励ます会を開催いたしまーす!」


 あたしは驚いたふりをする。


「あたしのために? ありがとう!」


「君のパーティーがあの大型を仕留めてくれたおかげで、オレ達への分配金が2割ほど増えたんだ」


「ただ働きってのはどう考えてもあり得ないぜ」


「せめて感謝を示そうってね、反対するやつはいなかったよ」


「精霊使いに乾杯!」


 面識のなかった先輩冒険者達が次々と話しかけてきてくれる。

 嬉しいなあ。


「おいユーラシア、皆に挨拶しろよ!」


 場が静まり、あたしに視線が集まる。


「ただ今紹介に与かりました、精霊使いユーラシアです。本日はあたしのためにこのような会を催していただき、誠にありがとうございます」


 案外まともだなって顔するな、そこのツンツン頭。


「家を出てギルドに来る前、ここにいる精霊クララが『御飯の用意どうしときましょう?』と問うので、いらないよと答えました。あたしを憐れんだ誰かが奢ってくれると思ったからです」


 おっと、雰囲気がどよっとしてきたか?


「しかし、事態はあたしの想像を超えていました。何と皆さん全員があたしを慰労する会を開いてくれるというのです。こんな嬉しいことがあるでしょうか。皆いいやつだーっ! 最高だーっ! 今日は食うぞーっ!」


「あははは、食え食え!」


「サイテーだ、面白かったぜ!」


「酒どうだ? イケる口か?」


「おい、大将から大皿奢りで来たぜ」


 今日はいい日だなあ。

 あちこちから話しかけられる。

 ん、何ですか?


「あのパワーカードってやつ、使い方にコツあるかい?」


「あれ7枚まで一度に起動できるから、数揃うとそれだけで強いよ。でも伝説の勇者の装備みたいなデタラメに強いカードとかはないんだって。レベルの高い冒険者になる頃には、組み合わせの工夫で戦うことになると思う」


「前衛向きかい? 後衛向きかい?」


「万能だよ。でも序盤に手に入るカードにノーコストの魔法放ったり、沈黙無効のやつがあるから、初めは後衛楽なんじゃないかな」


「精霊って静かだね。喋らないの?」


「極度の人見知りで、ごく一部の親和性の高い人にしか心開かないの。ほっといてあげてくれる?」


「あんたのあのスキル何だ? 一撃で魔物全滅させるやつ」


「『雑魚は往ね』っていうレアスキル。すごく強いけど、弱い敵にしか効かないとか、溜め技で必ず敵の攻撃食うとかの弱点が割と痛いんだ」


「ペペさんから魔法買ったって聞いたぴょん。どうぴょん?」


「あっ、ゲレゲレさん久しぶり。あの魔法ね、試し撃ちで津波起きて死にかけたよ。威力強すぎてとても使えない」


「俺みたいな男はどうだい? タイプかい?」


「いやーんユーちゃんそーゆーのわかんなーい(棒)」


 いやーお腹いっぱい。

 もう入んない。

 お、ソル君パーティーだ。


「今日はありがとうね」


「いえいえ、皆がユーラシアさんを認めてたからですよ」


「そうだ。新規のクエストの配給って再開いつになるかな。聞いてない?」


「正確な日付けはわかりませんが、数日かかるようです。張り紙ありましたよ」


 あ、本当だ。

 数日かあ。


「ユーラシアさんはそれまでどうするんですか?」


「昨日の戦後処理について近隣の村と話し合うことがあるらしくて、新族長に顔出せって言われてるんだよね」


「あっ、そうでしたか。お忙しいですね」


「赤毛三つ編みの魔法使いの子いたでしょ? あの子、もう西へ行ったよ」


 アンセリが驚く。


「「昨日の今日で?」」


「そうそう、まだ冒険者を受け入れられる状態じゃないから待てって言ったんだけどさ。うちの元族長に連れられて転移して行った。村作りの段階から参加するんだって」


 一瞬会話が途切れる。

 ソル君がポツっと言う。


「……行動力ありますね」


「あるねえ。ソル君達はどうするの?」


「マウルスさんの転送先を使っての訓練と、依頼所のクエストですかね、当面は」


「アンとセリカはそれでいいの?」


 予想外の質問だったようだ。

 アンが問う。


「それ以外に何かやっておくべきことがあるだろうか?」


「あんた達の故郷カトマスにソル君を案内するなら、この不意の休みを外すとしばらく行けないんじゃないかと思って」


 アンセリの顔がパッと明るくなる。


 西への街道の起点となる村カトマス。

 冒険者稼業も普通に行われるというこの村へソル君が行ったら、いろいろ得られる知見や刺激も多いんじゃないかな。

 いや、あたしも行ってみたい場所ではあるんだが。


「さすがだな、ユーラシアさん!」


「ハッハッハッ、さすがが溢れてこぼれ落ちてしまうぞー」


「ソール様、行きましょう!」


「ぜひ、我が村へ! 案内いたします!」


「パーティーメンバーのルーツも知っといた方がいいと思うよ」


 いつの間にか日は落ちたが、宴はまだ続く。


          ◇


 昨日は楽しかったし美味しかった。

 ああいうのは毎日開いてくれてもいいなあ。


 後で気付いたが、あの場にはピンクマンがいなかった。

 ボス戦でまともに戦えたのは、彼の発言があったことが大きい。

 お礼を言いたかったなー。


 日課を終え、うちの子達とともに灰の民の村へ。

 今日はサイナスさんが黄の民の村へ行くので、それについていくお仕事だ。


「具体的には、村の東にできた広大な空き地をどうしようかってことなんだ。隣接してる一部は耕作地として灰の民の村に編入していいっていう、事前の話だったんだよ。でもどこからどこまでを、とまでは決まってなくてさ」


「何それ? そんなアバウトでうちにばかり有利な話まとまるわけないじゃん。何で前もって細かいとこ詰めとかなかったの?」


「基本的に作戦計画そのものが極秘だったからな」


「あ、そーか」


 道中、サイナスさんと話しながら歩く。

 灰の民の村からは西に当たる位置に、カラーズ各村が自領としない取り決めになっている緩衝地帯があり、各村およびレイノスへの通路になっている。

 まーこれが荒れ放題なのだ。

 カラーズの孤立性とその内部各村の排他性を、嫌ってほど象徴している。

 入植者が来るって建て前なら、もう少し整備しないとダメなんじゃないの?


「魔物がいなくなったから、うちの村の南の海岸沿いに道を通せる」


「その道通って他の村が東側開拓しちゃダメなの?」


「その線で交渉するしかないと思ってるんだけど」


 灰の民の村ばかりにメリットがある話じゃ他の民が反発するに決まってる。

 他所にもメリットを見せればあるいは、か。


「これって入植者が来ること考えれば、なるたけ開墾進んでた方がいいんだよね?」


「そりゃそうだ。入植者だって何の支援もなく、ただ放り込まれたんじゃ困っちまう」


「それじゃこうして……」


 あたしはサイナスさんに1つの考えを話した。


          ◇


 カラーズ各村の緩衝地帯から真北へ行くと黄の民の村だ。

 大きな門を通って村域に入る。


 パッと見にも灰の民の村と違いが大きい。

 というか建物が大きい。

 人がゴツい。


 クララがこそっと言う。


「緑が少ないですね」


 そういうところにすぐ気づくのはさすが植物系の精霊だな。

 確かに畑はあるのだが、土の露出している部分が多い気がする。


「よく来てくれた。サイナス族長と精霊使いユーラシアよ」


 大柄のモヒカン男、フェイさんだ。


「本来、族長である父が折衝すべきであるのだが、あいにく病で臥せっておってな。代理の俺が話を聞こう」


 サイナスさんが尋ねる。


「君が黄の民の全権を委任されている、と解釈していいのかな?」


「うむ、そういうことだ」


「ちょォッーと待てよ。フェイがリーダーなんて、認めてるやつばかりじゃないんだぜェ?」


 デカい!

 フェイさんも相当だと思ったけど、それより一回り大きい。

 体重ならあたしの3倍以上あるんじゃなかろうか?

 隻眼なのか右目に眼帯をつけている。


「控えろズシェン! 客人の前だ」


 フェイさんも苛立たしげだ。

 ははあ、要は次期族長候補が2人いるんだね?

 どっちがあたしらにとって都合がいいかなんて、一目瞭然だけれども。


「客人?」


 ズシェンと呼ばれた隻眼の男は、バカにしたように鼻を鳴らす。


「フン、灰の連中じャァねェか。こんなやつらにへりくだるから、おめェは腰抜けなんだよォ!」


 周り見るとズシェンに賛同してる人もチラホラいるようだ。

 これではフェイさんもやりにくいだろうなあ。


「フェイさん、何なのこいつ。身のほどを知らないようだけど」


「なんだァ? てめェ」


 フェイさんもあたしの言い様に驚いたようだが、目配せをしたら意を感じ取ってくれた。

 できる男だなあ。


「精霊使いユーラシアは、先の魔物掃討作戦を成功に導いた立役者だぞ。お主ではとても相手にならん。引っ込んでおれ!」


「オレッチが丸腰の小娘相手にどうにかなるわけねェだろォがァ!」


 煽り方もお上手。

 眼帯男よ、あんたマジで役者が違うからすっこんでなよ。


 と、急に眼帯が反転し殴りかかってきた。

 伸ばした腕を捕まえて一本背負い!

 びったーんと、ものすごい音がする!


「あっ、ごめん!」


 メチャメチャレベル上がってたの忘れてた!

 息してるだろうな?


「クララ、『レイズ』して!」


 戦闘不能状態から蘇生させる呪文で息を吹き返す眼帯男。

 何が起きたかわからないのか、キョロキョロと周りを見回す。


「ごめんね、いきなりだったから手加減できなかったよ」


 いやあ、良かった。

 交渉に来たのに人を殺めてしまっては、さすがにシャレにならん。


 周りの見物人からは声も出ない。

 そりゃそうだろう。

 不意打ちだったにも拘らず、村一番の大男が舐めてかかった小娘に目にもとまらぬ速さで投げ飛ばされたのだから。


「ズシェンよ、運が良かったな。ユーラシアが武器を使っていたら、お主の首は胴を離れていたのだぞ」


 見物人の1人が言う。


「えっ? でも武器なんか……」


 あたしはパワーカード『スラッシュ』を起動し、刃を具現化させた。

 フェイさんが解説する。


「あれが精霊使いの特殊装備だ。冒険者が丸腰などということがあるものか」


 再び声も出ない黄の民一同。


「同胞が失礼したな。客人よ、こちらへ」


 フェイさんに案内されて一番大きな屋敷へ入る。

 ほへー、立派な建物だなー。

 族長邸なのだろう、何より天井が高いのに驚いた。

 今後各部族の行き来が多くなるとすると、灰の民の村にも応接用の館なりがあった方がいい気がする。


 サイナスさんが灰の民の立場と掃討戦以前の取り決め、そして要求を伝えた。

 フェイさんは地図を見ながら鷹揚に頷く。


「ふむ、構わんぞ。灰の民は精霊と共に生きる一族だから、他の民に踏み込まれるのは好むところではなかろう? あらかたその地図の通りなら、柵を作って灰の民領に編入すること、黄の民は認めよう。まずその範囲に杭を打ったら、黄を含めた他の民に確認を取ればよかろう」


 うおお、めっちゃ話早えよ。

 やるなあフェイさん。


「さて、次は黄の民の要求だ。灰の民が利を得るからには、黄の民も同じだけの利を得なけらばならぬ」


 至極ごもっとも。

 皆が首を縦に振る。


「しかし、俺達は農業が下手だ。仮に灰の民の村の南に道を通し、同じ面積の土地を得たとしても、同じだけの利を得られるわけではない。これでは平等とは言えぬ。何とかならぬだろうか?」


 すげーな、丸投げで来たぞ?

 サイナスさんを見ると、あたしと視線を合わせ頷く。

 作戦開始だ。

 あたしが発言する。


「畑見せてもらえる?」


「畑? 構わぬが」


 ぞろぞろ皆で表へ出、うちの子達に畑を見てもらう。


「どお?」


「光線の状況はモーマンタイね」


「土が酸性だぜ」


「地味はまずまずですけど、連作障害が出ています」


 サイナスさんが説明する。


「植物がうまく育たないのは理由があるんですよ。この畑の場合だと貝殻を細かく砕いた物を土に混ぜ、今までと異なる作物を植えれば収量が上がります」


 おお、という声が黄の民一同から上がるが、フェイさんは苦い顔をしている。


「作物の収量が多くない理由はわかったが、それ以上に農業において灰の民に勝てぬことは嫌と言うほどわかった。俺達は精霊の声を聞けぬ」


 やはりフェイさんは、黄の民の村に産業を興したいのだ。

 今までカラーズの各村は自給自足でよかった。

 しかし交易できる物なりサービスなりがないと、人口が増えるであろう今後は発展から取り残されてしまうという危機感を感じているのだろう。


「でも、黄の民にはパワーがあるよ。それはあたし達敵わないよ」

 

 黄の民一同が互いの顔を見合わせる。

 眼帯男が言う。


「しかし姐さん、オレッチは黄の民一の力自慢ですがァ、姐さんにはまるで赤子扱いでしたァので……」


 えらく殊勝になってるじゃないか。


「それは冒険者としてのレベルが違うから。同じレベルだったらあたしなんか全然勝てないってば」


「ふむ、具体的に案があれば御教示願いたいな」


「米作って欲しいんだ」


「米? あの高級食材か?」


 これがサイナスさんと考えた秘策の1つ。

 一部の自由開拓民集落で作られているらしいが、米はドーラで一般的な食材じゃないのだ。

 おそらく産地とレイノスで少量消費されているだけ。


「米はドーラの温暖な気候なら、決して作るのが難しい作物じゃないんだよ。ただし大量の水を必要とする」


「なるほど。掃討戦跡地ならば、クー川の水を使える!」


 あたしは頷く。


「川から水を引いて田に保たせる、そういう土木仕事っぽいのは得意分野でしょ?」


「それならまあ……」


 黄の民一同に活気が出てくる。


「米が高級食材なのは、ドーラでほとんど作ってなくて帝国から輸入してるからなんだよ。安く販売できれば必ず売れる」


「必ず売れる、か。うむ、すぐさま検討しよう」


 炊飯釜が必要になるな。

 赤の民が得意そうだから、作ってもらえないだろうか?


「もう1つは塩」


「塩?」


 秘策その2だ。

 これはサイナスさんのアイデア。


「海岸に塩田作って塩作り。これもパワー勝負だ、黄の民の土俵だよ」


 サイナスさんが続ける。


「ドーラの人口は徐々に増えていますし、帝国からの移民も期待できる。塩の需要は大きくなるでしょう。保存も利きますしね」


 黄の民は山の民族だ。

 岩塩に親しみはあっても、海水から塩作りの発想はなかったに違いない。


「よくわかった。良き考えを聞かせていただいてかたじけない」


 あたしは続ける。


「で、フェイさんと黄の民にもぜひ協力してもらいたいんだ」


「何だろう、協力は惜しまんぞ」


「いくらいい物を作っても、売れないと儲からないんだよ」


 フェイさんは大きく首を縦に振る。


「いかにも。それで村同士の争いはバカバカしいからやめようというわけだな?」


「そうそう。それでカラーズ緩衝地帯に、各村の物品を交易できる場所を作る。そうすれば……」


「カラーズ内部で物のやり取りができるだけでなく、レイノス商人も呼び込める可能性がある。そういうことだな?」


「さすがフェイさん!」


 やっぱこの人わかってる!

 各村の族長クラスがこういう考え方なら、カラーズでの商売は問題なく開始できるし、将来はレイノスとの交易も可能だ。


 フェイさんが宣言する。


「本日より黄の民と灰の民は兄弟である! 互いを貶めることは許されぬ!」


「「「「「「「「うおー!」」」」」」」」


 大勢の黄の民に見送られ、あたし達は帰途につく。


「すげーいい感じじゃない? フェイさんが族長代理だったのはラッキーだったなあ」


「助かったよ。ユーラシアの背負い投げがなかったら、あそこまで話がうまく進まなかっただろう」


「評価ポイントそこだけ? それよりも、その感謝形にならない?」


「ならない。ないものはないから」


 まーそうだよなあ。

 あたしも言ってみただけだ。


「フェイさんはいい族長になるねえ」


「リーダーシップあるね」


 サイナスさんが他人事のように言う。

 おいおい頼むよ我が新族長。


「案外どこの村もフェイさんみたいに、発展を目指してるのかもしれないねえ」


「考え方に保守的革新的の違いはあるだろうけど、裕福になるのを嫌ってる村はないだろ」


「そーかー。そうだねえ」


 ならば緩衝地帯を利用した売買・交流は早期に実現するかもしれないな。


「オレは将来、学校を作りたいんだよね」


「学校? 教育機関ってこと?」


 変なこと言いだしたぞ?

 灰の民の村には、子供に教える小規模なものはあるが?


「今日の一件でもわかる通り、やはり一般事項についての知識で、灰の民は優れている。そうした知識の授受に価値を見出す社会になればいいな、と思うんだ」


「読み書き計算以外の知識を、ってこと?」


「ああ、初等教育としての読み書き計算はもちろん、各種知識や各種技能もね。農耕、調理、剣術、鍛冶、工芸とか」


「ふーん」


 灰の民は全員が読み書き計算を習得しており、それ以上の知識を得ることに対しても比較的貪欲だ。

 それが灰の民の長所だというなら、生かす方向で行きたい。

 物ではなくて、知識や技能を売るという考え方もいい。


 しかし人の流れが活発になると、精霊の行き場がなくなってしまう気もする。

 緩衝地帯でなら可能だろうか?


「今日は満点だった。明日もよろしく頼むよ」


「まあ、ついてくことはついてくけど」


 正直、交渉って言っても、黒の民はやってることよくわかんないんだよな?

 呪術師サフランに会うのは楽しみなので、そっちの準備は怠りなくするつもりだが。


          ◇


 サイナスさんを村まで送った後、転移の玉を起動し帰宅した。

 さて、焼き肉パーティー用の肉を狩って来なければ。


 ここで掃討戦の大量レベルアップに伴う習得スキルの確認をしておく。


 あたし

『ハヤブサ斬り・改』(単体2回強攻撃バトルスキル。クリティカルあり)

『発手群石』(全体攻撃ノーコストバトルスキル。飛行魔物に強い。速度補正あり)

『マジックマシンガン』(全体無属性攻撃魔法、飛行魔物に強い)


 クララ

『ウインドウォール』(味方全員の敏捷性と回避率を上げる風魔法)

『ハイヒール』(単体回復白魔法。『ヒール』よりも回復量が多い)

『ダンシングウインド』(単体攻撃風魔法。『ウインドカッター』よりダメージ量が多い)

『デバフキャンセル』(味方全体の能力値弱体を解除する白魔法)


 アトム

『挑発ハミング』(攻撃を自分に集中させる土魔法、ヒットポイント自動回復10%)

『ロックストライク』(単体攻撃土魔法。『アースクロッド』よりダメージ量が多い)

『クエイク』(全体攻撃土魔法、麻痺付与)


 ダンテ

『ファイアーウォール』(味方全員の攻撃力と氷耐性を上げる火魔法)

『アイスウォール』(味方全員の激昂・睡眠・麻痺・毒・火耐性を上げる氷魔法)

『サンダーウォール』(味方全員の魔法力と混乱・スタン耐性を上げる雷魔法)

『インフェルノ』(単体攻撃火魔法。『ファイアーボール』よりダメージ量が多い)

『アダマスフリーズ』(単体攻撃氷魔法。『アイスバレット』よりダメージ量が多い)

『エレキング』(単体攻撃雷魔法、『サンダーボルト』よりダメージ量が多い)


 ~ウォールという支援魔法は、その魔法適性が高いほど習得が早いらしい?

 複数系統の魔法固有能力を持つクララやダンテより、アトムが『アースウォール』を覚えるのが早かったのはそういうことなんじゃないかな。


 あたしの『ハヤブサ斬り・改』はとても有用だ。

 強敵相手用の単体攻撃技が欲しかったこともある。


 『発手群石』はまたもやレアスキル。

 ノーコストの全体攻撃という点で『薙ぎ払い』に似るが、武器属性が乗る『薙ぎ払い』ほどの汎用性がない代わりに技の出が早く、飛行魔物に強いという特性がある。

 つまり……。


「ふははははははっ! 肉が肉のようだ!」


「姐御、何言ってるかわからねえ」


 アトムやウツツと出会った苔洞窟に来て、久しぶりに肉こと洞窟コウモリを狩りに来ている。

 この洞窟コウモリというやつ、とてもフルーティーな香りがする極上の肉質なのだが、こっちのレベルが上がると逃げるのでなかなか倒せず、狩りの効率が悪いためしばらく来てなかったのだ。


 しかし今やあたしの敏捷性は洞窟コウモリを軽く上回り、新スキル『発手群石』はまさに対肉用スキルといっても過言ではないほど使い勝手が良い。

 たとえ肉が群れをなしていても一発で全部落とせるのだ。


 よーし、十二分な量をあっさり確保したので、次は本の世界でコブタマン狩りだ。

 バエちゃん待っててね。


          ◇


「どこまでも~か~ぎ~り~なく~しも~ふり~の~お~にく~あぶらへの~お~もい~」


 絶好調だなあ。


「バエちゃん、肉大好きだよね」


「うん、肉ラブ」


 今日は予定通り、チュートリアルルームで肉パーティーだ。

 肉はいいなあ、気分がアガるよ。

 せっかくなのでコウモリ肉とコブタ肉の食べ比べと洒落込んでいる。

 バエちゃんが調味料をいろいろ用意してくれているのも趣向のひとつだ。


「コウモリ肉は塩かカラシでシンプルなのが美味しいなあ。逆に脂のしっかり乗ってるコブタ肉は、タレの方がよく絡んでいい」


「姐御、コウモリにはまよねえずも合いやすぜ」


「あっ、あんたお酒は程々にしときなさい! ねえ、バエちゃん、アトムにあんまりお酒出さないでよ。明日の行動に障りが出るの」


「うん、わかった~」


 バエちゃんえらい上機嫌だけど、本当にわかってるか?


「イシンバエワさん、この焼き肉のタレというのは何が入っているのですか?」


 あ、それも気になってた。


「それはね、醤油に砂糖が基本で、それからニンニク、ショウガなんかが入ってるの」


 あ、シャキッとしてるじゃないか。

 バエちゃんは大丈夫だわ。

 どこに飲兵衛スイッチがあるんだろうな?


 醤油もドーラのどこかで作ってるって話は聞いたことがある。

 でも高級品なんだろうなあ。


 砂糖は西域で盛んに作られているらしい。

 サトウキビはなー、栽培は簡単なんだが、基本的に広い畑と人海戦術で栽培するもんだ。

 収量が低いのであたしは作る気にならない。


 チュートリアルルームで食事するたび、ドーラの食文化に一番足りないのは調味料だと痛感するな。

 これに気付いてるの、あたし達のパーティーだけなんじゃないか?

 何とかせねば。


「あ、そーだ。まよねえずのレシピ教えて?」


「うん、これ」


 バエちゃんがメモを取り出す。


「卵の黄身、酢、塩、食用油か」


「食用油を少しずつ混ぜてくと失敗しないって」


 ふむふむ、明日は黒の民の村へ行って、呪術師サフランとまよねえずを作る予定だ。

 そして肉を持って行くって試食するぞ。

 本来の目的は何だったっけな?

 まあそんなもんどうでもよかろう。

 忘れるのは忘れてもいいからなのだ。


 あれ、いつの間にかダンテがひっくり返ってる。

 まったく精霊はどいつもこいつもお酒に弱い。


「ねえ、ユーちゃん?」


 バエちゃんがチラチラとこっちを見てくる。


「ん、何?」


「一昨日の大規模掃討作戦でユーちゃん達一番の功労者だったのに、ギルドから報奨金出なかったって聞いたの」


「あ、それ聞いたんだ。ひどいよねえ」


 あたしはアハハと笑う。


「うん、昨日あれからソール君のパーティーが来て、『経穴砕き』のスクロール2本買ってったんだけど、『ユーラシアさんのおかげで勝てたのに申し訳ない』って」


 ほう、『経穴砕き』はアンセリの分だな。

 人形系魔物を倒すことによる経験値アップを優先したか。

 宝飾品ゲットで絶対元取れるだろうし。


「まー赤字は赤字に違いないんだけどさ。皆が気を使ってくれたし、メチャクチャ経験値入ってレベル10以上上がったからいいんだ」


「ユーちゃんがいいならいいけど」


 バエちゃんが気遣わしげに言うけど、本当にいいんだぞ?

 むしろ全体で見れば得してると考えてるし。


「ごめんね、ギルドの方の事情はあまり入ってこなくて……。ユーちゃんはすごく良くしてくれるのに」


「バエちゃんのせいじゃないってば」


「ユーちゃんの待遇良くしてガンガン活躍してもらわないと、私のお給料が減っちゃう」


「そこかい」


 アハハと笑い合う。

 実にバエちゃんっぽい理由だ。


「それはともかく、掃討戦のせいでクエストが止まってるんだ。再開いつになるか正確な時期聞いてない?」


 数日って話ではあったが。


「冒険者の上がったレベルに合わせて、クエストの分配を見直そうとしているんだって。でもレベル自体を把握し切れてないから、手間取ってるという連絡が入ったわよ。新入り冒険者の面倒まで手が回らないってことで、こっちも新規は止まってるの」


「なるほど、ギルドも忙しそうだね」


 やっぱりクエストの割り振り見直すんだな。

 うちのパーティーも全員かなりレベル上がってるから、それに見合ったクエストが来た方が嬉しい。


「こっちにも今のところそれ以上のことを言ってこないの。ということは、まだ3日はかかるんじゃないかしら?」


 3日あるなら、もう少しサイナスさんを手伝ってやれるか?


「わかった、ありがとう」


「ユーちゃんは何かやることがあるの?」


「うーん、あると言えばあるんだけど、明日次第かな。冒険者の仕事がない時は、暮らしが豊かになるようなことをしたいんだよねえ。自分だけじゃなくて皆のね」


「偉いのねえ」


「いや、そんなんじゃないんだよ。自分のやりたいことやってるだけだから」


 『アトラスの冒険者』のおかげで、行けるところ、やれることが格段に増えた。

 実に楽しいな。

 今後、もっと美味い肉に出会えるだろうか?


「ごちそうさま。今日は帰るね」


「うん、また来てね。美味しいお肉を所望します」


 アハハと笑い合う。

 さて、ダンテを起こさねば。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 今日は黒の民の村へ行く日。

 昨日狩った肉を持って来ている。

 呪術師サフランとまよねえずの試作をするつもりなのだ。

 楽しみだなあ。


「肉を用意できるなら、灰の村にも卸しておくれよ」


 サイナスさんが苦笑する。


「そうだねえ、狩り尽くさない範囲ならたまに……」


「ボス、ブックワールドなら多分サスティナブルね」


 ダンテが妙なこと言い始めたぞ?

 ブックワールド……コブタマンか?

 コブタマンなら狩り尽くさない?


「どうしてそう思う?」


「ブックワールドはエーテルが次から次へアッドされるね。中のリソースも補充されるに違いないね」


「そーなの?」


 ほう、魔力に敏感なアトムが言うならそうなのかもしれない。


「『永久鉱山』みたいな話だね」


 サイナスさんが口を挟む。

 本の世界は『永久鉱山』なのか?


「移住先の塔が『永久鉱山』だってことはじっちゃんに聞いたんだけどさ、『永久鉱山』ってそんなにあちこちにあるものなのかな?」


「ないね。よほどエーテルを集める条件が整わないと。知られてる限りではおそらく、族長達の移住先だけだよ」


 今の族長はあんただよ。


 ただ、ダンテの言うことは面白いな。

 今度本の世界のマスターである金髪人形アリスに聞いてみよう。

 コブタ肉を狩り尽くすことがないなら、冬の食料問題が解消する上、あっちこっちにお土産として肉を持参できる。


「黒の民って何やってるのかイマイチわかんないんだけど。あたし役に立つかなあ?」


「まあ精霊使いは今回の掃討作戦の花だから」


「その掃討作戦で、サフランって名前の呪術師の女の子と友達になったんだ。でね? 異国の調味料作って試食しようってことになったから、肉持って来たの」


「こんなに大量にかい?」


 サイナスさんがあたしのナップザックをぺしぺし叩く。


「評価を多くの人に聞きたいからね」


「サフラン、か。聞いたことのある名前だが……」


 サイナスさんが少し首をかしげる。

 黄の民のフェイさんみたいに有力者の子だろうか?

 掃討戦には各部族の代表が集められた。

 極秘作戦でそう詳しい内容を皆に話すことはできなかったはずだから、有力者の身内だとすると却ってリアルなのだが。


「その子、パーティー出るみたいなロングドレスで、掃討戦に来てたんだよ」


「ん? 魔物と戦うのにか?」


「そうそう。理由聞いたら、灰の村に行けと聞かされただけだって」


「黒の民は秘密主義なところあるけど、まさか参加者に何も打ち明けないなんてことはないだろうしなあ」


 そんなことありそうだったぞ?


「でも最後のボス戦でさあ、バッチリのタイミングで支援魔法くれたんだ」


「そりゃあセンスあるね」


 黒の民の村は黄の民の村の東隣にあたる。

 カラーズ各村の緩衝地帯から東北へ行くと、段々黒の民の村の門が見えてきた。


「これはさあ、訪問者を呪ってるの? それともこういうノリの村なの?」


 村の入り口の門の上に大きなドクロが乗っているのだ。

 いや、これはこれで個性的ではあるけど、こんなのの下潜るのは気が滅入るだろ。


「オレに聞くなよ」


 サイナスさんも嫌そうな顔をする。

 黒の民なりのエンターテインメントなのかなあ?


 門から村の内部に足を踏み入れる。

 それにしてもどうしたことだろう、人っ子1人見当たらない。

 寂れた印象はなく、生活感がないわけでもないのだが?


「ねえ、これあたし達が来ること知ってるの?」


「そりゃ知ってるよ。連絡してるもの」


 サイナスさんも困惑気味だ。

 じゃあこうだ。


「たのもう! 灰の民の精霊使いユーラシアとその従者が来たぞお!」


「従者は君だからな?」


 人々が家の窓やドアからそっとこちらを見るが、出て来ようって気はないらしい。

 いや、1人出てきたな。


「いらっしゃい、ユーラシアさん」


「こんにちは。サフランって、これが普段着なんだ?」


「そうですよ」


 3日前と全く同じ黒のドレスで現れた呪術師サフラン。

 あれ? じゃあこの子の感覚としては、掃討戦の時にさほど突飛な格好で参加していたつもりはないのか?


「黒の民って、皆こういう格好なんだっけ?」


「いいえ、アターシは村で最もファッショナブルかつ華やかな少女と言われてますの」


 ファッショナブルかつ華やか?

 ファッショナブルは理解できるにしても、華やかとは?

 黒一色のどこが?


「村の衆は皆、フードを被っていますから」


「比較論かーい!」


 黒の民が皆黒いということはわかった。


「まあいいや。族長のとこ案内してくれる? うちんとこの族長が、この前の戦後処理のことで話があるんだそうな」


「アターシの家ですわ。どうぞこちらへ」


 案内されつつ聞く。


「サフランって族長の娘なの?」


「姪ですわ。族長である伯父とは、一番血の繋がりが濃い親族になりますの」


「へー。じゃああんたが将来の族長になるんだ?」


「どうでしょう? アターシの夫になる男性が、ということの方がありそうですけれども」


 なるほど、黒の民はそういう族長の継承の仕方をするのか。


「ここですわ」


 大きな屋敷だが、どーして玄関をドクロで飾り付けるんだよ。

 趣味、信仰、何となく、どれだ?


「おじゃましまーす」


 屋敷の奥からぬっと現れる黒いローブとフードの男、こえーよ。


「私が黒の族長クロードである。よしなに」


「新しく灰の民の族長になりましたサイナスです」


「こちらが先の掃討戦で勇名を馳せた精霊使い、ユーラシアさんですのよ」


 族長クロードさんがフードを少し上げ、頭を下げる。


「サフランを救っていただいたとか。礼を言う」


「こっちこそいいタイミングでいい魔法もらったんですよ。『マナの帳』ってやつ。最後のボスはあれがあったから倒せたようなもんで」


 サフランもクロードも恥ずかしそうにモゾモゾ動く。

 この2人も褒められ慣れてないみたいだな?


「じゃ、あたしとサフランは調味料の研究してるから」


「調味料の研究?」


 クロードさんが頭の上に『?』を浮かべたような仕草をする。

 黒の民のコミュニケーション方法なのかな?


「こちらへどうぞ」


 あたしとうちの子達がサフランの部屋に導かれる。


「私室というか、研究室なのかな?」


 ギルドの『初心者の館』を思い出す。

 壺とかガラス容器がいっぱい。

 あと香辛料だろうか? 独特の臭いがする。


「単純に酢だけ作ってるんじゃないんだ?」


「酢は外にある醸造ラボで作ってるの。アターシの酢は黒の村中で使われてるのよ」


「つまり酢は商品レベルと、そういうこと?」


「そう……とも言えますわね」


「外に売れよ!」


「え?」


「ま、それは後だ。まよねえず作ろっか」


 菜種油と塩、卵、カラシの種を取り出す。


「乳鉢かすり鉢ある?」


 カラシの種を擂って粉にし、卵の黄身と塩を加えて混ぜる。

 少しずつ油を足してさらに混ぜていくと、とろとろになった。

 一応完成か?

 ぺろっ。


「うん、悪くない」


「あっ、すごくまろやか! ツンと来ないのね」


 ここで取り出しましたるは、洞窟コウモリの肉。


「……お肉?」


「お肉だよ。焼くとこある?」


 台所に案内されたので焼いてみた。

 まよねえずをつけて食べてみる。


「うん、いいじゃないか」


「あっ、美味しい美味しい!」


「族長達にも食べてもらおう」


 雰囲気がよろしくない。

 クロードさんの表情はフードのせいでよくわからないが、サイナスさんの顔は明らかに曇っている。

 まあ交渉が難航してるんだろう。


「できました。食べてみて?」


 サフランが口元に手を当てて驚いている。

 こーゆー時はあえて空気読まずに特攻するのがセオリーだぞ?


「ふむ、美味い!」


「これはイケるな、ユーラシア」


 族長2人が大絶賛だ。


「この白いソースは何だね?」


 クロードさんが問う。


「『まよねえず』という異国の調味料なんですよ。肉や生野菜によく合うんですけど、酢がないと作れなくて」


「酢?」


「住民皆の意見を聞きたいんですよ、いいですか?」


 急ぎサフランに追加の卵を買ってきてもらい、先ほどの20倍くらいの量のまよねえずを作る。

 ここで難問発生。


「肉焼くのが大変だな」


「蒸し肉じゃダメですか? アターシの窯、蒸すんだったらかなりの量一度に可能ですが」


「それだ! ナイスサフラン!」


 うおお、デカい窯だ。

 金網に一口サイズの肉を並べ、湯を沸かして蒸し焼きする。

 いや、これ窯内部の温度がかなり高くなるから、蒸し焼きじゃなくても小さい肉なら余裕で熱通るわ。

 30分後には完了。


「肉の試食だぞーっ! 早い者勝ちだ!」


 村一番の広場で大声を張り上げる。

 肉はどこでも御馳走だ。

 疑いながらも、あちこちから人々が出て集まってくる。


「……試食、とはタダなので?」


「タダだよ。でも感想聞かせて。こっちの白いタレつけて食べるの」


 黒フードの男に答える。

 もっとも黒フードの男以外は黒フードの女であり、個体識別には何の役にも立たないんだが。


「ほ、ほっぺとろける……」


「何じゃこれ、美味い……」


 黒の民の村では、新鮮な肉自体がめったに食べられるものじゃないだろう。

 それがフルーティーな芳醇さで定評のある洞窟コウモリの肉、かつそれと相性のいいフレッシュなまよねえず。

 不味いはずがあるだろうか?


「こらこら、押さない押さない! 一列に並んで! まだ出てこない人、いいのかな~なくなっちゃうぞお~!」


 肉に並ぶ黒い列。

 人がアリのようだ。


「おいひい、おいひい!」


「生涯で一番美味い物を食った……」


「お前もうどけよ! いくつ食ってんだ」


 かなりあった肉だが、あっという間になくなった。


「しゅ~りょ~、今日はおしまいっ!」


 不平を漏らす人もいるが、多くはそのまま諦めて帰ろうとする。


「帰る人ちょっと待った! 終わりなのは『今日は』だよ」


 皆が頭の上に『?』を浮かべたような仕草をする。

 やっぱりそれって黒の民に共通なのな。

 おそらくフードのせいで表情が読みづらいから、そういう独特なコミュニケーション法が発達したんだろうけれども。


「まず、肉食べた人に聞く。どうだった?」


 美味い、美味しかったという声の中、白いソースがよかった、美味さを引き立てるという意見も多い。


「あの白いタレはここにいるサフランの作った酢に、異国の知識を加味してできた調味料なんだよ。あれは売れる!」


 当惑する黒の民達。

 話がどこに行くか見えないんだろう。


「諸君に問う! そもそも黒の民が肉をあまり食べられないのはどうしてだ? 肉を売ってくれる他所の民と付き合いがないからだぞ。もうカラーズ同士でいがみ合ってる時代じゃないんだ!」


 『なるほど』『でも伝統が』『肉食いたい』みたいな声が聞こえ、ざわざわし始める。

 大勢の黒フード達がモゾモゾしてるのって、伝承にある妖怪まっくろくろすけみたいで面白いな。


「売るものは売る、それでお金作って買うものは買う、皆ハッピーじゃないか。いずれそうしよう。親睦の手始めとして、特に仲が悪いと思われている黄の民、灰の民と合同で焼き肉パーティーやろう! 今日食べられなかった人はごめんね、でも今度は肉ごっそり用意しとくから!」


 『肉ごっそり用意しとく』発言に、群衆一同から歓声が上がる。

 もっとも一部では他所と合同? みたいな困惑あるいは拒否感も感じられる。

 もう一押し必要だな。


「強制参加じゃないよ。黄の民や灰の民なんかと飯が食えるかって人は、ムリに参加しなくたっていいんだよ。タダ肉を腹一杯食べたい人だけ集まって!」


 タダ肉を腹一杯は、聴衆の欲望をダイレクトに刺激したらしい。

 ハッハッハッ、そりゃそーだ。

 誰がタダ肉の誘惑に勝てるというのだ。

 最終的に広場は大歓声に包まれた。


「ただし、互いの族長達が許したらね? 黒の民クロード族長、灰の民サイナス族長、いかがですか?」


「……民達が皆賛成している。反対できるわけなかろう」


「灰の民にもちろん異存はありません」


 まあ、そうなるわな。

 思う壺だ。

 ここで納得できる理由もなくストップかけたら、民全員から不平不満の嵐だわ。


「あたしは今から、族長さん達と黄の民の了解を取ってくるよ。皆の者、心して待て!」


 あと少しのところで食べ損ねた、最前列の黒フードが言う。


「も、もし黄の民が拒否したら?」


「その時は黒と灰で焼き肉だっ!」


 再び大歓声が上がった。


          ◇


「やり方が汚い」


 黄の民の村への道すがら、クロードさんがブツクサこぼす。

 一行はサイナスさん、あたしとうちの子達、クロードさんにサフランがついてきている。


「まあまあ。サフランの作った酢の出来が良過ぎたから仕方がない。いい機会だから、焼き肉親睦会であれを商品としてアピールしようよ。ぜひ売るべし!」


 クロードさんとサフランが居心地悪そうにモゾモゾ動く。

 ちょっと理解したぞ、それは満更でもないサインだな?


「どうせクロードさんとサイナスさんの話し合いがまとまんなかったのって、事前の取り決めだから灰の民の領土が増えるのは認めざるを得ない。が、灰の勢力だけが増すのは嫌だ。黒にも納得できるだけの分け前をよこせ、そんなとこなんでしょ?」


 クロードさんが鼻白み、サイナスさんが苦笑する。

 まあ黄の民との交渉でもそんなことだったしな。


「だからさあ、もうこれからは部族同士の争いはいいんだって。灰の民が作った野菜にまよねえずつけて食べたら美味いよ? ウィンウィンだよ? 足の引っ張り合いはやめて、カラーズ全体が発展した方がいいと思うよ」


「黒の民の賛同を得ても、黄の民が乗ってくるとは思えん」


 クロードさん懐疑的ですね?

 灰の民と黄の民の関係の険悪さをよく知ってるからだろう。

 ふっふっふっ、そんなのは昨日までの話なんだぜ。


 黒と黄両村の距離は近く、もうあの大きな門が見えてきた。


「おーい、こんにちはー!」


「あっ、ユーラシアの姐さん!」


 大声で呼びかけると、隻眼の男ズシェン他、数名の男達が駆け寄って来る。

 クロードさんとサフランがビビってるけど気にすんなよ。


「お前ら肉食いたいかーっ!」


「「「「おーっ!」」」」


「焼き肉パーティーやろうぜーっ!」


「「「「おおおおおおおおっ!」」」」


 すぐ族長代理のフェイさんに会わせてもらい、段取りをつける。


「うむ、構わんぞ。黒の民も灰の民もそれで良いのですな?」


 クロードさんとサイナスさんが頷く。


「で、日時は?」


「明後日の昼! ダンテ、天気どお?」


「グッドね」


「たくさん肉を焼ける鉄板、どこかにない?」


「うちに行事祭事の際に使う鉄板があるぞ。予備まで含めて用意しよう」


 フェイさんが言う。

 よーし、これで勝ったも同然だ。


「会場の設営は黄の民に任せていいかな?」


「うむ、どうすればよい?」


「緩衝地帯の真ん中の広場を、少し草刈ってくれるだけでいいと思う」


 フェイさんが興味深げな目を向けてくる。

 そうそう、カラーズ各村間の商取り引きが始まればその会場になる場だよ。

 人がしょっちゅう入るようになれば草も生えなくなってくるよ。


「承ろう」


 クロードさんとサフランに向けて言う。


「調味料は黒の民に頼んだよ。今日のすごく美味しかった。あれなら参加者皆に喜んでもらえる」


「任せよ」


 クロードさんが鼻を膨らませて答える。

 いや、フードで鼻見えないけど。


「獲物はあたしに任せて。明日各村台車3台ずつをあたしん家まで持って来てよ。灰の村まで来て誰かに案内してもらえばいいから。で、各村で捌いて肉にする、オーケー?」


          ◇


「どーしてこんなに簡単に事が運ぶのだ!」


 帰り道でのクロードさんのテンションが変に高い。

 血管切れちゃいますよ?


「まあまあ。天は肉の上に人を造らず、肉の下に人を造らずと言うからね」


「言わないよ!」


 軽くスルー。


「こんなに大事になるとはなあ」


「大事にしたのはあんただよ!」


 クロードさんのツッコミ、なかなか鋭いぞ?


「こうなると、もうちょっといろんな調味料があると良かったなあ」


「例えばどんなものです?」


 サフランが聞き返す。


「醤油があると脂っこい焼き肉にピッタリのタレが作れるんだよ」


「醤油あるわよ。アターシが作ってるの」


「うそっ!」


 どんだけ有能なんだサフラン。

 そーか、醤油も黒の民の村で手に入るのか。

 

「醤油に磨り下ろしたニンニク、ショウガと砂糖を入れて混ぜるといいんだけど、材料揃いそう?」


「砂糖はないけど蜂蜜なら」


「蜂蜜高くない? 甘みがあればいいんだよ、果汁とかでもいい」


 サフランが首を振る。


「せっかくユーラシアさんがここまで進めた話ですもの。アターシも全力を尽くすわ」


「おお、サフランありがとう!」


 クロードさんサイナスさんにも聞かせるように話す。


「ねえサフラン、いずれ醸造工場を作ってよ」


「え、そんな大げさな」


「皆が買うようになれば今のラボじゃ全然足りなくなるのさ。幸い、土地はいくらでもあるんだから」


「……それはこの前の掃討戦があった?」


「うん、いずれ入植者が入るって話だけど、入植者だって働くところがあるのが望ましい。あんなとこ放り出していきなり自給自足なんて、すぐ干乾しになっちゃうよ」


 クロードさんサイナスさんも微かに頷く。

 実際のところ、掃討戦跡地に醸造工場なんて当面ムリだ。

 でもそういう考えは持っていてもらいたい。


「入植者が増えて大消費地になればそっちにも売れるしね。調味料売るとなると、容器のことも考えなきゃいけないなあ。早めに赤の民を抱きこまないと」


 赤の民は陶磁器やガラスの工芸が得意なのだ。


 ドクロ門を潜って黒の民の村に戻る。

 お、今度は何人も注目してくれてるじゃないか。


「おーい皆聞こえるかーっ! 帰ったぞーっ!」


 慌てて家から飛び出してくる人多数。

 危ないよ、気を付けてね。


「黄の民の村の了承取れました。3村合同焼き肉親睦会は明後日の昼です! 肉たくさん用意するから、食べたい人は会場の緩衝地帯に来てね!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおお!」」」」」」」」


「ついては黒の村には調味料を用意してもらいます。10人ばかり、サフランを手伝ってあげてください」


「はい!」


「俺が手伝います!」


「私も!」


 え、男多くない?

 サフランモテるのか?

 『ファッショナブルかつ華やかな少女』って言うだけあるな。


「じゃあ、あたし達は帰るよ。明後日会おう!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおお!」」」」」」」」


 帰ろうとした時、黒フードの男数人に(皆黒フードだけど)声をかけられた。


「な、なあ、精霊使いの人。あんた冒険者なんだろ? ちょっと意見を聞きたい」


「何だろ?」


「あんたは売れる物を他所に売るといいと言った。呪術グッズは売れる物だろうか?」


「詳しく聞かせて」


「例えばこんなものなのだが」


 リーダー格であろう男が、懐からドクロのペンダントを取り出す。


「マジックポイント自動回復2%のアクセサリーだ。これは試作品なんだがもらってくれ。どうだろう?」


「効果は間違いないわけね? ドクロじゃなきゃダメなの?」


「効果は間違いない。ドクロは……これ以上格好いいモチーフはないだろう?」


 黒の民のセンスだったか。

 じゃあオブラートに包んで。


「こんなもの売れるかっ! 冒険者は命を賭けて戦うものなのっ! ドクロじゃ縁起が悪すぎるでしょ!」


「そ、そうか……」


 男達は意気消沈したようだ。


「でも効果自体は悪くない」


「え?」


「これいくらで売るつもりだったの?」


 男達が少し相談してから答える。


「400ゴールドで売れれば損はない」


「1500ゴールドで売ろう」


「「「え?」」」


 驚く男達。


「いや、小売価格が1500ってことよ? あんた達が卸す価格は1000ゴールドくらいになるかな」


「十分過ぎるよ」


「オーケー、じゃその辺で交渉してくる。ただこれ、冒険者向けのアイテムになるから、そんなに数は売れないと思うよ。もっと一般向けのは作れないのかな?」


 男達は途方に暮れたように顔を見合わす。


「一般向けって言われても……」


「例えば運のパラメーターを上げるとか」


「そんなんでいいなら造作もないが」


「絶対に売れるアイデアがある」


「「「え?」」」


「でも今はまだ無理か、レイノスに販路がないもんな。精霊の月までには何とか……。まあいいや。これ知り合いに使ってもらって、ショップの意見も聞いてくるよ。多分ドクロやめろって話になるから、そこは覚悟しといて」


「ドクロなしならもう100ゴールド安くても儲けが出る……」


「おいこら、ドクロにどんだけ手間かけてんだよ!」


 まったく黒の民の拘りは謎だ。

 工房の場所を教えてもらい、灰の民の村へ帰る。


「まったくえらいことになったなあ」


「そうだねえ。サイナスさん、灰の村からも野菜少し出してよ」


「無論、そのつもりだけど……ユーラシア、君どこまで計算してるんだ?」


 灰・黒・黄の3村合同焼き肉親睦会のことは、すぐカラーズの他の村にも知れ渡るだろう。

 他の村にとっては青天の霹靂に違いない。

 何しろ仲が悪くて有名だった3村が手を組んだのだから。


「もう灰の民の村の土地が利権がってのは、枝葉の問題だと思うよ。掃討戦後の規定路線としてさらっと流して、あたし達と商売しない? 空き地の開発しない? って話に持ってけば、乗り遅れるわけにはいかないからスムーズに行くでしょ」


「ありがとう、ユーラシアのおかげだ」


 サイナスさんが頭を下げる。


「君が好き好んでタダ働きしてくれるとは」


「あたしも焼き肉楽しみなんだよお。タダ働きゆーな!」


 アハハと笑い合う。


「じゃ、灰の皆はまとめといてね。で、明日の台車を忘れないように」


「ああ」


 サイナスさんを送ってから家へ帰る。


          ◇

 

 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに来た。


「やあユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「ポロックさん、こんにちは。今日もチャーミングだよ」


 アハハと笑いながらギルド内部へ。

 さっき黒の民にもらったドクロペンダントを持って、武器・防具屋さんのところへ行く。


「こういうもの作れる職人がいるんだけど、売れます?」


 武器・防具屋さんが、ためつすがめつそのペンダントを眺める。


「マジックポイント自動回復2%、出力も非常に安定してます。悪くないアイテムですが……まあ引き取り価格1000ゴールドってところですか」


 おお、大体予想通りの価格だ。

 バエちゃんもそうだったけど、見ただけでどんなアイテムかわかるってすごいな。


「これ試作品なんだって。どういうところ改善すれば、高く買ってもらえるかなあ?」


「可能かどうかわかりませんが、魔法職用のアクセサリーは沈黙無効が付いてると価値が跳ね上がりますよ。一般にこの手のアイテムは状態異常無効を期待して、中級以上の冒険者が買われることが多いですから」


 なるほど、ということは?


「仮に基本8状態異常と即死を無効にするアイテムだったら?」


「30000ゴールドで引き取りますね」


 すごい値段キター!


「わかった。ありがとう、そう伝えてくるね」


「あっ、ちょっとお待ちを!」


 武器・防具屋さんが声をかけてくる。


「デザインのことで。非常に凝った細工であることはわかるのですが、こういうゴツゴツした意匠は戦闘の際にケガのもとにもなりかねませんので、平べったく角のない形がよろしいかと」


「そうだよねえ、あたしもドクロはさすがにどうかと思った」


「それからシリーズでいろいろな効果のアイテムをお考えでしたら、それぞれの見分けのつきやすい色・形だといいです」


「うんうん」


「何やってんだ? また面白れえことか?」


 ツンツン頭の男、早耳を自称するダンだ。


「ちょうどよかった、これあげる」


 ダンの首にネックレスをかける。


「プレゼントか? モテ男はつらいな。おお、えらく精巧なドクロじゃねえか。どうしたんだ、これ?」


「もらったんだけどね。外すと死ぬ呪いのペンダント」


 慌て出すダン。


「おいおい、シャレになってねーよ。何とかしてくれ!」


「外さなきゃ大丈夫。夜中にすすり泣くけど」


「ふざけんな、どーすりゃいいんだ!」


「おーげさだなー」


 あたしはペンダントを外してやる。

 ダンが恐々聞く。


「……外して大丈夫なんだろうな?」


「そりゃ大丈夫だよ。死ぬのはあたしじゃないし」


「こらっ! 呪いの呪いの飛んでけっ!」


 あたしと武器・防具屋さんが同時に噴き出す。


「冗談だってば、気にしないで。単なるヒットポイント自動回復マイナス5%のアイテムだから」


「何だよヒットポイント自動回復マイナスって。スリップダメージじゃねえか! なあ、ベルさんよ。笑ってないでさ、これ本当は何なの?」


 武器・防具屋さんってベルって名前なんだ?


「いや、失敬。マジックポイント自動回復2%のペンダントです」


「ウソだ! そんな普通のアイテムがこんな禍々しいデザインのはずがねえ!」


「いやそれムダに禍々しいデザインなだけで、普通のアイテムよ?」


「あんたの言うことは一切信用できねえ!」


 失礼通り越して無礼だな。

 あたしが何をしたって言うんだ。

 こらクララ、たまには反省したほうがいいですよって念波送ってくるな。


「まあ信用しなよ。ほら」


 自分の首にかけて見せびらかす。


「試作品としてもらった、デザイン以外は悪くないアクセサリーなんだけどさ。あたしはヘプタシステマ使いだから、これ装備すると効果が干渉しそうなんだよね。誰かに使ってみてもらいたいんだけど」


 ダンが胡乱なものを見る目でペンダントを睨む。


「俺はパスだ。というかこれ、後衛用だろ?」


「そうだね。アンセリでもいいけど、ドクロは女の子向きじゃないんだよなー。誰かいない?」


「ま、変態紳士だな」


 あ、ピンクマンって後衛なんだ?

 食堂へ行くと1人でポツンと座っている。


「おいカール、ユーラシアがこれくれるってさ」


 そーだ、ピンクマンの名前はカールだった。

 思い出せて良かった……思い出せたわけではないか。

 ピンクマンが食い入るようにペンダントヘッドを見つめる。


 掃討戦でピンクマンの意見はすげー参考になったしな。

 皆の意識を集中させるのにも役立った。

 お礼できるとあたしも嬉しい。


「凄まじいまでのドクロモチーフへの拘りを感じる。これを小生に?」


「呪術師の村でもらったんだ。マジックポイント自動回復2%付きなの。冒険者向けとして売り出したいみたいでさあ、武器・防具屋さんで改善点聞いたから伝えに行かないと」


 ピンクマンがこちらを向く。


「呪術師の村? ひょっとしてカラーズ黒の民の村か?」


「あ、知ってるんだ」


「小生の故郷だ」


 え?


「ええええええええっ?」


「そ、そんなに驚くようなことか?」


「だってあんたピンクだし! あ、とゆーことはホームは黒の民の村にあるの?」


「無論だ」


「フレンドになって。で、黒の民の村連れてって」


「構わんが」


 ダンがウズウズしながら話しかけてくる。

 まああんたの言いたいことはわかってるけど。


「なあ、俺もついていっていいか? 話のタネに呪術師の村を見たいんだ」


「いいぞ。じゃあユーラシア、ギルカを出してくれ」


 フレンド登録を済ませ、ピンクマン、ダンと共に黒の民の村に飛ぶ。


          ◇


「精霊使いとカールじゃないか! 知り合いだったのか?」


「うん、ピンクマンが黒の民だってのはさっき知ったばかりだけど」


「ピンクマンか。かなりイカすニックネームだな」


 黒の民のセンスはわからねえ。


「で、さっきのドクロペンダントだけど、デザインさえ変えればあれ1000ゴールドで引き取ってくれるって。でもね、さらに沈黙無効の効果がついてれば、ずっと高く買ってくれるって言うんだけど。できる?」


 呪術グッズ工房の黒フード達が相談する。


「ちょっと時間がかかるぞ? 1つ納品するのに1週間だ」


「それでいい、まず1つからね。デザインについてだけど……」


 用は終わった。

 人気の少ない村内部を散歩する。


「陰気な村だぜ。ドクロばっかりだ」


「呪術師の村が陽気だったら、それはそれで納得いかないでしょ」


「まあな」


 ダンが首をすくめる。


「ピンクマンはあたしが灰の民だって知ってたの?」


「『精霊使い』の固有能力持ちだから、そうだろうなと推察はしていた」


「何だ? 灰の民ってのは精霊使いが多いのか? カラーズの事情はよく知らねえんだが」


「灰の民は皆、精霊親和性が高いの。精霊使いはあたしだけなんだけど。精霊も何人かいて、共生してるんだよ」


 ピンクマンがどうしても解せぬといった風で、あたしに問う。


「でもどうして灰の民がここで、商売を仲介してるんだ? その辺りの事情がとんと飲み込めんのであるが」


 あたしが黄・黒・灰をまとめようとしてることは聞いてないか。

 ついさっきのことだもんな。


「村同士が険悪なのも面白くないしさあ、何とか仲良くできないかと思って。まずは特に仲悪い黄・黒・灰で合同焼き肉親睦会やるぞーって、今日決めたの」


「親睦会? いつ?」


「明後日の昼。カラーズ緩衝地帯の真ん中の広場で。あんたも来てよ。肉たくさん狩ってくるからさ」


「肉か。俺も行っていいか?」


「いいよ、ピンクマンと一緒においでよ。あ、そうだ、明日手伝ってくれないかな?」


「おう、肉狩りをか?」


 あたしは首を振る。


「それはうちのパーティーでやった方が効率がいい。あたしのホームで狩った獲物の積み替えやって欲しいんだよ。各村から台車を寄越して、運ぶことになってるから」


「おう、わかった。カール、いいよな」


 ピンクマンは大きく息を吐く。


「小生は村の閉塞感が嫌で嫌で、『アトラスの冒険者』になれた時は本当に嬉しかったのだ。外の世界を知り、他所との交流がないことが原因であることを痛感したが、それ以上のことは何もできなくてな」


 どうやらピンクマンは『アトラスの冒険者』になる前、既にそれが何か知っていたみたいだな。

 昔から博識だったんだなあ。


「ユーラシアは全てを飛び越えてゆくのだな。小生にできることは協力しよう」


「うん、ありがとう。明日の朝、ギルドに来てくれる? フレンドであたしのホームに飛ぶから」


「おう」「わかった」


「それからピンクマン、呪術グッズ工房とギルドの武器・防具屋の間を、当面取り持ってよ。将来は緩衝地帯に店出してさ、レイノスにも売り込みたいんだけど、今のところはできることからやらないといけないから」


「うむ、任せてくれ」


 あたしが黒の民の村にあんまり出入りするのはどうかと思ってたところだから、ピンクマンに委ねることができたのはありがたい。

 灰の村だって他所者が出入りすると精霊が動揺するしな。

 各村のセンシティブなところに部外者が無遠慮に踏み込むのはよろしくない、くらいの常識はあたしにだってあるのだ。

 緩衝地帯が交渉・交易の場として機能すればそんな心配も要らないのだが。

 なるたけ早めに実現させたいなー。


「さてと、サフランのとこでも行こうか」


 ピンクマンが不思議そうな顔をする。


「サフラン? 何故?」


「明後日の焼き肉で調味料担当してもらってるの。せっかくだから挨拶していこうよ」


 ダンが聞く。


「サフランって、女の子か?」


「うん、ここの族長の姪でね。この前の掃討戦にも黒の民代表で参加しててさ、それで知り合ったんだ。黒いロングドレス着てた子なんだけど」


「ああ、いたいた。変に目立ってたわ」


 ピンクマンが驚く。


「えっ、あの時サフラン来てたのか? あの子戦闘の心得まるでないだろう?」


「でも最後のデカダンス戦、抜群のタイミングでいい支援魔法くれたよ」


「あっ、あの『マナの帳』か!」


「何でそこまでわかってるのに気付かなかったんだよ。おっかしいだろ!」


「小生、ずっとペペ様を見てたゆえ……」


 変態紳士の名に恥じないサイテーのブレなさ。

 まったくコイツは。


「えーと、サフランは……」


 いるとすると屋敷じゃなくてラボの方だろうか?

 あ、ラボに誰かいるな。


「こんにちはー」


「はーい」


 奥からサフランが出てくる。


「カ、カールさん?」


 ん? んんんんん?

 ややトーンの上がった声、口元を両手で押さえるも隠し切れない顔の赤み。

 これは恋する乙女というやつなのでは?


 ダンに耳打ちする。


「ラブ警報発令中なのでは?」


 ニヤニヤ。


「ラブ刑法に照らし合わせたいな」


 ニヤニヤ。


「ああ、サフラン。君が先の掃討戦に参加していたと聞いた。ケガはなかったか?」


 くうっ! 相手を気遣う思いやり。

 ポイント高いぞ。

 もっともピンクマンは黒眼鏡外せばハンサムだし博識だし、ランク上位の男かもしれない。

 バッドステータス『呪われし者(幼女好き)』が致命的ではあるけど。


「いいえ、ユーラシアさんが助けてくださって……」


「そうだったか。君にはいつも世話になるな」


 いつもって何だ、ペペさんのことか?

 こら、サフランが誤解してんだろーが。

 違うぞ、こっちは何とも思ってないからな?

 サフランその目付きやめろ。


「ピンクマンがここ出身だって知って連れて来てもらってさ。せっかくだからサフランのとこ寄ってこって、誘ったんだ」


 ふう、何とかフォローできたぞ。

 冷や汗かいたわ。


「ピンクマン、素敵な二つ名……」


 黒の民のセンスマジでわからねえ。

 それと二つ名は『変態紳士』だからな?


「お、おい、『ピンクマン』の何が素敵なんだ?」


「知らんがな」


 ダンが不安そうに聞いてくるが、美少女精霊使いにだって理解不能なことはあるわ。

 黒の民の村はミステリーゾーンなんだってばよ。


「調味料の方、よろしくね。ピンクマンも明後日の焼き肉親睦会来るってさ」


 サフランの顔がパッと明るくなる。

 さらにフォロー入れとくか。


「サフランの作った調味料美味しいんだよ。期待していいからね」


「マジか! 楽しみだぜ」


 空気読めよダン。

 欲しいのはあんたの返事じゃねえよ。


「小生も楽しみにしてるぞ」


「……はい」


 ハート目のサフラン。

 うむ、面白いものが見られたから良しとしよう。


「じゃあ帰るね」


「はい」


 サフランのラボを出た。

 ダンとピンクマンに別れを告げ、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 翌日の朝、ギルドでダン、ピンクマンと落ち合い、フレンドであたしのホームに連れて来た。


「この辺りで待ってて。そこの踏み固められて黒っぽくなってるところは、転移の玉で飛んでくるところだから入らないでね。3村の台車が北から来るはず。到着したら待っててもらって。じゃあ行ってくる!」


 転送魔法陣から本の世界へ。

 そーだ、アレを確認せねば。

 現在はエントランスホールの椅子に座っている、この世界のマスターである人形アリスに話しかける。


「ねえ、アリス。ここで戦ってても魔物の数は減らないってうちの子が言うんだけど、それは本当?」


「ええ、本の世界は『永久鉱山』ですから。素材も魔物も失われた資源は補充されるんですのよ」


 ダンテの考えが当たってたな。


「肉狩り放題だなー。ありがとうアリス。行ってくるよ」


「行ってらっしゃい」


 『雑魚は往ね』大車輪の活躍で積み上げたコブタマンとともに、転移の玉で帰宅。

 あんぐり口を開けるダンとピンクマンに指示する。


「これ、各村の台車2台計6台に分けて乗せて。もう一度、今度は洞窟コウモリ狩って来るから、その分の台車1台ずつは残すように」


 ダンとピンクマンが呆れたように言う。


「これで足りないのかよ……山だぞ山」


「コブタマン、そんなに弱い魔物ではないはずだが……」


「強いか弱いかはどうでもいいけど、美味しい肉だよ。そこ重要」


 苦笑する2人。


「ユーラシアの『雑魚は往ね』がデタラメなスキルなのは知ってるが、それにしても簡単過ぎやしねえか?」


「あ、デカダンス戦ですっごいレベル上がってさあ、楽に戦えるようになったんだ」


「なるほど、人形系レア魔物の経験値は高いからな。デカダンスほどの上級人形系ともなればさぞかしであろう」


「あんたらのレベル、今いくつなんだ?」


「全員28になった」


「「28?」」


 ダンとピンクマンが驚いて声を上げる。


「ほう、もうすぐ上級冒険者ではないか。大したものだ」


「ついこの前共同訓練した時、13って言ってたじゃねーか!」


 あたしはふっと笑う。


「少女の成長は早いものよ。移ろう時のように」


「いやそれにしても、レベルアップが早過ぎる気はするな」


「こいつ、ペペさんから経験値倍増スキル買ってたぜ。あっそうだ、確か掘り出し物屋で値切り倒してた、経験値マシマシのパワーカードも装備してたはず!」


「よく知ってるねえ」


「まさかあんた、デカダンス戦で経験値倍増スキル使ってたのか?」


 こっくり、御名答。


「あの激戦でそんな余裕があったのだな」


「数字ほどの経験積んでないことは、もちろんあたしだってわかってるってば。上級冒険者なんて言われるだけでこっ恥ずかしい」


「そうか? 経験値に関して貪欲なだけじゃねえか。必要な感覚だと思うぜ?」


「うーん、パラメーター高い方がやれることは確実に多いからね。レベルアップ万歳だよ」


「そりゃそうだ」「うむ、間違いない」


 2人が頷く。


「ともかく次は洞窟コウモリ狩ってくるから、台車来たら頼むね」


「任せろ」「心得た」


 次は苔洞窟へ行く。

 洞窟コウモリは取り過ぎると減っちゃうから、今日狩ったらしばらく封印とするか。


 『発手群石』のおかげでゴソっと狩れるようになった洞窟コウモリの山とともに帰ってくる。

 お、台車来たか。

 コブタ肉を運ぶ台車は既に進発したようだ。


「おいユーラシア、村の衆がどん引きだったぞ?」


「え、何で?」


「多過ぎるからだろ、普通に考えて」


「あたしは腹一杯肉食わせると宣言した。精霊使いユーラシアは焼く欲を守るのだ!」


「『焼く欲』て! そこは『約束』だろ! 本音が漏れてんぞ!」


「姐さん、お帰りなせェやし」


 黄の民の眼帯男ズシェンだ。


「足りる? 足んなきゃもう少し狩って来るよ!」


「いえいえ、十分でさァ。それより明日までに捌いてェ、肉にできるかわからねェ」


「あはは、頑張って。あ、そうだ。皆聞いて。明日参加者は必ず皿持って来るように徹底しておいてくれる? 焼いた肉を皿に乗せて列から離脱、もっと食べたい人は列の後ろに再び並ぶってことにすれば、回転速くなるから」


「「「わかりました!」」」


 台車を見送る。

 さあ、明日が楽しみだ。


「ところでクエストはいつから再開か聞いてる? 『地図の石板』が来ないと、胸の奥が何だかせつないの」


「センチメンタルな芸風は合ってねえぞ? クエストは、サクラさんが3日後からって言ってたな。正式発表じゃねえが」


「サクラさんって誰だっけ?」


 ダンとピンクマンが顔を見合わせる。


「依頼受付所の」


「ああ、おっぱいさん! サクラさんって言うんだ。名前知らなかったよ」


 ダンが眉をひそめる。


「そんな誰もが思っていながら言えなかった単語を堂々と」


「いや、多分怒らないと思うんだよね。あたし初めてギルドに行った時『おっぱいが大きい利点は何ですか?』って聞いちゃったもん」


「それはさすがに失礼だろう……」


 ピンクマンが呆れる。


「だって質問ありませんかって聞かれたから」


「で、答えは?」


「『食費がかかりません』だってさ」


「「おー」」


 2人が感心する。


「面白い話聞いたわ。男じゃそれ聞けねえもんな。サクラさんたまにおっかねえ時あるし、ギルドの職員に嫌われたら、それこそどんな目に遭うかわからん」


「うむ。あれほど有能な女性を敵にはできん」


「純粋に興味あったんだよ。何詰まってんだろとか、目の前でジャンプしてくれないかなとか」


「発想が壊滅的におっさん……」


「いや、ピンクマンはおっぱいに興味ないだろうけど、あたしはあるんだってばよ」


「自分のおっぱいに対してはどうなんだよ?」


 ゲスっぽい質問にしては真面目な顔のダン。


「んー自分のおっぱいに興味はないかな。大っきくないし」


 ダンとピンクマンがあたしの胸をじっと見つめる。

 いやんばかん。


「小さい方ではない、な」


 幼女オブザーバーのピンクマンが言うならそうなんだろう。


「いや、大きくはないぜ? 背筋伸びてるからあるように見えるんじゃねーか?」


「真剣に検討されると、却って恥ずかしいんだけど」


 ダンがニヤッと笑う。


「ユーラシアがからかわれることなんて今までなかったじゃねーか。たまにはいいだろ」


「からかわれるの好きじゃないから、これ以上続けるならセクハラされたっておっぱいさんにチクる」


 これ以上にない真顔になるダン。


「それはマジでやめてくれ」


 あ、そう言えば……。


「おっぱいさんで思い出したけど、依頼請けてたんだった」


「あんたレベル高いんだから、ちっとは遠慮しろよ」


 あたしはかぶりを振る。


「いや、違うんだって。ぜひ請けてくれって頼まれたんだよ」


「ほう? 向こうから頼まれるのは珍しいな。特殊な内容であったのか?」


「依頼主が精霊だったの」


「「依頼主が精霊?」」


 2人は驚く。


「そんなことがあるのか……ならば確かにユーラシアが適任だな」


「あーわかった。あの案山子か」


「そうそう」


「何? どういうことだ?」


 説明を求めるピンクマン。


「最近依頼受付所の壁に案山子が立てかけてあるんだよ。サクラさんにこれ何なの? って聞いたら精霊だって教えてくれたのさ。まさか依頼主だとは思わなかったが」


「依り代タイプの精霊なのか? どうやってギルドに?」


「『精霊の友』って呼ばれる精霊親和性の高い人にたまたま出会って、ギルドまで連れられて来たみたいなんだ」


 ピンクマンが得心したように頷く。


「なるほど。精霊がわざわざギルドに来てまで出す依頼とはどんなものか、興味あるな。内密でなければ教えて欲しいものだが」


「強草、堅草、賢草、耐草、速草、月草、体力草、魔力草を1株ずつ持って来いって。欲しがる理由までは知らないけど」


 2人が難しい顔をする。


「ステータスアップの薬草をほぼ全種類か。厳しいな。特に月草は困難だ」


「期限アリならムリだろ。持ってないやつ手に入れたら売ってやろうか?」


「いや、期限はないから、ボチボチやろうと思って」


「で、報酬はどうなんだよ?」


 ダンが面白くもなさそうな顔で聞く。


「食った方が得な報酬じゃ割に合わねえだろ。経験値に多少色つけてもらったところで、ユーラシアほど簡単に経験値稼げる冒険者は他にいないんだし。まあ、ペペさんを除けばだが」


「報酬はアッと驚くようなものだって」


「何だそりゃ?」


 ダンが眉を顰める。


「話にならねえな」


「そんなことないよ。あたしすごく楽しみなんだ。精霊がわざわざギルドに来てまで、何をしたかったのかなーってね」


 ピンクマンが苦笑する。


「まあ依頼主が精霊では、精霊使いユーラシアが請けるしかないだろう。後が楽しみであるな」


「強草、賢草、月草、体力草の4つは納めたんだ。今、速草と魔力草持ってるからギルド行ってこようかな」


「もうここには用ないんだろ? ギルド行こうぜ」


「そうだね、転送魔法陣はこっちだよ」


          ◇


「はい、ではギルドカードをお返しいたします。今回、速草と魔力草を納入していただきましたので、残りは堅草及び耐草になります」


「おう、仕事が早いな。待ってるぜ」


「うん、期待してて」


 案山子がいきなり喋ったので、ダンとピンクマンの腰が引けてる。

 それくらいのことでビビるんじゃないよ。


「クエストの再分配は3日後って聞いたけど、合ってるかな?」


「そうですね、先ほど正式発表させていただきました。こちら御覧ください」


 何々、茸舟の月4日から新規クエストを交付いたします、か。

 明日は焼き肉で、明後日が空いちゃったな。


 依頼所を離れ、さてどうしようか?


「これから何か、予定あるのか?」


「パワーカードの工房行こうと思ってる。でも明後日空いちゃったんだよなー」


「明後日? じゃあ俺とカールと共闘訓練しねえか? カールの転送先で。おい、いいよな?」


「小生は構わんが」


「あたしもいいけど、何で?」


 ダンがしたり顔で説明する。


「早い話が、ユーラシアの効率のいい経験値上げに乗っかろうってことよ。拾った素材とドロップアイテムは全部そっちのものでいい。その代わりギルドで飯奢れ。どうだ?」


「あたしは文句ないよ。ピンクマンもそれでいいのかな?」


「うむ、問題ない」


 ダンが破顔する。


「カールにもあの『雑魚は往ね』とかいうひでえ技、間近で見せてやりたかったんだよ。あんたもカールの戦い方見たいだろ?」


「ピンクマンって後衛なんでしょ? 戦闘スタイルは知らないんだけど」


 興味深いって知ってれば、掃討戦の時に見せてもらったのに。


「カールは魔法銃士だぜ」


「魔法銃士?」


 何だそれ?

 聞いたことないな?


「あんたは武器・防具屋の品揃え隅々まで確認したことないだろうけど、魔法銃ってもん売ってるんだ。魔法を弾として込めて撃ち出すってやつな」


「普通に魔法撃つのとどこが違うの?」


 ピンクマンが説明する。


「魔力の圧縮度が高くなる分、若干元の魔法より威力は高くなる。それからこっちの方が重要なのだが、6発まであらかじめ用意しておき連射できる」


「へー、じゃ両手に銃持ったら12発まで連続攻撃できるってこと?」


 ダンとピンクマンが顔を見合わせる。


「理解が早いな。そういうことだ」


「強えだろ?」


「うん、強い。魔法銃はどんな魔法でも撃ち出せるの?」


 ピンクマンが言う。


「銃のグレードによって、どの規模の魔法まで撃ち出せるかが決まっているんだ。小生は2丁の銃を所持しているが、両方とも最もグレードの低い物」


 『ファイアーボール』や『ウインドカッター』クラスの魔法を、12連まで撃ち出せるということか。

 実用的だな。


「ピンクマンはもともと魔法使いで、連射に魅力があって魔法銃士になったということなのかな?」


「いや、こいつ魔法系の固有能力持ってないんだよ。魔法力は高いのに。だからコツコツ金貯めて、魔法買って銃買ってここまで来たんだ」


 なるほど、魔法力の高さを生かすために、そしておそらくボッチでも複数の魔物と戦うためにそういうスタイルを編み出したか。

 ピンクマンって、『アトラスの冒険者』として生き残るために苦労してるんだなあ。


「わかった、明後日楽しみにしてるよ」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 パワーカード工房にやって来た。


「アルアさん、こんにちは!」


「おやおや、いつも元気だね。素材、換金していくかい?」


「うん、お願いしまーす」


 武器・防具屋さんにもらった100ポイントを合わせ、交換ポイントは215。

 レア素材『ささら雲母』を手に入れたことにより、交換できるカードが増えている。


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与


 新しく交換対象になったのは『スコルピオ』。

 攻撃属性はないものの、攻撃力+15%はとにかく強い。

 毒付与もいいな、毒は強敵にも比較的効くというし、スリップダメージを狙える。


「どうする? カードと交換していくかい?」


 『スコルピオ』と『サイドワインダー』付属のスキル『薙ぎ払い』による毒全体攻撃は魅力的ではあるが、うちは今『雑魚は往ね』による一掃が主力だしな。

 それなら強敵戦に強い大技を使える『風月』の方がいいのか?

 いや、方針が決まらないならば……。


「んー、今はやめときます」


「そうかい。またおいで」


 アルアさん家の外で少し戦っていく。

 ここ割とステータスアップの薬草を拾えるんだけど、今日は残念ながら案山子クエストに必要な堅草と耐草を得ることはできなかった。

 あたしとクララ、アトムのレベルが29になる。


「ふむー、ま、今日はこんなもんか。明日に備えて帰ろう」


「「「了解!」」」


          ◇


 ふっふっふっ、今日は焼き肉の日だ。

 楽しみ過ぎて10時間しか寝られなかったよ。


 人間の多い環境は精霊にとってちょいと厳しいので、うちの子を含めた精霊達は灰の民の村に待機してもらう。

 そっちにも肉取り分けるから、楽しんでてね。


「来た! 見た! 食った! 今日は焼き肉親睦会です。この山になった肉を見て下さい! 心ゆくまで堪能しましょう!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおお!」」」」」」」」


 あたしの挨拶の後、焼き肉開始。

 各鉄板の前に長い列ができているが、焼いた肉を自分の皿に移したらすぐに離脱。

 うんうん、うまく回ってるね。

 思ったより野菜焼きも人気あるな。


「ユーラシアさん」


 サフランだ。

 ということは、一緒にいるのはクロードさんか?

 今日はフードを外している黒の民が多い。


「盛況でよかったよ。クロードさん、ここの緩衝地帯に各村から店出してさ、売り買いできるといいねえ」


「そうだな、そんなことは夢だと思っていたが」


「サフランの調味料は売れるよ。呪術グッズはニッチだから数売れるものじゃないけど、冒険者ギルドでは評判悪くない。でも本命は人口の多いレイノスに売り込むことなんだよなあ。誰か、そういうことできる人材に心当たりないかな?」


「ユーラシアさんではムリなんですの?」


「あたし、レイノスはダメなんだよね」


 精霊様騒動のことを打ち明ける。


「だからうちの精霊クララを模した運の上がる呪術グッズを、精霊様ブランドでレイノスで販売したらかなり売れると思うんだよ」


 クロードさんが呟くように言う。


「……ユーラシア君はどうして他の民のために一生懸命になれるんだ?」


 あたしは首を振る。


「自分のためだよ。自分の力の足りないところは手を貸してもらうんだ。もし精霊様グッズが当たったら、モデル料アイデア料として儲けの10%をあたしに回してよ」


「ハハハ、無論だ」


「さて、あたしは精霊達を労ってこないとな。あ、クロードさん、サフラン、もし他色の民や旅人が来たら、その人達にも肉食べさせてあげて」


「うむ」「はい」


 会場の盛況を確認したところで、調味料を持って灰の民の村に戻る。

 うちの子達を含めた精霊15名ほどが、ちょうど肉を焼き始めたところだった。


「これ黒の民が用意してくれた調味料だよ。肉にも野菜にも合うと思うから、つけて食べてね」


「「「「「「はい!」」」」」」


 良かった良かった。

 精霊達も楽しんでくれているようだ。

 ん? クララどうしたの?


「ユー様、差し出がましいとは思うのですが、アレクさんがまだ図書室に」


「えっ、アレク来てないの?」


 驚くと同時に、いかにもアレクらしいとも思うのだ。

 本の虫で変人でキノコ頭、理屈っぽくて我が道を行っちゃう子。

 まあでも、今日はさすがに放っておくわけにもいくまい。

 図書室に足を運ぶ。


「おーい、アレク!」


「何だよ、図書室では静かにしてくれないかな」


 頭を上げ、しかめっ面を見せるアレク。


「御機嫌いかが?」


「たった今悪くなったよ」


「肉、食べよ?」


「肉食女子が!」


「どうしたの、アレクらしくもない。ワードにキレがないよ?」


 アレクは俯く。


「……ユー姉がこの3村合同焼き肉親睦会を企画したと聞いたよ」


「企画したって言うと違うけど、結果的に仲良くしようぜってことになったんだ」


「カラーズの部族制をぶっ潰そうとしているのかい?」


 アレクが怒りをむき出しにする。

 そうか、そこに反発しているのか。

 アレクは偏屈なようで、誰よりも精霊のことを考えている。

 灰の民の村がオープンになることで、精霊達の行き場がなくなることを危惧しているのだろう。


「アレクにも優しいところが微粒子レベルで存在するよね」


「答えになってない」


「ムリだと思ってる」


 アレクが伏せ気味の顔を上げる。


「あたしだってカラーズを完全に開放できるなんて思ってないよ。そんなの精霊達が可哀そうでしょ」


「わかってるなら何故……」


 アレクを制して続ける。


「黒の民もそうだと思うんだけどさ、踏み越えちゃいけないラインがあるんだよ。文化とか習俗とかで。だからカラーズ緩衝地帯を交易場にすることを考えてるんだ」


「緩衝地帯を使って、か」


「それからこれはサイナスさんの考えで、カラーズ族長達の共通認識になると思うけど、緩衝地帯からこの村の南に道を通して東の広大な空き地に交通させようとしているんだ。そうすれば精霊達の居場所は守れる。そうでしょ?」


「……」


 何事か考えているようだ。

 アレクならそういう未来予想図は理解できるだろう。


「あんたにもわかるでしょうに。このままじゃカラーズはジリ貧だってことに。じっちゃんは西域を開発する方向性を見出したけど、残ったあたし達はこっちを盛り上げなきゃいけない。それには部族間の壁は邪魔なんだよ」


「……うん、それはそうだ」


「大体あたしが精霊のこと考えてないわけないだろーが。美少女精霊使いユーラシアさんだぞ?」


「よくわかった」


 アレクは晴れやかな顔になる。


「ユー姉にも知性が微粒子レベルで存在するってことが」


「尊敬したろー?」


「尊敬してるよー?」


 よかった。

 アレクにキレが戻ってきた。


「じゃ、肉食べよう! サッパリしてフルーティーな洞窟コウモリと、しっかり脂乗ったコブタマンの肉。絶品だから!」


「わかった、食べる。そう腕を引っ張らないでおくれよ。……マジでやめてちぎれる!」


 精霊達と食事を済ませ、アレクを連れて緩衝地帯の広場へ行く。


「肉も美味しいけど、タレもすごく良かったよ」


「そうでしょ? あれ黒の民のサフランって子が作ってるんだ。あたし冒険者になって世界が広がってさ、才能って本当にあちこちに転がってるもんだってことがわかったよ」


 少し行くと広場を覗いてる不審な男がいる。

 もう焼き肉のピークはとっくに過ぎてる時間のはずだが?


「……赤の民だね。様子を伺ってるみたい」


 アレクが囁くが、あたしは構わず声をかける。


「やあ、君赤の民だろう? レイカって三つ編みの子知ってるかな? あたしこの前の掃討戦でさ、あの子に助けてもらったんだ」


 ビクっとする男にどんどん近づく。


「あ、あんた、精霊使いユーラシアか?」


「そうだよ。あたし有名人?」


 アレクが呆気にとられているが、コミュニケーションってこういうもんだぞ?


「あれは何をしてるんだ?」


「黄・黒・灰の民の村合同で、タダ肉食おうぜパーティーやってるの。互いの親睦を兼ねてね」


 男は驚く。


「互いの親睦? 合同でって、そんなのあり得ないだろ! 黄・黒・灰といったら犬猿の仲じゃないか!」


「やー、もうそんなの古いんだよ。仲良くした方が楽しいじゃないか。赤の民も仲間になってくれると嬉しいな」


 見たことのない生物を見るような顔であたしを見る男。

 アレクもほぼ同じ顔をしてるのは何故だ?


「君もおいでよ。飛び入り歓迎なんだ。美味しいお肉食べていきなよ。たっくさんあるから」


「え? いやオレは……」


「いいからいいから。遠慮するなよ」


 赤の男の手首を捕まえ引っ張っていく。

 逃げようとしたって無駄だぞ。

 あたしのレベルいくつだと思ってるんだ?


「おーい、赤の民のゲストだよ! 肉食べさせてあげて!」


「姐さん、了解いたしやしたァ!」


 眼帯の大男の大声に縮こまる赤の男。

 ゴソっと盛られた焼き肉に目を丸くする。


「たくさんあるんだ。どんどん食べてよ。美味しいよ?」


 赤の男は恐る恐る一口食べ、そして全部をかき込んだ。


「何たる美味さだ!」


「でしょ? この調味料黒の民が作ってるんだけど、売り出すには容器が必要なんだよ。安く作れないかなあ? 赤の民の意見が聞きたいんだ」


 赤の男はちょっと首をかしげる。


「……要するに容器としてガラスか陶器を考えてるってことだな? 調味料ならばガラスが良さそうだ。専門外だが、まとまった数ならかなり安く作ることが可能だと思う」


「本当! やったぜ!」


「うちのカグツチ族長のところへ話を持って来てくれるといい。族長もこういうのには前向きで、商売やりたい人なんだ。あつらえ向きの職人を紹介すると思うぜ」


「そーかー、赤の民の族長もこういうの乗り気かー」


 いい情報を得られた。

 思ったより各色の民の融和は簡単なんじゃないだろうか?

 あたしが喜んでいると、後ろから声をかけられる。


「ユーラシア、楽しんでいるか?」


「フェイさん! この子うちの前の族長の孫のアレク。あたしの弟分なの。フェイさんは黄の民の族長代理なんだよ」


 フェイさんとアレクに互いを紹介する。


「ほう、デス殿の。よろしく」


「よ、よろしく」


 フェイさんとアレクが握手をする。

 ハハッ、フェイさんのデカさにビビってるな?

 アレクもサイナスさんの次の族長だろうし、知っといてもらって損はない。


「やー、皆に喜んでもらってよかったよ。フェイさんも協力ありがとう!」


「礼を言わねばならんのはこちらの方だ。こうも容易に部族間の垣根が払えるとは思ってもみなかった」


 フェイさんが感慨深げに目を細める。


「黄の民では家具は売らないの?」


 あたしは思い付きを口にする。


「何、どういうことだ?」


「この前思ったんだけど、黄の民の家具はどこよりも大きく、頑丈そうで立派なんだよ。あれは商売になるんじゃないかなあ」


「ほう?」


 フェイさんが食いついてくる。


「大きい家具が売れないのは需要がないからじゃなくて、運べないことと、入口から家の中に入れられないことが原因だと思う。黄の民の大男が運ぶサービスするなら運べないデメリットはないし、パーツごとに分割しておいて家の中で組み立てることができれば、入れられないデメリットもなくなるよ。カラーズの民は質素だから売れないだろうけど、レイノスでは売れると思うんだよなー。考えておいてよ」


「うむ、重要なヒントをくれたことに感謝する」


 フェイさんも喜んでくれた。

 さっきの赤の民の男も馴染んだようだし、よかったよかった。


「ユー姉、灰の民の売り物として考えてるものはないの?」


 ほう、アレクもそういう考え方になってきたか。


「アレクはどう思う?」


「野菜とその加工品、石けんくらいかなあ」


「そーか加工品か。野菜は新鮮な方が美味しいって先入観があったから、その考えはなかったかな。保存できるものは売る量調節できるし、いいかもしれないねえ。あっ、けちゃっぷ!」


「けちゃっぷ?」


 アレクが聞き返す。


「トマトを潰して煮て水分飛ばして塩とか入れたやつ。さっきまよねえずって白いタレあったでしょ? あれと同じ異国の調味料でさ。保存効くから来年作ってみようかって思ってたんだ。そーか、村で作ってもらえばあたしがやらなくてもいいな」


「味の想像はできるから、来年村で試してみるよ」


「アレク頼りになるう」


「よせよ照れるぜ。で、他の案としては」


「サイナスさんは学校やりたいって言ってたな」


「学校? つまり知識を売りにするってこと?」


 あたしは頷く。


「うん、単なる知識だけじゃなくて技能も教えられたらいいって言ってた」


「広い意味での知恵の継承か。さすがサイナスさんだなあ」


 アレクが感心している。


「あたしが考えてるのはゲームだな」


「ゲーム?」


 不審者を見る目付きすんな。

 あたしは天候に左右される農産物じゃなくて、違う方向性で何かできないかって考えてるだけだ。


「双六にルール加えて複雑にしたようなの。見習い冒険者でスタートしてさあ、冒険続けてるうちに強くなって、イビルドラゴン倒した人が勝ちみたいな」


「何それ、面白そう。冒険者のアイデアっぽい」


「でしょでしょ? でもこーゆーの考えるのは、どう考えてもあたし向きじゃないんだなあ。ちらっ」


「『ちらっ』をセリフに混ぜないでよ。わかった、ボクが考えておくよ」


「アレク頼りになるう」


「よせよ照れるぜ」


 さて、サフランはと。

 あ、いたいた。ダン、ピンクマンと一緒か。


「よおユーラシア。ん、何だそいつ?」


 ダンが無遠慮に聞いてくる。


「あたしの弟分だよ。灰の民のアレク。よろしくね」


 アレクがぺこりと頭を下げる。


「ほお、姉貴分と違って賢そうな顔してるじゃねえか」


「姉貴分と同じでの間違いだろ。訂正を要求する」


「ユー姉、この人いい目してる」


「節穴だぞ?」


 アハハと笑いが出たところでアレクに紹介する。


「こちらが黒の民族長の姪サフラン。今日の調味料作りを仕切ってたのが彼女だよ」


「とても美味しかったです」


「ありがとう。よろしくお願いしますね」


「こちらがやはり黒の民で『アトラスの冒険者』の、ピンクマンことカール。二丁魔法銃の使い手なんだって。戦闘はあたしもまだ見たことないけど」


「よろしくお願いします」


「よろしく」


「で、最後に節穴のダン」


「涙ちょちょ切れそうになる扱いだな」


「えーと、ダンさんも冒険者ですよね? オチ担当ということで?」


「いいわけあるか!」


 アレクが驚く。


「ユー姉、ダンさんツッコミがビックリするほどシャープだね!」


「間が絶妙でしょ? どうしてどうして油断できない男だよ。あたしもギルドでオチ担当認定してる」


「オチで輝く俺」


 再びアハハと笑いが起こる。


「ねえサフラン。さっきこっちの様子窺ってる赤の民がいてさ、捕まえてお肉食べさせたんだけど、聞いたら売り物調味料用の容器、数まとまれば安く作れるかもって言ってたよ」


「そうなの? 本当に売れるようになるかも!」


「本当に売るんだってばよ。赤の民の村は早めに訪れて、入れ物検討した方がいいぞ?」


 ダンがニヤニヤしながら言う。


「俺にはその場面が想像できるぜ。おいアレク、どうせその赤の民って、腕ねじり上げて連行したんだろ?」


「ほぼほぼ正解です」


「こら、内幕をバラすな」


 笑いが起きる。

 今日何度目かな? 

 和やかなパーティーはいいもんだ。


 さて、集まった皆さんにも十分満足していただけたようだ。

 嬉しいなあ、そろそろ終わりかな。

 おや、フェイさん、クロードさん、サイナスさんが話し込んでいる。


「やあ、ユーラシア。早い時期にここで交易を行うことに関して、黄・黒・灰の民の間では合意が得られたよ」


「うむ、しかし早急に他色の民の了解を得ないとな」


「精霊使いのおかげだ。主役として今日の締めの挨拶も頼むぞ」


 もうあたし満足したんだけど。

 仕方なく皆の前に立つ。


「今日は皆来てくれてありがとう! 残った肉は各村で分けてね。最後にもう一度火の確認をしてください。それから……」


 一呼吸置く。


「今日は最高に楽しかった! また皆でイベントやろうぜ!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおお!」」」」」」」」


          ◇


「ユー姉にアジテーターの素質があることはよーくわかった」


「そうだね、稀有な素質だね」


 アレクとサイナスさんが、口々に何やら理解しづらいことを言う。

 褒められてるんだか貶されてるんだかわからないからコメントしづらい。

 素直に褒められない病でも発症してるんだろうか?


「美少女精霊使いとしては、可愛いとか美しいって言われた方が嬉しいんだけど。格好いいでもいい」


「ユー姉は今日の焼き肉親睦会について、何か言うことないの?」


「食べ過ぎてお腹が苦しい」


 サイナスさんが笑う。


「この上なくユーラシアらしいね」


「ともかくあたしは明日から冒険者に戻るよ。各色の民が今後どんだけ仲良くなるか、その進捗知りたいからまた時々来るよ。様子聞かせてね」


「うん、今日の親睦会の成功でバタバタと物事が動くはずだ。ユーラシアはよくやってくれたよ」


「そーだ、あたしはよくやった! ところで最初の1歩はどうなりそう? 緩衝地帯に店出す感じ?」


「そうだね。最初は各部族の得意な産物を、安価で融通し合う形になると思う。


「楽しみだなあ。あたしにボーナス出る?」


「出ない」


 アハハと笑い声を響かせながら灰の村に到着。

 今日は楽しかったなあ。

 うちの子達を連れ、転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日は朝からギルドへ来た。


「おはよう、ユーラシアさん。いつもチャーミングだね」


「おはよう、ポロックさん。ダンとピンクマンもう来てるかな?」


 ポロックさんが『ん?』という顔をする。


「ピンクマン? ああ、カールさんのことかい?」


「来てるぜ」


 ツンツン頭の軽薄そうな冒険者、ダンだ。

 あたしはため息を吐く。


「あんたはあたしに対して『チャーミング』って言わないよねえ」


「美少女精霊使いともあろう者が、そんな当たり前の言葉が欲しいのか?」


 おおう? セリフが男前だぞ?


「まあ顔の造作は好みがあるだろうが、あんたの生きがよくて印象的なことに関しては否定しようがねえよ。カールは中だぜ」


 どうなってんだ?

 ダンのクセに正直じゃないか。

 ポロックさんもヒューと口笛を鳴らす。


 ギルド内部へ。

 ピンクマンと合流し、そのホームにフレンド転移する。

 今日は共同で経験値稼ぎと素材・アイテムの採取を行う予定なのだ。


「あたしの『雑魚は往ね』は溜め技だからさ、厄介な状態異常攻撃を持ってない魔物のところがいいな」


「小生の持つ転送魔法陣の内、最も魔物の強いところでいいか? 毒と沈黙を食う可能性はあるのだが」


 1ターンで倒すなら毒のスリップダメージは無視できる。

 『雑魚は往ね』は魔法じゃないので、沈黙の影響は受けない。


「オーケー、そこ行こう」


          ◇


「ここは? 人工物だね。遺跡かな」


「崩れてきそうな感じじゃねえな。明かりも必要なさそうだ」


「先住亜人の古代遺跡であるな。石畳が壊れていてつっかかるところがあるので、足元は注意してくれ。アンデッドが多く、総じて火属性には弱い。比較的物理攻撃力は強めだが、魔法攻撃をしてくる魔物はいない」


 転送先でピンクマンが丁寧に説明してくれる。

 こういうところできる男だな。

 見通しの利く広いダンジョンだから不意打ち食らうおそれもないだろうし、戦いやすそうだ。


「じゃあ最初の1回はピンクマンの戦いぶりを見せてくれる? 2回目以降はあたしの作業で片付けるから」


「作業?」


 ピンクマンが意を計りかねたような顔をするが、ダンがニヤニヤしながらその肩をポンポン叩く。


「作業だよ、作業」


 お、早速魔物のお出ましだ。

 ではレッツファイッ!


 ダンテが実りある経験を発動! ピンクマンがファイアーボール弾を連射! ゾンビ、マミー2体ずつを倒した。瞬殺! 鮮やか!


「すごいすごい! ビックリしたよ! ピンクマン強いんだ!」


「な? 一見の価値ある戦闘スタイルだろ?」


 どーしてダンが得意そうなんだ。


「よーくわかった。でも消費マジックポイントが多くなっちゃうね。あとはうちのパーティーに任せて!」


「作業だ作業」


 次の戦闘の後、ピンクマンが呆然と呟く。


「これが作業か」


 ダンテの実りある経験。

 アトムとダンで攻撃を受け、クララの些細な癒し。

 とどめにあたしの雑魚は往ね。

 ピンクマンの出番がない。


「これ、ほとんどマジックポイント使ってないんだろ?」


「うん」


 厳密には『実りある経験』は少しマジックポイントを必要とする。

 しかしダンテの装備している『プチエンジェル』はマジックポイント自動回復付きなので、実質ゼロコストになるのだ。


「合理的というか効率がいいというか……」


「さあ、経験値と素材をもっと稼ごう!」


「作業だ作業」


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 午前中ずっと共闘し、ピンクマンとダンのレベルがそれぞれ上がったようだ。


「わ、悪いな、何も手伝えなくて」


「アンとセリカもパワーレベリングの時、そう言ってたな」


 ピンクマンが恐縮するけど、ダンは悪びれる様子もない。

 そんなん全然構わないんだぞ?

 損するわけじゃないし、『雑魚は往ね』の溜め技という性質上、戦闘に参加するメンバー多い方が事故の確率減るし。

 

「それより素材とアイテム全部もらっちゃって、本当にいいの?」


「ああ、最初の取り決めだからな」


「昼飯奢れよ?」


「もちろん。あっ、冒険者の醍醐味が出た!」


 踊る人形3匹組が現れた!

 しかもなんと全部倒せたのだ!

 さすがに『実りある経験』を使う余裕はないのだが、黄珠3個と墨珠1個をゲット。


「踊る人形3体は初めて見たぜ」


「あたしもそうだ。それにここ、かなり素材多めのダンジョンだよね。なかなかいいなあ」


「エーテル濃度が高いようだ。小生があまり奥の方まで探索に来ていないということもあるのだろうが」


 エーテル濃度が高いと素材多いんだ?

 ピンクマンは物知りだなあ。

 そーいや『永久鉱山』も同じ理屈なのか。

 数もそうだけど、今まで自分とこのクエスト先じゃ手に入らなかった素材も拾えたから嬉しいな。


 うん、今日は一言で言えば充実していた。

 共闘は刺激があって楽しい。

 たしかなまんぞく。


 ダンが言う。


「あの『雑魚は往ね』、とんでもない技だろ?」


「あの威力でノーコストというのは驚く。射程も長いから、弱点らしい弱点が本当に溜め技であるという一点しかない」


「いや、その弱点が大きいんだって。最初使い物にならなかったもん」


「今使えるならいいじゃねえか。あんたんとこには頑丈な精霊がいるからな」


 ダンがアトムをチラッとみると、アトムがニヤッとした。

 『雑魚は往ね』を使うには、魔物の攻撃を引き付けてくれる盾役アトムの存在が不可欠なのだ。


「ピンクマンは強いけど、あの戦い方はレベル上げには向かないよねえ」


「そうだな。ただ小生はクエスト進めることを目的にしていないから良いのだ」


「ああ、その辺はあたしと同じだ」


「そうなのか? ユーラシアは大喜びでクエストこなしてるイメージあったけどな。飯が1番、クエスト2番、3時のおやつに魔物狩りって感じだぜ」


 ダンのイメージの中のあたしってどんなだ。


「この子達との生活の方がうんと大事かな。クエストは楽しいし目先の目標にはなるけど、どーしてもってわけじゃないんだよね。でも転送先で知らない人と会ったり、知らなかったことを知ったりするとワクワクする。それに強くなるとやれることが増えるから、レベルはなるべく上げたい」


 ピンクマンが言う。


「今日のでよくわかった。君達ほど効率的にレベル上げしてる冒険者はいないだろう。ペペ様は別だが」


「あたしも魔境に飛べるようになったら、ペペさんのレベル上げ真似たいなあ」


「ペペさんから買った最強魔法をただ撃ち込むってやつか? ドラゴンが絶滅すんぞ? 素材手に入らなくなるからマジで止めろ」


          ◇


 ダン、ピンクマンとギルドで待ち合わせる。

 買い取り屋で換金を済ませた後、食堂に行ったら、ソル君パーティーがいた。


「おーソル君達、帰ってたんだ」


「「「ユーラシアさん!」」」


 ソル君アンセリの声がハモる。

 ソル君パーティーは、アンセリの故郷であるカトマスの村を訪れていたはずだ。


「つい今しがた、帰ってきたんですよ」


「カトマスって賑やかな村なんでしょ? 楽しかった?」


「勉強になりました」


 ソル君疲れてるような気もするが、アンセリがツヤツヤしてるから差し引きプラスだろ。


「おいユーラシア、もう注文しとくぞ?」


「あっ、あたしらの分も。同じのでいいから」


 ダンとピンクマンが茹で小麦粉麺のチーズ掛けを人数分と、大皿の蒸し肉とサラダの盛り合わせを注文する。

 そういえば、チーズってどこから入るんだろうな?

 カラーズだと白の民が作ってるって話だけど。


「クエストの再開は明日からのようですね」


「うん、楽しみ。久しぶりで腕が鳴るよ。レベル上がってるから、かなり強い魔物相手でも戦えると思うんだよね」


「ユーラシアさんは休みの間何してたんだ?」


 アンが聞いてくる。

 何って言われても新しい石板クエストがないし、冒険者っぽいことはほとんどしてないな。


「……お肉ばっかり食べてた気がする」


「何ですか、それ?」


 単なる事実なんだよなあ。

 アンセリは笑うが、ソル君は何かを察したようだ。

 ダンとピンクマンは苦笑している。


「カトマスって、どういうところなの?」


「とにかく人の出入りが多くて、騒々しい村ですよ」


「特に村の正門付近は、商人や旅人、冒険者なんかでいつもごった返しているんだ」


 セリカとアンが口々に言う。

 カトマスは西域への入り口にあり、自由開拓民集落群の生産物と、逆に西域に足りないレイノスからの物資が集まる村。

 人口の割に経済規模が大きいのだそうだ。


「西域も縁がないから、どんなところかよく知らないんだよね」


「西への街道は、ところどころに魔物除けが埋め込まれているので、巷に言われているほど頻繁に魔物が出るわけではないんだ」


「ただ盗賊が……」


「盗賊?」


 何と自由開拓民集落とは名ばかりの追い剥ぎ村も存在するらしい。


「食べていくのは大変だし、物は高く金はない。背に腹は代えられないから旅人を襲う。わからんではないんだが」


「もちろん真面目に運営している集落の方がずっと多いです。そういうところが十把一絡げの悪評で迷惑をこうむるのは可哀そうです」


「なるほどなあ」


 そう考えると、自給自足できているカラーズ各村は大したものなのだな。

 それより西方に移住したメンバーは息災だろうか?


「あたしの出身の村の人と精霊が、街道の果てに移住したんだよ。アンセリの話聞くと心配だなあ」


「それは『塔の村』のことですか?」


 ソル君が口を挟んだ。


「そうそう、塔のあるところだって言ってた」


「冒険者を募集してるって話が、カトマスでも聞こえましたよ。初心者大歓迎って」


「マジで? じゃあまずまず順調なんだな。良かった」


 もう冒険者を募ってるのか。

 初心者大歓迎ってのはいいな。

 参入のハードルが低い。


「村が冒険者募集ってのはどういうことですかね?」


 ソル君が掃討戦祝勝会の時に聞いて知ってるはずなのに聞いてくる。

 ダンとピンクマンに聞かせるためだろうな。

 そういう配慮のできる子だ。


「その塔がエーテルの集中してるところにあって、取っても取っても素材が湧くんだって。で、その素材を冒険者に採取させて買い取る、集めた素材を加工するなりレイノスに売るなりするみたいだよ」


「へえ、うまい仕組みですね」


「買い取りレートは知らないけど、回れば冒険者も潤うね」


 ピンクマンがボソッと呟く。


「西の塔は『永久鉱山』なのか……」


「ピンクマン知ってるんだ?」


 どこで仕入れる知識か知らんけど。


「エーテルの条件が適切ならば理論上そういうものがあり得る、ということは。実際に存在するとは知らなかったが」


「あるんだよ。ちなみに一昨日あたしがコブタマン狩ってたダンジョンも『永久鉱山』なんだ。だからコブタマンの肉なら、狩り尽くす心配なしに食べられるの」


「どーしても結論が食い意地になるのな」


 ダンの言葉に皆が笑う。


「明日クエストが来るのかー。久しぶりだから嬉しいよ」


「ユーラシアさんのところへは、どんな感じで『地図の石板』が届くんですか?」


 あっ、皆のところにどうやって来るのかは興味あるな。


「うちの南に海岸があるんだけど、そこに流れついたのが最初。ソル君のところは?」


「飼い犬がくわえて来ますよ」


「へー、犬がいるんだ。ピンクマンは?」


「飛んでくる、んだと思う」


「へ?」


「気がつくと地面に刺さっているのだ。どうやってるのかわからんが」


 そういわれれば、海岸に流れ着くのも犬がくわえて来るのも、どうやってるか謎だよなあ。

 『アトラスの冒険者』恐るべし。


「いろんなパターンがあるんだなあ。とにかく明日からまた頑張りましょ」


「「「「おう!」」」」


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 翌日畑仕事を終えた後、アルアさん家の外で、経験値稼ぎを兼ねて素材とアイテムの採取に励んでいる。

 もっともあたし達くらいになると、ここで経験値稼ぎというのも全然レベルに見合っていないんだが、何もしてないのも腕が鈍る気がするし。

 経験値5割増しのパワーカード『ポンコツトーイ』と経験値倍増スキル『実りある経験』があるので何とか。


 今日には新しい『地図の石板』が来るはず。

 ただ干潮が日の出前と夕方なんだよね。

 石板を回収するだけなら干潮に拘ることないのかもしれないけど、せっかくだから素材とかも拾いたいのだ。

 一応海岸に行くのは夕方にした。

 出鼻くじかれる感じになったが、そんなとこ焦っても仕方ないからな。

 案山子クエストのステータスアップ薬草集めを優先したのだ。


 なお、この間にダンテのレベルが29となった。


「ユー様、堅草です!」


「やたっ、ツイてるなあ!」


 ラッキーなことに、3時間ほどで耐草と堅草を相次いで手に入れた。

 これで依頼に必要なステータスアップ薬草は全て揃ったぞ。

 狙って採取できるものじゃないだけに、達成感ハンパない。


「姐御、どうしやす? 素材換金、カード交換を先にしやすか?」


「いや、案山子クエストの完了と、新しい『地図の石板』の転送先確認を優先しよう」


 それによって必要なパワーカード変わっちゃうかもしれないしな。

 転移の玉を起動し、一旦ホームに戻る。


「あんた達は時間になったら、御飯の用意と海岸での石板・素材の回収お願い。ギルドへはあたしが行ってくる。ひょっとしてギルドで『地図の石板』配布ってことになってたら少し遅くなるかもしれないけど、御飯はうちで食べるから」


「「「了解!」」」


 転送魔法陣からギルドに飛び、依頼受付所へ。

 おっぱいさんにギルドカードと堅草・耐草を提出した。


「はい、確認いたしました。クエスト完了になります。こちらお持ちください」


 報酬の『アッと驚くようなもの』がここで出るのか?

 楽しみだなあ、ワクワク。


「……えーとこれは?」


 例の精霊の依り代である案山子だが?


「報酬の案山子です」


「処分費ってかかります?」


「こらこらこらこらっ!」


 案山子が文句を言ってくる。

 あんたは文句言いたいだろうけど、あたしだって言いたいわ。

 乙女のワクワクを返せ。


「オイラをいきなり処分しようとするな!」


「うん、確かに『アッと驚くような』報酬だった。あたしの負けだ。じゃあね」


「こらこらこらこらっ、必ず役に立つからお前さんの家に連れてけ!」


「置いていかれても困るので、持って帰っていただけませんか?」


 おっぱいさんに頼まれれば仕方ない。

 持って帰るか。


「あの、案山子さんが依頼していた薬草一揃いはどうすれば?」


「あっ、使うからお前さん持ってきてくれ」


「だってさ」


 ステータスアップの薬草を受け取った。

 『食べる』じゃなくて、『使う』ってどういうことだろうな?


「『地図の石板』はもうホームの方に来てますかね?」


「はい、そのはずです」


 とゆーことは海岸だったか。


 武器・防具屋さんにパワーカード『誰も寝てはならぬ』が入荷していたので購入した。

 またビンボーになっちゃったよ。

 案山子クエストも現金収入にならなかったしなー。

 要らないアイテムを売却して帰宅する。


 ……オリジナルスキル屋ペペさんが寝てた。

 新しいスキルを開発済みなんだろうけど、今おゼゼがないんだよ。


          ◇


「ただいまっ!」


「ボス、ストーンボードがあったね」


「おーありがとう」


 あたしが触るとズズズウンンンと地響きがする。

 これ、家にいるとこんなに揺れるんだ?

 怖っ。


「行先だけは確認しておこうか」


 転送魔法陣の並ぶ東の区画へ急ぐ。

 8つ目となる、新しい魔法陣の中央に立つ。

 魔法陣の赤い輝きが強くなり、フイィィーンという高い音を発し始める。

 同時に頭の中に事務的な声が響く。


『悪魔をめぐる戦いに転送いたします。よろしいですか?』


「よろしくないです」


 ひっじょーにヤバいのキター!

 転送魔法陣から出て相談する。


「あ、悪魔ときたぜ? どうする?」


「悪魔と言っても、その強さはピンキリです」


「デンジャラスなやつもいるね。高位魔族のパワーはほとんどソコナシね」


「ちょっと落ち着こうか。まず案山子を何とかしよう」


 家に戻り、案山子の精霊と話をする。


「オイラは涅土の精霊カカシ。よろしくな」


 おお、そのまんまの名前だ。

 素晴らしい。


「あたしは精霊使いユーラシア。うちの子達はこちらから順に眩草の精霊クララ、剛石の精霊アトム、散光の精霊ダンテだよ。よろしく」


「オイラは植物のよく育つ土作りが得意だ。土に干渉して耕したりも、土の中の水分や栄養分を適度に操作して植物に分配したりもできる」


「それは助かるなあ。だけど……」


 そういう能力なら、うちみたいなさして広くもない敷地で家庭菜園やってるだけのところよりも、灰の民の村へ連れて行って規模の大きい農業を手伝ってもらった方が本領を発揮できるのでは? という思いが頭をかすめる。


 カカシは言葉を続ける。


「そしてオイラはステータスアップの薬草を育てることができる」


「本当ですか!」


 クララが驚く。

 ステータスアップ薬草の生育条件は不明とされており、おそらくはエーテル条件が非常に厳しいため、通常栽培するのは不可能なのだそうだ。

 カカシすげーな。


「持ってきてもらった強草、堅草、賢草、耐草、速草、月草、体力草、魔力草の8種については完全に把握したぜ。残るは……」


「凄草だね」


 幻の超レア薬草である凄草。

 食べると全てのステータス値がアップするという、振り切ったロマンさゆえ、あたしも名前だけは薬草図鑑で見知っている。

 しかしながら、もちろん実物は見たことがない。


「そうだ。凄草を持って来てくれれば、オイラは必ずその生育条件を解明し、育て増やしてみせる!」


「おお、やるじゃないか!」


 熱いやつは嫌いじゃないぜ!


「で、あんたをどうしとけばいいのかな?」


「畑に立てておいてくれ。そしてクエストのお題だった8種のステータスアップ薬草群を植えておいてくれればいい。ちなみにオイラは、地面と接してさえいればエネルギーを摂取できる」


 え? 何ですと?


「今地面と接してないじゃん。というか、ずっとギルドの屋内にいたよね? エネルギーどうしてんの?」


「実はやせ我慢している」


「アホかーっ!」


 急いでカカシを外の畑に埋める。


「ああ、五臓六腑に染みわたるぜ」


「「五臓六腑があんのかよ!」」


 おお、アトムとハモったのは初めてかな。


「アトムとダンテは手伝って、ステータスアップ薬草植えちゃうよ。クララは御飯の用意よろしく」


「「「了解!」」」


 薬草を植えながらカカシに言う。


「近くに精霊の多く住む村があるんだ。そこは人間も『精霊の友』ばかりだし、あんたの得意分野を考えると、ここにいるよりいいかもしれないよ。望むなら連れてってあげてもいいけど、どうする?」


「ハハハ、オイラは勇敢な者が好きなんだ。でなきゃ扱いの面倒なステータスアップの薬草なんか、育てようとしやしないよ」


 そうか、涅土の精霊カカシとはそういう趣味の子か。


「よくわかったよ。今後ともよろしくね」


「おう!」


          ◇


 夕食後、新しい転送先『悪魔をめぐる戦い』について、うちの子達と話し合う。


「ヤバくない?」


「ヤバいですね」


「ヤベーぜ」


「ヤバいね」


 具体的な対策がないのだ。

 低級の悪魔だったらともかく、もし高位魔族が相手ならば、それこそ聖属性を扱える職種か聖なるアイテムを所持しているか、あるいはペペさんみたいな超高レベルじゃないと対抗できない。


「掃討戦だって、高位魔族が敵になるとどうにもなんないから秘密の作戦だったんじゃん」


「まさかこのクエストが高位魔族相手ということではないと思うんですが」


 まあクララの言うことが妥当な考え方か。


「ところで案山子クエスト完了したから、かなり経験値入ったんだ。クララとアトムはレベル上がってない?」


「上がってます」「上がってやす」


 あたしとクララとアトムはレベル30になった。

 クララはパーティーメンバーごと浮かせて移動できる風魔法『フライ』を、アトムは味方全体の激昂・混乱・睡眠をコストなしで解除できるバトルスキル『ハウリングボイス』を覚えた。

 ともに有用ではあるが、高位魔族をどうにかできるものじゃない。


「こりゃ考えても仕方ないね。ギルドが無茶なクエストを振ったんじゃないと信じて、行ってみるしかない」


 皆が一様に頷く。


「そうだ。さっき武器・防具屋さんに『誰も寝てはならぬ』が入荷してたから、買ってきたよ。配るね」


 『寒桜』は氷耐性、魔法力上昇、麻痺無効の、どちらかと言うと後衛職向きのカードだ。

 既に上限の7枚カードを装備していたアトムにとって、『寒桜』より最大ヒットポイントと防御力の上がる『誰も寝てはならぬ』の方がメリットあるので、余った『寒桜』をダンテに回す。


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『誰も寝てはならぬ』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』『寒桜』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『癒し穂』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『シールド』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『寒桜』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』


 ダンテが『寒桜』2枚の変則ではあるが、ついに全員のパワーカード7枚枠が埋まった。

 レベルが30になったこともあり、いよいよ上級冒険者に手が届いた感じがする。


 ペペさんにもらったバトルスキルのスクロール『勇者の旋律』は、最初に考えた通りクララに覚えさせた。

 ちなみにこの『勇者の旋律』、『魔法スキル大全』に載っていないんだそうな。

 ペペさんがレアスキルと言うだけのことはある。


「よーし、これで明日、悪魔クエストに挑戦してみようか」


「「「了解!」」」


 それにしても悪魔かー。

 どんなやつか密かに楽しみではある。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ふーん? こりゃまたすごく変わったところに出たね」


 翌日、あたし達は新しい転送先『悪魔をめぐる戦い』に来た。

 交換ポイントに余裕があり、またピンクマンの転送先で得た未交換の素材もあるので、アルアさんのところへ先に行く手もあるにはあった。

 しかしパワーカード交換をしたからといって、悪魔に対して何か対策が打てるわけでもない、というのがパーティー共通の意見だったのだ。


 一般に悪魔に対しては聖属性が有効とされる。

 しかし聖属性と闇属性は、人間が扱うことに非常な困難があるそうな。

 アルアさんのところでもらったパワーカードの交換リストの中にも、未だ交換対象とならないカードも含めて聖属性に関するものがない。

 それならまず行ってみよ? 後のことは後で考えればいいじゃん、というのがパーティー共通の意見だった(うそ)。


「ユー様、何でしょうかね、これ?」


 掌サイズの辺だけ青く光る真四角の箱のようなものが、無数に並んで宙に浮いているのだ。

 何だろうな、これ。

 青四角のない部分が道として歩けるようになっている。

 空間全体としては光がないので、この青四角がなければ暗くて見えないかもしれないな。


「なかなか好奇心を刺激するオブジェクトではあるね。いくつか持って帰ろうか?」


「アラームかも知れないね」


「それもそうか。素材も薬草もアイテムもないしなあ。ガッカリだ」


「姐御はブレやせんね」


「おまけに肉もいないよ。どうなってんの? サービス精神足りなくない?」


 笑い声が出ない。

 こらアトム、ムードメーカーのあんたが委縮してどうする。

 どーも悪魔と聞いてから、うちの子達が遠慮しちゃってる気がするな。

 精神生命体として精霊より悪魔の方が格上なのかしらん?


「そういえばさ、悪魔と精霊って何が違うの?」


「大体同じでさあ」


「大体同じね」


「どっかであったな、このやりとり。マンネリをエンターテインメントにまで昇華させるのは大変だよ。精進するように」


「へえ」「イエス、ボス」


 圧倒的に足りてない情報量を補うのはクララの役目。

 これがうちのパーティーのお約束。


「ユー様、成り立ちは精霊でも幽霊でもそれ以外でもいいのですが、生命力や精力、感情を吸収して自らの力に変えられるようになった存在が悪魔です。低位の悪魔はその転換が中途半端だったり、あるいは高位の悪魔が生み出した者だったりします。一方で人間の信仰心を自らの力に変えられるのが神、悪魔と対立軸にある存在です。通常、悪魔は闇属性、神は聖属性を得意とし、この闇と聖の属性もまた互いに対立属性になります」


 ふーん、でも感情と信仰心って似てるな?

 神様と悪魔は反対の存在ではあるけど、共通点も多いのかも。


「ありがとう、クララ。さすがうちのパーティーの知性だね」


「えへへー」


 クララのフニャっとした笑顔は癒されるなあ。


 しかしとりあえず青四角のないところ、道みたいになってるし進むしかないようだ。

 間隔からして、他は狭くて通れないっぽいもんな。


「あたしが先頭で行く。アトムは最後尾で後ろに警戒して。クララとダンテは間に挟まって、大丈夫だと思うけど一応両サイド見ててね」


「「「了解!」」」


「ダンテ、魔力でおかしいところある?」


 『魔力操作』の固有能力持ちのアトムは魔力に対して敏感だが、ダンテも同様だ。

 特にダンテは、空間とか大きな魔力の気配や雰囲気といったものを得意としている。

 何か感じ取れることがあるか?


「スペース自体はインディペンデントで安定してるワールドね。ちょうどレディーのチュートリアルルームに似てるね」


「バエちゃんとこに似てる?」


 ほう、実に興味深い。

 バエちゃんとこも周囲から独立した空間なのか。


「スペースから魔力のウェーブは感じないね。バット、道を真っ直ぐ行った先にストロングなパワーがあるね」


「そいつが悪魔かな。会ってみないと始まんないみたいだね。さあ、行こうか!」


 青四角の間をどんどん前へ進む。

 魔物も素材も本当に何もない。

 つまらんなーいきなりボス戦なのかなあ。

 今までこんな転送先はなかったから、ボスドロップがよっぽどいい物じゃないと割に合わないんだけど。


「誰ぬ!」


 正面から鋭い声が飛ぶ。

 それに対するあたし達の反応も一致した。


「「「「ぬ?」」」」


 突き当りにそいつはいた。

 想像していたイメージよりも、かなり小さな身体つきだ。

 黒と赤を基調とした礼服みたいな恰好をしてるところは悪魔っぽいな。

 カールした艶のある白髪と犬耳が、とてもチャーミングだ(ポロックさん風)。


「わっちは今、機嫌が悪いぬ! 返答次第じゃ、ただではおかんぬ!」


 語尾といい一人称といい、ものすごくキャラが立ってる。

 素晴らしい。


「なかなかやるね」


「ボス、アレはかなりハイクラスの魔族ね。アテンションプリーズ」


 ダンテが注意を促すが、もーそういうのどうでもよくなったな。

 そこの悪魔よ、不機嫌な顔を見せてもムダだ。

 あたしの中のセンサーが敏感に感じ取っている。


 ……お前さては、飛び切り可愛い幼女だな?


「あたしは精霊使いの冒険者ユーラシアだよ。よろしくね。ここは変わったところだねえ」


 のんびりした物言いに幼女悪魔は虚を突かれたようだ。


「冒険者? ノーマル人と……精霊かぬ? 珍しい組み合わせだぬ」


「あなたは誰かな? ここはどこ?」


「何だぬ、迷い込んで来たのかぬ? 珍しいこともあるものだぬ。わっちの名はヴィル、見ての通り高位魔族だぬ。ここはわっちの本拠地みたいなものだぬ」


 家ってことかな?

 悪魔にもそういうものがあるんだな。


「う~ん、迷ったわけじゃないんだけどね。実は……」


 『地図の石板』と転送魔法陣、転送先にあるはずのクエストという、『アトラスの冒険者』のシステムについて、かいつまんで説明する。


「……ということ。何かしら問題のあるところに、転送魔法陣が繋がることになってるんだ。心当たりない?」


 悪魔ヴィルが嘆息する。


「それが『アトラスの冒険者』かぬ……。わっちも困ってるというか、長い間1人で悩んでいて、解決できないことがあるぬ。聞いてくれるかぬ?」


「もちろんいいよ。それがお仕事だからね。でもその前にぎゅっとさせなさい」


「へ?」


 悪魔ヴィルを引き寄せ、ぎゅっとハグする。


「ふおおおおおおおおお?」


 変な声出すなよ。

 クララとは正反対の、生意気オーラ全開のキュートさが悪魔ヴィルにはあるのだ。

 うんうん、ごちそうさま。

 満足満足。


「……すっごく気持ち良かったぬ……」


「よしよし、あんたも可愛いぞ」


 ヴィルの頭を撫でてやる。

 何だ、すごくいい子じゃないか。

 全然ビビる必要ないぞ?


「で、何を悩んでるんだって?」


「あ、そうだったぬ」


 ヴィルがしゃんとした姿勢になる。


「わっちら魔族が、どうやって活動に必要なエネルギーを得ているか、知ってるかぬ?」


 クララが答える。


「動物の生命力や感情を糧にする、と聞いたことがあります」


 ヴィルが大きく頷くと、犬耳がふるっと揺れる。


「そう、特にわっちのような高位魔族は、知的生命体の感情を……わっちらは『負力』と呼んでるぬ……が質のいい御飯なんだぬ。数から言えば、やっぱり人間の感情がメインになるぬ」


 ふむふむ、当然だ。

 人間、特にノーマル人の数は多いもんな。


「普通は恐怖・怒り・嫉妬・絶望・諦め・劣等感などの、良くない感情が好まれるぬ。だから悪魔は人間を脅したり誘惑したり取り引きを持ちかけたり、時には戦争を起こさせたりするんだぬ」


「戦争は迷惑だなあ。そういう考えならあたし達とも争いになるよ」


 幼女悪魔ヴィルの言っていることはわかる。

 食べるために他の動物を狩るのは仕方のないことだからだ。

 でも狩られる方だって黙っているわけじゃないぞ?


 しかしヴィルは、嫌々をするように大きく手を振った。


「誤解して欲しくないぬ! わっちにとっては、喜びとか達成感とかの好感情の方が御馳走なんだぬ。だから人間と争うつもりはないぬ。仲良くしたいんだぬ……」


 ふーん、ヴィルは悪食の悪魔ということか。

 そりゃ世の中そういうのもいるかもしれないな。

 好感情好きならあたし達とケンカする必要は全くない。

 しかし、悪魔としては異端なんじゃないか?


「じゃあ仲良くすればいいじゃねーか」


 アトムの言葉に対し、ヴィルは悲しげに首を振る。


「そう、うまくはいかんのだぬ。悪魔が人間に信用されるのは、ものすごく難しいぬ」


「そりゃそーか……」


「今の話がトゥルーであるプルーフもないね」


 ダンテの一言にヴィルが怒る。


「バカにするなぬ! 悪魔は契約にはうるさいんだぬ。ウソなんかつかないぬ!」


 筋は通っているな。

 好感情好きの悪魔が仮にいたとして、仲良くしたいと言われたとする。

 誰がそんな存在を信用するだろうか?


 たとえヴィルが例外的な高位魔族であったとしても、それを証明することは甚だ困難だ。

 大体世間一般の悪魔に対するイメージが悪すぎる。


 クララがそっと囁く。


「ユー様、悪魔が約を違えようとしないのは本当です。曖昧に話したり、誤解させる表現を使ったりすることはありますが」


 ふむ、そういうことなら。

 あたしもこのウルトラキュートな幼女悪魔がウソついてる気は全然しないしな。


「あんた、あたし達の仲間になる気はない?」


「ど、どういうことだぬ?」


 ヴィルが驚き戸惑う。

 そういう表情も可愛いぞ。


「あんたは人間と仲良くしたいんでしょ? それにさっき気持ち良かったのは、あたしの感情に触れたからでしょ? じゃあずっとあたしの傍にいればいいじゃない」


「い、いいのかぬ?」


「もちろん。強い仲間は歓迎だよ?」


「悪魔ヴィル、喜んで仲間になるぬ。御主人、よろしくぬ!」


 ヴィルは悪魔とはいえ、どう見てもいい子だ。

 面白いキャラが仲間になって、あたしとしては大変満足。

 うちの子達も一様にホッとしている。


 今回も無事にクエストが完了したと思っていたのだ。

 この時までは。


「じゃあ一度、あたし達のホームに戻るよ。そこで今後の方針について相談しようか」


 転移の玉を起動し帰宅する、はずだったのだが……。


          ◇


「ユー様、ユー様! 大丈夫ですか?」


 な、何事?

 頭ズキズキする……。


「あたたた……。あれ、建物の中? ここどこ?」


「わかりません。どこかの倉庫のようですが」


 クララも不安そうだ。

 ホームに飛んだはずなのに見覚えのないところ、これはいわゆる……。


「転移事故かな?」


「そのようですね。4人までという、転移の玉のキャパシティ制限に引っかかったのだと思います」


「あっ、そうだった! じゃあヴィルどうしよう?」


「考えなければいけませんね。それより今は、皆と合流するのを優先しましょう」


 そーか、精霊が1人勘定なら悪魔も当然そうなんだな。

 迂闊だった。

 しかし、ここはクララの正論に従うべし。


 倉庫らしき小屋の出入り口から外を見渡すと、アトムとダンテがいた。

 あ、外は微妙に雨降ってるな。


「姐御! ここでしたかい」


「クララもいるよ。こっちは大丈夫。そっちは?」


「ミーもノープロブレムね。あの悪魔ヴィルがいないね」


 アトムが腕組みをする。


「呼んでも返事がないんで。向こうにでっかい聖堂らしき建物があるんでやすが、そちらかもしれやせん」


「悪魔が聖堂に? それってマズくない?」


 何事か考えていたクララが口を開く。


「ユー様、この雨変です。わずかに聖属性を帯びています。これを嫌って建物の中に飛び込んだのかも」


 高位聖職者には悪魔を押さえ込む力を持っている者もいる。

 ヴィルが危ない!


「速やかにその建物と周辺を探索、ヴィルを見つけよう」


「ボス、聖堂との通路の途中にゲートがあってロックされてるね。デストロイする?」


 ドーラ大陸内で大きな聖堂を建てられるほどの宗教勢力といえば聖火教だろう。

 この前の掃討戦では友好関係だったし、なるべく騒動は起こしたくないなあ。


「迂回して聖堂側に出られるところがあれば、そっちから行く」


「魔物がいやすぜ」


「望むところ!」


 ユーラシア隊出撃。

 ユーラシア隊って響きはいいな、ユーラシア組よりは。

 先ほどダンテが言ってた門が見える。


「結構立派な門だね。やっぱり壊すのは最終手段とする。北の森を探索して、西の聖堂側へ抜けられるところを探すよ」


「「「了解!」」」


 魔物だ。

 掃討戦で見たのと同じやつもいるな。

 してみるとここは、アルハーン平原の一部だろうか?


「雑魚は往ねっ!」


 魔物を蹴散らし、素材とアイテムも回収していく。

 いや、急いでるよ?

 でも回収は冒険者の義務で権利でエチケットだもん。


「姐御、ここ通れやす!」


 木の陰の柵の隙間から聖堂の敷地内へ。

 さすがにここには魔物がいない。


「こっちの敷地内は聖属性濃いです!」


 そうクララが指摘する。

 どうやら雨じゃなくて、屋根から薄めた聖水を噴霧してるっぽいな。

 おそらくは魔物避け、やはりヴィルはこの聖水に驚いて聖堂の中に入ってしまった可能性が高い。


「入口どっちだ?」


 ぐるっと回って南側に入口発見。

 『聖火教アルハーン本部礼拝堂』の看板がある。

 やはり聖火教か。


「乗り込むよっ!」


 ドアを開け内部へ。

 品のいい絵が飾られ、あちこちに火が焚かれている。


「こんにちはー」


「あら、お客様でしょうか?」


 修道女らしき女性が声をかけてくる。

 あたし達が信者には見えないんだろうな。

 精霊連れだし、そりゃそうか。


「うん、ここに悪魔が来なかった?」


「よく御存知で。あっ、あの悪魔の被害に遭った方ですか? 奥の間で大祭司ユーティ様が尋問しています」


 あたしは首を振る。


「そうじゃなくて、あの子あたし達の仲間なんだ。転移するときのトラブルでここに飛ばされちゃって……。悪気があったわけじゃないんだよ、ごめんね」


 修道女が信じ難いものを見るような目をする。


「悪魔の……仲間?」


「奥の間だね?」


 あたし達は奥へ通ろうとする。


「お待ちください! 何を?」


「もちろん悪魔ヴィルを返してもらうんだよ。大祭司さんと交渉してね」


「なりません! 聖火教には聖火教の秩序があるのです!」


「あたし達も、むざむざ仲間を見殺しにできないんだよ。そこどいてくれる?」


「皆さん集まって! 招かれざる侵入者です!」


 すぐに人が駆け寄って来る。

 聖騎士2名、ハイプリースト1名、修道女4名か。

 聖騎士とハイプリーストはなかなかの実力者だな。


 ハイプリーストが1歩進み出て怒鳴る。

 掃討戦の時とは違う人だ。


「お前、精霊使いユーラシアだな!」


「そうだよ。おー、あたしも有名人になったなあ」


「何の用だ!」


「今、そこの修道女さんにも説明したんだけど、うちの悪魔の子がここに捕まっちゃったみたいなの。無断で侵入したことは謝るから、返してくれない?」


「そ、そんなことができるかっ、悪魔の眷属めが!」


「眷属じゃないってば。あたしが主人」


「世迷い事を! 誤魔化されんぞ!」


 困ったなー、何ひとつウソなんかついてないのに。

 聞く耳持ってくれないじゃん。


「あんたらじゃ話になんないから、大祭司さんに会わせてくれない?」


「通りたいなら我々を倒してから行け!」


 あ、それは勇者の物語か何かで聞いたことのあるやつ。

 ザコがほざくセリフだな?

 でも実際に言われてみると敵対の意思なんたけど。


「あたし達は平和的に交渉したいんだけど、あんたらがそれを許さないと?」


「そういうことだっ! 交渉の余地を認めない!」


「困ったなー。倒してから行けって言われると、必然的に戦闘になっちゃうんだけど、そゆことわかってる?」


「もちろん承知の上だっ!」


「そりゃハイプリーストのあんたは『ヒール』くらい使えるんだろうけど、ケガすると痛いからやめとけば?」


「バカにするなっ!」


「雑魚は往ねっ!」


 開戦直後に修道女4名を倒す。

 驚愕する聖騎士とハイプリースト。

 いや、これだけ時間があれば溜め技も出るよ?


「卑怯なっ!」


「はいはい、卑怯ですよー。寝言は寝てどうぞ」


 しかし『雑魚は往ね』で倒せないとなると、聖騎士とハイプリーストはかなりのレベルと思われる。

 ならば定石通り……。


「ハイプリーストから集中攻撃!」


「「「了解!」」」


 ダンテのアダマスフリーズ! アトムのマジックボム! 回復役であろうハイプリーストを倒して残りは2人だ! クララが攻撃魔法をキャンセルして出の早い勇者の旋律に切り替え! よーしナイス判断! 出遅れた聖騎士2名の攻撃をアトムが受ける。……案外バカにできない攻撃力だな。クララやダンテに攻撃を集められると危険だ。


「アトム、『アースウォール』!」


「了解!」


 ダンテのアダマスフリーズ! あたしのハヤブサ斬り・改! しめた、片方クリティカルで大ダメージだ! アトムのアースウォール! 聖騎士の攻撃をあたしが受けるが、アースウォールの効果で大して痛くない。クララのリカバー! 聖騎士の何だか強めのスキルをアトムが受ける。聖騎士は強いけど、1人はもうフラフラだ。


「ダンテ、1人を確実に倒して!」


「了解!」


 ダンテのエレキング! 聖騎士を倒して残りは1人。あたしのハヤブサ斬り・改! アトムの透明拘束! 攻撃力と魔法力を下げた。もう怖くない。聖騎士の攻撃をあたしが受けるが、どうってことない。クララの些細な癒しで全体回復!


「よーし、大技だけ注意!」


「「「了解!」」」


 ダンテの実りある経験! やるなダンテ、ここでがめつく経験値稼ぎにいくとは。あたしのハヤブサ斬り・改! アトムのマジックボム! オーケー、倒した!


 あたし達を捕縛するためのものだったであろう、ハイプリーストが持っていたロープで倒れている7名を縛り、ついでに魔法封じに猿ぐつわを噛ませておく。

 その上で7名全員をクララの魔法で蘇生する。


「ごめんね、じゃあ通るよ」


 ハイプリーストが何かギャアギャア言ってるけど、言葉になってないから諦めろよ。

 念のため先ほど外で採取した魔法の葉数枚を回復役クララに取らせ、マジックポイントを回復させておく。

 さあ、奥の間へ!


 3人の女性と、聖火の結界で身動きできなくされているヴィルがいる。

 2人は修道女だろう。

 真ん中の立派な法衣を身につけている目元の涼やかな中年女性、あれが大祭司ユーティに違いない。


「こんにちはー」


「誰です!」


 真ん中の女性が伸びやかな鋭い声を発する。


「あたしは精霊使いユーラシア、冒険者だよ。あなたが大祭司のユーティさん? 勝手に入ったのは悪かったけど、そこの悪魔返してもらえないかな」


「いかにも私が聖火教大祭司のユーティですが、返すとはどういうことです? あなた達の仇という意味ですか?」


 あたしは首を振る。


「仲間なんだ、悪魔ヴィルは」


 ユーティさんが目を見開く。


「精霊連れの冒険者が売り出し中、とは聞いていますが……あなたのことですか。悪魔を従えてるとは知りませんでした」


「ちょっと成り行きでね。その子人の喜びとか満足とかの感情が好きで、そんなに悪い子じゃないの。聖火教が悪魔嫌いなのは知ってるし、聖堂に無断で入ったのも聖騎士とプリーストやっつけちゃったのも悪かったけど、許してもらえないかな?」


 大変虫のいい話だとは思うがどうだろう?


「ええ? 彼らは中級冒険者ボパーティーに倒されるようなレベルじゃないはずなんですけど。これは驚いた……」


 ユーティさんは少し考えていたが、やがて結界を解いてヴィルを解放してくれた。

 ヴィルが飛びついてきたので頭を撫でてやる。


「御主人、助かったぬ。ありがとうぬ!」


「助けてくれたのは大祭司さんだよ。謝っときなさい」


 ヴィルはぺこりと頭を下げる。


「ごめんなさいぬ。雨が痛くて、つい中に入ってしまったぬ」


「……今回は特別に水に流します。しかし我々にも教団の教えがあります。悪魔の立ち入りはこれっきりにしてくださいよ」


「わかった、借り作っちゃったね。何かあたし達にできることある?」


 初めて大祭司ユーティさんは笑みを浮かべる。


「借り、と思っていただけますか。あ、そうだ、ユーラシアさんは『アトラスの冒険者』ですよね?」


「うん、そうだけど」


「あれを持ってきて、ユーラシアさんに渡してください」


 ユーティさんが指示し、修道女が奥の物入れらしきところから引っ張り出してきたものをあたしに手渡す。

 どーしてこんなもんが突然出てくる?


「『地図の石板』じゃない!」


「遥か遠く、カル帝国本土の山岳地帯に繋がる転送魔法陣が設置される『地図の石板』です。かの地には貧しい聖火教徒が多いのですが、彼らと接触し、現在の状況を教えていただけないでしょうか?」


「そういうことなら任せてよ」


 あたし達だって転送魔法陣が増え、行けるところが多くなるのは嬉しい。

 断る理由がないのだ。

 ユーティさんは安堵した様子で言う。


「良かった、私どもの信徒には『アトラスの冒険者』がおらず、この石板を利用できないのです。向こうの人々が警戒して寄って来ない、あるいは攻撃されそうになるとかなら、様子探ってくるだけで構いませんので」


「あれ、向こうってヤバめなの?」


 ユーティさんは悲しそうな顔をする。


「帝国本土で聖火教は禁止こそされておりませんでしたが、元々迫害の2歩手前くらいの状況ではありました。現在のことは全くわからないんです。帝国が渡航を許可制にしてから行き交う船も減って、交流も途絶えてしまいましたから」


「そうなんだ……とにかく行ってくるね」


「よろしくお願いいたします」


 ユーティさんの仲介で聖騎士以下7名に謝ってから礼拝堂を去る。

 ハイプリーストが月夜ばかりだと思うなよなんて捨てゼリフ吐きやがるから、あの顔よーく覚えときなさい、個室トイレに入ったら脅かしてやりなとヴィルに指示したら黙った。


 礼拝堂の外に出て、うちの子達と相談する。


「ごめんねヴィル。あたしの持ってる転移の玉、4人までしか同時に飛べなくて、転移事故起こしたみたいなの。どうにかなんない?」


「そういうことだったぬか。じゃあこれ持っててくださいぬ」


 赤いペンダント?

 薄いプレート状になっている。


「何、これ?」


「御主人がこれを持っていてくれれば、わっちはいつでも御主人の温もりを得ることができるぬ。そして御主人はこれに話しかければヴィルと連絡が取れるし、ヴィルはその場所にワープすることができるぬ。それから戦闘中にわっちを必要とする場合は、『召喚:ヴィル』を唱えて欲しいぬ。マジックポイントは消費するするぬが、ヴィルは何をおいても戦闘態勢で駆けつけるぬ」


「なるほど、わかった。この赤プレートは、ヴィルと連絡を取る手段ってことだね。精霊使いユーラシアは『召喚:ヴィル』を覚えた!」


「何だぬ?」


「ん? ちょっと言ってみたかったの」


 よーし、これでようやくこのクエストは完了だな。

 結構大変だった気がする。


「あたし達はホームに帰るよ。向こう着いたらさっきの赤プレートで呼ぶから来てね」


「わかったぬ!」


 あたしは転移の玉を起動した。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


          ◇


 ふう、なかなか盛りだくさんな一日だったぞ。

 落ち着いたところでヴィルを呼び寄せ、その処遇を決めることにする。


「ヴィルはどうする? この家に住む? それとも自分の住処の方が都合がいい?」


「ヴィルは御主人が赤プレート持っててくれれば、いつでも御飯食べてるのと同じぬ。場所はどこでもいいぬよ?」


 ふーん、そういうもんなのか。

 どこでもいいならば……。


「よし、じゃあヴィルには偵察と情報収集を任せる」


「はいだぬ!」


「レイノスとカトマスはわかるね? それからずっと西の方に塔があって、そこに村を作ってるところがあるの。その3ヶ所の様子を観察しておいて欲しいかな」


「西の塔? あの『永久鉱山』の塔かぬ?」


「そうそう! でもあまり近づかないでね。そこのハゲ爺は転移術のかなりの使い手だよ。あんたも魔力の通用しない空間とかに飛ばされたりしたら困るでしょ?」


 ヴィルがげんなりする。


「それは勘弁だぬ……」


「普通の人間は悪魔よりうんと弱いけど、舐めちゃダメだよ。たまにとんでもない人いるからね」


「はいだぬ!」


「それからもう1人……」


 今後のためにも、パラキアスさんの動向はいつも把握しておきたい。

 何たってドーラの台風の目だからな。


「『黒き先導者』パラキアスって人がいるの。浅黒い肌でいかにも強者のオーラ漂ってるから、あんたならすぐわかると思う。ドーラの最重要人物の1人で、この人中心に世界が動く気がするんだ。情報集めといてくれる?」


「わかったぬ!」


「で、この人の傍には絶対に近づかないこと。本当に危ないから。どの辺にいて何をしてるか、遠くから動向探るだけでいいよ」


「り、了解だぬ!」


「よーし行っといで。くれぐれも無理しないようにね」


「はい、行ってきますぬ!」


 ヴィルを送り出した後、クララに御飯の用意を任せて、チュートリアルルームへ報告に行く。


「今日石板クエストクリアしたんだけどさ、面白いことになったよ。悪魔仲間にしたんだ。明日お肉持って遊びにくるから、その時紹介するね」


「え、悪魔? デビルっぽいやつ? デーモンっぽいやつ?」


 おーおー何だそれ?

 違いがわかんねえ。

 バエちゃんも混乱してるようだ。


「大丈夫だよ、いい子だから」


「そ、そお? まあユーちゃんが言うなら」


「楽しみにしてて」


 ふむ、明日はいろいろ確認することあるな。


          ◇


「ねえカカシー、本当にあたし達畑手伝わなくていいの?」


 次の日の朝、日課の畑仕事の予定だったのだが。


「今は必要ないからいいんだぜ。でももう少しでサツマイモの収穫だから、そん時は頼むよ。あとそうだな、秋冬の内に腐葉土は作っておくつもりでいてくれ。とりあえず畑の隅に落ち葉集めて積んでおいてもらえればいい。オイラが勝手に土に混ぜ込むから」


「おお、やるなあ。わかったよ」


「言っちゃあなんだが、オイラはやる精霊だぜ」


 精霊カカシがいると畑仕事の手間が格段に減る。

 本当にうちにいるのがもったいないくらいの農業チート能力だ。

 何か悪いなあ。


「薬草達の根がついたぜ。もう安心だ。あとはオイラが育てておく」


「うん、任せた」


「5日後には株分けできるぜ」


「増えるってことだね?」


「そういうこった。どんどん増やして毎日食べられるようにするのが、当面の目標だな」


「おお、そりゃすごいね」


 ステータスアップ薬草を栽培して毎日食べ、パーティー強化しよう、なんてことやってるのは多分うちだけだろうなあ。

 強くなれる理由を知った。

 草を食べて進め!


「それでだ、オイラはお前さんのことを何と呼べばいい?」


 改まった様子で何を言い出すのかと思えば、どういうことだ?

 変な質問だな、好きなように呼べばいいのに。

 まあ、せっかくだから……。


「じゃあ『美少女』って呼んで」


「数年後に『美女』になった時困るだろ」


「それもそうか」


 こら、そこの精霊達よ。

 笑う時は声を出せ。

 ゾワっとするから含み笑いすんな。


「普通に『ユーラシア』って呼んでもらえばいいんだけど?」


「精霊使い様を呼び捨ては気持ち悪いんだよ。ユーちゃんでいいかい?」


 そういうもんなのか。

 バエちゃんと同じ呼び方だな。


「ん、わかった。よろしくカカシ」


「よろしくな、ユーちゃん」


 よしよし、畑は万全、憂いなしだな。

 次いで転送魔法陣を確認に行く。

 魔法陣が増えてることは昨日見たから知ってるけど、まずは古い方からだ。


 アトムが不審げに問いかけてくる。


「姐御、その魔法陣は昨日、ヴィルのところへ行った時のやつですぜ?」


「うん、知ってる。ちょっと気になるから調べておくんだ」


 魔法陣に立つとフイィィーンという音が出、頭の中に事務的な声が響く。


『聖火教アルハーン本部礼拝堂に転送いたします。よろしいですか?』


「やっぱそーか」


「え? 転送先が変わってる?」


 クララが驚く。


「ねえ転送魔法陣さん、これ礼拝堂の中に転送されるの?」


『外の入り口の前やや東側で、他の訪問者から邪魔にならない位置です』


「ありがとう、転送はやめとく」


 音と光が静まる。


「どういうことでやすかい?」


「もうヴィルのいたあの不思議な空間には用がないでしょ? でも礼拝堂には報告行かなくちゃだから、ひょっとしてと思ったんだ」


 魔法陣の設置や維持にも、少なからず費用はかかるはず。

 それならば、使わなくなった転送魔法陣の行く先を変更した方が便利であり、合理的なのではないか、という推測だったのだが。


「ヒュー、ボス冴えてるね」


「もっと大々的に褒めていいんだよ。これ他の魔法陣も転送先変わることあるかもしれないからさ、気がついたら暇なときにでもチェックしといてよ」


「「「了解!」」」


 さて、ユーティ大祭司にもらった新しい『地図の石板』の方も確認しておこうかな。

 9つ目の転送魔法陣の上に立つと頭の中に響く、あの事務的な声。


『カル帝国・山の集落に転送いたします。よろしいですか?』


「聖火教徒の集落だって聞いてるけど、間違いないかな?」


『はい、間違いないです』


「転送魔法陣さんの推定で、適性レベルはどれくらいになりそう?」


『15~20くらいですね。ヒントはここまでです』


「ありがとう、転送は今はいいや」


 音と光が静まる。

 ふむ、特に問題なさそうだな。


「ユー様、今のは単なる転送先の確認にしては、随分緊張感があったような気がしますが」


「さすがクララ。よく気付いたね」


「えへへー」


「ワッツ?」


「どんな場所が転送先になってるか、こっちから見えるわけじゃないからね。一応警戒はするよ。どうやらユーティさんの言ってたことは本当のようだけど」


「疑ってやしたんで?」


「そりゃヤバい可能性だってあるでしょ。自分らではあたし達に勝てないから、メチャクチャハードな場所へ転送させといて、悪魔ともども葬ろうとするとか」


 静まるうちの子達。

 いいんだよ、こういうのはあたしの役割だから。

 イレギュラーな手に入れ方をした『地図の石板』は要注意なのだ。


「今日はこれからどうしますか?」


「バエちゃんとこに持ってく肉が必要だから、まずコブタ狩りに行こう。クララに捌いてもらってる間に、あたしはアトムとアルアさんとこへ行ってくるよ。ダンテは海岸チェックしてくれる? ユーティさんからもらったのと別に、正規の『地図の石板』が来るのかもしれないから。それから炒めると美味しそうな野草摘んどいてね。新しい転送先行ってみるのは明日だな」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「はいよ。アンタはいつも元気だね。分けて欲しいもんだよ」


 美少女精霊使いの元気は高値で売れるだろうか?

 それはともかくパワーカード工房へやって来た。


 ピンクマン、ダンとの共闘で今までにない素材を拾ったのだ。

 交換できるカードが増えているはずだ、楽しみだな。

 換金しとかないと懐が心もとないって理由もあるんだが。

 交換ポイントは287となる。


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効


 新しく交換対象になったのは『ホワイトベーシック』と『雷切』。


 『ホワイトベーシック』は非常にパフォーマンスのいいカード。

 冒険者に不可欠な白魔法2種が使用可能ときたもんだ。

 うちのパーティーにはクララがいるから必要性は低いけど、早い時期に交換可能だったらダンテ用にもらってたかも。

 この辺は自分のクエスト先でどんな素材を拾えるかの巡り合わせがあるから、文句言ったってしょうがないのだが。


 『雷切』の雷耐性と即死無効もまた有効な場面がありそう。


 昨日のクエストのボーナス経験値で、あたしとクララとアトムのレベルが31、ダンテが30になっている。

 クララが戦闘中のみコストなしで使える全体回復バトルスキル『乙女の祈り』を覚えた。

 これ魔法とバトルスキルの違いはあっても『些細な癒し』と効果が被るんだよね。

 だからダンテの装備している2枚の『寒桜』の1枚を現在クララの持ってる『癒し穂』に換え、その代わりクララに何か新しいカードをと考えている。

 ピンクマンのところでクララが沈黙食らうケースがあったので、ここはやはり……。


「アルアさーん、『光の幕』1枚交換で」


「はいよ、沈黙無効の大切さがわかったかい?」


「うん。別にピンチじゃなかったけど、ヒーラーが沈黙食うとちょっと嫌だからね」


 残り交換ポイントは187。

 他に欲しいカードがないわけじゃないが、掃討戦前、『寒桜』揃えるの大変だったからなー。

 交換ポイントは常に余裕持っておくのが賢いと学んだ。


 ちなみにダンテも味方単体の敏捷性を格段に引き上げるという雷魔法『神行術』を覚えたが、今のところ使う場面が思い当たらない。


 あれ、アトムが交換レート表とにらめっこしてるぞ?

 アトムは最初からパワーカード大好きっ子だからな。

 何か考えがあるのかな?


「アトム、どうしたの?」


「あっ姐御!」


「欲しいカードある?」


「やっぱり『風月』や『スコルピオ』でやすかね」


「大技付きや攻撃力補正の大きいカードはロマンだよね。ボス戦になったら『サイドワインダー』外して置き換えられると理想だな。でも盾役のあんたには『シールド』の代わりに防御力のより大きい『ハードボード』が先だと思う。いずれ揃えてくから楽しみに待ってなさい」


「へい!」


 もっともギリギリで戦わなきゃいけないボス戦なんて、そうそうあって欲しくないわ。

 レベルで圧倒してボッコボコにするのが美少女精霊使いの生き様だろ。

 掃討戦の時のデカダンスは稀有な例外と思いたい。


 今手持ちのお金が2000ゴールド強だ。

 ギルドにペペさんいるってことは新魔法ができてるんだろうけど、足りるかなあ?

 いずれにしても次ギルド行くのは、帝国の山行ってからになりそうだけど。


 素材不足におゼゼ不足が悩ましい今日この頃。

 転移の玉を起動して家に帰る。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームにやって来た。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「肉と野草持ってきたから、焼いて食べよ?」


「楽しみぃ! ええと、あれ? ユーちゃん、悪魔連れてくるって言ってなかったっけ?」


「あっ、そうだった!」


 素で忘れてたよ。

 赤プレートを取り出す。


「ヴィル、聞こえる? ここおいで」


『了解だぬ!』


 しばらくの間をおいて悪魔が降臨する。


「御主人の求めに応じ、ヴィル参上ぬ!」


 高位魔族を目の当たりにしたバエちゃんが硬直する!


「か……」


「か?」


「可愛いじゃないのお! まさかクララちゃんよりちっちゃい子だと思わなかったわ~」


「人の愛に飢えてる子だから、ぎゅーっとしてあげると喜ぶよ」


「わかったわ! ぎゅー」


「痛いぬ痛いぬ!」


「バエちゃん、ぎゅーは濃厚接触してあげてってことな。頬っぺたつねろってことじゃないから。その辺は女子力で理解して」


「ごめんなさい! ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 こらヴィル、その声何とかなんないの?


「な、なかなか気持ち良かったぬ」


「よーし、じゃあ肉だっ!」


          ◇


「くいたかった~くいたかった~くいたかった~いえい、おにく~。あら、ヴィルちゃんは食べないのかしら?」


「わっちはお腹いっぱいだぬ。満足だぬ!」


「高位魔族は人の感情を食べるの。で、ヴィルは喜びとか達成感とかの嬉しい感情が好物なんだって。だから皆が腹いっぱい御飯食べて幸せなら、ヴィルも幸せなんだよ」


「なんていい子!」


 バエちゃんがインスタントスープの素というのを出してきたので、野草はスープに入れた。

 結構美味いな。

 いつも思うんだが、バエちゃんとこの世界の料理アシスト材料ってかなり充実してないか?

 こっちの世界で再現できると、値段次第でかなり売れそうだけど。


「ユーちゃんはいつもお肉持ってきてくれるけど、これどうしてるの?」


 発言の意図がよくわからないんだけど。


「狩ってくるんだよ」


「買ってくるんじゃないんだよね?」


「えーと、そっちの世界ではどうか知らないけど、こっちで肉は骨皮付きで魔物として現れるんだよ。その出てきたやつを倒した後、クララが捌いて食べられる状態にするの」


 ある種の魔物と肉は等式で結ばれるのだ。

 バエちゃんが驚愕の表情を見せる。


「クララちゃんすごっ!」


「いや、皆できるよ? クララが一番上手で速いから任せてるだけで」


「えへへー」


「そっちの世界の人、スキル高っ!」


「いやいや、バエちゃんとこは肉どうやって手に入れるの?」


「お店で買うの」


「あたしらも都会の人なんかはそうなんだ。でも買うと高いんだよ。あたしも冒険者になるまで、肉なんてたまたま動物捕まえた時ともらった時くらいしか食べられなかったし」


 肉は正義なのに、正義が希少な世の中。

 遠い目をするあたしにバエちゃんが言う。


「じゃあユーちゃんの故郷の人も、肉もらうと嬉しいだろうね」


「そうだなー。今度帰るときは持ってってあげよ」


 ダンテが何気なく注意を促す。


「ボス、アトムがヴィルに酒勧めてるけど?」


 えっ? ちょっと待って。

 ヴィル立てなくなってるじゃん!


「あっ、こらアトム、それは絵面的にダメだっ!」


「うーいーぬ」


「完全に酔っぱらってます……」


 アトムが慌てて弁解する。


「いや、こいつ一口も飲んでませんぜ。あっしが飲んでいい気分になった感情を吸い取ってるだけだと思いやすが」


「ということは、あんたがかなり飲んでるんでしょ!」


「あっ!」


「そこまでにしときなさいよ」


「……へえ」


 ヴィルも気持ちいいだろうからいいや。


 それにしても、酔っ払いの感情を吸って寝ちゃうとは。

 悪魔って面白いな。

 頭を撫でてやる。


 バエちゃんが心配そうに聞く。


「感情を吸い取られて、こっちの情緒が乏しくなるとかはないの?」


「そりゃそんなことはないでしょ。憤怒好きの悪魔に魅入られて温厚になったとか、絶望の感情吸われて気分が軽くなったなんて聞いたことないもん」


「あっそうか。そうよねえ」


「ヴィルはね、人間と仲良くしたいけど、悪魔が人間に信用されるのはものすごく難しいって言ってたの」


 クララの膝枕で寝ているヴィルを見ながら続ける。


「だから、なるべくいろんな人にヴィルを紹介してやろうと思うんだ」


「ヴィルちゃんもいいところに拾われたわねえ」


 捨て猫みたいな言い草だな。

 でも実際似たような境遇だったのかも。

 他の悪感情好きな悪魔達とは趣味も行動原理も合わないはずだから、仲間外れにされて孤立していたとしても不思議ではない。


「さて、ごちそうさま。今日はおいとまするよ」


 したが困った。

 転移の玉は4人までしか使えないしな?

 繰り返して使ってもいいけど、起こしちゃうと可哀そうな気もするし。


「じゃあ今晩は私が預かろうか? 起こすの可愛そうでしょ」


「そうしてくれると助かるなあ。この子自分で転移できるから、起きたら勝手に出て行くかもしれない。一応明日の朝、迎えに来るよ」


「わかった、じゃあね」


 ヴィルをバエちゃんに託し、転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 翌朝、チュートリアルルームを訪れると、意外なことにヴィルはまだ大人しく待っていた。


「おりこうにしてた?」


「はいだぬ!」


 バエちゃんがニコニコしながら言う。


「とても大人しくしてたわよ。お泊まりしてお迎えが来るというのが気に入ったみたい。ユーちゃんが迎えに来るよって言ったら、じゃあ待ってるぬって」


「そうかそうか、可愛いやつめ」


 ぎゅっとしてあげた。

 よしよし、いい子だね。


「じゃあ帰ろうか。バエちゃん、ありがとうね。また来るよ」


「御主人、わっちはこのまま偵察任務に出動するぬよ?」


 あんたに聞きたいことがあるんだよ。

 察しろ。


「うちの畑番の精霊カカシに会ったことないでしょ? 紹介するからおいで」


「わかったぬ!」


 バエちゃんに別れの挨拶をし、転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「おお、めんこい悪魔もいたもんだ。オイラは涅土の精霊カカシ。ここの畑を担当しているんだ。よろしくな」


「わっちはヴィルぬ。よろしくぬ!」


「ヴィルにはあちこち飛び回って、情報収集と偵察、将来的には連絡係をしてもらおうと思ってるんだ」


「ほお、重要どころを任されてるじゃねえか。大したもんだ。頑張れよ」


「頑張るぬ!」


 ふむふむ。

 この2人の相性も良さそうで安心だ。


「カカシー、今あたし達がやらなきゃいけないことって、何かある?」


「特別ねえな。タマネギは順調、サツマイモの収穫は2週間後から順次、秋ジャガの収穫はもう少し後だ」


「オーケー、わかった。頼むね。じゃあヴィルはおうちにおいで」


「はいだぬ!」


 ヴィルを連れてクララ、アトム、ダンテの待つ家の中へ。


「はーい、幼女悪魔ヴィルちゃんの登場でーす! 格好いいポーズお願いしまーす!」


「へ?」


 一瞬キョトンとしたヴィルだが、すぐさまあたしの意図を察したようだ。

 顔の両脇に指を曲げた手を添え、今にも飛びかからんとする体勢をとる。


「百獣の王のポーズぬ!」


 それは格好いいポーズじゃなくて可愛いポーズだ。

 最高だけれども。


「はい、余興はここまでにして」


「よ、余興ぬ?」


 ヴィルはいい子だなー。

 早くうちのノリに慣れようね。


「ヴィルに聞きたいことがあるんだよ。昨日のバエちゃんとこのチュートリアルルーム、あそこはどういう空間なの?」


「こことは違う、すごく小さい実空間ぬ」


「あたし達がヴィルと会ったところみたいな?」


「そうだぬ。でもわっちの家よりも、もっとずっと小さいぬ」


 ダンテの言うこととほぼ同じだな。

 どうやらそれが真実で間違いない。


「ヴィルの力で、他の実空間を見つけることはできるの?」


「それは無理だぬ……」


 実空間とは、亜空間の中を漂う泡のようなものだという。

 あたし達の世界があるようなバカでかい実空間は稀にしかないが、小さな実空間は無数にあるのだとも。


「互いの実空間の位置関係がわかっていれば、ワープすることはできるぬ。でも知らない空間を探すことは、そういう能力持ちじゃないとできないぬ」


 なるほど、そういうことか。

 つまりバエちゃんとこの世界にはそういう実空間を見つける能力者がいるか、あるいはその類の装置か何かがあることになる。


「ありがとう、少しわかってきた」


「何だぬ? あのお姉さんは怪しいのかぬ?」


 ヴィルが不安げな顔になる。


「バエちゃんは友達、裏があるような性格じゃないけど、バエちゃんを雇ってる組織はかなり怪しいかなと思ってる」


「くわ?」「ワッツ?」


 アトムとダンテが驚く。

 そういやクララ以外とこういう話したことなかったな。


「亜空間中の小さな実空間見つけてチュートリアルルーム作るとか、遠隔で転送先書き換えることができる魔法陣とか、そんなオーバーテクノロジー見て怪しまない方がおかしいでしょ。それよりもっとわからないことがある」


「それは何でやす?」


「目的だよ。『アトラスの冒険者』みたいな組織作って維持するのは何故か。ドーラにノーマル人が来たくらいの頃から、ずっと存続してるみたいじゃない? 得がありそうな気がしないんだよね」


 この辺はこじつければいくらでも仮説を作れそうではある。

 しかし情報がない以上、根拠のある説にはなりそうもない。


「メリット……」


「確かに得しないことなんてやらねえよなあ」


 アトムやダンテも『アトラスの冒険者』のおかしさに気付いたようだ。


「じゃ、じゃあヴィルはどうしたらいいのかぬ?」


「こら、うろたえない。あたし達の身の振り方考える上で、『アトラスの冒険者』の正体暴くことはそんなに重要じゃないの。気にはなるけど、むしろどうでもいい方。あたし達自身の生活が第一で、目先のクエストやドーラの行く末、カラーズ各部族のあり方を考えることがそれに次ぐんだよ。ヴィルは指示したことをしっかりこなしてくれればいい。ムリはダメだぞ」


「わかったぬ!」


 ヴィルは安心したようだ。

 『アトラスの冒険者』がどうのなんて、あたしが詮索好きだから気になるだけだもんな。


「はい、ここまで。今の話は他言無用です。クエスト行くよ。ヴィルは偵察頼むね」


「「「了解!」」」「了解だぬ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 第9の転送魔法陣からカル帝国・山の集落へ飛んだ。

 聖火教大祭司ユーティさんにもらった『地図の石板』によって設置されたものだ。


「ふむー、荒野だね?」


「そうでやすね。素材はありそうでやすが」


 山がちというか岩ばかりというか、高低差が大きくて歩きづらそう。

 見るからに痩せた土で植物も少ない。

 特筆すべきは風の強さだ。

 煽られて岩場に落ちようものなら大ケガしそうである。


「これどうも正規の石板クエストみたいだねえ」


「海岸に新たな『地図の石板』が届かないところからすると、そのようですね」


 まあ正規だろうがそうでなかろうが、そんなんはどうでもいい。

 魔法陣が増えて行けるところが多くなるのが嬉しいのだ。


 ちなみに現在のカード装備状況はこうなっている。  


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『誰も寝てはならぬ』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』『寒桜』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『シールド』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』

 予備……『寒桜』


 パワーカード『癒し穂』に付属している魔法『些細な癒し』によって、ダンテが全体回復持ちになったのは大きいかな。

 もっともダンテが回復魔法をかけなきゃいけない場面なんか、なくてもいいのだが。


「さて、荒野行動開始だよ」


「コロニーはどこにあるね?」


 ダンテが疑問を呈する。

 うーん、岩ばかりで見通しがほとんど利かないな。

 どこに人住んでるんだろ?

 行けるとこ行ってみるしかないようだが?


「クララ、『フライ』使って上から見られる? 風に煽られて危なそうなら降りてきて」


「やってみます」


 『フライ』、簡単に言うと飛んで進める風魔法。

 上手く使えるならば、非常に有用性が高いと思われる。

 パーティーメンバーごと浮かすことのできる魔法ではあるが、風が強くてコントロールが難しい状況であることを踏まえて、クララのみが偵察を行う。


「どう、いけそう?」


「高いところは風強いですが、このくらいなら大丈夫です!」


「よーし、ムリしない程度にガイドして」


「はい。北へお願いします」


 クララの案内に従い、北に注意深く歩を進める。


「フウフウ、ベリーベリーハードね」


「足元は気をつけてね」


 とはいえ、あちこち脆くて危ないなここ。

 上歩いてる時は足場崩れそうだし、下歩いてる時は上から何か落ちてきそう。

 今度来る時は道わかるから、クララの『フライ』で行った方がいいかも。

 風の強さ次第だが。


「あっ、ユー様、北約20ヒロに人がいます。女性が1人、魔物に襲われそうです!」


「急ぐけどちょっとこっち時間かかりそう。魔物の後ろに回って牽制できる?」


「やってみます!」


 『ヒロ』とは両腕をいっぱいに伸ばしたくらいの長さの単位だ。

 20ヒロなんて真直ぐ行ければすぐそこだが、いかんせん足場が悪くて思うように進めない。


 見えた!

 クララが上から魔物を挑発してる。

 よーし、あとは平らな広めの土地だ。

 襲われかけてた人に声をかける。


「よかった、ケガはない?」


「は、はい、あなた方は?」


「話は後! 魔物倒しちゃってからね」


「砂蜘蛛3匹です!ユー様の『雑魚は往ね』で問題はないかと」


「オーケー!」


 クララと合流し、レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! どうもこの技緊張感が殺がれるな。砂蜘蛛の粘液攻撃! アトムの敏捷性が落とされる。もう1匹の砂蜘蛛の攻撃! アトムが受けるがさして問題はない。クララの乙女の祈り! 全体回復! 最後にあたしの雑魚は往ねっ! よーし勝った!


「あ、ありがとうございました」


 女性が礼を言う。


「ケガはない? こんなエサもなさそうなところに魔物が出るんだねえ」


「いえ、いつもはこちら側に魔物が出ることはないんですけど、たまに迷い込んでくることがあって……ええとあの、あなた方はどこから? ここは外と繋がっている道はないはず……」


 誤魔化して信頼が得られるとも思えないので、あたしは最初から説明する。


「あたしはドーラ大陸の人間で、うちの子達は精霊。向こうの聖火教徒の人に、帝国の信徒の様子見てきてって言われたから来たんだよ。条件は限定されるけど、ドーラには長距離を瞬時に移動できる技術があると思って」


「は、はい」


 腰抜けてる?

 脅えないでいいよ。

 ちょっと落ち着いたかな。


「あなたは聖火教徒?」


「そうです」


「帝国本土では聖火教の扱いが良くないらしいじゃない。帝国が渡航制限してからこっちの様子がさっぱりわからないって、ドーラの聖火教大祭司が心配してるんだ。様子聞かせてくれないかな?」


「そ、そういうことでしたら、村へおいでください。案内いたします」


 女性の案内で村へ行く。


「お客人方、よう我が身内をお助けくださった。礼を申し上げますぞ」


 どこから髪でどこからヒゲだかわからんような風体の老人だ。

 『ヒゲだるま』という、あまりにもふさわしい言葉が頭に浮かび、慌てて打ち消す。

 この村の長老らしい。


「いいのいいの。たまたま居合わせただけなんだから」


「これは何と謙虚な。貧しい村故にこのようなものしか用意できませぬが、ぜひ御笑納くだされ」


 素材をたくさんもらった!

 食べるのにも困ってそうな村なのにな?


「こんなにいいの? 却って悪いみたい」


「何の、これは優れた戦士にこそ必要なもの。ところでドーラからいらしたとか。ひょっとして『アトラスの冒険者』ですかな?」


 驚いた、何で?


「そうだけど、『アトラスの冒険者』を知ってるの?」


 長老は笑みを見せる。


「やはり。昔、この村にも『アトラスの冒険者』がおりましたのでな」


「良かったー。説明ややこしいから、どうしようかと思ってたんだよ」


 『アトラスの冒険者』って、ドーラだけの事業じゃないんだな。


「ふむ、して、ドーラの誰ぞがこの地の聖火教徒の心配をしてくれている、とのことでしたかな?」


「うん、向こうの聖火教大祭司ユーティって人。40歳になるかならないかくらいの女性なんだけど」


 長老が首をかしげ、髪の毛がぞろっと動く。


「大祭司ユーティ……いや、あの子が確かユーティという名だった……」


「やっぱり面識ある人だった?」


「わからんが、ユーティという名には心当たりがある。ワシの姪っ子でな、『アトラスの冒険者』だった親に連れられて、幼い頃にここを旅立って行った」


 なるほど、その関係で『地図の石板』を持ってたのかも?


「どうする? ユーティさんに会ってみる?」


「そうしたいのは山々だが、今、渡航は制限されておるしの。おまけに聖火教徒には当たりが厳しいのだ」


「あたしが転移で連れていけばいい」


 長老の探るような視線と交錯する。


「……お客人。お願いできるか?」


「もちろん。あ、転移できる人数に制限があるから、うちの子達はその間ここに置いていっていいかな?」


 長老は鷹揚に頷く。


「うむ、それは問題ない」


「決まりだね。じゃああんた達、ちょっと待ってて。あっ、やっぱりクララは来て。あの岩の道もう一度歩くの大変だわ」


「はい」


「よーし、行くよっ! 転移の玉っ!」


 クララと長老を連れてホームに戻る。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 聖火教アルハーン本部礼拝堂前に移動する。


「こんにちはー」


 入口の両開きの扉を開け、中へ進む。


「あっ貴様、精霊使いユーラシア! この聖火教を冒涜する者め、何しに来た!」


 例のキャンキャン吠えるハイプリーストだ。

 めんどくさいなーもー。


「ユーティさんいる? 会わせたい人がいるんだ」


「会わせたい人? そのむさ苦しいジジイか」


「聖火教徒だよ」


 ハイプリーストは険しい目でジロジロ見る。


「ダメだダメだ! 貴様の知り合いなんかにユーティ様を会わせられるか!」


「控えろっ!」


 あたしは大声で怒鳴りつける。


「こちらにおわすお方をどなたと心得る! 恐れ多くもユーティ聖火教大祭司の伯父君にあらせられるぞ! ええい頭が高い! 控えおろうっ!」


 あたしの大声で何事かと駆けつける聖火教徒達。

 あ、しめた、ユーティさんもいる。


「ユーティさん。例の帝国の山の集落行ってきたよ。彼はそこの長老で、ユーティさんの伯父さんじゃないかって話なんだけど」


 長老が歩み寄る。


「おお、確かにその涼やかな目元、面影があるわ。わしじゃ、クランじゃ」


 ユーティさんの目が大きく開かれる。


「クラン……伯父様? 本当に?」


「お主が大祭司か、白魔法の才能があったのじゃな。その才はハルトのパーティーメンバーとして磨かれたものか?」


 積もる話もあるだろう。

 2人にしてやろう。


「精霊使いさん、こちらへどうぞ」


 修道女に奥の間へ通され、ハーブティーを出された。


「ありがとう、いただきます」


「あんなにはしゃいでる大祭司様は初めてです」


「無事だったことが嬉しいんだろうなあ」


 でもあの山の集落は本当に貧しそうだった。

 あんなところじゃ耕作もロクに捗らないに違いない。


「精霊使いユーラシア!」


 んーまたあのハイプリーストか?


「何か用?」


「今日はユーティ様に免じて許す!」


「いや、あんたに許してもらわなくてもいいんだけど」


「だからトイレの度にあの悪魔に顔出させるの止めてくれ!」


「えっ?」


 ……そーいえばそんなこと言った気もする。

 ヴィルマジでやってたのか。


「そりゃごめん。ジョークのつもりだったんだけど、あの子本気にしたみたい」


「謝るから許してくれ!」


「じゃ、外へ」


 ハイプリーストを礼拝堂の外へ連れ出し、赤プレートでヴィルを呼ぶ。


「ヴィル、この人謝ったので、もうトイレの際に脅かさなくていいからね」


「わかったぬ!」


 よしよし、物わかりのいいやつめ。

 ぎゅっとしてやる。


「よーし、任務に戻って」


「はいだぬ!」


 ハイプリーストは恐々言う。


「あんなんでいいのか?」


「あんなんでいいんだよ。悪魔にとって契約は絶対、取り決めは必ず守るからね」


 ほっと胸をなでおろすハイプリースト。


「あれ、かなりの高位魔族だろう? 教団でもユーティ様がいなかったら捕まえることなんかできなかったぞ。従わせるなんてすごいな」


 もっと尊敬していいんだよと言いたいところだが、このハイプリースト冗談通じなさそうだしな?


「悪魔が人の感情を糧にする、ってことは知ってる?」


「悪感情を、だろ? 悲しみとか絶望とか」


 あたしは首を振る。


「ヴィルは違うんだよ。喜びとか満足感とかが好きで、人と共存できる存在なのに、悪魔だから信用されなかったんだ」


「そんなのがいるのか。魔族なのに?」


「一方でそういう嗜好だから悪魔達からも除け者にされる、可愛そうな子なの」


「……」


 ちょっと話盛ってるが構わんだろ。


「あたしらだって悪魔なら何でもよかったわけじゃない。ヴィルがいい子だから仲間にしたんだよ。聖火教には聖火教の教えがあるだろうから、悪魔を認めろとは言わない。でも悪魔にもいろいろいるんだってことは知ってて欲しいな」


「お、おう」


 毒気を抜かれた感じのハイプリースト。

 よーし、何となくいい話風にまとめたったぞ。


「ところでここって、地理的にはアルハーンのどの辺なの? あたしいつも転送で来るからわかんないんだよね」


「ん? カラーズの集落群とレイノスを結ぶ道上の、ずっとカラーズ寄りのところだぞ。大体強歩2時間ってとこかな」


 あれ、そんなに近かったのか。

 知らなかったよ。


「ここ信者さんがドーラ全土から集まるんでしょ? 食品とか必要なものとかどうしてるの?」


「レイノスで買出しだな」


「遠いよ! そりゃ大変だわ」


 ハイプリーストは諦め顔だ。


「といっても、カラーズは伝統的にどの村も他所者に厳しいしな。物なんか売ってくれやしない」


「売るようにするから、そっちでも買ってよ」


「ああ、精霊使いは灰の民だったか。そりゃ売ってくれればありがたいが……」


「今カラーズで、仲良くしようぜ商売しようぜって気運があるんだ」


「ほう?」


 興味を示したようだ。


「最初はカラーズ部族間で小規模な取り引きから始まるだろうけど、他所の人に売らないなんてことはないから」


「レイノスより安そうだし、魔物や盗賊のリスクが小さいのがありがたいな」


「具体的には何が必要なの?」


「一番必要なのは食料品と蝋燭だな」


「食料品は用意できるけど、蝋燭はどうだろうな? 言っとくよ」


 ハイプリーストが不思議そうな顔をする。


「あんた冒険者だろう? 何で商売ごとなんかに首突っ込むんだ?」


「冒険者は別に本業じゃないな。レベル上がってたり転送魔法陣が増えたりするとやれること増えるからやってるけど。今はカラーズ各部族の商売が上手くいって、発展していくのが嬉しいんだ」


「精霊使いユーラシアと言えば、今一番名前を聞く冒険者だろうに」


 そーなの?

 そういえばほこら守りの村の幼女占い師マーシャが、掃討戦で大活躍してすごく有名になるって言ってたけれども。


「まあともかく面白い話を聞いた。カラーズには注目しとくよ」


「よろしくね。あ、そうだ、あんた名前は?」


「俺か? ワフロスだ」


「ありがとう。あたしモブの名前覚えられないんだけど」


 途端に色をなすハイプリースト。


「どーして聞いたんだよ!」


「あたしが名前覚えられるくらいの大物になってよ」


「お、おう」


「じゃあね、ワッフー」


 さて、長老の方はどうなったかな。

 お? ちょうど切りのいいところみたいだ。


「ユーラシアさん、ありがとうございました」


「いいんだよ。これで借りは返したからね」


「はい、ついでにもう1つ頼まれてください」


「何だろ?」


「この石を」


 『地図の石板』と同じくらいの大きさだが重い。

 転移石碑か?

 クララに目配せすると小さく頷く。


「転移位置を決めるビーコンです。これを山の集落のどこかに設置しておいていただけませんか? そうすれば私も向こうに飛べますので」


 ただのビーコンなのか?

 確かに魔力は感じないし、エーテルを吸い上げる装置もついていないようだが。


「どうかされましたか?」


「聞きたいことがあるんだけど」


「何でしょう?」


「これはいつでも壊せる位置に設置した方がいいかな?」


 ユーティさんの顔が警戒色に染まる。


「……はい」


 なるほど、やはり。


「そういうことなら、あたしの方から1つお願いがあるよ」


「なんなりと仰ってください」


「あたしがユーティさんに緊急で連絡取りたい時、悪魔ヴィルを寄越すから、一度だけ礼拝堂に入るの許して欲しい」


 ユーティさんは厳しい表情のまま答えない。


「それは教義に反しますので!」


 お付きの修道女がヒステリックな声をあげるが、ユーティさんが言葉を発しない理由はそういう意味じゃない。


「誰かを信じなきゃいけないなら、精霊使いユーラシアを信じなよ。その方があたしも気分良く働けるからさ」


 ユーティさんの表情が急に柔和になる。


「その通りですね、ユーラシアさんを信じます。その条件でよろしくお願いします」


 周りの面々はわけがわからないといった雰囲気だが、あたしとユーティさんの間に何らかの協定が結ばれたのは察したようだ。


「わかった、じゃあね。長老さん、クララ、帰ろうか」


 転移の玉を起動し、ホームに戻る。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「あれ? ここに転送されるのか」


 転送魔法陣からカル帝国・山の集落へ飛んだら、さっきみたいに岩の向こうじゃなくて集落の内部に出た。

 最初からこうしてくれればいいのに。

 でもその場合、魔物に襲われてた女性は助けられなかったか?


「ふむ、小さかったあの子が、まさかドーラの聖火教徒を束ねる立場になるとはの。いや、知れて良かった、感謝いたしますぞ」


 もじゃもじゃ長老は感慨深げだ。


「満足してもらえて嬉しいよ」


「さて、お客人方は最早我らの友人も同然だ。何もない村だが、ゆっくりしていってくだされ」


「ありがとう。あたし帝国本土は初めてなんだ。よく見学させてもらうね。あ、ユーティさんからもらったやつどうしよう?」


 長老が件の石を見る。


「これはどうしておけばいいですかの?」


「向こうから転移で飛ぶ時、こちら側の目印になる石なの。どこかに設置しておいてということなんだけど、あまり皆がいる場所だと向こうから飛んできてこっちに現れた時に、ぶつかってケガするかもしれないからダメだし、かといって不便な場所でも困るんだよね。いい場所ないかな?」


「ふむ、そういうことなら」


 少し高くなっている広めの場所に案内された。

 風の強く吹き付けるところだが、ここならいいだろう。

 見えるような形で埋めておいた。


「村の衆には、お客人方になるべく便宜を図るよう、伝えておきますでな」


「ありがとう」


 早速、村を見て回ることにしよう。

 クララが囁く。


「ユー様、あれはただのビーコンなんかではなく、完全な転移石碑です」


「うん。起動させるにはどうしたらいいかな?」


「マジックウォーターなりなんなりで魔力を満たしてやれば、おそらく起動します」


「わかった、これ内緒ね。帝国に転移の技術が漏れると困ったことになりそう。どこにスパイがいるかわからないから」


「はい」


 あちこち見て回っていると、ダンジョンの入り口みたいに穴が開いたところがあるけど?

 村人が教えてくれる。


「岩壁の横穴を住居にしてるのさ。でも風が強いだろ? 砂が入っちまうから、戸はしっかり閉めてるんだ」


 ふーん、ドワーフの家みたいだな。

 あ、井戸の周りに小さな畑がある。


「この小さな畑が、私たちの生命線なのよ」


「もっと広くできないの?」


 畑の女性は苦笑する。


「風が強くてね……。ここみたいに、風除けと水があるところじゃないと、作物がうまく育たないのよ」


 風の強さが作物を栽培する上でのネックになってしまっているということか。 

 難しいもんだ。


 さらに南の方へ歩いてゆくと、気さくな男が話しかけてきた。


「あんたら、ドーラの冒険者なんだって? 武器持ってないようだが」


「ああ、パワーカードって言ってね……」


 『スラッシュ』を具現化して見せてやる。


「へえ、そのカードみたいなのを起動すると、武器や防具になるってわけか。ドーラは進んでるなあ」


「いや、これ向こうでもほとんど使われてないんだよ。でも精霊は普通の武器・防具は装備できなくてね」


 しかし、その黒短髪の男はパワーカードに興味を持ったようだ。


「面白いじゃねえか、それ。帝国の法では武器はおろか、農具以外の大型刃物や長柄の道具の所持が制限されてるんだ。だから魔物の駆除もままならなくてな。そいつなら役人も誤魔化せるかも知れねえ」


「魔物に困ってるの? 手、貸そうか?」


 男は困ったように言う。


「そりゃありがてえが、うちらにゃ依頼できる金がねえんだ。魔物のせいで行商人も来てくれなくなっちまった。たまに来るのは国の役人だけさ。そういや、役人も最近来た記憶がねえな?」


「いいよいいよ。たくさん素材もらっちゃったことだし。ちょっとくらいサービスするよ」


「そうかい?」


 黒短髪の男が、住居とは反対方向を指す。


「南にちょっとした盆地があってな。岩壁の関係で風も弱いし水もあるし、この辺では一番農地に向いてるんだ。客人に頼むのも変だが、魔物を退治してくれると助かる」


「南ね」


「お、見ていくかい? 案内しよう」


 男に連れられ、岩壁の切れ目から南へ抜ける。


「あっ、割と広いんだ」


 集落より一段低くなっており、やはり四方を岩壁に囲まれている。

 真ん中に池があって植物も多い。

 なるほど、風の遮られるここなら農業が捗るに違いない。


「下に見えるのが、飛べない大型鳥の魔物コッカーの群れだ。ナワバリ意識が強くて獰猛だが、肉はすげえ美味いんだぜ」


「うそっ、狩ってくる!」


「え? ちょちょっと待てよ!」


「待たない!」


 階段から下に降りレッツファイッ!

 いつもの段取りからのー。


「雑魚は往ねっ!」


 よーし、やっつけたっ!


「何だよ今の技。あのコッカーが一振りで全滅じゃねえか……」


 男は呆れたように言う。


「これ、村の皆で食べてよ」


「え? そりゃありがてえが……」


「今日もう遅いから、また明日来るよ。じゃあね」


「ちょっと待て、他人の話聞けよ! おーい、客人がコッカー仕留めたぞーっ!」


 コッカーの肉を持たされて帰宅した。

 いい歯ごたえがあって味が濃い。

 スープとかシチュー向けの肉だなと思いましたまる。


          ◇


 翌日、村人総出であたし達の魔物狩りを応援してくれることになった。

 昨日の黒短髪の男が説明してくれる。


「ここからはちっと見にくいが、南の岩壁にも切れ目があってな。まあ麓に通ずる道でもあるんだが、そこから魔物もこっちの盆地に入って来るんだ」


「ふんふん。つまり切れ目の道を塞いでしまって、その後でこっちの盆地の魔物を狩り尽くすということだね?」


「そういうことだ。まず切れ目までの魔物を退治してもらって、うち達が急行、その道を塞ぐだろ? その間に客人達に残った魔物を片付けてくれればいいわけだ。いけるかい?」


「そりゃもちろんあたし達は大丈夫だけど……」


 ハッキリ言って村人は皆丸腰だからなあ。

 危なくない?


「客人からも一言お願いしますよ」


「皆、肉食いたいかーっ!」


「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」


「今日の目的はこの盆地から魔物を駆除することと、コッカー肉のパーティーをすることです。魔物はあたし達が責任もって倒します。でも高台とはいえ、ここにいる皆さんらが危険なので助っ人を呼びます。ヴィルカモン!」


 赤いプレートに呼びかけ、しばらくの後ヴィルが現れる。


「高位魔族のヴィルちゃんでーす!」


「あ、悪魔?」


 村人達が動揺し、ざわざわし始める。

 あ、聖火教は悪魔ダメなんだったか?


「百獣の王のポーズ!」


「がーおーぬ!」


「「「「可愛い!」」」」


 うん、ほっこりしたかな。

 掴みはオーケー。


「不幸や破滅を好む通常の悪魔と違い、ヴィルは嬉しいこと楽しいことが大好きです。あたし達が幸せであることがヴィルの幸せという、いい悪魔ですから心配はいりません。ただし問題が1つ」


 皆に緊張が走る。


「高位魔族の闇属性攻撃は想像以上に強力です。皆さん達がピンチになったときにヴィルは戦いますが、そうするとコッカーは塵となってしまいます。つまり食べるところが残りません」


 村人達の衝撃の顔が並ぶ!


「肉、食べられなくなっちゃうの?」


「そ、そういうことになるかな」


 あたしは続ける。


「皆さん達が危機に陥るたび、ヴィルの攻撃で肉が減ります。ですから危ないことは絶対にしないでください。いいですか?」


「「「「「「「「おーっ!」」」」」」」」


 うむ、肉は全てを理解させる。

 真摯に受けとめていただけたようだ。


「ヴィル、そっちは任せたよ」


「任されたぬ!」


 ユーラシア隊出撃!

 すぐさま階段近くにいたコッカーと砂蜘蛛を倒す。


「おーすげえ!」


「コッカーは回収しとこうぜ」


 周りに魔物いないから平気だろうけど、気をつけてね。


 魔物を倒しつつ直進して南の岩壁に到達。

 この岩の裂け目というか、重なってるところからさらに南の渓谷に抜けられるのか。


「じゃあうちらはここ塞いじまうから、客人は魔物退治続けてくれ」


「オーケー」


 高台からだとそうは思わなかったんだけど、下に降りてみると灌木が多くて見通しが利きづらいんだよな。

 比較的近い位置にいる魔物をやっつけていく。

 これだけか?


 もう一度高台の方へ戻る。


「ヴィル、南の岸壁で作業してる人達がいるから、そっちも注意しててくれる? 危なそうだったら助けてあげて」


「わかったぬ!」


 上から魔物が多そうなところを確認、東側だな。

 『雑魚は往ね』で無双しつつ進む。


「おわーっ!」


「今行くぬ!」


 しまった、作業班が襲われたか?

 現場に急行する、が……。


「ごめんなさいぬ……」


 そこには塵と化した肉予備軍が。


「いや、助かった助かった! ヴィルちゃんは悪くないぜ」


「そうそう、こっちはケガすらしなかったんだからよ」


 しょげる悪魔を聖火教徒達が励ますという、世にも珍しい光景が見られた。


「ごめんよ。まだこっちに魔物残ってたんだね」


「うち達こそすまねえ。コッカーを回収しながら帰ろうとしてたら魔物が来やがった。後にすりゃいいものを、つい欲張っちまったぜ」


 恐縮する作業班の面々。

 集めたのが全部パーになったので被害は大きい。


「ま、仕方ない。高台まで送ってくよ。回収は魔物全部倒してからにしよう」


「「「おう」」」


 一応ヴィルはつけとくけど、もう高台近くに危険はなさそうだな。

 クララが『フライ』で飛び、上から魔物の位置を確認しながら倒していく。

 最初からこうすれば良かったかも。

 マジックポイントケチるのも良し悪しだ。


「雑魚は往ねっ!」


「多分、今ので最後です」


「よーし、戻るよ」


 高台からも魔物を確認できないので、回収作業に入る。


「もし魔物が出たらヴィルが急行してね。塵にして構わないから」


「わかったぬ!」


 さっきみたいに集めて運ぼうとすると、万一の時のダメージが大きいので、1体ずつ運ぶのを徹底した。

 到着した端から料理班が薄切り肉にしていく。


「昨日もらった肉、スープにしたけど美味しかったよ」


「ああ、スープでも美味いな。でも薄切りにしたやつを焼いて、岩塩だけで食うのが醍醐味だぜ」


 ほう、岩塩。

 産地によってかなり味が違うと言うが?


「姐御、この近辺の岩塩だとすると、苦味が少なくて甘いでやすぜ」


 アトムがボソッと言う。

 甘い塩? 何だそれ?


「楽しみだなあ」


 鉄板が手に入りにくいこともあり、ここでは平たい岩を熱して焼き肉にするそうな。

 へー、オシャレじゃないか。

 いろんな食文化があるもんだ。


「精霊使いさん、どーぞ」


「ありがとう。いただきまーす!」


 どれどれ、石焼きコッカー肉の味はいかに?

 あむり。


「う、うまひ……」


「そうでしょ、コッカー肉は最高よ」


 締まった肉質の固めの歯ごたえと、ワイルドで濃厚な味が特徴のコッカー肉。

 薄切りとマッチしてド直球の美味さだ。

 岩塩も甘いというとオーバーだが、塩辛みがマイルドで旨みが強い。

 なるほどなあ、肉自体が美味けりゃ味付けはシンプルが至高か。

 勉強になったわ。


「おーい、お客人、ちょっといいか?」


「良くない、食べるのに忙しい」


 苦笑する黒短髪の男。


「5分待って」


「まあゆっくり食べてくれよ」


 ふいー食べた食べた。

 大変満足でござる。

 で、何の用だったかな?


「村人一同からの礼だ。もらってくれ」


 素材の山だ。

 ええ? 昨日も多過ぎなくらいもらっちゃったところなのに。


「嬉しいけど、いいんだよ? コッカー肉食べさせてもらってるし」


「いやいや、南を耕作地にできるならそれくらいの価値は優にある」


「それに久しく麓と交易できなくなっていてな。うちらが素材持っていても、換金できねえから意味ねえんだ」


 長老と黒短髪が口々に言う。


「じゃあありがたくいただく」


「で、1つ相談があるんだ」


「何だろ?」


 黒短髪が続ける。


「やっぱうちらにゃあのパワーカードってやつが必要みたいだ。手に入れたいんだが金はねえ。どうすりゃいいと思う?」


 おお、ここまで清々しく言い切られると気分がいいな。


「パワーカードの工房で助手が抜けることになって、新しい人いないかって探してるんだよ。手先器用な人がいいんだけど、やってみる気ある?」


 喜び勇んで黒短髪が立候補する。


「長老、うちが行きます!」


「この男ゼンはなかなか器用ですぞ。ぜひ紹介してやってくださらんか」


「もちろん! どうする? 今行く? 後にする?」


「40秒で支度しまさあ!」


「あんた達ここで待ってて。アルアさんとこ行ってくる!」


 身の回りの物だけ袋に詰めて持ってきたゼンさんを連れ、転移の玉でホームへ。

 さらにアルアさん家へ飛ぶ。


「アルアさーん、コルム兄、助手希望者連れてきた!」


 アルアさんとコルム兄の喜ぶまいことか。


「君が掃討戦で大活躍したことが知られて、パワーカードの引き合いが急に増えたんだ。工房はてんてこ舞いさ」


「ゼンさんは帝国本土の山奥に住んでる聖火教徒でさ、帝国が武器を禁止にしてるから魔物退治もできないで困ってたの」


「パワーカードならバレずに所持できるって寸法かい? せいぜい気張りな」


 おー、全員の利害が見事に一致。

 素晴らしいじゃないか。


「1週間後、デス前族長が迎えに来るんだ。オレも西へ行かなきゃ行けない。それまでゼンさんに教えられることは全て教えるよ」


「よろしくお願えいたしますぜ!」


 再びホームからカル帝国・山の集落へ飛ぶ。


「ゼンさんを工房に置いてきたよ。すっごく喜んでもらえた」


「そうかそうか、歓迎してもらえるのは何よりだ」


 長老も喜んでいる。


「あたし達パワーカードの工房にはしょっちゅう行くからさ、ゼンさんから言付け預かったらすぐこっちに連絡に来るからね」


「うむ、迷惑かけるな」


「いやいや、あたしこそありがたいんだよ。人手不足で工房動かなくなったら困っちゃうところだった」


「お客人」


 シリアスな雰囲気だ。

 炎に照らされる長老の顔が赤い。


「ここでの暮らしはどん詰まりであった。お客人が来るまでは未来に何の展望も見出せなんだ。信仰を捨てたところで、もはや帝国に受け入れてもらえることはないだろうしな」


 そうかもしれない。

 役人すら来なくなったんじゃ、相当聖火教徒は嫌われてるんだろうし。


「ところがユーティがこちらを気にかけてくれてることがわかり、またお客人が耕作地を確保してくれた。まだまだやっていけそうだ。礼を言う」


 希望を見出せたのは事実だろう。

 しかし……。


「クランさん」


 せいれいつかいのなぞめいたしんじつのことば、ひげだるまのはいふをつらぬけ!


「もしここの土地を捨てなきゃいけなくなったら、ドーラにおいでよ」


「ハハハ、そうなったらよろしく頼むぞ」


「待ってる」


 あたしの口調の意外な強さに、長老は少し驚いたようだ。

 あたしの目を凝視して言葉を返す。


「うむ、わかった」


 あたしは頷き、無言のまま長老クランさんと握手を交わした。

 さて、もらうものはもらったし、腹もくちくなった。

 帰ろうかな。


「じゃあ、あたし達は帰ります。皆ありがとう!」


「おーまた来いよ」


「元気でね」


「ヴィルちゃーん、ばいばーい」


「バイバイぬ!」


 転移の玉を起動して山の集落から去り、ヴィルは任務に戻ってゆく。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 今回もいいクエストだった。

 あたしとクララとアトムのレベルが32、ダンテが31となる。


          ◇


 翌日、朝から海岸で素材の採取を行う。

 うんうん、新しい『地図の石板』も来ているね。

 ズズズウンンン、お約束だね。

 さて、どこへの転送魔法陣が設置されたかな?


「随分いろんなところへ行けるようになってきたから嬉しいねえ」


「姐御、早速次のクエストに行きやすか?」


「いや、素材の換金もしなきゃだし、ヴィルをギルドにお披露目もしたいんだよね。クエストはその後にしようかな。でも転送先だけは確認しとこうか」


「そうでやすね」


 転送先の名前だけで、取るべき戦術が明らかな場合もあるだろうからね。

 昨日ゼンさんを送った時に、素材を換金しておくべきだったかなあ。

 それも空気を読まない行動だったかもしれないしな?


 ちなみに昨日のボーナス経験値によるレベルアップで、あたしが沈黙付与の全体攻撃バトルスキル『黙れ』、アトムが全体にスタン付与、攻撃力・防御力・敏捷性低下付与する土魔法『トリックノーム』、ダンテが火耐性弱体化付与の全体火攻撃魔法『ウィークポイントフレイム』と、暗闇・混乱・睡眠付与の全体氷攻撃魔法『カースドブリザド』を覚えている。

 いずれも群れで出てくる強敵に使えそうだ。


 クララによると、上級冒険者ともなるとそうレベルアップでスキルを覚えるものではないらしく、もう残りは各人2~4個ずつではないかとのことだ。

 スキル覚えると如実に強くなった気がするから、残りちょっとって言われると寂しい気がしなくもない。

 もっともチュートリアルルームで売ってる汎用スキルで欲しいのもあるんだよな、『クイックケア』とか。

 冒険者道の先は長い。


 帰宅して10個目の転送魔法陣の上に立つ。

 頭の中に響く事務的な声。


『塔の村に転送いたします。よろしいですか?』


 ん? んんんんん?

 塔の村って、ひょっとして……。


「例の、灰の民の移住先ってやつでやすかい?」


「転送魔法陣さん、塔の村って西への街道の終点の?」


『そうです』


 すぐ魔法陣から飛び出し、家の中に飛び込む。


「クララ! 塔の村への転送魔法陣が出た!」


「えっ!」


「皆、予定変更。すぐ行くから用意して!」


「「了解!」」


 しかしダンテが冷静に指摘する。


「ボス、ジャストモーメントね。アイシンク、ヴィルを呼んで、得られるインフォメーションは得ておくべきね」


 それもそうだ。

 上級冒険者クラスの石板クエストが必要なほどの何かが、塔の村で起きているのか?


「よし、ダンテ偉い! ヴィルカモン!」


 赤プレートでヴィルを呼び出す。

 しばらくの後にヴィルが現れる。


「ヴィル参上ぬ! 御主人、どうかしたかぬ?」


「『アトラスの冒険者』のクエストで、『塔の村』への転送魔法陣が出たんだよ。基本的に困ってることがあるとクエスト対象になるから、向こうで何かあったと思うんだけど、あんた心当たりない?」


 ヴィルが腕を組んで首をかしげる。

 そういう仕草も可愛いな。


「わっちには順調に見えるぬよ? 大きなトラブルはないぬ」


「じゃあヴィルの知ってることを話してくれる?」


「基本的には塔の中で採取した素材やアイテムを買い取ることで、冒険者を集めてその生活を成り立たせ、村側はその素材やアイテムの加工・転売、それからそれらの冒険者が落とすお金で発展しようとしているぬ。レイノスやカトマスで宣伝していて、鼻の利く冒険者はもう塔の村に来てるぬ」


 うん、デス爺やソル君がそんなようなこと言ってたし、そこまでは想像できる。


「今の段階では、到着したばかりの冒険者はまだ様子見だぬ。塔に入ってるのは、御主人と同じ精霊使いのパーティーだけぬ」


「へー、精霊使いがいるんだ。会ってみたいな」


 バエちゃんによると、『精霊使い』の固有能力持ちはすごく珍しいって話だった。

 ぜひ情報交換したいものだ。

 あ、精霊使いがいるから、パワーカード製作技術を持つコルム兄が呼ばれてるのか。


「その精霊使いは、冒険者応募で来たの?」


「わからないぬ。でもわっちが塔の村に偵察に行った時はもういて、塔に潜ってたぬ。最初からいた冒険者はその精霊使いと、フィールドで獣狩りをしている赤い髪の魔女だけぬ」


 赤い髪の魔女とは赤の民のレイカだろう。

 風魔法で獣を狩って、当面の食料にするんだと言ってた。


 精霊使いはわからないな?

 最初から精霊使いの当てがあったから、移住メンバーに精霊3人が含まれていたんだろうか?

 じっちゃんの主導してることだから、それくらいのことはあってもおかしくはないけど‥‥‥。


「ふーむ?」


 しかしそれにしても、ヴィルの話聞く限りでは塔の村が困ってるということはなさそうに思えるんだが?

 その精霊使いがガンガン素材拾ってきたものの当座の交換資金がなくて破綻しそう、なんてのはあるかもしれないけど、おゼゼのことだとあたしも力になれないしな?


「ヴィルの見立てだと、いきなり危険なんてことはないんだね?」


「なさそうぬ」


 どうやらこれ以上は時間の無駄だ。


「よし、行ってみよう。ヴィルもついて来なさい」


「わかったぬ!」


 デス爺にヴィルを紹介できるいい機会だな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 おービックリするくらい大きな塔じゃないか。

 冒険者らしき知らない顔も結構いるが、『アトラスの冒険者』に比べると皆ガラが悪いな。

 その手のトラブル関係のクエストだろうか?


「じっちゃーん、コモさーん!」


 立ち話しているデス爺とコモさんを見つけた。


「ユーラシアじゃないか! どうやってここへ?」


 あ、コモさんはあたしが『アトラスの冒険者』になったの知らないんだったか?


「こやつは冒険者になってな。例のクー川から手前の魔物掃討作戦があったじゃろ? あれで一番手柄だったのじゃ」


 デス爺が簡潔に説明してくれた。


「ほう、そりゃ大したもんだ。仲間は精霊と、ん?」


 ヴィルに目を留めた。

 デス爺もヴィルの存在に気がついたようだ。


「紹介しておくね。悪魔のヴィル。仲間にしたんだ」


「よろしくお願いしますぬ!」


 ヴィルはぺこりと頭を下げる。


「緊急に連絡がある時ヴィルを寄越すから、攻撃とかしないでね」


「何じゃ、兼業悪魔使いになったのか?」


 デス爺にはヴィルに邪悪さがないことがわかったらしい。


「そういうわけじゃないんだけど、ヴィルは喜びとか達成感とかの感情を好む変わった悪魔でね、人間の仲間になりたがってたの」


「そういうことか。でも冒険者は大変だろう? ここまで来るのに何日かかった?」


 冒険者の苦労を知っているコモさんが言う。


「『アトラスの冒険者』って言ってね、自分家を維持したまま転送でクエストを請けられるシステムがあるんだよ」


「ああ、『地図の旅人』ってやつか。聞いたことあるぜ。てことは転送で来たんだな?」


「そゆこと。ここへも自由に来られるようになったからよろしくね」


 ようやく本題に入れそうだ。


「それでさ、塔の村が転送先の魔法陣が設置されたということは、ここで何か困ってることがあって、それを解決しろってことなんだけど……」


 デス爺とコモさんが顔を見合わせる。

 やはり何かあるらしい。


「困ってるといえば困ってるな。実はレイカがオーバーワークで倒れたんだ」


「え?」


 オーバーワークとは聞き捨てならない。

 どゆこと?


「ここ数日急に出入りする冒険者が増えての。野菜はワシが灰の村から買い付けてくればよいが、肉はそうはいかぬ」


「まあ、冒険者なんてものは肉がないと納得しねえだろ? で、レイカが張り切り過ぎちゃったんだな」


 ははあ、なるほど?

 レイカが頑張っちゃう理由もわかるし、肉がないと納得しない心情に関してはもっとわかる。


「わかった、すぐ肉狩ってくるよ。何トンくらい必要?」


「トンって何じゃ?」


「コブタマンを数える単位! 前話した本の世界が『永久鉱山』でさ、いくら狩ってもいなくならないから安心なんだ」


 『永久鉱山』でデス爺がピクっと反応した。


「なるほど、『全てを知る者』の根拠地ならば、『永久鉱山』かも知れぬの。よし、とりあえず10トン頼めるか?」


「うん、すぐ戻るから、その間ヴィルを村の皆に紹介してあげてくれる?」


「おう、任せな」


「ヴィル、いい子にしてるんだよ」


「了解だぬ!」


 急ぎ帰宅し、さらに本の世界へ飛ぶ。

 肉狩りだっ!


          ◇


「……早過ぎだろ。30分も経ってねえぞ?」


 10トンのコブタマンを見たコモさんとデス爺が呆れる。


「掃討戦で人形系魔物のデカいやつがボスだったじゃん? そいつ倒したらメチャメチャレベル上がって、狩るの早くなった」


「今レベルいくつなんじゃ?」


「えーと32」


「「32!」」


 コモさんとデス爺が驚いて声を出す。

 いや、あたしもビックリだよ。

 レベルの上からは上級冒険者様だもんな。


「それよりさ、あたしいつまでコブタ狩りすればいいのかな?」


「今、こっちの冒険者が塔を攻略中だが、肉を狩れる階層に到達するまでおそらく10日くらいかかりそうなのじゃ」


 あたしは素直に感心する。


「へー、肉を狩れる階層までどれだけとかわかるんだ?」


「ヒカリとスネルが偵察しとるでな」


 平鏡の精霊ヒカリは転移術を使え、写絵の精霊スネルは分析が得意だ。

 あの2人のコンビなら先の階まで調べられるだろうな。


「あれ、じゃあこっちの精霊使いが連れてるのってコケシだけなの?」


「おっと、こっちにも精霊使いがいること知ってたのかい?」


 コモさんがまた驚く。


「あたしもヴィルに偵察させてるから」


「そうだぬ!」


 ヴィルが得意そうだ。


「初期は塔の村の様子を見に来たエルフをパーティーに入れておったな。そやつが抜けた後、ダンジョン内で精霊を1人仲間にして、現在は3人パーティーになっておる。早めにパワーカードを生産できる体制を整えたいのだが」


 コルム兄が来ればということなのだろう。


「今アルアさんとこ忙しいらしいよ。でも新しい助手が1人入ったから」


「まことか! それはよい知らせじゃ」


 デス爺が喜ぶ。


「クエスト先で帝国の山の中に行ったの。そしたら魔物がいるのに武器禁止されて困っててさ。パワーカードを何とか手に入れられないかってことだったんで、あたしが希望者をアルアさんとこの工房に紹介したんだよ」


「パワーカードなら知らねば武器と思わんじゃろうな」


 コモさんが興味を持ったようだ。


「ユーラシアはどんなパワーカードを持ってるんだ?」


「どんなって言われても、コルム兄が来たら見せてもらえばいいよ。あ、そうだ」


 『エルフのマント』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』の4枚を見せる。


「これは昔のカードで、今作れないみたい」


「獲得経験値5割増し? ハハッ、ひどいやつがあるな」


 すげー楽しそうだな、コモさん。

 見慣れないアイテムとか好きなんだろう。


「それじゃ肉は5日後にもう一度10トン届けるよ。それでいい?」


「うむ、頼むぞ」


「で、報酬の件だけど」


「オレはコブタマンを調理場に運んでるぜ」


 コモさんが慌てて逃げ出す。

 さすがに機を見るに敏だな。

 ま、元々デス爺から毟り取るつもりだったし。


「何が欲しいのじゃ」


「うーん、おゼゼか素材がいいかな」


「金はないし、素材は商品だからムリじゃ。スキルスクロールを1本やろう。5日後に2度目の肉納品が終わった時でいいな?」


 スキルスクロールとな?


「それはちょっともらい過ぎな気がする」


 スキルスクロールは一番安いのでも1000ゴールドはする高級品だ。

 当然もっと高いのをいただくに決まってるが。


「サイナスが感謝しとったぞ。ユーラシアが無償でよく働いてくれたと」


「あれはあたしがやりたかったことだからいいんだよ」


「では、過分な報酬だと思うなら、いつかその借りを返してくれればよい」


「ん、わかった」


 借りを作るのは、襟首後ろから引っ張られてるみたいでモヤモヤするな。

 が、考えてみればまだスクロール受け取ってるわけでもなし。


「お主、これからどうするのじゃ?」


「レイカを見舞いたいけどどこかな? それからこっちの精霊使いにも会ってみたい」


「おうおう、あんたが噂の精霊使いだな?」


 いきなり後ろから声をかけられる。

 察するに拳士、剣士、ヒーラー、魔法使いの4人パーティーだ。

 どこぞで応募見て来た冒険者だろう。


「どんな噂か知らないけど、当然いい噂だよね?」


「ハハッ、面白いじゃねえか。あんたここのダンジョンのエースなんだろ?」


「ここのっていうか、ドーラのエースになるつもりなんだけど」


「大きく出たな。ぜひお手合わせ願いたいもんだが」


 いや、確かにバランスのいいパーティーだけど、見たところまだあんたらレベル10にも達してないでしょ?


「うーん、丁重にお断りする」


「はっ、怖気付いたか!」


「よいではないか、相手してやれ」


 デス爺がニヤニヤしながら言う。

 今のあたし達の実力を見たいんだろうけど、それは無責任だぞ。

 あたし手加減苦手なんだよ。


「しょーがないなー。じっちゃん、『レイズ』使えたよね? ついて来て」


「うむ」


「保護者付きかよ」


 笑ってるけど、蘇生魔法はあんたらに使うんだぞ?


 村の正門から外に出る。

 いずれこの辺りも馬車や露天商で賑わうのだろうが、今のところは何もないからいいだろう。

 レッツファイッ!


「雑魚は往ねっ! 『レイズ』お願い!」


 ちーん、まあそんなもんだよ。

 うちの精霊達がモタモタして何もしてこないように見えたかもしれないけど、こういうスタイルだから。

 一撃だと何されたか覚えてるものなのかなあ。

 また突っかかってこられたら面倒なんだけど。


「あ、起きた?」


「何ですか、最後のスキル!」


 相手の魔法使いが叫ぶ。

 おー覚えてるもんなんだ。


「あれは一撃必殺のレアスキル」


「くっ、そんな隠し技があるとは」


「こんな隠し技もあるよ」


 リフレッシュ!

 全員全快、これで文句言われる筋合いないだろ。


「お主、『リフレッシュ』使えたのか」


「い、今のは幻の回復魔法『リフレッシュ』!」


 デス爺と向こうのヒーラーが驚く。


「お、おい、あんた一体レベルいくつなんだ?」


「32」


「「「「32!」」」」


「そ、そんな、ここの精霊使いは、冒険始めたばかりの素人だって聞いたのに……」


「いろいろ誤解があるのかもしれないけど、あたしはここに今日初めて来たんだよ。ここをホームにしてる精霊使いとは別人」


「な、何だ、そうなのか。悪かったな、変に絡んで」


「でもあたしも冒険者始めてまだ1ヶ月ちょいだよ」


 4人が驚く。


「1ヶ月でレベル32ってあり得ないだろうが!」


「そんなこと言われても、事実だから仕方ない」


「ば、化け物……」


 花の15歳美少女を捕まえて化け物とは失敬な。

 も少し脅しといてやろ。


「あんた達ここの精霊使いを見くびってるみたいだけど、多分あたし以上の化け物だぞ? うちのじっちゃんが、あたしじゃなくてその人をエースに据えたくらいだから」


 4人は声も出ない。


「それからこの一見幼女はうちの子だから。時々この村にも来る予定だけど、絶対にからかわないようにね」


 とヴィルを撫でてやる。

 剣士と拳士は幼女? とわけのわからなそうな顔をしているが、ヒーラーと魔法使いは気付いたらしい。


「高位魔族!」


「あ、悪魔を従えてる?」


「うん、成り行きでね。悪い悪魔じゃないんだよ。可愛がってやれば害を及ぼすことはないけど、変にバカにしたりすると塵にされるから気をつけてね」


「よろしくお願いしますぬ!」


 4人ともすんごい顔白くなってるけど大丈夫かなあ。

 あんまり自信喪失されても、この村の収入に関わるんだっけか。


「あんた達、パーティーバランスはすごくいいじゃん。少々魔物が適性レベル以上でも勝てるだろうし、ここの塔でも稼げると思うよ。でも世の中とんでもないやつはいるから。このじっちゃんみたいに」


 4人の目がデス爺に集まる。


「知ってるかもしれないけど、この村の村長だよ。で、おそらくドーラ大陸一の転移術師。ケンカ売る相手は選ばないと長生きできないよ? どんなに強くても、亜空間に飛ばされたら何にもできないんだから」


 4人はコクコク頷く。


「頑張ってね。この塔は経験を積むにもおゼゼ稼ぐにも都合がいいんだ。地道にやってれば、あんた達なら必ず強くなれるよ」


 デス爺がこっちを睨む。

 もう少し褒めてからリリースせんかいってことだろうけど、そんなの自分でやってよ。


「ふむ、しかし今の戦いを見せてもらったが、仕掛けも連携も悪くなかったな。後衛2人いるというのも恵まれておる」


 4人の顔がようやく明るくなる。


「レベルさえ上がれば、名の知れた冒険者となれるであろうよ。期待しておるぞ」


「「「「はい!」」」」


 その『期待しておるぞ』が効くのは、あたしがデス爺を持ち上げたからだぞ?


「そうだ、あたしさっきお肉たくさん狩ってきたんだよ。今日の食堂の目玉になるから、ぜひ食べてってね」


「ああ、いろいろすまなかったな」


 4人組は手を振りながら去っていった。

 余計な時間を食ってしまった。

 面白かったけれども。


「じっちゃん、レイカはどこで休んでるの?」


「おお、そうじゃった。こちらじゃ」


 1つの小屋に案内される。


「こんにちはー。レイカ、生きてるかなー?」


「うーん、あっ、ユーラシア! こちらへ来たのか」


「いやいや、身体起こさなくていいから、ゆっくり休んでてよ」


「し、しかし食料が足りなくなってしまうし」


 責任感強いなー。

 もっと堂々と寝てなよ。


「あたしが肉狩ってくるから10日は大丈夫。その後はダンジョン内で狩れるらしいよ。だからゆっくり身体休めな」


「すまない。せっかくデス村長からスキルをいただいたというのに不甲斐ない」


「あんた冒険者がやりたいんでしょ? 肉ハンターやりにここへ来たんじゃないでしょうに」


「うむ、しかし肉狩りでレベルも2上がってな、やり甲斐もあるのだ」


 目的が変わっとるがな。


「まあ肉ハンターが楽しいならそれでもいいけど、ダンジョンの中でやりなよ。ここ『永久鉱山』だからさ、中の魔物はいくら狩っても減らないんだ」


 レイカは初めてその点に思い当たったようだ。


「そうか、フィールドの獣が減ってきて狩りづらくなってきたところなのだ」


「そりゃそうだろうね。狩れば減るのが当たり前」


「ソロではちょっとキツいダンジョンだって聞いた。メンバーを募らないといけないな」


「低層階はソロで大丈夫だと思うけど」


 あの掃討戦を1人でこなしてたレイカの実力でダメなら、初心者お断りになっちゃうもんな。

 件の精霊使いは素人だと言うし。


「うん、人の出入りがすごく多くなりそうな気配だよ。その内レイカの気に入る人も来ると思う」


 レイカが将来のパーティーに思いを馳せているようだ。


「前衛が欲しいな……」


「前衛なんて腐るほどいるって」


「そうか、なんかワクワクしてきた。こうしちゃいられない!」


「寝てろ」


 飛び起きてどこかへ行こうとするレイカをムリヤリ押さえつける。

 まったくこいつは熱血成分過剰なんだから。


「そうだ、赤の民の村に伝言ある?」


「あ、ユーラシアもここへは転移で来たのか? じゃあお願いする。手紙をしたためるから、少し待っててくれ」


 飛び出してきたレイカはいいかも知れないが、村の知り合いや御家族は心配だろう。

 手紙を届けてやれば安心材料になるに違いない。


「赤の民の村の人は、レイカの現況についてどこまで知ってるの?」


「え? 何も知らないぞ?」


「冒険者になって西への移民団についてく、くらいは話してるんでしょ?」


「いや、荷物だけまとめて村を出てきたから」


 ちょっと待てい。

 どーゆーことだ。


「思い立ったが吉日、というのが赤の民の行動原理でな」


「いい話風だけど、やってることは知らない道どんどん歩いて行って、迷子になる幼児と一緒だからな?」


「何を言う、私は迷ってなどいない!」


 レイカが一言だけ書き付けた木片をよこす。


「これを里に届けてくれれば嬉しい」


「『赤く燃えている』……何これ?」


「赤の民ならばこれで全てが伝わるのだ」


「そんなわけあるか!」


「本当だぞ?」


 おおう?

 思いの他レイカが真顔なので、大人しくその木片を預かっておく。


「じゃ、あたしは行くから。あんたは体調整えなよ」


「病気じゃないから、寝たら大分良くなったんだけどな」


「それもそうか。ともかく肉の準備の方はあたしがクエストとして請けたんだ。さっきも言ったけど、10日分は任せておいて。その頃には塔で肉狩りできるらしいから、レイカもダンジョン慣れしといた方がいいと思う」


「そうだな、低層階回ったり仲間に目星つけたりしとくよ」


 あ、1つ聞き忘れた。


「ここの精霊使いってどんな人?」


「お、やはり気になるのか」


「そりゃあなるよ」


 あの慇懃無礼精霊コケシを連れているのだ。

 気になるに決まってる。


 レイカが悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「私達と同じくらいの年齢の、赤い瞳の女子だ」


「あ、女の子なんだ。嬉しいな」


 バエちゃんと同じ赤い瞳?

 クララとさりげなく視線を交わす。


「私は彼女の敵らしい。ユーラシアも多分、敵だぞ」


「何それ、難しい子?」


 あたしは警戒するが、レイカは大笑いしている。


「いや、相当面白いやつだよ。ユーラシアなら間違いなく彼女に興味持つし、問題なく扱えると思う」


 あんた、あたしの何を知ってるんだよ。


「わかった、参考になったよ」


「名前はエルと言うんだ。そろそろ塔から戻る時間だと思うぞ?」


「うん、ありがとう。レイカは焦らず養生するんだよ」


「ああ。ユーラシアが働いてくれるなら、安心して体を休めるよ」


 レイカに別れを告げ外へ。

 アイテム換金しておこうかな。

 道具屋へ。


「こんにちはー」


「あれ、誰かと思えばユーラシアじゃないか。こっちへ来たのかい?」


「今日は臨時だけどね。じっちゃんほど自由じゃないけど、あたしもこっちへ移動できるようになったんだ。時々来ると思う」


「そうかいそうかい、それは大したもんだ」


 冒険者の動向はどうなのかな?


「売り買いは活発だったりする?」


「いや、まだまだだね。募集で来た冒険者達も、まだ塔に入ってるパーティーはいないんじゃないかねえ」


 ふむ、まだ情報収集の段階か。

 冒険者なら当然の選択と言えるが、精霊使いのパーティーしか潜ってないなら、その情報収集もままなるまい。

 誰かがしびれを切らして塔に入るのを、皆して待ってるというところかな。


「アイテムあるんだ。換金していっていい?」


「ああ、歓迎だよ。チドメグサや魔法の葉があればありがたいね。より付加価値の大きいポーションやマジックウォーターに加工したいんだが、材料が足りないんだ」


 消耗品を換金する。

 なるほどな。

 食堂や宿屋は人さえ来れば盛況だろうが、道具屋や鍛冶屋はうまく回るまで時間がかかりそうだ。


「エルって子に会うにはどこに行けばいいかな?」


「エルちゃんを知ってるのかい? 最初は本当にただのお嬢さんでね、大丈夫かって心配してたけど、さすがにデスさんの見立てだねえ。毎日塔に入って、大分冒険者らしくなってきたよ。ボチボチ戻ってくる頃合いだ。真っ直ぐ食堂に行くことが多いから、そこできっと会えるよ」


「ありがとう、行ってみる」


 さて食堂は、と。

 あの大きい建物か。

 まだ食事処も1ヶ所しかないけど、発展すれば多くなっていくんだろうな。


「姐御、そのエルという精霊使い、すぐにわかりやすかね?」


「精霊連れの女の子なんて、世界に2人しかいないんだぞ?」


 食堂に入っていく。

 時間が中途半端だからか、それとも冒険者の絶対数が少ない割に建物が大きいからか、中は閑散としている。


「おう、ユーラシアか。精霊3人連れとは見違えたぜ。肉取ってきてくれたんだってな。感謝するよ」


「エルちゃんが来たら挨拶したいんだけど」


「ああ、そういうことか。じゃあ奥の大テーブルにいろよ。もうすぐ来るはずだぜ? 何か注文してくれ。ドリンクはサービスしてやるから」


「ありがとう! じゃあコブタ唐揚げとサラダの大皿盛り合わせ、それにカモミールティー4人分お願い」


「おう、エルが来たらそっちへ通すよ」


「はーい」


 と、料理が出てくる間もなく精霊使いエルが来たようだ。


「おーい、エル! お客さんがお待ちだ」


 ごく薄い紫の髪に大きく赤い目。

 細かく小さなパーツのたくさんついている、上下に分かれたあまり見かけないタイプの服を着、えんじ色の丸い帽子を被っている。

 人形みたいに整った顔立ちだが、どういうわけか表情は険しい。


「あたしはユーラシア、あなたと同じ精霊使いだよ。よろしく」


 あたしをじっと見つめていたエルが言葉を発する。


「君は……敵だね」


「おっぱいの大きさだけで敵味方決めると、人類の半分が敵になるからやめとき」


「はうっ!」


 図星か。

 ユーラシア様のカンを舐めるなよ?

 あんたの視線の方向で見当ついたわ。


「ねえコケシ、何なのこの子?」


 エルに従っている詰草の精霊コケシは、灰の民の村出身でうちのクララと仲がいい。

 が、その性格は天と地ほど違う。

 クララが癒し系ならコケシは撲殺系だ。


「今のはユーラシアさんが悪いです。せめて『女性の半分が敵』ならばダメージも小さかったのに、『人類の半分が敵』などと真実を語るから」


「はうっ!」


 相変わらずコケシの言葉は容赦がないな。

 でも面白いから乗ってやろ。


「本当のことでしょ。あたしもある方じゃないと思うけど、その子にはないもん」


「はうっ!」


「板であろうと絶壁であろうと大平原であろうとないものはなかろうと! デリケートな部分に触れてはならないのです。たとえ触れるものなどないとしても!」


「……」


 自分の主人を完膚なきまで叩き潰すコケシ。

 オーバーキルにもほどがあるだろ。

 あ、エルがぴくぴくしてきた。


「クララ、『レイズ』お願い」


          ◇


「……助かりました」


「だからその恨みがましい目やめなよ。あんたを殺めたのはあたしじゃなくてコケシだから」


 あんまり感謝していなさそーな表情をしているエルに言ったった。

 こらコケシ、実行犯のクセに第三者みたいな顔やめろ。


「……君とコケシが化学反応を起こすと危険なのは理解した」


「互いの理解を深めるのは大事だね。いやー良かった」


「……そんなに良くない気がする」


「気がするだけだよ。あっ、コケシ。準備運動を始めるとは用意周到だね」


 赤い瞳に脅えの色を見せるエル。

 なるほど面白いぞ?


「改めてこっちのメンバー紹介するね。眩草の精霊クララ、剛石の精霊アトム、散光の精霊ダンテ、悪魔ヴィルだよ」


「「「悪魔?」」」


 エル、コケシ、もう1人の武士みたいな精霊が同時に聞く。


「うん、悪魔。いい子だから可愛がってね。ヴィル、エルのお姉ちゃんにぎゅーしてあげなさい」


「わかったぬ! ぎゅー」


 ヴィルのぺたんこに癒されたのだろう、エルから喜悦の声が上がる。


「ああ、君は仲間! 君は天使!」


「悪魔ぬよ?」


 不満気な声を上げるヴィル。

 こっちではアトムとダンテがコソコソ話をしている。


「ヤバくねーか?」


「ヤバいね」


 精霊にヤバい扱いされる精霊使いってどうなんだ?

 ホコホコした笑顔になったエルが言う。


「はあ、堪能しました。こちらのメンバーを紹介するよ。ボクがエル、詰草の精霊コケシ、それと蛍石の精霊チャグ」


「「「チャグ?」」」


 ボクっ娘にツッコもうとしたら、うちの精霊3人が思わぬところに反応した。

 何なの?


「変わったお名前……」


「あまり聞いたことねえな」


「グーフィーネームね」


 そーなの?

 精霊の名前のセンスよくわからない。


「そういえば、コケシも以前、チャグの名前には反応していたな」


「キラッキラのお名前です」


「拙者自身はそうおかしな名とは思っておらぬのでござるが」


「喋り方も武士だねえ」


 コケシといいチャグといい、こんなに個性の強い精霊を連れてるエルの精霊支配力は、あたしより強いのかもしれないな。


「で、エルの一人称についてだけど、それはやはりサイズに合わせて?」


「どこのサイズだ!」


「どこのって、ハッキリ言ったら怒るんだろ?」


「それはひどいです! エル様の胸は精一杯努力してこのサイズなのです! 成長の余地などないのです!」


「ユーラシアとコケシの掛け合いはやめてくれ。ボクのヒットポイントがなくなる!」


「ヴィル、出番だよ」


「了解したぬ! ぎゅー」


「癒されるー」


 何のコントだ。


「一人称はどうでもいいや。エルはどこから来たの?」


 突然現れたレアなはずの精霊使い。

 バエちゃんと同じ赤い瞳、見慣れない服装。

 その謎には切り込んでおかないと、あたしの好奇心が納得しないわ。


「ボク自身も詳しくはわからない。だからどこって言われても困るんだけど、簡単に言うと他所の世界からこっちに召喚されたんだ。あのハゲジジイに」


「じっちゃんに?」


 デス爺のやってることもよくわからんな?

 それはひとまず置いとくとしても、エルはエルで他所の世界とか普通に言ってる。

 その辺秘密にすることじゃないみたいだな。


「こっちにいきなり連れてこられて、かれえ食べられないのはツラくない?」


「すごくツラい。時々無性に食べたくなるんだ。……あれ、どうしてカレーを知ってるの?」


「あたしは異世界の食べ物研究してるんだよ。まよねえずは再現できたから、いずれこっちの世界でも売り出すつもり。来年トマトが取れたら、けちゃっぷも作ってみる予定なんだ」


「えーっ、すごいすごい!」


「でもごめん、かれえは多分ムリ。あれ香辛料難しいじゃん」


「あーそうだろうなあ……」


 ふむ、バエちゃんと同じ世界の住人で間違いなし。

 さらに突っ込んだ話はどうだ?


「じっちゃんのやったことはあまりにも横暴だと思う。まるっきり誘拐だもんな。あたしが一緒に抗議してやってもいいけど?」


 エルは苦笑しているように見える。


「うーん、ボクは向こうであんまり面白くない環境に置かれていたんだ。そこから救い出してくれたことには感謝している」


「……じっちゃんならエルを元の世界に転移させることは、おそらくできるよ。でもじっちゃんがボケたり死んだりしたらそれも不可能、誰にもできなくなるんだ。こっちの世界でいいのかい?」


 あたしはエルの赤い瞳を見つめる。


「……こっちの世界は好きだよ。ボクをとても大事にしてくれる。例えばここの食堂は、ボクのパーティーの食べる分をタダにしてくれるんだ」


「うそっ! いーなー。あたしも食べ放題の世界で暮らしたい!」


 全員で笑う。

 エルはこっちの世界を選んだ、と考えていいだろう。


「それに君という知人もできた」


「友人と言ってはもらえないのかな?」


 あたしとエルの視線が重なる。


「……君という友人もできた」


 エルは照れ笑いして顔を伏せる。


「あたしは友人には手加減しないよ」


「え?」


 不穏な気配を感じたか、表情が固まる赤い瞳の精霊使い。


「コケシ、エルはもう少し遊んで欲しいそうだよ!」


「お願いだからそれはやめてえ!」


          ◇


「拙者は自らの力を試したくてな。たまたまパワーカードを手に入れたのでこの塔で戦っていたのだ」


「オー、その気持ちはわかるね。ミーも同じね」


「あっしもそうだ。ようやくパーティー全員がカード7枚揃ったところだぜ」


 チャグ、ダンテ、アトムの話が盛り上がっている。

 冒険者になりたかった連中は仲いいな。

 コケシがしたり顔で言う。


「エル様、私達もカードの数は揃えたいところですね」


「パワーカードの職人がもう何日かで塔の村にも来るよ。1週間くらいかな」


「そうなのかい? それは楽しみだ」


「あれ? そういえば、こっちでは今カードどうやって手に入れてるの?」


「最初にもらったものもあるが、ダンジョンにもたまに落ちてるんだ」


「え、何で?」


 クララが言う。


「ユー様、おそらくヘプタシステマの開発者であるドワーフと関係のある塔です」


「そーなの?」


 あたし達じゃ手に入らないタイプのカードが拾えるのかも。


「将来ダブって要らなくなるカードがあったら売ってよ」


「いいけど、どうしてだい?」


「今では作れない昔のカードってのがあるんだよ。この塔ならそれがゲットできるかもしれないんだ」


「ユーラシアはこの塔に昇る気はないのか?」


 うーん、それも悪くはないんだが。


「それはやっぱりエルやここの冒険者たちの仕事だと思うんだな。あたし達には向こうでやることがあるから」


「そうか」


 そんなにしんみりされても困るんだが。


「ボス、レディー、チャグが倒れたね」


「あっこらアトム! あんたお酒飲ませたでしょ!」


「ひ、一口だけですぜ!」


「レディーってボクのこと?」


「喜んでる場合か!」


 てんやわんや。

 クララの提案で、基本状態異常解除の白魔法である『キュア』かけたら効いた。

 解毒に当たるらしい。

 アトムが大喜びだ。


「これからはいくらでも飲めるぜ!」


「捨てて帰るぞ?」


          ◇


「やー遅くなっちゃったね。そろそろ帰るよ」


「寂しくなるな……」


 わからなくもない。

 エルにとっては知り合いもいない場所だ。

 精霊交えてバカ騒ぎできる同世代ってあたしだけだもんな。


「また5日後に来るよ。フィールドで肉狩りしてたレイカって赤髪の子いたでしょ? あの子がオーバーワークで倒れちゃったからさ、あたしが肉納めることになってるんだ」


「レイカ……あまり接点がないな」


「あの子はあんたが面白いやつって見抜いてたぞ?」


「そうなのかい?」


 エルはビックリしたような顔をする。


「レイカも塔に活動の場移すって言ってたからさ、仲良くしてやってよ」


「あ、ああ」


「あたしもまたコケシとコンビで構ってやるから」


「それはいい。フリじゃなくて本当にいい」


 却ってフリっぽくなってるんだけど。

 押せっていうサインだろ。


「じゃねー」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇

 

「さて、本日の復習と明日以降の予習をします」


 帰宅後に会議を行う。

 単なるうちの子達とのお喋り時間ともいう。


「エルさんと知り合ったことは、イシンバエワさんに言わない方がいいと思います」


「うん、それはどうして?」


 エルとバエちゃんが同じ世界の住人であることは、まず間違いないだろう。


「エルさんがいなくなったことを、向こうの世界で問題視してる可能性が高いです。もしこちらの世界に召喚したことが知られた場合、何が起こるか予想がつきません」


「そうだねえ」


 至極もっともだ。

 最終的に決着をつけなきゃいけないのかもしれないが、今はその時期じゃない。

 しかしエルとバエちゃんの両方に接点を持ってるのは、あたし達だけか。

 それはちょっと愉快だな。


「エルの方は突っ込んで聞いてもいいだろうね。口止めされてるはずがないから。楽しみだなあ」


 今日のエルの惨状を見ていたうちの子達が、サディスティックな笑みを浮かべるかと思えばそうでもないな。


「うちの姐御も相当だが、あのコケシはとんでもねえやつだったな」


「デンジャラスってワードがカワイク思えるね」


 クララが消え入りそうな声で呟く。


「いえ、いつもはあんなんじゃないんです……」


「あたしと話す時は大体あんなんだなあ」


 どーしてクララがコケシと仲いいのかマジで謎だ。

 互いにないものに惹かれ合うのだろうか?

 2人とも勉強家っていう共通点はあるけれども。


「でも今日はいい1日だったよ。じっちゃんに紹介できたから、塔の村には安全にヴィルを飛ばせるようになったしね」


「明日以降はどうしやす? 5日後まではクエスト完了できないようで」


「そうみたいだねえ。早めに片付けときたい用は、レイカから預かった木片を届けることだな。だから明日は灰の民の村へのお土産用に肉狩って、それから赤の民の村行こうかと思ってる」


 うちの子達が頷く。


「ギルドでヴィルをお披露目するのも急ぎたいんだよね。でもこの前ペペさんいたんだよ。新しいスキル出来てるのかもしれないから、お金作ってから行きたい。なのでアルアさんのところで素材を換金するのが先」


「予定が立つのはそこまででしょうか?」


「そうだね」


「あとはケセラセラね」


「よーし、今日はお終い。おやすみっ!」


          ◇


 ――――――――――同日、聖火教アルハーン本部礼拝堂奥の間にて。

 20本の?燭の揺らめく薄明かりの中で、『黒き先導者』パラキアスと聖火教大祭司ユーティが会談していた。


「あの子、『これはいつでも壊せる位置に設置した方がいいかな?』なんて言うんですよ。気付いてるに決まってます」


 ユーティが拗ねたような、諦めたような顔で話す。


「ハハハ、素晴らしくカンがいいな、第一の精霊使いは」


「それで連絡のために悪魔がこの聖域に立ち寄ってもいい、と約束させられたんです。もう、何てこと!」


「ふうん、悪魔だと?」


「あの子の連れていた悪魔が、庭に噴霧している聖水に驚いて礼拝堂の中に飛び込んで来たんです。それで一騒ぎあって」


「『地図の石板』を行使させることと引き換えに、その悪魔を解放したわけだな?」


「結果的にそういうことになりましたね」


 パラキアスは興味深げだ。


「君の目から見てどうだ? その悪魔を完全に使いこなしてるようだったか?」


「使いこなすというか……そうね、可愛がってるようだったわ」


「可愛がる? 悪魔をか?」


 パラキアスは愉快そうに頬肉を振るわせる。


「想像を超えてくるな。で、帝国の山奥の方はどうなった? 君の同胞の」


「今日様子を見てきましたが、そちらは全然問題なく。ええ、魔物を一区画分丸々退治して耕地にできる土地が格段に増えた、焼き肉パーティーがとても良かったと、皆喜んでましたわ」


「例の転移石碑は?」


「さりげない位置に埋めてありました」


 パラキアスは安堵したようだ。


「あれはデス殿の傑作だ。エーテルでも注ぎ込んで作動させない限り、魔力探知に引っかからないからな。装飾とでも思ってもらえれば、帝国に転移技術が流出する可能性は格段に減る」


「すみません、私の我が儘で」


「何を言う。救える命は救う、ということで私達の考えは一致しているだろう?」


 頷きながらユーティは思うのだ。

 パラキアスは確かに人命を尊重し、優先させる。

 しかし『目的のために効率よく人を殺す』という考えが根本にあるのではないか?


「それで、村人を1人ドーラに連れて来たということだったか?」


「はい、向こうでは帝国に武器の所持を許可されておらず、そのため魔物の駆除すらできなかったんです。それでこちらのドワーフのパワーカードの工房に紹介し、技術を習得してもらうとのことでした」


「パワーカードとはあの何と言ったか、精霊用のエーテル起動する武器防具装備体系のものだな?」


「ヘプタシステマ、ですわね」


 ユーティの知識も付け焼刃だ。

 それほどパワーカードの一般認知度は低い。


「そうだそうだ、ヘプタシステマ。掃討戦で大活躍した精霊使いが使用して、最近急に注目を浴びていると聞いたところだった」


「あれなら知らない人は武器とは思わないでしょう」


「うむ、パーフェクトだ。ユーティ、よくやってくれた!」


 ユーティは最初に自分のところに辿り着いた『アトラスの冒険者』に『地図の石板』を譲っただけだ。

 それがあの不思議に押しの強い精霊使いの少女だったのは、ただの偶然に過ぎない。


「神の思し召しでしょうか?」


「それならそれでいい。神とやらを褒めてやりたい」


 ユーティは瞠目する。

 何を言い出すのだ、この罰当たりな男は。


「以前灰の民の村を訪れた時、デス殿が私に言ったのだ。精霊使いユーラシアは命じた通りに動かないと。しかしどうだ、誰よりも働き、目覚ましい成果を上げてくれるではないか!」


「……私もあの子はこちらの思った通りには動かないと思います」


「いや、構わない」


 パラキアスは理想に満ちた目でユーティを見る。


「最終的に役に立ってくれさえすればいい。そういう風に追い込んでもいい」


「偽悪的な物言いは反発を招きますよ」


「……そうだな、気をつける」


 ユーティはそれが偽悪的でも何でもなく、パラキアスの本心であることを知っている。

 その志向がユーティの理念と必ずしも一致しないということも。

 しかしパラキアス以外にドーラをまとめ、聖火教徒を救える個性がないこともまたよく理解していた。


「帝国との戦争は避けられませんの?」


「オルムスとオリオンの報告から判断すると難しい」


 レイノス副市長オルムス・ヤンと船団の頭オリオン・カーツ。

 このドーラ大陸において最も帝国情報に詳しく、また分析力も確かな2人だ。

 その両名の報告ならば、人の血が流されることは必須なのだろう。


「ふーっ……」


「ため息か。冷静沈着な君が珍しいな」


「……人同士が争う様を見なければいけないかと思うと、気が重いのです」


「そうか」


 パラキアスはユーティの最後の言葉など聞いていないだろう。


「あの娘が『アトラスの冒険者』になって、まだ1ヶ月強のはずだ。それが既に上級冒険者、今後は重要な戦力になり得る。ぜひともこちら側に引き込まねばならん」


「……そうですわね」


 ユーティは今になって精霊使いの少女の言葉が輝かしいものに思えるのだ。

 あれこそが希望ではなかろうか?


『誰かを信じなきゃいけないなら、精霊使いユーラシアを信じなよ。その方があたしも気分良く働けるからさ』


          ◇


「カカシー、行ってくるね」


「おう、ユーちゃんこっちは任せとけ」


 畑番の精霊カカシによると、この前植えたステータスアップの薬草群は、もう株分けして増やせるとのこと。

 早くね? と聞いたら、エーテル条件が適性ならば成長はかなり早いのだそうだ。

 直ちに株分けしたよ。

 当面は食べずに増やすことを原則とする。


 今日は赤の民の村に行く予定だ。

 その前にお土産を用意しないと。


          ◇


「アリスー、こんにちは」


「あら、いらっしゃい。またコブタマンを狩りに?」


「うん、そう。皆に喜んでもらえるんだ」


 本の世界へやって来た。

 アリスは金髪碧眼、帝国宮廷風クラシックドレスと赤い靴を身につけた人形だ。

 本の世界のマスターでもある。


「あなたはしょっちゅうここに訪れてくれるのね。嬉しいわ」


「何故ならここに肉があるから!」


「ま、まあ、あなたの行動原理に口を出す理由はないけれど」


 ん? どうした。

 含みのあるような言い方だな?


「何かあったの?」


「そういうわけでもないのだけれど……ドーラの近海は海の一族の領域、人は立ち入れないということは知ってるわよね?」


 昔、暗黒大陸と呼ばれていた時代、外部からドーラに立ち入ることは一切できなかった。

 ところが120年ほど前の海の一族の内乱時に、カル帝国の探検隊がドーラに辿り着いて植民地化したのだ。

 後、あるノーマル人がその内乱に介入して、レイノスとその航路の通行を海の一族に認めさせたという、伝説じみた言い伝えがある。

 現在でもドーラで海運や漁業が発達しないのは、ドーラの近海が海の一族の領域であるからなのだと。


「本当かウソかは知らないけど、そういう話があるのは知ってる」


「本当よ。だけどカル帝国はそれを回避する船を開発したわ」


 とゆーことは?


「ドーラでもその技術を導入すれば、船で魚取ったり物運んだりできるのかな?」


「そこまではムリよ。海の一族に気付かれず、小さな船がそーっと行き来できるかってくらい」


「何だ、あんまり役に立ちそうじゃないな。でもアリスがわざわざ話してくれたってことは、重要なことなんだよね? ありがとう」


 アリスは事実を語るけど、予想や思惑についてはほぼ語らない。

 そこは聞き手が判断しないといけないのだ。


 アリスは微笑む。


「では、お気をつけあそばせ。良い肉を」


「良い肉を」


          ◇


 コブタ2トンをクララが捌いている間に、アトムを連れてアルアさん家に。


「アルアさーん、こんにちはー! 素材換金しに来た!」


「あんたはいつもけたたましいね。でもいいタイミングだったよ。最近、素材が不足気味なのさ」


 パワーカードの引き合いが増えてるということに関係があるんだろうな。

 山の集落でもらった大量の素材を換金する。


「ほう? いくつもレア素材があるじゃないか。やるねえ」


 初めてのレア素材である『バロールアイ』『緑岩綿』のものも含め、交換対象カードがいくつか増え、10000ゴールド近い収入になった。

 ようやく金欠脱出だ。

 残り交換ポイントは1113。


「ゼンはすごく熱心働いてるよ。覚えも早い。あんたに話があるって言ってたから、作業場の方に行ってみな」


 作業場でコルム兄とゼンさんが話をしている。


「こんにちはー」


「やあユーラシア」


「もう客人って言うのもおかしいな。ユーさんでいいかい?」


「もちろん」


 2人とも元気そうだ。


「昨日、塔の村に飛べるようになったから行ってきたの」


「塔の村とは、デス前族長達の移住先だな?」


「そう、あっちにも精霊使いがいてさあ、ダンジョンでたまにパワーカード拾えるらしいんだけど、早く職人が来ないかって待ってるよ」


「そうか」


 コルム兄はニコニコする。

 必要とされるのが嬉しいのだろう。


「ゼンさんはどう? ちょっとは慣れた?」


「覚えることがやたらと多くて忙しいわ」


「そりゃそうだね」


「おお、そうだ。ひとつ頼まれてくれるか」


 ゼンさんがゴソゴソして何かを取り出す。


「これ、パワーカード?」


「『スラッシュ』のパワーカード。コルムさんに作ってもらったんだ。うちの村に届けてくれんか」


 数日後にここを去るコルム兄が、ゼンさんとその村の境遇に感じるものがあって製作したのだろう。

 たとえ1枚でも、あの村には必要なものだ。


「わかった。責任持って届けるよ。アルアさーん、カード交換お願い!」


 『ホワイトベーシック』と『ナックル』を受け取る。


「この3枚をゼンさんからだって、山の村に届ける。素材もらい過ぎだったし」


 複数のカードがあれば、それだけ村の安全度は増す。


「そりゃあいけねえ」


 ゼンさんが困惑する。


「村はユーさんに未来を与えられたんだ。本来、あれっぽっちの素材と引き換えになるもんじゃねえ」


「じゃあゼンさんに2枚貸しだ!」


「え?」


「将来、オリジナルのカード作ったらあたしにちょうだい」


 ゼンさんが目をしばたく。


「い、いいのかい?」


「貸しだよ。すんごいの作らないと許さないよ!」


「甘えときなよ。ユーラシアは気前だけはいいんだ」


「ギャグセンスと女っぷりもいいんだよ?」


 笑い声が重なる。

 残り交換ポイントは913。


「すいませーん、交換レート表はもらって帰りますね。家で検討します」


          ◇


「そうか、ゼンは元気でやっとりますか」


「すごいやる気だよ。あたしもありがたいの」


 カル帝国・山の集落の長老クランさんに、ゼンさんから預かった3枚のパワーカードを渡した。

 長老はじっとカードを見つめている。


「これがあれば、魔物が侵入してきたとしても、何とか押し返せるであろう。御足労、すまんことでしたな」


「いいんだよ。ゼンさんからの届け物があったり、向こうの聖火教関連で伝えるべきことがあったらまた来るから」


「うむ、お待ちしている」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 ふいー、結構せわしないな。

 帰宅後、肉を持って灰の民の村へ行く。


「サイナスさーん! お肉お土産だよ。皆で分けて」


「ありがとう、すまないねえ」


「嫌だねえお父っつあんたら。それは言わない約束でしょ」


「そういうのいいから」


 あら拍子抜け。

 引っ張られても困るけど。


「カラーズ部族間の話し合いってどうなってるかな?」


 サイナスさんが柔和に笑う。


「極めて順調だ。灰・黄・黒が主導して、全村が緩衝地帯に試験的に出店することに決まった」


「おお、やったあ!」


「3日後から始まるよ」


「早っ!」


 そんな急に話が進んでたのか。

 ビックリだ。


「まあ、どこもやりたかったことなんだよね。きっかけのなかった事案が急に回り始めた」


「あたしのおかげだね」


「その通りだ」


「……そう来られると恥ずかしいんだけど」


 サイナスさんは破顔する。


「アハハハ、今日こっちに来たのは何か用があったのかい?」


「あ、うん。じっちゃんについて塔の村へ行った赤の民の女の子がいるんだけどさ、その子からの預かり物があるから、赤の民の村行ってくる」


「ん? 君、西の移住先に行ったのかい?」


 サイナスさんは少し驚いたようだ。


「『アトラスの冒険者』のクエストで、塔の村にも飛べるようになったんだよ。向こうの状況もあらかたわかって良かった」


「そうか、あっちは『塔の村』って呼ばれてるんだな。それにしても『アトラスの冒険者』、便利過ぎないか?」


「いや、塔の村と繋がったのはたまたまだけどね。肉がなくて困ってたから、あたしがしばらくの間、持ってくことになった」


「得意技だな」


 いつの間にかあたしが肉ハンター扱いだ。

 まあ肉狩りは好きだけれども。


 あ、そーだ。

 アレを伝えておかねば。


「話変わるけど、緩衝地帯からレイノスの方へ強歩2時間くらい行ったところに、聖火教の大きな礼拝堂あるの知ってる?」


「ああ、あるな。それがどうかしたか?」


「あそこ結構人の出入りあるんだけどさ、買い出しにわざわざレイノスまで行ってるんだって。店始まったらこっちにも買いに来いって知らせてあげて」


 サイナスさんが感心している。


「ユーラシアはあちこちに伝手があるんだね。わかった、知らせておく」


「主に欲しいのが食料品と蝋燭って言ってた。蝋燭どこかの村で作ってないかな?」


「黒か緑かな……聖火教の蝋燭なら大きさに指定があるんだろう? それ以上は相談しないといけないね」


「その辺もよろしくお願いするね」


「ああ、任されたよ」


 さて、ここでの用は終わったし。


「赤の民の村行ってくるね」


「行ってらっしゃい。気をつけろよ」


          ◇


「炎だねえ」


「炎ですねえ」


「炎だぜ」


「ファイアーね」


 赤の民の村の門の前まで来た。

 その門が炎モチーフなのだ。

 黄の民のバカデカい門といい黒の民のドクロ門といい、部族の特徴が出てるよなあ。

 灰の民は地味というか何というか、そういうところ無頓着な傾向にある。

 精霊の飾りでもつけておくとわかりやすいのかもしれないが、大仰なのは灰の民っぽくないしな?


 村の中に入ると、あちこちから活気のある音や声が聞こえる。

 黒の民の村の静かさと対照的な雰囲気だ。

 そういえば赤の民は、鍛冶・陶芸・ガラス工芸などが得意だと聞くな。

 いずれ仲良くしたいものだ。 


「さて、どうしようか」


 手の中には『赤く燃えている』と書かれた木片が1つ。

 どーしろとゆーのだ。

 途方に暮れるわ。


「里に届けてくれ、ってだけだったぜ?」


「里の誰だよ? どこにだよ?」


「フーとフェアーがワッツね」


 クララが考えながら言う。


「レイカさんは『赤の民ならばこれで全てが伝わる』とおっしゃってました。赤の民のどなたかに見せてみては?」


 それしかないか。

 その辺歩いてた男を捕まえて聞いてみた。


「これを赤の民の村に届けてくれって頼まれたんだけど……」


 灰の民か? っていう怪訝な顔をしていた男の顔がパッと明るくなる。


「あんた、有名な精霊使いユーラシアなのか!」


「かの有名な精霊使いユーラシアだよ」


「そーかそーか、レイカは西の塔の村にいるのか。冒険者やってるんだな?」


 ボー然。

 マジで赤の民はこれで理解できるのか?


「えーと、レイカの御家族の方とかにこれ持ってった方がいい?」


「いや、そんなことよりあんた、中央広場に来てくれよ!」


 何が何やらわからん内に広場に連れて来られ、村人がたくさん集まってきた。

 どーゆーこと、これ?

 何が起きてるのか、サッパリ理解できないんだけど?


 先ほどの男が声を張り上げる。


「紳士淑女諸君、まずはこの場にお集まりいただいたことに感謝しよう!」


「「「「「「「「うおー!」」」」」」」」


「ついに行方不明だった火魔法使いレイカの行方が判明した!」


 途端に静まる群衆。

 ふむふむ、要するに今のレイカの活動を大々的に発表しようということか。

 やはり心配されていたんだな。


「その前にレイカの消息を知らせてくれた客人を紹介する! 先の西アルハーン平原魔物掃討作戦で格別の働きを示し、天下にその名を響かせた精霊使いユーラシアだ! 拍手!」


「うおー!」


「あれが精霊使いユーラシアか!」


「ヒューヒュー!」


「マジで精霊連れてるんだな!」


 どーしてあたしが話題の中心になる?

 こーゆーノリ嫌いじゃないんだけど、わけがわからないまま自分が対象になると、えらく居心地悪いな。


「精霊使いがもたらしてくれた、レイカ直筆の木札はここにある!」


 男が木札を高々と掲げる。


「では、精霊使いその人の口から聞こうではないか、我が同胞レイカの行く先を!」


 しーんと静まりかえり、皆があたしに注目する。

 えらく張りつめた空気だな?

 何故にただの近況報告がこうなるんだ?

 全然把握できていないけど、あたしはできる子なのでこの緊張感を壊しちゃいけないのはわかる。


「天が呼んだか地が隠したか、三つ編みの魔法少女はどこに消えた? 精霊使いユーラシアがそのミステリーを明らかにしよう、我が友レイカは……西の果て塔の村にいるっ!」


「「「「「「「「うおー!」」」」」」」」


 頭を抱える者、うずくまる者、喚き散らす者。

 あれ、喜んでる人少なくない?


「どゆこと?」


 最初に話しかけた、今この場を仕切っている男に聞く。


「いやあ、さすが精霊使いユーラシアだ。最高の盛り上がりだったぜ!」


「いや、だから何これ?」


「ん? ああ、他所の民は知らないのかな。賭博だぞ」


 へ?


「レイカの行く先がわからないので賭け事の対象にしていた、そういうこと?」


「そういうことだ!」


 マジかよ能天気な。


「まさか西の果ての村とはなあ。オッズ12倍だぜ」


「いやあの、事故とか事件とか、心配してなかったの?」


 男は何でもなさそうに言う。


「レイカは若手ナンバーワンの使い手だ。そうそう後れを取るとは思えねえし、万一死んでてもその場合は払い戻しだから大丈夫」


「赤の民の大丈夫は理解できねー!」


 ともかくレイカの親御さんの家を教えてもらった。

 今回の関係者だから賭けには参加してない、行ったってしょうがないぜと真顔で言われたけど、そういうことじゃないんだなー。

 こっちがおかしくなったような気がする。


「ここだ」


 大きい家だ。

 当然のように族長宅?

 ああそうですか。


「こんにちはー」


「やあ、君がレイカの行先を知らせてくれた精霊使いユーラシア殿だね。歓迎しよう」


 レイカと同じ赤い髪色、父ちゃんだな。

 何故かスクワットしてるけど。

 お土産の肉を渡す。

 先に謝っとこう。


「ごめんなさい。西に冒険者で生計を立てやすい場所があるよって、レイカに教えたのはあたしなんです。まさかご家族に知らせもせず、家飛び出してきたとは思わなくて」


 預かってた木札を渡す。


「いやいや、あの子は猪突猛進なところがありますでな。ほう、デス殿には大変お世話になっていると」


 だからそれどこに書かれてるんだよ?

 謎言語か。


 しばらく木札をいとおしそうに眺めていた赤毛の男が尋ねる。


「精霊使い殿から見て、レイカの様子はどうでしたかな?」


「楽しそうですよ。でも頑張りすぎて倒れてました。病気じゃないですから心配はいらないです。何でも1人でやろうとするから、いいパーティーメンバーが見つかるといいねって、話してきました」


 うんうんと頷く赤毛の男。


「精霊使い殿には精霊使い殿の道があるでしょうが、たまにはあの子のことも気にかけてやってくだされ」


「はい」


「しかし本当に良かった……」


 やはり心配だったんだな。


「賭博に参加できていたら、レイノス行きに賭けて大損していたところだった」


「そこかよ!」


 まったくこいつらは。

 どーなってんだ。


「それはそうと、赤の民も緩衝地帯出店に賛同していただけたようで」


「ふむ、我らも機会さえあれば商売の機会を狙っておりましたのでな」


 民を統べる族長っぽい表情になる。

 やはり赤の民も危機感はあったんだな。


「しかし、この件に関しては精霊使い殿がかなり積極的に動いているとの噂あり、本当ですかな?」


「本当です」


「何故に?」


 赤毛の男の好奇心を湛えた目が光る。


「もともとカラーズ各部族の仲が悪いのはいただけないなと、漠然とは感じてたんです。冒険者になって外の世界を見ると、カラーズはいいもの持ってるのに閉じこもってる感がアリアリで、これは外の発展に取り残されるぞと」


「同感だ。だがそれではつまるところ販売競争・発展競争になる。各色部族間の争いが形を変えるだけのような気もするのだ。精霊使い殿はどうお考えだろうか?」


「コラボですねえ」


「コラボ?」


 赤毛の男が首をかしげる。


「例えば今、黒の民が調味料を開発してるんですが、これを赤の民の製作した器に入れて販売し、パワーのある黄の民が輸送する。これができれば3つの民が潤いますよね?」


「おお、なるほど! むやみと競争するのではなく、各村の得意分野を合わせてカラーズ全体として強くしていくということですな?」


「そういうことです」


 赤毛の男が立ち上がる。


「こうしてはおられぬ! 早速黒の民の村へ行って来る!」


「え? ちょちょっと待った!」


「何故止める」


 始動が異常に早いわ。

 相当せっかちだなこの人。

 あたしも他人のこと言えないけれども。


「一足飛びに展開してもうまく行きませんってば。まずは緩衝地帯に出店して部族間の融和を図り、互いの理解を深めるのが第一。この前の掃討戦で得られた土地を活用することとと、カラーズ以外に販売する試みを模索することが第二、部族間の開発協力で競争力を高める試みはその次ですよ」


「しかし自分は燃える心が抑えられんのだ!」


 スクワットやめろ暑苦しい。

 レイカの身内だけあって熱量が高水準だわ。


「あたしの見たところ、黒の民は物を売ること自体には賛成ですが、隠者気質と言いますか、他の民と協力することには最も消極的ですよ。いきなり乗り込むと嫌がられて話拗れますって」


「いつ行けばいいのだ! 明日か? 明後日か?」


 どんだけ性急なんだこの人。

 目の前にエサぶら下げておくと、日が暮れるまで走ってそうだな。


 ……いや、黒の民が調味料を売るなら、気の利いた容器を早めに必要とするのは事実だ。

 話の持って行きようによってはワンチャンあるか?

 でもこのスクワッターと黒の民の族長クロードさんって、とことん相性悪そうだしな。

 しょうがない。


「黒の民の調味料作ってる子と面識あるから、あたしもついて行きますよ」


「助かるぞ! さあ出発だ!」


 赤の民の族長の名はカグツチさんというんだそうな。

 こら自分勝手にズンズン歩くな。

 クララの歩幅考えろ。

 何、歩くの遅い?

 待ってる間スクワットしてればどうですか?

 あ、本当にやるんだ。


 そうこうしてる内に黒の民の門に着く。


「デコレーションがしゃれこうべか。陰気な門だな」


「カグツチさん、黒の民の村は初めてですか?」


「うむ、誰がこんなところに好き好んで来たがるものか」


「全面的に賛成しますけど、村の中でそれ言っちゃ絶対ダメですよ?」


 相変わらず人気の感じられない村だ。

 族長宅に案内する。


「こんにちはー」


「どなたかな?」


 中から黒フードの男が出てくる。

 黒の民の村のクロード族長だろう、多分。

 皆フード被ってるから区別つかないんだってばよ。


「赤のカグツチ族長と精霊使いユーラシア!」


 何だよ、その『考え得る限り最悪の組み合わせ!』みたいな叫び声は。

 あたしだって好きでついて来たわけじゃねーよ。


「こ、これは急だったもので、大声を上げて申し訳なかった。カグツチ殿は少々こちらで御寛ぎくだされ。精霊使い殿、ちょっと」


 クロードさんが手招きするので、仕方なく私も奥へ行く。

 何言われるのか想像はつくけど。


「どーしてあんなの連れて来た!」


「いや、あたしが連れて来たんじゃないんだって。あの人1人で黒の民の村乗り込むって言うんだもん。せっかく上手いこと進んでるカラーズの緊張緩和が壊されちゃたまんないから、あたしがついて来たの」


「何だその『あたしがいるほうがマシでしょ』みたいな言い分は! 言っとくが私から見ればあんたら同類だからな?」


「それはいくら何でもひどいでしょ! あたしは良かれと思って計算で振り回してるけど、あの人100%天然だからね?」


「振り回してる自覚はあるんじゃないか! 君だけでも帰ってくれ」


「おや、いいのかな~そんなこと言って。熱血突貫スクワッターを1人で相手にする自信があるのかな~。本当に帰っちゃうぞお~?」


「私が間違ってた。お願いだからいてくれ」


 握手。

 クロードさんとの折り合いがついたところで、キーとなるサフランを呼ぶ。

 うちの子達は別室に控えさせてもらった。


「カグツチさん、こちらクロード族長の姪で、調味料作りの中心人物サフランです。この前の掃討戦では、レイカと同じタイミングでいい支援魔法くれたんですよ」


「おお、これは美しい姪御さんだ。で、どれくらいのをいくつ必要ですかな?」


 あたしが珍しく気を利かせて、打ち解けやすそーな話題を振ったというのに、スクワッターったら端からスルーじゃないか。

 いい度胸過ぎるだろ。

 こら、黒の民2人がポカーンとしてるだろうが。


「はいどうどう、落ち着いてください。通訳させていただきます。『黒の民の調味料を販売するのに容器が必要だと知った。赤の民の村で用立てることができるので、詳しい話をうかがいに来た』です」


「そういうことなら担当のサフランが」


 ちっ、クロードさん逃げたな。

 頑張れサフラン、応援してやるから。


「あ、あの調味料はまだ研究中ですので、そういう話はもっと後に……」


「こらサフラン何言ってる! もうすぐ出店が始まるというのに、そんな消極的でいいわけないだろ!」


 ああ、口出してしまった。


「あんたの酢の完成度は商業レベルでしょ。あれを売るんだよ! 黒は酢以外だと呪術グッズくらいしか売るものないし、呪術グッズがカラーズの一般人に売れると思う? 他人の物買っといて自分の物売らなきゃおゼゼが出て行く一方だろ。黒の民が貧乏になっちゃうんだぞ?」


 目に見えてクロードさんとサフランがグラグラしだす。

 動揺のジェスチャーかな?


「水っぽい酢は狭口の縦長ガラス容器が、まよねえずは広口で匙の入りやすい容器がいいと思うんだ。この辺はサフランの意見でお願い。まず試作品を作らせなよ」


 マヨネーズの商業化は早過ぎるか。

 まずは酢からだな。


「は、はい」


「次、カグツチさん」


「お、おう」


「黒の民は尻が重いから、少々せっつくのは構わない。でもがっついちゃダメっ! 客の意見聞いて物を作って。良くて安いものなら必ずリピート注文が入る、つまり安定収入になるから。勢いで買わせると次から売れないよ」


「わ、わかった」


「そういう観点からだと、職人か職人に近い目持ってる人連れて来ないといけないことはわかるでしょ? 何が作れて何が作れないか、いくらまでなら赤字にならないかが判断できないんだから」


「う、うむ」


 商売したことない人はこれだから。

 あたしもないけど。


「それから3人に言っとく」


 クロードさん、サフラン、カグツチさんを見渡す。


「緩衝地帯を利用した各村のショップについて。初期は白と灰ばかり売れるけど、あまり気にしないように」


「何故だ!」


 カグツチさんが焦ったような声を出す。


「食べ物は生活必需品だからだよ。白の肉とミルク、灰の野菜が売れるのは当たり前。工芸品や化学品が売れるのはレイノスと商売するようになってからなので、どーんと構えて、どうやったらレイノスの商人呼び込めるかを考えてなさい」


「じゃ、じゃあ農産物を作ったほうが金になるのか?」


 クロードさんの声も上ずっている。


「あんたらが付け焼刃で農産品売ろうと思ったって、白の酪農や灰の耕作には絶対勝てない。でも農産物は収穫量増やすのに年単位で時間かかるけど、工芸品・化学品の増産は早いよ。つまり当たれば大きい。自分とこの強みで勝負するの。わかった?」


「おう」「ああ」「はい」


 カグツチさんが質問してくる。


「レイノスに売るためにはどうしたらいいか、精霊使い殿に何かアイデアはあるか?」


 本当にせっかちだなもー。

 今のところ一番実現性が高いアプローチと言えば……。


「ここからレイノスに行く途中に、聖火教の大きな礼拝堂があるの知ってる? あそこに店出せないかな? 巡礼者が結構来るんだ」


「巡礼者?」


「うん、でっかい建物で宿屋兼カラーズ物産販売やったらいい。今礼拝堂の人達、レイノスまで買出しに行ってるんだよ。大変でしょ? あそこで商売やったら礼拝堂からも感謝されるし、巡礼者の口コミも期待できるよ」


「「なるほど」」


 カグツチさんとクロードさんが唸る。


「もう一度言うけど、カラーズ同士で売り買いしてる内は本番じゃないよ。貧乏人同士ががおゼゼ回してるだけなんだから。発展するためにはお金持ってるところからぶんどってこないとダメ」


 今度はクロードさんが質問してくる。


「ちなみに灰の民はどうしようとしてるんだ? 話せるところまででいいから、参考までに聞きたい」


「あたしは冒険者で村を出てるでしょ? 商売には特にあれこれ口出してないんだ。けど灰の民の村には植物や土壌、気候に詳しい精霊がいて、その手のこと教えてもらえるから、農産物には絶対の強みがあるんだよ」


「知らなかった……精霊にはそんな力があったのか」


 あるんだよ。

 灰の民は精霊と共に暮らす軟弱な種族、くらいに思ってたろ?

 精霊の持つ力を享受できるのは灰の民だけなのだ。


「だから作物とその加工品が主になるよ」


「加工品?」


「案が出てるのは、サフランに教えたまよねえずと同じ異国の調味料であるけちゃっぷ。これは煮潰したトマトに塩混ぜたような調味料で、多分まよねえずと同じ容器が流用できると思うんだよね。容器決まったら教えてよ。赤の民的にも同じものだーっと作った方がコスト下げられるでしょ?」


「そうだな」


「皆で儲けようよ。あたしの言いたいのはそこまで。で、どうする? サフランが赤の民の村まで出向くか、赤の民の方から職人寄越してもらうか、早めに決めちゃえば?」


 カグツチさんが考えながら言う。


「ガラスや陶器も工房はいくつもある。それぞれに得意不得意があるから、そちらから出向いてもらった方がありがたいな」


「うん、あたしもそう思う。サフランはどうする?」


「では、明日伺います」


 面白そうだから1つ提案してやる。


「ピンクマンに連絡がつくなら誘いなよ」


「えっ?」


 サフランの顔が赤くなる。


「護衛に冒険者はピッタリでしょ。かなりいろんなこと知ってるから、役に立つかもしれないよ。それに彼にも黒の村を変えたいって思いがあるんだ」


「で、ではそうします」


 そうしてくださいニヤニヤ。


「では、自分はお暇しよう」


「あたしも帰るね」


 うちの子達を連れ、転移の玉を起動して帰宅。


          ◇


 夕食後にアルアさんのところでもらってきた交換レート表を確認する。


「これ見るといろんなことが想像できて楽しいな。そう思わない?」


「思いやすぜ! 欲しいパワーカードがいくつもありやす」


 うむ、わかる。

 アトムじゃないけど、制限なかったらあたしも欲しいの一杯だわ。

 何気にクララやダンテも熱心に見てるしな。


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加


 今回新しく交換対象になったのは『カマイタチ』『石舞台』『スペルサポーター』『あやかし鏡』の4枚。

 『カマイタチ』と『石舞台』は攻撃属性と属性耐性があるので、デカダンス戦の『寒桜』みたいな限定条件で必要かもしれない。

 特に『石舞台』は敵単体に混乱・即死付加の土属性バトルスキル『地叫撃』が強力。

 『スペルサポーター』は見るからに後衛向けで、使い勝手のいいカードだな。

 限定1枚なのでクララとダンテ、どちらに装備させるべきか?


「で、この『あやかし鏡』ってやつなんだけど。エグくない?」


「エグいですね」


「エグいぜ」


「エグいね」


 何だ行動回数1回追加って?

 1人仲間が増えるのと同じことじゃん。

 ドッペルゲンガーかな?


 前からすんごいカードがあるなとは思ってたけど、実際に手に入れられるとなると違った高揚感がある。

 ただし、このカードについてはわからないことも多い。


「行動が増えるタイミングっていつになるんだろ? ヒットポイントやマジックポイントの自動回復は行動のたびなのかな?」


「さあ? 強力なのは確かで、誰が装備しても有効だと思われますので、入手して調べてみるのがいいと思います」


 まさに正論。

 クララ先生の言う通り。


「そうだねえ。じゃ『あやかし鏡』はもらおう。あとどうする?」


 ちなみに現在のカード装備状況はこうで、残り交換ポイントは913。  


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『誰も寝てはならぬ』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』『寒桜』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『シールド』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』

 予備……『寒桜』


 クエストの内容によって急に欲しくなるカードもあるので、交換ポイント400くらいは残しておきたい。

 『あやかし鏡』交換が決定なので、あと300ポイントくらいは使ってもいいかな。


「『スペルサポーター』はベリーストロングね」


「よし、『スペルサポーター』と『ハードボード』交換することにしよう」


「「「賛成」」」


「じゃ、明日はアルアさんとこで交換後にしばらく試闘、その後にギルドね」


          ◇


「ヴィル、聞こえる?」


 寝る前に赤プレートでヴィルと通信してみた。

 こういうのも悪くないじゃないか。

 ヴィルの嬉しそうな声が聞こえてくる。


『よく聞こえるぬ! 感度バッチリだぬ!』


「元気してた?」


『元気ぬよ。御主人が赤プレートを持っててくれれば、ヴィルはいつも元気だぬ!』


 よしよし、いい子だね。


「ここのところ何か変わったことあった?」


『昨日あの礼拝堂で、パラキアスが聖火教の大祭司と会って、かなり長い時間話してたぬ』


「ユーティさんと?」


 ほう、重要そうな情報だな。

 ともにドーラの実力者であるあの2人は近い関係だったのか?


『でも話の内容まではわからなかったぬ。ごめんなさいぬ……』


「何言ってるの、十分だよ。危ないから欲張ってその2人に近づいちゃダメだからね」


『わかったぬ!』


 疑問に思ってたことを聞いておく。


「ヴィルは夜どうしてるの?」


『普通にあちこち偵察してるぬよ?』


「寝てないんだ?」


『わっちは寝なくても平気なんだぬ』


 へー、そうなんだ。

 前、バエちゃんところで酔って寝ちゃったのは、レアなケースだったのかな?

 それとも寝なくても平気だけど、寝る時は寝るということだろうか?


「じゃあ通常の偵察任務に戻っててね。疲れたら休むんだよ」


『大丈夫だぬ!』


「あたしは寝るね。おやすみ」


『おやすみなさいぬ』


 あたしがこの赤プレートを持ってることが、ヴィルにとって重要なんだな。


          ◇


「カカシー、おはよう! 行ってくるね」


「おう、気をつけろよ」


 畑番の精霊カカシに声をかけ、今日はまずアルアさん家だ。


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、カード交換しに来た!」


「おや、そうかい。何と交換する?」


 昨日のうちの子達との相談通り、『あやかし鏡』『スペルサポーター』『ハードボード』を受け取った。

 残り交換ポイントは463となる。


「もういいのかい? まだかなりポイント残ってるだろう?」


「この前『寒桜』揃えなきゃいけない時大変だったから、ポイント多めに残しとくことにしたの」


「そうかい、意外と堅実だね」


「この『あやかし鏡』ってカード、メチャクチャすごいですねえ」


 アルアさんが少し頭を傾け、カードを指で弄びながら何かを考えているようだ。


「パワーカードの始祖ロブロ師の正統なカードではないんだよ。しかしかなり精緻に組み立てられたカードで、製作側もこれを作れれば一人前と言えるね」


 へー、やっぱカードは作る方にとっても難易度に差があるんだな。

 それにカードにも歴史ありって感じで、調べたらそれなりに面白そう。


「外行って来まーす!」


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 いろいろ試してみて、かなり『あやかし鏡』のクセを掴んだ。

 自分の行動を前もって2回指定しておく感じだな。

 したがってヒットポイントやマジックポイントの自動回復はそのまま、倍にはならない、残念。

 指定順には注意が必要で、例えば溜め技の『雑魚は往ね』の後に『ハヤブサ斬り』とした場合、『雑魚は往ね』『ハヤブサ斬り』が連続して出る(多分)のに対し、『ハヤブサ斬り』の後に『雑魚は往ね』とした場合、順当にダンテの後に『ハヤブサ斬り』が出、全員の最後に『雑魚は往ね』が出る。


 逆に正の速度補正技である『勇者の旋律』と通常の『乙女の祈り』では、先制で『勇者の旋律』が出、本来の自分の順で『乙女の祈り』が出る。

 『あやかし鏡』は誰が装備してもそれなりに効果がありそうだが、一応こういう編成にしてみた。


 あたし……『スラッシュ』『アンチスライム』『シンプルガード』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『あやかし鏡』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』

 アトム……『ナックル』『サイドワインダー』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』

 予備……『寒桜』×3『シールド』


 あたしはレベルが10を超えたあたりから、状態異常攻撃を食らったことないのだ。

 運のパラメーターが高いせいか、装備している状態異常耐性カード『オールレジスト』のおかげかはわからないけど。

 『寒桜』の麻痺無効は侮れないが、上がるパラメーターが魔法力なのはあまり恩恵がないので、これを『あやかし鏡』に置き換えた。

 嫌らしい魔物がいた場合、先に『ハヤブサ斬り』などで倒しておいて、最後に『雑魚は往ね』で一掃する戦術をイメージしている。


 アトムの『シールド』を『ハードボード』に置き換えるのは当初の想定通り。

 回避率よりも確実に被ダメージを減らすことを目的とする。

 ダンテの『寒桜』を『スペルサポーター』に置き換え、より高い魔法力を確保してマジックポイントリソースを潤沢にし、さらに沈黙無効としておく。


「さて、これでもう少しアイテム採取と経験値稼ぎしていこうか」


「「「了解!」」」


          ◇


「こんにちは、ポロックさん」


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね。今日はアルアさんのところから転移で来たのかな?」


「そうです。今日はあたし達のキュートな新しい仲間を紹介するよ。ヴィルカモン!」


 しばらくアルアさん家の外で訓練とアイテム採取をした後、ギルドにやって来た。

 今日はヴィルのお披露目と、ペペさんの魔法を買うことを目的としている。

 素材が結構な収入になったから、おゼゼは足りるだろ。


 アルアさんのところで時間潰ししてたのは、サフランとのデートを終えたピンクマンがそろそろギルドへ来るだろうと予想したからだ。

 ニヤニヤ。


「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン! ヴィル参上だぬ!」


 ポロックさんが驚き、角帽を落としそうになるが、じっとヴィルを注意深く見つめる。


「高位魔族だな……しかし邪気も悪意も全く感じられない」


 さすがにギルドの総合受付を任されるだけあるな。

 ポロックさんの冒険者としての実力は知らないけど、見る目は確かだ。


「ヴィルは友好的な悪魔だよ。楽しい嬉しいみたいな感情が好物の変り種で、人間と仲良くしたいって言うから仲間にしたんだ」


 ポロックさんはにこやかに笑う。


「ハハハ、いいでしょう。ヴィルちゃん、引き止めて悪かったね。中へどうぞ」


「ありがとうぬ! これからもよろしくぬ!」


「毎度、ユーラシアさんにはビックリさせられるよ」


 うん、普通に受け入れてもらえそうで良かった。


「依頼受付所のサクラさんだよ」


「すごいぬ!」


 うむ、すごい。

 おっぱいさんの何がすごいかはさておき、挨拶より先にそういう感想が出るのは自然かつ必然だよなあ。

 ヴィルはいい子で正直だ。


 さて、おっぱいさんにもヴィルを紹介しておこう。


「あたし達のパーティーの新しい仲間、ヴィルだよ。悪魔だけどとってもいい子なんだ。時々ギルドに来ると思うからよろしくね」


 おっぱいさんがニコッと微笑んでヴィルに話しかける。


「可愛いですね。よろしくお願いしますね」


「よろしくお願いしますぬ!」


 さすがにおっぱいさんは悪魔くらいじゃビビんないなあ。

 この人はいろいろ無敵な気がする。


 お店ゾーンに足を踏み入れる。

 あ、武器・防具屋にピンクマンがいた。

 しめしめ。


「こんにちはー」


「やあ、ユーラシア」


「呪術グッズの注文?」


 武器・防具屋ベルさんが答える。


「試しに取り寄せた沈黙無効・マジックポイント自動回復2%のペンダントはすぐ売れましてね。追加注文の最中です」


「いい返事をもらえたことに、工房の連中も喜ぶと思う。ユーラシアのおかげだ。ありがとう」


「いやいや、出来のいいアイテムだったからだよ」


 カラーズの物品が評価されるのは、あたしも嬉しいよ。

 ピンクマンも満足げだ。


「ところで今日午前中、サフランと赤の民の村行ってたんでしょ。どうだった?」


 ピンクマンが少し驚いたような表情を見せる。


「よく知っているな。調味料を入れる容器の試作品を頼みに行ったのだ」


「うん、昨日赤と黒の村行ったからそこまでは知ってる。でもその後どういう取り引きになったかまでは知らないんだ。後で聞かせてよ」


「ああ、商売のことだな。わかった、食堂で」


 これである程度は聞き出せるな。

 ニヤニヤ。


「ベルさん、パワーカードの売れ行きって、その後どうです?」


「順調ですよ。特に中級以下の冒険者では、パーティーに1人、ヘプタシステマ使いを入れるのがトレンドとなりつつあります」


「えっ? 何でだろ?」


 便利であることは実際に使ってわかってるけど、人気が出るようなものじゃない気はするんだけどな?

 今まで使ってた装備の慣れもあるだろうし。

 ベルさんが説明してくれる。


「チュートリアルルームで買う『ヒール』や『キュア』のスキルスクロールよりも、その両方の白魔法を使えるようになるパワーカード『ホワイトベーシック』の方が、格段に安いのが大きな理由の1つです」


「あーそうですねえ」


 回復魔法や治癒魔法は冒険者にとって必須だ。

 それを安価で導入できる手段となれば、注目されるのは当然か。


「それからヘプタシステマ使いはほぼ手ぶらですから、採取したアイテムや素材をたくさん持ち帰れるというのが、もう1つの大きな理由ですね」


「そーかー。パワーカードの普及活動には、そういうセールスポイントを挙げることにするよ」


 なるほど、最初からヒーラーがいて、普通の武器防具使ったことないあたし達には気付きにくい理由だな。


「ありがとう。それからこの子、今度仲間になった悪魔のヴィルでーす。今後しょっちゅうギルドへ来ますんで、可愛がってやってくださいね」


「こんにちはだぬ!」


「「悪魔?」」


 ピンクマンとベルさんの声がハモる。


「ははあ、確かに悪魔だね。でもとても可愛いですね」


「すごくいい子だよ」


「すごくいい子ぬよ?」


 ベルさんが苦笑しながら言葉を返す。


「よろしく、ヴィルちゃん」


「こちらこそよろしくお願いしますぬ!」


 ピンクマンは無言だが、黒の民は悪魔に免疫があるんじゃなかったかな?

 あ、幼女に免疫がないからか。

 この呪われしロリの国の住人め。


 さて、問題はここだ。

 いつもの通りつっぷして寝てるし。

 紫のローブがシワになるぞ?

 幅広の魔女っ子帽子が変形しちゃうぞ?


「たのもう!」


「ふあっ?」


 オリジナルスキル屋ペペさんが飛び起きる。

 化粧の薄い日は見た目まるで幼女だ。

 こんなんが低く見積もっても、ドーラ有数の大魔道士だとゆーのだから、世の中不条理極まりない。


「あっ、ユーラシアちゃん久しぶり! 待ってたの」


「ごめん、ペペさんいるの知ってたんだけどさ、ここのところお金なくて。ようやくある程度できたから起こしてみたんだ」


「そうなの、こっちこそごめんね。……あれ、その子は?」


「紹介しに来たんだ。新しい仲間のヴィルだよ。百獣の王のポーズ!」


「がーおーぬ!」


「か、可愛い!」


 ペペさんが駆け寄ってくる。


「ぎゅっとしてもいい?」


「いいぬよ?」


 ペペさんがヴィルを抱きしめる。


「ふおおおおおおおおお?」


 良かったね。


「き、気持ちいいぬ……」


「ヴィルはね、幸せの感情が好きな悪魔なんだよ」


「そうなの。とってもいい子ね」


「とってもいい子ぬよ?」


「さて、商談といきますか」


 ペペさんがニッと不敵な笑みを見せる。

 相当自信がありそうだ。


「今日はこれっ! 最強魔法『デトネートストライク』のパワーアップ権!」


「……え?」


 てんで想定外のものキター!

 ただでさえ最強魔法なのに、威力強くしてどーする!

 使い勝手の方改良してよ。


「ケイオスワードの文法を整理することによって、『デトネートストライク』の効率化に成功しました! コスト一緒で従来比2割のパワーアップとなっております! お値段は3000ゴールド! さあ、買った買った!」


「まあ、買うけど」


「そーよね、ユーラシアちゃんがアートでロマンでドリームなものを理解しないはずがないものね!」


 えらくテンション高いけど、あたしは引いてるからな?

 まあどーせ脅しにしか使えないのだ。

 アートでロマンでドリームな方がいいか。


「これってやりようによってはまだ威力上がったりするの? 例えばアイテム消費してもっとコストつぎ込むとか」


 ペペさんが悲しげに首を振る。


「理論上の魔力の凝縮限界にかなり近づいてるの。術者の魔法力が上がれば威力はもちろん上がるけど、コストが上がっても効率の向上はこれ以上ムリだと思う。せっかくユーラシアちゃんが期待してくれてるのに……」


「いやいやいやいや、期待はしてないけど」


「え? でも二つ返事で買ってくれたじゃない」


 『こんなネタ魔法はあたし以外買うはずないじゃん』なんて本音が漏れるとペペさん泣いちゃいそうだしな。

 適当に意訳すると……。


「ペペさんを信じてるからだよ。精霊使いユーラシアが伝説ロードを歩むべく作ってくれたスキルなんでしょ? 買うしかないじゃない」


「うええええーん、ユーラシアぢゃああああん!」


 結局泣かせてしまった。

 はいはい泣かない。

 3000ゴールドね。


「あ、やっぱりスクロールなんだ。はい、ダンテ」


「汎用のスキルスクロールと違って、適合者じゃないと開けないのよ」


 選ばれし者しか開けないスクロール?

 ……格好いいじゃないか。


「ねえ、ペペさん。あたししか開けないスクロール、あたしにしか使えない魔法作ってよ。なかなかアートでロマンでドリームだよ!」


「……それもそうねっ!」


 お、乗ってくれたぞ?


「じゃあユーラシアちゃんの詳しいステータス教えてくれる? 入口のパネルのところへ行きましょ」


 何だよピンクマン、羨ましそうな目で見んな。

 ペペさんがいるからだな?


「ピンクマンもおいでよ」


「そうか? すまんな」


 おーおー嬉しそうに。

 サフランが泣くぞ?

 後で聞かせてもらうからな。


「ポロックさん。フルステータスパネル貸して下さる?」


「よろしいですけど、何に使うんです?」


「ユーラシアちゃんの今のステータスを見たいの」


「ほう、それは俺も興味あるな」


 起動された青っぽいパネルに掌を当てると文字が浮かんでくる。


「全体的に高いステータスだけど、運の突き抜けた値はどういうことだい? パネル壊れてないよね?」


「あっ、すごいすごい! 固有能力が4つもある!」


 4つ? あれ、増えてない?


「『自然抵抗』『精霊使い』『発気術』『ゴールデンラッキー』、魔法系なしで4つ? そんなことがあるのか……」


「俺もこんな固有能力欄見たことないねえ……」


 ピンクマンとポロックさんが呆けたように呟く。


「初めチュートリアルルームで調べた時、3つって言われたんだけどな。いつの間にか『ゴールデンラッキー』が増えてる」


 『ゴールデンラッキー』。

 その名の通りめちゃめちゃ運がいい、だそうな。

 運のパラメーターが高いと知ったとき気付くべきだったのかも知れないけど、そんな固有能力があるとは思わんもん。


「ユーラシアちゃん、これ余裕で差別化できるわ。かなりすごーいスキルが作れるのは間違いないけど、ちょっとアイデアが思い浮かばないから、ゆっくり考えさせてね」


「うん、マジで期待してる」


 すげー愉快なスキルが出来上がってくるんだろうな。

 正直、ペペさんにマジ期待するのは初めてだ。

 本人は知らんと思うけど。


 食堂に場を移す。

 お、マウ爺とソル君パーティーがいるな。


「マウさん、お久しぶりです。ソル君達も」


「おう、魔法銃使いも一緒か。そっちのテーブルを寄せろ」


 皆でよいしょっと。


「おい、ユーラシア。何だ、そのちっこいのは?」


 振り向かなくてもわかる。

 ダンだ。

 いいタイミングで現れるな。


「よろしくぬ!」


「ぬ? まあいいや。よろしくな」


 ヴィルとダンが握手を交わす。


「で、いつ産んだんだ?」


「残念ながらあたしの子じゃないんだなー」


「じゃあ分身か何かか? 生意気そうな顔つきがそっくりだわ」


「ヴィル、塵にしちゃいなさい」


「ユーラシアに似て可愛いな」


「ありがとうぬ!」


 笑いを堪えてマウ爺が割って入る。


「掛け合いはその辺でええじゃろう。その子は何だ? かなりハイクラスの存在であることはわかるが」


「悪魔です」


「「「「悪魔?」」」」


 ソル君パーティーとダンの声が揃うが、マウ爺にはそう意外でもなかったらしい。


「ほう、めんこい悪魔もいたもんだ」


「一般の悪魔は悪感情が大好きで、それを得るために人間にとって不快なことをしますけど、ヴィルは違うんです。嬉しい、楽しい、幸せみたいなのが好物なので、人間と仲良くしたい子なんですよ」


 食堂の大将や周りの冒険者にも聞こえるよう、大きめの声で話す。


「おいおい、悪魔に向かって『塵にしちゃいなさい』とか冗談でも言うなよ。シャレになんねえだろうが」


「大丈夫ぬ! わっちには御主人の本気とそうでない時がわかるぬ。半分くらい」


「半分かよ!」


 ダンは弄りがいがあるなあ。


「でもユーラシアさんのパーティー、5人目でしょ? 転移の玉はどうしてるんです?」


 すぐそこに気付くとはさすがにソル君。


「普段は偵察の任務についてもらってるんだ。最初転移の玉4人までっていうの忘れてて転送事故起こしてさあ、聖火教の礼拝堂に飛ばされてヴィルが捕まっちゃったの。可愛そうなことしちゃった」


「相変わらず面白い目に遭ってるな」


 マウ爺が眉をひそめる。


「高位魔族が捕まる? ユーティ大祭司か?」


「そう、ユーティさん。話したらわかってもらえた」


 アンが驚く。


「えっ、聖火教って悪魔は絶対許さないと聞いたことがあるが?」


「うん、ユーティさんに許してもらった後も、ハイプリーストがギャンギャン喚いてたよ。トイレの度にヴィルに覗かせたら観念したけど」


「「「「「「それはひどい!」」」」」」


 笑いに包まれる。


「で、ユーティさんに帝国本土の山の中の聖火教徒の集落の様子見て来てくれって『地図の石板』渡されてさ、クエストこなしてきた。向こうの聖火教徒は、迫害されてるってほどでもないんだけど、扱いが良くないの」


 ピンクマンが反応する。


「最近、ドーラと帝国の関係が急速に悪化している。貿易船の行き来もかなり少なくなっていると聞いた。聖火教大祭司ユーティと言えば、ドーラ独立派のパラキアス氏と近い人物とのことだ。偶然でしかないかも知れんが、今帝国本土の様子を見て来てくれというのは、何かあるんじゃないかと勘繰りたくなるな」


 そういえばヴィルの報告でも、パラキアスさんとユーティさんの会談があったという話だった。


「レイノスの特に中町の話なんだが、輸入物資が入らないから物価が上がっていてな、いわゆる上級市民の間に不満が広がってるんだ。帝国に直接納税してるのにどういうことだと。そこへ先日、『精霊様騒動』という謎の……」


 ぶふっ、飲み物が変なとこ入った。

 どーしてそこにその話が出てくる?


 さては、みたいな目でダンが見てくる。


「精霊? あんた、レイノスで何やらかしたんだよ」


「あたしだけのせいじゃない! アンセリも共犯だ!」


「ユーラシアさん、それはあんまりだ!」


「そうです、我達はユーラシアさんの計画に乗っただけで……」


 マウ爺が皆を宥める。


「落ち着け。まず主犯の言い分を聞こうではないか」


 はい、神妙に供述いたします。


「大掃討作戦の6日前、うちのクララが使う大きな包丁が欲しくてレイノスへ行ったんだ。レイノスは差別がある難しい町だって聞いたので、アンセリが心配してついて来てくれたの。ここまで間違いはないですね、共犯のアンさん、セリカさん」


「「間違いないです」」


「で、上級市民にクララが亜人だって絡まれたんだよ。精霊が差別されるのも嫌だから、『精霊様』なる神様みたいな存在をでっち上げてとっちめてきたの。ここまでどうですか? アンさん、セリカさん」


 2人が首をひねる。


「……簡潔に言うとそう、なのかな……?」


「……間違いではないです。すごくたくさん人集まってましたけど」


 ピンクマンが要らんことを言う。


「一時期レイノスは精霊様の話で持ち切りだったぞ。相当な事件だったんじゃないか?」


「どうしてピンクマンはレイノスの事情に明るいの?」


 追求されるのも嫌なので話題を逸らしてみた。


「小生、レイノス下町で聞き耳を立てるのが趣味なのだ」


「その格好で? 目立つでしょ」


「いや、黒フードで」


 それはそれで怪しいだろ。

 極端だな。


「ユーラシアのことだ、どうせ派手にやらかしたんだろ?」


 アンセリがこくりと頷く。


「いいなあ、俺もその場に立ち会いたかったぜ」


 ダンよ、あんたは能天気だな。


「それでその『精霊様騒動』でどういう影響が出てるんですか?」


 ナイス、ソル君の矛先逸らし!


「精霊様という上位の存在を見せ付けられたことによって、2つの動きができた。一種の救世主信仰と、上級市民の中にも身分制度に疑問を持つ人が出始めたこと。レイノスは今、かなり浮き足立ってる」


「魔法銃使いよ、お主はどういう展開を予想する?」


 マウ爺が鋭い目でピンクマンに問いかける。


「……貿易が細ってるのは騒乱の前触れだと思う。帝国はドーラの強圧的な支配を、ドーラは独立を目指しての戦いになる」


 やはり戦争になるのか?

 掃討戦前にサイナスさんの言っていたことが現実味を帯びてくる。


「いずれにせよ必要量だけ物が入ってこない以上、レイノス上級市民の不満は解消されない」 


「ということは、独立戦争ではあたし達とレイノス上級市民は手を組める?」


 ピンクマンは曖昧に頷く。


「理屈としては。ただ現実問題として、帝国から艦隊が派遣されてきたとしても、海の一族の領域には入れないはずだ。ならばレイノスへの艦砲射撃くらいしかやれることはないんじゃないかと思う。それではさすがにレイノスは落とせない」


「帝国には何か隠し玉があるんだな?」


「おそらく。でもそれが何だかは予想がつかん」


 本の世界のアリスが、海の一族の目を誤魔化して進む技術を帝国が開発したって言ってたな。

 でも小船がせいぜいってことだったし、艦隊なんかムリだ。


「何考えてるんだよ。似合あわねーぞ」


「ん? 貴重な情報と意見をくれたピンクマンに御褒美をあげようと思って。ヴィル、ぎゅーしてあげなさい」


「わかったぬ! ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 おいピンクマン、あんたが叫ぶのかよ。


「どお? 幼女悪魔に抱きつかれた感想は」


「き、気持ち良かった……」


「ヴィルは?」


「イマイチだぬ。下心が邪魔ぬ」


「ピ~ン~ク~マ~ン~?」


 変態紳士の二つ名から紳士を取り上げるぞ?


「まことにすまん」


「ヴィルはいい子だから、口直しにぎゅーしてあげようね。ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 これだよこれ。


「き、気持ち良かったぬ……」


「小芝居はそこまでにしとけよ」


 ダンがおかしそうに言う。

 でもアンセリもぎゅーしたそうなんだけど。


「この話はこれ以上進めても仕方ないの。特にできることがない」


 全員が頷く。

 避けようのない気の重い話ではあるのだが、何したらいいというわけでもないのだ。


「他何か面白い話ねーか?」


「ピンクマン、今日の午前中のデートはどうだった?」


 皆の視線がピンクマンに集中する。


「どーいうことだよ?」


「サフランだよ、黒の民の村の。あ、掃討戦でセリカと同時に支援魔法くれた、赤の民レイカじゃない方の子ね。調味料の開発してて売り出す時用の器が欲しいんだけど、それの試作品を他所の村へ頼みに行ったんだよ。それにピンクマンを誘えってけしかけた」


「どうして?」


 アンが食いつき気味だ。


「そりゃ村の外へ女の子1人で行くって危ないじゃないか。ピンクマンは物事よく知ってるから、何か意見もありそうだし」


「あんた、そういうとこ仕掛けが早えよな。で、カールよ。どうだったんだ?」


 サフランの恋心に気付いてるダンがニヤニヤしている。

 あたしもニヤニヤ。


「どうもこうも。朝サフランが来て、赤の民の村について来てくれというから、それに付き合ったまでだ」


 あたしとダンの態度でソル君パーティーも察したらしい。


「素敵ですねえ。で、どうされたんですか?」


 セリカが先を促す。

 ニヤニヤ。


「うむ、今商品化できるのは酢だけでな。容器としては陶器よりガラスの方がいいだろうと、彼女と意見は一致した」


「意見の一致は大事ですね」


 ニヤニヤ。


「量産の簡易さとコストの問題から筒のような形に落ち着いた。小生の意見で、注ぎやすいように口の一端を尖らせるようにした。明日には試作品ができる」


 なるほど、ピンクマンやるではないか。

 ニヤニヤ。


「じゃあ明日もサフランと行くのかい?」


 ニヤニヤ。


「そういうことになるな。しかし、こんな話聞いて楽しいか?」


「「「「「楽しい」」」」」


 ニヤニヤ。


「彼女もまた閉ざされた村をオープンにしたいという理想に燃えていてな、同じ志を持つ者がいて小生は嬉しい」


 お、サフランよ、目がないわけじゃなさそうだぞ。

 ニヤニヤ。


「もっともカラーズの開放に関して一番働いてるのはユーラシアである、ということに関して異論を唱える者はいないわけであるが」


「嬢よ、お主そんなこともやっておるのか」


「あたしのことはいいんですよ」


 ラブい話が聞きたいんだよ。

 ニヤニヤ。


「うーいーぬ」


「あっ、ヴィル!」


 倒れそうになったヴィルを受け止める。


「酔っぱらってる?」


「でもいい笑顔ですよ」


「どーゆーことだよ、飼い主さんよ?」


 そーか、ニヤニヤを吸い過ぎてもこうなるのか。


「酔っぱらうような感情に当てられたということだねえ。心当たりあるでしょ?」


 こら、あんたら知らんぷりするんじゃないよ。


「気持ち良さそうだし、寝かせとこ」


 ヴィルの頭を撫でてやる。


「今日はゆっくりしていくんですか?」


「うん、そうするよ。ソル君達はカトマスから帰ってからどうしてたの?」


 たまにはお喋りしながら、のんびり過ごすのもいいかな。

 ヴィルの頬っぺたをぷにゅっとしながら思うのだ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドから帰った後、チュートリアルルームにやって来た。


「バエちゃーん、明日肉持ってくるから一緒に食べよ」


「やったあ!」


 小躍りしてるよ。

 本当に肉好きだなー。


「クエストで帝国本土の山の中に行ってさ。そこにコッカーっていう大型の鳥の魔物がいたんだよ。これが歯ごたえのある、すごく美味い肉質なんだ。薄切りして焼いて岩塩かけて食べると最高」


「今まで持って来てくれたお肉は、皆美味しかったわよ?」


「素の旨味という面ではこれまでで一番だと思う」


「えー本当? 困っちゃう」


 バエちゃんがかなりの高速でクネクネしているけど、別に困りゃしないだろ。


「ここいつも人あんまり来ないよね? 暇でしょ?」


「うん。まあ最初に『アトラスの冒険者』についての基礎的な説明と、テストモンスターとの試闘が終わったら、あとはスキルスクロール買うしか用がないからね。ユーちゃんみたいにしょっちゅう来てくれる人は、他にいないわ」


 それはそうかもしれないな。

 情報収集はギルドで用が足りるから。


 でもバエちゃんに教わったまよねえずとけちゃっぷは、ドーラの食文化の発展に大いに貢献すると思うのだが。

 そういう目的でチュートリアルルームに来る冒険者は、他にいないか。


「楽しておゼゼの稼げる、いい仕事だねえ」


「でも最近、スクロール買ったり値段確認しに来てくれる人が明らかに増えたの。どうしてだろう?」


「そりゃあ、バエちゃんの女っぷりが上がったからだよ」


「えっ?」


 自分じゃわからないのか。

 さもありなん。


「きちっとした服着てカツラちゃんとつけてるし、栄養と運動が足りてるから肌艶もいい。表情も豊かになってる」


「そ、そお? そんなに変わってるのかな?」


「自信持ちなよ。モテてるんだぞ」


 クネクネが高速化し、そして止まる。


「ありがとう、ユーちゃんのおかげよ」


「バエちゃんが頑張ってるからだよ」


 こんなところにずっと閉じ込められてりゃ、ストレスだって溜まるだろうに。

 よくやってると思うよマジで。


 何気なく聞いてみる。


「バエちゃんはさ、もしこっちの世界にいい人ができたとしたらどうする? こっちで暮らす気はあるのかな?」


「えっ?」


「今のモテっぷりからすれば、当然考えられることでしょ。イシンバエワさん、結婚してください! さあ、返答はいかに?」


 バエちゃんがこれまで見せたことのないような真剣な顔で考えている。

 悩め悩め。


「難しいわ。でもそっちの世界で暮らすのも悪くないんじゃないかと思うの。もしそういう選択を迫られたら、状況次第ではそっちを選ぶんじゃないかな」


「ふーん、まあどうでもいいけど」


「ひどーい」


 アハハと笑い合う。


「じゃあ、明日は楽しみにしててね。相当美味い肉だぞー」


「うん、待ってる。楽しみ~」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 翌日、日課を終えた後、1ヶ月ぶりにスライム爺さんのところへ行く。

 もうかなり寒くなってるかと思えば、そうでもないな。

 比較的年間で気温の変わりにくい場所なんだろうか?


「ダンテはここ、初めてだったっけ? チュートリアルルーム終えてから、初めてのクエストの場だったんだよ」


「ムイムイね」


 うむ、ダンテもムイムイ鳴くラブリースライムを気に入ったようだ。

 癒されるもんな。


 さて、取り置いてもらっている『スライムスキン』を買い取らねば。


「こんにちはー」


「おう、久しぶりじゃの。ふむ、精霊3人連れになったか。見るからにやり手の冒険者といった雰囲気を漂わせるようになったの。アルハーン平原の可住域を増やす魔物掃討作戦で、精霊使いが大活躍したという話を聞いたぞ。お主らのことじゃな?」


「ええ。ちょっと張り切っちゃいました」


 こんな山奥で仙人モドキな暮らしをしてる爺さんとこまで話広がってるのかよ。

 ドーラの未来にとって大きい作戦だったんだなと、改めて感じる。


「呆れるほど成長が早いの。たった1ヶ月でそんなに強くなるはずがないと常識で考えていたが、精霊使いなどそうそうおるわけもないし」


「実は精霊使いはもう1人いるんですよ。西の街道の果て、開拓されたばかりの塔の村というところに」


 スライム爺さんが重そうな眉を跳ね上げる。


「ほう、精霊使いが2人。これも時代の変わり目なのかの」


 そういうもんなのか。

 風雲児ってやつ?


「そういえばレイノスで物価が上がってるらしいですよ。『スライムスキン』を売るんでしたら、もう少し高く買ってもらえるかも」


 だがスライム爺さんは首を振る。


「いや、この辺りは食べられる野草も多い。特に生活に困っているわけではないでの。販売価格を上げる気はないのじゃ」


 見上げたもんだよ屋根屋のなんとか。

 半分趣味みたいなものなんだろうな。

 スライムの品種改良も大変だったろうに。


「では、あたし達は帰ります」


「また『スライムスキン』は取り置いておこうか?」


「いや、もう大丈夫です。ありがとうございました」


「うむ、気をつけてな」


 転移の玉を起動し帰宅する。


 もうここには用がなさそう。

 でも時々はラブリースライムに癒されてみたいとも思う。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「あっ、精霊使いさん」


 コッカーを狩りにカル帝国・山の集落へ来た。


「こんにちはー」


「今日はどうされたんです?」


「コッカーの肉を食べさせたい人がいるんだ。で、ちょっと狩りに来たの」


 あれ、今日は人少ないな?


「南の盆地を整地してる者が多いんですよ」


 そーか、魔物いないだけじゃ畑になんないもんな。

 南へ抜ける。


「長老、こんにちは」


「おお、お客人、ようこそ」


 相変わらずどこから髪の毛でどこからヒゲだかわからんスタイルの長老が、高台の上から進捗状況を眺めている。


「順調ですか?」


「順調であるし、そうでないとも言える。大き目の灌木に苦戦しておっての、横にぐわっと広がっておるので、なかなか根まで辿り着かんのじゃ」


 切り株だけにすれば枯らして抜けるのだが、低い位置で周囲に張り出してるのでなかなか難しいらしい。

 風が強い地域ではこういう生態の木多いです、とクララが言う。


「なるほど、ちょっと手伝ってきます」


「ボス、レインが近いね。2時間くらい」


 そうか、急がねば。


「手伝いに来たよー」


 なるほど、幹まで全然届かないような木がいくつかある。


「クララ、『ウインドカッター』で幹狙える?」


「やってみます」


「よーし、皆、離れようか」


 バッサーと木の上部が転がる。

 うむ、見事な風魔法。


「客人、ありがとうよ」


 苦戦してた木が次々と切り倒され、村人達が感嘆の声を上げる。


「あれはどうしたんだろ?」


 何人か集まってる人がいるが?


「邪魔な大岩があるんですけど、運べないんですよね」


 黄の民の眼帯男よりも少し大きめの岩だ。

 割って細かくすればいいのだが、手段は?


「あっしに任せておくんなせえ」


「うん、じゃあ任せた」


 石や鉱物に一家言のあるアトムのこと、腹案があるのだろう。

 何やら調べた挙句、岩によじ登る。


「皆、少し離れて!」


「アースクロッド!」


 あの大岩が真っ二つ。

 『アースクロッド』は攻撃土魔法だが、アトムがこれ使ったの初めて見たな。


「石にはここ叩けば割れるという『目』があるんでさあ」


 ほう、アトム大したもんだ。

 同様に大きい欠片ごとに割り、運べるくらいの大きさにしていく。

 石工職人のようだ。


「ありがとうございました!」


「これでイケます!」


 村人の賛辞を浴びてこの前閉じた通路へ行く。

 クララの『フライ』で跳び越え、さあコッカー狩りだ。


「雑魚は往ねっ!」


 こっちは渓谷になっていて風景が美しい。

 荒野みたいな山頂部とは趣きが全く異なる。

 でも住めるような平らなところがないな。


「レインね」


 降ってきた、切り上げよう。

 獲物を抱えてクララのフライで集落へ。

 岩穴の家に入っていく。


「長老、これ少ないけど皆で食べて」


「おお、ありがたいのう」


 長老は喜んだが、すぐに困った顔になる。


「したが何の礼もできんのだが」


「いいんだよ、そんなの」


「盆地の整備も手伝わせてしまったのに……」


 申し訳なさそうな長老。

 本当にいいのに。


「あっ、じゃあ塩ちょうだい」


「塩?」


「焼いたコッカー肉は、ここの塩と合わせて食べると最高に美味しいから」


「ハハハ、そんなものでよければ」


 小袋一杯の岩塩をもらう。


「ありがとう!」


「そうだ、御存知かも知れぬが、ユーティがこちらに来ましての」


「ユーティさんが? いつ?」


 ドーラの聖火教大祭司であるユーティさん。

 帝国の、そして故郷の信徒の様子を自分の目で確かめたくて来たのだろうか?


「精霊使い殿が去った翌日でした」


「やっぱりこっちの皆が心配なんだろうな」


「そうかも知れませぬな。あのビーコンとかいう石を念入りに調べて帰りましたわ」


 ……ほう、あの転移石碑をね。


「もし、帝国の役人にあの石見つかったら、誰ぞの墓ですとか村起こしたときの記念の石ですとかって誤魔化しておいてくれる? ドーラとこの村が繋がってることバレると、痛くもない腹探られそう」


「なるほど、そうですな」


「じゃあ、あたし達帰るね」


「うむ、お気をつけて」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 クララがコッカーを捌いてくれている間に、カカシと作物談義だ。


「魚肥はな、乾燥させたやつを細かくすれば即効肥料として使えるが、オイラの管理も難しくなるんだよ。畑の隅にまとめて埋めといてくんな。うまく発酵したとこ見計らって栄養分だけ畑に回すから」


「うん、わかった」


 さすがカカシ、畑のファンタジスタ。

 ここは素直に言う通りにする。


「カカシは凄草って見たことあるの?」


 凄草は摂取すると全てのステータス値が上がると言われている、超レア薬草だ。


「ない。ただレア中のレアたる所以は、やはりエーテル条件がカギだと思うんだ。一度でいいから拝みたいもんだな」


「いや、普通のステータスアップ薬草でも十分ありがたいけどね」


 カカシによる管理と促成栽培で、既に最初植えた時より増えている薬草達。


「オイラも最高のものに挑戦したいんだよ」


「わかる。あたしも最高のツッコミにボケぶつけたいもん」


「え? いや、それはわかんねえけど」


 挙動不審な案山子って滑稽だな。


「凄草は必ずどっかで見つけて手に入れてくるよ」


「頼むぜユーちゃん」


          ◇


「にっくにっくにし~てやんよ~だからちょおっと~うぇるだん~して~あげて」


 今日はチュートリアルルームでコッカー肉パーティーだ。

 バエちゃんがゴキゲンで肉を焼いていく。


「これ、すごく薄切りなのね」


「歯ごたえがあって肉自体の味が濃いから、焼き肉なら薄切りがベストだって言ってた。でも煮込んでもすごく美味いよ」


 肉でここまで切り方に拘るのは初めてだ。

 でもより美味しい食べ方がいいもんな。


「ヴィル、アトムの傍はやめてクララの近くにいなさい。また酔っ払うといけないからね」


「はいだぬ!」


 バエちゃんが岩塩を振ってかぷりと噛み付く。


「あーほんとだ。ワイルドだけど臭みがない。甘塩が優しい」


「でしょ? でもこれ、向こうの人の御馳走でもあるからなー。あんまり取って来られないんだよね。コブタ肉はまた取ってくるよ」


「ありがとー。コブタ肉もすごく美味しいよ」


 クララがヴィルにぎゅーしてる。

 微笑ましいのう。


「あ、そうだ。『アトラスの冒険者』じゃないんだけどさ、あたしの他にもう1人精霊使いがいるんだよ」


 バエちゃんが目を真ん丸くする。


「そーなの? 『精霊使い』の固有能力って超レアだって話だけど」


「うん、クエストで行った先で会ったんだ。面白い子だった。また会えるといいな」


 精霊使いエルはバエちゃんと同じ世界の住人だ。

 話はぼかしておく。

 そしてここから本題。


「バエちゃんとこの世界には精霊使いいないの?」


「え、わかんない。精霊も向こうでは見たことないし」


「そうなんだ?」


 少なくともエルが、向こうの世界で精霊使いとしてよく知られた存在だった、というセンはないようだ。

 これ以上精霊使いの話題に突っ込むのは、今日はやめておこう。

 ナチュラルに話題を変える。


「昨日ギルドでフルステータスパネルだっけ? あれ使う機会があったんだけどさ、固有能力4つになってたんだよ」


「え? ユーちゃん3つ能力持ちだったよね。『精霊使い』と『発気術』と、状態異常抵抗のだったっけ」


「そう『自然抵抗』。そしたら『ゴールデンラッキー』っていうのが増えてた」


「『ゴールデンラッキー』って、メチャメチャ運がいいっていうのだったよね?」


「らしいね。いや、運のパラメーターが他人より高いってのは、ギルドカード見て知ってたんだけど、そういう固有能力があるのは知らなかったよ」


 バエちゃんが納得したように首を縦に振る。


「あーでもユーちゃんにピッタリだと思うの」


「そお? レベルアップで変なレアスキル覚えるの、そのせいかもしれないんだ。皆結構使えるから、そういうことだったら嬉しいな」


 バエちゃんがニコニコしてる。


「そーだ、アトムとダンテの固有能力調べさせてくれる?」


「いいわよ。ついでにヴィルちゃんのも見る?」


「ヴィルの? あっ、面白そう!」


「じゃあこっちへどうぞ」


 青っぽい魔道のパネルにアトムが手を当てる。

 すぐにたくさんの文字が浮かんできた。


「固有能力が知りたいんだっけ? 『土魔法』『魔力操作』『獣性』の3つよ」


「『魔力操作』は覚えるスキルから多分そうだろうって、クララが言ってたんだけど、具体的にはどんなん?」


「自分のマジックポイントを他者に分け与えることができる、だって」


「へー。『獣性』ってのは?」


「えーと、会心攻撃が出る可能性が高い」


「え?」


 マジかよ。

 アトムの主力攻撃は『薙ぎ払い』と『マジックボム』だよ。

 クリティカル関係ないやつじゃん。


「アトム、ごめんよ。とっとと固有能力調べとくべきだったね」


「姐御、いいってことよ」


「おお、男前だね」


 となるとアトムには『薙ぎ払い』よりも会心の出る『五月雨連撃』の方が有効だな。

 マジックポイント自動回復のカードとセットで考えておこう。


「次、ダンテ君ね。パネルに掌合わせてくれる?」


「イエス、レディー」


 こら、レディー言われたくらいでクネクネすんな。


「固有能力は『火魔法』『氷魔法』『雷魔法』『陽炎』の4つね。ダンテ君って、魔法3系統も使えるんだ?」


「珍しいでしょ。『陽炎』って何だろ?」


「狙われ率が低い、だそうよ」


 そういわれると、ダンテってあんまり魔物の攻撃対象にならないな。

 後衛のせいだけじゃなかったんだ。


「ふーん、そうだったのか」


「真面目な顔してるとユーちゃんじゃないみたい」


「何を言ってるんだ君は。あたしの本性じゃないか」


「あはははははははは!」


 笑い過ぎだろ。


「最後ヴィルちゃんね。ここぺたっと触ってくれる?」


「わかったぬ!」


 パネルに文字が浮かんでくる。


「固有能力は『闇魔法』『マジックポイント自動回復4%』『いい子』の3つ」


 謎能力来たぞ?

 何だよ『いい子』って。

 いや、ヴィルはいい子だけれども。


「褒めたり頭撫でたりぎゅーしたりすると、パワーアップしたり状態異常柄回復したりヒットポイントが回復したりする超レア能力、だって」


「それ、戦闘中にも有効なんだ?」


「みたいねえ……」


 まあいいや。

 ヴィルはいい子であることが能力的にも証明されただけだ。


「バエちゃん、ありがとう。今日は帰るよ」


「うん、またね」


          ◇


 翌日、朝から海岸に来た。

 今日はカラーズ緩衝地帯で各村が出店し、交流を開始する歴史的な日なのだ。

 ぜひ冷やかしに行かないといけないから、その他の用は早めに済ませておかねばならない。


 素材回収の後、メインイベントである改良型最強魔法『デトネートストライク』の試し撃ちだ。

 ペペさんの説明によると、コスト一緒で2割方パワーアップしているらしい。

 それに以前試し撃ちした時に比べてかなりレベルも上がってるから……わかってると思うけど、間違っても海に当てるんじゃないぞ?


「はーい皆さんご注目。笑いあり涙あり津波あり、ダンテ君の人生背負った一発芸の時間がやってまいりました。準備はよろしいですね?」


 今日は最初から敏捷性強化効果のあるパワーカードは起動済み。

 さらにクララはすぐに『ヒール』をかけられる準備をしている。


「カウントダウン開始! 5! 4! 3! 2! 1! ファイアーッ!」


「イエス、ボス!」


 魔力が凝縮される。

 以前試し撃ちした時よりも明らかに大きい!

 これはレベルが上がっているからだろう。

 一瞬後にはダンテの制御下を離れ、前方上方に放たれる。

 白い光が炸裂し、海面がやや凹状にたわむ。


「ヒール!」


「よーし、ダンテ起きろ! これなら津波は起きないだろうけど、一応高いところまで逃げるよ!」


「「「了解!」」」


 ゴワババババババーーーーーーンンンンン!

 数瞬遅れた音と衝撃に背中を押されながら、小走りで防砂林まで駆ける。


「そこな者ども、しばし待たれい!」


 後ろから声をかけられる。

 えっ、後ろって海じゃん。

 どういうことだってばよ?


「危ないから待たない! あんたがこっち来て!」


 チラッと後ろを見ると、槍を持った戦士らしい男がいる。

 どこから出て来たんだよ。

 この前よりマシとはいえ、大波は来るぞ?

 油断してると死ぬぞ?


「ぜひもなし。しからば!」


 男もこちらへ走ってくる。

 最初からそうしろよ。


 小高くなっている防砂林に到達、そこから海を見渡す。

 うむ、波は荒いけどそれだけだな。

 海面に直撃させなければ問題ないということはわかった。

 もっとも津波漁……いや、それは忘れなければならないことだった。


「今回はよかったね。魔法の威力も無事測れたし、大した波もなかった。じゃあ帰ろうか」


「いやいやいやいや、それがしの話を聞いてくだされ!」


 ぎょぎょぎょっ!

 戦士なのは間違いないが、暗青色の肌によく見ると鱗がびっしり。

 紛れもなく魚人だ。

 ということは海の一族だな?


「えーと、何か御用?」


「何かではござらん。1ヶ月ほど前に、今の魔法を海に撃ち込んだであろう!」


「ごめんなさい」


 確かにあたし達です。

 申し開きもございません。


「迷惑かけちゃってたらごめんね。あたし達もここでしか試し撃ちできないんだ。この前は海面に当たっちゃって、大変なことになったのは謝るよ」


「我ら海の一族に対する敵対行為ではないのですな?」


「違う違う! 今日の見たでしょ? 海になんか撃ち込んでないから」


「ふむ、いかにも」


 魚人兵士はにこやかな顔になる。


「我らが首脳部の見解もそうであろう、とのことであった。ならばそれがしとともに海底に招かれて下さらんか。女王が貴公らに興味を持っておってな」


「いいよ」


「えっ!」「くわ?」「ワッツ?」


 うちの子達が口々に言う。


「ユー様、何が待ち受けているかわかりませんよ?」


「そうだぜ。やつらの魂胆が知れねえ」


「ベリーデンジャーね」


「まあまあ、あたし達にはいざとなればこれがあるし」


 転移の玉を見せる。


「それにあたし、海の一族の国見るの、昔から夢だったんだー」


「ユー様がそんなこと言うの、初めて聞きましたけど」


「うん、クララは記憶力がいいね。よしよし」


「えへへー」


「おいクララ、煙に巻かれてんぞ」


 こらダンテ、処置なしみたいなポーズ取るな。


「じゃあよろしく。でもあたし達泳げないんだ。海底にはどうやって行ったらいいのかな?」


「少々お待ちくだされ。クジラ船を呼んでまいりますゆえ」


 ほー、クジラ船なる乗り物があるらしい。

 魚人兵がいなくなったところでクララに聞く。


「『海の王国史』は読んでる?」


「はい」


「よし、頼りにしてるよ」


 『海の王国史』は以前、バエちゃんにもらった本の内の1冊で、他の本に比べると薄い小冊子的なものだ。


「100年と少し前に、海の王国で代替わりに伴う内乱があり、その際にノーマル人率いる冒険者パーティーがウミウシの女王の難題を解決し、レイノス近辺を中立地帯とする協定が結ばれたといいます。そのときの女王は人間に対して好意的で、現在でもまだ海の王国に君臨し続けているはずです」


 ふむ、なるほど。

 あたしもちょっとは聞き知っている。


「それから、かつて海の王国は悪魔と争ったことがあります。ヴィルの紹介は慎重になった方がよろしいかと」


「わかった」


 うちの幼女悪魔ヴィルは誰が見たっていい子だ。

 でも悪魔の存在自体を嫌っていることもあり得るしな?

 初対面から争いのタネは持ち込むべきじゃないだろう。


「楽しみだねえ。タイやヒラメの舞い踊りが見られるのかなあ?」


 海の王国に御招待だよ。

 冒険者やってるとこんな楽しいイベントがあるんだなー。


「ボス、さっきのソルジャーは『精霊の友』だったね」


「あ、そうなんだ? エルフは精霊親和性高いって聞くけど、魚人もそうなのかな?」


「かもしれません。ドーラ近海の取り決めについては知っておきたいものですが」


「いいお酒を御馳走してくれるかもよ?」


「ああ、それだと楽しみでやすね」


 警戒していたアトムがころっとこっちに寝返ったぞ。

 この飲兵衛め。


 ゴバアアアアア。

 沖にクジラ船が浮上する。

 おお、遠目にもすげえでっかいな。

 浜が浅いから岸まで来られないんだろう。

 魚人兵士が小舟を漕ぎ寄せてくる。


「お待たせいたした。こちらへどうぞ」


 小舟に乗り込む。


「兵士さんはさあ、ひょっとしてあたし達があの魔法撃つまで、ずっと監視してる予定だったのかな?」


「そうです、さような女王の命でありまして。女王はクセのある個性の持ち主を、殊の外好みでいらっしゃるのでな」


 ん? 今ディスられたのかな?


「……そういう女王だと、家来としても大変じゃない?」


 魚人兵士が慌てて首を振る。


「いやいや滅相もない! 尊敬すべき我が君であります」


 ちっ、乗ってこないな。

 つまらん。


 徐々にクジラ船に近づくが、これって……。


「クジラ船っていうか、ただのクジラじゃない?」


「まあそうでありまして。通常は荷の輸送に使うもので、これではあんまりなのではと我らも女王に進言いたしたのですが、『ヒバリならばそんなこと気にせず、面白がって乗り込むであろうよ』とおっしゃっていたので……」


「ヒバリって誰?」


 クララが言う。


「過去にウミウシの女王と協定を結んだノーマル人ですよ」


「さようです。我が女王のノーマル人判断は、ヒバリ殿が基準になっておるのです。かといって家臣一同も他のノーマル人と関わりがあるはずもなく、さらば女王の言う通りにせよということに相成りましたのでございます」


「ふーん、まあいいけど。これ口の中に入っていけばいいのかな?」


「さようで」


 ズンズンと中に入っていく。


「クジラの口の中に入る機会があるとはなあ。長いこと人生やってるとたまげたことがあるねえ」


「長いこと人生やってる美少女って、おかしくないですか?」


「よく気付いたね。クララは偉い!」


「えへへー」


 魚人兵士から声がかかる。


「ハッチを閉めますぞ。暗くなるのでお気をつけ下され」


 いや、口閉じただけやん。

 ハッチて。

 魚人兵士がランタンを灯す。


「出発。城へ」


 おお揺れる。

 クジラが命令を理解したのか泳ぎだす。


「女王ってどんな人かな?」


「法に厳正で情には厚い。偉大な君主にして我らが誇りにございます」


「そういうことじゃなくってさ。どうせあたしらみたいなの呼ぶってことは、暇を持て余してるからなんでしょ?」


「御明察」


「どんな話題が好き、とかある?」


 魚人兵士が宙に視線をやり、考えている。


「……いや、特には。海底は変化のない毎日が続くところゆえ、外の話は何でも愉快だとおっしゃっていました」


「そのヒバリさんと話すのが好きだったんだ?」


「らしいですな。それがしの生まれるずっと前のことで、また聞きですが」


「ヒバリさんってどんな人だったか聞いてる?」


「お金の話が大好きで、ボケもツッコミもいけたとか」


「……おかしいな、他人みたいな気がしない」


 こら、お前ら笑うな。

 ヒバリさんはどうでもいいけど、あたしに失礼だろ。


 大きく揺れてスピードが落ちたようだ。

 あれ、減速時間が長いってことは、かなりのスピードが出てたんだな?


「到着しましたな。ハッチを開けますぞ」


 ハッチ言い張るなあ。

 開いてるの口だから。


「ふぁー、ここが海底の城か」


 全体的に青い、そして天井が高い。

 どういう仕組みか知らないけど壁の石がところどころ光っていて、思ったよりは暗くない。


「こちらへどうぞ」


 回廊を真直ぐ行くと大広間に繋がる。

 単純な構造だなと思ったら、いくつか同じような回廊がこの円形の大広間に連絡しているようだ。


「客人をお連れいたしました!」


 侍者を従えて中央に立つ、オレンジ・黄・青の非常に鮮やかなドレスの女性があたし達に話しかけてくる。


「ようこそ客人よ。わらわが海の女王ニューディブラである」


 好奇に満ちた薄茶色で切れ長の目、中途半端な位置から上がりたがっている口角。

 女王などという大層な肩書きに騙されてはいけない。

 ははーん、さては相当エンターテインメントに飢えてるな?


「お招きありがとう。あたしは精霊使いユーラシア。この子達は順にクララ、アトム、ダンテよ、よろしく。冒険者だから不躾なのは許してね」


「ほう、精霊とな?」


 興味津々の女王。

 まあ食いつくわなあ。


「初めまして」


「よろしくお願えいたしやす」


「ハロー」


 あ、うちの子達が喋るとこみると、女王も『精霊の友』みたいだな。

 魚人は皆そうなのかもしれない。


「すぐ料理を用意させるゆえ、ゆっくりしていってたもれ」


 やったあ!

 海底の御馳走だ!


          ◇


「ほう、今レイノスはそんなことになっておるのか」


 女王は何でも興味を持って聞いてくれる。

 自分が話し上手になったみたいで気分がいいなあ。


「そうそう、同じ町に住む住民同士が差別したりされたりしてるんだよね。別に功績があったとか身分が高い貴族とかいうんでもないから、かなりおかしな雰囲気になってるの」


「ふむふむ」


「で、そこのクララがバカにされてあったまに来たからさあ……」


 精霊様騒動の話をしてやる。


「あはは、ユーラシアは面白いの。しかしその『精霊のヴェール』なる魔法には興味がある。わらわも長いこと生きておるが、精霊専用の魔法とはついぞ見たことがないのじゃ。見せてもらうわけにはいかんかのう?」


 上を見上げる。

 天井が高いからいけそうだが?


「クララ、どう?」


「大丈夫だと思います」


 クララが『精霊のヴェール』を唱えると、魔力塊が撃ち上がる。


 映し出されるビロードのような光のひだと、虹に似たグラデーション。


「おお、これは美しいの……」


「何分間かはこのままだよ」


 本当は青空だともっとずっと映えるのだが、海底では望むべくもないので黙っておく。


「昔のこと、話して欲しいな」


「ん? 何が聞きたい?」


 年齢からくる経験のせいかそれとも魚人のゆえか、あたしには読み取れない表情を向ける女王。


「ヒバリさんと女王との間に結ばれた協定を、正確に教えて欲しい。今、漠然とレイノスだけは船が入っていいって言われてるんだけど」


「ヒバリか、懐かしいの」


 女王は遠くを見るような目になる。


「昔はドーラ近海は全て我らの領域での。何者をも近づけさせなかったのじゃ」


 ドーラが暗黒大陸と言われていた時代だな。


「120年ほど前じゃったか、海の一族間のゴタゴタで支配力が弱まったとき、ノーマル人の船がドーラ大陸に辿り着き、今のレイノス辺りを植民地にしたんじゃ」


 クララが目をキラキラさせて聞いている。

 本に書いてあることより、当事者の語る事実の方が生き生きしてるんだろうな。


「当時はわらわの王権も確立されておらず、敵対勢力もまた強かった。そこでヒバリの知恵と力を借りての、海の一族の間に覇を唱えることに成功した。その時ヒバリに礼として財宝を渡そうとしたのじゃが、やつは笑って受け取らず、レイノスとなんとかいうノーマル人の帝国との間に船が自由に行き来できることを望んだ」


 へー、そんな経緯だったのか。


「条件としては、外海からレイノス港へ海岸のラインに対して大体垂直に入るならオーケーじゃ。ただ我らにとっても現在、敵がないわけではなくての。警戒を解くことはできぬ。であるから我らの支配領域に入った者は、パトロール隊によって問答無用で攻撃されるぞ。パトロール隊は頭が弱くて融通が利かぬ。今日迎えに遣った近衛兵のように話が通じぬぞよ。わらわにも事後報告しかなされぬゆえ、取りなしてやることすらできぬ。衝突せぬよう気を付けるのじゃぞ」


「わかった、ありがとう。岸から魚取るくらいはいいのかな?」


「陸に足がついているのなら構わんぞ。それから引き潮で水がなくなるところは陸扱いじゃから、その範囲なら水に入って遊ぼうが舟を浮かべようが自由じゃ」


「割と厳密に決まってたことにビックリだよ。聞かなきゃ全然わかんないことだった」


 女王が笑みを浮かべたように見える。


「そうか、それはよかったの」


「ヒバリさんって、どんな人だった?」


「そうさの、おんしに似とるわ」


 女王は嬉しそうだ。


「わらわにはノーマル人の顔形はよう区別がつかん。じゃから顔が似てるという意味ではないのだが、無遠慮というか隔意がないというか、まあ懐にフッと入ってくるようなやつではあったよ」


 褒められてる気がしねえ。


「もっともヒバリは精霊連れではなかったの。ドワーフとエルフ、獣人を連れておった。パワーカードとかいう、変わった装備を使っとったぞ」


「えっ、ヒバリさん、ヘプタシステマの使い手だったんだ?」


 女王にあたしのカードを見せる。


「おお、おんしもか!」


「いや、精霊は普通の武器や防具を装備できないから、必然的にこうなるんだよ。ヒバリさんはどうしてパワーカード使ってたんだろうな?」


「面白がっとったぞ? ヒバリのパーティーのドワーフの先生筋がパワーカードを生み出したんじゃったかな? 細部が事実と異なるやもしれぬが、大体そんな話じゃった」


 思わぬ情報キター!


「今、パワーカードを使ってる冒険者あまりいなくてさ、ルーツとかも知らなかったから、今日ここに来てよかったよ」


「おお、そう思うてくれるか」


「これから顔出しとかなきゃいけないところがあるから今日は帰るけど、今度来るときはどうしたらいいかな?」


 女王は難しそうな顔をした。

 いや、表情よくわからんのだけど多分。


「こちらに侵入した者を一方的に排除している以上、こちらの者をしばしば地上に派遣するのは諍いの元であろうしの。どうしたものか。せめておんしが『アトラスの冒険者』であったなら……」


 驚いた。

 どーしてここで『アトラスの冒険者』が出てくる?


「あたし『アトラスの冒険者』だよ?」


 女王の目が見開かれる。


「何じゃ、そうじゃったのか。早う言わんか。これ、アレを持て!」


 侍者に何やら指示を出している。

 何か抱えて来たぞ?


「これを持って行ってたもれ」


「『地図の石板』じゃない! どうしてこれがここに?」


「いつの間にかあったのじゃよ。『アトラスの冒険者』が持てば、ここへ来られるようになるのじゃろ?」


 ほこら守りの村の少女霊リタも似たようなことを言ってた。

 石板はあちこちにバラ撒かれているのか?

 『アトラスの冒険者』に関する最低限の知識とともに?

 むう、相変わらずの謎っぷりだな。


「ありがとう。石板があると、ここへ来るための転送魔法陣が設置されるはずなんだ」


「うむ。なるほどの」


「ところで女王はお肉好きかな?」


「大好き、大好きじゃ!」


 おお、食いつきっぷりでこの表情は理解したぞ。


「海底では獣肉は手に入らぬ。海獣は何か違うのじゃ」


 そりゃそうかもなあ。

 陸でも美味しい肉って決まってるもんな。


「次来るとき持ってくるよ。女王の口に合うかはわからないけど、地上では美味しいって定評のあるやつ」


「まことか! まことじゃな? 約束したぞ!」


 食いつき過ぎだろ、欠食児童か。


「はい、落ち着こうか。例えば獣1匹取ってきたとして、それを捌ける料理人はいる?」


「……難しいじゃろうな。できぬことはないのじゃろうが」


「オーケー、うちのクララが得意だから伝授するよ」


「何から何まで助かるのう」


 女王は納得したのか感心したのか、まあそんな感じだ。


「じゃあ帰るね」


「うむ、またの。クジラで送らせればいいかの? 『アトラスの冒険者』は自分で帰れるんじゃったか?」


「自分で帰れるから大丈夫だよ。数日以内に、また来るから」


「楽しみにしておるぞ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 お肉を口実にまた遊びに来られるな。

 楽しみだ。


          ◇


「美少女精霊使いユーラシア見参!」


「どうしたんだ? お祭り大好きユーラシアなのに来ないから、心配したんだぞ」


「主役は遅れて登場するものなんだ」


 今日はカラーズ緩衝地帯での交流売買開始の日だ。

 サイナスさんは本当に心配してくれていたらしい。


「また寝坊なんじゃないかと」


「またってゆーな」


 寝坊の心配かよ。

 クララがいるから大丈夫だわ。


「今朝、君の家付近ですごい音したろ? また何か、妙な事件に巻き込まれてるんじゃないかと思ったんだぞ」


 だから『また』ってゆーな。

 『妙な』ってゆーな。

 本当のことは腹が立つだろ。


「急に海の王国に招待されたんだ」


「え? 理解が追い付かないんだけど? まあ君の場合、理解しようと思ってもムダだと思うから説明はいいや。もし困ったことが起きるなら相談してくれよ。こっちも困れば相談するからお願い」


 投げやりなのか親切なのか懇願なのかわからねえ。

 これ、サイナスさんの芸風なのかな?


 そんなことより……。


「こっちはどうなってるの?」


「概ね好評だね。うちの野菜が売れるのは予想通り。今日の分は完売だ。思ったより調子いいのは青だな」


「青の民って何売ってるんだっけ?」


「服飾品が主だ」


「チュニックとボトムス欲しいな。見てこよ」


 青のショップに行く。

 ……洒落たデザインの服が多いな。

 急に決まった出店企画なのに、どーしてこんなに品揃えが豊富なんだ?


「あら、あなた精霊使いユーラシアさんね? ワタシの店へようこそ」


 複雑な髪形と奇妙なドレスが同居した、背の高い綺麗な女性だ。

 ファッションに青を基調とした統一感がある。

 あたしの中の警戒センサーと面白センサーが同時に作動する。

 ということは?


「えーと、青の族長の……」


「セレシアよ。有名人にいらしていただいて嬉しいわ」


 握手する。

 白く細い指だ。


「何でこんなにたくさん販売できるの?」


「レイノスで売ること目指してるのよ。伝手があるわけでもないのだけれど」


 ははあ、なるほど。

 具体的な出店計画があるわけでもないのに、服を作らせてたのか。

 まあ試作品なんだろうが、野心家だな?

 というか夢想家に近い?


「ところであなた、何か買っていってくれるんでしょう? サービスするわよ」


 うむ、この辺は合格。

 完全に商売人の話術だ。


「チュニックとボトムスが欲しいんだ」


「あら、ダメよ。せっかくチャーミングなのに、もっとオシャレしないと」


「チャーミングなのは知ってるし、言われ慣れてるからいいんだよ」


「油断は禁物よお? 花の命は短いの」


「丈夫なやつがいいんだけど」


 くっ、手強いみたいな顔すんな。

 客に見せる表情じゃないぞ。


「……本来はメンズのなのだけれど、この辺はいかがかしら?」


「いいね、2つずつちょうだい」


「えっ? 早っ!」


 セレシアさんが驚く。


「女の子の買い物は時間がかかるものなのだけれど?」


 サイズと布地と縫製以外に何を見るというのだ。


「冒険者に判断の遅れは命取りなんだよ」


「なるほど、そういうものなのですね」


 偉そうだけど、あたしまだ冒険者始めて1ヶ月半で、しかも兼業だからね?

 そんなのに商売人が誤魔化されてちゃダメだと思うの。

 言っちゃなんだが大丈夫か?

 この人いろいろ危うい気がする。


「ありがとう、じゃあねー」


「あっ、ちょっとお待ちになって!」


 何だろ? もう用はないはずだけど。


「サービス分くらいは意見を聞かせてくださる?」


「おお、なかなかしっかりしてるね」


 商売に関してはかなりマジらしいな。


「世界を見てるユーラシアさんだからですよ。このカラーズ間交流売買を企画されただけでなく、あちこちで有益な意見を出してるという噂は聞いてます」


「それは買いかぶりだけど、青の民がレイノスで店出そうというなら、足りないものがあるくらいはわかるよ」


「そ、それは?」


「店員の教育と店構えと目玉商品」


 図星だ悔しい、涙が出ちゃう、だって女の子だもんみたいな顔すんな。

 さっきから思うけど、商売人にしては表情豊か過ぎるぞ。


「て、店員の教育は時間さえあればどうにかなりますけど、他は……」


「こっち来てみ?」


 黄の店の前に連れていく。


「準備期間同じ、どっちの店が立派かわかるね?」


「くっ……」


 黄は家具や木工品を販売している。

 さほど売れているわけでもなさそうだが、店構えはダントツでナンバーワンだ。


「食料品は露店でもいいけど、服はそういうわけにいかないでしょ」


「だ、だから黄の民に勝てるくらいの店を作らないとダメだということ?」


 あたしは首を振る。


「店作ってもらいなよ、黄の民に。レイノスは遠いからどうかわからんけど、例えば聖火教礼拝堂近くで出店するとするじゃん? 向こうの大工に相談するより頻繁に打ち合わせできるし、多分ずっと安上がりだぞ?」


「確かに……」


「あたしのやりたいのはそういうことなんだよ。自分に足りないところは誰かに任せるの。皆で儲けられるよ」


「……」


「次行くよ」


 黒の民の店に行く。


「どういうことですの! ワタシの店とはコンセプトが真逆ですのよ!」


 こらこら、まるっきり売れてない店の前で騒ぎ立てんな。


「わかってるって。でもここの店の呪術グッズは本物なんだよ」


「本物、とは?」


「服飾店ならアクセサリーも扱うでしょ。例えば幸運のアクセサリーが本当に効果あったらどう思う?」


「詳しく」


 よし、食いついた!

 店の黒の民に聞く。


「ちょっと相談なんだけど、運のパラメーターが5上がるペンダント、いくらで作れる?」


「意匠にもよるけど、まあ400ゴールドだな。コアだけなら250でいいぞ」


「聞いた? こんなドクロで壊滅的にセンスがないから売れないけど、ここより安く呪術グッズ製作請けてくれるところなんかないよ。セレシアさんのデザインならレイノスで売れるんじゃない? 他の店には売ってないであろう、本当に効果のあるアクセサリーなんだから、確実に客寄せになるよ」


 セレシアさん真剣に考え始めたな。

 もう一押しか。


「ここの商品の品質は冒険者ギルドも認めてて、そっちではすぐ売れるくらいに人気商品なんだ。物が物だけに量産はできないから、話つけとくなら早めがいいよ」


「そ、そうね」


「はい、今日はここまで」


「えっ?」


 呆然とするセレシアさん。


「だから商売人たろう者が、そんな簡単に口車に乗せられちゃダメだってば」


「えっ、いや、だって……」


「あたしは本心でここの呪術グッズは売れると思うし、絶対に当てる腹案もあるけど、セレシアさんの店で当たるかはわかんないよ。どういう店にするか、家賃と人件費、客層、価格帯、盗難リスクその他もろもろ全部考えてから話し合いしないと。しばらく冷静になるといい」


「は、はい」


 黒フードの店員に声をかける。


「例の沈黙無効・マジックポイント自動回復のやつ、すぐ売れたって。武器・防具屋さん喜んでたよ」


「ああ、今追加分を作ってるところだ」


「これはピンクマンにもう一度確認してもらった方がいいけど、基本8状態異常と即死を全て無効にするアイテムだったら30000ゴールドで引き取ってもいいって言ってたぞ。やる気出る?」


「マジか!」


 黒フードの目に歓喜の光が宿る。

 いや、フードが邪魔でよくわからんけど何となく。


「魔力の安定性をすっごく評価されてたから、そこんとこは注意ね。それからここにいる、青のセレシア族長から依頼が行くかもしれないけど、その時は相談に乗ってあげて」


 黒フードが顔を上げる。


「どこの別嬪さんかと思ったら、青の族長だったのか。まあ精霊使いの紹介では無下にもできないな」


「ありがとう、じゃあね」


 青の店に戻る。


「サービス分くらいは働いたから帰るね」


「あ、あの、どうしてここまで一生懸命やってくれるの?」


 ふむ、そこか。


「今のレイノス一強のドーラをどう思う?」


「えっ?」


 思いもよらぬ質問だったか、言葉が出ないセレシアさん。


「カラーズは古い入植地だから、各部族はそれぞれいろんな技術を持ってるでしょ? それなのに各部族が協力し合うこともなく、せっかくの技術を生かさないのってもったいないじゃないか。ひいてはドーラ全体の発展の足を引っ張ってる。もうちょっと頑張れると思うんだよね」


 こちらを見つめたままのセレシアさんに最後の言葉をかける。


「あたしは前に進むのが好きなんだ。セレシアさんも好きでしょ?」


          ◇


「ふいー、今日も疲れたね」


 海の王国でたくさん御馳走になってしまったので、夜は軽くスープのみだ。


「姐御、『アトラスの冒険者』って何か変じゃないでやすか?」


「頭から尻尾まで変だねえ」


「シーのクイーンが、『地図の石板』がいつの間にかあったと言ってたのも、アンビリーバボーな話ね」


「いつの間にか石板が存在していたのはあり得るとしても、『アトラスの冒険者』の知識が刷り込まれるのはわかりません」


「いや、あたしも初めて『地図の石板』を拾った時に、『アトラスの冒険者』って言葉が頭に流れ込んできたんだよね。全然知らない人があの石板を手にしたケースで、注意喚起する機能なんじゃないかな」


 クララが首をかしげる。


「ユー様、そんなこと言ってましたっけ?」


「あの時は大波に襲われて溺れそーで、それどころじゃなかった」


「あ、そうでしたね」


 まあ『地図の石板』や『アトラスの冒険者』のわけわからなさは、今に限ったことじゃないしな。

 そこツッコむのは既にタイミング逸している気がして、あたし的には乗り気になれない。


 とにかく今日も盛りだくさんの1日だった。

 海の王国ニューディブラ女王、そして青の民セレシア族長と知り合えたことも大きい。


「ボス、トゥモローはコブタ狩りしてから塔の村ね?」


 肉を届ける約束の日なのだ。


「そうだね、コケシと一緒にエルを遊んでやらないと」


「姐御、それは『かわいがり』って言うんですぜ」


「本当のコケシはあんなんじゃないんです……」


 いくらクララの言うことでも、それは誰も信じないぞ?

 コケシは真正の嗜虐者に違いない。


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 翌日、本の世界に来てコブタ狩りにいそしんでいた。

 10トンを塔の村に届けるクエストのためだ。


「これで10匹です」


「よーし、帰ろうかな」


 本の世界のマスターである金髪人形アリスに挨拶していこう。

 アリスにも重要な情報もらったりと世話になってるし、何かお礼をしたいんだけどな。


「アリスって何か欲しいものある?」


「何ですの急に」


「アリスは可愛いから、何かプレゼントしたいの」


「まっ!」


 おーおー照れて赤くなったぞ。

 どういう仕組みで人形が赤くなるのか知らんけど。


「お、お気持ちだけで……」


「うーん、でもアリスは食べ物もらっても困っちゃうよねえ」


「食べ物は……そうですね」


 案外難問だぞ?

 可愛い系のアクセサリーが無難そうだけど、クラシカルなアリスの服装に合わせるってハードル高い。

 あんま興味ない分野だから、自分の見る目に自信ないんだよな。


「うーん、ごめんね。考えとく。じゃあまた来るね」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 塔の村へやって来た。

 すぐさま光り輝く頭部を発見。


「じっちゃーん、コモさーん、肉持ってきた! あれ?」


 デス爺とコモさんが立ち話をしてるシチュエーションは、前回と一緒なのだが、今回は何やら深刻な様子?


「何かあったの?」


「いいところに来た。実はレイカのパーティーが塔に入ったが帰ってこないのじゃ」


「へー、レイカパーティー組んだんだ」


 ほぼ初心者の2人、剣士と拳士を仲間にしたのだという。

 うむ、前衛欲しいって言ってたしな。

 ただ2人とも固有能力持ちで、剣士は白魔法が使え、拳士はクリティカルを頻発できるのだそうな。

 クリティカル頻発って普通はすぐ把握できるものなのか。

 ごめんよアトム。


「ここの塔はちょっと不思議でな、まず入ったフロアにスライム等最弱クラスのモンスターがいる。このフロアは自由に出入りできるんだが、上へ行くと5階ごとにしか脱出魔法陣がねえんだ」


 連れていたのがビギナーなので、入口階で肩慣らししてると思っていたら、どうやら上に登って帰ってこないということらしい。


「上の階の魔物は強いの?」


「強いっちゃ強いが、レイカの実力なら問題ないくらいなんだ。ただ今日は足手まといがいるだろ?」


「レイカ自身も上階は初めてのはずじゃ。トラブルがあったのかもしれん」


「他の冒険者はいないんだ?」


「塔に入ったことのない者ばかりだな。塔から帰還した者も、1日に2度潜れるほどの実力は持っておらん」


 2人とも憂慮の色が濃い。


「あたし行こうか?」


「……頼めるか? 依頼料は増えぬが」


 それを聞いてあたしは悩んだフリをする。

 いや、冗談だからね?


「行ってくるよ。肉、お願い」


「うむ、任せたぞ」


 バカでかい塔の内部へ、ここが入口階か。

 スライムや大ネズミなど、確かに言われたように最弱クラスの魔物がいる。

 ちっ、やはり洞窟コウモリはいないのか。

 もっとも『永久鉱山』であるこの塔の入口階で、肉こと洞窟コウモリが簡単に狩れるなら、レイカがオーバーワークになることもなかったろうしな。


 上の階へ行くには、と。

 ん? 『1階へ』と書かれた階段がある。

 とすると今いるこのフロアは0階扱いか。


「我々のミッションはレイカのパーティーを発見し、5階から脱出することにある。いいなっ!」


「はい!」「了解!」「ラジャー!」


 しまった。

 ノリがいつもと違ったから返答がバラバラだ。


「ま、いっか。行こうか」


「「「了解!」」」


 階段を昇って1階へ。


「ほーん、なるほど。こうなるのか」


「転移に近いですねえ」


 昇ってきたはずの階段が跡形もなくなったのだ。

 自力で脱出する手段を持ってなかったら、割と緊張感のあるダンジョンだな。

 てゆーか、いくら魔物が手頃で素材を取り尽くす心配がないからって、この仕様だけで初心者に嫌がられるだろ。


 見渡せば魔物は食獣植物や殺人蜂などだ。

 ソロだと厳しいが、0階入り口フロアでレベル5程度まで訓練したパーティーだったら、なんとか戦えそうだ。

 精霊コンビやエルパーティーからの情報が出回っていれば、状態異常攻撃についてもわかるだろうし。

 脱出口のある5階までは、出現する魔物に変化はないってことだった。

 確かにマジックポイントさえ十分なら、レイカが苦戦しそうな相手じゃないが?


「……踊る人形が複数体出て魔法を集中して浴びせられると、レベルの低い者は危ないかもしれません」


「あり得るね、さすがクララ。急いで探そう。今のあたし達の敏捷性と通路の広さなら戦闘は避けられるので、不必要に戦わないこと。それから通路の端々までチェックすることね」


「「「了解!」」」


 レイカ達は簡単に見つかった。

 1階の隅だったので、確かに見つけるつもりじゃなかったら見逃してしまったかもしれないな。

 ただし状況は尋常ではなかった。


「……何やってんの?」


「おお、ユーラシア! 待ちかねたぞ!」


 現場にはレイカと男の子2人、それから精霊が1人。

 何故かレイカと精霊がにらめっこしているのだ。

 いや、精霊は顔を背けているからにらめっことは違うか。

 レイカがキスしようとして精霊が嫌がってる感じ?


「えーと、じゃああとはお若いお2人で?」


「こらこら、放って行くな!」


「どゆこと?」


「状況を説明します。ここで精霊を見つけまして、どうしてだか身動きが取れないようなんです」


 濃い青の髪の比較的背の高い子、おそらく白魔法を使える剣士の方だろうが、木刀一本持っているだけで、およそ冒険者らしいところがない。

 いや格好のこと言ったらあたし達もほぼ手ぶらだけど。


「理由も状況も話さない」


 ぶっきらぼうな物言いの体格のいい子。

 こっちがクリティカル頻発の拳士だな。


「皆心配してるんだよ。レイカ達が帰ってこないって」


「うん、まあそうなればユーラシア達が塔に入るだろうなって思ったんだ。今日来ることは知ってたから」


 苦笑い。

 確信犯かよ。


「他所のテリトリーだから、塔に入るのを遠慮していたのだろう? 理由があれば堂々と入れるしな」


「まいったなー。君達名前は?」


「ジンです」


「ハオラン」


 剣士がジンで拳士がハオランか。


「2人ともなかなか素質あるって聞いたよ。じゃあ行こう」


「ちょまちょまちょまっ! おいちゃんを助けておくれよ!」


 精霊が急に喋り出したのでジンとハオランが驚いている。


「ごめん、忘れてた」


「忘れるて忘れるて! 最重要案件でしょお?」


 やかましい精霊だなー。


「知らんがな。で、あんたはこんなところで何をいちびってるの?」


「どの辺がいちびってるのよ!」


「ちょんまげ?」


 レイカが割って入る。


「漫才はいいから、どうにかしてやっておくれよ」


「その漫才が生きがいなんだけど。まあいいや」


 ちょんまげ精霊を無造作に引っ張り、壁から剥がす。


「皆離れて。クララ、お願い」


「はい、ウインドカッター!」


 よし、いいだろう。


「やあ助かった助かった! ありがとありがと!」


 大喜びするちょんまげ精霊を見ながらジンが聞いてくる。


「今のは何でしょう? 後学のために教えていただきたいのですが」


「ファントムバインド。精霊が捕まると逃げ出せなくなるエーテルの罠だよ。実体を持つ人間だと危険はないから、外すためには引っ張ってやればいいんだ。けど精霊は基本的に人間と接触持つのを嫌がるから、もし見つけたらあたしみたいな精霊親和性の高い者、具体的にはじっちゃんかエルに知らせてくれるといいな」


「最後の風魔法は何ですか? 正直、僕には意図のわからない作業なのですが」


「エーテルの流れが正常化すればファントムバインドは消えるんだ。それには魔法ぶつけてやるのが一番簡単なの」


 レイカが感心する。


「ユーラシアは物知りだな」


「いや、これかなり稀な現象のはずなんだよ。でもうちの子の内2人が以前引っかかったことあってさ」


 レイカパーティーの3人が納得したようだ。


「来てくれて助かったぞ。さあ、行こうか」


「ジンとハオランはレベルいくつなの?」


「2人とも2です」


 レイカがいるとしても不安なレベルだな。

 きっと熱血に浮かされて、0階でのトレーニングをおろそかにしたに違いない。


「せっかくだから、パワーレベリングしながら5階脱出口を目指そうか。魔物は全部こっちで片付けるから、レイカパーティーの3人は防御さえしてくれればいいよ。魔物ドロップはそっちのもので、ダンジョンのアイテム・素材はこっちのもの。どう?」


「うん、その条件でいい。お願いしよう」


「よーし、出発!」


          ◇


「まあユーラシアのことだから、メチャクチャだろうとは思ってた」


 レイカが水平線を見つめるような目をして呟く。

 まったく失礼だな。

 『実りある経験』&『雑魚は往ね』のコンボのことを言っているのだろうが、こんなに効率のいいレベルアップ法をメチャクチャ扱いはひどいだろうが。


 この塔のダンジョンにも、経験値君こと踊る人形がいる。

 経験値君相手には今のレベルをもってしても先手を取れないことを学習したので、こいつにも『実りある経験』をかけてから倒している。

 計4匹倒せたから、ドロップ宝飾品でレイカパーティーにもかなりの収入になった。

 まことに重畳、良かった良かった。


「僕達何にもしてなかったのに……」


「……」


 ジンとハオランは一気にレベル8まで上昇。

 レイカとあたし達パーティーもレベル1ずつ上がった。


「ところでレイカパーティーは装備どうすんの?」


「ん、どういうことだ?」


「しばらく肉狩り担当するんでしょ?」


 冒険者が増えて、肉狩りを専門に行う者がいなくてもナチュラルに買取分で賄えるようになるのが一番いい。

 しかし当面は供給が足りないだろうから、レイカ達が肉狩りを担当するべきだろう。

 今はまだ塔に入ってる冒険者ほとんどいないみたいだし。


「パワーカードはほぼ手ぶらだからさ。肉たくさん運ぶこと前提だと向いてるんだよ。レイカはともかく、ジンとハオランはまだ装備揃えてないようだからどうなのかなって」


「カードって1枚いくらくらいするんだ?」


「向こうのギルドだと普通のやつで1500ゴールドかな。最初はキツイと思うけど、ここの塔はたまにカード落ちてるって話じゃん?」


「ユーラシアさん、パワーカードってどんな種類があるんですか?」


「オレにも見せてくれ」


 うんうん、男の子だね。

 こういうガジェット好きそう。


「『スラッシュ』は斬撃用、ジン向きだね。こっちが『ナックル』殴打用だからハオランに向いてると思う。『サイドワインダー』、攻撃力増強効果は小さいけど、ノーコストの全体攻撃バトルスキル『薙ぎ払い』が使える……」


 おーおー、目がキラキラしてんぞ。

 あれ、レイカも興味あるのかな?

 個人的には後衛魔法使いにも向いてる装備だと思うよ。


「早いと明日にでもこっちにパワーカード職人来るんだよ。カラーズ灰の民出身のコルムって人。あたしの従兄だからよろしくしてね」


「ユーラシア自身はパワーカードどう思ってるんだ?」


 どうって言われてもな?


「うーん、あたし普通の剣とか盾とか使ったことないから、多分カード贔屓の意見にはなるよ?」


「ああ、わかってる」


「すごく使いやすい。軽いし。精霊にはこれしか選択肢がないから、仕方なく使い始めたって側面はある。最初カード手に入れる方法すらわかんなかったんだよ。でも情報得て手持ちのカードも増えて理解深まってくると、工夫次第で何でもできるとか応用が利くとかの利点が大きいって気付いたな。そりゃあ伝説の武器持ってるなら、そんなのに単品では勝てないけど」


「単品では勝てない、か。組み合わせなら?」


 それには答えず、ニッという笑顔のみ返した。


「レイカは杖に愛着もあるかもしれないけど、ジンとハオランは考える余地あると思うよ」


「よくわかった。私達も資金に余裕ができ次第、段階的にパワーカードに切り替えていこう」


 ジンとハオランの顔がパアっと明るくなる。

 わかりやすいな君達。


「職人来たら相談してみなよ。あたしとは違う考えがあるかもしれない。あ、そうだ、『死亡認定されてるコルムさんですか』って聞くと面白いよ」


 脱出口から村まで転移、デス爺とコモさんに迎えられた。


「随分遅かったではないか。心配していたのだぞ」


「ちょんまげ精霊がファントムバインドに引っかかってたんだ。レイカ達はそれを救おうとしてたの」


「それにしても時間かかりすぎじゃねえか?」


「その後レベル上げしてた。この子達、レベル8まで上がったんだよ」


「8? もうか?」


「何にせよ、無事でよかった」


 デス爺に1つ提案しておく。


「じっちゃん。このダンジョン一度入ると脱出口まで出られないってのがネックだよ。冒険者の心理的にかなりツラい。使い捨てでいいから、脱出用のアイテム作れないかな?」


「そのためにヒカリとスネルに調査させ、さらにエルが先行して情報を豊富にしようとしてるわけじゃが、それでも足らんか?」


「村長、情報のあるなしと逃げ道の確保は別だぜ」


 コモさんも助太刀してくれる。

 転移術師であるデス爺は、自分がそういう危険に陥る心配がないだけに、その辺の意識が希薄なのだろう。


「ふむう、そういうものか。価格はどれくらいが良いじゃろうの?」


 レイカが言う。


「安い方がありがたいですが……」


「ビギナーは高いと買えないし、ベテランは高くても安全のために買うよ。浅い階層専用は200ゴールドで手に入るとありがたい。オールラウンドは1000ゴールド以上でもいい」


「わかった。では早急に用意しよう」


 よーし、これで様子見冒険者がかなり参入してくるだろ。


 えーと、パワーカード供給はどうなってるんだろうな?

 デス爺に聞いてみる。


「じっちゃん、コルム兄はいつここに来るの?」


「明日、ワシが連れてくる」


「こっちではどうすればパワーカードが手に入るの? アルアさんとこと同じで素材持って来れば作ってくれる形式? それとも販売?」


「販売のみを予定している。しかしダンジョンで得られた古いタイプのカードも、買い取って売る予定じゃぞ」


「そうかー。レイカ達もパワーカードに興味あるみたいなんだ」


 デス爺がレイカパーティーに目を向ける。


「ふむ、素材や薬草を採取して売り、身を立てるのが塔の冒険者の建て前ゆえ、軽くて邪魔にならぬパワーカードはお勧めじゃぞ」


「「「はい!」」」


 レイカパーティーの面々が、勢いよく返事する。

 まーデス爺の思惑としては、パワーカードが売れると村の実入りが大きくなってホクホクなんだろうけど。

 あたしもカード仲間が増えると嬉しいな。

 情報交換できそうだし。


「もー腹ペコだよ。レイカ達はどうするの?」


「私達も食堂だな」


「ヴィルカモン!」


 しばらくしてヴィルが現れる。


「ヴィル参上ぬ!」


「「「ぬ?」」」


 レイカが何かに気付いたように言う。


「あれ? この子、この前も連れてたな」


「紹介してなかったっけ? あたし達の新しい仲間、悪魔だよ」


「「「悪魔?」」」


「ヴィルだぬ! よろしくぬ!」


「普通の悪魔と違って幸せの感情が何より好きで、人間と仲良くしたい子だから心配いらないよ」


「そうか、よしよし」


 レイカがヴィルの頭を撫でてやってる。

 うんうん、気持ち良さそうだね。


「この前、ヴィルのステータス調べたんだよ」


「ん、鑑定士でか?」


 あ、鑑定士でも調べられるんだな。

 会ったことないけど。


「いや、魔道の装置でなんだけど、そしたら固有能力に『いい子』ってあったの」


「『いい子』? 何だそれ、聞いたことないな?」


「褒めたり頭撫でたりぎゅーしたりすると、パワーアップしたり状態異常柄回復したりヒットポイントが回復したりする超レア能力、だって」


「そうかそうか、ヴィルがいい子なのは、ステータス上からも証明されてるのか」


 再びレイカがヴィルの頭を撫でる。


「行こうか」


 食堂に入る。

 既にエルのパーティーも来ていた。


「レイカ! 大丈夫だったか」


「うむ、問題ない」


 レイカとエルの関係良くなってるみたいだな。


「ユーラシアが塔に入ったと聞いたから大丈夫だとは思ったが、帰りが遅いのでヤキモキしていたんだ」


「何だ心配してくれてたのか。このボクっ娘め」


 一笑いの後、エルが聞く。


「一体、塔で何があったんだ?」


 レイカと視線を交わし、あたしが説明する。


「精霊がトラップに捕まってたんだ。レイカじゃ精霊と意思疎通できないから、あたしを待ってたみたい」


「トラップ? あのファントムバインドか?」


「あ、知ってるんだ?」


 ビックリした。

 バエちゃんが向こうの世界では精霊見たことないって言ってたのにな?


「いや、君も知ってるだろう、精霊スネル。あの子が塔内のファントムバインドに捕まっていたんだ」


「あ、そーなんだ?」


 スネルは以前、灰の民の村にいた精霊で、調べごとが得意だよとレイカに説明する。


「おかしいな。スネルは慎重で、トラップに引っかかるような子じゃないんだけど?」


「ヒカリが捕まりそうになったのの身代わりになったんだ」


 そういうことだったか。

 ヒカリも元灰の民の村の精霊で、転移術に長けている。

 ヒカリとスネルのコンビは現在、冒険者に先立ち塔の調査に当たっているのだ。


 レイカが難しい顔をする。


「ファントムバインドはかなり稀な現象と、ユーラシアは言っていた。この塔で2回もあったのは偶然だろうか?」


「『永久鉱山』はエーテル条件が特殊だから、発生しやすいのかもしれないな。エルもレイカも注意しててよ」


「「わかった」」


 続けてエルが問う。


「で、その助けた精霊はどうしたんだ?」


「そうだ、あのちょんまげ精霊どうしたんだっけ?」


 何か忘れてる気がしてたんだ。

 エルが首をかしげる。


「ちょんまげ?」


「変な髪形だったんだ」


「あの後喜んでどこかへ行ったぞ?」


「ふーん、塔内にいるのならボクの前に現れるかもしれない」


「変なやつだったから、エルのパーティーに入るかも」


 アトムとダンテが頷いている。

 そういえば今日はレイカパーティーが一緒だからか、精霊達が静かだな。

 コケシと遊べないのはつまらんけど。


「変なやつだから、は理由にならないと思うんだが?」


「うん、コケシもチャグも心外だって顔してるけど、文字通りの意味だから」


 3人して解せぬ顔晒すんじゃないよ。


「エルは精霊使いとしてとても優秀なので、個性的な精霊であっても仲間にできるだろう、ってことな?」


「な、何だあ。ディスられてるのかと思ったよ」


 コケシとチャグも『個性的』を褒め言葉と理解したらしい。

 あたしも他人の解釈にまで干渉する気はない。

 つきあいの長いクララだけは、ユー様の話術にひっかかってはダメですよって顔してるけど。


 そーだ、新キャラ達も弄っておかねば。


「ところで女子トークになっちゃってるけど、ジンとハオラン大人し過ぎない?」


「いえ、あの、初対面ですし、皆さんすごい実績あげていらっしゃるので……」


「気後れする」


 ジンの言い分はわからんでもないけど、すごくはねーよ。

 そしてハオランのふてぶてしい『気後れする』は割とツボだ。


「すごい実績って言っても……」


「一番長いユーラシアでも、冒険者稼業はまだ2ヶ月くらいじゃなかったか?」


「1ヶ月半だね」


 ジンが驚愕する。


「1ヶ月半? ユーラシアさん上級冒険者ですよね?」


「レベル30以上っていう定義ならそうだけど、でもまだ駆け出しだよ? 言われるほど経験積んでない」


「ユーラシアはずうずうしいのに、おかしなところ謙虚だな」


 レイカが笑う。

 でもレベルはパワーカード『ポンコツトーイ』とバトルスキル『実りある経験』の経験値ドーピングの結果だから、駆け出しってのは紛れもない事実だぞ。


「自己紹介しとこうか。エルやレイカも知らないことあるし」


「そうだね、じゃあボクから……」


「何で謎経歴のオオトリが最初からしゃしゃり出ようとするんだよ。あんたは最後!」


「そ、そうかい?」


 満更でもなさそうなエルと、それに興味を持ったらしいレイカ。


「前座のジン君からどうぞ」


「ぜ、前座。はい。レイノス出身のジンです。実家は商売やっております」


「しめた!」


「どうしたユーラシア?」


「レイノスにいろいろ用があるんだけどさ、下っ端の知り合いがいなくて物事進まないのが困ってたの。無茶振りするかもしれないけどよろしく」


「下っ端……無茶振りって。はい、まあできることでしたら」


 よおし、ジンいい子!

 いつか役に立ってくれるといいな。


「ジンはどうして冒険者に?」


 エルの真っ当な質問に笑って答える。


「素材やアイテムの目利き、ある程度の武芸と腕っ節、知らない世界の見聞、人脈を広げること、いずれも僕の人生に必要なことだと思ったからですよ。もっとも実家には理解されず、ほぼ無一文で放り出されましたけど。多分、音を上げてすぐ戻ると思われてます」


「音じゃなくて腕と名を上げて実家と和解しなよ。成長を遂げた自分自身が土産だぞ?」


 エルとレイカの目がキラキラしてるが、別に格好いいこと言いたかったんじゃないから。

 せっかく繋がったレイノス商家との細い糸を切りたくないだけだから!


「次、ハオラン」


 ハオランがのっそりと立ち上がり、訥々と話し始める。


「こことカトマスの中間やや西寄りにある自由開拓民集落の出身のハオランだ。生まれは……カラーズ黄の民の村」


「あ、そうなんだ。黄の民っぽいなとは思ってたけど。フェイさん知ってる? 今、族長代理やってるんだ」


 ハオランが少しニコッとした。


「フェイの兄貴には、小さい頃よく遊んでもらった。黄の民の村は貧しかったから、転機を求めて開拓民になった、と親には聞いてる」


 いや、普通に考えて自由開拓民集落の方が生活苦しいだろ。

 実際には他の理由があったのかもしれないが、根掘り葉掘り聞くことじゃないしな。


「どうして冒険者に?」


「食っていくのが大変だった。塔の村が成功すれば、街道沿いのオレの村にも恩恵があるかもと思った」


 うむ、しっかりした理由だ。

 今後ドーラの発展に伴って、西域街道の物流は活発になってゆくだろう。

 塔の村が賑わえば、街道沿いの自由開拓民集落にとって間違いなくプラスに作用する。


「レイカはこの2人、別々にスカウトしたの?」


「いや、つるんでたぞ」


「へー、性格真逆な2人がどうしてつるんでたか、気になるな」


 ジンが軽く手を振る。


「いや、大したことじゃないんです。ここまで来るのにさすがに木刀1本じゃ厳しくてですね。どうしたものかと思案してたところ、途中の自由開拓民集落でこいつと出会った。朴訥さが信じられると思ったんですよ」


「『ヒール』使いは貴重だ」


 対照的な2人の意見が笑える。


「いい子達見つけられて良かったねえ」


「ああ。ありがとう」


 レイカが照れ臭そうに笑う。


「次あたし、ユーラシアです。灰の民出身の『アトラスの冒険者』で、レイカとは先のアルハーン平原の魔物掃討作戦をともに戦った戦友です」


「精霊使いユーラシアの名はレイノスで聞きました。ユーラシアさんの活躍は、僕が家を出た直接の原因かもしれません」


 そんなこと言われてもこっ恥ずかしいわ。

 自分の行動には自分で理由付けしろよ。


「で、ひょっとしてなんですけど、『精霊様騒動』って……」


「うわー!」


 頭抱えたくもなるわ。

 こんな西の果てでそれを聞くとは!


「「何だ? どうした?」」


「そこの白い精霊クララとレイノスに買い物に行った時、亜人だって絡まれたんだよ。で、精霊様に失礼だろレイノス吹き飛ばすぞって脅してパニックになった後、無害で綺麗な魔法見せて精霊様のお慈悲じゃー皆の者祈れーって煽ってきたんだ」


「メチャクチャやってるな」


「激しく同意」


 レイカとエルが呆れた目で見てくる。

 いや、そんなことより確認しておかねば。


「ねえジン、精霊様と精霊使いのあたしを結びつけて考えてる人、レイノスでは多いのかな?」


「そんなことはなかったですよ。今はわかりませんけどね」


 うむう、いよいよレイノスから足が遠のくな。

 レイカが聞いてくる。


「無害で綺麗な魔法ってあれか、デカダンス戦にかけてた……」


「そう、精霊専用白魔法『精霊のヴェール』」


「へえ、そんなに綺麗なのか。ボクも見たいな」


「僕ももう一度見たいです!」


「……」


 ハオラン何か言えよ。


「じゃあクララ、お願いできる?」


「はい」


 皆でゾロゾロ外に出る。


「精霊のヴェール!」


 日が傾き、夕焼けとなり始めた空に精霊様の魔法が撃ち上がり、神秘的な美しい光のひだが現出する。


「ふわー」


「そうだ、これが精霊様の奇跡……」


「……」


 だからハオラン何か言えよ。


「いやこれ、コケシもすぐ覚えるはずだよ?」


「そうなのか。楽しみだな」


 効果の話だよな?

 綺麗だからじゃないよな?


「レイノスを吹き飛ばすというのは、さすがに冗談ですよね?」


「冗談だよ。レイノス吹き飛ばすだけの魔法持ってるのはクララじゃなくて、オレンジ髪のダンテ」


「「「「え?」」」」


「ペペさんっていう、すごい魔道士から最強の魔法ってのを買ったの。1000ゴールドで」


「買ったって……」


「それより1000ゴールドってどういうことです? ごく一般的な攻撃魔法の値段じゃないですか」


 呆然とするレイカと、価格が気になるらしい商人の子ジン。

 値段についてはあたしもミステリーだと思ってるけど。


「いや、習得条件が厳しいの。3系統以上の魔法系固有能力を持ってること」


「それは難しいな」


 顔をしかめるエル。


「威力だけは大きいけど、使えない魔法だよ? 海で試し撃ちしたら、津波が起きて死にかけたんだぞ? ダンジョンで使えば崩れるだろうし、フィールドでも味方を巻き込みそうだし。おまけにコストはマジックポイント全部とヒットポイントのほとんど。実戦で使ったこと一度もないなー」


 レイカとエルが顔を見合わせる。


「どうして買ったんだ?」


 ハオランがボソッと言う。


「ネタとして面白そうだったから」


「うん、これはユーラシアを責められない。ボクもそんな魔法を買える機会があったら、実用性ないことがわかってても好奇心で買ってしまうだろう」


「同士よ」


 エルとハグする。

 こいつ本当におっぱいないのな。


 何事か考えてたジンが言う。


「ペペさん、というのは、若年にしてケイオスワードの真理を解き明かしたという、あの『パワーナイン』の一角の魔道士ですか?」


「パワーナインというのは知らないけど、自分で作った魔法を魔境でテストしてて、知らない間にドラゴン吹っ飛ばしまくってレベルカンストしたというエピソード持ってる人だよ。この前の掃討戦もバイト料目当てで参加しててさ、魔法撃つと地形変わっちゃうからって、でっかい杖でプチプチ魔物潰してた」


「魔道士の戦い方じゃない……あ、パワーナインというのはドーラの9人の実力者の総称です。身近なところでは、この村の村長もそうですね」


「ふーん、後はどんな人が入ってるの?」


 パワーナインか、興味あるな。

 ジンが説明する。


「や、僕も詳しくはないですが、他には『黒き先導者』にレイノスの副市長と船団長、聖火教のトップなどですね」


 なるほど、ピンクマンがこういうのよく知ってそうだから、今度会ったら聞いてみよ。


「私の番か。緊張するな」


 熱血暴走魔法少女レイカが立ち上がる。


「といっても、特段紹介するようなこともないのだ。カラーズ赤の民の村出身で、冒険者を志しここまで来た、それだけだ」


「こらっちょっと待て、それだけじゃ何も伝わらない」


 早くも着席しようとするレイカを止める。


「しかし、語ることなど何もないのだが」


 困惑するレイカだが、口下手にもほどがあるだろ。


「あたしも掃討戦で初めてレイカを知ったから長い付き合いじゃないけど、それだけでも語ること盛りだくさんだわ。その掃討戦の最後に強敵がいてさ、そいつに通用するスキルをうちのパーティーしか持ってなかったから前線に立ってたんだけど、クララがスタン食らって『精霊のヴェール』が間に合わない、ピンチ! っていう時にバツグンのタイミングで支援魔法くれたんだ。それでこの子はセンスあるって思ったんだよ」


 レイカの顔が髪の毛と同じくらい赤くなる。


「で、その後の祝勝会で、血が滾らない方がおかしいだろうがー冒険者になるーって騒いで、次の日にはもうここに来てた」


「え? カラーズからここまでかなり距離ありますよね?」


「じっちゃんの転移魔法で」


「ああ、なるほど」


 納得するジン。


「5日前、あたしも『アトラスの冒険者』のクエストで転送魔法陣が設置されてさ、ここ塔の村に来られるようになったから、早速来てみた」


「その『アトラスの冒険者』というのは何だい? 転送魔法陣であちこち行けるのは利便性高いと思うけど」


 エルからの質問だ。

 『アトラスの冒険者』は向こうの世界の事業のはずだが、エルは内容を知らないようだ。


「クエストを振ってもらって、それをこなすことで依頼料や経験値もらうシステムだよ。なろうと思ってもなれないこと、メインクエストは自分で選べるわけじゃなくて運営が勝手に配給すること、自分のホームを維持したまま転送魔法陣でクエスト先に飛べることが大きな特徴かな」


「『アトラスの冒険者』とはそういうものでしたか。レイノスでもパーティーメンバー募集はしてたんです。気にはなってましたが、どうも即戦力を欲しがってたようなので……」


 ジンは存在は知ってたんだな。


「レイカの話続けるよ。こっちでレイカに会ったら、どうやら誰にも何にも言わずに村飛び出してきてるんだよ。消息伝えとくよって言ったら、『赤く燃えている』と書かれた木札1枚だけ渡されたんだ。これで全て伝わるからって」


「どういうことだい?」


 エルが首をかしげる。


「いや、赤の民はそれで十分なんだ」


 おいこら、ジンもハオランも疑いの目で見てるぞ。

 パーティーリーダーがそれでいいと思ってるのか?


「わけがわかんないでしょ? あたしも半信半疑どころか無信全疑だったけど、レイカがあまりにも自信満々だからその木札を赤の民の村に届けたさ。そうしたらどうなったと思う? とゆーか、村では何してたと思う? エルから順に答えてください」


「え? 村人が心配しすぎて暗くなってたとか?」


 ブッブー。


「ユーラシアさんが誘拐犯扱いされた?」


 ジンもブッブー。


「木札で全てを察した」


「おお、ハオランすごい! 適当にその辺歩いてた村人に渡したら、レイカからってこともレイカが塔の村にいるってことも全部通じたんだよ。あたしが何も言わなくても」


「筆跡で誰かはわかる。あとは用いた木の種類や形、大きさ、インクの色、書かれた文句とその位置、止めの大きさやはねの角度その他もろもろで用件は全て伝わるのだ」


 したり顔でレイカは言うが、何だよその謎コミュニケーションは。


「村人は村人でレイカの心配してるかと思えば、なんと賭け事の対象にしてるんだよ、どこに行ったかで」


「塔の村にいた、はオッズ何倍だった?」


「12倍」


 まあそんなもんかとか呟いてるけど、レイカも賭け事好きなのか?


「村人に聞いたんだよ、心配じゃなかったのかって。そしたら万一死んでてもその場合は払い戻しだから大丈夫だってさ」


「ひでえ」


 ほら、何事にも動じなさそうなハオランにもこう言われてるぞ?


「まあそう言うな。何事も陽気に、やりたいことをやるのが赤の民なのだ」


 おかしいな。

 あたしのポリシーとほぼ同じなのに、何故拒否反応が?


「締めはエルだな」


「といっても、ボクもそんなに発表するようなことないんだけれども」


 まったくどいつもこいつも。

 あたしが切り出す。


「エルは異世界の人なんだよ」


「異世界、とは?」


 ピンと来ないか。


「亜空間の中にいくつか島みたいに世界が浮かんでると思いなよ。その島が同じでカル帝国やドーラみたいに、船なんかの交通手段で行き来できれば同じ世界。島が違って転移でしか行き来できないのならば別の世界」


 ジンが前のめりになる。


「て、転移でしか移動できないのならばつまり……」


「御想像の通り、エルはうちのじっちゃんにさらわれて来た」


 あたしの知ってるのはここまでだ。

 あとはエルの話を聞きたい。


「ちょっと待ってくれ、どうしてユーラシアはエルの世界のことを知ってるんだ?」


 レイカが当然の疑問を口にする。


「『アトラスの冒険者』の関係で、エルと同じ赤い瞳で似たような服装の異世界人を知ってるんだよ。それで知ったかれえっていう、向こうの世界の食べ物の話題をエルに振ってみたら乗ってきたから」


「なるほど、それで……」


「いや、こっちの世界に連れて来られたことは別に構わないんだ。ボクは向こうでは閉じ込められていたから」


「閉じ込め……どうして?」


「詳しくはわからない。存在自体が罪だと言われてた」


 存在自体を問われていて、にも拘らず処刑されず幽閉に留められているなら……。


「エルはいいとこのお嬢なんだろうな」


「僕もそう思います」


 レイカとハオランも黙って頷く。

 政変か世継ぎ争いかに巻き込まれた公算が高い。


「エルはずっとこっちにいるつもりなの?」


「ああ。向こうでは居場所がなさそうだから」


「じゃあゴーグルをつけてるといいよ」


「ゴーグル?」


 エルはわけがわからなそうだ。


「その目は目立つんだ。向こうの世界からエルを探しに来たら、まず間違いなく『赤い瞳の少女』で情報募るね」


 あたしも目で関係に気付いたしな。


「じっちゃん呼んで来る!」


「えっ? ちょっと待て、ユーラシアの行動は唐突過ぎる。説明してくれ」


 発言はレイカだが、皆同じ気持ちのようだ。


「ここじゃ適当なゴーグル手に入らないから、じっちゃんに調達してきてもらうってのが理由の1つだけど、どーもこれ以上エルつついても情報が出なさそうだから、じっちゃんの知ってることを吐かせよう。エルを匿うにしても、今のままじゃザルだわ。何が足りないのかすらサッパリだ」


          ◇


「……とゆーことなんだけど」


 デス爺を捕まえて、今までこちらで出たエルについての話を聞かせ、意見を求めた。


「なるほど、の。では、ワシの方の事情も交えて、知っていることを話そう。そうでないと話が通じぬ」


「わかった、よろしく」


 全員がデス爺を見つめる。


「まず、ドーラ植民地の今後を見据えたとき、アルハーン平原が最大の都市になることは規定路線のようなものじゃ。これは人口を支えるだけ作物の供給に適した平地が、知られている限りクー川下流域にしかないことから明らか。人の流入によって現在のカラーズ制度はなくなると見ている」


 なるほど、デス爺は能動的に動いてカラーズを変えるという考え方じゃなくて、自然に変わらざるを得ないと思っているのか。


「そうなると精霊の行き場がなくなるでの。この塔が『永久鉱山』であることを利用、素材売買を基幹とした大きな町を作って、それと取り引きして作物を供給する、精霊達と共存する集落ができればいいと考えたのじゃ。これはドーラを発展させようとする一般的な考え方と相反しない」


 塔の村に隣接して、現在の灰の民の村に似た集落を作ろうということか。

 これはおそらくデス爺だけの考えで、パラキアスさんの目論見は含まれていない。

 デス爺も余計なこと言うなって目でこっち見てるし。


「ならばこそ、この村の象徴として精霊使いを欲した。精霊の地位が低下すると構想自体が御破算になるでの。ユーラシアをこちらにという考えもないではなかったが、どうせワシの言うことなど聞きやせんから、候補から外した。『精霊の友』と精霊のパーティーも考慮していた時、ある固有能力持ちの協力もあり、異世界でエルを見つけた」


 固有能力を見定めることができる上、異世界まで見通せる能力者か。

 いや、異世界の方はデス爺の能力や転移が関わるのかもしれないな。

 ユーラシアは言うこと聞かないで皆が大きく首を縦に振ったのは気のせいだろう。


「異様な状況じゃった。亜空間中のごく小さな実空間に、1人の少女が閉じ込められていたのだ。エルよ、どれくらいの期間、あそこにいたのじゃな?」


「2年くらいです。そうか、あそこは亜空間の隙間だったのか。どっちにしろボクが抜け出すのはムリだった……」


「エルの精霊使いとしての素質を評価し、またこちらの世界に呼んだとしても何の影響もないと判断して召喚したのじゃ。よってワシはエルの元いた世界については何も知らぬ。何故閉じ込められていたのかもわからぬ。しかし言われてみれば、ユーラシアの危惧するようにエルが連れ戻されることはあるやも知れんし、最悪争いとなる危険もある。瞳を隠すゴーグルについては早急に用意しよう」


 ジンが挙手する。


「村長、僕をレイノスに連れて行ってください。適当な品を見繕ってまいります」


「じっちゃん、ジンはレイノスの商家の子だから任せていいと思う。レイノスへ飛べる?」


「うむ、明朝、ジンを連れてレイノスに行って来よう」


 エルが涙声気味になる。


「皆、本当にありがとう」


「ばっかやろー、友達だろ?」


 こら、大笑いすんな。

 そういう場面じゃないぞ。


「ユーラシアは今日の肉配達でクエスト終わりか?」


「うん、あ。そうだ! レイカありがと。じっちゃんからスキルスクロールせしめるの忘れるところだった」


 デス爺が苦笑する。


「忘れとらんわい。ほれ、好きなのを1本選べ」


「基本の攻撃魔法5種に『薙ぎ払い』『五月雨連撃』『MPパンプアップ』『セルフプロデュース』『経穴砕き』『ヒール』『キュア』『クイックケア』か……『クイックケア』もらう」


 このスクロールはあたしが使う予定だ。

 いずれ素早いダンテにも覚えさせたいものだが。

 エルが不思議そうに眺める。


「『クイックケア』って戦闘中しか使えないし、『ヒール』より消費マジックポイントかなり大きいんだろう? どうしてこれなんだい?」


 『クイックケア』は単体の基本状態異常を治療し、ヒットポイントを小回復する魔法で、正の速度補正がついている。

 注:この中で一番高価。


「うちのパーティで『キュア』使えるのクララだけなんだ。状態異常攻撃を食らうと不安があるんだよ。戦闘中の非常事態に備えてだから、消費マジックポイントよりもヒットポイント回復と速度補正を重視したいんだな」


「ふーん、なるほど」


「買うとこの中で一番高いからじゃろ?」


「わざわざゆーなよー! せっかくエルが感心してるのに!」


 笑い声が塔に反射する。


「じゃあ帰るよ」


「もう来ないのか?」


 エルの問い。

 もーそんな泣きそうな顔して。


「……寂しくなったらまた来るよ」


 レイカが驚く。


「ユーラシアでも寂しくなることがあるのか?」


「バカだなー。君らが寂しくなったらだよ」


「じゃあしょっちゅう来い!」


 おお、直球だね。

 嫌いじゃないよ。


「わかった、また来る! 明日来るパワーカード職人も、あたしの従兄だからよろしくね。死亡認定してやると喜ぶから」


 コケシの目がギラリと光ったように見えたのは気のせいだろう、多分。

 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 そうだった、またレベル上がった。


          ◇


 翌日は雨だった。

 どーすべ? 1日くらいゆっくり休みでもいいんだが。


「本の世界でコブタ狩りして、海の女王のところ行こうか? あそこなら雨でも関係ないし」


「賛成でやす。何もしてねえと手持ち無沙汰でいけねえ」


「じゃ用意してて。あたし海行って、『地図の石板』だけ回収してくるよ」


「アフターにすればいいね」


「ノンノン。むやみと次の転送先が欲しくなっちゃうお年頃なのだ」


 ちょっと小降りになっただろうか?

 海岸まで走る。


 今日は素材はパスだ。

 石板だけを、と、あるある。

 手に取ると地鳴りがする。

 新しい転送魔法陣が形成されているのだろう、急いで家まで駆け戻る。


「ぶあーっ、ただいま!」


「ユー様、着替えてください。カゼ引きますよ」


「ん、ありがと」


 濡れた服を着替える。

 あ、これ昨日青の店で買ったやつだ。

 よし用意完了、本の世界の転送魔法陣へ。

 12個目の新しい魔法陣がどこ行きかは気になるが、どうせ今日は行かないから今じゃなくてもいいや。

 3トンのコブタを狩って、今度は海の王国へ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 回廊の中、大広間のすぐ手前だ。

 なるほど、ここに転送されるのか。


「たのもう! 精霊使いユーラシアが肉持ってきたぞお!」


 女王が転げ出てくるのが早いこと。

 衛兵よりうんと早いじゃないか。

 どんだけ肉楽しみだったんだよ。


「おお、待ちかねたぞにく……ユーラシアよ! 早速にく……こちらへ」


 ……マジで楽しみだったみたいだなあ。

 3トンしか持って来なかったけど、もっと取ってくればよかったか?


「コブタマンだよ。あたしらの間では、よく脂の乗った美味い肉として知られてるんだ。女王の口に合えばいいけど」


「ありがとうの。口の方を合わせるから心配要らぬわい」


「料理人はどこだろ? クララが捌き方教えるよ」


 クララとコブタが調理場へ行く。


「ここ来るたびに『たのもー』って大声出すのも何だから、もうちょっとスマートになんないかな?」


「そうじゃな、おんし、どこへ転送されたのじゃ?」


「そこの回廊の大広間入口に近いところだよ」


「銅鑼をぶら下げておこう。訪問した際にグオーンと鳴らしてたもれ」


 豪快だな、おい。

 嫌いじゃないぞ。


「わかった、思いっきり鳴らす」


「ハハハ、遠慮のう叩いておくれ」


 あと気になるのは回廊だな。


「これって似てるけど、どこに繋がってるか間違えそうだね」


「回廊か? 上にナンバーが書いてあるゆえ、どこに繋がってるかさえ覚えておけば間違えることはないぞよ」


 ナンバー? あ、本当じゃん。


「1番回廊の船着き場と10番回廊の調理場はわかったけど、他はどういうところに通じてるの?」


「いろいろじゃぞ。わらわのプライベートルームや衛兵の訓練所、牢屋、商店街などじゃな。地上に通じているものもある」


「あ、商店街あるんだ。あたし達も使っていい?」


「もちろん。外貨を落としてくれるのは大歓迎じゃ!」


 おお、しっかりしてる。

 これが商売人の顔か。

 女王の表情読みにくいんだよな。


「商店街のみに用がある場合は、銅鑼は鳴らさなくともよいぞ。5番回廊の先ゆえ、勝手に通ってたもれ。地上のゴールドで通用するからの」


「わかった、ありがとう」


「何なら今から行ってもよいのじゃぞ?」


 商売人の表情ですね、覚えました。


「ごめん、お腹減っちゃって」


「そうじゃの、待ち遠しいの」


 女王もソワソワし始めたっぽい。

 クララが仕切ってるから、もうじき出てくるはずだよ。

 ほら、来た来た。


「お待たせしました。肉をシンプルに焼いたものでございます。こちらの塩を振りかけて御賞味ください」


「おお、待ちかねたぞ!」


 女王大喜びだ。

 クララも席につく。


「大地と大洋の恵みに感謝し、いただきます」


 ……何だこれ、美味い。

 いやコブタ肉はもともと美味いのだが、味の輪郭が際立ってるというか赤身と脂身のコントラストが絶妙というか。

 旨みを引き立ててるのは塩か?


「この塩、何?」


 感激のあまりのたうち回る女王に聞く。


「はあはあ、何かの。塩? 塩は普通じゃぞ。ただし海藻を乾燥させて粉末にしたものを混ぜてある」


 『フルコンブ』というのだそうだ。

 海底で品種改良された、旨みの塊である海藻とのこと。


「肉との相性は最高であるの。良いことを知った」


「フルコンブ、これは地上でもウケるわ」


「何、本当か?」


「うん、美味しいもん。でも売れない」


「な、何故じゃ!」


 商売人の顔で迫る女王に説明する。

 美食におゼゼ出せるとすると裕福なレイノスなのだが、亜人差別の激しいレイノスで魚人の海藻が売れるわけはない。

 海藻を食べるという文化を根付かせることすら難しいだろう。


「女王は地上と交易したいという考えを持っている、でいいのかな?」


「もちろんじゃ!」


「じゃあ別のところから攻めよう。フルコンブは切り札でいいよ。どうせ地上じゃマネできないから」


「別のところ、とは?」


「お魚」


「魚? 魚は地上でも獲れるであろ?」


 海の女王には理解できまい。

 地上で魚は珍味扱いなのだ。


「海の一族の怒りを買ってはいけない、ってことで、地上で漁業は発達してないんだよ。日常的に魚食べてるのは、川魚を取って食べる習慣のある山間部か、レイノスの船乗りくらいじゃないかな」


 女王はかなり驚いたようで、少し身体を反らす。


「さようであったか。知らなんだわ」


「ドーラ人は確かに魚を食べつけてないよ? それに自分から獲ったり釣ったりしない。でも嫌いなわけじゃないと思うんだよねえ。1発目のどっかん魔法の時に津波が起きてさ、たくさん魚が打ち上げられたんだよ。それを一夜干しにして配ったら、皆すごい喜んでくれたから」


「ほう、魚は生か焼きかが最も美味いと思うがの」


 うむ、新鮮な魚ならばそうだろう。


「魚食べる習慣がないところに生食べろって、かなりキツいんじゃないかな。最初は加工品から消費者を慣らしていくのがいいかもしれない」


「……そういわれると、我らにはあまり魚の加工品を作る文化がないのじゃ。工夫せねばならんの」


 新鮮な魚が年中取れるなら、加工品なんか必要ないもんなあ。

 つーか加工した分だけ高くなっちゃうんじゃバカバカしい。


「いろいろ考えてみてよ。あと考えなきゃいけないのは販売ルートだけど……」


 どーしろとゆーのだ。

 最初からレイノスに手を出すのは無謀。

 ならば西域の海に近いところか?

 人口少ないし、生活カツカツで食べてくのに精一杯と聞いてるがなあ。

 大体あたしに伝手がないし。


「……各地の産物が集まり差別も少ないだろうカトマスが、一番売れそうな条件を満たしてるかな。アンセリに渡りを付けてもらえばなんとか? でもあたしもカトマス行ったことないから、状況わかんないし……。輸送手段があるならカラーズもアリっちゃアリだけど……」


 難しいな。

 すぐにどうにかするには、条件が足りない。


「うーん、ひとまず保留だな」


「こちらは商品として出せるものを開発せねばならぬな。わらわ達は皆で知恵を出し合ってみるぞよ」


 加工品に拘らなくても、新鮮な魚でいいんだろうけどな。

 買う側に抵抗がなく、魚を捌く技術があればだが。

 まあ結論の出ないことを考え続けていてもムダだ。

 新しい発想なり知識なり、あるいはきっかけなりチャンスなりがないとね。


「さて、おんしはこれからどうするのじゃ?」


「今日は帰ってもあんまりやることなさそうなんだよね。商店街見せてもらってもいいかな?」


「うむ、大事な客人であるからの。わらわが案内しよう」


 5番回廊から商店街へ。


「あっ、女王様!」


 魚人の売り子が跪く。


「よいよい、商売に精を出せ。それからこちらは地上の友人じゃ。これからも商店街に足を運ぶこともあろうゆえ、粗相があってはならぬぞ?」


「はっ、皆に通知を出しておきます」


 結構広い。

 大広間の天井の高さもヤバいと思ったけど、全体ではかなりの面積になるよなあ。

 さすが魚人文化の中心地。


「海産食材の店が多いでやすか?」


「魚以外にもいろいろなものがあります。どれも美味しそうです」


「フライにしてマヨネーズがメイビーグッドね」


「その手があるねえ」


 干しフルコンブの店がある。

 ……1枚100ゴールドか。

 かなりいい値段するんだな。


「そりゃあフルコンブは最高級品だからの」


「うーん、でも1枚買ってく」


「「毎度!」」


 店主と女王の声がハモる。

 あんたら商売大好きだな。


 1本奥の通りに入る。

 こちらは食料品以外の店が多い。


「変わった服を売ってるねえ」


「我らは基本、服を着たまま泳ぐでの。地上の服と違うのは当然じゃ」


「あ、じゃあ濡れてもいいのか。使いどころがありそうだな」


「いや、これらの服はおんしらには向かんぞ」


「どうして?」


 女王は表情の読みにくい顔を向ける。


「太陽の光で劣化するのが早いのじゃ。海ならばよいが、地上人にはちと勧められん」


「そうなんだ、ありがとう」


 勧められないものは売らないって、できそうでなかなかできないことだ。

 女王は商売人としてしっかりしてる。


 金物屋で、クララが魚用の薄くて細長い包丁に興味を示している。

 しょっちゅう魚食べるようになったら買おうね。


「姐御、素材屋がありやすぜ」


「本当だ。欲しいね」


「素材? 素材なんかどうするのじゃ?」


 女王が不思議がる。

 そりゃわからんだろうなあ。

 普通冒険者にとって素材は売る対象だし。


「パワーカードって、製作するのにかなり素材を消費するんだよ。だから素材はいくらでも欲しいんだ」


「何じゃ、そういうことならばおんし達への礼は素材にしようかの」


「礼?」


 とは?


「うむ、この前はわらわの求めに応じて来てくれたし、今日は約を違えず肉を持って訪れてくれたであろう?」


「いやそんなのべつにかまわないからいいのにえどうしてもわたしがうけとらないとじょうおうのきがすまないってそこまでいうならもらうよありがとう」


 首をひねる女王。


「……気持ち、早口じゃったか?」


「気のせいだよ」


「では大きいつづらと小さいつづら、どっちがいい?」


「両方」


「ユー様お待ちください」


 クララが止めるけど何だろう?

 考える余地があるだろうか?


「女王様の説明を聞いてから決めればよろしいのでは?」


「おお、それもそうだね。さすがクララ」


 明らかにホッとした様子を見せる女王。


「躊躇なく即答されたからどうしようかと思うたぞ。では説明するぞよ。どちらのつづらにも素材が入っておるのじゃが、大きいつづらにはコモン素材がたくさん入っておる。一方、小さいつづらにはレア素材が1つだけ入っておる。どちらも売買価格の総額は似たようなものじゃと思う。どちらか一方を礼としてプレゼントしたい。好きな方を選んでたもれ」


「そーかー、どっちかっていう趣向だったか」


「普通そうだよなあ」


 アトムがボソッと呟き、ダンテが頷いている。

 そーゆー常識に囚われることが、あんたらの未熟なところだぞ?

 ゴリ押して通っちゃうことだって少なくないんだから、とりあえず押してみろ。

 それがあたしのスタンスだ。


「じゃあ小さいつづらもらう」


 たくさんの素材をもらうことで得られる交換ポイントは魅力的だ。

 そういう意味で大きいつづらは確かに惜しい。

 でも海底のレア素材ともなると、手に入れる機会すらなかなかないだろうしな。


「ではこれを」


 女王の侍者が持ってきた綺麗な箱を受け取る。

 あ、割と重い……これ大きいつづらだったら、運んだり持って帰ったりするの、すげー大変だったんじゃないか?


 女王が笑っている。


「ヒバリがおんしの立場であっても、おそらく『両方』と言ったであろうなあ」


「そうなの? ヒバリさん、なかなかやるね」


 ますます興味が湧くな。


「ありがとう。今日は帰る。また来るよ!」


「うむ、息災での。楽しみに待っておるぞ。特に肉をな!」


 とりあえずコブタ肉は気に入ってもらえたようだ。

 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 お土産にもらった小さいつづらを開けたのは、夕食の薬草他具だくさんスープを食べた後のことだった。

 箱自体の装飾が美しく、眺めていて飽きないということもあったのだが、単純に開け方がわからなかったのだ。

 側面がパカっと外れるのに気付いたのは、かなり遅くなってからだった。

 魚人のつづらって皆こういう仕組みなのか?

 恐るべし。


「これは何だろ?」


 薄緑色したただの石みたいに見えるが、それにしては軽い。

 ……中身じゃなくてつづらが重いのかよ。


「……『龍涎香』に似ていますが違います」


 『龍涎香』とはクジラの体内に生成される香料だという。

 バエちゃんにもらった本の内の1冊『珍奇な素材とその効力』を読み込んでるクララにわからないとなると、比較的最近になって発見された素材なのかもしれないな。


 じーっと見ていたアトムが言う。


「鉱物ではありやせんぜ。おそらく生物由来のものでやす」


 ふうむ、生物由来?

 『龍涎香』に似ていると言うし。

 しかし、どの道クララに判別つかないんじゃ……。


「考えても仕方ないね。ドワーフのオールドレディに聞くべきね」


「そうだねえ。明日アルアさんに聞こう。今日は寝ようか」


          ◇


 雨の上がった翌日、精霊カカシの指導の下にステータスアップ薬草の株分けをする。

 これで最初の4倍になった勘定だ。


「これだけ株数があれば十分だろう。6日後にはまた株分けできるが、その分は数日かけて食べればいいと思うぜ」


「わかった、ありがとう! カカシはやるねえ!」


「照れるぜ、ユーちゃん」


 ついに無限ステータスアップモードに入るかと思うと感慨深いね。


「ボス、おニューの転送魔法陣のデスティネイションをチェックすべきね」


「そーだね」


 東の区画、12個目の転送魔法陣の上に立つ。

 魔法陣から立ち上る赤い光、そしてフイィィーンという小さくやや高い音。

 頭の中に事務的な声が響く。


『魔境トレーニングに転送いたします。よろしいですか?』


 ヤバそうなのキター!


「魔境ってばあの魔境? 高レベルのモンスターがわんさかいるという?」


『その魔境です』


「えーと、しり込みします」


 腰も引けるわ。

 どーして素人冒険者が魔境?

 ってよく考えたら、あたし達レベルだけ見れば上級冒険者なんだった。


「おーい、皆。今度の転送先魔境だって!」


「「「魔境!」」」


 魔境。

 一般にはドーラ大陸の中央にある、岩壁に囲まれた台地のことを指す。

 あたしも魔境に詳しいわけじゃないが、ドラゴンやら巨人やらリッチーやら、最強クラスの魔物がたっぷり溢れているってことくらいは知っている。


 冒険大好きなはずのアトムが深刻そうに言う。


「魔境かあ、来るとこまで来やしたな」


「うん、ただし『魔境トレーニング』って転送先なんだよ」


「トレーニング?」


「でも魔法陣は、高レベルのモンスターがたくさんいる魔境だって言ってた」


 『魔境』はともかく、『トレーニング』ってのはどういうことだろう?

 どうやらギルドは、上級冒険者レベルなら魔境オーケーと考えているらしい?


 クララが立ち上がる。


「ユー様、行きましょう。私達は常にそうして来たんですから」


「おークララ男前!」


「その通りだぜ!」


「ザッツライト、オールライト!」


 クララはニッコリ笑ってこう続けた。


「でもその前にアルアさんの意見を伺いましょう」


 うーん、さすクラ!


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 パワーカード工房にやって来た。


「アルアさーん、こんにちは!」


「はいよ、こんにちは。アンタはいつも元気がいいね」


「こういうもの手に入れたんだけど」


 海の王国でもらった、軽い石みたいなレア素材を取り出してテーブルに置いた。


「うちのクララでわかんないくらいだから、かなり珍しいものだと思うんですよ」


 それを見たアルアさんの目がゆっくりと見開かれ、驚愕の表情に変わる。


「……『大王結石』だね、間違いない」


「『大王結石』?」


「アンタ、これをどこで手に入れたんだい?」


「海の女王にもらったの」


「アンタ、ウミウシの女王ニューディブラと面識があるのかい? 呆れたもんだね」


 アルアさんがふう、と息を吐く。


「これはどういうものなんですか?」


「海に生息する大型魔物クラーケンの内、最強の個体が全てのクラーケンの上に君臨する大王クラーケンとなる。『大王結石』は、その大王クラーケンの体内のみで形成される分泌物の塊さ。超レア素材だ」


 そんなにすごいものだったとは。


「どうしてアルアさんはこれ知ってるんです?」


「アタシの婆様が手に入れて見せてもらったことがあるんだよ。まさか一生に二度もこいつを拝めるとはね」


 アルアさんがしげしげと『大王結石』を見つめる。


「すごいカードができますか?」


「こんなものを持ってくるとは想定してなかったが、構想はなくはない。アタシも最高傑作を製作するつもりで開発に当たるから、しばらく待っておくれ」


 うおー、楽しみだなー。

 スライム爺さんのところで購入した『スライムスキン』含め、手持ちの素材を全て売った。

 『大王結石』は今までの素材の中でダントツ最高額の5000ゴールドで引き取ってくれたよ。

 交換ポイントは565となる。


「カードと交換していくかい?」


「あたし達魔境に行けるようになったんですよ。何か注意することありますかね? あるいはこんなカード持ってた方がいいよとか?」


「魔境? あそこは上級冒険者にならないとクエストにならないはずだよ。アンタ、今レベルいくつなんだい?」


「34です」


「34!」


 アルアさんが驚く。


「何とまあ、レベルアップが早いもんだ」


「心掛けがいいから」


「かかかっ、言うねえ。まあいい」


 『大王結石』他の素材を片付け、アルアさんが説明してくれる。


「まず、魔境についてどれほどの知識を持ってるか聞こうか」


「強いモンスターがたくさんいるおっかないところ、としか」


 アルアさんがフンと鼻を鳴らす。


「普通名詞的な理解としてはそれでいい。ただドーラで『魔境』と言えば、大陸のほぼ中央部にある、大型魔物の闊歩するエリアを指す」


 あたし達の住んでいるいわゆるカル帝国ドーラ植民地は、ドーラ大陸全体から見れば南東のごく一部の範囲に過ぎない。

 もっとも帝国はドーラ大陸全体の領有権を主張しているらしいが。


「魔境に高レベルの魔物が多い理由はエーテル濃度の関係らしいね。そういう魔物は高濃度のエーテルを必要とし、またそういうところでしか生きられない。だが環境にあったところだとやたらと生育が早いと聞くよ」


 なるほど、カカシの言ってたステータスアップ薬草の成長条件に似てるな。


「魔境でも最強の魔物はエーテル濃度の最も高い中央部に生息し、そこから順々により弱い魔物の分布域が取り巻く関係になるね。だから魔境に行っていきなり手のつけられないような魔物に遭遇する、なんてことは普通はないはずだ。もっともアンタは運が良さそうだからわからんが」


 アルアさんがかかかという、特徴的な乾いた笑い声を立てる。

 変なフラグは立てないでおくれよ。


「カードとしてはそうさね、飛行種の魔物が多いと言うよ。それに対応できるものがあれば有利だろうね」


 とすると物理攻撃が遠隔化する『スナイプ』か風属性のつく『カマイタチ』、風属性スキルである『颶風斬』の使える『風月』あたりか。


「どうする? カード交換していくかい?」


「……『スナイプ』1枚もらっていきます」


 あたしの対空スキルに『マジックミサイル』があるが、それより『スナイプ』装備で『ハヤブサ斬り・改』の方が与ダメージがうんと大きい。

 アトムは『マジックボム』による攻撃があるから、とりあえずこれで行ってみる。

 あたしの装備、『アンチスライム』と『スナイプ』を入れ替え、と。

 交換ポイントは465。


「魔境は素材の宝庫で、植物の種類もかなり豊富だ。魔物のドロップアイテムも高価なものが多いから、魔境で戦える冒険者は皆金持ちだよ」


「ほんと? それは嬉しいなあ、金欠は厳しいよ」


「おやおや、今日一番の笑顔だね」


 笑いが起こった後、作業場のゼンさんの背中をチラッと見る。


「ゼンさんはどうですか?」


「やる気が半端じゃないね。驚くほど吸収が早いよ。工房自体が以前より忙しいこともあるし、もう少し肩の力を抜いてもいいと思うんだが」


 そう言えば少し痩せたか?

 今度肉を土産に持って来よう。


「じゃ、あたし行きます」


「気をつけてな」


 転移の玉を起動しホームへ。


          ◇


 気を落ち着かせるために、何となく畑番の精霊カカシとムダ話をする。


「ねえカカシ、ついにあたしら魔境に挑む冒険者だってよ。すごく偉そうだよねえ。どう思う?」


「一流冒険者の仲間入りじゃねえか。まあユーちゃんはやる女だって知ってたぜ?」


「照れるなーもー」


 思えばあたしがアトラスの冒険者になったのは、魔物を倒す強さと行動範囲の拡大を欲したからだった。

 今やその双方を手に入れつつある。

 何かあたし、冒険者向いてるみたい?


「行って魔物が手強くても恐れることはないんだぜ? オイラの作るステータスアップ薬草があるんだ、時間が経てば経つほど強くなるのは確定している」


「そうだねえ。頼りにしてるよ」


 カカシの言う通りだ。

 我が家の畑番を務めている涅土の精霊カカシは、戦闘メンバーではないがあたし達の戦力増強に貢献してくれている。


「こっちは任せとけ! オイラもやりがいがあるぜ」


「うん。今日は様子見くらいだけどね」


 さて、そろそろ行くか。

 うちの子達に声をかける。


「出かけるよー」


「「「了解!」」」


 いざ、魔境へ!


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ここが魔境か……ってあれっ?」


 建物の中だ?

 ちょっと予想外。

 ギルドのお店ゾーンよりは広いな。

 青い魔法陣と赤い魔法陣が並んでいる。

 そしておそらくはステータスパネルであろう、魔道の装置が備えられており、その前にいる人が話しかけてくる。


「いらっしゃいませ。ワタクシ、ドリフターズギルド所属魔境ガイドのペコロスでございます。お見知りおきを」


「こんにちは」


 小柄で眼鏡をかけており、黄色みがかった髪をアップにしててっぺん近くで結っている。

 フードなしのローブ姿は、研究者か魔道士のようにも見えるな。

 一瞬男性か女性かわからなかったが、声からすると男だ。

 全体の印象からするとまるっきりタマネギ。


「こちら初めてでいらっしゃいますね? ギルドカードを拝見いたします。ユーラシア・ライムさん、と。ああ、アルハーン掃討戦の御活躍は聞き及んでおります。あれ? 掃討戦って、中~低レベルの冒険者が参加でしたよね。今レベル34っておかしくないですか? す、すいません。コーフンしてしまいまして……」


 1人で喋っていた小男を制し質問する。


「ねえ、タマネギに似てるって言われたことない?」


 小停止する小男。

 なかなか侮れないな。

 今の動きはカラクリ人形みたいで面白かった。


「い、いやワタクシ陰でタマネギと呼ばれてるのは存じてますけれども、面と向かって言われたことはないです」


「タマネギさんって呼んでいい?」


「できればペコロスと……」


「できないから頼んでるんだよ。もーあんたの顔見た瞬間から脳みそがタマネギに占拠されて名前が入ってこない。ムリならオニオンさんでもいいんだけど」


「で、ではオニオンと」


「ありがとうオニオンさん!」


 いやあスッキリした。

 オニオンさんいい人だ。


「では説明を続けさせていただきますね。こちらは魔境トレーニングにおけるベースキャンプになります。回復魔法陣とギルド直通の転送魔法陣がありますので、御自由にお使いください。ベースキャンプは聖なる結界によって守られているので、魔物に襲われることはありません」


「なるほど、危なくなったら逃げ込めってことだね」


 回復魔法陣があるのは大きな利点だ。


「そうです。最初の内は全力で戦って回復してまた全力で戦う、という方法を取られる方が多いです。ベースキャンプからあまり離れないのがよろしいですね」


 うむ、真っ当な意見だね。

 それが魔境初心者のセオリーなんだろう。


「それからユーラシアさんのパーティーにおかれましては、『アトラスの冒険者』運営本部及びドリフターズギルドから禁止事項が設定されております」


「禁止事項?」


 何だろ?

 心当たりがない。


「オリジナルスキル屋を営んでいるペペさんから、『デトネートストライク』なる非常に高威力の魔法を購入されておられますが、当魔境トレーニングエリアではその使用を禁じます。例えば遠くの魔物に向かって『デトネートストライク』を放ち魔法陣で回復、というのを繰り返せばレベルは上がるでしょう。しかしここは他の冒険者の訓練の場でもありますので、危険行為に該当するとのことです」


 その手があったか。

 ペペさん方式だな。

 封じられてしまったが。


「他の冒険者の人もいるんだ?」


「はい。しかし魔境に来られるほどのハイクラス冒険者となると、人数は多くありませんね。もちろん共闘も可能です」


「楽しみだなー。注意点はそれくらい?」


「そうですね。ユーラシアさんの方から何か質問があれば」


 いいのか?

 あたしに質問させて。


「オニオンさんはいい関係の異性の人いるの?」


「えっ? い、いやおりませんが」


「ギルド依頼受付所のおっぱいさんどう思う?」


「えっ? す、素敵な方だと……」


 ふーん、おっぱいさんで通じるじゃん。


「ありがとう、行ってくる!」


「えっ? えっ?」


 混乱しているオニオンさんを放置してユーラシア隊出撃。


          ◇


「共闘できるったって、ある程度ベースキャンプから遠くに行けるだけの腕がないと、他の冒険者に会えねえよなあ」


「そうだねえ」


 ベースキャンプから少し離れたところ、魔境観点ならば辺縁部であろう地域で素材や薬草をナップザックに放り込む。


「確かにアイテムは多いなー」


「でもありふれたものですよ。高価なもの珍しいものはやはりエーテル濃度の高いところじゃないと取れないのかもしれません。あ、これクミンです。実から香辛料の取れる草ですよ。場所覚えておきましょう」


 思ったよりクララが楽しそうだ。

 魔物と素材に頭が行ってたけど、魔境は有用な植物も多いのかも。


「姐御、アイテム狩りもいいでやすが、そろそろ一当てしやしょうぜ」


「……オーガ1体だね、行ってみようか」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・改! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改! アトムのマジックボム! よーし勝った!


「ボス、イージーなビクトリーだったね」


「うーん、でもマジックポイント消費が大きいね」


「オーガは会心攻撃を頻発する危険な魔物です。今の戦い方でいいと思います」


「3回戦ったら回復しやしょう」


 会心持ちの魔物に、溜め技で攻撃が後手になる『雑魚は往ね』は使いづらいしなあ。

 いや、そもそも魔境の強力な魔物に『雑魚は往ね』が通用するかは、甚だ疑問なんだが。

 見るからにザコじゃないし。


「よし、単体のオーガと、ケルベロスもいるんだっけ? そいつらを主目標に今の戦い方で。3回戦ったらベースキャンプに戻る」


「「「了解!」」」


 3体目のオーガを倒しベースキャンプへ帰ろうとした時、1体の魔物を見つけた。


「……人形系のレア魔物?」


「クレイジーパペットです。ヒットポイントは8」


 クララが答える。

 ヒットポイント8か。

 以前考えてたやり方を実行してみるいい機会だ。


「戦ってみよう。1ターン目、あたしとアトムは『経穴砕き』、ダンテは『実りある経験』、クララは『勇者の旋律』使ってくれる?」


「『勇者の旋律』?」


 アトムが首をかしげる。


「攻撃力が上がったところで人形系には……いや、姐御には何か策があるんでやすね?」


「このスキル、ちょっと引っかかってることがあるんだよね。人形系が相手じゃないと答えが出ないんだよ」


 レッツファイッ!


 クレイジーパペットのフレイム! 結構なダメージを食らった。相当魔法力が高いんだろうな。クララの勇者の旋律! ダンテの実りある経験! あたしの経穴砕きで3ダメージ! やっぱりそうかっ! 『あやかし鏡』の効果でもう一度経穴砕きの3ダメージ! アトムの経穴砕きで3ダメージ! よーし倒した!


「ドロップアイテムは、藍珠と透輝珠! やたっ! お金持ち!」


「ユー様……」


「あっ、ごめんよ。油断はいけないね。リフレッシュ!」


 全員のヒットポイントを回復させる。


「ユー様、今の『勇者の旋律』の効果は……」


「そうだぜ、『経穴砕き』は1ダメージしか出ないはずなのに、3ダメージだぜ?」


「ミステリーね」


 あたしは説明する。


「ペペさんはね、あたし達にふさわしいスキルしか寄越さないんだよ。いかにペペさんオリジナルじゃないとはいえ、ただの攻撃力アップスキルって地味過ぎて変だなーって思ってたんだ。ロマンの欠片もないじゃん」


「そりゃあ確かに……」


「ユー様、『勇者の旋律』はどういうスキルなのです?」


 もったいつけたいけど、クララがマジだしなあ。


「ペペさんは『攻撃による与ダメージを上げる』スキルって言ってたんだ。普通に使えば攻撃力が上がるスキルと変わらないけど、文字通り解釈すれば人形系魔物に対するダメージだって増えるはずでしょ? そういうスキルなんだよ。今まで検証する機会がなかったけど、今日正しい効果を解明できてよかった」


 普通『攻撃による与ダメージを上げる』効果と説明されれば、攻撃力を上げるものだと考える。

 しかし『勇者の旋律』は違う。

 与ダメージという結果に直接コミットする特殊なスキルなのだ。


「ペペさんは野暮な説明を省いてこのレアスキルをくれた。精霊使いユーラシアのパーティーにふさわしいスキルとしてね。必ずあたし達がその真の効果に気づくと信じて。アートでロマンでドリームだろう?」


「ファンタスティック!」


 ダンテが珍しく感情を顕わにする。


「このスキル、私のレベルかステータス値が上がると、もっと与ダメージ上がるかもしれませんねえ」


「そうだね。デカダンスみたいなヒットポイント多めのやつも、簡単に倒せるようになるんじゃないかな」


「ひょっとして、通常攻撃でもダメージ入るんじゃないですかい?」


「かもしれないね。でも通常攻撃じゃもともと人形系にはダメージ0だから、結果にコミットしても『経穴砕き』よりヒットポイント削れると思えないんだよなあ」


 余裕のある時検証してみたいもんだ。


「ファンタスティックね!」


 コーフンがまだ収まりきってないようだ。

 知らなかったよ、ダンテってロマンチストだったんだなー。


「さて、ベースキャンプに戻ろうか」


「「「了解!」」」


          ◇


「お帰りなさいませ」


 ベースキャンプに到着、オニオンさんが迎えてくれる。


「ただいまー。この『魔境トレーニング』は、どうしたらクエスト完了扱いになるのかな?」


「……そういうことは最初にお尋ねになるべきでは?」


「聞きたい時に聞きたいことを聞く。それがあたしの生きる道」


「くっ、ポリシーでは仕方ありません」


 こんなんで納得したぞ?


「100体の魔物を倒すか真の竜族を倒すか、どちらかの条件を満たしたとき、クリア扱いになり、次の『地図の石板』が配給されます」


「ユー様、同じ竜族に分類されていてもワイバーンやヒドラ、首長竜などは亜竜と呼ばれます。真の竜族とは亜竜ではない竜族のことで、倒せば『ドラゴンスレイヤー』の称号が得られます。ただしその強さは桁違いです」


 こそっとクララが教えてくれる。

 ドラゴンスレイヤーはなかなか響きがかっちょいいけど、今のあたし達ではムリだなあ。

 100体倒すのを目標としよう。

 今4体か、魔物断ち100刃できるかな。


「わかった、ありがとう。魔境にはどういう魔物が生息しているのかな」


「そういうことは最初に……」


「それがあたしの生きる道」


「くっ」


 仕方なくオニオンさんが説明し出す。


「一番外側にオーガや魔獣の出る一帯があり、その内側は亜竜、ガーゴイル、低級の巨人、レッサーデーモンなどの出現するエリアです。さらにその内側に真の竜族、高級な巨人、グリフォン、マンティコア、グレーターデーモンなど、最も中央に近いエリアはリッチー、イビルドラゴンなど最上級の魔物が生息しています。エリアひとつ跨ぐと魔物の強さが段違いになりますのでお気をつけください。ただし得られる経験値も段違いです」


 オーガでも踊る人形並みの経験値だぞ?

 どんだけ魔境すごいんだ。


「わかった、今日は一番外側で満足することにするよ」


「え? 今日はって……」


「行ってくる!」


 ユーラシア隊出撃。

 オニオンさんもあたし達のノリに早く慣れて欲しいなあ。


          ◇


 ケルベロスを倒してその周りに集まっていた時、2人の冒険者が声をかけてきた。


「やあ、掃討戦で名を上げた精霊使いユーラシアというのは君だろう?」


 剣士と魔法使いだ。

 どこかで見たような?


「あっ、チュートリアルルームでバエちゃんに言い寄ってた2人だ!」


「「言い寄ってない!」」


 慌てて否定する2人。


「そんなことより、君もう魔境に来てるのか?」


 剣士が驚く。


「精霊使いが『アトラスの冒険者』になったって噂で聞いたのが、つい1ヶ月くらい前だったような気がするが」


「掃討戦の最後にデカダンスっていう人形系のでっかい魔物倒したら、10以上レベルが上がったの」


「よく倒せたものだ」


「皆が助けてくれたんだよ」


 あれは思い出してもあたしの冒険者経歴(約1ヶ月半)におけるベストバウトだった。

 あたしとしてはもっと楽に戦いたいのだが。


 ローブ姿の魔法使いが聞いてくる。


「倒したケルベロスに用があるのか? 何かの研究か?」


「いや、食べたら美味しいかなーと思って」


「「……」」


 絶句しなくても良くない?


「肉食獣は美味くないからね?」


「そうとも。倒した魔物の腐肉が次の魔物を育てるというサイクルもあるしな、うん」


「やっぱそーか。お兄さん達、教えてくれてありがとう!」


 にこやかに返答するあたしとは対照的な顔でこっちを見てくる2人。


「な、なあ君。俺達と共闘しないか?」


「うむ、どうも危なっかしいというか……」


「ありがとう、よろしく」


 剣士に提案される。


「分け前は俺達が薬草、君達がそれ以外全部でどうだい?」


「え? ありがたいけど、あたし達に有利過ぎない?」


「ぶっちゃけステータスアップの薬草が欲しいんだ。


 なるほど、そういうことか。


「うむ、では行こうか」


          ◇


「……初めてだよ、クレイジーパペット倒せたの」


 剣士が呆然と呟く。


「やたっ、また透輝珠ドロップしてる!」


「見たことも聞いたこともないスキルだ」


「『勇者の旋律』? ペペさんにもらったんだ。人形系に効果高いってことはついさっき知ったんだけど」


「いや、『勇者の旋律』もそうだが、あの経験値が倍になるスキル、何だあれは?」


「『実りある経験』? あれもペペさんから買った」


 魔法使いも唖然としている。


「2回行動できるアクセサリー、あれもチートだろ」


「『あやかし鏡』? あれはひどいよねえ」


 剣士が謝ってきた。


「済まなかったね、良かれと思って共闘に誘ったんだけど」


「うむ、余計なことだった」


「そんなことないよ。楽しいよ?」


 魔法使いが慌てて言う。


「いや、共闘の場合、経験値は全員が通常分もらえるのだが、戦闘回数は2分の1回で計算されるのだ」


「君らも早く次の石板出したいだろうに、かえって邪魔しちゃったみたいだね」


「まさかこれほどの実力を持っているとは思わなくてな。掃討戦の活躍がフロックでないことは、よくわかった」


 恐縮されても困っちゃうよ。


「そんなことより、もう少し共闘していこうよ。あんまりベースキャンプに戻らなくていいから楽なんだ」


「い、いいのかい? 俺達は経験値倍になって万々歳なんだが」


「もちろん」


 結局この日は、お兄さん達も含め全員のレベルが1上がった。

 あたしとクララ、アトムが35、ダンテが34だ。

 めでたしめでたし。


 レベルも高くなってくるとなかなか上がらないものだとは聞く。

 でも中央部に近い、エーテル濃度高いエリアの魔物はもっと経験値高いらしいし、魔境にしょっちゅう来てればすぐレベルアップしそうだな。


 お兄さん達とスキル談義だ。


「~の連続衝ってスキルのシリーズは使いやすそうだねえ。これって確か、チュートリアルルームで売ってたよね?」


「うむ、汎用スキルの1つだ。物理アタッカーなら剣だろうが弓だろうが何でもオーケーというのが、人気の秘密だな」


「実は普通に使ったんじゃ、使用マジックポイントに対する与ダメージ比は高いと言えないんだ。でも魔物の弱点属性を連続で突けるのがいいね。結構な値段するけど、価格以上の価値があると思う」


「射程も長いんだよね?」


「隠れた利点だね。ワイバーンとかの飛行魔物用に『風の連続衝』がいいと思って購入したんだよ。まだ生息域まで行けないんだけどね」


 ふーん、使ったことないスキルで有用なのがあると欲しくなるな。

 あたしには『スナイプ』を装備した上での『ハヤブサ斬り・改』があるから『風の連続衝』は必要ないけど、特にクリティカル頻発能力持ちのアトムには『マジックボム』より向いてそう。

 強敵を相手にするようになると、アトムの火力も重要なのだ。


「俺らは帰るよ。早速薬草を食べないとね。またね」


「さいなら」


 さーて、あたしらも帰るか。

 遅くなっちゃったからギルドで食べていこうかな。


「オニオンさんはいつまで仕事なの?」


「5時までです」


「あ、もうちょっとだね。ギルドの職員は皆そうなの?」


「そうですね。定時は午後5時ですよ」


「夜、あまりギルド行かないから知らなかったよ。あっ! ってことは買い取り屋さんも5時まで?」


「そうです。お店では武器・防具屋と道具屋、買い取り屋はギルドの正職員ですので、勤務時間は午後5時までですね」


 へー知らんかった。

 お店は全部嘱託かと思ってたよ。

 考えてみれば皆がペペさんみたいに自由人じゃ困るもんな。


「5時になりました。お疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします」


「オニオンさんはこれからどうするの?」


「はい? 帰宅いたしますが」


「ギルドで何か食べていかない? 今日、透輝珠2つ手に入れて儲かったから奢るよ」


「ハハッ、そういうことでしたら、喜んでお供いたします」


 買い取り屋さんでアイテム売却するのは明日以降だな。

 透輝珠は1個1500ゴールドで売れるはず。

 楽しみだ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境から直通の魔法陣は便利だな。

 買い取り屋さんで売るにしても食堂行くにしても、今後何度も使いそう。

 あ、ポロックさんはもう帰っちゃったか。


「ポロックさんは奥さんと娘さんがいますので、定時になるとすぐ帰られますよ。娘さんが少し身体が弱いらしく、猫可愛がりだそうで」


 いいパパだなあ。

 そういえば娘さん、魚の一夜干し好きって言ってたな。


「ヴィルカモン!」


 赤プレートに呼びかける。

 オニオンさんが何です? と言ってる間に幼女悪魔が現れる。


「御主人の求めに応じ、ヴィル参上ぬ!」


 オニオンさんが驚愕する。


「あ、悪魔?」


「悪魔ぬよ?」


「うちの子なんだ。今は主に偵察任務に就いてもらってるの。幸せの感情が好きないい子だから心配いらないよ」


「そ、そうですか」


 まだビクつくオニオンさんに、ヴィルが礼儀正しく挨拶する。


「よろしくお願いしますぬ!」


「よ、よろしく」


 ヴィルは本当にいい子だな。

 入り口から中へ。

 あ、おっぱいさんが荷物まとめてる。


「サクラさーん、今帰り?」


「そうですよ。あら、ヴィルちゃんこんばんは」


「すごいお姉さん、こんばんはぬ!」


 すごいお姉さん言ってるぞ?

 すごいけれども。


「食堂で御飯食べてかない? 今日儲かったから奢るよ」


「よろしいんですか?」


「もちろん。オニオンさんも一緒なんだ。ギルド職員の話も聞きたいの」


 おっぱいさんが一瞬オニオン? って顔したが、すぐ了解したようだ。


「では遠慮なく」


 オニオンさん、男ならアタフタすんな。

 ただのあたしの酔狂だ。


「おっ、ユーラシアか。ヴィルも一緒か」


「こんばんはぬ!」


 ヴィルの頭を撫でながらダンが言う。


「夜に来るのは珍しいな。……その上珍しい組み合わせだな?」


 いいタイミングで現れるじゃないか。

 さすがゴシップ屋。


「今日、魔境に行ったんだ。そこでオニオンさんと知り合ったからさ、ギルドで奢るよって連れて来た。サクラさんにもいつも世話になってるからね、ちょうど仕事引けるところだったから誘ったの」


 何か魂胆があるんだな? この2人の化学反応を期待してるんだけどノープランなんだ。よし、俺も混ぜろ。助かる、今日は奢るよ。お、珍しいじゃねーか。

 ……というやり取りを一瞬の目くばせで行う。

 こういう時のダンは頼りになるなあ。


「ヴィルはクララ達と一緒にいてね」


「わかったぬ!」


「ペコロスさんは俺もあんまり面識ないんだよ」


「そうなんだ? オニオンさんはいつから魔境担当なの?」


 食堂で大皿の肉料理と揚げ物、野菜盛り合わせ、飲み物を前に、まずオニオンさんをネタにする。


「5年近くになりますかね」


「ペコロスさんは歳はいくつになるんだ?」


「27です」


「サクラさんはいくつなの?」


「ばっ、おまっ!」


 ダンが焦るが、サクラさんは若い。

 聞いちゃいけない年齢じゃないのだよ。


「23ですね」


「今日オニオンさんに、何か質問がありますかって聞かれたから、ギルド依頼受付所のサクラさんどう思うって聞いたら、素敵な方って言ってたよ」


 盛大にオニオンさんが茶を吹いてる。

 何やってんだよ、タマネギ噴水か。


「あんた、質問って言われるたびピント外してねーか?」


「そーいえば、世界中の知恵と知識が集まる本の世界ってのにクエストで行ったんだけど、そこのマスターに何か聞きたいことあるかって言われたから、サクラさんのおっぱいはどうしてあんなに大きいのって聞いたことがある」


「またそんな……で、答えは?」


「素質と栄養だって、オニオンさんどう思う?」


 今度は咳込んでやがる。


「ど、どうって、ユーラシアさんもこれからだと思いますよ」


「おお、ペコロスさんなかなかやるじゃねーか。今のはどう答えてもセクハラになる罠だと思ったぜ」


 ダンが妙な感心の仕方をしてる。


「あたしは多分、素質がないからいいんだよ。でもサクラさんのは、女のあたしから見ても目を奪われるからね」


「ありがとうございます」


 おっぱいさんがぺこっと頭を下げる。

 で、揺れる。


「ほら、色っぽいでしょ? ダンもそー思うでしょ?」


「そー思います」


「ま、それはそれとして、ギルドの裏技みたいなのってないですか?」


「おーい、話題の転換が急だな」


「いや、今日の目的はそれなんだ。口では何喋ってても目では鑑賞できるし」


「完全にオッサンだろ」


 だがおっぱいさんは真面目に考えてくれている。


「そうですね。ギルドの職員だからこそ、先に知ることのできるスケジュールとかはありますね」


「例えば何だろう?」


「掘り出し物屋さんが次いつ来るか、とか」


 ダンが食いつく。


「そうか、掘り出し物屋についてはサクラさんに聞けば良かったのか」


「総合受付のポロックさんも御存知ですよ。これは秘密にしなければいけない事項ではありませんので」


「いいこと聞いたぜ。ちなみに掘り出し物屋は次いつ来るんだい?」


「数日中に来るはずですよ。でも3日以内には来ません」


 ほう。

 今お金あるし、注意してようかな。


「お、ユーラシア悪い顔してるな。また掘り出し物屋で値切るつもりか?」


「何だよ、あたしを悪女みたいに」


 コミュニケーションだよコミュニケーション。


「他の冒険者が今どんなクエストを請けてるかとか、レベルいくつかを教えてもらうことはできるのかな?」


 ギルドはクエストを管理しているから、もちろん個々の冒険者のレベルもほぼ把握してるはずだ。

 どの職員の担当になるかは知らないが。


「ある冒険者が何のクエストを請けてるかに関して、ギルドの方から教えることは原則ありません。内容が秘匿性の高いものもあるからです。『アトラスの冒険者』本人の大体のレベルならお教えできます」


「ちなみにユーラシアのレベルは今いくつなんだよ」


「35億」


「35かよ! 早えな。もっともあんたのレベル上げメチャクチャだからな」


 億はスルーか。


「いや、でもいいことばかりじゃないんだよ。レベルの割におゼゼがカツカツなの。でも今日魔境に行って、稼げそうなのがわかったからよかった。透輝珠2つもドロップしたんだよ。あれ1個1500ゴールドで売れるの!」


 藍珠も2個ゲットしてるしな。

 素材もかなり拾えるし、魔境いいところだ。

 またクレイジーパペットが出たら倒そう。


「オニオンさん、魔境で1つ輪の中に入ろうと思うと、レベルどれだけ上げればいいのかな?」


 ダンが輪の中? って顔をするので、魔境は中央の魔物が一番強くて、それより弱い魔物がそれを取り巻き、さらに弱い魔物がその外という構造になってると説明する。


「最外のオーガ帯から1つ内側のワイバーン帯まで、一般にレベル10の差があると言われていますね」


 とするとドラゴンと戦うためには、レベルを20くらい上げないとってことか。

 むう、かなり厳しいな。


「本日、ベースキャンプ内からユーラシアさんの戦いぶりを拝見しておりましたが、装備品の属性相性が悪くさえなければ、ワイバーン帯では有利に戦えると思います。それ以上はまだ難しいです」


「有利に戦えるっていうのは、死にゃあしないけど苦戦するってことでしょ? あたしそーゆーの嫌だなー」


「あのデタラメな一掃スキルはどうなんだよ?」


「『雑魚は往ね』? オーガはクリティカル頻発するんだってば。向こうの攻撃受けてからってのはないかなー」


「ほう、ユーラシアさんはあの超レアスキル『雑魚は往ね』の使い手でいらっしゃるのですか?」


 オニオンさんの目が光る。

 あれ? 『雑魚は往ね』知ってるのか。


「御存知かもしれませんが、魔物にもレベルがあるのですよ。『雑魚は往ね』は、術者よりレベルの低い魔物に対して、最大ヒットポイントを超える大ダメージを与えるバトルスキルです。魔境で最も弱いオーガ帯の魔物でもレベル50以上はありますので、使うのは難しいですね。ちなみに魔境中央の最強魔物群や人形系レア魔物、それからボスはレベルカンスト扱いになります。ですから理論上、『雑魚は往ね』のダメージ増強効果は発揮されないのです」


「おお、オニオンさんありがとう! 本にもそこまで詳しいこと載ってないんだよ。そっかーそういうことだったのかー」


 逆に言えば、レベルさえ上がればドラゴンクラスまでは『雑魚は往ね』で倒せるってことか。

 ドラゴンをザコ扱いってテンション上がるなー。


「何でオニオンさんは『雑魚は往ね』に詳しいの?」


「ワタクシ、スキルに興味がありまして、以前『初心者の館』に入り浸って研究者達の話を拝聴してたことがあるのです」


 スキルオタクか、とダンが呟く。

 うるさい黙ってろ。

 有用な知識の持ち主はすごく貴重なんだぞ。


「これからスキルのことはオニオンさんに聞くことにするよ。お礼に今度『精霊のヴェール』見せてあげる。見たことないでしょ?」


 オニオンさんの顔が喜色に溢れる。


「精霊専用白魔法ですね。大変美しいと聞き及びます」


 おっぱいさんに聞く。


「サクラさん、ソル君って今レベルいくつだろ? スキルハッカーの子」


「17前後だと思われます」


 もう17か。

 頑張ってるな。

 かなり精力的にクエストに取り組んでるっぽい。


「オニオンさん、スキルハッカーがそっち行ったらアドバイスしてあげてよ」


「ほう、『スキルハッカー』」


 オニオンさんが目を細める。


「確か12までスキルを選んで覚えられる固有能力でしたか?」


「そうそう。で、あたしの知ってる限り『ハヤブサ斬り』『薙ぎ払い』『リフレッシュ』の3つのスキル覚えてるんだ」


「使い出のあるスキルばかりですね。それにしても『リフレッシュ』とは……」


「『リフレッシュ』はあたしが教えてあげた」


 『リフレッシュ』は非戦闘時限定であるが、低コストで全体回復が可能なレア魔法だ。

 オニオンさんが目を見開く。


「ユーラシアさん、『リフレッシュ』も習得してるんですか?」


「こいつ、変なスキルばっかり覚えてるんだぜ」


「変なスキルゆーな」


「ユーラシアさんは、相当運のパラメーターが高いですか?」


「うん、『ゴールデンラッキー』っていう固有能力持ち」


 ダンが騒ぐ。


「おい、その話聞いてねーぞ? あんたの固有能力『精霊使い』『発気術』『自然抵抗』の3つって言ってたじゃねーか」


 よく覚えてるな。


「この前、ペペさんがあたし専用のスキル作ってくれることになったんだよ。それであたしの詳しいステータスを知りたいって言うから、ギルド入口にある魔道のパネルで調べたら増えてた」


「増えてたって……」


 おっぱいさんが言う。


「きっかけがあってとか、イベントを通して固有能力が増えるということは稀にあるそうですが、知らない間に増えてたというのは聞いたことがありませんね」


 そんなこと言われても事実だから。


「こいつはそーゆーやつだよ」


 どーゆーやつだ。

 言い方に尊敬の『そ』の雰囲気も感じられないんだが。


 オニオンさんが話題を戻す。


「『雑魚は往ね』は、運が高くないと覚えられないというのが研究者の定説ですね。『リフレッシュ』も、おそらく同様ではないかと」


「そういうの関係なく習得できる『スキルハッカー』は、やっぱすごいんだよ」


「ユーラシアは随分ソールに入れ込むよな。何でだ?」


 前にも誰かに聞かれたけど。


「美少女のカンだよ」


「何のカンだって?」


「超絶美少女のカンだよ」


「盛ればいいってもんじゃないんだぜ?」


 ダンが呆れたように言う。


「うーん、でも本当にカンとしか言いようがないんだよね。多分あたしらの世代では、ソル君が出世頭になると思うよ」


「……あんたがそう言うのならそうなのかもな」


 ちょっとばかり真剣な表情になるダン。

 似合わねえ。


「だからスキルに詳しいオニオンさんは、ソル君に注目してて欲しいんだよね。何のスキル覚えていくかで仕上がり変わっちゃうし」


「承りました」


 オニオンさんも嬉しそうだ。

 実際に何のスキルを覚えてくかはソル君の選択なのだが、スキルに詳しい先達の意見があるとないとでは、天と地ほどの違いがあるだろう。


「で、サクラさんの美容についてだけど」


 タマネギは噴水でダンはひっくり返る。


「話題の展開が急だな。何の脈絡もないところがすげえ!」


「褒めたって何も出ないよ」


「褒めてねーよ!」


「あんたもオニオンさんもおっぱいにしか目が行かないだろうけど、サクラさんの本当にすごいところは肌艶だぞ? かなーり栄養と睡眠に気をつけてなければ、ああはならない」


「その通りです」


 ほら見ろっ!

 おっぱいさんが大きく頷いてるだろうが。


「オニオンさんもそういうとこ気付いてあげられないとダメだぞ」


「は、はい」


 楽しい夜は更けていく。


          ◇


 翌日、コブタ肉を土産に灰の民の村へ行く。

 カラーズ緩衝地帯への出店もそろそろ慣れてきている頃ではないだろうか。

 掃討戦後に得た新しい領地をどうするのかも知りたいし。

 けちゃっぷの作り方教えてもらってくるから、トマト作ってくんないかな。


「サイナスさーん、こんにちはー。あれ?」


 何故か青の民の族長であるセレシアさんがいる。


「この前のチュニックすごくいいよ」


「ちょうど君の話をしてたところなんだ」


 イマイチ噛み合わない会話の中でお土産を渡す。


「これお肉。セレシアさんにも半分あげるから、皆で食べて」


「あら、ありがとう」


「じゃあね」


「「ちょっと待って!」」


 何だってばよ。

 東の新領地がどうなってるか見たいんだが。


「そっちはまだ整地中だから、畑になってないよ」


「あ、そっか。こっちで何か用ある?」


「いや、セレシアさんが君の意見を聞きたいというんだ」


 そーか商売人ユーラシアの意見が聞きたいか。

 どーんとかかって来なさい。


「ファッションについてなのだけれど……」


「パス」


 あたしがファッションの何を語れるとゆーんだ。


「いや、オレもユーラシアにファッションの意見を聞くのは時間のムダだって言ったんだけど……」


「おおむねその通りだけど、他人に言われるのはカチンとくるね」


 あたしに対する挑戦状と受け取った。


「コンセプトが揺らいでるのよ」


「コンセプト?」


 何じゃそら?


「ワタシは綺麗で可愛い装いを世に送り出したいと思っているの」


「うん、知ってる」


「ユーラシアさんは実用一辺倒でしょう? でも実に堂々としていて魅力的です。ワタシの考え方が間違っているのかと……」


「いや、あたしは冒険者だから」


 兼業とはいっても、ぴらぴらの服で魔物と戦うほど無分別じゃないんだなー。


「関係ないですよ。あなたも女性なのですから」


 セレシアさんが左手でこめかみのあたりを抑える。

 1人の女性を悩ませてしまったか。

 魅力的なのも罪なことだ。


「要は可愛いだけじゃなくて、何か別の軸が欲しいということ?」


「ええ、実用的ということでもいいのですけれども、それだと中途半端なものになりそうなので、ユーラシアさんの知恵を拝借いたしたく……」


 可愛くて別テーマ込みで中途半端じゃないやつ?

 それをファッションに欠片も興味のないあたしが考えろと?

 これが無茶振りというものか。


 しかしあたしは急に閃いた。


「あっ、あるある!」


「「えっ?」」


 セレシアさんとサイナスさんの声がハモった。

 セレシアさんの『え』は希望の叫びであり、サイナスさんの『え』は疑問符の集積に違いない。


「デス爺いつこっちに来るかな?」


「今日来てるよ。店の方見てると思うけど」


「2人とも来てっ!」


 セレシアさんとサイナスさんを連れ、緩衝地帯の出店会場に行く。

 さすがに初日ほどの賑わいはないが、それでも多くの人がいる。

 以前にはほとんど考えられなかった、他色民同士で話し合ってる光景も散見される。

 うんうん、いいことだね。


「じっちゃーん!」


「何じゃユーラシア。それにサイナスと……青のセレシア殿?」


「エルの服、あれ売ろう!」


「む、どういうことじゃ?」


 エルの服にはこっちの世界では見られない異質さがある。

 もし捜索されているなら、いずれそちらから足がつかないとも限らない。


「こっちでもあの服装が流行っちゃえば心配なくなるでしょ?」


「それはそうだが、そのためにセレシア殿の手を煩わせるというのか?」


「セレシアさんはセレシアさんで、可愛さとそれ以外の要素を追求した新しいファッションを模索してるんだよ。あれならピッタリだ!」


「……確かに。そういうことならばワシも賛成しよう」


「どういうことです?」


 事情の分からないセレシアさんとサイナスさんに、声を潜めて説明する。


「……これから話すことは他言無用だよ」


 コクコク頷く2人。


「サイナスさんは知ってると思うけど、灰の民の移住先である塔の村には、精霊使いの女の子がいる。で、その子異世界人なんだよ」


「「異世界人?」」


「その子の服装変わってるんだ。でもセレシアさんならその独自性や機能性は理解できると思う。そのファッションを売り出せばいい」


「で、でも丸々マネするなんて……」


 動揺するセレシアさんに告げる。


「人助けになるかもしれないんだ。協力してくれないかな?」


「どういうこと?」


「その子、向こうの世界から追われる可能性があるんだ。こっちの世界で似た格好が広まれば、服装から特定される可能性は減る」


 セレシアさんが息を呑む。


「もちろん全部コピーして売り出せって言ってるんじゃないんだよ。セレシアさんのインスピレーションの助けになればいいし、逆にその子がセレシアさんデザインの服を着てくれるんだったら、それでもこっちの目的は果たせる。どう?」


「そういうことなら否はないわ。その子の服装を見てみたいわね」


「よおし、じっちゃん、エル連れてきてよ。あ、塔に入ってるかな?」


「いや、午前中はいるはずじゃ。すぐ連れて来よう」


「あたし達は村に戻ってるね」


          ◇


「エル!」


「話は聞いた。いろいろ考えてくれてありがとう」


 じっちゃんが連れてきたエルを見て、セレシアさんは思うところがあるようだ。


「……なるほど、上下のセパレーツ、伸びる生地でピッタリめ、コントラストの利いた配色ね。チェックでも似合いそう。丸い帽子も可愛いわ」


「どう? 野暮ったいところがなくて動きやすそうでしょ?」


「そうね、こういうアプローチがあったか……」


 おお、セレシアさんやる気出てきたみたいだね。


「試作品できたら、1着エルにあげてよ」


「それはもちろん。じゃあ身体のサイズいただいてよろしいかしら?」


「どこのサイズ? ある部分のサイズについてエルは敏感だよ?」


「余計なこと言うな!」


 笑いが起きる。

 これで一件落着だ。


「あたしは帰るよ。また塔の村へは遊びに行くからね」


「ああ、元気でな」


「あっ、ユーラシアさんお待ちになって」


 セレシアさん、まだ何か?


「これ、差し上げます」


 太めのフリフリのリボン?

 おお、えらく模様が細かいな。


「お礼です。ユーラシアさんには必要のないものかもしれないけど、今のところワタシ達の持つ最高の技術で作った品です」


「ありがとう!」


「えっ」


 これは嬉しい。

 本のダンジョンのマスター、アリスへのプレゼントにピッタリじゃないか。

 セレシアさんは面食らってるようだけど。


「いつも迷惑かけちゃってる子がいてさあ、可愛い系のものでもお返ししたいなとは思ってたんだけど、あたしそういうのわかんないから困ってたんだ。セレシアさんの作品なら間違いないよ。本当にありがとう!」


「そ、そお?」


 セレシアさんも満更でもなさそう。


「いつも迷惑かけちゃってるってオレのことかな」


「いや、ボクのことだろう」


「ワシじゃな」


「お前らのことじゃねー! ハゲにリボンはいらねー!」


 サイナス、エル、ハゲ爺、あんたら後で説教だ!


          ◇


 午後は魔境でまったり魔物を倒した。

 今日はクレイジーパペットに会えなかったのが残念だけど、オニオンさんに『精霊のヴェール』見せられたし、まずまず充実した1日と言えるだろう。


「『魔境トレーニング』って名前からして、もっとたくさん上級冒険者がいて、腕試しとかしてるのかと思ったよ」


 オニオンさんが顔を顰める。


「本来、冒険者としての実力をアップさせるためにはそれが望ましいです。魔境は最も経験値稼ぎの効率がいいですから。しかし、新しいクエストが出ればそっちへ行きたくもなりますよね。そもそも魔境まで来て、冒険者を辞めてしまう者も比較的多いのです」


「え、何でだろ?」


 レベルもおゼゼも稼げるのにな?

 むしろあたしは肉狩りの次にモチベーション高いんだけど。


「達成感、でしょうか。レベルアップで覚えるスキルは一通り習得した、ドラゴンも見た、しばらく遊んで暮らせる金もできたとなると、わざわざ危険を冒して冒険者続ける動機が薄くなるんですかね」


「ドラゴンって見ただけで満足できちゃうの?」


 それは驚きだな。

 どーしてだろ?


「ドラゴンを倒せるパーティーなんてほとんどありません。だからこそ『ドラゴンスレイヤー』の称号は希少なのです。魔境に来たばかりなのに、ポコポコ魔物を倒せているユーラシアさん達がおかしいんです」


 おかしい扱いだぞ?

 でもそう考えると、昨日の剣士と魔法使いはやる気があったんだな。

 ステータスアップの薬草で強くなろうとしてたし。


「ユーラシアさんはお若いから理解できないかも知れませんが、レベルアップでのステータスの上昇より、年を取っての肉体の衰えの方が大きくなれば、それ以上の強い魔物を倒そうなんて考えなくなりますって。高レベルになりますと、レベルアップ自体も難しくなりますしね」


 そうなのか。

 悲しいな。


「ユーラシアさんがどうして嬉々として魔境に足を運んでくれるのか、そちらの方が知りたいくらいですよ」


「え? 儲かるから。あたしあんまりお金持ってないんだよね」


 オニオンさんが絶句する。


「どういうことです? いや、昨日レベルの割におゼゼがカツカツとおっしゃっていたのは覚えていますが、てっきり冗談だと思っていました。魔境まで到達する冒険者が金銭的に困ることなんてないでしょう? あ、スキルコレクターですか?」


 オニオンさんが少し嬉しそうだ。

 スキルコレクターとは汎用スキルを買い集めていくマニアのことだが、あたしはあんたの同好の士じゃねえよ。


「いや、違くて」


 経験値倍増スキル『実りある経験』と経験値5割増しとなるパワーカード『ポンコツトーイ』のことを話す。


「なるほど、ペペさんのオリジナルスキルと一掃スキル『雑魚は往ね』のコンボですか。実に効率的だ」


「うん、それに掃討戦の時、デカダンスの経験値がすごく大きくて、いっぺんにレベルが10以上上がったの」


「10以上? まさかデカダンス戦でも『実りある経験』使ってたんですか?」


「うん」


「何とまあ……」


「だからあたし達は、普通の冒険者ほど苦労して魔境に来たんじゃないんだよ。ごめんね、ガッカリした?」


 オニオンさんが面白い遊び道具を与えられた子供のような顔をしている。


「……ユーラシアさんは冒険者になってどれほどになりますか?」


「えーと、50日弱かな」


「普通じゃ考えられない日数です。素晴らしい!」


 何を褒められたんだかわからないよ。

 経験あんまり積んでないってことだぞ?


「スキル屋のペペさんが贔屓にしてるのはこういう冒険者かと、ワタクシ感動しているところです」


「いや、あたしはペペさんほどデタラメじゃないからね?」


「ペペさんの最年少マスタークラスの記録、楽々抜けるでしょう」


「記録のために冒険者やってるわけでもないんだけど」


「そういうところですよ」


 どういうところだってばよ?

 ともかくペペさんを引き合いに出すのは止めておくれ。

 あたしはあれほど天然じゃない。


「ペペさんもそうですけど、余裕があるというかガツガツしてないというか、そういう突き抜けた個性が大物っぽいですよ」


「おゼゼ稼ぎにガツガツしてるし、ペペさんと同類扱いされるのには強く異議を申し立てたいけど、大物っぽいってのは気に入ったから許す」


「ありがとうございます」


 スッキリした顔してるな、オニオンさん。


「現役で積極的に活動中の上級冒険者って、実はあんまりいないんですよ。そんな中ユーラシアさんが楽々壁を越えて行ったとなったら、冒険者全体の希望になります。期待してますよ」


「うーん、期待だけされとく。それよりソル君に目をかけてやってよ」


 オニオンさんの目が興味深げになる。


「ソル君というのはスキルハッカーの名でしたか?」


「そうそう、白魔法使えるアーチャーと雷・氷の2系統使える魔法使い、2人の後衛連れてるんだ」


「ほう、パーティーバランスもなかなか」


「すごいやつになる予感がするんだよね」


「正直話を聞いただけでは何とも。いや実際に会ってもワタクシにはそのすごさが理解できないのかもしれませんが、ユーラシアさんが推しているパーティーとして記憶しておきますよ。魔境にいらっしゃるのが楽しみです」


 ソル君はいつ頃魔境に来るかな?

 まあ地道にクエストこなして経験積んだ方が確実に力になるから、早けりゃいいってもんじゃないか。

 あたし達みたいにチョンボすると、普通ではしない苦労をしなきゃならない。


「じゃ、帰るね」


「今日は早いお帰りですね?」


「うん、晩御飯の肉狩りに行くんだ!」


 オニオンさんが驚く。


「え、今からですか?」


「魔境で取れる肉は美味しくないって聞いたから」


「そりゃそうですけど、バイタリティありますね。あ、ちなみにワイバーンの卵はとても美味しいんですよ」


「そうなんだ? ありがとう、覚えとく!」


 転移の玉を起動しホームに戻る。


          ◇


「うん、似合ってるよ」


 コブタ狩りに来た本の世界で、アリスにリボンをつけた。

 青の民の族長セレシアさんが最高の技術と言い切った逸品だ。


「可愛いよ、アリス」


「て、照れてしまいますわ」


「すごく可愛いよ、アリス」


 人形が赤くなるの、どういう仕組みなんだろうな?


「狙い通りだよ。格好がクラシックドレスだから、リボンは合うと思ったんだ」


「ありがとうございます、本当に……」


「お礼だからいいんだよ」


 アリスへのお礼は宿題残しちゃったみたいに気になってたから、喜んでもらえて本当によかった。


「じゃ、帰るね」


「あ、ちょっとお待ちになって」


 何だろ?


「いえ、いいんです。引き留めてごめんなさい」


 寂しそうな顔をしてる気がする。

 ずっと1人(?)だもんな。


「アリスはここから動けないの?」


「そうね、あたしはここの世界のマスターだから……」


 ならば。


「ヴィルカモン!」


 しばらくの後にヴィルが現れる。


「天が呼ぶ地が呼ぶ御主人が呼ぶ、ヴィル参上ぬ!」


「え? え?」


 混乱してるアリスに紹介する。


「この子もうちの子なんだ。悪魔のヴィル」


「悪魔……?」


「悪魔だけどいい子だよ」


「いい子ぬよ?」


「そ、そう」


 ちょっと落ち着いてきたかな。


「ヴィル、彼女はアリス。この本の世界のマスターだよ」


「こんにちはぬ!」


「こ、こんにちは」


「アリスはここでずっと1人なの。あたしも時々ここへ来るけど、ヴィルも時々来て遊んであげて」


「わかったぬ!」


「ヴィルももともと1人だったんだよ。人間と仲良くしたかったけど、悪魔だからなかなかそういうわけにもいかなくて」


「そうだったの……」


 自分の境遇と重ね合わせてるのかもしれない。


「ヴィル、アリスをぎゅーしてあげなさい」


「わかったぬ。ぎゅー」


「あ……」


 ヴィルに抱きしめられるアリス。


「悲しくないぬよ。御主人もヴィルもいるぬ」


「うう……」


 アリスの目に涙が浮かぶ。

 本当に人形なんだよなあ、どうなってるんだろ?


「……ありがとう、もういいわ」


 ヴィルがアリスを離す。


「心配しなくてもまた来るからね。というか、ここってあたし達しか来ないの?」


「そんなことはないですけど、ここ10年で来たのはあなた達だけね」


「そーなの?」


 おいおい、どんだけ放置されてるんだよ。


「じゃあね、この可愛いやつめ」


「ではまた」


「あ、ヴィルもホームに飛んで来てくれる?」


「わかったぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヴィル、今の本の世界はどういう空間だった?」


 ヴィルを交えて、うちの子達と家で小会議だ。


「亜空間に浮かぶ独立した実空間だぬ。わっちの家よりはかなり大きいぬ」


「やっぱり……」


 何者かが、まあバエちゃんとこの世界の人なんだろうけど、亜空間の隙間に実空間を見つけ、あの本の世界を作ったのだろう。


「姐御、本の世界の人形は、向こうの世界の回し者ですかい?」


 率直に話を進めてくれるアトムは嬉しいね。


「アリスが『アトラスの冒険者』について口止めされてたことからするとそうだろうね。というか、向こうの世界が膨大な知識を整理するための空間であり、管理人なんじゃないかな。回し者というのは可哀そうだよ」


 しかし、そうだとするとおかしなことがある。


「メイビー、アナザーワールドのヒューマンは、亜空間のスペースをチェックしてジャンプできるようね」


「うん、それでもう少し困ったことがあるんだよねえ」


 クララが聞いてくる。


「それは何ですか?」


「向こうの世界の住人がアリスに接触すれば、簡単にエルの居場所がバレちゃうこと」


「「「「!」」」」


「何でも知ってるってのも困ったもんだなあ」


 うちの子達が目に見えて動揺している。


「姐御、どうしやしょう?」


「ヴィルはどうすればいいぬ?」


「はい、慌てない。深呼吸しようか。吸って~吐いて~吸って~吐いて~吐いて~吐いて~吐いて~」


「ボ、ボス、アイがチカチカするね」


「死んじゃうぬ!」


 うちの子達は素直だなあ。

 クララよ、またユー様が奇妙なこと始めて、なんて目で見てるのはあんただけだぞ?


「落ち着いたかな? 現状、騒ぎ立てる必要はないです。何故なら向こうの住人がアリスに接触していないからです。エルがいなくなったことが重要視されてないのかもしれないし、本の世界にアクセスする権限が、今の向こうの権力者階級にないのかもしれない」


「な、るほど」


 10年もアリスが独りぼっちだったくらいだ。

 忘れられてる可能性も大きいな。


「それに向こうの世界も一枚岩じゃないかもしれない」


「どういうことです?」


 クララは割と冷静だな。

 こういう時、あたしが何らかの結論を既に出していることを知っているからだろう。


「あたし達に本の世界のクエストを振ってきたからだよ。もっともそれは単なる偶然だったかもしれないけど、向こうの世界の情報統制が完全ならそんなことするわけがないからさ」


「オー、アイシーね」


 完全に平静になったかな。


「以前パラキアスさんとじっちゃんが『全てを知る者』って言ってたんだよね。何か知ってるかもしれないから、それについてはいずれ問い質したい。それからじっちゃんにエルの居場所が突き止められる可能性について知らせておくべき。やっとかなきゃいけないのはそんなとこかな。特に急ぎじゃないけど。ヴィルは今まで通り偵察してくれればいいからね。何か意見のある人いる?」


「ないです」


「ないでやす」


「ないね」


「ないぬ!」


 ふむ、意思の統一は図れただろう。


「よーし、この話はここまで。クララは肉捌いておいて。アトムとダンテはクララのサポートお願い」


「「「了解!」」」


「明日バエちゃんとこ行くから連絡してくるね。ヴィルついておいで」


「はいだぬ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーちゃんいらっしゃい。あら、今日はヴィルちゃんも一緒なの?」


「うん、バエちゃんとダブルでぎゅーしたらどうなるかと思って」


「ぬ?」


「「ダブルでぎゅー」」


「ふおおおおおおおおお?」


 心持ちいつもより声が高い気がする。


「き、気持ち良すぎて死んじゃいそうだぬ」


「力抜けちゃった? ねんねしてていいからね」


 高位魔族が1日に2度も死にそうになることって、あんまりないかもしれないな。


「明日肉持ってくるよ。それ連絡しに来たんだ」


「あっ、明日カレーにするのよ。カレーパーティーにしよ?」


「いいねえ。肉どうする? かれえに入れて煮込むなら今から持ってくるし、焼いて別に食べるなら明日にするよ」


 おお、考えてる考えてる。

 こんなに真剣なバエちゃん見るの初めてかな。

 この前『こっちで暮らす気はあるのか』って聞いたときより悩んでるんじゃないか?


「うーん、両方!」


「当然そう言うと思ったよ。今から少し持ってくる。あ、そうだ。かれえの素に入ってる香辛料って調べられる?」


「あら、手に入れられる当てでもできたの?」


 うーん、まだ何とも言えないんだが。


「今クエストで魔境っていう魔物が強いとこ行ってるんだけど、そこでクララが香辛料取れる草や木を何種類か見つけたんだよ。ひょっとしたらかれえに似たものは作れるかもしれないと思って」


「えっ、すごいじゃない!」


「いやー、あの味と香りが再現できないとかれえになんないからね」


 難しいとは思うが、再現できれば強烈な客寄せになるんだよなあ。

 チャレンジする価値は十分ある。


「じゃ、カレー粉は調べとくね」


「煮込み分の肉はすぐ持ってくるよ、じゃあね」


 ヴィルを抱っこして転移の玉を起動する。

 明日楽しみだなー。


          ◇


 翌日はいい天気だった。

 畑番と話をしながら作業をする。


「カカシー、じゃあサツマイモは少しずつ収穫でいいんだ?」


「今のところは食べる分だけでいいぜ。1ヶ月くらいかけてゆっくり収穫すればいいさ」


「そっか、ありがとう」


 バエちゃんにも持って行ってやるかな。


 さて今日はどうするか?

 とりあえず換金だな。

 魔境で拾ってきた素材も色々あるし、宝飾品もいくつかある。

 アルアさんとことギルド、魔境で戦ってバエちゃんとこでかれえパーティーってとこか。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、ゼンさーん、肉持ってきた!」


「そりゃ嬉しいねえ」


 ゼンさんも作業の手を止めてやってきた。


「……ゼンさん、顔がシャープになってない?」


「おう、少し痩せたかな。まあ、今が頑張りどころだからな」


「そお? 御飯ちゃんと食べてる?」


「肉は好物だぜ!」


 アルアさんが聞く。


「これは何の肉だい?」


「コブタマンの肉。脂の乗りがいいって評判なんだよ」


「そうかい、ありがとうよ。魔境はどうだった?」


「魔物が強いですねえ。少し戦って回復魔法陣の繰り返しかな」


 アルアさんが感心したように頷く。


「ほう、じゃあオーガは問題なく倒せるのかい? ならば心配は要らないね」


 ……傍から見るとそうなのかな。

 ドラゴンに勝てる気全然しないんですけど。


「魔境は自分の限界を意識させられるメルクマールだそうな。そこで冒険者を辞めてしまうものも多い。オーガやケルベロスに勝てるなら焦ることはない、ボチボチレベルを上げていけばいいさ。まあドラゴンだって、レベル30そこそこの冒険者に倒されるわけにいくまいが」


「それもそうなんですけどね」


「おや、いつになく弱気だね。1つやる気の出る話をしてやろう。アンタまだベースキャンプ近辺のオーガ帯で戦ってるだけだろう?」


「はい」


「魔境ってとこはかなり変化に富んでいてね、同じオーガ帯でもベースキャンプ近くと遠くとでは全然環境違うんだよ」


 ほう、エーテル濃度の違いだけが環境を決めてるんじゃないんだ?

 ということは?


「魔境の中でも、あっちとこっちでは手に入る素材も生えてる植物も全然違うってことさ。陸上で手に入る素材の内、生物系以外は全て手に入るって説もある」


「じゃあ魔界で戦ってれば、アルアさんのところで交換できるパワーカードは、ほとんど手に入ることになる?」


「ほとんどは言いすぎだね。生物系素材は案外多いし、ドーラ大陸じゃ手に入らない素材もある。『かなり』にしとこうか」


 かかか、というアルアさんの乾いた笑い。

 そういうことなら魔境も探索しがいがある。

 楽しみが増えたな~。


「ムリするんじゃないよ。ある程度の実力がつかなきゃ、ベースキャンプから離れた場所へ行くのは難しかろう」


「そうなんですよね。マジックポイント切れで遠くに行けない感じです」


「工夫しな。素材換金していくかい?」


「お願いします」


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%


 残り交換ポイントは621。

 新しく交換対象になったのは『スプリットリング』、自動回復専用の装備品だ。

 パラメーターは上がらないので強敵を相手にする時装備するカードじゃないが、探索時や経験値稼ぎでは誰が使ってもそれなりに効果はあるだろう。


 前回来た時渡した超レア素材『大王結石』の交換対象カードはまだないようだ。

 まあ次回に期待だな。

 楽しみは残ってた方がいい。


 態度に出ていただろうか、アルアさんが付け加える。


「『大王結石』の交換対象となるパワーカードはもう2~3日先だよ。イメージは固まってきた。物理攻撃用の凶悪なパワーカードになるが、交換ポイントもバカ高くならないと釣り合わないカードになるから、なるたけ貯めときなよ。今日は何かと交換していくかい?」


「そういうことなら今日はいいです。交換ポイント節約で」


「かかかっ。それがいいだろうね」


 アルアさん上機嫌だ。

 凶悪かーどんなカードになるんだろう?

 期待を持たせるなあ。

 物理攻撃用ならあたしかアトムが装備することになるな。


「じゃあ、さようなら」


「気をつけてお行きよ」


 アルアさん家から外に出、転移石碑からギルドへ行く。


          ◇


「やあユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん。ヴィルカモン!」


「今日もヴィルちゃん呼ぶのかい?」


 大男だけれども当たりが柔らかく、正直者のギルド総合受付ポロックさんが、角帽を傾けて聞いてくる。


「なるべく皆がヴィルに慣れてくれるといいなーって思ってて。あ、ヴィルの固有能力面白いのがあるんですよ」


「ほう? 悪魔の固有能力なんて、めったに見る機会がないな」


 ヴィルが出現する。


「じゃーん、ヴィル参上ぬ!」


「ヴィルちゃん、こんにちは」


「こんにちはぬ!」


「ポロックさん、その魔道のパネルでヴィルのステータス出してもいいです?」


「もちろんだよ。悪魔のステータスが見られるなんて、こんな興味深いこともなかなかないねえ」


 ポロックさんが青いパネルを起動、ヴィルが掌を当てると文字が浮かんでくる。


「やはり各種パラメーターが高いねえ。特に最大マジックポイントは見たことない値だ。固有能力はと……『闇魔法』『マジックポイント自動回復4%』『いい子』か。『いい子』?」


 ポロックさんが首をかしげる。


「それ、褒めたり頭撫でたりぎゅーしたりすると、パワーアップしたり状態異常柄回復したりヒットポイントが回復したりする超レア能力、なんだって」


「『闇魔法』も見るの初めてだが、『いい子』とはね。ヴィルちゃんは本当にいい子なんだねえ」


 ポロックさんがヴィルの頭を撫でる。


「いい子ぬよ?」


「いや、面白いものを見た。ありがとう」


 あ、そうだ、あれを聞いておかねば。


「掘り出し物屋さんがもうじき来るって話を聞いたんだけど、いつだろ?」


「明後日の午前中と聞いてるよ。時間はあんまり当てにならないけど」


「そうかー、ありがとう!」


 若干お金に余裕できたしな。

 いい出物があるんだったら手に入れたい。


 ギルド内部、お店ゾーンへ足を運ぶ。


「こんにちはー」


 買い取り屋でアイテムを処分した後、武器・防具屋に顔を出す。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「今ここで売ってるパワーカードのリスト見せてくれる?」


「はい、こちらになります」


 『ナックル』【殴打】、攻撃力+10%

 『ニードル』【刺突】、攻撃力+10%

 『スラッシュ』【斬撃】、攻撃力+10%

 『スナイプ』攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『シールド』防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『シンプルガード』防御力+15%、クリティカル無効

 『ハードボード』防御力+20%、暗闇無効

 『火の杖』魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『ホワイトベーシック』魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『マジシャンシール』魔法力+12%、MP再生3%

 『オールレジスト』基本8状態異常および即死に耐性50%

 『ボトムアッパー』攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『誰も寝てはならぬ』防御力+5%、睡眠無効、最大HP+10%

 『ヒット&乱』攻撃力+5%、混乱付与、混乱無効


「『サイドワインダー』のみ2000ゴールド、他は1500ゴールドです」


 なるほど、使い勝手のいいカードを揃えてるんだな。


「随分置いてあるカードが増えたねえ」


「パワーカードはコレクション性があるといいますか、実際に見せると売れやすいんですよね。もう少し取り寄せておこうかと思ってるくらいです」


 ベルさん、やるなあ。


「これ、下2種類がアルアさんのところにないカードだよね?」


「はい、そうです」


「『ヒット&乱』1枚ください」


 特別に必要なカードじゃないけど、武器・防具屋さんとも付き合いがあるしね。

 『ヒット&乱』装備の『薙ぎ払い』で全体混乱攻撃ってのも悪くない。


「はい、毎度ありがとうございます」


「あ、あの、有名な精霊使いのユーラシアさんですか?」


 不意に後ろから声をかけられる。

 何やつ?


「有名な精霊使いのユーラシアだよ。君は?」


 ひょろっとした背の高いハンサムで、鮮やかな緑の髪が非常に特徴的だ。

 超絶美少女を前にしているからか、えらく緊張気味だな。

 雰囲気からして冒険者なのだろうが、装備品も持っていないので、前衛なのか後衛なのかすら判断がつかない。


「ひょっとしてカラーズ緑の民の出身の人?」


「いえ、自分自身はレイノスの出身です。しかし祖父母の代に、緑の民の村からレイノス郊外に移り住んだと聞いております」


 伝承によると、緑の民はエルフの血を引くらしい。

 典型的な緑の民は、その名の通り珍しい緑色の髪が特徴的だ、と聞いたことがある。

 交流ないからあんま見たことないけど。


 ……目の前のこの子は、うちのダンテからふてぶてしさを除いて、色味を緑と白に寄せたような感じかな。

 しかし、レイノス出身か。


「レイノス出身だと商売とか営んで真っ当に暮らしてる人多いイメージだけど、君は冒険者になるんだ?」


「実家へ『地図の石板』が送られてきまして。父親が面白そうだ、いい経験になるからやってみろと。父は元々『アトラスの冒険者』を知っていたんです」


 掃討戦以後初めての新人か、それとももう1人くらいいたんだろうか?

 普通は冒険者みたいなやくざな商売は嫌がりそうなものだが、『アトラスの冒険者』を知っていたんだったら、息子に勧めることは充分にあり得る。

 何故なら危険以上にメリットが非常に大きいから。


「もののわかった親御さんだねえ。それにしてもレイノスであの転送魔法陣を並べられるとなると、かなりの土地持ちお金持ちなのかな?」


 ハンサム緑は慌てて手を振る。


「いえ、レイノスと言っても郊外なので。まあレイノスは人口だけはありますから、物は売れるんですよ」


「ということは、実家は商売やってるんだ? 賢いなあ。爺さん婆さんの時代なら、まだレイノス郊外なんて余裕でいいとこの土地確保できただろうし。で、君は実家にいれば安泰だろうに、何を目指してるの?」


 ハンサム緑ははにかむような笑顔を見せる。


「両親ではないですけれども、面白いものが見られればと。見聞を広め、いろいろ経験したいです。商売のネタでも見つけられれば万々歳です」


「そうだよねえ。やっぱ冒険者の醍醐味はそこだわ」


「ユーラシアさんは冒険者でずっとやっていくわけではないので……?」


「あたしは面白いことをやりたいんだよ。君と一緒だね」


 ハンサム緑はとまどったような声を出す。


「え? で、でもユーラシアさんと言えば、サクセスロードを驀進中の若手冒険者として話題の中心で……」


「そーか、伝説ロードを驀進中のつもりだったけど、あたしもまだまだだな」


「え、え?」


 美少女精霊使いの煙に巻く言葉!

 ハンサム緑は混乱している!


「いや、そろそろ名前を教えておくれよ。あたしの頭の中で君の固有名詞が『ハンサム緑』に固定しそうなんだ」


「あ、これは失礼しました。自分はラルフ・フィルフョーと申します」


「で、ラルフ君はあたしに何か用かな?」


「い、今更ですね」


「あたしは自分の聞きたいことを先に聞いただけだよ。だからラルフ君も言いたいこと言いなよ」


「なるほど、これが精霊使いユーラシアの話術か」


 変なところで感心してる。

 やりやすいな。


「ようユーラシア、ラルフ、あんたら知り合いだったのか?」


 能天気で軽薄な男ダンだ。

 面白そうなことがあるとすぐ嗅ぎつけて来る、その嗅覚には舌を巻かざるを得ない。


「たった今、知り合ったところだよ」


「ダンさん、こんにちは」


「ダンが敬称付きで呼ばれるとすげえ違和感あるんだけど」


「その内『様』付けなしでは、恐れ多くて落ち着かなくなるぜ」


 あたしとダンが笑っているのに、ラルフは真面目な顔をしている。

 何故だ? 今のは笑うとこだぞ?


「あっ、ダン、あんたラルフ君に何か吹き込んだでしょ?」


「よう、ヴィル。今日も御機嫌だな」


「こんにちはぬ!」


 露骨に話題を変えようとするダン。


「こいつ、悪魔なんだぜ。でもすげえ可愛いよな」


「あ、悪魔?」


「この子はあたし達の連れで、好感情の好きないい子だよ。普通の悪魔みたいな嫌がらせしないから心配いらない」


「いい子ぬよ?」


 そんなことより、ダンはあたしをどういう扱いしてたんだよ。


「いえ、自分はまだドリフターズギルドに来たばかりなんです。戸惑っているところを、ダンさんに声をかけていただいたんですよ」


「おお、ダンやるじゃない。先輩冒険者っぽい感心な行動だね。で、ラルフ君はあたしのどんな悪口を聞かされた?」


 じろりと睨んでダンが言う。


「人聞きが悪いな。こいつ何とかここまで辿り着いたけど、今後どうしようかって考えてるみたいなんだよ。だから冒険者として乗りに乗ってるユーラシアに相談してみろって言ったんだ。あんたの言葉は勇気出るからな」


「ええ、お気楽なユーラシアの話聞けば、悩んでるのがバカバカしくなる、あの毒舌に耐えられれば大丈夫だと……」


 ニュアンスが全然違うじゃねーか。


「あたしのは、毒舌なんて持ち上げられるのはおこがましいレベルだよ。サービス精神でダンを玩具にしてるだけ」


「新しい玩具をくれてやってるんじゃねーか。で、ラルフをどう思う?」


「うーん……?」


 どうもこうも。

 今手に入れたばかりのこの玩具は、前衛向きか後衛向きかすらわからない。


「あんたから言葉が出ないのは珍しいな。ラルフはパワーカードはどうだろうって、かなり前向きに考えてるんだってよ」


「あ、パワーカードか。それであたしんところに相談に来たんだね。ふーん、物理アタッカーを考えてるの? それとも魔法系で?」


「自分魔法は使えませんので……」


「パーティーメンバーは?」


「ぜひ欲しいですね。現在募集中です」


 ふむ、ソロでやっていく気はなさそうだが、とっかかりがないな?

 ダンが口を挟んでくる。


「こいつ、最終的には実家帰るんだろ? 目的意識が違うのにパーティーメンバー集めるのはどうなんだよ?」


「そんなのは別にいいでしょ。誰だってある程度歳取れば冒険者辞めるもんなんだし。ラルフ君が早期に冒険者辞めると決まったわけでもない。気が合うなら一緒にやって経験積めばいいだけじゃん」


「まあ……それもそうか」


 ダンが頷く。

 結局重要なのは経験とレベルだということはわかっているのだろう。


「今の装備はどうなってんの?」


「最初にチュートリアルルームで支給されたのは、ショートソードと胸当てでした。しかしどうもしっくりこないというか、自分に合ってる気がしないので、一から考え直しているところです」


 なるほど、それでパワーカードを候補に加えたか。


「ラルフはギルドに来てからパワーカードを知ったんだよ」


「普通そうだよねえ」


「これってとりあえず7枚揃えりゃ、それなりにパワーアップできるだろ? で、いきなり武器系防具系合わせて7枚買おうとしてやがったから、精霊使いが来るまで待ってろって止めたんだよ」


「へーお金持ちだねえ」


 そこで待ったをかけるとは、ダンにしてはいい仕事してるじゃないか。


 そりゃパワーカード7枚装備してれば、ステータスの上昇分だけで十分強い。

 でも方針決まってない中で大枚はたくのは乱暴だ。


 で、そのラルフ君だが。

 見た目もやしっ子で、武術の心得は少しあるっぽいけど、特に体術剣術に優れてるわけでもなさそう。

 ふーむ?


「で、精霊使い様の意見としてはどうだい?」


「『美少女』を忘れてるよ。ラルフ君のステータス見せてもらっていいかな?」


「はい、もちろん」


 ラルフ君がギルドカードを起動する。

 レベルはまだ7か。

 装備がしっくりこない言う割には、えらくスムーズにギルドまで来たんだな。

 ステータスパラメーターは概ね標準的だが、魔法力が結構高めだ。


「固有能力は何か持ってるのかな?」


「『威厳』というものだそうです。自分よりレベルの低い者に対して、若干優位に立てるらしいのですが」


「何それ、強くない? 積極的に弱い者虐めしてりゃいいってことでしょ?」


「聞いたことあるな。人の上に立つ者に多い能力というぜ。意識的に弱い者虐めしてりゃ間違いないってやつだ」


 いろんな固有能力があるんだなあ。

 弱い者虐め連呼されてラルフ君恐縮してるけど。

 まあしかし大体把握したぞ。


「そうだ、魔境行こう!」


「えっ?」


「ラルフ落ち着け。ユーラシアはいつもこんなもんだ。説明してくれ」


「ラルフ君のステータス値からは、前衛後衛どっちに向いてるか決めづらいんだよ」


 ラルフ君が戸惑う。


「え? でも自分は魔法を使えないので……」


「魔法は買ってもいいし、パワーカード前提なら、カードに付属してる魔法もあるよ。魔法の固有能力持ちじゃないことは、それほど大した問題じゃないんだ」


 むしろ後衛は貴重なんだから、魔法力の高さ生かした方がいいんじゃなかろうか?


「だから、魔境行こう!」


「説明」


 要するに固有能力『威厳』はレベルアップの恩恵が非常に大きい。

 じゃあレベルだけ先に上げておいて、後のことは後で考えればいいのではないか。


「レベルさえ上げておけば、『威厳』の効果で良さそうな人仲間にできる可能性が高くなるでしょ? どういう人仲間にできるかこそ運なんだから、そっちを先に決めておいて、パーティーバランス次第でラルフ君のカード買えばいいじゃん」


「ユーラシアがラルフのレベル上げてくれるって言ってるぞ? 何で魔境なのかの説明がないが、まあ効率がいいんだろ」


「そゆこと。どうする、行く?」


 ラルフ君が答える前にダンが聞く。


「危険じゃないのか?」


「クララが『レイズ』使えるから大丈夫だよ」


「ちょっと待ってください! 『レイズ』って蘇生魔法ですよね?」


 ラルフ君が何か言ってるけどスルー。


「それなら俺も連れてってくれ。魔境を一度拝んでみたいとは思ってたんだ」


「分け前はなしだよ。経験値だけで我慢して」


「オーケー。おいラルフ、ギルドカードのフレンド申請の欄出せ」


 流れるように話が決まった。

 ラルフ君の了解?

 どうしてそんなものが必要なのだ。

 いいよもう、つまんないこと言い出すのは無粋だぞ?


          ◇


「ワタクシもユーラシアさんの戦いぶりを拝見しておりますが、オーガ、ケルベロス程度の魔物ならば、ターンを渡さず一方的に倒しておりますよ」


 魔境にダン、ラルフ君とともにやって来た。

 ラルフ君の顔色が若干よろしくないな?

 魔境ガイドを務めるオニオンさんの説明でも安心できないらしい。


「男なら覚悟決めなよ。やられたら『レイズ』するから」


「わわわわわかりました。おおおおおねおねお願いします」


「よーし、行くよ!」


 ニヤニヤする男と脅える男を連れ、ユーラシア隊出撃。

 ベースキャンプを後にする。


「ほー、これが魔境か。空気感が独特だな。風に重みがある」


「エーテル濃度が高いせいかも知れないねえ」


 ダンは余裕あるなあ。

 ふてぶてしいのは見かけだけじゃないんだ。

 お、早速魔物のお出ましだね。


「オーガ1体確認、ダンとラルフ君はとにかく後ろで防御してて」


「おう」「わわわわわかりました」


 ビビってるのがいると気になるんだが。

 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・改! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改! アトムのマジックボム! びーくとりぃ!


「いかがでしょう。こんな感じです」


「……レベル上がりました」


「もっと喜べ」


 ダンが評論家みたいなことを言う。


「この戦い方、かなりマジックポイント消費激しいんじゃねえか?」


「うーん、安全性重視だからしょうがないね」


「いきなり魔境連れて来といて、もっともらしく安全性とかのたまってるからな」


「重視しなくてもいいんだけど」


「「重視してください」」


 そこは意見が一致するのな。


「あ、素材だ。拾っていかねば」


「おいラルフ、どうやら俺達はアイテム採取のついでみたいだぜ」


「え? そんなの当たり前じゃないか。冒険者としての責務だぞ?」


 ラルフ君のレベルが10を超えた頃、クレイジーパペットを発見する。


「人形系レアか?」


「うん、魔境では比較的出現率が高い気がする。やつ相手に先手は取れないけど、経験値は高いよ。ダン、ラルフ君、初手のフレイムを全力で防御して。いいね?」


「おう」「わ、わかりました」


 レッツファイッ!


 クレイジーパペットのフレイム! ラルフ君生きてるか? クララの勇者の旋律! ダンテの実りある経験! あたしの経穴砕きで3ダメージ! もう一度経穴砕きで3ダメージ! アトムの経穴砕きで3ダメージ! よーし倒した!


「ドロップアイテムは、藍珠と透輝珠!」


 透輝珠はレアドロップなのかと思ってたけど、絶対落とすっぽいな。


「おーい、ラルフが瀕死だぞ?」


「ごめんごめん。リフレッシュ!」


 ヘロヘロのラルフ君が全快。

 散々脅された子犬みたいな表情を見せ、上目遣いで告げる。


「……レベル上がりました」


「もっと喜べ」


 誰かさんの目が死んだ魚と死にかけの魚の中間くらいになってきたので、共闘はそこで切り上げた。

 ラルフ君のレベルは14、ダンのレベルは19となる。

 ラルフ君の固有能力『威厳』を生かすという目的は十分果たせるだろ。

 ちなみにうちのパーティーも全員レベルが1上がった。


「ラルフにとって今日の経験は4文字で表されるぜ?」


「あーあたしもチラッと『スパルタ』かなとは感じた」


「……『トラウマ』だよ」


「今一瞬『チラッとなのかよ!』ってツッコもうと思ったでしょ」


「躊躇するとキレが悪くなるな。冒険者としてあってはならないことだった」


「芸人のスキルだぞ?」


 この期に及んで軽口が叩けるのか、って感じでラルフ君がこっち見てくるけど、その魂抜けたような顔何とかしろ。


「これでレベル倍だぞ。『威厳』効果でパーティーメンバー候補を選び放題じゃないかな」


「ユーラシアのやってることは一見デタラメで、実際もデタラメだ。だがそれは障害物無視して目的地に突っ走るからだぜ。方法論としては決して間違っちゃいねえ。あとはラルフ次第だ」


「何それ、褒めてるように聞こえないんだけど?」


「『デタラメ』のところ『画期的』に置き換えてみろ。褒めてるように聞こえるから」


 ラルフ君は声も出ない。

 ギルド来たばかりの新人には刺激が強すぎただろうか?

 あたしもあたしのやり方しかできないしなあ。


「まあまあ、こうやって後輩の面倒見てくれる先輩はなかなかいませんよ。ラルフさんもいい経験ができたと思って、今日はゆっくり休むとよろしいですよ」


 オニオンさんがとりなしてくれるが、ラルフ君はどうだろう?

 冒険者辞めちゃうなら、実家にだけは紹介してくれないかなあ。

 レイノスと取り引きしてる知り合いって、あたしには今一番必要なんだよ。


「さて、ギルドで飯でも食おうぜ。なかなか面白かったから俺が奢るよ」


「あっ、ごめん。あたし達今日は御飯の予定があるんだよ」


「おう、そうだったか」


「だから明日奢って?」


「『だからラルフ君を慰めてやって』だぞ? 正しいセリフは」


 ダンもラルフ君の精神的ダメージを感じてるみたいだな。

 フォローは頼むよ。


「あたし帰るね。オニオンさんもさようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「かれえは美味いなー。クセになるねえこの味は。実に素晴らしい」


「に~く~は~うまい~な~おいし~い~な~、く~って~みたい~な~ほかの~に~く~」


 今日はチュートリアルルームでかれえパーティー&肉だ。

 このコンボ最強だなあ。


「あ、これ頼まれてたカレーの香辛料のリストよ」


「バエちゃん、ありがとう」


 くみん、たあめりっく、こりあんだあ?

 何の呪文だ。


「クララ、わかる?」


 リストを見ていたクララがいう。


「クミンは手に入ります。魔境で生えてる場所を確認しています。これは育てるのが簡単ですので、家でも栽培できますよ」


 おお、マジか!

 さすがクララ!


「他の香辛料も、ドーラの植物図鑑に記載があるものですので、いずれ手に入れられるかと」


「やったっ、かれえいけそうだっ!」


「クララちゃん、すごーい!」


 何かに気付いたようにバエちゃんが言う。


「あっ、でも待って。香辛料だけわかってもカレーになるのかどうか……」


「いや、トマト・タマネギ・ニンジンを煮崩したペーストに、トウガラシと香辛料加えればそれっぽくなるはず」


「ユーちゃん、すごーい!」


「ハッハッハッ、すごいんだぞー。米も作ってって頼んでるところだから、来年は多分試作ができる。これでかれえライスが実現できそうだよ」


「姐御の食い意地は半端ねえからな」


「こらアトム、もっと褒めていいんだよ」


 ダンテがヴィルを膝の上に座らせている。

 ……案外絵になるじゃないか。

 ヴィルも居心地良さそうだ。


「今日、ギルドに来た新人連れて魔境に行ったんだよ」


「んーどんな子?」


「『威厳』って固有能力持ちの緑髪の男の子」


「ああ、はいはい。割とイケメンのひょろっとした子よね。ラルフ君」


「そう、その子。良かれと思ってレベル上げしてあげたんだけどさ、ショック受けちゃったみたいで。余計なことだったかなー」


 バエちゃんが笑う。


「いいのよ~。あの子あんまり苦労してなかったはずだから」


 どゆこと?

 『アトラスの冒険者』って、システム上最初苦労するようにできてるじゃん。

 いや、ラルフ君は低いレベルでギルドに来たなとは感じてたけど。


「もともと剣術を少し教わっていて、丸っきりの素人ではないの。それに自分よりレベルの低い魔物に対しては『威厳』が効いて、委縮させることができるでしょう? 今まで割と簡単に魔物を倒せてたのよ。ちょっとくらい衝撃受けた方があの子のためだと思う」


「バエちゃんにそう言ってもらえてよかったよ。リタイアしちゃうとバエちゃんの給料が減っちゃうのかな、と思ったから」


 バエちゃんの表情切り替わるのが早いこと。


「あっ、それ困る! ユーちゃん、どうしよう?」


「うーん、もうできることないんだよね。レベルが倍になったことを前向きに受け止めてくれればいいんだけど」


 バエちゃんの目が丸くなる。


「倍?」


「うん、レベル7でギルドに来てたから、魔境で14まで上げた。ラルフ君ソロだったから、仲間がいないとこの先厳しいでしょ? レベルさえ上げときゃ『威厳』の効果でいい仲間がすぐできると思ったんだよ」


「そうね、それで辞めちゃうんだったら仕方ないわ」


 あれ、コロッと意見が変わったな?


「才能があっても向いてない人はいるのよ。ユーちゃんにそこまで手かけさせてダメならダメだと思うの」


「やっぱそーかなー」


 アトムがお酒を飲んでいる。

 そこまでにしときなという目で睨むと、うへえという顔をした。

 どこまでも懲りないやつだ。


「そろそろ帰るよ。今日はかれえ作れそうっていうのがわかったのは収穫だった」


「ユーちゃん、結構カレーに拘るよね。どうして?」


「食べたことない美味しさで香りが強いでしょ? 商品価値が高いんだよ。手頃な値段でかれえ屋やったら絶対流行るね」


 バエちゃんが笑う。


「いやだユーちゃんったら、商売人みたい」


「え? あたしは商売やりたいんだけど?」


「またー冗談ばっかり」


 冗談でも何でもないんだが。


「あたしは今、故郷とその周りの村々が発展するといいなーと思って、力を尽くしているんだよ。バエちゃんに教えてもらったまよねえずも試作品作ってさ、売り出そうと思ってるの。これはあたしが売るわけじゃないけど」


 そういえばバエちゃんにここまで話したことなかったな。


「えっ、マジなの?」


「マジなの」


「マジぬよ?」


 ヴィルは黙ってなさい。

 ちょっと面白かったけど。


「冒険者は?」


「片手間」


 突然バエちゃんが泣き出す。


「ユーぢゃーん、冒険者やべだいでええええ!」


「ほらほら泣き止んで。辞めるなんて言ってないじゃん」


「ほんどう?」


 バエちゃんが涙目で見てくる。


「本当だってば。『アトラスの冒険者』辞めると転送魔法陣使えなくなっちゃうんでしょ? そんなもったいない精神に反することはあり得ないから」


「よがっだああああああ。今私、ユーぢゃんのおかげでずっごくお仕事の査定がいいのおおおおおお!」


 ……お互い結構ロクでもない理由だな。


「ごちそうさま。じゃあ、また来るよ」


「うん、またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境にやって来た。


「おはよう、オニオンさん」


「おや、ユーラシアさん。今日は朝から出動ですか? 珍しいですね」


 ハハッ、出勤扱いだよ。

 働き者だね。


「うん、午後からやることあるんだ。ところでオニオンさん、おイモ要る? うちで取れたやつ」


「や、これは結構なものを。いただきます」


 ここのところ午後から魔境パターンだった。

 今日の午後は塔の村へ行く予定なので、午前中に魔境ノルマをこなしておくのだ(ノルマ言っちゃってるし)。

 昨日もラルフ君と共闘扱いだから、実はあんまり戦闘勝利数がいってないんだよね。

 とりあえず100勝挙げてクエスト終了扱いにしておかないと、宿題残してるみたいで寝覚めが悪いというか。

 あれ、100勝じゃなくて100体倒すだったかな?

 まあ細けえことはいいんだよ。


「ユーラシアさんのパーティーの実力なら、そろそろワイバーン帯にチャレンジしていいと思いますよ。平均獲得経験値は大体オーガ帯の倍くらいになります」


「おおう、位が上がった気がするね。ワイバーン帯で注意することある?」


「そうですね、一口にワイバーン帯と言っても、オーガ帯と比較するとかなりバラエティに富んだ魔物達が出現するんですよ。だからより有利に戦えそうな魔物を相手にするのがいいと思います。例えば対竜装備を持ってるならワイバーンやヒドラなどの亜竜を相手にする、聖属性攻撃があるならレッサーデーモンと戦うなどですね。もっともレッサーデーモンはあまり出現しませんけど」


「なるほど」


「まあ一番多く出現するのがワイバーンですので、やはりその弱点属性を備えて臨むのが普通です」


「そうだね。ありがとう、行ってくる!」


 オニオンさんが教えてくれることは参考になるなあ。

 ベースキャンプから出撃、よりエーテル濃度の濃いワイバーン帯へ真直ぐ向かう。


「姐御、作戦はどうしやす?」


「ワイバーンと戦えないようじゃ話になんないでしょ。あたしが『スナイプ』装備してるし、アトムの『マジックボム』もあるから問題なさそう。同様に対空攻撃が効くガーゴイルも標的にしよう。人形系レアが出たらそれは倒す、あとは無視ね」


「「「了解!」」」


 少し空気が重く感じる。

 今までよりエーテル濃度が濃いせいだろうか。

 ワイバーン帯に入ったんじゃないかな。


「素材の傾向が若干異なりますね。レアなものはないようですが」


「生えてる植物も傾向違う?」


「違いますね」


 ふむ、要注意だ。


「ボス、あれクレイジーパペットね」


 ワイバーン帯にもいるのか、新経験値君ことクレイジーパペットは。

 当然倒すのだ!


「経穴砕きっ!」


 アトムの『経穴砕き』でとどめを刺す。

 クレイジーパペット1体の倒し方は確立した。

 でも2体以上同時に出現されると、『フレイム』が痛いだろうなー。

 幸いそういうことは今までないけど。


「クレイジーパペットは逃げないねえ?」


「私達のレベルが低いからじゃないでしょうか?」


「野郎、舐めくさっていやがるのか!」


「怒らない怒らない。自分が経験値になることさえ理解しないで向かってくるんだから、可愛いもんじゃないの」


 うへえ、という顔を見せるアトム。

 どっかであったな、似たような会話。

 『リフレッシュ』で全快し、さらにワイバーン帯を進む。


「……ワイバーンです」


 クララの声が緊張する。


「出たぞー」


「ボス、ミーも攻撃魔法ね?」


「いや、1ターン目は『実りある経験』でいいよ。2ターン目に攻撃魔法お願い。クララは『リカバー』で」


「あっしは『マジックボム』で?」


 『透明拘束』で攻撃力落としたいところだが、アトムは『スナイプ』を装備してないので射程が短い。

 カウンター狙いで後手を踏むくらいならば、と。


「『マジックボム』で、2ターン目は通常攻撃でいい。皆いいかな?」


「「「了解!」」」


レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! ワイバーンのウインドブレス! くっ、激しい。全員がダメージを受ける。あたしのハヤブサ斬り・改! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改! アトムのマジックボム! クララのリカバー!


「さすがに1ターンでは倒れないな。予定通りに」


「「「了解!」」」


 ダンテのアダマスフリーズ! ワイバーンの爪攻撃! アトムが受ける。あたしのハヤブサ斬り! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り! ウィーウィン!


「ふいー、『ウインドブレス』はかなりヤバイね。あ、何か落としてった?」


「『ワイバーンの爪』、素材ですね」


「ダンテ、『アダマスフリーズ』はナイス判断だった。氷魔法は効くね」


「ネクストも同じパターンね?」


「うん、ワイバーンなら同じでいい。あっ、『マジックボム』は脚に当てないで。爪が消し飛びそう」


「「「了解!」」」


 アトムにも対空攻撃用のカードが欲しいものだ。

 でも魔境は魔物の攻撃が激しいだけに、盾役の防御用カードを外すわけにはいかない。

 しばらくはあたしとダンテの火力で押していこう。

 レベルと宝飾品が欲しいので、本当はワイバーンじゃなくて新経験値君がいいのだが。


「リフレッシュ! よし、もう少し戦っていこうか」


 マジックポイントが心許なくなってきた段階で、一旦ベースキャンプへ戻る。

 回復魔法陣があるのは便利だなあ。

 魔境『トレーニング』なだけのことはある。


「お帰りなさい。ワイバーン帯はいかがでした?」


 魔境ガイドオニオンさんが、にこやかな表情とともに迎えてくれる。


「ワイバーンとガーゴイルは勝てるかな。ワイバーンの『ウインドブレス』は強烈だけどヒットポイントはそれほどでもない。装備揃えれば1ターンで勝てそう。ガーゴイルはタフだね、倒すの時間かかるよ。でも脅威ではない感じ」


「まあ普通ワイバーン帯で安定して戦うためには、レベル45くらいは必要とされていますからね。ユーラシアさんのパーティーはとても優秀です」


 そういうものか。

 褒められちゃいるが、現状力が足りないのは痛感してるんだよなあ。

 もう少しレベルが欲しいもんだが。

 いや、目の前にぶら下がってるドラゴンに手が届かないから、焦れてるだけかもしれないけど。

 あたしせっかちだからな。


「ガーゴイルは固くて不味そう。でもワイバーンは食べられそうだなあ」


「ハハハ。肉食の魔物は総じて不味いという話ですよ」


「やっぱそーか。不味い肉食べてる魔物の肉が美味いわけないよなあ」


 魔境は美味しい肉の調達ができないところだけは残念だ。


「人形系レア魔物は比較的よく出る気がするんだけど?」


「クレイジーパペットはよく出現しますね。ワイバーン帯だと無作為に10回戦闘を行って1回クレイジーパペットに当たるくらいです」


「あ、ワイバーン帯の方がオーガ帯より出るんだ?」


「そうですね。さらにドラゴン帯だと2体いっぺんに出ることがあるそうです」


「2体はきついなー」


 クレイジーパペット2体だと、あの強烈なフレイムに3回耐えなきゃいけないことになる。

 やつらが逃げなければだが。

 それは今のあたし達にはちょっとムリだ。


「おや、そうですか? 素早さを上げるのに使ってるカードを外して、火耐性と魔法防御に振ればイケるんじゃないですか?」


「……何だかイケそーな気がする」


 そーかー、工夫次第だな。

 頻繁に入れ替えられるほどのカード持ちじゃないからあんまり考えてなかったけど、今後魔境ではそういうの必須なのかも。


「それから魔境に出現する人形系レア魔物はクレイジーパペットだけではありません。ドラゴン帯以上ではデカダンスが出ることがありますよ」


「デカダンスかー。掃討戦を思い出すなあ。皆に助けてもらって倒して、経験値ガバッと入って。すごく懐かしい気がするけど、まだあれから20日くらいしか経ってないんだよね」


 デカダンスも今ならあたし達だけで勝てるかもしれないな。


「ドラゴン帯へ行くのが楽しみになってきたよ」


「ユーラシアさんなら当然そうでしょう。でもパワーカードの種類揃えるのが重要と思いますよ」


 あれ、オニオンさんってパワーカード詳しいんだったか?


「昨日、仕事が引けてから、ギルドで最年長冒険者のマウルスさんに教えていただいたんですよ。あの方は装備について詳しいですよね」


「マウさんかー。神経痛の具合どうなんだろ?」


「掃討戦前後あたりひどかったらしいですけど、今はよろしいみたいですよ」


 あの時アンセリを鍛えてくれって頼んじゃったからな。

 結構厳しかったのかも。


「同じオーガ帯でも東側と西側、またここから遠い位置ではかなり得られる素材が異なります。なるべく戦闘を避けてクレイジーパペットだけを狙い、遠くに行ってみるというのもアリかと」


「あっ、そうだね。オニオンさんありがとう!」


「いえいえ、お気になさらず」


 そうだな、クレイジーパペット狩りに精出して、レベルが上がってからその他の魔物と戦ってもいいくらいだ。

 せっかくうちのパーティーはやつを倒せるんだから。

 ドロップの宝飾品売っておゼゼに換え、武器・防具屋さんで火耐性のカード買うという方法もある。


 さてベースキャンプより出撃。

 魔境は広いので、いきなり魔物と鉢合わせるということはまずない。

 大回りしながらまだ見ぬオーガ帯を探索、素材と薬草を回収し、じっくりクレイジーパペットを狙っていく。


「あ、この辺から植物相が変わりましたね」


「土質も違うぜ。素材も変わるんじゃねーか?」


「クレイジーパペットがいるね」


 ふむ、いい感じだ。


 その後4体の新経験値君ことクレイジーパペットを倒し、今日もレベルが上がった。

 あたしとクララ、アトムが37、ダンテが36となる。クレイジーパペットだけ狙った方がマジックポイント使わないし、レベル上げには効率がいいな。

 選り好みする分、戦闘勝利回数はあんまり増えないけど。


 アトムが敵単体に土属性・混乱・即死付加の攻撃を行うバトルスキル『地叫撃』を覚えた。

 負の速度補正があるので出は遅いが、非常に強力なスキルだという。

 パワーカード『石舞台』に付属するので存在は知ってたけど、強敵相手に有効なこれを覚えるのは嬉しいなあ。

 『マジックボム』より消費マジックポイントが少ないのもいい。


「ただいま。今日は帰りますね」


「お疲れ様です」


 転移の玉を起動。

 オニオンさんに見送られて帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 軽く昼食を取って塔の村へ来た。


「じっちゃん、ちょっといい?」


「お? おお、何じゃ。エルもレイカも塔に潜っておるぞ」


 デス爺は元気印のあたしが忍び寄って静かに話しかけたので驚いたようだ。

 ちょっといつもの行動と違うとこれだから。

 修行が足りんわ。


「皆がいなさそうな時間を見計らって来たんだよ。じっちゃんに相談があるんだ。ここじゃちょっと目立つから、どこか適当なところない?」


「ではこちらへ」


 デス爺の小屋に案内される。


「で、何じゃ」


「この前チラッと話したでしょ? 『アトラスの冒険者』で知り合った、エルと同じ異世界人のこと。それが実は『アトラスの冒険者』になった初っ端に、その概要について説明してくれる女の人のことなんだよ」


「……ちょっと待て。ということは『アトラスの冒険者』の運営母体は、エルの出身世界にあるのか?」


「そう」


 ……あんま驚かないな?

 デス爺がゆっくり頷く。


「……そう意外でもないの。あれほどの転送魔法陣の技術があれば、エルを小さな実空間に閉じ込めることも容易かろう」


 なるほどのじっちゃん目線だな。

 『アトラスの冒険者』の転送魔法陣を研究したことがあるのかもしれない。


「で、あたしが掃討戦の内容教えてもらった本の世界のマスター、じっちゃんやパラキアスさんが『全てを知る者』って言ってる存在のことだけど、それもどうやら同じ世界のものっぽいんだよね」


「ほう、その根拠は?」


「うちの悪魔ヴィルによると、その本の世界自体は亜空間に浮かぶ独立の実空間なんだよ。そこの世界のマスターがアリスっていう名前の人形で、彼女に『アトラスの冒険者』って何って聞いたことがあるんだ。それでその答えが『この世界の存在に関わることなので、全てを話すことはできない』だったの」


 デス爺が自分の薄くなった頭をさする。


「この前セレシアさんにもらったリボンは、そのアリスにあげたんだよ」


「ハハハ、そうか。うまく付き合っておるのじゃな」


 デス爺が真面目顔になる。


「よく調べたの。で、本題は何じゃ?」


「向こうの世界の人がアリスに聞けば、エルの居場所なんかすぐバレちゃうはずでしょ? ところが実際にはそうなっていない。ま、それは置いといても、アリスはここ10年くらいであたし達のパーティーにしか会ってないって言うんだ。あんな知識を集める場所なのに、誰も利用しないっておかしくない? じっちゃんの考えを聞きたいんだよ。じっちゃんは『全てを知る者』について何を知ってるのかなあ、と思って」


「放っておいてよいのではないか?」


「え?」


 随分意表を突くじゃないか。

 そういうのはあたしがやりたいのに。


「どうして?」


「『全てを知る者』の存在は、過去の『アトラスの冒険者』から語られたものなのじゃ。本だらけの世界に住む、万事を知識として持つ者としてな。人形とは知らなんだが」


 衝撃の展開キター!


「おそらくその10年前だかに『全てを知る者』に会った者も『アトラスの冒険者』じゃぞ。本の世界はエルの世界から忘れられているのではないか?」


「えっ? でもそれなら何で本の世界がクエストとしてあたしに振られたんだろ? 向こうの世界が、クエストの内容に全然関係ないなんてことあるのかな?」


 デス爺は静かに語る。


「『アトラスの冒険者』は世界の調整者だという考え方がある。その本の世界は『永久鉱山』だという話じゃろ? ここから先はワシの想像だが、亜空間中からエーテルが集まる位置にあるため、長い間放っておくと集積物に埋もれて潰れてしまうのではないか。だからたまに素材や魔物の除去を必要とし、それが向こうの世界とは関係なく自動的にクエストとして配給されるのではないか?」


 違和感はあった。

 どこのクエストに行っても、依頼が出されているわけじゃないことが。

 各地の困りごとを自動的に集めてきて、それをギルドで分配している。

 『アトラスの冒険者』とはそういうシステムなんだとすると矛盾がない。


「そっかー、石板クエストがそういうものだとすると話が通るわ。じっちゃん、ありがとう!」


「うむ、してその『アトラスの冒険者』について説明する女人とお主との関係とはどうなっておるのじゃ?」


「友達なんだよ。時々うちの子達とお邪魔して、御飯一緒に食べたりしてるの」


 デス爺は意表を突かれたようだ。

 やった! 意表は突く側じゃないとな。


「何じゃ? そやつは『精霊の友』なのか?」


「どうなんだろ?」


 クララに説明を求める。


「最初から精霊親和性のかなり高い方でしたが、私達との接触からますます精霊に親しみ、今では『精霊の友』と言って差し支えないです」


「へー『精霊の友』って生まれつきってわけでもないんだ?」


「精霊親和性の高低は生まれつきじゃが、『精霊の友』となれるか否かは環境も影響すると聞くな」


 そーゆーもんなんだ?

 いや、もともとは精霊と仲良くなれるかは慣れだと思ってたんだけど、精霊親和性とか精霊使いの固有能力とか聞かされてからは、先天的なものなのかなと考えてたよ。


「すっごくためになった。今日はここへ来てよかったよ。じっちゃんのその光り輝く頭部は、中身も優秀だと改めて知った」


「うむ、もっと褒めても一向に差し支えないぞ」


 アハハと笑い合う。


「その『アトラスの冒険者』側の女人には、エルと本の世界のことは話さぬようにな」


「わかってるんだけど、本の世界については、話しちゃった後にまずいって気がついたんだよね」


 デス爺がふっと息を吐く。


「まあ仕方あるまいの。反応はどうじゃった?」


「聞いたことあるかも、くらいの反応だったよ。向こうの世界でおとぎ話的な存在なのかな、っていう印象だった」


「なるほどの」


 さてと、行くかな。


「何かこっち変わったことある?」


「ふむ、お主に言われたように、脱出用の使い捨てアイテムを販売したのじゃ。そうしたら冒険者が皆こぞってそれを買い、塔に入るようになったな」


「良かったじゃない。これで素材やアイテムの売買が捗るんでしょ? 商売繁盛だね」


「まあそうじゃの」


 デス爺機嫌良さそうだね。


「コルム兄はもうこっち来てるんだよね?」


「うむ、パワーカードが売れるとこの村も潤うでの」


「何なの? その『買え』というほぼ有言の圧力は」


 ま、店くらい見ておこうか。

 コルム兄もあたしの見目麗しい顔に癒されたいだろうし。

 えーっとどっちだっけ?

 わかりにくいところだなー。

 路地を抜けてパワーカード屋へ。


「こんにちはー」


「ああユーラシア、いらっしゃい」


「元気そうだね」


「そう見えるか?」


「見えない」


 コルム兄はアルアさんの弟子のパワーカード職人だ。

 あたしの従兄であり、あたしと似た髪色髪質なのだが、そのくしゃくしゃさ加減が増しているように思える。

 どーした?


「いや、単純に忙しい。精霊使いエルと火魔法使いレイカのパーティーが揃ってヘプタシステマ装備だろう? 自然と注目度が高くなるんだよ」


 エースとそれに次ぐ存在が採用してる装備品なら、この塔のダンジョンに適したものだと思われるだろう。

 特に塔の村は初心者が多いからな。


「パワーカードもそうだが、武器防具なんて量産できるものじゃない。品薄だとさらに人気を呼ぶのが世の常なのか、完全に自給バランスが崩れてるんだ」


「売れるのはいいことじゃん。じっちゃんも買って行けってニュアンスだったぞ?」


「そりゃ加工品は利幅が大きいからな。冒険者が塔に入り始めて、素材買い取りの現金が足りなくなってるからという理由であって、オレの睡眠不足や疲労やストレスを考えての発言じゃない」


 あれ、えらく陰険に毒づくじゃないか。

 相当切羽詰ってるのか?

 注文だけ受けて待たせとけばいいとも思うが、塔に入る冒険者の数が少ないと村の運営に関わるから、デス爺にもせっつかれてるのかもしれないな。


「おまけにコケシが『死亡認定されてるんだからエア葬式分代金負けろ』とか、わけのわからん絡み方してくるんだ。精神が削られるなんてもんじゃない」


 ぶっ、死亡認定は単なるギャグのつもりだったのに、まさかそんな斜め上を行くとか。

 撲殺系精霊コケシはヒットポイントがゼロになるまで、もといゼロになっても殴りにくるからデンジャーだ。


「ごめん、死亡認定ネタはあたしが振った。コミュニケーションが円滑になるかなーって親切心だったんだけど」


「おかげでこっちはギザギザハートなんだが」


「サディスティックコケシは遠慮がないからなー」


 どうやらあたしにもちょっぴり責任があるようだ。


「どんなカードをいくらで売ってるの? 売れ筋のカードは何?」


「ん? 『ホワイトベーシック』が一番の売れ筋だな。あとは武器系か。一律1500ゴールドで売ってる」


 ギルドの値段と一緒だな。


「わかった。『ホワイトベーシック』4枚、『スラッシュ』2枚、『ナックル』、『ニードル』、『シールド』、『マジシャンシール』を1枚ずつ買ってくるよ。当座それで間に合うでしょ」


 コルム兄の顔に赤みが戻ってきた。


「それってアルアさんがギルドに卸してるやつか? こっちに回してくれれば非常に助かる。しかし手元に金がないんだ」


「貸しだよ。こっちが落ち着いてきたら10枚ちょうだい」


 あれ、コルム兄微妙な顔ですね?


「君、こっちで10枚もカード欲しいことなんかあるか? クエスト進めていれば自然に交換ポイントは増えるだろう?」


「いや、この塔昔ドワーフが住んでたから、製法が失われてる古いカードが拾えるって聞いたんだよ。そういうのも買い取ってここで売るんでしょ? それにコルム兄だって、またオリジナルのカード作るかもしれないじゃない」


 コルム兄にはかつて『プチエンジェル』という、オリジナルカードをもらったことがある。

 あれヒットポイントとマジックポイントの自動回復、即死無効、防御力低下無効、敏捷性上昇、おまけに蘇生スキル『天使の鐘』使用可能と、かなりいろんな機能を盛り込んであったテクニカルなカードだったしな。

 コルム兄のパワーカード制作技術は信頼できる。


「そういうことなら……悪いな。頼んでいいか?」


「もちろんだよ。気にしない気にしない。行ってくるね」


 転移の玉を起動し、一旦家に戻る。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 再び塔の村、コルム兄のパワーカード屋へ。


「精霊使いユーラシアが帰還したぞお! これさっき言ってたカードね」


「ありがたい、助かるよ」


 反応鈍いんじゃね?

 もっと大げさに喜んでもらいたいのに、やっぱ疲れてるからか。

 ギルドで仕入れた10枚のパワーカードを渡すと、コルム兄の表情が和らぐ。

 魔境で得た宝飾品などのアイテムを処分したが、15000ゴールド出て行くとさすがに懐が寂しくなるなー。


「精霊使いユーラシアの貸しは高いぞ?」


「脅かすなよ」


 脅えるなよ。


「カード10枚の借りだな。アルア師匠のポイント交換の対象にない、塔で得られたカードを取り置いておこうか?」


「本当はコルム兄がすごいカード作ってくれれば嬉しいんだけどなー」


「どんなやつだ? 希望はあるか?」


「今一番欲しいのは、人形系レア魔物を簡単に倒せるやつかな」


「可能だぞ」


「うそっ!」


 えらく安請け合いするけどマジかよ?

 防御力無視系の攻撃属性を付与するのって、相当難しいんじゃなかったかな?


「人形系を倒すのは需要があるかと思って、以前研究したことがあるからな。通常攻撃を防御力無視にしてもいいし、その手のスキルをつけてもいい。というか、そうやって応用利かせることができるのがパワーカードのいいところだよ」


「コルム兄ができる子だって初めて知ったよ」


「ただし」


 うあー条件付きだよ。


「いわゆる防御力無視の衝波系の技、めったに見られないだろう? 極めて特殊な攻撃だからさ。特殊な機能を実装しようと思えば特殊な材料が要る」


「……つまりレア素材を持って来いと?」


 コルム兄が首を振る。


「いや、それはオレが研究してた時の素材がまだあるからいいんだが、さすがにレア素材をふんだんに使ったカードを1500ゴールドってわけにはいかない」


「何だ、そんなことか。いいよ、さっきの10枚分15000ゴールドと引き換えで」


「えっ? そこまで吹っかける気はないんだが」


 コルム兄ビックリしてるけど、そんなん作ってくれるならすぐ元取れるから、遠慮しなくていいのに。


「じゃあ明日の朝までに作ってくれるなら、今日のカード10枚分チャラでいい。明後日になるなら6枚分、その次の日になるなら2枚分……」


「明朝までに製作しよう」


 おや? 目一杯被っての回答じゃないですか。


「疲れてるコルム兄をムリヤリ働かせるのも忍びないから、2週間くらい遅れても構わないんだけど?」


「利子が聞いたことないほどえぐい」


 アハハと笑い合う。

 大分コルム兄もストレスが抜けただろうか?


「じゃあ、どんな機能にしようか? 以下の3つなら手持ちの素材で可能だ」


 1:通常攻撃に【衝波】属性が付き、さらに攻撃力+10%

 2:衝波属性の単体強攻撃のスキルが付き、さらに攻撃力+10%

 3:衝波属性の全体に50ダメージずつ与えるスキルが付き、さらに攻撃力+10%


 あ、選べるんだ?

 ふーむ、1が最もオーソドックスだな。


 2は強攻撃スキルが欲しい場合には良さそう。

 物理攻撃が効きにくいボスが現れた場合でもオーケーな、万能スキルだ。


 3は人形系専用装備と言っていい。

 50ダメージ固定なら、前衛のアタッカーに拘らず後衛が装備してもいいんじゃないかな。


「どれがいい? これ以上の注文があるなら明日までにはできないぞ?」


「うーん、全部」


「オレも全部作ってぼったくってやりたい気分だが、残念ながら材料が足りないから1枚だけだ」


 クララが『また全部とか』なんて思ってるに違いないが、欲しいものは欲しいんだよ。


「それなら一番応用が利く1がいい」


 属性の乗るスキルと相性がいいからだ。

 『薙ぎ払い』を使えば人形系を一掃できるし、『ハヤブサ斬り・改』なら防御力無視で連続強攻撃だ。

 あたしが装備すること前提なら応用力が最も高い。

 しかしそれなら『サイドワインダー』でカードの装備枠1つ使うより、『薙ぎ払い』のスクロール買った方が合理的だな。

 わあん、おゼゼがどんどん飛んでく!


「うん、明日の朝にはできてるから取りにおいで」


「わかった、ありがとう!」


「礼を言われるようなことじゃないけど」


 コルム兄が微笑む。


「今日はこれからどうするんだい?」


「晩御飯の肉狩りに行ってから、『薙ぎ払い』のスキルスクロール買うんだ。明日は魔境の人形系レア魔物ガンガン倒す予定」


「え? 人形系ってめったに出ないからレア魔物なんじゃないのか?」


「魔境は割と出現率が高いんだよ。今日の午前中もクレイジーパペットってやつ、5体倒してきたんだ」


「ほお?」


 コルム兄が感心している。


「人形系って確か、宝飾品ドロップするんだよな。ユーラシアって実は金持ちなのか?」


「ついさっきまで小金持ちのつもりだったけど、15000ゴールドなくなったら大分寂しくなった」


「ああ、そうだったね」


 魔境行くようになる前まで、ほとんど文無しみたいなもんだったしな。


「じゃあ帰る。明日朝に来るね。新カード楽しみにしてるよ」


「ああ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 本のダンジョンでコブタマンを狩る。

 今日は昼御飯が軽めだったので、夜はしっかり食べたいのだ。

 お肉こそ正義。


「クララが肉捌いて、ダンテはそのサポート。アトムは海岸で野草摘んどいて。あたしはチュートリアルルームでスキルスクロール買ってくる」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「こんにちはー」


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「あっ、ソル君アンセリ久しぶり!」


「こんにちは、ユーラシアさん」


 ソル君、ちょっと精悍な顔つきになったなあ。


「今日はクエストの報告?」


「そうです」


 それにしては顔が曇ってるじゃないか。

 どうした?


「いや、クエストは問題ないんですけど……」


 アンセリが聞いてくる。


「ダンが吹聴してるんだ。ユーラシアさんが新人冒険者を魔境へ連れ回して、魂の抜け殻にしたとか」


「それって本当なんですか?」


 そーか、抜け殻になってるのか。


「うーん、本当」


「昨日のラルフ君の話?」


「そうそう」


 ソル君パーティーが疑問符浮かべた顔してるから簡単に説明する。


「ラルフ君知らないかな? 緑髪のひょろっとした子なんだけど」


「目立つ頭ですよね。数日前に見ました。それが問題の新人冒険者ですか?」


 ソル君の問いに答える。


「そうなんだ。その子『威厳』っていう、弱者を踏みつけにできる固有能力持ちなんだけど……」


「ユーちゃん、言い方」


 バエちゃんが笑って続ける。


「『威厳』は相手が人間か魔物かに関係なく、自分よりレベルの低い者に対して有利に事を運べるというものなの。そういう能力持ちだから、当然レベルが上がるほど能力を発揮する機会が多くなって、強くなる理屈でしょう? それでユーちゃんがレベル上げ手伝ってあげてたの、魔境で」


 アンが頷く。


「ああ、それで。でもどうして魔境なんです? 危なくないですか?」


「一番効率がいいから。蘇生魔法があるから大丈夫だよ、って言ったんだけどな」


 皆が苦笑する。


「ラルフ君、レベル7でギルドまで行ったんだって。早いでしょう? ソール君はギルド辿り着いたときレベルいくつだった?」


「9ですね」


「ラルフ君、装備品や戦い方も決めかねてたからさ。パーティーに良さそうな人誘うのが先で、バランス見て自身のポジション決めればいいんじゃないかと思ったんだ。レベルさえ上がれば『威厳』で人誘うのも簡単だろうし。でもレベル7じゃどうもならんから」


 セリカが納得したように言う。


「そういう事情だったんですね。魔境ではどうだったんですか? 例の『雑魚は往ね』大活躍のパターンですか?」


「いや、魔境の魔物強いからさ、向こうの攻撃受けるの危険なんだ。だからなるべく向こうにターン回らない内に倒しちゃうことにしてた。でもさすがに人形系レア魔物の先手は取れないんだよ。あらかじめ全力で防御って指示したけど、ラルフ君『フレイム』で焼かれて瀕死になってたな」


 全員があーみたいな顔してる。


「最終的には?」


「レベル14まで上がったけど、目がうつろになって喋らなくなっちゃった」


「14? 倍ですか」


 ソル君が驚く。


「冒険者として続けられれば財産ですよ、それは。もったいないくらいの経験です」


「うーん、あたしも良かれと思ってやったことなんだけど、すこーしスパイスが利きすぎてたかなと、反省してるところなんだよ」


「すこーしなんだ」


 バエちゃんが笑う。


「過ぎたことはしょうがないわよ。ところで今日は何か用があったの?」


「あっそうだ! 『薙ぎ払い』のスキルスクロール買いに来たの」


 アンが不思議そうな顔をする。


「『薙ぎ払い』? ユーラシアさん『雑魚は往ね』があるじゃないか。今更『薙ぎ払い』が必要なのか?」


 ふっふっふっ。

 それには理由があるのだよ。


「実は、人形系レア魔物を一撃で倒せるカードを作ってもらえることになったんだ」


 ソル君パーティーが驚く。


「それはとんでもなく強力な武器ですね!」


「いや、そうでもないんだよ」


 パワーカード『スラッシュ』を出して説明する。


「これ、『アトラスの冒険者』を始める時に初期装備としてバエちゃんにもらった、ごく基本的な武器系のカードなんだ。性能が『【斬撃】、攻撃力+10%』なの。普通でしょ?」


「普通ですね」


 性能の意味するところを確かめるように頷く3人。


「武器系のカードの基本が何かの攻撃属性と攻撃力+10%みたいでさ、今度手に入れられることになったカードは『【衝波】、攻撃力+10%』なんだ」


「衝波? あっ、防御力無視属性!」


「そうそう。で、衝波属性を乗せて『薙ぎ払い』すると、複数体の人形系レア魔物が並んでも一撃で倒せる」


「それで『薙ぎ払い』が必要なんですか」


 セリカが間抜けな声を出す。


「ほへー、何だかワクワクしますねえ」


「だろう? 魔境は比較的人形系レアが多く出るんだよ。だからそいつらを狙い撃ちして、おゼゼと経験値を稼ごうと思うんだ。まだ見てないけど、あの掃討戦の時に皆で倒したデカダンスっていたでしょ? あれも出るって話なの」


 メチャメチャ経験値高かったし楽しみだなあ。

 ソル君が笑う。


「ユーラシアさんはいつも楽しそうですねえ」


「そんなことないよ。魔境に行った時は、ドラゴンまでの道のりが遠くて嫌になりそうだったもん。でもいろんな人の話聞いて、レベル上げさえすればどうにでもなるかなって思えるようになったんだ。で、その方法も見つかって、今すごく楽しい」


「『薙ぎ払い』のスキルスクロール、3000ゴールドです」


 バエちゃん、空気読んでよ。

 ちゃんと払うから。


「ソル君も順調でよかったよ。知ってた? 明日の午前中、ギルドに掘り出し物屋さん来るって」


「あ、そうですか。覗いてみようかな」


「あたし前の時、すごくいいものだったのに値切っちゃったからさあ。今度は欲しい物だったら言い値で買ってあげようと思って。いや、お金足りればだけどね」


 『ポンコツトーイ』、ホントお世話になってます。


 アンが面白そうに口に出す。


「ユーラシアさんが掘り出し物屋を値切ったというのは、ギルドの伝説になっているぞ。主にダンが広めてるんだが」


「ダンも気が利かないな。もっと格好いい逸話を広めてくれればいいのに」


 笑いがあった後、解散となる。


          ◇


「明日どうしようかねえ。塔の村でカードもらってくるのが先か、それともギルドで掘り出し物屋見るのが先か」


 夕食にコブタ肉と野草の栄養たっぷりスープとふかしたサツマイモをいただきながら、ゆるりと明日の方針決めだ。


「掘り出し物屋はいつ来るかわからねえ。塔の村が先でいいんじゃねえか?」


「マネーが足りるかもアンノウンね」


「うーん、コルム兄はいつでもいいけど、掘り出し物屋さんは待っててくれないからな?」


 クララが発言する。


「塔の村とアルアさんのところへ行ってからギルドでいいんじゃないでしょうか。素材を換金してギリギリ足りるということもあり得ますし、そもそもそんなに掘り出し物屋さんの重要性は高くないです」


 うむ、パワーカード以外の武器や防具ならあたし達に用はない。

 何が出品されるかわからないからドキドキはするけど、掘り出し物屋であたし達にどうしても必要なものを売る可能性なんて大きくないのだ。


「よし、塔の村とアルアさん家寄ってからギルド行こう。午後は新カード試しに魔境ね」


「「「了解!」」」


「ごちそうさま。今日はおやすみっ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日、朝から早速塔の村へ飛ぶ。


「あっ、皆おはよう!」


 コルム兄のこぢんまりとしたパワーカード屋の前に、精霊使いエルのパーティーがたむろしているのだ。


「ゴーグルかっちょいいよ」


「そうかい?」


 エルが赤い瞳の色を隠すためのゴーグルを装着している。

 ジンの見立てのはずだ。

 なかなか似合ってるじゃないか。


 ん、エルのパーティーに1人増えてるな?


「ちょんまげ精霊じゃないか。やっぱりエルのパーティーに入ったんだ」


「いよっ、姐さん。その節はお世話になりまして」


 塔の1階でファントムバインドに捕らわれていた、変な髪形の精霊だった。


「名はニポポと言うんだよ。見かけはこんな精霊だけど、かなり戦えるんだ」


「そうか、良かったねえ」


 エルのパーティーもこれで4人か。


「話は聞いたよ。特注のパワーカード取りに来たんだろう?」


「そうそう。15000ゴールドもぼったくられたよ」


「「「「15000?」」」」


 エルのパーティー一同が驚く。


「おいおい、それでいいって君が言ったんじゃないか」


「だから文句なんて言ってないってば。それだけの価値があるカードだよ」


「ふーん、興味あるな。どんな性能なんだい?」


 コルム兄がカードを取り出す。


「ほら、これだ。『アンリミテッド』。」


「武器系のカードか。【衝波】と攻撃力+10%……衝波って何かな?」


「衝撃を内部に伝えるから防御力を無視してダメージが入るっていう、武器の属性だよ。簡単に言うと、人形系レア魔物を簡単に倒せるようになる」


「……人形系が倒しづらいのはわかるけど」


 エルが難しそうな顔をする。


「ボクには他のカード10枚分の価値があるとは思えないんだが」


 そりゃあエルのパーティーは1人増えたところだし、まだ装備の7枚枠を埋めてないだろう。

 枚数の方をより必要とするのは間違いない。


「どんな敵を相手にするとか、その時の状況とかで使うカードなんて変わるだろ? 今のあたし達にはこれが必要なんだ」


「そういうものか……。コルムさん、ボクもこのカードが欲しい状況になったら作ってもらえるだろうか?」


 コルム兄は首を振る。


「今は材料が足りなくて作れない。どんどん素材を回収してきて、レアなやつが揃えばまた作れるよ」


「なるほど」


「必要になった時考えればいいよ。あたしに今必要なのはおゼゼなんだ。コルム兄に毟られてすっかりビンボーになっちゃったから、人形系狩りまくって稼がないと」


「そうか、ユーラシアは人形系がたくさん出るエリアで戦ってるのか」


「うん。じゃあね、また来るよ。レイカにもよろしく」


「ああ、またな」


 転移の玉を起動して帰宅する。

 これで人形系をバッタバッタと倒せるはず。

 実に楽しみだなあ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 次にパワーカード工房へ来た。


「アルアさーん、こんにちは。これお土産のコブタ肉です」


「いらっしゃい。これは美味い肉だったよ」


「でしょ? また持って来るね」


「『大王結石』のカード、できてるよ」


「ほんと!」


 やったぜ!

 どんなのだろう?


「素材換金していくかい?」


「お願いしまーす」


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%


「相当ヤバくない?」


「相当ヤバいですね」


「相当ヤバいぜ」


「相当ヤバいね」


 しまった、ヴィル呼んどくんだった。

 ああ『相当ヤバいぬ!』の幻聴が。


 交換ポイントは703。

 新しく交換対象になったのは『暴虐海王』と『武神の守護』の2枚。

 『暴虐海王』が件のレア素材『大王結石』により実現したカードであろうが、何がヤバいってあたしの『脚殺ぎ』やアトムの『透明拘束』が霞んで見えるほどの弱体化付与。

 名前にウソ偽りのない暴虐さ。


「これ攻撃当てさえしたら、すごく強い魔物にも勝てるんじゃないの?」


「弱体化に対する耐性を持つ魔物は多くないですから、かなりレベル差を埋める効果はあると思われます」


「もう少しレベル上げれば、ドラゴンに勝てそうだぜ」


「アイシンクソー、トゥーね」


 『武神の守護』もシンプルにいいカードなんだけど、『暴虐海王』のインパクトが全てを消し飛ばしてる感じだ。


「どうする? 交換していくかい?」


「『暴虐海王』もらっていきます」


 カードは編成して以下の通りとなった。


 あたし……『シンプルガード』『オールレジスト』『ポンコツトーイ』『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』

 アトム……『ナックル』『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『スラッシュ』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』

 予備……『寒桜』×3『誰も寝てはならぬ』『シールド』『ヒット&乱』『アンチスライム』『サイドワインダー』


 あたしが『スラッシュ』の代わりに『アンリミテッド』を装備し、『誰も寝てはならぬ』を『暴虐海王』に置き換え、より攻撃的にシフトさせた。

 またスキルスクロールからバトルスキル『薙ぎ払い』を覚えている。


 アトムは『サイドワインダー』を『スラッシュ』に置き換え、攻撃力を少しアップさせた。


「ゼンさんはどうです?」


「まあ、相変わらずだね。肉は喜んで食べてたよ」


 根詰め過ぎないで欲しいけどなあ。


「じゃ、あたし行きますね」


「ギルドかい? 気をつけてな」


 アルアさん家を出、転移石碑へ。


          ◇


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 ギルドへやってきた。

 安定の褒め言葉『チャーミング』を浴びて、と。

 さて、今日の楽しみはどうなってるかな?


「掘り出し物屋が来ているよ」


「あ、もう来てるんだ? しまった、思ったより早かったなー。出遅れちゃったよ。いいのは売れちゃったかな」


 ギルド内部に足を踏み入れる。

 お店ゾーンは……おーおー、かなり人集まってるね。

 あれ、その割にイマイチ盛り上がってないような?


「こんにちはソル君、どうなってんの?」


「あ、ユーラシアさん。遅かったじゃないですか」


「そーなんだよ。主役は後から現れるものだから」


「今日も華麗なる値切りを見せてくれよ」


 ダンよ、あたしの値切りが必殺技みたいな扱いだな。

 あ、掘り出し物屋さんがこっち気付いたぞ?

 そんな顔するなよ。

 美少女を検分する目じゃないぞ?


「メインの商品は何だったの?」


 ダンが顎をクイッと向ける。

 あ、まだ残ってるものがあるのか、薬草か?


 アンセリが説明する。


「今日の出物は薬品と薬草なんだ」


「あー消耗品じゃテンション上がんないよねえ。でも転売すれば、即儲けにならない?」


「わけアリ品だから、買い取りしてもらえるとは限らねえぞ?」


 そうなんだ、安いもんなー。

 残念ではあるが。


「で、残るは凄草だけなんだけど……」


「おお? 凄草かあ」


「値段が高額で……」


 凄草。

 それは食べると全てのステータス値が上がると言われている、レア中のレア薬草。

 あたしも初めて見たよ。


 ソル君が苦い顔をしている。


「確かに素晴らしい効能で、レア度からすれば破格なのかもしれませんけど、消耗品の草1株に3000ゴールドは出せませんよ」


 ダンがニヤニヤする。


「買っていくんだろう? あんたはそういうやつだ」


 冒険者連中は遠巻きに見ているだけで、誰も買おうとしない。


「欲しいけど、ちょっとお金足りないんだよね」


「値切れよ」


「この前の商品、今も全員装備してるくらいよかったんだよなー。値切って悪かったから今日は正規の値段で買いたいんだ」


「じゃ、どーすんだよ」


「ダン、500ゴールド貸して」


 あからさまにガッカリしたような表情になる。


「ユーラシアにしちゃつまんねえこと言うじゃねーか」


「今日中に倍にして返すから」


「え?」


「さあ、ダン君の気風の見せどころだよ。精霊使いユーラシアを信じられるかい?」


 ダンがまじまじと見つめてくる。

 何だよ、美少女度が上がってる?


「ちっ、なんて煽るのが上手いんだ。ほらよ、500ゴールド」


「サンキュー。夕方5時頃ギルドに戻ってくるから、その時返すね」


「午後魔境へ稼ぎに行くんだな? わかったぜ」


 もう一度売り物の凄草をよく見る。

 うん、ヘタってはいるけど、しっかり根っこついてるな。


「掘り出し物屋さん、凄草もらってくよ」


「この前の精霊使いか」


 おいおい掘り出し物屋さんよ、露骨に警戒してんじゃねーか。


「はい、3000ゴールド」


「……確かに」


 こら掘り出し物屋、キツネにつままれたような顔すんな。

 ニセ金じゃないってば。


「ありがと、またよろしくね」


「毎度」


 何事もなく取り引き終了。

 冒険者達も散って行く中、ソル君に声をかけられた。


「ユーラシアさんはこの凄草、どうされるおつもりですか?」


 腑に落ちないようだ。

 それはそうだろう。

 1食分と考えればこんなに割に合わない取り引きもない。


「ここに来てない子だけど、うちに畑番としてよく働いてくれてる精霊がいるんだよ。その子が一度でいいから凄草拝んでみたいって言ってるんだ」


「ああ、あのステータスアップ薬草持ってこいってクエストの時の案山子だな?」


「そうそう、あの子。頑張ってるから報いてあげたいの」


 そーか、ダンはカカシ知ってたっけな。


「御褒美みたいなものですね?」


「ああ、なるほど。そういうことか」


 ソル君パーティーも納得したようだ。


「そんなことより金返せよ」


「わかってるってばよ。この面白そうなことにはサイフの紐が緩む男め」


 さて、用は終わったな。


「じゃあねー」


「ユーラシアさんは魔境ですか」


「そう、おサイフほとんど空で、マジで小銭しかないの。怖くない借金取りもいるし、稼いでこないと」


「何だその怖くない借金取りって。身体で返せ!」


「いやーん、えっち」


 皆で大笑い。

 ソル君パーティーとダンに別れを告げ、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「カカシやったぞ! ついに凄草手に入ったぞお!」


「本当かよ! さすがだぜユーちゃん」


 畑番の精霊カカシが大喜びだ。

 うんうん、これだけで高いおゼゼ払った価値があったよ。


「えーと、どこに植えておけばいいかな?」


「オイラの正面のところに頼むぜ。めったに見つからないってんだから相当生育条件が厳しいには違いないが、オイラは必ずそれを解き明かしてみせる!」


「カカシかっくいー!」


 よーし、これでいい。

 あとはカカシにお任せだ。


「魔境行ってくるね。ガンガン稼いでくるぞお!」


「おう、気をつけるんだぜ」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 最近の密かな楽しみ、魔境へやってきた。

 魔境ガイドのオニオンさんは大体いつもニコニコしている。

 総合受付のポロックさんや依頼受付所のおっぱいさんもそうだが、ギルドの正職員は知的で優しくていい人ばっかりだなあ。


「人形系レア魔物を簡単に倒せる装備手に入れたんだよ!」


 オニオンさんが目を丸くしている。


「え? ユーラシアさんは今までもかなり効率的に人形系を倒していたと思いますが……」


 コルム兄謹製のパワーカード『アンリミテッド』を見せる。


「これ、通常攻撃が衝波属性になるカードなんだ。クレイジーパペットが2体出ても『薙ぎ払い』で一発だよ!」


「そ、そんな都合のよい武器が?」


「あたしの従兄がアルアさんのパワーカード工房に勤めてた職人でさ、頼んだら作ってくれたんだ。前から対人形系レアのカードの研究してたんだって」


「なるほど。ヘプタシステマのフレキシブルな応用と、スピーディーな生産という利点の結晶というわけですか」


「あたし借金持ちになっちゃったからさー、ガンガン人形系レア倒して稼がないと」


 オニオンさんが驚く。


「どうしてですか? 今までもかなり宝飾品ドロップがあったでしょう?」


「いい女にはお金がかかるものだから!」


「そ、そうですか」


 勢いに思わずのけ反るオニオンさん。

 いや、たまたま物入りが重なっただけだけどね。


「オニオンさんがクレイジーパペットだけ狙えって、アドバイスくれたからね。それが効率いいってよくわかったよ。やっぱ人形系レアを倒すのが、レベルアップと大富豪への早道だねえ。今日はデカダンスも狙ってみようと思ってるんだ」


 慌てるオニオンさん。


「え? ちょっと待ってください。デカダンスはドラゴン帯より中にしか、出現報告がありません。ドラゴン帯は魔物の密度が高く、総じて気も荒いですから、戦闘避けるの難しいですよ?」


「そうなんだ……あっ、絶対逃げられるスキルがあるから大丈夫!」


 クララが装備している『逃げ足サンダル』には、正の速度補正付きの逃走魔法『煙玉』が付属している。

 今まで使ったことなかったけど、こういう戦略的撤退の時に使えばいいんだな。


「だ、大丈夫かなあ……」


 心配そーだけど大丈夫だぞ?

 人形系は経験値も高いから、どんどん倒していれば自然とレベルも上がって強くなるだろうし。


「行ってくる!」


「い、行ってらっしゃいませ。ムリしないでくださいよーっ!」


 ワクワクユーラシア隊喜び勇んで出撃。


          ◇


 もはやザコと言っていいだろう、オーガやケルベロスを倒しながら、よりエーテル濃度の高い中のエリアを目指して進む。


「……クレイジーパペットね」


 ダンテは目がいいな。

 レッツファイッ!


 クレイジーパペットのフレイム! ダンテの実りある経験! あたしの攻撃! よーし倒した、簡単だ!


「藍珠と透輝珠をゲット! よーし、これで借金返せるな。目指せお金持ち!」


 目指せ大金持ちじゃないところが控えめで現実的だな。

 『リフレッシュ』で回復し、さらに獲物を目指して進む。


「てゆーか、『実りある経験』かけてからクレイジーパペット倒すコンボはいいねえ」


「でもクレイジーパペットは逃げることもありますし、そうでない時は『フレイム』を撃ってきますよ」


「掃討戦の時のデカブツが相手だと、きっともっと楽できやすぜ!」


「そうだねえ。デカダンス出ないかな」


 ダンテが遠くを指差す。


「……デカダンスね。バット、近くに大型のイーグルみたいなモンスターがいるね」


「グリフォンだと思われます。ユー様、どうします?」


「デカダンスと交戦、グリフォンに絡まれたら『煙玉』で逃げるよ」


「「「了解!」」」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの攻撃! ぱーふぇくとびくとりぃ!


「レベル上がったし、透輝珠ゲット!」


 しかしグリフォンが襲いかかってくる!

 レッツファイッ!


 クララの煙玉! 無事逃走成功!


「おーおー、グリフォンがデカダンスの亡骸を食らっていやがるぜ」


「うーん、多分グリフォンだとデカダンスは倒せないよねえ。めったに食べられないから御馳走なのかな?」


 魔境の食物連鎖はよく知らんけれども。


「デカダンスだと先手取れるし経験値も高いし、クレイジーパペットよりうんと効率がいいね」


「こんなデイがカムするとはノットシンクだったね」


 掃討戦ではあんなに苦労したのにな。

 クレイジーパペットが新経験値君なら、デカダンスは真経験値君だ。

 しかし真経験値君は透輝珠しか落としていかないのか?


「ねえクララ、デカダンスってレアドロップないのかなあ?」


「本には記載されてませんでしたけど、あるかもしれませんね」


 今後の楽しみということか。


「よし、今の感じでどんどん行こう。クレイジーパペット2体出た時は、一応『乙女の祈り』かけといてね。『薙ぎ払い』避けられることがあるかもしれないから」


「わかりました」


 新たなる獲物を目指して進む。


          ◇


「あー1匹逃げられたか、残念。リフレッシュ!」


 ふははははっ! 敵が金のようだ!

 人形系レア狩りを進め、換金がすっごい楽しみなくらいには宝飾品が貯まってきた。

 でもレベルが上がってくると、新経験値君ことクレイジーパペットが逃げるんだよなあ。

 まあ真経験値君ことデカダンスは逃げないからいいんだが。


「そろそろ帰ろうか?」


「ボス、デカダンスがいるね」


「そっか、じゃああれ最後にしよ」


「「「了解!」」」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの攻撃! よーしオーケー!


「ドロップは、と……」


 見慣れぬ輝きが?

 さてはレアドロップかと思った途端、上空から黒い影が!


「レッドドラゴンです!」


 ちょっと待てい、まだドロップ拾えてないんだぞ!


「交戦する! クララは『精霊のヴェール』、アトムは『アースウォール』、ダンテは『アダマスフリーズ』から入って!」


「「「了解!」」」


 レッツファイッ!


 ダンテのアダマスフリーズ! レッドドラゴンのファイアーブレス! かなり厳しいダメージだ! あたしのハヤブサ斬り・改! 『暴虐海王』の効果でレッドドラゴンの全ステータスを下げる! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改!

 アトムのアースウォール! クララの精霊のヴェール!


「ダンテ、『些細な癒し』!」


「オーケー、ボス!」


 ダンテの些細な癒し! ある程度全員が回復する。あたしのハヤブサ斬り・改! もう一度ハヤブサ斬り・改! レッドドラゴンのカースドウインド! こちら全員のステータスが下げられる。くっ、『暴虐海王』分のアドバンテージがなくなったか? アトムのマジックボム! クララのリカバー!


「クララ、『デバフキャンセル』!」


「了解です!」


 ダンテのアダマスフリーズ! レッドドラゴンの爪攻撃! アトムが受けるが、ワイバーンの比ではないダメージだ! あたしのハヤブサ斬り・改! もう一度ハヤブサ斬り・改! しめた! 一発がクリティカルだ! クララのデバフキャンセル! 弱体化を解除だ。アトムの地叫撃! ナイス判断、爪攻撃のために下へ降りて来たレッドドラゴンに大ダメージだ!


「混乱・即死はさすがに効かないか。クララ、『リカバー』!」


「了解!」


 ダンテのアダマスフリーズ! あたしのハヤブサ斬り・改! もう一度ハヤブサ斬り・改! レッドドラゴンのファイアーブレス! 弱体化と『アースウォール』、『精霊のヴェール』の効果で全然痛くない。アトムのマジックボム! クララのリカバー! 『アースウォール』の効果は切れたが、かなり弱ってきたぞ。もうレッドドラゴンは飛べない。


「最後だ。全員で総攻撃!」


「「「了解!」」」


 ダンテのアダマスフリーズ! あたしのハヤブサ斬り・改! もう一度ハヤブサ斬り・改! レッドドラゴンのファイアーブレス! 痛くないってば。クララのダンシングウインド!


「クオオオオォォォォォォ!」


 断末魔の叫び声を上げ、レッドドラゴンがゆっくり地に倒れ伏す。


「リフレッシュ! 宝飾品拾って速やかに撤収するよっ!」


「姐御、『逆鱗』取ってきやすぜ!」


「そうだった、アトム偉い!」


 『逆鱗』はドラゴンの顎の下に1枚だけ生えているという一種の鱗で、貴重なレア素材でもある。


「戦闘を避けて帰還する。疲れたからギルドで夕御飯食べて帰ろ」


「「「了解!」」」


 帰り道でクララに聞く。


「デカダンスのレアドロップ、これ何だろ?」


 わかりやすくゴージャスな金色の塊だ。

 ところどころ濃度の違いがあり、それもまた美しさを増している。


「黄金皇珠ですよ。お値段はわかりませんけど、大変な貴重品です」


 いくらで売れるか楽しみだなー。

 そうだ!


「ヴィル、聞こえる?」


 赤プレートに話しかける。


『聞こえるぬ!』


「ギルドで御飯食べるからさ、先行っててくれる?」


『わかったぬ!』


 よしよし、ヴィルが1人でいることにもギルドの人達を慣らしておこう。


「ただいまっ!」


 ベースキャンプに戻ってきた。

 あれ、何かオニオンさんが壁の魔道の装置見てる。


「……ユーラシアさん、ひょっとしてドラゴン倒しました?」


「え? うん。デカダンスがレアの宝飾品落としたんだけど、拾う前にレッドドラゴンが襲ってきたから仕方なく倒したよ。『逆鱗』は手に入るけど、やっぱ強いね。人形系レアだけ狙った方がいいや」


 オニオンさん、ふるふるしてんぞ?


「おめでとうございます! 魔境トレーニング、クエスト完了です!」


 ……そういえばドラゴン倒しても終わりだったっけ。


「『龍殺し』の固有能力持ち以外で、魔境の魔物100体を倒す前にドラゴンを倒した『アトラスの冒険者』は初めてですよ!」


「そーなんだ?」


「そうですよ。大変な偉業です!」


 いや、コーフンしてるとこ悪いけど、狙って倒したわけじゃないし。


「倒したって言っても5ターンもかかったよ? もう一度って言われてもゴメンだし」


「御謙遜を!」


 『暴虐海王』がなかったらもっとギリギリだったぞ?


「まだ魔境全然回れてないんだよ。新しい石板出ると思うから頻度は減ると思うけど、また来るからね」


「お待ちしております!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドへ戻って来たが?

 あっ、ポロックさんがいない。

 しまったなー、5時過ぎちゃってたか?


 ギルドの内部から声をかけられる。


「ユーラシア」


「あっ、ダン。遅くなって悪かったね。これ返しとく」


 ツンツン頭の男に透輝珠を渡す。


「……透輝珠じゃねーか。返してもらい過ぎなんだが」


「それじゃ御飯奢ってくれない? 買い取り屋さん帰っちゃってるでしょ? あたし今お金なくてさ」


「しょうがないやつだな。そんなことよりあんた、ドラゴン倒したって本当か? 今さっきペコロスさんから連絡入ったそうなんだが」


「うん、本当」


「レベルいくつなんだよ。この前35って言ってたよな?」


「あ、わかんない。ちょっと待ってね」


 ギルドカードを起動して、と。


「55だ」


「55! っていうか、自分のレベルわかんないなんてことあるか?」


 訝しげだが、んなこと言われても。


「おゼゼがないから、人形系レア魔物を狙って倒して宝飾品集めしてたんだよ。嬉しいことに、今日割と出現率が高かったんだ。デカダンスっているでしょ? 掃討戦の最後に出てきたやつ。あれ倒すと2、3レベルが上がったりするから、戦闘繰り返してるとレベルわかんなくなるんだよね」


 ダンが呆れた顔で言う。


「あれ何体も倒してたのかよ? 相変わらずやってることメチャクチャだな」


「褒め言葉と受け取っておくよ。あっ、いいもの見せてあげる。デカダンスのレアドロップだよ」


 ナップザックから金色の塊を取り出す。


「じゃーん、黄金皇珠! ようやくビンボー生活から抜け出せそうだよ」


「おお、綺麗じゃねーか」


「照れる」


「あんたのことじゃねーよ。まああんたも可愛いけれども」


「照れる」


 ダンはぬけぬけとこういうこと言うよな。


「えーと、ヴィル来てないかな?」


「来てたぞ。食堂行こうぜ」


 食堂に行くと、そこには『祝・ドラゴンスレイヤー』の横断幕が。


「おめでとう、精霊使いユーラシア!」


 ダンが言う。


「すまんな。急だったから準備ができてなくてよ、あんたを入口で引き留めてたんだ」


 くうっ、泣けるじゃないか。


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、可愛いやつめ。


「ユーラシアさん、おめでとうございます」


「ありがとうソル君、アン、セリカ」


「よーし、じゃあ飲み食いしながら、ユーラシアの武勇伝を拝聴しようじゃねえか」


 え? あんまり格好いいエピソードじゃないんだけど。


          ◇


「……まあ何と言うか、嬢らしいの」


 借金を返すために魔境の人形系レア魔物を倒してた。

 そしたらレベルがどんどん上がった。

 レアドロップアイテムを拾う前にレッドドラゴンに襲われたから応戦した。

 そんな締まらない話を聞いたマウ爺の感想だ。


 評価判断を下しかねるといった面持ちでピンクマンが聞いてくる。


「本当なのか、今の?」


「ダンが悪い。急にあたしの話聞こうなんて言うから。せめて明日だったらもう少し面白おかしく盛れたのに」


 『残念スレイヤー』なんて二つ名になったらどうしてくれるんだよもー。


「何の用意もなしで?」


「そりゃ今日魔境行った時は、レベル30台だったもん。ドラゴンなんて射程に入ってなかったわ」


 強い魔物と戦闘になったら、クララの『煙玉』で即離脱の予定だったし。


「いや、すごいですよ、本当に。『アトラスの冒険者』史上最年少のドラゴンスレイヤーらしいですよ?」


「大したことないって。そんな記録はすぐソル君が更新するでしょ?」


「いやいや」


 ソル君パーティーの3人を見て言う。


「あたしは本気でそう思ってるよ。精霊使いユーラシアは見る目がないとか、他人に言わせんなよ?」


 アンが立てかけてあった弓をぎゅっと握りしめ、セリカは短い杖をブンブン振り始める。

 本当にわかりやすいなーアンセリは。


「いやでも、お祝いしてもらって本当に嬉しいよ。アイテム換金しないとおゼゼもなくってさ、夕御飯抜きになるとこだった」


 ピンクマンが不思議そうに言う。


「どうしてそんなに金がないんだ? かなり稼いでいそうなものだが」


「掃討戦の時、消耗品目一杯買い込んだりして既にビンボーだったってことが前提ね。それ以降も何故かお金出ていくんだよ。例えば昨日今日でも人形系レア魔物を簡単に倒すためのパワーカード、通常攻撃を防御力無視にするってやつ作ってもらって、それが15000ゴールド」


 ふむふむと皆が頷く。


「複数一度に出ても倒せるように『薙ぎ払い』のスキルスクロール買って、それが3000ゴールドでしょ? で、今朝買った凄草が3000ゴールド」


 ソル君が言う。


「必要な先行投資ですね」


 凄草も先行投資と見たか。

 ソル君何か感づいたかな。


「だから頑張って魔境で稼いでたんだ。あ、ピンクマン知ってた? デカダンスのレアドロップ、黄金皇珠なんだよ」


「ほう、覚えておこう」


 魔境で会った2人組の上級冒険者が話しかけてくる。


「おめでとう」


「あっ、えーと、チュートリアルルームでバエちゃんに言い寄ってた……」


「「言い寄ってない!」」


「何だ、ラブい話か?」


 アンセリが心なしか前傾姿勢になってるような。


          ◇


「そうでもないんだけど。魔境で共闘してもらったんだ。多分あたしが可愛いから」


「剣士のキーンさんと魔法使いのヤリスさんだよな? 俺もマウ爺とデミアン以外の上級冒険者とはあまり話す機会がないんだが」


「あ、そう言えば名前は知らなかった」


「おい」


 ダンはよく知ってるなー。

 さすが情報屋だけのことはある。

 あたしデミアンって人知らないな。

 まだ冒険者になってから、あんまり日が経ってないからかもしれないが。


「つい4日前に魔境へ来たばかりなんだろう? 常識外過ぎて、何と言っていいかわからん」


 ダンが口を挟む。


「ユーラシアは常識外ばっかりだぜ。気付いてるだろ、さっき飛びついてた幼女、あれはこいつが飼いならしてる高位魔族だ」


「いい子だよ?」


「いい子ぬよ?」


 2人の上級冒険者が、いつの間にかダンに頭を撫でられているヴィルを見つめている。

 ヴィルは案外ダンの傍にいるのが好きみたい。

 きっとダンはいつも楽しそうだからだな。


「つい一昨日だって、ラルフっていうギルドへ来たばかりの緑髪の新人冒険者を、魔境へお供させてボロボロにしてたな」


「それはあんたにも責任の半分はあるだろうが」


 ラルフ君のギルカでフレンド申請させて、ムリヤリついて来たの誰だ。


「おまけにこいつ自身も、冒険者になってまだ2ヶ月経っちゃいねえはずだ」


 あたしの3日後輩であるソル君が頷く。


「そうだね、あっ、ちょうど今日50日目の記念日だ! おめでとうあたし!」


「50日でレベル55っておかしいだろ」


「「「「「55!」」」」」


 一斉に皆から声が飛ぶ。


「ユーラシアさん、レベル55なんですか?」


「いや、そうか。ドラゴン倒すんだもんな……」


「1日でレベル20近く上がったってことですねえ」


「それは先ほど話してた『人形系レア魔物を簡単に倒すためのパワーカード』の恩恵か?」


「うん、そう」


 剣士のキーンさんと魔法使いのヤリスさんが話す。


「この子と魔境で共闘した時、俺ら初めてクレイジーパペットっていう人形系レア魔物倒せたんだよ」


「うむ、その時もえらく易々と倒せるものだと感心したが、今はそれ以上なのか?」


「今は特にスキルとか使わなくても、ノーコスト一撃で倒せるようになったよ」


 上級冒険者の中には下準備なしで人形系を倒せるスキル持ってる者もいるだろうけど、ノーコストはあたし達だけかもしれないな。


「ノーコスト一撃でって……」


「ただの通常攻撃でデカダンスを倒せるのか……」


 お兄さんズが唖然とする中、ソル君とダンが口々に言う。


「ユーラシアさんならすぐレベルカンストするでしょう」


「10日以内とかな」


「そんなノルマみたいなレベル上げはいいや。今日たくさん宝飾品手に入れたから、焦ってレア魔物狩らなくてもいいし。新しいクエストと魔境の行ってないところの踏破の方が興味あるかな」


 マウ爺が聞いてくる。


「嬢はチュートリアルルームの係員と仲が良いのじゃったかの。そちらで何か面白い話はあるか?」


 異世界どうこうってことは話しづらいしな?


「んー冒険に関することは特にないですけど、バエちゃんは肉大好きの肉食女子ですから、御飯にお邪魔するときには大体コブタマンの肉持っていくことにしてます」


 チュートリアルルームに行ったことのないダンが聞いてくる。


「バエちゃんってのは美人なのかい?」


「そこのハンサムな2人のお兄さん達が言い寄る程度には」


「「言い寄ってない!」」


 あたし達のノリに慣れて欲しいなー。


「ふうん、チュートリアルルームか。一度行ってみてえな」


「うちは転移の玉の人数制限に引っかかるから、ピンクマンに連れて行ってもらいなよ。お金持ってればスキルスクロールを買えるよ」


「スキルか……」


 お、意外と真剣に考えてるか?

 スキルには興味があるらしいな。

 情報屋の分際で。


「あ、そうだ。皆に頼みがあるんだけど。ラルフ君が冒険者辞めないように協力してくれないかな? あたし責任感じちゃってさあ」


 皆が口々に言う。


「ラルフ? ギルドには来てるな。今日も見たけどフヌケだったぞ?」


「嬢が何を感じているかは知らんが、あやつはダメじゃろ。早々に諦めた方が良い」


「ユーラシアさんが拘るような男とは思えないんだが」


 おーおー、散々な言われようだなラルフ君。

 何か可哀そう。


「彼が辞めると、バエちゃんの給料の査定が下がっちゃうんだって。それは申し訳ないから」


「バエちゃんに対する責任かよ!」


 全員がもれなく苦笑する。


「そういうことか。じゃあ『ドラゴンスレイヤーの弟子』って持ち上げといてやるよ。面白えから」


「ダンはあたしに対して迷惑とか考えないのかよ」


 『ドラゴンスレイヤー』も弾みでそうなっただけだから、言われるとすげえ居心地悪いんだよ。

 アンセリがそわそわしながら話しかけてくる。


「ヴィルちゃんをぎゅーしていいですか?」


「いいよ。2人で挟み込んでぎゅーしてやって」


「「ふたりでぎゅー」」


「ふおおおおおおおおお?」


 笑いの中で夜は更けてゆく。


          ◇


 帰宅時の転移で『魔境トレーニング』クエスト完了のボーナス経験値が入り、レベルはあたしとクララとアトムが56、ダンテが55となる。

 レア狩りしている時にスキルも覚えたが、ほとんど気にしていなかったので(だってノーコスト一撃で倒せるのに、それ以上の効率のスキルとか考えられんもん)、ここで確認しておく。

 

 あたし

 『ランニングショット』(敵単体強攻撃バトルスキル。同時に攻撃力に敏捷性のパラメーターを加えるステートが術者に付く)

 『ハヤブサ斬り・零式』(単体2回強攻撃バトルスキル。クリティカルあり)


 クララ

 『ハイリカバー』(全体回復白魔法)

 『ウインドリカバー』(全体回復+状態異常解除+弱体化解除白・風魔法)

 『セイクリッドポール』(敵単体に聖属性攻撃白魔法)


 アトム

 『スターアライズ』(味方全員の攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性を上げる魔法)


 ダンテ

 『メドローア』(敵単体に火・氷属性攻撃魔法。非常にダメージ効率が高い)

 『レッドスプライト』(敵単体に火・雷属性攻撃魔法。スリップダメージ付与)

 『ビリビリレイン』(敵全体に水属性攻撃魔法。同時に雷弱体ステート付与)


 特筆すべきスキルが多い。

 あたしの『ランニングショット』は、長期戦の場合は初っ端に使うと以降の攻撃力が跳ね上がる。

 おまけに『ハヤブサ斬り』と同じように武器の属性やステート付与が乗る。

 ……レッドドラゴン戦に使えばよかった。


 『ハヤブサ斬り・零式』は、あたしの最強のスキルだな。

 消費マジックポイントが大きいので乱発はできないが。

 ……レッドドラゴン戦に使えばよかった。


 クララの『ウインドリカバー』は、回復量はヒール程度だが、基本状態異常や弱体化の解除も行えるのが大きい。

 ……レッドドラゴン戦に使えばよかった。


 アトムの『スターアライズ』は、支援強化魔法の決定版的存在。

 ……レッドドラゴン戦に使えばよかった。


 ダンテの『メドローア』や『レッドスプライト』なんて強いに決まってる。

 ……レッドドラゴン戦に使えばよかった。


 ……まあレッドドラゴン戦は不慮の事故みたいなもんだ。

 初めから戦うことを決めていたなら、当然万全の準備をしてたさ(負け惜しみもとい勝ち惜しみ?)。


 反省はすれども後悔はせず。

 これがあたしの生きる道。


 クララが言う。


「おそらくこれで、レベルアップに伴うスキル習得は終わりです。もっとも運のパラメーターの高いユー様はわかりませんけど」


 チュートリアルルームで購入できる汎用スキルも有用ではある。

 といってもうちのパーティーはバランスがいいから、手持ちのスキルで十分戦えるよなあ。

 アトムの会心頻発を生かすために連続衝系のバトルスキルを揃えたいとか、状態異常事故の可能性を減らすため『クイックケア』をアトムとダンテに、とは思うけど。


          ◇


 翌日、ドラゴンスレイヤーとなって初めての朝は雨だった。


「ダンテ、これ魔境も雨かなあ?」


「イエス、ボス。今日はワイドレンジでレインね。バット、明日には止むね」


「そっかあ」


 今日どうしよう?

 新しい石板が来ていると思うのだが、雨だと海岸行く気が失せるな。

 ギルドでアイテム換金するのは必須として……。


「海の王国行って素材買おうか?」


「いいでやすね」


「じゃあまず肉狩りして、クララに処理してもらってる間に、あたしがギルドでアイテム換金してくるよ」


「「「了解!」」」


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 本の世界でコブタ狩りだ。

 クララが首をかしげる。


「8体目です。多くないですか?」


「3トン捌いておいてくれる? 5トンはそのまま海の王国に持ってくから」


「わかりました」


 ここ最近のクララの包丁捌きの早いこと、達人レベル以上なんだよなあ。


「アリス、リボン似合ってるよ」


「そ、そう? ありがとう」


 本の世界のマスターである金髪人形アリスに声をかける。

 彼女は世の中の全ての既知の知識を持っているというが?


「100年くらい昔、悪魔と海の王国が揉めたことがあったみたいだけど、あらましを教えてくれないかな?」


 アリスが説明してくれる。


「ちょうどその頃、海の一族は2派に分かれて争っていて、現在の支配者である女王ニューディブラ側が優勢だったの。ところが109年前、高位魔族バアルが介入し、戦局は混沌としてきた。最終的にノーマル人ヒバリをリーダーとするドワーフ、森エルフ、獣人のパーティーが女王に味方し、バアルを退けて混乱は収まった。それ以来海は概ね平和で、大きな抗争は行われていないわ」


「そういうことだったのかー。ありがとう」


「いいえ、どういたしまして」


 何と、ヒバリさんは高位魔族を相手に戦ったのか。

 そりゃ大したもんだ、かなりレベルも高かったんだろうな。

 逆に言えば、一番最近の内戦に悪魔が関わっていたということ。

 こりゃあヴィルを女王に紹介するのは、よっぽど気をつけなきゃいけないなあ。


「じゃあね、アリス。また来るよ」


「ではまた。お待ちしていますわ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヴィル、聞こえる? 今からあたしギルドへ行くから、そっちで落ち合おう」


『わかったぬ!』


 最近ヴィルが1人でギルドにいる機会もちょくちょくある。

 大分皆にも慣れてもらったんじゃないかな。


「じゃ、クララ頼むね。アトムとダンテはフォローだよ」


「「「了解!」」」


「行ってくる!」


 コブタマンの解体・精肉処理を任せ、あたしは土砂降りの中、東区画の転送魔法陣まで走りドリフターズギルドへ。


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーラシアさん、おめでとう! レッドドラゴン倒したそうじゃないか」


 ギルド総合受付のポロックさんだ。

 今日は『チャーミング』って言ってくれないのか。

 残念だなあ。


「ありがとう。でもそんな褒められるようなことじゃなくて、行き当たりばったりだったんだよ」


「聞いたよ。レアアイテムを回収しようとしてたところを邪魔されたからぶっ倒したんだって? ユーラシアさんにふさわしいエピソードじゃないか」


「褒められてるのかそうでないのかわからないんだけど?」


「大物ってことだよ」


 何だそうか。

 チャーミングな大物ってことだな。


 ギルド内部へ。

 おっぱいさんと目が合う。


「ユーラシアさん、『ドラゴンスレイヤー』の称号を得られたそうで、おめでとうございます」


「ありがとう。皆におめでとうって言われるんだけど、何か実利があるのかなあ?」


 おっぱいさんの眼鏡がキラリと光った気がする。


「ドラゴンスレイヤー指名の依頼が来ることがありますよ。当然のことながら依頼料も高額になります」


「マジですか!」


「マジです。ギルドの仲介料も高額なので、私どももウハウハです」


 そっかあ、いいじゃないかドラゴンスレイヤー。

 高額で面白い依頼来ないかな。


「わかった、楽しみにしてるよ」


 お店ゾーンへ。


「買い取りお願いしまーす」


 なんと黄金皇珠は20000ゴールドで売れた!

 全部で40000ゴールド近い収入になった。

 やったね、お金持ちだ!


 さて、ヴィルはどこだ?


「あ、ダンとピンクマンが見ててくれたんだ?」


「おう、いい子だから問題ないぜ」


「いい子ぬよ?」


「……」


 ピンクマン、あんた幼女成分が高くなると、途端に喋れなくなるのな。


「あ、そうだ。『パワーナイン』って知ってる? うちのじっちゃんとペペさん、パラキアスさん、聖火教大祭司のユーティさんなんかが含まれるって聞いたんだけど」


「パワーナイン? 聞いたことねえな」


 ダンはともかく、ピンクマンは知ってるようだ。


「レイノスの知識人層や商人の間で使われる言葉だな。ドーラの実力者9人の総称だ。先の4人に加え、レイノス副市長オルムス、船団長オリオン、『西域の王』バルバロス、最強の冒険者シバ、『強欲魔女』マルーが含まれる」


「最後の何? 強欲魔女って……」


「困りごとは金で解決してやるぞ、ってスタンスの人と聞くな」


「へー、尊敬できる人だねえ」


「そうか? クソババアだぞ?」


「あ、ダンは知ってるんだ?」


「会ったことがあるんだ。『強欲魔女』の異名に恥じないやつだぜ」


 ピンクマンは笑ってるけど、実力がなきゃおゼゼで解決してやるなんてできないぞ?


「ありがと、じゃあ帰るよ」


「ん? 今日雨じゃねえか。なのに用があるのか?」


「いい女はスケジュールに追われるものなんだよ」


「しょってやがるぜ」


「ヴィル、行こうか」


「はいだぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヴィルはギルド楽しい?」


「楽しいぬ! 皆優しいぬ!」


「そっか、またなるべく呼ぶからね。最近何か変わった情報ある?」


 ヴィルが首をひねる。


「多分、明後日パラキアスがカラーズへ行くぬ。昨日、レイノスの偉い人とそんな話をしてたぬ」


 重要な情報来たぞ。

 レイノスの偉い人とは、ドーラ総督ではなくてオルムス・ヤン副市長だろう。


「よし、明後日灰の民の村行こう。パラキアスさんにヴィルを紹介しておかないとね」


「わかったぬ!」


「じゃあ偵察任務に戻って」


「はいだぬ!」


 アトムが聞いてくる。


「ギルドはどうでやした?」


「全部で40000ゴールドくらいになったよ。これでしばらくおゼゼは大丈夫そうだね。それからジンの言ってた『パワーナイン』の内訳が分かった。うちのじっちゃん、ペペさん、パラキアスさん、ユーティさん、レイノス副市長オルムス、船団長オリオン、『西域の王』バルバロス、最強の冒険者シバ、『強欲魔女』マルーだって」


 ダンテが聞いてくる。


「ボス、この9人はインポータントね?」


「いや、わかんないけど、あたし達もある意味重要人物になってきたと思わない? ドラゴンスレイヤーにはそれなりの依頼が来ることあるみたいだよ。向こうから話来ることあるかもしれないし、どんな人だか知っておきたいね」


 どんな力持ってるかわからないし、ヴィルに探らせるのは危険なんだが。


「その内、実力者の皆さんには会うことになると思いますよ」


「クララもそう思う?」


「ええ」


 思えばこの2ヶ月で、かなりあたし達の進む道も愉快な方向に捻じ曲げられてきたもんだ。

 部屋の隅に重ねてある『地図の石板』に目をやる。


「さて、海の王国行こうか」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 肉を携え、海の王国にやってきた。


「えーと、思いっきり鳴らさないといけないんだっけ、この銅鑼?」


「マスト……ね?」


「でも、音小さいと聞こえねえよなあ」


「……」


 クララは何も言わない。

 どうせ何を言ってもあたしがガンガン鳴らすことを、今までの経験で熟知しているからだろう。

 さすがクララ。


「よーし、いくぞお!」


「グオングオングオングオングオングオーン!」


 おお、とても気持ちのいい音が鳴る。どれ、もう1回。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


「クセになるねえ、これ」


「グオングオングオングオングオングオーン!」


「何事じゃっ!」


 女王が転げ出てくる。


「肉持ってきたぞーっ!」


「まことか!」


 あ、今頃になって衛兵が集まってきた。

 女王が真っ先に飛び出てくる警備体制ってどうなんだ?


「この前より多めに持って来たんだよ。えーと、どうすればいいかな? 衛兵さん達に運んでもらう?」


「そうじゃの。これ、調理場へ運んでたもれ」


「「「はっ!」」」


 衛兵達がえっちらおっちらコブタマンを運んでいく。


「そうじゃ、銅鑼は1回だけ鳴らせばよいからの」


「あ、それで聞こえるんだ?」


 まあそうだろうとは思ったけど、あんまりいい音だったから。


「して、今日は何用じゃ? 何か食していかんか?」


「ありがとう、でも今日は買いものに来たんだ」


「買い物? ああ、素材か?」


 以前来た時のことを覚えててくれたらしい。


「そうそう、今ちょっとお金あるからさ。商店街をぶらっと回ってこようかと思って。あとフルコンブ塩も欲しいな」


 女王が困ったような顔をする。


「フルコンブ塩は販売しておらんのじゃ。わらわしか使わぬのでな。ああ、よいよい、肉の礼にわらわのを1ビンやろう」


「ありがとう。でも女王しか使わないって何で? 高級品だから?」


「それもあるが、あの塩を振って魚を焼こうとするとコンブが焦げてしまうじゃろ? スープや煮込み料理ならコンブを別にたっぷり入れたほうがよい。結局あの塩が一番合うのは、肉を焼いた後に振りかけることなのじゃ。しかし我が王国で肉を好んで食すのは、わらわだけであるゆえにな」


「そーかー。聞かなきゃわからんことはあるもんだねえ」


 地上なら目玉焼きにもぴったりだろうし、大体海藻自体が手に入りにくいから活躍の場は多いんだろうけどなあ。


「では、わらわが案内しよう」


「え? いいよいいよ。あたしらは適当に商店街回って帰るから、女王は肉食べてなよ。もうすぐ焼けてくるでしょ?」


 わかってるぞ。

 さっきから調理場に意識が行ってるだろ?


「さ、さようか。ではわらわは失礼する。ゆっくりしていってたもれ」


 そそくさと女王が立ち去る。


「さて、行こうか」


 5番回廊を歩いて商店街へ。


「いい匂いがするねえ。軽く何か食べていこうか」


 串焼きの魚も美味しそうだな。


「こんにちはー。これは何かな?」


「お、あんたは女王様の御友人だね? これは白身魚の切り身に塩を振って、油で素揚げしたものさ」


「美味しそうだねえ。4つちょうだい」


「あいよ、毎度っ!」


 こういうものはアツアツの内にかぶりつかねば。


「ハフハフ。おお、美味いじゃねーか」


「思ったよりボリューミーね」


「ほんとだ。思ったよりもワイルドというかパワフルな感じ」


「植物油じゃなくて魚油で揚げてるからだと思います」


 海底じゃ衣材の小麦粉も植物油もないから、同じ揚げ物でも地上のと全然印象が違うんだな。


「魚の美味しさは地上の人にも知ってもらいたいねえ」


 頷くうちの子達。

 頭がついてるとグロテスクと思う人もいそうだけど、切り身のフライなんか絶対ウケるだろ。

 どうにか交易の手段を考えたいものだが、今のところきっかけがないなあ。


「ごちそうさま。素材屋さんはどっちかな、と」


 1本奥の通りへ入る。


「あったあった。こんにちはー」


「へい、らっしゃい」


 奥から店主であろう魚人が出てくる。

 あたし達を見て驚いたようだが、すぐ合点がいったようだ。


「ああ、陛下の御友人ですな。素材の御用向きですか?」


「そうそう、どんなのがあるの?」


「こちらになりますよ」


「あ、皆まとめ売りなんだ?」


 店主は頷く。


「御希望があれば単品でお取り置きしておきますが、割高になりますよ」


 なるほど、そういうことか。

 あたし達も数が欲しいし、願ったりかなったりではある。


「こっちではどういう人が素材を買うの?」


「研究者や職人、アーチストですかね」


「ふーん。あたし達も少し欲しいな。いくら?」


「ランダム20個入りで500ゴールドになります」


「2000ゴールド分ちょうだい」


 アトムからクレームが入る。


「姐御、数のキリが悪いですぜ。100個買って行きやしょう」


「それもそうか。じゃ2500ゴールド」


「へい、毎度あり!」


 素材屋を後にする。

 今日の用は終わりだな。


「さて、帰ろうか」


「女王様に挨拶していかれますか?」


「いいよ。お腹一杯で満足してるだろうし、気遣わせちゃ却って悪いから」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 あ、良かった。

 雨上がってるね。


「ユーちゃん……」


 陰気な声をかけてきたのは、畑番をしている涅土の精霊カカシだ。

 こんな暗い雰囲気の子じゃないんだが。


「どうしたの? 役目を終えて薪になる寸前の案山子みたいな声出して」


「マジで勘弁してくれ! いや、昨日持ってきてもらった凄草だが、今のままじゃどうやっても増やせそうにないんだ……」


 カカシが言うには、土中のエーテルの絶対量が足りないらしい。


「他のステータスアップ薬草は生育できるエーテル濃度に繊細だってだけなんだが、凄草は量そのものもかなり必要だということがわかった。今のオイラでは、なんとか枯らさないようにするのが精一杯だ」


 カカシでムリなら不可能だろうなあ。


「ユー様、魔法の葉なりマジックポイントを分け与えるなりして、エーテル濃度を上げることは可能かと思いますが」


「ノンノン、エーテルをストックしておく媒体がないと、エーテルはすぐディスアピアーしてしまうね」


 ……つまり魔力を溜めておける何かを見つけて、そこに魔力を注ぎ込んで自由に取り出せるようにしておけば、エーテル濃度を高めることができるわけだな?

 カギは魔力を溜めておける何か、か……あっ!


「アトム! 転移石碑に使われてる黒くて硬い石、あれどっかで手に入らないかな?」


 クララとダンテの顔が明るくなる。

 2人もあれなら使えると気がついたらしい。

 しかしアトムは眉を『ハ』の字にして考え込む。


「黒妖石ですかい? あれ小さいやつは珍しくないんでやすが、魔力を蓄えられるほどの大きさとなるとトンと心当たりが……」


 ダメか。

 いや、今後手に入るかもしれないし。


「カカシー、今すぐはどうにもなんないっぽい。ごめんね。でも将来どうにかできるかもしれないから、枯らさないようにしといてくれる?」


「わかった。オイラこそすまねえ。大口叩いておきながら……」


「何言ってんの。あんたはよくやってくれてるよ」


 まあ明日は凄草以外のステータスアップ薬草株分けの日。

 いよいよ栽培ものが食卓に上がることになるわけだし。

 本当にありがたいよ。


「さてと、今度チュートリアルルーム行く時フルコンブ塩持ってくから、クララはバエちゃんにあげる分小分けにしといてくれる? あたしはアトム、ダンテと海行ってくるよ」


「わかりました。夕御飯の肉はスープにしときましょうか? 野草入れて煮れば食べられるくらいに」


「あ、そうだね、任せた。アトム、ダンテ、行くよー」


「「了解!」」


          ◇


「あるある、ほい、石板回収と」


 波打ち際に漂着していた『地図の石板』を手にすると、ズズズウンンンという、聞き慣れた地響きがした。


「姐御、明日はクエストでやすか?」


「そうだね。新しいクエストは久しぶりだから楽しみだよ」


 素材もいくつか。

 今日は海藻もかなり拾えたからラッキーだ。


「あたし先に帰るね。海藻洗って干しとくよ。アトムとダンテは野草摘んできて」


「「了解!」」


 季節的に野草摘みも厳しくなってきた。

 普通ならそろそろ冬支度を真剣に考えねばならないのだが、『アトラスの冒険者』になったおかげで肉を狩れるのが非常に大きい。

 カカシが畑を管理してくれるので、冬でも野菜や薬草が取れそう。

 春の計画からアトムとダンテ2人分の食い扶持が増えたにも拘らず、楽に冬を越せそうなのはいいことだ。


「ただいま。海藻も取れたよ」


「良かったですねえ」


 クララが肉を煮ている。

 さてあたしは海藻を洗わねば。


 干しているところへアトムとダンテが帰ってくる。


「アトム、新しい転送魔法陣の行く先チェックしといてー。ダンテはクララの手伝いよろしく」


「わかりやしたぜ!」「オーケー、ボス!」


 ふんふん、これで最後だ。

 海藻はスープに入れると美味しい。

 以前大量に干したやつもあるし、この冬海藻には困らないな。


 あれ、アトムが泡食って戻ってくるが何事だ?


「姐御、大変でやす!」


「慌てない慌てない。深呼吸しようか。吐いて~」


「そんな場合じゃないんで!」


 乗ってこないところみるとマジのようだ。


「簡潔に説明して」


「転送魔法陣の行き先が『遭難皇女:至急』でやす!」


 遭難? 皇女? 至急? ちょっと待て、ヤバい案件じゃん!


「クララ、ダンテ、大変だ!」


 状況を説明すると、ダンテが難色を示す。


「タイムが遅いね。トゥモローにしてはどうね?」


「これおそらく朝には来てた石板だから、少なく見積もっても半日以上ロスしてる。もし皇女なんてVIPの救出に失敗したら、大変なことになるかもしれない」


「ど、どういうことですかい?」


「『アトラスの冒険者』をクビになっちゃうかもしれないでしょ。ということは転送魔法陣が使えなくなってコブタ肉を狩れない。冬の食料大ピンチだ!」


 急いで用意する。

 暗くなる前に始末付けないと!

 遭難とのことなので携帯食の干し肉と飲料水を持って行く。

 あたし達だけなら転移の玉で戻ればいいんだけど、皇女の状況がわからん。

 東の区画の新しい魔法陣の中央に立つ。


『遭難皇女:至急に転送いたします。よろしいですか?』


「特急でよろしく!」


 フイィィーンシュパパパッ。


「えーと、ここは?」


 ……村だな。

 深い森とかダンジョンを考えてたけど、全然予想外のところへ出たぞ?

 こんなところで遭難?


「こりゃ珍しい、精霊かね?」


 1人の村人が話しかけてくる。

 精霊を知ってる人か。


「有名な美少女精霊使いユーラシアとはあたしのことだよ。女の子が遭難したって聞いたんだけど、何か知ってる? とゆーか、ここどこ?」


 村人にあれこれ質問し、必要な情報を得る。

 ここはカトマスから強歩1日ちょっとくらい西にある、バボという自由開拓民集落とのこと。

 カトマスから強歩1日強なら、塔の村の方が近いんじゃないかな?

 まだ塔の村の知名度はそれほど高くないから、話に出ないのは仕方ないが。


 で、何だって?

 2人連れの旅人の内の1人、女の子が地下の遺跡に転がり落ちた?


「それっていつのこと?」


「2日前の午後です」


「大変じゃない! 場所は?」


「こっちです」


 現場へ急ぐ。

 井戸みたいな穴の周りに4、5人の人が集まっていた。

 雰囲気が物々しいというか殺気に満ちた感じがする。

 ……おかしいな、もっと心配・混乱・焦燥みたいな感じになってるかと思ったが。


「状況聞かせて」


 村人らしき男が不審げに問うてくる。


「何だあんたは?」


「西アルハーン平原掃討戦の大立者、精霊使いユーラシアだよ。……女の子が遭難したと聞いて派遣されて来た」


 ハッキリとした根拠があるわけじゃないが、何かが変だ。

 さっきみたいなギャグの名乗りじゃなく、意識して設定を盛ってみる。


「聞いたことがある。精霊使いの少女があの大作戦を牽引したと」


「本物かよ?」


「世の中に美少女精霊使いは何人もいないんだぞ? とっとと話して」


 要約するとこんなところだ。

 下の古い遺跡には魔物が住み着いているという話をしたら少女が興味を持ち、覗き込んでいて手を滑らし落ちたと。

 ふーん、自分で落ちた?


 1人明らかに服装の立派な男がいる。

 歳は30絡みか、黒の帝国風略装で口ヒゲを貯えている。

 ステッキを持っているが、おそらくは仕込み杖。

 かなりの腕と見た。

 彼が旅人の片割れ、皇女の従者に違いない。


「要するに魔物がいるから救出に行けないということだね? よし、あたし達が行く。連れの人の話を聞いとくから、村の人は下まで届くロープ用意して」


 村人達が散ったところで連れの男にそっと聞く。


「あたし達は村人と違って敵じゃないから正直に話して。村人達は皇女だってこと知らないの?」


「!」


 男はとっさに距離を取ろうとしたが、ステッキを持ってる方の手を捕まえる。


「落ち着いてってば。あなたの腕なら、あたし達がどれくらいのレベルか見当つくでしょ? 知ってること簡単に話して」


 男は信じるよりないと覚悟を決めたようだ。

 ステッキを地に落とす。


「ここは盗賊村だ。私達は身分を隠して行動していた。おそらく皇女殿下は突き落とされたのだと思う。タフだし携帯食料もポーションも持ってるから命に別状はなかろうが、脱出する術がない。頼む、助けてくれ」


 やはり。

 アンセリの言ってた、追い剥ぎで生計立ててる自由開拓民集落か。

 でもこの黒服みたいな強い人、村人じゃ倒せないと思うぞ?


「オーケー、こっちは任せて。あなたは隙を見せず、何も知らないふりしててね。飲食物は毒混ぜられることあり得るから注意して。癇癪起こして村人殺したりしないように」


「わかった」


 村人達がロープを持ってきた。


「じゃ、行ってくるね。吉報を待て!」


 ロープを伝い、あたし、クララ、ダンテ、アトムの順で降りる。

 クララの飛行魔法『フライ』をここで見せるのは得策ではない。


「ふわあ、広い……」


 遺跡という話だったが、もともと洞窟でそこに亜人が住み着いたものなんじゃないかな。


「かなり光量の強いヒカリゴケですね。目が慣れると暗さはさほど感じないと思います」


 ならば日暮れまでという時間制限はないと考えていいか。


「落ちたんだか落とされたんだか知らねえが、そこで待っててくれりゃいいものを」


「そうだねえ。出口が他にあると思ったのかなあ?」


 歩けるなら大したケガもしてないのか。

 4ヒロくらいの高さはあったけど。


「おかしなフォースフィールドを感じるね」


 嫌なこと言うなあ。

 少し歩くと魔物が出た。


「インプとオオゴミムシです」


 まあ何が出ようとドラゴンスレイヤー様の敵ではないわけだが。レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの薙ぎ払い! スカ。えっ? もう一度薙ぎ払い! またスカ。どうなってるの? アトムの通常攻撃! スカ。クララの乙女の祈り! しかしヒットポイントは満タンだ。インプの攻撃! スカ。オオゴミムシの攻撃! スカ。


「魔法に切り替えて!」


 ダンテのフレイム! インプとオオゴミムシを倒した! が……?


「物理ダメージが無効化される力場ってこと?」


「そのようですねえ」


 うあー面倒だな。

 なるほど、救出に行けない理由もわかる。

 ……救出に行かない言い訳と考えた方がいいか?


「皇女見つけるまで、なるべく戦闘は避けよう。あたしが『鹿威し』で散らすよ」


「「「了解!」」」


 『皇女』と言うからには皇帝の息女、つまりカル帝国のプリンセスということだ。

 何故にプリンセスがドーラ西域のド田舎にいるのか。

 従者の類はさっきの黒服1人だけなのか。

 どうして穴に落とされたのか。

 ミステリーな点は多々あるのだが、そんなのはおいおい明らかになっていくだろう。

 まずは救出が先だ。


 2度ほど『鹿威し』を使いながら、遺跡内部を奥へ進む。

 遺跡としては大きいけど、そんなに複雑な構造じゃないっぽい。

 しばらく行くと……?


 向こうが明るいな。

 注意深く進むと、焚き火をしている少女がいる。

 無事で良かった、彼女が皇女か。

 ん? ひょっとして寝てる?


「たのもう!」


「ふあっ?」


 暗めの金髪に太眉寝ぼけ顔、ステッキ黒服を供に連れてるとは到底思えない、バリバリの武闘着を着ている。


「ハズレだ。どう見ても帝国の皇女らしき気品がない」


「こらこらこらこらっ!」


 武闘少女が焚き火を背にこちらに向き直る。

 あ、ちょっと格好いい。


「我こそはカル帝国今上帝コンスタンティヌスの第7皇女、リリアルカシアロクサーヌなるぞ!」


「立派な名乗りだね。名前長いからリリーでいい? 食べ物とか水は足りてる?」


「あ、もらっていいか?」


「どーぞ」


 持ってきた干し肉と水筒を渡す。

 それにしてもこいつ、あたし達が何者かとか気になんないのだろうか?


「ふー馳走になった。じゃあもう一寝入りするか」


「こらこらこらこらっ!」


「何だ、何か用か?」


「寝るなら外に出てからベッドで寝なよ」


「それもそうだの」


 おいアトム、この2人同類じゃねーかっての聞こえてるからな?

 まあ特にケガもなさそうだし、黒服も心配してるだろうから、早く戻ろうじゃないか。


「じゃあ帰るよ」


「ちょいと待て精霊使い」


「待たない。待つ理由がない」


「財宝が関わる話でもか?」


「詳しく聞こうじゃないか親友」


 こらダンテ、そのふーっていうため息聞こえてるからな?


 リリーがさらに奥を指差す。


「そこがこのダンジョンの中央に当たるのではないかと思う。地に大きな六芒星が描かれており、その角々に宝玉が配置されておるのだ」


「ふむ、その宝玉をいただいて山分けってことだね?」


「いや、宝玉はぬしのものでいい。まあ見た方が早いか」


 リリーの後をついて奥へ進む。

 あたしらが入ってきた井戸みたいな穴からここまで、ほぼ一本道だな。


「うわ、デカい部屋!」


「デカい魔物の方に反応しような?」


 巨人だ、トロルかな?

 クララがこそっと言う。


「トロルメイジです。大量のヒットポイントと強力なヒットポイント自動回復を併せ持ち、かなりのレベルの攻撃魔法を使ってきます」


 普通ならドラゴンスレイヤー様の敵じゃないが、おかしな力場のせいで魔法攻撃しか有効ではない。

 となると途端に厄介だな。

 リリーが首を振る。


「我は魔法を使えん。物理攻撃が封じられては、きゃつと戦う術がないのだ」


「何だよ。あたしらが倒せば宝玉はあたしらのものって言いたいの?」


 あんな面倒なのと戦うのはポリシーに反するんだけど。


「いや、目の前に宝玉がありながらすごすごと引き下がるのは、真につまらんと思わぬか?」


「それもそうだなー」


 うちの子達のあたしとリリーを見る目が同じになってる。


「宝玉だけかっぱらおう」


「なるほど面白い。5人いれば可能かもしれんな」


「ダンテ、真っ先に飛び込んで囮ね。一番遠いところの宝玉狙って。アトムとクララは近場ね。皆がデカブツの気を少しずつ引いて。クララは『煙玉』の用意もしといて」


「「「了解!」」」


 最も素早いダンテが六芒星の広間に入り、トロルメイジの注意を引き付ける。

 あたしとリリーもまた、遠い側の宝玉を目指す。

 足の遅いクララとアトムは入り口付近の宝玉を回収した。

 ダンテが2つの宝玉を持って戻り、あたしとリリーが1つずつの宝玉を持って入口に集合したところでレッツファイッ!


 クララの煙玉!


「逃げるよっ!」


 トロルメイジは追ってこない。

 そりゃそうだ、身体がデカ過ぎて広間入口を通れまい。


「あの六芒星怪しいよね。これひょっとして、宝玉がなければ物理無効の力場も消えるんじゃないかな?」


「おお、いいところに気がついた! そうかもしれぬな」


「明日もう一度あたし来るからさ、あのデカブツ倒して奥行ってみない? ステッキ黒服さんはリリーの従者なんでしょ? あの人も連れてさ」


「うむ、それは愉快だな」


 来た道を逆に辿りながらリリーに聞く。


「リリーはさー、あたし達来たとき全然警戒しなかったよね?」


「ん? そりゃそうだ。殺すんだったら放っときゃよかろ。わざわざ魔物のいる中やってくる物好きは味方に決まっとる。殺気もなかったしな」


「おお、見切りがシンプルだね」


 さすがはこんなんでも帝国の皇女、やるじゃないか。


 最初に降りてきた位置まで来た。

 あれ? 昇降用のロープが垂らしてあったはずだが、引き上げられているのか見当たらない。

 明確な悪意を感じるな。

 ステッキ黒服が目を光らせていればこんなことはないはずなのだが。


「ロープがない。これはもうダメかもわからんね」


 上を見上げ、焦ったような声を出すリリー。


「こら、何しに来たんだ精霊使い!」


「いや、あたしらのことじゃなくて黒服さんがさ」


「セバスチャンが? そんなはずはない。かなりの使い手だぞ?」


「でもあんたがここに落ちてから2日も経つんでしょ? 多分黒服さん、その間寝てないぞ?」


 リリーと顔を見合わせる。


「急ごう、クララお願い!」


「わかりました。フライ!」


「おお見事、飛行魔法か!」


 あたし達5人の身体がふわりと浮き、井戸のような出入口から次々と脱出、黒服を囲んでいた村人達を華麗に蹴り飛ばす。

 危機一髪の場面に登場する皇女と美少女精霊使い。

 くうっ、クエストの醍醐味だよ。

 こうでないとね。


「ただいま! 踏んづけちゃったけどわざとだよ。ごめんね」


 リリーが黒服に声をかける。


「セバスチャン! 大丈夫か?」


「お嬢様こそ、よくぞ御無事で!」


「お嬢様? 誰が?」


「こらこらこらこらっ!」


「リリーなら中でよく寝てたから全然問題ないよ」


「ここは感動の場面だろうが! ギャグシーンのセリフを挿んでくるな!」


 まあそれはともかく。

 おイタをした村人達を正座させ、地下遺跡でゲットした6つの宝玉をその前に置いた。


「これあげるからさ、2人を歓待してあげてよ」


「ど、どういうことだ」


「この村の地下のダンジョン、どうやらまだ秘密があるっぽいんだよね。明日もう一度来て探索してみるよ。財宝でも出たら分け前あげるから」


 わけがわからないといった面持ちの村人達。

 ポカンと口を開けたり、互いに顔を見合わせたりしている。


「君達が旅人を襲うのは、そうしないと生活が成り立たないからなんだろ? その是非はひとまず置いといて、対価払うからこの2人をもてなしてくれって頼んでるの」 


「そ、そういうことなら構わんが……」


「ほんと? 約束したからね? ちなみに約束を破ったらこうなります。ダンテ、空に向かってアレ」


「イエス、ボス!」


 アレと言えばもちろんアレ。

 1000ゴールドという破格の安値で買った最強のネタ魔法『デトネートストライク』。

 凄まじいまでの魔力が凝縮され天に放たれる。

 こっそりダンテにクララの『ヒール』の後、衝撃と『どっかん(キュート補正)』という爆音と衝撃が来襲する。

 村人達は這いつくばってるけど、よかった、小屋や畑に被害はないようだ。


「今のはドーラ最強とも言われるマスタークラス魔道士ペペさん直伝の、この世で最も威力のある魔法です」


 この魔法、こーゆー時の脅しに使うには最高かもしれないな。

 というか実戦で使う場面が思い浮かばない。

 村人達? 青い顔になる人と白い顔になる人がいるのが、ちょっと面白い。


「2人をもてなして分け前をもらうのがいいか、村ごと盛大に吹っ飛ばされるのがいいか、損得のわからない愚か者はまさかいないと思いますが、一応参考にしてください」


 カラクリ仕掛けなのかってくらい首をコクコクする村人一同。

 よーし、これで問題ないだろ。


 その様子を見ていた皇女リリーが言ってくる。


「世話になったな。でも良かったのか? あの宝玉」


「あたしはドーラがいいところになって欲しいんだよ。悪いところを潰すって方向性じゃなくてさ」


 まあ2人の安全が確保されて村人も喜ぶなら万々歳だ。


「明日、午前中にまた来るよ」


「ぬしの名を聞いておらなんだが」


「そうだったっけ? あたしはユーラシアだよ。で、うちの子がこっちから順番にクララ、アトム、ダンテ」


「ユーラシアか。神話の地母神から取ったのだろう? 大層な名だな」


「リリアなんとかいう長ったらしい名前よりマシだよ。あれ、覚えらんないんだけど」


 2人で笑い合っていると、黒服が深々と頭を下げる。


「ユーラシア様、ありがとうございました。この御恩決して忘れません」


「え? いいんだよ。今日はゆっくり休んでね。じゃあ詳しいことは明日で」


「おう、楽しみにしているぞ」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 ふむ、クエスト終了のアナウンスがない。

 となればまだ何かイベントがあるということか。

 楽しみだなー。


 それにしても急なクエストでお腹が減ったぞ。

 家に帰ったらとっとと夕御飯、そして明日に備えるのだ。


          ◇


「カカシー、ありがとうね」


 翌朝、畑番の精霊カカシと話をする。

 今日はステータスアップ薬草株分けの日なのだ。

 これからは毎日株分け分を食べて、パラメーター増強を図ることができる。


「いや、本当は凄草でこのサイクルが確立できさえすれば、パワーアップ効率が全然違うんだけどな。オイラの力不足ですまねえ」


「何言ってんだよもー。あんたはよくやってくれてるよ」


 パワーアップもそうだけど、単純に食料が確保できることが何より嬉しいんだぞ?

 カカシ様々だ。


「よーし、植え替え終わり! 行ってくるよ」


「おう、気をつけてな」


 うちの子達と魔法陣の中央に立つ。


『自由開拓民集落バボに転送いたします。よろしいですか?』


「あ、名前変わったね。転送先は同じとこ?」


『はい、そうです』


「転送よろしく」


 皇女リリーとドキドキ遺跡探索だ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 うん、名前こそ変わっちゃいるが、転送先は昨日と全く同じ場所だ。

 村人が気付く。


「あっ、昨日の……」


「有名な精霊使いユーラシアだよ」


 ビビんなくていいよ。

 そんなにあたしは無分別じゃないから。

 ……何となくクララの視線を感じるが気のせいだ。


「よお、ユーラシア!」


「待たせちゃった? ごめんね」


 既にリリーと黒服が井戸口の前でスタンバイしていた。

 何故か村人達も大勢集まっているが?

 村長らしき人が口を開く。


「……昨日は本当にすまんことで」


「この2人が気にしてないならいいって。この村にも事情があることはわかるから」


 明らかにホッとする村人一同。


「それよりさ、この遺跡で何かいいもの見つかったらこの村の財産になるよ。探索応援しててね」


「それはもう」


「じゃ、行ってくる!」


 クララの『フライ』で井戸口から中へ。

 ふむ、やはりあの変な力場は消えているようだ。

 物理攻撃が有効なら問題はない。


「リリー、何であんたここへ落とされたの?」


「いや、村人が魔物がおるから注意せよと言うものだから、興味があってな。覗き込んでいたらバランスを崩した」


「自分で落ちたんかい!」


 衝撃の新事実発覚だ。

 いや、結局は落ちたか落とされたかの違いにしかならなかったろうけれども。


「野生の魔物は見たことがなかったのだ」


「知らんがな」


「……ユーラシア様、よろしかったのですか? 村人を連れて来なくて」


 黒服が問う。

 人質がいないと入り口を塞がれるかもしれない、という意味だろう。


「いいんだよ、あんた達と踏み込んだ話がしたかったし。出口は多分、他にもあるよ」


「うむ、空気が淀んでおらんからな」


 あ、気付いてたか。

 だから中を歩き回ってたんだろうな。


「で、リリーは何しにドーラへ来たの?」


「武者修行だぞ!」


「花嫁修業にしときゃいいのに。何で皇女の身分がそんなに軽いの?」


 黒服が説明する。


「カル帝国での皇位継承権は、全ての男子の後に女子の順となります。今上陛下の御息女ではありますが、リリアルカシアロクサーヌ皇女殿下の皇位継承権は27番目と、ほぼ話題になることはありません。しかし殿下はその気さくな人柄で庶民からは絶大な人気を誇っており、それを面白く思わない皇族も多いのです」


「それで新技術のテストを兼ねて、小舟で変なところから上陸したんだ?」


 リリーと黒服が驚く。


「どーしてそれを!」


「いや、海の一族に知られないで上陸する技術が帝国で発明されたってのは知ってたの。で、皇女が供1人でこんなところに突然現れればピンとくるよ」


「「……」」


「別に警戒しなくていいぞ? あたしは敵じゃないからどんどんぶっちゃけるよ。だからそっちもぶっちゃけて」


 といってもムリか。

 しょーがないなー。

 こっちの手の内も明かす。


「今、帝国とドーラの関係が悪化してて、貿易がすごく細ってる。戦争になるのは規定路線だよね。まあ艦隊がレイノスに攻め寄せるんだろうけど、ドカドカ砲撃するだけじゃドーラは落とせっこない。だから何か秘密兵器があるんだろうなーって話にはなってるんだ。でもそれが何だかわかんないんだよね。教えてくれない?」


「たとえ知ってても教えるわけないだろーが!」


 一応聞いてみただけだ。

 さほど重視されてないであろう皇位継承順位の低い皇女やそのお供が、あの小舟以上の軍事機密を知ってるなんて思えない。


「海の一族に知られない舟、あれを軍艦みたいな大型船に適用できないのも知ってる。だから結局レイノスに艦隊派遣するしかないのもわかってるけど、昨日の魔法見たろう? あれ一発で艦隊は全滅なんだ。たとえ直撃しなくても津波が起きるから。でもその津波でレイノスも大被害受けるし、あれ撃ち込むと今度は海の王国とケンカになっちゃいそうなんで、なるべくそうしたくないんだよねえ」


 二の句が継げないリリー。

 黒服は黙って聞く気になったようだ。


「仮にレイノスを落とせたとしてもそれまでさ。バカみたいに広いドーラ全土なんて絶対に支配できやしない。そもそもドーラの完全支配が可能なら、レイノスに総督だけ派遣して御の字なんて統治体制にしないだろうに。戦乱が長引けばこっちも困るし、帝国だって内部の反乱因子や他の植民地が蠢動する余地を与えちゃうだろ? メンツの問題で戦争は避けられないとしても、なるべく人死にを少なく短期間で終えたいんだよね」


 黒服が声を絞り出す。


「……ユーラシア様の御意見はおそらく正しい」


「セバスチャン!」


 黒服が晴れやかな表情になる。


「いや、恐れ入りました。私もぶっちゃけますと、お嬢様さえ無事ならそれでいい、帝国もドーラもどうでもいいのです」


 不承不承リリーも言う。


「……まあ、人死にが少ない方がいいというのは気に入った」


 どうやらリリーも黒服も、戦争については詳しい事情は知らなさそうだ。

 そうでなきゃ、皇女自らこんなとこ来るわけないしな。


「この話、ここまででいいかな? あたしシリアスな話すると、背中がかゆくなっちゃうんだ」


「我も似たようなものだ。おお、同士よ」


 リリーとハグする。

 割とある。


 さて、例の六芒星大広間のところまで来た。

 まあ物理攻撃さえ有効なら、トロルメイジごとき敵ではないのだが。


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・零式! 『暴虐海王』の効果でトロルメイジの全ステータスを下げる! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! リリーの鉄拳! クリティカルだ! 黒服の流突六連! よし、倒した!


「あ、何かドロップしてるね。魔法のアクセサリーか。リリーもらっときなよ」


「良いのか?」


「いいのいいの。あたし達の装備品特殊だから、普通のだと干渉しちゃうし」


 黒服が興味を持ったようだ。


「そういえば変わった装備品ですね。差し支えなければ見せていただけませんか?」


「カードか? コレクションしてるのか?」


 グイグイ来るなあ。


「これ、パワーカードって言うんだ。装備者のエーテルで起動するの。精霊は普通の武器持てないからこれ使ってる」


「ほう、ドーラには変わったものがあるな」


「100年くらい前のドワーフが開発したって話だよ」


「で、コレクションしてるのか?」


 何故コレクションに拘るのだ。


「こういうケースにはこのカードがいい、みたいな相性があるから、結果としてカード増えちゃうってのはあるかな」


「ユーラシア様が2度攻撃したのもその効果ですか?」


「そう、そういう効果のカードを装備してるから」


「ドーラでは皆がこれを使ってるのか?」


「いや、実はこれ骨董品みたいな扱いでさ。あたし達だけしか使ってなかったんだ。最近少し使用者増えてるようだけど」


 黒服が聞いてくる。


「ところで戦闘開始時にダンテさんが用いたスキル、あれは何ですか?」


「あれはね、その戦闘における経験値が倍になるスキルだよ」


「「倍?」」


 2人が驚く。


「……ボス戦で使うスキルじゃないんじゃないか?」


「ギリギリの戦いになるなら使わないけど、そうでなければ使った方がいいでしょ」


「つまりユーラシアにとっては、トロルメイジは大した魔物ではないと?」


「物理無効みたいな枷がなければね。あたしこう見えてもドラゴンスレイヤーだから」


「「ドラゴンスレイヤー?」」


 そんなに驚くなよ。

 あんまり格好いいもんじゃないから話すの嫌なんだ。


「……好きでドラゴンと戦ったわけじゃない。守るべきものがあったから、避けられない戦いだったんだ」


「意訳すると、貴重なアイテムをドラゴンが踏み潰しそうになったから、慌てて戦ったということか?」


「何でわかるんだよー、エスパーか!」


 笑い声の響く中、さらに奥へと進む。


 狭い通路を通っていると何かが襲ってくる。


「しめた! 肉だ!」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの発手群石! ウィーウィン!


「これ帝国本土にいるかは知らないけど、洞窟コウモリって言ってすごく肉が美味しいんだ。村の人のお土産にしてやろ」


 黒服が顔をしかめて言う。


「ユーラシア様は随分とあの村人達に甘いですね」


 『あの』の強めのアクセントに込められた感情を含め、黒服の言いたいことは理解しているつもりだ。


「黒服さんはお嬢様第一だろうけど、あたしはドーラの人間だから開拓民の生活の苦しさもわかるんだよ。さっきも言ったけど、なるべく人死には避けたいし、皆でハッピーが一番いい。昨日、黒服さんが村人を殺さなかったことに関してはすごく感謝してるよ」


「しかし私は……」


 言いかけて黒服は苦笑する。

 あの場面、村人を全員倒すことができたとしても、リリーが帰ってくるとは限らなかったのだ。

 そして殺人でお尋ね者になったとしたら、いよいよリリーの身の置き場がなくなる。

 そういう計算があったことはあたしにもわかるよ。


「リリーは愛されてるねえ」


「愛らしいからな」


「ハハハッ。帝国のジョークは最高だねえ」


「何だとお!」


 笑いの中、さらに奥へ。


「……暑くないか?」


「暑いねえ」


 どうなってるんだ?

 もう秋も秋、茸舟の月も下旬だというのに。


 しかし六芒星大広間が真ん中に配置されているとすると、そろそろこの遺跡も終わりのはずなんだが。

 先に何があるというのか?


「とても明るいですね」


 突き当たり右側が、ヒカリゴケに慣れた目には非常に明るく感じる。

 おそらく外部の光が差し込むのだろう。

 しかしそれなら外気で寒くても良さそうなものだ。


「ふわあ……」


「これは美しい……」


 突き当りまで行くと、六芒星大広間以上に広い空間が植物に埋め尽くされている。

 中央と外縁が池になっており、その周りと壁が鏡のような石で覆われているのだ。

 上あるいは横から差し込む光を反射し、非常に明るくなっている。


「光の差し込まない方向は壁が高い。植物を育てる空間として工夫されているんだな」


「あっ、池の水が温かい!」


 どういう仕組みだかわからないが水温が高い。

 これで植物の生育に適した気温をキープしているのだろう。


「これは洞窟コウモリの天国だわ。少し狩っていこう」


 『発手群石』で簡単に洞窟コウモリ仕留められるな。

 その後、クララの『フライ』で脱出する。


「おーい、こっちだよ。ただいまっ!」


 入り口とは全然違う、南の裏手の方から飛行魔法で出てきたあたし達にビックリしたようだが、帰還には村人達皆が喜んでくれた。


「ごめん、財宝はなかったけど、これお土産」


「洞窟コウモリではないですか。こんなにたくさん!」


「村の皆で食べてよ」


 どっと沸く村人達。


「洞窟コウモリはこの辺でたまに捕れる、美味しい肉質の飛行魔物として知られていますが……」


「遺跡の中にたくさん住み着いてる。中にはもう、おかしな力場もなければ強い魔物もいないから、初級冒険者程度の実力があれば狩れるよ」


「そうですか! それは良いことを聞かせていただいた」


 嬉しそうな村長に言う。


「洞窟コウモリを狩れるなら、少々土地が肥えてなくても飢えることはなくなる。もう追い剥ぎは止めてくれないかな。後味悪いでしょ、危険だし。あんた達が獲物にしようとしたこの2人でも、本気で戦ったら村全滅だったぞ? それくらいの実力者だ」


「そ、そうでしたか……」


 村長が憮然とする。


「今後、西の果ての塔の村が発展するから、街道を通る人がぐんと増えると思うよ。そういう人達向けの店や宿屋で儲けよ?」


「塔の村?」


 やはり塔の村のことは知らなかったようだ。


「塔の村には大規模で特殊なダンジョンがあってさ。冒険者を集めて素材を回収し、それを加工したりレイノスなんかに転売したりして稼ごうとしてるんだ。今急速に賑わってきてる。街道に近い集落はその発展に乗っかるチャンスだよ」


「そういう情勢でしたか。外のことはさっぱりわからず……」


 盗賊村だと外の情報が入らないということか。

 ん? クララ何?


「うちの子が何でサツマイモを植えないのかって言ってる。必ずよくできるはずだって。植物の精霊の言うことだから確かだよ?」


「いや、苗が手に入らないのです」


 他所と交渉がないとそうかもな。


「今度種芋少し持ってきてあげるから、来年植えなよ」


「何から何まで、ありがとうございます」


 村長並びに村人達が感謝の言葉を述べる。

 いいんだよ、同じドーラの仲間なんだから。

 どの集落も健全に発展することを目指そうじゃないか。


「さてと、リリー達はどこで武者修行する予定なの?」


「決めとらん。いいところがあったら教えてくれ」


「何も決めずにおん出てきたのかよ!」


 あやうく『国を』って口に出しそうになったわ!


「黒服さん、あんたがついていながらどーゆーこと?」


「いや、言い出すと聞かない人ですので……」


「うわっ、ダメな子ほど可愛いやつだ!」


「何おう!」


 アカン、村人達がいるから話すに話せん。


「ひとまずあたしん家においで。ちょっと待っててね、すぐ戻るから」


 転移の玉を起動し帰宅。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 そーか、このタイミングか。

 レベルが57となる。


「リリー達連れて来るよ。何か飲み物の用意しといてくれる?」


「わかりました」


 種芋用のサツマイモを引っ掴み、うちの子達をおいて1人でバボの集落へ戻る。


「おまたせ! 村長、これ種芋。来年使って」


「本当にありがとうございます!」


「じゃあ頑張って、健闘を祈る! 美少女精霊使いの祝福があらんことを!」


「「「「さようなら!」」」」


 転移の玉を起動し、リリーと黒服を家へ連れ帰る。


「ほー、便利な術だの。ドーラの術なのか?」


「いや、これは『アトラスの冒険者』のシステム」


「『アトラスの冒険者』とは?」


 黒服は知っているようだ。


「世界の調整者と言われる人達ですね。『地図の石板』なるキーアイテムを手に入れることにより転送・転移を使いこなし、分配された各地のクエストに対応するとか」


「何だ、体のいい使い走りか?」


 使い走りかあ、間違っちゃいないな。


「うーん、あたし達にとっても謎が多いんだけどね。自動で面倒ごとやトラブルを収集して所属する冒険者達に配布してる気がする。今回のクエストは『遭難皇女:至急』って出たんだよ。だからあんたが皇女ってわかったんだけど」


「お嬢様、『アトラスの冒険者』は、稀ですがカル帝国本土でも耳にします。そういうものがある、という理解でよろしいかと」


 リリーが胡散臭そうな顔をする。


「振り回されてるだけではないか?」


「いや、クエストごとに転送魔法陣が設置されるんだよ。だから結果として、クエストを解決するごとに行けるところが増えるの」


 東の区画に案内してずらっと並んだ転送魔法陣を見せる。


「これ全部行先が違うんだ」


「では先ほどのここへ来るときに使った、玉のような装置は何だ?」


「あれは自分のホームに戻るための装置。転送魔法陣は誰でも使えるけど、玉の方は『アトラスの冒険者』であるあたしが登録されてるみたいで、あたしを含めた4人までが一度に転移できるの」


「ほう?」


 リリーはちょっと『アトラスの冒険者』に興味を持ったようだ。


「段々行けるところが増えたり、瞬時に戻れたりするのは面白いな。『アトラスの冒険者』になるにはどうしたらいいのだ?」


 それはこっちが聞きたいくらい。


「運営側の選抜みたいでサッパリわからないよ。あたし冒険者になるつもりなんか全然なかったのに、いきなり魔法陣作られて詳細は転送先で聞け、みたいな感じだった。ここも本当はウシ飼う予定だったんだ」


「そうか、それでは仕方ないな」


「『アトラスの冒険者』のパーティーメンバーにはなれるかも知れないけど、リリーがやりたいのはそーゆーんじゃないんでしょ?」


「うむ、自分のやりたいようにしたいな」


「皇帝の代理人、ドーラ総督に許可とって好き勝手するんじゃダメなん?」


 リリー達のスタンスがイマイチわからないんだよな。

 黒服が顎に手を当て、難しい顔をして発言する。


「……いえ、可能な限り身分は隠したままで」


 なるほど、戦争にも政争にも無関係な立場でありたいということか。

 お嬢様第一主義は本当らしい。


「……万一の場合は帝国に帰れなくなるよ。ドーラに骨を埋める気でいい?」


「そのつもりで国を出て来たのだ!」


 何故か誇らしげなリリー。

 色々あったんだろうな。


「じゃあ、塔の村がベストだな」


「おお、先ほど話に出ていた、大規模なダンジョンのある村か?」


「そうそう、冒険者サイドから言うと、ダンジョンで手に入れた素材やアイテムを売って生計立てるってやつ。もちろん魔物も出るから腕試しになるよ」


 黒服が聞いてくる。


「危険はありませんか?」


「ダンジョン的な話ならあんたらの実力があれば問題ない。脱出用の札が売ってるからそれ買っとけばさらに間違いないと思うよ。立場的な話なら将来最もヤバいと思われるレイノスから一番遠いし、塔の村の村長がドーラの大実力者の内の1人なんだけど、ドーラ独立派からちょっと距離置いてる人」


 ふむふむと聞いている2人。

 リリー、あんた内容頭に入ってるか?


「身を隠すだけならここにいるか、それとも聖火教徒に身をやつして匿ってもらう方が安全だと思うけど、そういうの嫌なんでしょ?」


「うむ、そういうのは嫌だ」


「清々しいな。なら塔の村へ行くものとして、最低限塔の村の村長とそこの信頼できるあたしの仲間には身分を明かしておくこと、それからドーラで最大の影響力を持つ、『黒き先導者』ことパラキアスさんには皇女が来たってことを話しておかなきゃいけないけど、それはいいかな?」


 『黒き先導者』と聞いて顔色が変わる黒服。

 パラキアスさんって、帝国本土でも名を知られてるんだな。


「パラキアスと言えば、ドーラ独立派の急先鋒ではありませんか。それはユーラシア様の意見といえど承服いたしかねます」


「いや、秘密にし通せるならいいんだけど、あの人多分リリーが国を出てきたこと知ってるぞ? もうドーラにいるってことまでは掴んでないと思うけど」


 愕然とする黒服。


「パラキアスさんの一番おっかないのは、細かい情報まですぐ仕入れてるところだよ。でも理性的な人だから、塔の村の村長が庇護するリリーを強引に何とかしようとはしない」


 あちこちに足を運び、対話を最も重視する今までの姿勢からの推測だが。


「何故なら戦争になった際、後方から物資面で支援する役割を担う塔の村にそっぽ向かれるのは困るからさ」


 ふむふむと聞いている2人。

 リリー、あんた本当に内容頭に入ってるか?

 目がとろんとしてるように見えるのは気のせいか?


「ただここでパラキアスさんに話しておかないと、どーしてそんな重要な情報を持ってこないんだって後で絶対揉めるでしょ? ドーラの実力者同士で諍い起きると、こっちがまとまんないんだよ」


「よく理解できました。全てユーラシア様にお任せいたします」


「ヴィルカモン!」


 ビクッとしてリリーが目を覚ます。

 やっぱ寝てたろ。


「何だ、今のは?」


「悪魔を召喚する呪文」


「「悪魔?」」


 2人が驚いている間にヴィルが現れる。


「ヴィル参上ぬ! 御主人、この2人は誰だぬ?」


「リリーとセバスチャンだよ」


「よろしくお願いしますぬ!」


 黒服が若干引いてる中、リリーが食いついてくる。


「何ぞ、この可愛いのは?」


「幸せの感情が好物の悪魔だよ。ずっと人間と仲良くしたかったんだけど、悪魔ってだけでなかなか信用されなかったんだ。それで仲間にしたの。うちの偵察係で、とってもいい子だよ」


「とってもいい子ぬよ?」


「ぎゅーしていいか?」


 リリーの行動パターンはあたしに似てる気がする。


「いいぬよ?」


「ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 よかったね。


「……とっても気持ちいいぬ」


「ヴィル、パラキアスさんが明日、カラーズに来るのは間違いなさそう?」


「間違いないぬ。今日礼拝堂泊まりなので、明日の午前中だと思うぬ」


「うん、ありがとう」


 すぐシャンとするところは偉いな。

 情報もしっかりしてる。


「さて、塔の村へ送ってくよ」


 うちの子達に声をかける。


「あたしの帰りはおそらく遅くなるから、御飯は3人で食べちゃっててね。あたしは向こうで済ませてくるよ」


「「「了解!」」」


 塔の村への転送魔法陣に2人を案内する。

 今日はヴィルも一緒だ。

 ヴィルを連れて行くのは、他人の視線を分断する意味合いが強いが。


『塔の村に転送いたします。よろしいですか?』


「うおお、何じゃこれ、頭に直接聞こえてくるぞ?」


「面白いでしょ。転送お願い」


 光と音が強くなり、上下が曖昧になるような感覚と同時に視界が遮断される。


 フイィィーンシュパパパッ。

 さて、塔の村に着いたぞ。


「うおお、足がついた」


「転移の玉とは、また違った感覚ですね」


「面白いでしょ? あっ、いた。おーい、じっちゃーん!」


 じっちゃんの頭のてかり具合は、そんじょそこらにないものだからすぐ見つけられる。


「お主はいつも騒々しいの。どうしたのじゃ?」


「ちょっと内緒の話があるんだ」


「内緒?」


 後ろの2人、明らかに上流階級の黒服と、その黒服を供に連れている少女に何かを察したようだ。

 デス爺がゆっくりと小屋を指し示す。


「こちらへ」


 小屋の中でデス爺が口を開く。


「リリアルカシアロクサーヌ皇女殿下ですな?」


「そうじゃ。よろしく」


「じっちゃん、すげえ! よくその長い名前覚えられたね」


「驚くところはそこじゃないじゃろ!」


 黒服が憮然としている。

 皇女の情報がドーラの端っこである塔の村まで届いていることに戸惑っているのだろう。


「じっちゃんはどこでリリーのことを知ったの?」


「リリー? ああ、かなり昔にリリーがドーラへ渡航する可能性について、パラキアス殿から聞いていたのじゃ。まさかお主が連れて来るとは思わなんだが」


 皇女呼びが危険なことに気が付いたか、デス爺もリリー呼びに切り替える。

 あたしは長ったらしくて覚えられないだけだが。


「何だよ、かなり昔からこっち来るって話あったの?」


「ないぞ。ほんの気まぐれで来たのだ」


「お嬢様は以前、親善使節としてレイノスを訪れたことがあり、その後常々ドーラに行きたいとはおっしゃっていましたが、それが現実味を帯びたのはごく最近のことでして……」


 黒服も動揺を隠せないようだ。

 とするとパラキアスさんはリリーの心情や立場、置かれている状況からドーラに来ることを予想したのか。


「パラキアスさんの洞察力、ヤバいね」


「まったくじゃ。しかしお主が2人をここへ連れて来たことには意図があるのじゃろ? まずそれを話せ」


 リリーの希望、黒服の思い、あたしの考えを伝える。


「……だからここが一番いいかと思ったんだ」


「というか、それしか選択肢がないの。よしわかった。2人には冒険者として活躍してもらおう」


 デス爺の了解を取り付けた。

 一安心だ。


「じゃ、設定はレイノス上級市民のはっちゃけお嬢様ね」


「こらこらこらっ、何じゃ『はっちゃけお嬢様』とは!」


「『腕白お嬢様』でも『お転婆お嬢様』でもお好きなのをどうぞ」


 そんなんで真剣に悩むなよリリー。

 黒服が質問する。


「あの、上級市民とは?」


 あ、そーか。

 帝国の人はレイノスの仕組みとか知らないよな。


「狭義のレイノス市民のことじゃな。正確には帝国に直接納税し、帝国の市民権を持っている者の俗称じゃ。俗称ゆえ、無論彼らは上級市民を自称したりはせぬ。港を取り巻くレイノス中心部『中町』に住み、比較的富裕な者が多い」


「いけ好かない連中なんだよ。ドーラ人をバカにして亜人を差別してさ。同じレイノスの人でも『外町』に住む人は普通なんだけど」


「以前レイノスに来たことがあると言うたな。おそらく中町までしか案内されていないはずじゃ。上級市民達はドーラ人というより帝国臣民としての意識が強く、皇女が訪れたならば大歓迎であったろう。ただし現在は帝国本土との貿易が極端に細っておる。本土からの物資が入らず、不満が高まっておるようじゃ」


「黒服さんがついてるならいかにもいいとこのお嬢だからさ、上級市民設定で全然問題ないよ。少々おかしいところあっても、『お嬢様は生まれつきああですので』って言えば察してもらえる」


「何を察するのだ!」


「利発でパワフルで魅力的な少女ってことだよ」


「その通りだ!」


 リリーにも納得していただけたようだし。


「エルとレイカのパーティーには話しておこうと思うんだ。あとパラキアスさんと」


「パラキアス殿? 彼と連絡を取るのは至難の業であろう?」


「ヴィルが言うには、明日灰の村に来るって」


「そうだぬ!」


「ほう?」


 デス爺もヴィルの偵知能力には感心したようだ。


「大したものだの。しかし探らせ過ぎると危ないぞ」


「明日、パラキアスさんにもヴィルを紹介しとくつもりなんだ。だから大丈夫だよ」


「ふむ、いいじゃろう。もうエルもレイカも食堂にいるはずじゃ。時間が経つと他の冒険者パーティーも戻ってくるゆえ、早めに紹介しておくがよい」


「そうする。じっちゃんありがと」


 小屋から出て食堂へ。

 黒服が呟く。


「しかし、まさかお嬢様の身元が一目で割れるとは……」


「気にしない。事前に情報持ってりゃわかっちゃうって。でもそんなのドーラに何人もいないから、これからが大事だよ」


 リリーも元気なさそうな声で言う。


「我はどうしたらいいのかの……」


「リリーは素でいいんだよ。とゆーか余計なことすんな。ボロが出るから」


 ふつーに冒険者やってたら、正体なんか絶対バレないと思うぞ?

 あたしだって今でもリリーが皇女なんて信じられんもん。

 とゆーか個人的には、皇女ということが知られたところで、特にどうということはない気がする。


 食堂に入る。


「精霊使いユーラシアとその従者が来たぞお!」


「来たんだぬ!」


「「ユーラシア!」」


 リリーと黒服でなく、あたしに注目を集めるためのオーバーアクションな名乗りである。

 決してギャグではないので、そこは信じて欲しい。

 お、エルとレイカのパーティーがいるが、他に冒険者はいない。

 しめしめ、貸し切り状態だ。


「その2人は誰だい?」


「今から説明するよ。ヴィル、コケシ、チャグ、ちょんまげ、あたし達内緒話するから、あんた達さりげなく周りを警戒しててくれる?」


「姐さん、おいちゃんニポポよ? 覚えて?」


 ちょんまげが何か言ってるが華麗にスルー。


「ちょっと頭寄せて。手早くいくよ。今から話すことは他言無用で。この2人はカル帝国の第7皇女リリーとその従者セバスチャン。帝国にいづらくなって、そして腕試しをしたくてドーラに来たよ。帝国に追われてるわけじゃないけど、今後ドーラと帝国の間はゴタゴタするから、彼女の身元がバレるのは良くないと思われる。レイノス出身のお嬢冒険者っていう設定で通すことにした。何か質問は?」


 レイカが聞く。


「仲間扱いでいいんだな? 気は使わないぞ?」


「うむ、よろしく」


「じゃあ今度はこっちのメンバーを説明するよ。ゴーグルの子が精霊使いエル、異世界人だ。これ秘密だぞ?」


 リリーと黒服が聞いてくる。


「「異世界人とは?」」


「文字通り亜空間中によって隔てられている、こことは別の実空間の中にある世界から来た人って意味だよ。エルはあんた達より事態が深刻なんだ。向こうの世界から追われる可能性がある。向こうの世界の人の特徴である赤い瞳をしてるけど、それで特定されるのを防ぐためにゴーグルをつけてる。で、彼女が従える精霊がコケシ、チャグ、ちょんまげの3人」


「ニポポだってばよ!」


 スルーだってばよ。


「続いてこちらの3人ね。赤髪三つ編みの子が火魔法使いのレイカ。あたしの出身地の隣村の出だよ。ここ塔の村はできてまだ1ヶ月くらいなんだけど、成り行きでその創立メンバーの1人になった。それからレイノス出身の剣士ジンと、あんた達が引っかかった村よりもう少し東にある集落出身の拳士ハオラン。黒服さんはジンにレイノスのことをよく聞いておくと、お嬢様設定を詰めやすいと思う」


 黒服は頷く。


「あたしからはそんなとこ。他何か聞きたいことある?」


 リリーから質問が飛ぶ。


「エルの出身地についてはどういう決めになっているのだ?」


 案外鋭いな。

 そーいやどうなってるんだろ?


「レイカ、その辺は?」


「他の冒険者に聞かれたことはないな。しかし灰の民だと思われてるんじゃないか? 精霊使いだし。ユーラシアと混同してる者もいると思う」


 黒服が問う。


「灰の民とは何です? 精霊使いだと灰の民なのですか?」


 あ、そーか。

 帝国本土の人だとそういうのわかんないよな。


「灰の民は精霊とともに生活する部族だよ。その集落はドーラのノーマル人の住んでる地域の中で最東端にあって、あたしの出身地でもある。精霊は一般に人と接触を持とうとしないんだけど、親和性の関係で灰の民とだけは普通にコミュニケーション取れるんだ。で、ドーラでは精霊関係は灰の民っていう、一種のお約束があるの」


「ほう? ドーラには精霊とともに暮らす村があるのか」


 あれ? そういえばリリーは一発で精霊って見抜いたな。

 言い方からすると、帝国に精霊が多いわけでもなさそうなのにな。


 レイカが続ける。


「ただ精霊を従えることができるほど、強い支配力のある者はごく稀なんだ。精霊使いはドーラではユーラシアとエルしかいない」


「ではエルは灰の民でいいのだな?」


「そこがなー。この村作ったのレイカ以外は灰の民なんだよ。だから聞き込みするとエルが灰の民じゃないことはすぐわかっちゃうんだ。秘密を共有する者は少ない方がいいから、皆に口裏合わせ頼むくらいなら本当のこと言っとけばいいんじゃないかな。『精霊使いの素質を見込まれ、塔の村のエース候補としてじっちゃんにさらわれてきた』、エルは『故郷のことは思い出したくない』で」


 リリーと黒服が驚く。


「さらわれてきたって……」


「ある意味本当だ。でもボクは向こうで閉じ込められていたから、こっちに来ることができて嬉しい」


 リリーには感ずるものがあったようだ。


「似た者同士だな。よろしく」


「こちらこそ」


 2人はハグする。

 が、途端にエルの顔が曇る。


「ど、どうした! 臭かったか。すまんの。身体を洗う機会がしばらくなくてな……」


「ち、違うんだ。何と言ったらいいか……」


「リリーにあるものがエルにはない、それだけのことだよ」


 リリーにはそれだけで合点がいったようだ。

 こらコケシ、ウズウズすんな。


「おっぱいか、おっぱいのことなのか! エルは人形のように整った可愛らしい顔をしておるではないか!」


「持つ者には持たざる者の気持ちはわからない……」


 レイカはレイカでニヤニヤしてるし男性陣は空気だし、あーもう!


「ヴィル、出番だよ」


「了解だぬ! ぎゅー」


「癒されるー!」


          ◇


「御迷惑をおかけしました。落ち着きました」


 正気に戻ったエルが頭を下げる。

 うむ、結果論としては距離が近くなって良かったんじゃないかな。


「あたしこっちについては詳しくないからさ、リリーと黒服さんに塔のこと教えてあげてよ」


「じゃあボクの方から」


 エルが挙手して発言する。


「この塔は『永久鉱山』のせいか、不思議な特徴があるんだ」


「「『永久鉱山?』」」


「エーテルが集積する関係で、いくら素材を取ってもいくら魔物を倒しても、ある程度の時間で復活するダンジョンなんだ」


 黒服が驚く。


「何と、そんな現象が?」


「じっちゃんがここを開発しようとした理由がわかるでしょ?」


「はい、しかしまさかそんなものが存在するとは……」


「ふむ、冒険者にピッタリではないか。生活費の捻出も問題なさそうだの」


 実に皇女っぽくない発言だなあ。

 エルが続ける。


「冒険者として注意しなきゃいけないのは、上階に昇ると階段が消えること、5階ごとにしか脱出魔法陣がないんだ」


「ほう、それは少々恐ろしげだの」


「ボクのパーティーが偵察の任務に当たっている精霊達と連動して先に探索していて、今までのところ階が上がったからといって極端に魔物が強くなるということはない。特に最初の脱出魔法陣のある5階までは魔物の種類は一定です。心配なら道具屋で1回限り使用できる脱出の札を売っているから、それを購入していくといいと思います」


 レイカがゆっくり頷く。


「脱出の札は必要だろうな。見えてる危険に対処するのは冒険者の基礎だと思う。ただし各階の情報もかなり充実したし、要所に看板も立てられているから、低層階はレベル一桁だけのパーティーでも十分なくらいだ」


 リリーをサポートする立場である黒服が真剣に聞いている。

 へー、かなり初心者に配慮したダンジョンになったんだな。

 それにエルもレイカもまともな冒険者みたいな言いようだ。

 もうちょっとこう……。


「真面目な話は肩が凝るな」


「あたしは背中がかゆくなる」


「き、君達はもー!」


 リリーとあたしの言葉にエルが癇癪を起こす。


「そんなこと言ったって、こっちはさっきエルが愉快なところを見せてくれたお詫びに、もっと愉快なところを見せてくれるのだろうと思って待ち構えてたんだよ? 普通にダンジョンの説明始めるとか、拍子抜けもいいところじゃないか」


「そうだそうだ。最上のエンターテインメントを期待してたのに、脈絡もなく勉強時間になった切なさを思い知れ!」


「塔のこと教えてあげてって言ったのユーラシアじゃないか!」


「そんな昔のことは忘れたよ」


「あははははっ!」


 レイカが大笑いする。

 レイカは自分のことだと一も二もなく突貫のクセに、他人事だとすごく冷静だな。

 バエちゃんに似たタイプだろうか?


「まあ、いいじゃないか。それにしてもユーラシアとリリーは性格が似てる気がするな。気のせいだろうか?」


「あたしも何となくそう感じてた」


「レイカは姉のようだな」


 リリーの何でもない呟きにエルが噛み付く。


「どこが姉だ! サイズか? サイズの問題なのか?」


「「「「黙ってろ妹」」」」


 あたしは聞き逃さなかった。

 こういう場合通常口を出さない、精霊のコケシまでハモったことを。


「君達はボクを何だと思ってるんだ!」


「「「可愛い妹」」」


「どこが可愛いんだ!」


「「「そんな無慈悲なことは言えない」」」


「うわーん!」


「ヴィル、鎮静剤」


「はいだぬ。ぎゅー」


「癒されるー!」


 リリーが黒服に話しかける。


「セバスチャンよ。ドーラの芸人はレベル高いな」


「ボクは芸人じゃない! 君達はボクをどんな目で見てるんだ!」


「シンキングターイム!」


 え、何? といった顔で見るエル。


「ただ今のエルさんの発言の重要性に鑑み、我々は審議時間を要求します!」


「き、許可します」


 エルと精霊、ヴィルを除く6人で作戦会議だ。

 リリーが口火を切る。


「大体、エルの発言はフラグ立て過ぎではないか?」


「だよねえ。ツッコんでくれって言ってるようなもん」


「あれをスルーしてはこっちのセンスが疑われるの」


「そうだ! 我々の感性はそんなに鈍くないぞー!」


 レイカが発言を促す。


「男性陣はどう思う?」


「無乳は固有能力」


 ハオランからいきなり諸刃の刃発言キター!


「そ、それは援護しているようでとどめを刺す……」


「絶対本人に言っちゃダメだぞ?」


 あービックリした。

 少しは加減を知れよ。

 罪がない分コケシより破壊力がある……コケシって蘇生魔法使えるんだったかな?


「エルさんって、見た目は可愛いですよ?」


「そうだねえ。どーして要らんことを口走って修羅の道を歩もうとするのか」


「それ、ユーラシアさんも同じこと言われませんか?」


「心外だな。あたしは計算して喋ってるよ。生きがいい、とは言われるけど」


「生きがいい? 魚の褒め言葉かの?」


 ああ、帝国本土ではドーラより魚食が一般的なのかな?


「それで結論はどうしましょうか?」


「ジン、書くもの持ってる?」


「え? はい」


 あたしは第一案と第二案を書き付ける。


「こ、これは……」


 あたしを囲む一同の顔色が変わる。

 第一案は『無乳は固有能力』なる、ハオランの発した禁断の言葉なのだ。

 『貧乳はステータス』には包み込む優しさがあるのに、『無乳は固有能力』には厳しさしか感じられないのは何故だろう?


「……第一案はアリですか? いささか刺激が強いのでは?」


「永遠に闇に葬る言葉だったろう? エルが死んでしまうぞ!」


 もちろん確認してからね。


「コケシー、もう『レイズ』使える?」


「まだです」


 そうか、残念だなー。

 クララを連れて来るべきだった。

 かくしてハオランの問題発言は、エルの目に触れることなく廃棄された。


「パンパカパーン! はい、では先ほどのエルさんの『君達はボクをどんな目で見てるんだ!』という発言に対する、我々の公式見解を発表させていただきます。レイカさん、お願いします!」


 緊張するエルにレイカが声をかける。


「『生温かい目で見ている』だ」


 エルがあからさまにホッとした表情を見せる。


「な、なーんだ。皆優しいじゃないか。もっとひどいこと言われるかと思ったよ」


「誰も蘇生魔法使えないんだからしょうがない」


「蘇生魔法? え、気になるじゃないか」


「そういうフリがエルの途轍もなく優秀なところだぞ。あっ、じっちゃんが『レイズ』使えるわ。おーい、じっちゃーん!」


「やっぱりやめてええええ!」


 いつの間にか他の冒険者の多くなった食堂に、エルの絶叫が響き渡る。

 もの悲しくも絶望的なその声は、伝承にある泣き霊バンシーもかくやと思わせましたまる。


          ◇


「ただいまっ!」


「お帰りなせいやし。いかがでやした?」


 我が家に帰宅、うちの子達にリリーと黒服のその後について報告する。


「バッチリ、すぐ馴染んだよ」


「アイシンク、ボスが仲介してるならモーマンタイね」


「それもそうだ。さすがあたし!」


 アハハと笑い合う。

 これでリリーも大丈夫だろ。

 デス爺も気にしてくれるだろうしな。


 一方で塔の村にとってもメリットが大きい。

 実力ある冒険者がダンジョンに入れば、素材の回収効率も上がるからだ。


「明日、バエちゃんとこ行こう。今から連絡してくるね」


「あっ、ユー様。ステータスアップ薬草のスープだけでもいかがですか?」


「ありがとう、もらう!」


 クララはこういうとこ気付くのがさすがだな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームにやって来た。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「うまーい非売品の塩手に入れたんだよ。焼いたコブタ肉にかけると絶品。明日持ってくるからね」


「うわー楽しみぃ!」


 バエちゃんがクネクネしている。

 本当に肉好きだなー。


「あっ、そうだ。ユーちゃん、ドラゴンスレイヤーになったんだって?」


「うん、でも狙ってたんじゃなくて弾みだったんだ」


「貴重なアイテム取るのをレッドドラゴンに邪魔されたから、ムカついて倒したとか聞いたよ?」


「あはは、大体そんな感じ」


 あれ? ドラゴンスレイヤーっぽいエピソードになってる気がする。


「借金持ちだったからしょうがなかったんだよ。そのアイテム、20000ゴールドで売れたんだ」


「20000ゴールドもすごいけど、借金ってどうして?」


「だからいい女にはお金がかかるんだってば」


「あはははははっ!」


 笑い過ぎだろ。


「そんなユーちゃんにプレゼントがありまーす!」


「ありがとう、もらう!」


 どうしたバエちゃん。

 何か焦ってるけど。


「ちょ、ちょっと待って。盛り上がりとか考えて?」


「考える!」


「そ、そお?」


 腑に落ちないようだが、話を続けるバエちゃん。


「私の仲良くしてる精霊使いの冒険者がドラゴンスレイヤーになったんですよって、上司のシスター・テレサに報告したら、すごーく喜んでくれたの。それでささやかながら記念品を贈りましょうって。これ、どうぞ」


 祝ってくれるなんて嬉しいなあ。

 プレゼントくれるのはもっと嬉しいけど。

 何だろう?

 あ、パワーカードか。

 説明を確認する。


「『刷り込みの白』……スキル:コピー? つまり『コピー』っていうスキルを使えるだけのカード?」


 バエちゃんが頷く。


「そういうことね。かなり珍しいパワーカードで、おそらく世界にこれ1枚しかないんじゃないかって。『コピー』の使い手も確認されていないわ」


「ふーん。『コピー』ってどういうスキルなの?」


「えーと、直前の味方の行動を繰り返すバトルスキルだって。装備の効果も複写されるそうよ」


 ……とゆーことは例えばアトムに装備させたとすると、あたしの『あやかし鏡』装備による『ハヤブサ斬り・改』×2をまんま『コピー』するのか。

 それは強いな。

 やりようによってはドラゴンもあっという間に倒せるかも。

 だが……。


「相当難しいカードだねえ」


「あら、使い方を考えるのはユーちゃんの仕事よ?」


「そりゃそうだね。面白いカードありがとう」


「あ、面白いんだ。良かったあ」


 バエちゃんがニッコリ笑窪を作る。


「今日は帰るよ。明日楽しみにしてて」


「わかった。またね」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「……とゆーわけで、新しいカード『刷り込みの白』を手に入れました。意見をどーぞ」


 帰宅後、寝る前に小会議を行う。

 こういう時、先陣を切るのはアトムの役目だ。


「ボス戦には有効でやすね」


「うん。ザコ相手だとどうかな?」


「姐御の『雑魚は往ね』を使う場面だったら必要ねえ、と思いやす」


 与ダメージを最大にするなら、『あやかし鏡』を装備しているあたしの攻撃をアトムが『コピー』するのがベストだ。

 となればアトムが『刷り込みの白』を装備するべきだが、パラメーター上がらないという点がこのカードの普段使いを躊躇させる。


「コストはどうなるね?」


「コスト?」


「ファーストムーバーはスキルコストを払っても、『コピー』のフォロワーがコストを払えないケースね」


 なるほど、『コピー』使用者が十分なマジックポイントを持ってない場合か。

 どうなるんだろ?


「耐性や自動回復の適用も気になりますね」


「……試してみなきゃわかんないね」


「そうですねえ」


 ふーむ?


「明日の朝、まず海岸へ行く。新しい『地図の石板』が来てるだろうから回収して、至急じゃなかったら灰の民の村でパラキアスさんに会うでしょ? その後アルアさんとこ行こうか。かなり素材あるし、カードのテストに手頃だし。肉はまだあるんだっけ?」


「はい、あります」


「じゃ、それは灰の民の村へお土産に持っていって、夜の分は狩りに行こう」


「「「了解!」」」


          ◇


 翌日、アトムとダンテを連れて海岸に来た。

 クララは家で待機だ。

 もし至急のクエストが出た場合は、知らせに飛んで来る手筈になっている。


「石板ゲット、っと」


 ズウンという地響きがした。

 さて、どこ行きのクエストだ?


「姐御、至急だと困りやすね」


「予定狂うのが嫌だよね」


 クララが来ないところみると、急ぎの案件ではないようだ。

 良かった。


「じゃ、他の素材も回収して帰ろ」


          ◇


「ただいま」


「お帰りなさい」


 クララの声に元気がない、というか困惑している。

 珍しいな。


「変な顔してるクララも可愛いよ。何かあった?」


 といっても転送先がおかしいとしか考えられないのだが。


「新しい転送先が……」


「まあそうだよね。至急じゃないんでしょ? じゃあゆっくり吟味すればいいよ。今までも変なのあったし」


「そうですねえ」


 東の区画へ行き、新しく設置された14番目の転送魔法陣の上に立つ。


『ドリフターズギルド・セットに転送いたします。よろしいですか?』


 何ですと?


「どーゆーことだってばよ?」


『どうもこうもないってばよ!』


「転送魔法陣さん、アドリブ利くようになってない?」


『気のせいです』


 そーか気のせいか。


「ギルドでクエストが待ってるってことね?」


『そうです』


「ありがと。転送は今度にする」


「姐御……」


 アトムが不安げに声をかけてくるが、まあ急ぎじゃないし。


「同じとこ2つも魔法陣あっても困るよねえ。撤去できるのかな?」


「アナザープレイスに変更するかもしれないね」


 それもそうだな。


「これ、今までの魔法陣からギルド行ったらクエストにならないとか、そういう罠ありえるのかな?」


「さあ?」


「考えてても仕方ないや。灰の民の村行こう」


          ◇


 テクテク歩いて灰の民の村へ。

 あ、ラッキー、ちょうど来てるじゃん。


「こんにちはー!」


「やあ、ユーラシア」


「こんにちは、久しぶりだね」


 灰の民の現族長サイナスさんと、浅黒い肌の精悍な男性パラキアスさんが挨拶を返してくれる。


「君、今日は何しに?」


「パラキアスさんが来るっていうから、挨拶しに来たんだよ」


 2人は驚く。


「私の居場所を把握してるのか?」


「うちの子を紹介したかったから、会える機会を狙ってたんだ。ヴィルカモン!」


 しばらくの後に現れる幼女悪魔。


「じゃじゃーん、ヴィル参上ぬ!」


「……高位魔族?」


「そうぬよ?」


 パラキアスさんが面白いものを見る目で眺める。


「聖火教の礼拝堂で悶着起こした悪魔というのがこの子だな?」


「そうです」


「おい、聞いてないぞ!」


 サイナスさんが声を荒げる。

 そういえば灰の民の村にヴィル連れてきたの初めてだったかな?


「ごめんよ、忘れてた」


「忘れてたって……」


 呆れるサイナスさん。

 いや、重要度が低かったから。


「ところでパラキアスさんはどうしてカラーズに? 掃討戦の戦後処理の話?」


「それが半分だな」


「え? ということは帝国との戦争近いの?」


「どーしてそーなる?」


 サイナスさんは驚くが、だって戦争になったらレイノスに食料送れくらいしか、パラキアスさんが灰の民の村に来る用がないじゃないか。


「その通り、大したものだ!」


 パラキアスさんが満足げな声を出す。


「で、私に悪魔を紹介するという、その心は?」


「あたしからパラキアスさんに連絡取りたい時、ヴィルを飛ばすよ。パラキアスさんもただ悪魔が近づいてきたら警戒するでしょ?」


「それはそうだな。しかし、君が私に知らせたいことがあるのか?」


「リリ何とかいう帝国の第7皇女、ドーラに来てるよ。今は西の果て、デス爺の塔の村にいる」


 パラキアスさんが眉をピクリと動かす。


「ほう? レイノス港は見張らせてあったのだが」


「いや、レイノスから入国したんじゃないんだよ。海の一族の監視を回避する帝国の新技術で海岸から上陸したんだ」


「詳しく」


 パラキアスさんの顔が険しくなる。


「パラキアスさんが以前『全てを知る者』って言ってた本の世界のマスターに、帝国がそういう技術を開発したって聞いたんだ。それで『アトラスの冒険者』のクエストで西域の自由開拓民集落にいた皇女に会った時、新技術で海岸へ直接上陸したんでしょって鎌かけたら認めたよ」


「その新技術の性能はわかるかい? どの程度の応用が利くかであるとか」


「『小さな船がそーっと行き来できるかってくらい』だって。本の世界で聞いたことだから間違いないよ」


「なるほど、それなら……」


 パラキアスさんが沈思する。

 サイナスさん、置いてきぼりでごめんよ。


「ねえ、パラキアスさんも教えてくれないかな」


「おお、もちろんだ。重要な情報をもたらしてくれたドラゴンスレイヤー殿には、いろいろ知る権利がある。私の知っていることは答えよう」


「ドラゴンスレイヤー? ドラゴン倒したのか?」


 サイナスさんが驚く。


「魔境でドラゴンに貴重なアイテムを横取りされそうになって突っかかっていったとか、聞き及びましたよ」


「ユーラシアらしいけど」


「大体そんな感じだけど」


 内輪の人じゃないのに何で事情まで知ってるんだよ?

 つい3日前の話だぞ?


「皇女リリーはどうして危ない小舟使ってまでドーラに来たのかな? 供も1人しか連れてないんだよ」


「彼女は皇位継承順位としては20何番目かだが、国民の人気がずば抜けて高い。取り込んで皇室に影響力を及ぼしたい大貴族や大商人が大勢いるわけさ。一方で継室の子だから、元々の正室の皇子達からは疎まれている。彼女自身の気質としては武道大会に自ら参加するほどの武術好きで、そういうドロドロした人間関係は大の苦手。以前からドーラに来たがっているという情報はあったんだよ。ここから先は推測だが、今帝国本土とドーラが緊張関係にあることを利用、機密であろう実験船について何かの機会に知り、それでドーラに入って皇女の身分を捨てて生きようとしたんじゃなかろうか。私も帝国を出国したところまでは知っていたんだがな」


 リリーや黒服の発言と矛盾がない。

 おそらくパラキアスさんの洞察は正しい。


「……数年前から皇女の特異な存在感には注目していてね、ドーラ総督に据えたらどうかと考えたこともあったし、デス殿の塔の村計画のエース冒険者に擬したこともあった。もっともデス殿は精霊基準で考えていたから乗って来なかったが」


「もしリリーが塔の村で活躍してたら、何か嬉しいことあったのかな?」


「皇女の活躍ぶりを宣伝してやったら戦争を回避できるんじゃないかっていう、甘い考えさ。事態は急速に緊迫してそれどころじゃなくなってるが」


 いろいろ考えてるんだなあ。

 ……口にはしないけど、おそらく人質にするって考えもあったんだろう。


「あたし達の仲間内では、艦隊を派遣するだけじゃレイノスは落とせない。帝国が戦争に打って出るからには何か隠し玉があるはずって言ってるんだけど、パラキアスさん何か知らない?」


「本当に優秀だな。私もレイノス副市長オルムス・ヤン、船団長オリオン・カーツとの話し合いの中からそういう結論に達し、おそらく帝国はその秘密兵器の完成を待って戦を仕掛けてくるのだろうと見ているが、それが何なのかまでは掴めん。もしわかったら、必ず君に伝えることは約束しよう」


 やはりパラキアスさんも、あの実験船は秘密兵器たりえないと見ているようだ。

 後方撹乱には気を付けなきゃいけないが。


「パラキアスさんはどうしてあたしを信用してくれるのかな?」


 好奇心に満ちた瞳を向けてくる。


「デス殿は言ったよ、『あやつは命令したとおりに動く性格ではない』とね。一方で聖火教大祭司ユーティに言ったそうじゃないか、『誰かを信じなきゃいけないなら、精霊使いユーラシアを信じなよ』と。掃討戦にしても今日の情報にしても、君は誰よりも結果を出してくれる。どうせ帝国と戦争になったら『アトラスの冒険者』にも支援要請が行くさ。今の『アトラスの冒険者』はドーラ人ばかりだからね。君も悪魔を私との連絡に使うということは、情報をやり取りしてちょっとでもマシな未来にしたいって気持ちはあるんだろう? 君がフリーで動いて、戦局をいい方に動かしてくれることを期待してるのさ」


「わかった、適当にやるよ」


「うむ、適当にやってくれ」


 期待してた以上に内容のある話になった。

 たしかなまんぞく。


「あ、忘れてた。これお土産のお肉。パラキアスさんも要る?」


「すまんな。しばらく家には帰れぬ身の上だ」


「そーかー。忙しいんだね」


 ハハッとパラキアスさんが笑う。


「すっかり長居してしまった。お暇しよう。サイナス殿、食料の件、よろしく」


「確かに承りました」


「あたしも帰るよ。パラキアスさん、サイナスさんさよーならー」


 ヴィルを偵察任務に戻し、転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 パワーカード工房に来た。


「アルアさーん、こんにちは」


「ああ、いらっしゃい。素材を換金していくかい?」


「お願いしまーす」


 交換ポイントは327。

 魔境で手に入れたレア素材『逆鱗』もあり、割と収入にもなった。


 ちなみに海の王国で販売価格500ゴールドだった、ランダム20個入りの素材詰め合わせの売値は400ゴールド前後。

 残念ながらポイント無限増殖というわけにはいかない。

 もっとも海の王国にも素材を必要とする人がいるようなので、あたし達が買い占めるのも何だしな。


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『ドラゴンキラー』100P、【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『スカロップ』100P、防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『一発屋』100P、攻撃力+3%、会心率+30%


 新しく交換対象になったのは『ドラゴンキラー』『スカロップ』『一発屋』の3枚だ。


「『ドラゴンキラー』はもっと早く出て欲しかったねえ」


 ドラゴン戦に間に合わなかったこともあるが、最初期にこれ持ってたらなと思わせるカードなのだ。

 同じ攻撃遠隔化の『スナイプ』より攻撃力補正が小さい代わりに、対竜という攻撃属性がついているので単独でも使用できる。

 序盤、飛行魔物は強敵だったからなー。

 いや、まだイビルドラゴンと戦う機会でもあれば、お世話になるかもしれないのだが。


 『スカロップ』はクララの初期装備『エルフのマント』に似ているが、あれほど極端なカードではなく、防御力もアップすることと毒無効で使いやすくなっている。


 『一発屋』は面白いカード。

 『五月雨連撃』をアトムに覚えさせたら相性いいかも。


「どうする、交換してくかい?」


「今はいいです。あ、こんなカード手に入れたんですけど、アルアさんご存じないですか?」


 バエちゃんにもらった『刷り込みの白』を見せる。


「……全然知らないカードだね。『コピー』ってスキル、これは何だい?」


「直前の味方の行動を、装備の効果ごと『コピー』するバトルスキルなんだそうです。わからないことも多いので、ここの外で試しに使ってみようかと思って」


「ふむ……」


 アルアさんが『刷り込みの白』を弄り回している。


「パワーカードの始祖ロブロ師には、アタシの婆様を含め4人の弟子がいたんだ。これはロブロ師のカードでも婆様の作るおっかしなカードでもない。残る3人の弟子か、そのまた弟子の手だね」


「へー、そこまでわかるものなんですか」


 『刷り込みの白』を返される。


「その『コピー』ってスキルを実装するために非常に苦心した跡が見える。かなりレア素材もつぎ込んでるね。お遊びで実験的に作ったものじゃなく、何かの目的があって作られたカードだよ」


 何らかの目的、それはこのカードなくしては倒し得ない敵がいたということに他ならない。

 役立つといいなあ。


「最近、ゼンさんはどうですか?」


「もう『スラッシュ』や『ナックル』みたいな、ごく基本的なカードは任せられるね。ちょっと肩の力が抜けてきたのはいい傾向だ。ただ自動回復や耐性、スキル等に関する知識を元々持ってなかっただろう? そっちを鋭意勉強中だよ」


 そーか、張り切ってるなあ。

 よーし、あたしも!


「行ってきます!」


「気合いの入ったいい顔だね。行っといで」


 さてアルアさん家の外で、バエちゃんにプレゼントされたパワーカード『刷り込みの白』の検証を行う。


「……結論から言うと、結構すごいスキルだね」


 もちろん『刷り込みの白』に付属する『コピー』の話だ。

 誰を『コピー』するかを指定できず、直前の行動者のマネとなるので、たまたま混乱したりすると『コピー』者もとち狂う、なんて間抜けなことも確かに起こり得る。


 しかし『コピー』自体の発動コストであるマジックポイントはごく少なく、また直前の行動者のマネに関しては何とコストがかからない。

 わかりやすい例でいうと、最強魔法『デトネートストライク』は全てのマジックポイントとほとんどのヒットポイントを消費するスキルだが、『コピー』者はノーコストで撃てるのだ。

 いや、そんな機会はないけど。


 それから自動回復については『コピー』された側の効果が適用されるので、おそらく耐性についてもそうだろう。

 『装備の効果ごと複写する』という能力は文字通りと考えて良さそうだ。


「どうすれば倒せる、という対策のある強敵相手には大変有効だと思います」


「あっしが装備すべきカードだと思いやす。でも常用するカードじゃねえなあ」


「エクストラなカードでいいと思うね」


「そうだね」


 結論として、とりあえずカード編成は元のままでいい。

 なんたってレッドドラゴンを倒した編成だもんな。


「あと今日の予定は肉狩りとバエちゃんとこか。時間が余るね」


「コブタマンを多めに狩りましょう。私達が処理・冷凍してる間に、ユー様がギルドでクエストの確認をしてはいかがですか?」


「うん、そうしよう」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 肉狩りの後、ギルドへやって来た。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね。ヴィルちゃんも一緒かい」


「こんにちは、ポロックさん」


「こんにちはぬ!」


 ポロックさんに聞いてみるか。

 面倒ごとだったら帰っちゃお。


「ギルド行きの2つ目の石板が出たんですよ。クエストがあるってことだと思うんですけど、何か知らないです?」


「ユーラシアさんじゃないと請けられそうにない依頼が来ているんだ。その件に関係しているんじゃないかな? サクラさんの話を聞いてみるといいよ」


 ははーん、そういうことだったのか。

 ドラゴンスレイヤー指定の依頼とかだろうか?

 でもわざわざ2つ目の転送魔法陣を作らなくてもいいのにな。

 おっぱいさんを鑑賞したい気持ちもあるし、ギルド内部へ。


「こんにちはー」


「こんにちは、ユーラシアさん。ヴィルちゃんもこんにちは」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


 早速依頼受付所に来た。

 ヴィルは正直だな。

 あたしも好き勝手もの言う方だと思うけど、おっぱいさん相手じゃよー言わんわ。


「あたし向けの依頼があるらしいって、ポロックさんに聞いたんだけど?」


「はい。少々お待ちください」


 おっぱいさんが机の下から依頼書を出してくる。

 揺れる。

 あ、掲示板に張り出してないやつなんだな?


「こちらです。いかがでしょうか?」


 『期限は妖姫の月の末まで。黄金皇珠以上の宝飾品。相場の5割増しで引き取ることを依頼料とする』


 ふむふむ、宝飾品持って来いの内容は確かにうちのパーティー向き。

 期限は約1ヶ月か。


「『黄金皇珠以上の宝飾品』というのは、市場価格が黄金皇珠以上のものってことでいいのかな?」


「そうですね。請けていただけますか? 正直期限は厳しいと思いますが」


「依頼者の情報を明かすことはできないんだっけ?」


「規約上、できかねます」


「……ちょっと請けられないかな」


 おっぱいさんがクイッと眼鏡を上げて姿勢を正す。


「理由をお聞かせ願えますか?」


「個数の制限がないじゃん。例えばすんごい宝飾品を100個持ってきたとして、この依頼者が正当な依頼料払えるかどうかがわかんない。保障なり信用なりがなきゃ請けたくないなー」


 そういう理由が飛び出してくるとは思わなかったか、おっぱいさんが瞠目する。


「……それもそうですね。確認を取ってまいります」


 おっぱいさんが件の依頼書をしまう。

 揺れる。


「……これは私見ですが、依頼者は間違いなく持ってきたら持ってきただけ払うと言います。もし払えない場合、それを責め立ててやれば、必ずユーラシアさんにとって有益な結果になると思います」


 ほう、おっぱいさんがそう言うからには、依頼者は相当なお金持ちなのかな?

 それにしてもクール眼鏡美人には、サディスティックな物言いが似合うなー。


「わかった、ありがとう。依頼がどうなろうと、宝飾品集めとく方向でいくよ」


「よろしくお願いいたします」


 おっぱいさんニッコリ。


 用が済んだので帰ろうとしたところ、声を掛けられる。


「師匠!」


 いい響きだ。

 誰だあたしを人生の師と呼ぶのは?


「ラルフ君じゃないか」


 緑髪のひょろっとした冒険者、固有能力『威厳』持ちの男だ。


「ヴィルさんもこんにちは」


「こんにちはぬ!」


 ヴィルをさん付けで呼ぶ人は初めてかな。

 うむ、見所がある。


「精霊使いでドラゴンスレイヤーのユーラシア師匠と、その従者である高位魔族のヴィルさんだ」


 ラルフ君が後ろの面々に説明している。

 パーティー組んだのかな。

 あ、悪魔? って声が聞こえてくるけど悪魔ぬよ?


「パーティー組んだんだね? 紹介してよ」


「剣士のゴール、敵の攻撃を自分に集め反撃する固有能力持ちで、将来的には盾役を期待してます。魔法剣士のムオリス、風魔法を使えます。アーチャーのウスマン、魔物のドロップ確率が上がる固有能力持ちです」


「「「よろしくお願いします!」」」


 へー、全員固有能力持ちか。


「いいじゃないか。ラルフ君、冒険者辞めちゃうんじゃないかって心配してたんだぞ」


 主にバエちゃんの給料が下がらないかの心配だが。


「御心配おかけしました。もう大丈夫です」


 ラルフ君が頭を下げる。

 瞳に輝きが戻っているし問題ないだろ。

 魔境から帰ってきた時は、ウサギの糞みたいな目だったからなあ。


「それにしてもドロップ確率が上がるってすげえ! 魔境一緒に来てくれない?」


「「「「いやいやいやいや!」」」」


 ラルフ君に脅されてるのか?

 拒否し過ぎだろ。


「よう、ドラゴンスレイヤーとその弟子」


 愉快なところには必ず首を突っ込む男、ツンツンした銀髪のダンだ。

 そーか、コイツが相当ラルフ君をおだてて立ち直らせたんだろうな。


「ダンさん、こんにちは」


「ダン、御苦労さん」


 ダンが少し片側の口角を上げる。


「ダンから見て、この子達どう思う?」


「レベル差で苦労するな」


「そうだねえ」


 ラルフ君が聞いてくる。


「どういうことでしょうか?」


「見たところ、メンバーのレベルは2~5ってとこだろ?」


「クエストは『アトラスの冒険者』のレベルに合わせて配給されるから、いかにラルフ君の『威厳』で魔物をビビらせたとしても厳しいんだよ。ラルフ君のレベル以上の魔物が出たら手も足も出ないと思う」


 ラルフ君が頷いている。

 気付いてたっぽいな。


「低レベルの内はレベル差で強弱の割合が大きいしな。何か対策練った方がいいぜ」


 ラルフ君パーティーの面々が身を乗り出す。


「どうしたらいいでしょうか?」


「簡単だ、師匠に泣きつけ」


「魔境行く?」


「「「「いやいやいやいや!」」」」


 魔境を知らないはずのメンバーにまでもんのすごく拒否される。

 相当ラルフ君の恐怖が伝染してるんだろうなあ。


「そお? レベル上げるのが一番簡単なんだけど」


「ユーラシア式強引レベリングが嫌なら、下位の転送魔法陣で弱い魔物と戦ったり、依頼所クエストをこなして経験値上げるのが定番だな。実力の近い冒険者を誘って共闘する手もアリだぜ」


 うむ、そんなところだろうな。


「地道にやってくのが一番だと思うぜ。手を抜くとこんなんになる」


「こら、こっち指差すな。手なんか抜いてないわ。まあでも急ぐと歪みは出るよ。あたしなんかお金足りなくて困ったもん。特にラルフ君ところはスキルスクロールがたくさん必要だろうし」


 こんなに真摯に意見するのは初めてだろうってくらい、あたしとダンがアドバイスする。

 しかしラルフ君には何やら考えがあるようだ。


「それで師匠には1つ、お願いがあるのですが」


「いいよ、いつにする?」


 ダンが驚いたような顔をする。


「おいおい、どういうことだよ?」


「そりゃあこの展開で頼みがあるっていうなら、ラルフ君の次のクエストにつきあってくれってことでしょ」


「御名答、さすが師匠です」


「はーん、なるほど?」


 ラルフ君の転送先クエストだったら、魔境と比べりゃ危険度は月とスッポン。

 うちのパーティーと共闘なら、ダンテの『実りある経験』で経験値を倍稼げる。


「実は自分の今までのクエストには、レベル上げに適当なところがなかったんです。しかし次の転送先には回復魔法陣がありまして」


 ほう、そういうことか。

 ちょっとレベルが上がれば『威厳』で何とかなるという皮算用だろうな。


「入手したアイテム・素材は全て師匠のもので結構ですので」


「え? いいよ。じゃあ素材はもらうから、その他のアイテムはラルフ君達のもので」


「よろしいのですか?」


「あんた達だってこれからすごくおゼゼ必要なんだぞ?」


 明日午前中にギルドで待ち合わせということにした。


「俺も行きたいところだが……」


「え? そんなに面白いことないと思うけど」


「あんたが行くのに、面白いことが起きないわけはないんだよなあ」


 ダンがニヤニヤする。

 変なフラグ立てるなよ。


「回復魔法陣があるところって、比較的高レベルなんだろ?」


「あ、そうだね。そういう傾向はある」


「何があったか後で聞かせろよ。奢るからさ」


「もー絶対何かあるって確信してるじゃないか」


「楽しみになってきたろ?」


「ちょっとだけ」


「ハハッ、じゃあなヴィル」


「バイバイぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「つみあげたにくくいつくして~やきあげたにくくいはらって~とめどな~い~たれとしお~へらしたはらうるおせ~」


 今晩はチュートリアルルームで焼き肉の日だ。

 それにしても肉食女子バエちゃん絶好調だな。


「いけるでしょ、この塩」


「控えめに言って最高ね!」


 海の女王にもらった、粉末フルコンブを混ぜた塩だ。

 焼き肉のタレもいいけど、これはこれで美味い。


「海底で焼き肉食べるの女王だけでさ。他の料理だと塩と別に使った方がいいってことで、この塩女王専用の非売品なんだよね。このフルコンブも旨味強いんだけど、メチャメチャ高価なんだよ」


 バエちゃんが何気なく言う。


「ふーん。でもこれほどじゃない普通のコンブでも、たくさん混ぜたら美味しくない?」


「おおう、バエちゃん冴えてるね。これが天才の発想か?」


「隠された才能が漏れ出ちゃった?」


 アハハと笑い合う。

 それにしてもバエちゃんの言う通りだ。

 普通の乾燥コンブだって旨味があるはずだから、普及品としてなら十分使えるかもしれないな。

 暇な時にでも研究したいものだ。


「ありがとう! ナイスアイデアだね。いずれ試してみるよ」


「いえいえ、ところでクエストの方はどうなの?」


「順調って言えば順調なんだけど、魔境でドラゴン倒した次の日に至急のクエストが出ちゃってさ。至急ってのは困るねえ」


 困ったような顔をするバエちゃん。


「う~ん、緊急性があるクエストは、レベルの高い冒険者に振られる傾向があるのよ。ユーちゃんのクエストも、低レベルの冒険者じゃ難しい案件じゃなかった?」


「ムリだったと思う」


 トロルメイジ倒さないと、クエスト完了にならなかったみたいだもんな。

 宝玉どける前は物理攻撃無効だったし。


「ホンワカするぬぅ」


 あ、クララがヴィルをぎゅーしてる。

 精霊のぎゅーだと感覚が違うのかな?

 それとも癒し系クララだからだろうか。


「逆に今のクエストが時間かかるやつなんだよ。期限1ヶ月で希少アイテム持ってこい、相場の5割増しで引き取るぞってやつ」


 まだ正式に請けてはいないんだけどね。

 バエちゃんが眉を顰める。


「レアアイテムは難しいわよ? 巡り合わせもあるし」


「うん、でもどいつが落としてくかわかってるんだ」


「あ、ドロップアイテムなんだ?」


「レア魔物のレアドロップだから、難しいことは難しいんだけどね」


 本に載ってなかったくらいだから、相当ドロップ確率低いのかもしれないけど、1ヶ月あればどうにでもなるだろ。


「ユーちゃんだとすぐ拾ってきてクリアかもよ?」


「いや、このお題個数制限がないんだよ。億万長者になるチャンスかと思ってさ。期限まで目一杯時間使ってたくさんゲットするつもりなんだ」


「依頼者破産させると、依頼料もらえなくなるわよ?」


 再びアハハと笑い合う。

 ……確かに破産させると事案かな?

 それはそれで面白そうだが。


「あ、そうだ。例のテストモンスターの特殊設定のやつ、売り出すって話あったでしょ?」


「殴る蹴る用の変態とばらんすぼおるね」


 元はバエちゃんの運動不足&ストレス解消用の設定だった。

 バエちゃんの上司シスター・テレサが、テストモンスターの開発費回収のために一般販売するって聞いたが?


「あれ大ヒットだって」


「マジか」


 バエちゃんの世界の人、どんだけストレス溜まってるんだ?

 いや、人口が多くて外で身体を動かすことが難しいのかな?


「でね? 私にもボーナスが出ることになったのでした!」


「おーそりゃ良かったねえ」


「ごめんね? ユーちゃんが考えたものなのに……」


「君が喜んでくれるのが一番嬉しいのさ」


「いやーん、格好いい~!」


 最初の頃よりバエちゃんのクネクネにキレがある気がする。


「アトムー、その辺にしときなさいよ」


「へーい」


 アトムも段々飲めるようになってる気がするんだよなあ。

 レベルって飲兵衛度にも影響するのか?

 小食だと思ってたダンテも結構食べられるようになってるし、皆成長してるのかなあ。


「明日、ラルフ君と共闘するんだ」


「あっ、見込みありそう?」


「いい顔になってたよ。パーティーメンバーも3人揃えてた」


「へー、あのラルフ君が。また魔境行くの?」


「そうしたかったんだけど全力で断られた」


 バエちゃんが笑う。


「じゃあラルフ君の方の転送先で?」


「そうそう。でも正直ラルフ君の実家に興味があるんだよね。レイノス近郊だって言うから」


「レイノスって首都だっけ?」


「総督府があるから首都なのかな」


 バエちゃんが心配そうに言う。


「興味があるというのは、商売的な意味で?」


「うん、そう。レイノスと繋がりが欲しいんだよね」


「冒険者辞めないでね」


「辞めないぬよ?」


「そうそう、ヴィルよく言った」


 ヴィルのカットイン芸は割と面白いなあ。


「今日はもう帰るよ。ヴィル、バエちゃんが不安そうな顔してるから、ぎゅーしてあげなさい」


「わかったぬ! ぎゅー」


「ヴィルちゃん、ありがとう」


 バエちゃんがヴィルをぎゅっと抱きしめ、そして離す。


「また来るよ」


「じゃあね、またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日は午前中からギルドだ。


「やあ、おはよう。チャーミングなドラゴンスレイヤーさん」


 角帽がトレードマークのギルド総合受付だ。

 大男ではあるが、にこやかな笑顔を絶やさない感じのいい人である。


「おはよう、ポロックさん」


「今日は朝からお仕事かい?」


「美容と健康のために睡眠時間はしっかり取りたいんですけどねえ。弟子がそれを許してくれないんですよ」


 アハハと笑い合う。

 我が弟子ラルフ君はもう来てるかな?


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてきたので、ぎゅっとしてやる。

 よしよし、いい子だね。


「ハハハ、ヴィルちゃんはすっかりギルドに馴染んだねえ」


「皆が可愛がってくれるんですよ」


「可愛がってくれるぬ!」


 ヴィルがいい悪魔だということが知れ渡ってきたので、頭を撫でてくれる人が増えたのだ。

 本当に良かった。


「ところでユーラシアさんに対して、『チャーミングなドラゴンスレイヤー』は失礼かな?」


「やだなー。重要なのは『チャーミング』であって、『ドラゴンスレイヤー』じゃないんですよ?」


「ハハハ、そうだったね」


 ギルド内部へ足を踏み入れる。


「師匠、おはようございます」


「おっはよう!」


 待ち合わせしていたラルフ君パーティーの面々だ。


「昨日、聞き損なったけど、ラルフ君の装備ってどういう編成なんだっけ?」


「こうなっています」


 ラルフ君が手持ちのパワーカードを見せてくる。

 うわ、マジでもう7枚揃えてるんだな。

 いやまあスキルコレクターよろしく、装備以前に多くのスキルを買いまくるよりは健全か。


「『スナイプ』『サイドワインダー』『ハードボード』『光の幕』『火の杖』『ホワイトベーシック』『ボトムアッパー』か……」


「いかがでしょうか?」


 なるほど、これだと魔法剣士っぽい編成だな。

 ラルフ君のパーティーは前衛2人とアーチャーだから、本来なら回復を受け持つラルフ君は後衛寄り魔力重視にすべきだろう。

 しかし現在はレベル差の関係で、パーティー内で最も物理火力が大きいはず。


「今はベストに近いんじゃない? メンバーが育ってきたら、後々ラルフ君は魔法特化にすべきだと思うけど」


「そうですね」


 合格点出したった。

 ラルフ君満足そうだな。


「じゃあ武器・防具屋に寄ってこうか」


「はい?」


 わけがわからぬままついてくるラルフ君パーティー。


「ベルさん、こんにちは」


「おはようございます、ドラゴンスレイヤーユーラシアさん」


「何か皆そう言うけど、『ドラゴンスレイヤー』は語呂が悪いから止めてよ。ポロックさんみたいに『チャーミングな』ってつけてくれると嬉しいな」


 アハハと笑いが起きる。


「本日はパワーカードの御入用ですか?」


「いや、あたしの用じゃないんだ。ラルフ君が本格的にヘプタシステマ使いとしてやっていくみたいだからさ、武器・防具屋さんで入手・販売可能な全てのカードのリストを作って、渡してやって欲しいんだ。それを頼みに来たの」


「かしこまりました。明日には必ず」


「どういうことです?」


 ラルフ君は事情を飲み込めていないようだ。


「ここで今現に売ってるパワーカードは、一部の売れ筋だけなんだよ。もっといろんなカードを取り寄せてもらうことが可能ってこと」


「えっ、そうなんですか!」


 やはり知らなかったか。


「状況に応じてカードを組み替えるのが、ヘプタシステマの醍醐味だよ。今後クエストやイベントで、予想もつかないようなおかしなパワーカード手に入れる機会もあるだろうけど、普通に買えるカードくらいは知っておかないとね。立てられる戦術が変わっちゃうからさ」


 いや、あたしもアルアさんとこの交換レート表に載ってるパワーカード、全部覚えてるわけじゃないよ? でもたまにはえらそーなことも言ってみたいじゃないか。仮にも師匠って言われてるんだから。


「師匠、ありがとうございます!」


 ハッハッハッ、感謝されてしまったぞ?

 尊敬される価値のあるあたし偉い!


「将来ラルフ君は、『スナイプ』『サイドワインダー』は外して後衛特化になると思うよ? メンバー構成からすると。その時に重視すべきなのは魔法力なのか耐性なのか、はたまた自動回復なのか。ある程度の構想は持っていたほうがいい。そのためにカード知識は重要だし、こんなパワーカードを特注してもらいたいっていう考えの基にもなるからね」


「そうですね!」


「明日にはリスト作っといてくれるそうだから、忘れずに取りに来るんだよ?」


「はい!」


 ラルフ君パーティーが盛り上がってる内に、ベルさんとひそひそ言葉を交わす。


「……パワーカードはコレクション要素あるよね。リスト見てると欲しくなっちゃうんだよ。じゃんじゃん売れるんじゃないかな。ラルフ君お金持ちだから」


「そうですね、販促ありがとうございます」


「じゃんじゃん売れるぬ!」


 こらヴィル。

 それは大声で言っちゃダメなやつだぞ?

 面白過ぎるだろ。


「では師匠、行きましょうか」


「うん、じゃあヴィルは通常任務に戻っててね」


「了解だぬ!」


「よーし、いい子!」


 もう一度ぎゅっとしてからリリースする。


 フレンドで転移の玉を起動、ラルフ君家へ。

 実は商売に関わっているという、ラルフ君家自体も楽しみなのだ。


          ◇


「自分の実家です」


「ほへー」


 ラルフ君家大豪邸じゃないか。

 いや、いきなりカード7枚買い揃えるくらいだから金持ちだとは思ったけど。

 こりゃもうちょっと武器・防具屋の売り上げに貢献してやってもバチ当たんないな。


「順番に教えて。ここはレイノスのどの辺?」


「レイノス東門からすぐの郊外です。ずっと東北へ強歩1日弱でカラーズ諸村です」


「で、どんなあくどいことしてラルフ君家は金持ちになったの?」


「あくどいって。西域ほどじゃありませんが、こちらにも自由開拓民集落がいくつかありまして、当家がその物品の流通を仲立ちしているのです」


 ほう、好都合じゃないか。

 カラーズの産物売り込む際にも仲介してもらお。


「こちらへどうぞ」


 ラルフ君に案内される……何だよ、これ。


「え? 転送魔法陣ですけど。クエスト行くんですよね?」


「それは後! まず君の御両親に挨拶させなよ」


「なるほど! さすが師匠」


 ぞろぞろと一行はラルフ君の後をついていく。

 やたらとデカい玄関だ。


「お坊ちゃま、お帰りなさいませ」


「うん、父様と母様はいるかい?」


「はい、御在宅にございます」


 広い廊下を真っ直ぐ行く。

 ……ふむ、結構レベルの高い護衛を揃えてるな。

 当然と言えば当然か。

 突き当りに大きなドアがある。


「父様、母様、ラルフただいま帰りました。今日は自分のパーティーメンバーと、師たるドラゴンスレイヤー、精霊使いのユーラシアさんパーティーをお連れしています」


「入りなさい」


 両開きの大きなドアが開けられ、中に通される。

 用心棒らしい男にジロジロ見られたが、そんなに魅力的だっただろうか。

 悩殺しちゃうぞ?


「どうぞこちらへ」


 緑髪緑ヒゲの恰幅のいい父親と、上品そうなスリムで長身の母親。

 なるほどラルフ君の両親だ。

 2人ともあたしに注目している。

 美少女だからな。


「ヨハン・フィルフョーと申します。精霊使いユーラシアさんですな? あの難しいカラーズを取りまとめ、商機を窺っていると聞き及びますが」


「お耳が早い。一流の商人は違いますね」


「いかがでしょう? 我々どもにお任せいただければ、カラーズの品々をレイノスに売り込むお手伝いができると思うのですが」


 ほう、話が早いじゃないか。

 しかしゴッソリ中抜きしようったってそうはいくか。


「それは各村と応相談ですね。あたしに全権があるわけじゃありませんし、各村で事情が異なります。例えば灰の民の村の農作物は、既にレイノスに入ることが決まってます」


 パラキアスさんとの取り決めがあるからウソではない。

 戦時ってことだけどね。

 しかしこれ聞かされれば、目先の利く商人がもうカラーズに入ってるかと焦るに違いない。


「いやいや、精霊使いさんが間に入っていただければ。もちろん我々どもの手数料に関しては勉強させていただきますので」


「そうですね、ラルフ君の御両親ですから信用していますよ」


 口だけとはいえ妥協を引き出し、あんたらの息子は手の内だぞというアピール。

 ファーストコンタクトとしては十分な成果だな。


「師匠、そろそろ……」


 何だよ、いいところなのに。


「ラルフちゃん、失礼ですよ? お父様とユーラシアさんの話を邪魔するなんて」


「そうだぞラルフちゃん。商売とクエストのどっちが大事だと思ってるんだ」


「えっ? だって師匠は冒険者……」


「そっちは片手間!」


「片手間でドラゴンスレイヤー……」


 ラルフ君パパが話を変える。


「まあまあ、今日は有名なユーラシアさんと有意義な話ができてよかったです。ところで商売の話とは別に、冒険者としてのユーラシアさんの手を借りたいのですが」


 ちっ、逃げられたか。

 やるじゃないか。


「何でしょう?」


「実はこの数日、近辺に盗賊が住み着いたという報告がありましてな……」


 聖火教の巡礼者が襲われたのが最初らしい。


「すぐに告知し、巡礼者も自由開拓民も集団で動くことを徹底させた結果、それ以降の被害は出ておりません。しかしずっとこのままというわけにもまいりませんので、早急に取り押さえたいのです」


 ふーん、被害は最小限か。

 大したもんだ。


「お宅の警備員さん達はかなりの腕のようですけど、それでも不足ですか?」


「武装した者が出張ると、さっと逃げてしまうのです」


 盗賊もバカじゃないな。

 しかし被害者が最初の1組しか出ていないとなれば、実入りがなくてヤキモキしてるに違いない。


「わかりました。引き受けましょう」


「師匠!」


「ラルフ君、ちょっとは考えようよ。盗賊とクエスト、どっち片付けるのが先だ?」


「……そうですね、わかりました」


 残念そうなラルフ君。

 でもきっとそんなに時間かかんないぞ? これ。


「詳しい状況知ってる方に話聞きたいんですが」


「隊長、説明を」


 隊長と呼ばれた用心棒の話によると、出没するのはここから東北へ強歩30分くらいの道沿い、人数は5人とのこと。


「とにかくすぐ逃げるんで埒が明かない。逃げた先からアジトらしきところも発見しているが、迂闊に踏み込むと罠にかかりそうでな」


「賢明ですねえ」


 やっぱり襲ってきたところを返り討ちだな。


「わかりました。行ってきます」


「あっ、依頼料は……」


「身体で払ってもらうんでいいです」


          ◇


 ラルフ君と2人でカラーズへ至る東北への道を行く。

 踏み固められていて、思ったよりは立派な道だった。

 でも今後のカラーズ~レイノス間の交易を見据えるなら、もっと幅の広いしっかりした幹線道にしたいもんだなー。


「デートっぽいねえ。ドキドキするよ」


「『身体で払ってもらう』って、自分の身体ですか! だからどーして自分と師匠の2人だけなんですか!」


 もームードがぶち壊しじゃないか。


「そりゃ精霊連れてたらあからさまに怪しいし、ラルフ君とこのメンバーは武器持ってるから論外だし。ヘプタシステマ使いは一見手ぶらに見えるからね。男女2人なんて、盗賊にしてみればよだれが出るほど美味しいでしょ」


「師匠1人で十分でしょうに、何で自分を巻き込むんですか!」


「ラルフ君はか弱い女の子を1人で行かせるほど薄情なのか、それともあたしとデートするのが不満なのか、どっちだ?」


「師匠の質問が卑怯過ぎる!」


 ちなみにラルフ君パーティーのメンバーとうちの子達は、捕縛用のロープを持ち、クララの飛行魔法『フライ』にて、目立たぬようこっそりついて来ている。


「割といい道だねえ。こんな感じでずっと続くのかな?」


「3つの自由開拓民集落があるんです。そこまではこれくらいの道ですよ。もっと先は行ったことがないのでわかりませんが」


 なるほど。


「その自由開拓民集落群がレイノスに売ってるものって、やっぱり食料が主なのかな?」


「そうですね、レイノスは消費都市ですから。ドーラ全体の人口も徐々に増えていきますので、食料が一番間違いないと。父が主導して作らせている側面はあります」


「ラルフ君ところのお父さんは有能だねえ」


「……自慢の父です。自分が『アトラスの冒険者』をやってみたいと言った時も、笑って送り出してくれました。母は危ないと反対しましたけどね」


「冒険者はね、視野が広がることとやれること増えるのが最大のメリットだと思うよ。あたしも『アトラスの冒険者』になる前は、冬越しどうしようかなーくらいしか考えてなかったけど、今は本当にいろんなこと考えるようになった」


「……」


「パーティーでクエストは初めてなんでしょ? 今は冒険者として手一杯だろうけど、すぐに余裕出るって」


 ラルフ君が天を仰ぐ。


「そんなもんですかね?」


「そんなもんだよ……お出でなすった。早いね、収入がなくて困ってるんだろう。手筈通りに」


「了解です」


 左右の草むらから素早く現れた男達に取り囲まれる。


「何だ、お前達は(棒)」


「きゃあ、怖い(棒)」


「へっへっへっ。真昼間から見せつけてくれるじゃねえか」


「身ぐるみ置いてけ。そうすりゃ勘弁してやるよ」


「いやーん、えっち(棒)」


「悪漢どもめ、そうはいくか(棒)」


 もー想像通り個性のない盗賊で萎える。

 装備品からすると冒険者崩れみたいだな。

 しかし頭目と思われるヒゲ男は、中級冒険者くらいのレベルはありそうだ。

 こんなのがドロボーやってるとは、ドーラの治安案外ヤバくない?

 これだとラルフ君の『威厳』の効果はないだろう。

 『薙ぎ払い』じゃ仕留めきれず逃がしてしまうか?


「……ラルフ君、防御で耐えて」


 レッツファイッ!


 盗賊Aの舐めた一撃! ラルフ君が躱す。盗賊頭はニヤニヤしている。盗賊Bの舐めた一撃! ラルフ君がダメージを受ける。盗賊C、盗賊Dは様子を見ている。あたしの雑魚は往ね! はい、それまでよ!


「師匠、何ですか、今のスキルは?」


「割とレアな必殺技。溜め技でごめんよ、向こうのレベルが想定より高かったから、半端なスキルだと逃げられそうで」


 手を振ってクララ達を呼び、縛って猿ぐつわを噛ませてから蘇生魔法をかける。


「こいつらはあたしとラルフ君が転移で運ぶよ。あんた達はゆっくり戻っておいで」


「「「「「「了解です!」」」」」」


 盗賊5人とともにフレンドで転移の玉を起動、ラルフ君家へ。


「へーいお待ちっ! 盗賊の活け造りだよ!」


「「「早っ!」」」


 ラルフ君の両親や警備員を含め、屋敷の者ほとんどが飛び出して来た。


 警備員隊長に指示する。


「アジトは潰しといてくれる? 似たようなのがまた住み着いても困るし、もし罠があったら知らずに誰か入った時危ない」


「心得た!」


 ラルフ君パパが話しかけてくる。


「ありがとうございます。いや、迅速な対応で驚きました」


「ラルフ君が働いてくれたからですよ」


「いや、自分は……」


「素晴らしい演技だったよ」


「棒読み大根ですよ!」


 笑いが起きた頃、残りの面々が『フライ』で帰ってきた。


「よーし、じゃあクエスト行こうか」


「「「「えっ?」」」」


 ラルフ君パーティーが素っ頓狂な声を上げる。

 何か驚くようなことあったかな?


「い、今からですか?」


「あ、何か用あった?」


「い、いや、今日はもう一仕事終えた気分だったので……」


「二仕事終えた気分になろうか」


 ラルフ君パパが笑いながら声をかけてくる。


「勤労精神旺盛で大変結構ですな。しかし昼御飯くらい召し上がってはいかがですかな?」


「ありがとうございます! 喜んでゴチになります!」


 お腹減ってたところだ。

 やったぜ!


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「うん、大体予想通り」


 ラルフ君の転送魔法陣の行く先は『クー川左岸』だった。

 掃討戦の行われたアルハーン平原のクー川右岸域と同じか、それより少し強いくらいの魔物が出現すると思われる。

 ラルフ君はともかく、レベル一桁だと確かにキツいだろうなー。


「はい、作戦会議を始めます。まずラルフ君から。クエスト完了条件を教えてください」


「回復魔法陣の傍の立札にも書かれていますが、15回戦闘に勝利することです」


「共闘の場合、戦闘回数は半分で計算されるというギルドのルールがあるので、今日は30回の戦闘をこなす目標になります」


 30回か、という声が聞こえる。


「君達のレベルを上げるのが目的なので、別に30回なんて遠慮しなくてもいいです。適当な時間まで戦っていきましょう」


 顔色変わった気がするけど、ただの10代にありがちな顔面変色期だろ。


「戦闘の開始で、オレンジ髪の精霊ダンテがその戦闘の獲得経験値が倍になるスキルをかけます。その後あたしが『薙ぎ払い』を放ちますので、残ったヘロヘロの魔物を寄ってたかって片付けてください。ただし」


 ちょっと気を引き締める。


「人形系レア魔物、具体的に言えば踊る人形などが出た場合には全力で防御してください。やつらは敏捷性が尋常でなく高いので、先手は取れません。しかも飛んでくる攻撃魔法は結構痛いです。油断して連続で魔法食らったりするとやられますよ。御注意を」


 皆頷いている。

 クレイジーパペットのフレイムに焼かれた経験があるラルフ君は、人形系レアの危険性は身に染みて知ってるだろうけど。


「しかし人形系レア魔物の実入りは大きいです。倒すとハッピーな気分になれます」


 笑いが出る。

 やる気も出たかな?


「さあ行こうか」


          ◇


「はい、反省会始めまーす。といっても皆さん優秀でした。何の問題もないっ!」


 疲れは見せているものの、満足げなラルフ君パーティー。

 うんうん、よくやったよ。

 ラルフ君は2つレベルが上がって16に、他の3人は12まで上がった。

 ここまで上がれば『威厳』も効くし、楽に戦えるだろう。


「何か質問はある?」


「師匠は人形系レア魔物を普通に倒してましたが、何か秘密がありますか?」


 剣士ゴール君が聞いてくる。

 いつの間にか君達も師匠呼びなのな。


「人形系レアに効果があるのは、一般に防御力無視系と呼ばれる衝波属性の攻撃だけなんだ。あたしの使ってるパワーカード『アンリミテッド』は衝波属性付きだから、人形系にもダメージが入る理屈」


 ラルフ君が聞いてくる。


「自分がそのカードを手に入れれば、人形系を普通に倒せますね?」


「もちろん。ただこのカード特注だよ。かなりレア素材がないと作れないらしいから、頑張ってね」


「なるほど、一筋縄ではいかない……」


 ふふふ、ラルフ君悩め悩め。


「では、我々が人形系を倒すにはどうしたら?」


「レベルの低い内は、チュートリアルルームで売ってるスキル『経穴砕き』が唯一の手段だよ。敵単体の魔法防御をかなり下げるっていうバトルスキルなんだけど、必ず1ダメージ与えるっていう特徴があるんだ。全員覚えててもいいと思う」


 うんうん、考えてるね。

 人形系レアを倒した時の効率の良さはよーくわかったろうから。


 それにしてもウスマン君のドロップ確率が上がる固有能力すごくね?

 4体倒した踊る人形の内、2体がレアドロップの墨珠落としたぞ?

 レアドロップ率も明らかに上がってるよね?

 一緒に魔境行かない?


「師匠の『薙ぎ払い』は購入したスキルですよね? 『五月雨連撃』じゃなくて『薙ぎ払い』なのは何故ですか? ノーコストだからですか?」


「『薙ぎ払い』には属性が乗るけど『五月雨連撃』には乗らない。つまり人形系レアが複数体出現したとき、さっきのパワーカード『アンリミテッド』と『薙ぎ払い』の組み合わせなら、衝波属性が乗ることによって一撃で全部倒せるからだよ。『五月雨連撃』は属性乗らないけど、素の攻撃力は高いし会心は出る。毒とか麻痺とかのステートは『薙ぎ払い』と同じように乗るから、どっちが優れてるとかはないと思う」


 うちのパーティーはあたしの『雑魚は往ね』があるからあんまり必要性がないんだけど、会心確率が高くなる固有能力持ちのアトムには、『五月雨連撃』が向いてるんだよな。


「漠然とした言い方ですけど、自分らのパーティーはどういう方向性で行くべきと、師匠はお考えでしょうか?」


 ようやく人形系の話題から離れたね。


「当然だけど盾役ゴール君には誰より厚くしなよ。コンセプトは『勘違い4人組』でいいと思う。レベルに困ったら魔境連れてくから頼って。この前ラルフ君連れてったところより内部のドラゴン帯に、もうちょっと効率のいいレア魔物がいるんだ」


「「「「いやいやいやいや!」」」」


 『勘違い4人組』を完全スルーするほど魔境に対して遠慮深い。

 冒険者はもっとガツガツ食いついてもいいと思うんだが。


「じゃあ狩ったクマ持って帰ろうか」


          ◇


「ほう、なかなかいけますな」


「そうですね」


 夜もラルフ君家で御馳走になってしまった。

 といっても、クー川左岸で狩った突進熊の焼き肉がメイン料理だが。

 ラルフ君の御両親も肉は好物とのことだが、魔物の肉を食べたことはなかったらしい。

 そりゃそうだな、この辺で魔物出るの稀みたいだから。


 突進熊はなかなかだ。

 若干臭みもあるが、それ以上に旨みも強い。

 ちなみにクマを捌ける料理人がいなかったので、クララが手本を見せていた。

 クララの解体は最早名人芸の域だ。

 愛用のデカ包丁でないというハンデを微塵も感じさせない。


「この肉は香草や香辛料が映えるでしょうねえ」


「ユーラシアさんは香辛料にも造詣が深くていらっしゃるので?」


 ラルフ君パパが食いついてくる。

 ラルフ君、こういう姿勢を見習えよ。


「冒険者関係で知り合った異世界の人がいるんですよ。その人に教えてもらった料理が衝撃的に美味しくて。珍しい香辛料を組み合わせて使って味の骨格を作る、こっちの世界にない発想で、ぜひ再現したいんですけどね。それに使われてた香辛料のひとつは魔境で発見してます。どうしても必要なのがもう2、3あるんですが、うちの精霊によるとこっちの世界でも存在してるものだとのことなんで、いつかは実現できると考えてます」


 魔境って言ったところでビクっとしたラルフ君パーティーの面々。

 ダメだぞ、そういう反応すると弄りたくなるじゃないか。


「魔境、ですか……」


 考え込むラルフ君パパ。


「一般に魔境と言うと高レベルの魔物が闊歩するところってイメージですけど、実際はそれだけじゃないんです。気候や環境が場所場所で全く違っていて、素材や植物も本当に様々なものが採取できる。あたしもまだ踏破してないところが多くてえらそーなこと言えないんですが、商売考えてる冒険者にとっては実に魅力的なところなんですよ」


「ほう、ユーラシアさんがそこまで入れ込む地ですか」


 きたきた。


「アーチャー、ウスマン君が魔物のドロップ確率が上がるという、実に優秀な固有能力を持っていてですね。あたしもラルフ君のパーティーを常々魔境に誘うんですが、なかなか乗ってきてくれないんです」


「ラルフ!」


 商売っ気の勝ったラルフ君パパが強い口調になる。


「かのドラゴンスレイヤーが誘ってくださっているというのに、お前は何ともったいないことをするのだ!」


「そうですよラルフちゃん。我が儘はいけませんよ」


「い、嫌だ。魔境だけは……」


 震え上がるラルフ君パーティー。

 十分楽しんだから、そろそろ解放してやろ。


「いえいえ、ラルフ君にはメンバーと決めた道があるのだと思います。我を通せないのは冒険者と言えませんから」


「「「「しぃしょおおおお!」」」」


 救われた子犬みたいな目で見るんじゃない。

 弱音吐いたら魔境に引きずってくって言おうと思ったけど、勘弁してやんよ。


「御馳走様でした。楽しかったです」


「いえいえこちらこそ。お構いもできませんで」


 わざわざラルフ君の御両親が送りに出てきてくれた。


「ラルフ君パーティーはどこかで宿取ってるの?」


「いえ、皆ここでお世話になってます」


 まあここ拠点なら面倒はないし、おゼゼ使わないしな。

 ラルフ君もメンバーを放さないためにはそれのがいい。


「師匠は、明日は?」


「魔境かな」


 ビクつくなよ。

 もう誘わないから、今日は。


「じゃあ失礼します。さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 んんん? クエスト?

 レベルが58になった。


          ◇


 帰宅後、緊急の作戦会議を行う。


「クエスト完了のアナウンスあったけど、どういうことだろう?」


 いや、ラルフ君に頼まれたし、ラルフ君実家も盗賊困ってたみたいだから、あれがクエストでもおかしくはないのだが。


「宝飾品持って来いってのがあったんでやしょう? 今日のがクエストだとすると、どういう扱いになるんでやすかねえ?」


 キャンセル扱いってのもあり得るが。


「アフュークエストね?」


「え?」


 ダンテが妙なこと言い出したぞ?


「『ドリフターズギルド』の後の『セット』のことね。クエストの個数がいくつかあるのかもしれないね」


「そーゆーのもアリか」


 14個目の転送魔法陣『ドリフターズギルド・セット』には、わからないことがあるのだ。

 ダンテの言うことが当たっていれば、ギルドで複数のクエストをこなせということになる。

 そういうパターンがあってもおかしくはないし、ボーナス経験値を何回ももらえるなら得かもしれない。


 クララが言う。


「明日新しい石板が来てるならこのクエストはここまででしょうし、そうでなければ複数個のクエストの内1つが終わったということなのかもしれません。ギルドでポロックさんかサクラさんに聞いてみてはいかがですか? いずれにしても宝飾品クエストがどうなったか、ハッキリさせないといけませんし」


「そうだね。じゃあ明日あたしギルドに行ってくるよ。誰かに捕まって遅くなるかもしれないけど、昼までには帰ってくる。あんた達は石板のチェックと、それから森で木の実なってないか見といてくれる?」


「「「了解!」」」


「今日はおしまい。おやすみっ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日は朝からギルドに来た。

 重要な目的としては宝飾品クエストがどうなったかの確認だが。


「チャーミングなユーラシアさん、いらっしゃい。今日のお供はヴィルちゃんだけかい?」


「そうだぬ、おはようぬ!」


 よーし、ヴィルいい子だね。


「おはよう、ポロックさん。実は……」


 何ちゃらセットとかいうお買い得品みたいなクエスト名でかくかくしかじか。


「ああ、あるある。いくつかのクエストをまとめて、1つの石板クエストとして分配するケース。転送魔法陣の設置も1つで済みますので、コストを安く抑えられますからね」


「あ、そういえばそうだ」


 なるほど、コストの問題と言われると素直に納得できる。

 でもギルド行きの転送魔法陣なら既にあるのにな?

 わざわざもう1つ設置されたのは、きっと何か理由があるに違いない。


「その場合、いくつかのクエストがワンセットになっていて、通常は全部をクリアしたところで新しい『地図の石板』が配られるね。セットになったクエストの全てがレベルに見合った難易度というわけではなく、ほとんどは自分のレベル未満で楽にこなせるものだよ」


「じゃあボーナス経験値分、得ですねえ」


「ハハハッ。そういうことですね。ラッキーイベントだと思ってもらえば」


「そうかー。ありがとう、ポロックさん」


「どういたしまして」


 ふむ、ラッキーイベントか。

 いずれにしてもギルド関係のクエストをいくつか振られるんだから、ここへはしょっちゅう来た方が良さそうだな。

 ギルドの内部へ。


「こんにちはー」


 依頼受付所のおっぱいさんに挨拶する。


「こんにちは、ユーラシアさん。ヴィルちゃんもこんにちは」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


 ヴィルは前も同じこと言ってた気がする。

 おっぱいさんがすごいお姉さんで上書きされるかも?

 まあそれならそれでもいいか。


「例の宝飾品持って来いってクエスト、どうなりました?」


「はい、少々お待ちください」


 おっぱいさんが机の下から依頼書を出してくる。

 揺れる。


「こちらです。依頼内容としてはそのままですが、少し文面が訂正されました」


 『期限は妖姫の月の末まで。黄金皇珠以上の宝飾品。個数に制限なし。相場の5割増しで引き取ることを依頼料とする』


 おおお? マジで個数無制限になったぞ?

 依頼者どんだけ金持ちなんだ。

 ぜひ財産を当方へ移管せねば!


「いかがです? 請けていただけますか?」


「もちろん! どうしよう、嬉しいなあ。大富豪になっちゃうかもしれないよ!」


 おっぱいさんニッコリ。


「健闘をお祈りしております」


 よしよし、宝飾品クエストも決定だ。

 あ、でもこれ期限が1ヶ月もあるんだよな。

 複数クエストがセットになってるとすると、その間に第3のクエストも来そうだし。


「この宝飾品クエストも、いまあたしがもらってる石板クエスト『ドリフターズギルド・セット』の1つなのかな?」


「はい、そうです」


 ふむ、やはり。


「ちなみに次掘り出し物屋さん来るのいつです?」


「まだ連絡はありませんね。10日以内に来ることはないです」


 なるほど。


「ありがとう、さよなら」


「バイバイぬ!」


 買い取り屋で不必要なアイテムを処分し、食堂へ顔を出す。

 マウ爺とアンセリだ。


「こんにちはー」


「こんにちはぬ!」


 3人が会釈する。


「あれ、ソル君は?」


「今日、まだ来ないんだ」


「寝坊してるのかなあ?」


「たまにはそういうこともあるじゃろ。ゆっくりさせておけい」


 まーそーだな。

 張り詰めてばかりもよくない。

 特にソル君はパーティーメンバーが女の子2人だから、気を使うこともあるだろうし。


「今、アンセリはレベルいくつなの?」


「我らが21、ソール様が20です」


 へー、もう20超えたのか。

 マウ爺が好奇心に満ちた目つきで見る。


「嬢はまた面白いクエストでも抱えているのかの?」


「面白いというか、こんなの請けたんですよ」


 先ほどの依頼書を見せる。


 『期限は妖姫の月の末まで。黄金皇珠以上の宝飾品。個数に制限なし。相場の5割増しで引き取ることを依頼料とする』


 アンセリが唖然とする。


「黄金皇珠以上の宝飾品って……」


「ワクワクするだろう? 以前一度この依頼断ったんだよ。100個持ってきたら依頼料払えないだろうって。そうしたらさあ、わざわざ『個数に制限なし』って入れてまた依頼してきたんだよ。大金持ちになっちゃったらどうしよう!」


 マウ爺が笑う。


「ハハハ、嬢は相変わらず愉快だの」


「いやでも当てはあるのか?」


 アンが心配そうだ。

 まあ期限のあることだしな。


「黄金皇珠はデカダンスのレアドロップだから、倒しまくれば何とか。でもそれ以外は心当たりないんだよね。どうせならガッポリふんだくってやりたいんですけど、マウさん何か御存知ないですか?」


「ないこともない」


 おお、さすがマウ爺。

 頼りになるなあ。


「魔境の中央部、イビルドラゴン等最強の魔物達が住まうエリアにのみ分布する、最上級の人形系レア魔物がおる。その名を『ウィッカーマン』という」


 ウィッカーマンか。

 いかにも強そう。


「何をドロップするんですか?」


「わからん。というか、倒した者がおらん」


「倒した者がいない、ですか……」


 セリカが抑揚のない声で繰り返す。


「うむ、素早く魔法攻撃が苛烈で、衝波属性しか効果がないのは従来の人形系レアと同じじゃが、ウィッカーマンは例外的にヒットポイントが多く、しかもダメージを受けたターンに必ず逃げるのじゃ。逃げるのを防ぐ呪具やスキルも効かず、また冒険者側が5人以上だとすぐ逃走すると聞く。つまり実質1パーティーのみ、かつ1ターンでヒットポイントを削り切らなければならぬ」


 ふーん、倒されたことのない魔物のことだけはある。

 かなり条件が厳しいな。

 レベルが上がって、あたしの『あやかし鏡』の効果による2回攻撃を、アトムが『刷り込みの白』付属のバトルスキル『コピー』を使い、繰り返してワンチャンか?


「どうじゃ、いけそうか?」


「うーん、戦ってみないと何とも言えないですね。レベルもう少し上げたら挑戦してみます。楽しみが増えました」


「そうかそうか」


 マウ爺完全に面白がってるじゃないか。

 しかしいいことを聞いた。

 当面は打倒ウィッカーマンを目標としよう。

 誰も倒したことがないというのも、乙女のハートにストライクだ。


「ありがとうございます。今日は帰ります」


「午後は魔境か?」


「そうです」


 アンセリがヴィルをチラチラ見ながら話しかけてくる。


「ヴィルちゃんをぎゅーしていいですか?」


「3人でぎゅーしようか?」


「ぬ?」


「「「さんにんでぎゅー!」」」


「ふおおおおおおおおお?」


 よしよし、ヴィルはいい子だね。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ただいまっ!」


「お帰りなさい」


 あれ、クララだけ?

 いい匂いがするぞ?


「夕御飯用のお肉を煮てるんですよ。薬草だけ入れれば食べられるように。アトムとダンテは森に行ってます。もうそろそろ帰ってくると思います」


 なるほどムダがない。

 さすがクララ。


「海岸はどうだった?」


「やはり『地図の石板』は届いていませんでした。ギルドで何かわかりましたか?」


「うん、収穫あったよ。あっ、アトム、ダンテお帰り!」


「たくさん取れやしたぜ!」


「とりあえずコレだけコレクトしてきたね」


 大量の柿とアケビだ。

 やたっ!


「まだ食えそうな実が多いですぜ」


「グミかクコっぽいレッドの実がメニーメニーね。でもクララがいないとエディブルかわからないね」


「明日皆で森へ行こうか。せっかくだから、今日はこれ食べて魔境行こ」


 かぷり。


「あっ、姐御!」


「しぶーい!」


 渋柿かよっ!


「で、ギルドはどうでやした?」


「ちょっと待って。口が渋い」


 うがいうがい、っと。


「えーっと、ポロックさんによると、いくつかのクエストをまとめて出すことはあるそうです。転送魔法陣が1つで済むから、というニュアンスでした」


 ああ、と全員が頷く。


「それから宝飾品クエスト決定でーす。ちょっと内容変わりました」


 もらってきた依頼書を見せる。


 『期限は妖姫の月の末まで。黄金皇珠以上の宝飾品。個数に制限なし。相場の5割増しで引き取ることを依頼料とする』


「こういうクエストでしたか。個数制限なしの部分が新しく加わった文言ですか?」


「そうそう。で、おっぱいさんによると、これもまたセットメニューの1つだって」


「フーン、アバウトワンマンス……」


「いや、デカダンス倒しまくってりゃ大丈夫でやしょ」


 宝飾品1個納めて何とかってこと考えてるんじゃないんだよ。

 がっぽり大儲けしたいんだってばよ。


「マウさんからの情報だけど、魔境中央部の最強魔物群生息域に、ウィッカーマンっていう人形系レア魔物がいるんだって。クララ知ってる?」


「はい、名前だけは。生態について知られていることは多くないようですが?」


「誰も倒したことないんだけど、すごい宝飾品をドロップする可能性があるってよ」


「誰も倒したことがない? ワッツ?」


「ヒットポイントがめっちゃ多い、ダメージを受けたターンに逃げる、逃げるのを妨げることはおそらくできない、冒険者5人以上だと逃げちゃうから4人までで戦わなきゃならない、っていう条件付き」


 クララの顔が引き締まる。


「つまり1パーティーが1ターンで倒し切らなければいけないということですよね」


「そういうこと。人形系レアに大打撃を与えるレアなスキルを何人もが持ってなきゃいけない、ってのがミソだと思うんだ。でもあたし達には『あやかし鏡』があって、それを『コピー』できるから」


 最も人形系に対して大きなダメージを与えることができるあたしは『あやかし鏡』の効果で2回攻撃機会があり、それを『刷り込みの白』を装備することによって得られるスキル『コピー』によって倍化できる。

 2回攻撃の『ハヤブサ斬り』系のスキルを使えば、1ターンで計8回斬りつけることができるのだ。

 またクララの『勇者の旋律』でさらにダメージ効率を上げられる。

 勝てないはずがあろうか?


「魔境中央まで行けるようになったら挑戦してみよう。当面の目標レベルは、ドラゴンに勝ったときより10上、65で」


「そうでやすね、腕が鳴りまさあ!」


「よーし、魔境行こうか」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境にやって来た。

 最近ここ来るの楽しいな。


「オニオンさん、こんにちは!」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「オニオンさん、人形系レア魔物のウィッカーマンについて、知ってること教えて?」


 魔境ガイドのオニオンさんほど、ウィッカーマンについて知っている者はおそらく存在しないだろう。

 強敵ほど情報は大事だ。

 タマネギ頭の小男の表情がやや引き締まる。


「次なる獲物はウィッカーマンですか? 相当難易度高いですよ?」


「うん、知ってる。でも黄金皇珠以上の宝飾品持って来いっていう依頼請けちゃってさあ。マウさんに相談したら、ウィッカーマンなら可能性ありそうなこと言ってたから」


「え、『黄金皇珠以上』なら黄金皇珠でいいわけですよね? ユーラシアさん確か、デカダンスのドロップで黄金皇珠持ってたような?」


「あれは売っちゃった。この依頼、何と個数制限がないんだよ。持ってっただけ相場の5割増で引き取ってくれるって言うから、どっさり送り付けて大儲けしようと思うんだ!」


 オニオンさんが目を丸くする。


「これが大物の発想か……」


「やだなー、褒めても何にも出ないぞ? でも儲けたらまた、おっぱいさんとの会食をセッティングするよ」


 そこの赤タマネギ咳き込むな。


「オホン、それはともかくウィッカーマンについての情報ですか」


「うん、魔境中央部の最強魔物が住んでるところにいる、ヒットポイントがめっちゃ多くて倒せた人がいない、ダメージを受けるとそのターンに逃げちゃう、スキルやアイテム使っても逃げるのを妨げることはできないっぽい、5人以上で戦おうとすると逃げちゃう、ってことはマウさんに聞いたんだけど」


 オニオンさんが腕組みをする。


「倒せた者どころか、過去戦った者自体がほとんどいないんですよ。……ひょっとすると、現役の『アトラスの冒険者』の中には1人もいないんじゃないでしょうか?」


「そーなの?」


 チャレンジすらされない魔物か。

 相当危険な子だな。

 嫌な予感がする。


「かつてそれぞれ人形系レア魔物に対するかなり有効なスキルを持っていた3人のドラゴンスレイヤーがチームを組み、ウィッカーマンに挑んだことがあったそうなんです」


「それでもダメだったんだ?」


「ええ。しかもその後のコメントで、ウィッカーマンにはまだまだ体力の余裕がありそうだったとのことなので……」


 魔物と戦っていてあとどれくらいで倒せそうかというのは、自分のレベルが上がってくると何となくわかるようになってくる。

 ドラゴンスレイヤー3人がかりの攻撃でまだ余裕ありそうって、かなりの難物だな。

 普通ドラゴンスレイヤーのレベルって、今のあたし達より上だろうし。


「ふーん、そこまで聞いただけでもどうしようかって感じだねえ」


「というわけで、ウィッカーマンとあえて戦おうとする冒険者はいないんです。もちろんドラゴン帯を超えて魔境中央部まで足を運ぶ者自体がごく稀である、という事情もありますが。だから情報も少ないんですよ。その他にワタクシが知ってることと言ったら、ウィッカーマンの魔法攻撃は『メドローア』で、1ターンに2発撃ってくるということくらいです」


 『メドローア』とは、非常にダメージ効率が高いことで知られる火・氷の2つの属性を持った単体攻撃魔法だ。

 うちのダンテも使えるが、あれ連発ってひどくない?


「……『メドローア』の威力を軽減するには、火と氷両方の耐性がないと効果がないんだっけ?」


「そうなります。ユーラシアさんのパーティーで最もヒットポイントが高いのは、そちらのアトムさんかと思いますが、それでも対策なし防御なしでウィッカーマンの『メドローア』を連続で食らえば、耐えられないんじゃないでしょうか」


「……当たり前だけど、敏捷性高いから先制で魔法撃ってくるんだよね?」


「はい」


 攻・走・守三拍子揃っためっちゃヤバいやつやん!

 先制で『メドローア』撃たれるとなれば、クララの強力な属性耐性魔法『精霊のヴェール』は当然間に合わない。

 氷耐性を持つパワーカード『寒桜』は4枚持ってるけど、火耐性のカードは持ってないから、ダメージ軽減すらできないしな。

 一番攻撃食らうアトムを防御に回すと火力が全然足りないし。


「いかがです?」


「ムリだなー。とりあえずレベルも準備も全然足りてないことはわかった」


「でももしウィッカーマンを倒せるとしたら、ユーラシアさんのパーティーだけだと思いますよ」


「あたしもそう思うけど」


 いやこれ自慢でも何でもなくて、持ってるスキルと装備からしてそうだろうってことなのだが、オニオンさんは自信と捕らえたようだ。


「期待していますよ」


「うん、適当に頑張る」


 オニオンさんが軽く笑う。


「で、今日はレベル上げですか?」


「そうだね。レベル上げ兼ねてデカダンス狩ってくるよ。黄金皇珠ドロップするかもしれないし。それからまだ行ってない場所も結構あるんだ。ちょっとずつでも調査しないと」


「ハハハ、行ってらっしゃいませ」


「行ってくる!」


 ユーラシア隊出撃。


「今日はどの辺り行きやすか?」


「反対側行きたいのは山々なんだけど」


 魔境の中央部を挟んで、ベースキャンプとちょうど反対側に当たる北側はまだ全然手付かずなのだ。

 新しい知見があるに違いない。

 でも、フラッと足を延ばすには遠過ぎるんだよな。


 クララがにこやかに言う。


「向こうを探索するとなると1日仕事になります。時間が取れる時に、お弁当持参で行きましょう」


「そーだね。ピクニックは今度にしよう。じゃあ今日はまずオーガ帯西側を探索してから、ワイバーン帯ドラゴン帯に入るよ。基本、クレイジーパペットとデカダンス以外、相手にしない方針で」


「「「了解!」」」


 宝飾品と経験値を優先するのは今までと変わらずだ。

 ベースキャンプから西へ。

 オーガ帯で普通に採取できるのだから珍しくはないのだろうけれど、見覚えのない素材もあるな。


「これ、タイムですね」


 クララが草だか灌木だかを指し示す。

 タイムくらいはあたしも知ってる。

 肉料理に合わせる有名なハーブだ。

 ハーブティーにも使える。

 帝国では魚料理にも使うというが?


「何か変わった点ある? とゆーか香り強くない?」


「明らかに強いですね。そういう種類なのか、魔境だからなのかはわかりませんが」


「少し持って帰って、家にも植えようか?」


「一枝持って行けば挿し木できるかと思います」


 少しずつ食生活が豊かになると思うと嬉しいなあ。

 商売のネタになる植物もきっとあるだろう。

 魔境は本当にいいところだ。


 時々現れるクレイジーパペットを倒しつつドラゴン帯へ。

 丁寧に『実りある経験』をかけてから倒すのが、美少女精霊使いパーティーのエチケット。


「透輝珠と藍珠ゲット。ドラゴン帯をぐるっと一回りしようか」


「「「了解!」」」


 寒くなってきたと思ったらアイスドラゴンがいる。


「アイスドラゴンってレッドドラゴンと同じくらいの強さ?」


「一般的にはそう言われてますね」


「スルーね?」


「そうだね」


 ムダな戦いは避けよう。

 あたし達は宝飾品ハンターであって、ドラゴンハンターじゃないからね。

 今日はこの前よりレベルが高いせいか、それともドラゴンを倒した気持ちの余裕からか、落ち着いて周りを見られる気がする。


「エーテル濃度が高いからって貴重な素材があるとは限らねえんだなあ」


「うーん、生物系の素材はそうでもないんだろうけど、戦闘はもっとレベル高くなってからね」


「デカダンス2体ね」


 あ、デカダンス2体は初めてだな。

 まあ『薙ぎ払い』で一丁上がりなのだが。


 今日の探索でレベルが4~5上がり、全員のレベルが62となったところで帰途につく。

 レベル50を超えるとなかなか上がらないものらしいが、人形系を狙って倒してるとそうでもないな。


「お帰りなさいませ」


 オニオンさんが迎えてくれる。


「デカダンス何体か倒したけど、黄金皇珠は落としていかなかったなー」


「ハハッ、そういうこともありますよ」


 思ったより、デカダンスが黄金皇珠をドロップする確率は小さいのかもしれない。

 となるとウィッカーマンを倒す備えを急ぎたいものだが。


「今日は帰りますね」


「お疲れ様でした。またいらしてください」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「はい、作戦会議を始めまーす」


 夕食を終えた後、今後の方針を決める。


「ウィッカーマンはどうやらめっちゃ強いみたい。どうしよ? 少なくともアトムがガード状態じゃなくても『メドローア』2発に耐えられないと、話になんないよねえ」


「姐御。パワーカードの『ファイブスター』か『三光輪』のどちらかは、必須だと思いやすぜ」


「どんなカードだったっけ?」


 『ファイブスター』は火・氷・雷・風・土全てに30%の耐性、『三光輪』は火・氷・雷に30%の耐性及び魔法防御+7%だそうだ。

 似た傾向のカードだが、『ファイブスター』は応用範囲が広く、対ウィッカーマンに限れば魔法防御が上がる分『三光輪』の方がいい。


「『寒桜』と『フレイムタン』で2枠使うのは、それだけ攻撃を薄くしてしまうので得策ではないです。『ファイブスター』や『三光輪』はコモンの素材で製作できると思いますので、そろそろリストにチェックされてもおかしくないのですが」


「コルム兄かギルドのベルさんに頼めば手に入るだろうけど、それも癪だねえ」


「急がばローリングね」


 ダンテの言う通りだ。

 レベル上げの方が先ではあるし。


「で、明日はどうしやす?」


「うーん、森行って食べられる実は取りたいし、干し柿も作りたいな」


「ユー様、柿を吊るすのに適当な紐がありませんので、購入しましょう」


「じゃ、午前中に灰の村か緩衝地帯で紐手に入れて、帰りに森に寄ろうか」


「「「賛成」」」


「午後はどうしようか?」


 アルアさんとこかギルドか魔境か。


「肥溜めガールね」


「え?」


 ほこら守りの村のマーシャか。

 意外な意見だが?


「アイシンク、プランが決めにくいのはインビジブルな要素がメニーだからね。そんな時こそ占いね」


「……一理ある」


 リタとマーシャの様子も見ておきたいしな。


「よし、ほこら守りの村行こう。その後時間があるようなら魔境だね」


「「「了解!」」」


「本日はここまで、おやすみっ!」


          ◇


「カカシー、これどこに挿しといたらいいかな?」


 今日も朝からいい天気。

 今の内日課は済ませておこう。


「ああ、それは? 何だタイムか。そんなの雑草みたいなもんだ、どこ植えたってどんどん増えるぜ。でもこれから冬で時期がちょっと悪いな。畑に植えとけばオイラが面倒みておく。春になったら敷地外に植え替えても十分育つと思うぜ」


「わかった。ここ挿しておくから、春まで任せたよ」


 カカシは頼りになるなあ。

 タイムってこの辺の気候だと作るの簡単らしい。

 肉料理にハーブティー、スープにも良し。

 それだけで腹膨れるもんじゃないけど、雑草みたいに勝手に育ってくれるなら、こんなに嬉しいことはない。


 さて、皆で灰の民の村へ出向く。


「細めの麻紐がいいですねえ」


 うむ、干し柿にはそういうのがいい。

 適当なのが手に入ればいいのだが。


「サイナスさーん、こーんにーちはっ! これお土産だよ」


 サイナスさんに挨拶し、冷凍コブタ肉を渡す。

 どこへ持って行っても喜ばれるお肉は正義。


「いつもすまないね。ところでこれ、どこで手に入れるんだい?」


「『アトラスの冒険者』のクエストの転送先にいるんだよ。それをガッと狩ってくるの」


「説明が随分雑だね」


「説明が上手くても、肉は美味くならないからね」


 アハハと笑い合う。


「灰の民のショップは順調?」


「うちは順調。でも売れない村もあるよ」


 そりゃそうだな。

 生活必需品は売れるだろうが、そうじゃないものはさほど売れるとは思えない。


「うーん、レイノス近郊に住む商人がカラーズに目をつけ始めてるんだよ。黄の木工品、赤のガラスと陶器、黒の呪術グッズはレイノスの方が売れると思うから、あたしが仲介した方がいいかな?」


「ユーラシアから見て信頼できる人かい?」


「そこまではわかんないけど、盗賊退治して恩売りつけて、しかもその人の息子はあたしを師匠扱いしてるから、全然繋がりない商人よりはコントロールしやすいよ」


「十分過ぎるだろ」


 サイナスさんが苦笑する。


「よし、うちと白以外は、その商人に間に入ってもらうことを検討しよう」


 灰と白は農作物が主生産物だからカラーズ内でも捌けるくらいだ。

 おまけに戦争になった場合、レイノスはカラーズに対して食料依存度高くなるのがわかりきってるので、今からガンガン売るわけにいかない。


「……緑の民の村はどうかな?」


「ん? 何か問題でもあるのかい?」


「その商人さんは、親の代に緑の民の村から出てきた人なんだよ。ひょっとして傍から窺い知れない確執があるのかもしれない。緑の民に知り合いいないから、状況がわかんないな。揉めた時仲裁できる自信もないし」


 サイナスさんが何でもないことのように言う。


「構わない。揉めたなら揉めたでいいさ」


 何ですと?

 突き放すじゃねーか。

 そういうのはちょい悪キャラが言わないと、似合わないセリフだぞ?


「他の村が順調に交易を進めるならば、緑だけ反抗期極め込んで取り残されるわけにもいかないだろう? 本当に関係が拗れているなら、その時こそ修復のチャンスじゃないか」


「なるほどー。サイナスさんは賢いな。そのセンで行こう!」


 ニコニコのサイナスさん。


「……確認しとくけど、白と灰はパラキアスさん案件で、レイノスとの交易の話には当面乗らない、でいいんだね?」


 無言で頷く。


「よーし、じゃあユーラシアが商人脅しつけて有利な条件でレイノスでの商売を仲介させようとしてるから、つまんない話に乗るな安売りすんなって各村に言っといてくれる? 特に赤と青に」


「ハハハ、わかった」


「それから各村が商品として売れるものをリストアップしといて欲しい。それ持って交渉に行くから」


「2日後までには聞いておこう。それでその商人の名前は何と言ったかな?」


「ヨハン・フィルフョーだよ」


「ヨハン・フィルフョー、っと。じゃあ商売の件はそんなとこだな。あれ、君は今日、何しに来たんだっけ?」


 おお、そうだ。


「干し柿用の紐買いに来たんだった」


「何だ、そうか」


 大人しく道具屋で紐買って帰る。

 森へ寄って行かないと。


          ◇


「そっちのガマズミは美味しいです。あっ、イチイは毒、ナナカマドは不味いです!」


「ややこしいぜ……」


「レッドトラップね」


 うーむ、えらく難しいぞ?

 似たよーな赤い実でも、思ったより食べられないっぽい。

 とゆーか、食べられないやつの方がずっと多いじゃん。


「美味しい実は小鳥も好きですからねえ。残っているのは毒だったり不味かったりするものが多いのかもしれません」


「そー言われると納得できるなあ」


 ともかくクララがいない時に取るのは危険だな。


「姐御、この食べられるやつの種を、うちの敷地の周りに蒔いときましょうぜ」


「そうだね、ダメもとでそうしとこう」


「エディブルなのだけなら見分けがイージーね」


「タイムと混植すると捗りますねえ」


 家の周りで食べられる草木が勝手に増えてくる。

 実現すればなんて幸せなことだろう。


 帰宅後、木の実で軽く昼食を済ませ、冷凍肉を持ってほこら守りの村へ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


 予定通り、マーシャに占ってもらうためにほこら守りの村にやって来た。

 木々の隙間から漏れる陽の光、幹を抜けて吹く風、木の皮と苔の柔らかな匂い。

 ここ晴れてる日はすごく気持ちがいいな。

 北の開けたところへ足を進める。


「こんにちはー」


「おお、これは精霊使い殿ではないですか。こんにちは」


 機嫌良く話しかけてくれるのは村長だ。

 冷凍コブタ肉を渡す。


「お土産です。皆さんでどーぞ」


「これはこれは。大層なものをすいませんな」


 肉は御馳走だ。

 家畜は高価であるし、小動物や魔物は誰にでも狩れるものじゃない。

 どこに持って行っても喜んでもらえるから、お土産にピッタリだ。

 肉に不自由しなくなったのは、冒険者になって一番嬉しいことかもしれないな。


「アルハーン平原の魔物掃討作戦ではかなりの御活躍だったそうで。こちらにもその勇名は轟いておりますぞ」


「チャーミングな美少女だって広めといてくださいよ」


 一笑い。

 掃討戦から1ヶ月も経つと、ここみたいな田舎の村にまで話が伝播するんだな。

 村長に聞いておく。


「その後御神体の様子はどうですか?」


「大変落ち着いております。参道入り口に土地神様の碑を建てましてな、よろしかったら参っていってくだされ」


「そうさせていただきます」


 リタも調子いいようだ。

 落ち着いてさえいれば霊験あらたかな神様だそうだからな。


「マーシャは今、御神体のところですか?」


「いや、この時間ですと、もう家へ戻ってきてると思いますが」


「あ、そうですか」


 ダンテがマーシャの魔力を感知したようだ。


「ちょっと会ってきますね」


「はい、ごゆっくり」


 土地神様を参ってから、マーシャの魔力を辿る。

 水路を越えた向こうの小さな小屋だ。

 ここがマーシャの家なんだろうな。


 初めてほこら守りの村に来た時は、匂いの強い香草だか香木だかをたくさん詰め込んだ仮小屋にマーシャはいた。

 まあ肥溜めガールだったから。


「こんにちはー」


「あっ、ゆーしゃさま!」


 マーシャが飛びついてくる。

 ヴィルと行動が似てるな。

 よしよし、あんたも可愛いぞ。

 それにしても大分髪の毛伸びたなあ。

 この前会った時、あたしと似た髪色と思ったけど、マーシャの方が少し薄いかな。


「マーシャもいい子だねえ」


「いいこですよ?」


 『いい子ぬよ?』という幻聴が聞こえたような気がする。

 大人の女性から声をかけられた。


「精霊使いさん? あの掃討戦の女傑?」


 女傑かー。

 女傑って表現は堅苦しくて響きが良くないな。


「精霊使いユーラシアです。初めまして。マーシャのお母さんですか?」


「そうです。あらまあ、よくいらっしゃいました……」


 何なの、お母さんめっちゃ普通の人やん。

 どーしてマーシャみたいな特別な力を持った子が生まれたんだろうな?


「ちょっとマーシャに聞きたいことがあるんです。お借りしますね」


「はい、それはもう」


 マーシャを外に連れ出し、ぶらぶら散歩する。


「リタは元気かな?」


「はい。とてもあんていしています」


 そーか、よしよし。

 霊なのに元気ってのはおかしかったか?


「毎日リタのところへ遊びに行ってるの?」


「はい。りたとまーしゃは、とてもなかよしですから」


「そーか。マーシャは偉いねえ」


「そんなことはないです。ゆーしゃさまのほうが、ずっとずっとえらいのです」


 マーシャが少し照れて、頬が赤くなっている。

 可愛いやつめ。


「ゆーしゃさまは、きょうはどうしましたか?」


「マーシャに占ってもらいたくて来たんだよ。やろうとしてることはいくつかあるんだけど、優先順位がわかんなくて」


「はい、では、わたしをじっとみてください」


 マーシャをじっと見つめる。

 すーっと染み入るようなマーシャの魔力を感じる。

 まだ髪の毛が短くて寂しいから、何か頭飾りがあると似合うかな。

 あ、バエちゃんもカツラ外すとこんなもんか。


 『ハゲ子シスターズ』という言葉が頭に浮かび、ちょっとおかしみを覚える。

 『肥溜めガール』とどっちがひどいかな?


「こんなんでました!」


 不意にマーシャが自信に満ちた声で叫ぶ。


「おいはぎむらがきちです! さがしていたものがみつかります!」


「え?」


 完全に想定外キター!

 皇女リリーの件の盗賊村こと西域の自由開拓民集落バボのことだろう。

 あそこにもう一度行くことになるとは思わなかったな。

 探していたものって何だ?


「もう少し詳しく教えてくれる?」


「はい、おいはぎむらはひょうばんがわるいので、ひとがきません。ゆーしゃさまがすくうのです!」


「ははあ、なるほど」


 そうか、バボが盗賊村だってことは結構知られてるってことか。

 それだと旅人が立ち寄る町として成り立たせるのは難しくなっちゃうな。

 対策立てないといけない。


「それからまきょうはさんどめのしょうじきとでました!」


 三度目でウィッカーマンが倒せるといいな。

 デカダンス3体で黄金皇珠をドロップするだけかもしれないが。


「ありがとう、マーシャ。また来るからね」


「ゆーしゃさまのえいこうにさちあれっ!」


 マーシャを家まで送り、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 帰宅後、急いで自由開拓民集落バボにやって来た。


「あっ、精霊使いさん!」


「ちょっとよろしくない事実が判明したんだ。村長呼んでくれる? 村人集めて」


 何事かと集まってくる村人達。


「はい、注目。この村が盗賊村だということは、どうやらかなり広まっているようです。あたしの最も信頼する占い師によると、このままでは人が寄り付かないということなので、早急に対策を打たねばなりません」


 あたしの頭の中で『最も信頼する占い師』と『肥溜めガール』がイコールで結ばれている間に、村人達の間にざわめきが広がっていく。


「た、対策ったって……」


「どうすりゃいいんだ!」


「なあ、やっちまったことはチャラにはならねえし……」


「やっぱりバボはダメなのか……?」


 動揺する村人達。

 暗くなるなよ、簡単なことなんだってば。

 村長が不安げな顔で話しかけてくる。


「精霊使い殿、どうすれば……」


「名前変えよう!」


「「「「は?」」」」


「あたしの名前使っていいから。近くにあった盗賊村バボは、精霊使いユーラシアによって滅ぼされました。この村は最近できました。バボとは関係のない、清く正しく美しい村です。これでいこう」


 徐々にその意味するところが村人達の間に浸透していく。


「この村ってほとんど周りの集落と交渉ないんでしょ? じゃあわかりゃしないって。新しい村の名前で客引きして、洞窟コウモリ料理を名物にすれば、絶対に口コミで客は増えていくから」


「そ、そういうことか!」


「それなら今進めている準備を、そのままやっていける!」


 安堵し喜びに沸く村人達だが、釘は刺しておかねば。

 クララが『ユー様悪いこと考えてる』と評する笑顔で話しかける。


「ただし、あたしが助けるのはここまでだよ。もう一度やらかしたら次はないと思って」


 おーおー、全員の背筋の伸びること。


「何か質問あるかな?」


「新しい村の名前は、何と付けたらいいでしょうか?」


「その辺は村の皆で考えて。訪問者にとって覚えやすい、馴染みのある名前がいいと思うけど」


「ここ街道から若干中に入っていてわかりにくいだろう? 今のままじゃ旅人が寄りにくい気もするんだが、どうすべきだろう?」


「頑張って街道まで整地するのが先だな。街道沿いに整地した場所があれば、開けたイメージを出せるから立ち寄りやすいと思う。ウマやウシ連れて来た人にとっても便利だし、人目につくところに看板も出せるよ」


「元々貧しい村なんだ。来年は作物をもっと努力してみるにしても、差し当たって今売るものが何もないんだが」


「最初売れるものが少ないのはしょうがないけど、最低限食べ物と飲み物は何とかしよう。ムダにするともったいないから受注生産で。宿泊客に必ず明日の弁当が必要か聞いて注文取るの。村に寄っただけで泊まらない旅人にも、30分以内に飲み物と軽食、弁当を出せる体制を作って。それから地下の遺跡ダンジョンにチドメグサや魔法の葉なんかの薬草が生えてるよ。あれ売ろう」


「その地下の遺跡に入ってみたんだが、どの辺にコウモリがいるかわかんねえんだ」


「案内するよ。2、3人ついて来て」


 村人3人を伴い、クララの『フライ』で井戸口から地下遺跡内へ進入する。

 ここは目が順応してくればそんなに暗くないし、空気が臭くないのがいい。


「一番奥にやたらと広い部屋があって、植物がわんさか繁茂しているんだ。そこが洞窟コウモリの多く住みついてるところだよ」


「奥には簡単に行けるのかい?」


「インプとオオゴミムシが結構出るよ。でも最弱クラスの魔物だから、少し慣れれば間違いなく倒せるようになる。初め真ん中の大きな広間にかなり強い魔物がいて、そいつが守ってた魔道の仕掛けのせいでこっちの物理攻撃が通らなかったんだ。でももうその強い魔物はいないし、厄介な仕掛けもないから、ちょくちょくここへ来て狩ってればすぐ対応できると思う」


 頷く3人の村人達。


 そーだ、『アトラスの冒険者』の関係者じゃなくても、ギルドカードでレベルって見られるのかな?

 ギルカを起動してみる。


「ちょっとこのパネルを触ってくれる?」


 あ、ちゃんと表示されるじゃないか。

 全員レベル1か2だ。

 まあそんなもんだろうな。


「ここに表示されるのがレベル、強さの基準ね。一般的に中級冒険者がレベル15以上、上級はレベル30以上って言われてる。洞窟コウモリは、こっちのレベルが低いうちは向かってくるから、剣で狩りやすいよ。でもある程度レベルが上がると逃げちゃうんだ。そうしたら飛び道具使ってね」


「なるほど、そういうことなのか」


「わかったぜ!」


 ついてきた3人の村人がしきりに感心している。


「ちなみに精霊使いさんのレベルはおいくつなんで?」


「今62」


「62!」


 驚く村人達。

 冒険者になって2ヶ月弱でここまできたのは、我ながら出来過ぎだと思う。

 でもなあ。


「いや、あたしなんかレベルは高いけど、大して経験積んでるわけじゃないから。世の中にはもっとすごい人いるんだよ」


          ◇


 インプとオオゴミムシを狩りながらずんずん前へ。

 こいつら腹の足しにならないからなあ、倒しても充実感がないというか。

 ドロップもないみたいだし。

 トロルメイジのいた大広間までやって来た。


「ここにトロルメイジっていう、魔法攻撃がなかなか強力なボス的な魔物がいたんだ。六芒星のそれぞれの頂角のところに台があるでしょ? その6つの台に1つずつ宝玉が乗っかってたんだよ」


「ああ、なるほど。あの宝玉はここにあったものでしたか」


「うん。その宝玉のせいでおかしな力場が出来上がってて、最初弱い魔物にも物理攻撃が効かなかったの。多分、昔ここの主であったエルフかなんかが防御のために作った仕掛けだと思うけど、間違ってももう一度宝玉置いちゃダメだよ。また攻撃効かなくなっちゃうかもしれないから」


「あ、姐御!」


 あれ、普通の人間いるのにアトムが声かけてくるの珍しいな。


「これ、黒妖石でやす!」


「えっ!」


 何と宝玉が置かれていた台に使われていたのは、魔力を蓄えておくことのできる石・黒妖石であった。

 そういわれりゃそーか。

 魔道要素のない普通の石で作って結界が発動する方が理屈に合わない。


 あっ、ほこら守りの村の幼女占い師マーシャが言ってた、あたし達の探しているものとは黒妖石のことだったか。

 やったぞ! これがあれば凄草の栽培が軌道に乗る!


「これ買うよ! 1つ50000ゴールドで売ってくれないかな?」


「「「50000ゴールド!」」」


 人口30人程度の村にとっては小さくない金額だ。50000ゴールドあれば、今年の冬越しはずっと楽になるに違いない。村人が恐る恐る話しかけてくる。


「こんな石の台が、そんなに高価なものなので? 宝石でも貴金属でもないんでしょうに」


「魔道のカラクリに必要なんだけど、そんなことやってる人ほとんどドーラにいないじゃん? 誰も欲しがらないから売ってないんだよ。でもあたしはこの石の大きいやつが欲しくて探してたんだ。あたし達にとっては50000ゴールドの価値があるから」


「俺達だけで返事はできませんが、村の衆誰も反対しないと思います」


「そう? よかった!」


 1つを取り外してみる。

 うおお、かなり重いが、肩に担げば運べるな。

 帰りにここまで戻ってくるのも面倒だから持って行っちゃお。


「50000ゴールド今のあたし達の全財産なんだ。残りもお金できたら必ず買いに来るから、このまま取っておいて」


「もちろん、そうさせていただきます」


「ありがとう! 洞窟コウモリの住処はまだ先だよ」


 さらに先へ進む。


「何だか暑くなってきましたね?」


「本当だ。どうなってるんだ? 一体」


「この先、植物を育てる温室があるんだよ」


「「「温室?」」」


「多分、この遺跡を作った亜人の工夫なんだろうけど」


 突き当たり右側から差し込むまばゆい光。

 到着だ。


「こ、これは!」


「夢みたいだ……」


「光を集める仕掛けと湯の温度で、一年中植物が育つようにしてあるみたいなんだ。花の蜜を狙った洞窟コウモリが群れをなしてるでしょ? やつは肉食じゃないくせに、案外血の気があるから襲ってくるんだよ。ほら、来た!」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あとは村人に任せよう。洞窟コウモリの攻撃! 村人Aがダメージを受けるがカウンター! 洞窟コウモリの攻撃! 村人Bがダメージを受けるがカウンター! 洞窟コウモリの攻撃! 村人Aがダメージを受けるがカウンター! 勝った! 狩った!


「よーし、おめでとう! 君たちの狩った獲物だよ」


「や、やった」


「今は苦労したけど、1ヶ月もやってりゃコウモリが逃げちゃう方が心配になってくるから。さあ、もう少し狩っていこうか」


 『リフレッシュ』してからレッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの発手群石! ウィーウィン!


「す、すげえ。一網打尽だ……」


 もう一度ギルドカードを起動する。


「さっきのカードね。触ってくれる?」


 全員レベル4になった。


「見た? 皆確実に強くなってるよ。今はそこのオレンジ髪の精霊が、戦闘になるたび経験値が倍になるスキルかけてたからレベルアップが早かったけど、これからはそういうことないからね。地道に頑張って」


「「「おう!」」」


「さあ、帰ろうか」


 クララの『フライ』で村に戻る。

 村人達大喜びだ。

 飛行魔法はウケがいいな。


「そういうことであれば、この台は差し上げてもよろしいのだが。あなたは十二分にこの村に尽くしてくれたのであるし」


 黒妖石の話を聞いた村長は言い、多くの村人も頷く。


「いや、ありがたいけど、真っ当な商売だからいいんだよ。この黒妖石は村の財産だし、ある人にとってそれだけの価値を有するものなら、対価を請求しなくちゃいけない。でも困ってる人に付け込んで吹っ掛けるのはやめてね」


「精霊使い殿がそう言われるのであれば」


 村人を代表して村長が50000ゴールドを受け取る。


「お金ができたら残りの台も買い取りに来るよ」


「わかりました。お待ちしています」


「この村の発展を祈ってるよ。じゃあね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「カカシー、やったぞ、ついに見つけたぞ!」


「ど、どうしたい、ユーちゃん」


 戸惑う畑番の精霊カカシの前に、ドン、とあの重い石の台を置く。


「魔力を蓄えられる黒妖石! これで凄草育てられるぞ!」


「マジか!」


 カカシも大喜びだ。

 凄草を増やすことができて毎日食べられるようになるのなら、あたしだって嬉しいよ……凄草って美味しいのかな?


「どこに設置しとくと魔力を取り出しやすいかな?」


「そうだな、オイラに近いところならどこでもいいぜ。半分埋めといてくれ」


 カカシの隣に台の足部分を埋め込む。


「さてアトムからだな。試しに持ちマジックポイントの半分くらいを流し込んでみてくれる?」


「え? 何であっしから?」


「あんた『魔力操作』の固有能力持ちでしょーが」


「あ、そうでやした」


 『魔力操作』は、自分のマジックポイントを他者に分け与えることができる固有能力なのだ。

 アトムなら問題なく黒妖石にエーテルを込められるはず。


「やってみてコツわかったら教えて」


「へい!」


 最悪、アトムしか魔力供与できない可能性もあるわけだが、その場合は毎晩アトムがこの仕事だな。

 さて、どうだ?


「ダンテ、様子は?」


「ベリー順調ね」


「よーし、魔力を溜められるところまではクリアだね」


 やがてアトムが台から手を離す。


「ふう、これで半分くらいだと思いやすが」


「御苦労さま。で、どうしたらいいのかな?」


「ぐぐぐーっとしていてふっって感じでさあ」


「うん、あんたの表現力はそんなもんだ」


 いや、アトムの説明に期待してたわけじゃなく、実際に何をしてるかに注目していたのだ。

 大きい魔法を発動するイメージで身体全体で魔力を膨らませ、その濃度を台に当てた手で高める、と。


「次、あたしやってみる」


 半分埋め込んだ黒妖石の台に右手を触れ、魔力を膨らませるイメージ……あれ? 勝手にエーテル流れてくじゃん。

 右手に集めると、あっ速い速い!


「ちょっと流し過ぎちゃったかな?」


「ユー様、いかがです?」


「『魔力操作』の能力持ちじゃなくても全然大丈夫だわ、これ。台触ったまま魔法使う感じで集中すると勝手に流れてくよ。手の方に意識集中させると、エーテルの流れるスピード速くなるっぽい」


 というか多分、黒妖石に触ってるだけでもちょっとずつ魔力流れていくな。

 集中してる時に比べてスピードは遅いけど。


「では、次は私がやってみます」


 クララが台に手をかけ魔力を流し込み、ダンテも同様にする。


「うん、何の問題もなかった。これにて一件落着」


「よかったですねえ」


 うん、50000ゴールドが無駄にならなくて本当によかった。


「カカシ、どう? 魔力取り出せる?」


「バッチリだ! これで4日分くらいのエーテルになるぜ」


「ダンテ、黒妖石の容量と現在溜まってる魔力量はどのくらい?」


「溜まってるのがジャストハーフくらいね。バットアイシンク、魔力を流し込むほどリトルバイリトル入りづらくなりそうね」


 ふむ、なるほど。


「じゃ、これから毎晩寝る前に少しずつ魔力注ごうか。でも何があるかわからないから、基本マジックポイント空にはしないように」


「「「了解!」」」


 アトムがどうしても腑に落ちないという顔で聞いてくる。


「姐御、あの盗賊村の黒妖石の台、1つあれば凄草栽培には十分だと思いやすが、全部買うのはどうしてでやす?」


 ふふふ、聞いちゃう?

 それ聞いちゃう?


「アルアさん家の近くの転移石碑のところにさ、大地の地脈からエーテルを吸い上げる仕掛けがあったでしょ?」


「ああ、あの根っこみたいなやつでやすね」


「そうそう。あの技術が欲しいんだな。エーテル量の多いところに黒妖石の台置いて吸い上げるでしょ? それと畑の黒妖石を繋げれば、いちいち魔力注がなくても自動で供給できるようになる!」


「「「おお!」」」


 クララが聞いてくる。


「繋げると言っても、何を使えば?」


「生物の体は抵抗なく普通にエーテル流れるみたいだから、『スライムスキン』なんかいいと思うんだ。あれなら比較的丈夫だし、手に入れるのも難しくないでしょ」


「ユー様すごいです!」


 ふっふっふっ、驚いたか。

 自分らの主をもっと尊敬したまえ。


「黒妖石の台全部手に入れたら、じっちゃんやアルアさんにエーテルを吸い上げる装置、あれ誰の技術か教えてもらおうよ。エーテルを自在に使えたら、多分もっといろんなことができると思うんだ」


 転移石碑に使えるのはもちろんのこと、バエちゃんのところにあった魔道コンロや炊飯器、冷蔵庫にも応用が利きそうだ。

 感心しきりのダンテが言う。


「初めてボスがエクセレントに見えるね」


「初めてなのかよ! でも許す!」


 今後ほんと楽しみだなー。

 うらないのちからってすげー、マーシャ様様だよ。

 でも今後、黒妖石の数が足りなくなっちゃうか?

 手に入れられる機会があったら逃さないようにしないとな。


「カカシ、凄草頼むね! あとはあんたにかかってる!」


「おお、任せとけ!」


 よーし、今日もいい1日だった。

 御飯食べて寝よっ!


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 朝からギルドにやって来た。


「やあいらっしゃい、チャーミングなユーラシアさん。今日は皆さんお揃いですね」


「おはよう、ポロックさん」


 角帽がトレードマークの大男、ドリフターズギルド総合受付のポロックさんは、いつも落ち着いていて愛想がいい。


「最近、ギルドでペペさん見ない気がするんですけど?」


「そうだね、新しいスキルの創作に時間がかかってるんだと思うけど……」


 妙なトラブルを起こしてるんじゃなければいいけど。

 フラグ立てたつもりはないけど。

 フラグになると意識はしてるけど。


 ペペさんのことだからなー、どんな笑えるトラブルに巻き込まれているか、まるで見当がつかない。

 期待して待ってよ。


 何はともあれギルド内部へ。

 昨日大きい買い物しちゃったから、またもやサイフがすっからかんだ。

 もっとも一昨日魔境で得た宝飾品を売ればいいので、危機感はないのだが。


 おお、先行させたヴィルとアンセリ、ピンクマン、ダン、ラルフ君パーティー?

 大勢だな、皆どうしたの?

 そんなところにいちゃ邪魔だろ。


「「ユーラシアさん!」」


 最初に焦りに満ちた声で話しかけてきたのはアンセリだ。

 いや、だから何事?


「あたしがモテてるわけじゃなさそうだね。どうかした?」


「この3日間、ソール様がギルドに来ないんだ」


「何か大変なことでもあったのかと……」


 続いてラルフ君。


「師匠、おはようございます。盗賊捕縛の褒賞金が出ておりますが……」


 ピンクマン。


「クロード族長から話がしたいと……」


 ダン。


「ラルフから親父さんとの面会と盗賊退治の話は聞いた。やはりユーラシアが絡むと面白いぜ。また次もどうせ愉快な事件に決まってるから、俺も噛ませろ」


 ヴィル、ぎゅー。


「ふおおおおおおおおお?」


 よしよし、いい子だね。


「ちょーっと待つのだ。食堂行ってて。あたしアイテム換金しないとおゼゼがないの」


 ダンがからかうように言う。


「あんたがいつも金欠なのは、ギルドの七不思議だな。かなり稼いでるだろうに」


「いい女にはお金がかかるんだよ。同じこと何度も言わせんなよ」


 とゆーか、あと6つの不思議は何なんだってばよ?


          ◇


「じゃ、ピンクマンから」


 食堂のテーブル3つくっつけて皆の話を聞く。

 まあピンクマンの話は大体想像がつく。

 黒の民の族長クロードさんが、あまりに物が売れなくて焦っているってことだろう。


「あまりに物が売れなくて焦っているんだ」


「おお、一字一句その通り過ぎて、何かの陰謀を疑いたくなるくらいだね」


 まあこの話は至極簡単だ。


「ギルドの武器・防具屋では評判いいんでしょ? もともと呪術グッズはニッチな商品だよ。人口の多いところに売り込めるほど商機は大きくなる。そこのラルフ君の親父さんが東の自由開拓民集落とレイノスの商売を取りまとめてるから、カラーズもお願いしようかって話が出てるところなんだ。ビビるなって言っといて」


「いや、呪術グッズに需要がないのは仕方ないんだが、調味料の方も売れなくてな……」


「え、あの酢が?」


 おかしいな?

 良質な酢で価格も高くない。

 これから冬を迎えるので保存食は重要だ。

 使い方さえ教えてやれば売れないはずはないんだが?


「……ちょっと確認するけど、どうやって売ってるの?」


「普通に販台の上に酢入りのビンを並べている」


「売り子は?」


「普通に黒の民が……」


「アホかーっ!」


 その場にいた全員がビクッとする。


「黒フードが売ってるビン詰め商品なんて、怪しい薬にしか見えないだろーが!」


 黒の民は知らないかもしれないが、実は酢というものはドーラであまり一般的な調味料ではない。

 お酒造る時のでき損ない程度の認識なんじゃないかな。

 黒の民以外では、帝国からの輸入品が手に入るレイノスの食堂くらいでしか使われてないはずだ。


「だから認知度を高めなきゃいけないんだよ。酢漬けの試食品を出して食べてもらえ。レシピも提供すること。保存食に最適だ、使った後のビンも便利に使えるって付加価値を全面にアピールしてっ!」


「わ、わかった」


「それから目立つ幟を立てて、何を売ってるかハッキリさせること。売り子はピンクマンとサフランが担当すること」


 ラブい気配を察したダンとアンセリの表情が緩む。


「何故小生とサフランが?」


「今あたしのアドバイスを聞いてるあんたと商品知識が最もあるサフラン、それ以上にふさわしい売り子いる?」


「なるほど」


「悪魔的な説得力だ」


 ダンがニヤニヤしながら呟く。

 うるさいよ、ニヤニヤ。


「ピンクマンは帽子と黒眼鏡を外して接客ね。それからサフランにはエプロンつけさせて。色味はあんたの好みでいい。青の民のショップで売ってると思う」


「……帽子と眼鏡がないと落ち着かないのだが」


「ちょっと外してみ?」


 ピンクマンが帽子と黒眼鏡を外す。


「全員に聞くけど、つけてる方と外してる方、どっちの売り子がいいと思う?」


「「「「「「「外してる方」」」」」」」


 そりゃそうだ。

 黒の民はもっと世の常識というものを考えた方がいい。


「需要わかった? この際あんたと黒の民のセンスは要らないから、売ることに力尽くして。あの酢は戦略商品だよ。帝国から輸入するバカ高い酢に負ける理由なんかない。シェア独占できるチャンスだぞ!」


「よ、よくわかった」


 この辺のやり取りはどうせラルフ君がパパさんに話すだろうからな。

 せいぜい黒の民の酢の商品的な魅力を宣伝してくれい。

 ……帝国と戦争になった時、高まるであろう保存食の需要に応える術の1つになるかもしれないのだから。


「次、ラルフ君」


「はい、先日の盗賊退治でレイノスの警備局から報奨金が出ておりまして、当家に支払われています。しかしこれは師匠の働きですので、ぜひお受け取りいただきたいと、父が申しております」


「え? ラルフ君だって働いたじゃないか。あたし達は美味しい御飯食べさせてもらったから、それでいいんだよ」


 面倒な手続きしてるのラルフ君パパだし、報奨金もらっちゃうと却って借りを作る。

 別にラルフ君パパは敵じゃないけど、カラーズの商売が軌道に乗るまでは隙を見せたくないのだ。


「それではあまりにも……」


「いいってば。どうしてもって言うなら、ラルフ君達が魔境に付き合いなよ。それの方があたしにとってはうんとありがたいんだ。そんなことより……」


 ラルフ君パーティーが硬直する軽いジョークでそれ以上の話を打ち切る。


「カラーズ各村の売ることのできる商品のリストが、今日明日にでも上がって来るんだ。それ持って親父さんと話したいから、段取りつけてくれないかな?」


「そ、そういうことでしたら早急に」


 ピンクマン聞いてるか?

 時間とともに交渉は進むのだ。

 くれぐれもクロード族長を先走らせるなよ。


「次、アンセリ。ソル君がギルド来ないってどういうこと? 何か心当たりある?」


「それがわたし達にも理由がサッパリわからなくて」


「クエストは順調なんだよね?」


「それはもちろん」


「誰も何も聞いてないのかな?」


 皆が顔を見合わせ、首を振る。

 ふうむ?


「ソル君の住処って、レイノスより東の自由開拓民集落だったよね。何てとこだっけ?」


「「グームです」」


「ラルフ君、この前の盗賊に残党がいて、グームを占拠してるなんてことないよね?」


「さ、それは。少なくとも報告はありません」


 盗賊の一味にもう数人いたかもしれない。

 しかしたかだかその程度の人数で、他所に知られず集落1つ丸々占拠するなんてまずあり得ないことはわかってるのだが。

 人質次第で絶対にないとは言い切れないしな?


「……心配だな。行ってみようか。グームってラルフ君家から近い?」


「一番レイノス寄りの集落です。自分の家から強歩30分強です」


「ピンクマン、悪いけど付き合ってくれる? ラルフ君とフレンド登録して、アンセリ連れて一緒に飛んで」


「了解だ」


 ダンが言う。


「誰か忘れてやしませんかね?」


「誰だろう? 心当たりがない」


 どうせあんたはついて来るんだろ?

 ピンクマンと一緒に来い。


          ◇


 総勢12名、転移の玉でラルフ君の家に到着。


「ヴィルカモン!」


 挨拶もそこそこに、一旦離れたヴィルを呼び寄せる。

 様子がわからん時は、セオリー通りまず偵察だ。


「呼ばれて飛び出てヴィル参上ぬ!」


「よーし、いい子! ここから一番近い自由開拓民集落の様子見てきてくれる? ソル君がいるはずなんだ。様子がわかるようなら教えて。あたし達も歩いてそっち行くから」


「わかったぬ、行ってくるぬ!」


 さてと出発だが……。


「ラルフ君達はどうする? グームまで行く? それともクエスト?」


「自分達も皆さんと行きますよ。面白いことが起きそうですから」


「おお、冒険者らしい答えだね。見違えるようだよ」


 魔境にビクつくパーティーとは思えないよ。

 いつもそういうふてぶてしい表情を見せていればいいのに。


「じゃあ行こうか」


 途中まで行ったところでヴィルが戻ってくる。

 よしよし、いい子だね。

 ぎゅっとしてやる。


「様子はどうだった?」


「集落は平和で何事もないぬ。ソールの気配は家の中にあるぬ。でも何をしてるかはわからんぬ」


「ありがとう。じゃあヴィルはいつもの任務に戻っててね」


「わかったぬ!」


 ふむ、少なくとも村全体を巻き込んだ大事ではない。

 荒事のセンはありそうじゃないな。


「どう見る?」


 ダンが話しかけてくる。


「わかんないね。まあラルフ君パパに報告しなきゃいけない事案ではなさそうで、そこは一安心だけど。でもソル君がカゼ引いたりお腹壊したりしてるんだったら、それはそれで心配だし」


 アンセリが不安そうになる。

 うーん、何でもなきゃいいんだが。


「ところでラルフと盗賊退治の後な、こいつユーラシアを何としてでもものにしろって、親に発破かけられたらしいぜ」


「ダンさん!」


 ラルフ君が悲鳴を上げる。

 緑髪に赤くなった顔って目に優しくないな。


「それは嬉しいね」


「嬉しいのか?」


 ダンは意外そうだ。

 アンセリもだ。


「そりゃそうだよ。ラルフ君家はお金持ちだし、尻に敷けそうだし、お金持ちだし」


「理由がひど過ぎてひでえ!」


 笑いの中、集落が見えてくる。


 グームに着いた。

 うん、普通の経営が上手くいってそうな自由開拓民集落だな。

 縦横の道が直角に交わっているのは、成り立ちの計画性を感じさせる。

 ……特別張りつめた雰囲気はない。


「こんにちは。ソール君の家はどこですか?」


 集落に入ったところの近くにいたおじさんに話しかける。


「こりゃまた大勢だね。精霊もいる?」


「冒険者仲間なんですよ」


「おおそうかい。ソールはどうだい? しっかりやってるかい?」


「極めて優秀です」


「ハハハ、真面目は真面目だわな」


 あれ、扱い軽いな。

 未来の勇者だぞ?

 おじさんが指差す。


「真直ぐ行って左側の家だぜ。見えるだろ? あの大きな木の生えてるところだ。犬を飼ってるから注意な」


 ふむふむ、ソル君家はこれか。

 あ、結構大きな犬が駆け寄ってくる。


「仰向けになって尻尾振るって、変わった芸だねえ」


 ピンクマンが冷静に言う。


「それは恐怖すべき対象に遭遇したときの降参のポーズだ」


「そんなことないよねえ。よしよし」


 なすがままだ。

 ちょっと通らせてね。


「こんにちはー」


 1人の若者が出てくる。ソル君だ。


「ユーラシアさん! 皆!」


 よかった、ソル君元気そうじゃないか。


「ここんとこギルド来ないから心配だったんだぞ?」


「すみません。母が倒れて看病してたんです」


「あ、そうだったんだ。大勢で押しかけて悪かったかな?」


「いえいえ、疲れが溜まっただけで大したことはないんです。そうだ、皆さんで見舞っていただけませんか? 母も外の話を聞くと気が晴れると思いますし。こちらへどうぞ」


 外から南へ案内される。

 割と広い、頑丈そうな家だ。

 陽の当たる縁側に腰掛けている女性がいる。


「あらまあ、皆さんで。いらっしゃい」


「冒険者の仲間達なんだ。心配して来てくれた」


「あらあら、すいませんねえ」


「大勢ですいません。お構いなく」


 倒れたって言うけど、特別どこがどうって風には見えないが?

 ソル母さんが話しかけてくる。


「ユーラシアさんというのは?」


「あたしです」


 興味を抑えられないといった感じでジロジロ見てくる。


「よく話に出てくるんですのよ。で、ソールのことどう思います?」


「母さん!」


 ははあ、今日はあれか。

 モテ日か。


「ソル君は若手のホープですよ。最も信頼する仲間の1人です」


「好きか嫌いかで言うと?」


「好きです」


「うちにお嫁に来る気ない?」


 ほお? ソル君の母親とは思えぬ先制攻撃だな。

 背後の空気がとても面白いことになってるから、もっと面白くしてやろう。


「ありがたい話ですけど、ソル君にはもう嫁が2人もいますから」


「!?」


 嫁1号2号を手招きして呼び寄せる。


「ソル君のパーティーメンバーですよ」


「アンです」


「セリカと申します」


 おーおー、2人ともアンの髪色くらい赤くなってんぞ。

 あたしは2歩下がって成り行きを見守ることにした。

 ダンがこそっと話しかけてくる。


「どうだ?」


「今後の展開が面白くなるか否かは、出演者の演技次第だねえ」


「助演女優の出番はここまでかい?」


「主演男優の活躍に期待したいね。でも主演女優の個性が強力だから」


 主演女優ことソル母さんが止まらない。


「あらあら、可愛らしいお嬢さんが2人も」


「彼女達は大事なパーティーメンバーなんだ。邪推はやめてくれよ」


「……『大事な』はかなりポイント高いと思います。いかがですか解説のダンさん」


「……邪推せよと言わんばかりのセリフもなかなかだ。期待できるぜ」


 何やってんだって目で見てくるラルフ君パーティー。

 せっかくの生メロドラマなんだから楽しめよ。


「パーティーのお嬢さんたちについては、何も話してくれなかったのよ」


「母さんに話す必要ないだろ」


「……おおっと、これは判断に迷う発言だ!」


「……ユーラシアについては話してて、アンセリは話してないのか。穏やかじゃないぜ」


「で、どちらのお嬢さんがお嫁に来るの?」


「母さん!」


「両方でいいんじゃないですか? 広いお家ですし」


「それもそうねっ!」


「「「「!」」」」


 いや、ピンクマン目が点になってるけど、マジで2人嫁でいいと思ってるよ?

 アンセリも何か言えよ。

 せっかくの見せ場なのに。


「ああ、今日は楽しいわ~」


「良かったですねえ」


 そりゃそんだけ暴走してりゃ楽しいだろうな。

 気持ちはわかる。


「ユーラシアさんもお嫁に来ない?」


「お母さん、仮病でしょ?」


 ソル母さんが悪戯っぽく笑う。


「あら、わかっちゃった?」


「まあ、診察力には定評ありますんで」


「初めて聞いたぞ」


 初めて言ったよ。


「どういうことだよ、母さん」


 まあソル君が混乱するのは無理もないが。


「寂しかったんだと思うよ」


「ユーラシアさん……」


 母1人子1人でやってきたのに、1枚の『地図の石板』で運命が大きく変わる。

 ソル君はともかく、ソル母さんは納得できてただろうか?

 必ず訪れる親離れ子離れの時期、しかしこれほど唐突に来ると想像できただろうか?


「コミュニケーションは大事」


「そうですね……ごめんよ母さん」


 ソル君も自覚はあったのかもしれないな。


「で、それはともかくお母さん、アンセリの2人はここに住んでも大丈夫ですかね?」


「もっちろんよお!」


「えっ、えっ?」


「いや、パーティーメンバーがひとつ屋根の下に住むのは常識でしょ。うちだってそうだし。ラルフ君とこなんか皆同じ布団で寝てるぞ?」


「「「「同じ布団じゃないです!」」」」


 そこはノッてこいよ。

 ダンも続ける。


「まあ、すぐクエストに行けるし合理的だわな。アンセリはそれでいいのか?」


「迷惑でないのなら嬉しい」


「宿を取らなくて良くなるのは、とてもありがたいです」


 ソル君、もう観念しなよ。

 外堀とは埋めるものなのだ。


「あたし達は帰ります。あとは一家水入らずでどーぞ」


 すがる様な目をしたソル君を見捨ててとっとと撤収!


「この村、倉庫が多いねえ。裕福なんだろうな。何か変わったもの売ってるかなあ?」


 それには答えず、ピンクマンが問う。


「さっきの、どうして仮病だとわかったんだ?」


「んー? レベル上がったら、身体の中のエーテルの流れが何となくわかるようになってきたんだよね。病気やケガで調子の悪い時って流れが滞ってるの。ソル君のお母さんはそういうことなかったから」


「ふむ、魔法医の素養だな」


 ダンが驚く。


「おいおい、診察力ってマジだったのかよ?」


「何となくだよ?」


「段々人間離れしてくるな」


「人を人外みたいに」


「何でちょっと嬉しそうなんだよ!」


 成長してる実感があるからね。

 やれることが増えるのは楽しいのだ。


「今日は皆、ありがとうね。モテモテのあたしは帰るよ」


「おう、俺には魅力感じないのかよ?」


「そんなことないよ。一生オチ担当に不自由しないと思ってる」


「言い分がゲス過ぎて、オチ担当にふさわしいセリフが出てこねえ!」


 笑いの中、ピンクマンが聞いてくる。


「ユーラシアはこれからどうするんだ?」


「魔境!」


 もーラルフ君達ったら一言で凍りつくなよ。

 何かの魔法みたいだ。

 じゃあね、転移の玉を起動して帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あれ? これもセットのクエスト扱いなのか。

 レベルが63になる。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちは!」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。今日は?」


「うん、もうちょっと西奥の方を探索してから、中へ入ってレア魔物狩りかな」


「行ってらっしゃいませ」


「あ、回復してから行く」


 ここへ来る前、凄草用の黒妖石に魔力を移してきたのだ。

 魔境やアルアさん家など、回復魔法陣のある場所へ来る時はこのパターンだな。

 ちなみに最大容量の8割ちょいくらい。

 8割超えると急激に抵抗が強くなり、それ以上魔力を注ぎ込みにくいということがわかった。

 まああんまりぎゅうぎゅう詰めにしてパンクしても困るし、今後は黒妖石のキャパ8割を上限にしようと思う。


「行ってきます!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。

 西方面のオーガ帯を大きく回る。


「クレイジーパペットは必ずダメージもらうのが嫌だねえ」


「逃げてしまうことも多くなりましたよ」


 人形系の魔物は大概そうなのだが、やたらと素早いし魔法力も高い。

 逃げずに向かってくるときは大体魔法を撃ってきて、これがまた痛いのだ。

 すっとろい真経験値君ことデカダンスだけはノーダメージで倒せるのだが。


「ウィッカーマンはさぞ、強いんでやしょうねえ」


「うーん、正直『メドローア』を連発で食うことは考えたくないねえ」


 最低でも盾役アトムが防御なしで『メドローア』連発に耐えられるようにならないと、ウィッカーマンとはとても戦えない。


「この辺にも見たことない素材があるねえ」


「イエスタデイのイエスタデイにもニュー素材があったね。一度カードアトリエでメイカブルなカードを確認すべきね」


「早めに行きやしょうぜ」


「そーだね」


 素材を見つけるたびナップザックに放り込む。


「そういえば、ペペさん家って魔境のどの辺にあるんだろ?」


「今までそれらしきものはありませんでしたねえ」


 とすると魔境北辺か?

 いきなり魔法打ち込まれちゃかなわんし、オニオンさんに聞いておかなきゃいけないな。


「こんなもんかな。ドラゴン帯へ行こう」


「「「了解!」」」


 ま、ドラゴンの生息域行ったって素材・アイテム採取とレア魔物狩り、やること変わんないんだけど。

 あ、デカダンスだ。

 普通に倒すと……。


「やたっ! 黄金皇珠ゲットだぜ!」


「……3体目でしたね」


「何が? あっ!」


 ほこら守りの村の肥溜めガールことマーシャの占いで出た『さんどめのしょうじき』。

 やっぱデカダンス3体目で黄金皇珠をドロップするってことだったか。

 むーん、めでたさも中くらいなり。


「一応、これでジュエルクエストはクリアできるね」


「まあそうなんだけど」


 20000ゴールドの5割増の収入プラスクエストクリアの経験値と考えれば、もちろん悪くない報酬ではある。

 でもそんなんロマンじゃないんだよなー。

 あ、ペペさんが感染ったか?

 いずれにしても期限ギリギリまで粘ろう。


「寒くなってきましたね」


「本当だ」


 デカダンス狙いで、ドラゴン帯にいる時間も結構長くなった。

 ここ、この前アイスドラゴンがいた近くだな。

 しかし?


「……おかしいな?」


「何がでやす?」


「ダンテ、天気ってどう?」


「安定してるね。グッドなウェザーがしばらく続くね」


「何でこんなに冷えるんだろ? 天気の方から説明つく?」


「……インポッシブルね」


 アイスドラゴンが好む場所だから冷たいのか?

 でも今いないのに寒いのは変だな?


 クララが何か気付いたようだ。


「ユー様、ここ植物が生えていた形跡がありません。地面が冷たいです!」


「地面? あっ!」


 ひょっとしてアレか?


「アトム! 『氷晶石』埋まってない?」


 アトムが大地に神経を集中する。


「あっ、ありやす! 地面のすぐ下!」


「やたっ、冷蔵庫作れるぞ!」


 『氷晶石』はバエちゃんとこにあった魔道の冷蔵庫に使われていた素材だ。

 魔力を流し込むと温度を下げる性質がある。


 新しいものが手に入るとなると嬉しいなあ。

 あたしのこういうところ、冒険者っぽいかも。


「エーテル濃度が濃いから、それ吸って冷えてるんだね」


「今度来るとき、クワとシャベルを持って来て回収しましょう」


「持って帰るのディフィカルトね。ベリーコールドね」


「姐御、これかなり大きい結晶でやすぜ?」


 場所は覚えた。

 いずれは全部回収したいが……。


「アルアさんに売る素材用として少し持って帰りたいな。アトム、あんたの石割る技術と『マジックボム』でどうにかなんない?」


「やってみやす」


「よし、任せた。クララとダンテは周り警戒」


「「了解!」」


 結果として赤ちゃんの頭くらいの大きさの『氷晶石』を採取できた。


「うひゃー、冷たい冷たいっ!」


 ナップザックに入れるも背中が凍える。

 今日は十分な収穫だ。

 さっさと帰ろう。


「ボス、遠くに未確認の人形系レアモンスターね」


 魔境中央部の方向だ。

 デカダンスみたいにも見えるが?


「マジックパワーが全然違うね」


 おお、ダンテすごい。

 この距離で魔力を測れるのか。


「もう少し近づいて姿だけ確認して帰ろう。でないと背中がピンチだ」


 うちの子達が笑う。

 対策が十分でないことはわかっているのだろう、誰も戦おうとは言わない。


 ハッキリ確認できる位置まで近づき観察する。


「デカダンスよりは少しスモールね」


「あの図体で素早いってのはヤベーぜ」


「黒っぽくて禍々しい、ウィッカーマンに間違いないです」


「うん、帰ろうか」


 立ち去ろうとするやいなやそいつに襲撃される。

 今まで出現したどの人形系レア魔物よりも遥かに好戦的だ!

 これは勝てない、慎重に……。


「アトムは防御!」


「了解!」


 レッツファイッ!


 ウィッカーマンのメドローア連発! ともにアトムが受け何とか耐える。クララの勇者の旋律! ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・零式! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! ウィッカーマンは逃走した……!


「リフレッシュ! アトム、大丈夫だった?」


「へえ。しかし防御なしではムリでやす」


「そうだねえ」


 確かにまだウィッカーマンのヒットポイントには、かなり余裕がありそうだった。

 アトムが『コピー』であたしの攻撃を繰り返して初めて勝機が生まれる。


「ま、いいや。ターゲットの強さを知ることができたと思えば。帰ろう」


「「「了解!」」」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


「オニオンさん、面白いもの手に入れたんだよ。ほらっ!」


 ナップザックから冷たい塊を取り出す。


「冷たい! 氷です?」


「これは『氷晶石』だよ。魔力吸って冷たくなる石なんだ。前から欲しかったの」


「あ、素材として売るのではなくて?」


「レア素材らしいからこれは売るけど、まだ取れる場所見つけたんだ。取った肉冷やして保存しとくのにピッタリなんだよ、これ」


 オニオンさんが感心する。


「なるほど……」


「食堂をオープンするときにこれあると便利だなーって思って。『氷晶石』を手に入れられるなんて、今日はいい日だ」


「ユーラシアさんはいつも楽しそうですね」


 あ、そうだ。

 報告しておかねば。


「中央部でウィッカーマンと遭ったよ」


「ほう、どうでした?」


「強いね。全然ヒットポイント削れた気がしない」


「え、戦ったんですか?」


 オニオンさんが驚く。


「いや、あたし達も準備足りてないから戦う気なかったんだよ。姿だけ確認して帰ろうと思ったんだけど、いきなり襲いかかってきたんだ。今まで遭遇した人形系レアで一番荒ぶってるね」


「ほう、そんな特徴があるのですか」


「とにかくメドローアの威力を減殺しないと勝負にならないことはわかった。再戦はそういうパワーカード手に入れてからだなー」


 オニオンさんがニコニコしている。

 美少女の笑顔は魅力的だからな。


「今日は帰るね。オニオンさんさようなら」


「お疲れ様でした」


 転移の玉を起動し帰宅する。

 レベルも65になったし、『氷晶石』も手に入れた。

 なかなかの収穫だった。


 あ、ペペさん家のこと聞くの忘れた。

 ま、今度でいいや。


「クララは御飯の用意お願い、ダンテはサポートね。あたしはアトムとアルアさんとこ行ってくるよ。『ファイブスター』か『三光輪』、どっちか交換できるようになってたら4つもらってくる」


「行ってらっしゃい」


 『ファイブスター』と『三光輪』、細かい性能は異なるが、どちらも敵からの火・氷・雷の属性攻撃を緩和するパワーカードだ。

 ウィッカーマンの『メドローア』対策として絶対必要なものである。


 アトムを伴って転送魔法陣へ。


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「元気がいいね。いらっしゃい」


「サツマイモ、お土産です」


「ありがとうよ、素材売ってくれるかい?」


「お願いしまーす」


「おや冷たい、『氷晶石』があるね」


「魔境で取れたんですよ」


 交換ポイントは430になった。


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『ドラゴンキラー』100P、【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『スカロップ』100P、防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『一発屋』100P、攻撃力+3%、会心率+30%

 『三光輪』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性30%、魔法防御+7%

 『サイコシャッター』100P、防御力+4%、魔法防御+4%、睡眠/混乱/激昂無効

 『必殺山嵐』100P、防御力+4%、反撃率+30%、会心率+5%

 『ミスターフリーザ』150P限定1枚、魔法力+15%、スキル:アダマスフリーズダブル


 新しく交換対象になったのは『三光輪』『サイコシャッター』『必殺山嵐』『ミスターフリーザ』の4枚。

 やたっ! 『三光輪』もらえる!

 交換ポイントも足りる。


 『サイコシャッター』は精神系3種の状態異常を無効にするカード。

 『必殺山嵐』はアトム向きかな。

 『ミスターフリーザ』はわかりやすく強力な後衛魔法職向けのカード。

 魔法力補正が大きく、付属する魔法『アダマスフリーズダブル』は氷魔法『アダマスフリーズ』を2連で放つというもの。


「『三光輪』出たねえ」


「これでリベンジできやすぜ!」


 アルアさんが興味深そうに聞いてくる。


「何だい、ドラゴンスレイヤーでも苦労する魔物がいるのかい?」


「ウィッカーマンっていう、黒っぽい人形系レア魔物がいるんですよ。『メドローア』撃ってくるもんですから、そいつを軽減しないとまともに戦えそうになくて」


「ウィッカーマン? 誰も倒したことないとかいう噂の?」


「そうです」


 アルアさんはしわだらけの目を見開く。


「そいつを倒さなきゃいけない理由があるのかい? 経験値稼ぎなら他の人形系レアでもいいようなものだが」


「黄金皇珠以上の宝飾品持って来い。相場の5割増しで買ってやるっていうクエストを請けてるんですよ。で、物知りの冒険者に聞いたら、ウィッカーマンなら可能性があるって言うもんですから」


「黄金皇珠以上の宝飾品……」


 目をパチパチするアルアさん。


「そりゃあ難儀なクエストだねえ」


「さっき魔境に行って、1つは黄金皇珠手に入れたんです。でもこのクエスト、個数制限がないんですよ。だからどっさり手に入れてガッポリ稼ごうと思って」


「かかかっ、そりゃまたアンタらしい豪快な計画だね」


 豪快って美少女精霊使いにふさわしい形容語かなあ?


「じゃあ『三光輪』4枚もらっていきます」


「ああ、あんまり無茶するんじゃないよ」


「はーい」


 交換ポイントは残り30。

 ちょっと寂しくなったな。

 まあ緊急に欲しいカードは他にないからいいか。

 ポイントは交換するためにあるのだし。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ごちそうさまっ!」


 今日も充実した1日だった。


「姐御、明日どうしやす?」


「うーん、魔境行きたい気持ちはあるけど」


 残りの『氷晶石』を回収したい。

 せっかく『三光輪』4枚を手に入れたから、ウィッカーマンと再戦したいって欲望は頭をもたげるのだが。


「明日、ステータスアップ薬草の株分けの日だよね。灰の民の村行って、各村の販売品リストもらってくるのは割と重要。コブタ肉も確かもうないんだよね?」


「はい」


「じゃコブタ狩りも行かなきゃいけないし、黄金皇珠拾ったからギルドでおっぱいさんにクエストの進捗伝えたいしな。黄の民に冷蔵庫木で作ってもらいたいんだよね。それにバエちゃんとマーシャに頭飾りプレゼントしたい。忙しいな」


 やりたいこと多いな。

 マジで悩む。


「優先順位の高い方から片付けましょう。凄草株分けの後、灰の民の村、戻ってきてコブタ狩り、私が捌いておきますので、その間にギルドへ行ってきては?」


「よし、そうしよう。その後のことは展開次第だ。時間あれば魔境行こう」


「「「了解!」」」


 ギルドへ行くと、何時に帰って来られるかはわからないな。

 また新しいクエストがあるかもしれないし。


「今日はここまで、おやすみっ!」


          ◇


「カカシー、凄草がとても元気そうに見える」


「おっ、ユーちゃんわかるかい?」


「言い換えると、美味しそうに見える」


「ハハハ。新しい葉が出てきてるんだぜ。これも4日後には株分けできる。将来的には薬草を全て凄草に置き換えたいぜ」


「そうなるといいねえ」


 これまでのステータスアップ薬草は、株分けして植え直している。

 残りの半分は食卓行きとなる。

 うちのパーティーの戦力の底上げに、薬草群は大いに役に立ってくれている……はずだ。

 いや、効果見えにくいんだよ。


「さて、灰の民の村行ってくるよ」


「おう、気をつけてな」


          ◇


「こんにちはー。サイナスさん、いつも元気な美少女精霊使いが、カラーズに幸せをもたらしにやって来ましたよ」


「ああ、いらっしゃい。これが各村の商品候補リストだ」


 灰の村へ来た。

 さーて、リストの内容は?

 ふむふむ、まあ大体予想通り。


「ははあ、緑の民の村は不参加なんだ?」


「ああ、商人の名前出したら途端にな」


 予感が嫌な方に当たってしまった。

『ヨハン・フィルフョー』の名は緑の民に禁句らしい。

 ということは、やっぱりラルフ君のお爺さんは、何か事情があって緑の民の村を飛び出したのだろうか?


「でもこっちは進めちゃうよ」


「構わない。却って緑不参加の方が、君はやりやすいだろ?」


「まあね。サイナスさんは悪だなー」


 緑の民不参加の理由がラルフ君家の瑕疵である以上、向こうの譲歩を引き出しやすいのだ。

 それをわかっている上でフィルフョー家を間に入れたのかと思われると、予期せぬ反撃を食らう恐れもあるから、油断はできないが。


「多分、向こうの商人をカラーズに呼んで、こっちの族長級を集めた場で面談させることになるけど」


「妥当だな。バラバラに会わせると買い叩かれそうだしね」


 問題はそこだ。

 商人は安く買い叩くのが仕事だから、こっちが乗り気なの見せるのはダメなんだよな。

 赤のカグツチ族長と青のセレシア族長、それにピンクマンが言うには黒の民クロード族長も焦ってるみたいだからなー。


「ユーラシアの顔を立てて仕方なく会ってやるんだぞ、くらいのスタンスで待ち受けて欲しいんだけど。やっぱ頼りになるのはフェイさんだなー」


 黄の民の族長代理のフェイさんは、押し出しも立派で道理のわかる男だ。


「彼、難しいんじゃないか?」


「何で?」


「彼だけ族長代理だろう? 物事の筋を通す人であるほど、出しゃばっちゃいけないと考えるんじゃないか?」


 ありえる。

 でもそんなんあたしが迷惑なんだけど。


「ま、いいや。面談が決まってから考えるよ。近い内に商人来て各村合同で会うことになるだろうって、伝えといてよ。あとフェイさんにはあたしが協力求めてるって」


「了解」


「じゃねー」


「ああ、気をつけて」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「じゃ、あたしはギルド行ってくる。すぐ帰ってくるつもりだけど、昼までに戻らなかったら食べちゃっててね」


「はい、行ってらっしゃい」


 コブタ狩りの後、クララ達にその処理を任せ、その間あたしはギルドだ。

 ギルドは突発的なことがよく起きるから、用が済む時間は比較的読みにくいのだが。


 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「ギルド行っててくれる? あたしもすぐ行くから」


『わかったぬ!』


 クエストで納品する予定の黄金皇珠は家に置いとくとして、それ以外の昨日手に入れたアイテムは換金してこないとな。

 あたし達が売却してる宝飾品の転売で、ギルドの収益がかなり上がっていると聞いた。

 喜んでもらえるのはいいことだ。


 フイィィーンシュパパパッ。

 転送魔法陣からギルドへ。


「こんにちはユーラシアさん。いつもチャーミングだね」


「ポロックさん、こんにちは……あれ、何か変わったことありました?」


 いつも鷹揚でニコニコしているポロックさんが、今日は若干ソワソワしてる気がする。


「わかるかい? 実は義父が来ていてね」


「あ、そうなんですか」


 ポロックさんは愛妻家だという。

 その奥さんの父親がいると、さすがに平常心ではいられないものなんだな。


 ギルド内部へ入り、真っ直ぐ依頼受付所おっぱいさんのところへ。


「こんにちはー。例の宝飾品クエストの進捗報告ですけど、一応黄金皇珠1個は手に入れたんですよ」


 おっぱいさんが我が意を得たりとばかりに頷く。

 揺れる。


「さすがはユーラシアさん、期待通りです」


「でもゴッソリというのは難航しそうなんで、取り急ぎ報告まで」


「いいじゃないですか、ゆっくりで。もうクエスト失敗ということはないですし」


 御説ごもっとも。


「うーん、大チャンスが転がってるのに、ものにできないのはモヤモヤするんだよねー」


「ユーラシアさんはいつか必ず、高級宝飾品をゴッソリ持ってくると信じております。本当に期待してますから」


 言葉にかなりの熱量を感じる。

 この前もチラッと思ったけど、おっぱいさんこの依頼主と何かあるんだろうか?


「うん、頑張るよ!」


 さて、次は買い取り屋と。

 あ、ヴィルとラルフ君パーティーだ。


「御主人!」


「よしよし、いい子だね」


 飛びついて来たヴィルを、軽くハグする。


「師匠、おはようございます」


「皆おはよう。カラーズの内、今回レイノスへの商売に参加したいという各村の、販売できる商品のリストが上がってきたよ。ただ守旧派の反対もあって、そんなに簡単じゃないんだよね。一度ヨハンさんと会いたいから、段取りつけてくれないかな?」


「その件で父からも言付かってまいりまして、明日ではいかがかと」


「明日? 随分早いね」


 ほう、急ぐじゃないか。

 何か思惑があると思った方がいいか?


「ま、こういうのは早い方がいいか。いいよ、じゃ明日の昼頃で。午前中にギルド来ててよ。美味い肉持って来るから」


「師匠が美味い肉と言い切るからにはかなり……」


「この前の突進熊よりは上かな。肉自体の美味さと調理法と調味料、これが合わさると最高なんだ。焼き肉としてかなりのレベルを極めてるだろう、という肉と調味料だよ。多めに用意するから、ラルフ君家で皆で食べよ?」


 まあコブタ肉は美味い。

 ラルフ君パーティーが色めき立つ。


「「「「楽しみにしてます!」」」」


 フルコンブ塩もお披露目しとこ。

 ラルフ君パパに食いつかせる材料だ。

 これ見せとくことで、あたし自身の価値も上げられるだろ。


 帰ろうとしたときにマウ爺が手招きするのが見えた。

 あれ、どうしたんだろう?

 珍しいな。

 ヴィルを連れて食堂へ行く。


「こんにちはー。えーと、そちらの方は?」


「うむ、適当につまんで食べてくれ。それから嬢に紹介しておこうと思ってな。この男、どう見る?」


 マウ爺ほどではないが、冒険者としてはかなりの年齢の男だ。

 おそらく50歳は超えているであろう。

 グレーの髪で青系のハチマキをしている。

 茶褐色のマントを羽織り、腰にはいかにもいわくありげなショートソードとダガーを差している。

 何より強者オーラが半端ない。


「強いぬ!」


「マウさんの神経痛がなくても10倍は強いですねえ」


 10倍というのはマウ爺にかなり配慮した言い方だ。

 マウ爺も上級冒険者ではあるが、マント男はそんなレベルではない。


「ハハハ。気を使ってくれんでいいぞ。彼の名はシバ。最強の冒険者と呼ばれておる」


「精霊使いユーラシアです。お名前はかねがね伺っておりました」


「シバだ。よろしく」


 握手する。

 大きい手だが、意外にもごついという印象はない。

 なるほど、これがシバさんか。

 最強というのも頷ける。

 戦士の中には利き手を預けることを嫌がる人もいるというけど、シバさんはそんなことないんだな。


「どうじゃシバ、嬢を見た感想は」


「すごい、面白い、興味深い」


「女の子を褒める形容詞じゃないんですけど。可愛い、美しい、見目麗しいって言ってくれないと」


 笑いが起き、空気が柔らかくなる。


「マウ爺、俺も混ぜてもらっていいかい?」


 返事を待たずに腰掛けるずうずうしい男、ツンツン銀髪のダンだ。

 マウ爺がシバさんに説明する。


「うむ、こやつは『ギルドのパパラッチ』と言われているダンだ」


「聞いたことねえよ! でも悪かねえな」


 え、気に入ったのかそれ?

 ダンはセンスだけはいいと思ってたのにな。


「シバさんの話聞ける機会なんか、そうそうねえからな」


「あ、シバさんもギルドあんまり来ない人なんだ?」


「1人が性に合うのだ」


「良いかな、お主のことをこの2人に話しても?」


 シバさんが頷き、マウ爺がダンに水を向ける。


「ダンよ、お主シバについてどんなことを知っておる?」


「シバさんと言やあ伝説的な存在だ。噂が噂を呼んで何が本当かわかりゃしねえし、多くのことを知ってるわけじゃないが」


 前置きしてダンが話し始める。


「現役の『アトラスの冒険者』で最強、ドーラに3人いるマスタークラスの1人。もっともこいつらのパーティーも、近い内にマスタークラスになるだろうけどな」


 と、あたしを指す。

 おかしな話するんじゃないよ。

 あたしは別にマスタークラスなんて狙ってないんだが。

 しかしシバさんは興味を持ったようだ。


「ほう、そんなにか?」


「ユーラシアはレベルの上げ方がデタラメなんだ。まだ『アトラスの冒険者』になって2ヶ月も経ってないが、レベルは50超えてる」


「あ、今65」


 ダンとマウ爺は苦笑するだけだが、シバさんは相当驚いたようだ。


「あり得ない。どういう理屈で?」


「いや、お金がなくって、人形系レア魔物を選んで倒してるだけなんですよ。今は黄金皇珠以上の宝飾品持ってこいってクエスト請けてるから、ウィッカーマンを何とか倒そうと、試行錯誤してるところです」


 シバさんが腕を組み大きく頷く。


「非常に面白い!」


「シバがこんなに興奮するのは珍しいの」


「続けるぜ? シバさんはほとんどソロで戦っている。職種は吟遊詩人と聞いた」


「吟遊詩人?」


 いわゆる旅芸人的な吟遊詩人ではなくて、冒険者としての吟遊詩人という職種があることは知っている。

 でも音楽で味方を鼓舞したり敵を意気阻喪させたりする支援職だと思ってた。

 違うのかな?


「驚異的な『デスソング』で味方にも被害が出るからソロなんだとか、傷つけることなく魔物を倒すから素材屋や剥製に引っ張りだことか聞くな。どこまで本当なんだ?」


「全部本当じゃよ」


 マウ爺が語り始める。


「こやつは若い頃、俗に言う吟遊詩人希望での、しかして歌うと客が調子を崩すのでやっていけぬと悟った。絶望していたところに地図の石板が届いて『アトラスの冒険者』となったのじゃ」


 ごく低レベルの時の話だろうに、歌うだけで客の調子を崩すってヤバくない?

 とゆーか、吟遊詩人ってそーゆーもんだったっけ?


「固有能力は『バード』と『鑑定』持ちじゃ」


 ダンがため息を吐く。


「『鑑定』はいいな。それだけで食っていけるだろうに」


「『鑑定』って、どんな固有能力持ってるか見るやつだっけ?」


「そうだ。俺は何の固有能力も持たないからな。羨ましいぜ」


 ん、ダンが固有能力を持ってない?

 そうかな?


「ねえシバさん。固有能力ってどういうものなの?」


「個性の一種だな。人は必ず1つ以上の固有能力の素因を持つ。ただし発現するのは4、5人に1人だ。ユーラシア君のように多くの素因を持ち、しかも4つも発現しているのは珍しい。非常に興味深い」


 珍獣扱いだよ。


「ダンって固有能力発現してないのかな? あたしにはそう思えないんだけど」


「以前、受付のパネルで調べてもらったことがあるんだ」


 しかしシバさんが重々しく言う。


「『タフ』だな。後で発現したのではないか? クリティカル攻撃を受けない、ガードしたときの防御力上昇効果が高いというものだ。少しだが、レベルが上がればスキルも覚えるはず」


「えっ?」


「あんた、自分のことだとそんな間抜けな反応しかできないのかよ? ギルドが誇る芸人でしょ?」


「芸人じゃねえよ! そうか、俺も固有能力持ちだったのか」


 すげえ嬉しそうだな。

 しかも前衛冒険者として悪くない能力だ。


「後から固有能力が発現することって、ほとんどないって聞いたんですが。あたしも知らない間に増えてたんですよ。どういうことですかねえ?」


「まあ平凡な生活で発現することはない。自分の身に起きた衝撃的な出来事や影響力の強い何かが、たまたま自分の持ってる固有能力の素因に合致している場合に、発現のきっかけとなる。また発現を促す固有能力もある」


 へー、発現を促す固有能力ってすごいな。

 おもむろにマウ爺が言う。


「嬢よ、お主ダンに何かしたか?」


「いつもオチ担当にしてるだけですけど」


「それじゃな」「それだ」


 マウ爺とシバさんが断定する。

 何だってばよ?


「嬢ほどの個性が弄り回すから、ダンの耐え受け流す固有能力が日の目を見たのじゃろう。よかったの」


「あんたのせいかよ! いや、おかげかよ!」


 そんなこと言われても複雑なんですけど?


「それから固有能力には強さがある」


「強さ?」


 シバさんが説明を続ける。


「同じ能力持ちでも、人によってスキルの覚えの遅早があるだろう? あの現象は固有能力の強弱によるのだ」


 なーるほど。

 以前ウォール系の魔法の覚えの早さの差が気になったことあった。

 レイカは火魔法の、アトムは土魔法の固有能力が強いから、習得が早かったのか。


「例えばユーラシア君の『ゴールデンラッキー』の固有能力は非常に強い」


「そうなんですか。これ後で発現した能力なんですけどね」


「だから変なスキルばかり覚えるんだぜ」


「変ゆーな」


 マウ爺が続ける。


「鑑定士といっても、その能力はピンキリじゃ。シバのように固有能力の強弱まで把握できるものは多くない。素因の個数まで見える者もな。そんなシバでも素因の種類まではわからないのだ」


「この悪魔がすごく『いい子』だというのはわかる」


「いい子ぬよ?」


 鑑定士お墨付きの『いい子』ヴィルが、シバさんに頭を撫でられている。

 ヴィルも気持ち良さそうだ。


「シバは『バード』の能力も強力でな、強過ぎたと言っていい。強化弱体化なんぞを受け持つより直接攻撃の方が効率が良いからの。十分にコントロールできぬ内に強力なバードスキルを使い、味方にも被害を出すと」


「それでソロですか?」


「コントロールできる頃には最早パーティーなぞ必要としなかったのだな」


 ヤベー人もいるもんだ。

 ペペさんとは方向性の違うヤバさ。


「格好からは吟遊詩人ってわからないんですけど。ショートソードとダガー持ってるし」


「レベルが上がってくると、『五月雨連撃』等の方が使用頻度高くてな」


「そりゃそうですよねえ」


「ダガーは主に食える魔物を仕留めたときの血抜き用だ」


 あーそーだなあ。

 やっぱ冒険者だわこの人。


「この年齢になっても旅の歌い人が諦めきれなくてな。機会があったらユーラシア君のエピソードを聞かせてくれ。『精霊使いユーラシアのサーガ』として歌いたい」


 最強冒険者になってまでそんなこと言ってるのかよ。

 とんだドリーマーだな。

 いや、そういう方向性の違ったことに興味を持ってるからこそ、最強冒険者として君臨しているのかも。


「こいつに聞いたって面白い話は出てこないぜ。俺に聞けよ」


「面白い話はいいでしょ。かっちょいい話をしてよ」


「あんたそれでも芸人か」


「芸人じゃねーよ!」


 芸人返しされたよ、ちくしょお。


「あ、そうだ。ポロックさんのお舅さんというのがシバさん?」


「うむ、その通り」


「え、そうなのかよ?」


 ダンが知らないくらいなら、ほとんど広まってない話なんだろうな。


「いや、さっきポロックさんが義父が来てるって言ってたから。それらしい年齢の人、マウさんかシバさんしかいないし」


「ポロックさんの娘さんは可愛いって聞いたぜ」


 シバさんが表情を和らげる。


「うむ。目に入れても痛くない孫娘だ。体調を崩しやすいのが玉に瑕だが」


 そっかあ、愛されてるんだなあ。

 ダンが聞いてくる。


「ユーラシアは午後どうすんだ?」


「魔境行く」


「例の宝飾品クエストだな? 打倒ウィッカーマンか?」


「うん、ウィッカーマンもそうだけど、探してる香辛料とかがあるんだよね」


「「香辛料?」」


 マウさんとシバさんの声が揃う。


「異世界のすごく美味しい料理があって、それに使う香辛料がこっちの世界でも手に入れられるっぽいんですけど、まだ見つからないのがあるんです」


「ほう、嬢はそんなこともしているのか?」


「そういうことのために冒険者やってるようなもんです。昨日、氷晶石見つけたんですよ。肉を冷やして取っておける保管庫が作れるなーって」


「実に面白い!」


 いやだからそんなの『精霊使いユーラシアのサーガ』の題材に使わないでおくれよ?


「ごちそうさまでした。あたしは帰りますね」


「さらばだ」


「魔境を甘く見ぬようにの」


「俺に惚れんなよ」


 何言ってるんだダンは。

 もっと面白いセリフ考えとけ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ねえヴィル、シバさんどうだった?」


「優しい人だぬ」


 嬉しそうに言う。

 頭を撫でられたヴィルが言うのならそうなのだろう。


「うん、優しくて強い人だね。ダンが『ドーラに3人いるマスタークラスの1人』って言ってたけど、それってペペさんとシバさんと、もう1人は誰かな?」


「パラキアスだと思うぬ」


「やっぱそうだよねえ」


 イビルドラゴン倒したなんて話もあるしな。

 ただ実際会ってみてすごい人だってのはわかるんだが、強さについてはよくわかんない。

 その辺がパラキアスさんの計り知れないところなのかもしれないが。


「ありがとうヴィル。偵察任務よろしく頼むね」


「はいだぬ!」


 ヴィルを見送って家の中へ。


「ただいま! 遅くなってごめん。最強の冒険者シバさんがいたよ。吟遊詩人なんだって。それから明日の午前中にラルフ君家行くことになった。コブタ肉とフルコンブ塩持ってく。さあ魔境行こう! シャベルとクワ忘れないでね」


「「「了解!」」」


 うむ、うちの子達は大変優秀なので、これくらいの情報量では混乱したりはしない。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ここがどこだと問われれば、嬉し楽し大好き魔境なのだ。

 ニコニコしている魔境ガイドに挨拶する。


「こんにちはー、オニオンさん」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。あれ? 今日は随分と大荷物ですね?」


「うん、氷晶石掘り出してくるんだ。冷たくて大きいから、それ持って一旦転移で家に戻るね。あ、『メドローア』対策のカード仕入れたんだよ。ウィッカーマンと再戦してみたいんだよね。もう一度こっち来ると思う」


「それはそれは。御苦労様です」


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ。お気を付けて」


 ユーラシア隊出撃。


「今日はどうしやす?」


「一度家へ戻る前提だから、素材やアイテムたくさん持ち帰れるよ。東周りで湿地みたいなところあったでしょ? あそこ行ってから中行こうか」


 クララがウキウキしながら言う。


「あの湿地帯は、食べられる草が多そうな気がするんですよ」


「そお? 楽しみだなあ」


 クララが言うなら確度は高い。

 また食卓が豊かになっちゃうかー。

 嬉しいなあ。


「クレイジーパペットね」


 こまめに倒そう新経験値君。


「藍珠と透輝珠、うん、コツコツいこう」


 新経験値君では例のクエストに必要な、黄金皇珠以上の高級宝飾品は得られない。

 でも経験値とおゼゼには変わりないしな。

 あっ、新経験値君と経験値&おゼゼが、いつの間にか等式で結ばれている。


 オーガ帯東側をさらに北へ進む。

 湿地の近くはこれまで行ったことなかったんだよな。

 何か足元ドロドロになりそうだし。


 クララが声を上げる。


「あっ、ユー様! これターメリックです!」


「やたっ! かれえが近づいた!」


 マジでかれえが実現できそう。


「これ根っこが必要なんです」


「シャベル持ってきてラッキーね」


「シャベルはいつも持ってきた方がいいんじゃねーか?」


 そーだなー。

 シャベルの携帯は乙女のエチケットのような気がしてきた。


「この辺かなり素材多いねえ」


 あんまりこっち来る冒険者いないのかもな。

 ナップザックの余裕なくなってきたぞ?


 さらに足を延ばし、湿地まで来た。

 ごわさーっと生えてる草を指してクララが言う。


「あれクレソンです。ちょっと辛みがあって美味しいです」


「これ全部食べられるのか。お肉食べる余裕がなくなっちゃいそう」


 笑い。

 わかってるってば、今は食べないってば。


「雑草っぽいな。育てるのは簡単そうでやす」


「水の湧くところなら放っといても繁殖しますよ。挿し木で増えますので、少し持っていきましょう」


「どこがズブズブになってるかわかりにくいから、飛んで行きなさい」


「はい」


 『フライ』を操り、器用に茎を折って摘んでいる。

 クララも最初『フライ』使ったときはかなりフラフラしてた気がするけど、最近はかなり慣れてきたようだ。

 レベルアップの恩恵かもしれないが。


「よーし、じゃあ中行くよ。目標はドラゴン帯『氷晶石』のところね。」


「「「了解!」」」


 クレイジーパペットを蹴散らしつつドラゴン帯へ。

 デカダンス君が2体、ありがたいなあ。

 君も今や経験値とおゼゼにしか見えないよ。

 残念ながら黄金皇珠はドロップしなかった。


「寒くなってきたね。どこだったっけ?」


「こっちでやす」


 おお、ここだ。

 『マジックボム』の跡がある。


「クララとダンテは周り警戒してて」


「「了解!」」


 シャベルとクワで『氷晶石』を覆う表土を取り除いていく。

 ごめんよアトム。

 精霊はこういうパワー系の道具使うの苦手だろうに。


「いや、このくらいならそうでもないでやすよ? レベルが上がってるからでやすかね」


「レベルアップって大事なんだなあ」


 デカい。

 わかっちゃいたが、このままではとても運べない。


「割ろう」


「どのくらいの大きさで?」


「1人で抱えて持てるくらい」


「マンティコア、こちらに来るね!」


 くっ、邪魔な!

 空気読めよ!


「走ってなるべく離れて! ここで暴れられちゃ『氷晶石』ボロボロになる!」


 離れた位置に誘導してから『煙玉』で逃走、よしよし。


「アトム、急いで割ってくれる?」


「へい!」


 ようやく抱えられるくらいの『氷晶石』が12個並ぶ。

 お腹冷えるってばよ。


「よーし、一旦戻るよ!」


「「「了解!」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ユーちゃん、冷てえよ! 何とかしてくれ、このままじゃ薬草枯れちまう!」


 畑番の精霊カカシが悲鳴を上げる。


「ごめんごめん。クララ、『フライ』でまとめて南の敷地外の影響なさそうなところに転がしていて」


「わかりました!」


 いかに『氷晶石』の冷却効率がいいと言っても、魔境のエーテルをちょっと吸ってるだけだ。

 数日で冷たくなくなるはず。


「アトム、ダンテ。カカシの指示に従って、たあめりっく植えといて。あたし湧き水のところにクレソン植えてくる」


「「了解!」」


 灰の民の村へ通じる道の途中、湧き水が小川に流れ込んでいるところにクレソンを挿しておく。

 この辺では一番水の奇麗なところだ。魔境ではメチャメチャ繁殖してたけど、こっちではどうだろうか?

 寒くなる前に根が付くといいな。


「さて、もう一度魔境行くよ。今度はウィッカーマンと戦うのが目的ね」


「「「了解!」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「精霊使いユーラシア再び参上! こんにちは、オニオンさん」


「いらっしゃいませ。ユーラシアさんは働き者ですねえ」


「働き者なんだよ。ギルドからボーナス出ないかな?」


 魔境ガイドオニオンさんが苦笑する。


「氷晶石は無事回収できたから、今度はもう1回ウィッカーマンにチャレンジしてくるよ。対策もバッチリだからね」


「ユーラシアさんなら、いつかウィッカーマンも倒せると信じていますよ」


 よーし、頑張ろう!

 あ、そうだ。


「ところでペペさんの家ってどの辺りなのかな? 魔境の近くって聞いたんだけど」


「ああ、ペペさんはここではなく、世界樹エリアにお住まいですよ」


「世界樹エリア?」


 魔境の定義はエーテル濃度が濃く、その関係でドラゴン以上の凶悪な魔物が棲息している場所とのこと。

 ドーラ大陸の魔境はここだけじゃないんだそうだ。


「最も広くてメジャーなこのエリアが、『アトラスの冒険者』のための訓練場として開放されている、ということです。それからイビルドラゴンのような、最強クラスの魔物が住むのもここだけです」


「そうなんだ? その辺歩いてる内にペペさんの魔法で吹っ飛ばされたらどうしようかと思ってたんだよ」


「いやいや、さすがにそれは……」


 オニオンさんがハンカチで汗を拭く。

 何だよ、過去そういうことがあったのか?

 ペペさんだとマジでありそうなのが困る。


「そういえば最近、ペペさん見ないんだよね。オニオンさん何か知らない?」


「いや、初耳です。ポロックさんの方が詳しいのでは?」


「ポロックさんも知らないみたいなんだ。またペペさんが人知れず愉快な事件を起こしてないかと心配で楽しみで」


「どっちなんですか」


 どっちもなんだってばよ。


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


「姐御、真っ直ぐ中央部に向かってウィッカーマン狙いでやすね?」


「その通り! でも素材やアイテムを残さず拾うのは、冒険者の聖なる義務だよ」


「「「了解!」」」


 人形系レア魔物を倒しながらエーテル濃度の高い中央部へ。

 なかなか黄金皇珠はドロップしないもんだ。

 現在のレベルは67。


「そろそろカード再編成しようか」


 あたし……『シンプルガード』『ポンコツトーイ』『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』『三光輪』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』『三光輪』

 アトム……『ルアー』『厄除け人形』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『刷り込みの白』『三光輪』

 ダンテ……『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』『三光輪』

 予備……『寒桜』×4『誰も寝てはならぬ』『シールド』『ヒット&乱』『アンチスライム』『サイドワインダー』『オールレジスト』『ナックル』『スラッシュ』『火の杖』


 全員が『メドローア』対策の『三光輪』を装備、これでアトムはもちろん、あたしもギリギリ『メドローア』連発に耐えられそう。

 後衛陣が2発連続で浴びるとやられるけど、そんな低い可能性を気にしても仕方ない。

 アトムが『刷り込みの白』であたしの攻撃を『コピー』すれば、あたしの最強のバトルスキル『ハヤブサ斬り・零式』を4連続で食らわせることができる。

 これでどうだ?


「……ウィッカーマンね」


 よーし、出たか。

 リベンジだ!

 レッツファイッ!


 ウィッカーマンのメドローア連発! あたしとアトムが1発ずつ受ける。よし反撃だ! クララの勇者の旋律! ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・零式! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! アトムのコピー! あたしの攻撃を繰り返す。ハヤブサ斬り・零式! もう一度ハヤブサ斬り・零式! ウィッカーマンは逃走した……!


「うぬう、これでもダメか……」


「メイビー、ハーフくらいね」


 手応えがなかったわけじゃないが、ダンテの言うようにおそらくヒットポイントは半分くらいしか削れてない。


「姐御、ちょっと難しいぜ」


「レベルがカンストしても多分……」


 今のカード編成では、マスタークラスになったとしてもムリだ。

 『ポンコツトーイ』を攻撃系カードに置き換えたとしても到底届かない。

 地道にステータスアップ薬草で力をつけていけば、いつかは倒せそうではあるが、宝飾品クエストの期限にはとても間に合わない。


「リフレッシュ! 気持ち切り替えて。カードを元に戻して帰還する」


「「「了解!」」」


          ◇


「ただいまー」


「どうでした? ウィッカーマンは」


 あたしは首を振る。


「ダメだった。ヒットポイント半分くらいだなー削れたの。今のままじゃ全然勝てない」


 オニオンさんが気遣わしげに話してくる。


「未だかつて誰も倒せていない魔物です。そんな簡単にはいきませんよ。今日はゆっくり休んでください」


「うん、そうする。ありがとう」


 解決策が見えないと疲労感は増すものだ。

 今日は御飯食べてゆっくり寝るとしよう。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日は朝からギルドだ。


「おはようユーラシアさん。……どうしたのかな? 今日はあまりチャーミングじゃない顔をしているね」


 ポロックさんはさすがだな。


「うーん、今請けてるクエストが暗礁に乗り上げた感じなんですよ。いや、完了できないってわけじゃないんですけど、華麗なフィニッシュが迎えられないというか。老後どうしようっていう」


「老後? ハハハ、全然違う方向から答えが出る可能性もありますよ。そういう意味ではギルドは打って付けのところです」


 それもそーだな。

 何かのヒント拾えるかもしれないし。


「ポロックさん、ありがとう。気分が楽になったよ」


「やはりユーラシアさんはニコニコしてる顔が魅力的です。あ、そうだ、今日はペペさんおいでですよ」


「あ、そうなんだ? 挨拶しとこうかな」


 ギルドの中へ。

 昨日ゲットしたアイテムは換金しておくか。

 あ、ラルフ君が武器・防具屋で何か買ってる。


「おはよー」


「おはようございます、師匠」


「お買い物?」


「ええ、『武神の守護』を仕入れてもらったんです。『火の杖』と入れ替えようかと思って。師匠どう思います?」


 『武神の守護』は防御力+15%、ヒットポイント自動回復5%のカードだ。

 『火の杖』の魔法力上昇より、前衛寄りのカード構成を選択したか。

 今はまだラルフ君が前に出る場面が多いんだろうな。


「いいんじゃない? 魔法力重視しなきゃいけない場面なら攻撃系のカード下げりゃいいんだし。ムダにはなんないよ」


「ありがとうございます!」


 うんうん、自分で考えたカード構成で戦うのがヘプタシステマの醍醐味だね。

 ラルフ君パーティーにはゴール君というこれ以上ない盾役がいるから、正直前衛寄りにするなら『火の杖』を『スラッシュ』や『ナックル』に替えて攻撃力を上げた方がいいとは思うけど、それ言っちゃうのは野暮だな。

 ボス戦とかで防御力や自動回復優先したい時もあるし、『武神の守護』がムダにならないってのは本音だよ。


「ベルさーん。『武神の守護』は耐性考えなくていい初期に、1枚目の防御用カードとしてお勧めしやすいよ。取り寄せじゃなくて、すぐに買えるようにしといてくれない?」


「了解です。ところでユーラシアさん、新しいカードが入ってますよ」


「商売トーク? どれどれ、ハハハ。ひどいカードだねえ」


 『前向きギャンブラー』。

 アルアさんのところでは見たことないカードだ。

 製法の失われたカードの1つなんだろう。

 性能は攻撃力+10%、会心率+80%、防御力-30%、魔法力-30%。

 マイナスって何だマイナスって。

 会心率を大きく引き上げるカードとしては『一発屋』があるが、あれを極端にした感じだ。


「パラメーター下げるカードなんて初めて見た」


「そうですね。珍しいカードとして1枚いかがです?」


「え~?」


 押すなあ。

 前衛向きだけど、防御力下がるデメリットが大きすぎるだろ。

 いいところと言えば会心率+80%か。

 ん? 80%……。


「あっ、必要だ! 買う買う!」


「ど、どうしました師匠」


「今苦戦してる魔物がいるんだよ。これで勝てるぞ!」


「1500ゴールドになります」


「ありがとうベルさん! また新しいカード入荷したら声かけてよ」


「はい、必ず」


 武器・防具屋さんにアデューしたね(ダンテ風)。


「どうします。まだ少し時間ありますが」


「肉も重いけど、換金とスキル屋寄って行っていいかな」


「あ、申し訳ありません、気付きませんで。肉お持ちします」


「じゃあ頼むよ」


 ごめんね、持ってもらうつもりで言ったけど。

 買い取り屋さんで換金後、スキル屋ペペさんのところへ。

 いつも通り突っ伏して、気持ち良さそうにおねんねしている。

 久しぶりだな、ペペさん見るの。


「ラルフ君達はペペさん、ひょっとして初めて?」


「「「「はい」」」」


「すごい人なんだよ。魔法の研究家でさ、自分で作った魔法を試し撃ちしてドラゴン吹き飛ばしまくって、冒険者でもないのにいつの間にかレベルカンストしたっていう伝説持ち。ドーラの実力者『パワーナイン』の内の1人」


 あえて魔境って言葉避けたけど、ドラゴンで察したな?

 ビビんなくてもいいよ。

 実は相当愉快な人だから。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 ペペさんが飛び起きる。

 見た目ローティーンでラルフ君パーティーが混乱してるっぽいが、実はそんなに若くないらしいぞ?

 詳しい年齢は知らんけど。


「あっ、ゆーらじあぢゃーんだずげでえええええ!」


「どーしたの!」


 何だってばよ。

 せっかくラルフ君パーティーに格好よく紹介したのに、台無しじゃないか。


「はいはい、泣き止む」


「うええ、ユーラシアちゃん……」


「で、何事?」


「世界樹折っちゃった……」


「え?」


 世界樹ってあの有名な世界樹?

 世界に1本しかないという、天まで届かんばかりの巨大な木?

 それを折っちゃう?

 さすがだなー、起こすトラブルの規模が半端ないわ。


 そしてそういうトラブルの臭いを嗅ぎつけてくるあんたもさすがだわ。


「愉快な事件だな?」


「愉快な事件だよ、ダン」


 ペペさんが状況を説明する。


「魔法を試し撃ちしてたら、つい手元が狂って世界樹吹き飛ばしちゃったの……」


「あーそーゆーことあるよね。仕方ない仕方ない。折っちゃったものは仕方ない」


 ダンは変な笑いかみ殺してるし、ラルフ君パーティーはどん引きしてる。

 これジャンルは面白話なのになあ。

 ラルフ君達も楽しめばいいのに。


 ペペさんが済まなそうに話を続ける。


「で、世界樹がどうなったか調べたいんだけど、私だけだとどうにもならなくて……」


「ペペさんしばらくギルドに来てなかったよね? 世界樹折っちゃったってのはいつなの?」


「7日前……」


「で、いろいろやってみたけどダメだったと」


「うん、そお」


「何だ。早く相談してくれれば良かったのに」


 そうすればもっと前から楽しめたのに。

 ここのところ姿を見ないとは思っていたけど、まさかそんないとをかしな事件を起こしていたとは。

 期待を裏切らないなー。


「よーし、わかった。今日は用があるからムリだけど、明日一緒に行ってあげるよ。午前中ギルドに来てくれる?」


「うん、ありがとう」


 ダンに話しかける。


「世界樹折れるとどんな影響がありそうか、対策どうしたらいいか、意見ありそうな人に聞いといてくれる? マウさんとかピンクマンとか。あたしはあたしで調べてみるから」


「オーケー。明日の朝な」


 ラルフ君達に向き直る。


「さて、ラルフ君家行こうか」


「えっ? あの、世界樹の件は……」


「何言ってんの。世界樹と商売の話と、どっちが大事だと思ってるんだよ」


「そ、それは……」


「当然お肉だぞ?」


「まさかの三択!」


 今のノリはなかなかグッドだよ。

 師匠として十分合格点を出せる。


「し、師匠、世界樹は急ぎじゃないんですか?」


「折れそうとか枯れそうとかなら急ぎかもしれないけど、過去形だぞ? 既に折っちゃったなら、急いでもどうにもなんないじゃないか」


「それはそうですけど……」


「重要なのは事後の対策。有識者の話を聞いて現地の状態を見て、何かするのはそれからだよ。今できることは何もない」


「はあ……」


「ペペさん見てみなよ。あんだけ泣き喚いてたのに、もうせいせいした顔して帰り支度してるだろ? やるべきことやったら、それでいいんだって」


 納得したってしなくたって時間は過ぎていくのだ。

 フレンドで転移の玉を起動してラルフ君家へ。


          ◇


「これは、控えめに言って最高ですな!」


 バエちゃんと同じこと言ってるラルフ君パパ。


「そうでしょう? コブタ肉も美味さに定評のある肉なんですけど、この塩とまた抜群に相性が良くて」


 ラルフ君達もラルフ君ママもガツガツ食べてる。

 ラルフ君達だと醤油ベースのタレの方が好みかも知れないけどな。


「この塩は一体何です? 旨味が格別ですが」


「あーこれ非売品なんですよ」


 海の女王にもらったフルコンブ塩だ。


「秘密は海、ですな?」


 食べつけてないだろうに海藻に気づいたか、それとも塩からの連想か?

 ラルフ君パパは案外鋭い。

 ま、ちょっと手の内明かしとくのもいいだろう。


「ウミウシの女王ニューディブラの使う、焼き肉専用の塩です。女王は肉食べるの大好きなんですよ。でも当然のことながら海底には獣肉を食べる文化がない。この塩も普通の塩の20倍くらいの値段になっちゃうし、振りかけてから焼くって用途には向かないもんですから、女王しか使ってないんですよね」


「ユーラシアさんは海の女王とお知り合いで?」


「それが傑作な話で」


 津波事件からこっち、女王と友達になった件を聞かせる。

 カラーズの商売が上手くいったら次もある、ということが理解できたろう。


「で、カラーズですけど、各村の販売できる商品のアバウトなリストが上がってきてます」


「拝見いたします」


 リストを見て表情を曇らせるラルフ君パパ。


「黄・黒・赤・青の4村だけですか……」


「緑は乗り気でしたが、『フィルフョー』の名を出した途端断ってきました。理由はおわかりかと思いますが」


「……」


 ラルフ君パパが苦々しい顔になる。

 フィルフョー家が緑の民の村を出てきた経緯は、数十年経っている現在でもその関係を拗れさせているらしい。

 何があったんだろうなあ、あたしも知らんのだけど。


「最初は緑のことはいいでしょう。他の村が交易で発展し始めたら、我慢しきれなくなって向こうから頭下げてきますよ。その時は仲介も仲裁も致しますので」


「そ、そうですか」


 こっちの強みを見せたまま貸しを押し付ける。

 たまらんなあ、交渉はこうでないとな。


「それから白と灰の村ですが……」


 一拍置く。


「ある事情があります。これを知ることはヨハンさんの商売にとってプラスになり、マイナスな点はありません。ただし知ったからにはカラーズとの商売から降りるのを許しません。どうです、聞きますか?」


 とびきりの笑顔を見せる。

 これ、あたしのキメ顔なのに、クララやダンが『悪い顔』と評するのは何故だろう?


 リストを見ていたラルフ君パパがすぐ決断を下す。


「伺いましょう」


 ほう、やるね。

 やはりラルフ君パパはできる男だ。


「ヨハンさんと奥さん、ラルフ君を除いて人払いを。ああ、うちの子達は事情知ってるのでそのままでいいです」


 警備員と執事、ラルフ君以外のパーティーの面々を下がらせる。


「白の民の村の畜産物、灰の民の村の野菜、ともに主要交易品は食料品になりますが……」


 3人が注目しているのを確認して続ける。


「近い内にカル帝国と戦争になります」


「「「!」」」


「白と灰はその際に食料をレイノスに供給することを、パラキアスさんと取り決めているんです。だから今から白・灰への依存度を高めておくことはできない」


 ラルフ君パパが呻く。


「『黒の先導者』……いや、帝国との貿易が細っていることは知っていたが、そこまで瀬戸際の状況にあるとは……」


「開戦はおそらく回避できないだろうと。時期はパラキアスさんでも掴みきれてないですけど、おそらく数ヶ月以内です」


「早い……」


 全員が黙り込む。


「や、そんなに深刻に考える必要はなくってですね。帝国が勝つ目はないんです。ドーラ植民地はカル帝国から独立するわけなんですけど、戦争が長引いたり不必要に混乱したり、人死にが多く出たりすると嫌だなーってことで、事情知ってる人達は動いてます。……ぶっちゃけ何かの間違いでレイノスが落とされると面倒なことになる」


「……我々が協力できることはありますか?」


「商人さんは慌てず騒がず、粛々と商売していただければいいのです。この情報を知ったことでの小遣い稼ぎくらいは黙認しますが、それ以上の行為は、反ドーラ的活動としてえらーい人達にものすごーく怒られると思うので自重してくださいね。戦争が始まったら、お仲間の商人さん達にもそう伝えていただけると嬉しいです」


 ここでもう一度キメ顔を見せておく。

 流通止めたり物価派手に上げたりしたら絶対許さんぞ、と。


「帝国も他の植民地の手前、またメンツとして簡単にドーラの独立を認めるわけにいかないので、まあ戦争にはなるんですけど、当然艦隊からの砲撃がメインになります。それをいなしておいて、ドーラ総督以下帝国の役人を艦隊に押し付けて返すのが最高のシナリオ。でも帝国もバカじゃないので、小細工はしてくるでしょう。『アトラスの冒険者』には出動要請が出ます。ラルフ君、レベルはできるだけ上げておいてね」


「わかりました」


 おお、引き締まったいい顔だね。

 魔境にチャレンジしてみる?


「ではこの話はここまで、と。それで一度、ヨハンさんにカラーズへおいでいただきたいんですよ。交易についての話を、もう少し詰めたいですね。黄・黒・赤・青4村の族長クラスと、オブザーバーとして灰の民の族長を集めておきますので」


「了解しました。私はいつでも結構です」


「では、こちらの話がまとまりましたら連絡させていただきますね」


          ◇


「んー終わった終わった!」


 両手を上げ、伸びをする。


「師匠……」


 何だよ、ラルフ君。

 難しそうな顔すんなよ。


「やる気出たろう? 頑張れよ。レベルが欲しければ、いつでも魔境に連れてくから」


「「「「いやいやいやいや!」」」」


 そんなに断られると逆にフリかと思っちゃうよ?

 背中押すよ?


「師匠はこれから?」


「うん、世界樹の方だね。あたしじゃ何もわかんないから、詳しそうな人に聞いてくる」


「パワフルですね」


「アハハ、そーかな? じゃあね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「じっちゃーん、困ったことが起きた!」


「何じゃ、お主はいつも騒々しいの」


 塔の村へ飛んできた。

 物事をよく知っていると言えばデス爺だ。

 そして美少女精霊使いが元気溌剌なのは世の常識だ。


「ペペさんが魔法撃ち損なって、世界樹吹っ飛ばしちゃったんだって」


「ペペが? しょうがないやつじゃな」


「うんうん、しょうがないしょうがない」


 ニュアンスの若干の違いもしょうがない。


「どの程度の損壊じゃ?」


「詳しいことはまだわかんないんだよ。明日見に行くけど」


「ふむう、困ったの」


「あ、やっぱり困ったことなんだ?」


 デス爺が顎ヒゲをしごく。


「そもそも世界樹とはいかなるものだと考えている?」


「世界で一番でっかい木」


「まあそうじゃ。そして大きくなるためには何らかのエネルギーが必要なのじゃが、それがエーテルなのか負力なのか、それともその他のものなのかが知られておらん」


 つまりどゆこと?


「世界樹がなくなってしまうと、その膨大なエネルギーを消費する素体が失われるということじゃ」


 だからつまりどゆこと?


「凶悪な魔物が増殖するか悪魔が幅を利かすか、どっちにしろロクな結果にはならんの」


「ふーん、大変だなあ」


「どうして他人事なのじゃ!」


「だって他人事なんだもん」


 今回はあたし達が原因じゃないし。

 悪いのペペさんだし。


「まあよい。クララよ、お主が見れば状況は理解できるはずじゃ。手に負えぬようなら早めに知らせよ」


「わかりました」


「ありがとじっちゃん。どっちにしても後で報告に来るよ」


「うむ」


「じゃあまたね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境にやって来た。


「こんにちは、オニオンさん」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。どうしました? 今日はもう遅いですよ?」


「いや、今日は魔境ハイキングじゃないの。オニオンさんの知恵を借りに来たんだよ」


 オニオンさんは魔境ガイドだ。

 世界樹についてはどうだかわかんないけど、彼ならば誰よりも魔境のことをよく知っているはず。


「笑えることになったんだ。ペペさんが世界樹折っちゃったんだって。何が考えられる? どうしたらいい?」


「ペペさんが? ということは魔法で?」


「うん。ちょっと手元が狂ったって言ってた」


 オニオンさんが難しい顔をする。


「ペペさんの魔法だとほぼ全壊でしょうねえ……」


「多分。あたしもまだ現地は見てないけど」


 世界樹が実際にどれほどの大きさかは知らんけど、ペペさんの魔法が実際にどれほどの威力かは知ってるから。

 ペペさんだって、大したことなかったら騒ぎもしないだろうしな。


「やっぱまずいんだ?」


「世界においてエーテルの循環があるって仮説があるんですよ。エーテルを吸い集めているところが魔境で、放出しているところが『永久鉱山』だという」


 おおう、何かすごい仮説キター!

 オニオンさん博識だなー。 


「その仮説が正しいとすると、魔境と『永久鉱山』はそれぞれ異なる理由でエーテル濃度が濃いということになります。一方で世界樹の研究はほとんど進んでいないのですが、魔境に生えるという特性上、やはりエーテルが関係するのではないかと」


「エーテルを吸ってるから世界樹は高く大きくなる?」


 オニオンさんが大きく頷く。


「その可能性が高いかと。仮に世界樹が倒れたとするなら、蓄えられた莫大なエーテルが放出され、一時的にエーテル濃度が非常に高くなるのではないかと思います」


「ということは、やっぱり強い魔物がたくさん出現するのかなあ」


 大体デス爺と似た見解だ。

 魔物が増殖していて駆除しなきゃならんとなれば面倒極まりない。

 あたしはバトルマニアじゃないしな。


「まあそうですけど、素材もたくさん出現してるかもしれませんよ?」


「なるほど、そうかっ!」


 プラス要素もあり得るのか。

 楽しみになってきたぞ?


「仮説が正しいとすると、大量に放出されたエーテルは魔境に吸われ、いずれその濃度は世界樹倒壊前の恒常状態に戻るはずです。たとえ凶悪な魔物が一時的に増えたとしても、最終的にエーテル濃度が適正になるのでしたら、魔物は生存できなくなるか共食いするかでしょう。ならば魔境世界樹エリアから魔物を外部に出さないようにするのが肝要です」


「明日、ペペさんと世界樹の様子見に行く約束してるんだ。たっくさん稼いでくるよ!」


「え? 状態を観察するか事態を解決するかの任務ですよね? ワタクシの言うこと聞いてました?」


「オニオンさんありがとう。じゃあね!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 食後にうちの子達と作戦会議を行う。


「はーい注目。『前向きギャンブラー』なるパワーカードを手に入れました。足りないダメージ分を埋められる可能性のあるカードです」


 昨日のウィッカーマン戦では、ヒットポイントを半分程度まで減らすのがやっとだった。

 しかしクリティカルヒットは与ダメージがほぼ倍になる。

 となれば狙ってクリティカルを出せるなら、ダメージ期待値も倍になる?


「攻撃力+10%、会心率+80%ね。ラッキーにクリティカルが固まればノックダウンできそうね」


「『コピー』で複製できるのは行動と装備でしょ? つまり固有能力『獣性』の効果である会心率増加はそのまま加算されるから、アトムには4回クリティカルが期待できる。あたしに3回以上クリティカルが出れば勝てる可能性が高い!」


「おー倒せるんじゃねえか?」


「攻撃力+15%のカード『スコルピオ』を手に入れ、他のカードと入れ替えれば、もう少し勝てる確率が上がりそうですねえ」


「『スコルピオ』って交換ポイント150必要なんだっけ? 手に入れたら、ウィッカーマンと戦いに行こうか」


「「「了解!」」」


 楽しみだなー。

 血沸きミートダンシングだわ。


「で、その前に明日の話だけど」


 世界樹の状況は行ってみないとわかんないしな?

 ただペペさんが泣きついてくるほどどうにもならないってのが、一番わけがわからない。

 ペペさんはあんなんでもマスタークラス魔道士だぞ?

 よっぽどおかしな折れ方でもしてるんだろうか?


「なるべく戦闘を避けてとにかく世界樹のところまで行って、クララに見させるでいいんじゃねえか?」


「アイシンクソー、トゥー」


「そうだね、目一杯素材拾ってこよう」


「……アトムとダンテの発言にそういう要素ありましたか?」


「うんうん、なかったね。クララは偉い」


「えへへー」


 フニャっとした笑顔を見せるクララ。


「おいクララ、誤魔化されてんぞ」


「というわけで、ペペさんに背負わせるためにナップザック1つ多めに持ってくよ」


 大変有意義な議論だった。

 明日に備えてゆっくり寝よう。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日は朝からギルドに出勤だ。

 張り切って働くぞー。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「ポロックさん、おはよう」


「ペペさんが待ってるよ。かなり気合入ってる」


「あっ、待たせちゃったかな」


 急いでギルド内部へ。

 紫のローブと幅広の帽子を身につけ、むやみとデカい杖を抱えたごく小柄な女魔導士がいる。


「ごめんね、ペペさん。遅かった?」


「そんなことないよ。来てくれて嬉しい」


 モジモジアクションで頬を赤らめるペペさん。

 可愛いな、おい。


「よお、ユーラシア」


 ダンとソル君パーティー?


「こいつらも手伝いたいってよ」


「おはようございます、ユーラシアさん。先日はお世話になりました」


「ソル君も元気そうで良かったよ。アンセリはもっと元気そうだね?」


「「はい!」」


 アンセリもソル君の家で同居始めて3日か。

 居心地良さそうだなあ。


 ダンと視線を合わせる。

 イチャイチャ生活のこと聞いてる? もちろんだ。本人から聞くより面白そうだから、後で聞かせて。奢れよ。オーケー。


 一瞬の内に意思疎通する。

 こういう時のダンは異常に有能だ。


「手伝ってくれるんだって?」


「ええ、正直足手まといだとは思いますが……」


「いやいや、すごく助かる。ソル君達はペペさんに余計なことさせないよう、ガードしてくれる?」


「余計なことってひどーい」


 ペペさんは不満顔だし、ソル君パーティーも戸惑っている。


「ガードと言われても、ペペさんってマスタークラスで、最強の魔法の使い手であるドーラ屈指の魔道士なんですよね?」


「君達はペペさんというものをわかってない。ペペさんが使えるのは魔法じゃない。ロマン砲だ」


「それはその通りね」


「「「はい?」」」


 まだ理解できないようだ。


「ペペさんは世界樹をぶち折ったりドラゴンをまとめて始末したりするロマン砲は撃てるけど、ふつーの魔法は使えないんだよ。この前の掃討戦でもあのデカい杖でプチプチ魔物を潰してたんだぞ?」


「……つまり、ペペさんに魔法撃たせると調査も何もあったもんじゃないから、絶対に撃たせるな、と?」


「そーゆーこと! 世界樹が折れると一時的にエーテル濃度上がって、素材がたくさん出るかもって話なんだ。素材が台無しになったら困るだろ?」


「私の役割は案内だけ?」


 ペペさんが悲しそうに言う。


「そんなことないって。これ背負って」


 家から持ってきたナップザックを渡す。


「素材運搬係ね」


「さすがだぜ、ユーラシア」


 笑いながらダンが言う。


「こっちで聞いた世界樹の情報は要るかい?」


「うん、聞く」


「総じて一時的な混乱に留まるだろうって話だ。新しい世界樹候補があるならそれ植えとけば混乱の収束は早いだろう、環境の急変に耐えうる一部の魔物のみが増殖する可能性がある、だとよ」


 一部の魔物のみが増殖する可能性か。

 面倒なのが増えてると困るが。

 高価な一部の素材のみが増殖する可能性に変わってくれないかな?


「わかった、ありがとう」


 ペペさん、ソル君パーティーに向き直る。


「さあ、行こうか」


 あれ、どうやって行けばいいんだ?


「あっ、私もギルドカード持ってるから」


 フレンド登録して転移の玉を起動、ペペさんの家へ。


          ◇


「うん、まあ予想はしてた」


 地形がボッコボコだ。

 魔法の試し撃ちの結果だろう。


「外出るのちょっと待って、結界外すから」


 なるほど、魔物避けの結界張ってあるんだな。

 玄関の横にあるのは、転移石碑?


「ああ、これ回復の石碑なの。以前マルーさん達が作ってくれたのよ。親切よねえ、『先行投資だ』って。その後『ムダになった』って言ってたけど」


 ペペさんの魔法の才能を見込んで投資したけど、ロマン砲で見切りつけたんだろうな。

 手に取るようにその心情がわかるわ。


「マルーさん……『強欲魔女』って言われてる?」


「うん、そお」


 大地からエーテルを吸い上げて黒妖石に溜める技術はマルーさんのものか?

 あれ使えれば凄草の栽培楽になるし、冷蔵庫にも応用効きそうだ。


「会ってみたいな」


 途端にアンセリが嫌そうな顔をする。


「関わりたくないようなやつだぞ」


「『強欲魔女』の名に恥じないがめつさです」


「あ、知ってるんだ?」


「カトマスの有名人だよ。悪い意味で」


 レイノスと西域を結ぶ村カトマス。

 アンセリの出身地でもある。


「鑑定士なんだが、その鑑定料が法外でな」


「でも正確で詳細なので、カトマスの少年少女は成人になると必ず、『強欲魔女』に鑑定してもらうことになってるんです」


「裏金でそういう仕組みになってるに違いない」


 ふーん、ますます興味あるが、今日はそういう目的じゃないし。


「ヴィルカモン!」


 しばらくしてヴィルが現れる。


「ヴィル参上ぬ!」


「ペペさん、世界樹ってどっちにあったの?」


「あっち。北西に強歩20分くらいのところ」


「ヴィル、ここからあっちへ、どんな魔物が出るか見てきてくれる? 他に注意しなきゃいけないようなことがあったら教えて」


「わかったぬ!」


 ヴィルが飛んでいく。

 任せておけば安心だ。


「それにしても世界樹まで強歩20分て。この家から撃ったんでしょ? 射程長すぎない?」


 最強魔法『デトネートストライク』でもそんなに射程長くないぞ。


「あ、射程長い魔法を研究してて……それもアートでロマンでドリームかなーと思ったんだけど」


「それはアートでロマンでドリームだねえ。じゃあしょうがない」


 何がしょうがないのかって顔してるソル君パーティー。

 これまでペペさんとの絡みがなかったろうからなー。

 理解できないのもしょうがない。


「ここは、位置的にはどの辺になるんですか?」


 ソル君のまともな質問だ。


「ドーラ大陸のほぼ中央が『アトラスの冒険者』がトレーニングに使ってる一番大きな魔境なんだけど、この世界樹エリアはその真東に当たるの」


 じゃ、カラーズからずーっと真北に行ったくらいかな。


「あの、ここでは生活に不便ではないですか?」


 セリカが聞く。


「不便は不便だけど、ここなら誰にも迷惑かけないし」


「「「「あー」」」」


 期せずして全員の声が揃う。

 理解度が深まったようでちょびっと嬉しい。


「ペペさん。世界樹倒してから、何か変わったことあった?」


「人形系の魔物ばかり出るようになったの。あれ、魔法効かないから困っちゃって……」


 何ですと?


「ただいまぬ!」


 ヴィルが飛び込んでくる。


「世界樹は根元から折れてるぬ。魔物は人形系だけしかいないぬ。世界樹に近づくほど強いのがいるぬ」


「オーケー。ヴィルありがとう。通常任務に戻っててね」


「わかったぬ!」


 ヴィルを見送り、作戦会議だ。

 しかし笑いが抑えられない。


「聞いた? 人形系だけだって。幸せだなあ、稼ぎ放題だよ。地上の楽園とはこのことか。あ、もし黄金皇珠以上のが出たらもらっていい? クエストで要るんだ。それ未満のはペペさんとソル君達で分けていいから」


 ペペさんとソル君パーティーは顔を見合わせる。


「私は助けてもらえるだけで嬉しいの。依頼料も出せないのに……」


「オレ達もお礼で手伝いに来てるだけですから」


「何言ってるんだよ、皆で分けよ?」


 結局、素材と黄金皇珠以上の宝飾品はあたしが、それ以外はペペさんとソル君達で分けることになった。


「さあ、行こうか。人形系なら得意だから任せて。防御だけしてくれればいいから」


「わかったあ」「「「わかりました」」」


 ペペさんの家を出る。

 いるいる、人形系レア3体だ。

 でも知らない子ですね?


「ブロークンドール、ヒットポイントは4です」


 クララが教えてくれる。

 クレイジーパペットより弱いのだろうが、全体攻撃魔法が連続で来るとソル君達が厳しいか?


「しっかりガードしててね!」


「「「わかりました!」」」


 レッツファイッ! ブロークンドールのトルネードが3体分! ダンテの実りある経験! あたしの薙ぎ払い! よし、勝った!


「リフレッシュ! 大丈夫だった?」


「何とか。レベル上がりました!」


「どんどん行くよ!」


          ◇


「ははははははっ! 敵が経験値のようだ! あっ、黄金皇珠だ、ラッキー!」


「すっごく爽快ねえ!」


「でしょ? 人形系レア狩りはロマンだよ」


「うん、よくわかる!」


 敵影が濃くてなかなか進めないが、その分倒しまくっているからいいのだ。

 ボーナスステージとはそんなもんだ。


「我のレベルがわからなくなってしまいました……」


「あーありがちだよねえ」


「ユーラシアさんがドラゴンを倒した日、そういう状態だったってダンに聞いたが、てっきり冗談かと……」


「気にしない気にしない。後で確認すればいいよ」


 この辺まで来るともう折れた世界樹が見えている。

 折れたというより、完全にちょん切れて上部は東方向へ横倒しになっているな。


 ソル君が注意を促す。


「見たことのない人形系レアです。禍々しい魔力を感じますね」


「ウィッカーマンだ。あれまだ倒せたことないんだよ。秘密兵器も手に入れたから交戦する。あいつ、パーティーメンバーが4人より多いと逃げるって性質があるんだ。あたし達だけでいくね」


「「「わかりました!」」」


 『スコルピオ』の入手は間に合わなかったが、レベルは上がってる。

 カードを編成してレッツファイッ!


 ウィッカーマンのメドローア連発! 両方ともアトムが受ける。いけるか? クララの勇者の旋律! ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! アトムのコピー! あたしの攻撃を繰り返す。ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! もう一度ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! ウィッカーマンは悲鳴を上げて崩れ落ちる……!


「やたっ! 初勝利だ!」


 何かぼこぼこレベル上がってるけど後だ。

 ドロップアイテムは、と。


「黄金皇珠と鳳凰双眸珠! 国宝級です!」


 クララが珍しく興奮して声を上げる。

 うんうん、嬉しいね。


「おめでとうございます!」


 皆が祝福してくれる。


「ありがとう! さらにレベルも上がったし、今度はもっと楽に勝てる気がするよ。油断しないであそこのデカダンス3体を倒しにいこう」


          ◇


 世界樹に辿り着くまでに、もう1体のウィッカーマンを倒すことに成功した。

 今度は黄金皇珠と羽仙泡珠をゲット。

 クララが言うには、価格的に黄金皇珠は必ず落とし、羽仙泡珠はレア、鳳凰双眸珠がスーパーレアなのではないかとのことだ。

 黄金皇珠と羽仙泡珠と鳳凰双眸珠、どれもが宝飾品クエストの対象だ。

 笑いが止まりませんな。


「どお?」


 折れた世界樹の根付近を調べていたクララが答える。


「ひこばえが出てきてますので、折れた世界樹の根も生きてはいますね。しかしこのまま冬を越せるかどうかは未知数ですし、世界樹としての役割を今後果たすこともできないでしょう。樹種としてはトネリコで、エーテルをたくさん吸収することのできる変種なのだろうと思います。季節的に難しくはありますが、若い枝を挿し木しておき、何本かでも根付いたらより安定が早いかと思いますが」


「よし、じゃあそうしておこう」


 皆で倒れた世界樹から若枝を切り、その近くに挿して回った。

 近くに挿したのは、倒れた世界樹から漏れ出るエーテルによって活性が高くなるのではないかという、ペペさんのアイデアからだ。


「せっかくだから帰りも経験値君達を倒していきたいけど、あたしのマジックポイントが心許ないんだよね」


「ボス、魔法の葉がメニーメニーあるね」


 うむ、こんなボーナスデーはめったにないしな。

 魔法の葉を売却するためにキープしておくより、ここで使ってマジックポイントにし、ウィッカーマンを積極的に倒した方が有意義だ。

 魔法の葉をまとめて口にする、が?


「ぎゃーまずーい!」


 何だこれ?

 魔法の葉ってこんなに不味いの?

 目がチカチカするんだけど?


 結局帰りも経験値獲得ツアーとなり、ウィッカーマン2体を含め、人形系レア魔物を倒しまくった。

 黄金皇珠6個、羽仙泡珠3個、鳳凰双眸珠1個の大戦果だ。

 うちのパーティーのレベルは全員92となる。

 ……ウィッカーマンの経験値どんだけだ。


 ソル君パーティーも皆レベル50を越えたようだ。

 あたし達が必要としない宝飾品も大量にゲット、ペペさんとソル君達に分けることができたし、めでたしめでたし。


 ペペさんがおずおずと話しかけてくる。


「ユーラシアちゃん、今日はありがとう。これあげる」


 スキルスクロール?


「あっ、あたし専用のやつ? できたの?」


 ペペさんが慌てて首を振る。


「いや、そっちはまだなの。これは『豊穣祈念』っていう、その戦闘中のアイテムドロップ・レアドロップ確率が増えるバトルスキルなの。誰でも覚えられるよ」


「あっ、ありがとう! 今一番欲しいやつだ」


 レベルカンストするとダンテの経験値アップスキル『実りある経験』を使わなくなるから、今後どうしようかと思ってたところだ。

 効果も含めてとてもありがたい。


「今日、すごーく楽しかったわー」


「魔物がポロポロ宝飾品落としてくの楽しいでしょ?」


「楽しい。あれは今まで知らなかった快感だったわ。ロマンね!」


 うむ、あれこそ紛れもなくロマンだ。

 共感者が増えて嬉しい。


「そういうスキル作ってよ」


「え? でもユーラシアちゃんには必要ないでしょう?」


「ソル君に作ってやってくれると嬉しいな」


「えっ?」


 ペペさんが戸惑っている。

 それはそうだろう。

 自分が認めた冒険者以外にスキルを作る気なんか、さらさらないに違いない。


「ソル君はスキルハッカーなんだ」


「スキルハッカー?」


 やはり知らないか。

 いつも寝てるもんな。


「魔法でもバトルスキルでも、12個までなら何でも覚えられるっていうレアな固有能力だよ。強力なスキルを覚えるほどソル君は強くなれるんだ」


「えっ、何でも?」


 ペペさんの目の色が少し変わってきた。

 びしょうじょせいれいつかいのつむぎだす、たましいのねがいをけいちょうせよ!


「ソル君は多分、『勇者』って呼ばれる存在になるよ。あたしが推してる冒険者に乗るのもロマンだと思わない?」


「……それもそうねっ!」


 ギルドカードでレベルを確認しているソル君パーティーに声をかける。


「おーい、ソル君! ペペさんがスキル作ってくれるって!」


「えっ!」


「アートでロマンでドリームなやつ作るからねっ!」


「ペペさんわかってる? 対人形系レア魔物のスキルは、一網打尽にしてゴロゴロドロップさせるのがロマンだよ?」


「わかってるわかってる!」


「よろしくお願いします!」


 これでソル君もおゼゼや経験値に困るまい。

 ドラゴンスレイヤーになるのも近いな。


「じゃ、あたし帰るよ」


「今日は本当にありがとお」


「いいんだよ、そんなの。あっ、そうだ! 経過観察兼ねてもう1回ここ来たいから、明日の朝もギルド来てくれない?」


 もちろん夢再び、人形系レアボーナスデーリターンズを目論んでるわけだが。


「うん、わかった」


「じゃあね、ソル君もアンセリもバーイ!」


「「「さようなら」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、これもクエストだったか。

 レベル93だってよ。

 もうすぐカンストしちゃうな。

 あたし達もマスタークラスの冒険者かー。


          ◇


「……って感じだったんだ。大儲けも大儲け。ボーナスデーでサービスデーでラッキーデーだったよ」


「それはよかったですねえ!」


 デス爺とオニオンさんにはその後の経過を報告しておいた。

 ハゲジジイにはいい加減にせいと言われたが、魔境ガイドの小男は我がことのように喜んでくれる。


「明日もう1回行って、様子見てくるんだ」


「要するにボーナスデーよもう一度、経験値と宝飾品稼いでくるってことですよね?」


「バレたかー。もちろんそういうことなんだよ」


 オニオンさんと笑い合う。


「でもどういうカラクリでウィッカーマン倒せたんです? 一昨日の段階では、与えるダメージ量を倍くらいにしないと難しいって話じゃなかったですか?」


「こういうパワーカード手に入れたんだ」


 武器・防具屋で手に入れた、『前向きギャンブラー』のパワーカードを見せる。


「ベルさんがやたらと押してくるんだよ。絶対このカード、他の人は買わないんだと思う」


「攻撃力+10%、会心率+80%、防御力-30%、魔法力-30%ですか。これはまた非常にピーキーな……」


「魔法攻撃しかしてこない魔物なら防御力落としても痛くないしね。物理で与ダメージを飛躍的に上げるカードとしてはピッタリだった」


「なるほど、足りないダメージ量をクリティカルヒットで補うというアイデアですか」


 オニオンさんは何かに思いを馳せているようだ。


「……これ、ウィッカーマンを仮想敵に見立てたパワーカードかも知れませんね。他の魔物相手で、前衛の防御力を落とすという発想はないと思います」


「あ、そうかも。アルアさんの工房では作られてない、昔のカードなんだけど」


 オニオンさんが微笑む。


「古の制作者の遺志を今のユーラシアさんが成し遂げる、いいじゃないですか。ワタクシそういうの好きです」


「オニオンさん、ロマンチストだねえ」


 今日のテーマはロマンだな。

 ロマンに浸りながら結構な実利を得る、これが最高というやつか。


「今日、仕事引けたらギルドへ来てよ。奢るからさ」


「嬉しいですね。では遠慮なく」


「あたし寄るとこあるから先行くね」


「お疲れ様でした」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「おうユーさん、師匠は出かけてて今いないぜ。うちが相手でいいか?」


「もちろん! ゼンさん。これお土産だよ、お肉」


「こりゃあ、ありがてえ!」


 うん、一時期に比べ痩せてはいるけど、目の輝きもしっかりしてるし元気だな。

 仕事にのめり込み過ぎないといいが。


「最近どう? 職人稼業は」


「……まだまだだな」


「アルアさんが、もう基本的な基本的なカードは任せられるって言ってたよ。短期間で大したものだと思うけど」


 変な間があったのが気になるな。


「師匠もそう言ってくれるんだが……。うちは元々、魔法やバトルスキルに馴染みがなかっただろう? どうにもカンが掴めねえ。違いもわからねえくらいだ」


 そういわれりゃ、他人に魔法とバトルスキルの本質的な違い教えろって質問されると困るな。

 あたし学者じゃないし、そーゆーの身体が覚えてるもんだし。


「……確かに難しい気がする」


「ユーさんでもそうかい?」


「いや、説明が難しいだけだよ。見れば違いは感覚的にわかるから」


 腕を組んで首をひねるゼンさん。


「魔法もバトルスキルも見せてもらったことあるんだがな……」


「デカいやつは見たことないでしょ?」


 高レベル者の大きい魔法ほど魔力の高まりは見やすいのだ。


 ゼンさんを外に連れ出す。

 あ、ギルド行きちょっと遅くなりそうだな。

 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ! 感度良好だぬ!』


「ギルド行って、サクラさんに夕御飯奢るから一緒に食べよって言っといてくれる?あたし達もそっち行くけど、少し遅れそうなんだ」


『サクラって誰だったかぬ?』


 あーヴィルも名前頭に入ってなかったか。


「すごいおっぱいさん」


『あっ、わかったぬ!』


「それからオニオンさんもギルド行くから、捕まえといてね」


『了解だぬ、わっちに任せるぬ!』


 これでよし。


「じゃゼンさん、まず魔法から見せるよ。クララ、ゆーっくり『精霊のヴェール』お願い」


「はい」


 ダンテの『デトネートストライク』であれば魔力の高まりと凝縮がもっとわかりやすいけど、谷崩れると笑って誤魔化せそうにないからなー。


「ほら始まった、魔力が膨らんで大きくなってくのがわかるでしょ?」


「おう、わかるぞ!」


「で、右手に魔力を集めて放つ」


「うんうん」


 クララの手から魔法が撃ち上がり、美しい光のひだと虹のようなグラデーションが空に現れる。


「おお、綺麗だな」


「敵の属性攻撃をかなり和らげる魔法なんだけどね。さて、次バトルスキル行こうか。まず最初にマジックポイントを使用するバトルスキルをオレンジの子がかけます。で、最後にあたしがマジックポイントを使わないバトルスキルを使用するよ。ゼンさんも戦闘に混ざって、防御してればいいから」


「よしきた!」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験!


「今のがマジックポイントを使うバトルスキルね」


「おう」


 クララとアトムは防御。食獣植物の攻撃! アトムはダメージ受けず。


「マジックポイント使わないバトルスキルの大技いくよ。よく見てて!」


 あたしの雑魚は往ね! 食獣植物を倒す。


「魔力を高め、それを変換して効果を出すのが魔法か……バトルスキルはあくまで技だな。マジックポイントを使うか使わないかは、効果から見た必要性に過ぎない……」


 頻りに頷くゼンさん。

 厳密な違いはあたしも知らんけど、イメージ掴めりゃいいんだろ、多分。


「ユーさん、ありがとうな。いつかきっとすごいパワーカードを作ってみせるぜ」


「うん、楽しみにしてる」


 ゼンさんも何かを掴んでスッキリしたようだ。


「ところで何か用があったんじゃないのかい?」


「あ、そうだ。素材換金してもらえる?」


「おうとも」


 交換ポイントは150、ピッタリ『スコルピオ』と交換できた。

 このカードは通常攻撃で毒付与する効果があるが、それよりも今まで出たカードの中で最も攻撃力が高いという特徴が大きいのだ。

 ウィッカーマンを倒せず逃がしてしまう確率を、少しでも減らしておかないとな。


「交換ポイントゼロになっちゃった。また頑張らないと」


「ハハハ、うちも頑張るぜ。またな」


「さよならー」


 ゼンさんに別れを告げ、外の転移石碑を目指す。


          ◇


「こんばんはー」


 ギルドに来たがポロックさんはもういない。

 やはり5時過ぎてるな。

 真直ぐ食堂へ。

 おっぱいさんとオニオンさん、ヴィルと、何故かダンがいる。


「遅くなってごめんなさい」


「「いえいえ」」


 食堂の大将に注文を入れる。


「ヴィル、余計なのが1人いるよ?」


「わっちもそう思うぬ」


 思うだけか。

 ニヤニヤしてる軽薄そうな男、ダンだ。


「つれないじゃねーか」


「いつも通りつれないよ?」


「ソールとアンセリの同棲生活の話聞きたいだろ?」


「もちろんだよ親友、さあ好きなもの頼んで」


「「同棲?」」


 おっぱいさんとオニオンさんが驚く。


「ソールとはスキルハッカーの少年でしたよね?」


「あの子達まだ若いでしょう?」


 思ったより食いつきがいい。


「うーん、正しくは同居」


「もともと母子で暮らしてたソールだが、『アトラスの冒険者』になってお袋さんが1人ポツンなんだな。それで嫁もらえって話になって、アンとセリカがソールの家に転がり込んだんだ」


「アンとセリカはソル君のパーティーメンバーで、2人ともソル君と同い年の14歳」


 オニオンさんに補足説明しとく。


「嫁姑の関係だと嫁にとって厳しいものらしいが、寂しいお袋さんにとっては話し相手ができる、アンセリは2人だから慣れない環境でも辛くない、いいことばかりらしいぜ」


「万々歳じゃない」


「料理教わった裁縫教わったって、こっちが何も聞かなくてもアンセリが毎日嬉々として話してくれるんだ」


 おっぱいさんのカットイン。


「それ、ソールさんはどう思ってらっしゃるんでしょう?」


「ソールは何も言わないが、お袋さんの嫁もらえ攻撃受けなくていいし、アンセリの機嫌いいのは冒険にもプラスだ。このままでいいと思ってるんじゃねえかな?」


「嫁2人で正解だよねえ。今日会ったんだけど、そういう話出なかったなー」


 ペペさん世界樹事件の件で、ソル君パーティーと共闘したことを説明する。


「ペペさんいたから遠慮したんだろ。今日の話聞かせてくれよ」


「世界樹は根元付近でポキッと折れてる感じ。新しい芽が根側から出始めてるんだけど冬越せるかわかんないんだって。それで折れた幹側で枝を切って挿してきた」


「それで大丈夫なのか?」


「わかんないね。明日もう一度見に行くけど」


「明日? 1日置いたって状況変わりゃしねえだろ?」


 今度はオニオンさんのカットイン。


「いや、ユーラシアさんはレア魔物狩りに行くんですよ」


「どういうこった?」


「人形系レアばかり出るようになってるの。明日も稼ぎに行こうと思って。ウィッカーマンっていう一番強いやつ倒すと羽仙泡珠とか鳳凰双眸珠とか、すごい高そーな宝飾品落とすんだ。あ、サクラさん。黄金皇珠以上の10個越えたよ。頑張れば本当に100個も夢じゃないかも!」


「応援してます」


 ……心なしかおっぱいさんの笑顔が黒い気がする。

 本当に依頼者誰なんだよ?


「ダンも明日来ない? ピンクマンと」


「カールと? ああ、なるほど」


 ピンクマン? カール? と首をひねるオニオンさんに説明する。


「いつもピンクの服着てる魔法銃使いの冒険者なんだ」


「『変態紳士』の二つ名を持つ、ロリの国の住人だ。ペペさんを崇拝してる」


 おっぱいさんは頷いているが、オニオンさんが不可解そうな顔をする。


「……ペペさんって、見かけはお若いですけど、実際の年齢はかなり上じゃありませんでしたっけ?」


「『小生、実年齢を愛でたいのではないゆえ』って言ってた」


「そこだけ聞くとすごいポリシーを感じますねえ」


 うむ、激しく同意だ。


「面白そうだ。付き合おう。カール捕まえとくぜ」


「うん、じゃ明日の午前中にギルドで」


 おっぱいさんが聞いてくる。


「人形系の魔物は宝飾品ドロップもメリットですけど、経験値も高いのでしょう? ユーラシアさんは今レベルいくつなのですか?」


「今はえーと93になった」


「「93!」」


 オニオンさんとおっぱいさんが驚くが、ダンは笑ってる。


「あんたはそういうデタラメなやつだよ」


「あんたにもそういうデタラメを体験させてやんよ」


「ということは、ソールさんのレベルはいかほどに?」


「正確なところはわかんないけど、50は越えてるはず」


「50……そうでしたか。では早めに『魔境トレーニング』のクエストを配給しなくてはなりませんね」


 そっか、おっぱいさんにはそういう仕事もあるんだな。


「ソル君をよろしくお願いします」


 オニオンさんとおっぱいさんが頷く。


「そういえば、案山子とか宝飾品のクエストはあたししか請けそうにないんだけど、あれらは専用クエストにならないのかな?」


 おっぱいさんが答える。


「厳密にルールは決まっていないんですけど、依頼者があるものは原則的には石板クエストにはなりませんね。依頼者にとっても自信のある冒険者が素早くこなしてくれた方がありがたいでしょうし」


「ふむふむ」


 なるほど、そういう理由か。


「それから石板クエストは拒否できませんので、クリアできそうにないクエストを押し付けられても困ってしまいますでしょう?」


「……あたし、案山子と宝飾品のクエスト、謎の圧力で拒否できなかった気がするんですけど?」


「気のせいです」


 そーかー、気のせいだったか。

 いや、宝飾品クエストは石板クエスト扱いなのかな?

 楽しけりゃどうでもいいけど。


「ユーラシアさん」


「はい?」


「私もヴィルちゃんをぎゅーしたいんですけど、よろしいですか?」


「どうぞどうぞ!」


 ヴィルがどういう反応を示すか楽しみだ。


「ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 こら男性陣、羨ましそうな目で見んな。


「と、とてもすごかったぬ……」


 ヴィルにもうちょっと語彙力があれば、と思いつつ夜は更けてゆく。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日も昨日に続き、朝からギルドに出勤だ。


「やあ、チャーミングなユーラシアさん。今日も朝から出なのかい?」


「そーなんですよ。もう一度世界樹見てきます」


 ギルド内部へ。

 ペペさんとダンとピンクマンだ。

 ピンクマンの表情は強張ってるが、あたしに感謝しているのは何となくわかる。


「ちょっと待ってて。マジックウォーター買って来る」


 魔法の葉たくさん食べるのは懲りた。

 だってメチャクチャ不味いんだもん。


「じゃ、行こうか。ペペさんとピンクマン、フレンド登録して」


 おーおーピンクマンよ嬉しそうに。

 ダンがコソっと言う。


「思った以上に面白れえな」


「そーだね」


 転移の玉を起動し、ペペさんの家へ。


          ◇


「薙ぎ払い!」


 人形系レア魔物を倒しながら、世界樹を目指して進む。


「おーおー、また藍珠と透輝珠かよ。いいのか? 本当に俺達で分けちゃって」


「いいよ。そういう取り決めじゃん」


 うーん、しかし?


「……何か昨日より魔物の数が少ない気がする」


「そうか? じゃあ昨日はよほど多かったんだな」


 いや、明らかに少なくなってる。

 単に昨日たくさん狩ったからかもしれないが、考えてたよりエーテルが拡散するのが早いのかもしれない。

 とすると、いつまでもここを狩場にするわけにもいかないな。

 儲けられる内にゴッソリ儲けておくのは、美少女精霊使いの基本だ。


「それはそうと、ピンクマン緊張し過ぎじゃない?」


「右足と右手が一緒に出てるぜ。ヘタクソな操り人形みてえだ」


 ペペさんガードの名目でピンクマンを張り付けてあるのだが。


「あれ、喜んでもらえてるんだよねえ?」


「間違いねえよ」


 ダンは断言するが、ピンクマンが挙動不審すぎてあたしにはどうにも判断できない。


「あ、クレイジーパペットだ。今日初めて3体一度に出てきたな。フレイム厳しいからしっかりガードしてね」


「おう」


 まあレベル上がってるし大丈夫だろ。

 1体も逃げない、ラッキー。

 3回フレイムを食らうが一撃で退治する。


「リフレッシュ!」


 すぐ後にデカダンスが出てくる。

 まあ一撃ですけど。


「デカダンスの方が危なくなくていいねえ」


「あれって掃討戦の時のデカブツだろ? 完全にザコ扱いじゃねーか」


「ザコは失礼だよ。あたしは敬意を込めて『真経験値君』って呼んでる」


「あんたの辞書の『敬意』の意味が知りてえ」


 後ろを振り返る。

 黙々と素材や薬草を採取するペペさんと、カクカクとぎこちなくついてくるピンクマン。


「ペペさーん! 疲れてない?」


「だいじょーぶ!」


 もう世界樹見えてるけどね。

 戦闘回数が多いからなかなか進まない。


「これ本当に昨日の方が魔物多かったのか?」


「うん、デカダンスも普通に2体3体で出てきたんだよ」


「マジか」


 まあ今日も十分出てくるのではあるが。


「あ、出てきた。ウィッカーマンだ」


「最強の人形系レアってやつか」


「そうそう。あいつ5人以上だと逃げちゃうから、あたし達だけでいく。『メドローア』は強力だよ。流れ弾気を付けててね」


「了解」


 人形系レア魔物を掃討しつつ、世界樹のあった場所を目指す。


          ◇


 ようやく折れた世界樹のところに到着。

 もちろん見た目はそう変わっちゃいないのだが。

 しかし、丹念にチェックしていたクララが感嘆の声を上げる。


「ユー様すごいです! 昨日挿した世界樹の枝が全て根付いてます!」


「マジ?」


「マジです! 新しい世界樹の座を争う戦いが始まっています!」


 すごいなこの木。

 エーテル濃度が高ければいくらでも活性上がるのか?

 だからこそ世界樹はこんなバカデカくなるんだろうな。


「エーテルもイエスタデイよりかなり薄くなってるね」


「この若木がどんどん吸ってるってことだよねえ」


「もう心配ないでやすね」


「そうだね。とゆーか逆にエーテル吸い過ぎて濃度薄くなっちゃうとかは大丈夫なのかな? それはそれで問題ありそうだけど」


 少し若木を間引いた方がいいかとも思ったが、クララによると最終的に最もエーテルを吸収した個体のみが勝ち残るので、初めは競争させた方がいいとのこと。

 専門家の意見は聞いておこう。


「ペペさーん、もう大丈夫だって!」


「そう、良かったあ!」


 やっぱり心配だったんだろうか?

 見た目はしゃぐ幼女だから、ちっともわからないんだよな。


「昨日の枝がもう根付いてるの。で、活発にエーテル吸ってるから」


「ほう?」


 あれ、今日初めてピンクマンの声聞いたぞ。

 世界樹に対する学術的興味が、ペペさんを前にする緊張を上回ったか?


「世界樹の樹種はトネリコで、エーテルをたくさん吸収することのできる変種だってクララが言ってたよ。いずれ1本が勝ち残って、新しい世界樹になるだろうって」


「その特殊なトネリコはここでなくては育たんのか? どこでも育てられるのであれば、魔法の葉よりも効率よくマジックウォーターを生産できそうだが」


 おーピンクマンよ。

 あんたはファッションセンスおかしいし、幼女を前にすると挙動不審になるけど、学識豊かであることは間違いないよ。

 ペペさんがビックリしたような目で見てるぞ?


「ピンクマンは賢いなー。家は畑番が優秀だから、1本持ち帰って育ててみることにするよ」


「うむ、上手く育成できるようならまた教えてくれ」


 どこで植えてもエーテルを集められるなら応用効きそうだなあ。

 でも魔法の葉みたいに、食べて直接マジックポイントを補給することはできないのか?

 いや、魔法の葉が決して口にしてはいけないレベルのものだということは、昨日よく理解したけれども。


 ん、何?

 ダンが袖を引っ張ってくる。


「……おい、ヤベーのがお出でなすったぜ」


「へー、ドラゴンがコンビで出てくることもあるんだなあ。初めて見たよ。どっちがボケでどっちがツッコミだと思う?」


「ハハッ。あんたの軽口が心強く思えるぜ」


 サンダードラゴン2体か。

 そのくらいならビビんなくったって大丈夫だよ。

 それにしても、いよいよ人形系以外も出始めたか。

 もう人形系レアフェスティバルはお終いなのだろうか?

 残念だなー。

 しかもドラゴンのいる方帰り道だから、『煙玉』使ってもムダなんだよな。

 倒すしかないのか。


 ペペさんが嬉々として叫ぶ。


「ようやく私の出番ねっ!」


「えっ? ちょっと待った! ダン、ピンクマン、ペペさん止めて1ターン防御で耐えて! こっちのが数倍ヤベー!」


 ヤバさの極みロマン砲が炸裂しないうちにレッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! クララの精霊のヴェール! サンダードラゴンの雷撃! アトムが受ける。サンダードラゴンの爪攻撃! アトムが受ける。ナイス防御! あたしの雑魚は往ね! よし、倒した!


「リフレッシュ! もうここに長居は無用だよ。ペペさん送り届けてから帰ろう」


「ついにドラゴンをザコ扱いか……」


「しかも2体だぜ? あのデタラメスキルどこまで進化するんだよ」


「アハハ、ほんとだ。あたしもえらそーになったもんだ。気分がいいねえ」


 あ、帰るのちょっと待った。

 アトムが『逆鱗』を回収しに行ってるわ。

 素材の採取は冒険者の義務でマナーでエチケットだからね。


 帰り道はまだ人形系レアばかりだった。

 確かに昨日に比べれば数は少なくなったけれども、ウィッカーマンも倒せたし、宝飾品もまずまず手に入れることができた。

 本日もなかなかの戦果と言っていいのではないか。


「宝飾品でウハウハ、経験値でホクホクだぜ」


「あっ、それ実にいい言葉だなあ。毎日使いたい」


 アハハと笑い合う。


「いやー残念だけど、人形系ボーナスデーは今日までっぽいなー。ペペさん、ドラゴンが出たのは、ここ世界樹エリアのエーテル条件が、元の状態に戻りつつある証拠だと思うよ。もう大丈夫だろうけど、また何かおかしなことあったらあたし達に声かけてよ」


「うん、わかった。ユーラシアちゃんありがとう。宝飾品もたくさんもらっちゃって、いいの?」


「いいのいいの。あたし達帰るよ。じゃあね」


 ダンから声がかかる。


「おいユーラシア、ギルドに来てくれよ」


「何だよー感謝を形で表したいのかな? すぐ行くよ」


 ピンクマンのペペさん礼賛の話かな?

 奢ってくれることは間違いなさそうだ。

 とりあえず転移の玉を起動し、一旦帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてきた。

 よしよし、いい子だね。

 ぎゅっとしてやろう。

 ギルド総合受付のポロックさんが笑っている。


「いらっしゃい、ユーラシアさん。微笑ましい光景だね」


「こんにちは、ポロックさん」


 ギルド内部へ。

 買い取り屋さんで不要なアイテムは売り払っておく。

 特に昨日たっぷり食べさせられた魔法の葉は、見るのも嫌になった。

 そういえばいつだったか、クララに何枚か取らせたことあったなー。

 だってあんなに不味いものだったとは知らなかったから。

 無知とは罪だ、ごめんよクララ。


 食堂へ、と。

 ダンとピンクマンはもう来てる。


「たっぷり宝飾品いただいたからな、奢るぜ」


「いいの? ありがとう! 奢られる価値のあるあたし!」


「斬新だな、その言い回し」


「何だよーセンスまで褒めてくれるのか? ねえピンクマン、ダンは『いい性格してる』って時々褒めてくれるんだよ」


「極めてポジティブだな」


 ダンとピンクマンが笑う。

 そうだ、一応報告しておこう。


「あのトネリコダメだった。うちの畑番が言うには、あの樹育てるには濃いエーテル濃度が必要なんだって」


「畑番というと例の案山子か。それでは諦めるしかないな」


 魔法の葉が割とどこにでも生えてるものだから、マジックウォーターを作るのに効率がいいからと言って、わざわざ魔境に採取しに行くほどのものでもないのだ。


「2人はレベルいくつになったかな?」


「小生は50、ダンは49だ」


「ほら見たことか」


「何がだ?」


「あんた前『自分のレベルわかんないなんてことあるか』って言ったけど、自分でもわかんなくなってピンクマンのギルカで確認したでしょ?」


 ピンクマンがダンのレベル知ってたことがその証拠だ。


「まあな、それより聞きたいことがある」


 あれ、スルーか。

 ダンが珍しく真面目な顔してるぞ?

 似合わないんだけど。


「あんた今日、世界樹まで行った時には既にレベルカンストしてたろ。その後帰り道も経験値倍増スキルずっと使い続けてたのは何故だ?」


「勘定に細かいユーラシアがムダなことをするはずがない。小生らのレベルを上げておく必要があったとしか思えん。理由を聞かせてもらえるか?」


 気付いてたか。

 まあ話そうとは思ってたし。


「鋭いなー。……ちょっと頭寄せて」


 内緒話の陣を組む。

 ヴィル、ちょっと大人しくしててね。


「帝国との戦争になった時、『アトラスの冒険者』も動員されるんだ。パラキアスさんが、今の『アトラスの冒険者』はドーラ人ばかりだからって言ってた」


「そういうことかよ……」


 ピンクマンが首をかしげる。


「しかし戦闘といっても、レイノス港での砲撃戦になるだろう? 冒険者の出番はあるだろうか?」


「帝国には海の一族の監視を避けて上陸する技術があるんだ」


 ダンとピンクマンの表情に衝撃が走る。


「そういうことは早く教えろよ! ヤベーじゃねえか」


「それが帝国の切り札か……」


「多分違うんだよ。この技術はせいぜい小舟がそっと漕ぎ寄せるくらいにしか使えない。パラキアスさんもこれが帝国の秘密兵器とは見ていないんだ。でもゲリラ活動にはピタリと嵌りそうでしょ?」


 ピンクマンが少し大きな声を出す。


「西域か!」


「あたしも西域の自由開拓民集落を襲うなり街道を封鎖するなりして、物流を引っ掻き回すセンが一番あると思う。正直西域は広いから手が足んないんだけど、塔の村の冒険者と手を組めば、街道だけは守れるんじゃないかなーって考えてる」


「レイノスの東は大丈夫なのか?」


「いや、実際のところどこから上陸されるかわかんないよ? でも帝国だってバカじゃないから、カラーズとレイノスが交流ないことくらい掴んでると思うんだよね。東にまで手を伸ばす余裕があるかなーと」


 もっともこれはあたしの希望的観測に過ぎない。


「要するに俺達には、西でゲリラ狩りか重要拠点の守備の仕事が与えられそうってことだな?」


「そう。で、当然帝国はそういう戦いを想定した兵を送り込んでくるから、こっちも上級以上のレベルの信頼できる冒険者を増やしておきたいの」


「ラルフを執拗に魔境に誘うのもその考えからか?」


「あれは単にあたしの趣味だけど」


「やっぱそうか。ネズミをいたぶるネコっぽいとは思ったんだ」


 ピンクマンが質問する。


「帝国の秘密兵器が何なのかはわからないのか?」


「それはまだわからない。その完成を待って帝国は仕掛けてくるのだろうと、パラキアスさんは言ってる」


 2人が頷く。ヴィルはダンに頭を撫でてもらうのが好きらしい。今日もダンに構われている。


「そんなとこかな?」


 内緒話の陣を解く。


「今日どうだった? 装備とかスキル、大分揃えられるんじゃない?」


「宝飾品売り払った金は有効に使わせてもらうぜ」


「こんな話を聞いた後じゃ、真剣に考えざるを得ないな」


「そういや俺、レベルアップでスキル覚えたぞ?」


「どんなん?」


 この前シバさんといた時、ダンが『タフ』の固有能力持ちということが判明したので、どんなスキル覚えたかは興味あるな。


「先に、多分レベル20で覚えたのが『余裕の防御』だな。防御時に食らった弱体化を解除してヒットポイント回復ってやつ」


「魔法でもバトルスキルでもなくて、普通の防御が『余裕の防御』にグレードアップしたんだ?」


「そういうこと」


 へー、そんなスキルがあるんだな。

 正直なところ、防御に何かしらプラスアルファ要素が加わるってのはお得感がある。

 ダンの持つ『タフ』の固有能力はガードしたときの防御力上昇効果が高いので、この防御スキルとの相性は非常にいい。


「で、後に覚えたもう1つが『生贄トゲゾー』ってバトルスキルだ。狙われ率・反撃率・会心率がしばらくの間大きく上昇するっての」


 これもまた防御との相性がいい。

 『生贄トゲゾー』を発動したターンには隙を作るものの、次ターンからはずっと防御でセルフコンボ状態だ。

 限定した状況でしか使えないから活躍する場面は多くないものの、物理攻撃メインの強敵相手の壁役スキルとして非常に有用と見た。


「いいスキルじゃん。ダンにはもったいない」


「そうかい? 俺としちゃあ派手な攻撃スキルが欲しかったがな」


 と言いながら嬉しそうだ。


「攻撃スキルは買えばいいよ。チュートリアルルームに売ってる。『五月雨連撃』とか連続衝系のスキルとか、結構いいやつあるよ?」


「あんたのお勧めのスキルは何だ?」


「人形系対策の『経穴砕き』は必須でしょ? パーティー組むなら、使用頻度は高くないけど『クイックケア』持ってると事故が減りそう」


「ほう、ユーラシアは思ったより堅実なのだな」


「ハッハッハッ、ピンクマンよ。あたしをただの美少女精霊使いと侮ったな?」


「チュートリアルルームか。カールに連れて行ってもらうのもいいな」


 スキルの価格表見てるだけでも楽しいよ。

 欲しくなっちゃう罠だけどな。


「オチ担当能力ほどではないけど、ダンの壁役能力はなかなかなんだよな。レベル50近くなったし、攻撃スキルが充実したらドーラにそんなに何人もいないくらいの前衛なんじゃないか」


 ダンが心底意外そうだ。


「ユーラシアが素直に褒めるなんて珍しいじゃねえか」


「ごめん、思ってたことがつい口に出ちゃった。あたしらしくもない、つまんないコメントだったと反省してる」


「あんたは本音と建前逆にした方が、俺の精神衛生上いいんじゃねえか?」


 知らんがな。


「ユーラシアは何もスキル覚えなかったのか?」


「またデタラメなスキルでも覚えたら聞かせろ」


「レベル上がってきたら覚えないね。カンストした時にスキル覚えたような感覚あったんだけど、実際には覚えてなかった」


「何だそれ?」


「カンスト時の感覚ということなんだろうな」


 そーゆーことみたい。


「ピンクマンは固有能力持ちなんだっけ?」


「小生は『焦点』だな。攻撃の命中率が非常に高い」


「あーそれで魔法銃士なんだ。考えてるなー」


 『アトラスの冒険者』に選抜されるような人は皆、固有能力持ちなのかな?

 今度バエちゃんに聞いてみよ。


「それでうちのクロード族長の件なのだが」


「ああ、間に入ってくれそうな商人がカラーズに一度来てくれることになったんだよ。日程決めないといけない」


「それってラルフの親父か?」


「そうそう、ヨハン・フィルフョーさん」


 今のところ緑の民関係以外で問題はない。

 うまく働いてくれそうだし。


「ところで酢はどうなったかな?」


「少し売れた」


「一度売れたらしめたものだよ。良ければリピーターになるし口コミで広まる」


 灰の民の村とコラボして、酢漬け保存食を大々的に売り出してもいいな。


「どちらにしてもユーラシアと一度話したいとのことなのだが」


「明日午前中に行くよ。そう伝えといてくれる?」


「了解した」


 忙しくなってきたぞ。

 ヴィルをぎゅっとしてから、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ねえクララ、干し柿ってどれくらいから食べられるんだっけ?」


「2週間以降ですね。そろそろ軽く揉んでおくと渋み抜けるのが早いですよ」


 ダンテが言う。


「明後日はレインね」


「そーか、明日取り込まないとな」


 明日から商売の方も本腰を入れねばならない。

 やれることはやっとこう。


「姐御、氷晶石はもう、全然冷たくありやせんぜ」


「そっか。じゃあ家の中にしまっておこう」


 冷蔵庫作ったら何処におくべきか?

 家の中だと冷気が漏れて寒そうだなあ。

 かといって外だと作物の生育の影響ありそうだしな?

 影響なさそうな位置とすると、やっぱり南の敷地外なのか?


「ユーちゃん、明日は凄草の株分けができるぜ。忘れずにな」


「じゃ明日は株分けしてからカラーズの各村だね」


「「「了解!」」」


 クララが提案する。


「夕食は薬草のスープで軽く済ませればいいですか?」


「そうだねえ。昼食べ過ぎちゃった」


 だって奢りだったんだもん。


 まあ今日もいい1日だった。

 もう世界樹は稼ぎどころとしては使えないけど、ついにレベルもカンストしたし。

 今持っている高級宝飾品は、今日得た分を合わせて黄金皇珠10個、羽仙泡珠6個、鳳凰双眸珠1個となっている。

 本当に大富豪になれちゃうかもしれないよ、どうしよう!


          ◇


 翌日、朝から凄草の株分けを済ませ、灰の民の村へ。


「ここにクレソン挿しておいたんだ。どうだろう?」


「んーまだわかりませんね。でも水も豊富で適した場所だと思います」


 クララがそう言うなら大丈夫だろうな。

 来年は今年よりも食卓が賑やかになると思うと、気分が浮き立つものだ。

 灰の民の村に到着。


「こんにちはー」


「ああユーラシア、いらっしゃい」


 灰の民の村の族長サイナスさんの家だ。

 灰の民はあまり大きな家を作る風習がない。

 サイナスさんの家も例外ではなく、むしろあたしの家の方がずっと大きい。

 もっともあたしの家は倉庫を兼ねているという事情もあるが。


「向こうの商人さんとは話ついたよ。一度こっちへ来て会談したいってことなので、日程決めに来た。黄・黒・赤・青の族長クラスと会うから、従者やってくれない?」


「お供仕ろう」


 まあぶっちゃけ精霊使いが独断で勝手なことしてると思われると不安視する人もいるだろうから、灰の族長の了解の下だよっていうポーズだ。

 あたしが独断で勝手なことしてるのは大体その通りだが、うまくいきさえすれば本当のことは知らなくてもいいんじゃないかな。

 サイナスさんもその辺の機微はわかってくれてるのだ。

 これでヘタレでさえなければ、立派に族長が務まるのに。


 サイナスさんとカラーズ緩衝地帯へ行く。


「聖火教礼拝堂の近くに店出したいって話、あれどうなってるのかな?」


「向こうに話だけは通してあるよ。まだ時期とか規模とか、具体的なことが何も決まってないからそれだけだ」


「そりゃそーか。こっちも手が回んないもんねえ」


 カラーズ~レイノス間の交易が始動してからだな。


「それより聖火教徒達が、礼拝堂近くのかなり広い面積を整地してたのが気になったな」


「え? あの辺道外れると魔物出るでしょ?」


「それは聖騎士やハイプリースト達がいるから、どうにでもなるだろうけど」


 気になる話だ。

 目的がバッティングするようならこっちが引いた方がいいし。


 まあいいや。

 今考えないといけないのは会談の日程決めだ。


「帝国と戦争になることは話さざるを得ないんだけど」


 灰と白だけが知ってるという状況も気持ち悪いし、戦争後が本番なんだぞということも伝えづらいのだ。


「やむを得ないね。族長とその側近クラスに限定し、口止めしておけば」


「うん、そうする」


 サイナスさんが面白そうに聞いてくる。


「ユーラシアは黄・黒・赤・青の商品だと、どこが成功しそうだと思ってるんだ?」


「成功させたいのは黒、当たると大きいのは青、赤はそこそこ、黄は当面難しいかな」


「ほう? 黒に期待してるのか?」


「酢は保存食に使えるでしょ? あれが受け入れられるか否かで、戦時の食糧供給が全然違ってきちゃうから」


 サイナスさんの目が大きく見開かれる。


「君、そんなこと考えてたのか」


「灰とコラボした酢漬け野菜がウケるといいねえ」


「……そうだな」


 サイナスさんが続ける。


「ユーラシアも黄は難しいと見てるのか」


「木工や家具はすぐに売れる要素はないかな。でも黄には輸送を担当してもらいたいと思ってるんだ」


「うん、それがベストだな」


 緩衝地帯の中央広場へ。

 まず黒からだな。

 せっつかれてたし。


「こんにちは、精霊使いユーラシアとその従者達です」


「従者その1です」


「待ってたよ」


 黒の族長クロードさん、だろう。

 皆黒フードだからよくわかんないけど。


「リスト見ましたよ。酢だけじゃなく醤油も出せるんですねえ」


 醤油もいい。

 海の王国との取り引きが本格化して魚が出回り始めると絶対売れるよ。


「酢、醤油、呪術グッズ、これでいけるだろうか?」


「酢と醤油で十分だねえ。呪術グッズはデザインときっかけが重要だよ」


「酢と醤油? 何故?」


「ちょっとこっちへ」


 さりげなく他人に声が聞こえない位置に移動する。


「これ内緒だよ? 近い内に戦争になるの。帝国と」


「!」


「この辺の事情はピンクマンが割と詳しいから、彼に聞いてね。不要不急の呪術グッズは時期じゃないけど、保存食関係で重要な酢と醤油は今、仕掛け時なんだ。特に酢は味覚えてもらえれば今後独占的に売れる!」


「わ、わかった」


「今度商人さんが来るんだけど、あたしはそういう方向で推すつもりだから承知しててね。都合のいい日教えてもらえる? 他の村と調整するから」


「うむ、では……」


 大体いつでも大丈夫みたいだな。


「日程決まったら連絡するね。それから1つ承知してもらいたいんだけど、商人さんとの合同会談では、黄のフェイさんをカラーズ側の盟主として紹介するよ」


 クロードさんは不満そうだ。


「どうして? 彼は年若だし、族長代理でしかないじゃないか」


「各村のトップ級で一番芝居が上手いからだよ。今あたしが商人さん相手にカラーズの商品価値を上げてるところなんだ。でも向こうは買い叩くのが仕事だよ。こっちで隙見せると値切られちゃってカラーズ全体が損する。悪いけど、クロードさんがそういう役割に向いてるとは思わない」


「役割、か」


 動揺するとグラグラするしな。

 クロードさんも思うところがあるようだ。


「しからば私はどうした役割を担えばいい?」


 おお、話が早いじゃないか。

 あたしも笑顔が抑えられない。


「最初参加する全村の族長と商人さんの顔合わせの後、各村が個別で交渉って形になると思う。全体の雰囲気として、仕方ないからお前に売ってやるっていう風に持っていきたいんだよね」


「……値切らせないためにか?」


「そうそう。でも高きゃいいってものでもないけどね。調味料は普及しなきゃ意味ないし、高いとより安く商品を提供するライバルを生みやすい。そこんとこよーく考えて卸す価格を決めて。それから小売り価格も指定した方がいい。黒の民で一番外の世界を知ってるのはピンクマンだから、よく相談して」


 サフランとピンクマンの絡みも多くなりそうだなあ。

 ニヤニヤ。

 笑顔を崩さず続ける。


「黒の民のフードは、表情を読ませないためにはかなり有効だよ。黙ってさえいれば不気味でいい感じだから。あと、仕草に出す謎コミュニケーションあるでしょ? あれはなるべく控えて。読まれると与し易いと思われるよ」


「わ、わかった。しかしその顔やめてくれんか。怖いんだが」


 何であたしの笑顔は怖いとか悪いとかって言われるんだろ?

 世の中ミステリーに満ちている。


「うん。それから呪術グッズの方は本当に焦らなくていいからね。工房の処理能力もあるし、品質落としたら命取りだよ」


「う、うむ」


 だから怖がるなとゆーのに。


「黒の調味料は戦争の関係もあって、あたしも商人さんも優先順位が高いんだ。マジで売って帝国産の輸入品のシェアぶんどるから、とっとと増産しろって話にすぐなると思う。どこに新しいラボ作るか、サフランと相談して早めに決めといて」


          ◇


「極めてスムーズだったな」


「そりゃまあ目指すところは同じだから」


 皆が生き生きと働いて、経済的に潤えばいいのだ。


「だからカラーズの価値が低く見積もられちゃうと、まことに面白くないんだよね」


「ユーラシアは商売のことになるとえらく熱心だよな」


「多分、コモさんの影響だなー」


 デス爺とともに西の塔の村へ移住した元冒険者コモさん。

 今にして考えると、コモさんの旅の話ってサバイバルか商売の話ばかりだったよ。

 あたしは面白かったし、今になって役に立ってるけど。


 サイナスさんとうちの子達を連れて赤の民のショップへ。

 族長のカグツチさんは、と。

 いるいる、当然のようにスクワットしてるのな。


「こんにちはー」


「おお、精霊使い。よく来た!」


 声デカいよ。

 ビックリするわ。


「商売の話ですよ。レイノスとの交易のことで。今度間に入ってくれる商人さんがカラーズに話し合いに来るから、日程決めたいんです。いい日教えてください」


「いつでもよいぞ!」


 ふむ、いつでも、と。

 ここから内緒話ね。


「赤はガラスと陶器と。バカ売れすることはないけど、普通に大丈夫でしょう。黒の調味料を推していきますので、その容器として結構数出ると思います」


 カグツチさんが首をかしげる。


「調味料を? 何故だ?」


「帝国と戦争になるんですよ。保存食需要で重要なんです。これ口外厳禁」


 かなり驚いたようだが無言で頷く。


「商人さんが来た時、まず族長クラス全員と顔合わせして、その後に個別の商談ってことになります。で、顔合わせの際に黄の民族長代理フェイさんに仕切ってもらおうと思ってるんです。御了承いただけます?」


 カグツチさんがあたしをじっと見つめる。


「……何か考えがあるんだな?」


 カラーズで最も立派な黄の民族長宅を使わせてもらいたい、という事情ももちろんある。


「商人に足元見られるとよろしくないんですよ。渋々だけど売ってやるよって形に持っていきたい。本来なら年齢貫禄からしてカグツチさんの役割なんだけど、カグツチさんそういう腹芸苦手でしょ?」


「うむ」


「苦手なことはこっちに任せて。カグツチさんは無言で商人さん睨みつけて、プレッシャー与えてくれるといいな」


「わかった。そういうことなら」


 おお、こっちもスムーズだな。


「個別の際に商人さんに見せるサンプルは、多めにあった方がいいですねえ。こういうもの作れますかっていうやり取りはあると思うから、そういうのに答えられる職人さんは必ず控えさせておいて。原価計算はきちっと詰めといてね。まとめて作ったらどれだけ安くできるってところは特に」


「まとめて? どうして?」


「セット売りが多くなると思うから。同じ品質なら個性なんかなくても安い方がいいし、形揃ってた方が洗いやすいし運びやすい。まとめて注文したらどれだけ安くできますかって話は必ず出ますよ。目先のおゼゼに釣られると、職人さんの苦労が増えるばかりで儲かんない。絶対に譲れないラインは割っちゃダメ」


「お、おお」


 腰引けてんぞ?

 そんなことでは舐められるぞ?


「将来的に高級品売りたいけど、戦争の関係があるから今はまだナシね。そうだ、商人さん来た時、とびきり出来のいい器で飲み物でも出してあげてくださいよ。赤の技術を見せ付けてやれば、いずれ商売になる」


「わ、わかった。しかし精霊使いよ。その顔何とかならんか。迫力があり過ぎる」


 笑顔なだけだとゆーのに。

 まったくどいつもこいつも。


          ◇


「極めて順調だな」


「そうだね。次は青の民か。青はちょっと難しいんだよなー」


 サイナスさんとうちの子達を連れて青の民のショップへ。

 族長のセレシアさんに面会を求める。


「商売のことで来たよ。今度レイノスとの交易で間に入ってくれる商人さんがカラーズに話し合いに来るから、日程決めたいんだ。いい日教えて?」


「ああ、いよいよレイノス進出なのね! ワタシはいつでも!」


 こーゆーのが一番危ないんだよなあ。


「言っとくけど、最初から服売ろうとするのは諦めて」


「どーしてっ!」


「逆に聞くけど、セレシアさんのファッションセンスは予備知識なしにポッと来た商人に理解できるものなん?」


「そ、それは……」


 口ごもるセレシアさん。


「商人に理解できるのは、使いやすさと生地・縫製の良し悪しだけだよ。流行はセレシアさんが作るものであって、商人が作るものじゃない」


「……」


「商人さんは自分が売れると思ったものしか仕入れないと思う。初めは実用品や小物から売っていこうね。いいものだ、売れるとなったら大きな商売に育つよ」


「……ええ、わかったわ」


 そんなにガッカリするなよ。

 もーしょうがないなあ。


「そんなセレシアさんに朗報でーす。今度帝国と戦争になりまーす!」


「何が朗報なのっ!」


 混乱するセレシアさん。


「内緒だよ? 近い将来にドーラの独立戦争が始まるんだ。レイノスは混乱し、おそらくは空き家空き店が多く出る」


「え? ええ」


「レイノスにセンスのいい店構えて売り子に可愛い格好させてさ、流行の発信拠点にするのさ。セレシアさんがやりたいのはそういうことだろう? チャンスだぞ」


「そ、そうね」


 少しは元気出たか?


「どの辺にどれくらいの規模で店構えたいのか、見てくるといいと思うよ。レイノスちょっと難しい町だから、詳しい人に案内してもらった方がいいけど」


「ええ、そうするわ」


「商人さん来た時、まず族長クラス全員と顔合わせして、その後に個別の商談ってことになるけど、その時にチラッとレイノスに店出したいってことは言っておいてもいいかもね」


 ちょっと楽しそうになった。

 あんまりそういうの、商人さんの前で見せて欲しくないんだが。


「それから顔合わせの際には、黄のフェイさんに商人さん抑えてもらおうと思ってる」


 セレシアさんは驚いたようだ。


「え? そういうのは赤のカグツチ族長の領分かと思ったけど?」


「カグツチさんも商売にかなり乗り気でさ、そういう食いつきっぷりのいいとこ商人さんに見せちゃうとつけ込まれるんだよ。駆け引きのできる人でないとダメなんだ。そうカグツチさんにも言ってきたから、あとはフェイさん説得しないと」


「そ、そうなの」


「セレシアさんもあんまり乗り気なとこ見せないでね。精霊使いに言われたからしょうがなく参加してるんだぞ、くらいのスタンスでいい」


「わかったわ」


 セレシアさんが恐々聞いてくる。


「……戦争は大丈夫なの?」


「海の一族の領域がドーラ近海をぐるっと取り巻いているから、帝国艦隊はレイノスにしか攻められない。カラーズが戦場になることはまずないよ」


「そうでなくて、争い、傷つくことが怖い」


 優しい人だな。


「帝国の我が儘で始まる戦争なんだ。今のドーラはレイノスだけの小さな植民地じゃないから、全体を支配することは難しい。でも他の植民地の手前、簡単に独立を許すわけにもいかない。そういう思惑をドーラの偉い人達もわかってるから、なるべく小さい被害で終えられるよう動いているよ」


 セレシアさんが小さく頷く。


「じゃ、そういうことでよろしく。あ、それからさ……」


 バエちゃんとマーシャの頭飾り注文してきた。


          ◇


「最後は黄の民の村だなー」


「まあ各族長の了解は取りつけたのだし、問題はなかろう」


「まーね」


 黄の民のショップへ。


「フェイさーん!」


「ユーラシアではないか。商売の話か?」


「そう。レイノスとの交易に関して、間に入ってくれる商人さん呼ぶから、各族長に都合のいい日聞いて回ってるの」


「いつでも構わんぞ」


 皆暇なのな。


「日が決まったら連絡するよ。それでフェイさんにはいくつか頼みたいことがあるんだ」


「何だ?」


「商人さん来たらまず全族長クラスと顔合わせ、その後各村個別に商談ってことになるけど、その顔合わせを黄の民の村で、仕切りをフェイさんにやってもらいたいんだ」


 フェイさんが目を丸くする。

 フェイさんのこういう表情面白いな。


「……俺が出過ぎたマネをするわけにはいかないだろう」


「いや、いいんだよ。他に参加する黒・赤・青の了解は取ってきたから」


「何? うちの他に参加するのは黒・赤・青だけなのか?」


 内緒話モード発動。


「帝国と戦争になるんだよ。既に白と灰の食料は、戦時にレイノスに供給すると決まってるから、今回はパスなんだ。緑は参加しないって断ってきた」


「……そういうことか。して、黄と俺が仕切るというのは?」


「黄の族長宅が一番立派で会談の場所にふさわしいってことと、まあぶっちゃけ商人と腹の探りあいできそうなのがフェイさんしかいないこと」


「ハハッ、買いかぶりすぎだぞ」


 満更でもなさそうだ。


「年齢的には赤のカグツチさんなんだろうけど、あの人も売りたい売りたいで結構がっついてくるんだよ。出しゃばると商人さんに買い叩かれそうでカラーズ全体のためにならない。腹芸苦手ならそういうのはこっちに任せて、カグツチさんは商人さん睨みつけてプレッシャーかけてって言い聞かせてきたから大丈夫だよ」


「ふむ、ということは俺の役どころは商人に吠え付く番犬か?」


 できる男だなあ。


「そうそう、あたしが宥める役やるから、じゃあしょうがない嫌々だけど商売してやるって感じに持っていきたい」


 フェイさんが頷く。


「黄の民の木工品や家具は、正直そんなに売れるものじゃない。でもフェイさんとこの屋敷の中を見れば、その良さが商人さんにもわかると思うんだよねえ。戦後の建て替え住み替え需要で黄に仕事が入るといいなと思ってる」


 先々は米や塩がものになるんだろうけど、当分先だろうしな。


「で、あたしから提案したいのは、黄の民中心に運び屋をしてもらいたいってこと」


「運び屋? つまりカラーズからレイノスへの?」


「もちろん帰り手ぶらじゃもったいないから、レイノスからカラーズへもだけど」


 カラーズ~レイノス間の交易が本格化すれば、どうせラルフ君パパのところの人員だけじゃ足りないのだ。

 雇ってもらうのでも委託される形でもいいな。

 カラーズ内で輸送隊を組織しておきたい。


「ふむ、まあ力だけは有り余ってるから向いてるだろうな」


「戦闘力にも期待してるんだけど」


 フェイさんの顔が厳しくなる。


「どういうことだ?」


「この前、ここからレイノスへの道筋で盗賊が出たんだよ。件の商人さんの依頼で退治したけどさ。中級冒険者くらいの力はあるやつだったんだ。戦争があると治安が悪化するのは避けられないから、今後戦闘力は重要になる」


「なるほど……しかし戦闘経験豊富な盗賊と戦えるような者はほぼおらん」


「あ、それはどうにでもなるんだ。あたしがレベル上げ手伝えばいいから」


「ふむ?」


 ピンとこないか。

 冒険者じゃないもんな。


「試しにやってみようか。店空けても大丈夫?」


「うむ、問題ない」


「じゃあフェイさんと眼帯君がいいな」


「ズシェンか」


 フェイさんが眼帯男を呼び寄せる。


「姐さん、オレッチに御用ォですかい?」


「うん、ちょっとわけあってあんたをパワーアップするから一緒に来てよ」


 ここでサイナスさんと別れ、フェイさんと眼帯男を連れて黒のショップへ。


「ピンクマン、忙しいところごめん。ちょっと魔境付き合ってくれる?」


「ちょうど終わったところだ。構わんぞ」


 何だよサフラン、悲しそうな顔するなよ。


「……サフランも行く?」


「はい、ぜひ!」


 ピンクマンがビックリしてるぞ?


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境に到着。


「ユーラシアさん、いらっしゃい。今日は大勢ですね?」


「うん、レベル上げに来たんだ。あ、彼は魔境ガイドのオニオンさん」


「正しくはペコロスさんだ」


 ピンクマンが訂正する。


「ユーラシアさんから離れないようにしてくださいね」


「姐さんの傍ァ、一番安全かァい?」


 オニオンさんが笑っている。


「魔境にはユーラシアさんが倒せない魔物など存在しませんので」


 皆で出撃。


「ほう、これが魔境か。空気が重い感じがするな」


 フェイさんが感心している。


「皆、これ触ってくれる?」


 ギルドカードを起動して触らせる。

 フェイさんと眼帯男がレベル5、サフランが1か。


「これがレベル。戦闘力の目安ね」


 フェイさんが聞いてくる。


「先ほどユーラシアの言っておった盗賊のレベルはどれくらいだ?」


「およそ15から20の間くらいだった」


「なるほど、危険だな」


 フェイさんが理解を示してくれる。


「ユーラシアさんのレベルはいくつなの?」


「99。もうこれ以上上がらないんだ」


 ピンクマンが補足する。


「ちなみにユーラシアのパーティー以外でレベル99は、ドーラに3人しかいない」


「ひィえええェ!」


 眼帯男が魔物みたいな声を出す。


「じゃ、とりあえずレベル上げを体験してもらうよ。これ装備してて」


 ピンクマン以外の3人に『ポンコツトーイ』のカードを渡す。


「魔物倒したときの経験値が5割増しになるカード。レベルアップが早いから」


 オーガ帯で数体倒してからドラゴン帯へ。


「クレイジーパペットがいるな」


「んーあれ経験値高いけど、先制でフレイム食らうから危ないんだよね」


 ラルフ君なんか焦げて瀕死になってたからな。

 狙うは人形系レア魔物のデカダンス。

 やつは敏捷性が低いので安全に倒せる。

 ドラゴン帯以上でしか出現しないけど、他の魔物と戦闘になっても向こうにターン回さなきゃ安全だしな。


「あ、いたいた。デカダンスだ」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの攻撃! 勝った!


「今の、掃討戦の時の最後の魔物ですよね?」


「うむ、確かに」


「そうそう、あれ危なくないし経験値すごく高いから、レベル上げにいいんだ」


 フェイさんが聞いてくる。


「あの時はかなりの大激戦だったろう?」


「少女の成長は早いんだよ」


 全員が苦笑する。


「もう少しレベル上げしてくよ」


          ◇


 全員のレベルが30を超えたところでレベル上げを打ち切り、フレンドであるピンクマンのホームに転移する。


「どうだった? 強くなったの実感できると思うけど」


「うむ、全然違うな。スキルも覚えた」


 ピンクマンによると、フェイさんは習得スキルからして『格闘』の固有能力持ちだろうということだ。

 拳士に最適なやつ。


「オレッチも強くなったァのはわかりやァす。でもスキルはねェです」


「そっかあ。でもあんたも何かの固有能力持ちだからね。機会があったら調べてもらうといいよ」


「わかるのか?」


「レベルが上がったらカンが働くようになったんだよ。種類まではわからないけど。ちなみにサフランも固有能力持ちだよ」


「ああ、だから連れてきたのか」


 サフラン連れてきたのはそういう理由じゃないけど。

 眼帯男が聞いてくる。


「固有能力とはァ何です?」


「その人の持つ能力の個性だよ。例えば魔法が使えたりとか、ある状態異常にかからないとか。あたしの『精霊使い』もそう。4、5人に1人しか発現しないんだって。あんたも固有能力持ちだから、しっかりフェイさんの言うこと聞くんだよ。そうしたら有能なナンバー2になれるから」


「へい!」


「サフランはどうだった?」


「あの、魔法を覚えました」


 魔法系だったか。


「何の魔法?」


「1つだけですけれども。ユーラシアさんの使う『リフレッシュ』という……」


「「え?」」


 あたしとピンクマンが同時に声を上げる。


「これかなりレアだって話だよ?」


「冒険者なら引っ張りだこだな。それにしても習得に運のパラメーターは関係ないようだ。条件が謎だ……」


 おーおーピンクマンが関心持ってくれて嬉しそうだな、サフラン。


「こうやってレベル上げとけば、盗賊を恐れる心配はないと思うんだ」


「でも、こんなに簡単に強くなれるなら、盗賊も同じなのではないですか?」


 ピンクマンが慌てて言う。


「いや、レベルを上げるのは簡単じゃない。普通の冒険者が30まで上げるとなれば強い意志を持っていても数年はかかる。稀な素質に恵まれた者が熱心に行っても数ヶ月だ。ユーラシアのやり方がおかし、いい意味でおかしいんだ!」


「うーん、ギリギリセーフ」


 でも『いい意味で』をつけとけばいつも許されると思うなよ?


「オレッチが思うにはァ、あのデカブツを倒しまくればァいいんじゃァ……」


「理屈としてはそうなんだが、普通の人間はまず魔境に来られない。それにあれをあんなに簡単に倒せるのはユーラシアだけなんだ」


 フェイさんが苦笑する。


「うむ、まずは礼を言おう。しかし、他人のレベル上げがユーラシアの専売特許なら、これを商売にしてもいい気はするな」


 フェイさん、わかってて言ってるだろ?

 言わせようとしてんだろ?


「いや、商売にしちゃうと、おゼゼには逆らえないからね。悪そーな人がレベル上げしろって言ってきたら困るし。あんた達をレベル上げしたのは信頼してるからだよ」


 眼帯男とサフランの顔がわかりやすく紅潮する。

 フェイさん策士だよなあ。


「アターシ頑張ります!」


「オレッチも!」


 見ろ、フェイさんのあの笑いが悪い顔だ。

 あたしのキメ顔はそんなに悪くない。


「さて、それで商品の運搬に関しては黄が行うでいいのか?」


「黄が主体でやって欲しいけど、各色合同の方がいい」


「パワーバランス的な意味でか?」


「いや、安全上の問題で」


 各村間のパワーバランスについてはそんなに気にしなくてもいいと思う。

 事実あたしやピンクマンは高レベルだけど、だからといって灰や黒がブイブイ言わせてるわけじゃないしな。


「あたしの見たところ、黄の民は状態異常耐性が総じて低いんだよ。全員眠らされて積荷奪われたなんてのは困るから」


「なるほど、そういうことか」


 掃討戦の時に『激昂』食らってたフェイさんには身に染みる話だろう。


「できれば魔法使える人がいいんだけどな」


「でしたらアターシが」


「サフランは調味料ラボで全力尽くしてもらわないといけないからダメ」


 人選は難航しそうだ。

 あたしもカンは働くけど『鑑定』持ちじゃないしな。


「まあ、万全を期すればということだろう?」


「考え得る限り安全なら、少々高くても輸送頼んでくる人はいるんじゃないかと思うんだ」


「なるほど」


 フェイさんも運び屋そのものの価値に気付いたらしい。


「護衛を別途冒険者に依頼するより安上がりだとなれば特にね。まあ最初からそこまで求めてもしょうがないや。まだ先でいいけど、黄の民で信頼できて運び屋やる気ある人リストアップしといてよ。その中でできれば固有能力持ち育てよう」


「心得た」


 どうせパワーレベリングするなら、固有能力持ちの方がお得感がある。


「じゃ、あたし達帰るよ。商人さんの日程決まったらまた連絡するから」


「おう、頼んだぞ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ダンテー、明日雨なんだよね?」


「イエス、ボス」


「明日、肉狩って海の王国行こう」


「「「了解!」」」


 雨降ったらあそこがいいな。

 濡れないし。


「ユー様、まだ日が落ちるまで時間がありますがどうしますか? 先にコブタマン狩りに行ってもよろしいですが」


「いや、明日狩ってから行こう。あたしちょっと気になるから礼拝堂行ってくるよ。あんた達はゆっくり御飯の用意と海岸のチェックしといてくれる?」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 聖火教アルハーン本部礼拝堂に来る。

 さて、整地してるのはどこかな?

 道の方へ出る。


「……え? こんなに広いんだ?」


 礼拝堂の北側の地区が大きく切り開かれつつある。

 店作ろうとかいう規模じゃないじゃん。

 おそらく聖火教徒であろう人々が何十人も作業を行っている。

 これ魔物の方の見張り大丈夫か?

 外縁をぐるっと回ってみたら、知った顔がいた。


「よ、こんにちは」


「あっ、精霊使いユーラシア! 1人だからわからなかったぞ」


 彼は喚きたてるハイプリースト、名前は忘れた。


「ワフロスだ。覚えておいてくれ」


「すげえ! どーしてあたしがあんたの名前覚えてないことわかったの?」


「あんたはそういうやつだと見切った」


 意外とできるやつなのかな?

 ワフロス、覚えとこ。


「あんたがドラゴンスレイヤーになったと聞いた」


「うん、そうなんだ。成り行きで」


「ドラゴンに壊されそうになった宝飾品が惜しくて喧嘩売った、という話が流布されているぞ? 本当なのか?」


「本当だけど、その話聞こえが悪いからやめてくれないかなあ。譲れぬもののためにドラゴンを恐れず立ち向かったってことにしといてくれない?」


「どっちの話が面白いと思う?」


「……前者」


「じゃあムリだ」


「欲深スレイヤーなんて二つ名になったらどうしてくれるんだよ、もー」


 見渡すと、道から離れた遠いサイドに、聖騎士やハイプリーストなど戦闘力の高そうな人員が配置されている。


「あんたは見張りなんでしょ? 魔物の」


「うむ、そうだ。信徒を危険にさらすわけにはいかん」


「これ、何作ってんの?」


「いや、ユーティ様の指示なんだが、何に使うのかは聞かされておらぬのだ」


 え、何だそれ?


「えーと、あたしが部外者だから教えてくれないとか、そういうのではなくて?」


「そんな後ろ暗いことをしてると思われるのは心外だな。大体あんたに秘密にしようものなら、暴き立てて大事にしようとするだろう?」


「それこそ心外だな。結果的に大事になっちゃうだけだよ」


 その目は何だ。

 あたしは危険物でも爆発物でもないぞ。


「ここをどう使おうと我ら聖火教徒の勝手だろうに、どうして精霊使いが首突っ込もうとするんだ?」


「いや、あたしの興味じゃなくてカラーズの用件でね。この近辺に店出したいって話が来てると思うんだけど?」


「ああ、聞いたな」


「目的が被っちゃうならカラーズが引いてもいいってことなんだ。カラーズがこっちに手つけられるの来年以降になるから」


 ハイプリーストが得心して頷く。


「ははあ、そういうことか。ユーティ様に直接聞かなければわからないな」


「ユーティさんは礼拝堂?」


「ああ、案内しよう」


「いいよ、ここ手足りてないだろう?」


「すまんな」


 何だか要領を得ない話だ。

 礼拝堂へ。


「こんにちはー」


「こんにちは。あっ! せ、精霊使いさん?」


「精霊使いユーラシアだよ。北の整地してる区画について、ユーティさんの話を聞きたいんだ。カラーズがこの辺りに店作りたいってことは報告してあると思うけど、あの整地区画を何に使うかによっては、目的被っちゃうでしょ?」


「は、はい」


「取り次いでもらえる?」


「少々お待ちを」


 しばらくの後に奥の間へ通される。


「こんにちは、ユーラシアさん」


「こんにちはー」


 ユーティさんに苦悩の跡が見える?

 最近カン当たるんだよな。


「カラーズの各村が出店したいという話ですよね。道を挟んだ向こう側の、どこを使っていただいても構いませんので」


「いいのかな? 今整地してる北に店作るつもりなら、カラーズの計画はちょっと先になるし、遠慮するけど」


「いえいえ、あそこは店にはなりませんよ。むしろカラーズの皆さんに店作っていただくのを楽しみにしています」


「え、じゃあ北は何になる予定なんです?」


「今はまだ言えないんです」


 『今はまだ言えない』?

 あれだけの広さを使うのなら用途は限られる。


「……ユーティさんの独断でやってるのかな?」


「そうです」


 独断、となれば……。


「……変だな?」


「何がです?」


「あそこが何になるのかとユーティさんの話せない理由が、あたしの中でどうにも繋がらないんですよ」


 ユーティさんの目が驚愕に見開かれる。

 そしてゆっくりと搾り出す声。


「……繋がるんです」


「もしその2つが繋がるとするなら、あたしパラキアスさん嫌いになっちゃいそうなんですけど?」


 ユーティさんは微かに頷く。


「ユーラシアさんは物事を正しく把握しておいでです。とても、とても素晴らしい。どうか、助けてください」


「全力で」


 嫌なこと知っちゃったな。

 シリアスは背中がかゆくなるんだけど。


「ユーティさんでもいつだかはわからないんだ?」


「私ごときでは……」


 まあそうだろうな。


「……以前、あたしが『緊急で連絡取りたい時、悪魔ヴィルを遣すから、一度だけ礼拝堂に入るの許して欲しい』って言ったの覚えてます?」


「もちろんです」


「あの時は保険のつもりだったんだけど、どうも本当になりそう。ごめんなさい」


「いえ、そんな……」


 言葉少なだ。


「今日はありがとう、参考にはなったよ。じっくり考えてみる」


「ええ、お気をつけて」


「じゃあまた」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日はダンテの予報通り雨だ。

 本の世界でコブタを狩った後、海の王国にやってきた。


 地上が雨の時はあたし達もやることなくて退屈だから、今後も女王のところに肉食べに来たいな。

 女王も肉食べたいに決まってるからウィンウィンだろ。


 さて、銅鑼の前に立つ。

 こやつはどうして叩けと言わんばかりの形をしているのか?

 ……ってゆーと銅鑼がマゾっぽいけど。


「えーと、1回だけ鳴らせばいいんだっけ?」


「そういう話でやしたね」


 1回、1回ね。

 じゃあいくか。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


「これ、すごくいい音だよねえ。心に染みるよ」


「イッツビューティホーサウンドね」


「でもユー様、それは1回ではなく一息なのでは?」


「見解の相違だねえ」


 ダンテが『ワンタイムとは?』って自問自答してる気がする。


「肉かっ!」


 女王が転げ出てくる。


「その通り! 肉だぞっ! 一緒に食べよう!」


「やったわい!」


 いつも思うけど、衛兵出てくるの遅くない?

 女王が衛兵に指示する。


「これを調理場へ運んでたもれ」


「「「はっ!」」」


 衛兵達がうんとこどっこいコブタマンを運んでいく。


「今日はともに肉を食しに来たんじゃな?」


「そうそう」


「おお、楽しみじゃのう!」


 これ一緒に食事するのが楽しみなのか、それとも肉が楽しみなのかどっちだろうな?

 女王が聞いてくる。


「おんしらは、肉が取れるとここへ来てくれるのかの?」


「いや、ここに来るときに狩ってくるんだよ」


「ほう、腕が良いのじゃの。して、何かきっかけがあってここに来るのかの?」


「雨が降ると来たくなるかな。他にやれること限られちゃうから」


「雨、とは天から水が降る現象じゃったか?」


 あ、そーか。

 海底じゃ雨降らないもんな。

 女王に説明する。


「うん、地上では雨降ってない状態がデフォルトで、たまに雨が降る感じなんだ。雨降らないと植物が育たないし、飲む水にも困っちゃうんだけど、地上の人間は水に濡れるのあんまり好きじゃないんだよね。だから雨だと、家から出ないことも多いよ」


「ほう、そういうものか」


 女王が切れ長の目を興味深げに一層細める。


「海の文化は水とともにあるでの。ところ変われば違うものよのお」


 クララが声を上げる。


「あ、女王様、お肉が来たようですよ」


「おお、来たか、ささ、皆」


「「「「「大地と大洋の恵みに感謝し、いただきます!」」」」」


 女王の指示だろうか、今日は焼き肉というより炙り肉に近い。


「これは最高に美味いなー。フルコンブ塩で食べる時は脂落とした方がいいねえ。塩の旨味が引き立つよ。ぜひ覚えておかねば」


「ほう、脂を落とさぬ方が美味い焼き肉もあるのかの?」


「醤油って調味料があってさ……」


 焼き肉のタレの話をする。


「女王の口に合うかはわからないけど、そっちもかなり美味いんだ。焼き肉のタレだと、しっかり脂乗ってる方がパンチがあっていいんだよ。炙り焼きよりも鉄板焼き向き」


「さすがに獣肉の食べ方については地上に一日の長があるの」


 女王も楽しげですね。


「手に入ったら持ってくるね」


「すまんの。地上はいいのう、肉が豊富で」


「うーん、ところがそうでもないんだよ」


 女王は意外そうだ。


「何故じゃ?」


「例えばこのコブタマンは魔物の肉なんだけど、普通の人は魔物なんて狩れないし。もちろん家畜もいるよ? でもそういうのは高級品で、お金持ちの口にしか入らないんだ。地上でも肉は御馳走なんだよ」


「そうじゃったか」


「冒険者になって一番良かったことは、肉を自在に狩れるようになったことだなー」


 女王が頷いている。

 いずれ洞窟コウモリの肉くらいは食べさせてあげたいものだが。


「本当は他にも美味しい魔物肉があるんだ。でもその地域の人達の貴重な食料になってる肉は狩りづらくてね。減っちゃうと困るだろう? コブタ肉だけはそういう心配がないから、気楽に狩って来られるけど」


「なるほど、そういう問題があるのじゃのう」


「まあでも地上が裕福になれば皆が肉食べたくなるから、家畜が増えると思うんだ。そうすると美味い肉の食べ方も発達するはず。目指すべき方向はそっちかな」


「うむ! そうじゃの!」


 経済の発展が肉を美味しくするという理論に、大いに賛同してくれたようだ。


「女王は肉以外の地上の食べ物には興味ないのかな?」


「そんなことはないぞよ。肉より美味しいものがあるのなら、ぜひ紹介してたもれ」


「肉より美味いものって言われるとハードル高いなー」


 あんまり海底には甘い食べ物ってない気がする。

 ただ炙り肉フルコンブ塩は女王でもあたしでも美味しいわけだし、そう味覚が違ってることはなさそう。

 女王は砂糖たっぷりのお菓子や果物みたいなものってどう思うだろう?

 あたし達でも簡単に手に入れられるものじゃないんだが。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


 不意に鳴り響く銅鑼の音。

 あ、中にいると結構反響するんだ。

 ガンガン鳴らさなくても聞こえるわ、これ。


「何事じゃ!」


 女王の鋭い声が飛ぶ。

 やっぱこれ本来は警報っぽいな。

 鳴らすと衛兵も出てくるし、遅いけど。


「確認してまいります!」


 1人の衛兵が回廊を駆け出していく。

 あたし達が来た方向じゃないな。

 どこへ繋がってるやつだろう?


「銅鑼ってあっちこっちに設置してあるんだ?」


「元々は警報じゃからな。すまんの、せっかく来てもらったのに騒がせて」


 女王も警戒を解かない。

 何だろう?


「困りごとなら手を貸すよ」


「客人の手を煩わすわけにはいかぬ、と言いたいところじゃが、もしもの時は頼むぞよ」


 海の王国には敵対勢力があるという話だった。

 それが攻め寄せてきたとなれば大戦になる可能性がある。

 でも船着き場の方じゃないから、海で何かあったわけじゃなさそう?


 あ、万が一海で揉めると、帝国の艦隊が入り放題になるかもしれないわけか。

 それはあたし達にとっても知らぬ存ぜぬではいられないな。


 魚人兵士が駆け寄り注進する。


「敵襲です! 地上からです!」


「地上?」


 大型魔物でも乱入したか?


「そういうことならあたしらが撃って出る!」


 客であるあたし達に迷惑をかけることを躊躇ったようだが、すぐさま事態解決が先と判断したようだ。


「任せた。地上と連絡しておるのは7番回廊じゃ!」


「オーケー!」


 衛兵たちとともに『7』のナンバープレートのかけられた回廊を急ぐ。


「ここって地上から近いの?」


「近いです。ノーマル人達がまばらに住む地上エリアの沖、2バークーンくらいです!」


 衛兵が答えてくれるが、バークーンって何だ?

 魚人の距離の単位わからねえ。

 ノーマル人がまばらに住むというと西域っぽいな。


 回廊を真っ直ぐ進むと、騒ぎの音が聞こえるようになってきた。

 確かに近い。


 現場に駆け付け名乗りを上げる。


「精霊使いが助っ人に来たぞお!」


「ユーラシアじゃないか!」


「え?」


 何と向こうも精霊使い、知った顔でした。

 塔の村の冒険者エルのパーティーだ。

 でもいきなり攻めてくるって乱暴だろ。

 何か行き違いがあるのかもしれないな。

 人間は話し合いのできる動物なり。


「エルは何しに海底へ?」


 エルも戸惑っている。


「ユーラシアこそ、ここで何してるんだ?」


「あたし達は昼御飯食べに来たんだよ。女王と友達だから」


「え? まあ君のことだからいろいろあるんだろうけど」


 あたしの闖入で場の殺伐とした空気が困惑に変わる。


「よーし、とにかく双方武器を収めようか。この場は女王とエルの双方の友人であるあたしが預かるよ!」


 他に適当な解決手段もなかったか、自然とあたしが仕切ることになった。


「女王のところ行くよ! 言い分を聞こうじゃないか」


 魚人の衛兵達を引き連れ、エルとともに回廊を中央へ戻る。


「大体どうして君は海の女王と友達なんだ?」


「海に魔法撃ち込んで知り合ったんだ。女王は肉が好物だからさ、時々肉狩って遊びに来てるの」


 エルは首を振る。


「さっぱりわからない」


「海底って変化がなくてつまらないらしいんだよ。それで興味ある対象としてあたしに白羽の矢が立って、呼ばれたってことだと思う」


「ああ、そういうことか」


 失礼なこと考えてるだろ?

 最近そういうのわかるんだぞ?


「エルが海の王国に攻め入ることの方がわからないよ。ここ平和で、地上と敵対もしてないぞ?」


 隊長格の衛兵が言う。


「それより人間がこの出入口を知っているというのが解せませぬな。100年近く使われていなかったと聞いておりますが」


「そーなんだ?」


 エルが沈痛な表情で話す。


「海岸にいたゴーストが教えてくれたんだ」


「「ゴースト?」」


 エルが表情を硬くしたまま頷く。


「10年ほど前、この付近の海で沈められた船に、46人の少女が乗っていたんだ。最近、彼女らがゴーストとなって海岸に現れる。無念を晴らしてくれと」


 ……思ったより深刻な事情が絡んでるじゃないか。

 茶化す隙がない。


「エルが攻め入った理由はわかった。でも感情的になるのはやめよ? それじゃ解決しないから」


「ああ、わかった」


 エルもかなり落ち着いたようだ。


「ちなみにここって、塔の村から近いの?」


「塔の村から南へ下ると海なんだ。その岩場にここへの入り口が隠されていた」


「あ、そうなんだ」


 距離的に近いなら、海の王国の商売は塔の村と始めるのがいいかもな。

 そんなことを考えている内に女王のいる大広間まで来た。


「不届きな賊を捕えたか!」


「そうじゃなくて、攻めてきたのもあたしの友達なんだよ。そっちも言い分があるから、一緒に詳しい話聞こうかと思って」


「……まあおんしがそう言うなら」


 不承不承ながら女王も怒りを収める。


「席用意してくれる?」


 すぐさま円卓と椅子が用意され、あたしと女王、エルの鼎談の形になる。


「手早くいくよ。じゃあまず……」


 女王に10年ほど前にあったという海難事故の話をする。


「よう覚えておる。無残な事故じゃった。そうか、あの時の少女達はゴーストとなってしまったのか……」


「事故で済ませるつもりか!」


 エルが怒るが、あたしが割って入る。


「いや、海には海の事情があるんだよ。女王が悪いんじゃないんだ」


「事情?」

 

 首をかしげるエル。


「海は準戦時体制なんだよ」


「どういうことだい?」


 海の王国の歴史について、100年ほど前にヒバリさんとの間に結ばれた協定と、そして現在においてなお存在する敵対戦力の存在をエルに教える。


「……というわけで、海の王国の領海に侵入すれば自動的にパトロール隊に攻撃されるんだ。女王にも事後の報告しかなされない」


「し、しかしそれではあんまりじゃないか!」


「エルがそう思うのもわかるけど、一方の理屈だけでは片付けられないだろう? 海の理屈からすると、その可哀そうな少女達の乗った船は、戦時警戒中に不法侵入した不審船でしかないんだ。沈められるだけの理由はあった」


「……」


 黙り込むエル。

 女王もまた憮然とした様子でエルに話しかける。


「いや、わらわにとっても少女達の無念は不憫じゃ。ゴーストはどうしてくれと言うておるのじゃ? できるだけのことはしてやりたい」


 搾り出すように声を紡ぐエル。


「……積み荷の中に、一度も袖を通すことのなかった舞台衣装があるんだそうだ。彼女らは芸能方面の志望で、できればそれを返してもらいたいと……」


「遺体は海岸に埋めたが、その船は丸々残してある。探せば積み荷もあるはずじゃ」


「えっ?」


 意外そうな表情を浮かべるエルと、沈痛な面持ちの女王。

 女王にとっても悔いの残る事件だったんだろうな。


「こちらへ」


 女王と衛兵達に6番回廊の先の倉庫のような場所に案内される。


「ふわー広いところだねえ。幽霊船が一杯じゃん」


「幽霊船とは限らないだろう?」


「ハハッ、一番手前のこの船じゃ」


 大穴が開いてはいるが、船体はバラバラとは程遠い。

 なるほど、これなら積み荷が残っていても全然不思議ではない。


「近衛兵達よ。舞台衣装が入っているという積み荷を探せ」


「「「はっ!」」」


 それはすぐに見つかった。

 在りし日には煌びやかな衣装であったろう、儚い夢の残り香だ。


「すまなかったの。持って帰ってたもれ。ゴースト達が少しでも無念を晴らせるなら、わらわも嬉しい」


「……協力を感謝する」


 女王とエルが握手する。

 2人とも照れたような笑顔になる。

 いい雰囲気だ。

 女王が言う。


「一件落着、でいいかの?」


「そーはいくか!」


「「えっ?」」


 あたしの大声に女王とエルが驚く。


「これで決着じゃ、海側が譲ってばかりじゃないか。実に面白くない。そっちも譲りなよ」


「き、君はどっちの味方なんだ!」


「どっちの味方とかじゃない。対等な関係で手を結び、トントンにしようぜってことだよ。そうでないと遺恨が残るだろ?」


 女王が遠慮がちに口を出す。


「ユーラシアよ。おんしの気持ちはありがたいが、良いのじゃぞ。あの事故はわらわの心にずっと棘刺していた件であったし……」


「お詫びのしるしとして肉持ってこい!」


「そうじゃ、肉持ってこい!」


 秒で変節。

 女王、あんたの変わり身の早さも割と好感持てるよ。


「に、肉?」


 戸惑うエル。


「さっきから肉肉って……事情がわからない」


「女王は肉が大好きなんだってば。でも海底じゃなかなか肉手に入らないだろ? 塔のダンジョンで手に入る美味しい肉って何?」


「レイカがいつも狩ってくるのはタワーバットだけど……」


 クララが言う。


「洞窟コウモリの近縁種です。肉質も似ています」


「女王、かなり美味い肉だよ。ぜひ持って来させよう!」


「そうかっ! ではそれを所望する!」


「ま、まあ肉でけりのつくことなら」


 エルも納得したようだ。


「今度責任者としてじっちゃん連れて来てよ。あたしも肉持って来るから、手打ち式の代わりに焼き肉パーティーしようぜ!」


「それは楽しそうじゃのう!」


 女王も乗り気だ。


「じっちゃんというのは塔の村の村長なんだ。来れば交易の話ができるよ。魚売ろう!」


「おお、なるほど。おんしは賢いの!」


「塔の村も肉や薬草、その他アイテムなんかを売れるからウィンウィンだ。これこそ互いにとっていい関係ってやつだよ」


 エルが苦笑しながら頷く。


「それもそうだな。今のを丸々ハゲ爺に伝えておけばいいか?」


 うーん、こういうのは早い方がいいんじゃないかな。

 あたしもタワーバット食べたいし。


「いや、あたしも後で塔の村行って日を決めて、それから女王に伝えるよ。エルは先に帰ってじっちゃん捕まえといてくれる?」


「わかった」


 エルがデス爺製の転移装置と思われるものを起動し、積み荷とともに塔の村に帰って行った。


「で、肉の宴はいつがいい? 女王の都合に合わせるよ」


「海底は暇ゆえいつでもよいが、できれば早い方が良いかの」


「わかった、一旦帰るね。向こうの予定聞いたら報告しに戻って来るよ」


「ああ、ちょっと待った」


 帰りかけたあたし達を女王が止める。


「今日はすまなかったの。客人の手を借りねばならんとは」


「友達だからだよ。好きでやってるからいいんだ。それより変に拗れて大事になっちゃったら、すげえ面倒になるところだったよ。無事治まって良かった」


「友達か……」


 女王も嬉しそうだ。


「ありがとうの」


 すいません、すみませんは他人行儀な気がする。

 友達ならありがとうだ。


「うん、じゃあね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「おーい、じっちゃーん、エル!」


 急ぎ塔の村に来た。

 まあじっちゃんの頭は気の毒なほど輝かしいから、少々離れたところからでもすぐ見つかる。

 あれ? そういえばこっちは雨降ってないのな。


「おお、ユーラシアよ」


「心外だなー。今日のは昼御飯を邪魔したエルが悪い」


「いや、うまく事を収めたとのことなので、たまには褒めてやろうと思ったのじゃが」


「あ、そうなんだ。また文句言われるのかと思ったよ。褒めてくれるなら形にしてくれると嬉しいかな」


「残念じゃが、嬉しがらせることはできないようじゃ」


 じっちゃんとの掛け合いを聞いていたエルが笑う。

 そんなことより、焼き肉パーティーをいつにするか決めなくちゃいけない。


「エルから話聞いたかな? 海の女王のとこで焼き肉パーティーやるんだけど、いつがいい? 女王はいつでも大丈夫だけど、早めの方がって言ってた」


「明後日の昼はどうじゃ?」


「オーケー、そう伝えとく。エル、コウモリ肉持って来てね」


「ああ、わかってる」


 チラッと交易の話もしておくべきか。


「海の王国が地上との商売に前向きなんだよ。でも魚人がいきなりレイノスとの取り引きなんてムリじゃん?」


「それはそうじゃの」


「例えば塔の村からは何が売れるかな?」


「ふむ、素材の類はまだ難しいの。塔で取れる魔物肉、ポーション、マジックウォーターくらいか」


「女王からそういう話出るかもしれないからよろしくね」


「うむ。覚えておこう」


 これでよし。

 規模の小さい村からであっても、商売はまず始めることが大事だ。


 ……素材なんかどこでお金に変えても一緒だと思うが、『まだ』難しいというのは帝国戦を視野に入れているからだろう。

 言葉の端々からふと感じる緊張に、小さな乙女の胸が痛むよ。

 いや、小さいといってもエルよりはあるけど。


「そーだ、エルにこれあげる」


 パワーカード『ポンコツトーイ』を4枚取り出す。


「獲得経験値を5割増しするカードだよ。うちのパーティーは皆、レベルカンストしたから、もう必要ないんだ」


 エルが驚く。


「レベルカンストって……」


「何故お主はそれほどまでにレベルアップが早いのじゃ?」


「今、黄金皇珠以上の宝飾品持ってこいっていうクエスト請けてるの。デカダンスやウィッカーマンなんかの人形系レア魔物をバカスカ倒してるんだ。レベル上がりまくっちゃって」


 デス爺は疑問に思ったようだ。


「ドロップせぬから倒しまくったということか?」


「いや、この依頼納入個数の制限がないんだよ。相場の5割増しで引き取ってくれるって言うから、100個くらいを目標にゴッソリ送りつけてやろうと思ってるの」


 デス爺とエルがあんぐりと口を開けている。

 変わったパフォーマンスだな。


「ユーラシアはいつも楽しそうだな……」


「楽しいけれども」


 他人を能天気みたいに。


「そんな無謀な依頼を出したのはどこの誰じゃ?」


「それがわかんないんだよね。依頼者の情報は秘密みたいで」


「それはそうじゃな」


 デス爺が何か考えている。


「いや、これ一度断ったんだよ? たくさん持ってったら払えないだろうって。そしたら個数無制限で改めて依頼してきたからさあ、請けざるを得ないじゃない?」


「煽ってるとしか思えない……」


 そんなつもりじゃなかったんだけどな。


「あ、そうだ、じっちゃんに聞いときたいことがあったんだ。アルアさんのところに転移石碑あるじゃん? あれの大地からエーテルを集めるのってマルーさんの技術なのかな?」


 途端にデス爺が顔を顰める。


「あれに興味があるのか。言っておくが、エーテルを集める素体には黒妖石という鉱物、しかもかなり大きいものがないといかんのじゃ。めったなことでは手に入らぬ」


「あ、黒妖石は確保してあるんだ。亜人の遺跡で結界の維持に使われてたやつ」


「ユーラシアはそういうところ抜け目がないな」


 そこは感心するところだぞ?

 どーして2人して珍獣を見るような目で見るのだ。


「……マルーの異名を知っておるか?」


「『強欲魔女』」


「とんでもない業突く張りじゃぞ。一生知り合いになぞならない方が幸せじゃ!」


「あたしの知り合いの冒険者も同じようなこと言ってた。でもじっちゃんにそこまで言わせる人って、かえって興味湧くんだけど」


 嫌々ながらデス爺が続ける。


「あの技術は確かにマルーのものじゃ。固有能力の鑑定とエーテル操作に関する知識において、あやつは他の追随を許さぬ」


「マルーさんって鑑定もすごいんだ? シバさんも一流だなーって思ったけど」


「固有能力には未だ発現せぬ種の状態のものがあるそうな。それが何なのかを知り、発現させる条件を知る者はおそらくマルーだけじゃ」


 そりゃすごいな。

 デス爺に嫌われながらここまで言わせるのもすごい。


「わかった、ありがとう」


「マルーに関わろうとするなら、まっこと気をつけねばならんぞ」


「やだなー、まだ知り合ってもいないんだよ?」


 近い内に会うことになる気はするんだけど。


「じゃあ、あたし帰る。明後日楽しみにしてるよ」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「あらユーちゃん、いらっしゃい」


「これ、お土産のお肉だよ」


「あっ、ありがとう!」


 海の女王に連絡後、ギルドでラルフ君を捕まえてラルフ君パパのカラーズ訪問はいつでもいい旨を伝え、さらにチュートリアルルームにやって来たのだ。

 今日は雨なのに、我ながらよく働いたな、ふう。


「しばらく来られなかったから、肉が恋しくなったかと思って」


「ユーちゃんわかってる! ジークお肉! ハイルお肉!」


 バエちゃんのクネクネは本当にキレが良くなった。

 カンストレベルの眼力をもってしても残像に見えるよ。


「あたしついにレベル99になったんだよ」


「ええ? すごーい!」


「でも何か忙しくなっちゃった。次いつ来られるかわからないからさ、お肉だけでもと思って」


「そうなんだ……」


 しおしおになるバエちゃん。

 しょげるなよ。


「またポッと時間空いたら来るからさ、元気出して」


「うん」


 話題変えるか。


「ソル君達、どうなってるか知らないかな? そろそろドラゴン倒せてもおかしくないくらいのレベルなんだけど?」


「あ、昨日来た時、魔境行きの『地図の石板』出たって言ってた。でもドラゴン倒すにはそれなりのスキルが必要だから焦らないことにするって」


 おっぱいさんが魔境行きを手配するって言ってたな。

 それにしてもクレバーな判断は、さすがソル君。

 『スキルハッカー』の枠を埋めるに足るスキルとなると難しいが、アンに連続衝系のバトルスキル、セリカに回復魔法や治癒魔法を習得させるのは有効だろう。


「ユーちゃんにお世話になったって言ってたよ? すごくレベル上がったって」


「いや、聞いたかも知れないけど世界樹折っちゃった人がいてさあ。その様子を調査しに行ったら環境変わってて経験値高い魔物ばっかり出てきたんだよ。それをソル君達と共闘で倒しまくってウハウハ」


「そういうことだったんだ」


「メチャメチャラッキーだったよ」


 バエちゃんがおずおずと話しかけてくる。


「ねえ、ユーちゃん働き過ぎじゃない?」


「うーん、やれること増えてくると皆やりたくなるんだよね。『アトラスの冒険者』になったからだなー」


「今期はユーちゃんの働きで、『アトラスの冒険者』事業が久しぶりに黒字になるんじゃないかって、話題になってるんだけど」


「そーなの?」


 ちょっと待て。

 うちのパーティーが働いたから黒字になりそうって、どんなだ。

 それだけ聞いたらボーナス寄越せって言いたくなるじゃないか。

 まあ宝飾品の差益が大きいんだろうな。

 あれ高価だし。 


「そうだ、『アトラスの冒険者』って固有能力持ちじゃないと選ばれなかったりするのかな?」


「そうね。やっぱり戦闘に関しては有利だから。最近の『アトラスの冒険者』は全員固有能力持ちを選抜してるのよ」


「そっか、後になって能力が現れる人は可哀そうだねえ」


 ダンのことが頭に浮かぶ。

 あんなんでも今やギルド有数の前衛の有資格者だしなあ。

 装備とスキルを整えればだが。

 もっともダンは自称情報屋なんだったか?

 『アトラスの冒険者』に選ばれても困るのかな?


「じゃあ今日は帰るね。また来るよ」


「またね。きっとよ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 翌日にはこっちも雨は上がった。

 今日は魔境デーにしようと思っている。

 丸1日ないと魔境北辺を探索できそうにないので、いつかやりたいと思っていたのだ。


「ねえカカシー、そういえば水って大丈夫なの?」


「水?」


 凄草以外のステータスアップ薬草群の株分けを行っていて、ふと気になったのだ。

 カカシがうちに来てから水やりをしてない。


「土の中の水を再分配してるから、よっぽど日照りみたいにならない限り問題はないぜ。オイラに任せときな」


 すげえ、そんなことができるのか。

 もっともカカシはエーテルを細かく配分することができるくらいだからな。


「カカシは本当に頼りになるなー」


「よせよ、照れるぜ」


 カカシは非常によくやってくれている。

 カカシだけじゃなくて、パーティーの3人も偵察・連絡係のヴィルにしてもだ。

 あたしは恵まれているなあ。


「じゃ、行ってくるよ」


「おう、気をつけてな」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 さて、魔境にやってきたぞ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。今日は朝からですか?」


 タマネギ頭の眼鏡をかけた小男、魔境ガイドのオニオンさんだ。

 魔境とスキルに関して、かなりの知識の持ち主で頼りになる。


「今日は一番北の方行ってみようかと思って」


 全員のナップザックが一杯になるまで探索の予定だ。


「北辺はエーテル濃度にムラがあるようです。ユーラシアさん達ならば危険はまずないでしょうが、魔物の生息分布や手に入る素材、あるいは植物の分布もバラバラ。オーガ帯とは言えない状態になっていますので、一応御注意を」


「あ、そうなんだ。ありがとう!」


「いえいえ、実は北辺まで足を延ばす冒険者はほとんどいないのですよ。データが少ないですので、新たな発見がありましたらぜひ、お教えいただきたいです」


「わかった、行ってくる!」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


 ベースキャンプから北へ直進し、オーガ帯からワイバーン帯へ。


「北の方まで探索する冒険者は、あまりいないんですね」


「あたし達みたいに魔境を満喫する真の冒険者は希少な存在なんだよ、きっと」


「そんな物好きはめったにいねえ」


「……」


 こらダンテ、何か言え。

 ヤレヤレみたいなポーズで誤魔化すな。


 ちなみに今現在のパワーカード構成はこうなっている。


 あたし……『シンプルガード』『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』『スコルピオ』『ヒット&乱』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』『三光輪』

 アトム……『ナックル』『ルアー』『厄除け人形』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『スラッシュ』『刷り込みの白』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』『三光輪』

 予備……『寒桜』×3『誰も寝てはならぬ』『シールド』『アンチスライム』『サイドワインダー』『三光輪』×2『前向きギャンブラー』『オールレジスト』


 ウィッカーマン戦だけあたしの『シンプルガード』を『前向きギャンブラー』に入れ替え、会心確率を上げている。

 あたしとアトムはレベルアップのおかげで、『三光輪』なしでも強力な攻撃魔法『メドローア』の連発に耐えられるようになった。

 運のパラメーターの高いあたしは、どうも状態異常攻撃を食らう確率が非常に低いようなので、試験的に『オールレジスト』と『ヒット&乱』を入れ替えている。

 まあ万一の時はクララの『煙玉』で逃げればいいのだし。


 それからペペさんにもらった、その戦闘中のアイテムドロップ確率やレアドロップ確率が増えるというバトルスキル『豊穣祈念』は、ダンテに覚えさせている。

 今後は『実りある経験』の代わりに大活躍してくれるといいな。


「ワイバーンね。ちょっとアングリーね」


 つっかかってきたぞ?

 面倒だなーもー。


 レッツファイッ!


 ダンテの豊穣祈念! あたしのハヤブサ斬り! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り! うん、勝った。


「このカード構成だと攻撃力高いから、『ハヤブサ斬り』でも1ターンで勝てるなあ」


 ギリギリっぽいんで、確実に倒したい時は『ハヤブサ斬り・改』使うけど。


「姐御はマジックポイント自動回復のカード装備すべきじゃないですかい?」


「一考の余地があるね」


「あ、ユー様、卵をドロップしてます」


 ワイバーンの卵ってドロップアイテムだったんだ?


「デカい卵だなー。これすごく美味しいってオニオンさん言ってたね。明日、海の女王んとこに持っていこう」


 ドラゴン帯さらに中央部を突っ切って北へ。

 『豊穣祈念』の効果はかなり高いっぽい。

 デカダンスは半分くらいの確率で黄金皇珠(かなり高いやつ)を落とすし、ウィッカーマンも鳳凰双眸珠(国宝級)を落としていった。

 どうもウィッカーマンは鳳凰双眸珠を落とす時は羽仙泡珠(すごーく高いやつ)をドロップしていかないようだ。


「『豊穣祈念』でレアドロップ確率は3~5倍くらいになってるように感じます」


「ありがたいねえ。今一番必要なスキルだ」


 どんどん北へ。

 かなり北辺に近いところまで来たか?


「カオスだねえ」


 イビルドラゴンがオーガを追い回してるぞ?


「植生もかなりバラバラです」


「岩石や土もあっちとこっちで違えぜ」


「アンビリーバボーな微気候の変化に満ちているね」


「見通し利きづらいから注意して探ろうか」


「「「了解!」」」


 いろんな素材が落ちてる。採取採取、と。


「デカダンス2体ね」


 うむ、真経験値君を敬意と感謝と愛情を込めて倒す。

 透輝珠2個と黄金皇珠1個を得る。

 うん、やはり黄金皇珠を2分の1くらいの確率でドロップか?

 すごいぞ『豊穣祈念』。


「クレイジーパペット3体ね」


「3体? 人形系多い気がするねえ」


 向こうにいるのウィッカーマンみたいだな。

 時間のある時は中央部よりも北辺の方が効率いいかもしれない。


「お昼にしましょうか」


 ふかしたサツマイモと茹でて塩強めにした肉。

 うん、冷えてても美味しい。

 あたしはついでにマジックウォーターでマジックポイントを回復させておく。


「攻撃力増強とMP再生がついたカードが欲しいね」


「アルアさんの交換レート表にはなかったです」


「リクエストしてみようかな」


 最近どういうカードなら作れるかが、おおよそ理解できるようになってきた。

 これは多分作れる。

 アルアさんに相談してみよ。


「さて、もう少し行こうか」


「「「了解!」」」


 人形系レアを倒しながら北辺を西から東へ。

 人形系レアの出現率が低くなってきたな。

 草を調べていたクララが喜びの声を上げる。


「コリアンダーです!」


「やたっ!」


 これでかれえに絶対必要な香辛料は揃ったぞ!

 来年楽しみだなあ。


「ちょうどよい感じに熟してますので、種取っていきましょう」


「食い物が充実するのは嬉しいぜ」


「アイシンクソー、トゥー」


 うむ、見落としは多いだろうが、これで大体魔境も一回りしたな。

 もう一度中央に寄ってベースキャンプに戻ろう。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ、ユーラシアさん」


 オニオンさんが迎えてくれる。


「北はどうでしたか?」


「魔物もそうだけど、植物や素材もいろんなのがある。魔境の縮図だね。イビルドラゴンなんかも普通にいるから、魔境に来慣れない人は危ないと思うよ」


「そうですね。魔境ビギナーはベースキャンプ周辺に張り付いてるものですが、一応注意喚起しておくことにします」


「あ、でも人形系レアは多かったよ。特に西の方。ウィッカーマンも中央部より遭遇頻度高いなー。稼ぎたい人は狙い目かも」


「そんなのユーラシアさん達しかいませんから」


 オニオンさんが笑う。


「そうだ、先ほどスキルハッカーさん達のパーティー来てましたよ」


「ソル君達が?」


「はい、2時間ほど探索していらっしゃいました」


「しまった、あたしら遠い北にいたから気付かなかったな。何か言ってた?」


 オニオンさんがこめかみに手を当てる。


「特には……いや、ギルドでペペさんが寝てると」


「ペペさん? あっ!」


 さては寝てるペペさんに遠慮して起こせないんだな?

 ペペさんがいるってことは、何か用があるってことだ。

 ソル君のスキルがもうできたのか、それともあたしのかもしれない。


「ありがとう、ギルド行ってみるよ」


 赤プレートでヴィルにギルドへ行くよう指示する。


「じゃ、オニオンさん、またね」


「はい、さようなら」


 宝飾品は今日で黄金皇珠21個、羽仙泡珠10個、鳳凰双眸珠3個となる。

 宝飾品クエストを請けた頃に比べれば驚くほどの成果、今は『豊穣祈念』の効果もあり、さらに順調と言っていいんじゃないかな。

 期限までまだ20日以上あるし、問題なく魔境に来られるならかなりの数をゲットできそうだが、あたしも忙しいし?


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドへ来た。


「やあ、チャーミングなユーラシアさん、こんにちは」


「こんにちは、ポロックさん」


 このやり取りはほっこりするなあ。


「ユーラシアさん、マスタークラスになったんだって?」


「そーなんですよ。宝飾品欲しくてレア魔物狩ってたらレベル上がっちゃって」


「ああ、例の依頼かい?」


 あ、ポロックさんも知ってるんだな。


「んー何かこの依頼の話すると、おっぱいさんが怖いんですよ」


「ハハハ、そうかもしれないね。依頼者の関係でね」


 やっぱり依頼者に難あり? 訳あり? の案件か。

 怖いもの見たさってこともあるし。


「楽しみだなー」


「楽しみか。やはりユーラシアさんは大物だね」


 ポロックさんが褒めてくれるのはいつものことだ。

 さて、ギルドの中へ。

 あ、いるいる、ヴィルとソル君パーティーとラルフ君パーティーだ。


「「「ユーラシアさん!」」」「「「「師匠!」」」」


「ちょっと待ってて、こっち換金しちゃうから」


 買い取り屋さんの用を済ませた後、まずラルフ君の話を聞く。


「3日後の午前中にカラーズへ伺います、との父からの伝言です」


「午前中?」


 夜通し歩いてくるつもりなのかな?


「聖火教の礼拝堂があるでしょう? あそこに寄進して泊めていただくことに」


「ああ、なるほど。じゃあそう伝えとくよ。その日はもちろんあたしも行くから」


 さて、次はソル君だ。

 あ、ヴィルが遊んでもらってる。


「どうせペペさんが起きないとか、そういうことなんでしょ?」


「そうなんです。気持ち良さそうなので……」


 スキル屋ペペさんの店へ。

 『ソール様、スキル完成しています』という札がかかっている。

 ははあ、あたしのじゃなかったか。

 ソル君パーティーと打ち合わせる。


「じゃ、いくよ? せーのっ!」


「「「「たのもう!」」」」」「たのもうぬ!」


「ふああああっ?」


 突っ伏していた店主が飛び起きる。

 いつものことながら薄緑の前髪が変な跳ね方して、口紅が頬っぺたまでべろんとなってる。


「うーん、ギルド来る時は口紅やめておいた方がいいんじゃない?」


「そお?」


 袖でゴシゴシしているペペさん。

 なるほど、紫のローブだと口紅あまり目立たないんだな。


「ソル君のスキル完成したんだ?」


「あっ、そうそう」


 荷物からゴソゴソ1本のスクロールを取り出す。


「じゃじゃーん、『衝波五月雨連撃』。五月雨連撃にコスト一緒で衝波属性を追加したものでーす!」


「へー、『五月雨連撃』の完全上位互換?」


「いえ、刺突属性が衝波属性に置き換わってるの」


 『五月雨連撃』の出番で普通に使える上、人形系レア魔物をも一掃できる、極めて利用価値の高いバトルスキルだ。


「ありがとうございます!」


「よかったねえ」


 アンセリも嬉しそうだ。

 結局のところ冒険者としての強弱は、レベルが重要なのだ。

 これ覚えてりゃレベルアップにそう困らない。


「ペペさんもユーラシアさんも、本当にお世話になります」


「おっと、礼を言うなら実績で返してもらわないと!」


「そうよ、アートでロマンでドリームなスキルの報酬は、アートでロマンでドリームじゃないとダメよ!」


「で、実際のお値段は?」


「あ、3000ゴールドになります」


 3000ゴールドって普通の『五月雨連撃』と同じ値段じゃん。


「いいんですか? 3000ゴールドで」


「ソル君が活躍すれば、ペペさんの名声も上がるんだぞ?」


 ペペさんがニコニコしている。


「ところであたしのスキルはまだできないの?」


「あ、それはまだなの」


「ペペさんにしては時間かかるね?」


「だってユーラシアちゃん専用スキルだから、私じゃ試し撃ちできないし。調整がすごく難しいの」


「あ、そーか」


 なるほど、専用スキルにはそんな盲点が。


「美少女精霊使いの伝説にふさわしいスキルを待ってるよ」


「うん、頑張る」


「わっちも頑張るぬ!」


 よしよし、ヴィルいい子だね。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちは!」


「おやおや、いらっしゃい。見かけない子が混ざってるね?」


 ギルドでソル君達と別れた後、一旦帰宅して、アトムとヴィルを連れてアルアさん家に来た。

 まあアトムはパワーカード大好きだから。


「アルアさんにこの子紹介してなかった気がして連れて来たよ。ヴィルって言うの」


「ああ、あの時の悪魔っ子じゃねえか。久しぶりだなあ」


「こんにちはぬ!」


 そういえば、ゼンさんは帝国の山の集落でヴィルと面識あるんだったな。

 山の集落の人達は聖火教徒にも拘らず、悪魔のヴィルにそう隔意がなかった。


「悪魔? なるほど悪魔だね」


「幸せの感情を好むいい子なんですよ。偵察の役目についてもらってるの」


「そうかいそうかい」


 ヴィルがアルアさんに頭を撫でさせている。

 気持ち良さそうだ。


「さて、換金かい?」


「そうですね。お願いしまーす」


 交換ポイントは155になった。

 おお、結構素材拾ってたんだな。


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『ドラゴンキラー』100P、【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『スカロップ』100P、防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『一発屋』100P、攻撃力+3%、会心率+30%

 『三光輪』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性30%、魔法防御+7%

 『サイコシャッター』100P、防御力+4%、魔法防御+4%、睡眠/混乱/激昂無効

 『必殺山嵐』100P、防御力+4%、反撃率+30%、会心率+5%

 『ミスターフリーザ』150P限定1枚、魔法力+15%、スキル:アダマスフリーズダブル

 『ファイブスター』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性/風耐性/土耐性30%

 『アンデッドバスター』100P、【対アンデッド】、攻撃力+10%


 新しく交換対象となったのは『ファイブスター』と『アンデッドバスター』の2枚。

 戦ったことないけど魔境中央部にいる最強クラスの魔物リッチーはアンデッドなので、『アンデッドバスター』は有効だろうな。


「アルアさん、攻撃力が加算されてマジックポイント自動回復のついたカード作れないかな?」


「ほう、注文かい? スキルを常用するアタッカーに向いたカードだね。今までの素材で可能だよ。最低限必要な性能を詳しく教えな」


 あ、結構細かく調整できるんだ。


「攻撃力+6%、MP再生2%は最低欲しいかな。他の効果は要らないから、余裕あるならその分攻撃力と自動回復量増やしてもらいたい」


「よし、ゼン、やってみな」


「へい、お任せを!」


 おお、ゼンさんが注文請けるのか。

 出世したなあ。


「この前ゼンに魔法とバトルスキルを見せてくれたんだそうだね。すっかり勘所を心得たようだよ。レア素材を使うような、深い知識を必要とするカード以外はもう大丈夫だ」


「明後日までに作っとくぜ!」


「頼もしいね! えーと、いくら払えばいいのかな?」


 アルアさんはちょっと考えて答える。


「そうさね、交換ポイント倍でどうだい?


「倍、とは?」


「コモン素材だけを使ったカードは、一部の例外以外は100ポイントだ。注文は倍で200ポイント」


「わかりました。じゃあそれで」


「あっ、ユーさんちょっと待った」


 帰ろうとしたあたし達をゼンさんが呼び止める。


「うちが作ったカードだ。村に届けてくれんか?」


 5枚のパワーカードだ。

 バトルスキル『薙ぎ払い』付きの『サイドワインダー』のカードが含まれてる。

 スキル実装もできるようになったんだな。


「わかった。責任もって明日届けるよ」


「助かる。明後日のカード、交換ポイント50サービスしとくよ」


 あたしはゆっくり首を振る。


「ゼンさんにはちっぽけなおまけを期待してるんじゃないんだ。いつかすごいオリジナルカードを作ってくれると信じてるから」


「ユーさん……」


「信じてるぬ!」


 よしよし、ヴィルいい仕事だよ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 帰宅後、夕食前にヴィルに指示する。


「さて、ヴィルにはもう一働きしてもらおうかな」


「何だぬ?」


「通信のテストだよ。灰の民の村の族長サイナスさんと話がしたいんだ。どうすればいいかな?」


「簡単だぬ。わっちがまずサイナスのところへ行くぬ。向こうで話ができる状態になったら、合図するぬ。御主人は赤プレートを持って待機してくれればいいぬ」


「おお、面白いね。じゃあサイナスさんのところへ行ってみてくれる?」


「わかったぬ!」


 フィンと消えていなくなる。

 ヴィルは空も飛べるし転移もできるので、うまく活躍させることができれば、いろんなことに応用が利くはずだ。

 よしよし、ヴィルいい子。


『御主人、聞こえるかぬ? こっちは準備オーケーだぬ!』


 早っ!


「ヴィルありがと。サイナスさん、聞こえる?」


『ああ、聞こえる。何の用だい?』


「ヴィルを介した試験通信だよ。あちこちに連絡取れると利便性が上がるからね」


『ハハハ、それはそうだな』


「思ったよりもよく聞こえると思わない?」


『ああ、全く問題はないな。しかし、面識のないところへいきなり悪魔を送り込むのはやめておけよ?』


「いや、さすがにそんなことはしないよ……でも面白そうだね?」


『フリじゃないからな? 背中押さないからな?』


 アハハと笑い合う。


「連絡があるんだ。例の商人ヨハン・フィルフョーさんだけど、3日後の午前にカラーズを伺いますって」


『3日後の午前だな。わかった、各村に伝えておく。君も来るんだろ?』


「もちろん行くよ。楽しみだなー」


『用はそれだけか?』


「うん。ヴィルありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 よしよし、ちょっとした通信なら十分ヴィルを介して可能だぞ。

 今後あちこちと連絡を取らなきゃいけなくなっても、ヴィルがいれば十分対応できそうだ。


「コンビニエンスね」


「本当にそうだねえ」


「御飯できましたよ」


「いっただきまーす!」


          ◇


 翌日、朝から本の世界に来た。

 女王達と焼き肉なので、コブタマンを狩りに来ているのだ。


「これで5トンですが、どうします?」


「うちの分はまだあるんだよね?」


「はい」


「じゃあこれでいいよ。塔の村からも持ってくるし、ワイバーンの卵もある」


「そうでやすねえ」


「それに肉溜め込んでここ来なくなると、アリスが寂しがるしなー」


 アリスは本の世界のマスターである、ブラウンのドレスを着た金髪の人形だ。

 この世の全ての知識を持つとも言われている。


 エントランスホールに戻ってアリスに聞く。


「アリス知ってる? 今度カル帝国とドーラ植民地が戦争になりそうだってこと」


「戦争が避けられない情勢にあるということは知ってるわよ」


 アリスは正確に物事を話す。


「帝国は秘密兵器を開発してそうなんだけど、その辺はわからない?」


 小首をかしげたような気がする。

 実際に人形が動くわけはないんだが。


「詳しい情報はないわ。1ヶ月以内に試作機が完成予定とあるけど……」


 試作機? 十分重要な情報だってばよ。


「ありがとう。アリスは頼りになるなー」


「そんな……」


 だからどういう仕組みで顔赤くなるんだってばよ。


「じゃあね、また来るよ」


「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヴィル、聞こえる?」


 本の世界から帰宅後、赤プレートに話しかける。


『聞こえるぬ!』


「今、パラキアスさんどこにいるかわかる?」


『パラキアスはパワーが強いからすぐにわかるぬ。ちょっと待つぬ』


 へー、パワーで判別してるんだ。


『レイノスだぬ。大きな役所の2階の部屋にいるぬ。その部屋にはもう1人男がいて、それは部屋の主だと思うぬ』


 大きな役所、総督府だな。

 ならばもう1人とはレイノス副市長オルムス・ヤンだろう。


「わかった、その部屋の窓をノックして、ユーラシアが話したいことがあるって言いなさい。もう1人がオルムスさんなら一緒に聞かせて構わないから」


『わかったぬ!』


 しばし待つ。

 パラキアスさんも面白いこと好きそうだから大丈夫だとは思うが。


『御主人、準備オーケーだぬ!』


「パラキアスさん、聞こえる?」


『ああ、何か話があるそうだな? オルムスに聞かせてもいいとのことだが』


「構わないです。さっき『全てを知る者』に帝国の秘密兵器について聞いたんですけど、1ヶ月以内に試作機が完成予定、とだけ」


『試作機、と言ったのか?』


「うん、一字一句そのままで」


『帝国からの交易船が滞っていてね、正直こっちで得られる情報がなくてじりじりしてたところなんだ。協力感謝する』


「いえいえ、ヴィルありがと。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 よし、これでいいだろ。肉だ肉。


          ◇


 ――――――――――同日同刻、レイノスの総督府副市長室にて。

 『黒き先導者』パラキアスとレイノス副市長オルムスが腰掛けている。


「何だい、今のは? 精霊使いはいつの間にか悪魔使いになったのかい?」


「そして今やドラゴンスレイヤーだ。一体いくつ肩書きが増えるのやら」


 パラキアスが机の上のハーブ茶に手を伸ばす。

 ハーブ茶は考えをまとめるのにいい。


「以前、私に用がある時にあの幼女悪魔を連絡に飛ばすと言ってたんだ。実際に来たのは初めてだが」


「しかし、僕のことも把握してるようじゃないか」


 オルムス・ヤンは笑顔が女性受けしそうな、パラキアスと同年代の長身の男だ。

 グレーの髪をぴっちり横に撫で付けている。


「まあ大変切れる子だ。君と私との関係においても調べはついてるんだろうよ。しかしそんなことより……」


 パラキアスが考えに沈む。

 試作機、と言っていた。


「どう思う?」


「どうもこうも。試作機と言うからには乗り物なんだろう。こちらの射程外から撃ち込む長距離砲と、それを可能にする大型軍船の可能性が最も高い」


 パラキアスもまたオルムスと同意見だった。

 帝国の兵器と火薬はドーラよりもずっと高性能だ。

 その優位性を生かさずしてどうするというのか?


「しかし、そんなものでは決定的な兵器になりえぬだろう?」


「では弾の方に殺傷力を増す工夫があるのかもな。毒を仕込むとか」


 毒?

 殲滅目的ならあるかも知れないが、植民地として支配したいだろうにそんなことをするだろうか、あの帝国が?


 帝国が目指すのはレイノスの陥落だろう。

 レイノスを拠点化すれば作戦の選択肢は広がり、場合によっては長期戦も可能だ。

 そして西域やカラーズを個々に調略できて、初めて帝国の完全勝利がありえる。

 ドーラとの戦争に反対する穏健派や、反帝国組織の活動を丸っきり無視した、あくまで数字上の可能性のレベルだが。

 となれば何が何でもレイノスを落とさねばならぬはず……。


「方法はともかく、最短1ヶ月で帝国は攻めてくる」


「ほう、今のを丸々確度の高い情報として信じるのか。君は随分あの精霊使いを買ってるんだな」


 オルムスは意外そうだが、あの異常なまでの行動力と我々の持ち得ない情報網、精霊や高位魔族まで従えるカリスマ性は評価せざるを得ない。

 いかにも普通の少女然とした外見と冗談口に欺かれては、本当の価値を見誤る。


「彼女は既に確実にドーラの重要人物の1人だ。それもかなり上のクラスの」


 1ヶ月と少し前、初めてあの精霊使いに会った時に興味深い子だと思った。

 しかしその後の急激な成長、もしくは台頭を少しでも予想できたか?

 できなかったのは予想を跳び越えてくる存在だからだ。

 決して敵に回してはならない。


「冒険者としてすごい、だけじゃないんだな?」


「味方として3人選べと言われたら、君とオリオンと彼女だ」


「デス殿やユーティ大祭司よりも上なのか……」


 オルムスは衝撃を受けたようだ。


「いや、そういうことなら僕も認識を改めよう。一度会ってみたいものだ」


「遠くない未来に会うことになるだろうよ」


 オルムスの見識は政治家として得がたい資質だ。

 独立後のドーラに安寧と発展をもたらすのは彼だろう。


「帝国が何をしてくるにしても、被害を最小限に留めなくてはならない。そのためにあらゆる手を打つのが我々の役目だ」


「そうだね」


 パラキアスが立ち上がる。


「さて、私は行く」


「うん。それにしても、君がここへいきなり来るのは何とかならんものかな?」


「仕方がないだろう。私に悪魔の手下はいないのだから」


 オルムスが首をすくめる。


「君の方がよっぽど悪魔の親分っぽいんだがねえ……」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 海の王国にやってきた。


「ボス。ベルを鳴らす必要はないね。もう皆がスタンバってるね」


「そこを勘弁してガンガンさせてくれないかなあ。この銅鑼鳴らすと、すげえスッキリするんだよ」


 まだ昼まで時間あるぞ?

 早めに来たつもりだったのに、もう塔の村の連中がいる。

 どんだけ肉が楽しみなんだよ。


「おまたせ。女王、肉だよ。そしてもう1つ、高級食材として名高いワイバーンの卵を持ってきました。じゃーん!」


「おお、さすがはユーラシア! これは美味いのか?」


「美味いって話だけど、実は食べたことないんだよ。あたしも楽しみなんだ」


「そうであったか。これ、調理室に調理場へ運んでたもれ」


「「「はっ!」」」


「こちらへ」


 大きなテーブルに設えた席に案内される。

 さてと、問題を片付けねばならない。


「ねえアレク、気付いてた? どういうわけか、この場にふさわしくない人がいるよ?」


「ユー姉は失礼だな。さすがにボクもお爺様に出ていけなんて言えないよ」


「あんただよあんた! 栗毛のキノコ髪は要らない子だよ!」


 デス爺の孫にしてあたしの弟分アレク。

 灰の民の村にいたはずなのに、どーして今ここにいるんだ?

 まったくもって謎!


「いや、それはエルさんがいるから……」


「…………えっ?」


 えーとそれはつまりいわゆる結局のところあれですか?


「エルにほの字であると?」


「表現が古いな」


「あたしのことは遊びだったの?」


「お友達でいましょ」


 むう、ちょっと見ない間に成長したな。

 あたしのラブセンサーは優秀なはずなんだけど、アレクが意外と冷静だからどこまで本気かわからん。

 ……ここは搦め手で攻めるべし。


「ふーん、アレクがナイチチ好きだとは知らなかった」


「誰がナイチチだ!」


 エルが怒りを滲ませて立ち上がる。

 しめた、かかったぞ!

 すかさずコケシとアイコンタクト。


「ユーラシアさん、真実は正義でも絶対でもありません。人を傷つけることもあるのです」


「真実が許されないなら、偽りで膨らむとでも言うのかい?」


「偽りではありません。希望で膨らませるのですよ」


「じゃあエルには希望がないの?」


「夢も希望もありません!」


「ぐはっ!」


 あ、しまった。

 海の一族は悪魔と関係が微妙なんだっけ?

 特効薬のヴィル呼べないな、どうしよう。


「アレク、ぎゅーしてやってよ」


「えっ? じゃじゃあ、ぎゅー」


「癒されるか! いい加減にしろ!」


 意味なく罵倒されたアレク、いやースッキリした。

 コケシも前菜としてはまずまずですねみたいな顔してんぞ。


「ハハハッ、地上の漫才は面白いな! さあ、肉が焼けて運ばれて来たぞよ」


 脂身が少なくフルーティーな香りがする。

 エルが持ってきたタワーバットであろう。

 洞窟コウモリ似の肉質なら、おそらくフルコンブ塩は合うはず。


「じっちゃん、これに女王の塩振って食べてみてよ」


「ふむ、女王よ、塩をお借りしますぞ」


「遠慮のう使ってたもれ」


 塩を振って肉にかぶりつくデス爺。


「おう、これは!」


「美味いだろう? これ海底の特別製の海藻入りの塩なんだよ」


 他の面々からも歓声が上がる。


「本当だ、すごく美味しい!」


「味がクッキリしてる!」


「でりしゃすぴょ~ん」


 こらちょんまげ、反応愉快過ぎんぞ。


「女王よ、この塩は高価なのですかな?」


「これは売り物ではないのじゃ」


 女王があたしをチラッと見る。


「この塩は焼いた後の肉にかけると最高に美味いけど、海底では肉を食べる文化がないでしょ? だから女王専用なんだ。ちなみにこれに入ってる海藻はフルコンブって言って、大事に大事に育てられてる旨味の濃い特別製。だからこの塩、売ろうと思ったらメチャクチャ高くなるんだよ」


「そうじゃったか……それは残念じゃの」


「女王、この塩が地上でウケることはわかったろう? フルコンブほどじゃなくても、普通のコンブでも旨味は多いよ。普通のコンブを粉にしたものを混ぜた塩だったらかなり安く出せるんじゃない?」


「おお、それなら普通の塩と大して変わらぬ値段で出せるぞよ」


「それ売ろう! フルコンブ塩ほどじゃなくても、旨味の強い美味しい塩だよ。コンブ塩が十分普及したら、特級品のフルコンブ塩売りつけよう!」


「これ、ユーラシア! お主はどういう立場なのじゃ!」


「あたしは交易活発派だよ。地上からだって売るものはあるでしょ? 肉とか野菜とか」


「食べるものばっかりだ……」


 クララがクスクス笑っている。

 アレクよ、食べ物こそラブアンドピースだよ。

 ラブすら掴めない君には、理解が及ばないことだったかも知れないが。


 続いてワイバーンの卵が目玉焼きにされて出てきた。

 おお、デカい。

 放射状に切り分けてあるが、特に黄身の面積の広さが特徴的だ。


「こんなの美味いに決まってやすぜ」


「ふむ、これも塩がよく合いそうじゃの」


 女王が興味津々だ。

 あたしもそう思う。


「これは美味いぜ!」


「サイコーね!」


「……」


 コケシよ、あんたの口からポジティブな言葉は発せられないのか?

 女王があまりの美味しさにのたうち回っている。


「はあはあ、これがワイバーンの卵か。地上には素晴らしいものがあるではないか!」


「いやこれ、料理人も上手なんだよ」


 火の通し加減が抜群だ。

 海底には火加減の繊細な卵料理なんかないだろうにな?

 魚卵に火を通すって、ちょっと考えられないし。


「丸くて大きい」


 あっ、コケシ、やっと感想が出たかと思えば、そういうダブルミーニング攻撃やめろ!

 こっちチラチラ見てくんな。

 今日はヴィル連れて来てないんだぞ。


「どうせ丸くも大きくもない……」


「それは見ればわかるけれども!」


 しまった、つい釣られてツッコんでしまった。

 エルもどーしてそうバツグンの間で振ってくるんだか。

 天性のウェルカム体質のクセに、ツッコミ耐性がないのは厄介だ。


「え、エルさんは可愛いですよ?」


「どこのサイズが可愛いんだ!」


 ああ、アレクよ、それダメなやつ。

 エルのデリケートな部分に触れようとするんじゃないよ。


「クララ、ぎゅーしてやって」


「えっ? は、はい。ぎゅー」


「ああ、ボクはもう大丈夫……」


 あ、クララでも効果あるな。


「今のは……芸として未完成じゃなかったか?」


「女王の御前だから、エルに吐血させるのはどうかと思った」


 芸とか言ってるし。

 コケシが不満げなのは構わないとして、女王が消化不良を感じるのはいただけないな。


 最後に炙りコブタ肉が運ばれてくる。


「これも美味い!」


 デス爺が感嘆の声を上げる。

 味付けがシンプルだと肉質の違いがよくわかるんだよね。

 フルーティーで軽めのコウモリ肉に対し、コブタ肉は脂が乗っていて重厚だ。


「喜んでくれるのは嬉しいんだけど、女王はもっと女王らしくしたらどーなの?」


 美味しさのあまり転げ回り、床がテカテカになってきてるよ?


「はあはあ、客人の前ですまんの」


 魚人の表情はあたし達から見るとわかりにくいんだが、嬉しい、美味しい、商売人の表情は理解した気がする。


「でさー、じっちゃん。まず魚を売りたいんだよ」


「魚か。好き嫌いがあるから難しいやも知れぬぞ?」


 ドーラのノーマル人社会は魚食文化圏じゃないからな。

 デス爺の言いたいこともわかるが、以前一夜干しを配った時の感触からすると、必ずしも魚がウケないとは思わない。


「生臭さ磯臭さを廃した調理法なら食べてもらえるって」


「具体的には?」


「揚げ物から」


 あ、女王がちょっとがっかりしてるっぽい。

 そりゃ海底だと新鮮な魚を生で食べるのが最高の食べ方かもしれないけど、地上でそれはハードル高いんだってばよ。

 輸送時間の問題もあるし。


「女王、海底と地上の揚げ物は違うよ」


「ほ、そうかの?」


「海底は魚油で揚げるだろう? 地上では植物油で揚げるんだ。クセがなくサラッと揚がるから、白身魚は地上の揚げ方が美味いと思う」


 海底は衣もつけないみたいだしな。

 多分全然違った仕上がりになる。


「エルは魚に抵抗ないんでしょ?」


「ああ、こっちは魚ほとんどないなと思ってたくらい」


「エルが食べるならアレクも当然魚食べるだろ」


「え? あ、もちろん」


「ほら、じっちゃん。多数決だよ」


 デス爺が苦笑いする。


「まあええじゃろう。魚少量から取り引きを行おうではないか」


「うむ、よろしゅう」


 デス爺と女王が握手する。


「商店街で少し魚買っていこう。捌き方わかんないでしょ? 塔の村の料理人にクララが教えるから」


「では、わらわが案内しようかの」


 5番回廊の先、魚人の商店街へ。


「これくらいのサイズのお魚がいいですねえ」


「アジだね。何尾必要だい?」


「20尾ください」


「あいよっ、精霊のお嬢ちゃん」


 魚屋さんに聞く。


「地上人はあんまり魚のこと知らないんだよ。まず揚げたの食べさせてみようと思うんだけど、何か注意することある? 今後取引が始まって魚を注文する時とかも」


「うーん、魚は季節によって成長度合いが違うから、いつも同じ種類が入るわけじゃねえんだ。拘らないなら、用途と大きさを言ってくれれば、それに適した魚を用意するぜ。それからさっきのアジのサイズなら三枚におろして身の部分を揚げるつもりなんだろうが、中の骨も時間かけてパリパリに揚げると美味いんだぜ」


 ほう、骨も食べられるのか。


「ありがとう」


 いやあ、今日は肉も卵も美味かったし、いい関係を築けた。


「女王、ではワシらはおいとまさせていただく」


「うむ、今後ともよしなに」


「じっちゃん、エル、後で行くから食堂で待っててよ」


「わかった」


 頷いて転移で帰っていった。

 女王がこちらを向く。


「今日もおんしに世話になってしまったの。何か礼をしたいが……」


「いいんだよ、そんなの。友達だろ? あっ、1つある!」


「何じゃ、それは?」


「今日銅鑼鳴らしてないんだよ。あれすごく気持ちいい音がするからさあ、心ゆくまで鳴らしていい?」


「そんなことなら」


「グオングオングオングオングオングオーン!」


 いやあ、実にいい音だ、心に響くよ。

 うちの子達とともにガンガン鳴らしてたら、衛兵が全員飛び出してきてすげえ迷惑そうな顔してた。

 ごめんよ、悪いとは思ってないけど。


「これはかなりイケるじゃねえか!」


「食べつけないだけだってわかったでしょ?」


「魚ってこんなに美味かったのかよ? 人生損してたぜ!」


 塔の村の食堂で、クララが魚のおろし方を料理人に伝授し、身は塩を振って小麦粉の衣をつけて揚げ、骨はその倍くらいの時間低温で揚げた。

 その辺の冒険者達を捕まえて食べさせ、ちょっとした試食会になっている。


「骨はもうちょっと揚げ時間長い方がパリパリしただろうな。身の方はなかなか。ねえエル、これはまよねえずが合いそうだねえ」


「ああ、そうだな」


 デス爺が聞いてくる。


「まよねえずとは何じゃ?」


「エルの国の調味料だよ。酢と卵と油で作るの。野菜につけても美味しいよ」


「ええ? エルちゃん他所の国の人なのかよ?」


 冒険者が驚く。


「そーだよ。じっちゃんが誘拐してきたんだ」


「ははあ、さては村長悪いやつだな? 何となくわかってたが」


 アハハと笑いが起こる。


「いや、ボクはここへ来ることができて嬉しいんだ。故郷のことは思い出したくもない」


「わかってるね? これ以上この件に突っ込むとセクハラでお仕置きだよ?」


 微妙な問題だと察したか、冒険者達は何も言わず頷く。

 これでよし、エルの素性について詮索する者もいなくなるだろう。


「これからは魚が海の王国から入るよ。フライは食堂のレギュラーメニューにもなるから、どんどん注文してあげてね」


「「「おう!」」」


 塔の村は人口が少ないから、取引量としては大したことないだろう。

 でもこういうのは最初の1歩が大事なのだ。

 コンブ塩も入るしな。

 今日一日でドーラの食が進化したかと思うと嬉しい。


「さて、あたしは帰るよ」


 エルは驚いたようだ。


「もうか? そろそろレイカやリリーのパーティーも戻ってくるだろうから、会っていけばいいのに」


「だって試食の魚フライなくなっちゃったじゃないか。ハオランが無言で暴言吐きそうだから帰る」


「何だ、無言で暴言って?」


 笑いの中、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 カル帝国・山の集落に降り立った。

 うちの子達には秋の味覚狩りを任せて、あたし1人で来ている。

 ここは相変わらず風が強く、かなり寒く感じる。


 村人の1人があたしに気付く。


「あっ、精霊使いさん?」


「こんにちはー。これお肉、お土産だよ。皆で食べてね。長老どこにいるかな?」


「ありがとうございます。長老は南の盆地でしょう。整地作業の様子を見に行ってると思います」


「ありがとう。あたしも行って来るね」


 南の盆地とは、以前あたし達が魔物退治兼肉狩りをして、耕作地として使えるようになった南のエリアだ。

 その後どうなってるか気になるな。


「こんにちはー」


 髪とヒゲが互いに領有権を主張し合うような頭部を持つ老人が振り返る。山の集落の長老クランさんだ。


「おお、精霊使い殿。しばらくでしたな」


「これ、ゼンさんから預かってきたパワーカードです」


 5枚のカードを渡す。


「これはお手数かけて申し訳なかったですな。ゼンはしっかりやっておりますか?」


「すごく進歩が速いですねえ。師匠の工房主にも熱心だって褒められてるよ。もう基本的なのだけじゃなくて、あたしの注文を請けて作るってとこまで、任されてるんだ。さっきのカードも全部ゼンさんの作ったやつで」


「そうでしたか。元気でやってるならそれが一番」


 長老も嬉しそうだ。


「こっちは随分整地されて来ましたねえ。来年にはちゃんと畑になりそうです?」


「それはもう。徐々にだが、春の植え付けまでに4分の1くらいの面積は畑にできそうです。ニワトリも増やせるであろうし、今後の見通しは非常に明るいですな」


 うんうん、良かった良かった。


「何か変わったこととか困ったこととか、ないです?」


「変わったこと、か」


 長老が頭を傾けると、髪の毛だかヒゲだかがぞろっと動く。


「……そういえばここしばらく、役人が来ぬな。以前は季節が変わるごとに来ておったのだが」


「ここと渓谷との入り口閉じたからじゃないよね?」


 南の渓谷に抜けられる岩の重なってるところ。

 そこは魔物の通路になると同時に、麓へ続く道でもある。


「誰か来れば通すよう、日中は見張りをつけてあるしの。役人が来ないのはかれこれ半年以上になるので、関係はなかろうと思う」


 ふむ、気にはなるが?

 渓谷には魔物も多く、ここまで登ってくるのはかなりの労力を要するだろう。

 単に来る回数を少なくしただけかもしれないしな?


「ユーティさんはどうですか? その後こちらへ来ました?」


「おお、来ましたぞ。ここの盆地を見て、耕作地が増えると話したら喜んでくれましてな。それから今のここの人数を聞いていきましたぞ」


 やはり。

 おそらく運命は急速に傾斜する。


「こっちが順調でよかった。そろそろあたし帰るね。そうだ、ゼンさんに伝えたいことはあります?」


 長老はちょっと首をかしげ、その後ゆっくりと首を振る。


「いえ、息災でやっとるならそれでよい」


 そうか、長老はゼンさんを信じているんだな。

 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「姐御、明日はどうしやす?」


 今日は昼、海の王国でかなりがっつり食べたので、夜は薬草のスープとクララ達が森で摘んできた実で軽く済ませている。


「ゼンさんに作ってもらってるカードができてくるんだよなー。工房行きたいけど……」


「交換ポイントが足りないと」


「そゆこと。どこかで稼いでこないと」


 攻撃力とマジックポイント自動回復を備えた、魔法やバトルスキルをよく使用する物理アタッカー向きのパワーカードを特注しているのだ。

 ウィッカーマン戦でマジックポイント消費の多い『ハヤブサ斬り・零式』を使うので、快適な宝飾品狩りライフを満喫するために、新カードに期待するところは大きい。


「素材採取と宝飾品獲得メインで魔境行こう。交換に素材は最低45個必要なんだっけ?」


「そうですね」


「ちょうど午前中楽しんでくればいい感じの数じゃない?」


「アイシンクソー、トゥー」


 その後はアルアさん家とギルド、まあそんなとこか。


「おー何か赤い実が酸っぱいけど美味しいよ」


「あのボンが向こうの精霊使いを想ってるってのは、かなり意外でやすね」


「うーん、どこまでマジなんだか」


「ライクかラブかってことね?」


 今日海の王国ではある意味商談の場だったから、あまり込み入った質問できなかったしな。

 アレクもあたしに突っ込まれるのは想定済みだったんだろう。

 ガッチリ対策されていたようだし。

 ということは、かなり本気なのは間違いないのか?

 むーん。


「どうからかうべきだと思う?」


「姐御がそういう質問するの、珍しいでやすね?」


 アトムが心底意外そうだ。


「いや、今日軽くいなされちゃったからさ。違うアプローチが必要なのかなと」


 とゆーかあたしのことをよく知ってるアレクに、最初から逃げ打たれるとどうにも追いきれないのだ。

 くどいツッコミは美学に反するしなー。

 常に意表を突きたい乙女心を察しろ。


「ブルーの族長ね」


「え? セレシアさんが何?」


 ダンテの視点は独特だ。

 時々変わったことを言い出す。


「レディーと肥溜めガールの頭飾りを頼んでるからまた会うね? その時にボクレディーに似合うアクセサリーを買うか頼むかして、ボーイに渡せばいいね」


「おおおお、できるやつだなダンテは! それでいこう!」


「ロマンチックですねえ」


 クララも感心してるぞ。

 『ボクレディー』という謎ワードはさておき、それなら自然といい感じで話題を展開できそうだ。

 青の族長セレシアさんはエルと面識があるから、きっと良さげなアイテムを選んでくれるに違いない。


「よーし、明後日の商談会でセレシアさんとも会うから相談してみよ」


 うんうん、いい知恵も出た。

 ゆっくり寝て明日に備えよう。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「こんにちは、オニオンさん」


 今日は朝から魔境だ。

 魔境はいつ来ても気分がいいなあ。


「本日のテーマはあるんですか?」


「テーマか、いいね。どーもあたしは皆に、行き当たりばったりだと思われてるみたいなんだよね」


 笑い。

 いや、いつも計画はあるんだよ?

 ドラゴン倒した時もそうだったけど、結果としてトラブルが舞い込んでくるだけで。


「クエストがあるから宝飾品集めはもちろんなんだけど、今日は素材も集めなきゃいけないんだ。積極的に人形系レア以外も倒してみようかと思って」


「ああ、なるほど」


「どういう魔物狙って倒したらいいかな? 人形系ばっかり倒してたから、よくわからないんだよ」


「つまり素材をドロップする魔物ということですね?」


 オニオンさんが腕を組みながら語る。


「そうですね。やはり代表的なのが真のドラゴン族で、例外なく顎の下に『逆鱗』を生やしています。それからティターンやサイクロプスに代表される、高級巨人族の持つ棍棒は『巨人樫の幹』製です。あとはそうですね、ケルベロスの背中からたまに取れる『エナメル皮』、ベヘモスの体内で生成される『ベヘモス香』、ワイバーンの脚から取れる『ワイバーンの爪』、デーモン類の『悪魔の尻尾』、この辺が代表的なところでしょうか。中央部の最強モンスター群になると、特にレアドロップなどまったく知られておりません」


「ありがとう、オニオンさん。でも中央部の魔物は強そうだから、ウィッカーマン以外とは戦いたくないなあ」


 あたしより強い者に遭いに行く、なんて殊勝なバトル精神は持ち合わせていないのだ。


「楽して稼ぎたい。それがモットー。行ってくるね」


「ハハハ、行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


 まずはオーガ帯を行く。

 早速魔物がいるな。


「ケルベロスでやすね」


「あれも素材落とすことあるんだっけ? 倒しとこうか」


 まあ『雑魚は往ね』なんですけれども。


「ドロップはなかったか。まあ仕方ない」


 ケルベロスはかなり倒してるはずなんだが、一度も『エナメル皮』なんて落としたことないな。

 かなりレアなんだろうか。


 さらに進む。

 素材を効率よく拾えるのはオーガ帯なんだけど、中行かないとクエストに必要な高級宝飾品は手に入らないしなあ。

 どーすべ?


「オーガ帯で10個素材が手に入ったら中行こう」


「「「了解!」」」


 素材を拾い集めつつ、よりエーテル濃度が高く強い魔物のいるワイバーン帯へ踏み込む。

 ワイバーンを倒して爪と卵を拾った。


「卵美味しいんだけどさー、うちにはこれ調理できる大きさの鍋がないんだよね。そこが残念だなー」


 ワイバーンの卵はデカい。

 人の頭くらいはあるのだ。

 行きに拾うと邪魔だな。


「ギルドの食堂へ持っていってはいかがですか?」


「あっ、そうだね」


 後でギルド行くし、そうしよう。

 他の冒険者に喜んでもらえるだろう。

 あ、アイスドラゴンだ。


「雑魚は往ねっ!」


 よーし、『逆鱗』ゲット。

 その後サイクロプスも倒して『巨人樫の幹』も手に入れた。


「ウィッカーマンね」


 今までの経験からすると、どうやらウィッカーマンは、いきなり逃走するってことはないみたいだ。

 ダメージ与えるとすぐ逃げるし、与えなくても何ターンか後のことはわからんけど。

 よーし、黄金皇珠と羽仙泡珠をゲットしたぞ。


 その後もウィッカーマンとデカダンスを倒しまくり、ダンテの『豊穣祈念』のおかげもあって、いくつかの宝飾品を手に入れていく。


「マジックウォーター切れちゃったな。ウィッカーマン狩りはここまでね」


「魔法の葉はメニーメニーあるね」


「ダンテのいけず!」


 冗談でもそれ言うのはやめておくれ。

 魔法の葉は超苦くて超々不味い。

 あんなものがマジックポイント回復アイテム面して流通してるのは信じられないよ。


「マンティコアね」


 マンティコアはドラゴン帯でも比較的珍しい魔物だ。

 素材は落とさないんだろうけど、一応倒しておく。

 ん? 何か落としてったぞ?


「あ、これ凄草ですよ!」


「やたっ! ラッキー!」


 そーか、マンティコアは凄草を採取して持っている性質があるのか。


「どうしやす? 家で植えやすか?」


「んー株分けのサイクルが狂うな。これは今日食べよう、味も知りたいし」


 何気なく葉っぱを齧ってみる。

 んんん?


「……甘い」


「ワッツ?」


「すごく甘くて美味しい! 皆も食べてみて!」


 うちの子達も食べてみる。


「甘いです!」


「うめえな、これ」


「デリシャス!」


 あっという間に食べ尽くしてしまった。

 なるほど、マンティコアが好むわけだ。

 やつはきっとグルメに違いない。


 ちなみに根っこは甘くなく、イモみたいな感じだ。

 こっちは夜の御飯用だな。


「凄草が増えるの楽しみになったよ」


「そうですねえ」


 ワイバーンをさくっと倒して外へ。


「あ、また卵落としていった」


「食堂で喜ばれやすぜ」


「そうだねえ」


 重いし割れやすいしなー。

 今日はまだナップザックの容量に余裕あるからいいけど、素材たくさん拾ってる時にドロップされると困っちゃうぞ?

 それにこれ、結構な量がある。

 3個もあったら大勢で宴会できそう。


「ふーむ。ガーゴイルやオーガのレアドロップは宝飾品か」


 『豊穣祈念』の効果だろう、ドロップ率がかなり高くなっている。

 それぞれ翡翠珠や杳珠といった宝飾品を落とすことがわかった。

 それなりの価値ではあるが、今欲しいのは黄金皇珠以上の超高級品なので、それほどありがたみは感じない。

 オーガが宝飾品ならトロルもそうかな。

 巨人は巨人でも高級巨人族ではないらしいから。


「ケルベロス倒してみようか」


「『エナメル皮』狙いでやすね?」


「そゆこと」


 一度も目にしたことのない素材『エナメル皮』を拝んでみたい。

 オーガ帯は素材も多く拾えるしね。

 あ、出たぞーケルベロスだ。

 でもドロップしないなー。

 結構レア度高いみたいだ。


 あ、ワイバーン帯に入り込んだか?

 ワイバーンを倒したらまた卵、3つ目だ。

 2つでも探索に支障をきたしていたのに。


「ワイバーンの卵重いから帰ろうか?」


「「「了解!」」」


 ベースキャンプに辿り着く。


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


「ねえオニオンさん、凄草って甘くて美味しいんだよ。知ってた?」


「そうなんですか?」


 オニオンさんが目を丸くする。


「マンティコアのレアドロップでさ、あれは絶対サラダにすべきだね。あ、でも根っこは甘くないから煮て食べる」


「ほうほう、マンティコアの……」


「あれ、オニオンさんが知らないってことは、マンティコアもあんまり情報ないんだ?」


 オニオンさんが頷く。


「ドラゴンに興味ある上級冒険者は少なくないんですけど、それ以外のドラゴン帯の魔物を倒そうとする人はなかなか」


 そりゃそーか。

 マンティコアスレイヤーって語呂が悪いもんな。


「ユーラシアさんのもたらす情報は極めて貴重です。またよろしくお願いします」


「うん、適当に」


「ハハッ、適当ですか」


 笑いが起きる。

 あたしは『適当』って好きな言葉なんだけど、あんまりウケが良くないんだよな。


「ところでケルベロスのドロップ素材ってレアなの?」


「『エナメル皮』ですか? 珍しいと言えば珍しいですけど、レア扱いではないですね。外見でわかるんですよ。背中光ってますから」


 そーなの?


「それは盲点だった……」


「次回のお楽しみでいいじゃないですか」


「そうだねえ。じゃ、オニオンさんさよなら」


「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちは!」


「おうおう、アンタはいつも元気だねえ」


「山ほどある取り柄の1つだよ!」


「そうかいそうかい」


 アルアさんのパワーカード工房にやって来た。

 注文していたカードができ上がっているはずだ。


「換金していくかい?」


「お願いしまーす」


 交換ポイント198。

 あっ、足りないじゃん!


「ちょっと外で稼いできますね」


「行っといで」


 慌てて素材を採取し、これで無事に交換ポイント200になる。


「これで安心。ここの外はいつでも素材を拾えるからいいですねえ」


「谷になっているだろう? 地形的にエーテルを集めるんじゃないかと、昔デスさんが言ってたね」


 へー、ちょっとした『永久鉱山』みたいなところのようだ。

 エーテル条件って、アイテムにとっても大事なんだなあ。

 あ、比較的ステータスアップ薬草を多く採取できるのもそのせいなのかな?


「ゼンさーん、カードできてる?」


「もちろんだぜ!」


「やったあ!」


 カード名『風林火山』。

 攻撃力+10%、MP再生3%。

 いいじゃないか、注文通りだ。


「ゼンさん、ありがとう。バッチリだ!」


「そ、そうかい?」


 ゼンさんも嬉しそうだ。

 最近『刷り込みの白』や『前向きギャンブラー』みたいな頭おかしいパワーカードを手に入れること多かったから、こういうシンプルで実用的なカードはホッとする。


「あ、そうだ。預かったカードは山の集落に届けといたからね。あそこの盆地のところ、4分の1くらいは来年畑にできそうだって。ニワトリも増やすって」


「おおそうか。ユーさん、ありがとうな。うちも頑張らねえと」


 うんうん、善きかな。


「ところでアルアさん、マルーさんってどんな人?」


「……何故そんなことを聞く?」


 表情は変わんないけど、声のトーンが低くなったぞ?


「外の転移石碑の根っこ生やして土からエーテル集めるやつ、あの原理が知りたいんですよ。マルーさんの技術だって聞いたから」


「生きづらい生き方をしてる人だよ」


 ふう、とため息を吐いてる。


「マルーにしかできないことをやらせるなら誠意を示せ、誠意とは金だっていう、ある意味わかりやすいと言えばわかりやすい性格だね」


 気のせいか?

 何だかあたしに似てる気がする。


「アルアさんはマルーさんをよく理解してるんですねえ」


「好きで理解したわけじゃないけどね」


「うちのじっちゃんが『一生知り合いになぞならない方が幸せ』って断言してたんですけど、どう思います?」


「じっちゃんとはデスさんかい? デスさんにしては不見識だね」


 ほう、アルアさんは『強欲魔女』肯定派なんだ?


「来世も再来世も知り合いにならない方が幸せだよ」


 さらに毛嫌いしてるでござる!

 なるほど、そーですか。


「まあ必要があるなら会うのも仕方ない。何も食べるものがない時、嫌々魔法の葉を口にしなきゃならないのと同じさね」


「そのレベルですかー」


 そう言われると興味がなくなるくらいヤバい。

 魔法の葉の不味さは只事ではないのだ。

 でも今のやり方だと、数日帰れないクエストに当たったりすると凄草枯れちゃいそうだしな?


「十分注意しな。1から10までの内、12くらいは金でできているよ。頭の中に金のことが詰まりすぎていて耳からこぼれ落ちてるようなやつだ」


「わかりました。肝に銘じます」


 すんごい言われようだ。

 アンセリにしてもデス爺にしてもアルアさんにしても、判断力の確かな面々の評価が一致してるのがなー。


 今のところペペさんだけか?

 マルーさんに対して特に悪感情持ってないのは。


「じゃ、あたし達行きます。さようなら」


「気をつけて行くんだよ」


 ちなみに今現在のパワーカード構成はこう。


 あたし……『シンプルガード』『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』『スコルピオ』『風林火山』

 クララ……『マジシャンシール』『エルフのマント』『逃げ足サンダル』『寒桜』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』『三光輪』

 アトム……『ナックル』『ルアー』『厄除け人形』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『スラッシュ』『シールド』

 ダンテ……『火の杖』『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』『三光輪』

 予備……『寒桜』×3『誰も寝てはならぬ』『アンチスライム』『サイドワインダー』『三光輪』×2『前向きギャンブラー』『オールレジスト』『ヒット&乱』『刷り込みの白』


 対ウィッカーマン戦では『前向きギャンブラー』と『刷り込みの白』を装備するけど、普段はこんな感じ。

 巨人はオーガみたいな低級なやつからサイクロプスのような高級種まで皆クリティカル頻発なので、好き嫌いせずに倒そうと思えばクリティカル無効の効果がある『シンプルガード』をアトムに装備させたい。

 次の有力な交換候補だ。


 そういえば今回交換レート表見なかった。

 初めてのレア素材である『巨人樫の幹』を売ったから、何か新しいカードが交換対象になってるはずだけど、今交換ポイントゼロだからなー。

 ま、今後の楽しみってことで。


          ◇


「やあいらっしゃい、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん。あたしはいつでもチャーミングだよ」


「ハハハ、そうだったね」


 ヴィルを先行させ、アルアさんのところの転移石碑からギルドへ来た。


「ん? 今日はやけに大荷物だね?」


「そうでもないんだけど、ワイバーンの卵が3つあるの。割らないように持ってるから」


「ほう?」


 ポロックさんが興味深げだ。


「うちじゃこれ、料理できる器具がないんだよね。食堂の大将に預けて、皆で食べてもらおうと思って」


「そりゃあいい!」


 ギルド内部へ足を進める。

 買い取り屋さんでアイテム換金後、食堂へ。

 あ、ダンが手招きしてる。

 マウ爺も一緒だ。


「こんにちはー」


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。


「何だそれ?」


「ワイバーンの卵だよ。大将に提供して、皆で食べてもらおうかと思ったの」


「高級食材じゃねーか。売らねえのか?」


「え? そんなつもりなかったからいいや」


「あんたそういうとこ適当だよな」


 適当大いに結構。

 食堂の大将に渡し、皆に安く振舞ってくれるように頼んだ。


「やー軽くなった。割れると嫌だから、持つのに神経使うんだよね」


「神経太いから問題ないだろ」


「ダンは神経の太さまで褒めてくれるのかー」


「褒めてねえぞ?」


「ハハハ、嬢はクエストは順調か?」


 笑いながらマウ爺が聞いてくる。

 宝飾品クエストのことだろう。

 他人に話しても面白いクエストを抱えているというのは幸せだなあ。


「今のところまずまずです。高級宝飾品の手持ちが40個越えましたから、もうちょっと稼いだら納めてもいいかなーって思ってます。次のクエストも欲しいですしね」


「そうかそうか」


 当たり障りのない話だが、本題は何だろう?


「実は嬢に報告がある」


「何でしょう?」


 マウ爺、冒険者引退しちゃうのか?

 それは寂しくなるなあ。

 マウ爺の堅実で隙のない戦闘スタイルは、新人冒険者の手本になり得るのに。


「驚くべきことだが……」


 ん、驚くべきこと?


「ダンが『アトラスの冒険者』になった」


 え?


「えええええええええっ!」


「へっへっへっ、ユーラシアを驚かせてやったぜ」


 どーゆーことだってばよ!

 おいこらダン、何でちょっと照れてるんだよ!


「『アトラスの冒険者』ってそんなに人材不足だったの?」


「ここに優秀でイケメンで高レベルの人材がいるだろうが」


「どんな汚い手を使った! 説明しろ! さっさと吐いて楽になれっ!」


「と、言われても家に『地図の石板』が届いた。触ったら地響きがしてチュートリアルルームへの転送魔法陣が設置された、それだけだ」


 んーまあそうか。

 それしか説明のしようがないわなあ。


「マウさん、こんなケースあるんですか?」


「冒険者を志してギルドに来ていた者が『アトラスの冒険者』に選ばれた、ということは過去にもあった。しかし上級冒険者級にまでレベルを上げた者が、『アトラスの冒険者』になるというのは初めて聞いたな」


「やっぱりダンは常識外れの子だったか」


「あんたは自分が常識外れなことを理解しろよ」


 マウ爺が手を上げて聞いてくる。


「いや、逆に嬢に聞きたかったのじゃ。何か心当たりがあるかと」


 ……なくもない。


「チュートリアルルームの係員に聞いたんですけど、今の『アトラスの冒険者』は全員固有能力持ちなんだそうです。その方が戦闘で有利だからとのことで。ダンが今更『アトラスの冒険者』になったなら、固有能力が発現したからとしか考えられないです」


 マウ爺が頷く。


「そういうことじゃろうの。ダンは以前より『アトラスの冒険者』になりたかったのじゃろ? めでたいではないか」


 ダンが胸を反らす。

 ダンって『アトラスの冒険者』になりたかったのか。

 ギルドが楽しいだけかと思ってた。


「まあどんな過程があって俺が『アトラスの冒険者』になったのかはさておき、ユーラシア、あんたに手伝ってもらいたいことが2つある」

 

「何だろう? 謝礼次第で相談に乗るよ」

 

「1つはチュートリアルルームまで付き合ってもらいてえってこと。バエちゃんって言ったか? あんた、チュートリアルルームの係員と仲がいいんだろ?」


「そりゃそうだけど、何の関係が? 最初は型通りの説明と手続きだけだぞ?」


「その係員があんまり美人だと緊張しちまうからな」


 目が点になる。


「……あたしとふつーに喋ってるあんたがバエちゃん前にしたってどうってことないだろうけど、万一緊張して喋れなくなるダンなんて面白いネタを見逃したら、末代まで後悔しそうだからついてく」


「あんたならそう言うと思ったよ」


 マウ爺が含み笑いしてるじゃないか。

 あ、よっぽど良さげな感情なのかな。

 マウ爺に頭撫でてもらってるヴィルも嬉しそう。


「で、2つ目は?」


「1つ目が済んでからだな。盛大に奢るぜ」


「盛大に奢るぬ!」


 盛大に奢られるモードだ。


「よおし、その言葉忘れんなよ! チュートリアルルーム行こう!」


「ちょっと待てよ。卵食べてからにしようぜ」


「それもそうか。大将、ワイバーンのフワフワ卵焼き6つ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 帰宅後、うちの子達は置いて、チュートリアルルームに1人で飛んできた。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「バエちゃん、とてもおかしなことになったよ」


「おかしなこと?」


 首を少し傾けるバエちゃん。


「新人の『アトラスの冒険者』なんだけどさ……」


 シュパパパッ。

 あ、もう来た。


「ようこそ、ダナリウス・オーランさん。あなたに『アトラスの冒険者』についての説明をいたしましょう」


「へー、ダンってそういうフルネームなんだ?」


 バエちゃんが驚く。


「あっ、知り合いだった?」


「知り合いも知り合い、おかしなやつだってことまで知ってるよ」


「おかしなやつに言われたぞ? ここもおかしなところだな」


 周りを眺めながら言うダン。

 訝しげなバエちゃんに説明する。


「ダンは既にそれなりの冒険者で、ドリフターズギルドに出入りしてるんだ。『アトラスの冒険者』のことはほぼ理解してるよ。チュートリアルルームに来るのは初めてだと思うから、そこは教えてあげて」


「あ、そういうことなんだ」


「あんたがバエちゃんか。ユーラシアの言うように美人だな」


「そ、そお?」


 こらクネクネすんな。


「じゃあ大雑把に『アトラスの冒険者』の説明をしますね。簡単に言うと冒険者を職業として成り立たせるため、報酬と経験値を得られるクエストを配給するシステムです。『アトラスの冒険者』が『地図の石板』を得ると、そのホームに転送魔法陣が設置されます」


「ああ、その辺はわかってる」


「転送先のクエストを解決してください。報酬とかなりの経験値を得ることができ、さらに次の『地図の石板』が発給されます。『地図の石板』は、そのクエストを完遂可能であるレベルに達している場合にのみ、分配されます」


「ここへの転送魔法陣があるってことは、クエストもあるんだな? 何かやらせようってことか」


 おお、やるじゃないか。

 理解が早いな。


「ではチュートリアル完了条件を先に満たしておきましょうか。出でよ、邪悪なる存在、テストモンスターよ!」


 剣と盾を持った戦士のような外見の、ぼんやりした影が現れる。

 前もそうだったけど、バエちゃんノリノリだ。

 密かな楽しみなのかな?

 

「レベル1でも楽勝で勝てる、弱い練習用魔物だよ。とっとと片付けて」


 一振りで仕留めるダン。

 そりゃそうだな。


「強い強い、素晴らしいです!」


「バエちゃん、本来は先に武器支給するんじゃなかったの?」


「あっ、そうだった!」


 相変わらずだなー。

 給料下げられちゃうぞ?


「ダンは初級者じゃないからそういうの要らないんだ。自分の武器も結構なやつ持ってるし。それよりステータス見るパネルで確認してくれる?」


「わかったわ」


 青っぽいパネルが起動される。

 ダンが触れると文字がたくさん浮かんできた。


「固有能力は『タフ』、クリティカル無効でガード時の防御力が格段に高い、前衛盾役向きの能力です。レベルが49。え、49?」


「あたしの弟子だから」


「弟子じゃねえよ」


「……え、どういうこと?」


 こっちが聞きたいんだよ。

 マウ爺もこんなケース初めてだって言ってたぞ?


「だからおかしなことになってるでしょ? こういう高レベル者が新たに『アトラスの冒険者』になることってあるの?」


「わかんない。聞いたことないけど」


 バエちゃんも困惑している。


「ダンは多分、固有能力発現したの最近なんだよ。それで『アトラスの冒険者』に選ばれたんじゃないかなと思うんだけど?」


「それも理由の1つだと思うけど、『アトラスの冒険者』ってしっかりとした目的を持って行動してる人は選定対象にならないのよ。というか、そういう人は冒険者なんてやってくれないから」


「なるほど、理にかなってるね」


 以前スライム爺さんが、『石板は現状に退屈している若者のところへ届く』と言っていた。

 選ぶ側と選ばれる側の見解の違いはあるが、『アトラスの冒険者』の人材選定の仕組みの一端が垣間見えた気がする。


「特に目的もなくレベル49ってどういうこと?」


「あ、ごめん。それはあたしの都合でレベル高くなってて欲しかったから上げた」


「ユーちゃんの都合……ラブい理由で?」


「ラブくない理由で。こっち戦争になるんだよ。だから戦力が欲しいんだ」


 バエちゃんの目が大きく開かれる。


「そうなの……」


「おいおい、戦争になるってことは伏せといた方がいいんじゃないのか?」


「バエちゃんはあたしらの世界の人じゃないんだよ。だからこっちの世界の帝国とドーラの争いに関しては中立」


 今度はダンの目が好奇心に満ちて大きく開かれる。


「ほう? となると、『アトラスの冒険者』自体が、もともとこっちの世界のものじゃないってことか?」


「そうだけど内緒だぞ? せっかくうまく回ってる『アトラスの冒険者』のシステムに疑問持つ人が出始めると、世の中混乱するから。あたしだって『アトラスの冒険者』がなくなって肉狩れなくなったら大迷惑だ」


「ハハッ、了解だ」


 肉は偉大だ。

 説明するのでも肉持ちだすと一発で片が付く。


「こっちで戦争があるってことが広まると、社会が浮き足立って相手に付け入る隙を与えちゃいそうなんだ。だからバエちゃんも戦争のことは、ここへ来る冒険者達に言わないでね。あ、ソル君パーティーはもう知ってるけど」


「うん、わかった」


 あとやっとくべきことは、と。


「ダンは転移の玉の使い方は知ってるんだよね?」


「もちろんだ」


「ギルドカードは持ってる?」


「まだだ」


「2つ3つクエストをこなすとギルド行きの転送魔法陣が出るはず。あたしはその時にポロックさんからもらったんだ。ダンも多分一緒だと思う。あれがないと共闘もしにくいから、早めに初期のクエスト終えてギルカもらっといて」


「おう、それは重要だな」


「もし1人じゃ面倒なクエストだったら誰かに声かけなよ。あんたはすぐギルドに来られるんだから」


「了解だ」


 あれ、そういえばダンの家ってギルドから近いんだよな?

 レイノスか?


「バエちゃん、ダンは既に結構いい装備は持ってるから、支給される武器は要らないんだよ。その代わりにスキルもらえない?」


「あ、3000ゴールドまでならスキルスクロールでも構わないわよ」


 あたしも最初にもらったパワーカード2枚は、合計で3000ゴールド相当だったな。

 そういうルールなのか。

 ダンがしてやったりな顔してる? 

 あっ、さてはこういう裏技的交渉をあたしにやらせようとしてたんだな?


「たっぷり奢って」


「たっぷり奢るぜ」


 ダンがスキルスクロールの価格表に目を通す。


「3000ゴールドまでか。火・氷・雷・風・土の基本攻撃魔法がそれぞれ1000ゴールド、『MPパンプアップ』『経穴砕き』が1500ゴールド、『セルフプロデュース』が2000ゴールド、『薙ぎ払い』『五月雨連撃』が3000ゴールドか……」


 ダンはスキルには結構拘りがあるようだった。

 さあ、何を選ぶだろうか?


「ユーラシアなら何を選ぶ?」


「何をしたいかによるけど、『経穴砕き』『薙ぎ払い』『五月雨連撃』のどれかだねえ。他は要らないと思う」


「『セルフプロデュース』は使えないか?」


 『セルフプロデュース』は使用者の攻撃力と魔法力を一時的に高める魔法だ。

 決して使えないスキルじゃないが。


「これが威力を発揮するのは、パーティーのメイン火力になる人だよ。あんたに求められるのは能力的に盾役だから」


「そうか、じゃあ『経穴砕き』は人形系用に別に買うとして、『薙ぎ払い』と『五月雨連撃』のどちらかだな。どっちがいい? 違いがよくわからねえ」


 これは難しい。


「『薙ぎ払い』はノーコスト、『五月雨連撃』は少しマジックポイントを必要とするけど、ちょっとしたマジックポイント自動回復アイテム装備するだけで十分お釣りがくるから、そこは大した問題じゃないんだ。『薙ぎ払い』には武器の属性が乗るけどクリティカルが出ない、『五月雨連撃』は属性が【刺突】に固定されるけどクリティカルあり。もともとのダメージ効率も『薙ぎ払い』より上」


「それだけ聞くと『五月雨連撃』の方が良さそうだが、何か裏があるんだな?」


 こっくり。


「あたしは『薙ぎ払い』使ってるんだ。何故ならヘプタシステマが武器属性変えるの比較的易しくて、人形系に効く攻撃にできるからだよ。普通の魔物相手ならダンは『五月雨連撃』の方がいい」


 普通の魔物じゃない場合が問題なのだ。


「ははあ、要するに対策される可能性か」


 その通り。

 さすがに冒険者経験のあるダンはわかってる。

 『五月雨連撃』はポピュラーなスキルだけに、仮想敵である帝国軍ゲリラ部隊は刺突耐性を持つ可能性が高いのではないか?


「『五月雨連撃』をくれ。今必要なのはそっちだ。それから『経穴砕き』が1500ゴールドな。これは別に買う」


「おお、男前だね」


「やっと理解したか?」


 ダンがニヤッと笑う。


「帝国兵に『五月雨連撃』が効かねえかも知れねえってことは覚えとくぜ」


 うむ、いいだろう。


「さて、帰ろうかな」


「ちょっと待ってくれ」


「あ、2つ目の頼み?」


「まあそれもそうだが、係員さんの名前教えてくれ。バエちゃんとしか聞いてねえ」


「「あ」」


 イシンバエワです。


「ダナリウス・オーランさん。今日のチュートリアルは終了です。こちら転移の玉、お持ちください。あなたの冒険者人生に栄光がありますよう」


「長ったらしくていけねえ。ダンと呼んでくれ」


「わかりました。ダンさん、ガンバ!」


 いい感じだね。


「ダンのクエストって難易度低いやつが来るのかなあ?」


「それはギルドの管轄なんでわからないけど、ギルドに行けるようになるまでは高レベル仕様ってことはないと思う」


 そりゃそうだよなあ。

 高レベルだからって、仲間もいない情報も得られない内から魔境だったら困るわ。


「なるべく明日中にギルカ取っとくことにするぜ。明後日大丈夫か?」


「うん、明後日はオーケー。午前中にギルド行けばいい?」


「おう、それで頼むわ。昼夜とたっぷり奢るぜ」


「やったあ! バエちゃん、また来るね」


「うん、またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「よーし、いい天気だ!」


 今日はラルフ君パパがカラーズを訪れ、黄・黒・赤・青の各族長クラスと会談する日だ。

 オブザーバーとして灰の民の族長サイナスさん、仲介者としてあたしも参加する。

 ちなみにクララ、アトム、ダンテの3人もついて来ている。


「根付いてますね」


「そう? 楽しみだねえ」


 灰の村への途中、クレソンを挿してあった湧き水のところだ。

 こっちでも繁殖してくれると食卓が豊かになる。


「こんにちはー」


 灰の民の集落に到着、サイナスさんはもう準備を整えている。


「クララ達も連れて来たのかい」


「精霊使いだからね」


 レイノス郊外の商人、ラルフ君パパことヨハン・フィルフョーさんが今日の交渉相手だ。

 当然護衛その他の人員は連れてくるだろうし、あたしが外見負けすると思わぬ不覚を取る可能性もある。

 カラーズの将来がかかる場でそんな危険は冒せない。


「ユーラシアはそういうところ、考えるよなあ」


「サイナスさんが構わな過ぎなんだよお」


 飄々としたヘタレがサイナスさんのキャラだ。

 変に格好に気を使ったところなんて見たくはないが。


「さて行くか」


 カラーズ緩衝地帯から黄の民の村、さらに族長宅へ。


「おお来たか、精霊使いユーラシアよ」


 黄の民族長代理フェイさんの声だ。

 皆の視線が集まるが、サイナスさんも来てるんだよ。


「商人さんは?」


「先触れがあった。もう2、30分で到着だろう」


「設定詰めとくよ。皆集まって」


          ◇


「レイノス商人ヨハン・フィルフョー様のお着きです」


「お通りいただけ」


 ラルフ君パパと2人の随員が通されてくる。

 さすがにラルフ君パパは表情に出さないが、随員2人は屋敷の天井の高さに驚いているようだ。

 これなら田舎と侮られまい。


「商人ヨハン・フィルフョーめにございます……」


 型通りの挨拶と自己紹介が終わった後、黒の民の族長クロードさんが切り込む。


「で、商人殿は我らをどう儲けさせてくれるつもりなのかな?」


「商品次第でいかようにでも」


「ふ、つまらん答えだ」


「個々の商談は後にしてくれ、クロード族長」


 場に緊張が走る。

 ラルフ君からの報告がなされているなら、これで黒は金にうるさいというキャラ付けができたはず。

 いい芝居だよと心中褒めようとしたら身体揺れてやがる。

 動揺を態度に表すんじゃないよ。

 まあ初見じゃ見破れまいが。


「すまんなヨハン殿。カラーズと一括りにされても一枚岩ではない。金に汚い者、様子見の者、貴公の人間を見定めに来た者、精霊使いの顔を立てるために仕方なく参加している者、いろいろだ」


 謝っているようで極めて淡々と話すフェイさん。

 まともな者がいないではないかという、商人さんサイドの悲鳴が聞こえてくるようだ。


「まあまあ、そう言っちゃうと先がないですから、個別の商談に入ってはどうですか?」


「建設的であるな」


 顔合わせはお開きとなり、各部族との話し合いになる。

 まずは黒から。


「部族ごとの牽制もありますからああいう物言いになりましたけど、実際にはどこも多かれ少なかれレイノスとの商売を望んでいますから、気にしないでくださいね」


「は、はい」


 落胆しかけているラルフ君パパを勇気付けておく。

 実際にはどこも前のめりなんだよ。

 思いっきりブレーキかけてるだけだから。


 まずは黒から。

 メンバーはクロードさん、サフラン、ピンクマン。


「ここは全員、帝国と戦争になることを知っている面々です。そのつもりで」


 全員が頷く。


「黒の民は主力商品として調味料、特に酢を売りたい。……戦時には保存食需要が高まることが予想されますので、味に慣れさせる意味合いを含めて積極的に広めたいんですよ」


「貿易が滞っているせいで、帝国から酢が入らなくなっています。代替品需要はありますが、品質はどうです?」


 サフランが酢と野菜の酢漬けを出す。


「安定してこのクオリティが出せるなら十分ですな。あとは価格の問題ですが」


 ピンクマンが探ってきた輸入酢の価格よりもかなり安い価格を提示、ラルフ君パパを驚かせる。


「ほう、これでいけますか? 正直もう少し高くても……」


 いや、まあ十分儲けの出る価格なんだけど。


「クロード族長は酢を広めることを優先しておいでです。独占ですし、広まりさえすれば量産効果もあり、自然と儲けは大きくなると。販売価格は注意してくださいね」


「は、はい」


 独占の販路を握ればあんたのところの儲けも大きくなる。

 下手打ったら任せるの止めるぞと、キメ顔を見せて脅しとく。


「酢の応用の1つです。お試しください」


 まよねえずと生野菜、蒸し肉を出す。


「これは美味い! 驚くほど滑らかですな」


「まよねえず、という異国の調味料です。酢を買ってくれた個人あるいは食堂には、まよねえずと酢漬けの製法レシピをつけます」


 まよねえずの製造販売は、保存の問題や大量の白身が余ることから諦めた。

 ならばこれの製法を酢の販促に利用する。


「これは間違いなく売れます! ついては業務用の大きいサイズが欲しいということと、生産を拡大して欲しいということを……」


 しめしめ、思い通りだ。

 ついでに醤油も押し付けておく。


          ◇


 次に赤。

 メンバーは族長カグツチさんの他に、ガラスと陶器の職人達。

 カグツチさんにはとにかく喋るなと指示してある。


「先ほどの黒の民の酢等の調味料の容器は、こちらで製作しております」


「なるほど」


 目の前に並べられた皿やコップ等を丹念に見るラルフ君パパ。


「同じものを作った時に、どれほど形を揃えられますか? また、まとめ買いだと安くできますでしょうか?」


 来た、想定内の質問。

 カグツチさんと頷き合う。

 職人に答えさせ、これ以上は安くならない下限もハッキリ伝える。


「よくわかりました。とりあえずこれとこれとこれ、30個ずつお願いしましょうか」


 オーケー。

 赤は酢が売れれば自然に儲かるのだが、それ以上に注文が入れば万々歳だ。


「それからこういうものはいくらで作れるでしょうか?」


 ん? 何だろ?

 ラルフ君パパが取り出したのは取っ手付きのコップ?


「帝国で流行っているのです。すぐ取っ手が壊れてしまう粗悪品ではなく、良質なものをドーラでも欲しいのですが」


 職人の戸惑いが見える。

 作れるは作れるが、強度がどの程度かわからないのだろう。

 となれば……。


「試作品を作らせましょうか。それで判断していただければ」


「そうですな。よろしくお願いいたします」


 良し良し、赤も御の字だ。


          ◇


 次は青。

 メンバーは族長セレシアさんと、可愛らしい服を身にまとった女性達。

 青のショップで売り子してた子達だな。


 予想通り小規模な取り引き、セレシアさんも悲しそうだ。

 仕方ないなあ。


「セレシア族長は新しいファッションを打ち出そうとしています。当たればヨハンさんから糸や布地を購入することになるかと思いますが、レイノスでその手の店を開くのに適した場所に心当たりはないでしょうか?」


 セレシアさんの顔がパッと明るくなる。

 聞いてみただけだぞ?


「ございます!」


 お、おおう?

 そんな勢い込んで来られるとは予想外だぞ?


「レイノス中町と外町の間、両方からの客を期待できる位置に大きな空き店があるのです。現在は引退していますが、一代で財を成した立志伝中の商人の持ち物でして」


「それを安く借りられる手段があるということですか?」


「最近その方が言い出したのです。精霊様を連れて来い、さすればただで貸してやると」


 ぶふお? 何じゃとて?


「どうされましたか?」


「それ、あたしなんです。というかこの子クララが精霊様」


 どうやらラルフ君パパはある程度予想してたようだ。

 状況がわかっていないセレシアさん達もいるので、簡単に説明する。


「1ヶ月半くらい前、クララとレイノスに買い物に行った時、亜人だって絡まれたんですよ。だから精霊様に無礼を働くとは何事だ、と脅しつけて」


「やはりそうですか。まあ、そんな気はしてましたが」


 ラルフ君パパしたり顔だ。

 初めて風上取られたようで気分が悪いな。


「で、どういたしましょうか?」


 セレシアさんが縋るような目で見てくるし。

 まあセレシアさんとラルフ君パパの両方に恩売っとくか。


「会いましょう。ただ、あたし達がレイノスに入ると騒ぎになっちゃいそうなので、ヨハンさんのお宅で会うというのはどうですか?」


「やあ、イシュトバーン殿を拙宅に招く口実ができようとは。ユーラシアさん、感謝しますぞ!」


 皆が喜んでるからいいや。

 イシュトバーンさんの名前は覚えておこう。

 今後重要になると見た。


          ◇


 最後に黄。

 メンバーは族長フェイさん以下、大男達が並ぶ。

 女の人を入れないのは何かの作戦かな?

 圧迫感あるなあ。


「残念ながら、黄の民から購入したいと思えるものはないようで……」


 ヨハンさんが恐縮するが、そのくらいは想定内だ。

 フェイさんと視線を交わす。


「ヨハン殿、この男達を見てくれ。輸送の役には立たぬかな?」


「え?」


「フェイ族長代理は、カラーズ~レイノス間の輸送隊を組織することをお考えです。盗賊や魔物を自力で追い払うだけの戦闘力を備えることを目標としています。今後、治安が悪くなることもあり得るでしょうし、この輸送隊はヨハンさんの役には立ちませんか?」


 治安の悪化とはもちろん戦争があることを前提にしている。


「……輸送自体の信頼性、戦闘の実力、価格によりますが、十分検討に値しますな」


「ふむ、それは重畳」


 輸送隊計画は進めていいだろう。

 隊員を選抜しないとな。


「ところでヨハンさん、この屋敷どう思います?」


「いや、正直驚きました。これほどの建築物がカラーズにあるとは」


 ド田舎のクセに、って言っていいんだよ。


「これだけの建築技術を持つのは、カラーズでも黄の民だけです。これほどの調度品を作ることができるのも。……レイノスで彼らの力が必要になった時、遠慮なく声をかけてください」


 ラルフ君パパもここで初めて戦争によってレイノスが破壊され、大工に需要がある可能性について思い当たったようだ。


「そうですな。そのような時にはぜひ。いや、やはり家具をいくつか見せていただけますかな」


 うむ、問題なし。

 黄の民の家具は見てもらえばその重厚さはわかるよ。

 結局いくつか引き取ってもらえることになった。

 やったね!


「黄の民は来年以降、掃討戦で得た広大な土地を利用して、米と塩と生産する計画があります」


「米? というと帝国から輸入している高級食材の?」


「クー川の豊富な水があれば、大規模栽培が可能なのだ」


 ヨハンさんが何度も頷いている。


「確かに! レイノス東の自由開拓民集落でも、少量は作られているんですよ。大量生産できるとなれば非常に楽しみですな。食生活の大きな変革を期待できます」


「本当にそうですねえ」


 来年にはかれえらいすの試作品を作れるだろうしな。

 あれが完成し、大量に供給することができれば絶対にブームになる。

 そうでなくても、上手に炊けた米は美味い。

 バエちゃんから新レシピを教わってもいい。

 したがって米は売れるのだ。


 ヨハンさんが人懐っこい笑顔を見せる。


「ユーラシアさん、今日は有意義な1日でしたよ」


          ◇


 ラルフ君パパ一行は意気揚々と帰って行った。

 引退商人イシュトバーンさんとの面会の日は、追って連絡をくれるそうだ。


「ふむ、無事終わったな」


「やっぱりフェイさんとこに任せてよかったよ」


「輸送隊の人員は早めに選定しておいた方がいいか?」


「そうだね。どうせ輸送隊は固定じゃなくて兼業になるだろうから、多めでいいんじゃないかなと思う」


 トップとサブは固定が理想だが、それ以外は流動的な方が経験を積ませることができていいくらいだ。


「輸送隊の長にはズシェンを据えたいのだ」


「いいと思う。でもそうすると補佐の人が重要だね」


 眼帯の大男ズシェンはとにかく目立つので、輸送隊のアイコンとしての機能は十分に果たせる。

 戦闘力としても重要だ。

 ただ頭弱そーだからな?


「ユーラシアはやはり固有能力持ちを育てた方がいいという考えか?」


「他の条件が一緒ならね。でも眼帯君が隊長なら、彼を操縦できて交渉事を任せられる人が優先」


「まさにそうだな」


 とゆーか、輸送隊の実務を取り仕切れる人が1人いないと話にならない。

 フェイさんも頷く。


「副隊長候補の心当たりある?」


「そうだな、見てもらおうか。インウェン!」


「あ、女の人なんだ?」


 さっきの会談では大男ばっかりいたから意外だな。

 頭にお団子2つこさえた、スラッとした女性だ。

 落ち着いた印象を与える薄灰色の瞳とややきつめの目つきが印象深い。

 今まであんまり黄の民の女性は頭に残ってなかったけど、こういう人いたんだな。

 しかも……。


「彼女、何かの固有能力持ちだよ」


「それはツイてるな。インウェンよ、お主を輸送隊の副隊長に考えている。カラーズ~レイノス間の流通を担う、重要な役割と心得よ」


「はい、謹んで拝命いたします」


 おお、嬉しそうだ。

 しかしこの子は……?


「ごめんフェイさん。ちょっと彼女と2人だけで話させてくれる?」


「ん? うむ」


 インウェンさんを部屋の隅に引っ張っていく。


「で、フェイさんのどの辺にラブなの?」


「なっ……!」


 おお、色白いから赤くなるのが目立つな。


「フェイさんに聞いてない? 精霊使いに隠し事はムダだって」


 ハッハッハッ、ちょっとフカシたった。

 ソワソワするなよ、あたしが虐めてるみたいじゃないか。

 玩具にしてるだけだぞ?


「で、どの辺が?」


「や、やはり男らしいところが」


「うん、あたしの見る限り、フェイさんはカラーズで最もできる男だよ」


「そ、そうですよね」


 おーおー嬉しそうに。


「話どこまで聞いてるかわからないけど、カラーズ~レイノス間の交易輸送隊を組織するに当たって、眼帯君を隊長に、あんたを副隊長にってことなんだ。眼帯君を隊長にしとけば舐められにくい、盗賊に襲われにくいってメリットはあるけど、ぶっちゃけ交渉事ができるタイプじゃないから、副隊長の働きはすごく重要」


「そんな重要な役を私に?」


「フェイさんは最初から決めてたみたいだぞ? かなり期待されてるのは間違いない」


「で、でもフェイ様の話題に出る女性と言えばユーラシアさんばかりで」


 フェイさん罪な男だよ。

 そしてあたしも罪な女。


「美少女精霊使いが話題になるのは当然だろ。でもあたしは皆のアイドルだから、フェイさん1人のものにはならない。わかるね?」


 外連味なくゴリ押せ。


「は、はい」


「カラーズ全体のためになる上、フェイさんの覚えがよくなるチャンスだよ。頑張って」


「頑張ります! でもどうしてフェイ様はズシェンなんかを隊長に……」


 うむ、その気持ちはわからんでもない。


「もし眼帯君が黄の民の族長なら、フェイさんを輸送隊隊長に選んだりしなかったろうさ。まあフェイさんは役者が違うから」


 『役者が違う』の意味するところを反芻しているようだ。


「最終的には黄の民だけじゃなく、他色の民からも輸送隊の人員は選抜される。眼帯君のコントロールと全体のまとめ役があんたの仕事だよ」


「はい、わかりました」


 フェイさんのところに戻る。


「何の話だったのだ?」


「女同士の気合いの入る話だよ」


「そうか。インウェンよ、期待しておるぞ」


「はい!」


 ラブい話は先々の面白騒動のタネなのだ。

 楽しみが増えたなー。


          ◇


 帰る前に、もう一度青の民の族長セレシアさんのところへ行く。


「頼んであった頭飾りできてるかな?」


「ええ、もちろん。これよ」


 バエちゃん用が花冠のような飾りで、マーシャ用が頭巾みたいな帽子だ。

 イメージピッタリだなあ。

 はにかむバエちゃんと可愛いマーシャが思い浮かぶよ。


「ありがとう。さすがだね。セレシアさんに頼んで良かったよ」


「ユーラシアさんにそう言ってもらえると嬉しいわ」


 うんうん、これはいい。

 今度持って行くのが楽しみだよ。


「いくらかな?」


「え、いいのよ。世話になってるし」


「それはダメだ。商売人はきちっとおゼゼをいただくことを考えて」


 勘定がいい加減な商人は三流だぞ?

 あたしもアバウトだろうって?

 あたしは商人じゃないから(断言)。


「そ、そう? じゃあ800ゴールドです」


 800ゴールドを支払い、もう1つ注文を出す。


「塔の村の精霊使いエルいるでしょ? それに……」


 あたしの弟分アレクがラブい気持ちを持っていることを伝える。


「初々しいですわね!」


「で、アレクからエルに何かプレゼントさせたいんだけど、何がいいかな?」


「あら、それは恋のキューピッド的な?」


「いや、単なる話のネタ的な」


「そ、そうなの」


 セレシアさん、ちょっとガッカリしたっぽい?

 こういう話好きなんだろうか。


「でもエルさんのファッションか、うーん」


「エルは帽子被ってるしゴーグルつけてるから、上をどうにかしようと思うとうるさい感じになる気がするんだよね。どう思う?」


「そうね。でも靴は守備範囲外だし、ハンカチじゃつまんない……やっぱりアレかな」


 何か荷物開けだしたけど?


「これどうでしょう?」


「太い……タスキ?」


「タスキみたいなものね。肩から掛けて反対側の腰で留めるの。で、タスキ部分がちょっとした小物が入るようになってるわ」


 ははあ、ナップザックよりガチじゃないし、手提げ袋よりスポーティだな。


「なるほど。これはファッショナブルでいいねえ」


「でしょう! 自慢の新作なの。商人さんには見せられなかったけど」


 何だよ、落ち込み方が急転直下過ぎだろ。


「こういうものは店先に並べたってダメだよ。実際に身につけてるとこ見せないと。レイノスの一等地に店出せそうな雰囲気になってきたんだから、それからでいい」


 希望の目で見てくるなよ。

 あんたそういうわかりやすいとこ商売人じゃないな。


「本当に、本当に期待してるわよ」


「そんなとこ念押されてもなー。精一杯やってくるけど、どーも話聞く限りそのイシュトバーンって人、一筋縄でいかない爺さんっぽいから、拗れてダメだったらごめん」


「で、でもあなた、そういうの得意でしょ?」


「得意だけれども、いつもうまくいくとは限らないよ。ましてこの案件は向こうの一存で決まっちゃうことだし」


 会ってみないと何とも言えないんだよな。

 こっちに主導権があるなら好きなように振り回せるんだけど。


「とにかくこのタスキももらってくよ。いくら?」


「200ゴールドです」


 これでブツは揃ったし。


「じゃあね、セレシアさん」


「ではまた。本当に期待してるのよ」


 またまた念押しされちゃったよ。


          ◇


「おーい、ユーラシア!」


「あ、サイナスさん」


 サイナスさんの用も済んだようだ。

 合流して灰の民の村へ帰る。


「赤の民の取っ手付きコップの試作品、2日後にはできあがってオレのところに持ってきてくれることになった」


「ヨハンさんとこに届ければいいんだよね。じゃあ3日後に取りに行くよ」


 試作品いくつあるんだろうな?

 運びやすくしてくれないと困るぞ?


「3日後だな? オレは家にいなきゃショップの方にいるから。……それは何だい?」


「これはねえ、アレクがエルに渡すプレゼント」


「ははあ、余計なことだな?」


「余計なことだよ」


 サイナスさんが苦笑する。


「一昨日、海の女王のところで焼き肉会食だったんだよ。あたしのパーティーとエルのパーティーとじっちゃんとで。そしたらどういうわけかアレクもついて来ててさ。エルが来るからだって」


「えっ? 待ってくれ。理解が追いつかないんだが?」


 エルが海の王国へ侵攻した事件とその決着について説明する。


「で、塔の村の食堂では魚が食べられるようになったんだ」


「えーと、論点はそこじゃないだろう?」


「ああ、そうだ。アレクとエルのことだった。どうでもいい話はつい忘れちゃう」


「どうでもいいのか」


 どうでもいいは言い過ぎたけど、魚フライより優先順位は下だな。


「で、アレクがエルにラブいみたいなんだよね。アレクからエルにプレゼント贈らせたらどうなるかと思って」


「基本的に君はそういうお節介が好きだよな」


「命を張って戦う冒険者の心のささくれを癒すためには、感性を刺激するイベントが必要なのだ」


「即席で作ったセリフにしては上出来だね」


「見破られたかー。そんなところで族長の実力を発揮しなくてもいいのに」


 アハハと笑い合う。


「アレクは村の図書室にいるよね?」


「ああ、多分」


「行ってくる! サイナスさんさよなら」


          ◇


「おーい、アレク!」


 図書室の中、熱心に本に齧りつく栗毛のキノコ頭がこちらを振り向く。


「アレクは本が好きだよねえ。あたしには枕以外の用途が思いつかないよ」


「固い枕は首を痛めるかもしれないよ?」


「固い枕VSあたしの首か。勝負が地味過ぎるなあ。いかにあたしの美少女フェイスに花があっても、盛り上がりに欠けるんじゃないかな?」


「クララはどうしてユー姉について行ったの? 早めに見切った方がよくない?」


 クララが曖昧に笑う。

 クララも本が大好きな子なのだ。


「何読んでるの? 『精霊使いユーラシアのサーガ』?」


「そんな本が出るのはもう少し先だろう?」


「それもそうか。アレクが書いてくれないかなー、ちらっ」


「モデルがもう少しおしとやかだったら、その気になったかもしれない」


 アトムとダンテが何か言ってる。


「このボンとの掛け合いとダンとの掛け合い、どっちが面白れえと思う?」


「コーオツつけがたいね」


 キレでアレク、オチの安定感でダンかな。


「で、ユー姉は何しに来たのさ?」


「アレク君に貢物を献上しに来たんだよ。じゃーん」


 先ほどセレシアさんから購入した太タスキ小物入れを取り出す。


「……これは?」


「こうやって使うの」


 肩から反対側の腰に回し掛けする。


「あ、ファッション小物なんだ」


「エルにあげなよ」


 はい、アレクの赤い顔いただきました!

 やったぜ、想定外の攻撃はハートにクリティカルヒットのようです。


「……エルさんに似合うかな?」


「青のセレシア族長の見立てだぞ? あの人エル知ってるし」


 黙ってタスキを見つめるアレク。


「……ありがとう。初めてユー姉がお姉さんみたいに思えるよ」


「うんうん、今までは恋人みたいに思ってたもんね」


「過去の捏造は犯罪にならないのかなあ」


 アトムが呟く。


「この2人の会話はヤベえ。言葉を差し挟む余地がねえ」


「「そんなことないよ。ツッコんでおいで」」


「そんなセリフが被るのがヤベえ!」


 全員の笑い声が重なる。


「で、あんな女のどこがいいの?」


「顔」


「あたしのことは遊びだったの?」


「そのフレーズ海底でも使ったじゃないか」


「そーだったっけ?」


「ギャグにもならない、しつこいだけのリフレインなんてユー姉らしくもない」


「そうまで言われちゃ、美少女精霊使いの名が廃るじゃないか」


 ワンスモアプリーズ!


「で、エルのどこが気に入ったの?」


「顔」


「エルの顔は確かに可愛いけど、『可愛い』という言葉にはものすごく敏感だから注意が必要だぞ?」


「それはこの前、海底でのやり取りで理解したけど……」


 アレクは自信なさげだ。


「他にも地雷ワードが結構あるんだよ。『サイズ』とか『おっぱい』とか」


「さすがに『おっぱい』は言わないよ」


「そう思うだろう? でもあたし冒険者になってからしょっちゅう使うようになったよ」


「それは何か特殊要因が関与してない?」


 首筋にホクロのある、髪をアップにした眼鏡のクール系美人お姉さんが関与してるけど。


「とにかくタスキはありがとう。エルさんにプレゼントしてみるよ」


「健闘を祈る」


 上手くいってもいかなくても楽しめるなあ。


「ユー姉、どう転んでも楽しめるって思ってるでしょ?」


「心を読むな。反則だぞ」


 クララが聞く。


「あの、アレクさんはどうしてエルさんと知り合ったんですか?」


「20日くらい前、お爺様がエルさんを連れて来たんだ」


 エルの服のデザインをセレシアさんに見せたあの時か。

 アレクもいたのは気付かなかったな。

 あたしが帰った後だったかもしれない。


「それからずっと転移術について研究してる」


「そこからかい! じっちゃんに教われよ」


 まあエルに会うためには、強歩4日の塔の村まで行かなきゃいけないからね。

 歩いていくのは確かに厳しい。


「努力の方向性がファンタスティックね!」


 ダンテはそういうロマンチックなの好きだよなあ。


「じっちゃんは次いつ灰の村へ来るの?」


「正確なところはちょっとわからないな。でも塔の村にはここから運ぶ以外、野菜を手に入れる手段が今のところないから、大体数日おきには来るんだ」


 なるほど、それもそうだな。


「転移術ってアレクでも難しいんだ?」


「難しい。というか、生半可な知識で使うとどこに飛ばされるかわからないから、危なくてしょうがない」


「何それ、怖い」


「お爺様みたいに転移先が見える能力を持ってないと、正直使いこなすのはムリなんじゃないかな」


 アレクの魔道知識は、おそらくドーラで数人しかいないレベルだろう。

 そのアレクに危なくてしょうがないと言わしめる転移術ってどんだけだ。

 使いこなせるなら転移網を張り巡らせることができて便利極まりないが、今の状態だとじっちゃんの知識が失われれば修復することさえできない。

 ぜひアレクに継いでもらいたい技術なんだが。


「あたし達はそろそろ帰るよ。まあとにかくチャレンジしてみな。ナイチチが全てになるのか、ナイチチだけが全てじゃないよとあたしが慰めるのかはわからんけど」


「わかりにく過ぎる!」


 皆で笑った後、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「オニオンさん、こんにちはー」


 少し時間が余ったのでプレジャーランド魔境に来た。

 宝飾品クエストも進めておかないといけないからな。

 癒されるためだけに来たわけではない。


 ……そういえば、魔境ガイドの仕事って忙しくなさそうだが?


「オニオンさんは暇な時何やってるの?」


「本を持ち込んで読んでいますね」


「『精霊使いユーラシアのサーガ』?」


「出版されたら必ず読みますよ」


 笑いが起きる。


「カラーズとレイノスの間で交易始めようとしててね、間に商人さん入れて顔合わせってのを今日やってたんだよ」


「やはりカラーズの物品をレイノスに持ち込む方がメインですか?」


「そうそう。おゼゼ持ってる方から持ってない方に融通しないといけないからね」


 もちろんレイノスのいいものをカラーズに導入したいという考えもあるのだが、基本的にレイノスに集まってるものって高価になっちゃってるからな。


「ユーラシアさんはいろんなことやってますねえ」


「うん、で、疲れちゃったから気分転換に来た」


「気分転換の魔境……そんなのはユーラシアさん達だけですよ」


「魔境レジャーがもっと流行るといいねえ。あたしがツアーガイドやってもいい」


 魔境いいところだと思うけどなあ。

 まだまだ未発見のものありそうだし。

 少なくともあたしにとっては心の故郷だよ。


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


「姐御、今日はどうしやす?」


「あんまり時間ないから、直で真ん中行って宝飾品ゲットしたい。けど、背中が光ってるケルベロス見てみたい気持ちはあるね」


 『エナメル皮』のドロップがあるということのだが、未だお目にかかったことがないのだ。


「『エナメル皮』は焦らなくてもいいでしょう。今必要なのは高級宝飾品です」


「そーだね」


 クララの言うことは常に正論だ。

 優先順位に従い中央部を目指す。

 オーガを倒してワイバーン帯へ。


「ヒドラね」


「へー、珍しいね」


 ヒドラもワイバーンと同じ、いわゆる亜竜の一種だ。

 ただし出現率はぐんと低い。

 レア魔物と呼ばれているクレイジーパペットはしょっちゅう遭うのに、こいつはほとんど見たことがない。

 再生能力が非常に高いので、冒険者からは嫌われているらしいけど?

 まあ一撃で致命的ダメージを与えてしまえば関係ないのだが。


「雑魚は往ねっ!」


「ユー様、ヒドラの牙は回収していきましょう」


「あ、素材なんだ?」


「いえ、お薬として珍重されるそうです」


 へー、さすがクララ。

 よく知ってるな。

 牙は左右で2本採取できた。

 高値で売れるといいな。


 あたし達はしょっちゅう魔境に来ているが、それでもまだ倒してない種類の魔物が結構いる。

 中央部の最強クラスの魔物群は、戦うとこっちの消耗も激しいと思われるので、宝飾品クエストが続いている内はパスだけど、それ以外の魔物はドロップ品も知りたいから積極的に倒しておこう。

 あまり遭わないやつは特にだ。


 ドラゴン帯で人形系やドラゴンを倒す。

 さらに中へ。


「ウィッカーマンね」


「あの子は必ず高級宝飾品落としてくからなあ。刃の錆になっておくれ」


「姐御、パワーカードで具現化した刃は錆びやせんぜ」


「気分だよ気分」


 カードを対ウィッカーマン用に入れ替えて倒す。

 宝飾品ゲット。

 あたしのマジックポイントの消費が大きいのだが、今は『風林火山』の自動回復効果があるので、何度かドラゴン帯で戦っていれば元通りだ。

 これならマジックウォーターを買わなくてもいいな。

 魔法の葉? 知らない子ですね。


「ウィッカーマンね」


「これ最後にして帰ろうか?」


「「「了解!」」」


 4体目のウィッカーマンを倒し帰途につく。

 サンダードラゴンに絡まれるが、『逆鱗』をゲットするだけのことだ。

 ドラゴン帯では人形系以外にドラゴン、高級巨人、グリフォン、マンティコア、グレーターデーモンが現れるが、出現率もこの順になっている。

 グリフォンとグレーターデーモンは倒したことないなあ。


「姐御」


「何だろ?」


 珍しくアトムが何か考えてたみたいだが。


「例の宝飾品の依頼、ラルフの父御の話に出てきたイシュトバーンっていう元商人かもしれやせんぜ」


「あり得るねえ」


 立志伝中の商人と言うからにはおゼゼもたくさん持ってるんだろうし、引退しておゼゼの使い道もないのかも知れない。


「もしそうだとすると、ちょっと切ないですね」


 クララの言うこともわかる。

 他人に尊敬されるほどの大商人が、そんなムダなお金の使い方しかできなくなるようではね。


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


 ベースキャンプに辿り着く。

 何かオニオンさん執事みたいだな。


「本日はいかがでしたか?」


「うーん、なかなか背中ピカピカケルベロスに遭えない。乙女がこんなにも恋焦がれているとゆーのに」


「ハハハ、楽しみは残ってた方がいいじゃないですか」


「それもそうだね。オニオンさんさよなら」


「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「姐御、明日は午前中からギルドですかい?」


 夕食時にアトムが聞いてくる。


「うん、ダンにサイフが空になるまで奢らせないといけないからね」


「お肉のストックは今日ので最後ですよ。それから凄草の株分けが明日です」


「レディーと肥溜めガールへのプレゼントはどうするね?」


 そーか、いろいろやること残ってたな。

 まずやらなきゃいけないことは……。


「凄草の株分けは優先事項、これはギルド行く前ね。明日の食事はダンに奢らせるので肉狩りは明後日。頭飾りは腐るもんじゃないから、行く機会がある時でいいや」


「「「了解!」」」


 今日はカラーズ族長連とラルフ君パパの顔合わせが無事に終わったことが何よりだ。

 これからは今まで以上に各所との連絡が重要になる。

 しばらくはマメにギルドに顔を出して、ラルフ君と会える機会を増やしておくか。

 毎晩ヴィルをサイナスさんのところに飛ばして、カラーズ各村の動向を聞いておくのもいいかもしれない。


「今日の午前中の会合、どう思った?」


「黒と赤の両村はユー様の手離れるの、早いんじゃないでしょうか? 黄と輸送隊はもう少し時間かかりそうですけど。青はレイノスの空き店の持ち主、イシュトバーンさん次第ですね」


 うむ、クララの言う通りだ。

 かつてやり手の商人だったというイシュトバーンさんか。

 ラルフ君パパは随分尊敬していたみたいだけど?


「そのイシュトバーンって人、かなりの曲者な気がするんだよね」


「自分でヤベえフラグ立てちゃダメですぜ」


「ボスのカンはストライクね」


「今日は順調でしたけど、そうでない時もありますよ」


「嫌なこと言うなあ」


 あんた達ひどくない? 


「ま、いいや。今日はおやすみっ!」


          ◇


 翌日、朝から凄草の株分けを行う。


「カカシー、この前魔境で拾った凄草食べたら、メチャメチャ甘くて美味しかったんだよ。あっという間に食べちゃった」


「それは新鮮だったからだぜ。抜いてしばらく経つと、エーテルが抜けちまってシナシナになるんだ。そうすると味もガクンと落ちちまう」


「そーなの?」


 じゃあ凄草をドロップしてったマンティコアは、採取したばかりだったのかな?

 それともマンティコア自身が凄草にエーテルを与えて、鮮度を保つ性質でもあるのか?


「摘んだらすぐサラダにしないといけないのか」


「それより他所で凄草手に入れたら、またここへ持ってきておくれよ。なるべく早く数増やしてえんだ」


「あ、株分けのサイクル狂っちゃうかと思ったんだけど」


「それはこっちで調整するから、心配しなくていいんだぜ」


「うん、わかった」


 カカシも一生懸命やってくれている。

 凄草を毎日食べられるようになる日が待ち遠しいな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 予定通りギルドへやって来た。


「いらっしゃい、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 ギルド内部へ。

 先行させたヴィルとダンはと。

 あ、ラルフ君パーティーもいる。


「おまたー」


「おう、やっと来たか」


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。

 ラルフ君が話しかけてくる。


「師匠、ちょっとよろしいですか?」


「いいよ、何だろ?」


「イシュトバーンさんの件ですが、命が尽きるまでに早よ会わせろとのことでして」


「え、イシュトバーンさんって結構な年齢なんだっけ? 死にそーなの?」


「言い方くらい優しくしてやれよ」


「棺桶に片足突っ込んでるの? それとも両足?」


 ダンが笑う。


「イシュトバーンってあれだろ? 『タイガーバイヤー』のジジイ」


「そうです」


「殺しても死なねえやつだ。どうせ退屈過ぎて暇潰ししたいだけだぜ」


「あ、ダンは知ってるんだ?」


「実家の付き合いでな。あのジジイが現役だった昔に会ったことがある」


 実家商売やってるのかな?

 レイノス住みだとすると意外でもないのか。

 そーいやダンって、自分のことほとんど話さないよな。


「本当に死なれて約束が反故になっても困るからなー。明日の昼はどう? コブタ肉持って来るから、11時にギルドで待ち合わせしよう」


「了解です。では、そのように報告しておきます」


 ラルフ君パーティーが転移の玉を起動し、姿が消える。


「約束って何だ?」


「カラーズの商売の話でさ、イシュトバーンさんに精霊様を会わせたら、レイノスのいい場所の空き店をタダで貸してくれるって言うんだよ」


「ほう? 面白え話だな」


 ダンが口角を上げ下げしている。


「胡散臭いジジイだ。話半分に聞いといた方がいいぜ。もっともあんたはこういうの得意かもしれないが」


 どーしてどいつもこいつも、あたしがこういうの得意扱いするんだか。


「うーん、あたしに決定権がないからなー」


「決定権がないのは店についてだけだろ? だったら構わねえじゃねえか。あんたはメチャクチャやってた方が面白いぜ」


 ……一理ある。

 メチャクチャってのは大いに反論したいが、あたしも自由にやれた方が気を使わなくっていいな。


「そーだね。うまくいかなくたってあたしが損するわけじゃなかった」


「ハハッ、そうだろう? じゃあ行くか」


「どこへ?」


「俺ん家だぜ」


          ◇


 ギルドを出て西へ10分ほど歩いたところにある大きな農場『オーランファーム』。

 ダンってこんなデカい農家の子だったんだ。

 つーかレイノスよりもギルドから近いでやんの。


「あんたボンボンなんじゃん。どうして冒険者やってんの?」


「冒険者っていうか、情報屋のつもりだったんだけどな」


 そういえば『早耳のダン』とか名乗ってたんだったか?

 ハハッ、レベル50近いゴシップ屋かー。

 それだけ聞くとムダだな。


「まあドリフターズギルドにも食糧卸してるしな、昔から繋がりはあるんだ」


「へー、あんた自分のこと全然話さないから知らなかったよ」


「一度も聞かなかったじゃねえかよ。ちょっとは興味湧いたか?」


「いや、これっぽっちも湧かないけど」


「これっぽっちも湧かないぬ!」


 アハハと笑い合う。

 ちなみにヴィルはふよふよ飛びながらついて来ている。


「で、あたしは何をすれば御飯を食べさせてもらえるのかな?」


「この前、戦争になったら帝国のゲリラ部隊が上陸するという予想があったろ? うちはレイノスと農作物を取り引きしてる農場としては、最も規模が大きいんだ。まあ襲撃対象になると考えなきゃならんだろ?」


「おお、ダンにしてはしっかりした識見だね。ちょっとだけ見直したよ」


「遠慮すんな、盛大に見直せ。それはともかく、うちの連中を戦えるようにしておくべきだと思ってな。とはいっても、この辺にもたまに魔物が出ることはあるんだ。初級冒険者程度の実力を持つやつはいるんだが」


 なるほど、そういうことか。


「パワーレベリングしろってことだね?」


「それもそうなんだが、その前に誰を鍛えたらいいか選別してくれ」


「え? 要するに固有能力を持つ人をってこと?」


「そうだ。自分が固有能力持ちになって理解したが、同じレベリングするなら、やはり能力持ちの方がいい」


 レベリングするなら固有能力持ちがいいという意見には大いに賛成だけど、人間関係は大丈夫なのか?

 そんなことすると、農場内部の人の上下関係とかギクシャクするのではないだろーか?


「うちで気をつけるべきことだ。ユーラシアには関わりないから気楽に選んでくれ」


「といわれても、あたし能力持ちかそうでないかまでしかわかんないぞ? ギルド連れてって、フルステータスパネルで調べてもらった方がいいんじゃないの?」


「いや、とりあえず従業員の内、能力持ちを全員育てて、詳しいことは後で調べりゃいいかと思ってるんだ」


 何ですと?


「え、やり方が大胆だな。従業員って何人いるの?」


「30人近いかな」


「とすると能力持ちは数人か。ああ、ちょうどいい感じかもね」


「だろ?」


 広く開かれた入口から農場へ入る。

 声をかけてくるのは使用人だろう。


「若旦那、お帰りなさいませ」


「バカ旦那って言われてるよ。教育した方がいいんじゃないの?」


「あんたの耳を教育するのか? それとも頭の方か?」


 ダンが使用人に向き直る。


「精霊使いユーラシアを連れて来た。予定通り従業員を全員集めろ」


 29名の従業員一同を前にし、ダンが説明を行っている。


「……と、防犯体制の見直しに伴い、一部の者を選抜し戦闘訓練を施すものとする。選抜と訓練は、精霊使いユーラシアがその者の持つ固有能力に基づいて行う。これにはこれまでの実績や、農場内での地位や職種は加味されない」


 やるなあ若旦那。

 すごくちゃんとした人みたいだぞ?


「固有能力とは何ですか?」


「教えられてもいないのに魔法を使える者がたまにいるだろう? ああいうやつだ。種類は魔法だけでなく様々だが、一般に固有能力持ちは数人に1人いると言われている。何らかの能力持ちの方が訓練した際の伸び代を期待できるので、そういう選抜の仕方を採用させてもらう」


「選ばれた者は昇進ということですか?」


「そうじゃない。地位は変わらん。戦闘担当の肩書が加えられ、その分給料に若干の手当てがつく。勤務時間は変わらないから、選ばれた方が得は得だな」


「仕事内容が全く変わってしまうのでしょうか?」


「選ばれた者に今日は訓練を行うが、基本的には変わらない。閑散期に訓練を行うことはあり得るかな。しかし、もちろん有事には全員で事に当たるのだ。今回の措置はその戦力の底上げを行うに過ぎない」


 おお、ダン格好いい。

 とてもギルドのオチ担当には見えないぞ。


「質問はもうないか?」


 壮年の男が手を挙げる。


「若がこのように動くということは、何かの兆しがあるということですか?」


 ダンはニヤリと笑って一言。


「察しろ」


 質問の出なくなったところでダンに紹介される。


「知ってると思うが、先のアルハーン平原掃討戦を勝利に導いたヒロインであり、最年少ドラゴンスレイヤーかつマスタークラスの冒険者、精霊使いユーラシアだ。今日の選抜と訓練を担当してもらうために連れて来た」


 おいおい、皆ビビってるじゃんかよ。

 張りつめた感情を浴びるヴィルが調子悪そうなんだけど?

 ダンと視線を交わす。

 ……ははあ、そういうことか。


「あんたに持ち上げられると、何か魂胆があるような気がするんだけど?」


「まあそう言うな。こういうことには形式も緊張感も必要なんだ。たまに褒められて気分良かったろ?」


「ええ? ダンはいつも褒めてくれてるもんだと思ってたよ」


 急に砕けた雰囲気になったことで戸惑う従業員達。

 ふよふよ飛んでいるヴィルを指してダンが言う。


「ちなみにこいつはユーラシアの連れてる高位魔族だ。こんななりだが気をつけろよ? 俺も危うく塵にされかけたことがある」


 従業員達は悪魔を前にしてさらに困惑してるようだが、あたしは笑いが込み上げてきてしょうがない。

 確かにヴィルとダンが初対面の時、塵にしちゃいなさいとは言ったが、あれは単なる冗談だったじゃないか。


 どうやら従業員を煙に巻いて、あまり考えさせない内に事を運んでしまえということらしいな。

 細かく説明したら、魔境行きを渋ったりパニック起こしたりするかもしれないからだろう。


「ダンに御飯を奢ってもらえると言われて、のこのこついて来ましたユーラシアです。悪魔ヴィルは基本的にすごくいい子ですので、あたしが塵にしろと命令しない限り危険はありません。ひょーっとしてこの農場に緊急の連絡がある場合、この子を飛ばすことがあるかも知れませんので、一応覚えておいてください」


「よろしくお願いしますぬ!」


 よしよし、ヴィルはいい子だね。


「さて、仕事にかかりますよー。あなたとあなた、あなた、あなた、それからそっちの隅の2人、残って下さい」


 ダンが頷く。


「6人か。まあ、そんなもんだろうな。よし、今指名された者以外は仕事に戻ってくれ」


 理解できぬままぞろぞろと戻っていく従業員達。

 残された者も一様に不安な表情を浮かべている。

 その中の1人の女性が恐る恐る言う。


「あの、ダナリウス様。あたくし戦闘担当なんてとてもとても……」


「と、思うでしょ?」


 魔法持ちっぽい人もいるけど、どうやら自分が固有能力持ちであることを自覚している者は1人もいないらしいな。

 こういうことがあるから固有能力は面白い。


「お前達6人には、自分でも気付いてない力があるんだよ。騙されたと思って2時間ほど訓練に参加しろ」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさんこんにちはー」


「ペコロスさん、よろしくな」


「いらっしゃいませ。今日はダンさんのパーティーも一緒ですか?」


 あたしが選んだ6人の内、まず戦闘には全然自信がないという3人を魔境に連れて来た。

 おそらく3人ともレベル1。


「そんなようなもんだ。全員うちの農場の従業員なんだけどな。ユーラシア式魔境ツアーに連れて来た」


 オニオンさんも素人のレベル上げと察したらしい。

 オニオンはまだ戦争については何も知らないはずだ。

 いずれ知らせといてもいいが……。


「ようこそ魔境へ。ユーラシアさんがついているとは言え、魔境は危険のない場所ではありません。単独行動は控えてくださいね」


 魔境と聞いて脅えたような声を出した者もいたが、オニオンさんの落ち着いた物言いに少し安心したようだ。

 助かるなあ。

 泣き喚かれても困るもんな。


「素材と黄金皇珠以上の宝飾品出たらもらっていい?」


「ん? いや、俺はいらないぜ」


「そうも言ってられないでしょ。この人達の装備だって必要なんだから」


 レベル上げはあたしが引き受けるけど、それだけで鍛えられた帝国兵と戦えるわけじゃない。

 装備を整えることと、戦闘時の立ち回りを教えることは必要なのだ。

 そっちはダンの仕事だぞ?


「サービスがいいな」


「あたしはいつもサービス精神旺盛だよ。でもしっかり奢られるぞ?」


「うちの農場で取れた肉と野菜たっぷりを昼と夜だ」


「それはすっごく楽しみだなー」


 ユーラシア隊及びダン一行出撃。


「オーガだよ。ダンの後ろに隠れててね」


 『実りある経験』をかけてからの『ハヤブサ斬り・改』×2で楽勝。

 オーガも踊る人形くらいの経験値はあるから、低レベル者ならいくつかレベルが上がるだろ。

 不意に叫び声が上がる。

 一番自信なさそうだった女性だ。


「あっ、あたくし魔法覚えました!」


「よかったねえ」


「何を覚えた?」


「ええと、『ヒール』と『キュア』です」


「やたっ、白魔法持ちだ! おめでとう、大当たりだよ!」


「固有能力は数あれど、仲間を癒すことのできる能力は貴重なんだぜ?」


「あたくしが魔法使い……」


 まだ信じられないようだけど現実だよ。


「残りの2人も何かの能力持ちなのは確実だから。皆で頑張ろうね」


「「「はい!」」」


 皆やる気出たみたいだね。

 そこからはデカダンス中心に倒しまくり、レベルが40を超えたところでベースキャンプに戻った。


「お帰りなさいませ。おや、皆さんいい表情になりましたねえ」


「魔境の楽しさがわかってもらえたようで嬉しいよ!」


 おかしいな?

 全員が『魔境の楽しさ?』って顔してるがどういうことだ?


「オニオンさん、さよなら。後でもう一度、違うメンバー連れて来るから」


「はい、お待ちしてます」


 転送魔法陣からギルドへ飛ぶ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ポロックさん、こんにちはー」


「おや、大勢ですね」


「ポロックさん、フルステータスパネルで固有能力確認させてくれ」


 ギルドに寄って確認したところ、残りの2人の固有能力は『饒舌』(沈黙無効)と『飛影』(敏捷性向上)だった。

 『飛影』の方の人はスキルも習得していたし、なかなかグッドじゃないか。


「あんたもパネル触ってみろよ」


「ああ、俺もレベル99のステータスを見てみたいねえ」


 ポロックさんも乗り気だ。

 しょうがないなあ。


「素晴らしいパラメーターだねえ」


「あ、また固有能力増えてる」


「固有能力5つ?」


 ダンのところの従業員達がビックリしてる。

 何だよダン、『あんたはそういうデタラメなやつだ』って顔は。


「ええと『閃き』、とてもカンがいい」


「そういえばレベルが上がって、カンがよく働くような気はしてた」


「ユーラシアっぽい、いい能力じゃねえか」


 うん、全面的に信用できる能力じゃないとしても、いいかも知れない。

 それにしてもいつこの能力増えたんだろう?

 レベルカンストしたとき何か覚えた感覚あったからあの時か、でももう少し前からカンがいい感じはしてたしな?


          ◇


「いやあ、有名な精霊使いユーラシアさんを迎えることができるとは」


「いえいえ、たっぷり御馳走になりまして」


 農場に戻り、ダンのパパであるカリフさんを交えて昼食をいただく。

 パパさんはいかにも善人だ。

 どう間違ってダンのような息子が?


「えーと、実の親子なんですよね?」


「こら、他人ん家来てその質問は愉快過ぎるだろ」


「いや、でもお父さんは間違いなくいい人だよ?」


「俺だって間違いなく聖人だろ」


「ハハッ、聖人の定義っていつ変わったんだっけ?」


 ダンパパがにこやかに言う。


「ユーラシアさんのような方に仲良くしていただいて、本当に光栄です」


「いえいえ、そんな……」


「どうした、あんたらしくないじゃないか」


 どーしろとゆーんだ。


「だってあたしのことを天才美少女冒険者だと思い込んでるふしがあるから」


「自信持て。あんたは天才美少女冒険者だぞ?」


「そういえばそうだった」


 うわ、混乱するわ。


「この度、息子が農場の防備を強化しようと言い出しましてな。いえ、反対する筋でもないのですが、その必要性があるのかとも思うのです。ユーラシアさんのお考えとしてはどうなのでしょうか?」


「それは絶対に必要です」


 戦争についてはまだ話せないが防備の強化は必要。

 それをダンパパに吹き込む意図があったのか。

 そういうことは先に言っとけよ。


「帝国との貿易が細って物資が入らなくなり、特に中町の住人の間でかなり不満が高まっているのは御存知ですね?」


「はい、それは聞いております」


「一方に物があり他方にはない、そうした不均衡がある時はそれを是正しようとする力が働くものなのですよ。お金の有無に関係なしにです」


 言葉の意味が浸透したところを見計らってキメ顔の笑いを見せる。


「とすると魔物対策ではなく、盗賊対策が必須だと……」


 少し状況を把握してきたダンパパの質問には答えず、言葉を続ける。


「もう1つの要因として、西の果て塔の村の存在があります」


「は、はい」


 塔の村ができたことくらいは知っているのだろう。


「冒険者を集めてダンジョンの素材を回収させ、その売買で利益を出そうとするビジネスを行っていて、今急速に発展しています。ここにも不均衡がある」


「……」


「本来各町や村で警備や護衛を担当すべき冒険者が、皆西へ行っちゃてるんですよ。治安については推して知るべし」


 ダンパパが真剣に話を聞いている。

 事実で構成した枠組みの中で思考を誘導するのは割と容易い。

 あたしの実績も知ってるんだろうし、ダンに元々吹き込まれているんだろうから尚更だ。


「実際レイノス東で5人組の盗賊が聖火教の巡礼者を襲う事件が発生し、また西のバボという自由開拓民集落でも旅人が襲われています。ともにこの20日以内の出来事です。いずれも大事には至っておりませんが、正直今後起こり得る有事に関して備えを怠るのは賢くないです」


「なるほど、そういうことでしたか」


 苦悩の表情を見せるダンパパ。

 ダメ押しとくか。


「ちなみにレイノス東の盗賊は中級冒険者レベルの実力はありました。たまたまあたしが受け持ったので被害は大きくなりませんでしたが、何の心得もない素人があれに立ち向かうのはムリです」


「ど、どうすれば……」


「だからユーラシアの力を借りたんだぜ。戦闘経験値を稼がせて即席にレベル上げる、こいつにしかできない得意技があるんだ。午前中に3人を上級冒険者程度にまでレベル上げて来た。いずれも固有能力持ちだ。かなりの魔法を使えるようになった者もいる」


 ダンパパが驚く。


「そ、それは御苦労をおかけして申し訳ない」


「もう3人固有能力持ちがいらっしゃるので、午後にレベリングします。そうすれば農場だけでなくこの辺り一帯を警備できるだけの戦力になりますよ」


 レベル的にはね。

 装備と立ち回りはあんたがなんとかしろよ、とダンに目配せする。


「ごちそうさまでした」


 さて、午後ももう一仕事だ。


          ◇


「再び精霊使い参上! オニオンさんこんにちはー」


「ハハハ、皆さん、いらっしゃいませ」 


 午後もまた魔境にやって来た。

 今度の3人はある程度魔物を追い払った経験とかはあるようだ。

 といってもレベル2、3といったところじゃないだろうか?


 オニオンさんが聞いてくる。


「午前中の方々と、同じ要領でレベリングをするということですね?」


「そうそう。ワクワク魔境ツアーを楽しんでもらうんだ」


 オニオンさん、そんなに不思議そうな顔しなくても、理由についてはいずれ話すってばよ。


「さて、午後はお前達の訓練を行う。まあユーラシアに任せときゃいい」


「戦闘経験はあるかもしれないけど、魔境の魔物はレベルが違うよ。危ないから勝手なことはしないでね」


「「「はい!」」」


 午前中の3人から話を聞いてるんだろう、期待に満ちたキラッキラの目で見てくる。

 そりゃ魔法やバトルスキルを覚えられるかもしれないとなればテンション上がるわなあ。

 オニオンさんもニコニコしてるし。


「夜は鍋だぜ」


「たーのしみだなー」


 ユーラシア隊及びダン一行出撃。


          ◇

 

「リフレッシュ! 皆、大丈夫?」


「全然! へっちゃらですよ」


「問題ないです!」


 レッドドラゴンに後方上空から急襲されて、従業員達がダメージを受けるハプニングもあったが、既にレベルが上がってたのでどうということはなかった。

 目の前でドラゴンが倒れる様子を見て興奮してたくらいだ。


 午前中と同じくレベル40を超えたところでレベリングを終え、その後ギルドでステータスを確認する。


「やたっ、『威厳』だ! 最高だ!」


「カイル、お前がこれの能力持ちでよかったぜ」


「そ、そうですか?」


 カイルと呼ばれた壮年の男は、オーランファームの番頭格のようだ。

 自分が魔法もバトルスキルも習得できなかったことにガッカリしているようだったけど、戦わずして優位に立てるこの手の固有能力はすごく有用なんだぞ?


「『威厳』は自分よりレベルの低い相手に対してすごく効くんだよ」


「レベル40以上のやつなんてめったにいねえ。お前がいりゃまず安心ってことだ」


「若……」


 おーおー感動してるぞ。


「隊を2つに分けるときは、カイルさんに片方任せりゃいいねえ」


「おう、そうだな。戦術の幅が広がるぜ」


 他の2人の固有能力はそれぞれ『土魔法』と『道化』だった。

 『道化』は敵の集中力を落とすという変わった固有能力で、スキルも覚えている。


「よし、カイル以外の2人は農場に帰ってろ。俺達はギルドに用がある」


「「はい!」」


 ヴィルを呼んで食堂に場を移す。

 ヴィルは今日、従業員達の揺れ動く感情の波に揺られてつらかったかもしれないね。

 ぎゅっとしてやる。


「ダン、スキル覚えた方が偉いみたいな風潮あるっぽいから、午前中の沈黙無効の子、フォローしといてね」


「おう、わかったぜ」


 最大マジックポイントのパラメーター高い子だったし、魔法さえ覚えさせればかなりの戦力になると思う。


 さてと、頭を寄せて内緒話モード発動。


「カイルさんを残した理由は何となくわかるけど」


「お察しの通りだ。カイルには戦争のことを知っていてもらいたい」


「戦争?」


 カイルさんの声が緊張を帯びる。


「そう、遠くない未来に帝国と戦争になる。ドーラの視点から言えば独立戦争だ。レイノスで砲撃戦がメインだが、帝国にはレイノス以外に上陸する手段があり、遊撃隊によるゲリラ活動が予想される。レイノスに多くの食料を納めてるうちの農場が攻撃対象になる可能性はかなり高い、そういうことだ」


「若はそれで……」


 ニヤッと笑ってカイルさんの肩を叩くダン。


「秘密だぞ? 親父にもまだ言ってねえんだ。俺がいねえ時に不測の事態があった場合は、お前が指揮を取れ」


 黙って頷くカイルさん。


「戦争を回避できる手段はないわけですね」


「ない」


「いつ頃……になるのでしょうか?」


「最短で1ヶ月だよ」


「おい、それ聞いてねえぞ?」


 ダンが眉を顰める。


「あたしもこれ、パラキアスさんにしか報告してないんだ。ピンクマンといた時に話してた、帝国の隠し玉の話覚えてる?」


「ああ」


「それの試作機が1ヶ月で完成するって」


「またあんたの謎情報源かよ」


 ダンは何か考えている。


「試作機……乗り物か?」


「いや、試作機とは言われたけど、それ以上正体わかんないの」


「『黒き先導者』の情報網にも引っかかって来ねえんだな? それじゃあ考えても仕方ねえ。なるべく早くうちのやつらを仕上げとかねえと」


 うむ、それが建設的だ。


「カイル、俺からも言っとくが、今日の連中に自分の能力をひけらかすのはやめろと厳命しておけ。それから従業員全員に、防備体制について口外することを禁ずる。手の内晒すのは隙を作るのと一緒だ」


「はっ!」


「ところでユーラシア、あんたどうしてレベル40を目安にしたんだ? 中級冒険者目処なら15~20、上級冒険者でも30だろうに」


 今日のレベリングのことか。

 うーん、これこそカンとしか言いようがないんだが。


「あの海の一族の監視を抜けて上陸する技術って、結構危ないみたいなんだよ。だから帝国がどれくらいの工作兵を送り込んでくるかって考えた時、メチャクチャレベル高い人なんか、優秀な人材を失う危険考えるとムリだと思うんだ。かといって大勢じゃ海の一族を誤魔化せないから、少数で目的を完遂しなきゃならない。となると……」


「レベル30前後が最も考えられるってことか」


 あたしは頷く。

 帝国がどの程度兵士のレベルを上げてるのか知らんけど、上級冒険者程度と見ておけば、そう見当違いでもないのではないか。


「鍛えられたレベル30を相手にするなら、最低レベル40は必要かなって」


「なるほど、助かったぜ」


 いや、そっちはあたしの仕事だからいいんだけど、レベル高けりゃ戦えるってもんじゃないからな?


「実戦はあんたの転送先で何とかするとして、武器防具はどうすんの?」


「パワーカード見せてやってくれ」


 ほう、パワーカードを考えてるんだ。

 『アンリミテッド』を起動する。


「これが精霊使いの特殊装備だ。ん? いつものやつと形が違うな?」


「最近『スラッシュ』装備してないんだよ」


「このカードみたいなやつを起動して使用するんだ。やってみろ」


 カイルさんが『アンリミテッド』を起動する。


「どうだ?」


「ふむ、軽い。特別違和感はないですね。普通に使えると思います」


「カード持ってりゃ普段手ぶらでいい。仕事にも影響ないだろ」


 なるほど、そういうことか。


「いいんじゃないかな。武器・防具屋さんで揃えるつもりなら、言っておいた方がいいよ。そんなに数置いてないと思うから」


「2枚ずつ計12枚買っていこう」


「おお、金持ちだね」


「あんたが今まで恵んでくれた宝飾品を売ればお釣りが来るんだぜ?」


 武器・防具屋さんのところへ行く。


「ベルさーん、こんにちは。パワーカードのお客が来たよ」


「現在販売中の商品はこちらになります」


 『ナックル』【殴打】、攻撃力+10%

 『ニードル』【刺突】、攻撃力+10%

 『スラッシュ』【斬撃】、攻撃力+10%

 『スナイプ』攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『シールド』防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『シンプルガード』防御力+15%、クリティカル無効

 『ハードボード』防御力+20%、暗闇無効

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『火の杖』魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『ホワイトベーシック』魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『マジシャンシール』魔法力+12%、MP再生3%

 『オールレジスト』基本8状態異常および即死に耐性50%

 『ボトムアッパー』攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『誰も寝てはならぬ』防御力+5%、睡眠無効、最大HP+10%

 『ヒット&乱』攻撃力+5%、混乱付与、混乱無効

 『前向きギャンブラー』攻撃力+10%、会心率+80%、防御力-30%、魔法力-30%

 ※1枚1500ゴールド、ただし『サイドワインダー』は2000ゴールド


「ユーラシア選んでくれよ」


「オーソドックスでいいよね?」


 『威厳』持ちのカイルさんは全体攻撃できる『サイドワインダー』と防御力の高い『ハードボード』。

 土魔法使いは難しいな、攻撃力も高かったから魔法戦士寄りで『ナックル』と『ボトムアッパー』。

 『道化』持ちは『ニードル』と『シールド』。

 白魔法使いは回復の要、『マジシャンシール』と『光の幕』を。

 沈黙無効の子はサブ回復で『ホワイトベーシック』と『ボトムアッパー』。

 『飛影』持ちが『スラッシュ』と『シンプルガード』、こんなところだろ。


「毎度あり。18500ゴールドになります」


「ベルさん、ダンにも入手可能カードのリスト、渡しといてあげてくれる?」


「はい、こちらに」


 あ、リスト用意しとくようになったんだな。


「ん? これはどういうことだ?」


「ここに置いてあるカード、売れ筋の一部だけなんだよ。他にも取り寄せられるカードがあってその一覧表」


「今は店に在庫があるカードも含めて、全ての販売可能カードの一覧表にしております。性能比較もわかりやすいと思いますので」


 おお、ベルさんやるね。


「これ確か、1人7枚まで装備できるんだったよな。ベルさん、注文するとどれくらいで入荷する?」


「3日あれば確実ですね」


「オーケー、検討しとく」


 リストを見ているダンとカイルさんを横目に、ベルさんとこそっと話をする。


「最近ダンは金持ちだよ。きっと売れるよ」


「販促活動ありがとうございます」


「聞こえてるぞ?」


「ふふふ、聞こえてても買うしかないだろう?」


「まあ1人前の装備が10000ゴールドで揃うなら安い」


 1500ゴールド×7で10000ゴールド強。

 冒険者だったら様々なケース考えなきゃいけないから7枚じゃ済まないが、警備目的だったら1人7枚で十分だもんな。


「帰るぜ」


「鍋だっ!」


          ◇


「ほう、かのイシュトバーン殿と?」


「そうなんですよ。どういう人か教えていただけると、大変ありがたいんですが」


 夜の食事時、ダンパパがぜひ礼をさせていただきたいと言うのだ。

 美味い鍋を御馳走になってるからそれ以上はいいのにな。

 最初からそういう約束だったし。

 ちょうどいいから、明日会うイシュトバーンさんの情報を仕入れることにした。


「見ただけでそれがどんなアイテムかをたちまち当ててしまう眼力の持ち主でしてな、それを利用して西域~レイノス間を中心にドーラ中を交易で結んで発展させ、同時に莫大な財を築いた人です。当代の傑物と言えましょう」


「『道具屋の目』の固有能力だ」


 ダンが補足してくれる。

 バエちゃんや武器・防具屋ベルさんの持ってるやつだな。

 『鑑定』もそうだが、見抜くタイプの固有能力は使いでがあっていいと思う。

 ドーラ中を巡っていたなら、カラーズにも来たことあるんだろうな。


「若い頃はその行動力を最大限に利用した、いわゆる足で稼ぐタイプの商人だったと言われていますが、私どもが知るのは豊富な資金に物を言わせた大胆な買い付けですな。それで救われた自由開拓民集落も多いと聞きます。ただし一度でも不興を買うと二度と商売相手となることは許されず、例外なく報復されました。それで虎の尾は決して踏んではならぬと恐れられたのです」


「『タイガーバイヤー』の異名の由来だ」


「その不興を買ったというのは、どういったケースだかわかりますか?」


「信義に悖る商行為ですな。数や品質の誤魔化し、乱暴狼藉、横入りなどです」


 ふうん?


「すごくまともな商人に思えるのに、ダンが嫌ってるのは何でなの?」


「それは……」


 口ごもるダン。

 ダンパパが言葉を継ぐ。


「お茶目が過ぎるのですな。冗談がきついというか。息子も小さい頃、随分と遊んでもらったものです」


「からかわれてただけだ」


 ははあ、そういうことか。

 でもダンはかなり冗談耐性あるのにな?


「足を悪くされまして、10年ほど前に引退されました。それ以降はたまに挨拶に伺うくらいの関係になってしまいましたな。かなり暇を持て余しているらしい、とはあちこちから聞き及びます」


「あんたのことを聞きつけて、新しい玩具を見つけた気分でいるのに違いないぜ」


「いや、精霊様に会わせろって話だったんだけど?」


 ダンパパが驚く。


「精霊様というと、一時期レイノスでかなり話題になっていた騒動ですか? あれもユーラシアさんが関わっておられたので?」


「えーと、まあそうなんです」


「ギルドじゃ面白騒動の中心には必ずユーラシアがいるんだぜ」


「おい、訂正を要求するぞ」


「ギルドじゃ面白騒動の中心には必ずユーラシアがいるんだぜ。世界樹折っちゃった事件以外」


「……」


 こら、本当のことを言うな。

 何も言えなくなっちゃうじゃないか。


「情報収集は怠りない方です。イシュトバーン殿が精霊様騒動とユーラシアさんを結び付けて考えているのは間違いないでしょう」


「うーん、やはりそうですか」


 調べられたらわかっちゃうだろうなあ。

 気付いてる人、結構いるっぽいし。

 まー精霊と歩いてる女の子っていったら、普通に考えてあたしかエルだもん。


「それから無類の女好きだ。気をつけろよ」


「え? クララに色目使われたら困るな」


「あんただよ、あんた!」


「あたしに不埒なマネしたら魔境に捨ててくるからいい」


 お、今夜初めてダンが楽しそうな顔になりましたね?


「いずれにしても悪い人じゃありませんよ」


「キングオブクソジジイだ」


「善人と聖人の評価がここまで分かれるとは」


「聖人とは照れるぜ」


「あんたの定義の聖人だぞ?」


 うん、でもどんな人か、あらかた輪郭は掴めた気がする。


「ありがとうございました。すごく参考になりました」


「極めて気さくな、ざっくばらんな方ですよ」


「ドーラで最も失礼なやつだ」


 こりゃあ、明日イシュトバーンさんに会うのすげー楽しみになってきたなあ。


「今日はごちそうさまでした。とても美味しかったです」


「いえいえ、こちらこそ大変お世話になりまして」


「助かったぜ。また何かあったら手伝ってくれ。たっぷり奢るから」


「うん、さようなら」


 ウシの肉も美味しいんだなあ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、これもクエストだったのか。

 もう経験値要らないんだけど。


          ◇


 寝る前にヴィルをサイナスさんの下へ飛ばす。


「サイナスさん、聞こえる?」


『ああ、何か用かい?』


「いや、そういうわけじゃないんだ。これから毎晩ヴィルをそっちに飛ばすから、連絡はその時によろしくってこと伝えたくて」


『それはありがたいな』


「とりあえず今日は何もない感じ?」


『そうだな、明日コップの試作品が上がってくるくらいか』


「うん、覚えてる。明後日の朝そっちへ行くよ」


『わかった』


「ヴィル、ありがとうね。通常任務に戻ってくれる?」


『了解だぬ!』


 これで良し、さて寝るか。


          ◇


 今日は朝からコブタ狩りだ。

 昼には肉を持ってラルフ君家に行くことになっている。

 5トン狩って、2トン分はうちとお土産用のストックだな。


「3トンも持って行けば十分だよねえ。何人で来てるか知らないけど」


「そうですね。数日は食べられると思います」


 本の世界は素晴らしい。

 冒険者になって何が嬉しいって、いつでも肉を狩れるようになったことだな。

 コブタ肉は大変美味しいし、冬越しやお土産の心配もしなくていい。


「ねえアリス、イシュトバーンさんはどうして精霊様を連れて来いなんて言ったのかな。何か知ってる?」


「退屈と平凡な日常に押し潰されそうだからよ」


 本の世界のマスター、金髪人形のアリスが表情を変えぬまま答える。

 アリスは確定事項は何でも知ってるらしい。

 せっかくなのでイシュトバーンさんについての情報収集をしておく。


「やっぱそーなのか。それだけ聞くと可哀そうだねえ」


「引退してからしばらくは、様々な人が邸宅を訪れていたけれど、徐々にその数も減り、今ではサッパリ。相当鬱屈しているわ」


 変に拗らせてると嫌だなあ。


「好きなものは何だろ?」


「新奇なものと女性よ」


「新奇な女性が会いに行くよ。大好物かな?」


 自分自身に『新奇な』って表現使うのも何だが。

 アリスがおかしそうな声で言う。


「大好物よ」


「やっぱそーなの? ありがとうアリス。また来るよ」


「またね、きっとよ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「はいよ。アンタはいつも元気だね」


 クララがコブタマンを肉にしている間に、海岸へ素材回収に行き、さらにアルアさん家に来た。

 素材はこまめに換金しておかないとな。


「特別用はないんだけど、素材の換金だけしに来たの」


「助かるよ。またギルドから発注があってね。素材はいくらでも欲しいんだ」


 あ、ダンの注文した分かな?

 交換ポイントは135となる。


「ゼンさんに作ってもらった『風林火山』、使いやすいですよ。マジックウォーター買わなくても良くなった」


「そうかい? じゃあレギュラー入りでいいね。交換レート表に入れておくとするか」


 バトルスキルを多用する物理アタッカーや魔法戦士に重宝されると思う。

 もっともヘプタシステマ使い自体、そう多くはないのだけれども。

 使いやすいパワーカードが増えることで、ヘプタシステマ使いが増えると嬉しいなあ。


「アルアさん、イシュトバーンさんって人、知らないですか?」


 興味深げにこちらを見てくるアルアさん。


「懐かしい名前だね。辣腕商人のイシュトバーンさんかい?」


「そうです。今日昼から会うことになってるんだけど」


 精霊様騒動のことから話すと、アルアさんが笑う。


「あんたも大概面白いことやってるねえ。イシュトバーンさんもエネルギッシュで、知らないことや珍しいことに自分から首突っ込んでくる人だよ。パワーカードにも興味持っててね、自分でもかなりカード使ってた」


「あ、冒険者だったんだ?」


「その辺の境界は曖昧さね。大金を所持して旅をしてると危険もある、そうでなくともドーラは魔物が現れることがある。必要に駆られて武器を取るんだろう」


 物をたくさん持たなきゃいけない旅の商人さんは、軽くて嵩張らないパワーカードと相性は良さそう。

 その辺に利便性を感じてイシュトバーンさんも使ってたんだろうか?

 それとも目新しさに魅かれただけかな?


「イシュトバーンさんがヘプタシステマ使いというのは有益な情報でしたよ」


「そうかい。アルアが懐かしがっていたと伝えておいておくれよ」


「はい。じゃあさようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「やあ、いらっしゃいユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 今日もギルドは平和、いいことだ。

 ポロックさんが何かを思いついたように話し出す。


「そうだ、明日掘り出し物屋が店を出すんだよ。知ってたかい?」


「あっ、知らなかった。ポロックさんありがとう!」


「午前中に来る予定だけど、ひょっとしたら昼近くになるかもって話だった。でもユーラシアさんが欲しいものなんてあるのかな?」


 実はあんまりないかも。

 少なくとも今絶対に欲しいってものはない。


「うーん、見たことのないパワーカードとか、食べたことない美味しい食材は欲しいですかねえ?」


「ハハッ、いい出物があるといいね」


 ギルド内部へ。

 お、ラルフ君パーティーいた。


「お待たせー」


「師匠、お待ちしておりました」


「イシュトバーンさんは、いつ頃到着の予定なのかな?」


「既に我が家を訪問しております」


「えっ、早いね?」


「ものすごく楽しみにしておられるようで」


 そんなにか。

 どんだけ暇してるんだ。


「そう期待されてちゃ、こっちも張り切って期待に応えないといけないね。今日はキャラ作っていくから」


「……とは、どういうことです?」


「精霊様に会いたいってことだったろう? だからさ……」


 ちょっとした悪巧みの後、フレンドで転移の玉を起動してラルフ君家へ。


          ◇


 ラルフ君家に到着。

 この前と同じ、一番奥の突き当たりの部屋へ案内される。

 ここが広くて一番いい部屋なんだろうな。


「父様、母様、ラルフただいま帰りました。精霊様、並びにその巫女様をお連れしてまいりました」


「入りなさい」


 両開きの大きなドアが開けられ、クララの後にあたしが入る。

 ちなみにアトムとダンテは別室に控えさせてもらった。

 ラルフ君両親と向かいの席に座っている、愛嬌のある丸い目をした老人、あれがイシュトバーンさんか。

 あたしの中のお笑い感知器が敏感に作用し、語りかけてくる。

 間違いない、こちら側の住人(笑)だ。


 あたしは胸を反らし、声を張り上げる。


「そこな老人、汝がイシュトバーンなる元商人か? 精霊様を呼びつけるとは何用ぞ!」


 ラルフ君両親と警備員、イシュトバーンさんのお付きの2人の女性がぎょっとする。

 イシュトバーンさん自身は面白そうな目をこちらに向けるだけだ。

 うむ、それでこそ。


「これはこれは精霊様とその巫女様ですな? 初めてお目にかかります。手前、引退商人のイシュトバーンと申す者でございます。して、1ヶ月半ほど前にレイノスに顕現されたという精霊様に間違いございませぬな?」


「いかにも」


「商人とは疑い深きもの。失礼ながら、身の証を立てるものをお持ちでしょうかな?」


 ははあ、この爺さん、せっかくだから面白いものでも見せてみろってことだな?

 退屈してたのは知ってるけど、がっつき過ぎだぞ。

 ど初っ端から面白いものは贅沢だろ。

 様子見にこの辺からどうだ?


「レイノス副市長オルムス・ヤンの御墨付きである。しかと見るがよい」


 書状を覗き込むイシュトバーンさん。


「……直筆、確かに副市長の筆跡だ。精霊様とその従者に間違いありませぬな」


「さようであろう」


 イシュトバーンさんと目が合う。

 時間としてはほんの一瞬であったが、やけに長く感じた。

 ぷっ。


「「あはははははっ!」」


 同時に笑い出したあたしとイシュトバーンさんに、周囲の者達が当惑する。


「おう、なかなかだ。実は精霊様の巫女が精霊使いだという調べはついてる」


「うん、まあそーだろーなーとは思ったけど、わざわざ精霊様を指定してくるくらいだから、こういう小芝居が好きなのかなと思ったの。あ、タメ口でいい? 最近敬語ばかり使ってるから口が曲がりそうなんだ」


「おう構わんぞ。こっちも精霊様に敬語使うのは疲れるからな」


 再びアハハと笑い合う。

 ここでアトムとダンテを連れて来てもらった。


「紹介するね。あたしこと精霊使いユーラシアの方から、眩草の精霊クララ、剛石の精霊アトム、散光の精霊ダンテだよ」


「当代に精霊使いが1人とは限らねえだろう? あんたは身の証をどう立てるんだ?」


「え、そこ疑う?」


 イシュトバーンさんがニヤニヤしている。

 ダンがクソジジイって言ってたわけがわかった。

 今度こそ面白いもの出してみろって顔だ。

 突っぱねると空き店の話パーになりそうだし、ギルドカードなんか出したら場がしらけそうだ。

 となれば……。


「こういうものはどうだろ?」


 テーブルの上に宝飾品を1つ置く。

 イシュトバーンさんの目が驚愕に見開かれる。


「……高級宝飾品、鳳凰双眸珠。本物だな」


「えっ! あの帝国の宝物庫に1つだけ保管されているという?」


 ラルフ君パパも驚く。


「今んとここれ取って来られるのうちのパーティーしかいないから、身の証にならない?」


 それには答えず、イシュトバーンさんが質問する。


「これは帝国の国宝とは別物なんだな?」


「別物だよ。綺麗でしょ?」


「ああ、初めて見たが美しいな。国宝に指定されるだけのことはある」


「あげるよ、これ」


「えっ?」


 その場の全員が静まり返る。


「……これが噂の精霊使いユーラシアか。なるほど、規格外だ」


 褒められてるんだよな?

 でも『規格外』って花の乙女を形容する言葉としてどうなんだ?


「老い先短い人生に分不相応なものもらっても役に立たねえ。これは返すぜ。しかしどうしてこんなものを持ってる?」


「ウィッカーマンっていう魔物のレアドロップなの」


「なるほど、ウィッカーマンの……」


 あ、ウィッカーマン知ってるんだな。


「ウィッカーマンはどうやっても倒せない魔物と聞いたぜ?」


「普通じゃ倒せないよ。でもあたし達にはこれがあるから」


 行動回数1回追加の『あやかし鏡』、会心率+80%の『前向きギャンブラー』、衝波属性の『アンリミテッド』、コピー攻撃を可能にする『刷り込みの白』の4枚のパワーカードを見せる。


「これで『勇者の旋律』っていうダメージ増加のスキルかけて、2回攻撃スキルの『ハヤブサ斬り・零式』で攻撃してギリギリ勝てる感じ」


「なるほど、衝波強攻撃を8連続で叩きつけてクリティカルに期待してやっとということか。それは確かに普通じゃ到底倒せねえ……」


「今はレベルがカンストしたから割と楽に倒せるけど、レベル70以下の時はクリティカルヒット7回以上出ないと勝てなかったよ」


「クリティカル7回。何じゃそりゃ?」


 呆れて変な笑い方してる。


「いや、パワーカードの無限の可能性を感じるぜ。オレも詳しいつもりでいたが、『アンリミテッド』と『刷り込みの白』は全く聞いたことのないカードだ」


「『アンリミテッド』は、人形系対策のカード作れないかって注文して作ってもらったの。『刷り込みの白』はもらい物なんだ。パワーカード工房のアルアさんも知らないカードだった。あっ、イシュトバーンさんの名前出したらアルアさんが懐かしがってたよ」


 イシュトバーンさんが遠くを見る目になる。


「アルアか。懐かしい名前だな。息災かい?」


「元気も元気。バリバリの現役」


「もう1つだけ質問させてくれ」


 お、急に真面目顔だな?


「何だろ?」


「今の『アンリミテッド』ってカード、特注してまで装備してるところからすると、あんた人形系レア魔物を狩りまくってるだろう?」


「うん」


「マスタークラスの冒険者が人形系レアを狩るなら、宝飾品に用があるとしか考えられねえ。だがあんたは無造作に鳳凰双眸珠をくれようとするほど、宝飾品に興味がないじゃねえか。やってることに整合性がねえ」


 ははあ、そういうことか。


「いや、あたしの宝飾品集めは、そういう依頼を請けてるから」


「依頼? どういうことだ?」


「これ見てくれる?」


 『期限は妖姫の月の末まで。黄金皇珠以上の宝飾品。個数に制限なし。相場の5割増しで引き取ることを依頼料とする』


「……何という。あんたにツッコむと面白れえものがどんどん出てくるじゃねえか。実にツッコミ甲斐があるぜ」


「ボケもツッコミもイケるという、もっぱらの噂だよ」


 軽い笑い。


「一度は断ったんだ、宝飾品100個持ってったら依頼料払えないだろって。そしたら『個数に制限なし』で依頼し直してきたんだよ。そんなんゴッソリ持ってって大儲けするしかないじゃない」


「ハハッ、当然だな」


 イシュトバーンさんが大いに頷く。


「いや、今日の朝までひょっとしてイシュトバーンさんがこの依頼くれたのかな、って思ってたんだよ」


「何をバカな」


「うん、会ってみて違うとわかった」


 イシュトバーンさんの価値観はあたしに近い。

 実利派で面白いことが好きな人だ。


「ちょっと待て。それなら尚更、オレに鳳凰双眸珠くれようとするのはおかしいんじゃねえか?」


「イシュトバーンさんはタダでナイスロケーションの空き店貸してくれるんでしょ? じゃ、1個くらい別にいいよ。他人に貸し作っとくのは好きだし」


「え? あんた鳳凰双眸珠いくつ持ってるんだ?」


「5つ」


 皆があんぐりと口を開けている。

 そのパフォーマンス流行ってるのかな?


「今月末までまだ結構あるから、暇があったら魔境行って宝飾品狩りしたいけど、あたしも忙しくなっちゃってなかなか難しいんだよね」


「……これが精霊使いユーラシアか。なるほど、規格外だ」


 それさっきも言ってたやん。

 あんまり好みじゃないんですけど。


「よし、喜んで空き店は貸そう。正確には精霊様を紹介する渡りをつけたヨハンに貸す形になるが、精霊使いに貸すで構わねえんだろ?」


「それはもう」


 ラルフ君パパが頷く。


「あたしと言うか、カラーズ青の民に貸して欲しいんだよ」


「ん、どういうことだ?」


 カラーズの商売戦略の経緯と、青の民がレイノスに服屋を出店したい旨を説明する。


「……ヨハンは材料の卸しで儲けが出るが、あんたには何の得もねえだろ」


「まあそうだね。でもカラーズとドーラが発展するのは面白くない?」


「ほお、あんたは商売人じゃなくて政治家目線なんだな」


 そうなのかな?

 細けえことはいいんだよ。


「それにしても哀れなのはバカな依頼を出したやつだ。ケツの毛まで精霊使いに抜かれるがいいぜ」


「え? 全財産を供出してくれれば、お尻の毛は要らないんだけど」


 ラルフ君家に皆の笑い声が響く。


「あっ、来た来た!」


 給仕人が料理を並べる。

 うむ、指示通りに調理されている。


「あたし達が狩ってきた肉だよ」


「おう、この脂の乗り方、コブタマンだな? 久しぶりだ」


「多分イシュトバーンさんが食べたどのコブタ肉より美味しいよ。この塩かけて食べて」


 フルコンブ塩を渡す。


「ほう? 楽しみだな」


 かぷり。


「……これは美味いな!」


 ラルフ君パパも驚く。


「この前いただいた時より、一層味がシャープですな」


「鉄板で焼くより、炙って脂落とした方がこの塩には合うって教わったんだ」


「微妙な焦げ目の香ばしいところがたまらん」


 イシュトバーンさん結構な年齢のはずだけど、ガツガツいくな。

 歯も丈夫みたい。


「おお、食った食った。この塩何だ?」


「塩は普通なんだけど、混ざってる黒っぽい粒々あるでしょ? これが旨味をたくさん含んだ特殊な海藻なんだ」


「若えのに変なことたくさん知ってるな」


 変じゃねえよ。

 実用的なんだよ。


「これ、どこかで買えるのか?」


「残念ながら非売品……あ、海藻だけなら海の王国で買える」


「海の王国? あんたそっち方面も顔が利くのか?」


「女王と友達なんだ。時々焼き肉一緒に食べてるの」


 その好奇心を隠さない目やめない?

 ちょっとえっちなんだけど。


「で、いくらなんだ? その海藻」


「高いよ。長さ5分の1ヒロくらいの1枚で100ゴールド」


「あんたの金銭感覚どうなってるんだ。さっき鳳凰双眸珠くれようとしたやつのものとは思えねえ」


 イシュトバーンさんは笑う。

 そんなこと言ったって、海藻は海で拾ってくるもんだっていう認識があると、それだけで腹が膨れるわけじゃないフルコンブ1枚100ゴールドはメチャメチャ高いのだ。

 ギルドなら30ゴールドでお腹一杯食べられるしな。


「まあいい。5枚ほど買ってきてくれるか」


「私も5枚お願いしてよろしいでしょうか?」


 ラルフ君パパも乗っかってきた。


「じゃあ10枚買っとくよ。雨が降ったら海の王国行くことになってるから、雨の日楽しみにしてて。えーと、イシュトバーンさんの分もヨハンさんに渡しとけばいいのかな?」


「おい、アレを」


 イシュトバーンさんがお付きの女性の1人に指示する。

 何だろ?


「『地図の石板』?」


 予想外のものキター!


「ハハッ、今日初めて精霊使いを驚かせることができたな。オレん家に繋がるやつだ。これで届けてくれ」


 どーしてイシュトバーンさん家に繋がる石板なんてものがあるのか理解不能だけど、暗に時々遊びに来いと言われてるぞ?

 まあ面白そうだからいいか。


「うん、じゃあもらっとく」


 イシュトバーンさんも満足そうだ。


「いやあ、今日は楽しかったぜ。ヨハン、ユーラシア、感謝する」


「いえいえ、どういたしまして」


「こっちこそ空き店ありがとう」


 皆でにっこり。

 こういう雰囲気好きだなあ。


「最後に1つ、精霊様の奇跡の魔法というやつを見せてくれんか?」


「うん、いいよ。じゃあそこの窓から。クララ、お願い」


「はい」


 皆が窓の側に集まる。

 イシュトバーンさんが立ち上がるのに苦労してるな。

 足が不自由って話だったか?

 お付きの支えが要るならあたしが。


「おお、すまんな」


「いいってことよ」


 いわゆるお姫様抱っこでイシュトバーンさんを抱えて窓際へ連れて行く。

 お付きの女性達がビックリしてるけど、レベルカンスト女子の常識だからね?


「撃ち上がるよ」


「うむ」


 クララの手から『精霊のヴェール』の魔法が放たれ、青空に虹色のカーテンに似た光のひだが現れる。


「……美しい」


「これが五暈の彩光か。長生きはするもんだ」


 しばらくの間、皆が空を見上げていた。

 その華麗な現象を褒め称え、時にため息をつく。


「綺麗だったでしょ? あっ、こらっ! おっぱい触るな!」


 抱っこされてるのをいいことに、クソジジイがあたしのおっぱい揉んでやがる。


「あんまり大きくないんだぞ! 磨り減ったらどうしてくれる!」


「精霊使いよ。おっぱいは揉むと大きくなるんだぜ?」


 ニヤニヤしてるクソジジイを床に放って落とす。


「痛ててて。いたいけな老人に乱暴はよせよ。ただの冗談じゃねえか」


「冗談か否かはあたしが決める。魔境に捨ててくる」


 何が『いたいけ』だ。

 クソジジイにふさわしくない修飾語は要らん。


「ハハハ。オレが商売で成功したのは伊達じゃねえ。顔を見れば本気かそうでないかわかるんだぜ。その顔はどう見ても……100%本気ですね?」


 皆が怖いというあたしの笑顔がクソジジイを見下ろす。

 どうやらマジでヤバいと思い始めたらしい。


「オレが悪かった! 許してくれ!」


「ただのイシュトバーン殿の悪ふざけなんです。許してやってください」


 2人が平身低頭だ。

 仕方ないなあ。


「んーじゃあレッドドラゴンのエサになりたいかアイスドラゴンのエサになりたいか、選ばせてあげる」


「何でその二択で譲歩したみたいな顔してるんだよ! 許す気ねえじゃねえか!」


 結局皆してとりなすので、今日だけは勘弁してやることにした。


「いやー、命の危険を感じたのは久しぶりだぜ」


「あたしは自分が甘い人間だと思われたみたいで気分が悪いよ。次は問答無用でイビルドラゴンのエサにする」


「悪かったってば」


 クソジジイが似合わないウインクをしてくる。


「『自分が甘い人間だと思われたみたいで気分が悪い』ってのはできるやつのセリフだな。揉んだことじゃなくてよ」


「そっちは許したんだから蒸し返したりしないって」


「詫びに今度オレん家に来たとき、プレゼント用意しとくからよ」


「そお? 楽しみにしてる」


「おい、ヨハン!」


「はい」


 ラルフ君パパを諭すように語りかける。


「精霊使いと商売できるのは運であり縁だ。お前さんはツイてる」


 あたしの方に顔を向け、続ける。


「ただし、こいつは一筋縄ではいかねえ。年齢や見た目で侮るな。コントロールできるつもりでいるなら諦めろ。さっきのおっかねえ目つき見たか? 切る時はすぐ切るやつだ。決断に迷いがねえ」


「は、はい」


 ラルフ君パパに余裕がないぞ。


「こいつに切られたらお前さんの運もそれまでだ。よくよく注意するんだな」


 商売のカリスマみたいな人にこう言ってもらうと、あたしとしてはやりやすくなるなあ。

 チラッとクソジジイを見ると、意味ありげな視線を返してきた。

 ははあ、サービスしてくれたのか。

 クソジジイは撤回するとしよう。

 感謝の意を視線で返す。


「じゃあ、あばよ」


 イシュトバーンさん一行の馬車がレイノスへ立つ。


「ヨハンさん、今日は良い場を設けていただき、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそ。あんな充実した和やかな食事会になるとは、望外の喜びですよ。イシュトバーン殿はいつも、つまらなそうな顔をしていらっしゃるので」


 喜んでもらえて良かった。

 『和やか』って皮肉じゃないよね?


「あたしも帰ろう。あ、ラルフ君、明日午前中の遅い時間になると思うけど、ヨハンさんに渡して欲しいコップの試作品ができ上がって来るんだよ。ギルドにいてくれないかな?」


「わかりました」


「そうだ、明日もう1つ。掘り出し物屋さんが来るって言ってたよ。ラルフ君は初めてじゃない?」


「そうでしたか。では資金を用意してギルドで待ち構えます」


「おお、本気だね」


「前衛用の防具と弓のいい出物があったら欲しいところです」


 うんうん、しっかり冒険者してるじゃないか。


「師匠は掘り出し物屋で欲しいものって何かあるんですか?」


「見たことないパワーカードとか、美味しそうな食材は欲しいかな」


「さすが師匠」


 そんなにさすがなこと言ったかな。

 尊敬されていると何でもさすがにされてしまう。


「じゃあ帰るよ。さよなら」


 転移の玉を起動して帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、またクエストだったのか。

 もうどの辺がクエストなのかよくわからん。

 どうでもいいけど。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「オニオンさん、こんにちは」


 ちょっと時間が余ったので魔境へ来た。

 どーもこうやって息抜きのために魔境を利用しているのは、あたし達だけのようだが。


「今日は遅いですね?」


「人と会ってたんだ。元商人のイシュトバーンさん」


「ほう、大物ですね」


 やっぱ知ってるとそういう認識なんだな。


「おもろい爺ちゃんだったよ。でもおっぱい触ってきたから、魔境に捨ててドラゴンのエサにするぞーって脅したら騒ぎになった」


「アハハハハ、女好きという噂を聞いたことありますが本当でしたか。でもいい女しか相手にしないという話ですよ」


 それは少し気分がいいかな。


「あ、いけない。時間ないんだった。宝飾品狩り行ってくるね」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


「今日は直で真ん中に向かうんでやすね」


「そうだね。出会った魔物を倒しつつ中央部へ、富の源泉ウィッカーマン様を目標に定めるとするかな」


「「「了解!」」」


 オーガ、ガーゴイル、クレイジーパペットを倒しつつドラゴン帯へ。

 ドロップ・レアドロップ確率が増えるスキル『豊穣祈念』大活躍だ。


「クレイジーパペットってレアドロップないねえ」


「透輝珠がレア枠だけど絶対落とすんじゃないでしょうか」


「そうか、そんな感じだねえ」


 じゃあクレイジーパペット出た時に『豊穣祈念』は要らないのか?

 いや、ひょっとするとスーパーレアがあったりするかもしれないし。


「グレーターデーモンね」


 あ、珍しいな。

 まあ『豊穣祈念』で『雑魚は往ね』なんですけれども。


「ドロップは、鳩血珠と素材の『悪魔の尻尾』ですね」


「両方初めてだよねえ。レアい?」


「鳩血珠はかなり珍しいです。レアリティ・価格とも透輝珠以上黄金皇珠以下でしょうか。『悪魔の尻尾』はごく低級な魔族からもドロップするはずですが、私達今まで魔族とほとんど戦っていませんから」


 そうか、思わぬところに落とし穴がある。

 転送先で遭わない魔物だと、そいつがドロップするアイテムは手に入らないんだよな。


「そういやレッサーデーモンもほとんど見ないねえ」


「ヴィルがいるから、デビルが寄らないのかもしれないね」


「案外当たってるんじゃねえか?」


 出現率が低いことは低いんだろうけど、それが遭遇率とイコールとは限らないんだよな。

 あたし達人形系レアとは出現率以上に遭遇してる気がするし。


「ま、いいや。一歩前進したね。どんどん行こうか」


 今日は2時間足らずの魔境探索だったが、この後ウィッカーマンやデカダンスと遭遇しまくり、羽仙泡珠4個黄金皇珠8個をゲットした。

 鳳凰双眸珠こそドロップしていかなかったが、そんな日もある。


「マンティコアね」


「よーし、凄草落とせっ!」


 『豊穣祈念』からの『雑魚は往ね』と。


「やたっ、凄草落とした!」


「結構な大株ですぜ」


「今日は帰りましょう。エーテルが抜けない内に植えた方がいいと思います」


「そうだね」


 カカシの話によると、抜いてしばらくするとエーテルが抜けてヘタるということだった。

 当然味ばかりでなく、株の生きの良さにも大きく影響するのだろう。


「それにしても、この凄草もピンピンしてるねえ。マンティコアの性質なのかな?」


「うーん、どうでしょう?」


 急ぎべースキャンプに戻る。


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


「オニオンさん、凄草取れたんだ。葉っぱ食べてみて」


 1枚ちぎって渡す。


「いただきます。……これは甘い!」


「でしょ? これ時間経ってシナシナになるとダメなんだって。今日は帰るね」


「ハハハッ。さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「こりゃあ、なかなか立派な株じゃねえか。2株に分けて植えていいぜ。エーテルもたっぷりだから、次回の株分け時に十分間に合う」


「おお、やったあ! やっぱりゲットしたらすぐ持って来るのがいいんだね?」


「そりゃそうだぜ、ユーちゃん。株の体力の回復にエーテル使っちまったら、株分けなんてお呼びでねえよ」


「うんうん、わかった。これからも凄草手に入れたらすぐ帰るよ」


 クララに御飯の用意を任せ、あたしはカカシと凄草談義だ。


「やっぱエーテルが肝だなー。自動でエーテル集めて凄草育てられるようにしたいんだよね。今後何日か戻ってこられないクエストがないとも限らないじゃん?」


「まあな。エーテル供給自動化は理想かもしれねえが、可能なのかい?」


「多分できるよ。方法も思い付いてるんだけど、あたしじゃわかんない技術なんだよね」


「ほう、そりゃ大したもんだが、当てはどうなんだ?」


「うーん、当てもあるんだけど、伝手が弱いんだなー」


 地中のエーテルを集めるのは、『強欲魔女』と呼ばれるカトマスの人マルーさんの技術だというが?

 カトマス行ったことないし、繋がりのあるアンセリもデス爺もマルーさんを嫌ってるしな。

 9人のドーラの実力者、いわゆるパワーナインの一角に数えられるほどの存在だ。

 いずれどこかであたしの運命と絡みがあると思いたい。


「その内何とか頑張ってみるからね」


「おう、でもムリすんなよ」


 家の中のクララに声をかける。


「明日バエちゃんとこ行こう。そう伝えてくるよ」


「はい、行ってらっしゃい」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームにやって来た、が?


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「あっ、取り込み中だった?」


 同じ赤い瞳を持つ30絡みの女性が、バエちゃんと何やら話をしていた。

 気の強そうな雰囲気を漂わせている美人だ。

 所作、レベルからすると冒険者ではない。 

 スーツ姿だが、ブルーネットの髪を短めにまとめているところを見ると、やはり聖職者だろうか? 


「シスター・テレサ? お噂はかねがね」


 ビンゴのようだ。

 いきなり名前を呼ばれたその女性が軽く驚いた表情を見せ、不審げに問いかけてくる。


「そうですが……あなたは?」


「噂の『アトラスの冒険者』、精霊使いユーラシア・ライムさんですよ」


 バエちゃんが紹介してくれる。

 どんな噂よ?


「えっ、あなたがあの?」


 深々と頭を下げるシスター・テレサ。


「御提案いただいた改良型テストモンスターですけど、生産が追いつかないほどの大ヒット商品となっているんです! またユーラシアさん自身の目覚しい活躍もあり、私もイシンバエワも多額のボーナスを支給されました。あなたに足を向けて寝られないです」


 やっぱりお金が絡むのな。


「それは良かったねえ。あたしの方もありがとうだな。この前もらったパワーカード『刷り込みの白』、あれがないと倒せない魔物がいるんだよ。すごく助かってる」


「そうでしたか! それはそれは」


 褒め合いもその辺で、って感じでバエちゃんの割り込み。


「で、ユーちゃんどうしたの?」


「明日の夜、一緒に御飯食べよ。お肉持ってくるよ」


「あっ、じゃあ明日カレーにする!」


 シスター・テレサが仲間になりたそうにこっちを見ている!


「あの、私も御一緒してよろしいでしょうか?」


「もちろん。あ、うちの精霊と悪魔が来るけど構わないかな?」


「あ、悪魔?」


 驚くシスターにバエちゃんと代わる代わる説明する。


「悪魔と言っても好感情好きの子なんだ。普通の悪魔みたいにこっちの嫌がることはしてこないから、心配する必要はないよ」


「くるっとした白髪と犬耳のちっちゃい子で、とっても可愛いんですよ。しかも『いい子』の固有能力持ちで、思わずぎゅっとしたくなります」


「そうなの? 楽しみねえ」


 あたしも明日楽しみだな。

 シスター・テレサを玩具にできるぞー。


          ◇ 


 夕食後、寝る前にサイナスさんとヴィル通信だ。


「サイナスさん、聞こえる?」


『ああ、よく聞こえるよ』


「今日、イシュトバーンさんとの会見は無事終わったよ」


『どうだった?』


「おもろい爺ちゃんだった。でもちょっとえっちだな」


『ハハハ、そうか』


 ちょっとじゃなかった、かなりだった。


「それから、レイノスの空き店は貸してもらえることになったから」


『そうか、やったな』


「うん、青のセレシアさんにはそう連絡しといてくれる?」


『わかった。しかし今後、セレシア族長と商人の連絡が難しいんじゃないか?』


「そうだねえ。ちょっと考えとくよ」


 セレシアさんとラルフ君パパにヴィルを紹介しておくべきか?


『それと黄の民フェイ族長代理から、輸送隊の人選が終わったので見て欲しいと連絡あったぞ』


「あ、じゃあ明後日行くって伝えといて」


『ん? 明日コップの試作品取りに来るんだろ?』


「行くけどこっちでも用があるんだ」


『そうか、忙しいんだな。じゃあおやすみ』


「サイナスさん、おやすみなさい。ヴィル、ありがとうね。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 よしよし、寝るか。


          ◇


「カカシー、いずれはステータスアップ薬草を全部凄草に置き換えるの?」


「ああ、その方が効率いいだろ?」


「パワーアップの? そりゃそうだねえ」


 今日は凄草以外のステータスアップ薬草の株分けの日だ。


「効率もいいんだろうけど、凄草の方が圧倒的に美味しいんだよ。甘いし。まさにデザートサラダ」


「ハハハッ、いいじゃねえか。理由は何でも」


「まあね」


 正直、ステータスアップ薬草を食べて強くなってるのかと言われると、実感はない。

 でも美味しい不味いは一口でわかるし。

 ……凄草が魔法の葉みたいな味だったらと思うと恐ろしいな。


「そうだ、そろそろ落ち葉を集められるだろ? 今使ってない庭の隅にオイラが穴開けとくから、そこに一杯になるよう落ち葉集めて入れておいてくれるといいな。冬の内に腐葉土にしておくぜ」


「あ、そうだった」


 腐葉土については前にも言われてたな。

 収穫すると土地が痩せる。

 栄養分は補っておかねばならない。

 的確な指示を出してくれるカカシの存在はありがたいなあ。


「じゃ、出かけてくるよ」


「気をつけてな」


 灰の民の村へ出発。


          ◇


 村への道の途中でうちの子達と話す。


「カカシが腐葉土作るから落ち葉集めといてくれって」


「何でもいいんでやすかねえ?」


「乾くとパリパリになるような落ち葉が、分解が早くて一番いいですけど、まあ何でも大丈夫ですよ」


「ホールができたら早めがいいね」


 うむ、寒さ本番になってからだと作業大変だしな。


「ところでクララの『フライ』って、覚えたての頃よりかなりすごくなってない?」


「そうですね。あの魔法、消費マジックポイントは起動してる時間に比例するんです。早く飛べた方が有利ですねえ」


「あ、そうなんだ? 暇な時、スピードを検証してみないといけないねえ」


 検証しなきゃいけないスキルは、実はまだあるのだ。


「アトムの『マジックボム』、あれ投げつけないで、そっと置いといたりするとどうなるの?」


「爆発しないでそのままでやすよ。刺激与えりゃボンですが」


「それってどれくらいの時間、効果が持続するのかな?」


「え? そりゃやってみたことがねえんで」


 ふうむ、面白いな。

 ずっと効果が続くなら、トラップ的な使用法が可能になるが。


「『デトネートストライク』もわかんないことあるけど、あれは迂闊に実験すると何かのフラグ立ちそうだしなー」


「あれはデンジャラスね」


「黒の民の『マナの帳』ってあるじゃん? 掃討戦の時サフランが使ってたやつ。あれ教えてくれって言ったらどうなのかな?」


 闇属性・聖属性に対する耐性は、レベルがカンストした今になっても該当スキルが得られず、また装備でもそういうのがない。将来必要になるかもしれない。


「姐御はいろいろ考えてるんでやすねえ」


「そりゃあんた達のリーダーで天才美少女冒険者のユーラシアさんだからね」


 村の門が見えてきた。

 他色の民の村に比べて質素な門だけど、灰の民の村はこれが一番合ってる気がする。


「こんにちはー」


「やあ、いらっしゃい」


「これお土産、皆の味方コブタ肉だよ」


「いつもすまないね」


 サイナスさんに挨拶する。

 ふーん。


「何だい?」


「最近ちょっと族長っぽくなってきた気がするなーって」


「精霊使い様にそう言われると嬉しいね」


 マジで嬉しそうだな。

 そういうのわかるんだぞ?


「で、これが赤の民の試作品のコップ」


「……随分と多くない?」


 陶器とガラスともに10個ずつ計20個。

 そーいや陶器って乾かすのに時間かかるんじゃなかったか?

 短縮する技術があるのか、それとも元々試作品みたいなのがあったのかな?


「それぞれに番号札ついてるから取らないようにな」


「あ、なるほど」


 いい悪いを番号で知らせてくれってことか。


「持てるかい?」


「いや、それは転移で飛ぶから大丈夫だけど」


 転移か、そういえば……。


「じっちゃんの転移って、転移先のビーコンの位置をずらすとどうなるんだろ?」


「そりゃずらした位置に転移するだろ。もっともデスさんは転移先が見えるって言ってたから、事故にはならないだろうけど」


「何か思いついたんですか?」


 クララが聞いてくる。付き合いが長いから、こういうところ敏感だな。


「いや、さっきの腐葉土用の落ち葉の運搬だけどさ、穴の中にビーコン置いて転移すれば一度に運べるなーって思っただけ」


「ユーラシアはいつも変なこと考えてるなあ」


「いつも変ってゆーな」


 革新的と言って欲しいものだ。


「じゃあ、今日は忙しいから帰るよ」


 アレクとエルの関係がその後どうなってるか、気にはなるが仕方がない。


「ああ、明日も来るんだろ?」


「そうだね。黄の民の村へ輸送隊の人員の選抜に行く」


「その時は付き合おう」


「うん、お願い」


 あたしが単独で余計なことしてると思われないために、族長であるサイナスさんの存在は重要なのだ。

 一方、実力者デス爺の後任ということでどうしても軽く見られがちだったサイナスさんの存在感が、あたしと一緒に行動していることから大きくなっているような気もする。

 穿ち過ぎかな?


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに到着。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 ポロックさんはいつも『チャーミング』と言ってくれるので、最近あたし専用の形容語のような気がしてきた。

 あたしを形容する栄誉に浴することができて、きっと『チャーミング』も幸せだろう。


「今日は掘り出し物屋さんの日だったよね?」


「そのはずなんだが、まだ来てないんだよ」


「あ、そうなんだ? 初めて掘り出し物屋さんより早く来られたな」


「大方、どれを出品しようか決めかねてるだけだと思うよ。よくあるんだ」


「そーかー。あたしの欲しいものがあるといいな」


「ハハハ。もうかなり掘り出し物目当ての冒険者達は集まってるよ」


 ギルド内部へ。

 ほんとだ、人が多い。

 やっぱいいもの安く買える機会は貴重だからなー。

 何たってギルドの商売は、まがいものを掴まされるおそれがないところがいい。


「「「「師匠!」」」」


「皆、おはよう」


 あたしを師匠と崇め奉るラルフ君パーティーだ。


「これ、赤の民が依頼請けてた、取っ手付きコップの試作品だよ。ヨハンさんに渡しといてね」


「あ、思ったより数が多いですね。自分が1人で転移してこれ置いてくるから、その間に掘り出し物屋が来たら、目ぼしい品をチェックしておいてくれ。すぐ戻る」


「「「了解!」」」


 おお、マジモードだね。

 ラルフ君が転移の玉を起動していなくなる。


「師匠はパワーカードや食材が目当てなのでしたか?」


 剣士ゴール君が聞いてくる。


「いや、すっごく欲しいってわけでもないから、後で売れ残り品でも漁ろうかなと思ってるんだ」


 買い取り屋さんでアイテムを引き取ってもらって食堂へ。

 あれ?


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 ソル君とダンに遊んでもらっていたのか。

 この可愛いやつめ。

 ぎゅっとしてやる。


「ソル君とダン、だけ? アンセリはいないの?」


 ダンがニヤニヤしながら言う。

 

「ぜひ精霊使いの……じゃねえな。ぜひ美少女冒険者の意見を拝聴したいことがあるんだ」


 ははあ、どうやら面白いことらしいな?

 了解。


「何だろ? 超絶美少女冒険者が力になるよ」


「実は……」


 疲れたような表情のソル君が話し始める。


「今日の夜の御飯は何がいい、と聞かれたんです」


「うん、3人に?」


「そうです」


 ソル君は元々母と2人暮らしで、現在はパーティーメンバーのアンとセリカがソル君の家に転がり込んでいる。

 食事は女性3人で作っているということなのだろう。


「で、何でもいいと答えたら、3人とも不機嫌になってしまって……」


「バッカだなー」


 何を悩んでいるかと思えばくだらないことを。

 くだらないことが大好きなダンが大喜びしてるじゃないか。


「いや、でも本当に何でもよくて。贅沢言える身分でもありませんし」


 くだらないが、しかし由々しき事態には違いない。

 こんなことで将来有望なソル君パーティーがギクシャクしてもつまらんしな。


「ちなみにこれ、ダンだったらどうする? 肉が食いたい鍋が食いたいって言うよね?」


「もちろんそうだな」


「でもそれはあんたが大農場のボンボンで、食べたいものを食べられる環境にいるからだぞ? ソル君の立場だったら何と答える?」


 途端に険しい顔になるダン。

 ダメなやつらだな、まったく。


「食いたい料理が、必ずしもその場で可能なわけじゃないしな?」


「そうなんですよ。食べられるものなら十分なのに」


「女心がわかってないなー。どーして料理の種類で答えを出そうとするんだよ」


「するんだぬ!」


 よしよし、ヴィルいい子。

 それに対してあたしが何を言いたいのか、全然理解してなさそうな2人。

 頭の横っちょに疑問符が浮かんでるぞ?


「本当に何でもいいなら『愛情のこもってるものなら何でもいい』、こうだろ」


「「おお~!」」


「『君がオレに食べさせたいものは何かな?』、『皆で美味しく食べられるものにしよう』、『食べて幸せな気分になれるものがいいな』、どんだけでもバリエーションはあるでしょ?」


「素晴らしい!」


「なるほどな! そういうことか」


 感心しきりな2人。


「初めてユーラシアが尊敬できるようなことを言ったぜ」


「常に尊敬しててもバチ当たんないぞ?」


「そうか、それが模範解答なのか」


「模範解答に頼ると、アンセリは賢いからすぐあたしが入れ知恵したってバレるぞ? 自分の言葉で言うこと。それから感謝の気持ちを伝えること、いいね?」


「はい、ありがとうございます!」


 お店ゾーンで歓声が上がる。


「ようやく掘り出し物屋が来たようだな。冷やかしにいくか」


「あれ、ダンは特に欲しいものないんだ?」


「攻撃スキルのいいやつが安けりゃ欲しいな」


「そんなのあったらすぐ売れちゃうんじゃないの?」


「売れちゃうぬ!」


 ダンは前々からスキルに興味ありそうなのに、何故か衝動で買ったりはしないんだよな。

 バエちゃんの売り上げに貢献してやればいいのに。

 何か特殊な拘りでもあるんだろうか?


「見に行きましょう」


 お店ゾーンへ。

 おお、ごった返してるね。

 なかなかの熱気だ。


「はい、いらさいいらさい。早い者勝ちだよっ!」


 今日は装備品がメインで、その他いろいろな感じ。

 しかし残念ながら、パワーカードも食材もないようだ。

 まあ食材を売るとは思ってなかったが。


「このバックラーの性能は?」


「防御力+5%、回避率+5%に過ぎないが、マジックポイント自動回復3%がついてるぜ。6000ゴールドだ」


「よし、買った!」


「風読みの長弓欲しいやつはいないか? 命中率補正付きの逸品だ。これも6000ゴールド!」


「買います!」


 あ、ラルフ君だ。

 そういや弓欲しいって言ってたっけな。


「そこの栗の杖のジュエルは何ですか?」


「透輝珠だ。中級向け4000ゴールド!」


「いただきます!」


 活発に売買がなされる。

 皆が興奮してるのがわかる。

 ヴィル悪酔いしないかなあ?

 あたしの側にいなさい。


「パワーカードの出物はないなあ」


「値切られるから懲りたんじゃねーか?」


 やっぱそーかなー。

 最初の時は悪いことした。

 もっとも今パワーカードが出品されたとしても、買うとは限らんのだが。


「あ、スキルスクロールもあるね」


「オヤジ、何のスクロールだ?」


「『鹿威し』3000ゴールド、『煙玉』2000ゴールド、『プチウインド』1000ゴールドだよ」


「『プチウインド』ちょうだい!」


 反射的に買ってしまった。

 美少女精霊使いが買ったってことで注目されたし、掘り出し物屋さんには警戒されたけれど。


「おいおい、あんたには必要ないだろう?」


「まあ必要性で言えばそうなんだけど」


 『プチウインド』。

 『火の杖』に付属する『プチファイア』と同じく、マジックポイントの必要ない攻撃魔法だ。

 同じ風属性の『ウインドカッター』に比べても、与ダメージは小さいのだけれども。


「ダン買わない? あの沈黙無効の子の攻撃手段としてちょうどいいと思うよ。でなきゃピンクマンに売ってもいいな。今日来てないけど、魔法銃にノーコストの魔法は相性いいと思うんだよね」


 おお、考えてる考えてる。

 プチ系攻撃魔法はノーコストというだけで価値が高いので、キープする意味で買ってみたのだ。

 どういうわけだか、その属性魔法の固有能力持ってても覚えられないし、バエちゃんとこでも売ったらいいのにな。

 今日提案してみよ。


 15分もするとほとんどの出物は売れてしまい、人もいなくなっていった。

 その中であたしは最後に残ったあるものに注目していた。

 皆が欲しがるというものではないが、手に入れようと思うとなかなか難しいからだ。


「クララ、あのくらいの大きさでも、転移先ビーコンには使えるかな?」


「十分だと思います」


 それならば欲しい。

 キープしておく意味でも買うべし。


「掘り出し物屋さーん、その石いくら?」


「……1個500ゴールドだ」


「やだなー。そんな疑り深い目で見ないでよ。最初のパワーカードの時は悪かったと思ってるから」


「そうかい? あれは俺にとってもトラウマでな」


 掘り出し物屋さんの狷介な表情が少し和らぐ。

 それでも美少女をみる目じゃないんですけど。


「精霊使いさんよ、あんたこの石知ってるのかい?」


「黒妖石でしょ?」


「ほう?」


 掘り出し物屋さんは驚いたようにあたしを見る。


「ユーラシアさん、あの石何なんですか?」


 ソル君が聞いてくる。


「魔力を溜められる石なんだよ。ただあれは小さくて、そういう用途ではちょっと使いづらい」


「そこまでわかってるのか。じゃあ仕方ねえ。250ゴールドでいいぜ」


「いや、500ゴールドで買うよ。全部ちょうだい」


「「「えっ?」」」


 掘り出し物屋さんとダン、ソル君の声がハモる。


「10個で合計5000ゴールドだ。いいのかい?」


「いいよ。でもこれで貸し借りなしだよ」


 掘り出し物屋さんがニッと笑う。


「よーし、いい買い物したっ!」


 ダンが訝しげに聞いてくる。


「何に使うんだ、それ?」


「うーん、本当に使うかどうかはわからないんだけど、これじっちゃん、灰の民の村の元族長ね、の転移術で行先の目印になるんだよ。割と珍しい石で、これくらいの大きさになるとあんまり見ないから買っといたの」


「転移術、ですか」


 ソル君にも思うところがあるようだ。


「『アトラスの冒険者』のクエスト転送先以外にも、色々行けるところがあったら楽しいと思わない?」


「そうですね」


 落ち葉を運ぶのに便利そうだ、などという夢のない使用法は言わないでおく。

 氷晶石の隣にでも置いておこう。


 実は氷晶石も思ったより使い勝手が良くなくて持て余し気味なのだ。

 冷蔵庫は冷気を完全に遮断する材料がないと難しいんだよな。

 肉を悪くならない内に消費し、また気軽に狩って来られるという状況も必要性を低下させている。

 まあ食堂でも始めたら、氷室作って役立たせればいい。


「ユーラシアさんはこれからどうするんですか?」


「レジャーだよ」


「レジャー感覚で魔境行くのはあんただけだ」


「どーして魔境だって決めつけるんだ。その通りだけれども!」


 一笑いの後、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ここのところ魔境出勤率が高い。

 手当がついてもいいくらいだと思うけど、魔境はレジャーだしな?


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 魔境ガイドのオニオンさんはいつもニコニコ迎えてくれる。


「すっかり常連ですねえ。今一番魔境に来て下さるのが、ユーラシアさんとソールさんですよ」


「あたし魔境大好きだよ。ただ初夏頃に来てたら、もっといろんな植物を見つけられたはずなんだよね。それが惜しいなあ。あたし『アトラスの冒険者』になってまだ2ヶ月ちょっとくらいだからさ」


「ハハハ。それが既にマスタークラスですからねえ。初夏でしたら、また来年に来てくださいよ」


「うん、そーする。来るなって言われても来る」


 それはそうと、ソル君も頑張ってるんだな。


「……そういえばソル君と、魔境で会ったことないな?」


「時間帯ですかね。ソールさんのパーティーは、午前中においでになることが多いですよ。今日はまだですけど」


「さっきギルドに掘り出し物屋さんが来ててさ、そこで会ったんだよ。とすると今日は来ないっぽいな?」


 アンセリは料理の日みたいだし。


「そろそろソールさんもドラゴンにチャレンジするんじゃないでしょうか。獣人の冒険者ゲレゲレさんから、強力なバトルスキル教わっていましたし」


「あ、ひょっとしてオニオンさんが仲介してくれた?」


「ええ、まあ」


「そうかー、ありがとう。ドラゴンスレイヤーのお祝いには参加しないとな」


 獣人の冒険者ゲレゲレさんか。

 ユニコーンクエスト懐かしいなあ。

 掃討戦後の励ます会でちょっと喋ったけど、その後会ってない。


「ゲレゲレさん、ほとんど会えないんだよね。あんまりギルド来ない人なのかなあ?」


「そうですね。おそらくクエストも、ノーマル人にあまり関わらないものが振られていると思います。亜人はやはり差別されがちですから。ギルドにも換金くらいにしか寄らないかも知れません。冒険者達はそんな変な目で見ることないんですけどねえ」


「むしろあたしが変な目で見られてる気がするよ」


「アハハ、ユーラシアさんは有名人ですから」


 変な意味で有名人だったら嫌だなあ。

 まあ、行くとしよう。


「今日は北まで行ってそのまま転移の玉で帰るから、ここへ戻ってこないと思う」


「そうですか。行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


「今日も宝飾品目当てですかい?」


「そうだね。クエストはしっかりこなさないと」


「バット、もうメニーメニーね」


「クエストはしっかりがっつりバッチリこなさないと」


「姐御はケツの毛の代わりに何を要求するつもりなんでやすかねえ?」


 クララがクスクス笑っている。


「いや、もし依頼主が帝国の偉い人だったりしたら、それで妥協引き出せるかもしれないでしょ?」


 うちの子達が驚く。


「ユー様、そんなことを考えていらしたんですか?」


「考えるだけは考えるよ。タダだし」


 戦争の近いこのタイミングで、帝国がドーラにおゼゼ落とそうとするなんて、まあありえないとは思う。

 でもこんな依頼出せるほどのお金持ちって限られるよな?


「ケルベロスね」


「……背中光ってるように見えやすぜ」


「あっ、本当だ! 逃がすな!」


 レッツファイッ!


 ダンテの豊穣祈念! あたしのハヤブサ斬り・改×2! よし、仕留めた!


「やった! 『エナメル皮』だ! 初の素材は嬉しいね」


「レアじゃない割に苦労しましたねえ」


「まあ1つは手に入れとかないと。パワーカード交換の関係があるから」


 よしよし、今日も前進したな。

 出遭った魔物をちぎっては投げちぎっては投げ(投げてないけど)、手当たり次第に倒しながら中央部へ。


「……リッチーです」


「リッチーかー」


 アンデッド系最強とされる魔物だ。

 倒せないとは思わないけど、旨みがないので食指が動かない。

 マジックポイント消耗すると、今日の宝飾品狩りに影響するしな?


「やめとこう。ウィッカーマン以外の中央部の最強魔物群は、宝飾品クエストが終わってからの楽しみに残しとく」


「楽しみでやすか?」


「楽しくない?」


 アトムが不敵な笑顔を見せる。

 あたし達はバトルマニアではないけど、ドロップが何かくらいは気になるのだ。


 さらに北へ。

 ウィッカーマンやデカダンスを倒しながら魔境北辺を目指す。


「北辺はまだわかんないこと多いから、今日は西めのところから見ていくよ」


「「「了解!」」」


 クララによると、北辺西部は比較的寒いところの植物が多い傾向にあるとのこと。


「ニンニクあります。取っていきましょう」


「これ栽培は難しいんだ?」


「暖かいところでもよく育つ品種はあるんですけど、これはうちでは難しいですねえ」


 まあそういうのは素直に諦めよう。

 ニンニクは比較的あちこちで作られている作物だ。

 どうしてもうちで育てなきゃいけないってわけでもないし。


「それにしてもこの辺りは人形系レア多いねえ」


「あそこの奥まったところ、デカダンスばかりいるように思えますが」


 ……本当だ、お宝が群れている。

 行くべし。


 普通にデカダンス3体と戦闘になる。

 どうなってんだこれ?


「ボーナスゾーンね!」


「あはは、そうだねえ!」


 世界樹折っちゃったラッキーデーを思い出すなあ。

 奥にはウィッカーマンばかりのゾーンだ。


「どうしやす?」


「いやいや、さすがにウィッカーマン2体同時に相手にするのはムリだから」


 先制『メドローア』×4とか嫌過ぎる。

 しかしこの時閃いた。


「……もっと奥には何がいるんだろ?」


「「「えっ?」」」


 ウィッカーマンは気が荒い。

 これだけウィッカーマンの多く生息しているゾーンの向こう側など、誰かが行ったことなんてあるはずがない。


「対ウィッカーマン用のカード編成にして。でもウィッカーマンをなるべく刺激しないよう、ゆっくり奥へ抜けるよ。戦闘になった時は『煙玉』で逃げる」


「「「了解!」」」


 そろりそろりと奥へ。

 以前、突然襲われた経験があったから好戦的なやつという認識があったが、こっちが気にしてないとウィッカーマンも関心を持たないみたいだな?

 そういうセンサーでもついてるんだろうか? 


 ウィッカーマンばかりのゾーンを抜けた奥にそれはいた。


「クララ、あれ何だかわからない?」


「わかりません。人形系レアの新種だと思われます」


 『魔物図説一覧』を暗記している子クララが言う。

 うむ、そうだろう。

 艶かしいとさえ言える赤く輝く肌が非常に印象的な魔物だ。

 一度見れば忘れられない存在なのに図鑑に載ってないならば、あれは知られていないのだ。


「……何をドロップするか気になるねえ」


「相当ヤバいやつですぜ?」


 うん、それはわかってるんだが。


「交戦する。アトムは『コピー』で、クララは『ハイリカバー』、ダンテは1ターン目に『三属性バリア』、2ターン目に『豊穣祈念』で」


「2ターン目?」


 クララが不思議に思ったようだ。


「地形を見て。やつは逃げられない」


「あ……」


 三方を岩壁に囲まれているのだ。

 今がチャンス!


「行くよっ!」


 レッツファイッ!


 赤の女王(仮称)のビリビリレイン、レッドスプライト、メドローアの3連発! レッドスプライトはアトムが、メドローアはあたしが受ける。厳しい! ダンテの三属性バリア! あたしのハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! アトムのコピー! あたしの攻撃を繰り返す。ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! もう一度ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! クララのハイリカバー! 大体想定内だ!


「いける! 作戦通りに!」


「「「了解!」」」


 赤の女王(仮称)は逃げようとするが逃げられない! ダンテの豊穣祈念! あたしのハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! アトムのコピー! あたしの攻撃を繰り返す。ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! もう一度ハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! クララはハイリカバーをキャンセルして勇者の旋律! ナイス判断、もう少しだ!


「ダンテ、『些細な癒し』!」


「了解!」


 赤の女王(仮称)のスパーク3連発! ダンテの些細な癒し! 全体小回復だ。あたしのハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! 赤の女王(仮称)が悲しげな叫び声を上げて崩れ落ちる……!


「リフレッシュ! さて、お宝はっと」


 宝飾品が2つ。

 両方見たことのないやつだけど?


「何かウィッカーマンが大勢で来るから逃げるよ! 転移の玉っ!」


 1体だから相手になるのだ。

 集団で襲ってこられちゃかなわん。

 一目散に帰宅する。


          ◇


「ふひー、大したやつだった。ああいう地形じゃないと絶対倒せないねえ」


 家でまったりティータイムと洒落こみ、赤の女王(仮称)戦について話す。


「ワッツ、ドロップアイテム?」


「何だろ、クララわかる?」


「片方は邪鬼王斑珠。鳳凰双眸珠ほどではありませんが、この世に数個しか確認されていない世界的な宝飾品です。もう片方は……わかりません」


 虹色の雲のような斑の入った方は世界的な宝飾品だという。

 しかし名前がわからない、ふわふわと雰囲気が変わり、何色とも判じがたい不思議な珠の方が遥かに格上だと感じられるのは何故だろう?


「この珠、明らかに素晴らしい宝飾品だけど、多分世界にこれ1個だけだよ。市場価格とか考えられないから、適正価格で引き取ってもらえないなあ。困ったもんだ」


 おゼゼにならない宝飾品なんてどうしたらいいんだ。

 あたし達には飾って楽しむ趣味はないしなあ。


「あれはひょっとすると、1体だけしかいないんでやすかね?」


「うーん、どうだろ?」


 確かめる気も起きないんだけど?


「ああいうウィッカーマンを超える化け物がいるってわかっただけでも収穫だよ。行くだけで危ないし、倒せたのもまぐれみたいなもんだ。それでいいじゃん」


「そうですねえ」


 魔境はまだまだ面白いことがありそうだ。


「さて、ボチボチバエちゃんとこ行こうか」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「バエちゃーん、シスター、肉持ってきたよー」


 チュートリアルルームにやって来たが、おかしいな、誰も出てこない。

 もっともこの臭いで想像はつくのだが。

 もー換気しなってば。

 向かいの壁の突起を操作して控え室へ。


「こんばんはー」


「うえええ、ゆーぢゃーん……」


「ユーラシアさん……」


 悲嘆に暮れる2人。

 かれえ焦がしたな?

 久しぶりの焦げ臭さ。

 しょーがないなー、シスターまでへっぽこだったとは。


「どうなってる? ちょっと見せてみ?」


 鍋を見せてくるバエちゃん。

 あ、焦げが全体に回ってるわけじゃないし、半分くらいは無事じゃん。


「こんなんなっちゃった……」


「見事に焦げ付いたねえ。でもこれなら大丈夫だぞ?」


 シスター・テレサも困惑している。


「あ、あの量が……」


「大丈夫だってば。クララ、肉たっぷり煮といて。野菜とフルコンブ取ってくる」


「あ、タマネギとニンジンはあります!」


「じゃ、それも一緒に煮て、灰汁取っといて」


 おお、さすがクララ先生早い。

 もう具が皆鍋の中に入ってるじゃん。


「行ってくるよ」


 転移の玉を起動し帰宅、フルコンブを持ってチュートリアルルームへ戻る。


「おまたせっ! もう沸騰してるね」


 クララが灰汁を掬い取っている間に、フルコンブを細切りにする。


「いいかな? フルコンブ投入」


 肉と野菜とフルコンブの相乗効果を見よ!

 しばらく煮て味見、おお、いい感じに旨味出てるじゃん。

 さすがフルコンブ。


「塩ちょうだい」


 薄めに味付け、最後に焦げ残りのかれえを入れてよく混ぜて……。


「ほい、できあがり! 具多めのかれえスープだよ」


「「あっ、美味しい!」」


 そりゃ美味いよ?

 かれえだもん。


「ど、どうして……」


「あたしはかれえらいす美味しいと思ったけど、こっちの世界では食べつけないものだからさ、初めはこれくらいマイルドなものを普及させた方がいいかなと思ってるんだ」


「普及って、ユーラシアさん、それは……」


 シスター・テレサが驚いている。


「こっちの世界でもくみん・たあめりっく・こりあんだあは見つけたんだ。来年にはかれえの試作品作ってみせるよ」


「ユーちゃんすごーい!」


「かれえは美味しい上に味も香りも独特だからね。こっちの世界でも絶対ヒットするよ。米普及の切り札にしようと思ってるんだ」


「ちょっと待って! こっちの世界って?」


 え? そこから?


「えーと、バエちゃんやシスターの世界とは亜空間で隔てられた、こっち側の世界という意味だけど?」


「どーして知ってるの!」


「ヴィルカモン!」


 いちいち説明するのは面倒なのでヴィルを呼び出す。


「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん、ヴィル参上ぬ!」


「ヴィルちゃんいらっしゃい」


「悪魔? あ、昨日言ってた……」


「こんばんはぬ! ……こっちのお姉さんは誰かぬ?」


「シスター・テレサ。バエちゃんの上司だよ。シスターにこのチュートリアルルームの空間について教えてあげて?」


「わかったぬ! ここは亜空間に浮かぶ、小さな独立した実空間だぬよ」


 口あんぐりのシスター・テレサ。

 このパフォーマンスそっちの世界でも共通なのな。


「そ、そんな……」


「大体いろんなオーバーテクノロジー見せつけといて、今更同じ世界でございはありえないでしょ。そんなことより御飯食べようよ。冷めちゃうよ?」


          ◇


「美味い美味い。全然イケるじゃん。やっぱり薄めのスープでも十分かれえの特徴は出るね。それがわかったのは収穫だった」


「ユーちゃんは勉強熱心ねえ」


「あの、ユーラシアさん?」


 シスター・テレサが恐る恐る話しかけてくる。


「何だろ?」


「ユーラシアさんほど世界の理に近づいている『アトラスの冒険者』は、どれほどいるのでしょうか?」


「世界の理って大げさだなー。実空間と亜空間、そっちの世界とこっちの世界、その手のことを気にしてるかどうかは、『アトラスの冒険者』個人のスタンスによるんじゃないかな」


「スタンス?」


 シスター・テレサが首をかしげる。


「そりゃ『アトラスの冒険者』は、謎手法で『地図の石板』送り付けたり、いきなり転送魔法陣作ったりするじゃん? ぶっ飛びな事実が多いから、皆多かれ少なかれ疑問は持ってるんじゃないかな。でもお金目的だったりクエスト自体が楽しかったりしたら、世界がどうこうなんて突っ込まないよ」


「そ、そういうものですか……」


「そりゃそうでしょ。あたしだってそっちの世界の美味しい料理には興味あるけど、その他はどうでもいいもん。たまたまクエストで知り合いや知識が増えて、わかってきたことが多くなっただけだよ」


 意識してぼかした答えにしておく。

 シスター・テレサの立ち位置も権限もいまいちわからんからな。


「重要なのは目の前の生活で、あたしはこっちの世界を豊かにするために異文化交流したいんだよ。シスターも生活大事なのは一緒でしょ?」


「そ、それはもちろん」


「で、本題いくぞ? シスターの婚活がうまくいかないのはどうしてだと思う?」


 シスター・テレサがバエちゃんをキッと睨むが、バエちゃんはぶんぶんと顔を振る。


「バエちゃん、ステータス見るパネル起動してくれる?」


「え? はい」


 青っぽいパネルに掌を当てると文字が浮かび上がる。


「固有能力は『自然抵抗』『精霊使い』『発気術』『ゴールデンラッキー』『閃き』……えっ、5つも?」


「ユーちゃんこの前4つになったんだったよね?」


「うん、何かまた増えた」


「信じられない……」


 シスター・テレサが呆然とする中、話を続ける。


「最近増えたのが『閃き』、すごくカンがいいってやつ。バエちゃんが何も言わなくてもシスターの現況くらい想像つくぞってこと」


 バエちゃんは普通に頷いてるけど、シスターは何か祈るような姿勢になってきた。

 ハッハッハッ、美少女精霊使いのカリスマ性に気付いちゃったかな?


「さて、レベル99『閃き』能力者のアドバイス、聞く?」


「聞きます! ぜひお願いします!」


 よーし、食いついたっ!

 クララが、ユー様また玩具にしようとしてるって目で見てるがその通りだ。


「じゃ、まず1つ。シスターは自分がバエちゃんと同類だと思ってるかもしれないけど、それは大きな勘違いです。バエちゃんはモテる側の人です」


「うそっ、私と何が違うのっ!」


 動かぬ証拠を見せてやるか。


「ヴィル、おいで」


「何だぬ?」


「ばえちゃん、ヴィルをぎゅーしてみて?」


「ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


「どうだった?」


「すごく気持ちいいぬ……」


 さもありなん。


「じゃ次、シスターがヴィルをぎゅーしてみて?」


「ぎゅー」


「……」


 あれ、そういう反応初めてだな?


「どう?」


「余裕がないぬ。無味乾燥だぬ」


「ヴィルは好感情が大好きな悪魔なんだよ。その子にこう言われちゃうようでは、内面から滲み出るものに大きな差があると考えざるを得ない」


「がーん!」


 衝撃を受けているようだ。


「シスターも美人なんだけど、張り詰めたような雰囲気が印象良くないんだよね。隙のありそうな人はモテます。バエちゃんなんか、隙が服着て歩いてるようなもんでしょ?」


「確かに……」


「ひどーい」


 バエちゃんは怒ってるようで怒ってないが、そういうのもプラス要素だよな。


「シスターはできる女オーラを前面に出すのがいいんじゃないかな。性格は変えようのないところはあるけど、態度に出すか出さないかで全然違うことは覚えておいてね。余裕のないところ他人に見せるのは絶対ダメ」


「勉強になります」


 一呼吸おいてからニコッとすれば、それだけでシスターはモテる気がする。


「続いて2つめ、隙とポンコツは違います」


「く、詳しく!」


 食いついてくるなあ。

 余裕ないのはダメだってば。


「今日のかれえがそうだけど、いつもできてることをたまに失敗するのはドジっ娘属性として加点です。いつもうまくできないのはポンコツで減点」


「ぐさっ!」


 さっきから何だそれ?

 擬音を口に出すな。

 減点するぞ?


「バエちゃんも2ヶ月前は紛うことなきポンコツだったよ? 料理はできないし積極的に動こうとしなかったし。でも今は大体克服してる」


「料理や運動をイシンバエワが? とても信じられない……」


「当然シスターは料理できないんだよね?」


「はい」


 普通は『当然料理はできるんだよね?』って聞くのが正解なんだろうけど、答えが火を見るより明らかなんだよなー。


「こっちの世界では、料理できないのに結婚とかおこがましいんだけど、そっちは?」


「お、同じデス」


「覚えようか」


「は、はい」


 途端に自信なさそうな顔になるなよ。

 しょうがないなあ。


「料理とは高等魔術ではありません。元々食べられるものを、より食べやすくするだけです。そこまではいいね?」


「はい」


「料理は生、焼く、汁、それだけで十分」


「えっ?」


 料理人じゃないんだから、難しいレシピをいくつも覚えてりゃ偉いんじゃないんだよ。


「想像してみて。葉野菜とトマトのサラダ、目玉焼き、パンとスープ、どこから見てもちゃんとした朝食でしょ?」


「本当だ!」


「生は切るだけだから問題ないよね。じゃあ目玉焼き作ってみようか」


「はい師匠! 目玉焼きなら……」


「昔習ったことがあるから楽勝? いいからやってみて」


 フラグを見事に回収、炭化物を錬成しました。

 これと鶏卵1個が等価交換かと思うと笑えてくるね。

 泣き顔のシスターに声をかける。


「昔のバエちゃんを見るようだ。バエちゃん、教えてあげて」


「えっ? はい。まずフライパンを熱して油引いて……」


 ふむふむ、いい手つきで卵割るじゃないか。

 バエちゃんも毎日料理してるんだね。


「できた……!」


「よし、シスターはやればできる子だ。卵は火加減難しいから侮れないよ。でも逆に卵が焼ければ焼き肉も野菜炒めもできる。おめでとう、これで生と焼きは卒業です」


 シスターの目がキラキラしてきたぞ。


「最後の汁いきます」


「師匠、世の男性は煮物というジャンルの料理に憧れるようですが……肉じゃがとか」


「そんなジャンルはない。煮物とは具だくさんの汁物なり。はい、復唱して」


「煮物とは具だくさんの汁物なり、そう言われるとそうだ……」


 目から鱗が落ちたか?


「汁は水と具入れて温めるだけでいいから簡単。鍋物煮物かれえは皆このジャンルね。特にそっちの世界には、味付けのアシスト材料やレシピたくさんあるんでしょ? それ使いなよ。アレンジは慣れてからでいい」


「師匠、ありがとうございますありがとうございます!」


 盛大に感謝されちゃうなー。


「かれえやシチューみたいなとろみのあるやつは焦げやすいから、火にかける時は必ずかき混ぜること。それから煮物が固いな味が染みてないなと思ったら、朝作って食べるときにもう一度火入れるくらいでちょうどいいよ」


 魔道コンロは火使うの簡単だしな。

 あれ、バエちゃんまで真剣に聞いてるじゃないか。


「世の中には絶対アカン要素というものがあって、汚部屋や料理しないはそれに当たります。料理は簡単なものからゆっくりやっていけば、すぐにできるようになるから大丈夫。部屋は今度の休みに片付けるんだよ?」


「ぎくっ!」


 だから擬音を口にするな。

 シスターが汚部屋の主なのは想像つくから。


「3つめ、加点要素を説明します」


「加点要素?」


「あればあるほど魅力的に見える要素ってこと。あ、でも絶対アカン要素が1つでもあると、いっくら加点要素あったってパーだから肝に銘じて」


「は、はい」


 こんだけ脅しとけば気を付けるだろ。


「バエちゃん、カツラ外してくれる?」


「え? あ、うん」


 あ、ちょっと髪の毛伸びてきたね。

 青の族長セレシアさんに作ってもらった、花冠をモチーフにした頭飾りを被せる。


「これは?」


「ちょっとしたお礼だよ。とても似合ってる」


「いやん、ユーちゃんハンサム!」


 出ました、必殺技の域に達している高速クネクネ。


「見た?」


「え、今のやり取りってことですか?」


「違う、バエちゃんの素晴らしい腰のキレを。アレを可能にするしなやかな身体は、確実に加点要素だよ」


「イ、イシンバエワ、あなたどこでそれを身につけたのっ!」


「多分、あのテストモンスターだよ。初めはバエちゃんのクネクネ、あんなにすごくなかったもん」


「あっ、そうなのかな? テストモンスター変態設定の殴る蹴るは毎日やってるの」


 やはりそうか。

 他にやることがないとはいえ、バエちゃん侮れん。


「とゆーわけで、テストモンスターは確実に効果あります。ま、加点要素はさておき、健康にいいだろうから絶対ムダにはなんないよ」


「なんないぬ!」


「そ、そうですね」


「大丈夫、部屋片付ければ入るから」


「どきっ!」


 擬音コミュ面白くなってきたよ。


「とゆーか今から始めるなら、使用前使用後の記録取ればいいじゃん。初めはシスターこんなんでしたけど、使ったらこんなに綺麗になりましたって、宣伝に使えばいい。効果あることわかれば今以上に売れるぞ。ボーナスも入るし、魅力的なシスターもアピールできるでしょ」


「なるほどっ!」


「ユーちゃんアイデアマンねえ」


「アイデアウーマンだよ。いくらハンサムだからって」


 笑いが起きる。


「ユーラシアさん、ありがとうございました」


「ストイックにやる必要はないんだよ。ムリしない範囲で」


「シスター、ムシャクシャしたら変態蹴るのがオススメです」


 そうだねえ、きっとバエちゃんはそうやって続けてきたんだね。


「ところでこっちの世界では修道女全般をシスターって呼ぶんだけど、そっちは違うのかな?」


「任官試験に受かるか、一定の業績を残した修道女がシスターの資格を得ますね。イシンバエワもこの『アトラスの冒険者』チュートリアルルームを3年以上勤め上げれば、シスターと呼ばれます」


「あ、そういうシステムなんだ」


 実績のある聖職者の称号みたいなもんってことだな?

 へー、聞いてみるもんだ。


「ユーラシアさんは何か御要望はありますか?」


「希望? 『アトラスの冒険者』関係で?」


「そうですね。現役冒険者の意見を、あまり本部側が取り入れていないということは常々考えておりまして」


 仕事に関しては別人のようにできる女だな、シスターは。


「あ、そうだ。スキルスクロールの種類を増やしてくれると嬉しいかな」


「なるほど、例えば?」


「ノーコストのスキルは意外と使いやすいんだよ。『プチウインド』とか『プチファイア』とかのプチ系の魔法は、その系列魔法の固有能力持ってても覚えられないから売れると思う」


「ああ、プチ~の魔法は汎用スキルとしてスクロール化できますね。可及的速やかに手配いたします」


「お願いしまーす」


 そっか、汎用スキルじゃないと売れないのか。


「それから冒険者としてじゃないけど、そっちの世界の米使ったレシピをいずれ教えて欲しいな。こっちはこの前の掃討戦で大きい川までノーマル人の可住域増えたから、米作れるようになったんだよ。来年、試験栽培してみるんだ」


「ユーちゃん、ほんといろいろやってるのねえ」


「うん、やってみると面白いことは多いねえ」


 シスター・テレサを弄ってたら、すっかり長居してしまった。


「今日は帰るよ。またね」


「うん、また」


「お世話になりました。本当にありがとうございました」


 うむ、シスターと仲良くなれたのは今日の収穫だ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 寝る前、ハーブティーを飲みながら、まったり過ごすひと時。

 クララと話して、考えをまとめる機会でもある。

 あたしにとっては、食事と睡眠とクエストの次に重要な時間だ。

 ……あれ、あんまり優先順位高くないな?


 まあいい、先にサイナスさんとヴィル通信だ。

 赤プレートに話しかける。


「サイナスさん、こんばんは。聞こえるかな?」


『ああ、こんばんは。よく聞こえるよ』


「まず報告から。コップの試作品は、ヨハンさんの息子さんに渡してきたよ」


『うん、御苦労さん。何か言ってたかい?』


「いや、特別には何も」


 今日掘り出し物屋来てて慌ただしかったしな。

 そうでなくとも試作品に関しては、まずヨハンさんが見てからの判断になるだろう。

 ラルフ君が見てどうこうってことはない。


「明日黄の民の村行くんだ」


『輸送隊の人員の選抜だったな? オレも同行しよう』


「うん、ありがとう。サイナスさんの偉大なる族長力に期待する」


 輸送隊はフェイさんとあたしがやってることだから、実はサイナスさんがいなくても問題なさそうではある。

 だがまあせっかくついて来てくれるというなら。

 いずれ輸送隊も各村から人員を出してもらうことになるし。


「あたしの方はそんなとこかな。他、そっちで何かあった?」


『ヨハン氏から連絡があった。酢は全部売れたそうだ。黒の民の村に追加発注がかかってるんだが、醸造ラボ拡張の話はどこまで進んでるんだろうか?』


「新築かな増築かな? 確認しときたいねえ」


『うむ、そうだな。戦争時の保存食需要考えても、酢は非常に重要だ』


 おっ、さすがサイナスさん。

 学習したね。


「明日黒の民の村にも行ってこようか。黒の民はどーも慎重というか、第1歩の踏み出しが遅いからなー。必要なら尻叩かないと」


『ハハッ、急に楽しそうになったね』


「発破かけるのは楽しいねえ。それよりヨハンさんの商隊は、次いつ来るんだったっけ?」


『この前の商談の日から7日後の予定だったが、明後日に前倒しになった』


 あ、早いんだな。

 売れてる証拠、いいことだ。


「わかった、ありがと」


『じゃあおやすみ』


「おやすみなさい。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 こっちはこれでよし。

 クララが聞いてくる。


「ユー様、シスター・テレサをどう思いました?」


「バエちゃんに輪をかけてポンコツだねえ」


「いえ、そういうことではなくて」


 アハハと笑い合う。

 まあクララの言いたいことはわかってるんだが。


「最初あたしをかなり警戒はしてたよね。食事会に割り込んできたのも、明らかにこっちを探るためだし。でも単純な人だよ。煙に巻いておいたから問題はないでしょ」


「シスター・テレサが報告するであろう、本部ないし上層部はどうでしょうか?」


 カップに口をつける。

 来年からはハーブティーも自前でいけるだろう。


「……問題があるとすればそこだなー。でも上司がどんな人であっても、今『アトラスの冒険者』として一番働いてるあたし達を、特に反抗的な態度を見せているわけでも不良行為があるわけでもないのに切る度胸はないだろうね。効率が悪くなるだけじゃなく、他の冒険者達にも動揺を与えるから」


 クララがホッとしたような表情を見せる。


「ということは、今までとまったく変わらないですね」


「うん、今のところは」


「今のところは、ですか?」


 温度が下がってきた。

 ハーブティーはぬるいくらいがちょうどいい。


「クララもあたしと同じこと考えてるんじゃないかな? 冒険者へのクエストや依頼の斡旋は本来、ドーラ側でやらなきゃいけないことだって」


「ユー様……」


「今はいいんだ。うまく機能してるから。でも将来は『アトラスの冒険者』のシステムをひっくり返さなきゃいけないことがあるかもしれない。その時は今日掘り出し物屋で買った黒妖石、あれをビーコンにしてさ、じっちゃんの転移術であちこち飛べるようにしようよ。正直『アトラスの冒険者』じゃなくなって弱っちゃうのは、身動き取れなくてここに押し込められることだけだな」


 クララが驚いた表情を見せる。


「ユー様はそこまで考えて黒妖石を買ったんですか?」


「考えるのはタダだからねえ」


 飲み終えたカップを置く。


「何が困るってコブタを狩れなくなるのが一番困る」


「あはは、そうですねえ」


 クララは笑うが、食糧問題は何より深刻だぞ?

 しかし……。


「とりあえずバエちゃんとこはすぐにどうにかなることはないから、しばらく様子見でいいよ。待ってくれないのは戦争の方」


「そうですね。私達も西域を守ることになりますか?」


「いや、もうちょっと働かなきゃいけなくなりそう。カンだけど」


「ユー様のカン、当たるじゃないですか。どう働くんですか?」


「うーん、超過勤務手当てをもらわなきゃ合わないくらい」


「それじゃわからないですよ」


 と言われてもカンだしな?


「いや、あたしもわかんないんだよ。まあヒロインが活躍しなきゃ世間が許さないってことで」


 徐々に眠くなってくる。

 眠気に逆らうのはよろしくないのだ。


「おやすみ、クララ」


「おやすみなさい」


          ◇


 翌日は朝からどよんとした曇り空だった。


「ハッキリしない天気は好きじゃないなー。笑うか泣くか、白黒つけて欲しい」


「午後からレインね。でも夜中にはやむね」


「よし、急ごう。午後は肉狩って、海の王国へフルコンブ買いに行くべし」


「「「了解!」」」


 雨降ったら海の王国なのだ。

 その前に仕事を片付ける。

 早足で灰の民の村へ行き、サイナスさん家に顔を出す。


「サイナスさーん、あれ、いない?」


「店の方じゃないでやすか?」


「そうだね」


 緩衝地帯へ。

 あ、いたいた。

 何か相談かな?


「おっはよー。どうしたの?」


「いや、雨降りそうだろ? 今日は撤収しようかって話してたんだ」


 灰の村の店は露店なので、雨の日の営業はムリなのだ。


「うちのダンテによると、午前中は天気もつみたいだけど」


「そうか、じゃあ昼前までだな。そう呼び込み人員に連呼させよう」


 あたしだとセールで安く売り切っちゃうけどな。

 まあ、長い目で見ていいかは別だし。


「さて、サイナスさんとデートだなー」


 今日はサイナスさんとともに、黄の民の輸送隊人員の選抜と、黒の民の醸造ラボの確認に行く予定なのだ。


「ああ、どっちから?」


「んーまだ時間早いね。黒から行こうか」


 黒の民のショップへ。


「こんにちはー」


「ああ、ユーラシア」


「いらっしゃいませ」


 ピンクマンとサフランが売り子をしている。


「酢、絶好調みたいじゃない」


「そうなんだ。しかしまよねえずをうまく作れないという飲食店の要請があってな、明日レイノスで技術指導を行うことになった」


「何それ、面白そう」


「ユーラシアさんも来てくれればありがたいです」


「うーん、レイノスか」


 精霊様騒動の記憶も新しい。

 行きたいのは山々だが、騒ぎになっちゃうと困るしな?


「いや、ヨハン氏が馬車を出してくれる。目立たず現地入りできると思うぞ?」


「えーと、ギルドでラルフ君と待ち合わせ、ラルフ君家にフレンドで飛んで、そこから馬車ってことかな?」


「御名答だ」


「あ、そういうことならあたし達も行こうかな。向こうに調理場はあるんだよね?」


「もちろんだ」


「じゃあラルフ君パパに連絡しといてくれる?」


「了解だ。では明日朝、ギルドで」


「オーケー」


 明日も楽しいこと決定だ。


「で、醸造ラボの新設か増設か、どうなってるのかな?」


「中の器材はあるんです。小屋さえできればすぐにでも取りかかれるんですが」


「大工の手配がつかなくてな。先になりそうなんだ」


 何やってるんだよ。

 儲ける時にとっとと儲けないとおゼゼが逃げてくぞ?


「そんなの他所に頼もうよ。ちょっと売り子代わってもらって、あんた達つきあいな」


 ピンクマンとサフランも連れ、黄の民のショップへ。


「こんにちはー。フェイさんに呼ばれてるんだけど」


「あ、精霊使いの姐さん。村の族長宅の方へお願いします。案内しますよ」


「ありがとう。でもいいよ、勝手に行くから」


 黄の民の村へは道もいい。

 これ何か特別なことしてるんだろうか?

 黄の民は土木技術もあるってことだな。

 族長宅へ。


「フェイさん、こんにちはー」


「来たか精霊使いユーラシアよ。待ちかねたぞ」


 20人ほどが集められている。

 ここん家大きいから、こうやって人集めても全然余裕があるのがいいよなあ。


「では、始めてくれ」


「固有能力持ちを選べばいいかな?」


「うむ」


 もちろん最終的な人選はフェイさんが行う。


「彼と彼、真ん中のその人、後ろのあなたと、右の人」


「5人か。ズシェンとインウェンを加えて7人」


「最初としてはいい感じの人数じゃない?」


「そうだな」


 もちろん交易規模が大きくなれば足りなくなるだろうが。


「明日、商人の一隊が来るそうだ。その時に同行させてまず経験を積ませようと思う」


「うん、バッチリ。いけそーになったらパワーレベリングするよ」


「よろしく頼むぞ」


 この間約3分。

 ピンクマンとサイナスさんがポカンとしてるが、人選の話は終わりだぞ?


「で、フェイさん、こっちの話に乗ってもらいたいんだ」


「黒の民か。何用だ」


 醸造ラボ用の小屋の話をする。


「ふむ、予算と場所と規模は? 他に何か希望はあるか?」


「15000ゴールドで黒の民の村に、規模はこれくらい……」


「風通しの良さが重要なのです。あと、なるべく早くできれば」


 小屋の寸法を見ていたフェイさんが言う。


「ごく普通の小屋だな。天気さえ良ければ4日もかからん。金がかかるのは材料費よりも人工だ。25000ゴールド出せばこの図面の3倍くらいの広さのものが建てられるぞ、どうだ?」


 4日で建っちゃうのかー。

 しかもフェイさん商売人のトークだね。


「土地はある。今後の増産を考えれば、広いラボは喉から手が出るほど欲しいが……」


「ええ、予算が……」


「よーし、10000ゴールドはあたしが貸すよ。前払いしとくね」


 10000ゴールドをフェイさんに支払う。


「雨が降るまでに現地を見ておこう。おい、2人ついて来い」


「「はっ!」」


 フェイさんの仕事は早いなあ。

 あとはお任せだ。


          ◇


「別に送ってくれなくてもいいんだが」


「何をおっしゃる。サイナスさんは灰の民のVIPだからね」


「ユーラシアがそんなことを言うと、何か魂胆があるのかと不安になる」


 アハハと笑い合う。

 サイナスさんとともに灰の民の村へ帰る途中だ。


「異常なほど展開が早いね。ビックリしたよ」


「できる男はああいうもんだねえ」


 フェイさん以下3人の黄の民を連れ、ピンクマンとサフランが黒の民の村へ帰って行った。

 フェイさんが4日もかからんって言ったくらいだ。

 きっとあっという間に醸造ラボも建つだろ。


「得意なところへ任せた方が早いと思うんだよ」


「黒の民の大工が困るんじゃないか?」


「どこそこの民に限定するんじゃなくてさ、大工集団を作って、そこに建築を依頼するって形にできればいいねえ。あ、独占して吹っかけるようになると困るから、工夫はしなきゃいけないね」


 クララが言う。


「ユー様はそういうこと考えてる時、すごく楽しそうです」


「おゼゼの話も美味しいものの話もラブい話も楽しいねえ」


「オールラウンダーね」


「あっ、『オールラウンダー』は二つ名として格好いい気がする!」


 すっごい心配してたんだが、どうやら『残念スレイヤー』とか『欲深スレイヤー』とかは言われてないようだ。

 良かった良かった。


「ラブい話といやあ、あのボンはどうなったんでやすかね?」


「そうだ、アレクどうしてるのかな? サイナスさん知ってる」


「ヨハン氏の来た会談の次の日だったかな。一度デスさんに連れられて、塔の村へ行ってたよ。君の陰謀がどうなってるかは知らない」


「陰謀ゆーな」


 プレゼント、ちゃんとエルに渡せただろうか。

 その後皇女リリーがどうしてるかも気になるし、一度塔の村に行ってみないとな。


「着いたね。じゃああたし達も帰るね」


「ああ、ありがとう」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「これ、ショーとしてお金取れると思わない?」


「そうでやすね」


「アイシンクソー、トゥー」


 何の話かというとクララの包丁捌きのことだ。

 8トンのコブタマンを狩り、その内3トンを肉にしているのだが、その技の熟練度の高いこと。

 神業と言っても褒め足りないレベルなのだ。

 こっちはこっちで骨スープ作ったりゴミ処分したりしてるんだけど、肉積み上がってくスピードの方が早いってどういうこと?


「骨スープは余熱でいいですよ。海の王国行きましょうか」


「精霊様の仰せである。者ども、海の王国へまいるぞ」


「あっしらも精霊なんでやすが」


 そういえばそうだった。


          ◇

 

 フイィィーンシュパパパッ。

 海の王国に来た時のお約束と言えばこれだ。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


「この銅鑼、素晴らしい音が出るなあ」


 女王が転げ出てくる。


「肉事かっ!」


「肉事だぞーっ!」


「いやっほう!」


 女王、こんなキャラだったかな。

 例によって例のごとく、後から衛兵が集まってきた。


「これ、調理場へ運んでたもれ」


「「「はっ!」」」


 衛兵達が運ぶコブタを満足そうに見つめる女王。


「して、今日は食事していくかの?」


「ごめんね、今日は買い物に来たんだ。その後、塔の村とは順調?」


「おお、毎日魚を出荷しておるぞ。しかし人口が少ないのは残念じゃの」


 よし、まずあっちとは友好関係を築けているな。


「魚買ってくよ。明日レイノスでまよねえずっていう調味料作りの講習会があってさ、魚フライがピッタリだと思うんだ」


「レイノスに紹介してくれるのかの?」


「その第一歩になるかな」


 港町であるレイノスには、ごく一部だが魚を食べてる人もいる。

 それでも一足飛びに魚食が受け入れられるのは難しいと思う。

 明日評判が良ければ、試験的に売る手はあるな。


「じゃあ買い物させてもらうね」


「うむ、ゴッソリお金を落としていってたもれ」


 しっかりしてる。

 5番回廊の先の商店街へ。


「こういう揚げ方だとシンプルに塩が美味しいねえ」


「そうですねえ」


 串焼きの揚げ魚をいただきながら、商店街をうろつく。


「干しフルコンブ10枚ください」


「はいよ、毎度っ、陛下の御友人さん」


「これ美味しいよねえ」


「そりゃあ、最高級品だからな。普通のコンブの3倍は旨味成分が含まれている」


 ほう、とゆーことは、普通のコンブもこれの3分の1程度には旨味を感じるということか。

 有益な情報だな。


「ありがとう」


 魚も買って行かないとな。

 クララが魚を見ている。


「この前のアジでいいですよね」


「うん、美味しかった」


「どれくらい買っていきましょうか?」


 どれくらいの規模の講習会か聞かなかったな。

 でも出荷してる酢の量から考えると……。


「50尾で」


「おっとすまねえ。アジは残り30尾しかないな」


「揚げて美味しい魚ってどれかな?」


「赤身魚だがシイラは美味いぜ」


「でかーい!」


 1ヒロ以上余裕である。

 これなら1尾で十分だわ。


「ありがとう。じゃこれと、あと小魚バラバラでいいから50尾ちょうだい」


「あいよっ、毎度っ!」


「よし、帰ろうか」


 よし細工は流々、仕上げを御覧じろ。

 明日のまよねえず講習会楽しみだ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「やあ、ユーラシアさん。チャーミングに磨きがかかってきたね」


「おっ、ポロックさんも褒め方に磨きがかかってきましたね!」


 クララ達にシイラの処理を任せ、あたしはギルドに来た。

 ポロックさんとの掛け合いを楽しみながらギルド内部へ。


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。


「ラルフ君はいたかな?」


「食堂にいるぬよ」


 よーし、ラッキー。

 ヴィルを連れて食堂へ。

 あ、いたいた。


「ラルフくーん、こんにちはー」


「師匠、こんにちは」


「海の王国行ってきたんだ。ヨハンさんに頼まれてたフルコンブ5枚買ってきたよ」


「ありがとうございます。500ゴールドですね」


「いてくれてよかったよ」


 ラルフ君が笑う。


「いや、雨が降ってきたので。午前中はクエストへ行ってたのですが、それまでで撤収ですよ。父もユーラシアさんが海藻持ってくるかもしれないから、ギルドへ確認に行って来いって」


「何だ、そうだったのか」


 ラルフ君パパ、随分楽しみにしてくれてたみたいだな?

 するとイシュトバーンさんも待ち構えているのかも。

 早めに届けた方が良さそうだ。


 買い取り屋さんでアイテム換金後、依頼受付所おっぱいさんのところへ行く。


「サクラさん、こんにちは」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


「ユーラシアさん、ヴィルちゃん、こんにちは」


 今日のメインイベントだ。

 どさっと荷物を置く。


「例の宝飾品クエストだけど、持ちきれなくなってきたんで、今あるのだけでもギルドで預かってもらえるかなあ?」


「はい、もちろん可能です。少々お待ちくださいね。……ベルさん、ちょっとよろしいですか?」


 武器・防具屋のベルさんは、見ただけでどんなアイテムかを見分けられる人だ。

 多分『道具屋の目』の固有能力持ち。

 商売に役立つ能力はいいなあ。

 『鑑定』もそうだけど、見抜く系の能力は便利だ。


 あ、ベルさん来た。

 ハハッ、ビックリしてやがるぞ?


「これはまたすごいですね! すいません、フリスクさんと二重チェックしてよろしいですか?」


「お願いします」


 フリスクって誰だと思ったら、買い取り屋さんの名前だった。

 なるほど、買い取り屋さんも『道具屋の目』の能力者か。

 そうでなきゃ買い取り屋なんてそうそう務まらないもんな。

 ギルドって人材豊富だなー。


「いやー、こんなお宝の山を目にするのは初めてですよ。商売人冥利に尽きますな。帝国の宝物庫でさえここまでではないでしょう」


「ハハッ、鳳凰双眸珠じゃないですか。これ世界に1個しか確認されてないという話だったですよねえ。冗談みたいだ」


 ベルさんとフリスクさんが、呆れながらも楽しそうに宝飾品の数と種類を確認していく。

 その様子を、いつの間にか10人以上のやじ馬冒険者達が遠巻きに見ている。


「すげえ! あれ全部宝飾品なんだろ?」


「ただの宝飾品じゃねえ。黄金皇珠以上のやつを持って来いって依頼らしいぜ?」


「黄金皇珠以上って……黄金皇珠でも確か買い取り数万ゴールドなんですよね?」


「あれが精霊使いユーラシアの仕事か……」


 3人で慎重に検分と照合を重ねた後、おっぱいさんが落ち着いた声で宣言する。


「黄金皇珠55個、羽仙泡珠24個、鳳凰双眸珠5個。以上をドリフターズギルドが責任をもってお預かりいたします」


「お願いしまーす」


「お願いしますぬ!」


 ちなみに昨日手に入れた邪鬼王斑珠と正体不明の珠は預けていない。

 イシュトバーンさんに見せてやろうと思っているからだ。


「これはもう、依頼者の元へ送ってしまってよろしいですか?」


 うーん、どうしようか?


「まだ期限までかなりあるから、もう少し気合い入れて集めるよ。全部耳揃えていっぺんに送った方がサプライズじゃない?」


「いやー、これだけで宮殿建ちそうな金額になりますが……」


「宮殿がもこもこ生えてきそうになるまで頑張るよ」


 武器・防具屋さんと買い取り屋さんは苦笑するが、おっぱいさんが黒い笑いを見せる。

 もー明らかにもっとやれって目だし。

 誰だよ依頼者?

 あたしも面白そうだからもっとやっちゃうけれども。


「じゃ、あたしは帰ります。さよなら」


「お気をつけて。より一層の活躍を期待しております」


 おっぱいさんに期待されたぞ?

 転移の玉を起動し、ヴィルとともに帰宅する。


          ◇


「こんなとこでやすかね? 姐御」


「そうだね、何事も実験だ。失敗は成功のマザーなり! まあやってみよう」


 家の隅の倉庫として使用している部屋に大きな木箱を設置し、中に魔力を込めた氷晶石を置いてみた。

 つまり簡易的な冷蔵庫を作ってみたのだ。

 中に肉と、明日使用する予定のシイラの切り身、小魚を置き、冷やしておく。


「ジスプレイスならコールドエアが漏れてもモーマンタイね」


「ユー様、それダンテっぽいです」


 ダンテが口パクパクしてるが、あんたが何も言わないからだぞ?


「オミソレしたね」


「アハハ。さて、イシュトバーンさんとこ行こうか」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 レイノスのイシュトバーンさん家に初めてやって来た。

 おお、大きな屋敷だね。

 田舎だと好き勝手家建てられるけど、レイノスって確か、土地も買わなきゃいけないんでしょ?


「何やつ!」


 すぐに2人の警備員が駆けつけてきた。

 大したもんだ。

 女王が真っ先に転げ出てくるどこぞの王国とは大違い。


「かの有名な精霊使いユーラシアだよ。イシュトバーンさんいる?」


「しばし待たれよ」


 あたしの自己紹介に毒気を抜かれたか、すぐに闘気がなくなる警備員達。

 1人が報告に走る。


「こちらへどうぞ」


 雨の当たらない大庇のところに導かれる。


「なかなかの腕ですねえ」


 お世辞ではない。

 この警備員はゆうに上級冒険者くらいの強さはある。


「貴公らほどではない。いや、噂には聞いていたが、これほど化け物じみたパーティーとは思わなかった」


 あたし達が『かの有名な精霊使い』ユーラシアのパーティーであることに関しては疑っていないようだ。

 でも『化け物じみた』とゆーのは、美少女冒険者に使う表現じゃないんだけど。


「イシュトバーンさんにもらった『地図の石板』の転送先がさっきのところなんだよ。あたし達また時々遊びに来ると思うから、覚えておいてね」


「うむ、わかった」


 先ほど報告に向かった警備員が、何本かの傘を抱えて駆け戻ってくる。


「すぐに通せとのことです」


 案内されて奥へ進む。


「おう、よく来たな精霊使い! ん? 今日は1人多いんじゃねえか?」


「こんにちは、イシュトバーンさん。この子、うちの悪魔のヴィルだよ」


「こんにちはぬ!」


「百獣の王のポーズ!」


「がーおーぬ!」


「おう、可愛いな」


 イシュトバーンさんが、あの好奇心に満ちたえっちな目をヴィルに向ける。


「……そういえば、精霊使いが高位魔族を手下にしてるって噂は聞いたな」


「『アトラスの冒険者』のクエストで仲間になったんだよ。今はうちの連絡係兼偵察係してるんだ。緊急に連絡ある時、ここにも飛ばすことあるかもしれないからよろしくね」


「そりゃ面白いな!」


 面白い面白くないでヴィル使ってるわけじゃないんだけど。


「はい、警備員の皆さんも注目。うちのヴィルは喜びとか幸せとかの感情が大好きないい子です。皆さんを不快にさせることはありません。でも高位魔族なので攻撃力は半端ないです。間違って敵対すると塵にされるので気をつけてください」


「よろしくお願いしますぬ!」


 『塵にされる』で若干引いてる人もいたよーな気もするけど、概ね受け入れてもらえたようだ。


「じゃ、上がってくれ。あれか? 海藻が手に入ったか?」


「うん。海の王国行ったから買ってきたよ。これ」


 屋敷に上がり、フルコンブ5枚を渡す。


「500ゴールドだったな」


「はーい、確かに。それからこっちはお土産ね」


「コブタ肉か。ありがたくいただくぜ」


 使用人に下げさせる。

 

「ところであんたはどうやって海の女王と知り合ったんだ?」


「話せば長くなるんだけど……」


 最強魔法を海に撃ちこんで津波が起きたこと。

 二度目の試し撃ちの時に魚人が現れ、海の王国へ招待されたこと。

 そこで『地図の石板』をもらったことを話した。


「ペペちゃんの魔法か。あの子も相当ぶっ飛んでるだろ?」


「ぶっ飛んでるどころじゃないよ。この前も魔法の試し撃ちしてて手元が狂ったとか言って、世界樹根元から折っちゃったの」


「え? その話知らねえな」


「世界樹って魔境の濃いエーテルを吸って成長する、トネリコって木の特別な変種なんだって。でね、それが折れちゃってエーテルを放出したから、一時的に人形系レア魔物が大繁殖してたんだよ。いやー、稼ぎ放題だったな!」


 イシュトバーンさんが呆れたような顔で見てくる。


「大喜びしてるのあんただけだろ。で、どうなったんだ? 問題ないのか?」


「折れた世界樹の枝をたくさん挿し木したら、すぐ根付いたんだ。エーテル濃度が高くて活性高くなってるからなんだって。で、どんどんエーテル吸いだしたんで、かなり環境落ち着いたんだ。その後ペペさんから助けてくれーって連絡来ないし、もう大丈夫だよ」


「要するに、次代の世界樹候補がたくさん芽吹いてるってことだな? それとも全てが世界樹になるのか?」


「いずれ一番強い1本だけが勝ち残って、新しい世界樹になるって。でもドラゴンとか出始めて稼げなくなっちゃった」


「そんなことで悲しがるんじゃねえよ」


「エーテル濃度が落ち着くとダメだなー」


「あんた何しに行ったんだよ? 目的理解してるだろうな?」


 イシュトバーンさんが笑う。


「今日のも面白い話だったぜ。飯、食ってくか?」


「ありがとう! 食べていく!」


「えー、幼女悪魔は何か食べるのか?」


「遠慮するぬ!」


「ヴィルは皆が楽しいと、その感情を吸ってお腹一杯だからいいんだよ」


「ふーん」


 何か言いたそうだな?


「こんな悪魔もいるんだな」


「とてもいい子だよ」


「とてもいい子ぬよ?」


 イシュトバーンさんは、他の悪魔に遭ったことがあるのかもしれないな。

 ヴィルの頭を撫でてやる。

 よしよし、いい子。


「あ、そうだ。魔境でかなーりすごそうな宝飾品手に入れたんだよ。見る?」


「おう、そのつもりで持って来たんだろ?」


「うん」


 それをテーブルの上に置く。

 イシュトバーンさんの口からふう、というため息が漏れ、お付きの女性達も目を丸くしている。


「邪鬼王斑珠か。世界にそういくつもない秘宝だな」


 七色の斑の入った美しい珠を見つめ、撫でまわしている。


「いや、いいものを見せてもらったぜ。目の保養になった」


「今のは前座だよ。本命はこれから出すやつだってば」


「え?」


 見るたびに表情の変化する、不思議な輝きを示す珠をテーブルの上に置く。


「この石、正体がわからないんだよ。イシュトバーンさん知らない?」


「こ……れは?」


 ふっふっふっ。

 イシュトバーンさんも驚いてるぞ?

 実に気分がいいなあ。


「見るからに気品があるでしょ? さっきのよりうんとすごいでしょ?」


「……こりゃあ、何だ?」


「『アトラスの冒険者』がトレーニングの場として使ってる魔境の一番大きなエリアの、ベースキャンプから遠い北辺に、未知の人形系レア魔物が1体だけいたんだよ。そいつのドロップアイテムで、多分レアの方」


 興味津々のイシュトバーンさん。


「未知の人形系レア魔物?」


「うん。ウィッカーマンに似てるんだけど、赤くて女性っぽさを感じさせるやつだった。実際に戦ってみてもウィッカーマンより遥かに強かったよ。倒すのに3ターンもかかった」


「ほう? 逃げないタイプの人形系だったのか?」


「いや、逃げようとしたよ? でも周りが岩で逃げられない地形のところで戦闘になったんだ。運が良かった」


「運、ねえ……」


 悪戯っぽい妖精のような魅力を醸し出すその宝飾品を、しげしげと眺めるイシュトバーンさん。


「で、何だろ、これ? 相当いいやつだと思うんだけど」


「人類が初めて目にする宝飾品だな。賞賛する言葉が安っぽくなるほど素晴らしいものだ。値段などつけられない」


「やっぱそーか。未知のメチャ強人形系だったもんなー」


 ウィッカーマンでさえ倒したものがいないと言われていたのだ。

 あの赤いやつのレアドロップは、当然初めてだろう。

 クララも知らなかったくらいだし。

 残念だな、この宝飾品はすごくいいものに違いないのに。


「イシュトバーンさん、これ預かってくれない?」


「……どういう意味だ?」


 いや、あたしと価値観似てる人だから、もらってくれだと貸し押し付けられたみたいで嫌がるだろうしな?


「値段つかないようなものじゃ、例の宝飾品クエストの依頼対象にならないんだよ。あたしもおゼゼになんないもの要らないしさあ」


「いや、だからと言って……」


 躊躇するイシュトバーンさん。

 別にいいのに。

 ただの石だぞ?


「せっかくだから立派なお屋敷に飾られた方が、この石も幸せだと思うんだよ」


「石か……石ね」


 不意に目が合い、そしてともに笑う。


「わかった。預かろう」


「よかった。そういうことならもう1つ、頼みがあるんだよ」


「何だ? 遠慮せず言ってみろ」


「あたしがいない時、この石を役立てるべき場面があったら、イシュトバーンさんの判断で使って。それで構わないから」


「ん……オレの判断で使えだ?」


 イシュトバーンさんが無言であたしを睨む。

 あたしもどうしてと問われると困るのだが、言っておかなければならないことのような気がしたのだ。


「……他ならぬ精霊使いの頼みとあれば仕方ない。承ろうじゃねえか」


「やたっ! ありがとう! これで安心だ!」


「礼を言われるようなことじゃねえよ。しかし……」


 言いかけて口ごもる。


「あんたはどこまで……」


「ん、何?」


「何でもねえよ。そろそろ飯だ」


「やたっ! 御飯だ! 楽しみだなー!」


          ◇


「ごちそうさまっ! すごく美味しかった!」


「気に入ってもらえて嬉しいぜ」


 腹一杯食べさせてもらって満足至極だ。


「今日の野菜ってオーランファーム産?」


 イシュトバーンさんが驚く。


「おいおい、食っただけでわかるのかよ?」


「いや、違くて。オーランファームの息子が冒険者やってて知り合いなの。あそこイシュトバーンさんと取り引きがあったって言ってたから」


「オーランファームの息子? ああ、確かダナリウスとかいう、生意気なガキだったな……」


 懐かしそうな顔になるイシュトバーンさん。

 あたしはダンが『ダナリウス』って呼ばれると、どーも違和感があるんだが。


「母親亡くして泣きそうな顔してたから、よくからかってやったわ」


「ダンはからかいがいがあるよねえ」


「まったくだ」


 変なとこで意気投合してしまった。


「どうだ、やつは元気でやってるか?」


「イシュトバーンさんのこと、すげえ悪口言ってたよ。『キングオブクソジジイ』だって。『ドーラで最も失礼なやつ』だって」


「ハハハ、褒め言葉感謝するって言っておいてくれよ」


 メンタル強え。


「おう、そうだ。最後にクエストな」


「え、クエスト? いきなりだね」


「そりゃまあそうだ。『アトラスの冒険者』の『地図の石板』には、原則クエストがつきもんだぞ?」


 そうだけど、こんなに押しつけがましくクエストだって言われたことは初めてだぞ?


「えーと、じゃあ何をすればいいかな?」


 イシュトバーンさんの目がやや真剣みを帯びる。


「パラキアスは知ってるな? 『黒き先導者』だ。あいつと会って話をしたい。ただやつはいつもほっつき歩いていやがるだろ? 連絡取るのが至難の業なんだ。何とかならねえか?」


「なるよ。ヴィル、パラキアスさん見つけてくれる?」


「わかったぬ! 行ってくるぬ!」


 ヴィルの姿が消え、あたしは赤プレートを手に持って待つ。

 イシュトバーンさんは何か言いたそうだが、例のえっちな視線をこっちに向けるだけでニヤニヤしている。


 赤プレートに反応アリ。


『見つけたぬ! カトマスからレイノスへの道の途中だぬ』


「こっちから話しかけても大丈夫そう?」


『1人で歩いてるから大丈夫と思うぬ』


「じゃ、話しかけてくれる?」


『了解だぬ!』


 しばし待つ。


『パラキアスだ。ユーラシア、何か用かな?』


「こんにちは。今あたしレイノスにいるんだけど、元商人のイシュトバーンさんが、パラキアスさんと連絡取りたいって言うんだ」


『イシュトバーン殿が? そちらにいるなら代わってくれ』


 イシュトバーンさんに赤プレートを渡す。


「おう、オレだ。あんたとこんなに簡単にコンタクトできるなんてな、目が点になってるところだぜ。どうなってんだ、この精霊使い?」


『ハハハッ、興味深いですよね』


「面白過ぎるぜ。ま、それはさておき、あんたと会って話をしたいんだ。いつこっちへ来られる?」


『ちょうどいい。今レイノスに向かってるところですので、明日夜にでもお宅へ伺いましょう』


「足労かけてすまんな。待ってるぜ」


 イシュトバーンさんから戻された赤プレートを受け取る。


「パラキアスさん、じゃあね」


『ああ、またな』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 赤プレートをしまう。


「依頼完了!」


「ビックリするほど便利だな、あの幼女悪魔」


「すごくいい子でしょ? パラキアスさんはパワーが強いから見つけやすいって言ってたよ」


「ほう、パワーってことはレベルか? そういう判断の仕方なんだな」


 実際行動範囲が増え、やるべきことが多くなってくるに連れ、ヴィルの重要性が増してきている。

 特にあちこちと容易に連絡を取れることは、かなりありがたい。


「おい、アレを」


 イシュトバーンさんが指示を出す。

 するとお付きの女性が、肩幅くらいの大きさで拳くらいの厚さのある何かを持って来た。

 何だろう? 文箱かな?


「一昨日の詫びと今日の依頼料だ。開けてみてくれ」


「うん。何が出るかな? 何が出るかな? じゃーん!」


 期待を込めて箱の蓋を開ける。

 あっ!


「パワーカードじゃない! こんなにたくさん?」


 得たりとばかりにイシュトバーンさんが笑顔を浮かべる。


「オレが現役の時に使ってたやつだ。アルアの作ってねえ、かなり珍しいカードもあるんだぜ? あんたが一番有効に使ってくれるだろ」


「もちろんだよ。ありがとう!」


「家でゆっくり確認するといい」


「そうする。今日は帰るね」


「おう、また来い」


 今日は大収穫だなあ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 帰宅後、イシュトバーンさんにもらったカードを確認する。

 内訳は以下の通り。


 『ナックル』 【殴打】、攻撃力+10%

 『ニードル』 【刺突】、攻撃力+10%

 『スラッシュ』 【斬撃】、攻撃力+10%

 『アンデッドバスター』 【対アンデッド】、攻撃力+10%

 『ドラゴンキラー』 【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『サイドワインダー』 【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ファラオの呪い』 攻撃力+10%、即死/麻痺/スタン付与

 『風月』 攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『鷹の目』 命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『スナイプ』 攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『シールド』 防御力+15%、回避率+5%

 『シンプルガード』 防御力+15%、クリティカル無効

 『ハードボード』 防御力+20%、暗闇無効

 『武神の守護』 防御力+15%、HP再生5%

 『スカロップ』 防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『ファイブスター』 火耐性/氷耐性/雷耐性/風耐性/土耐性30%

 『ボトムアッパー』 攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ポンコツトーイ』 経験値獲得率+50%

 『るんるん』 戦闘中のアイテムドロップ・レアドロップ確率上昇



 特徴としては、ほぼ全てが前衛向けのカードだということが挙げられる。

 そりゃそーか、イシュトバーンさん、魔法使うイメージはないもんなあ。

 きっと若い時はパワー系で、カードの枚数に物を言わせてたんだろう。


「思ったより、あっしらの持ってるカードと被ってないでやすね?」


「そうだねえ」


 うちのパーティーは各自の役割がハッキリしてるからな。

 同じ前衛でもあたしが火力担当でアトムは盾だし。

 普通の物理アタッカーだと、イシュトバーンさんみたいなカードが欲しくなるのかもしれない。

 攻撃属性を持つカードを2枚、防御系を2枚、残りが『スナイプ』『ポンコツトーイ』『るんるん』というのが通常編成だろうか。


「さてここで、パワーカード好きアトム君の総評を拝聴いたしましょう!」


「「「パチパチパチパチ!」」」


「緊張しやすぜ」


 ハハッ、してないクセに。


「『風月』は前から注目してたカードでやすね。単体攻撃と全体攻撃のバトルスキル2つが付属するのは非常に強力で、攻撃力上昇効果もあって普通に使いやすいと思いやす」


 うんうん、以前からアトムは『風月』欲しがってたもんねえ。

 うちのパーティーはあたしの『薙ぎ払い』や『雑魚は往ね』がメイン火力になっているので、必要性は高くない。

 しかし、風属性弱点の強敵には第一選択でもいいくらいだ。


「ヤバいカードが2枚あるぜ」


 言葉遣いが崩れたな。


「『ファラオの呪い』アンド『るんるん』ね?」


 アトムが頷く。

 2枚とも全然知らないカードだ。

 『ファラオの呪い』を装備して『薙ぎ払い』したら全体即死/麻痺/スタン攻撃じゃん。

 ステートは属性と違って『五月雨連撃』にも乗るからそっちでもいいか。


「『ファラオの呪い』はとんでもねえ効果だが、姐御の『雑魚は往ね』があれば、そう必要なカードでもねえと思う。『るんるん』は、ダンテの『豊穣祈念』と効果が重複するのかそうでないのかがわからねえ。早めに検証したいぜ」


「よし、そんなところだね。カード再編成するよ」


 あたし……『シンプルガード』『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』『スコルピオ』『風林火山』

 クララ……『マジシャンシール』『逃げ足サンダル』『誰も寝てはならぬ』『光の幕』『三光輪』『スカロップ』『シンプルガード』

 アトム……『ドラゴンキラー』『ルアー』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『シールド』『武神の守護』『ファラオの呪い』

 ダンテ……『プチエンジェル』『ボトムアッパー』『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『スペルサポーター』『三光輪』『るんるん』

 予備……『寒桜』×4『誰も寝てはならぬ』『アンチスライム』『サイドワインダー』×2『三光輪』×2『前向きギャンブラー』『オールレジスト』『ヒット&乱』『刷り込みの白』『ナックル』×2『ニードル』『スラッシュ』×2『アンデッドバスター』『風月』『鷹の目』『スナイプ』『シールド』『ハードボード』『ファイブスター』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『厄除け人形』『火の杖』『エルフのマント』


 対ウィッカーマンは入れ替えるとして、普段はこうだろう。

 若干攻撃力は落としたが、アトムは『ドラゴンキラー』の攻撃遠隔化を優先してみた。

 どうせ『ファラオの呪い』の即死が効けば関係ないしな。

 図らずも『アンデッドバスター』が手に入ったので、いつかはリッチーと戦ってみたいもんだ。

 まず調べなきゃいけないのは、やはりアトムの言ってたように、『るんるん』と『豊穣祈念』の効果が加算されるのかされないのかだな。

 

「よし、今日はここまで。寝よう!」


          ◇


「サイナスさん、こんばんはー。聞こえる?」


 心地良い睡眠の前にサイナスさんとヴィル通信だ。


『ああ、聞こえるよ』


「今日、レイノスのイシュトバーンさん家に行ってきたんだ。御飯ごちそーになった」


『ん? レイノスへ簡単に行けるようになったのかい?』


「それがおかしな話なんだよ」


 サイナスさんに『地図の石板』と転送魔法陣の仕組みを話す。


「この前会った時に、イシュトバーンさん家に繋がる『地図の石板』渡されたんだ。時々遊びに来いって意味だと思うんだけど、それにしてもどーしてそんな石板があるのかはミステリーだなー」


『イシュトバーン氏に聞けばいいじゃないか』


「変なとこで借り作ると、何要求してくるかわかんないジジイなんだよね」


『ははあ、そういう人物なのか』


「面白いクソジジイだよ。要警戒」


 どうしても知りたいってものでもないし、望んでいる答えが返って来ないだろうという気もしている。

 ユーティさんにもらった山の集落といい、女王にもらった海の王国といい、何でそんなところから『地図の石板』がってケースがたまにあるんだよな。

 まあ転送魔法陣が増えることに文句なんかないんだが。


「明日、レイノスで黒の民の調味料講習会なんだ。酢の販促のやつ。来てくれって言われてるから行ってくる。あたしの出番なさそうだけど」


『ハハハ、それはフラグだな。散々タダ働きしておいで』


「嫌なこと言うなあ。タダ働きはポリシーに反するんだけど」


 あたしも何かある気がしてきたぞ?


「カラーズでは何かあった?」


『いや、今日は特にないな』


「最近、何もないのが一番と思えるようになってきたよ」


『君、たまに年寄り臭いこと言うよな』


「でも何もないと退屈でしょうがないんだよねえ」


『言ってることに矛盾があるだろ』


「そういうお年頃なんだぞ?」


 乙女心のわからないサイナスさんは、きっと何がお年頃? って思ってるに違いないが。


「あはは、じゃあサイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 よし、ちょうど眠くなってきた。

 今日もこれで終わりと。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「やあ、チャーミングなユーラシアさん、いらっしゃい」


「こんにちは、ポロックさん。雨上がって良かったねえ」


 今日はサフランとピンクマンによる、まよねえず作りの講習会の日だ。

 朝からギルドへ来いって話だったけど早過ぎたかな?


「あっ、ソル君、アンセリ!」


 ソル君は一昨日会ったけど、アンセリは久しぶりだな。


「「「ユーラシアさん!」」」


「オニオンさんに聞いたよ。獣人のゲレゲレさんにスキル教えてもらったから、そろそろドラゴンに挑戦するんじゃないかって」


「ええ、今日チャレンジしようと思ってるんですよ。今から魔境行きです」


「そーかー。朝から御苦労だねえ。どのドラゴンがターゲットとか決めてるの?」


「レッドドラゴンですね」


 魔境ドラゴン帯には、レッドドラゴン、アイスドラゴン、サンダードラゴンの3種のドラゴンが生息する。

 おそらくソル君は、セリカの氷魔法が最も効果を発揮するという理由で、レッドドラゴンを狙うのだと思われる。

 しかし、こちら全員のステータスを下げるスキル『カースドウインド』を使ってくるレッドドラゴンは、最も手強い種でもあるのだ。

 ソル君パーティーは3人だし、厳しい消耗戦になることが予想されるが、何か勝算があるんだろうな。


「今日の夜は明けとく。ギルドにお祝いに来るよ。楽しみだなあ」


 アンが聞いてくる。


「何か持って行った方がいいものあるだろうか?」


「そーだなー。勇気と余裕とお弁当かな」


「ユーラシアさんらしい答えですねえ」


 セリカが笑うが、だって君達当たり前のアイテムは準備してるんだろ?


「今日はヴィルちゃんいませんね?」


「ピンクマンと掃討戦の時にいた呪術師の子サフランと、レイノスで調味料作りの講習会を指導するんだよ。いきなりレイノスの人に悪魔見せるのは、刺激が強くて面白くなり過ぎちゃうかと思って」


「で、精霊の皆さんは同行なんですか?」


「例の精霊様騒動のこともあったじゃん? そこまではカミングアウトしておくよ」


 イシュトバーンさん家に飛べるようになったから、レイノスで何かしたい時にはそっちに頼めば何とかなりそうではある。

 しかし精霊様のタネを明かしておかねばという思いも強いのだ。

 レイノスの人達を騙してるみたいだから。


「ではオレ達は魔境へ行きます」


「健闘を祈る。美少女精霊使いの祝福があらんことを」


「あはは、後で祝福してくださいよ」


 うん、いい表情だ。

 緊張とリラックスの程よい調和が見て取れるよ。

 ソル君パーティーが転移の玉を起動し、姿が見えなくなる。


「師匠、おはようございます」


 あたしを師と呼ぶのはラルフ君パーティーだ。


「皆、おはよう」


「師匠もまよねえずの講習会に行くと伺いましたが」


「そうなんだ。で、魚持って来た」


「魚、ですか?」


 ラルフ君達は皆、理解できないような表情だ。

 もっともこれは仕方ない。

 魚食べる機会なんか、これまでほとんどなかっただろうし、まよねえずの味も知らないからな。


「魚を揚げるとまよねえずと合うんだよ。ラルフ君達もきっと気に入ると思う」


「そうでしたか。師匠は美味しいものをよく知ってらっしゃるから」


「将来はレイノスの食堂で普通に食べられるようにしたいんだよね。海の王国から魚買えるようにしてさ。今日の講習会に来る料理人さんに魚フライまよねえずの味覚えさせて、その伏線にしようと思ってるんだ」


「美味しいものは正義ですね」


「その通り。ラルフ君も一流冒険者っぽくなってきたね」


 うちの子達も含めて全員が『一流冒険者?』って顔してるが、冒険者なのに興味の守備範囲の狭いやつは二流以下だと思うぞ?

 知識量と応用力に差が出ちゃうわ。


「すまん、遅れたな」


「ピンクマン、サフラン! いらっしゃーい」


 本日のメインイベンターである黒の民の2人だ。

 ……サフランが嬉しそうだ。

 ピンクマンに連れて来てもらったからだなニヤニヤ。


「これはあれか。主役は遅れてやって来るってやつ?」


「いや、そんなのではなくてな。今朝から調味料ラボの建設工事が始まったので、指示だけ出してきたのだ」


「えっ、もう? 早っ!」


 雨やんだから早速作業に取りかかるということか。

 フェイさんさすがだな。


「みるみる内に丸太が組みあがっていくのが面白くてな」


「へー、あたしも見たかったな。いつ頃できそうなの?」


「天気が良ければ明日には完成とのことだった。機材を搬入して、明後日から生産開始できる」


「それはそれで結構なことだけど、黒の民の大工さん、仕事がなくなって干上がるぞ? 黄の民のところへ通わせた方がいい。もう独自でやっていける時代じゃないんだ」


「うむ。開かれたカラーズの時代だな」


 黄の民の建築法は、何せ人足のパワーがあるから早いのだ。

 その分人件費がかからず安く建てられる。

 早くて安いんじゃ、他所の大工は太刀打ちできないだろう。

 淘汰される者も当然出てくるが、そういうのも救っていかなければならないんだよな。


「さて、行きましょうか」


 フレンドで転移の玉を起動、ラルフ君の家へ。


          ◇


「案外お尻が痛いものだとわかった。ドラゴンと戦うよりよっぽどつらいです」


「ハハハ、そうですか」


 初めて馬車とゆーものに乗ったが、こんなにガタガタするとは。

 美少女精霊使いのお尻が四角くなってしまうよ。


 ラルフ君パパは8人乗り馬車を2台用意してくれた。

 何故かあたし達のパーティーがフィルフョー夫妻と同乗だ。

 もう1台の馬車にラルフ君パーティーとピンクマン、サフランが同乗している。

 ラルフ君達が来るのは何でだろうな?

 フィルフョー家の使用人がついて来てないから、雑用兼護衛だろうか?


「お持ちになっているそれは何ですかな?」


「魚やジャガイモとかですね。まよねえずで美味しく食べられるんです」


「魚、ですか?」


 ラルフ君パパが首をかしげる。


「……個人的に戦時の食料の1つとして考えてます。海の王国はドーラに好意的ですから。魚食がレイノスの人に受け入れられるならば、ですけどね」


「……なるほど、そういうことでしたか」


 『戦時』という言葉は重い。

 まあ御者には聞こえまいが、一応声を落とす。


「レイノス西のオーランファームは御存知ですか?」


「はい、もちろん」


「あそこはおそらく問題ないです。従業員を鍛えてきましたから。ただし西域からの物資輸送が大丈夫かは、今のところ何とも言えないですね」


「西はそういう状況ですか」


 ラルフ君パパが沈思する。

 物流としては西域~カトマス~レイノスのラインが大きく、レイノス東の規模はまだ小さいのだ。


「今日の講習会は、思ったより重要なものになりそうですな」


「参加者はそう思ってないでしょうけどね」


 低く笑い合う。


「ところでせっかくユーラシアさんがいらしているので、その名を大いに利用させていただきたいのですが」


「はい?」


 どゆこと?


「ユーラシアさんは神秘的な精霊使いということで、レイノスでの知名度がかなり増しているんですよ」


「そーなの?」


 知らんかった。


「精霊使いイコール精霊様の巫女ということは、もうバラして構わんのでしょう? だったらセンセーショナルに公表して、同時に魚食の認知と酢の販促に繋げればよろしいではないですか」


「一理ありますねえ」


 こういう腹積もりがあってあたし達と相乗りなのか。

 しかし、あたしとしてもここいらで精霊様事件を清算しておくつもりだった。

 お互いに都合はいいな?


「じゃ、お任せします」


「やあ、これで今日の成功は決まったようなものです!」


 成功も失敗も、単なるまよねえずの講習会だろ?

 と、この時は思っておりました。


          ◇


「本日のテーマである調味料まよねえずの共同開発者にして、先の精霊様事件の中心人物、アルハーン平原掃討作戦の大立者、ドラゴンスレイヤーかつ最年少マスタークラスの冒険者、精霊使いユーラシアさんです。拍手!」


「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 おいおいおいおい、どーゆーことだってばよ?

 今日はついて来ただけのつもりだぞ?

 あたしに狂言回しでもやらせようというのか、それともあたしが仕切るならそれでも構わないって感じだな?


「ではユーラシアさん、挨拶お願いします」


 ははあ、確かに注目を集めてるけれども。

 サフランやピンクマンじゃ、この視線の集中に耐えられないだろうけれども。

 そしてあたしもここで外すほど、エンターテインメントのわからない子じゃないけれども。


「はーい、ただ今御紹介に与りましたユーラシアです。今日はカラーズの酢を御購入いただいた皆さんに、レイノスの食に革命をもたらす調味料まよねえずの製作法をこっそり伝授いたします。まず本日の講師、カラーズ黒の民のサフラン先生を紹介いたします。彼女はまよねえずの共同開発者であり、カラーズ産酢の製造総責任者でもあります。拍手!」


「「「「「「「「パチパチパチパチパチパチパチパチ!」」」」」」」」


 こらサフラン、あんまペコペコすんな。


「では、サフラン先生お願いします。卵は黄身のみを使用するんですよ……」


 向こうではクララが調理開始、あっという間にジャガイモの皮を剥き終え、茹で始めている。


「……油は少しずつ混ぜます。よくかき混ぜながら全て分量全て投入したらでき上がりです。皆さんもやってみてください」


 アトムとダンテが火を見ている間にクララがシイラを一口大に切り分けていき、軽く塩を振って小麦粉をまぶしていく。


「……しっかり混ぜるのがコツです。でないと分離しやすいですよ」


 ジャガイモは茹ったか。

 アトムとダンテが湯から上げ、潰していく。

 クララはもうシイラを揚げ始めている。


「できましたか? まよねえずは生野菜や焼き物など、比較的何にでも使えますが、今日は例としてポテトサラダを紹介いたします。茹で潰したジャガイモに、塩とまよねえずを混ぜるだけ。試食してみていただけますか?」


 小分けしたポテトサラダに手を伸ばす参加者達。


「あっ、美味い美味い!」


「なるほど、食べたことのない味だ」


「これはイケるじゃないか」


「茹で塩ジャガより目新しくていい。サラダ盛り合わせなら主役を張れる」


 よしよし、ポテトサラダは好評だ。

 掴みはオーケー。


「ポテトサラダは確かに美味しいですけれども、しょせん付け合せに過ぎません。メインとして自信を持ってオススメできるのはこちら、魚のフライです」


「「「「魚?」」」」


 怪訝な表情を浮かべる参加者達。

 それはそうだろう。

 レイノスでも魚を常食しているのは船乗りくらい、食べ方も生か塩焼きがせいぜいだろうからだ。

 食材としては全く一般市民に馴染みがない。


「はーい、精霊使いを信じて食べてみてくださいな。損はさせませんよ」


 恐る恐る参加者の内の1人がシイラのフライに手をつけ、まよねえずを塗って口に運ぶ。

 もぐもぐ。

 ハハッ、表情で美味しかったのはわかるぞ?


「……1個じゃわからん、もう1つ」


「はーい、独り占めはダメですよ。皆さん、どうしました? なくなっちゃいますよ?」


 皆が一斉に食べ始める。


「ほう、美味い。全く臭みなんてないじゃないか!」


「肉よりずっと食感が軽いな。サクサクしていて食べやすい」


「まよねえずと合いますねえ」


「これなら女性にウケるぞ」


 いつの間にかラルフ君パーティーやラルフ君パパママも食べている。

 結構デカいシイラだったのに、あっという間になくなったな。


「いかがです? なかなか美味しいでしょう」


「とても。ビックリしました!」


「これは素晴らしいですな」


 そうだろうそうだろう。


「実はこの魚のフライ、西の果て塔の村では既に人気料理となっています。でも向こうにまよねえずはありませんので、こっちもレイノス独自の魚フライをウリにできますよ。肉より安く仕入れることができますので、利幅も大きくなるでしょう」


 どっと沸き立つ参加者達。


「さて、魚の捌き方は独特です。今日参加してくれた皆さん達だけに伝授しましょう」


 小魚を配ってクララの三枚おろし講座の開始!


          ◇


「どうです? 骨まで美味しいでしょう?」


 皆に魚のおろし方を教え、さらにその身と骨を揚げて試食した。

 何かまよねえず関係なくなっちゃったぞ?

 まあいいか、魚フライにはまよねえずの図式だ。

 魚食が普及すれば自然と酢は売れる。


「これは大ヒット間違いねえな。どこで魚は仕入れりゃいいんだい?」


「塔の村では海の王国から仕入れています。海の王国は地上との交易に積極的で、もちろん支払いは地上のゴールドで可能です。レイノスでも当局が港を交易用に許可してくれれば、すぐに仕入れが可能になると思います」


「今すぐじゃねえのか……」


 あ、テンション下がっちゃった。


「商機なのに、無念だな」


「うむ、仕方ない。待つしかないのか……」


 ラルフ君パパが話しかけてくる。


「ユーラシアさん、どうにかなりませんかな?」


「いや、どーにかって言われても……」


 こういうものは申請出して、それが通って初めて許可されるんじゃないの?

 無茶振りが過ぎるだろ。


「あーあ、残念残念」


「魚さえあればいくらでも酢買えるのによ」


「惜っしいよなー」


 こらこら、あんたら煽ればどうにかなると思うなよ?

 美少女精霊使いだってできることとできないことがあるんだぞ?


「ユーラシア、精霊様騒動の時は副市長の許可がすぐ出たんだろう? 港湾はオリオン・カーツ船団長の管轄だが、船団長は副市長とツーカーだ。何とかならんか?」


「ええ? 無茶言うなあ」


 何かサフランも祈るような目付きだし。

 しょーがないなー、うまくいかなくても怒るなよ?

 赤プレートを取り出して話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ! 感度良好ぬ!』


「パラキアスさんって、もうレイノスに入ったかなあ?」


『レイノスにいるぬ。ちょうど今見てたところぬ。この前の大きな役所の同じ部屋ぬ』


「しめた! オルムスさんもいるね? パラキアスさんに繋いでくれる?」


『わかったぬ!』


 しばらくの後。


『パラキアスだ。オルムスもいるが構わないな?』


「というか、オルムスさんに用があるんですよ」


 かくかくしかじか。


『ははあ、港湾の使用許可は難しいが、いい返事はできると思うぞ。君今レイノスにいるんだろう? オルムスが会いたがってるから、こっちへ来てくれないか?』


「わかりました、すぐ行きます。ヴィル、ありがとうね、ここへ来てくれる?」


『了解だぬ!』


 ふー。


「どうだ?」


「副市長に呼ばれたから総督府行ってくる」


「「「「「「「「おー!」」」」」」」」


 どっと沸く参加者一堂。

 そこへ幼女悪魔が何もない空間から現れる。


「御主人に呼ばれてヴィル参上ぬ!」


「な、何だ?」


 戸惑う講習参加者達。


「百獣の王のポーズ!」


「がーおーぬ!」


「はーい皆さん注目! この子はうちの連絡係を務めている悪魔です。とてもいい子ですので、可愛がってあげてください」


 確かに可愛い悪魔だな? との声。

 困惑の混じった参加者達の囁きが聞こえる。

 あたしだって今日ヴィルを披露する気はなかったが、こういう展開になっちゃ仕方ない。


「オルムス・ヤン副市長と話がつき次第、ヴィルに連絡を入れますので、皆さんここでしばらくお待ちください」


 ヴィルに指示する。


「後で連絡するから、内容を皆に伝えてね。それまでここで待機、ピンクマンやラルフ君に遊んでもらっていなさい」


「わかったぬ!」


 さて行ってくるべえ。

 皆も期待してくれてるしな。


「総督府ってどこにあるんでしたっけ?」


「近いですよ。北へ行ってすぐにある広場のところの階段を昇ると中町ですが、そのまま真直ぐ突き当たりにある大きな建物です」


「ありがとう、行ってきます!」


 外へ出てクララに言う。


「歩いてて絡まれると面倒だから飛んで行こう。この際目立っても構わない」


「わかりました。フライ!」


 びゅーんと飛んで総督府へ。

 すげー指差されてたけど、知らんよもう。


「こんにちは。精霊使いユーラシアです。副市長に呼ばれて来ました」


「は、はい。話は伺っております。こちらへどうぞ」


 まあ精霊3人も連れているのだ。

 あたしの身分を疑う余地もないのだろう。

 受付のお姉さんの1人に案内される。

 そして2階の奥の部屋へ。


「副市長、精霊使いユーラシア様をお連れしました」


「通してくれ」


 広い部屋に通される。


「こんにちはー」


「早かったな、ユーラシア。彼が事実上のドーラ統治における責任者、レイノス副市長のオルムス・ヤンだよ。何か感想あるかな?」


「女の人にすごくモテそう」


 雰囲気が和やかになる。

 色が黒くてがっしりした、いかにも練達の旅人風のパラキアスさんに比べ、オルムスさんはグレーの髪をピシっと固め、帝国風スーツに身を包んだスマートな男だ。


「君が評判の精霊使いユーラシアか。会いたかったよ」


「え、いい評判です? 悪い評判です?」


「とってもチャーミングだって」


「その評判、副市長権限で大いに広めといてくださいよ」


 笑いの後、オルムスさんが話す。


「ええと、先ほどの通信の続きだね。結論から言うと、レイノス港の使用許可は迂闊に出せないんだ。海の一族の入港をどこまで認めるかの問題がある。船団長オリオンのいないところでは議論さえできない」


「オリオンがまた忙しい男なのだ。帝国との貿易が細っている分、向こうの情報を得るために動き回っているから」


 なるほど。

 船団長って海の警備だけじゃなくて、そんなことまでしてるんだ。

 ……戦争が近いから、大車輪で働かなきゃいけないってことだな?


「しかし要するにだ、魚さえレイノスに持って来られればいいんだろう? レイノスの西強歩20分、ドリフターズギルドの真南に当たる海岸に天然の良港がある。そこに水揚げして陸路で運べばいい」


 パラキアスさんがニッと笑顔を見せる。


「地図だとここ」


 オルムスさんが地図を持ってきてくれた。


「これはあげるから、打ち合わせに使って」


「ありがとう、助かるよ!」


「助かるのはこっちだ。この魚、戦時の食料のことも考えてくれてるんだろう?」


 あたしは頷く。


「机上の空論かなーと思ってたけど、こうポンポン話進めてくれるならあたしもやり甲斐があるよ」


 オルムスさんは心配そうだ。


「しかし、魚は一般に馴染みがない食材だろう? 大丈夫かな?」


「そこは任せて!」


 パラキアスさんが面白そうにこちらを見る。


「精霊使いがここまで言うんだ。問題ないのだろう。それはそれとして……」


 えらく真剣な表情に変わったね。


「正直、戦時のレイノスへの食糧供給、君はどう見る?」


「カラーズとオーランファームは大丈夫だろうけど、その他のレイノス近郊は疑問符。特に西がまるっきりわかんないですねえ。西域を引っ掻き回されると、海の王国からの魚を計算に入れたとしても足りないかな」


 オルムスさんが意外そうだ。


「ほう、オーランファームは大丈夫と見るのか?」


「あそこの息子が冒険者なんですよ。その頼みでファームの従業員の固有能力持ちをパワーレベリングしたんです。オーランファームにはレベル40以上が7人います」


「「え?」」


「装備や実戦の立ち回りがこれからなんですけど、ギリギリ間に合うでしょう」


 オルムスさんが唖然としてるし、パラキアスさんは含み笑いしてる。


「やはり君は自由に動いてくれた方がいいな。思ってる以上の結果を出してくれる。これからも任せるよ。適当にやってくれ」


「はーい」


「ということは重要なのはやはり西域だな。『アトラスの冒険者』は西域の街道防衛が任務となる。もう戦争があるって知ってる者も多いんだろう? 既に知ってる冒険者にはそう話しておいてくれよ」


「わかりました」


「私はバルバロスを説得してくる」


 『西域の王』バルバロスさんか。


「バルバロスさんってどんな人なんです?」


「「鬼だ」」


 おおう、そんなところで2人の声が揃ったぞ?

 怖い人? 厳しい人?


「頑固で他人の言うことを聞こうとしない。そういう意味では君に似たタイプなのかもしれないが……」


 ナチュラルに失敬だな。


「問題は彼の価値観が独特だってことだな。最悪でも、帝国に味方することだけは止めさせないと」


「え? そんなヤバい人なんですか?」


 オルムスさんが口をへの字に曲げる。


「ヤバいってことならパラキアスもペペちゃんもマルーの婆さんもヤバい。というか、今ドーラで一番ヤバいのは精霊使いユーラシアだろうけど……」


 マジで失敬だな。


「ヤバいの方向性がね。相容れないというか迷惑千万というか」


「ふーん」


 とりあえずあたしには関係なさそうだから、パラキアスさん苦労してろ。


「じゃ、あたし達帰ります。地図ありがとうございました」


「うん、よろしく」


 部屋を出て赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「ピンクマンに繋いでくれる?」


『わかったぬ!』


『どうなった?』


「レイノス港は使えないけど、ギルドから真っ直ぐ南へ行った海に天然の良港があるんだって。そこから魚を水揚げしてレイノスに運べばいいって」


『よし、魚の供給は可能ということだな?』


「うん、詳しいことは戻ってから説明するよ。ヴィルもありがとうね」


『どういたしましてぬ!』


 よし、戻ろう。


「帰りも『フライ』よろしく」


「はい」


 総督府の建物を出たところでクララの『フライ』。

 ……さっきよりも人が集まってたような気がするけど、見なかったことにする。

 びゅーんと飛んで講習会の行われていた集会所へ。


「ただいまー」


 皆を集めて地図を広げ、早速説明する。


「……ここで陸に揚げて、レイノスに運べってことなんだ」


 ピンクマンが質問する。


「海の王国から魚はどうやって持って来るんだ?」


「え? わかんないけど多分クジラ船」


「クジラ船?」


 伝わんないか。

 そりゃそうだ。


「船って言っても訓練されたクジラのことね。口から乗り込んで船みたいに使ってるの。前見たときは砂浜だから岸まで来れなくて、小舟でクジラ船まで行かなきゃだったんだけど、地図のここだと岸まで来られるのかな?」


 ピンクマンが答える。


「クジラの大きさにもよるが、おそらく大丈夫だろう。というかここでダメならレイノス港でも入れない」


 あ、そうなんだ?

 よく知ってるなー。


「よおし、イベントやろう!」


「「「「イベント?」」」」


 もうタメ口でいいだろ。


「魚のフライ美味しかったでしょ? でもメニューに載せておいたって、やっぱり食べつけないものは注文してもらえないんだよ」


 あちこちで頷いてる人がいる。


「徐々に広めるなんて悠長なことは嫌いなので、祭りで魚は美味いんだってことをいっぺんに周知させるよ、いいね?」


「面白そうだな」


「しかし可能なのか?」


「新メニューが最初から売れるのは歓迎だ」


 ラルフ君パパが聞いてくる。


「具体的にはどのように?」


「今日参加してる皆さんの店で、5ゴールドの魚料理を提供してもらう」


「5ゴールド?」


「半端だな……」


 ざわめく参加者達。


「各店でちょこっとずつ料理を食べてもらって、どの店が一番売れたか、ナンバーワンを決めるイベントだよ!」


「なるほど!」


「それで5ゴールドか!」


 ふっふっふっ、納得したようだね。


「ヒント出しまーす。店の中で一品料理出すより、テイクアウトの方が絶対数売れるよ。それからありきたりのよりも特徴があった方がいい」


「「「「特徴?」」」」


「例えば魚の種類。今日でも最初の魚と、後で皆におろしてもらった魚とで味違ったでしょ? まよねえずでもカラシや果汁、みじん切りタマネギなんか加えると雰囲気変わるよ。揚げてそのままがいいのか切った面を見せた方がいいのか、揚げる油の種類はどうか、あるいは揚げた後何かに漬け込んでも美味しいかもしれない」


 考えてる考えてる。


「ルール決めまーす。法律に反する行為、商道徳に悖る行為は論外。フェス用の料理は1品のみ、必ず揚げた魚を使ってください。まよねえずは必ずしも使わなくてもいいけど、美味しいし目新しいので、使った方が有利になると思うよ。それから儲け度外視でゴージャスなやつ出すとかはナシ。必ず5ゴールドで儲けが出るようにね」


 皆が頷く。


「で、いつやるんですか?」


「ダンテ、レイノスの天気は?」


「4日後からレインね」


「じゃあ3日後」


「「「「「「「「3日後!」」」」」」」」


 こーゆーのはホットな内にやるもんなんだよ。

 ヴィルを飛ばす。


「条件は皆一緒だから、時間がないなんて泣き言は聞かないよ」


「それにしても……」


「3日後か、いや何とか」


 赤プレートに反応がある。


『御主人、聞こえるかぬ?』


「聞こえるよ。ありがとうね」


『代わるぬ』


「イシュトバーンさん?」


 イシュトバーンさんの名が出てぎょっとする参加者一同。


『おう精霊使い、面白いことか?』


「面白いことだよ。レイノスの協力してくれる飲食店と、魚の揚げ物のイベントやるんだ。各協力店で5ゴールドの魚フライを売ってね、どこの店が一番売れたか競うの」


『魚のフライは食ったことねえな。美味いのか?』


「今こっちに飲食店の皆さんがいるんだけど、最初おっかなびっくり口にしてたのが、最終的に魚どーにかして仕入れろって言い出すくらいには美味しい」


『ほお、そんなにか?』


「そうなんだよ。だからこの際、レイノスの人達に魚は美味いってこと知らせようってなったの」


『よし、わかった。いつだ。オレは何をしたらいい?』


「3日後。イシュトバーンさんには名前を貸してもらいたいんだよ。やっぱ大物の名前冠してると盛り上がるからさあ」


『おう、構わねえぞ』


「ありがとう。後で詳しい人に説明に行ってもらうよ。で、3日後には『イシュトバーン杯フィッシュフライフェス』迎えに行く」


『楽しみにしてるぞ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 これでよし、と。


「正式名称は『イシュトバーン杯フィッシュフライフェス』に決定。皆さんは店に幟でも看板でもいいから立てて、フェスの正式名称と参加店であることをわかるようにしといてね。質問ある人!」


「魚はいつ入るんだ?」


「明日明後日3日後の朝、さっきの地図の場所に魚持ってくるよう手配するよ。そこで買ってください。明日はとりあえず今日の5倍量くらい、いろんなフライに向く魚を取り揃えておくでいいかな? で、明後日と3日後の分は直接魚の業者さんに発注して」


 いずれは卸商なり仲買人なりが間に入るだろうけど、最初は仕方ない。


「明日明後日も、店の客に魚料理出していいか?」


「そりゃいいよ。とゆーか、そうしないと明日明後日仕入れる魚がムダになっちゃうじゃん。お客さんの反応見て、勝負する一品を決めればいいんじゃないかな」


 おっと皆さん目の色が変わりましたね。


「順位はどう決めるんです?」


「紳士的に売り上げ個数を自己申告してね。インチキしてバレると、オレの顔に泥を塗る気かーってイシュトバーンさんに怒られるので注意してください」


 おー皆が一斉にカクカク首を縦に振ること、何かの状態異常みたいだ。


「優勝すると何かメリットあるかな?」


「名誉だけかな。当日はおそらくかなり盛り上がるよ。優勝したら美味い魚料理を食べさせる店として有名になるだろうね。でもフェスに参加すること自体が魚料理やってますのサインになるから、そっちのメリットの方が大きいと思う。優勝に拘らなくても、この店のフライ美味かったなーって印象に残れば、お客さんうんと増えるから頑張って」


 頷く皆さん、そんなとこですか。


「よし解散。ヨハンさんはイシュトバーンさんとこへ説明に行ってもらえます?」


「心得ました!」


 ふー終わった。

 皆が帰り支度を始め、ピンクマンが話しかけてくる。


「えらく大事になったもんだ」


「そうだねえ。今日はついて来ただけのつもりだったんだけど。ごめんね、まよねえずの講習会だったのに、魚メインになっちゃった」


 サフランが笑う。


「いいんですのよ。これで酢も売れますから」


「多分このフェス大当たりするから、酢の発注ガンガンかかるよ。目一杯増産する用意して」


「はい!」


 3日後が楽しみだ。


「ところで今日、ラルフ君がこっち来たのは、何か目的があったのかな?」


「いえ、カラーズに輸送隊出してますので、自分らしか随員がおらず」


「あっ、そういえばそうじゃん。それなのにヨハンさんこっち来てくれたんだ?」


「ユーラシアさんが来ることを予想してたらしく、絶対面白いからと……」


 食えない商人とゆーかできる商人とゆーか。

 今日妙なフリ浴びせてきたことといい、なかなかやるじゃないか、ラルフ君パパ。


 集会所の出入り口を開けると大勢の人が。

 どーゆーこと?


「ドーラ日報です。精霊使いユーラシアさんで間違いございませんか?」


「レイノスタイムズです。星風の月21日の精霊様事件は、ユーラシアさんが犯人ではないかという疑惑が持ち上がっておりますが、どうお考えですか?」


 何これ?

 どこのお兄さんお姉さん?

 ピンクマンがそっと耳打ちしてくる。


「新聞記者だ。適当にあしらえ」


 日々のニュースを掲載する新聞とゆー媒体がレイノスにあることは知ってる。

 ははーん、空飛んできたことで居場所見つけた、ゴシップ記事でも載せたろっていうんだな?


「美少女精霊使いユーラシアだよ。精霊様事件はあたし達がやったことに間違いないよ。迷惑かかったならごめんね。だって精霊が差別受けて頭来ちゃったからさあ。お詫びにあの時の精霊様の魔法をもう一度見せようか」


 クララに目配せ、空に向けて『精霊のヴェール』を放つ。


「綺麗……」


「これが精霊様の魔法か……」


 青空に映し出される、虹色の滝にも似た光のひだに魅了される人多数。


「これ、精霊専用の魔法なんだ」


 ハッと我に返る新聞記者達。


「で、では本日の怪しげな集会は何ですか?」


「悪巧みだよ」


 キメ顔の笑いを見せると、シーンと静まり返る。


「レイノスの人達が知らない、とても美味しい食べ物を独占していたんだ」


「そ、それは?」


「お魚のフライ」


 魚? と思っているのだろう、群集に戸惑いが広がる。


「そんなものが美味とは信じられませんが……」


「それについてはあたしが語るより、各料理店の皆さんの意見を聞いた方がより真実味があると思うなー」


 次々と飛び出す今日の参加者達からの発言。


「オレも半信半疑だったが、本当に美味いんだ!」


「早速明日から試験的に当店のメニューに加える予定なんですよ」


「食わずに判断するのはやめてくれ」


「まともな舌を持ってりゃ、不味いってやつはいないよお」


 まだ言い足りない参加者達の発言を手を上げて制した。


「これほどの美味を我々で独り占めしていたことを深く陳謝いたします。お詫びに3日後、皆様が格安で件の魚フライを御賞味できる機会を設けます。題して『イシュトバーン杯フィッシュフライフェス』!」


 イシュトバーンさん絡んでるのか、などの驚きの声が上がる。


「じゃ、あたし達は行くところあるんで帰るね」


「「えっ?」」


「転移の玉っ!」


 もう十分楽しんだから、後処理は押し付けて帰宅するのだ。


          ◇


「ふいー、慣れないことは疲れるねえ」


 帰宅後、海の王国へ行って明日の分の魚を発注、その後軽く魔境で稼いできた。

 パワーカード『るんるん』とバトルスキル『豊穣祈念』の、戦闘中のアイテムドロップ・レアドロップ確率が上昇する効果は、どうやら加算されるということがわかったのは収穫だ。

 宝飾品狩りが捗るな。


「あたしからフェスの賞品出そう。優勝透輝珠3個、準優勝透輝珠2個、3位透輝珠1個でいいかな?」


「いいでやすねえ」


 不意にクララが聞いてくる。


「集会所の最後、逃げちゃったみたいに戻ってきましたが、あれで良かったんですか?」


「そりゃあたしばっかりが働くのは割に合わないよ。苦労は分かち合わないと」


 うちの子達は苦笑するが、あれはあれでいいのだ。


「ボス、そろそろ時間ね」


「よし、ギルド行こうか」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーラシアさん、いらっしゃい。先ほどソール君がドラゴン倒してきたんだよ」


「うん、お祝いに来たんだ。ところで『チャーミング』は1日1回限定なの?」


「あはは、どうぞ、チャーミングなユーラシアさん」


 ポロックさんがチャーミングって言ってくれないと、何だか物足りないのだ。


「さてと……換金はまだいいか」


 食堂へ。

 もうソル君達はいるな。

 先行してたヴィルを可愛がってくれてる。


「おめでとう、ソル君。信じてたぞ」


「「「ユーラシアさん!」」」


 アンセリが飛びついてくる。

 あ、ヴィルも飛びついてきた。


「ユーラシアさんのおかげです」


「え、実力だよ? 早いか遅いかだけの問題だったぞ?」


 ダンが話しかけてくる。


「カールとラルフ知らないか? あんた今日、一緒だったんだろ?」


「あ、面倒ごと押し付けてきちゃった」


 こら、またかよみたいな目で見んな。


「レイノスで調味料作りの講習会だったんだよ。それがどういうわけか魚フライのフェスやることになって、新聞記者に囲まれて逃げた」


「さっぱりわからねえ」


「嬢はまたおかしなことに巻き込まれておるの」


「理解してくれるの、マウさんだけですよ」


「お、来た。答え合わせしようぜ」


 ピンクマンとラルフ君パーティーだ。


「師匠、ひどいですよ!」


「ユーラシア、あれから大変だったんだぞ!」


「うん、どうなった? 皆にわかるように最初から説明してよ」


 まよねえずの講習とそれが魚のフライに合うこと。

 魚の購入ルートを確保したこと。

 イシュトバーンさんの了解を取り付けフェスの開催にこぎつけたこと。

 新聞記者に絡まれフェスの開催を公表したことを、ピンクマンとラルフ君が代わる代わる話す。


「……それってユーラシアさんが最もハードワークなのでは?」


 セリカの言葉に皆が頷く。


「それはそうだが、あそこで逃げるのは無責任だろうが!」


「ラルフ君ならともかく、ピンクマンにそう言われるのは心外だなー」


「どういうことだ?」


「あたしがあの場に居続けたら、あたしばかりが喋る展開になって、薄っぺらくなるでしょうが。講習会の参加者皆が発現するからこそ、多角的で説得力のある、読み応えのあるフェスの記事になるんだぞ?」


「そ、それはそうかもしれんが……」


「もっとまずいのは精霊様騒動の話題を蒸し返されること。それやられるとフェスの印象が消し飛ぶからさ、あのタイミングであたしがいなくなるのが一番良かった」


 無言になるピンクマンとラルフ君。

 大体あの記者達の言い様が『犯人』だの『疑惑』だの、好意的なとこなかったしな。


「『適当にあしらえ』って言ったのはピンクマンじゃないか。ああいう手合いは都合のいいように使えばいいよ。あの後、フェス関係のことしか聞かれなかったでしょ?」


「……ああ」


「よーし計算通り! 明日の新聞楽しみだな。フェスの成功は間違いないよ!」


「あ、号外が出てました」


「え?」


 ラルフ君が取り出した号外を広げる。


『精霊使いユーラシア氏が語る。妖姫の月14日、イシュトバーン杯フィッシュフライフェスを開催! 各店が格安で魚のフライを提供。ナンバーワン店はどこだ?』


「……これだけなのか。なるほどわかるようでわからん。明日の新聞買いたくなる。こういう引きは参考になるなあ」


「ユーラシアの感想はどこかおかしい」


「明日の新聞はちゃんと『美少女精霊使い』に訂正されてるかなあ?」


 ようやくピンクマンとラルフ君パーティーにも笑顔が浮かぶ。


「ところでユーラシア」


「ん、何?」


 ダンはこういうところで要らんことを言うやつだ。


「ずっと喋ると薄っぺらくなるとか精霊様騒動を蒸し返されるとかってのは、今考えた理屈なんだろ?」


「当たり前じゃないか」


「師匠ぉ!」


 まあ怒るなよ。


「そんなことより、今日はソル君パーティーのめでたい日じゃないか。皆揃ったなら始めようよ。そうお腹が不平を鳴らしています」


「ただ腹が鳴ってるだけじゃないですか!」


 それはそれとして。


「あんたが乾杯の音頭取れよ」


「え、マウさんいるじゃん」


 大先輩がいるのにあたしが出しゃばっちゃ良くないでしょ。


「マウ爺の神経痛悪化させるつもりか? 鬼だな」


 そーゆーことなら。


「ソル君とアンセリのドラゴン退治の功績を祝って乾杯! そしてソル君を見出したあたしの狂いなき眼よ万歳!」


「何だそれー!」


 楽しく騒がしい夜が訪れる。


          ◇


 ――――――――――同刻、イシュトバーン邸にて。

 『黒き先導者』パラキアスとイシュトバーンが、差し向かいで語り合っている。


「まったくどうなってんだ。オレんとこにも記者が現れたんだぜ? ちょうど説明に来てた商人が対応したけどよ」


「私とオルムスのところに、港湾の使用許可取りに来たのが昼前でしたね」


「オレんとこに悪魔寄越したのがちょうど昼頃だ。ところが午後には号外が出て、レイノス中が知ってんじゃねえか。スピードがおっかしいだろ」


 そう言いつつ、イシュトバーンは楽しげだ。

 パラキアスは苦笑している。


「ユーラシアは独立戦争のこと、知ってるんだな?」


「よく知ってますよ。私がカラーズに顔を出しただけで、戦時の食料のことに感付いたくらいです」


「はーん、で、今回の魚フェスも?」


「食料の供給元に海の王国を考えていて、レイノスを魚食に慣れさせる目的があるんだと思います。オルムスがそこについて懸念を示したとき、任せてって言ってましたから」


 2人の眼が合い、笑う。


「いや、実によく動いてくれます。大したものです。私の知り得ない情報についても、あのヴィルという悪魔を飛ばして知らせてくれるんですよ」


「ああ、あの幼女悪魔可愛いよな」


 2人が酒を酌み交わす。


「して、私に用というのは?」


「おい、アレを」


 イシュトバーンがお付きの女性に指示し、あるものを持って来させる。


「これ、精霊使いが置いていったんだ」


「美しい宝飾品ですな」


 何色とも断じられない、見るたびに印象の変わる不思議な輝きの美しい珠だ。


「まあ、あんたがこういうものに興味がないことは知ってる。ところがこいつは結構な代物でな。世界にこれ1つ、値段などつけられないほどの大秘宝だ」


「ほう」


「今精霊使いはできるだけ高価な宝飾品持って来いっていうクエストを請けててな、人形系レア魔物を狩りまくってるんだ。で、ウィッカーマンもガンガン倒してるんだが、この珠はウィッカーマン以上の未知の人形系レアのドロップだそうな」


「ウィッカーマン以上の? それはすごい」


 パラキアスが驚く。


「たまたま岩で囲まれた逃げられないところに追い込めてラッキー、とは言ってたな」


「ふむ、それほどの大秘宝を置いていった、と」


「値段がつけられないものはクエストの対象にならないから要らないんだとさ。で、問題はここからだ。この石を役立てるべき場面があったらオレの判断で使え、って言いやがったんだ。どう思う?」


 しばし沈黙が支配する。


「……この宝飾品の政治的、外交的価値を言っているんでしょうな」


「やっぱりそうとしか解釈できねえよな?」


 イシュトバーンが杯をあおる。


「この年齢になって、あそこまで面白えやつに出会えるとは思わなかったぜ」


「うむ、確かに……」


 パラキアスは思う。

 冒険者としての実力もさることながら、驚くべきなのは視野の広さとカンの良さだ。

 あれほどの存在感と影響力を持ち得る少女など、どこにいるというのだ?


「でよ、この珠に名をつけたんだ」


「ほう? 何と」


「聖地母神珠だ」


「美少女地母神珠の方が喜ぶんじゃないですか?」


「そうか?」


 真剣に迷っている風なのがパラキアスにはおかしい。

 『ユーラシア』とは、ドーラよりもカル帝国本土で広く人民に膾炙している、汎神教神話上の地母神の名なのだ。


「名前は保留だ」


「ハハハ、御随意に」


「ま、あんたもこういうものがあってカードとして切り得るんだ、ということは覚えておいてくれよ」


「はい」


「オレはこいつを収める箱を用意しとくぜ。せいぜい見栄えのいいやつをな」


「お願いします」


 2人は笑い合い、夜は更けてゆく。


          ◇


「サイナスさん、聞こえる?」


 定例のヴィル通信だ。


『ああ、聞こえる』


「こっち思ったより大変なことになった。まよねえずの講習会で魚のフライと合うから参加者に食べさせてみたんだよ。そしたら美味いから魚仕入れろってことになってさ、レイノス港は使わせてもらえなかったけど、その西強歩20分くらいの海岸に船つけられるところがあって、そこに水揚げして運ぶってことが決まった。でも魚食って風習がないから難しいでしょ? だから魚フライフェスやることになったんだ」


『相変わらず大事にするのが得意だね。そのフェスはいつなんだい?』


「3日後」


『え? 早いな』


「こういうのは皆がノッてる内にやらないといけないから」


『そういうものか』


 そういうものなんだよ。

 個人的にもフェス楽しみだ。


『こっちは2回目の輸送だ。黄の民の輸送隊候補の面々に、青のセレシア族長がついて行った』


「セレシアさんが? 黄の民と一緒に帰ってくるのかな?」


『そこまでは聞かなかったが』


 そんなことないか。

 輸送隊はレイノスに行くまでが仕事だし、セレシアさんは空き店のチェックに行くんだろうから。


「心配だな。ヨハンさんがそっち行ってれば融通が利いたんだろうけど、こっちの講習会来てたんだよ」


『そうか。明日の昼前にはレイノスに到着予定という話だったぞ』


「わかった、一応注意しとく」


『今日はそんなところか?』


「うん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、いつもありがとうね。通常任務に戻って」


『了解だぬ!』


 さて、明日どうすべ?


          ◇


「レイノスはドーラで一番人口が多いからね。まだ試験段階だけど、売れるようになればどーんと売れるよ」


「うむ、今後が楽しみじゃのう」


 女王ホクホクしてるよ。


「昨日、料理人には魚フライの美味しさをわかってもらえたんだ。で、明後日フェスやって魚の美味しさをいっぺんに広める!」


「何から何まですまんの」


「いいんだよ。友達じゃないか」


 あたしもドーラの商取り引きが活発になると嬉しいしな。

 魚人兵士から声がかかる。


「女王陛下、精霊使い殿、用意ができ申した」


「じゃ、行ってくる!」


「うむ、気を付けてな」


 女王に別れを告げ、兵士、漁師達とともにクジラ船に乗り込む。

 ハッチという名の口が閉まり、いざ出発だ。


「場所はわかるよね?」


「うむ、クジラ船を停泊できるところなど、他にないのですぞ」


「あ、やっぱそうなんだ」


 それにしても海底の城って塔の村から海岸出たとこの沖なんだよね?

 このクジラ船ってメチャクチャ速いんじゃない?


「クジラ船って速いよねえ」


「速いですぞ。最高速だと1時間に300バークーンほど進みますな」


「あ、そーだ。距離の単位わかんないんだった」


 海の王国から塔の村近くの岸まで2バークーンだったか?

 あたしん家の前の海岸から王国まで強歩4日くらいの距離はあるはずなのに、大して時間かからなかったしなー。

 クララの全速『フライ』並みのスピードかも。


「それにしても、商売に兵士さんがついて来るんだねえ」


「ハハッ、町人にはクジラ船を操縦できぬゆえ」


「そーなの?」


 いや、その前にこれどうやって操縦してるの?

 謎が多いな。


「もうすぐ到着です。徐々に減速し、浮上いたしますぞ」


 がぽっという音とともに揺れる。

 水面に出たのだろう。

 静止しハッチが開く。


「おまたせー、あれ、ソル君?」


「ユーラシアさん、そっちからですか?」


「うん。ま、いいや。商売商売。おーい、魚全部陸揚げして!」


 うん、料理人さん達も皆来てるね。


「じゃあ買っていってね」


 皆がワラワラと魚に群がり購入していく。


「……安いな」


「でも5ゴールドじゃそんなに出せないですよ」


「精霊使いさん、これはどうやっておろせばいいかな?」


「あっ、これ昨日の最初のフライの魚ね。シイラってやつ。クララ、手本見せてやって」


 クララが持参の包丁でゆっくり丁寧に捌く。


「あたし達も魚詳しいわけじゃないから、なるべくプロに聞いてね」


 あちこちで魚人漁師さんとのコミュニケーションが図られ始める。

 うんうん、いいことだね。


「ところでラルフ君達がいるのはわかるけど、ソル君パーティーがいるのは何で?」


「いえ、師匠がいらっしゃらなかったので……」


「トラブルになると押さえられないからと、泣きつかれたんです」


「おー、ドラゴンスレイヤーは頼りになるねえ」


「ユーラシアさんだってドラゴンスレイヤーじゃないですか」


「そういえばそうだった」


 ラルフ君が聞いてくる。


「どうして師匠はそちらから来たんです?」


「ん? 海の女王に話があったからだよ」


「で、本当は?」


「クジラから登場した方がドラマチックかなと思って」


 ラルフ君、大分あたしというものを理解してきたね。

 アンが言う。


「ラルフが心配していたんだ。ユーラシアさんが来ないって」


「え? いや来るってば。両方に面識あるのあたししかいないし、今日の魚発注したのあたしだから、残れば買い取るし」


「ええ、今いないのは海から来る証拠だって、我達は言ってたんですけどね」


 セリカが笑う。


「何だラルフ君、そんなに寂しかったのか。ごめんよ、気付いてやれなくて」


「どーして自分が可哀そうな子になってるんですか!」


 皆で笑う。


「あ、魚全部売れたね。じゃあ明日の分の注文していって」


「木ノ葉亭です。サワラ3、シイラ1で」


 おお、魚の種類も覚えてるね。

 全ての店が注文を終える。


「さて、魚取れなかったケースを決めとこうか。もし注文した魚が入らなかった場合はどうする? キャンセルにしとく? それとも他のフライ向きの魚を同じ値段分だけ入れといてもらう?」


 全店が後者を選択しました。


「時間は今日くらいでいいのかな?」


「あ、もう2時間くらい早い方が都合がいいぜ」


 店側の皆が頷く。


「明日から2時間早くお願いできる?」


「もちろんで」


 とりあえずそんなもんか。


「本日はここまで。いい取り引きでした。ありがとうございました」


「「「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」」」


 うんうん、無事終了。


「では、自分は皆さんを送って行きますので」


「御苦労様。ラルフ君達はフェスまでは店の人達の護衛なの?」


「はい」


「そーかー、御苦労だねえ。明日からはあたし達来ないけど頑張れよ。商売の揉め事は放っといていいから」


「え、そういうものですか?」


「そりゃそうだ。商人の戦場に冒険者が出張るなよ」


 いらんことはしなくていいんだよ。

 余計に揉める元になる。

 いや、あたし個人としてはそういうの好物だけれども。


「では師匠、失礼いたします」


「うん、じゃあね。気をつけて」


 各店の料理人の皆とラルフ君達を見送る。

 この近辺は間違って北の山の方へ足を向けない限り、魔物も出現しないらしいので、大体安全と言っていい。

 ラルフ君パーティーがついてるしギルドも近いし、まあ問題あるまい。


「今日はソル君もアンセリも、手間かけさせちゃって悪かったねえ」


「いえいえ。魚フライフェス、とても楽しそうじゃないですか」


「あたしが絡むと大事になるんだよ。どーしてだろ?」


「そういうものを引き寄せてるとしか」


 アンがそこはかとなく失礼なことを言う。

 このフェスはまよねえず講習会参加者が、魚仕入れろってごねたせいだぞ?


「明後日ですよね。オレ達もフェス行こうかな」


「ぜひ参加しておくれよ。外町中心にかなり盛り上がるはずだから」


「このフェスも、やはり何か目的が?」


 ソル君が探るような目つきで見つめてくる。


「……帝国には、海の一族の監視を抜けてドーラに上陸する技術があるんだ。小舟に適用するのがせいぜいで、艦隊がどこにでも現れるっていうんじゃないんだけどね。ゲリラ部隊が密かに上陸して、西域~レイノス間の物流を壊される可能性が高い」


 アンセリは目を見張るが、ソル君はある程度予想していたようだ。

 というか、あたしの行動から見当付けたんだろうな。


「戦争始まると、レイノスで食べ物が足んなくなりそうなんだよね。だから今の内魚食に慣れておいてもらおうかと思って」


「それでこんな大掛かりな仕掛けを?」


「ユーラシアさん、すごい……」


 買いかぶり過ぎだよ。


「いや、それはたまたまなんだ。昨晩話した通り、そういう流れになったからやってしまえと。総督府行った時にパラキアスさんとオルムス副市長にも、レイノス市民に魚食に親しんでもらうため何かするってことは伝えて来たんだよ。でもこうなったからにはフェス潰されるわけにはいかないんだよなー。できれば新聞記者捕まえて、もう少し煽っときたいけど」


 沈黙するソル君パーティーの3人。


「前、マウさんやピンクマン達と話してた時、帝国には何かの隠し玉があるから攻めてくるんだろうって言ってたでしょ?」


「それがその、海の一族の監視を抜ける舟ですか?」


「違うんだ。別に存在してて、その試作機が1ヶ月以内に完成する。ただし、今の段階では正体がまるっきりわからない」


 ソル君が聞いてくる。


「試作機……乗り物ですね? 1ヶ月以内に完成することがわかっているのに、正体が不明というのはどういうことでしょう?」


「その辺はあたしもハッキリしたこと言えないんだけど、情報源が本の世界のマスターなんだ。『全てを知る者』と言われている。その彼女にしてそれしか把握できないということは、公文書に残されている情報の断片がそれだけしかないんじゃないかな。かなり厳重に機密が守られていると思っていい」


 アンが言う。


「それじゃその隠し玉に関して、わたし達ができることはないんだな? ということは、西域防衛が任務になるのだろうか?」


「『アトラスの冒険者』の任務としては西域、特に街道の防衛になるって、パラキアスさんは言ってたけど……」


 うーん、そんな地味な役かな?


「ソル君達は別の仕事振られる気がするな? ただのカンだけど」


「ユーラシアさんのカン、当たるじゃないですか」


「うん、そうなんだ。最近また固有能力増えててさ、『閃き』っていうの。すごくカンがいいだって」


「もう驚かないですけれども」


 ソル君パーティーが苦笑する。


「オレ達にできることありますか?」


「頼みがあるよ。スキルハッカーの習得枠、あたしのために1つ空けておいてくれないかな。すごく重要なことのような気がするんだ」


 どうしてこんなことが口を突いて出て来たのかわからない。

 本当に思い付きでしかなかった。

 ソル君があたしを見つめる。


「わかりました。習得枠、ユーラシアさん用に空けておきます」


「おお、決断が早いね。さすがソル君」


 ソル君パーティーがすっきりした顔になる。


「では、オレ達は行きます」


「うん、戦争思ったより早まりそうだってのは頭置いといてね。それから明後日のフェスはうんと楽しもうぜ!」


「「「はい!」」」


          ◇


「姐御、今日はこれからどうしやす?」


 一旦帰宅した時、アトムが聞いてくる。


「素材、結構溜まってきやしたぜ?」


「そうなんだよね。アルアさんとこも行かなきゃだし」


「塔の村の様子も見ておきたいですねえ」


「肥溜めガールにフェスの成否を聞くといいね。プレゼントもあるね」


 うむう、やること盛りだくさんだ。


「よし、やっぱりセレシアさん心配だから、あたしはレイノス行ってくる。あんた達は家でのんびりしててね。早く帰って来られたら、魔境とアルアさんとこ行こう。ほこら守りの村のマーシャには明日会いに行く。塔の村はフェス終わってから、じっちゃんに報告がてらだな」


「「「了解!」」」


「じゃ、行ってくるよ」


 レイノスのイシュトバーン邸の転送魔法陣へ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 イシュトバーンさん家に来た、が?


「おっ、驚えた!」


「あっ、ごめんなさい」


 転送先で危うくイシュトバーンさんとぶつかりそうになる。


「もらった『地図の石板』の転送先がここなんだ。注意しててね」


「おう、知ってる。眺めてたら精霊使いが飛び出て来ねえかなと思ってたら、本当に出て来やがった」


「何やってんの。まったく暇だなー。もっと有意義に時間を使えばいいのに」


「美少女精霊使いを待ち焦がれる時間って有意義じゃねえか」


「それもそうか」


 お付きの女性達がクスクス笑う。


「で、今日はどうした。愛しのオレに会いに来たのか?」


「いや、敬老精神に目覚めたわけじゃなくて、イシュトバーンさんに借りた空き店あるでしょ? そこにカラーズ青の民の族長が視察に来てるみたいなんだよ。心配だから様子見に来たんだ」


「何だ、つまらん」


「美人だよ?」


「おい、女人なのかよ。早く言え。オレが直々に案内してやろう」


「きっとそう言ってくれると思ったよ」


 お付きの女性達の腹筋が小刻みに動いてるな?


「おい、あの店のカギ持ってこい」


「あたしもどんなところか見たかったんだよね」


「ヨハンに聞かなかったか? ロケーションは最高だぜ」


 そんな話だったけど、広さとか構えとかの具体的な情報がなかったからな。

 セレシアさんもその辺を確認したいんだと思う。


「じゃ、あたしが抱っこしてくよ」


「おう、嬉しいな」


 心の底から嬉しそうだな。


「行くか」


「あ、ちょっと待って。お付きの女の人2人だけ?」


「ん? 何か問題あるのか?」


「護衛の人1人ついて来てもらった方が都合がいいんだけど。できれば泳ぎの達者な人が望ましい」


「おいおい、どういうこった? 穏やかじゃねえな」


 目が険しくなる。


「イシュトバーンさん、絶対おっぱい触りたくなるでしょ?」


「なるな」


「我慢できる自信ある?」


「ないな」


「でしょ? そうなるとあたしもサメのエサで妥協して、レイノス港に捨てたくなる」


「おい、誰かついて来てくれ!」


 お付きの2人笑い過ぎ。


          ◇


「旦那様のセクハラを何とかしたいんですよ」


「うーん、イシュトバーンさんの肩を持つわけじゃないけど、給料にはそれなりの尊敬の念を払わないといけないよ。結構もらってるんでしょ?」


「それはそうなんですけど……」


 道中、お付きの女性2人と話が進む。

 さすがにイシュトバーンさんも、レイノス港に捨てられる危険を冒してまでおっぱいを触ろうとはしてこない。

 めでたし。


「じゃ、許せる範囲と許せない範囲を取り決めておきなよ。許せる範囲を超えたら、給料とは別途に慰謝料を請求すればいい」


「お、おい精霊使いよ。余計な知恵つけないでくれよ」


 んなこと言われても。


「イシュトバーンさんにも悪いことばかりじゃないでしょ。ここまではやってもいいっていう境界がハッキリするんだから」


「そういう背徳感がないやつはそそらねえんだよなあ」


「知らんがな」


 お付きの女性Aが感心したように言う。


「ユーラシアさんはすごいですねえ。旦那様に対してこれほど隔意のない喋り方される人は他にいませんよ」


「え? だってあたしはイシュトバーンさんから給料もらってないもん。利害関係がないじゃん」


「そうだぜ。友達友達」


 護衛の人は何も言わないな。

 明らかに聞き耳立ててるけど。


「その友達にアイデアをくれよ」


「アイデア? 何の?」


「女の相談にだけ乗るのはズルいだろうが。オレにも日々の潤いをくれ」


 ははあ、要するにそっち方面の刺激をよこせとゆーことだな?


「じゃあ今から会うセレシアさんに注文するといいよ」


「はん? どういうことだ?」


 宣伝がてら説明する。


「セレシアさんはカラーズきってのファッションデザイナーなんだよ。女の子の服をデザインしてもらえばいい」


「服か……服ね?」


 ピンと来てないようだ。


「でもえっちい服着せるんだったら、最初に了解取らないとダメだぞ?」


「おお、そういうことか! やるな精霊使い!」


「ユーラシアさんっ!」


「追加でボーナスもらいなよ」


 護衛の人もついに笑い出した。

 会話に参加してくれればいいのに。


 歩を進めていく内、2人の男女が飛び出してきた。


「ドーラ日報です。精霊使いユーラシアさん、これはどういうことですか?」


「レイノスタイムズです。大商人のイシュトバーンさんと密会ですか? 大変なスキャンダルですよ」


 しめた! 来たぞー。

 立ち塞がろうとした護衛を目で押し止める。


「人聞きが悪いなー。ただのデートだよ」


「そうそう、逢引き逢引き」


「デートって……」


 二の句が継げない新聞記者達に聞く。


「ところでお兄さんとお姉さん、この前も一緒だったよねえ。別の新聞なのに何で?」


「さては癒着だな?」


 イシュバーンさんも完全に面白がるモードだな。


「ち、違いますよ」


「実力者に話しかけるのは怖いからです」


「やだなー。あたしはそんなに無分別じゃないよ」


「あっ! こいつひでえんだ。か弱いオレを魔境に捨ててこようとしたんだぜ? これぜひ記事にしといてくれよ」


「敵対行為と見做したからだよ。記者さん達は敵じゃないよねえ?」


 ここでキメ顔。

 震え上がる2人。


「ところで記者さん達、あたしが『閃き』の固有能力持ちだってことは知ってた?」


「「い、いえ」」


「そのあたしのカンが、2人はラブい関係だと告げてるんだけど?」


 ギクッとする2人。

 笑えてくるほどわかりやすいなー。


「そ、そんなことはありませんよ?」


「ふーん、まあ証拠集めは後でもいいけど。ライバル新聞の記者同士が密会してちゃいけないよねえ?」


「スキャンダルだぜスキャンダル」


 アワアワする2人。

 ちょっとは隠す気ないのかよ。

 ……おもろいから、もう少しからかってやろ。


「ねえ、イシュトバーンさん。新しい新聞作れない?」


「新聞? このスキャンダルを記事にしてレイノス中に披露するのか? それは面白れえな」


「そうそう、きっと売れちゃうなー」


「「か、勘弁してください!」」


 深々と頭を下げる2人。


「やだなー。冗談だってば」


「あなた達の言うことは冗談に聞こえないんですよお」


 まあこんだけ遊んどけば十分だろ。

 さて、目的の方だ。


「明後日のフィッシュフライフェス、かなり話題になってるみたいだね」


「今レイノス一番の関心事ですよ!」


「そうなんだ? 嬉しいな」


「イシュトバーン杯っていう冠がいいんだぜ」


 アハハと笑い合う。


「でも各店ともガードが固くて、なかなか情報が出て来ないんです……」


「だからあたしとイシュトバーンさんを記事にしようとしたの? バッカだなー」


 うなだれる2人。


「市民の一番関心のあることを記事にしないと、新聞そのものの信用がなくなるぞ? 売れなくなっちゃうぞ?」


「で、ですが……」


 思ったより取材力がなくて頼りないぞ?

 煽るどころじゃないじゃん。

 しょうがないなー、少し手を貸してやるか。


「今朝、各店ともかなり魚仕入れてるんだよ。明日も同じだと思う。フェスに出すための一品を決めるのに、常連のお客さんとかには食べさせて評価してもらってるんじゃないかな。お客さんは店ほどガード固くないだろうから、そっちから話聞けるぞ?」


「な、なるほど」


「魚は海の一族から仕入れてるんだよ。レイノス西強歩20分くらいの位置の入り江ね。明日の朝も取り引きあるから、あそこで取材すると面白い視点の記事書ける」


「はい!」


「フェス当日は、参加店の位置を記した地図を一面に持ってくるといいんじゃないかな。皆欲しがるから、絶対新聞売れるぞ」


「そうですね!」


「今回のフェスの陰の主役、謎の調味料まよねえずの開発秘話聞きたくない?」


「聞きたいです! お願いします!」


          ◇


「あー楽しかった」


「お前さんは意外と面倒見がいいよな」


「全然意外じゃないと思うけどなあ」


 面白そうにイシュトバーンさんが言う。


「いいのか? 今の記者。放っとくと、またまとわりついてくるぞ?」


「え? いいんだよ、向こうも仕事だし。あたしもフェス成功させたいからなー。フェスの記事には協力するよ」


「おっかねえんだか優しいんだかわからねえ」


「いい女には二面性があるんだよ」


「違えねえ」


 互いに笑い合う。


「昨日、パラキアスが来てな、お前さんがどうして魚フライに入れ込むのか聞いた」


「あ、何だ。イシュトバーンさんも知ってたのか」


 あえて『戦争』のワードは口に出さない。


「で、例の宝飾品のことも話しといたぜ」


「そう。その方がいいのかもしれないな。ただパラキアスさん全然ああいうものに興味なさそうだからさあ、価値のわかる人に持っててもらった方がいいと思ったんだよね」


「あんたのカンの良さには驚くな。おっと、そこだぜ」


 ああ、ここだったのか。

 中町へ続く階段の下のところだ。

 昨日講習会があった集会所のすぐ近くじゃないか。

 店の前がちょっとした広場になっていて、人が集まりやすい絶好の場所だ。


「あっ、セレシアさーん!」


「ユーラシアさん! どうしてここへ?」


 青を基調とした服を着た女性が驚く。

 セレシアさんはレイノスでも目立つな。

 この場所は、ラルフ君家の人に教えてもらったのだろう。


「1人で来るって聞いたからさ、様子見に来たんだよ」


「わざわざすみません。そちらのお爺様は?」


「ここの空き店貸してくれるイシュトバーンさん」


「あっ、これは失礼しました。カラーズ青の民の村族長のセレシアと申します。どうぞ、お見知りおきを」


「おう、別嬪さんじゃねえか。よろしくな。カギ開けるから中も見ていってくれ」


 お付きの女性Bが空き店のカギを開ける。

 中は結構広い。

 それに思ったより埃っぽくないな。

 おそらくマメに掃除してるんだろう。


「何で中こんなに明るいの?」


「天窓と鏡で散乱光を満たしてるんだぜ」


 へー、レイノスにも知らない技術があるんだなあ。

 フェイさんに見せてやりたい。


「ユーラシアさん、どう思います?」


「立地はこれ以上ないね。小売り専門にするのか工房を兼ねるのかで方向性は変わるけど」


 工房を兼ねるとなればセレシアさんはレイノス詰めになるだろう。

 当然青の民族長としての職責を果たせるはずがない。

 どうするつもりなんだろ?


「おい、何かアドバイスしてやれねえのかよ?」


 んなこと言われても。


「あたし、ファッションのことはわかんないもん。イシュトバーンさんこそ、商人の立場から何かこう、感心させるような意見とかないの?


「オレだってファッションのことはわからねえ、が……」


 が? 何かあるのか?


「美人の力にはなってやりてえじゃねえか」


「おお、ブレないね。いや、そんなところに感心してちゃいけないけれども」


 いいのか?

 自分とこの使用人に笑われてるぞ?


「まあファッションはともかく、基本はもののいい悪いからだな」


「ものはいいよ。このチュニック、セレシアさんとこで買ったんだ」


「ほう?」


 あ、イシュトバーンさんがちょっと興味を示したっぽい?


「あんたが乱暴に使って問題ないなら、かなりの品質だな」


「でしょう? ってこら」


 失敬だな。


「じゃあ、客の要望に対する対応力はどうだ」


「さっきの注文、出してみる?」


「どういうことですの?」


 セレシアさんが聞いてくる。


「うちの女性従業員の服を作ってもらいてえんだ」


「はい、どういった具合にいたしましょうか?」


「扇情的な感じに」「「清楚な感じに!」」


 イシュトバーンさんとお付きの女性2人の声が被り、しかも内容が相反している。

 セレシアさん困ってんじゃないか。

 いや、こっちに説明求められても。


「……つまりイシュトバーンさんはえっちな目で女性を見たい。女性側は恥ずかしくない服を着たい。従業員だから動きやすい服じゃないといけない、ってことなんだけど。条件満たせそう?」


「ええ、そちらの女性2人の服でよろしかったかしら? 寸法いただきますね」


 セレシアさんが2人のサイズを計測し始めると、イシュトバーンさんが話しかけてくる。


「おい、結構難儀な注文じゃなかったか?」


「うん、何か腹案があるみたいだね」


 ここはファッションデザイナーセレシアさんの、お手並み拝見といこうじゃないか。


「では、村に帰って早速製作にかからせていただきますね。数日あれば完成いたしますので」


「いや、どうやって帰るつもりだったの? それ聞きたかったんだけど」


「え? 歩いて」


 歩いてって、当たり前みたいにゆーな。

 隊商と一緒に来るのとはわけが違うんだぞ?


「1人は危ないってば。この前盗賊が出た道だし、魔物だって襲ってこないとは言い切れないんだよ」


「そういわれても……」


 気持ちはわかる。

 一刻も早くこの店を確認したかったんだろうな。

 見なきゃわかんないことも多いから。


「今日はあたしが送ってくよ。でも今後1人は絶対にダメだからね」


「ええ、わかったわ」


 まったく。

 ちょっとは村の外の危険性を理解して欲しいもんだ。


「じゃ、あたしはセレシアさん連れてカラーズへ戻るね。イシュトバーンさんは護衛の人におんぶしてもらって帰って」


「あっ、あんたそのつもりで護衛ついて来いって言ったんだな? ひでえじゃねえか、オレが男の背中で満足するとでも思うのか?」


「思わないけど仕方ないじゃん」


 レベルカンストのあたしが護衛要求した時点で察してよ。


「昼飯美味いやつ食わせてやるから、家まで抱っこして連れてけ」


「ありがとうございます! ゴチになります!」


 何か笑ってるけど、使用人の教育なってなくない?


          ◇


「ああ美味しかった。ごちそーさまっ!」


「おう、満足してもらえて良かったぜ」


 イシュトバーンさんの屋敷に戻り、腹一杯昼御飯をいただいてしまった。

 うちの子達も連れてくれば良かったかなあ。


「すみません、ワタシまで御馳走になってしまって」


 セレシアさんが恐縮する。

 カラーズではほぼ食べられない、豪勢な食事だったしな。


「いいんだよ。それだけのエンターテインメントは提供してるから」


「その通りだが、あんたが言うな。相方はオレじゃねえか。半分はオレで構成されてるエンターテインメントだぞ?」


「おお、芸人の自覚はあったんだねえ」


「職業選択の自由はどこ行った?」


 セレシアさんもイシュバーンさんお付きの女性も護衛の人も笑う。


「ここは和やかで居心地がいいねえ」


「あんたが来るようになってからだぜ?」


 そーなの?

 だってイシュバーンさん芸人じゃん。


「じゃ、帰るね」


「おう、また来い。セレシアさんよ。あんたの作る服には期待してるぜ」


「お任せください」


 自信満々だな。

 あたしも楽しみだ。


「セレシアさんが要求満たす服作ってきたら、イシュトバーンさんも出す店の力になってあげてよ」


 イシュトバーンさんが愛嬌のある丸い目を細め、口角を上げる。


「ファッションのことはわからねえし、商売に絶対はねえ。ただ、当てる可能性の高いやり方はなくもないんだぜ?」


 ほう、さすがだな。


「オレの眼鏡にかなう服持ってきたら協力しようじゃねえか」


「やったね、チャンスだよ! この人こんなんだけど、影響力は大きいから」


「こんなん言うな」


「ええ、期待に沿えられるよう、努力いたしますわ」


 本当に落ち着き払っている。

 そんなに自信があるのか。


「次はフェスの日の朝に来るからね」


「おう、わかった。今日も楽しかったぜ」


 転移の玉を起動し、セレシアさんを連れて帰宅する。


          ◇


 留守番していたうちの子達に声をかける。


「ただいま。ごめんね、昼御飯食べてきちゃった」


「お邪魔します。いいところねえ」


「そうでしょ? ここ灰の民の村の南で、海に近いところなんだ」


 セレシアさんが物珍しそうに畑やカカシを見ている。

 カカシが精霊だとは気付いていないようだが。


「じゃ、送ってくよ」


「お願いします」


 さて、どうしよう?

 カラーズ緩衝地帯から掃討戦で得たクー川右岸までの道が完成している現在、あたしん家から青の民の村に行くなら、灰の民の村を経由しない方が早いが?


「クララ、いい機会だからあれ試そう。全速『フライ』。セレシアさん、青の民の村まで送ればいいのかな?」


「いえ、できれば緩衝地帯のショップの方が」


「わかった、クララお願い」


「はい。フライ!」


 フワっと皆の身体が3、4ヒロ浮かび、びゅーんとものすごいスピードで飛ぶ。

 セレシアさんが人間っぽくない声出してるけど気にしない。

 この魔法、飛んでる最中ほとんど空気の流れ感じないんだよな。

 空気の繭に包まれてる感じ。


 あっという間に緩衝地帯へ到着する。

 ほぼ中央の広場に降り立った。


「やっぱ速いな。10秒くらいか」


「はあはあ、死ぬかと思った……」


「大げさだなー。セレシアさん、何語喋ってるんだかわからなかったよ」


「悲鳴よ? 悲鳴だからね?」


「精霊使いユーラシアよ」


 黄の民のモヒカンの大男が声をかけてくる。


「あっ、フェイさん」


「セレシア殿を送ってきたのか?」


「うん。セレシアさん、今度借りたレイノスの空き店を見に行ってたんだよ。1人で帰るとか言ってたからさ、危ないじゃん」


 フェイさんが頷く。


「うむ、そうだな。店は特に問題なく?」


「ええ、絶好の場所でしたわ。早めの開店を計画しようかと思ってますのよ」


 戦争近いんだぞ?

 わかってるね?


「ところで輸送隊はどうだったか知らんか?」


「あ、そっちはあたし会ってないんだ。セレシアさん、わかる範囲で教えてよ」


「女の子が1人いたでしょう? 髪の毛を2つお団子に結っている。あの子が隊商の皆さんにいろいろ質問したり、雰囲気良くしようと気を使ったりしてたわよ」


 インウェンだな。

 うまく立ち回っているようだ。

 フェイさんが見込んでいるだけある。


「心配なさそうだね」


「うむ」


「何回か隊商についていく経験踏ませたら、パワーレベリングしてこっちの輸送体単独で出すこと、ヨハンさんに提案してみてはどうかな?」


「そうしよう」


「青の民からも輸送隊希望者出してよ。基本、兼業になるけど。黄の民だけだと弱点偏るから、もし盗賊にそういうところ突かれたりすると危ないんだ。多色構成の方が輸送隊自体の透明性も上がるしね」


「わかったわ。希望者を募ってみる」


 セレシアさんも随分やる気になったね。

 店を見たのが良かっただろうか。


「灰の民からは人員を出してもらえんか?」


「うーん、西への移住で人減っちゃってるし、今掃討戦でもらった土地の開墾に全力なんだよ。しかも固有能力持ちとなると……」


「ムリか」


 元々灰の民は人口少ないしな?


「1人心当たりがないこともないんだけど、本人の希望がわかんないな?」


 あたしの弟分アレクのことだ。

 輸送隊自体にはカケラも関心を示さないだろうけど、レイノスには興味あるようなこと言ってたし、どうなんだろ?


「強いて出せということではないが、できれば誘ってみてくれ」


「うん、そうするよ」


 そんなとこかな。


「あたしに用がある時は族長のサイナスさんに言付けてね。セレシアさんも服できたら現物持ってきて値段知らせて」


「わかったわ」


「じゃ、帰るね。さよなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちは!」


「いらっしゃい。アンタは声が大きいからビックリするね」


 あの後、魔境でまったりリラックスした後、素材の換金にアルアさんのところへ来たのだ。

 ちなみに同行者はいつもと同じで、パワーカード大好きアトム君。


「これお土産、コブタ肉だよ」


「おや、すまないね。素材の換金でいいかい?」


「お願いしまーす」


 交換ポイントは343になった。

 結構素材溜め込んでたな。

 最近は『逆鱗』や『巨人樫の幹』のような高価なレア素材もいくつか持って来られるから、収入も結構なものになる。

 そろそろ元盗賊村の残りの黒妖石の台も買えるけど、冬越してからお金落とした方が、あの村のためになるかもしれない。


「アルアさん、これイシュトバーンさんからもらったんだ」


 『ファラオの呪い』と『るんるん』のカードを見せると、アルアさんが珍しそうに弄り回す。


「『るんるん』はアタシの婆様のカードだよ」


「やっぱそーか。名前も効果もおっかしいカードだなって思ってたんですよ」


「かかかっ。こっちの『ファラオの呪い』は婆様の兄弟子の手だね。パワーカードに状態異常付与を盛り込むことは、実はかなり難しいんだ。即死・麻痺・スタンの3つもつけるとは、大した技術だよ」


 ふーん。

 あたし達は使用者目線オンリーだけど、パワーカードは製作者の目で見ても面白そうだなあ。


「交換レート表だよ」


「随分交換できるカードが多くなりましたねえ」


「アンタの活躍の賜物さね。と、もらったコブタ肉分だけは褒めてみたよ」


 アルアさんらしくないセリフだぞ?

 カゼとかひいてないよね?

 キャラじゃないことされると不安になるわ。


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『ドラゴンキラー』100P、【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『スカロップ』100P、防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『一発屋』100P、攻撃力+3%、会心率+30%

 『三光輪』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性30%、魔法防御+7%

 『サイコシャッター』100P、防御力+4%、魔法防御+4%、睡眠/混乱/激昂無効

 『必殺山嵐』100P、防御力+4%、反撃率+30%、会心率+5%

 『ミスターフリーザ』150P限定1枚、魔法力+15%、スキル:アダマスフリーズダブル

 『ファイブスター』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性/風耐性/土耐性30%

 『アンデッドバスター』100P、【対アンデッド】、攻撃力+10%

 『ライトスタッフ』100P、【殴打】、攻撃力+5%、魔法力+7%

 『天使の加護』100P、HP再生13%

 『テンパランスチャーム』100P、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性全て+4%、MP再生2%

 『益荒男』150P限定1枚、攻撃力+30%、魔法力-15%、敏捷性-15%

 『風林火山』100P、攻撃力+10%、MP再生3%


 新しく交換対象となったのは『ライトスタッフ』『天使の加護』『テンパランスチャーム』『益荒男』『風林火山』の5枚。

 その内『風林火山』は、あたしの注文から交換対象のカードにレギュラー化したもの。

 ラルフ君が魔法剣士に寄せるなら装備してもいいかもしれない。


 『ライトスタッフ』は本来後衛用のカードに攻撃属性をつけたようなカード。

 うちのパーティーは完全に前衛後衛が分業だけど、某撲殺系ヒーラーなんかには持って来いのカードだと思う。


 『天使の加護』は言うまでもなくヒットポイント自動回復全振りのカード。

 アクティブな回復手法を禁じる特殊なフィールドもあると聞くから、そんな時には絶対に必要だろうな。


 『テンパランスチャーム』は『ボトムアッパー』と非常によく似ている。

 各パラメーターの上昇値が小さい代わりに、マジックポイント自動回復がある。

 この手のカードは魔法戦士が最も生かせるだろう。


「はい『益荒男』、問題作です。ヤバくない?」


「ヤバいですね」


「ヤバいぜ」


「ヤバいね」


「ヤバいぬ!」


 今回はあたしがヴィルのセリフを再現してみました。


 『益荒男』の何がヤバいってその攻撃力補正。

 +30%は今まで最高だった『スコルピオ』の何と倍。

 魔法力や敏捷性を重視しない前衛は多いから、攻撃力特化のこのカードを喉から手が出るほど欲しいというケースはもちろんあり得る。

 しかし……。


「うちのパーティーでは使いづらいねえ」 


「そうでやすね」


 あたしが装備すると、敏捷性-15%で攻撃順がアトムと入れ替わるのが痛い。

 殲滅バトルスキル『雑魚は往ね』を使うなら、攻撃力+30%はそもそもオーバーキルだ。

 アトムが装備しても攻撃順がクララと入れ替わるんだよなあ。


 ウィッカーマンを倒す際、アトムの装備する『刷り込みの白』付属のスキル『コピー』を使用するのに、あたし~アトムの攻撃順が必須なのだ。

 となるとこの『益荒男』、宝飾品ハンターのあたし達には必要ないカードということになる。


「ヘビーアタッカーにはナイスなカードね」


「利用価値はありそうですけれど……」


「物理しか効かねえ敵には必要かもしれねえ」


 うん、将来そういう魔物が出てきた時は欲しいかもしれないけど。


「カードと交換していくかい?」


「いえ、今はいいです」


 ある程度交換ポイントの余裕が欲しいことも学んでいるしな。


「それにしても忙しそうですねえ」


 ゼンさんもバタバタ動いてるしな?


「ま、アンタ達の活躍が原因であることは間違いないねえ」


「ごめんなさい」


「いやいや、働き甲斐があるんだよ。ありがとうよ」


 職人としては、自分の働きが認められるって嬉しいんだろうな。

 あたしだってパワーカードの良さが周知されるのは嬉しいし、パワーカード仲間が増えるのも嬉しい。


「じゃ、あたし達帰りますね」


「またおいで」


 転移の玉を起動して帰宅する。


        ◇


「サイナスさん、こんばんは。聞こえる?」


 寝る前、ヴィルを介した定例の通信だ。


『ああ、聞こえるよ』


「レイノスでセレシアさんに会ったよ。1人で帰ろうとしてたからさあ、緩衝地帯のショップまで送った」


『御苦労だったね』


「本当だよ。カラーズからレイノスまでの道、この前結構なレベルの盗賊が出たところなんだよ。魔物が出ないとも限らないし、危ないじゃんねえ?」


 もっとも危険があるからこそ、優秀な輸送隊の出番があるわけだが。


「それでセレシアさんさ、空き店貸してくれるイシュトバーンさんに服の注文もらったんだ。満足する出来だったら、イシュトバーンさんが店上手くいくよう手貸してくれるって。数日で完成するって話だったから、サイナスさんのところへ持って来ると思う。そうしたら取りに行くから教えて」


『ああ、わかったよ』


 セレシアさんがどんな回答を出してくるか、すごく楽しみなのだ。


「明後日の魚フライフェス、レイノスでもう大分話題になってるって、新聞記者が言ってたんだ。酢はどーんと売れるようになる。間違いない」


『好調な時ほど気をつけろよ?』


「うん、わかってる。調子のいい時ほど波に乗れだね」


『え? 極めてユーラシアらしい文句に変換されてるけれども』


 見逃してくれよお。


「そっちは何かあった?」


 特にフェイさん何も言ってなかったけど。


『白の民の村が、革を売れないかって言ってきてるんだ』


「革? あ、そっか」


 白の民は比較的大規模に酪農を行っている。

 肉などの食料は戦時にレイノスに送る協定をパラキアスさんと結んでいるため、現在カラーズ~レイノスの交易には参加していないが、考えてみれば食料品以外の産物もあるんだな。


「積極的に売り込むのはいいことだねえ。商人さんの息子にそう伝えておくよ」


『頼むぞ』


「うん。そんなとこかな? サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 明日は肉、マーシャ、ギルドってところか。


          ◇


「カカシー、もう12株だよ。増えたねえ」


「おう、そうだな。エーテル量もオイラの管理にもまだまだ余裕がある。もっともっと増やせるぜ」


 今日は凄草株分けの日だ。

 畑番カカシの機嫌もいい。


「計算上48株になると、4人が1日1株食ってもなくならねえ。永久に食い続けられることになるな!」


「本当だ! 大変なことだねえ。すごく甘くて美味しいんだよ、これ。毎朝食べることにしよーっと」


 6日に1回株分けのパターンだからな。

 もっともそうなると、他のステータスアップ薬草の場所を割り当てなければならなくなるから、そっちの栽培は止めて全部食べちゃうことになるんだろうな。

 今まであたし達のパワーアップに地味に貢献してきてくれたと思うと、ちょっぴり切ない。


「腐葉土用の落ち葉も、もう少し持って来ないといけないんだっけ?」


 昨日、うちの子達がかなり運んで来てくれていたがどうか?


「いや、十分だぜ? そりゃああればあるだけいいが」


「あ、そうなんだ? 穴がえらく大きかったから」


「ハハハ、サービスだぜ」


 誰の何に対するサービスだ。


「さて、あたし達は肉狩り行ってくるよ」


「おう、気をつけてな」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーラシアさん、いらっしゃい。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 本の世界でコブタ狩りをした後、クララ達に肉の処理を任せ、あたしはギルドへ来た。


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。


「ラルフ君いるかな?」


「食堂にいるぬ。ダンと新聞を見てるぬよ」


 新聞か、フェスの記事大きく載ってるといいな。

 買い取り屋さんで換金してから食堂へ。


「おはよー」


「師匠、おはようございます」


「おう、ユーラシア。これ見てみろよ」


 ダンが新聞を見せてくる。


「どれどれ? ドーラ日報とレイノスタイムズ、うん、両紙とも魚フライフェスの記事がトップだね。いいぞー」


「今朝は魚取り引きの場にも記者が来てましたよ」


「昨日レイノスで記者に会ったから、そっちにも取材行けって言っといたんだ」


「あ、このまよねえず開発秘話の記事はその時に?」


「そうそう。何か店のガードが厳しくて情報が出てこないってぼやいてたからさあ。フェス盛り上げる方に誘導しないといけないでしょ?」


「さすが師匠」


「随分フェスに入れ込むじゃねえか」


 ダンがニヤニヤしながらこちらを見てくる。

 要するに戦争の時の食料として考えてるんだな? うん、レイノスの人が魚に慣れて欲しい。了解だ、よく働いてるじゃねーか。まあね、といった意思疎通をアイコンタクトのみで行う。


「それで師匠、フェスは何時から何時までだ、という問い合わせが参加店と新聞社から来ておりますが?」


「え? 皆割とマジだね」


 あたしとしては盛り上がりさえすれば、その辺どーでも良かったんだが。


「ヨハンさんに意見ないのなら、朝9時から午後3時まででいいんじゃないかな。もちろんそれでフェス終了ってことじゃなくて、販売個数の集計をそこまでにして成績決めるってことね。その後も各店が売り切れまで続ければいいじゃん。成績優秀店のフライ食べたいもんねえ」


「なるほど、それは盛り上がりますね。今朝、参加各店はかなり大量に魚を購入してましたよ」


 レギュレーション通りなら、どの店も結構儲かるんじゃないかな。


「それから講習会に参加していた店ではありませんが、フェスには参加したいという飲食店がかなりあるようなんです」


「うーん、魚の発注は終わっちゃってるんだよね? じゃあ参加はムリだな……あっ、サポート参加を認めよう! 参加条件は『イシュトバーン杯フィッシュフライフェス』サポート参加店であることを店に大きく明記すること、何でもいいから5ゴールドないしそれ以下の料理か飲料を提供すること。サポート参加店のリストも作って新聞社に回しといてくれる?」


「了解です!」


「希望があれば、またまよねえずの作り方と魚のおろし方の講習会やってもいいって伝えといてね」


「わかりました!」


 ラルフ君もノッてきたね。


「それからカラーズの交易の話なんだけど、白の民が食料品以外の革で商売したいみたいなんだ。ヨハンさんに話しておいておくれよ」


「はい、では早速その旨伝えて参ります。失礼いたします」


 ラルフ君パーティーが転移の玉で飛ぶ。

 どうやら最初の目論見以上の大イベントになりそう。

 明日が楽しみだ。


「ファームの面々はどう?」


 ダンに聞く。

 この場合の『面々』とは、この前パワーレベリングした6人のことを指す。


「おう、それについて相談があるんだ。4人は着々と戦闘経験積ませてるから間に合うが、問題は女2人だな」


「え? 回復の要じゃん」


 1人は白魔法使い、もう1人は沈黙無効の固有能力持ちで、『ホワイトベーシック』を装備させてある。

 問題あっちゃ困る2人なんだが。


「戦闘ターンが回ってきてもやることないからカンが掴めないとか、そういうこと?」


「ズバリだ。やるじゃねーか」


 確かに戦闘中棒立ちじゃ、パワーレベリングの時と比べて何も成長がみられない。

 苦悩の表情を浮かべるダン。

 あれ、案外本気で困ってるっぽいな?


「ヒーラーの立ち回りって重要だろ? 今のままじゃ魔法の持ち腐れだ」


「チュートリアルルームで攻撃魔法のスクロール買ってきて覚えさせよう」


 攻撃魔法を撃つタイミングが理解できるなら、回復魔法だって使えるはずだ。

 しかしダンは首を振る。


「それは俺も考えたんだが、回復役がマジックポイント浪費するのも困るだろ。あんたが掘り出し物屋から買ってたような、ノーコストの魔法ならいいんだが」


「大丈夫だよ。ノーコストの魔法仕入れといてって頼んであるから。もう入ってるんじゃないかな?」


 ダンの目に喜色が浮かぶ。


「マジか! 美少女精霊使いは伊達じゃねえな」


「超絶美少女精霊使いは伊達じゃないよ」


「天才超絶美少女精霊使いはさすがだぜ!」


 ハッハッハッ。

 どんどん盛られてく二つ名は気分がいいなあ。


「チュートリアルルーム行ってくるぜ」


「行ってらー」


「行ってらっしゃいだぬ!」


 さて、あたしも戻るか。

 ヴィルをぎゅっとしてから通常任務に戻し、転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 まばらに木が生えた森にポカっと開けたような集落に着く。

 ほこら守りの村はおとぎ話の中の村のようなところだ。


「こんにちはー」


「精霊使い殿、いらっしゃい」


 村長に挨拶する。


「これ、お土産です。皆さんでどうぞ」


「ありがとうございます。なかなか肉は食べる機会がありませんでな」


 それはそうだろう。

 食べられる魔物肉をいつでも狩れるあたし達が恵まれ過ぎているのだ。

 村長が続ける。


「ドラゴンスレイヤーになられたそうではないですか。いや、お強いのは承知しておりましたが、可愛らしいのに素晴らしいです」


「うーん、『素晴らしく可愛らしいです』の方が嬉しいかな」


 笑い合う。

 いやでもここの村長は、他人の褒め方わかってるね。

 『可愛らしい』ときたもんだ。


 もっともこの前ここに来た時、既にドラゴンスレイヤーだったのだが、情報の伝達速度なんてこんなもん。

 パラキアスさんみたいな人がおかしいのだ。


「ところでここは、地理的にはどの辺に当たりますか? あたし達いつも転送で来るからわからないんですよ」


「大きい村との位置関係ならば、カトマスの北西強歩4時間くらいになります」


 あ、カトマスから比較的近いんだ。

 強歩4時間なら、クララの全速『フライ』使えば数分で行けそうな気もする。


「その後、こっちは変わったことないですか?」


「平和でございます。気にかけてくださって嬉しいですな」


「よかったです。マーシャは今、御神体のところですか?」


「この時間だとそうだと思います」


「マーシャにお土産持って来たんですよ」


 青の民セレシアさんに作ってもらった、頭巾みたいな帽子を見せる。


「大分髪の毛も生えてきたと思いますが、これから冬で寒いですから」


「ありがとうございます。とても喜びますよ」


 村長が破顔する。


「ちょっと会ってきますね」


 土地神様の碑を拝んでから参道へ。


「ここはいつ来ても厳粛な感じだよねえ」


 集落側とは木の密度が違うのだ。

 その森に真っ直ぐ通った参道は、否が応でも神秘的な雰囲気を醸し出す。


「ワンダーゾーンね」


「そうだねえ。心が洗われる気がする」


「姐御は少し、心を洗った方がいいぜ」


「そうだねえ、ってこら」


 クララも笑うな。


 門を潜ってほこらへ。


「こんにちは」


「あっ、ゆーしゃさま!」


 マーシャが飛びついてくる。

 やることがヴィルに似てるな。


「リタも落ち着いてる?」


「ええ、いま、とても平穏です」


 確かに少女霊リタはすごく安定して見える。

 神様っぽいというか。


「マーシャにプレゼントがあるんだ」


 あの帽子を被せてやる。


「うん、可愛い。頭がカゼひくといけないからね」


「ゆーしゃさま、ありがとうございます!」


 似合ってるよ。

 さすがセレシアさん作。


「リタは何か欲しいものはないの?」


 神霊が欲しがるものなんて見当つかないしな?


「いえ、とても満たされておりますので」


 村人の信仰が厚いのだろう。

 良いことだ。


「マーシャ以外の人もちゃんと来てくれてる?」


「はい、でもマーシャ以外の人にプライベートを荒らされるのもちょっと……」


 おっと、微妙な問題ですね。


「じゃ、ほこらの前に参拝用の何かを設置するのがいいかな?」


「そうしていただけると助かります」


「村長に伝えとくよ」


「ありがとうございます」


 リタも嬉しそう。


「ゆーしゃさまはどうしましたか?」


「マーシャに占ってもらいたいな」


「はい、なにをうらないますか?」


「明日のことと、それから1ヶ月くらい後に大きな出来事があるかもしれないんだ。それがどうなるのか知りたい」


「はい、では、わたしをじっとみてください」


 マーシャをじっと見つめる。

 頭をくすぐるような魔力が心地よい。

 マーシャは何という固有能力の持ち主なんだろうか?


「こんなんでました!」


 マーシャが元気よく叫ぶ。


「あしたはだいだいきちです! のちのちまでかたりつがれるいちにちになります!」


「やたっ!」


 よーし、マーシャが言うなら大成功間違いないな。


「いっかげつくらいあとは……」


 マーシャの顔が曇る。


「……たいへんなたたかいになります。そらのてきにちゅうい!」


「空の敵?」


 どーゆーことだろう。

 飛ぶ敵ならクララの『フライ』があるから、あたし達が相手することはあるかもしれない。

 それともそれが帝国の秘密兵器なのか?


「ありがとう、マーシャ」


「ゆーしゃさまのえいこうにさちあれっ!」


「じゃあ、あたし達は帰るよ」


「「さようなら」」


 村に戻って、リタの要求を村長に伝える。


「ははあ、プライベートですか。それは考えておりませんでしたな。わかりました。早速参拝所を用意いたしましょう」


「お願いします」


 村長と別れる。

 さて、帰るとするか。


 不意にクララが呟く。


「1ヶ月後のこと、吉凶を話してくれませんでしたね……」


「……うん」


 気付いてはいた。

 どうやら簡単にはいかないらしい。


 何故か鮮明に覚えている、いつか見た女神様の夢。

 あたしは帝国との戦争で命を落とすとのことだった。


「ま、帰ろうか」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ほこら守りの村から帰宅後、魔境にやって来た。

 宝飾品ゲットも乙女の日課みたいなものだから。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 オニオンさんはタマネギ頭をした小男で、スキルについてなどいろんな知識が豊富な魔境ガイドだ。

 本名は何だったかな?

 忘れたけど。


「魔境はいいねえ。心がささくれたときは魔境だよ」


「そんなのはユーラシアさんだけですけれども」


 オニオンさんが笑う。


「ユーラシアさんはしょっちゅう魔境にいらしていただけてますが、次のクエストとかはどうなっていらっしゃるんです?」


「あ、それが『ドリフターズギルド・セット』っていう転送魔法陣になってて……」


 これがクエストなの? っていうのまで一緒くたになっててうんぬんかんぬん。


「なるほど。例の宝飾品クエストもその一環で?」


「おっぱいさんはそう言ってたな。もうかなりクエスト片付けたんだけど、あといくつセットになってるのか見当がつかないの」


「ははあ、ギルド関係の厄介事や、困難な依頼所クエストを全部振られてる可能性がありますねえ」


「そーなのかなー」


 まあ楽しいし、クエスト終わると達成感あるからいいけどね。

 でもボーナス経験値が丸々ムダになるのだけはいただけない。


「ユーラシアさんに対する信頼の証ですよ」


 自分で言って頷くオニオンさん。


「こっちは何か変わったことあるかな?」


「特には。今日は剣士のキーンさんと魔法使いのヤリスさんがいらしてますよ」


 掃討戦前にバエちゃんに言い寄ってたあの2人か。


「あのお兄さん達はどっちが『アトラスの冒険者』なの?」


「2人ともですよ。ほぼ同時期に『アトラスの冒険者』となり、最初はライバル同士だったのが後に互いを認め合い、行動をともにするようになったと聞いています」


「おお、熱いね!」


 人に歴史あり。

 あの2人は信頼できるから仲間に引き込もう。


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「姐御、今日はどうしやす?」


「あの2人見つけて共闘しよう。信頼できる高レベル者が欲しい」


「パワーレベリングね?」


「うん、得意技。いやお家芸かな?」


 自分で芸扱いするのも妙な気分だ。


 さて、あの2人がいるとすると、そんなにベースキャンプから離れていないオーガ帯か?

 それともワイバーン帯にチャレンジしてるだろうか?

 あ、いたっ!


「おーい、お兄さん達ー!」


「やあ、精霊使いじゃないか」


「どうした、何か用か?」


「共闘しよっ!」


 剣士と魔法使いの2人が顔を見合わせる。


「オレ達にとってはありがたいことではあるが」


「うん、君達にメリットがないだろう?」


「帝国と戦争になるんだ」


 ズバッと言うと、2人が息を呑む。


「予想される戦争の経過としては、帝国艦隊とレイノスの砲撃戦がメイン。でも帝国には海の一族の監視を抜けてドーラに上陸する技術があるんだ。小舟にしか応用できないけれど、おそらくそれを使って西域とレイノスの流通を麻痺させにかかる。『アトラスの冒険者』はそれを防ぐために西域に動員される」


「ちょっと待った! どうして君がそんなことを知ってるんだ?」


「パラキアスさんと情報交換してるの」


 魔法使いが呻く。


「『黒き先導者』か……ドーラの独立戦争ということだな」


「パラキアスさんは既に戦争があることを知ってる冒険者には伝えろって言ってたけど、西域って広いでしょ? 数が全然足りないんだよ。だから信頼できる冒険者には教えとこうと思って」


「要するに俺達の力を貸せってことだね? 君に信頼できる冒険者って言われるのは嬉しいよ。で、具体的にはどうしたらいい?」


「今日付き合ってよ。レベル10以上上げるから」


          ◇


「雑魚は往ねっ!」


 よしよし、『逆鱗』は剥がしておかねば。


「レッドドラゴンって、あんなに簡単に倒せるものなんだな……」


 剣士が呆けたような声で言う。


「最初苦労したけど、段々楽に倒せるようになったんだよ。でも経験値上げには人形系レア魔物狩った方が早いけどね」


 苦笑する2人。


「もう少し北へ行くよ。人形系レアがよく出る場所があるんだ」


 手当たり次第に魔物を倒しながら、急ぎ足で北辺西部へ。


「ほら、デカダンス3体いるでしょ? カモだよカモ。あたしあれ、真経験値君って呼んでるんだ」


「あ、ああ」


 呆けてると思わぬケガするぞ?

 レッツファイッ!


 実りある経験! 薙ぎ払い! よしオーケー!


「あっ、黄金皇珠2個ドロップだ。ラッキー!」


 装備してる『るんるん』の効果で、『豊穣祈念』なしでも割とレアドロップがあるなー。

 魔法使いが情けない声を上げる。


「……待ってくれ、自分のレベルがわからなくなった」


「え? そんなのよくあることだよ。後で確認すればいいって」


「「ないよ!」」


「そお? あたし達とレベル上げすると皆そう言うよ?」


「「……」」


 その顔は何だろう。

 コブタ肉の魔法の葉包み食べたら、そんな表情になるかもしれないな。


「ほらほら、真経験値君2体だよ。時間がもったいないよ」


          ◇


「ダン君がユーラシアはデタラメだって言ってた理由がよくわかった」


「ダンはすげえ失礼なやつだよねえ」


「いや、失礼かそうでないかって話じゃないんだが」


「たまに『いい性格してる』って褒めてくれるけどなー」


「「……」」


 とりとめのない話をしながら、ベースキャンプまでの帰途につく。

 北辺は遠いので、そんなに長いこと戦っていられないのだ。

 もちろん帰りも魔物狩り&アイテム採取していくのは、冒険者の心得でありマナーでありエチケットである。


「あ、マンティコアだ」


 ドラゴン帯では最後の魔物になるかな。


「ダンテ、『豊穣祈念』使って!」


「イエス、ボス」


 まあ通常攻撃に毛の生えたよーな何かを食らったけど、結局『雑魚は往ね』で蹴散らしました。


「やたっ! 凄草ドロップしたぞー!」


「「えっ?」」


「すぐ食べて。エーテル抜けるとまずくなっちゃうんだよ」


 取り決めで、薬草の類を手に入れたらお兄さん達のものなのだ。

 お兄さん達は、ステータスアップ薬草の摂取でパラメーターを上げることを狙っているらしい。


「あ、甘い?」


「凄草って、こういう食感なのか!」


「すごく美味しいでしょ。でも根っこは普通だから、スープか何かに入れて食べた方がいいと思う」


「お、おう」


 マンティコアは、おそらくレアドロップ枠で凄草を落とすことがある。

 しかしマンティコアはドラゴンクラスの強さを誇る魔物であり、また割とレアな魔物であるためあまり遭遇しない。

 つまり倒したことがある者がほとんどいない魔物なのだ。

 凄草ドロップについてもあまり知られていないだろう。

 もうちょっと遭えれば、カカシの凄草畑をすぐに充実させることができるんだけどな。


「帰ろう」


 その後も出てくる魔物を次から次へと叩きのめしながら、真っ直ぐベースキャンプへ。


「ただいまー」


 オニオンさんが迎えてくれる。


「お帰りなさいませ。……キーンさん、ヤリスさんお疲れですね?」


「……何かいろいろ常識が崩壊した」


「……大事なものを失った気分だ」


「大げさだよねえ?」


 オニオンさんが笑う。


「ハハハ、ユーラシアさんとの共闘はボーナスアトラクションと思えばいいですよ」


「ペコロスさん、あんたいつからそんなに達観してるんだ?」


「ワタクシ、そういう現象だと理解することにしたんです」


 珍現象扱いだぞ?

 せめてラッキーイベントと思ってくれないかなあ。

 どの辺がラッキーかって、当然超絶美少女が絡むところだが。


「ちなみにお2人に伺いたいです。現在の状態を一言で表しますと?」


「解脱」


「二階級特進」


 ははあ、ちょっと面白い。


「いや、以前共闘したときも大したものだと思ったが、今日はまた理解のできない圧倒的な実力を見せられたな。素直に脱帽だ」


「褒めてくれるんだったら、『美少女』とか『可愛い』って言葉を使ってもらった方が嬉しいかなあ」


「……『化け物じみた』って言わなくてよかったよ」


「言ってるじゃんかよー」


 皆で笑う。

 和やかな雰囲気だ。


「レベルは……56になった」


 ギルドカードを確認した魔法使いヤリスさんが呟く。


「あたし達が初めてドラゴン倒した時より上のレベルだよ」


「キーンさんもヤリスさんも、そろそろ魔物100体を倒す魔境クリア条件を満たすのではなかったですか?」


「そうだね、今日の戦闘で。するとボーナス経験値でレベル57か」


 剣士のキーンさんも感慨深げだ。

 オニオンさんが聞いてくる。


「ユーラシアさんから見てどうです? キーンさんヤリスさんのコンビでドラゴンに勝てそうですか?」


「キーンさんが『セルフプロデュース』を、ヤリスさんが『ハイヒール』を使えれば勝てるでしょ。かなりステータスアップ薬草食べてるみたいだし。でも安全策取るなら、もういくつかレベル上げて、狙うドラゴンも絞った方がいいと思うよ」


 レッドドラゴンは、こっちのステータスを下げてくる『カースドウインド』という嫌らしい技を使ってくるので、ハッキリ言って強い。

 2人だとかなり厳しいんじゃないかな。

 ソル君はあえてレッドドラゴンを標的にしたようだが、普通は初めて戦うんだったら他のドラゴンを選ぶのがいいと思う。


「そうか、ついにドラゴンを倒せるレベルなのか……」


「俺達も大物っぽくなってきたね。それより君、レイノスのフィッシュフライフェスの仕掛け人なんだって? 新聞で見たけど。メチャクチャ話題になってるじゃないか」


「うーん、まよねえずっていう酢を使った調味料の講習会だったんだけど、何でかそうなっちゃったんだよ」


 経緯を詳しく話す。


「ユーラシアさん、オルムス・ヤン副市長とも知り合いだったんですか?」


「いや、その時知り合ったの。パラキアスさんは前から知ってたけど」


「いろいろ手を出してるんだなあ」


「不思議と大事になっちゃうんだよ。普段の心掛けがいいからだな。明日フェスだから楽しみなんだ」


 『普段の心掛けがいい』のところは、笑うタイミングじゃないんだが?


「じゃ、あたし帰るね。さようなら」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「サイナスさーん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「どうしよう、明日のフェスが楽しみ過ぎて寝られないんだけど?」


 各店がそれぞれ、様々な工夫を凝らしてくるだろう。

 まよねえず講習会の時、目の色変わってた店もあったしな。

 いずれにしても、魚フライとまよねえずの美味しさが広まれば大成功なのだ。


『知ってるぞ? 君すごく寝つきいいじゃないか。どうせこの通信が終わったら3分で寝るんだろ?』


「今日は5分くらいかかりそう」


 笑い声が聞こえる。


『黒の民の村の醸造ラボの建物、もう完成したんだそうだよ』


「へー、やるなあ」


 やっぱ黄の民の建築は早い。

 緩衝地帯のショップで、『建築請負います』の幟立てときゃいいのに。


『器材も既に搬入して、すぐに生産開始するという話だった』


「いや、自分が煽っといて言うのもなんだけど、酢ってそんなにすぐ生産できるもんなんだね。発酵とか時間かかるのかと思った」


『オレも疑問に思ったんだが、その促成発酵に呪術を使ってるらしい』


「え?」


 そーいやサフランに最初出会った時、呪術で酢作ってるって言ってたな。

 そういう意味だったのか。


「じゃあ酢の生産の黒の民独占は、めったなことでは崩れないね」


『うむ。おそらく醤油の醸造でも同様なんだろう』


「圧倒的な強みじゃん。でも黒の民は壊滅的に売るのが下手だからなあ」


 アピールしろ。

 ドクロは要らん。


「白の民の革のことはヨハンさんの息子の冒険者に伝えといたから、次回隊商がそっち行った時に何らかの話があると思うよ」


『わかった、そう報告しとく』


「あ、昨日言うの忘れたけど、灰の民の村からも輸送隊に人出してくれないかって話があったんだよ。難しいって言っといたけど」


『まあ、今畑仕事に総動員になってるから、ちょっとムリだろうな』


 掃討戦での獲得地を耕地にしているのだ。

 食糧生産力に影響するから、帝国との戦争があることを考えても非常に重要。

 秋植えの作物が間に合うかどうかってギリギリのラインだし、今そっちの労働力を減らすことはできない。


「うん、でもあたし、アレクはどうかなって考えてるんだ」


『未成年じゃないか』


「別に未成年お断りってルールじゃないし」


『でもアレクだろう?』


 人選に異議あり?


「輸送隊、全員固有能力持ちで固めようとしてるでしょ? アレクも能力持ちなんだよ」


『そういう観点か……君、何の能力持ちかまではわからないんだったか?』


「うん、まあ調べろって言われれば、ギルドにある魔道の装置で調べられるけど」


 サイナスさん考えてるな。


『……アレクを輸送隊か。面白いかもな』


「でしょ? レイノスだとアレクの好きそうな本も手に入りやすいだろうし」


 以前、レイノスに興味あるみたいなこと言ってたからな。

 もっとも輸送隊自体には興味ないだろうし、本人がやってみたいかどうかわかんないけどね。


「今度会った時、チラッと誘ってみる」


『ユーラシアに誘われて断れるのかなあ。君の説得力異常だろ』


「えー? そんなことないよ。良かれと思ってやってるだけだってば」


『まあいい。明日のフェスの結果は知らせてくれよ』


「うん。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日はフィッシュフライフェスの開催日。

 楽しみだなー。


          ◇


「よーし、バッチリいい天気!」


「おう、ユーちゃんは今日も威勢がいいな」


「そーなんだよカカシ。レイノスで祭りなんだ」


 今日はフェスの日。

 ダンテによれば、今日まで天気は大丈夫とのこと。


「ほう? 美少女に祭りはよく似合うってことかい」


「おっ、カカシはわかってるねえ」


 アハハと笑い合う。

 家の中を覗き、うちの子達に声をかける。


「ごめんね。じゃああたしだけで行ってくる。留守番お願い。お土産買ってくるから」


「いや、姐御、大丈夫ですぜ。こっちは一日のんびりやってやす」


「明日の雨に備えて、やるべきことは終えておきますので」


「任せておくね。シーユー」


 まあよくできたうちの子達のことだ。

 適当に何とかするだろ。


「行ってくる!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「こんにちはー」


「待ってたぜ、精霊使い」


 イシュトバーンさんの屋敷に飛ぶ。

 いやだから、どーして転送先で待ち構えてるんだよ。

 ビックリするだろ。


「今日は精霊達は留守番かい?」


「うーん、やっぱり人込みは厳しいんだよね。目立つし。レイノスの街中は難しいかな」


「『精霊の友』もそんなにいるわけじゃねえしな」


 これは仕方ない。

 いつか精霊が色眼鏡で見られなくなる日が来たとしても、精霊の人嫌いが治るものではないのだ。


「ボチボチ行こうぜ」


「じゃ、抱っこしてくよ」


「おう頼むぜ。今日は護衛について来いって言わないんだな?」


「心配性だなー。今日は人多いから大丈夫でしょ。レイノス港で溺れてても、きっと誰か親切な人が助けてくれるよ」


「やっぱり1人ついて来てくれ!」


 お付きの女性達が笑い、護衛の人が飛んで来る。


          ◇


「……思ったより正々堂々としたイベントになったねえ」


「まあこれだけ賑わってちゃ、ズルもできねえんだろ」


 9時スタートという情報が行き渡っているらしい。

 正式参加店もサポート参加店もまだ販売を開始しておらず、店頭には人々が列をなしている。


「イシュトバーンさんの名前が効き過ぎたかなあ?」


「いや、新聞が煽ってるんだぜ」


「どゆこと?」


 午前9時から午後3時までというルールが徹底され、どの店が勝つのかというのも市民の大きな関心事になっているらしい。

 あたしとしては、イベントが盛り上がって魚フライがレイノスに定着すればいいんで、勝ち負けはどうでも良かったんだけどな?


「賭け事の対象にもなってるんだ。ほら、調査員が見えるだろ? こうなると店もつまんねえ不正で評判下げるわけにいかねえ。市民もそれがわかってるから、早く売れだの文句言わねえのさ」


「へー」


 想像以上に大事になってるんですけど。


「お、9時の鐘が鳴るぜ」


 ゴーンゴーンと9時の鐘が響く。

 フェスのスタートだ。


「おお、いい匂いするじゃねえか。たまらねえな」


「最初の行列がなくなった頃見計らって買おうよ」


 あちこちで美味い美味しいの声が聞こえる。

 よっしゃ、これで魚の良さは間違いなく認知されるな。

 既に目的達成、あたし的に大成功なのだ。


「イシュトバーン殿、ユーラシアさん!」


 振り向くとラルフ君パパだ。


「おうヨハン、どえらい盛況じゃねえか」


「ヨハンさん、ごめんなさい。運営全部任せることになっちゃって」


 ラルフ君パパが笑う。


「いえいえ、全然問題ありません。ほとんどお金かかってませんし、結果的に宣伝になればいいかくらいに思っていたのですが、協賛金取材料版権料その他で黒字ですよ。イベンターとしての手腕が何故か評価されるし、私としては万々歳です」


 そーなんだ?

 迷惑かかってなくて本当に良かったよ。


「サポート店としての参加を迅速に認めて下さったのも、大変適切な判断でした。これでレイノスの食堂・飲食店全面協力のイベントになりましたから」


「仲間外れはよくないですからねえ」


 皆でハッピーが望むところなのだ。


「これ、そこの店のですけど、よろしかったらどうぞ」


 ラルフ君パパが手に持っていた魚フライを渡してくれる。


「あっ、ありがとうございます!」


 オーソドックスな魚フライと揚げた骨のセットだな。

 あむり。


「おお、さっぱりして美味いじゃねえか。この白いタレが例の何とかいう調味料か?」


「うん、まよねえず。でもこれはカラシを強めに利かせてるタイプだよ。販売店がそういう工夫してる」


「ほお?」


 イシュトバーンさんも興味を持ったようだ。


「他の店のも食ってみてえな」


「そうだねえ」


「3時になったら中央広場に来てくださいよ。表彰式やりますので」


「はーい!」


「おう、わかったぜ」


「あっそーだ! ヨハンさん、これ持ってってくれる?」


 ナップザックから宝飾品を取り出す。


「これは?」


「一応上位の店の賞品として用意したんだけど」


「よろしいんですか?」


「いいのいいの。こんなことしかできないけど」


「では、お預かりしていきます」


 ラルフ君パパが手を振って去って行く。


「透輝珠か」


「うん。1位3個、2位2個、3位1個のつもりだったけど貧弱だったかなあ?」


「そうか。でも1個ずつで十分だぜ」


「え?」


 どーゆーこと?


「名誉の証ってことさ。今日のフェスで透輝珠を得た店は、それを店頭に飾るだろ? 今後行われるイベントでもその慣習を続けていけば、透輝珠を数多く飾る店ほど美味い店と評価されていることになる。透輝珠自体の価値なんか関係ないんだぜ」


「なるほど、イシュトバーンさん、さすがだねえ」


 将来、透輝珠3の店だからきっと美味いぜ、みたいな評価の基準になるかもってことか。

 それはワクワクするなあ。


「どうして透輝珠なのか、もっともらしい理屈考えとけよ? 簡単に拾ってこられるからでは、ちいと締まらねえ」


「そーする」


          ◇


 ブカブカの紫のローブと幅広の帽子、不釣り合いなほど大きな杖を抱えた小柄な女性が、ガツガツ魚フライを食べ漁っている。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 その女性がこちらを見る。


「ユーラシアちゃんと……イシュトバーンさん?」


「おう、久しぶりだなペペちゃん」


「うわー御無沙汰してました!」


 ペペさんがぴょんぴょん跳ねてる。

 こういう仕草は見かけも相まって幼女っぽいな。


「今でも女好きなんですか? でも多分、ユーラシアちゃんは餌食になんないですよ?」


「おう、こいつ隙あらばオレを魔境に捨ててこようとするんだ。実に油断がならねえ」


 にこやかに交わされる会話の内容は案外不穏だ。

 まあ誰も聞いちゃいないだろうけど。


「ペペさん、あのでっかい杖持ってきてるんだねえ。何で? 邪魔じゃない?」


「え? ぷちるのに必要だから」


「……要するにロマン砲撃ちたくなった時は、それで勘弁してやるってこと?」


「そお」


「おい、意味がわからねえ。通訳しろよ」


 イシュトバーンさんがせかす。


「絡まれたりバカにされたりとかで魔法撃ちたくなることあるでしょ? でもペペさんが魔法撃つと、レイノスが灰になるみたいなちょっとした事件になっちゃうから、あの杖でぷちっと潰すことで勘弁してやるんだって」


「おいおい、そのちょっとした事件は面白過ぎて困るぜ」


 そう言ってる割にイシュトバーンさん楽しげですね。


「ユーラシアちゃんがこのお祭り企画したって聞いたんだけど」


「うん、思い付きだったのに、皆が動いてくれたんだよ」


 ……随分と串や包み葉落ちてるな?

 まだフェス始まったばかりなのに、ペペさんどんだけ食べたんだ。

 前も思ったけど、ペペさんはかなりの大食いだ。

 燃費の悪い身体だなあ。

 いや、レベルが上がるとたくさん食べるようにはなるけど、それ考慮に入れてもペペさんはすごい。


「魚のフライって美味しいのねえ」


「そうでしょ? これからレイノスでは普通に食べられるようになるよ」


 これは間違いない。

 海の王国とはいい関係を続けたいものだ。


「ユーラシアちゃんの専用スキル、もう2、3日でできるわよ」


「そーなの? ありがとう!」


 イシュトバーンさんが聞いてくる。


「おい、どういうこった?」


「今ペペさんが、美少女精霊使いにふさわしいスキル作ってくれてるんだ」


「ペペちゃんメイドのスキルかよ。しかもそれを精霊使いが使うのか」


「そこは笑いどころじゃないんだけど?」


 何故イシュトバーンさんはそんなことで嬉しそうなのだ?

 まったくもって意味がわからん。


 しかしながら今度のスキルは、ペペさんにしては時間がかかっている。

 あたし専用だと試し撃ちできないからって言ってたな。


「今日のお祭りでインスピレーションが沸いたわ」


「そーゆー段階なのかよ! でも楽しみにしてるよ」


「ええ、精霊使いの伝説を飾るのにふさわしいスキルにしてみせるわ」


 本当に楽しみだ。

 何故ならペペさんのやることは予想がつかないから。


「じゃあペペちゃん、またな」


「ごきげんよう」


          ◇


「これ、今のところ一番美味しいなあ」


「同感だ。味といい食感といい、抜群だな」


 おそらくまよねえずを塗ってから衣をつけてある。

 しかも揚げた骨の荒く砕いたものを中に仕込んであるため、カリッとした食感に意外性があるのだ。


「あんまり手がかかってると数作れない気がするけど」


「かもな。『ダヤン食堂』か。覚えとくぜ」


 お、あそこにいるのはソル君パーティーじゃないか。


「おーい、ソル君達!」


「あっ、ユーラシアさん」


 ソル君達が駆け寄ってくる。


「そちらの御老人は?」


「危険物だよ」


「おいこら」


「特にアンセリは近づいちゃいけないよ。女の子には見境がないんだ」


 イシュトバーンさんが怒る。


「オレが見境ないのはいい女にだけだ!」


「アンセリはいい女に入る?」


「入る」


「危険物だよ」


「オレが悪かった。いい女を遠ざけるのは勘弁してくれ」


 セリカが聞いてくる。


「えーと、芸人の方ですか?」


「元商人のイシュトバーンさん。今日のフェスの主催者」


「「「えっ!」」」


 驚く3人。


「それは失礼いたしました」


「イシュトバーンさんって、あれだろう? 『タイガーバイヤー』と呼ばれた」


 あ、アンは知ってるんだな。


「昔のことさ。で、精霊使いよ、この3人は?」


「『アトラスの冒険者』でドラゴンスレイヤーのパーティーだよ。リーダーのソル君は『スキルハッカー』っていう、習得条件無視でスキルを12個まで覚えられる超レア固有能力持ちなの」


「ほお?」


「いえ、ユーラシアさんには世話になってばかりなんですよ」


 イシュトバーンさんもソル君の控えめな態度に好意を持ったようだ。


「遠慮深いな。こいつメチャクチャだから、スキルハッカーも苦労するだろ?」


「おいこら」


 笑いに包まれる。


「今日はイシュトバーンさんとユーラシアさんが、行動をともにされてるんですか?」


「あたしがイシュトバーンさんをこのフェスに巻き込んじゃったからさ。いい女に抱っこされる方が男におんぶされるよりいいって言うし」


「そりゃそうだろ。なあ、スキルハッカーよ」


 苦笑するソル君。


「この白いタレが?」


「そう、まよねえず。カラーズで生産してる酢を使ってるんだ。このイベントはそれの販促って一面もあるの」


 イシュトバーンさんがえっちな目を向けてくる。

 そーだよ、ソル君パーティーは戦争のこと知ってるよ。


「何かこのフェスで気付いたことあった?」


「ゴミが目立つな。それくらいだ」


 アンが答える。

 うん、それはあたしも思った。


「次やる時は気をつけなきゃいけないな」


「あ、次も予定があるんですか?」


「ないけど、やりたい人は多いと思うよ。1年に一度くらい、こういう催しがあったら楽しくない?」


「いいですねえ」


 今回サポート参加に留まった店は、残念な思いがあるだろうしな。

 魚を普及させる試みは成功したから、今度は違うテーマでやってもいい。

 何年かいろんな切り口でフェスやったら、レイノスの食文化はすごく豊かになるだろうなあ。


「おい、あっちの食いに行こうぜ」


「うん、じゃあソル君、アンセリ、またね」


「「「さようなら」」」


          ◇


「5年後が楽しみだぜ」


「アンセリのこと? 2人ともソル君の嫁だからダメだぞ」


「生意気な小僧だ」


 イシュトバーンさん、結構ソル君のこと評価してるっぽかったのに。


「のど渇いちゃったねえ」


「こういう日に安く飲み物を提供する店は気が利いてるな」


「本当にそうだねえ」


 もう冬も近いのに、揚げ物と人の多さとで暑いくらいなのだ。

 サポート参加店でお茶を飲みながら次の店を物色する。


 あれ、あの明らかな強者オーラと茶褐色のマントは……。


「シバさん!」


「あっ、ユーラシアさん!」


「え?」


 ポロックさん一家とシバさんでした。


「角帽被ってなかったからわかんなかったですよ。ギルドの総合受付のポロックさんとその御家族。こちら商人のイシュトバーンさん」


 互いに紹介する。


「ようシバ。久しぶりじゃねえか」


「どうも」


「ハハッ、相変わらずぶっきらぼうだな」


 やっぱりシバさんのことは知ってるんだな。


「シバさんの娘婿がポロックさんなんだよ」


「おう、そうか」


「初めまして」


「よろしくな」


 ポロックさんに肩車されてるのは娘さんだろう。


「今日、ギルドは?」


「フェスのおかげで、半分休みみたいなものですよ。買い取り屋と食堂だけはやっておりますがね」


 そーなんだ?

 このフェス影響大きいな。


「イシュトバーンさんとユーラシアさんの仕掛けなんですか?」


「オレは名前貸しただけだぜ。全部こいつの企みだ」


「企みはひどいなー。乙女のたしなみだよ」


 娘さんがニコッと笑いかけてきたので手を振る。

 3歳くらいだろうか?

 可愛いな。


「この時期で良かったですよ。1ヶ月遅ければ、娘を連れてくることはできませんでしたし」


 ポロックさんの娘は病弱という話だった。

 1ヶ月後だとかなり寒くなるだろう。

 偶然とはいえ、喜んでもらえてよかった。


「家族水入らずを邪魔しちゃ悪いぜ」


「うん、たくさん楽しんでいってね」


「ああ、ありがとう!」


 ポロックさん一家と別れたところで、イシュトバーンさんがボソッと聞いてくる。


「あの娘、見たか?」


「見た」


「可哀そうだな」


「……うん」


 魚フライを食べたら油で唇が光るだろうに、ポロックさんの娘さんは何かを食べた形跡がなかった。

 確か以前、魚は好きって聞いたけどなあ。

 体調悪そうには見えなかったが、それほど食が細いのか。


「元気に育つといいが」


「そうだね」


          ◇


「あ、ダン」


「ユーラシア……とクソジジイ」


「つれねえじゃねえか、ダナリウスよ」


 ダンの苦虫を噛み潰したような顔とイシュトバーンさんのニヤニヤした顔が対照的だ。


「それどこの店の?」


 ダンの持ってる魚フライにはポテトフライがついていた。


「ん? 後ろの店だぞ」


 えーと『サナリーズキッチン』か。


「買ってくる」


「オレはいらねえ。さすがにもう腹一杯だ」


「じゃあ、ダン、これ持ってて」


「「え?」」


 ダンにイシュトバーンさんを預け件の店へ。

 帰ってくると2人とも苦虫を噛み潰したような顔になっていた。


「うん、これでこそ平等」


「「何がだよ!」」


「その辺が」


 ぐうの音も出ない2人。

 ちなみにイシュトバーンさんのお付きの女性2人は、すっごく楽しそうな顔になっていた。


「なあダナリウスよ。この精霊使いちょっとひどくねえか?」


「俺なんかオチ担当を仰せつかってるんだぜ」


 ちょっと2人の距離が縮まったか?

 魚フライ&ポテトをいただく。


「それ、どうだ?」


「うーん、味は普通。ポテトの分ボリュームがある点は評価できるかな」


「普通か……」


 え、何なの?

 ガッカリしてるけど。


「精霊使いよ、この店オーランファームの直営店だぜ」


「そーなの? もっと採点厳しくすべきだった?」


「傷口に塩塗り込んでいくスタイルだな」


「オレも魔境に捨てられかけたんだぜ?」


「どうせユーラシアを普通のいい女扱いしたんだろ。超絶美少女扱いしないとダメだぜ」


「おっ、ダンはわかってるね」


 皆で笑う。


「カリフは息災かい?」


「ああ、元気だぜ」


「ダンのお父さんっていい人だよねえ」


 カリフ・オーランはダンのパパだ。

 印象としては、まず善人という感じ。

 イシュトバーンさんとダンが視線を交錯させる。


「まあ農場のオヤジとしては合格点だろ」


「あんた、耄碌して点が甘くなってんじゃねえか?」


 おっと、さっきのあたしの採点より厳しめですけど。


「うちの農場はレイノスにとってかなり重要だ。その位置と規模がな。ユーラシアだって十分わかってるんだろ?」


「そりゃまあ」


 重要だと思ってるから従業員レベリングに協力してるんだし。


「いい人で務まるなら世話はねえ」


「言うじゃねえか。昔はただ生意気なだけのガキだったが、今日会ってみてダナリウスに実力が備わってきたとは感じたぜ」


「ダンの評価高いね」


「オレは商人だからな。いいものはいい」


 表情こそ変えないが、ダン嬉しそうだな。

 わかるんだぞ? そーゆーの。


「ダンの中で、キングオブクソジジイからただのクソジジイにランクダウンしてない?」


「嬉しくねえランクダウンだな、おい」


「心配すんな。いつでもランクアップしてやるから」


「それでも嬉しくねえ!」


 笑い合う。

 過去何があったか知らんけど、ちょっとはわだかまり解けただろうか。


「そろそろ3時だ。中央広場行くか」


「うん」


          ◇


「最後に当フェスの企画者である冒険者、精霊使いのユーラシアさんから皆様に挨拶がございます」


 予定通り、午後3時で順位付けの販売は終了。

 各店売り上げ個数を計上し、優秀店がイシュトバーンさんによって表彰された。

 ちなみに副賞の透輝珠は1~3位の店と特別賞の店、あの絶妙に美味しいパリパリ骨入り魚フライを出品していたダヤン食堂に贈られた。

 式の最後をあたしの言葉で締めることになったのだが。


「精霊使いユーラシアです。本日は皆さん、イシュトバーン杯フィッシュフライフェスに参加していただき、誠にありがとうございました。皆美味かったかーっ!」


「おーっ!」


「美味かったぞーっ!」


「またやってくれ!」


 次々肯定的な声が飛ぶ。

 嬉しいねえ。


「参加店はそれぞれかなりの工夫を盛り込んでいましたし、サポート参加の店もなかなかの仕事を見せてくださいました。またレイノスの皆さんには、魚の美味しさを知っていただくいい機会になったかと思います」


「海の王国という、亜人の異文化に侵食されるのではないかという不安を持ってる人もいますが、その辺どうお考えですか?」


 あっ、つまんないことで水差すやつがいる。

 あの新聞記者2人か?

 空気読んでよ。

 仕事なのはわかるけど、最後くらい気分良く終わらせてくれればいいのに。


「魚人食なんかレイノスに馴染まないんじゃないですか?」


「違うよ」


 びしょうじょせいれいつかいのかなでるみちびきのこえよ、まよわせしやみをはらえ! ただしきみちをてらせ!


「自分の舌にウソをつけるかい? 魚フライ美味かったろ?」


 美味いものは美味いのだ。

 頷く人大多数。


「今までのレイノスの食べ物ってどうだった? 周辺の農場と帝国からの輸入、せいぜい西域の作物くらいだっただろう? けど、これからは違うんだ。海の王国からもカラーズからも入るんだよ。全ての食はレイノスに集まる。レイノスは美味いものの頂点に位置する町になるんだ!」


「全ての食がレイノスに?」


「レイノスが美味いものの頂点……」


 どよめきが起き、それが次第に歓声に変わる。


「食材の豊富さにかまけていてはいけない。料理人の技量がプラスされてこそ、美味いものの頂点だよ。今後の努力に期待しようじゃないか!」


 歓声が唸りと熱を帯び始める。


「昨日までの透輝珠はただの綺麗な宝飾品でしかなかった。でも今日からは『支持されし食の店』という意味が追加される! 以降の食フェスでも上位店には透輝珠を進呈します。参加店の皆さんは、ぜひ獲得を狙って下さい。透輝珠の飾られてる飲食店は、食の都レイノスでも間違いのない店の証だ!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」


 会場が熱狂に包まれた。


「食フェスはまたやるんですか!」


 さっきの新聞記者か。


「食フェスまたやりたいかーっ!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」


「来年会おう!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」


「今日もまだ終わりじゃないぞ! 食べ損なってる店の、食べてってくれよなーっ!」


「「「「「「「「うおおおおおおおおおっ!」」」」」」」」


 歓声と拍手の中、段を降りる。


「最高だったぜ。やはりあんたは政治家向きだな」


 イシュトバーンさんが言う。


「政治家っておゼゼ儲かる?」


「真面目なやつは儲からねえな」


「じゃあダメだ。あたし真面目だから」


 2人で大笑いしていると、ラルフ君パパが話しかけてきた。


「イシュトバーン殿、ユーラシアさん、御苦労様でした」


「おう、これ以上ない大成功じゃねえか」


「ヨハンさんごめん、来年もやらないと収まりつかないっぽくなっちゃった」


「いえいえ、折込済みですから」


 そーなの?


「師匠」


「あっ、ラルフ君達! 楽しめた?」


「「「「はい!」」」」


 そりゃ良かった。

 皆が楽しめるのが一番いい。


「ラルフ君達、時間ある?」


「ありますが」


「あ、じゃあちょっと頼まれてくれる? うちの子達へのお土産にいくつか魚フライ欲しいんだけどさ、あたしこれをイシュトバーン邸に運ばなきゃいけないから、10個くらい見繕って買って来てくれないかな?」


「お安い御用です」


「これって言うな」


 華麗にスルーして帰途に着く。


「このフェスの企画、3日前に立ち上がったんだろ? ちと考えられねえな」


「時間じゃないんだよ。お店のやる気、食材の物珍しさ、新聞による周知、大衆の好奇心、上の方の人の無形の協力、成功の条件が欠けることなく揃ってたからね」


「お、わかってやがるな」


 これほどスムーズに行ったのは、おそらくイシュトバーンさんやオルムス副市長が、それとなく根回ししてくれてたんだと思う。

 素直に感謝だ。


「楽しかったねえ」


「おう、楽しかったぜ。次、いつ来る?」


「え? そうだな。服ができ上がった時かな」


 青の族長セレシアさんに注文した、イシュトバーンさんのお付きの女性用の服だ。

 どんな仕上がりになるか興味あるんだよな。

 お付きの女性達に聞く。


「この前の採寸の時、何か希望言った?」


「……とにかく露出が多いのはやめてくれと」


「おいおい」


 イシュトバーンさんの顔が曇る。


「いや、注文主はイシュトバーンさんだから、その要求を無視するようなことはしないはずだよ」


「じゃあ露出が少ないのに扇情的ってことか? どうやって?」


「そんなんわかんないけど」


 セレシアさんどうするつもりだろ?

 気になるなあ。


「旦那様、お帰りなさいませ」


 イシュトバーンさん家に到着。


「じゃあ、あたしは帰るね」


「おう、また来い」


 門を出るとラルフ君達が待っていてくれていた。


「あっ、ありがとう!」


 お土産用のフライを受け取る。


「クエストは順調?」


「はい。自分はレベル20になりました」


「おお、やるね!」


 可能ならラルフ君パーティーも魔境レベリングしたいものだ。

 でも極度に嫌がってるしな?


 『アトラスの冒険者』は西域守備を担当だけれども、ラルフ君は実家の関係でレイノス東の警備になるだろう。

 戦時にレイノス東が襲われる可能性は低いと思う。

 レイノス東門の守備兵もラルフ君家の警備員もいる。

 ならば中級冒険者レベルで何とかなるか?


「師匠は今後どうされるおつもりですか?」


「んーフェスで後回しにしてたことがあるんだ。それやっていかないと。クエストも進めたいしねえ」


 クエスト進めるって言っても、宝飾品狩りに行くだけなんだが。


「じゃあね、また会おう」


「師匠もお気をつけて」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「大成功だったよ! これでレイノスの人は魚食べてくれるし、カラーズの酢も売れる。万々歳だ!」


「良かったでやすねえ」


 お土産の魚フライを食べさせながらお喋りする。

 クララは薬草のスープを出してくれた。


「でも海の王国から買うばっかりになっちゃいますよね?」


「そこなんだよなー。クララは賢いね」


「えへへー」


「騙されちゃいけないね。あれはボスが都合の悪い時のウェイね」


「失敬だなダンテ。今日に限れば、そんなに都合悪くないぞ」


 皆で笑う。

 交易の不均衡がよろしくないのはわかってるんだが、小細工したってどうせ戦争で物資が足りなくなるだろうしな。

 しばらくはしょうがない。


「戦争があるから、という事情はニューディブラ女王に話しておくべきかと」


「そうだねえ」


 明日雨だったな。

 海の王国行くか。


「ダンテ、明日からの天気ってどこが雨になる?」


「トゥモローは魔境以外はレインね。そのトゥモローはタワーでレイン上がるけど、ここはまだレイン、そのまたトゥモローには晴れるね」


「じゃ明日はコブタ土産にして海の王国行ってから魔境、明後日は塔の村ね」


「「「了解!」」」


 チュートリアルルームにもう新しいスキルスクロール入ってるか。

 入ってないならいつ入るか、確認はしておきたいな。

 まあ時間空いた時でいいか。


「今日はそんなとこかな、寝よう!」


          ◇

 

「サイナスさん、おやすみ」


『こらこら、何のための通信だ』


 寝る前恒例のヴィル通信だけど……。


「今日、老人介護してたから疲れた」


『今日魚フライフェスだったんじゃなかったか?』


「そうとも言う」


『どうだった?』


「大成功だったよ。魚フライにまよねえずっていう図式もレイノス市民に刷り込んだから、酢はこれで安泰」


『おかしいな、すごくあくどいやり方に聞こえる』


 アハハと笑い合う。


「黒の民のピンクマンとサフラン、今日こっちで見なかったんだよ。あの2人目立つから、いれば気付いたと思うんだけどな」


『こっちの売り子にも出てなかったぞ?』


「とゆーことはラボか」


 新しい器材の調整に時間かかるのかもな。


『酢の生産には手伝えることないんだろ?』


「ないねえ」


 こればっかりは仕方ない。

 酢の作り方も呪術もわからんもん。


「それより東の掃討戦でもらった土地、どうなってるの?」


『今日、作物の植え付けと種蒔きが終わったところだ』


「え、秋植えのやつ間に合ったんだ?」


 かなり広い土地だったのに頑張ったなあ。


『予定よりは遅いが仕方ない。帝国との開戦考えると、できるだけ手打って生産力上げておかないとな』


「戦争、どうやら1ヶ月後くらいになりそうなんだ」


『そんなに早いのか?』


 サイナスさんの愕然とした声。


「確定の情報ソースじゃないけど、あたしは間違いないと思ってる」


『わかった、そのつもりで動く』


「頼むね。西域からレイノスへの流通ルートが帝国のゲリラ部隊に切られそうなんだ。そっち冒険者の受け持ちになりそうなんだけど、数足りてないから。魚があっても西からの供給が絶たれると厳しいんだよねー」


『あっ、君そういう目算があって魚フェスやったのか?』


「そりゃ酢の販促だけでこんな大掛かりなことやったって、誰も動いてくれないって」


『何とまあ……』


「そこは呆れるんじゃなくて尊敬してくれないと」


『でもユーラシアは尊敬されるより、可愛いの美少女のって言われた方が嬉しいんだろう?』


「おっ、サイナスさんさすがだね! 15歳の乙女として、そこは譲れないところだよ」


『ハハッ、今日は疲れたんだろう? ゆっくりおやすみ』


「うん、おやすみなさい。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 今日はいい夢見られそう。


          ◇


「カカシー、今日明日雨だって」


「そうみたいだな。とっとと株分けしちゃってくれよ」


 今日はステータスアップ薬草の株分け日だ。

 でも空はどんより曇っていて、今にも降り出しそう。


「あっ、ポツッときた!」


「もう10分早く起きりゃ良かったじゃねえか」


「そんなこと言われても眠かったんだもん。過去のことは振り返らない女だし」


「ユーちゃん、そういうとこカッコいいな」


「よせやい」


 妙な褒められ方したからくすぐったいぞ?

 何とか本降りになるまでに植え替え終了した。


「ふー、じゃコブタ狩り行こうか」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 コブタを狩って海の王国まで来た。


「何故銅鑼を鳴らすのか。そこに銅鑼があるから」


「ユー様?」


「誰がために銅鑼は鳴る」


「姐御?」


「銅鑼の鳴る丘」


「ボス、ヒルじゃないね。アンダーシーね」


 さて、どーしてこいつは鳴らせと言わんばかりの形をしているのか。

 こんなもん我慢できるわけないだろう。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


「いい音だなあ。煩悩が抜けていく感じがするよ」


 クララが煩悩をたっぷり溜め込んでいるからですよって目でこっちを見てる間に、女王がいつものごとく転げ出てくる。


「肉だなっ!」


「肉だぞっ!」


「いやっほう!」


 女王が小躍りしていると衛兵がワラワラ集まってきた。


「肉を調理場へ運んでたもれ」


 あ、今日は台車で運ぶんだな。

 あたしらが来た時用に用意したんだろうか?


「で、一緒に肉食べていくのかの?」


「いや、昨日の魚フライフェスの報告に来ただけだから、今日はすぐ帰るよ。肉はただのお土産」


「そうじゃったか」


 女王は少しガッカリしたようだ。


「フェスは大好評だったよ。魚をフライで食べるという風習はすぐ根付くと思う。その内焼き魚も広まるんじゃないかな」


「おおそうか。魚が立派な交易品となったのう」


「段々いろんな品目を対象にしようよ。それはそれとして……」


 どう切り出そう?


「何ぞ問題があるのか?」


「こっち戦争になるんだよ。多分、1ヶ月後くらいに」


「ほお」


 女王の細い目がさらに細くなる。


「……わらわに助力せいということか?」


「いや、違くて」


 あたしは首を振って続ける。


「しばらく地上の物資が足りなくなりそうなんだ。海から物買うばかりになっちゃうってことだよ。特に食料は出せない。正常な関係じゃないけどごめんね」


「何じゃ、そんなことかの」


 そんなこととは言うが、対等な関係を保つことが長続きさせるのに重要なんだぞ?


「一方的に地上からおゼゼが流出するのが常態になると、文句言う人もいるからねえ。ちなみに海の王国で欲しい地上産のものって何だろ? 消耗品以外だと」


「宝飾品かの」


「宝飾品? あ、綺麗なもの好きなんだ?」


 意外だな。

 いや、女王派手な服着てるし、意外でもないのか。


「いや、エルフや獣人との交易に必要での。彼らはゴールドでの取り引きは望まぬゆえ」


「あ、そうなんだ」


 知らなかったよ。

 宝飾品には亜人と交易する上での通貨的な側面があるんだな。


「藍珠と透輝珠なら手に入るけど、要る?」


「おお、欲しいの」


「それぞれ600ゴールド、1500ゴールドで良かったら譲るよ」


 女王は何か考えているようだ。


「……良いのか? 安くないかの?」


「地上での買い取り価格がその値段なんだよ。この値段ならあたしも損しないし、交易なんだから互いにメリットないとダメでしょ」


 でも通貨的に使われるなら、多くなり過ぎると宝飾品の価値が下がるよな。

 いや、交易が活発になる段階で通貨量が少ないことの方が問題か?

 その辺よくわからんけれども、少しならさほど影響ないだろ。


「じゃ、今度来るとき、藍珠10個と透輝珠5個持ってくるよ」


「すまんの」


 これであたしが地上でお金使って還元するなら当面問題ないだろ。

 規模大きい取り引きじゃないしな。


「塔の村とは、その後どうなの?」


「うむ、いい関係じゃぞ」


「向こうからは何を買ってるの?」


「ポーションの類とコウモリ肉じゃな」


「そうだね、そんなところだろうなあ」


 塔の村も人口急増で一杯一杯だろうしな。

 あと塔の村が売れるものと言えば……。


「素材は要らないよねえ?」


「そんなことはない。『スライムスキン』のような用途の広いものや、武器・防具に応用の利くレア素材、例えば『逆鱗』じゃな、そういうのは欲しいぞ」


「わかった、考えとくね」


 女王が気遣わしげな顔を向けてくる。


「そう、取り引きの不均衡が気になるのなら、コブタ肉を買い取ってもよいのじゃぞ?」


「いや、あれはあたし達しか取って来られないし、あたしも商売にかかりっきりにはなれないからね。サービスでいいんだ。商売は自然にバランスが取れるように考えるよ」


 でも戦争終わるまではどうにもならんなー。


「こっちで戦争あることは誰にも言わないでおいてね。こっちでもまだほとんど知られてないんだ」


「うむ、了解したぞ」


「じゃあね、また来るよ」


「楽しみにしておるぞ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 稼ぎどころ魔境にやって来た。

 よーし、こっちは雨降ってないな。

 ダンテの言う通りだ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 魔境ガイドのオニオンさんはいつも穏やかだ。

 しかし?


「オニオンさんは昨日、どうしてたの?」


「お休みをいただいて、レイノスのフェスに行ってましたよ」


「あ、気付かなかったよ」


 ポロックさんオニオンさんが来てたのなら、おっぱいさんもどっかにいたのかもな。


「ユーラシアさんはすごく目立ってましたですよ」


「何だ、声かけてくれればよかったのに」


「抱っこしてらしたのイシュトバーンさんでしょう? 恐れ多いですよ」


「おもろい爺ちゃんなのになー」


 笑い合うが、オニオンさんの目は笑ってないね?

 先ほどから緊張しているように思える。


「1つ質問なんですが」


「何だろ?」


「ユーラシアさんは帝国と戦争になること知ってるんですよね?」


「うん」


 やっぱそれか。

 今日最初に挨拶した時から、心持ち気ぜわしい感じだったもんな。


「とゆーことは、『アトラスの冒険者』への協力要請が来たのかな?」


「はい」


「どんな文面だった?」


「レイノス副市長オルムス・ヤンの名で、数ヶ月以内に帝国と戦争になるから『アトラスの冒険者』の助力を請う。詳しいことはユーラシアさんに聞けと」


「え?」


 まさかの丸投げキター!


「……あたしのところ比較的情報が集まるんだ。ヴィル使ってパラキアスさんと連絡取れるし。『アトラスの冒険者』については任せたから、あたしが采配しろってことみたいだねえ?」


「そういうことでしょうね」


 オニオンさんが説明を待つ。

 知っててもらいたい情報は……。


「思ったより早く戦争になるよ。多分1ヶ月以内」


「えっ……」


 愕然とするオニオンさん。


「帝国には海の一族の監視を抜けてドーラに上陸する技術があるんだ。小舟に応用するのがせいぜいで艦隊には使えないけど。その技術使って帝国の第7皇女がもうこっち来てる。ただその子は帝国とドーラの争いには無関係で、皇族同士のいざこざが嫌になって逃げてきただけ」


 真剣に聞いてるね。


「で、問題はこの技術を使って密かに西域に上陸、流通網を引っ掻き回されそうってこと。帝国艦隊とレイノスでダラダラ砲撃戦やってる間に食料の輸送を止められると、ちょっとヤバいかもしれない」


「あっ、では昨日の魚フライフェスは……」


「そう、海の王国からレイノスへの魚の供給はあるから、足しにはなるよ。あとカラーズから食料持ってくることも、パラキアスさんと取り決めてる」


「ははあ……」


「ギルドのちょっと西にオーランファームって農場あるでしょ? ダンはそこの息子なんだ。この前素人6人連れてきてレベル上げしてたのは、あそこの守備を自前で行うため。戦闘の立ち回りは今ダンが教え込んでるから、本番には間に合うと思う。でも西域の街道がまるっきり麻痺すると、やっぱ食べ物足りなくなるんだよね。で、『アトラスの冒険者』の役目としては……」


「西域の防衛ですか。特に街道を……」


 あたしは頷く。


「となると既に冒険者の中には、この件について知っている方が何人かいらっしゃるということですか?」


「さっき言ってたダンとソル君パーティー、ピンクマン、マウさん、キーンさん、ヤリスさんは知ってる。信用できる上級冒険者は知ってた方がいいと思うんだよね。シバさんもポロックさん経由で知るだろうし。それから上級冒険者じゃないけど、ラルフ君も商売の関係で知ってるよ。彼は実家がレイノス東とカラーズの流通に関わってるんだ。だから教えといた」


「ははあ」


 何か感心してるけど、そんなに簡単な話じゃないんだぞ?


「でも西域広いからどうにもなんないんだよねえ。どこに攻めかかってくるかわかれば対応のしようもあるんだけど」


「小さい隊に分けて、流通を寸断しにくることは考えられないですか?」


「うん、それやられるのが一番嫌だけど、地の利がないところではムリじゃないかな。向こうもこっちの戦力知らないから、各個撃破が怖いだろうし」


「なるほど」


 オニオンさんが大きく頷く。


「ワタクシにできることはあるでしょうか?」


「今あたしが話したことは、ギルドの職員さんで共有しといて。それから魔境に来るような冒険者には知っててもらった方がいいから、口止めした上で話しておいてよ」


「口止めは必要ですか?」


「混乱すると諜報も工作もやり放題だよ。あたしはこの戦争、どう転んだってドーラの負けはないと思ってるけど、戦況がややこしくなるほど人死にが多くなるからさ。悪いけどレイノス市民の皆さんには、砲撃始まるまで何も知らないでいてもらう」


「中級以下の冒険者はどうですか?」


「これは完全にカンなんだけど、帝国ゲリラ部隊はレベル30くらいで固めてくるんじゃないかと思うんだ。中級以下の冒険者が勝手に動くと餌食になりそうだから、上級冒険者に中級以下何パーティーかつけて、輸送の護衛させるのがいい。武装してる人数多けりゃさすがに手出してこないでしょ」


 再びオニオンさんが大きく頷く。


「さすがはユーラシアさん。感服いたしました。他にワタクシ達が知っておいた方がいいことはあるでしょうか?」


「帝国には秘密兵器があるらしいんだ。その完成を待ってドーラに侵攻するんだろうってパラキアスさんは言ってたけど、何なのかわかんないんだよね。試作機があと20日くらいで完成ってことだけ。空の敵に注意っていう断片的な情報があるけど、これはその秘密兵器のことかどうか不明」


「了解です。つまりレイノス砲撃戦、西域でのゲリラ戦、秘密兵器での強襲、3つの側面があるということですね?」


「あっ、オニオンさん賢いねえ。そうまとめると、何か簡単な気がしてきたよ!」


「いやいやいや」


 照れてるのかな?

 そーゆーのは、おっぱいさんがいるときだけにしときなよ。


「で、今日ユーラシアさんが魔境に来られたのは?」


「あんまり難しいこと考えてると頭がぷしゅーってなっちゃうから、気分転換に来たんだ」 


「ハハハ、行ってらっしゃいませ」


「うん、行ってくる!」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「今日はどうしやす?」


「そうだね、目先は宝飾品クエストが重要だから、北辺の人形系レアが固まってるところ行こうか」


「ユー様、海の女王が『逆鱗』は欲しいとおっしゃってましたが」


「うーん、素材はあたし達も欲しいからなあ」


「『逆鱗』と同じ価格分のコモンの素材と、交換を持ちかけてはいかがです?」


「あっ、クララ賢い! 偉い!」


「えへへー」


 それなら交換ポイント分得できるな。


「ダンテ、明日魔境の天気はどうなんだっけ?」


「曇りね」


「よーし、今日は時間結構あるから、藍珠10個と透輝珠5個をノルマとして稼げるだけ稼ごう」


「「「了解!」」」


 どんどん北進、手当たり次第に魔物を倒してゆく。


「レッサーデーモン倒したの初めてだねえ」


「ほとんど見たこともなかったでやすね」


 『悪魔の尻尾』をゲット。

 まあそんなに珍しい素材じゃないらしいけど。

 コモンの素材でも、クエスト先で出会わなかった魔物からドロップするやつは、まだ持ってないのがあるのだ。


「あ、『逆鱗』がいる」


 サンダードラゴンだ。


「雑魚は往ねっ!」


 まあ一発なんですけれども。


「ドラゴンってレアドロップなさそうだねえ?」


「魔物の本には書いてなかったですね」


 おとぎ話には竜が宝玉を守るみたいな話はあるんだけどなー。


「もしかしてイビルドラゴンは何か宝飾品を落とすのかもしれませんよ」


「おいおい、クララが幼女のクセに誘惑するよ?」


 笑いながらお昼に持ってきたふかしイモと茹で肉を食べる。

 さらに北へ。

 北辺の人形系レア多発ゾーンの最外殻、ブロークンドールとクレイジーパペットのエリアだ。

 ブロークンドールは、魔境では北辺にしかいないんだよな。


「こいつらじゃないと藍珠落とさないからなー。先ノルマ片付けとかないとね」


「「「了解!」」」


 藍珠と透輝珠を必要分確保した後、ウィッカーマンとデカダンスを交互に倒す。

 まあデカダンス戦でマジックポイント自動回復してるわけですけれども。


「今日はかなりの戦果じゃない?」


「そうでやすね」


 宝飾品クエストの対象となる高級なもので、黄金皇珠18個、羽仙泡珠6個、鳳凰双眸珠3個を得た。


「働いた気がするよ。やったぜ!」


「ボス、アイスドラゴン2体ね」


「よし、狩っていこう」


 2体一度に出るのは珍しいが、北辺ではたまにあるな。『逆鱗』2枚ゲット。


「女王は『逆鱗』どれくらい欲しがるかなあ?」


「簡単な護符にする程度ならさほど要りませんけど、例えばドラゴンシールドの類を作るつもりであれば盾全面に貼り付けなければいけませんから、たくさん必要でしょう」


「じゃ、もうちょっと狩っていこうか。不必要ならアルアさんとこ持っていけばいいし」


「「「了解!」」」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


「今日は働いたよー」


「『逆鱗』ですね。そんなにまとまった数、見たことないですけれども」


「あ、何枚だろ? ちょうど10枚だ」


「10体ドラゴン倒したんですか?」


 オニオンさんが呆れてる。


「あはは、そっちはついでだってば。メインは宝飾品クエストだから。でも海の女王が『逆鱗』欲しいって言ってたんだよね。で、ドラゴンも多めに倒してきたんだ」


「ドラゴンがザコ扱いですねえ」


 笑い合う。


「中央部のイビルドラゴンとかは倒さないんですか?」


「うーん、興味はあるけど今は宝飾品が欲しいから、このクエスト終わったらチャレンジしてみようかなと思ってる」


 オニオンさんが額を撫でながら言う。


「……以前パラキアスさんがイビルドラゴンを倒した際、種類はわかりませんが宝飾品を落としたという話がありますよ。またリッチーも光るものが好きだと噂が」


「うそっ!」


「いずれも不確かで、情報と言えないレベルですけれども」


 いやいや、あたしの物欲センサーが反応してるよ?


「オニオンさんありがとう。今度来た時、倒してみるよ」


「いえ、ユーラシアさんがもたらす魔境の情報は貴重ですから」


 楽しみが増えたぞー。


「今日は帰るね。さようなら」


「またのおいでをお待ちしております」


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前のヴィル通信だ。

 カラーズは今日雨だったから、大した話もないんだろうけど。


『うん、こんばんは』


「昨日植え付け終わっててよかったねえ」


『いや、本当に』


「うちのダンテによると明日も雨なんだよね。でも塔の村はやむみたいだから、ちょっと向こうの様子見に行こうかなと思ってるんだ」


『そうか。タイミングがいいのか悪いのかわからんが、アレクが今、塔の村に行ってるんだ。泊りがけで』


「ははーん」


『何だろう。すごく悪い予感がする』


「気のせいだよ。あたしはすごくいい予感がするもん」


 苦笑してるな?


「そっちは何もなかった?」


『雨だったしな。店も休みだ。君も大人しくしてたのか?』


「海の王国行ってたんだよ。女王にフェスの報告と、それからこっちで戦争あること話しといた」


『ん? 助太刀の依頼か?』


「それは頼めないな。代償にレイノスから外洋への航行権要求されたら困るじゃん」


『ハハッ、そりゃ困るな』


 というかドーラが封鎖されたら植民地としての意味すらなくなって、戦争も起きないのか?

 1つの選択肢としてアリなのかもしれないけど、そんなのあたしがつまらんわ。


「魚買うばっかりになって、売れる物があんまりないけどごめんねって謝っといた」


『なるほどな。海の王国って何欲しがってるんだい?』


「塔の村とも取り引きしてるんだよ。あっちからは塔で取れる魔物肉とポーション買ってるみたいだね。それからエルフや獣人との交易に宝飾品使うとか、武器や防具用に『逆鱗』欲しいとかって言ってたから、魔境行って取ってきたよ。あ、今日魔境は雨じゃなかったんだ」


『『逆鱗』って、ドラゴンの顎の下に生えてる鱗のことだろ? 君そんなに簡単にドラゴン倒せるのか?』


「普通のやつは大丈夫。今日10体倒してきた」


『ドラゴンも災難だなあ』


 アハハと笑い合う。


『そんなところかい? こっちは明日、隊商が来る予定だ。3回目だな』


「そーかー。雨なのに大変だな」


 雨の日の注意点を学べる側面もあるが。


「じゃあ、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日は塔の村か。

 どうなってるだろ?


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「久しぶりだねえ。随分と人が多くなってる」


 塔の村に来たのは、エルが海の王国に攻め込んだ時以来か。

 もっともあの時は悠長に周りを見てる暇などなかったが。


「あっ、あんた、精霊使いユーラシア!」


 不意に声をかけられる。

 4人組だ、見覚えがあるような気がするが……。


「誰だったっけ?」


「以前、ここであんたに絡んで叩きのめされた……」


「ああ!」


 拳士、剣士、ヒーラー、魔法使いの4人パーティー。

 そういえばそんなんいた。


「覚えてる覚えてる!」


「今『誰だったっけ?』って言われたばかりのような気がしたけど……」


「男の子はつまんないこと気にしちゃいけないよ。同じように女の子もつまんないことは忘れるもんだ」


「要するにつまんないことだから忘れられた、と?」


 まあそうだけど。


「あんた、ドラゴンスレイヤーになったらしいじゃないか」


「おお、商人から聞いたぞ。何でもメンチ切ってきたレッドドラゴンが気に入らなかったからとか」


 どんだけ尾ひれついてんだ。


「違うってば。あたし達も引けない状況だった。誇りとメンツを賭けた戦いだったんだ」


「じゃあ貴重なアイテムを台無しにされそうだったからって噂の方が本当か」


「知ってんじゃないかよもー」


 皆で大笑い。


「君達も塔で活躍できてるんだろ?」


 この塔のダンジョンは割と初心者向きだし、バランスのいいパーティーが苦戦することはないはずだ。

 パッと見、中級冒険者くらいにはレベル上がってるし。


「まあ……」


「ねえ……?」


 あれ、返答が微妙だね?


「オレ達、かなり頑張ってるつもりなんだ」


「ああ、朝から晩まで潜って戦い尽くめでさ」


「それなのにやつらの方がレベルアップが早いんだ」


「やつらって、エル達のこと?」


 4人が頷く。


「こっちの精霊使いもそうだが、赤毛の魔女のパーティーも変なお嬢もだ」


 ははあ、レイカもリリーも頑張ってるみたいだな。

 しかし?


「おかしいな。レベルは低い方が上がりやすいでしょ?」


「そのはずだ。それなのに……」


「どんな魔物倒してる? 具体的に言うと、踊る人形とかしっかり倒してる?」


 4人が顔を見合わせる。


「踊る人形は……倒せたことないな」


「うん。魔法当たると吹っ飛ぶけど、ダメージが入らない」


 へー、吹っ飛ぶんだ。

 知らなかった、覚えとこ。


「そうこうしてる内に逃げるし」


「踊る人形もそうだけど、人形系レア魔物は経験値がすごく高いんだ。しかも宝飾品をドロップするし、あれ倒さないと冒険者やってる甲斐がない」


 あくまでも私見です。


「どうやって倒せばいいか……」


「そういう情報出回ってないの?」


「オレらあまり他の冒険者と話しないから……」


「どーして!」


「最初あんたらに鼻っ柱折られてから、ちょっと怖くて」


「何かごめん」


 責任を感じるじゃないか。


「人形系レア魔物に唯一ダメージが通るのは、衝波系ないし防御力無視系って呼ばれる攻撃なんだ。つまり、その衝波属性付き武器による攻撃かスキルじゃないと絶対に倒せない。ここまでいいかな?」


 ふむふむと聞く4人。

 熱心じゃないか。

 まあ美少女が語れば真剣に聞きたくなるのは世の常だけれども。


「衝波か。知らなかった。簡単に手に入るものなのかい?」


「じっちゃんが売ってるスキルスクロールの中に、『経穴砕き』ってあるでしょ?」


「ああ、敵1体の魔法防御をかなり下げるってスキルだな? ちょっと利用価値のわからないやつだ」


「それだけ聞くと、単体の強い魔物に魔法ダメージを通しやすくするためのスキルに思えるでしょ? でもあれには確実に1ダメージを与えるっていう特殊効果があるんだ。そして踊る人形のヒットポイントは1」


「つ、つまり『経穴砕き』を習得していれば踊る人形は倒せる?」


 こっくり。

 そーゆーことだってばよ。


「そうだったのか! いいこと聞いたよ。じゃあ早速……」


「ちょい待ち。君達誰に『経穴砕き』覚えさせるつもりだ?」


 顔を見合わせる4人。


「誰って、そりゃあ前衛のどちらかに……」


「もっと考えなよ。4体の踊る人形が現れました。3体見逃すのかい? ヒットポイント2の人形系レア魔物が現れました。諦める?」


「「「「……」」」」


 考えてるね?


「答えは『全員が覚える』だよ」


「えっ、後衛も?」


「そりゃそーだ。後衛が殴っちゃいけない法はないし、誰が殴ったって1ダメージなんだぞ? 君達相当頑張って働いてるみたいだから、かなりおゼゼは持ってるんだろ? 奮発して買いなよ。すぐ元取れるぞ」


 後ろから声をかけられる。


「ユーラシアじゃないか。こっちに来てたのか?」


「あっ、エル! ちょうどいいところに」


 精霊使いエルと撲殺系ヒーラーコケシ、武士っぽいアタッカーチャグ、謎のちょんまげのパーティーだ。


「エルは彼らを知ってる?」


「ああ、話したことはなかったが、塔の村の最も勤勉だという噂のパーティーだ」


 おお、知られてるんじゃないか。

 照れんなよ。


「質問変わるけど、エルのとこも人形系レア魔物対策に『経穴砕き』使ってるだろ? 誰が覚えてるかな?」


「そりゃあ全員に決まってる。効率考えればそれ以外にない」


「ほら、わかるかい? 常識レベルだぞ?」


 コクコク頷く4人。

 エルが何? って顔してるので説明する。


「彼ら人形系レアを倒せなかったみたいだからさ」


「ああ、そういうことか。聞いてくれれば良かったのに」


「情報交換は必要だよねえ。ちなみにこの塔には踊る人形以外、どんな人形系レアがいるの?」


「ヒットポイント2のギャルルカンがいる。それから倒せたことはないが、ブロークンドールを確認している。それ以上のにはまだ遭ったことがないな」


 ギャルルカンって知らない子だ。

 うちのパーティーは今まで遭遇したことないな。 


「だってよ。やる気出るだろ?」


「ああ、ありがとう。もう1つ質問いいか? あんたらが使ってるパワーカードってのは、やっぱり優れた装備なのか?」


 思わずエルと顔を見合わせる。

 これは難しいんだよな。


「うーん、いいところも悪いところもあるよ。いいところしかないんだったら、もっと普及してるはずだって。エルの見解は?」


「ボクは普通の武器使ったことないから一方的な言い分になるだろうけど、使いやすいは使いやすい。重い武器防具を身に着けない分、アイテムや素材の採取には最も向いてる装備体系だと思う」


「普通の武器や防具と一緒に使うと、効果が相殺しちゃうって話なんだよ。だからパワーカード使うんだったら、それだけ装備してないとダメなんだ。超すんごい剣手に入れたとしても使えないってのは明確なデメリットだねえ。それからパワーカードは容量の関係で、伝説級にスペシャルなカードなんて存在しないんだって」


 とはいうものの、結構デタラメなカードはあるけど。


「例えば『ホワイトベーシック』っていう、よく使われる買値1500ゴールドのカードがある。これは装備すると魔法力を上げるだけじゃなくて、白魔法の『ヒール』と『キュア』が使えるんだ。『ヒール』と『キュア』のスキルスクロールを購入することを思えば、価格的にかなり得になる」


「割と融通が利くのは嬉しいポイントだねえ。この村パワーカードの職人いるでしょ? こんなカード作れないって相談すれば、可能なら1日で作ってもらえるよ。割高にはなるけど。あたしも何枚か特注のカード使ってる」


 そんなところか。

 塔のダンジョンではたまにカード拾えることがあるって聞く。

 ここの冒険者に限るが、探索で装備品が充実する可能性があるというのは有利な点だな。


「そうか、よく理解できたよ」


「後衛1人くらいパワーカード使いでもいいかもな」


 4人組がちょっと冒険者らしくなった気がする。


「ありがとうな。また話させてくれ」


「ナンパ?」


「「「「違う!」」」」


 別にいいんだぞ?

 あたしだって気持ち良く奢られてやるのに。

 手を振りながら4人組が去ってゆく。


「エル、それ似合ってるよ」


「そうかい?」


 例のセレシアさん作、タスキみたいな小物入れだ。

 アレクがエルに渡してるんだが、どういう経緯だったかわからんから触れづらいな。

 おっぱい小さい方が似合うということに気付かされたこともやりにくい。


「どうせおっぱい小さい方が似合うとか思ってるんだろう?」


「『無乳』に加えて『読心術』が固有能力に加わったならそう言ってよ」


「ユーラシアさん、無乳はひどいです。せめて貧乳と」


「こらコケシ! 自分にウソをつくな!」


「ごめんなさい。無乳です」


「うがーっ!」


 しまった、ヴィル呼んでない。

 どーもエルが隙を見せるタイミングとコケシの邪な遊撃のタイミングが絶妙だから、あたしもつい反射でツッコんでしまう。


「クララ、精神安定剤」


「は、はい。ぎゅー」


「ああ、心休まる……」


「ヴィルカモン!」


 しばらくの後。


「ヴィル参上ぬ! ……どうかしたかぬ?」


「ごめんね、先に呼んどくべきだった。ヴィルのお仕事だったのに」


 ヴィルをぎゅっとしてやる。


「ふう、君達の掛け合いは命が縮まる気がする」


「うーん、コケシの寿命は延びそうだからトントンかなあ?」


「そんな平均の取り方があるか!」


 コケシはツヤツヤしてますけれども。


「とゆーかエルのフリがバツグンだから、ノらないと芸人として負けのような気がする」


「その通りです! エル様のナイスパスをユーラシアさんがアシストしてくれたなら、私は芸人として絶対に決めないといけないじゃないですか」


「まったく、君達は芸人じゃないだろう?」


「そういえばそうだった」「そういえばそうでした」


「まあそれはいいから……」


「えっ? 無乳はいいんですか?」


「コケシのカットインは残酷だな。エルはよくこんなの野放しにしてると思う。器が大きいよ」


 『胸は小さいですけれども』っていうコケシのツッコミを当然期待したフリであったし、それに対して『ないの間違いだろ』という答えを用意してたんだけど、クララがコケシの口を押さえてた。

 まあクララのレベルの方がうんと高いから、コケシは何にもできないだろうなあ。

 ちょっと残念。


 『器が大きい』に気を良くしたか、エルが話を続ける。


「君が以前、コルムさんに製作してもらってた『アンリミテッド』ってパワーカードあるだろう?」


「うん、あの対人形系レアの決定版ね」


 攻撃属性【衝波】付きのカードだ。

 うちのパーティーはあのカードのおかげでレベルカンストしたし、宝飾品クエストをこなせてるようなもん。


「ボクも欲しいんだ。どうにかならないものかな?」


「『アンリミテッド』製作するには、レア素材が足りないってことだったぞ? コルム兄の話聞こう」


 路地を抜けてパワーカード屋へ。


「何でこの店、こんなわかりにくいところにあるの? 構えも小さいし。怪しいもの売ってる店みたいなんだけど?」


「パワーカードにはあんまり需要がないはずだったからじゃないかな。オレにしてみれば、工房にある程度の広さがあるから、店の方はどうでもいいんだ」


 コルム兄こういうとこ拘んないな。


「それよりその子が噂の悪魔かな? 話だけは聞いてたが」


「あ、そうそう。うちのヴィル。よろしくね」


「よろしくお願いしますぬ!」


 よしよし、いい子。


「エルがさ、あの『アンリミテッド』欲しいんだって。足りない素材って何?」


「今足りないのは、『逆鱗』と『巨人樫の幹』だな」


「あっ、ラッキー! 両方とも持ってる。いくつ要る?」


「え? 1つずつあれば十分だけど、たくさん持ってるのかい?」


 コルム兄が不可解そうだ。


「海の国の女王が『逆鱗』欲しいって言ってたんで、昨日魔境行ったんだ。『逆鱗』は10枚、『巨人樫の幹』は2個持ってる」


「ちょっと待て、『逆鱗』10枚ってドラゴン10体倒してきたってことか?」


「そゆこと」


「あんまり無茶するなよ?」


「わかってるって。ドラゴン絶滅しても困るし」


「え? 心配の方向性が違うんだが」


 それはそれとして。


「さて、エルと取り引きだ。『逆鱗』と『巨人樫の幹』、同じ価格分の素材と交換するよ。どうする?」


「それは両方でいくらぐらいするんだい?」


「4000ゴールドくらいかな」


 コルム兄が頷く。


「……少し足りないな。今日探索すると足りると思うから、夕方交換してくれ」


「ん、じゃあこれは渡しとくよ」


 『逆鱗』と『巨人樫の幹』を置く。


「いいのかい?」


「『アンリミテッド』が欲しいってことは、人形系レアがキーになってるエリアかなんかの攻略に必要なんだろ? 今『逆鱗』と『巨人樫の幹』があれば、コルム兄は明日までに『アンリミテッド』を作ってくれるよ。でも夕方店閉めてからじゃ間に合わない。1日でもロスしたくないだろう?」


「そこまで考えてくれるのか。さすがユーラシアだな。ありがとう、感謝する」


 大喜びされると少々引け目を感じる。

 塔の村のエース冒険者であるエルのレベルが少しでも上がっていれば、それだけ戦争を有利に運べるかもしれないという、手前勝手な皮算用も働いているからだ。


「レア素材の『逆鱗』と『巨人樫の幹』を持参ということなら、プラス1500ゴールドで作製するが、それでいいかい?」


「ええ、お願いします」


「次の3つから選んでくれ」


 1:通常攻撃に【衝波】属性が付き、さらに攻撃力+10%

 2:衝波属性の単体強攻撃のスキルが付き、さらに攻撃力+10%

 3:衝波属性の全体に50ダメージずつ与えるスキルが付き、さらに攻撃力+10%


「……え?」


 エルが戸惑っている。

 あたしも聞きたいことがあるんだった。


「コルム兄、これ3のやつだと、『攻撃力+10%』の代わりに『防御力+10%』とか『魔法力+10%』のアレンジ効く?」


「ああ。それくらいの変更なら、製作期間を延ばすことなく可能だよ」


 やはりそうか。

 あたしもどういうカードなら製作可能なのか、ちょっとわかってきたぞ。

 美少女の上に賢いとか、少しは隙があった方がモテるだろうに、困ったもんだな。


「だってよ。さあエル、どうする?」


 考えながらエルが聞いてくる。


「……『アンリミテッド』は1だよな?」


「そーだよ」


「ユーラシアはどういう理由で『アンリミテッド』を選択したんだい?」


「物理アタッカーにとっては最も応用範囲が広いからだな。うちのパーティーではあたしが装備してるんだけど、あたしは武器属性を乗せられる『ハヤブサ斬り』系や『薙ぎ払い』を使えるんだよ」


「なるほど、そういうことか」


 普通なら『アンリミテッド』が一番使いやすいと思う。

 でもエルのパーティーの役どころって知らないんだよな?

 チャグはスピードアタッカーだろうか。

 コケシがヒーラーなのは間違いないけど、自分でも殴りにいきそう。

 エルとちょんまげは魔法系か物理系なのかすらわからん。


「単体強敵に対する衝波系スキルが欲しいなら2だろうね。3ならそもそも前衛が装備する必要さえない」


「ヒットポイント50以上の人形系レア魔物っているのかい?」


「知ってる限りで2種類いる。でもそいつらデタラメにヒットポイント多いし、ダメージ与えるとすぐ逃げるから多分倒せないぞ?」


「君は倒せてるんだろう?」


「あたしらはこういうカード持ってるから」


 行動回数1回追加の『あやかし鏡』、会心率+80%の『前向きギャンブラー』、スキル『コピー』による重複攻撃を可能にする『刷り込みの白』を見せる。


「1種はこれで8連続攻撃して、その内7回クリティカルが出てようやく勝てるくらい。もう1種はこれでも勝てなくて、逃げられないところに追い込んでやっと勝てるくらい」


 コルム兄が呟く。


「この『刷り込みの白』というカードは、オレも全く知らないカードだ。攻撃順がしっかり決まってるなら強力なのはわかるが」


「もらいものなんだ。この世にこれ1枚だろうって話。アルアさんも知らないカードだって言ってたよ」


 エルが頷く。


「なるほどね。1を製作願います」


 うむ、通常攻撃でデカダンスまでの人形系レアなら一撃だからとりあえず役に立つし、『薙ぎ払い』はデス爺から買えばいいしな。

 今後得られるカードやスキルによっては、ウィッカーマンを倒せる可能性もある。


「了解だ。明日朝には渡せるよ」


「エルは午後にダンジョン潜るってパターンなんだっけ?」


「最近はほとんどそうだな。早めにお昼取って塔へ行く」


「いーなー。あたしら予定入っちゃうから、空き時間にクエストって感じ」


 エルのお仕事まで時間があるので、ちょっと立ち話だ。


「で、今日は何しに来たんだい」


「大仕事が終わったから、皆の顔見に来たの。それに今日、向こう雨なんだ」


「ああ、そうか。塔の探索は雨関係ないしな」


 ダンジョン以外のクエストは雨だと厳しい、ということに気付いたようだ。


「レイカやリリーも午後なんだ?」


「レイカは午後が多いけど、時間は比較的バラバラだな。リリーは毎日昼近くまで寝てる」


「なるほど」


 性格が出るなあ。

 レイカは気分の盛り上がった時に塔へ行くんだろう。

 リリーはお嬢だから、朝から齷齪しないのかな。

 単に寝坊なだけなのかもしれないが。


「そうだ。アレクがこっちに来てるって聞いたんだけど?」


「ああ。ハゲのところにいると思うが」


 エルはじっちゃんに対して意外と当たりがキツいな。

 どーしてだろ?


「アレクはエルのこと好きなんだってよ?」


 はい、ぶっちゃけました。

 もたもたしてると話が展開しそうにないので。

 あれ、エルさん照れるでも慌てるでもありませんね?


「どう思う?」


「どうもこうも。慕われるのは嬉しいけど、ボクはこの世界の人間じゃないから。それに彼まだ子供じゃないか」


「世界は関係なくない? 誰も気にしてる人いないし」


「そうなのかな……」


 エルがゴーグルを外しても普通に暮らせる日が訪れるのかはわからないが。


「子供ってとこだけが問題なの? それとも他に誰か好きな人がいるとか?」


 コケシ、チャグ、ちょんまげが一斉に視線を向けてくる。

 えっ、そーゆーことなの?


「面白くなりそうだからアレク呼んでくる! 食堂行ってて」


「え? ちょっと待って!」


「待たない!」


          ◇


「走り出すと止まらないんだねえ。おいちゃんビックリだよ」


「あたしの類稀なる長所だと思ってるよ。いや、長所は語り切れないほど一杯あるけど」


「騙り切れないほど一杯あるのか」


「おいこら」


 アハハと笑い、きまりの悪そうなアレクを含め、皆で食堂のテーブルを囲む。

 ちょんまげってムードメーカーなんだな。

 ごめんよ、ただの雰囲気読まない自由人かと思ってた。


「アレク、大変だよ。エルにラブな人がいるらしいよ」


「えっ!」


「いや、厳密にはそういうのではないのでござるが……」


「エル様にモーションらしきものをかけてくるというか、そういうそぶりを見せる人がいるというか……」


 実直そうなチャグが言うからにはそうなのだろう。

 しかしいつもスパッと言い放つコケシの歯切れが悪い。

 とゆーことは……。


「よし、安心しろ。まだ全然遅くないよ。油断はできないけど」


「そ、そうかな」


「全然遅くないぬ!」


 エルが苦笑してる。

 話題がおっぱいだとすぐパンクするクセに、こういうのは余裕あるのな。


「ちゃんとあのタスキ使ってくれてるじゃないか。見込みあるって」


「あ、ユーラシアはこれがアレクからのプレゼントだってことは知ってるんだな?」


「あたしがアレクをけしかけたから。エルにこれ渡せって」


「ははあ」


 呆れた顔すんな。

 あたしの楽しみだ。


「どうしてアレクを応援するんだい?」


「だって大事な大事な弟分だから」


「「面白がってるだけだろ」」


「その理由は何物にも優先するけれども」


 エルとアレクがハモった上、精霊全員が胡散臭げな表情なのはいただけない。

 主人に忠実なのはヴィルだけだ。


「要するにだ。アレクがお子様だから恋愛対象にならない、ということなんだね? じっちゃんの孫だから嫌いとかじゃないよね?」


「ハハハッ、別に嫌いなもんか」


「嫌いじゃないぬ!」


 よーしヴィル偉い!

 ナイスアシストだ。

 アレクの顔が紅潮する。

 わかりやすっ!


「さて、ボク達はダンジョンへ行く時間だ。失礼するよ」


「行ってらー」「行ってらっしゃい」


 エルのパーティーを送り出した後、アレクと向かい合う。


「さて、あたしの大事な弟分アレク君の問題点が明らかになりました」


「押すなあ。まあそうだけど、未成年なのが問題ってどうにもなんなくない?」


「安心しろ、秘策がある。でもここじゃ話せないこともあるから、場所変えよう」


「ん」


 じっちゃんとこの小屋へ。


          ◇


「言い忘れてたけど、この子うちの連絡係偵察係やってる悪魔のヴィル」


「紹介遅くない? いい子だとは聞いてるけど」


「いい子ぬよ?」


「よろしくね」


「よろしくお願いしますぬ!」


 ヴィルの頭を撫でてやる。


「カラーズの商売でさ、灰の民からも輸送隊の人員出してくれって、フェイさんから言われてるんだよ。アレクやってみない?」


「いきなりだね。え、もしかして秘策ってそれ?」


 アレクが戸惑っている。


「あれは黄の民がやるって話じゃなかったの? それにボクが未成年なのは全然解決されてないんだけど」


「黄の民だけでやるってのは、ちょっと問題があるんだ。独占で輸送費吊り上げたりしたら他の村が反発するし、それに黄の民はどうも状態異常耐性が低い」


「……ははあ、盗賊対策か」


「御名答」


 将来的には、絶対安全な輸送隊としてブランド化したいのだ。

 だけど盗賊に状態異常を起こさせるバトルスキルなり魔法なりを使える者がいる場合は信頼できませんじゃ、どうにも間が抜けてる。


「まあパワーがある黄の民主力でやることには変わりないんだけど、他色の民も少しずつ輸送隊に隊員出そうよってことになってるの」


「うん、そこまではわかった。で、未成年問題は?」


「そこはあたしがゴリ押せば何とでも」


 引くなよ。

 別に未成年はダメとか決まってないだけだってば。


「ボクは腕力には自信ないんだけど」


「重々承知しておりまーす。そっちはパワー自慢に任せておきなよ。輸送隊の仕事は荷運びだけじゃないでしょ? 基本は商取引なんだから。今決まってるところでは、黄の民の脳筋が隊長で、実務一切を副隊長の女性が取り仕切る体制になりそうなんだ。で、他の隊員も脳筋」


「歪だね。なるほど、ボクにその副隊長を補佐する役割をってことか」


 そゆこと。


「道中の安全のために、隊員はあたしがレベリングすることになってるんだ。でも、どうせレベル上げるなら固有能力持ちの方がいいでしょ? そうなると灰の民からはアレクが適任だなって」


 他の灰の民が皆、東の掃討戦獲得地にかかりっきりってことも事情の1つではあるが。


「えっ? ボク固有能力持ちなんだ?」


 あれ? すごく嬉しそうじゃないか。


「うん。でもあたしじゃ何の能力かまではわかんない」


「ギャグセンスの能力とかだったら役に立たないんだけど?」


「何それ? そんなんだったらあたしが欲しいわ」


「ユー姉はもともとギャグセンスの塊じゃないか」


「それもそうだ」


 こらアトム、始まったぞーって顔すんな。

 しっかりツッコんできなさい。


「ここまでが状況的にアレクが向いてるかなって理由ね」


「いや、ボク自身のメリットもわかるよ。輸送隊に入れば給金ももらえるし、大人子供の職責の区別はない。レイノスで見聞広めることもできる、図書室にこもってるより体力もつく、ってことなんだろ?」


「さすがあたしの可愛い弟分アレク。そういうことなんだけど、もう1つ、エルの方の理由もあるんだ」


「エルさんの? どういうこと?」


 うむ、これはいかにアレクと言えど、説明せねばわかるまい。

 ちょっと声を落とし、頭を寄せる。


「じっちゃんにどこまで聞いてるかな? エルは異世界人で、閉じ込められていたところをじっちゃんが転移でこっちへ連れてきた」


「うん、それは聞いてる」


「当然、向こうの世界がエルを探してるという可能性は疑うべきでしょ? だからあたし達はエルをさりげなく隠さなきゃいけない」


 アレクが無言で頷く。


「エルがゴーグルつけてるのは、その特徴的な赤い瞳を隠すため。そしてもう1つ特徴的なのが……」


「あの服装か」


「そう。で、あの服装をこっちの世界で流行らせちゃえば紛れるよね、ってことで青の族長セレシアさんと動いてるんだ。エルがカラーズでアレクと会ったのは、セレシアさんにエルの服装を見せるため、じっちゃんに連れて来てもらった時」


「あっ、あれはそういうことだったのか……」


 アレクが落ち着くのを待って続ける。


「という理由もあって、セレシアさんの服屋を後押しするんだよ。当然カラーズ内だけじゃ影響が限定的過ぎるから、もっと人口の多いところでやる」


「レイノスか」


「その通り。レイノスのいい場所借りることには成功したんだ。近日中に青の民の服屋がオープンするよ。あんたが輸送隊員としてレイノスに行くなら、その流行度合いがわかるでしょ?」


「……うん、確かに」


 流行度合いはエルの安全度に関わる。

 アレクがそれを知ることができるなら有益だし、対策も立てやすいだろう。


「でもそのファッションが当たるかどうかはサッパリ」


「まあそうだろうねえ」


「でも当たってくれるとありがたいんだよなー。だって初めてのカラーズ初のショップになるじゃん? 当たればカラーズのものはいいってイメージを植えつけられるから、他色の民にとっても万々歳」


「ユー姉の策は二重三重に意味があるよね」


「思慮深さが脳みそからこぼれ落ちてるだろう?」


「こぼれ落ちた部分だけ見ると賢そうなんだけどなあ」


 何をゆーか。

 全部賢そうだわ。


「その空き店貸してくれた元商人、イシュトバーンさんっていうんだけど、セレシアさんに宿題出してるの。見事に結果を出したら力貸してやるって」


「イシュトバーンって聞いたことあるな。かなりあちこち飛び回って財をなした人じゃなかったっけ? そんな人と知り合いなんだ」


「スケベジジイだよ。でも単なるスケベジジイではないかな」


 アレクが呆れる。


「そりゃそうでしょ」


「いい女しか相手にしないスケベジジイだよ」


 どっと笑い。


「とゆーわけで、当たる当たらないは正直未知数なんだけどね。やれることはやってる」


 あとアレクのメリットと言えば。


「エルにお土産も買えるよ。本買うつもりなら給金じゃいくら貯めても厳しいだろうから、レイノスで何か仕入れてカラーズで売りな。交易商気取って儲ければいいよ」


「わかった、輸送隊やるよ」


 よーし、オーケー。


「ユー姉はいろいろ考えてるんだねえ」


「あたしの偉大さを把握した?」


「うん」


 何ということだ。

 クララに相談する。


「大変だ、アレクが素直だよ。熱でも出してるに違いない。カゼは『ヒール』じゃ治らないんだっけ?」


「ユー姉は冒険者になって本当に変わったって。いや、化けの皮が剥がれたのかな? すごく生き生きしてる」


「何だ化けの皮って。それなら一皮剥けたくらいにしといてくれればいいのに」


 心地良い笑い。


「アレクはいつまで塔の村にいるんだっけ?」


「えーっと、灰の民の村は今日雨なんだよね? じゃあ明日お爺様に送ってもらって帰る」


「そうか。転移術って難しいの? アレクも研究してるんでしょ?」


「かなり難しい。自分だけでやろうと思うと危険だから、お爺様に手ほどき受けた方がいいって考え直してる」


 へー、そこまで理解してるなら、アレクも独力でかなりのところまで進めてるんだろうな。

 少なくとも理論では。


「じゃあ、あたし帰るよ」


「レイカさんやリリーさんに会っていかないの?」


「いや、また夕方になったらこっち来るつもりなんだ。それまで時間あるじゃん?」


「落ち着きがないなあ。ちょん切れたばかりのトカゲの尻尾みたいだ」


「せめて本体の方にしてくれない?」


 時間は貴重なのだ。

 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「姐御、夕方まで魔境でも行きやすかい?」


「いや、バエちゃんとこ行って、明日の夜肉食べよーって言ってくるよ。ついでに新しいスキルスクロール入荷してるか確認して、アトム用の『五月雨連撃』1本買ってくる。あんた達は休憩してて」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームにやって来た、が?


「あっ、いらっしゃいユーちゃん」


「……珍しい取り合わせだね?」


 知らない女の子がテストモンスターと戦っているのだ。

 女の子がチュートリアルルームにいること自体珍しいな。

 おそらく新人さんだろう。

 で、それを見つめるのがバエちゃんとピンクマン。


「ピンクマンは何しに来たの?」


「ダンにノーコスト魔法の販売を聞いてな。スキルスクロールを買いに来たのだ」


「あ、もう新しい魔法入ってたか」


 ピンクマンは魔法を弾として込めて撃ち出す魔法銃の使い手だ。

 ノーコスト魔法の恩恵は大きかろう。


「で? 今は何してるの?」


「可憐な少女が戦っているので、見物しているのだ」


「そうだと思ったよ」


 ピンクマンの性癖は今更だ。

 その少女は、ロリの国の変態紳士が注目するだけの容姿を持っていた。

 エルに敵視されない体形と言い換えてもいい。

 お、何とか勝ったようだ。


「おめでとう! エルマさんの勝利です。これでチュートリアルは終了、新しい『地図の石板』がホームに届き、それに触れることで転送魔法陣が設置されますので、あとは実戦で頑張ってくださいね」


「あ、ありがとうございます」


 薄いグレーのナチュラルソバージュが汗でべったりと頭に張り付いている。

 うーん、テストモンスターって相当弱いのに、やっとこさだぞ?

 次相当苦労するぞ?


「どう思う?」


「厳しいな。幼気な少女が絶望するのは、小生見たくないのだが」


「というか、あの子1人でスライムに勝てる気がしない。クエストこなせるこなせない以前に危険だわ」


 エルマと呼ばれたその少女があたしに気がつき、目を見開く。


「ひょっとして、精霊使いのユーラシアさん?」


「かの有名な精霊使いユーラシアだよ」


「わ、わたしユーラシアさんに憧れてるんです!」


「ヘロヘロじゃないか。休息は大事だよ。座って話を聞こう」


 テストモンスターを片付けた後の地べたに皆が座り、バエちゃんが説明してくれる。


「『アトラスの冒険者』に女性ってほとんどいないでしょ?」


「そーいやそうだね。あたし以外に会ったことないや」


 アンセリみたいにパーティーメンバーにはいるし、塔の村の冒険者には女子が多いので気にしてなかったけど。


「やっぱり普通の女の子は『アトラスの冒険者』に選ばれました、って言われてもなかなか一歩を踏み出してくれないから、これまでは男子を選ぶことが原則になってたの」


「……何だろう、普通の女の子じゃないってディスられてるような気がする」


「ユーラシアは普通の女の子じゃないだろう?」


 ダンなら『あんたは普通の女の子じゃなくて超絶美少女だろう?』って言ってくれるのになー。

 ピンクマン、もうちょっと女の子には優しい言葉をかけようよ。


「ユーちゃんは最初から超レアの『精霊使い』含め、3つの固有能力持ちだったから特別よ? この前シスター・テレサと会ったでしょう? シスターがユーちゃんに感心して、女性も『アトラスの冒険者』に選定対象にすべきだって上層部に掛け合って、エルマさんが試験的に採用されたの」


 ははあ、なるほど。

 微妙にあたしのせいということか。


「緑の民エルマ・ハニッシュと申します。アルハーン平原掃討戦の女傑、ドラゴンスレイヤーたるユーラシアさんにお会いできて光栄です!」


「緑の民って、髪の毛が緑の人ばかりじゃないんだねえ」


「族長の一族は鮮やかな緑ですけど、その他の民はばらつき大きいですよ。わたしのように全く緑の入らない髪色の者も結構います」


 ほう? ということはラルフ君のあの鮮やかな緑髪は、緑の民族長の一族ってことか。

 覚えとこ。

 ま、それはさておき。


「エルマはかなりレアな能力の持ち主みたいだけど?」


「『大器晩成』っていう、成長は遅いけどかなり多数のスキルを覚えるっていう固有能力なの。もう1つ『マジックポイント自動回復2%』を持ってるわ」


 バエちゃんの説明にピンクマンが呻く。

 複数の固有能力持ち、しかも能力同士の相性は非常にいいのだが、いかんせん現在の実力と釣り合っていない。

 テストモンスターに苦戦するのであれば、とっとと経験を積んでステータス値上げたいところ。

 だがレベルアップが遅いとあっては、最初の段階で躓く可能性が非常に高い。


「どう? 見込みありそう?」


 バエちゃんもヤバいと感じてるんだろう、あたしに振ってくる。


「……ピンクマン、この子がどんなスキル覚えるか興味ない?」


「まことに興味深いな」


 よし、決まりだ。

 エルマに向き直る。


「あんた、冒険者は諦めなさい。向いてないから」


「「どーしてっ!」」


 バエちゃんとピンクマンの叫び声が重なる。


「いや、だってさっきの戦闘見たでしょ? しかも成長遅いんでしょ? 冒険者なんて苦行でしかないって」


「それはそうだが……」


「シスター・テレサが責任取らされちゃうのおおおおおお!」


「『アトラスの冒険者』辞めろなんて言ってないじゃん」


「「えっ!」」


 職業選択の成功失敗は一生がかかってるからね。

 ここは真摯に。


「あんたは素晴らしい固有能力を持ってるけど、冒険者一本でやっていくのは容易じゃないんだよ」


「え、で、でもわたしもユーラシアお姉さまのように、立派な冒険者になりたいんです」


 妹ができたぞ?


「あたしみたいに? なればいいじゃん」


「えっ?」


「あたしは兼業冒険者だぞ?」


 口パクパクしてるエルマに皆が説明する。


「ユーラシアは冒険者だけ喜んでやってるわけじゃないんだ。カラーズとレイノスの交易を進めてる中心人物だし、2日前のレイノスで行われたフィッシュフライフェスを仕掛けたのも彼女だ」


「『アトラスの冒険者』はね、そりゃ冒険者として一生懸命やってる人も多いけど、あたしは面白いし便利だからやってるの。だって、いろんなところへ行ける転送魔法陣が出るんだよ? 魔物だけ倒して満足してるんじゃもったいない」


「ユーちゃんは誰より実績を上げてる冒険者だけど、食べ物に対する探究心もすごいのよ? むしろそっちがメイン」


 あたしがすごい食いしん坊みたいだな。

 否定はしないけど。


「どうやら専業冒険者に向いてないらしいということは、皆さんのおっしゃりようでわかりましたが、それならわたしはどうすればよろしいのでしょう?」


「それは自分で決めるのさ。ちょっと可能性を大きくしてあげるから、1持間ほどつきあってくれる?」


「は、はい、お姉さま。どこへでしょう?」


「わくわく魔物ランド」


 ピンクマンとバエちゃんに指示を出す。


「ピンクマンはもう、魔境行きの転送魔法陣出てるよね? エルマ連れて魔境のベースキャンプで待ってて」


「わかった」


「バエちゃんはエルマの初期装備用にパワーカード2枚用意しといてくれる? 普通の装備は重くて向いてないわ。今はギルドでカード扱ってるから、そっちに連絡して誰かに持って来させて。『スラッシュ』と『武神の守護』がいい」


「了解よ!」


「もう1人レベル上げしたい子がいるんだ。あたしはその子も連れて行くね」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「遅れてごめんね」


「ユーラシアさん、いらっしゃいませ」


 魔境ガイドのオニオンさんだ。

 既にうちの子達とピンクマン、エルマはスタンバイしている。

 あたしが連れてきたのはアレクだ。

 ピンクマンとは面識があるが、オニオンさんとエルマには紹介しておく。


「あたしの弟分のアレク。13歳の灰の民ね。あれ、エルマは何歳なんだっけ?」


「わたしも13歳です」


「緑の民って、13歳で成人なの?」


 それとも『アトラスの冒険者』って成人とは限らないのかな?


「いえ、成人年齢は15歳なんですけど、その前に将来の職を決める見習い期間というものがありまして、それが13歳からなんです」


「へー、合理的なシステムだねえ」


「うむ、カラーズ全体で採用してもいいかもしれんな」


 皆に目的と目標を伝えておく。


「今日の魔境ツアーは、エルマとアレクのレベルを上げるのが主眼です。エルマは最初は厳しいけどレベルさえ上がればどうにでもなる固有能力持ちですし、アレクはカラーズ輸送隊にふさわしいレベルが欲しいからです。エルマのレベルは25、アレクのレベルは30を目標とします」


 ピンクマンが質問してくる。


「エルマのレベルが25目標なのは何故だ?」


「レベル30越えると魔境行きの『地図の石板』が出ちゃうっぽいんだよ。戦闘経験ないのに魔境って困っちゃうでしょ」


「なるほど、そういうことか」


 仮にレベル25であれば、ギルドに来る前に3つクエストがあったとして、それをこなすとボーナス経験値でレベル28。

 いい感じではなかろうか?


「アレク、これ装備しといて」


「ん」


 経験値割増し効果のある『ポンコツトーイ』を渡す。

 あたし達のやつはエルにあげちゃったから、イシュトバーンさんにもらっといて良かったな。


「さあ、行こうか」


「行ってらっしゃいませ」


 精霊使いユーラシアと愉快な仲間達出撃。


          ◇


「ここが魔境か!」


「空気が重たく感じますねえ」


 アレクが嬉しそうだ。

 エルマも興味深そうにしている。


「危ないからあんまり前出で過ぎないでね。あ、早速来たよ」


 オーガだ。

 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしのハヤブサ斬り・改! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改! よし問題なし!


「オーガはこの辺に出る魔物としてはヒットポイント多いなー。もうちょっと中にいるワイバーンほどじゃないけど、近いくらいありそう」


 さて、オーガは踊る人形くらいの経験値はある。

 いくら成長遅いといっても、レベル1なんだからいくつか上がるだろ。


「エルマ、何かスキル覚えた?」


「はい、『強撃』と『反撃の防御』というのを覚えました!」


 『強撃』はマジックポイントを少し使用して、通常より強い攻撃を放つバトルスキルだ。

 魔物でも使ってくるやつがいるな。

 エルマは『マジックポイント自動回復2%』持ちなので、レベルがもう少し上がれば実質ノーコストで撃てる。


 『反撃の防御』は防御時自分に攻撃力アップのステートが付与され、以降の攻撃力にボーナスが付くというもの。

 ダンの『余裕の防御』と同じで、通常の防御に置き換わるタイプのスキルだ。


「ほう、『大器晩成』はそういったスキルを覚えていくのか」


「先が楽しみだねえ」


 『強撃』を覚えたのなら、エルマは普通に冒険者やっていけるかもしれないな。

 さっきのテストモンスターとの試闘見てると、向いてないことは確かなんだけど。


「ユー姉、ボクも魔法覚えたよ」


「あ、アレクは魔法系だったんだ。良かったねえ」


「えーと、『プチファイア』と『プチアイス』と『プチサンダー』」


「え?」


 変なの覚えてるな。

 ってゆーか『プチファイア』とか『プチアイス』って、ナチュラルに習得できる魔法なんだ?


「コストなしの魔法を覚えていく、『小魔法』の固有能力だろうな」


 ピンクマンが言うには、レアと言うほどではないが、通常の属性魔法系固有能力よりうんと珍しいらしい。


「レベルが上がれば回復魔法『些細な癒し』も習得するはずだ」


「へー、悪くないな」


 冒険者だと強敵と対するのに強い魔法が欲しくなるけど、アレクみたいな魔法の研究者を目指す者にとっては打って付けの能力の気がする。


「さて、どんどんいくよ!」


 ザコを倒しながら進む。

 クレイジーパペットがいるけど、ちょっとまだあのフレイムには耐えられないな。

 こんがり焦がしたラルフ君の時の反省を生かして、さらに中のドラゴン帯へ歩を進める。


「あ、デカダンスだ。あれ掃討戦の時の大ボスね」


「大きい……」


 エルマが感情の抜けたフラットな声を出す。


「ちょっとユー姉、大丈夫なの?」


 アレクも焦ったように言うけど心配ないって。


「あいつ敏捷性がないから、安全に倒せるんだよね。あたしは敬意を込めて『真経験値君』って呼んでる」


「何故だろう、敬意が微塵も感じられない」


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! あたしの通常攻撃! はい、オーケー。


「お姉さま、すごいです! たくさんスキル覚えました!」


「ボクも!」


「新しいスキル覚えると、強くなったの実感できるよねえ」


 これでアレクのレベルは20を優に越えてるはず。

 その後もう1体デカダンスを倒した。


「さて、最後にドラゴン倒して帰ろうか」


「「わーい、ドラゴンだ!」」


「……」


 13歳組はテンション上がってるけど、ピンクマンは無口だ。

 いろいろ悟ったんだろう。

 それにしても、アレクのこのテンションは珍しいな。


「はい注意! ドラゴンはさすがに強いです。1ターンで倒すけど、その前にドラゴンの攻撃が1回あります。攻撃があんた達に向く可能性もあるよ。でも今のレベルなら耐えられるから全力で防御して。わかったね?」


「「はーい!」」


 サンダードラゴンだ。

 レッドドラゴンほど嫌らしい攻撃のないこいつはおあつらえ向き。


 レッツファイッ!


 ダンテの実りある経験! アトムの挑発ハミング! 攻撃を強力に引きつける。サンダードラゴンの雷撃! アトムが受ける。あたしの雑魚は往ね! ウィーウィン!


「リフレッシュ! アトム、『逆鱗』剥がしてきて。さあ、2人のレベルチェックしようか」


 エルマが26、アレクが32か。ちょうどいいな。


「帰還します」


「「はーい!」」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ。お早いですね」


「うん、効率を極めてきた気がする」


 さてと。


「エルマ、これあげる」


 アレクが装備していた『ポンコツトーイ』を渡す。


「お姉さま、これは?」


「あたし達の使っているヘプタシステマ装備体系のパワーカードの1つ、『ポンコツトーイ』だよ。魔物倒した時の取得経験値が割増しされるから、あんたの成長が遅いという欠点はなくなる」


 エルマの顔がパアっと明るくなる。


「チュートリアルルームに戻って、バエちゃんにカードの装備品もらってね。普通の武器防具より軽い分エルマに向いてるから。で、もう一度テストモンスターと戦ってきなさい。ビックリするほど簡単に勝てるよ」


「はい!」


「2、3クエストを完了すると、ドリフターズギルドという冒険者の集まる場に行けるよ。そこまで来ればいろんな人に会えて、あんたの世界は必ず広がる。自分の道はそこで決めればいい。次はギルドで会おう!」


「わかりました。ありがとうございました!」


 転移の玉を起動し、エルマが去る。


「ピンクマンにはこれあげる。今日の手間賃とでも思って」


「別に要らんのだが。……これは?」


 この前掘り出し物屋から買った『プチウインド』のスキルスクロールだ。

 今やチュートリアルルームで売ってるので、価値は減じたが。


「サフランに」


「……ユーラシアはこれが必要と見るのか?」


「必要じゃないに越したことはないけど」


「わかった。感謝する。さらばだ」


 ピンクマンも転移の玉を起動し、ホームへ飛ぶ。

 ピンクマンの『必要』とは、来るべき帝国戦でサフランが戦闘に巻き込まれる可能性を指していたのだろうが、あたしの意味する『必要』はちと違う。

 ピンクマンがエルマと一緒にいたところを、黒の民の誰かに見られていた可能性を考えていたのだ。

 そんなんサフランに知れたら悲しがるだろうしなー。

 でもピンクマンからプレゼントもらえば機嫌直すだろ。


「何かユー姉が変なこと考えてる気がする」


「見通すねえ。まあ、好きな人からプレゼントもらえば嬉しいでしょ」


 納得したようなしないような顔だ。


「ヴィル、聞こえる?」


 赤プレートに話しかける。


『聞こえるぬ! 感度良好ぬ!』


「ギルドに行っててくれる? 今からアレクをそっちに遣るから、ポロックさんに紹介しといてね。あたしも後から行く」


『わかったぬ!』


 オニオンさんが感心したように言う。


「悪魔をそういう風に使ってるのは、ユーラシアさんだけでしょうねえ」


「本当にいい子なんだよ。あっちこっちに連絡取るのに働いてくれるし」


 悪魔を契約の縛りでムリヤリ使役している魔道士なり呪術師なりはいるだろうけど、あたし達みたいな信頼関係はどこにもないかもしれないな。


「『アトラスの冒険者』の転移の玉の有効範囲って4人までなんだよ。あたしはうちの子達家においてからギルド行くんで、あんたはそこの魔法陣で先に行ってて」


「わかったよ」


「じゃあオニオンさん、さよなら!」


「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 1人でギルドに来た。

 うんうん、アレクとヴィルはいるね。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 先行していたヴィルをぎゅーしてやる。


「彼はカラーズ灰の民のアレクだよ。あたしの弟分なんだ」


「ええ、ヴィルちゃんから紹介されましたよ」


「そーかそーか、ヴィル偉いね」


「偉いだぬ!」


 胸を張るヴィルを微笑ましく見つめる。


「で、どうしました?」


「フルステータスパネルで、アレクの能力値見たいんですよ」


「ああ、そういうことですか。待ってください……」


 青っぽいパネルが起動し、アレクが掌を当てると文字が浮かんでくる。


「ほう、レベル32……」


「やっぱり固有能力は『小魔法』か」


「レベルアップでノーコストの魔法を習得していく固有能力だね」


「ありがとう、ポロックさん」


「いえいえ」


 ギルド内部へ足を進める。

 買い取り屋さんでアイテムを換金した後、武器・防具屋さんに話しかけた。


「こんにちは。売り上げに貢献しに来ましたよ」


「ユーラシアさん、ありがとうございます。パワーカードですか?」


「うん、『光の幕』1枚ください」


 1500ゴールドを支払って『光の幕』のカードを受け取り、アレクに渡す。


「無防備なのはよろしくないから、これはいつも身に着けときなよ」


「沈黙無効付きか。ありがとう、ユー姉」


「もっと尊敬していいんだよ?」


「これさえなければ」


 皆で笑い合う。


「さて、帰ろうか」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 もう一度チュートリアルルームに来た。

 アレクとヴィルを連れてきている。


「こんにちはー」


「あっ、お姉さま!」


「ユーちゃん、いらっしゃい。そちらは?」


「あたしの弟分のアレクだよ。彼女は『アトラスの冒険者』の最初の窓口を担当しているバエちゃん。仲良くしてて、時々御飯一緒に食べてるんだ」


「よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 アレクとバエちゃんが握手する。


「で、どうしたの?」


「いや、エルマの戦いぶりの変化を見物に来たんだよ。それからさっき、実は『五月雨連撃』のスクロール買いに来たんだった」


「わたし頑張ります!」


「頑張らなくても余裕で勝てるから、気負わずやってみなさい」


 エルマはバエちゃんから2枚のカードを受け取り、起動を確かめてるところだった。

 ちょうどいいタイミングに来たな。

 『次はギルドで会おう!』と別れた手前、若干恥ずかしいのだが。


「はい、『五月雨連撃』のスクロール3000ゴールドです」


「ありがと」


 おゼゼを支払う。


「ところでお姉さま、そこの小さな子は?」


「うちの悪魔、ヴィルだよ」


「悪魔?」


「とっても可愛くていい子なの!」


「いい子ぬよ?」


 ヴィルが喜びや満足感などの好感情を好む悪魔であることを説明する。


「エルマにも紹介しておきたかったんだ」


「そうでしたか。ありがとうございます。ヴィルちゃんよろしくね」


「よろしくお願いしますぬ!」


 さて、テストモンスターの準備が完了したようだ。


「出でよ! 邪悪なる存在、テストモンスターよ!」


 戦士の影が現れる。


「やあっ!」


 エルマの通常攻撃! テストモンスターが倒れる。


「あ、あれ?」


 エルマが困惑してるが、そんなもんだぞ?


「さっきあんなに苦労したのに……」


「レベル上がってるからね。何倍かは強くなってるよ。それより通常攻撃するくらいなら『強撃』で。マジックポイント自動回復持ちなんだから」


「あっ、そうでした!」


 確認したら『薙ぎ払い』も『五月雨連撃』も使えるでやんの。

 いいなあ『大器晩成』。


「じゃあ、あたし達は帰るね。エルマ、頑張って」


「はい、頑張ります」


 エルマが転移の玉で帰っていく。


「これで何とかなるでしょ」


「ユーちゃん、ありがとう」


「あっ、バエちゃん。明日の夜、肉持ってくるから、一緒に御飯食べよ?」


「やったあ!」


 本当に肉好きだな。


「じゃあね」


「ユーちゃん、明日ね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 家に帰って皆で話し合う。

 ヴィルは通常任務に戻ってもらった。


「ユー姉が余計なこと言うなって釘を刺した理由がわかった。チュートリアルルームのあの人が、エルさんと同じ世界の人なんだね?」


「うんそう」


 アレクもバエちゃんの赤い瞳で気付いたんだろう。

 察しが良くて助かる。


「向こうの世界にかれえっていう、ちょっと特殊な食べ物があるんだ。それをエルもバエちゃんも知ってるから、まあ間違いないよ」


 アレクが懸念を示す。


「でも精霊使いのセンから、エルさんの身元が割れることはありそうだけど?」


「以前バエちゃんに、そっちの世界には精霊使いいないのか? って聞いたことがある。精霊使いどころか、精霊も見たことなかったって」


 エルが精霊使いなのは、おそらくただの偶然。


「偶然で精霊使いってのはすごいでやすね」


「うーん、バエちゃんも精霊親和性高いし、あっちの世界にはそういう人割と多いのかもしれないけどね」


 でもバエちゃんは『精霊使い』の固有能力はすごくレアって言ってたなあ。

 クララが言う。


「イシンバエワさんから、行方不明になった人を探している、こっちにいないかという話をされたことはありません」


「ジスワールドに来てることを疑ってるなら、リッスンされてるはずね」


 うむ、まさかエルとあたしがよく知った間柄で、しかも匿うつもりだなんて知らないだろうからな。

 もしこっちの世界にエルが来ていることを知り、かつ探すつもりだったなら、当然あたし達にも聞いてたはずだ。

 探していないのか?

 それともデス爺の転移術の痕跡を追うことができないのか?

 そう決めつけるのは早計か?


「単に『アトラスの冒険者』事業とエル捜索班の管轄が違うだけかもしれないしな。要らんことすると裏目に出ちゃったりして?」


「ちょっといいかな?」


 アレクは賢い子だ。

 何か気付いたか?


「バエちゃんって、イシンバエワさんと言うんだ?」


「そこかよ!」


「略し方があまりにもダイナミックだから」


「溢れ出る才能の片鱗だよ」


「姐御、脱線してやすぜ」


 いかんいかん。

 アレクが話を戻す。


「『アトラスの冒険者』というのは、エルさんの世界のものなのか……」


「うん、だけど変だろう? 向こうの世界がこっちに干渉して、何のメリットがあるのかって考えるとさ」


 『アトラスの冒険者』は世界の調整者だという。

 こっちの世界を調整して都合のいいことがあるのか?


「監視じゃないかな」


「監視?」


 具体的に何を?


「向こうの世界にとって負の存在になり得る何かを、こちらの世界に押し付けた。かといって放りっぱなしにはできないから、それを長期間にわたって観察するためのシステムを作った。いろんなクエストが配給されるのはダミーだ、ってのはどう? こっちの世界が乱れると役目を果たせないから、でもいいか」


「あっ、赤眼族! クララ!」


「はい!」


 クララが一冊の本『亜人の習俗』を持ってくる。

 以前バエちゃんに、礼としてもらった本の内の1冊だ。


「アレク、このページ見て」


 赤眼族は神に反逆し、追放されし部族なり。

 赤き瞳具え、性酷薄にして猜疑心強し。

 他部族と馴れ合わず、戦う様苛烈たり。


「赤眼族……」


「赤眼族が単なるドーラの先住亜人じゃなくて、エルの世界から追放された何者かじゃないかって、考えてたことがあったんだ。犯罪者とか政権争いに敗れた一派とかさ」


「ははあ、いいんじゃない? もっともらしいよ。でも……」


「プルーフがないね」


 ダンテの言う通り、何の証拠もない。が……。


「大分すっきりした仮説になったね」


「ユー姉はそれでいいんだ?」


「そりゃあ自己満足みたいなものだから。『アトラスの冒険者』の仕組みが、あたし達にとってムカつくってわけでもないし」


 各地の困りごとを自動的に集めてきてクエストとして分配するという、デス爺の仮説が真ならば、『アトラスの冒険者』とエルが関わる余地もなさそうだ。

 一方で赤眼族を監視するための仕組みだとすると、誰かに赤眼族関連のクエストが振られることになる?


「よし、この話はここまでだね。他言無用のこと!」


「「「「了解!」」」」


「いい時間だね。塔の村行こうか」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 再び塔の村へ。


「やーこっちはいい天気だなー」


「ユー姉、本当にありがとう。レベル上がったら自信ついたよ」


「そうだろう? でもアレクの感謝の言葉はマジで背中がむずがゆくなるんで、密かにあたしを敬愛するだけに留めておいてくれない?」


「そっちの方がボクの心理的ハードル高くない?」


 アハハと笑い合う。


「他の輸送隊メンバーもレベリングする予定だから、その中では見劣りしちゃうだろうけど、もう並みの大人よりはよっぽど腕力もあるはずだよ」


「そうか。あっ、お爺様!」


 光る頭部を見つけたアレクが、デス爺のところへ駆け寄る。


「何じゃ、騒々しい。……ユーラシア、お主アレクに何かしたか?」


「した」


「ボク、カラーズ~レイノス交易の輸送隊に入れてもらうことにしたんです。それでユー姉にレベル上げしてもらって」


「呆れたもんじゃ。こちらへ」


 デス爺の小屋に通される。


「で、輸送隊は安全のために全員レベル上げする予定なのじゃな?」


「うん。黄の民主体でやるんだけど、族長代理のフェイさんとそう決めた。どうせレベリングするなら固有能力持ちにしようってことになって、灰の民にはアレクしか候補者になりそうにないんだよね」


「ほう、アレクは固有能力持ちじゃったか」


 デス爺も嬉しそうだ。


「あたし、固有能力持ちかそうでないかはわかるんだよ。何の能力かまではわかんないけど。アレクは変な魔法の使い手だったよ」


「変な魔法?」


「『小魔法』です。いろんな系統の、ノーコストの魔法ばかり覚えました」


「ほう、珍しいの」


 デス爺何か考えてるね?

 そんなに睨むなってばよ。

 美少女面に穴が開いたらどうする。


「ユーラシアよ。多人数をレベル上げする真の目的は何じゃ? キリキリ白状せい。戦争に関係のあることか?」


 あ、アレクにも帝国との戦争のことは伝えてあるんだな。


「帝国には、海の一族の監視を抜けて小舟で上陸する技術があるんだ。ドーラ側の見解では、それでゲリラ戦やってレイノスへの物流を止めようとするだろうと思ってる。物流の大きいのは西だから、そっちを守ろうって話になってるの。『アトラスの冒険者』は、ほぼ全員西域に出動だな」


「うむ、当然じゃな。ではレイノスより東はどうなる?」


「レイノス東は自由開拓民集落3つしかないし、どの集落もレイノスに近い位置にあるから、そこ取りまとめてる商人さんの私兵とレイノス守備隊で何とかなりそう。でもカラーズまでは……」


「手が届かぬと」


 こっくり。


「基本的にドーラには軍隊ないじゃん? レイノスの警備兵くらいで。『アトラスの冒険者』が西域守備になるなら、カラーズに派遣する戦力はないんだ。カラーズは今までレイノスとほとんど取り引きなかったし、戦略的にこっち攻めるのは意味が少ないから大丈夫と思いたい。けど、陽動作戦くらいはあるかもしれないから……」


「自衛のための組織を作っておくと」


 こっくり、そゆこと。


「見よアレク、こやつはこういうやつじゃ」


「さらに言うと、可愛い孫が巻き込まれそうなら、じっちゃんが何か手を貸してくれるだろうなと思ってる」


 唖然とするデス爺。


「……お主はどうなのじゃ?」


「カンなんだけどね、戦時にあたしはカラーズにいない。ヒロインにはヒロインにふさわしい場が用意されているはずだから」


 何か言おうとしたデス爺の動作が止まり、再び話し出す。


「まあ、お主はフリーハンドで動くのが良いかも知れぬの」


「うん。アレク、スキルや装備が足んない時はじっちゃんに泣きつくんだよ。必ずどうにかしてくれるから」


 デス爺とアレクが苦笑する。


          ◇


 アレクとうちの子達で食堂に来た。

 ヴィルも呼んである。

 そろそろ皆が塔から帰ってきてもいい時間だ。


「塔の村の食堂って、広くていいと思わない?」


 それには答えず、アレクが言う。


「ボクはフェイさんのところへ挨拶に行った方がいいのかな?」


「いや、まだいいよ。もう面識はあるんだし、アレクを輸送隊にって決めてたわけでもなかったからね。いずれ各色の民から選抜して、輸送隊全員顔合わせみたいな機会はあるよ。その時ついておいで」


「わかった。あっ、エルさん!」


 エルのパーティーが食堂に入ってくる。


「あちゃー、エルが最初か」


「どういう意味だい?」


「よく見て。精霊が自由に喋れるメンツだろ?」


「それに何か問題が?」


「言い換えよう。コケシが自由に喋れるメンツだろ?」


 急に不穏なものを感じたか、両肩を抱えるようなポーズを取るエル。


「大丈夫ですエル様。コケシがついております」


「一番の不安材料が何か言ってるぞ? でもヴィルを用意してるから安心しなよ」


「安心するぬ!」


「君、味方面してるけど共犯者だからな?」


「ただ毒を吐きまくるコケシと、ちゃんと解毒剤を用意してるあたしを同一視するとは、まことに失敬だな」


 クララの声がかかる。


「あ、レイカさん達いらっしゃいましたよ」


「「ちっ!」」


「あっ、君達今、舌打ちしたろ!」


 誰と誰を指してるかは言うまでもない。

 そして正解。


「やあ、ユーラシア。久しぶりだな」


「元気そうだね。ジンもハオランも」


 レイカパーティーの剣士ジンと拳士ハオランが会釈する。


「アレクはいつまでこっちにいるんだ? ん、ちょっと雰囲気変わったな」


「こんにちは、レイカさん。明日戻ります。カラーズ交易の輸送隊に入れてもらおうかと思って、ユー姉にレベル上げしてもらったんです」


 レイカが頷く。


「カラーズ~レイノス間の交易ってどうなってるんだ? 話だけは聞いたが」


「ふっふっふっ。もうレイカがいた頃とは全然違うよ。今日も3回目の隊商が出てるはず。村同士で協力もしてるんだ。黒の民の酢が大ヒットで、その容器を作ってる赤の民も結構儲け出てると思う」


「そうか、随分変わったんだな」


 あ、帰ってきた。


「おお、今日は賑やかだの」


「リリー、相変わらずお嬢っぽい気品がないね」


「何だとお!」


 皆が笑う。

 リリーと黒服が席に着いたところで内緒話モード発動。

 精霊達がそれとなく周りを警戒する。


「リリーと黒服さんは知ってるけど、帝国が攻めて来る。皆も警戒してて欲しい」


 ジンが聞いてくる。


「帝国からの輸入が細ってることは知ってましたが、それは確かな情報ですか?」


「確かだよ。時期は不確定だけどおそらく1ヶ月以内」


「「「「「「「1ヶ月以内?」」」」」」」


 全員が驚く。

 リリーや黒服もここまでは知らなかったか。


「早い……」


「いや、ユーラシアが言うならそうなのだろう。我がドーラに来た手法も知っていたくらいだからの」


 黒服が頷く。


「そのリリーと黒服さんがドーラに来た手法というのが、海の一族に気付かれず小舟で来るってやつ。で、帝国はその技術を使って工作兵を上陸させ、西域を引っ掻き回して物流を麻痺させるんじゃないかっていう見解だよ。主戦場はレイノスで帝国艦隊との砲撃戦になるけど、戦いが長引いて西域からの物資が止まると正直ちょっとヤバい」


 ハオランが眉を『ハ』の字にして言う。


「街道の複数個所で襲われたら難しい」


「ハオランの言う通り。ただそこまでの土地勘が帝国にあるかな? リリー、黒服さん、どう思う?」


「あの舟は心細いのじゃ。大勢だと見つかってしまう」


「ええ、小舟の数があったとしても、せいぜい数十人規模までだと。土地勘どころか、大雑把なドーラの地図しか持っていないと思います」


 ドーラの細かい地図なんか見たことないもんな。

 しかし数十人がまとまって動かれると厄介だ。

 逆に小分けゲリラ戦はないか?


「帝国にはそういう潜入部隊みたいなのがあるのかな? 正直黒服さんレベルの人が集団で襲ってこられると困るんだけど」


「特殊工作部隊があります。隊長は中佐でレベルは上級冒険者程度、隊員で中級冒険者程度かと思います」


 大体予想通りだな。

 特別に訓練された部隊は、レベル以上に手強いと思わなくちゃいけないが。


「だってよ。頑張ってね」


「「「「「「おい!」」」」」」


 エルが声を荒げる。


「ここまで話して丸投げか? それはひどいだろう!」


 そんなこと言われても。


「声のトーン落としなよ。重要な示唆があったろう? もし最大で数十人しかいない潜入兵を分散させてくるなら、一時的に混乱は大きくなるだろうけど、少しずつ潰していけば脅威にならないよ」


 全員が頷く。


「ということは一塊で動き、どこかを拠点として街道を分断したり輸送隊襲ったりするんじゃないの? ただ、それ以上のことはわからないよ」


 自由開拓民集落だって何十とあるしな。

 それこそカトマスを落とそうとするかもしれない。


「私達のできることは何だ?」


「できるだけレベルを上げること、集団戦があることを念頭に置くこと、戦争があることを誰にも言わないこと」


 リリーが疑問を口にする。


「最後のは何故だ? 戦争があることを知らせた方が準備できるのではないか?」


「砲撃戦と潜入ゲリラだぞ? 一般市民が知ったところで何ができるって言うんだ。情報が洩れることで社会が混乱したら、不測の事態が起きるよ」


 黒服が言う。


「ユーラシア様がおっしゃることわかります。帝国の取れる手は限られておりますので、落ち着いて対処すれば問題ありません」


「そうそう、ぶっちゃけ砲撃でレイノスを落とせるはずはないからさ、密かに潜入する部隊に注意してさえすればいいよ。そいつらに苦戦すると人死にが増えるから、とにかくなるべくレベル上げといて」


 エルが疑わしげな顔を向ける。


「負けるとわかってる国がどうして攻めてくるんだ。君、まだ何か隠してるだろう?」


「案外鋭いなー。帝国には秘密兵器があるんだ。ただしその正体はわからないし、リリーや黒服さんが詳しい事情を知ってるわけがない」


 まあ本の世界のアリスが知らなかったくらいだから。


「その秘密兵器が完成すると攻めてくるっぽい。で、その秘密兵器の試作機が完成するまでに2~3週間だって」


「そこまでわかってて正体がわからないのか?」


「そんなこと言われても、あたしの情報網にだって限界はあるんだもん。確かな情報じゃないけど、『空の敵』はキーワードかも知れない」


「空の敵……?」


 おやリリー、何か心当たりが?


「昔の話だが、技術者との会食時に飛空艇の話が出たことがあったのだ」


「飛空艇?」


 何じゃそら?


「空を飛ぶ巨大な船だ。資金さえあれば製造可能だとのこと。射程の長い魔法で狙い撃ちされると弱いので、軍用にはならんということだった。しかし同席していた魔道士が、そういうことなら魔道結界を張ることは可能ですよと。その場では単なる笑い話で、以降その話を聞いたことは一度もないのだが……」


「おお、初めてリリーが皇女らしいところを見せたよ!」


「もっと驚け」


 驚くだけでいいのかよ。

 安っぽい皇女だな。


「ありがとう。空飛ぶ船が可能だということは記憶しとくよ」


「うむ。それにしても腹が減ったの」


「こら、この展開でそういうこと口にするから安っぽい皇女だって言われるんだぞ?」


「言ってるのはぬしだろうが!」


「それはそうだけれども」


 皆で笑い合い、内緒話モードを解除する。


「魚フライ盛り合わせ大皿とコウモリ肉唐揚げセット3つずつ!」


          ◇


「はーい、確かに」


 食後、エルからレア素材『逆鱗』『巨人樫の幹』と引き換え分の通常素材を受け取る。

 やったぜ! 交換ポイント分大儲けだ!


「それは? 何かの取り引きか?」


 レイカが興味津々で聞いてくる。


「ん? レア素材と交換したんだ。同じ値段分で」


「ボクに欲しいパワーカードがあってね。その製作にレア素材が必要で、それをユーラシアが持ってたから交換してもらったんだよ」


「ほう、その欲しいカードとは?」


「『アンリミテッド』っていうカードだよ」


 ジンが質問してくる。


「『アンリミテッド』ってどんなカードですか?」


「【衝波】、攻撃力+10%ってやつ。パワーカード屋コルム兄のオリジナル」


「衝波……つまり防御力無視属性ですね?」


「そうそう。簡単に言えば、人形系レア魔物を簡単に倒すためのカードってこと」


「「「おお!」」」


 レイカパーティーの3人が感嘆の声を上げる。

 人形系レアをいかに倒すかってことは、冒険者の重要なテーマだからな。

 ヘプタシステマ使いにとっての有力な答えがそこにある。


「私達も欲しいな。どうにかならないか?」


「コルム兄に相談してみるといいよ。このカードの作製にはレア素材かなり使うらしいんだけど、今なら作れるかもしれない」


 まだ『逆鱗』と『巨人樫の幹』の残りがあるだろうしな。


「で、塔の探索はどうなの? 順調?」


 エルが答える。


「まずまずだな。明日『アンリミテッド』が手に入れば、飛躍的にレベル上げを早くできると思う」


「人形系を簡単に倒せりゃそうだろうねえ」


 レイカが盛んに頷く。


「人形系レアを倒すことの重要性は、私も最近身に染みているんだ。リリーはどうしている?」


「うん? 我はレベルアップに伴い、衝波技を習得したゆえ」


 マジか。

 衝波技を覚える固有能力ってすごいな。

 エルが羨ましそうだ。


「それはいいなあ」


「そーいや聞いたことなかったけど、リリーの固有能力って何なの?」


「『無双』と『冷静』だぞ」


 へー、複数の能力持ちなんだ。

 ん? 『冷静』ってクララと同じやつだな?


「『冷静』は知ってる。状態異常の『激昂』無効でしょ? ウッソだあ。リリー煽られるとすぐ怒るじゃん」


「何おう!」


 そーゆーとこだぞ。

 レイカが黒服に確認してる。


「セバスチャンさん、今の本当なのか?」


「残念ながら事実です。紛うことなき真実です」


 黒服ほど有能な従者に二重に肯定されては信じるしかない。

 それにしてもリリーが『冷静』って、何が起きればそんなことに?


「ふうん。世の中には理解しがたいことがあるものだな……」


「一番失礼だろ! 我に謝れ!」


「何言ってるんだ。レイカの今程度の発言で謝ってたら、あたしはどうすればいいんだ」


「悔い改めるのだ! ユーラシアには謝罪と平伏と懺悔と、心からの反省文を書いてヴィルに代読させることを要求する!」


 何それ? ちょっと興味あるな。

 あたしも聞いてみたいけど。


「食い改めるよ」


「あっ、その唐揚げは我が狙っていたのだぞ!」


「知らんがな」


 大騒ぎ。

 エルが呟き、レイカが返す。


「今日は平和だな」


「いつまでも、といかないところがもどかしい」


 楽しい夜が更けてゆく。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前のヴィル通信だ。

 カラーズは今日も雨だが、隊商が来たはずだな。


『うん、こんばんは』


「今日隊商来る日だったよね?」


『ああ、また輸送隊がついて行ったよ』


「雨だと様相かなり違うと思うんだよね。いい経験になると思う」


『そうだな』


 輸送隊が形になっていくのは嬉しい。


「アレクに輸送隊入ること承知させたよ」


『え? あの偏屈なアレクによく認めさせたね』


「その辺は何とでも」


『まあユーラシアだからな』


 誰も損しない案件だし。

 アレクも喜んでたぞ。


「で、早速レベル32まで上げてきた」


『君のやり方はいろいろおかしい』


「皆そう言うけど、合理性と効率を追求するとそうなるんだよなー」


『剛腕過ぎる』


 アハハと笑い合う。


「アレク、変な魔法覚えたんだよ。『プチファイア』とか『些細な癒し』とか」


『ほう、決まった属性魔法の使い手じゃないんだ?』


「『小魔法』っていう固有能力だった。ノーコストの魔法を覚えてくんだって」


『へえ、面白いな。でもアレクは魔法の研究が好きだから、いろんな系統が使えると嬉しいんじゃないか?』


「そうだねえ。あたしもそういう魔法の固有能力があるのを初めて知ったけど、アレクにピッタリだなーって思った」


 アレクだけじゃなくデス爺も喜んでたしな。


『そうだ、青のセレシア族長が君に渡してくれって荷物持って来たぞ。例の服だと思う』


「あ、イシュトバーンさんの注文のやつ、完成したんだな。じゃあ明日の朝、そっち行くよ」


『明日は店出せると思うから、もしオレが小屋にいなかったら、悪いが緩衝地帯まで来てくれ』


「わかったよ」


 どんな服だろ。

 ちょっと想像つかないんだが。


『そんなところかい?』


「そうだね、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日は服取りに行って、イシュトバーンさん家だな。


          ◇


「よーし、今日はいい天気だ!」


 灰の民の村までのんびり歩く。

 クララの『フライ』ならほんの数秒だけど、たまには歩いて周りの様子も見ていきたいじゃないか。

 あたしん家から村までの道は水はけがいいので、昨日の雨にも拘わらずほとんどぬかるんではいない。


「来年暖かくなると、ごわさーっと繁殖しますよ」


「実に楽しみだねえ」


 湧き水のところのクレソンのことだ。

 クララが言うなら間違いないな。

 魔境での増え具合はまさに『ごわさーっ』という表現にふさわしかった。

 あれだけ山盛りだと、サラダにしても食べでがあるなあ。


 さらに歩を進め、灰の民の村の門が見えてくる。サイナスさんの家へ、と。


「こんにちはー、あれ、アレク?」


「いらっしゃい」


「ユー姉、久しぶり」


「昨日会ってるじゃないか。そんなにあたしに会うのが待ち遠しかったのか。この可愛いやつめ」


「隙あらば漫才始めようとしないでくれ。これ、セレシア族長から預かってた荷物」


「あっ、どうもありがとう!」


「350ゴールド2着で700ゴールドな。払っておいたから」


「ありがとう。はい、700ゴールド」


 おゼゼを渡し、包みを受け取る。


「それが例の、イシュトバーンさんの宿題という?」


「うん、そう」


「宿題? 単なる注文じゃなかったのか?」


 サイナスさんも興味持ったようだ。


「イシュトバーンさんって相当な女好きでさ、日々に潤いが欲しいんだって」


「ふむ?」


「だから、セレシアさんにお付きの女性用の服注文しろって勧めたの。そしたらイシュトバーンさんが扇情的に、お付きの女性は露出少なくって希望だったんだよ」


「「ははあ」」


 サイナスさんとアレクが頷く。


「両者の希望を落とし込んだ服がこれか」


「そう。その注文受けた時、セレシアさん相当自信あったみたいだからさ、あたしもすげー楽しみなんだ」


「結果次第でイシュトバーンさんの助力の程度が変わってくるんでしょ? 結構重要なんじゃないの?」


「そうだねえ。セレシアさんの店の成功失敗は、カラーズブランドがレイノスに受け入れられるかの面にも、各色の民の商売に対する意欲の面にも関わってきそうだから」


「おい、大事じゃないか」


 まあそうなんだけど。

 あたしがどうにかできるもんじゃないんだよ。


 それはそれとして。


「サイナスさん、ちょっとアレク逞しくなったでしょ?」


「うん、見違えた」


「そうですか?」


 嬉しそうだな。


「次の隊商について行ってみるといいよ。いつだっけ?」


「4日後だな。オレがアレクを紹介しておいた方がいいか?」


「いや、アレクとフェイさんは焼き肉親睦会の時に会ってるんだ。顔合わせなら輸送隊が帰ってきてからの方がいいから、後でいいよ。あ、他色の民の輸送隊候補どうなってるんだろ? 聞いといてくれない?」


「わかったよ」


 アレクはレベル的に仕上がってるし、他の民のメンバー候補見る方が先決だな。


「じゃ、あたし帰るね」


「気をつけてな」


「またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「これは精霊使い殿。よくぞいらした」


 イシュトバーンさん家に到着。

 ここの警備員はきちっとして礼儀正しいなあ。


「注文もらってた服ができたから、届けに来ましたよ」


「そうですか。こちらへどうぞ」


 屋敷に案内される。


「ひょっとして警備員さんは、あたしの番のためにあの転送先に張り付いてるの?」


「そうです」


「うわ、何かごめんなさい」


「いえいえ、精霊使い殿と知り合われて、旦那様も日々楽しそうですので」


 そう言ってもらえると嬉しいけど。


「おう来たか、ユーラシア」


「こんにちはー。例の服できたよ」


 イシュトバーンさんの依頼に応えた、セレシアさん作の服の包みを手渡した。


「そうか、どういう回答かな」


「あたしも楽しみなんだよ」


「おう、これに着替えて来い」


 お付きの女性に渡す。


「フェスからこっち、変わったことあったか? 愉快なことでもいい」


 それどこが違うんだよ。


「雨降ってたからな……あっ、昨日面白い子に会った。『アトラスの冒険者』の新人さん。『アトラスの冒険者』って男子だけしか採用しない方針だったらしいんだけど、あたしが活躍してるから女の子も試験的に入れてみようってことになったんだって」


「ふむ? あんたも女の子じゃねえか」


「あたしはほら、超絶美少女だから」


「なるほど、ゴリ押しってことだな?」


 あたしがゴリ押したわけじゃないよ。

 こら、警備員さん肩が上下してるけど。声出して笑っていいんだよ?


「で、その子がカラーズ緑の民の13歳の女の子で、『大器晩成』っていうかなりレアな固有能力持ち」


「『大器晩成』か。どんなやつだ?」


「あれ、いい女かどうか聞かないんだね?」


 13歳は守備範囲外だったか?


「あんたが面白いって言うからにはいい女なんだろう。いい女ってのは、見栄えだけの話じゃねえからな」


 へー、見直したよ。


「『大器晩成』は、かなり多数のスキルを覚えるんだけど、反面レベルアップが遅いっていう固有能力ね」


「ほう、難儀な能力だな」


 難儀な能力。

 レベルアップが遅いというデメリットは、確かにイシュトバーンさんの発したその一言に集約できる。


「うん。で、その子は身体小さいし、各種パラメーターも低め。体術に優れてるなんてこともなくて、一番最初のテストモンスターにもかなり苦労するくらい。ちなみにこのテストモンスターは、スライムよりかなり弱い設定になってる。イシュトバーンさんだったら、この子にどうアドバイスする?」


「きつくてとてもやってられねえだろ。諦めろって言う」


「やっぱそうだよねえ。あたしも諦めろって言って、その子のレベル26まで上げた」


 イシュトバーンさんが特有のえっちな目で見てくる。


「……あんたのやることはその辺がわからねえな。まずその、他人のレベルを上げるってのはどういうことだ?」


「あたしの得意技。魔境連れて行って共闘してレベル上げるの」


「何も知らない素人をいきなり魔境連れてくのか。ヤベえな」


 含み笑いしてる。

 いや、あたしだってラルフ君を魔境に連れてった時より、かなりレベリング技術は進歩してるからね?


「一番効率がいいんだよね」


「効率か。ああ、あんたは人形系レア魔物を簡単に倒せるんだったな。で、失格冒険者のレベルをわざわざ上げるのはどうしてだ?」


「『アトラスの冒険者』はいろんなところへの転送魔法陣が出るでしょ? レベル上がればその分やれることが増えるし、いろんな人に会えるんだよ。冒険者はやんなくても、『アトラスの冒険者』を捨てることはないと思うんだよね」


 エルマが覚えるスキルに興味があったということもあるんだけど。


「ははあ、そういう考え方か」


「いや、でもレベル上がったら『強撃』『経穴砕き』『クイックケア』『五月雨連撃』みたいな、すごく実用的なスキル覚えてったよ。もう普通に冒険者やれそう」


「ほお? そりゃ良かったじゃねえか」


 冒険者も選択肢の1つになったという意味でね。


「あたしも好きで冒険者やってるわけじゃないけど、やれること多いと楽しいもん」


「あんた、好きで冒険者やってるんじゃねえんだ? まあ、やれること多いと楽しいってのは同感だな。オレはそのために金儲けしてきたが……」


 イシュトバーンさんが少し寂しそうな顔になる。


「まあなかなか精霊使いほど自由には生きられねえもんだ」


「あ、着替え終わったみたいだよ」


「お、そうか?」


 白と黒の地味な配色で……。


「……」


「……」


「……いかがですか? 解説のイシュトバーンさん」


「……い、いいじゃねえか」


 何だこれ? 何だこれ?

 ベースはエルのファッションに違いないのだが、ごく短いボトムスでその代わりにソックスが思いっきり長い。

 白のシャツは首まで覆い袖がないシンプルなタイプで、腕カバーを装着している。

 全体的に身体のラインが強調されているのか特徴的だ。

 しかし露出はソックス上と腕カバー上のごく狭い部分に抑えられている。


「どうなってんの? どーしてこれこんなにえっちなの?」


「微妙に見える素肌が刺激的だぜ」


 お、おかしいな?

 エルのファッションをちょっと弄っただけで、こんなにえっちになるとは?

 変なトリックを見せられた気分だ。


「着心地はどう?」


「バッチリです。よく伸びる生地なんですよ、これ」


 なるほど、よく伸びる生地って動きやすいだけじゃなくて、身体のラインも綺麗に見せられるんだ。


「ほへー、ビックリしたよ」


「おう、満足だぜ。いくらだ?」


「あ、そうだった。2人分で700ゴールド」


 おゼゼを受け取る。


「で、セレシアさんに力貸してくれる?」


「まあ依頼者の要求に応える能力は認めざるを得ないな。協力しようじゃねえか」


「やたっ! イシュトバーンさんありがとう!」


「ハハッ、あんたは他人のことにも一生懸命だな」


 そういうわけじゃないと思うんだけど。

 あれ、そうなのかな?


「よし、店はいつ出すんだ? 商品は揃ってるのか? ……時間おいてもいいんだぜ?」


 帝国戦後にオープンしてもいいんじゃないか、という意味だろう。


「その辺はセレシアさんに聞かないとわかんないな」


「そうか、方針決まったら連絡くれ」


「うん、わかった。じゃああたし達は帰るよ」


 イシュトバーンさんがちょっと驚いたような声を出す。


「え、もうか? ゆっくりしてけよ」


「もうだよ。ゆっくりしない」


「昼飯食ってけ」


「ゴチになりまーす!」


 皆が笑う。

 出された御飯をしっかり食べるのは、美少女精霊使いのポリシーだから。


        ◇


「さて、これからどーしよ?」


 イシュトバーンさん家でお昼を御馳走になった後、帰宅したが?

 うちの子達の意見を聞く。


「夜までどうするって話でやすね?」


「そうそう」


 夜はバエちゃんとこへ行く予定なのだ。


「ボクレディーから得たマテリアルがたくさんあるね」


「うーん、素材の換金は海の王国行ってからにしたかったんだけど……」


「『逆鱗』以外を換金する、でどうですか?」


「そうしようか。じゃあ魔境で一稼ぎしてから、アルアさんとことギルドで換金、海の王国に持ってく予定の宝飾品の一部と、『逆鱗』『巨人樫の幹』は置いてく」


 クララが聞いてくる。


「『巨人樫の幹』もですか?」


「武器・防具に応用できるかよくわかんないけど、レア素材だから一応ね。ひょっとして欲しいかもしれないし」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「ユーラシアさん、いらっしゃいませ」


 この世の楽園、魔境だ。


「魔境はいいねえ。あたしここの空気大好きだなー」


「いいことです。じゃんじゃん稼いでいってください」


「おっ? オニオンさんはかなりあたしを理解してきたね?」


 アハハと笑い合う。


「午前中、ダンさんがいらしてましたよ。以前、ユーラシアさんがレベル上げしてた方達とのパーティーで」


「ダンが? 危なくなかった?」


 農場の面々と魔境へ来たか。

 レベル的には問題ないだろうけど、立ち回りもかなり仕上げてきたのかな?

 パワーカードも揃えたんだろう。


「ぬるい戦いじゃダメだっておっしゃられてましたね。オーガ帯では特に問題なく」


「ふーん、とゆーことは……」


 結構おゼゼつぎ込んでるっぽいな?

 魔境の人形系レア魔物はヒットポイントが比較的多いんで倒せないだろうけど、素材やアイテムは割と頻繁に手に入るからいいかも。


「そっかー。あたしも頑張らないとな」


「今日は中央部の最強魔物群に挑戦を?」


「うん、そのつもり。行ってくるよ」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「姐御、今日は中央部ですかい?」


「そうだね。何落としてくか楽しみだよ」


 あれ、うちの子達が緊張してる気がする?


「どういうストラテジーでバトルね?」


「ウィッカーマン戦に準じたカード編成でいこう。イビルドラゴンの時は『スナイプ』を『ドラゴンキラー』に、リッチーの時は『アンデッドバスター』に置き換えればいいんじゃないかな。ダンテが『豊穣祈念』、アトムが『コピー』、クララは念のため『ハイリカバー』唱えといてくれる?」


 人形系レア以外で中央部で確認している魔物は、最強のドラゴンであるイビルドラゴン、最強のアンデッドであるリッチー、最強の巨人であるダイダラボッチの3種類。

 でも……。


「ユー様、防御力を薄くして大丈夫でしょうか?」


「多分大丈夫だよ。まず目の前の魔物倒していこうか」


 魔物を倒しつつ真っ直ぐ中へ。


「そういやベヘモスって遭ったことないねえ?」


「素材落とすんでやしたっけ?」


「そうですね。『ベヘモス香』をドロップするという話でしたか」


「ベリーレアね?」


「そうなのかなあ。あたし達結構魔境来てるのに、それでも遭えないとなるとかなりだね」


 オニオンさんに確認した方がいいかもな。


「レッドドラゴンか」


 雑魚は往ねなんですけれども。


「『逆鱗』っと。イビルドラゴンもドラゴンだから、きっと『逆鱗』取れるよね」


「はい」


 さらに中へ。


「……イビルドラゴンね」


「そんなに緊張する必要ないよ?」


 レッツファイッ!


 ダンテの豊穣祈念! あたしのハヤブサ斬り・零式! 1発クリティカル! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! アトムのコピー! あたしの攻撃を繰り返す。ハヤブサ斬り・零式! 両方クリティカル! イビルドラゴンの喚声が響き、崩れ落ちる。


「翡翠珠か。これ多分レアじゃないよなー」


「姐御、『逆鱗』2枚生えてやすぜ!」


「あっ、それは嬉しいな!」


 なるほど、それなりに見返りがあるものだ。


「ユー様はイビルドラゴンの強さを見切ってたようですが」


「あんた達も大体わかるでしょ? ウィッカーマンより強い気がしないんだよね」


「インスピレーションね?」


「インスピレーションだねえ」


 弱点を突けずヒットポイントも多いダイダラボッチが一番難しそうだけど、それでも今のあたし達なら、多分1ターンで倒せるだろうしな?


「ドラゴン帯で戦ってマジックポイント回復したらまた戻って来よう」


「「「了解!」」」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


 結局あれからドラゴン帯と中央部を行ったり来たりで魔物を倒し、その後ベースキャンプまで戻って来た。


「オニオンさん、イビルドラゴンは『逆鱗』2枚のことがあるよ。翡翠珠落とすけど、多分これレアじゃないな」


「そうでしたか!」


「リッチーは邪鬼王斑珠落とすよ。固定ドロップないからあんまり効率は良くないかな。ダイダラボッチは他の巨人と一緒で『巨人樫の幹』は得られる。でもレアはどうなんだろ? まだわかんない」


「いや、ユーラシアさんのもたらす知見は非常に貴重です。またよろしくお願いします」


「うん、頑張るよ」


 人形系レア魔物も倒したけど、中央部の最強魔物群のついでだったので、今日はいつもほど高級宝飾品を稼げていない。


「あ、そうだ。ベヘモスってどこにいるのかな? 一度も遭ったことないんだよね」


「ワイバーン帯ですね。かなり生息数は少ないと思われます。北辺での目撃記録もありますが、北辺は訪れる冒険者がほとんどおりませんので、多いのかどうかはわかりません」


「そっかワイバーン帯か」


 確かにあたし達の魔境ハイキングで、一番探索度合いが薄いのがワイバーン帯と北辺東だな。


「ありがとう、オニオンさん。今日は帰るよ」


「そうですか。ではさようなら」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 アルアさん家にやって来た。


「アルアさーん、こんにちは……えーと、何事?」


 本がたくさん散らばってるぞ?

 どーなってるの?

 ここ図書室でも研究室でもなくてパワーカード工房だよね?


「ああ、いらっしゃい」


「アルアさん、疲れてます?」


「まあね」


 アルアさんがため息を吐く。


「肩揉んであげましょうか?」


「アンタ、レベルカンストしてるって話じゃないか。身体が壊れちまうよ」


「そーいや手加減できるかわかんないや。今度イシュトバーンさんで試してみよ」


 アルアさんと目が合い、アハハと笑い合う。


「で、この高尚かつアカデミックな有様はどうしたことです?」


 再びアルアさんが大きくため息を吐く。


「ゼンがやる気満々でね。精力的に制作と研究に取り組んでいたんだよ。パワーカードは素材が命だろ? 素材の図鑑やら解説書やらを読み漁っていたのさ」


「……過去形ですね?」


 仕事にのめり込むこと自体はいいことに違いないが。


「今倒れて寝てる」


「あちゃー」


 ゼンさんって、周りが見えなくて突っ走る傾向があるよな。

 それで仕事のしわ寄せがアルアさんに来てるってことか。

 工房の仕事では、職人じゃないあたしは手伝えないしな?


「これ、コブタ肉お土産です。せめてガッツリ食べて精つけてください」


「おや、ありがとよ」


「申し訳ないですけど、素材換金してもらっていいですか?」


「何だい。遠慮しなくたっていいんだよ、寄越しな」


 『逆鱗』と『巨人樫の幹』は家に置いて来たけど、エルにもらった素材がかなりあったので、交換ポイントは549となった。


「パワーカードと交換してくかい?」


「えーと、いや、今はいいです」


 細かいことを言えば、クララとダンテの防御力と魔法力、自動回復のバランスは詰める余地がある。

 でももうそんなことしなくても魔物に苦戦することないのだ。

 いざという時のために、交換ポイントに余裕持ってた方がいい。

 レア素材使ったやつや特注のカードはポイント高くなるしな。


「ヴィルカモン!」


「あの可愛い悪魔っ子かい?」


「そうです」


 しばらくの後に現れる。


「御主人の召還に応じ、ヴィル参上ぬ!」


「今日のセリフ格好良かったねえ」


「そうかぬ?」


 嬉しそうだ。

 よしよし、いい子だね。


「アルアさんが疲れてるようなんだよ。ぎゅーしてあげてくれる?」


「わかったぬ! ぎゅー」


「ああ、ありがとうよ。いい子だねえ」


「いい子ぬよ?」


 ちょっとでもアルアさんがリラックスできますように。


          ◇


 アルアさん家から外に出、ギルドへの転移石碑へと向かう。


「ヴィル、アルアさんの調子どうだった?」


「心は満足してたぬよ」


 うむ、やはりそうか。

 弟子のゼンさんは一生懸命だし、自身の仕事も充実しているからだろう。

 でも高齢なのは間違いないしな。

 体力的な面で心配だ。


 さて転移石碑に到着。

 古びちゃいるけど、よく見りゃ文様はシャープだ。

 少しも欠けたところがない。

 黒妖石ってよっぽど硬いんだな。


「これってさ、1人ずつしか転移できないのが面倒だよねえ」


「そうですね。転送魔法陣と違って、厳密に指定された転移先ビーコンに飛ぶ仕組みですので、2人以上同時に転移するとそれだけでぶつかってしまうと思います」


 なるほど、そーゆーもんなんだ?

 さすがクララ。

 転移石碑からギルドへ。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングですね」


「こんにちは、ポロックさん」


 昨日も思ったが、若干ポロックさんの表情が固いか?

 戦争があることを知らされると仕方ないだろう。


 うちの子達が揃ったところでギルド内部へ。

 あれ、おっぱいさんが手招きしてる。

 何か用かな?


「こんにちはー」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


「こんにちは」


 ニコッとした後、眼鏡をクイッとするおっぱいさん。


「例の宝飾品クエストに関してですけども、その後順調でいらっしゃいますか?」


「そうだね、ビックリするくらいまあまあかな」


 だからその笑い黒いってばよ。

 おっぱいさんのその表情ほんと怖い。


「大変申し訳ありませんけれども、当方の搬送の都合上、納品の締め切りを妖姫の月27日にさせていただきたいのです」


「うん、わかった」


 残り10日か。もう少し真剣に稼いだ方がいいか?


「これ、依頼者さんにもうこれだけ宝飾品集まってるよってことは伝えてないのかな?」


「まだ伝えておりませんね」


「元商人のイシュトバーンさんにケツの毛まで抜けって言われてるんだけど、あたしそんなん要らな……」


「ぺんぺん草も生えないくらいに毟り取ってください」


「怖いぬ」


 食い気味に断言されたぞ?

 ヴィルはヴィルでへばりついてくるし。

 あたしだって怖いわ。

 もーおっぱいさんから立ち昇るオーラが尋常じゃないんですけど?


 依頼受付所を後にし、買い取り屋さんでアイテムを処分する。

 で、お店ゾーンの一番食堂寄り、紫色の帽子が寝ている。

 いや、比喩でも何でもなくて、身体に比べて帽子がデカいんだよな。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 見た目は子供で頭脳は大人、精神は子供で実年齢は大人のオリジナルスキル屋の店主、ペペさんが飛び起きる。


「あっ、ユーラシアちゃん! おはよう」


「ペペさんがいるってことは、あたしのスキル完成したのかなと思って」


「あっ、できたできた!」


 ペペさんが何やら紙を取り出す。

 何だろ?

 スキルスクロールじゃないし?


「えーとちょっと待ってね? 回復効果率200%、ヒットポイント自動回復10%、マジックポイント自動回復5%、クリティカル無効、能力低下無効を、味方全員に与える支援魔法でーす!」


「あんちょこかい! 自分で作った魔法の効果覚えとらんのかい!」


「覚えきれないほどの効果詰め込んだ魔法ってロマンじゃない?」


「ロマンだね」


 必殺技・超高速の掌返しを披露する。

 それもそうだ。

 これに関してはペペさんが正しい。


「ユーラシアちゃんの固有能力だと、ほとんど支援効果のある魔法やバトルスキルは覚えてないと思うの」


「あっ、そうだね」


「どお? 判定は?」


 褒めて欲しそうだなー。

 実際公平に見て、非常に有用な魔法なのは間違いない。

 単純な能力値増加や属性攻撃耐性という効果じゃないから、他の支援系スキルと効果がほとんど被らないのも大きい。


 一方であたし達のパーティーはレベルカンストしているので、今更これほど強力な支援魔法が必要なのかって言われると、甚だ疑問ではある。

 強敵出たら絶対使用してたはずのアトムの全方向強化魔法『スターアライズ』ですら、一度も使ったことないし。


 判定は……。


「おめでとう! これは美少女精霊使いユーラシアの伝説ロードを飾るにふさわしい魔法だよ。そしてありがとう! 大魔道士ペペさんの比類なき魔道技術に拍手!」


 パチパチパチパチ。

 何だ何だと食堂から集まってた冒険者達が、笑顔と拍手でペペさんを讃える。


「ゆーらじあぢゃああああーん!」


「はいはい、泣かない泣かない」


 顔を拭いてやる。

 使うか使わないかなんてロマンには関係ないのだ。

 素晴らしい魔法に乾杯!


「ところでおいくら?」


「あ、5000ゴールドです」


 ピタッと泣き止むのな。

 5000ゴールドってごく基本的な回復魔法『ヒール』と同じ値段かあ。

 相変わらず値段設定がおかしい。

 支払ってスキルスクロールを受け取る。


「この魔法、まだ名前がついてないの。ユーラシアちゃんがつけて?」


「ん、じゃあ『大魔道士の恵み』」


「大魔道士の……恵み」


「大魔道士ペペさんにもう一度拍手!」


「ゆーらじあぢゃああああーん!」


 よしよし。

 あ、ヴィルまで引っ付いてきた。

 よしよし。


 ペペさんが泣き止んで帰り支度を始めてると、あのツンツン銀髪のチャラい男が話しかけてきた。


「よう、今日も面白かったぜ」


「ダン専用のエンターテインメントじゃないんだけど」


「奢るぜ」


「ありがとう親友。あっ、ダメだ!」


 意外そうな顔をするダン。


「遠慮するなんてつれねえじゃねえか」


「誰が遠慮なんてするか。あんたが奢ってあたしがたかる仲じゃないか」


「それ自分で言うのかよ」


 呆れた顔すんな。


「正確な論述を旨としてるからね。いや、そーでなくて、今日これからバエちゃんと御飯食べる約束してるの」


「何だ、そうか」


 納得したようだ。


「だから明日奢って?」


「俺はあんたの財布じゃねえからな」


「そんないいもんじゃないって?」


「そうそう」


 あっ、しまった!

 うまく逃げられた!


「魔境行ったってオニオンさんに聞いたよ。農場のメンバーなんでしょ?」


「ああ、本番が近いからな」


 本番とはもちろん帝国との開戦を指す。


「パワーカード一通り揃えたの? 結構な出費でしょ?」


「まあな。が、本番は待っちゃくれねえし、『エナメル皮』や『ワイバーンの爪』は結構な値段で売れるから、訓練に魔境行くのは悪くねえな」


 『ワイバーンの爪』?

 ワイバーン帯で安定して戦うには、レベル45は必要ってオニオンさんも言ってたぞ?


「もうワイバーン帯で戦ってるの? 注意しなよ?」


「あんたを泣かせるようなマネはしねえよ」


「奢ってくれる相手が減ると本当に泣けるんだぞ?」


 互いの顔を見、そして笑う。

 内緒話モード発動。


「オーランファームは大丈夫そうだね」


「敷地面積は広いからな、不意突かれたらある程度の被害が出るのはしょうがねえが……」


「元帝国の人の情報だと、ゲリラ部隊はおそらく数十人規模。隊長格で上級冒険者レベル、隊員で中級冒険者レベルだろうって」


 ダンの目が鋭くなる。


「ほう、想定よりレベルは低い、か?」


「敵を甘く見ちゃダメだぞ。絶対にまともには来ない。奇襲夜襲で泡食うなよ?」


「おう、わかってるぜ」


 似合わないウインクをする。

 帝国がドーラのことを調べていればオーランファームが襲撃対象になる確率は低くない。

 しかし、それでもレベル50オーバーのダンと『威厳』持ちのカイルさんがいれば、数十人がかりでも持ちこたえられそう。

 ギルドに近く、応援を得やすいという立地も有利だ。


「何か協力できることがあったら早めに言って」


「いや、こっちはマジで大丈夫だ」


「おお、自信だね」


「あんたが選りすぐってレベル上げした連中だぜ?」


 ハハッと笑い合い、内緒話モードを解除する。


「じゃ、あたしは帰るよ」


「おう、またな」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「おにくのか~ずだけつよくなれ~るよ~あぶらの~っている~ばらの~ように~」


「バエの姉貴絶好調でやすねえ!」


「あはは、アトム君も飲んでよ~」


「ゴチになりやす!」


 チュートリアルルームにやって来て、バエちゃんと焼き肉だ。

 飲兵衛どものテンションが上がっている。

 まあたまにはいいか。

 気晴らしが必要な夜もあるだろう。

 クララが話しかけてくる。


「ユー様、自由開拓民集落バボの黒妖石の台ですけれども、どういたしましょうか?」


 魔力を溜めておける特性のある黒妖石。

 現在、いくつかは買い取れるだけのおゼゼがあるのだ。


「宝飾品クエストのお金が入ったら買っちゃおうか。いっぺんにお金払うのはバボの人達のためにならない気もするけど……」


 気の回し過ぎかもしれない。

 まとまったおゼゼがないとできないことだってあるしな。


 ヴィルはダンテの膝にちょこんと座っている。

 ヴィルは案外ダンテの側が好きみたいだ。


「あっ、アトムひっくり返った。もーしょうがないなー」


「『キュア』かけましょうか?」


「いいよ。帰るまで寝かせとき」


 今酔いが醒めたらまた飲むに決まってる。

 きりがない。


「バエちゃん、こっち何か変わったことあった?」


「昨日のエルマさんからの報告があったわよ。朝、新しい石板のクエストをこなしたら、次の石板がすぐに来て驚いたって」


「そうなんだ? あたしらの石板、海岸に流れて来るから、1日に何度も取りに行かないんだよね。クエスト終わってすぐ次が来るとは知らなかった」


 そーいやダンは、農場の従業員のレベル上げの日には既にギルドカードを持っていた。

 チュートリアルルームの次の日には、いくつかクエストを終えていたからだろう。

 してみると、遭難皇女の石板クエストは前日に来てたんだろうか?

 リリーが落ちたの2日前って言ってたしな。

 考えてみるとヤバかった。


「で、もう1つのクエストも完了したら、ギルドへの転送魔法陣ができたって」


「クエスト2つでギルドか。ツイてるねえ」


「女の子だから配慮したのかも」


「美少女精霊使いの時も配慮してよ」


 チュートリアルルーム終わってからクエスト3つあったぞ?

 もっとも3つ目はアルアさんところだったが。


「ユーちゃんは全然大丈夫だったわよお。何も考えてなければ時間はかかったかもしれないけど、問題なくクリアできたってば」


「そーかなー?」


 最初かなりきつかったぞ?

 アトムが仲間になってパワーカード入手の目処が立って、初めてイケると思ったけど。


「明日ギルド行ってみるって言ってた」


「ギルドで楽しんでくれるといいなあ。次からクエストの難易度上がるかもだよね?」


「ユーちゃん、過保護ねえ」


 バエちゃんが笑う。


「シスター・テレサの方はどう?」


「エルマさんが2つクエストを終えたことを報告したら喜んでた」


「固有能力だけで冒険者決めるんじゃなくて、初期のパラメーターやスキルも重視してよ。エルマは放っといたらまず脱落してたぞ?」


 脱落者が多いのはその辺が原因のような気がしてきた。


「うーん、でも初期パラメーターや持ちスキルを重視すると、ソール君も多分選定から漏れてただろうし……」


「あ、そーか。難しいな」


 ソル君も初期は弱かったしな。

 今や最年少ドラゴンスレイヤーだけど。


「……現役の『アトラスの冒険者』が最初だけ手伝ってくれるのが、一番脱落者を少なくできるわねえ。ちらっ」


「何なの『ちらっ』って」


「魔境レベリングができるの、ユーちゃんだけでしょ?」


「レベル1の冒険者に魔境レベリングは要らないよー」


「で、でもエルマさんには魔境レベリングしたじゃない」


「エルマはそもそも冒険者に向いてないから、苦労してまでやる意味ないと思ったんだよ。レベルアップしてどんなスキル覚えるのか興味あったし」


 冒険者としては邪道だってばよ。


「じゃあユーちゃんは、現役冒険者が最初何らかの手伝いするのには反対?」


「賛成だけれども」


 初っ端のノウハウを教え込み、レベル3~4くらいまで面倒みるだけでも、初期脱落者の数はおそらく激減する。


「でしょう? 私、そう上申してみるね」


「んーでもそう簡単に通るわけじゃないんでしょ?」


「大丈夫! ユーちゃんが賛成って言っとけば必ず通るから」


「マジか」


 最近あたしの影響力大きくない?

 面倒なことは嫌いなんだけど。


「大体、脱落する冒険者が少なくなると、クエストの数が足りなくなるんじゃないの?」


「クエストは山のようにあるはずよ? 世の中の困りごとなんてなくなりはしないわ」


「そりゃそーか」


 今のバエちゃんの口振りからすると、やはりクエストは自動で収集してる説が正解っぽい。

 もう少し突っ込んでみるか。


「困りごとを集めてくるのは可能かもしれないけど、分配するギルド職員の仕事量は増えるんじゃない?」


「あっ、そうね。そうそうギルド職員の数は増やせないし」


 ははあ、どうやら『アトラスの冒険者』の運営予算は決まってるらしい。

 どんどんボロが出るなあ。

 面白くなってきた。


「冒険者の数が多くなれば、アイテム買い取りも多くなるよ。売ればかなり差益出るんでしょ? おゼゼの多く発生しそうなクエストは依頼所に回せばいい。あっちは仲介料取ってるんでしょ?」


「そ、そうね。そっちはギルドの管轄だけれど。ユーちゃんはお金に強いわねえ」


「人生の基本だぞ?」


 よし、今日も収穫あり。


「そろそろ帰るよ。スキルスクロールのラインナップ、すぐ増やしてくれてありがとうね。かなり助かった人がいるんだ」


「こっちこそありがとう。ノーコストの魔法、もういくつか売れたわ」


「まだ需要あると思う。でも販売したこと自体あんまり知られてないんだよ。ギルドで告知した方がいいんじゃないかな」


 ゴシップ屋のダンが知らなかったくらいだし。


「そうね、そうする」


「クララ、アトム起こして」


 アトムが『キュア』で正気に戻る。


「また来るよ」


「じゃあね。きっとよ」


 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 恒例のヴィル通信だ。


『あれ? 今日はちょっと早いね』


「明日の予定決まってないんだ。サイナスさんの話聞いて決めようと思って」


『そういうことか。あの服はどうなった?』


「大好評だった。イシュトバーンさん協力してくれるって。方針決まったら連絡くれって言ってたよ。そうセレシアさんに伝えといて」


『わかった』


 セレシアさん喜ぶだろうなあ。

 自分の仕事が認められたってことだから。


『黄のフェイ族長代理から連絡があったぞ。明後日の午後、他色の民の輸送隊候補が集まるから見てくれとのことだ。灰の民からアレクを出すことも伝えておいた』


「明後日の午後ね、了解。今の輸送隊との顔合わせもアリかな?」


『おそらくね』


 そろそろレベリングも考えないと。


「とりあえず、明日は何もない感じ?」


『そうだな』


「わかった、ありがとう。おやすみなさい」


『まだ寝ないんだろう?』


「まあそうなんだけど」


『じゃあまた明日』


「うん。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 ふーむ。

 うちの子達の意見を聞こう。


「ということです。明日カラーズには用ないみたいだけど?」


「シンプルに魔境、ギルドでセルでいいね」


「そーだね。明日宝飾品稼ぐとまた結構な数になるからギルドで預かってもらって、余分なアイテムは売却」


「「「了解!」」」


 思ったより簡単に明日の予定は決まった。


「じゃ、今日のことだけど。魔境中央部の魔物も問題なく倒せることはわかったね。でもやっぱり効率良くないから、ムリに倒そうとしない。普通に遭ったら倒す、くらいかな」


 皆が頷く。


「効率であれば、やはり北辺西の人形系レア魔物の多いエリアは外せません」


「でもベヘモスのドロップは欲しいぜ」


「じゃ、明日はワイバーン帯を大回りして人形系レアのエリア行こうか」


「「「了解!」」」


 ふむ、明日こそベヘモスに遭えるに違いない。


「ペペさんから買った魔法だけど……」


 回復効果率200%、ヒットポイント自動回復10%、マジックポイント自動回復5%、クリティカル無効、能力低下無効を味方全員に与える支援魔法とのことだが。


「回復効果率って何だろ?」


「回復魔法やポーション使った時のヒットポイント回復度合いですよ。200%ということは、例えば『ヒール』をかけられた場合、通常時よりも倍回復するということです」


「割とすごいんだ?」


「はい。ただし、自動回復には適用されません」


 そうか、ヒットポイント自動回復10%が実質20%になったりはしないということか。

 いや、それにしても強敵相手の長期戦ではありがたい効果だ。


「既に能力低下を食ってるケースで、この魔法をプレイしたらどうなるね? 能力低下はキャンセルされるね?」


「魔法の効果からして、能力低下は解除されそうだけどねえ」


 検証したいが、能力低下なんか食らわないしな?

 あ、レッドドラゴン相手ならチャンスはあるか。

 『カースドウインド』食らったら、『雑魚は往ね』をキャンセルしてこの魔法使ってみてもいい。


「最後にバエちゃんとこ。どうやらシスター・テレサに警戒されて、こっちが活動しにくくなるということはなくなったようだね」


 とゆーか過大評価されてる気がするけど?


「余計に忙しくなっちゃいそう」


「結果として問題が解決されりゃいいんじゃねえですかね?」


「ウィンウィンね」


「そーかなー?」


 クエストはほぼ無限に発生するらしい。

 そっちの心配はなくなったが。


「新米さん達の面倒をみるお仕事が増えるよ?」


「いいじゃないですか。ユー様、得意でしょう?」


「いい子だったらいいけど、ダンみたいなクソ生意気な子だったら嫌だもん」


 ヴィルも最初は生意気キャラかと思ってたけど、慣れてきたらそんなことなかったな。

 これは生意気キャラを押し付けられるフラグなのか?


「戦争もあるし、これから後はそう新人入ってこないんじゃねえでやすか?」


「そうかもねえ」


 バエちゃんも上には戦争のことを伝えてるに違いないしな。


「ま、いいや。今日はそこまで。おやすみっ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「おはよう、オニオンさん」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。本日はお早い御出勤ですね?」


「出勤ときたか。勤労少女天晴れだなー」


 アハハと笑い合う。

 今日は朝から魔境、こんなに早く来たのも初めてだ。


「珍しく何も用がないんだよ。昨日おっぱいさんにもっと宝飾品稼いで来いって無言の圧力かけられたから、今日は頑張ろうかと思って」


「そうでしたか」


 オニオンさんがうんうんと頷く。


「この依頼の話する時、おっぱいさんが怖いんだよね。うちのヴィルがビビるくらい。依頼主と何かあるのかなーと思うんだけど、誰だか知らない?」


「知りませんし、知ってても言えませんが……」


 ま、そりゃそうか。

 オニオンさんもギルドの職員、守秘義務あるしな。


「でも普通に考えて、高級宝飾品を可能なだけ持って来いなんて依頼、相当な財力がないと出せないですよ。となると依頼者はレイノスの富豪か、それともドーラ総督か」


「あたしも帝国のお偉いさんが依頼出したんじゃないかって、前にチラッと思ったんだよ。けど戦争が近いこの時期に、ドーラにおゼゼ落とすことなんてあるかなあ?」


「流通するお金が増えて物が少なくなると、それはそれで社会をかき乱す要因となりそうですけどね」


 むう、そういう考え方もあるのか。

 となると現時点で一番怪しいのはドーラ総督?

 でもおゼゼ持ってそう以外の根拠がまるでない。

 おっぱいさんとドーラ総督の接点なんてピンとこないしなあ。


「うーん、わかんない。稼いでから考える」


「ええ、それがいいでしょう」


「行ってくるね」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「姐御、予定通りワイバーン帯に沿って北でやすね? 西から行きやすか? それとも東から?」


「あまり通ってない東から行こう。そっちにベヘモスがいるのかもしれない」


「「「了解!」」」


 現れたワイバーンを軽く倒して……。


「あ、しまった。卵ドロップした」


 これ重いんだよな。

 行きに拾っちゃうと割れるの気を使うし。


「もったいないですけど、置いていきますか?」


「いや、そんなことは美食ハンターとして許されないから持ってく」


「いつからグルメハンターね?」


「生まれつき」


 さて、どーすべ?


「今日1日あるとどうせ素材やアイテム持ちきれなくなるから、適当なところで切り上げて一旦帰ろう。もう一度来ればいいや」


「そうでやすね」


「卵はどうします?」


「ギルドの大将に使ってもらおうか。あそこが一番皆に喜んでもらえるし」


「ベリーグッドね」


「じゃ、そういうことで先行こう」


 ワイバーン帯を反時計回りで北へ。


「……アンノウンのモンスター、メイビーベヘモスね」


「やたっ! 今日はツイてる!」


 『雑魚は往ね』で軽く倒して、『ベヘモス香』ゲットだぜ!


「これ多分レア素材だよね」


「そうですね。レアドロップのはずですよ」


 あまり遭えないモンスターのレアドロップって、手に入れるの結構キツいな。

 パワーカード『るんるん』とバトルスキル『豊穣祈念』のおかげで、レアドロップであろうとかなりの確率で落としていくからありがたい。


「またベヘモスね?」


「あれ? 遭遇し始めると続くなあ」


 とゆーか、やはりベヘモスはワイバーン帯東側に生息してるっぽい?

 軽く倒して『ベヘモス香』ゲットだぜ(2回目)!


「1つはアルアさんとこだね。新しいカードが交換対象になるだろうから。もう1つは海の女王んとこ用に一応キープしておこうか。レアだし」


「それがいいでしょうね」


 ワイバーン帯を大回りし魔物を倒しつつ、北辺西の人形系レア魔物エリアを目指す。


「ブロークンドールね」


「3体か」


 薙ぎ払い一閃、1体逃げられたものの、藍珠2個と杳珠1個を手に入れた。


「そういや、ギャルルカンっていう人形系レアがいるんだっけ?」


「そうですね。魔境にはいないようですが」


 エルが言ってたヒットポイント2の人形系レアだ。

 これまでのあたし達の転送先にはいなかったようで、未だ遭遇したことがない。


「人形系レア魔物ハンターとしては倒しておきたいねえ」


「宝飾品ハンターの方が語呂がいいですぜ?」


「それもそうか」


 さて、ここからは狩りの時間だ。


「もう少し中へ行って、デカダンスと単体のウィッカーマンを主目的に戦うよ」


「「「了解!」」」


          ◇


 昼前くらいになり、素材と宝飾品他のアイテムでナップザックがパンパンになりかけた頃、マンティコアが現れた。


「珍しいね。こんなところにマンティコアが迷い込んできたよ」


「ユー様、人項系レアパラダイスエリアを『こんなところ』扱いはよろしくないのでは?」


「おお、そうだった! いつの間にか感謝の気持ちを忘れていたよ」


 経験値君達に敬礼!


「バイザウェイ、マンティコアとはバトルね?」


「もちろん」


 溜めて溜めて雑魚は往ねっ!


「やたっ! ドロップした! 凄草だ!」


「ユー様、一度ホームに戻りましょう」


「うん、そうしよ」


 凄草は新鮮な内に食べるか植えるかするのが基本なのだ。

 転移の玉を起動して帰宅する。


          ◇


「カカシー、凄草ゲットした。いい株だよ!」


「やったな、ユーちゃん!」


 畑番カカシも大喜びだ。

 依り代タイプの精霊であるカカシは、自分で動くわけじゃないんだけどね。


「おう、かなり立派な株じゃねえか。今分けてもいいくらいの大きさだが、明日株分け日だろ? そのまま植えといてくれよ」


「うん、わかった」


 現在13株、明日には26株か。

 増えたなあ、こっちも順調だ。


「ユーちゃんよ、明日からは凄草以外のステータスアップ薬草は全部食べちゃっていいからな」


「そーだね。お世話になったステータスアップ薬草もお役御免になるかと思うと、感慨深いねえ。感謝していただくよ」


「そうか? 1週間後からは毎朝凄草サラダだぜ?」


「素晴らしいなあ。夢のようだよ」


 凄草甘くて美味しいしな。

 楽しみだなあ。


「ユー様、お昼にしましょう」


「はーい、今行く!」


 お弁当用にイモと茹で肉持って行ってたんだけど、まあせっかく帰ってきたことだから。

 魔境で食べるより安全だもんね。

 クララがもう一品スープを足してくれた。


「午前中はなかなか調子良く稼げたんじゃない? 宝飾品ハンターにふさわしい仕事ぶりだったと自画自賛したい」


「そうでやすね。午後もこの調子だと、今日ギルドへ持って行く分が100個近くになりやすぜ」


「100個かー」


 100個はオーバーにしても、90個くらいにはなりそうだ。

 前納めた分も加えるとかなりの数になるな。

 おっぱいさんがどんなに喜んでくれるか、怖いもの見たさ的に楽しみだ。

 ……ヴィルは呼ばない方がいいかな。


「ユー様は、宝飾品クエストの依頼人ドーラ総督説をどう思われます?」


 ドーラ総督とは、カル帝国皇帝のドーラにおける代理人だ。

 とはいうもののほぼ実権はなく、お飾りもしくは名誉職的な地位とされる。

 よく知らんけど、そういうのは名門貴族とかが任命されるんじゃないかな。

 であれば、宝飾品クエストの依頼が出せるほどのお金持ちであっても、全然おかしくはないのだが。


「うーん、オニオンさんの話聞くとありそうなんだけど、おっぱいさんの執着はどう考えても個人的な確執だよねえ?」


「そう思われますね」


 おっぱいさんとドーラ総督に確執があるのか?

 そんなことまでわからんしな?


「クエスチョンね?」


「どーも想像できないね」


 ドーラ総督の人品骨柄を知らないからかもしれないが。


「ごちそうさま。まあ判断材料のないことはわからないよ。それより魔境で稼いでこよ。ごそっと稼いでがばっと納品することこそ宝飾品ハンターだ!」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 

「オニオンさん、こんにちはー」


 再び魔境へ。

 午後も稼ぐぞー。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。ホームに戻られてましたか?」


「うん、荷物満杯になっちゃったから、置いてきたんだ」


「それでまた午後も人形系狩りですか? 仕事熱心ですねえ」


「おっぱいさんの喜ぶ顔が見たいから!」


 アハハと笑い合う。


「今からの探索も荷物一杯になっちゃうと思うんだ。多分ここへ戻ってこないで直接帰るよ」


「了解です」


「じゃ、行ってくる」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「真直ぐ北でやすね?」


「うん。もうとりあえずワイバーン帯に用はないから、真ん中突っ切って宝飾品狩り」


 ザコ魔物をばったばったと倒しながら、エーテル濃度の高い中央部へ。


「イビルドラゴンね」


「やあやあ、我が手を塞ぐそこな悪しき竜よ。潔く退くがよい!」


「そういうノリですか?」


「倒される方だって、いつもと違う口上が聞きたいでしょ」


「倒される方はいつも違う個体でやすぜ?」


「そういえばそうだった」


 レッツファイッ!

 以下略!


「翡翠珠と、何だろ? 見たことない宝飾品だ」


「一粒万倍珠です! これも世界の秘宝ですよ」


 イビルドラゴンのレアはこれか。


「何か世界の秘宝ばっかり手に入るから、感覚が麻痺してきたなあ」


「ボスはパラライズに耐性があるはずね」


「そういえばそうだった」


 あたしの固有能力『自然抵抗』は、沈黙・麻痺・睡眠にある程度の耐性があるというものだ。

 ダンテよく覚えてたな。

 あたし素で忘れてたぞ?


「姐御、『逆鱗』3枚もありやすぜ!」


「よっしゃ儲かった!」


 イビルドラゴンの『逆鱗』は3枚のこともあるんだなー。

 いろんな知識が増えていく。


「幸先がいいねえ。あそこのリッチー倒したら北へ離脱」


「「「了解!」」」


 レッツファイッ!

 以下略!(2回目)


「一粒万倍珠ですね?」


 クララが困惑する。


「リッチーのレアドロップって邪鬼王斑珠じゃなかったっけ?」


「昨日はそう思いましたが……」


「どっちかがレアでどっちかがスーパーレアね?」


「そうかもしれませんけど、価格的にも希少価値も似たようなものです」


 どっちかが通常ドロップなのか?

 いや、それでも同じことか。

 ふーむ? 


「オニオンさんに報告したいねえ。まあいいや、マジックポイント減ってきたから、自動回復させとかないと」


「目指すは北辺西でやすね?」


「うん」


 人形系レア魔物エリアへ。


          ◇


「最後にもう一度リッチー倒していこう。ドロップが気になってしょうがない。乙女の好奇心を満足させてやらないと、今日の睡眠時間が5分くらい減ってしまう」


「「「了解!」」」


 北辺西に多数生息するデカダンスとウィッカーマンでしこたま稼いだ後、帰りに中央部を経由する。

 やはりどうにもリッチーが気にかかるのだ。

 昨日は2体倒して、1体から邪鬼王斑珠を得、もう1体は何も落とさなかった。

 それで固定ドロップなし、宝飾品の価値を考えてレアドロップが邪鬼王斑珠と考えたのだが……。


「一粒万倍珠とはね?」


 スーパーレアなのかもしれないが、クララの言う価値が変わらないという点が引っかかる。


「リッチーね」


 レッツファイッ! 以下略!(3回目)


「降魔炎珠です!」


 また違う宝飾品だぞ?

 どーなってんだ?

 ランクとしては邪鬼王斑珠や一粒万倍珠ほどではないが、黄金皇珠よりは価値のあるものらしい。


「わかんないねえ? 予定変わるけど、ベースキャンプに寄って行こう。オニオンさんに報告して意見聞いておこうか」


「「「了解!」」」


 ベースキャンプを目指し南下。

 あ、ワイバーンがまた卵ドロップした。

 いいお土産になるから、帰り道に拾うのは嬉しいな。


「ただいまー」


「あ、お帰りなさいませ」


 オニオンさんが意外そうだ。


「直接お帰りになるはずでは?」


「そのつもりだったんだけど、面白いことがわかったんだよ。いや、わかんないんだな。正確に言うと」


「ほう、何でしょうか?」


 ホクホク顔だ。

 オニオンさんもまた研究者肌だな。


「まずイビルドラゴンのレアドロップは一粒万倍珠。それから『逆鱗』は3枚のこともある。で、リッチーなんだけど、今日2体倒して、それぞれ一粒万倍珠と降魔炎珠落としていったんだよ」


「昨日、邪鬼王斑珠のドロップを確認されてるんでしたよね?」


「そう。計4体倒して、1体がドロップなし、残りが邪鬼王斑珠、一粒万倍珠、降魔炎珠のドロップなんだよ。どういうことだろ?」


「……何でもいいのかもしれません」


「え?」


 何でもいいとは、どゆこと?


「今でこそ魔境の生滅輪廻に取り込まれた魔物に過ぎませんが、最初のリッチーは高名な魔道士であったといいます。自らを不死化するのに高級宝飾品を触媒として使用したとも。その記憶というか本能が高級宝飾品を求めるのか、あるいはその人ならざる妄執と魔力で作り出すのかするんじゃないでしょうか」


「……簡単に言うと、リッチーはいろんな高級宝飾品をランダムドロップする可能性があるということ?」


「はい」


「そーかー、それは楽しみだなー」


 リッチーとはそういう魔物だったのか。

 倒すたびにクジ引くようなもんだな。

 まだ見ぬ高級宝飾品を手に入れられるかもしれない。


「ありがとう、オニオンさん。今日は帰るよ」


「またのお越しをお待ちしております。さようなら」


「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 手持ちの高級宝飾品が多くなってきたから、預かってもらいにギルドに来たのだが?


「……何事?」


 ポロックさんとシバさん、それからダンが話をしている。

 深刻そうだが?


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。

 でもちょっと雰囲気読もうか。


「あっ、ユーラシアさん、いらっしゃい」


「どうしたんです?」


 いつものポロック節が出ないぞ?

 『チャーミング』って言ってもらわないと調子狂うんだけど。

 ダンが説明する。


「ポロックさんの娘さんが、この前のフェスの日から調子崩してるんだってよ」


「ひょっとしてオーランファーム直営店の食べちゃった?」


「風評被害だ。根も葉もない噂はマジでやめろ」


 ポロックさんとシバさんが口々に言う。


「身体の弱い子でねえ。病気というわけではなさそうなんだけど……」


「もともと細い食が、体調のせいかさらに細っているのだ」


「医者にも診てもらったんだが……」


 ポロックさんもシバさんも心配そうだ。


「あんた、その娘さんを見たんだろ?」


「見た」


「その時どうだった?」


「エーテルの流れが全体的に細くは感じたけど、特別どっかが悪いとかはなかったよ」


 ポロックさんが驚く。


「ユーラシアさん、わかるんですか?」


「身体のエーテルの流れが見えるんだと。それでどこが悪いか見当つくんだとよ」


「やはり悪いところはない、のか」


 落ち込む2人。

 受付の雰囲気が暗いのはよろしくないなあ。


「……見てられねえんだが。どうにかなんねえのかよ?」


「……そんなこと言われても、お医者さんじゃあるまいし」


「……悪いところないんじゃ医者の領分でもないだろ」


「……だからって天才美少女精霊使いの領分なのかよ」


 無茶振りも過ぎるだろ。

 大体悪いところないんじゃ……あれ? 悪いところないんだよな?

 それなのに調子が悪くて食が細い?

 ……ということは?


「あっ!」


 3人が驚く。


「どうした?」


「な、何か?」


「閃いた! 治る治る! ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「カカシごめん! 凄草1つ必要になった」


「最終的に48株になれば毎日食える数だから、さっき取って来たやつは食事のサイクルからすると余分だ。割とどうでもいいんだぜ?」


「ありがとう!」


 凄草1株を抜いてギルドへ戻る。


 フイィィーンシュパパパッ。


「お待たせ! これ今すぐに娘さんに食べさせて」


「こ、これは?」


「凄草!」


 凄草と聞いて3人が驚く。


「し、しかし娘は今、何も食べられなくて……」


「これは今すぐなら絶対食べられる。葉っぱ1枚ずつ生であげて。あたしを信じて!」


「わ、わかりました。お義父さん、しばらく受付の代理お願いします」


 ポロックさんが転移の玉で飛ぶ。

 難しい顔で総合受付の席に座るシバさん。

 さすがは最強冒険者、威圧感半端ない。


「シバさんの受付は迫力がありますねえ」


「……」


「おい、能天気なこと言ってる場合かよ」


「もう大丈夫だって」

 

 ギルド内部、依頼受付所のおっぱいさんのところへ行く。


「サクラさん、こんにちは」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


「ユーラシアさん、ヴィルちゃん、こんにちは。宝飾品の預かりですか?」


「ええ、お願いします」


 どさりと荷物を置く。

 ……しまった、ヴィル連れてきたのは失敗だったか?


「少々お待ちください。……ベルさん、フリスクさん、よろしくお願いします」


 武器・防具屋のベルさんと買い取り屋のフリスクさんは、アイテムの判別ができる『道具屋の目』の固有能力を持っている。


「はい、では確認いたします」


「お願いします」


 ちなみに一粒万倍珠1個と降魔炎珠1個は家においてある。

 イシュトバーンさんに見せてやろうと思ったのだ。


 複数回確認した後、おっぱいさんが宣言する。


「黄金皇珠61個、羽仙泡珠20個、鳳凰双眸珠8個、邪鬼王斑珠2個、一粒万倍珠1個お預かりいたします。先日の分と併せまして、黄金皇珠116個、羽仙泡珠44個、鳳凰双眸珠13個、邪鬼王斑珠2個、一粒万倍珠1個お預かりいたしております」


 周りに集まった冒険者がどよめく。


「この前も見たぜ、精霊使いの仕事」


「これ、ドーラが丸ごと買えるんじゃねえか?」


 やじ馬の軽口が聞こえる。

 そんなに簡単だったらどんなに楽か。


 海の一族との折り合いのせいで入口がレイノスに限定されるドーラは、帝国にとって経営しにくい植民地であることだろう。

 戦争になるのは、おそらく他の植民地への建て前からだ。

 しかしドーラで高級宝飾品が豊富に取れると知ったら、いよいよ帝国が手放すわけがないのだ。


「締め切り日かその前日にもう一度持って来ますね」


「期待してお待ち申し上げます」


 おっぱいさんの怪しい笑顔。


「お、おい、今寒気感じなかったか?」


「あ、いや、うん」


 何も知らない外野までおかしいと感じ始めてるぞ?

 でもおっぱいさん喜んでることは確かだし、あたしも何か楽しくなってきた。

 ヴィルはあたしにくっついてるけど。


 その後、買い取り屋さんでアイテムを売って、ギルド入り口の受付に戻った時、ちょうどポロックさんが現れた。


「ユーラシアさん、食べたよ! 全部綺麗に! 信じられない! ありがとう! 目に見えて元気になったんだ!」


 こんなに興奮してるポロックさんは初めてかな。

 感嘆符が目に見えるようだよ。


「良かったですねえ」


「何と感謝したらいいか……」


「おい、どういうカラクリだよ。説明しろ」


 ポロックさんやシバさんも聞きたいみたいだし。


「病気じゃないのに虚弱というのはつまり、冒険者的に言うとパラメーターが足りない状態なんですよ」


「パラメーターが足りない?」


「最大ヒットポイントがないから御飯が食べられない。食べられないから身体もできてこないし動けない。動けないからお腹が減らない」


「悪循環だな」


「そう。でもパラメーターを上げてやれば……」


「食べられて動けて腹も減る、なるほど、そんなに簡単なことだったのか!」


 シバさんが聞いてくる。


「普段からステータスアップの薬草を食べさせてやるべきだったたろうか?」


「難しかったと思いますよ。美味しくないもん。ただでさえ食べない子が、不味いもの食べるとは思えない」


 ポロックさんとシバさんが頷く。

 心当たりがあるのだろう。


「じゃあ凄草は?」


「凄草は美味しいよ。メチャクチャ甘いの」


「「甘い?」」


「そ、そうなんだ。娘も甘い、美味しいって」


 やはりあまり知られていないようだ。

 シバさんが考えながら言う。


「凄草はオレも食ったことあるが、甘かった記憶がない」


「うちの畑番の精霊によると、凄草はエーテルの豊富なところじゃないと育たないそうです。で、抜いてしばらくするとエーテルが抜けてしまって、甘みがなくなっちゃう」


「そういうことか」


「だから今すぐ食べさせろと……」


 ダンが首をかしげる。


「それにしてもわからねえ。結構デカい株だったろ? 全然食べられないような子が、どうしてあれを全部?」


「秘密があるんだよ」


「そ、それは?」


「甘いものは別腹」


 唖然とする3人。

 いや、実際には食べる傍からキャパが増えて、次々食べられるってことなんじゃないかなーと思うけど。


「でも凄草1株で増えるステータスパラメーターなんて、たかが知れてると思いますよ。危機的な状況は脱したかもしれませんけど」


「ユーラシア君はどこで凄草を手に入れたのだ?」


「魔境です。マンティコアがドロップすることがあるんですよ。どういう理屈だかはわかんないですけど、マンティコアが落とす凄草は新鮮です」


 シバさんがバサッとマントを翻す。


「感謝する。礼は必ずする。さらばだ!」


 シバさんのが転移の玉の起動で掻き消える。

 今から魔境行くのかもな。

 でも夜になっちゃうぞ?


 感激しきりのポロックさんが言う。


「ユーラシアさん、本当にありがとう。いずれお礼はさせてもらうから」


「え? いつもお世話になってるからいいんですよ」


「いいんだぬよ?」


「途中で入ってくるヴィルの芸、面白いな」


 あたしもそう思う。

 間が絶妙なんだよなあ。


「あ、ポロックさん、今日エルマっていう女の子来なかったです?」


「ああ、午前中に来ていたよ」


 ダンが興味を持ったようだ。


「どんなやつだ?」


「どんなやつって言われても、おっぱいさんの対極に位置するとしか」


 途端に噴き出すポロックさん。


「新人の『アトラスの冒険者』ですよ。ユーラシアさんが手を貸してるんだね? 結構なレベルと固有能力だったが」


「うーん、手を貸してると言われればまあそうなんだけど、あんまり冒険者向きの子じゃないと思うんですよね」


「それなのに節介焼いてるのか?」


「バエちゃんの上司が強力に推薦したらしいんだよ。いきなり脱落じゃお給料下がっちゃうでしょ?」


 ポロックさんが『バエちゃん?』って顔してるので、チュートリアルルームの係員の女性と説明しておいた。


「ほう、ユーラシアさんはチュートリアルルームの方と親しいんですか? 実はあまりギルドとは接点がないんですよ。連絡くらいで」


「こいつ、時々一緒に飯食ったりしてるんだぜ?」


 この流れ、バエちゃんの素性に関わりそうでよろしくないな。

 さりげなく話題を戻す。


「バエちゃんが言うには、戦闘初心者で『アトラスの冒険者』になった子って、最初のクエストの成功率が4割ないくらいなんだって。エルマも最初のテストモンスター倒すのにやっとこさっとこだったんだよ。到底最初のクエストこなせそうになくって、ギルドまで来るなんて夢のまた夢だから、ちょっと魔境連れてったんだ」


「ははあ、あんた困るとすぐそれだな」


「ダンだったらどうするんだよ。言っとくけど他人事じゃないんだぞ?」


「どういうことだ?」


 バエちゃんが上申するって言ってたことを説明する。


「初期の脱落を防ぐために、先輩の冒険者が指導するっていう制度を導入することになるみたい」


「ほう、それはいい!」


「めんどくせー」


 ここでも善人と聖人(自称)の意見の乖離が。


「そんなの最初の段階で厳選すればいいだけの話じゃねえか」


「あたしもそう言ったんだけど、それだとソル君みたいな子も弾かれちゃうだろうって」


「む……?」


 ソル君は今や押しも押されぬドラゴンスレイヤーだが、初めはすごく苦労してた。

 最初恵まれてる子と後から伸びる子は一緒じゃないしな。


「エルマさんは『大器晩成』という、レベルアップは遅いがスキルをたくさん習得するというレア能力をお持ちですよ。それともう1つ『マジックポイント自動回復2%』があります」


 ダンがヒューと口笛を吹く。


「最初さえクリアすれば冒険者でやっていけるという判断か?」


「いや、違くて。13歳の女の子が冒険者としてやっていくって厳しいでしょ? 特に仲間集めとか」


「カールみたいなやつもいるぜ?」


「この世界は変態紳士だけで構成されてるわけじゃないし」


 そんな世界があったら今すぐ滅べ。


「あたし、ギルド来た時楽しかったよ。エルマだって冒険者がムリでも、ここまで来られればいろんな経験ができると思うんだ。ポロックさんみたいな人がいる、ダンみたいなやつがいるって知るだけで収穫じゃない」


 ポロックさんが頷く。


「ああ、それでお手伝いですか」


「いや、多分こいつはレベルアップしたらどんなスキル覚えるのか、興味本位で魔境連れてっただけだぜ?」


「そういう側面があったことは否定しないけれども」


「さっきの先輩冒険者が教えるってやつ、それもあんた煽ったろ?」


「初期脱落者減って現役冒険者の数が多くなれば、アイテム売買と依頼所クエスト仲介料で儲かるみたいな話はしたけれども」


「全部好き放題やってんじゃねえか」


 皆で笑う。

 ヴィルも嬉しそう。


「じゃ、あたし帰りますね」


「ああ、気をつけてね」


「ヴィルもじゃあな」


「バイバイだぬ!」


「あっ、ダン。これ食堂の大将に渡して、皆に安く振る舞ってもらってよ」


「ワイバーンの卵じゃねえか。いいのか?」


「いいんだよ。じゃあね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、これもクエストだったのか。

 このムダになっちゃうボーナス経験値、何かに有効利用できないものか。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ヴィルを連れて塔の村へ。

 もうレイカも戻ってる時間のはずだが?

 いた。ラッキー、ちょうど帰ってきたところか。


「おーい、レイカ!」


「ユーラシア!」


 レイカパーティーが驚いている。


「どうしたんだ?」


「例の『アンリミテッド』作ってもらうのどうなった? それが気になってさ。このままだと10時間くらいしか寝られそうにないから」


「寝過ぎだろう。というか、毎日10時間寝ているんだな?」


 レイカが笑いながら、しかし首を振る。


「残念ながら今は作れないそうだ。素材が足りないんだと」


「そんな気がしたんだ。カード屋行こう。まだやってるでしょ」


 路地を抜けてパワーカード屋へ。


 対人形系レア魔物の決定版である、衝波属性の武器系パワーカード『アンリミテッド』。

 これを持ってるか持ってないかで、レベルアップのスピードが全然変わってしまうのだ。

 帝国戦の有利不利に関わる可能性があるから、レイカパーティーのレベルもなるべく上げておきたい。


「おーい、コルム兄!」


 危ない、仕事終わりで片付けてるところだった。


「『アンリミテッド』作るのに足りない素材何?」


「レア素材『ベヘモス香』と、レアじゃないけど『ワイバーンの爪』だな。まだこっちの塔では出ないんだ」


「やたっ、両方持ってるよ! レイカ、『ベヘモス香』と『ワイバーンの爪』を、同じ値段分の素材と交換するよ。どう?」


 レイカパーティーが喜ぶ。


「いいのか? いくらだ?」


「うーん、大体2000ゴールドくらい?」


「おっ、太っ腹だね」


「太っ腹だぬ!」


 もう少し高かったか。

 まあいいや。


「じゃあこれ、手持ちの素材全部持っていってくれ」


「いいの? かなりあるよ?」


 コルム兄が口を挟む。


「見たところ大体トントンの交換だぞ?」


「じゃあコルム兄、お願い」


「うん。じゃあレイカ、次の3つから選んでくれ」


 1:通常攻撃に【衝波】属性が付き、さらに攻撃力+10%

 2:衝波属性の単体強攻撃のスキルが付き、さらに攻撃力+10%

 3:衝波属性の全体に50ダメージずつ与えるスキルが付き、さらに攻撃力+10%


「ちなみに3の攻撃力補正は、異なるステータス値の補正に変更可だってよ」


「……『アンリミテッド』は1ですよね?」


 ジンの問いに頷く。


「『薙ぎ払い』とか『ハヤブサ斬り』みたいな武器属性の乗るスキル持ってると、1が一番便利なんだよ」


 レイカがどれを選択するのか興味あるな。

 人形系レアがズラッと並んだ時、全部倒したいなら2の選択はない。

 前衛に持たせるならば1、レイカ自身が持つならば攻撃力補正のところを魔法力補正にアレンジして3だろうが?


「1がいい」


「おお、即決だね」


「簡単だ。衝波属性のスキルが欲しいわけじゃないから、2は必要ない。1ならジンでもハオランでもいいが、3だと私にしかメリットないからな」


「明快だね」


 ジンとハオランの顔がパアっと明るくなる。

 こういう時迷わないのがレイカのいいところだな。


「明日朝までに製作しておこう。『ベヘモス香』と『ワイバーンの爪』を持参ということで、2500ゴールドになるがいいかな?」


「「「お願いします」」」


 『ワイバーンの爪』がレア素材じゃないから、エルの時より高いな。

 まあ仕方ないか。

 どっちにしろ人形系レアを簡単に倒せるんだから、すぐに元取れるだろ。


「じゃ、あたし帰るね」


「帰るぬ!」


「ハハッ、じゃあまたな」


「これでゆっくり寝られるよ。10時間くらい」


「睡眠時間は変わらないんだな。ゆっくり寝てくれ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 最早恒例となった寝る前のヴィル通信だ。


『うん、こんばんは』


「今日は1日魔境だったよ。随分稼いだな」


『ハハハ、そりゃ良かったね』


「肉を狩れるようになったことと魔境で稼げることは、冒険者になって本当に良かったと思えるところだよ」


『そういうところはすごく非常にかなりユーラシアらしい』


「そお?」


 強調語の連打でめっちゃ共感されたぞ?

 こーゆーのサイナスさんらしいのか、らしくないのか。


「そっち何か変わったことあった?」


『青のセレシア族長が、今度の隊商と輸送隊についてレイノスへ行くとのことだ。商品とスタッフ5人を連れてだな』


「え?」


 思ったより早いな。


「もう商売始める腹積もりってことだよね?」


『そのようだ』


「戦後でもいいと思ってたんだけど、セレシアさん急ぐなあ」


『うむ、それも話したんだが、やるつもりらしい』


「族長の仕事どうするんだろ?」


『さあ? ずっとレイノスに出ずっぱりということでもないんだろうし』


 ふむ、でも商売本気だろうしな?


「わかった、イシュトバーンさんに伝えとくよ」


『頼むぞ』


「明日そっち行けばいいんだよね?」


 黄の民以外の各村から、輸送隊員を選抜するのだ。


『午後に来てくれ』


「昼食べたら行くよ」


『今日はそんなところかい?』


「うん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日は午前中、細々とした用が多いなー。


          ◇


 今日は朝からいい天気。

 凄草の株分け日だ。


「カカシー、昨日はごめんね。凄草あげちゃって」


「何言ってんだ。人助けだったんだろ? オイラもユーちゃんに救ってもらったようなもんだ。今すごく充実してるんだぜ」


「カカシおっとこまえー!」


「よせよ照れるぜ」


 カカシは寄り代タイプの精霊なので、自分で動いて何かをするということができない。

 ここで働いて役に立っているという実感が嬉しいのかもしれないな。

 あたし達だって畑の負担が格段に減って、すごく助かってる。


「これで凄草24株か。増えたなー」


「6日後を楽しみにしていてくれよ」


 今のパターンだと6日で株分けできるまでに大きくなる。

 48株になると、1日1人1株計4株消費したとして、6日後までに24株消費。

 そこで株分けすると、残りの24株が48株になるので、ずっと食べ続けられる勘定なのだ。


「これ甘くて美味しいから、本当に楽しみなんだよ。おらワクワクすっぞ!」


「ハハハ、任せてくれ。オイラはやるぜ!」


「カカシかっくいー!」


「よせよ照れるぜ」


          ◇


 イシュトバーンさんの下にヴィルを飛ばす。


『御主人、代わるぬ!』


「ありがとう。イシュトバーンさん、聞こえる?」


『おう、聞こえるぜ。何の用だ?』


「例のえっちい服作ったセレシアさん、商品持ってスタッフ連れてそっち行くって」


『え? もう商売始めるつもりかよ。彼女、戦争あること知ってるんだろう?』


「もちろん教えたけど」


 当然そういう反応になるよなあ。

 後先考えず突っ走っちゃってる感がある。


『はあん、まあいい。いつレイノスへ来るんだ?』


「えーと、明後日にこっち出るから、3日後の多分午前中になると思う」


『その時あんたもこっち来るんだな?』


「面白そうだから行く。何せカラーズからレイノスの出店する初めてのケースだからね。成功失敗はカラーズ全体の士気に関わるんだよ」


『楽しみにしてるぜ』


 いや、主役はあたしじゃないからね?


『用はそれだけか』


「そうだね」


『じゃあ何か愉快な話を聞かせろ』


「……はい?」


 どゆことだってばよ?


『オレは精霊使いから愉快な話を聞かないと死んでしまう病なんだ』


「何だそれー!」


 あたしを玩具箱か何かと勘違いしているようだ。

 でも本当に死なれたりしたら、ちょっと寝覚めが悪いしな。

 あたしの睡眠時間が減ったりしたらひっじょーに面白くない。

 もーしょうがないなあ。


「愉快な話ってわけじゃないんだけど」


『おう』


「フェスの時に会った、シバさんの孫娘覚えてる?」


『ああ、あの可愛い娘な……』


 ポロックさんに肩車されていた娘さん。

 フェスの時、何も食べてなかったことをイシュトバーンさんも覚えているだろう。


「あの子、フェスからこっち、ずっと体調悪かったんだって」


『お、おいおい、後味悪い話はやめてくれよ?』


「昨日、ギルドの受付のところで、シバさんとその娘婿のポロックさんが深刻な顔して話してたんだよ。病気じゃないんだけど、もともと細い食が体調のせいでほとんど食べられないって」


『……』


「で、その時あたし閃いてさ、凄草持って行って食べさせたんだよ。そしたら体調良くなったって感謝されたんだ」


 イシュトバーンさんがホッとしたような声を出す。


『凄草? いや、あんたが凄草持ってたって驚かねえが、何で凄草を?』


「要するに病気じゃないのに虚弱っていうのは、ステータス値が足りない状態だと考えたんだよ。ステータス値が上がれば、食べられるし動ける」


『ほほう、そういうことか。でも何も食えねえくらいの子が、よく草なんか食べたな』


「イシュトバーンさん、凄草はすごく美味しいんだよ。甘くて子供好み」


『そうなのかよ? 知らなかったぜ』


 経験豊富なシバさんやイシュトバーンさんが知らないくらいだ。

 エーテルたっぷり新鮮凄草の真の味は、おそらくほとんど知られていないんじゃないかな。


「凄草はマンティコアのドロップアイテムなんだよ」


『ほお、マンティコアの肉が美味いのはその辺が理由なのかもな』


「えっ、そーなの?」


 これはビックリ。

 魔境の魔物は不味いって聞いたから、そんなもんかと思ってたよ。

 盲点だったな。


『魔境で美味いのはマンティコアだけだ』


「それは知らなかったよ。ありがとう! 今度食べてみる」


『おいおい、マンティコアを食うのは至難の業だぜ。あんなデカいのを持ち帰るのは大変、現場で捌いて肉にするのはそれ以上に困難だ』


 それもそうだ。

 でも食べてみたいし。


「うーん、何とか工夫する」


『ハハハ、どうせ力技で解決するんだろ? あまりムリすんなよ』


 あたしに力技しかないと思って侮ってるな?

 ゴリ押しだってあるんだぞ?

 うちのパーティーには解体名人のクララ先生がいるから、少し時間を稼げれば何とかなりそう。

 次から魔境行くときはデカ包丁持っていこう。


「そんなとこかな。じゃ、3日後行くから」


『おう、じゃあな』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 よーし、連絡終わり。


「コブタ狩りしてからアルアさんとこね」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 

「アルアさーん、こんにちはー」


「はいよ、いらっしゃい」


 本の世界でコブタ狩りをした後、クララがそれを肉にしている間に、アルアさん家へ来た。

 昨日の魔境探索とレイカにもらった分で、手持ちの素材がかなりの量になっていたからだ。

 いつものようにアトムをお供に連れている。


 良かった、アルアさん疲れ取れたみたいだな。

 ゼンさんもエルマも働いてるし……。


「あれ、エルマ?」


「あ、お姉さま。いらっしゃいませ」


 『大器晩成』の固有能力持ちの新人冒険者エルマ。

 何でここに?


「ギルドの次の石板が、ここへのものだったんです」


「働かせて欲しいというから、来たい時だけ来いと、とりあえずアルバイト採用したんだよ。こっちも手が足りないからね」


「うちが散らかしちまった本も片付けてくれたんだぜ」


 ははあ、最初からヘプタシステマ装備だったから、ここへのクエストを回してくれたんだろうな。


「手に職をつけるというのもいいねえ。でも13歳なんだから、いろんな経験をしとく方がいいよ。『アトラスの冒険者』は、クエストに出るだけで面白いことがあるからね」


 アルアさんもゼンさんも頷いている。


「はい、頑張ります!」


「えーと、ここでのクエスト内容はやっぱり『逃げ足サンダル』の取得?」


 アルアさんが首を振る。


「いや、この子『煙玉』を既に習得してるんだよ。レベルも高いから、ちょっと難易度上げて『スナイプ』を取れたら完了にした」


 『煙玉』は戦闘中に必ず逃げることのできる魔法だ。

 パワーカード『逃げ足サンダル』に付属するスキルでもある。


「『逃げ足サンダル』得た時は『煙玉』全然使わなかったですけど、魔境行ったら時々使うようになりましたねえ」


「戦略によって使うスキルなんて変わるもんさ」


 うむ、その通りだ。

 そういや以前、掘り出し物屋さんが『煙玉』のスキル売ってたな。

 あれもチュートリアルルームで販売したら需要ありそう。


「『スナイプ』の取得は素材100個か。でもエルマは『薙ぎ払い』も『五月雨連撃』も使えるんだから、外で素材集めしてればすぐでしょ?」


 エルマが答える。


「そうですね。でも焦らずボチボチやろうかと思いまして」


「うん、それでいい。仲間を集めて冒険というのは諦めたの?」


「そうではないのですけれども、ギルドでお話を聞く限りどうも難しいようなので。パワーカードに興味が出てきたこともあり、こちらで働かせていただこうかと」


 ゼンさんが不思議そうに聞く。


「ユーさんよ、仲間を集めて冒険するのが難しいってどういうことだい? エルマは結構なレベルなんだろ?」


「13歳の女の子を頭に戴いて冒険者したいっていう物好きは、やっぱなかなかいないんだよね」


 まあ『アトラスの冒険者』に地図の石板が配給される以上、エルマ以外のメンバーがリーダーを務めるのも難しいしな。

 お兄さんズみたいに『アトラスの冒険者』同士でパーティーを組むのはありかもしれないが。


「実績があると話は違うだろうけどね。装備が揃ってくるとその内……あっ、エルマずっとここにいるなら、時々手伝ってよ!」


「はい? わたしにできることでしたら喜んで」


「カラーズとレイノスの間の交易を活発にしようと思って、輸送隊育てようとしてるんだ。具体的には、盗賊や魔物にやられないようにレベル上げするの」


「ああ、なるほど。魔境でですか?」


「そうそう。エルマのレベルも上がるし、ちょうどいい」


 アルアさんとこへ来られるようになったなら、エルマの今後はどうにでもなる。

 もう魔境行きの石板出ちゃっても、レベルさえ上がっていれば問題なかろう。


「今はまだ、緑の民は交易に参加してもらえてないんだよ。その手の話題は緑の民の方で出てるかな?」


「いえ、特には」


 ということは、緑の民上層部とフィルフョー家のいざこざなのだろうか?

 いずれ仲介したいけど、今そっちまで手広げられないしな。


「エルマは緑の民でどういう立場なの?」


「みそっかすでした。3日前からは変な子扱いです」


「そーだろーなー」


 夢見がちで身体も小さいエルマは、昔から目立たない子だったに違いない。

 本来ならばレアな固有能力は知られず、発揮される機会もなく、一生を狭い村で終える未来しかなかったのだろう。

 そんな子が冒険者になると言い出す。

 周りからどんな目で見られるか、想像に難くない。


「御両親は何か言ってるかな?」


「ケガだけはしてくれるなと」


「そーだろーなー」


 御両親はエルマがか弱いことなんて百も承知だろうしな。

 そんな娘が冒険者とか、何言ってるんだって感じだろう。


「あんたはもう、緑の民の誰よりも腕っ節が強いかもしれない。でも周りはそんなこと信じないだろうし、御両親を心配させるのも何だから、レベルのことは秘密にしておきなさい。パワーカードの説明して、その職人になるんだって言っとくといいよ」


「わかりました。そうします」


「うんうん、それが平和で丸く収まるわ」


 娘が魔境に連れて行かれてパワーレベリングされたとか知ったら、誘拐犯にされそうだよ。

 これからも魔境連れて行く気満々だけど。


「で、パワーカード製作は面白い?」


「すごく面白いです!」


 おお、勢いがあるね。


「ここがこうなるからこの素材を使ってこうだ、みたいな因果関係がとっても!」


 楽しみ方がマニアックだな。

 いや、口に出さなかっただけで、コルム兄もそんな感じで好きなのかもしれないが。


「こんなに優れた装備なのに、あまり使ってる人がいないのはどうしてでしょう?」


「あまり、どころか、この子らが使い出す前は現役冒険者で装備する者がいなかったんだよ。せいぜい研究用、コレクション用、お守り用に売れるくらいでね」


 アルアさんの言葉にゼンさんが聞いてくる。


「うちもそこが理解できねえ。やたら便利だと思うんだが」


「うーん、理由はいろいろあるんだろうけど、一番もっともらしいのは示威効果がないからってことかな」


「「示威効果?」」


 エルマとゼンさんが首をかしげる。


「ヘプタシステマ使いは一見強そうに見えないじゃない? 兵士さんでも冒険者でも、強そうに見えることってすごく大事だから」


 舐められるとよろしくない世界なのだ。

 あたしが以前眼帯男や盗賊に絡まれたのも、丸腰に見えたからだろうしな。


「で、でもユーさんらはそんなこと全然気にしてないじゃないか」


「あたしらは専業冒険者じゃないから、強そうに見せるメリットが特にないんだもん。侮られようがバカにされようが一向に構わないんだよね。ちょっとレベル上がってくれば、強いか弱いかなんて見ればわかるし」


 精霊はパワーカード以外の装備がダメってこともあるけどね。

 美少女精霊使いにゴツい装備は似合わないし、ムカつけば実力で黙らせるからいいのだ。


 ゼンさんがヘプタシステマに見出した一番の価値は、帝国の役人に見つからないというその隠匿性だろう。

 エルマはパズルにも似た応用力に好奇心を刺激されたんだろうし、装備のいかめしさなんてのはこの2人からすると盲点になる。


「はひー、そういうものですか」


「何でもいいところ悪いところはあるってことだね。でもそれを理解するのは広い意味で大事じゃないかな。特にオリジナルのパワーカードをデザインしようとする場合には」


 こういうところが弱いからカバーするためにこうする。

 ああいうところは強みなのでより一層強化する。

 そのカードではカバーできない部分を埋める。

 そういう考え方は大事だと思う。

 技術自慢の独りよがりなカードは使いにくい。


「ま、それはさておき、素材の換金はいいのかい?」


「あ、そーだ。それが目的でした」


「かかかっ、しょうがないねえ」


 交換ポイントは715となった。

 新しく『ベヘモス香』を手に入れたので交換対象となるカードは増えているはずだが、今のところ用がなさそうなので保留だ。


「ちなみにアトムは気になってるカードある?」


「『必殺山嵐』でやすかね」


 相手から物理攻撃を食らった時、確率で反撃できるカードだ。

 なるほど盾役のアトムにジャストフィットする。

 しかし……。


「装備枠が余るなら、アトムには『ヒット&乱』か『オールレジスト』を装備させたいんだけどねえ」


 『ヒット&乱』には混乱無効が、『オールレジスト』は基本状態異常と即死に耐性がある。

 アトムは即死/麻痺/スタン付与の『ファラオの呪い』を装備させているので、何よりも混乱が怖いのだ。

 もっとも『ファラオの呪い』を外したって構わないので、その辺はまだ考察が必要だな。

 その個人にジャストフィットなカードであっても、パーティー全体から見てジャストフィットとは限らない。

 この辺他の装備品でも同じだろうけど、難しくも面白いところではある。


「じゃ、あたし達帰ります」


「またおいでよ」「待ってますぜ」「お姉さまさようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 軽くお昼を済ませてから灰の民の村へ。


「これくらい歩くのは、腹ごなしにちょうどいいねえ」


「そうでやすね」


 温暖なドーラ大陸南部であるが、風が大分涼しく感じられる。

 冬が近い証拠だ。


「こんにちはー」


「待ってたよ、ユーラシア」


 灰の民の村、サイナスさんの家だ。

 既にアレクも来ている。


「行こうか」


 いざ、緩衝地帯へ出発。


「前ユー姉が言ってた、双六みたいなゲームあったでしょ?」


「ああ、『美少女精霊使いのドラゴンを倒す旅』のこと?」


「そんなタイトルだとは知らなかったけれども」


 サイナスさんが笑う。


「オレのところにアレクが試作品を持って来たんだよ」


「そうなんだ。どうだった?」


「面白い。ただ複雑すぎるんじゃないかな。時間がかかるのもどうかと思った」


 その評価にアレクが憮然とする。


「いいじゃんいいじゃん。サイナスさんがこう言うならイケるよ」


「「え?」」


 2人が驚く。


「ゲームってさ、簡単なやつを複雑にしようと思うと、大体つまんなくなっちゃうんだよ。複雑なのに面白いなら、重要性の低い要素削ったって絶対面白いよ」


「確かにそうかもな」


「サイナスさんが合格出すくらいまでブラッシュアップされたら、黄の民に注文出してちゃんとしたやつ作ってもらってさ、ヨハンさんに見せてみよう」


 おーおー、アレク喜んでるみたいだね。


 さて、緩衝地帯の中央広場に来たが?

 あ、皆黄の民のショップに集まってるね。

 ピンクマンもこっち来てるじゃないか。


「こんにちはー」


「よく来た。待ちかねたぞ、精霊使いユーラシアよ」


 モヒカン頭の大男、黄の民の族長代理フェイさんだ。


「各色の民輸送隊候補だ。既に固有能力を持つ者を優先して選考する旨、伝えてある」


「さすがフェイさん話が早いね。でも……」


「気付いたか」


 黄の民の輸送隊の面々のテンションが低いのだ。

 もう2度も隊商と行動をともにしているし、今後も主力になるメンバーなのに、こんなことじゃ困るんだが。


「どうしちゃったの? 皆御飯抜いた子供みたいな顔してるけど」


「ヨハン殿に4度目に当たる輸送を、カラーズだけで行うことを打診されたのだ」


「いいじゃない。委託料も発生するんでしょ?」


「その委託料が問題でな……」


 フェイさんが難しい顔をする。


「安いの?」


「予想される儲けの3割、と」


「かなり奮発してくれてるよ、それ」


「俺もそう思う。しかし……」


「人数割すると子供の小遣い程度になっちゃうから納得できないと?」


「そういうことだ」


 交易規模自体が小さいんだから、最初はしょうがないぞ?

 だから兼業なんだぞ?


「このままだと辞めると言い出しかねん」


「活を入れればいいんだね?」


「できれば夢も見せてやってくれ」


「わかった。任せて」


 まずは各色の民から選抜するところからだな。


「君と君。そっちの……」


 赤と黒の民から2人ずつ、青の民から1人、計5人か。

 あ、白の民には固有能力持ちいなかったな。

 こればっかりは仕方ないが。


「では集まってくれ。これより輸送隊顔合わせの集会を行う!」


 現在既に輸送隊として活動を開始している黄の民が、ズシェンとインウェンを含めて7人。

 今日選んだ5人と灰の民アレクを含めて合計13人。

 その他フェイさんとサイナスさん、ピンクマンが顔合わせに参加する。


 あたしの挨拶で集会開始、と。


「もう既に商人ヨハンさんの隊商についてレイノスに行った経験のある方もいらっしゃいますが、各色の民合同で組織するのは初めてになりますね。よろしくお願いしまーす」


 黄の民の眼帯男ズシェンがおずおずと挙手する。


「姐さん、いいィでしょうか?」


「はい、何でしょう」


「輸送はァ、儲からねえェです」


「輸送料として、儲けの3割を提示されたと聞きましたが、間違いないですか?」


「間違いないです」


 インウェンが答えてくれた。

 が、インウェンもまた憂慮の色が濃い。


「えーと、ぶっちゃけおゼゼになんないから嫌になっちゃったと?」


 黄の民の面々がためらいながら頷く。


「アホかーっ!」


 あたしが怒鳴るといつも全員がビクっとするけど、これもあたしの持つ固有能力『発気術』のせいなのだろうか?

 サイナスさんとアレクはあたしの性格知ってるだろうにな。


「今あんたらがやってるのは子供の遣いと同じ、言われたことやってるだけ! そんなんで儲けようなんておこがましいでしょ!」


「そ、それはそうなんですが……」


「それ以前に考えなきゃいけないことがある」


「な、何でしょう?」


「輸送中の商品に損害を出したときの補償だよ」


 盗賊や魔物に襲われた時、躓いてひっくり返した時、雷が落ちた時。

 理由なんていくらでもある。


 ……ま、今この話を持ち出したのは、凝り固まってしまった思考を解きほぐすという意味合いが強いのだが。


「無事に届けられなかった際、誰かが損を被らなきゃいけないでしょ? そこであたしが出資しよう。100000ゴールド」


「「「「「100000ゴールド?」」」」」


 お金をドンと出すと皆の顔色が変わる。


「何かあったときはここからお金出してね。最初は失敗するの当たり前だし、別にあんたらが何かしでかしたって責めやしないから」


「「「「「は、はい」」」」」


 よーし、ペース掴んだな。


「さて、次はあんた達が儲かる話をしようか」


 あ、ちょっと聞く姿勢が前のめりになってきたね。

 うんうん、商売に関わる人間ならばそうでなきゃいけない。


「ここで質問です。儲けの3割がもらえる条件です。もらう金額を大きくするにはどうしたらいいですか?」


 インウェンが発言する。


「儲けが大きくなればいい、ですか?」


「その通り。今はお試し段階だ。今後交易量は増えるので儲けも当然大きくなります。あんた達の得るおゼゼも大きくなる。ただし……」


 一同を見回す。


「失敗しなければ、です。取引量が大きくなれば、やらかした時の損害も大きくなるよ。取引量の少ない今の内に輸送スキルをバッチリにすることが大事、いいね?」


「「「「「はい!」」」」」


「そこで、今まで輸送に参加してた黄の民の諸君に問う。レイノスまで行って何してた? 行って帰ってきただけ?」


 途端に自信なさそうになる黄の民輸送隊員。


「向こうで何が売れそうかチェックしておきたいね。そうすれば儲けも増えるだろ? ただ行って帰ってきただけでは、まことにもったいない」


「「「「「は、はい……」」」」」


 まあ萎縮させただけじゃ可哀そうだから。


「黄の民の皆さんは、荷運びに必要なパワーと道中に襲われた際の安全を考えて輸送隊の主力にしています。どっちかというと商才にはあまり期待してません」


 とゆーか、インウェン以外の脳筋どもにはまるっきり期待していない。


「だから今日加入した皆さんこそ、よく観察してきてもらいたいね。あんた達の村で生産できるもので、レイノスの人達が欲しがってるのは何か。売れるものは何か」


「「「「「はい!」」」」」


 パワーでは黄の民に勝てない他色の民が、自分の存在意義を知って活気付く。

 ハッハッハッ、こうでないとな。


「それからもう1つ、手ぶらで帰ってくるのはなるべくやめよう。レイノスで何か買ってきてカラーズで売れば、その儲けは全部君達のものだ!」


 沸く輸送隊員達。


「好き勝手に買ってきて売れないと損しちゃうよ。まずレイノスで買ってきて欲しいものを、各村で調べること。村人達に聞き込みするといいね。輸送コストとして2割までは見てもいいと思う。レイノスより2割高くても売れるものは何か」


 ちょっとは商人らしい目付きになってきたか?

 マーケティングは基本だからね。


「レイノスでの買い付けは、さっきの100000ゴールドを使ってもいいよ。輸送にミスなく、レイノスから仕入れた商品が売れれば100000ゴールドの原資は増えることになる。つまり輸送と交易は成功で、君達にも分け前が出るんだぞ?」


 喜び頷く面々。


「これからドーラで人口が増えるとすると、その人達の多くはこの前掃討戦があったアルハーン平原クー川右岸域に住むことになります。今から輸送のノウハウを確立しておくと、そっちの交易も独占できるぞ。大儲けのチャンスだ!」


「お、大儲けか」


「胸躍るな!」


 ハッハッハッ、ノってきたね。


「今日集まってもらった皆さんは、全員固有能力持ちです。何故なら戦闘になった時有利だから。そしてあたしが盗賊や魔物に襲われても安心なところまで強制的にレベルを上げますので、油断さえしなければ世界最強の輸送隊になります。信頼できる輸送隊に依頼が来るのは当たり前、はい、ここでも大儲けのチャンスだ!」


「世界最強か!」


「大儲けだ!」


 テンション上がってきたね。

 おっと赤の民の女性が挙手?


「ごめんなさい、私、戦闘向きの固有能力じゃないんです」


「あ、自分の能力知ってるんだ?」


「は、はい。『鑑定』で……」


「やたっ! 一番欲しいやつ!」


 喜ぶあたしを見て当惑する彼女。


「はい注目。彼女の能力は『鑑定』、他人の固有能力がわかるというものです。確かに直接戦いに強いというものではありませんが、敵の能力がわかるのは非常に大きいです。それにレイノスでこっちに有益な能力の持ち主を探す際にも使えます。例えば物の価値がわかる『道具屋の目』とか」


 彼女の顔が紅潮する。

 自分の価値に気付いたか?


「早速協力してよ。あたし、何の能力かまではわからないんだ。今日のメンバーの能力教えて?」


「はい!」


 眼帯男ズシェンは『狂戦士』(魔法を覚えられない代わりに物理攻撃によるダメージにボーナス)、極めて強力だ。

 インウェンが『猫柳』(回避率が高い)、他の黄の民が『格闘』など、全員が肉体系の能力だった。

 ううむ、固有能力も偏るんだなあ。

 赤のもう1人が『火魔法』、黒の1人が『雷魔法』の固有能力持ちだったけど、2人とも最初から魔法が使えるほどの強い使い手ではなかったため、自分が魔法使いだということを把握していなかった。


 欲を言えば回復魔法の使い手が欲しかったな。

 まあ『些細な癒し』を使えるアレクがいるからいいか。


「輸送隊になかなか夢があることはわかったね? 軌道に乗るまでは各村とあたしが全力でバックアップするから、心配しないでいいよ。その代わりうまく回るようになったら各村に還元してください。いいね?」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


「最後に一番大事なこと」


 皆の表情が引き締まる。


「十分儲かったら100000ゴールドは返してね。利子はなしでいいから」


          ◇


「御苦労、ユーラシア」


 顔合わせ会後、フェイさんに声をかけられる。


「多分大丈夫だと思うよ」


「いや、上々だ」


 フェイさんも上機嫌だ。


「この後はどうする。レベル上げしてくれるか?」


「いや、レベル上げは全員揃ってからにしよう」


「全員とは?」


「白の民の候補者の中に固有能力持ちいなかったでしょ? 白の民の村に今から行って、いい子いないか探してくる」


「ふむ、そういうことか」


 フェイさんが納得する。


「そういうのはオレが了承してからにしてくれよ」


「ごめんね」


 可愛い子ぶって謝ってみた。

 いや、あたしはぶらなくても可愛いか。

 サイナスさんが苦笑する。

 あたしは白の民の村の有力者に面識がないので、サイナスさんと一緒に行くことは決定事項なのだ。


「レベル上げの日は追って連絡するよ。もう1回隊商についていって、帰ってきた後になると思う」


「うむ、わかった」


「その時はピンクマンも手伝って?」


「了解だ」


 そんなとこだな。


「じゃ、白の民の村行ってくる」


          ◇


「将来は能力生かして鑑定士やりたいんですよ」


「うーん、なかなか難しいんだぞ?」


 うちの子達とサイナスさん、アレク、そして赤の『鑑定』能力者ビルカとともに白の民の村へ足を運ぶ。


「難しい、ですか?」


「鑑定士あんまり評判良くないんだよねえ」


「どうしてでしょうか?」


「インチキとぼったくりが多いの」


 適当なことを言う占い師まがいの者が多いらしいのだ。

 かといって確実な能力者は、『強欲魔女』マルーさんのように、ぼったくりで毛嫌いされている者もいる。


「そうなんですか……」


「いや、1人でやろうとすると信用がないから難しいってだけだよ。レイノスでカラーズの直販ショップ始めたらその一角で鑑定士コーナーやってもいいし、青のセレシア族長が今度店始めるからそこに頼み込んでもいい。要するに誰かの委託で鑑定士やってるって風にすれば、1人でやってるより怪しげじゃないでしょ?」


「なるほど、そうですね!」


「それこそ輸送隊やってる内に伝手ができるかもしれないしね。あたしの実際会ったことのある人では、固有能力の強弱がわかる、発現してない能力の個数まで見えるって人がいるよ。もっとすごい人になると、発現してない能力が何なのか、発現させる条件までわかるなんて人もいるらしい」


「そんな人がいるんですか!」


 ビルカが驚いている。


「あんたもレベル上がると能力育つかもしれないよ。楽しみだねえ」


「はい!」


 白の民の村の門が見えてくる。


「白の民の門は広くて気持ちがいいねえ」


「そうだな。族長宅は正面突き当たりだ」


 ああ、いい場所にあるんだな。

 真っ直ぐ進んで……。


「ぜんたーい止まれ!」


「な、何です?」


「いや、違和感が……あ、落とし穴だ」


「「「落とし穴?」」」


 皆が驚く。


「ユー姉、よくわかったね?」


「何だってこんなところに落とし穴なんか……」


 サイナスさんが首を傾げるが、あたしの疑問はそこじゃない。


「アレクどう思う?」


「何が? 犯人の目的?」


「落とし穴に仕込んであるの、ウシの糞かな? ウマの糞かな?」


「ハイレベル過ぎる!」


 それはそれとして。


「そこだっ!」


 井戸の裏に隠れていた怪しげな男を捕まえる。


「何すんだ! おめえら誰だ! この村のもんじゃねえな!」


 なりは大きいが子供だ。

 アレクより頭ひとつくらい背が高い。

 茶色と黒の斑が入ったような短髪が特徴的だ。

 ギャアギャア騒ぎ立てるのはスルーしてビルカと話す。


「この子良さげじゃない?」


「そうですね。『自然抵抗』の固有能力持ちです」


「嫌だなあ、こんなのと被ってるよ」


 『自然抵抗』は、沈黙・麻痺・睡眠の3つの状態異常にある程度の耐性があるというもの。

 あたしも『自然抵抗』持ちなのだ。


「質問に答えろ! おめえら何もんだ!」


「誘拐犯だよ。生きがよくて悪い子をさらって行くんだ」


「な、何だと!」


 サイナスさんとアレクが笑いを堪えてる。

 あたしこういうの大好きだなあ。


「君の質問に答えたからあたしの質問にも答えな」


「何だ!」


「この落とし穴に仕掛けてあるのはウシの糞? ウマの糞?」


「ウシの糞とウマの糞とヤギの糞のミックスだ!」


「ほう、なかなかやるね」


 堪えきれなくなったサイナスさんとアレクが笑い出す。


「もういいだろう。族長宅に行こう」


「これ持って行っていい?」


「お好きなように」


「やったあ!」


 頭の上に持ち上げて進もうとすると、暴れてまたギャアギャア言いやがる。


「何すんだ、この怪力女が!」


「ハッハッハッ、クソガキだねえ」


「まったく。ユー姉が可愛く見えるよ」


「え? あたしは比較論じゃなくて絶対論で可愛いでしょ」


「やかましい、離せ! このオカチメンコが!」


 クソガキにもほどがあるだろ。


「……あたしにオカチメンコって言い放ったのはあんたが初めてだなあ。記念にミックス糞の穴にダイブする権利をプレゼントしよう」


「よせ、やめろ!」


「頭からがいい? 顔からがいい?」


「ユー姉、選択肢が狭過ぎる」


 サイナスさんが苦笑する。


「先に用を済まそう。糞まみれになった後、つきまとわれたんじゃかなわん」


「それもそうか」


 クソガキを担いだまま白の族長宅へ。


「こんにちはー」


「はい、いや、これはこれは大勢で」


「灰の民サイナスです。御無沙汰しておりました」


「や、サイナス殿でしたか。どうぞこちらへ」


 大きな広間に通される。

 白の族長はいかにも人格者という感じの白髪の老人だ。

 ルカという名らしい。


「今日、交易の輸送隊の人員選抜があったのですが、道中の安全のために固有能力を持つ者を選ぼうということになっているんですよ。ところが白の民から候補者として来ていた者達の中に固有能力持ちがいなくてですね……」


「なるほど、固有能力持ちを出せということですか」


「そこでこの子、もらっていっていいですか?」


 クソガキを担ぎ上げてるあたしを、超常現象でも見るような目で眺めるルカ族長。


「……あなたが精霊使いユーラシアですな?」


「そうです」


「お、おめーが精霊使いなのか」


「見ればわかるでしょ」


 精霊がついて来てるだろーが。


「その子はケスと言いましてな。とんだイタズラ小僧ではありますが、精霊使い殿を大変尊敬しておりまして」


「そうなんですか。でもオカチメンコ言いやがりましたよ?」


「あんたがドーラのクイーン、精霊使いユーラシアとは知らなかったんだ! 謝るから許してくれ!」


「……ドーラのクイーンってのはちょっと気に入ったから許す。でも今度失礼なこと言ったら肥溜めで泳がせる」


「ユー姉はやるって言ったことはやるから、気を付けた方がいいよ」


「わ、わかった」


 ケスを降ろしてやる。


「さすがにすげえ力だわ。姐さん、ごめんなさい」


「いや、もう許したからそれはいいんだけど、落とし穴はいつも掘ってるの?」


 ルカ族長が仰天する。


「これケス! 客人を穴に落としたのか!」


「いえ、ユーラシアが気付いたから無事だったんですけど……」


「百発百中で白の民全員に恐れられている、あの落とし穴を見抜いた?」


 百発百中なのかよ。

 どんな仕事人だ。


「そうだぜ! あれに一目で感付いたんだ。やっぱ精霊使いはものが違うぜ!」


「……実はすごくいい子じゃない?」


「ユー姉、最近ちょろくなってない?」


 とゆーかあの落とし穴、すげえわかりづらかったよ。

 3種の糞をミックスさせる凝りようといい、いいもの持ってるのでは?


「それでですね。ケスを輸送隊にいただけませんか? なかなか見所があります」


「ケスよ。精霊使い殿がお主を御所望だぞ?」


「輸送隊って何?」


 サイナスさんが説明すると熱心に頷く。


「あんたは沈黙・麻痺・睡眠にある程度の耐性がある固有能力の持ち主なんだよ。その上目端が利く。輸送隊で求めてる人材だ」


「おいらが精霊使いに求められてる?」


「協力してくれるかい?」


「もちろんだぜ!」


 ルカ族長が感慨深げに言う。


「ケスは孤児でしてな。わしが養っておりましたが、こんな日が来るとは思いもせなんだです。ありがたいことです」


「じーさん、これからはおいらに任せろ! 大船に乗った気持ちでいるがいいぜ!」


「うーん、調子に乗り過ぎるところはよろしくないね。ちょっと表に出てくれる?」


 皆で族長宅の外に出る。


「ケスは何歳?」


「13歳だ」


「あ、アレクと同い年だね。じゃあ2人で相撲とってくれる?」


「「えっ?」」


 面食らう2人。


「精霊使い殿、あまりにも体格が違うのでは……」


「いえいえルカさん。アレクのことでしたら心配要りません。むしろケスを心配してやってください」


「何だとお!」


 アレクに挑みかかるケス。

 しかし放り投げられる。


「マグレだな!」


 再びアレクに挑むが、今度は軽く足を払われる。

 何度やっても同じことだった。


「そ、そんなバカな」


「わかったかい? あんたは体格といい才覚といい、恵まれたものを持っている。見た目でアレクを侮っただろう? 冷静になれば、かなわないことくらい気付けたはずだよ。あんたの観察眼をもってすればね」


 ケスが悔しそうな目で見る。


「悔しがらなくていい。分析するんだ。深く、鋭く」


 急に憑き物が落ちたような顔になるケス。

 アレクに握手を求める。


「そうか、おめーは強いんだな」


「いや、違うんだ。ユー姉にレベルを上げてもらっただけ。君はすぐボクより強くなる」


「レベル?」


「強さの指標みたいなもん。簡単に言うと戦闘経験があると上がる。輸送隊は魔物や盗賊と戦うことも考えられるでしょ? だからある程度強くなってもらう」


 考えてるね?


「おいらは姐さんみたいな冒険者にはなれないのか?」


 おっと、そう来ましたか。

 ルカ族長が心配そうだ。


「なれるよ。冒険者なんて名乗ったらそうみたいなもんだ。でも……」


 ケスの目を見つめる。


「あんたはさっきの落とし穴を他の誰かに仕掛けられたら、回避する自信ある?」


「えっ?」


「初見だろうが不意打ちだろうが、罠に引っかかるようじゃ冒険者向いてない」


 言ってることには納得しているのだろう、その状況を想像し、顔を顰めるケス。

 こっちではクララとアトムがビックリしてる。

 そういやあんた達は以前、ファントムバインドに引っかかってたことがあったんだっけね。

 いいんだよ、あんた達の場合はリーダーがしっかりしてるから。


 ……もっともあたしも大波に不意打ち食らったことあるけど。


「うーん……」


 ケスがうんうん言いながら考えている。

 クエストが保証されてる『アトラスの冒険者』は別だけど、まあ冒険者みたいな一か八かの職業は勧められないよ。


 ルカ族長に聞く。


「白の民の成人年齢は何歳ですか?」


「15歳ですじゃ」


「輸送隊は未成年でも構わない。まず2年間、輸送隊で経験積んでみなよ。穴掘ってるよりは有意義だから。将来何になるかなんて、後で決めりゃいいさ」


「そうか、姐さんの言う通りだ」


 先ほど軽いノリで輸送隊を承諾したよりも、強く決意したことが感じられる。

 これなら大丈夫だろ。


「灰の民アレクと赤の民のビルカ、この2人は輸送隊のメンバーだよ」


「よろしくな!」


「「こちらこそ」」


 うんうん、いい感じだ。


「輸送隊は黄の民主体で運営されてるんだ。黄の民の族長代理に紹介するから、ちょっとついてきてくれる?」


「おう!」


 ルカ族長に挨拶し、カラーズ緩衝地帯へ。


          ◇


「ケスはさー、何であたしが精霊使いだってわかんなかったの?」


「そりゃあドーラに名を響かせるスーパーヒロインが、そんな軽装だとは思わねえ」


「スーパーヒロインか。あんたはわかってるねえ」


 話をしながら、緩衝地帯への道を行く。

 こらアレク、笑うなら大声で笑え。


「こういうものがあるんだよ」


 『アンリミテッド』を起動し、ブレードを具現化する。


「何だこれ、武器?」


「パワーカードっていう装備品。これは武器タイプだけど、防具タイプのもあるよ」


「すげえ、これが精霊使いの秘密装備か!」


 いや、別に秘密じゃないけど。

 目、キラキラしてるね?

 ジンやハオランもそうだったけど、男の子はこの手のガジェットが好きみたいだなあ。


「世の中は知らないことが多いでしょ?」


「ああ!」


「カラーズの各村は、今まですごく閉鎖的だった。村にこもってちゃ知るべくもなかったことって、たくさんあるんだよ。それらをこれから知るようになるんだ。あんたもそう」


 大きく頷くケス。

 アレクもビルカも聞いてるかな?


「輸送隊は固有能力ってのを持ってるやつが集められてるんだろ? じゃあアレクやビルカもそうなのか?」


「うん、アレクは魔法を使える。ビルカはその人が何の固有能力を持ってるかわかる」


「そうか……。おいらの能力地味だな」


 あ、ケスもか。

 オーランファームでもそうだったけど、能力に優劣なんてないのにな。

 アレクが口を挟む。


「いや、輸送隊では必要な能力だと思うよ」


「どういうことだよ?」


 あたしが説明する。


「盗賊に襲われたとするでしょ? 眠りの魔法かけられて全員寝ちゃいましたじゃ困っちゃうじゃん」


 ケスの持つ固有能力『自然抵抗』は、沈黙・麻痺・睡眠に耐性があるというものだ。

 パッシブな能力は確かに地味で効果に気づきにくいけど、意外と重要な気がする。

 あたしの固有能力だって『発気術』以外はパッシブだしな。


「そうか。姐さんの固有能力は何だ?」


「あたしのは『自然抵抗』『精霊使い』『発気術』『ゴールデンラッキー』『閃き』の5つ」


 ビルカ以外の皆が驚く。


「ユーラシア、君5つも固有能力持ってるのか?」


「最初調べた時3つだったんだけど、不思議なことに段々増えてくんだよね」


「まあユー姉は常識で測れないけれども」


「それ、褒めてるんだよね?」


「『自然抵抗』かあ」


「あんたとお揃いだぞ?」


 ビルカが言う。


「私も3つ以上の固有能力を持つ人というのは初めてです。魔法系含めて2つ発現している人は見たことありますけど」


「うちの子達は皆3つ以上だけどなあ」


 精霊や悪魔は多いんだろうか?

 どうやらデフォルトで魔法系1つ以上は持ってるみたいだしな?


「フェイさーん!」


 そうこうしてる内に緩衝地帯のショップまで来た。

 ケスに黄の民の族長代理だよと説明する。


「白の民の輸送隊員はこの子にした」


「そうか。ユーラシアが直々に選んできたなら間違いないな。期待しているぞ」


「お、おう」


 握手。

 フェイさんのデカい手にビビってるようだ。

 ……もっとデカいの見せたらどうなるかな?

 面白いから眼帯男にも会わせとこ。


「眼帯君いる?」


「ズシェン、インウェン! 新しい隊員だ」


「輸送隊の隊長と副隊長だよ」


 フェイさんよりもさらにデカい男に唖然とするケス。


「姐さん、新入りですかァい?」


「うん、白の民のケス。よろしくね」


「よ、よろしく」


「眼帯君はね、この身体でパワーあるのは一目瞭然だけど、さらに攻撃力を増幅させる固有能力持ちなんだ。間違っても逆らっちゃいけないよ?」


 コクコク頷くケス。


「いやァ、姐さんには敵いませんわァ」


 眼帯男が豪快に笑う。


「ふ、副隊長は女なのか?」


「能力主義だからね」


「すごい固有能力持ちってことか?」


「固有能力なんてのはおまけに過ぎないんだなー。あたしがあんたを評価してるのは、固有能力が優れてるからじゃない。落とし穴の出来が良かったからだぞ?」


 落とし穴? って顔してる黄の民3人に、さっきの面白イベントについて話す。


「ほう、なかなかではないか」


「でしょ?」


 フェイさんはわかってる。

 何が? って顔をする眼帯男とインウェン。


「クオリティの高い仕事ができる、ということだ」


「そうそう。すっごい重要だよ?」


 変な持ち上げられ方されてソワソワするケス。


「明後日にはレイノスへ向けて進発する。朝にここへ集まってくれ。ヨハン殿の隊商について行くのはこれが最後になる」


「「「はい!」」」


 ケス、ビルカ、アレクの3人が返事をする。


「この3人はインウェンの役割を補佐できるようになると思うよ。教えてやってね」


「そうですか! 嬉しいですね」


 今まで頭脳労働者いなかったからな。

 インウェンにかかる比重が大き過ぎた。

 組織において、代わりがいないポジションがあるのはよろしくないのだ。


「隊員達が帰ってきたらレベル上げしてくれる、ということでいいな?」


「うん、そのつもりでいる」


「うむ、頼むぞ」


「じゃ、あたし達帰るね」


「では、またな」


 灰の民の村へ。


          ◇


「あの子、どうなんだ?」


 灰の民の村に帰る途中で、サイナスさんが聞いてくる。


「んーケスのこと? すごく面白いと思うよ。イシュトバーンさんにどことなく雰囲気似てるんだよね。いい商人になるんじゃないかな」


 いや、割とマジなんだぞ?

 ケス自身は冒険者に興味あったみたいだけど、向いてるのは多分商人。

 イシュトバーンさんほどふてぶてしいところがあるわけじゃないが、そういうのは経験だと思うし。

 アレクが茶々を入れる。


「イシュトバーンさんはスケベジジイだって言ってなかったっけ?」


「ケスにその固有能力が発現するのはこれからだね」


「アレクはどうだい?」


「アレクはスケベジジイ発現しないと思うけど」


「いや、そうでなくて」


 サイナスさんが笑う。


「アレクは将来どうなるかな、ってこと」


「研究者かな。本を書く方の人」


「……割と当たり前の答えだね」


 アレクよ、喜んでるクセに。

 わかるんだぞ?


「誰か面白い本書いてくれないかなー。具体的にはあたしが眠くならないようなの」


「本は高価だ。エンターテインメント方向は難しいぞ?」


 高価なのはわかってるけど、安くするにはどうしたらいいかな?

 そして売るためには?

 ビジネスチャンスの気がする。


「まーアレクは別に問題ないからいいんだけどさ、ケスはちょっと危ういから気をつけてあげててよ。価値観っていうかスタンスかな、まだしっかりしてないから」


「ん、わかった」


「アレクがついてりゃケスは大丈夫だなー。逆にあんたもケスから刺激を受けることは多いと思うよ。ウィンウィンだ」


 あとは交易だ。

 アレクにレイノスから物品を買い付けて欲しいが、灰の民が何欲しがってるかってことだな。


「灰の民って、かなり質素だよねえ?」


「そうだな。食料品は足りてるし、農具や調理器具は欲しいかもな」


「逆にレイノスにこんなものがあるんだけどどう? っていう風に持ち掛けた方がいいかもねえ」


「そうだ、アレクは図書室の本は全て把握してるだろ? 良さそうな本があったら仕入れといてくれよ。君の利益込みで3000ゴールドまでで」


「あっ、私も欲しいです!」


 クララも本好きだからなあ。

 うーん、あたし達はレイノスへ行けるんだけど、精霊様連れで買い物してるとまた絡まれたりしそうだしな?


「じゃ、クララの好きそーな本5000ゴールド分くらい買ってきてよ。6000ゴールド払っとく。読んじゃったら図書室に置くと思うから、被らない方がいいな」


「わかった。毎度あり」


 商売人みたいな返事だな。

 灰の民の門が見えてくる。


「あたし達帰るね」


「ああ、御苦労様」


「今日はヴィル飛ばさなくていいかな?」


「そうだね」


 アレクが不思議そうに聞いてくる。


「ヴィルを飛ばす、とは?」


「夜寝る前にサイナスさんと連絡取ってるの。これからの予定が立てやすいでしょ?」


「いや、助かっているんだよ。カラーズ各村の交流が活発になって、ユーラシアと連絡を取りたいことも多いから」


「へえ、便利だねえ」


 便利ぬよ? という空耳が聞こえた気がした。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 夜、御飯を食べた後のひと時。


「『鑑定』能力持ちがいたのは大きいね」


 赤の民ビルカは、将来鑑定士をやりたいということだった。

 輸送隊やってりゃ人脈も広がるだろうし、信用も得られるだろう。

 カラーズじゃ需要もあんまりないだろうけど、レイノスなら開業できるようになるんじゃないかな。


「あのバッドボーイはどうね?」


「ケス? 面白いよ。いい具合に育つといいなあ」


 やんちゃ者は成長の振り幅大きいから、どうなるかすげー楽しみではある。


「『狂戦士』はヤバくないでやすか?」


「眼帯君のやつ? あれはヤバいねえ」


 ビルカが初めて見たって言ってたから、おそらくレアな固有能力なんだろう。

 前衛にとって魔法使えないってのは大したハンデにならないが、その割に物理ダメージにボーナスというのが大きい。

 バトルスキルには制限ないわけだし。武闘派輸送隊の隊長にふさわしい固有能力だと思う。


「文字通り判断すると、あの固有能力は人形系レアに対しても通じるのかもね」


「そうかもしれませんねえ」


 それにしても黄の民は全員肉体系の能力だ。

 赤の民にはレイカと同じ火魔法使いがいた。

 固有能力というものはかなりの程度、部族間家族間など血の繋がりに左右されるものなんだろうなって気がする。

 こういうのはマウさんやピンクマンが詳しいかもしれないな。

 今度聞いてみよ。


 アトムが聞いてくる。


「明日は何もないでやすね?」


「予定はそうだね。となると魔境かな。でも海の王国へも行っておきたいし……」


 昨日、凄草何だかんだの混乱で、アイテムの換金忘れちゃったんだよな。

 ギルドにも顔出しておきたい。

 輸送隊レベル上げの時、ピンクマンだけじゃなくてエルマにも手伝ってもらいたいから連絡取りたいが。


「ギルドが先だな。その後肉狩って海の王国でお昼食べて、午後魔境行こう」


「「「了解!」」」


「よし、今日はこれでお終い。おやすみっ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 翌日は朝からギルドへ来た。


「ユーラシアさん!」


「おっ? おおう」


 いきなりの大声でビックリした。

 角帽を被った大柄の男、ギルド総合受付のポロックさんだ。

 『チャーミング』を忘れてますよ?


「どうしました? 娘さん、あれから大丈夫です?」


「もうすっかり元気です。あれから義父が凄草を1株入手してきて、それを食べさせまして。かなり活発に動けるようになったんですよ。同年代の子と比べて、そう見劣りしないくらいになったんです」


 嬉々として娘の現況を報告するポロックさん、すげー嬉しそうだな。


「シバさんすごいなー。凄草なんて取って来ようとして取れるもんじゃないのに」


「ユーラシアさんには何とお礼を言ってよいか」


「何とってそりゃあ、『チャーミングな』ってつけてくれないと」


「はっ、チャーミングなユーラシアさん」


 アハハと笑い合う。

 いいことした後は気分がいいなあ。


「凄草の根っこは葉っぱみたいに甘くないんですよ。イモみたいな感じで。でもステータスアップの効果は全草にあるってことだから、そっちはスープかシチューに入れるとムダがないです」


「なるほど、早速そうしますよ。ところでこれをどうぞ」


 でっかい袋? 何だろ?


「あっ、素材がたくさん!」


「義父が集めたレア素材です。精霊使いに進呈すると」


「えっ、こんなに? 却って悪いんだけど」


 20個以上あるぞ?

 いくらするんだ、これ。

 ポロックさんがニコニコしながら首を振る。


「いえ、娘の命にはとても代えられませんし、凄草だって高価じゃないですか。心ばかりの品ではありますが、どうか受け取ってください」


「じゃあ遠慮なく。嬉しいなあ。シバさんにもよろしく」


「ええ」


 ギルド内部へ。

 あ、ラッキー、エルマがいる。

 ピンクマンとダン、先行させたヴィルと一緒だ。

 換金を済ませて食堂へゴー。


「皆、元気? あたしはこの通り元気だよ」


「お姉さま!」


「御主人!」


「おはよう、ユーラシア」


「どうした、頭でも打ったか?」


 ヴィルが失礼なことを言うダンに捕まって、手足をバタバタさせている。


「あんまりヴィルに意地悪してると塵にされるぞ?」


「おっと、それはかなわねえな」


 ダンの束縛から逃れたヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。


 それはともかく、何でこの3人が午前中からギルドに?

 エルマは工房、ピンクマンは売り子、ダンは従業員の訓練やってるべきなんじゃないの?


「わたしはアルア師匠に、ギルドになるべく馴染んでおけと言われたのです」


「うんうん、もっともなことだね」


「酢の販売の主力がレイノスへの出荷になったから、カラーズでの売り子は一応卒業だ。サフランも醸造ラボにかかりっきりになっている」


「そうか。増産しても品質安定させなきゃだもんね。そうあるべきか」


「農場の連中は冬越しの準備にかかりっきりだ。まあ戦闘も一応形になったしな」


「……」


 ダンとアイコンタクト。

 要するにロリ子と変態紳士じゃ会話にならないから、ダンが間に入ってるんだね? そういうことだ。サクラさんと対極の意味を思い知ってたとこだぜ。あんたも混ざってくれ。


「こういう時のダンは本当に優秀だねえ」


「ん? 何がだ?」


「いや、こっちのことなんだけどさ」


 つい声に出て、ピンクマンに不思議がられてしまった。


「そうだエルマ、4日後くらいになると思うけど、カラーズ輸送隊のレベル上げ手伝ってくれないかな? ピンクマンも一緒なんだ」


「はい、手伝わせていただきます」


「ありがとう。これで一安心だなー」


 ダンが笑う。


「またあんたは1ゴールドの得にもならねえことに首突っ込んでるのか」


「あたしが楽しいからいいんだよ。プライスレスだわ」


「そうだユーラシア、懐具合は大丈夫なのか? 100000ゴールド出資してたろう?」


「「100000ゴールド?」」


 輸送隊の保証金だ。

 エルマとダンが驚くけど、まあこれは出すつもりだったから。


「寂しくはなってるけど、心配されるほどじゃないよ。ダンの方が厳しいんじゃないの? 結構出て行ってるでしょ?」


「まあな。美少女精霊使い殿が魔境へピクニックに行くなら同行させていただきたいぜ」


「いいよ。今から行こうか?」


 まあ海の王国は今日じゃなくてもいいし。

 宝飾品クエストを進めておっぱいさんを喜ばせるのも、冒険者としての使命だしな。


「じゃあせっかくだから、エルマとピンクマンも行く?」


「はい、お供させていただきます!」


「では、小生も付き合おうか」


 こーゆーノリで行動が決まるのも冒険者らしくていいな。


「ノリで行動が決まるのも冒険者らしくていい、なんて思ってるだろ?」


「力一杯思ってる!」


「お、おう」


 ダンを怯ませたぞ。

 あたしも新たな芸風を開拓しないといけないしな。


「エルマは魔境行きの石板って出てるんだっけ?」


「まだです」


「じゃ、ダンかピンクマンと一緒に来て。ベースキャンプで待ち合わせね」


「はい!」「わかったぜ」「了解だ」


 転移の玉を起動し、一旦帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


「オニオンさん、こんにちはー」


 魔境に来たら、既にダン、ピンクマン、エルマが待っていた。


「遅いじゃねーか」


「ごめんね。お弁当作ってたの」


 ピンクマンが驚く。


「え? いつまで魔境にいるつもりなんだ?」


「誰かが音を上げるまで?」


 皆が苦笑する。


「ってのは冗談として、北の方に人形系レアばかり出るところがあるんだ。目的が目的だから、そこ目指そうかと思って」


「了解だぜ」


 オニオンさんが聞いてくる。


「今日は皆さんでレベル上げですか?」


「いや、今日はどっちかというとおゼゼ稼ぎに来たんだよ」


「ハハハ、行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊と愉快な仲間達出撃。


          ◇


 真っ直ぐ中央部を突っ切るルートで北を目指す。


「それで今、カラーズ~レイノス間の交易はヨハン・フィルフョーさんっていう、親の代に緑の民の村を出て来た商人さんに間入ってもらってるの」


「全然知りませんでした。交易の話題は緑の民の間では全く出ませんねえ」


「あ、ごめん。オーガが出た。倒しとく」


 話してるのに邪魔だなー。

 何もドロップしないし。

 オーガのドロップは宝飾品だが、すごく稀だ。


「でも断ってきたのは緑の民の方なんだよねえ」


「フィルフョーというのは族長一族の家名です。そのヨハンという方がどれほど現族長と近い方か、わたしは存じませんけれど」


「ラルフん家に関わる話か?」


 ダンが口を出す。


「そうそう、ラルフ君家と緑の民族長が微妙な関係っぽくてさ。ラルフ君家はそうでもないんだけど、緑の民が交易に参加してくれないんだよね」


「なるほど、緑の民だけが蚊帳の外なのはそういう理由だったのか」


 ピンクマンが納得して頷く。


「うちの族長のサイナスさんが、他色の民が交易で発展したら緑も頭下げてくるから放っとけって言うんだ。だからノータッチなの」


「おい、ワイバーンだぜ?」


「あ、ちょっと待ってね。片付ける」


 ハヤブサ斬り・改を『あやかし鏡』でダブル、と。


「あ、卵落としていった。しまったなー。行きに拾うと重いんだよね」


「売る気がないなら、昼飯の足しにすればいい」


「え? 鍋とかないけど?」


「塩持って来てるぞ」


 どーも噛み合ってない気がするけど、ピンクマン自信ありげだから任そう。


「で、あんまり突っ込んで緑の民が意固地になっても困るじゃん?」


「ラルフに事情を聞いたのか?」


「聞いてない。カラーズの交易自体が始まったばかりなのに、そゆとこ触れて関係微妙になんないかな?」


 ダンがニヤッと笑う。


「精霊使いはもっと無神経なもんかと思ってたぜ」


「こんなに神経細やかな美少女捕まえて何を言う」


「巨人です!」


「ティターンは割と珍しいね。サイクロプスはよく出るんだけど。1回は攻撃食らうかもしれないからしっかりガードしててね」


 アトムが攻撃受けてからのあたしの雑魚は往ねでした。

 『巨人樫の幹』ゲット。


「巨人がザコなんですねえ」


 エルマは魔境来ても余裕あるよなー。

 ラルフ君とは大違いだ。


「さすがにこのクラスの魔物には、大技使わないと一撃で倒せないんだよね」


「「……」」


 ダンもピンクマンも何も言わないけど、ダンはおかしそうで、ピンクマンはいろいろ諦めたような表情だ。


「ヨハンさんはともかく、ラルフ君には聞いてみるかな。エルマもお爺さんお婆さんくらいの年齢の人に、村を出て行った族長一族の話って聞けたら聞いといてくれない? 交易の事情とか話さないで、世間話的に」


「わかりました」


「急がなくていいからね」


 ダンが聞いてくる。


「エルマはパワーカード職人のところで修行って聞いたぜ?」


「そうそう。あ、リッチーだ。向こうに攻撃ターン回んないと思うけど、一応ガードはしっかりね」


 あたしが『アンデッドバスター』と『前向きギャンブラー』を、アトムに『刷り込みの白』を装備してハヤブサ斬り・零式!


「あ、ドロップした。邪鬼王斑珠だ。リッチーっていろんな高級宝飾品落とすんだ」


「へえ、これも珍しいものなのか?」


「世界にいくつもないものだ、とは聞いたよ」


「ユーラシアと話してると感覚おかしくなってくるな」


「楽しんでよ」


 話しながらさらに北へ。


「アルアさんってドワーフのパワーカード職人がいてね、その人はパワーカードの始祖の孫弟子に当たるらしいの」


「ほう? パワーカードについてはあまり書物にも書かれていないのだ。興味深いな」


 意外なことにピンクマンが食いついてくる。


「エルマはパワーカードのシステマチックなところが面白いみたいだよ?」


「はい、素材と効果の関係がキッチリしていて、でも製作者の意図を潜り込ませる余地があるんですよ。そういうところが」


「うむ、わかるぞ」


「教えてもらって1枚作ったんです。これ、『シンプルガード』」


 ダンが言う。


「確かクリティカル無効付きのやつだよな。オーガや巨人族戦にはいいかもしれねえ」


「ふむ、魔境で戦うかもしれないということでこのカードを?」


「はい、師匠がそうしろと」


 ……あれれ?

 ダンがこっそり話しかけてくる。


「……あの2人、いい雰囲気じゃねえか?」


「あたしのセンサーにラブい気配は感じられないけど」


「そんなの時間の経過でどうにでもなるだろ。あんたと俺の関係のように」


「あたしとダンとの関係が何だって言うんだ。単なるオチ担当が信頼できるオチ担当に変わっただけでしょうに」


「俺が信頼できるって? 大きな変化じゃねえか」


「『信頼できる』は『オチ』に係る修飾語だぞ?」


 こっちがくだらない掛け合いしてる間にも、エルマとピンクマンは話が弾んでいるようだ。

 どゆこと?


「……おかしいな? こんなつもりじゃなかったんだけど」


「カールがロリとまともに喋ってるの初めて見たぞ?」


「そうだねえ。サフランに悪いことしちゃったかな」


「あの黒ドレスか。でもあの子とも普通に喋れるんだろ?」


「うんまあ。あれ? ということは状況がより面白くなっただけか」


「退屈しないぜ」


 結論、放置。


「あ、レッドドラゴンだ。やつは『カースドウインド』っていう、こっち全員の能力値を一時的に下げる嫌らしいスキルを使ってくるんだ。ただのドラゴンだからって舐めちゃダメだよ」


「ドラゴン舐めてるのはユーラシアだけだ」


 まあ雑魚は往ねなんですけれども。


「はい、『逆鱗』あげるから、研究に使いなさい」


「ありがとうございます、お姉さま!」


 ダンがおかしそうに言う。


「……そのお姉さまってのは何なんだよ?」


「そこ突っ込むのは勘弁してよ。あたしも妹できたみたいでこそばゆいんだ」


「あんたの妹にしては可愛いな」


「あっ、ピンクマンが言うならわかるけどダンが言うとは!」


 いつも可愛いって言ってくれるじゃないか。

 いつもではなかったか?


「そういう意味じゃねえ。カテゴリーが違う」


「わかる」


 何故かピンクマンも頷いている。

 あんたらの言う『可愛い』には、そんな複雑なカテゴリー分けがあるのかよ?


「着いたよ。魔境北辺西側にあるパラダイス!」


「ふわー。人形系レア魔物がたくさんですねえ!」


 エルマが興奮して眺めている。


「さて、稼いでいくよ」


          ◇


 お昼タイムだ。

 岩上の見通しの良いところでピンクマンが火を起こす。


「卵の上部を切り取って塩を入れる。火にかけながらかき混ぜる。それだけだ」


「あ、殻ごと火にかけるんだ?」


「うむ、これなら鍋は必要ないだろう? 適当にトロトロになったらスクランブルエッグのでき上がりだ」


「なるほどー。家でも使えるな、この方法。ありがとう!」


 家から持って来たふかしイモと茹で肉を取り出す。


「いただきまーす」


「おお、オツなもんだな」


「美味しいです!」


 ふー、卵の量が多くてお腹一杯になってしまった。


「それにしても、こんなに人形系ばかり出現するエリアがあるとは」


「うーん魔境に来る人って、用があるのせいぜいドラゴンまでっぽいんだよね。北辺はあまり情報なかったってオニオンさんが言ってた」


「そりゃそうだ。レジャー感覚で魔境来るのはあんたしかいねえ」


「お姉さますごいです!」


 いやまあ、もっと褒め称えたまえ。


「……これ、奥どうなってんだ?」


 岩で囲まれた奥の方。

 やっぱ気になっちゃうよねえ。


「奥ほど強い人形系レアがいるよ」


「一番奥には?」


「未知の赤い人形系レアが1体だけいた。そいつ倒しちゃったから、またいるかはわかんないな」


「「ほう?」」


 ダンとピンクマンが興味深げな反応だけど。


「倒せたのたまたまなんだよ。岩で囲まれたとこだったから、そいつ逃げようとしたけど逃げられなかったの」


「すげえのドロップしたんだろ?」


「すげえ宝飾品ドロップしたよ。でも世界にそれ1個しかないだろうって話だったから、今イシュトバーンさん家に飾ってある。値段つかないやつはクエストの対象になりそうにないんだよねえ」


 相場の5割増しって話だもんな。

 エルマが聞いてくる。


「あのう、クエストというのは?」


「ユーラシアは、黄金皇珠以上の高級宝飾品を可能な限り持って来いという依頼を請けているのだ。ギルドへもう170個以上納品していると、かなり話題になっている」


「そういえば、今日だけでもいくつかドロップありましたね?」


「ごめん、クエストで要るからそっちはもらうね。それ以外の宝飾品は3人で分けていいから」


「それ以外のやつの方がうんと多いじゃねえか。今日は手加減して弱めの人形系レアを相手にしてくれてるんだろ?」


「そりゃあ魔境ツアー添乗員としては、ゲストをもてなさないといけないもん」


「ハハッ、サービスがいいな」


 ダンが笑う。


「もうあの奥には行かねえのか?」


「すごく危ないんだよ。一番奥行くまでに、『メドローア』っていう強力な魔法連発してくるウィッカーマンが山ほど出る。あれ1体ずつなら倒せるけど、2体一度に現れると自信ないな」


 ピンクマンが頷く。


「ウィッカーマンを唯一倒せるユーラシアのパーティーが危ないと言うならムリだ。あの奥を調査したいなら、『隠密』か何かの固有能力を持つ者が必要だろう」


 『隠密』とは気配を消せる固有能力だという。

 なるほど、魔物の襲撃を受けにくいなら奥まで調べられるだろうな。


「お姉さまは大変なクエストを請けていらっしゃるのですねえ。で、イシュトバーンさんとはどういった方なのですか?」


「クソジジイだ。知らない方がいい」


「スケベジジイだよ。近寄らない方がいい」


 ピンクマンが噴き出し、エルマに説明する。


「ドーラ随一の大商人だ。10年ほど前に引退したが、今でも大きな影響力があると聞く」


「ほへー。ダンさんとお姉さまはそんなすごい方と知り合いなのですねえ」


「好きで知り合ったわけじゃねえ」


「おもろい爺ちゃんではあるんだよ」


 機会があったらエルマにも紹介したいけどな。


「さて、もう少し稼いでいこうか」


          ◇


「結局、魔境トレーニングエリアに出現する人形系レア魔物はブロークンドール、クレイジーパペット、デカダンス、ウィッカーマン、未知の赤い人形系レアの5種ということか」


「そうだねえ。あ、ブロークンドールは魔境だと北辺のここにしかいないんだよ」


 せっせとブロークンドール、クレイジーパペット、デカダンスを狩りながら宝飾品を稼いでいく。

 藍珠と透輝珠を必ず落とすクレイジーパペットが一番効率がいいけど、逃げることもあるし、逃げない時は『フレイム』を浴びせていくのが鬱陶しい。

 黄金皇珠以上の宝飾品が欲しいあたし達にすれば、デカダンスを積極的に倒したいな。

 逃げない上に安全だし。


「ユーラシアは魔境は完全に一回りしてるのか?」


「してるけど大雑把だよ。特に北辺東の探索はいい加減かな。宝飾品クエスト終わったら、もうちょっときめ細かく調べたいけどね」


「魔境の女だな」


「それ二つ名として格好いいかな? あ、クレイジーパペット3体だ。ガード手を抜かないでね」


 軽口を叩きながら狩っていく。


「そろそろ戻ろうか。エルマ大丈夫?」


「全然問題ないです!」


 ムリしてるようには見えない。

 案外体力あるな。

 ひょっとして『大器晩成』の固有能力って、ステータスパラメーターの伸びも大きいのだろうか?

 真っ直ぐベースキャンプを目指して南進する。


「どの辺が魔境の女かって、こんな何もねえ場所なのにまるで迷わねえところだよな」


 ダンが呆れる。


「そういやそうだ。いろいろ思い出があるからかな。ここでこの香辛料が取れた、あそこであの素材が取れたって」


「満喫してますねえ」


「うん、楽しいよ。特に素材は色々取れるから、エルマも装備が揃ったら来るといいと思う。もう多分次にでも魔境行きの石板が出るんじゃないかな?」


 今日は『豊穣祈念』がメインで『実りある経験』をあまり使ってないが、それでもダンとピンクマンのレベルは65を超え、エルマのレベルは47となっている。


「あ、イビルドラゴンだ。ささっと倒すけど注意はしててね」


 ささっと倒して翡翠珠と一粒万倍珠ゲット。

 やったね。

 アトムが『逆鱗』2枚を毟ってくる。


「イビルドラゴンは『逆鱗』を2枚持つのか?」


「複数枚持つみたいだねえ。3枚のこともあったよ」


「ほう?」


 ピンクマンはそういう学術的なとこ興味持つなあ。

 さらにベースキャンプに向けて南進。


          ◇


「ただいまー」


「皆さん、お帰りなさいませ。お疲れでしょう」


 オニオンさんがハーブティーを入れてくれた。


「ペコロスさん、気が利くじゃねえか」


「美味しいです。ありがとうございます」


「オニオンさん、エルマは『大器晩成』の固有能力持ちなんだよ。どんなスキル覚えてるか知りたくない?」


「ほう、『大器晩成』とは数多くスキルを覚えるというレア能力ですね?」


「そうそう。それから『マジックポイント自動回復2%』も持ってるから、ひょっとすると両方持つがために習得するスキルもあるかもだけど」


「なるほど。エルマさん、教えていただけますか」


 ダンもピンクマンも興味津々だ。


「はい、えーと覚えた順に『強撃』『反撃の防御』『薙ぎ払い』『経穴砕き』『煙玉』『ソフトブロッカー』『クイックケア』『閃光撃』『五月雨連撃』『霞の囮』『勇者の旋律』『アクアリカバー』『火の連続衝』『氷の連続衝』『雷の連続衝』『風の連続衝』『土の連続衝』『ドレインアタック』です」


「すげーな」


 ダンが素直に感心している。

 あたしはこの前のレベル上げの時にある程度は聞いたけど、知らないスキルがいくつかあるんだよな。


「『閃光撃』『霞の囮』『アクアリカバー』『ドレインアタック』の4つは知らないなー。解説のオニオンさん、よろしくお願いします」


「『閃光撃』は『強撃』に正の速度補正がついたようなバトルスキルです。先制で強攻撃を叩き込むものですね。『霞の囮』は自分の狙われ率を大幅に上昇させ、さらに回避率と防御力も上げるバトルスキル、『アクアリカバー』は全体回復・魔法防御アップの水魔法、『ドレインアタック』は攻撃を叩き込むと同時にヒットポイントを吸い取るバトルスキルです」


「……つまり前衛に必要なスキルを揃えてる上、支援も回復もできるってこと?」


「そうなりますね」


 ヤバくね?

 『勇者の旋律』はペペさんのオリジナルじゃないって言ってたけど、ここであのロマンスキルの名が出てくるとは。


「エルマ、可能性が広がったねえ。ここまで仕上がってくると、十分冒険者でもやっていけるよ」


「はい、ありがとうございます! でも当面は、パワーカード製作を勉強していきたいと思います」


 うんうん、そうだね。

 エルマは偉い。


「よーし、宝飾品分けるよ」


 1人12000ゴールド分くらいにはなるな。


「小生は遠慮しよう。醸造ラボの10000ゴールドを借りていたからな」


「そお? じゃあこれでサフランにお土産でも買ってあげなよ」


 透輝珠を1つ渡しておく。


「そうか、すまんな」


 いや、こっちでピンクマンとエルマが仲良くなってたからね。

 バランス取っておかないと。

 呪術師に恨まれるなんて怖いもん。


「ダンもちょっとは足しになるでしょ?」


「大いに助かったぜ」


 ニヤッと笑う。


「エルマも親孝行するといいよ」


「そうですね、心配かけちゃってますし」


 そーだろーなー。

 魔境連れ回して御両親に申し訳ない。

 でもあなた方の娘は、めっちゃ逞しく育ってますから。


「あっ、時間わかんないけど、明日アルアさんとこ行くね」


「はい、お待ちしています」


 さて、帰ろうかな。


「おいユーラシア。奢るからギルド来いよ」


「よおし、いい度胸だ! 奢られるぞ!」


「エルマもどうだ?」


「ごめんなさい。もう日も暮れますので、おうちに帰ります」


「そっかー。じゃあね」


「失礼します」


 転移の玉を起動したエルマの姿が消える。

 未成年だもんな。

 あんまり御両親に心配かけてもいけない。


「オニオンさん、さよなら」


「皆さんさようなら」


 転送魔法陣でギルドへ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「いらっしゃい、チャーミングなユーラシアさん。おや、ダンさんもカールさんも一緒だね?」


 朝以来の受付ポロックさんだ。


「ユーラシアに付き合わされて、朝からずっと魔境だったんだぜ」


「こんな美少女とずっと一緒で何が不満だっていうんだ」


「不満なんかないぜ。なあカール」


「うむ、極めて充実した1日であったな」


 ダンと視線を交わす。

 どう思う? ラブい気配はなかったな。今のところはね。エルマもフツーだったぜ。じゃスルーで。オーケー。

 一瞬の意思疎通。


「ハハッ、ずっと魔境じゃ疲れたでしょう」


「そうですねえ」


「ごゆっくり」


 ギルド内部へ。

 買い取り屋さんでアイテムの換金をしてから、食堂に足を踏み入れる。


「あ、マウさーん!」


「マウ爺、一緒でいいか? そっちのテーブルくっつけようぜ」


「ヴィルカモン!」


「鶏の香草炙り焼きを定食とカモミールティーを人数分、それから枝豆と揚げポテトの盛り合わせ2つ」


 ピンクマンの戸惑う声。


「おい、マウさんが了解していないが、いいのか?」


「「そうだった?」」


「ハハハッ、構わぬ。たまには賑やかなのもええじゃろう」


 良かった、マウ爺上機嫌だ。

 ヴィルもすぐマウ爺に頭撫でられに行った。


「今日はお主ら、行動をともにしていたのか?」


「もう1人エルマっていう、4、5日前に『アトラスの冒険者』になった新人の女の子が一緒でした」


「ほう、女子は珍しいな。英才教育か?」


 ダン、ピンクマンと顔を見合わせる。


「いや、意識的にそうしたのではないのであるが……」


「懐が寂しくてよ、ユーラシアの人形狩りにお供しただけなんだが……」


「結果としてあの子もうレベル50近いよね?」


 マウ爺が笑う。


「ハハハッ、何じゃ、それは?」


「『大器晩成』という、レベルアップは遅いが多数のスキルを覚えるという、レア固有能力持ちなのだ」


「初めチュートリアルルームで会ったんですよ。テストモンスターにすごく苦労してるくらいで、冒険者としては難しいなと思ってたんですけど」


「今はどうなのじゃ?」


 ダンが答える。


「ソロでも魔境オーガ帯で十分イケると思うぜ?」


 そうなのだ。

 いつの間にか普通に戦えるだけの実力がついていた。

 装備揃えればワイバーン帯でも互角以上に戦えるだろう。


「何でかな? もうひ弱な感じないよね?」


「ステータス値の伸びが大きい気はするな」


「最初ちょっとレベル上がれば冒険者に拘らなくても何とかやっていける、くらいの気持ちで手を貸したんですけど、思ったより才能あるっぽい」


「ここへは連れて来なんだのか?」


「13歳未成年なんだよ。夜はお家に帰るんだとさ」


「未成年?」


 マウ爺が驚く。


「カラーズ緑の民なんだが、15歳成人の前に13歳から就職見習い期間があるのだそうだ。それで『アトラスの冒険者』になれたのだと思う」


「あ、『アトラスの冒険者』って成人だけなんだ?」


「未成年は見たことねえな」


 なるほど、そういうとこはしっかりしてるんだな。

 マウ爺が言う。


「良きことではないか。俊英の『アトラスの冒険者』3人直々に教えをもらったのなら」


「俊英? 照れるぜ」


「その俊英が今日何やったんだよ?」


「俺が魔境行きを提案したんじゃねえか。魔境でも楽しかったろ?」


「楽しかったけど、あんたは道化枠だったぞ?」


「戦力は美少女精霊使いのパーティーがいれば十分だったろうが」


「そういえばそうだった」


 ピンクマンが続ける。


「それでパワーカードの工房に出入りしているのだ」


「嬢の勧めか?」


「いえ、パワーカードの使用を勧めたのはあたしですけど、たまたま工房への石板が出て、仕組みが面白いと興味持ったみたいで」


 マウ爺が顎をさする。


「手に職つけるのは良きことではないか?」


 全員が頷く。

 やはり専業冒険者は厳しい。

 何か他に拠りどころはあった方が良い。


「最近思うんだけど、固有能力って偏るのかな?」


「ん、どういうことだ?」


「黄の民は明らかに肉体系の能力だし、赤の民は火魔法使い多い気がするし」


 マウ爺が言う。


「ワシも感じたことはあるな。血縁でそうなるのか、それとも育った環境で発現する能力が決まるのかはわからんが」


「あんたはどうなんだよ。両親とか」


「亡くなった母ちゃんは普通の灰の民だったよ。父ちゃんは旅人だって聞いてるけど、ほとんど記憶にないからわかんないな」


「きっと父ちゃんがとんでもないやつなんだぜ? それにユーラシア基準の『普通』も当てにならねえ」


「うむ、普通の両親からユーラシアが生まれるはずがない」


 ひどいことを言う。


「あんたらはあたしの扱いがぞんざい過ぎる」


「正当な評価だぜ?」


「もーあたしのいない世界なんて、刺激が足りなくて考えられないクセに」


「そうかも知れんが、自分で言うところがユーラシアだな」


 大笑い。

 ピンクマンが思い付いたように言う。


「……固有能力と言えば、精霊使いの少女が西の果てにいるという話を聞いたな。ユーラシアのことを言ってるのかと思ったが、どうもそうではないようだ」


「ああ、エルのことだね?」


「何、知ってるのか?」


「どういうことだよ。そういう面白えネタを隠すなよ」


 マウ爺も聞きたそうだし。


「西域の街道の終点に塔の村ができたじゃん?」


「例の『永久鉱山』のところだな?」


「そうそう。うちのじっちゃん、灰の民の元族長ね? が塔の村を拓いたんだけど、その近くに精霊と共存する今の灰の民の村みたいのを作って、塔の村が大きくなった時に農作物を供給したいという意向があるんだ」


 マウ爺が疑問を呈する。


「精霊と共存する必要があるのか?」


「じっちゃんは、今のカラーズ制度はいずれ崩壊すると見てるんです。ドーラの人口が増えた時に、それを支えられるのはアルハーン平原しかないからって。そうすると精霊の行き場がなくなるから、西へ連れて行こうという構想なんですよ」


「ほう、デス殿らしい、スケールの大きな構想じゃの」


 マウ爺が感心する。


「で、向こうでの精霊の認知度とか地位を上げるために、精霊使いを連れてきて塔の村の冒険者のエースに据えたの。元々精霊使いに心当たりがあったのか偶然見つけたのかは知らないけど」


 ま、この辺は曖昧にしとく。


「おかしいじゃねえか。何でユーラシアをエースにしなかったんだ?」


「あたしは言うこと聞かないから、だって」


「「「なるほど」」」


 全力で納得するなよ。

 こっちへ来たヴィルをぎゅっとする。


「どんな人となりじゃな?」


「やはり精霊を3人連れてます。真面目であたしより少し背は低いですね。人形みたいに可愛い顔をしていてボクっ娘で、おっぱいがないです」


 ダンが苦笑する。


「最後の情報要るか?」


「エルを理解するには必要不可欠の情報なんだよ」


 一様に頷くうちの子達を見たダンが説明を求める。


「どうやら爆笑ポイントはそこだな?」


「カンがいいね。エルはおっぱいないことをすごく気にしていて、自分よりおっぱいがある女性を目の敵にするんだ。あたしも初めて会ったとき敵扱いされたから、『おっぱいの大きさだけで敵味方決めると、人類の半分が敵になるからやめとき』って言ったった」


「あんたの追及がそこで収まるはずはねえ。続きがあるんだろ?」


 まあその通りなんですけれども。


「言動がファンキーな精霊連れてるんだ。コケシって名前でうちのクララと仲良しなんだけど、性格は真逆でサディスティックなの。あたしとコケシが喋ってるとどんどんエルの精神が削られるって現象が発生する」


「ははあ、その場面が目に浮かぶようだぜ」


「で、エルの精神がささくれた時はヴィルがぎゅーしてあげるの。そしたらエルが『ああ、君は天使!』って喜んでたけど、ヴィルは『悪魔ぬよ?』って不満がってた」


 滑らない話炸裂で爆笑。

 ここから内緒話モード発動。


「塔の村では、じっちゃんとエルをはじめとする数人の冒険者だけが、帝国との戦争のことを知ってる」


「どこまで知ってるんだ? 半端だと裏をかかれるかもしれんぞ?」


「あたしの知ってることは大体」


「それならまあ……」


 納得するピンクマン。


「向こうの冒険者はパワーレベリングしてるわけじゃないから、全体的にそうレベル高いわけじゃないんだけど……」


「む、戦略的に重要な地点ではないじゃろ?」


 こっくり。


「ぶっちゃけ落とされたところで街道の端っこなんで、食糧事情には関係ないですね。しかもじっちゃんの転移術があれば物流も止まらない」


「すげえな、転移術」


「帝国が長期戦を企図していれば確保する意味もあるが……」


 うん、他の植民地の存在や国内の反対派もあるだろうから、初めから長期戦狙いってのはちょっと考えられない。


「あっちは西域の自由開拓民集落群が襲われた時に、住民が逃げ込む拠点になってくれればいいなって思ってる。そのためにある程度の戦力は必要だから……」


「何かしたのか」


「『頑張ってね』って励ましてきた」


 呆気にとられる3人。


「ひでーな」


「そんなこと言われても、向こうに回す戦力なんかないんだもん」


「いや、しかしユーラシアの言う通りだ。より優先度の高い場所に高レベルの冒険者を配置するのが当然」


 マウ爺が大きく頷く。

 今、塔の村で確実に上級冒険者レベルだって言えるのは、村長デス爺を除けば黒服1人。

 しかしエル、レイカ、リリーいずれのパーティーも、今はデカダンスまでの人形系レアを倒す手段を持っている。

 塔のダンジョンでクレイジーパペットやデカダンスが出るかは知らないけど、個々のレベル上げに期待するしかないんだな。


「そんなとこです」


 内緒話モード解除。


「そういや現役の『アトラスの冒険者』が、新人の世話することになるらしいぜ?」


「嬢の画策か?」


「いえ、もともと新人がギルドまで来られるのって半分くらいらしいんですよ。才能ある子選んでるのにも拘らずです。エルマの件もあって、チュートリアルルームの係員が、そう上申するって言ってたんですよ」


「でもこいつが煽ってたんだぜ?」


 ダンは要らんこと言うなあ。


「新人が脱落しないために先輩が手伝うのは賛成? 反対? って言われたら、賛成としか」


「あんた、冒険者増えれば儲かるみたいな話したんだろうが」


「したけれども」


 マウ爺とピンクマンが笑う。


「いいではないか。この老骨が役に立つのは嬉しいぞ」


「マウさん、アンセリみたいな子が来るとは限らないですよ。ダンみたいなやつの面倒みろって言われたらどうします?」


「神経痛の悪化を理由に断る」


「いいなあ、そういう断り方ができて」


 皆で笑う。


「ユーラシアは冒険者になってから、苦労するなんてことはなかったろう?」


「いやー、そんなことないよ。最初からクララと2人だったけど、スライム1匹倒すので精一杯だったもん」


「そうなのか?」


 ダンが驚く。


「そりゃ魔物と戦うなんて経験なかったし。それよりも現役のヘプタシステマ使いが1人もいなかったから、どこでパワーカード手に入れるかもわかんなかったよ。どうしたら精霊を仲間にできるかも知らない。先が見えないのはきつかったなー。アトムとダンテに出会えたのは幸運だった」


「嬢も苦労してきたのじゃな」


「ギルドに来るまでですけど」


 でも他の人だって苦労してるだろうしなあ。


「ピンクマンこそ大変だったんじゃないの?」


「ああ、最初は固有能力を生かして、アーチャーを目指してた」


 ピンクマンの固有能力は命中率が高いという『焦点』だ。


「ところが弓ではダメージが小さいのだ。パーティーメンバーなしスキルなしでは到底クエストをこなせず、剣を取った。で、時間はかかったがギルドまで来て、魔法力を生かすために攻撃魔法を買い、最終的に魔法銃士に落ち着いた」


「よく落伍しなかったな、おい」


「ギルドに来てから仲間募ろうとは思わなかったの?」


「自分の戦闘スタイルさえ確立できてなかったからな」


 自嘲気味に言うピンクマン。


「ユーラシアが新人カールの面倒みる立場だったらどうしてた?」


「相当難しいね。後衛職目指してとりあえずパワーレベリングしてたとは思うけど」


 属性魔法使い以外の後衛職って難しいんだよな。

 魔法銃士って結論にはならなかったと思うし。

 とゆーか、未経験者のソロが論外な気がする。

 そう考えると新人さんの育成って難しいなあ。


「ちなみに新人ダンの面倒みる立場だったらどうしてた?」


「クソガキは魔境に捨ててくる」


「情けも容赦も慈悲もねえ!」


 笑いの中、夜は更けてゆく。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前のヴィルを介した通信だ。


『うん、こんばんは』


「今日はお金なし組と魔境で共闘だった」


『ハハハ、楽しそうだね』


「あたしも輸送隊に100000ゴールド出資したから、ちょっと寂しいんだよね」


『まあ君のことは心配しないことにしたけれども』


「えー? 冷たいなー」


 笑い合う。


『明日隊商が出る予定だな。輸送隊候補生達がついていく最後の研修になる』


「えーと、セレシアさん達もセットで来るんだよね?」


『ああ』


 いよいよ服屋オープンか。

 応援しないとな。


「レイノスに来るのは明後日か。顔出してくるよ」


『忙しいね』


「そうでもないんだよ。でもイシュトバーンさんに行くって言ってあるんだ」


『イシュトバーン氏も、かなり力になってくれるようじゃないか』


「うーん、でもやっぱりファッションのことはわからねえって言ってたから」


 運もあるだろうしなあ。

 『当てる可能性の高いやり方はなくもない』とも言ってたけど?


「アレクは落ち着いてるかな?」


『レイノスが楽しみみたいだよ』


「そっかあ。じゃあ、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日は肉、海の王国、アルアさん家の順かな。


          ◇


「カカシー、これもう株分けしなくていいんだよね?」


「おう、全部凄草に置き換えるから、今までのやつは食べちゃってくれ」


 本来なら今日は、ステータスアップ薬草の株分け日のはずだった。

 しかし今後凄草に場を明け渡すために用済みとなる。

 今まで地味にあたし達の強化に役立ってくれた存在ではあるが……。


「サラダで食べられるほど美味しくないんだよね」


「身も蓋もねえ!」


 カカシが苦笑している、多分。

 依り代タイプの精霊であるカカシの表情は変わらないんだが。


「やっぱりお肉たっぷりスープだな」


「おーい、薬草どこ行った?」


「さて、肉狩りだ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「グオングオングオングオングオングオーン!」


 鳴らし甲斐のある素晴らしい形。

 期待に違わぬ素晴らしい音。

 海の王国の銅鑼だ。

 本の世界でコブタマンを狩った後、海の女王ニューディブラに会いにやって来た。


「肉だなっ!」


「肉だぞっ! 一緒に食べよう!」


「やったわい!」


 女王が転げ出て来たその後に現れる衛兵達。

 台車で調理場へコブタマンを運んでいく。


「約束の藍珠10個と透輝珠5個持って来たよ」


「おお、すまんの」


 宝飾品を渡し、おゼゼと交換する。


「それからレア素材、『逆鱗』と『巨人樫の幹』ならあるけど」


「おおそうか。両方欲しいの」


「同じ値段分の素材と交換して欲しいんだ」


 女王が細い目をさらに細める。


「……妙なことを言うの。何ぞ魂胆があるのかや?」


「魂胆とゆーか……」


 素材とパワーカードの交換ポイントシステムのことを話す。


「ほお? では単価の安い素材が数あった方がいいのかの?」


「いや、地上では手に入りにくい海底の珍しい素材でもいいんだ。今まで手に入れたことのない素材だと、新しいカードが交換対象になるし」


「なるほど、面白いの!」


 興が乗った様子の女王。


「この前の『大王結石』は良かったよ。すんごいカードになった」


「ほう、そうか」


 嬉しそうだな。


「で、どうする? 『逆鱗』は10枚以上あるけど」


「え、そんなにあるのかの? ドラゴンは地上最強の魔物と聞いたが……」


「最強クラスではあるかな。ドラゴン倒せる人は『ドラゴンスレイヤー』って称号もらえるの。大変な名誉らしいんだけど、今んとこ特にいいことない」


「ほう、そうか。おんしは強いのだの」


 女王は頷く。


「したが困ったの。急には準備ができぬゆえ、『逆鱗』1枚だけもらおうかの。引き換えとなるコモンの素材を用意させよう」


「じゃあ『逆鱗』1枚渡しとくね」


「うむ」


 あ、御飯だな?

 給仕人達が肉を運んでくる。


「おお、待ちかねたぞ!」


 皆が席につく。


「「「「「大地と大洋の恵みに感謝し、いただきます!」」」」」


          ◇


「炙り肉は美味いねえ。今のところコブタは、炙り肉+フルコンブ塩のコンボが最高だと思うよ」


「そうであろう?」


 女王すこぶる上機嫌だ。

 美味さのあまり床をのたうち回っている。

 そこテカテカになってますよ。

 一度タレつけて食べるのも経験させてあげたいけど、今黒の民のラボは酢に全力だしな。


「地上も魚食が根付きつつあるんだよ。まだフライだけだけどね」


「おんしには頭が下がるの」


 魚に関してはボチボチだな。

 その内焼き魚も仕掛けたいが、急いでも仕方がない。


「ところで『逆鱗』は何に使うの?」


「著しい殊勲があったり長年忠義に勤めた武官に、その印として勲章を授けたいのじゃ。『逆鱗』を用いるならば火耐性もあり実用的じゃしの」


「それは格好いいね!」


 女王考えてるんだなあ。


「じゃあ『巨人樫の幹』は?」


「考えておらなんだが、文官も同様に遇したいしの。そちらの勲章にしよう」


 ふむふむ、とゆーことは?


「いくつくらいずつ必要になるのかな?」


「当面5つずつあれば十分だの」


「わかった。『巨人樫の幹』の数足りないから狩りに行くよ」


「急がんでもよいぞ? こちらも素材をそろえるのに時間かかるでの。10日は欲しい」


 ガツガツ食べてたアトムも腹一杯みたいだな。

 女王がためらいがちに言う。


「……戦争、本当に助力せんでいいのかの?」 


「ありがとう。でもこれは地上の戦いだから、お魚売ってくれるだけで大満足だよ。戦争中はちょっと発注量が多くなりそうだけど」


「うむ、それくらいは何でもない」


 少し会話が途切れる。


「……なるべく双方の犠牲を少なくしたいんだ」


「双方の、か。おんしは不思議なことを言うの」


 女王がやや表情を崩す。


「向こうには向こうの事情があるんだろうけど、実際に戦う者同士に恨みなんかないからね。ちゃっちゃと切り上げたいの」


「ふむ、平和主義者だの。いや、平和主義とは違うのか?」


 効率、が近いのだろうか?

 人の命を効率で考えているわけじゃないのだけれど。

 どうもうまい言葉が見つからない。


「ごちそうさま。美味しかった」


「うむ、また肉を持ってきてたもれ」


「好きだねえ」


「大好き、大好きじゃ!」


 わかってるってば。

 大笑いする。


「あ、素材かな?」


 あれは確か商店街の素材屋さんだな。

 小売りだけじゃなくて、素材は彼が一括で扱っているようだ。


「大体じゃが釣り合うだろうとのことじゃ」


「うん、大体でオーケー。じゃ、もらっていくね」


「帰るのか?」


 女王が寂しそうな顔になる。


「また来るって。じゃあね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「かなりの量の素材ですぜ」


「そうだねえ、壮観だねえ」


 先ほど海の王国で『逆鱗』と交換した素材と昨日魔境で得た分に加え、ポロックさん経由でもらったレア素材もある。


「まず海の王国で交換してもらったコモンの素材は、アルアさんとこへ全部持って行くでしょ? それからシバさんからもらったやつで、今までなかったレア素材は1つずつ持って行こう。ここまでは決定ね」


 皆が頷く。

 問題は新規以外のレア素材だ。


「また塔の村で必要とかの場面ありそうだから、ある程度家に置いておきたいんだよね。幸い今、おゼゼには余裕あるし」


「アイシンクソートゥー」


「……3個を上限にキープしておきましょうか? 『逆鱗』と『巨人樫の幹』は、海の王国での必要数プラス3個でいかがでしょう?」


「そーだね。取って置き過ぎてもしょうがないし、3個あればいいか」


 シバさんのレア素材コレクションの中では、『魔血石』と『ケサランパサラン』の2つが新しい素材だった。

 『魔血石』は、吸血族が血と魔力で長い年月をかけて作り出す石だそうな。

 死ぬと当人の遺体とともに火葬されるので、ほぼ市場に出回らないのだという。

 シバさんはこんなものどうやって手に入れたんだろ?

 吸血族に恩を売るともらえることもあるらしいが……。


「『ケサランパサラン』は謎のフワフワです。一説に生き物だとも言われています」


「ふーん?」


 マジで謎のフワフワとしか言いようがない。

 何だこれ?

 『ケサランパサラン』です。

 いやわかってるけれども。


「じゃ、アルアさんとこ行くよ」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「あっ、お姉さま!」


 パワーカード工房に来た途端、エルマに飛びつかれる。

 ヴィルっぽいアクションだな、何事?

 アルアさんもゼンさんも困ったような顔してるけど。


「アンタ、相談に乗ってやっておくれよ」


「何でしょう? エルマがどうかしました?」


 エルマが切羽詰った風に説明する。


「あの、昨日お姉さまにわたしの取り分としていただいた宝飾品ですけど」


「うん、それが何?」


 ドキドキ魔境ツアーでの分け前だ。

 結構な量になったが。


「見習いアルバイトがこんなに稼げるわけがない。いかがわしいことを手伝わされているのか、責任者呼んで来いと、父が激怒しておりまして」


「わちゃー」


 そーゆーことか。

 まずったな。


「工房の責任者はアタシだが、土と岩の民が出て行くと余計に拗れそうでねえ」


「大体師匠はその宝飾品を得た経緯を知らねえ。悪いがユーさん、責任者代理としてエルマの家へ行ってくれねえか?」


「もちろん行きます。その前に、これお土産の肉です」


「おや、いつもすまないね」


 アルアさんとゼンさんが喜ぶ。


「エルマの家の分もあるからね。ちょっと素材換金するから待ってて」


「は、はい」


 交換ポイントは886になった。

 最近カードと交換しないから、ポイントの増え方が早いな。


「じゃ、いいかな? ギルカでフレンドにして……」


 転移の玉を起動し、エルマの家へ。


          ◇


「へー、ここがエルマの家か」


 緑の民の村でも奥の方なのだろう。

 隣は森になっている。


「お前が責任者か!」


 すごい剣幕で出てきた大柄の男が、精霊連れなのを見てギョッとする。


「こんにちは。あ、この子らのことはお構いなく。あたしが精霊使いユーラシアです。どうぞよろしく。つまんないものですがお土産です」


「こ、これはどうも。エルマの父、パウル・ハニッシュです」


 ハハッ、うちの子達連れて来て良かった。

 ペース握れば簡単だ。


「エルマのお父さん、大きいねえ」


「はい、自慢の父です」


「……精霊使いユーラシアというと、あの掃討戦の立役者の?」


「そうです」


「わたしの尊敬するお姉さまです!」


 パウルさんが困惑し、エルマに話しかける。


「俺は責任者を呼んで来いと言ったんだが?」


「これには込み入った事情があるんですよ。現在エルマが見習いに通っているのは、パワーカードという装備品の工房です。が、昨日の宝飾品は冒険者として得たアイテムでして、そちらに関してはあたしが責任者です」


「はあ……」


 ますますわけがわからないといった面持ちのパウルさん。


「まず、現状を把握するところからいきましょうか。パウルさんは自分の娘をどういう子だと思っていますか?」


「どうって……ひ弱で夢見がちで優しい、大事な娘です」


「確かに一週間前までは弱々しい娘さんだったですけど、今は違います。エルマ、お父さんを抱っこしてみて」


「はい」


 娘にお姫様抱っこされ仰天するパウルさん。


「こ、こんなバカな……」


「上に放り投げて高い高いしてみて」


「はい!」


 呆然としたまま宙に舞うパウルさん。


「どうです? これが今のエルマです。もうみそっかすの娘はどこにもいません」


「信じられない……」


 そりゃそうだわなあ。


「緑の民全体で格闘技大会やったって、きっとエルマがぶっちぎりで優勝ですよ。それはともかく……」


 ニッと笑いかける。

 怖くないってばよ。


「どうしてエルマがこうなったか、知りたくないですか?」


          ◇


「家に通していただいて助かります。精霊連れは目立つもので」


「いえいえ、こちらこそ気が利きませんで」


 エルマのお母さんと小さな弟がいたが、2人で買い物に出かけ、家を空けてくれたのだ。


「エルマが冒険者になりたい、と言った日のことを覚えていますか?」


「はい、5日前です。何をとち狂ったことを言い出すんだ、転んで頭でも打ったのかと本気で心配しました」


 愛されてるじゃないか。

 下を向くエルマの耳が少し赤くなっている。


「キーワードが2つあります。『固有能力』と『アトラスの冒険者』」


「『アトラスの冒険者』……」


「冒険者って胡散臭いじゃないですか。根無し草だし定職についてないしチンピラの親戚みたいなものだし」


「え、ええ」


「『アトラスの冒険者』は、いわゆる冒険者の欠点を改良したようなシステムです。本部からクエストという名の一種の依頼が配給され、それをこなしていくことによって経験値とお金が得られるという。そしてクエスト先までの転送魔法陣が形成されます」


「あっ、あの魔法陣はそういうことですか」


 そういえばあの魔法陣、不思議と興味本位で中に入る人いないな?

 何か仕掛けがあるんだろうか。

 バエちゃんに聞いてみよ。


「それによって、家から通いで冒険者活動をすることができるというメリットがあるんですよ。だから兼業も容易です」


「なるほど……」


「『アトラスの冒険者』はなろうと思ってなれるものではなく、本部の意向で勝手に選ばれます。そして選ばれるのは、良き心と『固有能力』を持つ者です。固有能力は御存知ですか?」


「く、詳しくは……」


「生まれつき魔法を使えたりとか、アイテムの真贋がわかる人がたまにいるでしょう? ああいうものです。他にはキズが治りやすいとかやたら運がいいとか、様々なものがあります。数人に1人の割合で持っていると言われ、わかりやすい能力なら自分で把握できますが、一生気付かないことも多いです」


「エルマもその固有能力を持っているということですか?」


「『大器晩成』という、極めてレアで強力な固有能力です」


 パウルさんが黙り込む。


「……いや、しかしいくらすごい能力を持っていたとしても、娘に危ないことはさせられない……」


「お父さま……」


「あたしもそう思いまして、エルマに冒険者は諦めろ、その代わりちょっと可能性を大きくしてやろうって言ったんです」


「可能性を?」


「初めて会った時、まあお父さんがおっしゃってた通りのエルマでして、到底魔物と戦うなんてできそうにない。『大器晩成』がまたクセのある能力で、強力なスキルをレベルアップとともに次々と覚えていくんですが、その肝心なレベルアップ自体が遅いというものなんですよ」


「ということは、最初がすごくキツいと?」


 お、パウルさん理解してるね。


「そういうことです。筋力がないから武器に振り回される。レベルアップが遅いからなかなか強くもなれない。頼りにならない13歳の女の子とパーティーを組んで行動しようなんて物好きはいない。ハッキリ言って詰んでます」


「確かに……」


「でも『アトラスの冒険者』の転送魔法陣は面白いでしょう?」


「えっ?」


「クエストをこなせば転送魔法陣は増える、つまりいろんなところへ行けるようになるんですよ。多くの人と出会い、多くの物事を知る。可能性を大きくするとはそういうことです。で、エルマをそのままにしといたんじゃクエストをこなせないんで、ちょっと手を貸してレベル上げしました。エルマがパワフルになった理由です」


「そういうことでしたか。ありがとうございます」


 パウルさんが深々と頭を下げる。


「ちょっと見ていただけますか?」


 『アンリミテッド』のカードを起動する。


「これは?」


「これがパワーカードと呼ばれる特殊な装備品です。エルマには普通の武器・防具は重くて使えないので、これを勧めました。そうしたらですね、エルマの転送先にパワーカードの製作工房が出まして、その構造や理論に興味を持って職人になりたいと」


「それで職人と言い出したのですか。冒険者かと思えば職人と言ったり、わけがわからなかったのですが、ようやく理解できました」


 安堵するパウルさん。

 説明も難しかっただろうけどな。


「あと1つ、宝飾品の出所がわからないのですが」


「ごめんなさい、それはあたしです。『アトラスの冒険者』の集まるドリフターズギルドというものがありまして、そこではたくさんの知識や情報が得られるんですね。エルマは工房の師匠に、ギルドにはなるべく馴染んでおけと言われてそこにいたんです。で、他の冒険者達と歓談してるところへたまたまあたしも出くわしまして、その冒険者達と一緒に一稼ぎ探索に行ったんです。あの宝飾品は人形系と呼ばれる一群の魔物のドロップ品で、エルマにもその正当な分け前を渡しました」


 あえて魔境とは言わないけれども。


「じゃじゃあ、怪しい出所じゃないんですね? 安心しました」


 ホッとするパウルさん。

 こっちこそごめんよ。

 そこまで考えが至らなかったよ。


「しかし探索を主とする冒険者とは、それほど儲かるものですか?」


「今のエルマ単独ではムリです。経験を積んで装備を整えれば可能だと思います。もっとも今のエルマでも、1人でオーガやケルベロスを倒すくらいの実力はありますけどね」


「そうなんですか」


 パウルさんが優しい目でエルマを見つめる。


「小食だったこの子が、よく食べるようになったんです。それが一番嬉しい」


「良かったですねえ」


 ポロックさんほどじゃないにしろ、同じような悩みがあったんだろうな。


「今日の話はお母さんにもよく伝えておいてください。そしてもう1つ、エルマが強くなったことは、周りの人には内緒にしておいてください」


「それは何故です?」


「エルマが強くなったのも、すごい才能があることも事実。ただし、駆け引きや立ち回りは一朝一夕に身につくものじゃないんです。全く経験が足りてない。何かことが起きた時、皆にエルマを当てにされても困ります」


 パウルさんが頷く。

 しかしあたしは帝国といざ開戦となった時、エルマがカラーズで最も戦えるだろうとは思っているが。

 アルアさん家の外で、ボチボチでいいから戦闘も覚えようね。


「エルマはしばらくギルドか工房かにいるかな?」


「そうですね。焦らず頑張ります」


「それでいい。多分明後日、手を貸してもらうことになるからよろしくね」


「はい、お姉さま」


「じゃ、あたしは帰りますね」


 パウルさんが頭を下げる。


「今後とも娘をよろしくお願いします」


「はい、こちらこそ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 麗しの魔境に来た。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。今日は遅いですね?」


「うん、用があってさ。時間ちょっとできたから気分転換に来たんだ。真面目な話してると背中がかゆくなっちゃうんだよ」


「ハハハ、いいですね」


 オニオンさんが笑う。


「最近はソル君来ない?」


「そうですね。ドラゴンスレイヤーとなられてからは、新しいクエストにかかってると思いますが」


「普通そうだよねえ」


「ユーラシアさんは新しいクエスト出ませんか?」


「例の宝飾品クエストが終われば出るかもしれないけど」


 ちょっとわかんないんだよな?

 まだギルド周りのクエストがあるのかもしれないし。


「今できるのは人形系レアを倒しまくることだけなんだよね」


 オニオンさんが頷く。


「持ちきれないやつはギルドで預かってもらってるんだけど、たくさん宝飾品持ってくとおっぱいさんが喜ぶの。でもその笑いが闇なんだよ。うちのヴィルも『怖いぬ』って言ってたくらい」


「この前も言ってらっしゃいましたね。しかし事情がわかりませんねえ……」


 事情が知りたいよなー。

 でもイベントが残ってた方が楽しいし。


「ま、行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「今日はどうしやす?」


「あんまり時間ないから北辺まで行けないな。ドラゴン帯と中央部をウロウロしようか」


「「「了解!」」」


 ザコを蹴散らしながら真っ直ぐ中央部へ向かう。


「新経験値君2体か」


 クレイジーパペットだ。

 最初に倒したのは『勇者の旋律』のロマンな効果がわかった時だったな。

 懐かしい。

 今では『薙ぎ払い』一発だけれども。


「今度は真経験値君か」


 デカダンスだ。

 掃討戦のラスボスで現れた時の戦いは熱かった。

 今では通常攻撃で一発だけれども。

 あ、黄金皇珠落としてった。


「ウィッカーマンね」


「かなりお世話になってるし、ウィッカーマンにも何か名誉あるニックネームをつけてやらないと、申し訳ない気がするねえ」


 とりあえず倒してから考える。


「やたっ! 鳳凰双眸珠だ。久しぶり!」


「……といっても3日ぶりですよ?」


「3日もこの輝きに会えなかったのか。切ないねえ」


「……どれくらい本気ね? アバウト?」


「え、3%くらい?」


「姐御、それはほぼゼロだぜ」


「ということで、『ほぼ経験値君』に決定!」


「「「了解?」」」


 疑問形になってんぞ?


「ま、いいや、稼いでいこうか」


「「「了解!」」」


 何度か戦闘をこなすが、今日は巨人が出ないな。


「『巨人樫の幹』が欲しいのにな」


「急ぎじゃありませんから、焦らずいきましょう」


「……ダイダラボッチね」


 こいつも高級巨人族には違いないのだが、サイクロプスやティターンと違って『雑魚は往ね』が効かない。

 マジックポイント結構使う割に見返りがなー。


「ま、倒しとこうか。『巨人樫の幹』は拾えるし」


 ハヤブサ斬り・零式のクリティカルを『あやかし鏡』でもう1回、さらにコピーで繰り返す。


「ダイダラボッチはウィッカーマンよりヒットポイント多いから、ヒヤヒヤするねえ」


 どうせ巨人だからクリティカル頻発だろう。

 向こうにターン回すのは危ない。


「ボス、何かドロップしてるね」


「あ、宝飾品だね」


 紫とピンクのグラデーションがとても美しい。


「雨紫陽花珠、大秘宝です!」


 オニオンさんとイシュトバーンさんにいい土産話になるなあ。


「ダイダラボッチも結構な宝飾品落とすことがあるんだねえ」


「これ、宝飾品クエストが終わったら寂しくなっちゃいますね」


「あーそうかもなー」


 もうずいぶん長いこと宝飾品集めに奔走してたもんだ。


「姐御、また次の楽しみがありやすぜ」


「その通りだ。いいこと言うじゃないかアトム」


 さて、もう少し稼いでいこう。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


 ベースキャンプに帰着、オニオンさんの声を聞くとホッとするね。


「何か新しい知見はありましたか?」


「うん、ダイダラボッチはレアで雨紫陽花珠落とすよ」


 オニオンさんにドロップ品を見せる。


「おお、これも美しいですね」


「結局中央部の魔物は皆、高級宝飾品をドロップすることがあるとわかった。人形系レアに比べれば効率は悪いけど、ついでに倒すくらいならいいかな」


 オニオンさんが笑う。


「ハハハ、ついでですか。いや、そんな危険を冒して最強魔物群を倒しまくる人いませんし、宝飾品クエストなんてもの、普通はありませんから」


「そうだねえ。こういうクエストに出会えたのも、巡り合わせが良かったんだねえ。日頃の心掛けがいいからだな」


 アハハと笑い合う。

 さて、帰るべえ。


「あ、オニオンさん。エルマがそろそろ魔境への石板出ると思うんだ。でも戦争のことは話さないでおいてくれる?」


「了解です。やはり不安ですか?」


「レベルこそ高いけど、『アトラスの冒険者』になってまだ数日でしょ? 戦闘経験はほぼないんだよね。戦力として見るのは危険かな」


「あっ、やはりエルマさんはまだそんな段階なんですね?」


 そうか、その辺詳しいこと話してなかったな。


「未成年だから親の干渉も大きいんだ。そっちから情報が漏れる可能性もある」


「となると、戦争が始まっても西域には出動させない?」


「うん。念のためカラーズにも1人くらい高レベル者が欲しいしね。それでいいんじゃないかな」


 頷くオニオンさん。

 というか、ギルドに集まる情報をカラーズに報告する人員が必要だろう。

 真面目なエルマなら打って付けだ。


「じゃ、あたし達帰るね。さようなら」


「さようなら、お気をつけて」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 夕御飯で腹を満たした後、寝る前のヴィル通信だ。


『うん、こんばんは』


「満腹ですごく眠い」


『ハハッ、じゃあ手早く行こうか。こっちは隊商が出発した。カラーズ輸送隊の人員が増えていて驚いたようだったけどね』


「まあ訓練だから。本番では今の交易規模なら4、5人で十分だよねえ」


『そうだね。しかし交易規模もすぐ大きくなると思うが』


 そうかもな。

 戦後には白の畜産物と灰の農作物が交易品に加わる。

 緑の民が交易に参加すればさらにボリュームアップだ。


『今日は今までより早い時間に出たぞ。1つレイノス寄りの自由開拓民集落で泊まるというのを試すようだ』


「へー。あの辺の集落と仲良くなると、特産物とか買えそうだねえ」


 ほうほう、いろいろ考えてくれている。


「輸送隊帰ってきたらレベル上げするよ。ピンクマンと、もう1人緑の民の子に手伝ってもらって」


『緑の民?』


 サイナスさんが不思議そうだ。

 緑の民は今のところ交易に参加していないから。


「『アトラスの冒険』なんだ。緑の民なのはたまたまだよ。この前アレクをレベリングした時一緒にいた子で、やっぱり13歳」


『……何か考えがあるんだね?』


「その子自身すごい固有能力持ちなんだけど、最初はへっぽこで冒険者が務まりそうになかったから手を貸した」


『それで?』


「まあ。その子ん家は緑の民の村の有力者ってわけじゃないけど、そういう繋がりから関係修復するかもしれないじゃん? 緑の民が交易に参加してもらえるきっかけになるかもしれないし」


『からの?』


「戦争始まると『アトラスの冒険者』は西域を守るんだ。でもその子は未成年ってこともあってカラーズに置いてく。結果的にカラーズで最も高レベルの人員になるよ。もう最低限の武器防具は持ってるし。5日前に冒険者になったばかりだから、自分で考えて動くってのはムリだけど、指示があればある程度戦えると思う」


『ふむ?』


「当たり前だけど、ドーラにはカラーズに回す戦力なんてないんだ。もしカラーズが襲われることになったら、輸送隊だけじゃなくて彼女も有効に使って自衛して」


『わかった。何て名前の子だ?』


「エルマ。エルマ・ハニッシュ。ちなみにその子は戦争あることを知らない」


『了解だ。これフェイ族長代理には伝えといた方がいいか?』


「あ、そーだね。よろしく」


 輸送隊は黄の民が主だから、もし防衛戦があればフェイさんが指揮を取るだろう。

 フェイさん自身レベル30以上あるし。


『明日には青のセレシア族長がレイノスへ着くはずだ』


「うん、覚えてる。顔出してくるよ」


 レイノス寄りで宿泊ということは、午前中早い時間にはイシュトバーンさんのところへ来そうだな。


『そんなとこか?』


「あっ、サイナスさん、大変だ!」


『どうした?』


「目が冴えてきちゃった!」


『落ち着け。数を数えなさい』


「透輝珠が1個透輝珠が2個透輝珠が3個、ダメだ。余計に目が冴えてくる」


『ウシの糞が1個ウマの糞が1個ヤギの糞が1個』


「眠くなってきたよ……」


『おやすみ』


「おやすみなさい。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 明日はレイノスか。

 セレシアさんの服屋がうまくいくといいな。

 スタートダッシュが大切だが?


          ◇


 次の日の朝、うちの子達の前で話をする。


「じゃ、今日は自由行動で」


 セレシア族長率いる青の民の服屋のオープンを見に行くのだ。

 現場が人の多いレイノスなので、うちの子達は置いていく。

 たまには自由行動の日があってもいいよね。


「ユー様は、様子だけ見て帰ってくる予定なんですよね?」


「そうだけど、予定通りになる気がしない」


「「「あー」」」


 うむ、あたしのトラブルもとい主人公体質を、うちの子達は正確に理解している。


「あっしは『マジックボム』の実験がしたいでやすね」


 『マジックボム』を爆発させずにそのままにしておくとどうなるか、以前疑問に思ったことがあったのだ。

 結果によっては面白い使い方ができるかもしれない。


「よく覚えてたねえ。危なくないところでやるんだよ」


「へい!」


「ミーは『サンダーボルト』で魚取りがしたいね」


「もう水が結構冷たくなってるよ。あっ、クララ。浮いてきた魚『フライ』で回収してくれる?」


「はい」


「ぷくーっと丸く膨れる魚は毒だから逃がしてやってね」


 この知識は誰から教わったものだったっけ?

 コモさんか、いや、違ったような気もする。

 記憶がおぼろげだ。


「じゃ、あたし行ってくる!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 イシュトバーンさん家にやって来た。


「精霊使い殿、おはようございます」


 ここの警備員は礼儀正しい。


「おはようございまーす。今日、カラーズ青の民のショップが開店するってことで来たんですけど」


「先ほど、商人ヨハン・フィルフョー殿から先触れが届いています。まもなく到着とのことでしたが……」


 あ、来たかな?

 門の外が騒がしい。


「ユーラシアさん!」


「……思ったより大勢だね?」


 ラルフ君パパとラルフ君パーティー、セレシアさんとスタッフ、青の民輸送隊員、あと何故かアレクとケスがついて来ている。

 案内されたので、とりあえず屋敷の方へ。


「よう精霊使い、ヨハン。やけに賑やかじゃねえか」


「そうだねえ」


「別嬪さんよ。注文に見事答えてくれたな。なかなかイカす服だったぜ。そっちはスタッフだな?」


「はい、よろしくお願いします」


「でだ」


 アレクとケスをじろりと睨む。


「こっちの小僧2人は何だ?」


「小さい方はあたしの弟分、灰の民で一番賢い子」


「ほう?」


「大きい方は、あたしを落とし穴に落とそうとした白の民の子」


「精霊使いを? ハハハ、そりゃあドラゴン狩るより難しいだろ!」


 イシュトバーンさんが2人に興味深げな目を向ける。


「その落とし穴の出来が良かったから輸送隊に誘ったんだ」


「輸送隊って、カラーズ~レイノス間のか?」


 ラルフ君パパが答える。


「そうです。今後はカラーズの輸送隊に委託しようと思いまして」


「ふむ、それがいいだろうな。ヨハンのところの人員だけでは、レイノス東の自由開拓民集落だけで手一杯だろ」


「はい」


 ヨハンさんが苦笑する。

 イシュトバーンさんは正確に把握してるなあ。

 調べるの趣味なのかな?


「で、小僧2人はレイノス初めてなんだな?」


「「はい」」


「じゃあ、本屋に行って来い」


「「はい?」」


 何だろう?

 アレクは元々本屋に行く予定だったろうが。


「配達員が使うためのレイノスの地図を売ってる。1部30ゴールドだ。それ買っとくといろいろ捗るぜ?」


「それ15部買って輸送隊全員に配って。1部はあたしの分ね」


 そーゆー便利なもんがあるとは。

 アレクに500ゴールド渡す。


「買えたらその地図とにらめっこして、オレ達がこれから行く場所に来い。レイノスで服屋やるのに一番適した場所だ。わかったな?」


「「はい!」」


 アレクとケスが駆け出していく。

 うんうん、勉強になるねえ。


「じゃあ行くか」


「あ、ちょっと待って。セレシアさん、商品何がある? 女の子の服だけ?」


「いえ、小物もメンズもありますけれど」


 ふうん。

 イシュトバーンさんのお付きの女性に言う。


「例の服、持って来といてくれる? 使うかもしれない」


「「はい」」


 そんなとこか。


「一応護衛の人、ついて来てもらう?」


「ん……?」


 考えてるね?


「念のため泳げるやつ1人ついて来てくれ!」


          ◇


 イシュトバーンさん家を出発、皆でゾロゾロと空き店のところへ行く。

 イシュトバーンさんはいつもと同じように、あたしに抱っこされている。


「で、さっきの出来のいい落とし穴って何だ?」


「上から見てほとんどわからないのもそうなんだけどさ。イシュトバーンさんが白の民の悪ガキだったら、落とし穴の中に何を仕掛ける?」


「白の民だな? じゃあウシの糞とウマの糞とヒツジの糞のミックスだ」


「さすがだね。ケスのはウシの糞とウマの糞とヤギの糞のミックスだったんだよ」


「おお、見所あるじゃねえか」


「でしょ?」


 明らかに話の内容を聞いているお付きの女性達やラルフ君パーティーが、何事だわからんって顔つきになっている。


「精霊使いはそんな罠に引っかかったりはしないだろ?」


「そりゃそうだけど、白の民の族長は、ケスの落とし穴は百発百中だって言ってたよ」


「ほう、ますます見所あるな」


「あたしもこれはスカウトするしかないなーって」


 イシュトバーンさんが頷く。


「で、もう1人の小さいのは?」


「本の虫だよ。昔からあたしと波長が合うんだ」


 意外そうだね?


「灰の民で一番賢くて本の虫なのに、あんたと波長が合うのか?」


「何でそこ逆接なのかな? 灰の民の村の元族長デス爺の孫なんだ」


「ほう、デスさんの孫か」


 玩具が増えたぜ、みたいな顔だね。

 気持ちはわかるけれども。


「今日は忙しいだろうからムリか。今度あの2人オレの家に寄越せよ」


「え? それは輸送隊の都合があるから難しいかな」


「あんた、融通利かねえのかよ?」


「利かないことないけど、あんまりそういうの良くないじゃん。あたしが統括してる組織じゃないんだから。わかるでしょ?」


 越権行為はよろしくないわ。

 できたばかりの組織なんだし。


「そうかあ。残念だなあ」


 何だよ、マジでつまんなそうだな。


「じゃあ輸送隊メンバー14人、全員招待すればいいんじゃない?」


「え、いいのかよ?」


「そりゃ元大商人で、今もレイノスに隠然たる勢力を誇るイシュトバーンさんに招待されたとなれば、大喜びで皆来るに決まってるよ」


 とゆーか来い。

 有力者と顔見知りになっておくのは、商売上非常に大事なのだ。


「そりゃ楽しみだな。他に面白えやつはいるかい?」


「全員固有能力持ちだから、それなりには」


「全員が固有能力持ち?」


 だからそのえっちな目で探り入れるのやめろ。


「どういう意図があって?」


「荷運びなんだから、盗賊に襲われることもあり得るでしょ? アルハーン平原は魔物だって出ないとは限らないところだし。だから隊員は一定水準までレベル上げしておく予定なんだ。どうせレベリングするなら、固有能力持ちの方が絶対お得だから」


「ほう?」


 ニヤニヤするイシュトバーンさん。

 帝国戦の自衛戦力として考えていることに気付いたんだろうなあ。

 その通りですけれども。


「ま、今度詳しく話せよ」


「うん」


 着いた。

 中町へ続く階段の下の一等地だ。


「掃除はしておいたから、商品並べりゃすぐ店は開けるぜ」


「まあ、ありがとうございます!」


 セレシアさんの心は既に店に飛んでいるようだ。

 お付きの女性がカギを開け、それをセレシアさんに渡す。


「さあ、手早く準備しましょう」


 スタッフ達を動かす。


「新聞社に声かけといたから、取材に来ると思うぜ?」


「お世話かけます」


「イシュトバーンさんの言ってた、当てる可能性の高いやり方ってのはそれのこと?」


 企みを秘めた嫌らしい目でニヤッとする。

 違うらしいな、嫌な予感がする。


「あんたが売り子やればいい」


「え?」


 えええええええええっ!

 ちょっと待った、セレシアさんが期待の目で見てるけど!


「ファッションのことはわかんないってばよ」


「でもこの店の問題点はわかるだろ?」


「んーまあ女の子のお客さんしか来ないだろうな、とは思った」


「それだぜ」


 セレシアさんが売りたいファッションは理解できる。

 スタッフである売り子の女性達の服装だ。

 確かに魅力的だから、女の子達の注目を浴びるだろう。

 でもたくさんおゼゼ持ってる子って少ないだろうからな。

 成人男性を寄せないと、商売としては厳しいのではないか?


「ゆ、ユーラシアさんが売り子をすれば男性が集まる?」


「男殺しだぜ、こいつは」


 ひどいことを言う。

 名誉棄損だ。


「ユーラシアさん、手伝ってくださいます?」


 もー、そんな目で見るなよ。


「じゃあ、手伝います」


「やったぜ! じゃあ精霊使い用の衣装を用意してくれ」


「はい。シックで中性的なのがいいですね」


「お、別嬪さんわかってるじゃねえか」


 何かポンポン決まってくけれども。


「女の子っぽいやつの方が可愛くない?」


「ワンポイントで使うならともかく、トータルコーディネートでガーリーに寄せるのは、ユーラシアさんに似合いませんわ」


「あんたの歩き方特徴的だしな」


 そーなの?


「あたしの歩き方どんな感じ?」


「「のっしのっし」」


 超絶美少女にふさわしくないオノマトペキター!


「自信に満ち溢れた歩き方ですわよ?」


「躍動的だから歩幅が大きい、白い精霊の早さに合わせてゆっくり歩く。で、あの独特な歩法になるんじゃねえかな」


「そーだったのか」


 自分じゃわからんもんだ。


「参考のため、私も見物させてもらいますね」


 おい、ラルフ君パパ『見物』って言っちゃってるから。

 ラルフ君パーティーも物見遊山モード入ってるから。


「ただ今戻りました!」


「お、小僧達来たか」


 アレクからお釣りと地図を受け取る。

 あ、ケスも本持ってくれてるんだな。


「ここはすぐわかったか?」


「はい、問題なかったです」


 イシュトバーンさんが目を細める。


「……どうしたの? ユー姉がぼーっとしてるのは珍しいね」


「姐さん、隙だらけに見えるぞ?」


「うーん、展開が急で……」


 こーゆーのいつもあたしが手綱握る方なんだが、流されるのは初めてかな。


「小僧達よ、今度レイノスに来た時、輸送隊全員をオレん家に招待してやるから、隊長にそう伝えておけ」


「あ、輸送隊員はもう1人年長者がいるから、連絡事項は彼にお願い」


 セレシアさんについてきた青の民輸送隊員を呼ぶ。


「あんたスタッフじゃなかったのかよ?」


「自分は輸送隊の一員で、この店と青の民の村の間の連絡係を仰せつかっております」


「確か戦闘とかでターゲットになりにくい固有能力の持ち主だよ」


 うちのパーティーではダンテが持つ固有能力『陽炎』。

 狙われ率が低いというものだ。


「ほお、影が薄い固有能力か。おみそれしたぜ」


 影が薄いとディスられてるのかおみそれしたと褒められてるのか、微妙な物言いにくすぐったそうな顔をする。


「他にはどんなやつがいるんだ?」


「輸送隊? メチャクチャ特別な固有能力持ちはいないけど、隊長は『狂戦士』っていう、魔法を覚えられない代わりに物理攻撃ダメージが大きくなるレアめのやつだよ。カラーズで一番身体デカい人だから、それなりに迫力ある。あとそうだな、『鑑定』の能力持ちが1人いる」


「能力でなくて面白いやつは?」


「副隊長の女の子かな。髪の毛をお団子に結った、スラッとした美人だよ。ちょっと弄り甲斐のある優等生タイプの子」


「ほう?」


 ニヤニヤすんな。

 魂胆がダダ漏れだぞ。

 美人と聞くとすぐそうなんだから。

 あたし以外の美人は、その顔見たら逃げるか通報するかの二択だぞ?


「じゃあ招待の件は、輸送隊の幹部の連中に報告頼むぜ。美味いもん腹一杯食わせてやる」


「「「はい!」」」


 ここで輸送隊の3人と別れる。


「ユーラシアさん、ちょっとこちらへ」


「はーい」


 セレシアさんに呼ばれ店内奥へ。


「これに着替えてくださる?」


 ふむ、リリーの黒服従者の装いに似ていると言えば似ている。

 でも帝国風スーツほど堅苦しい感じじゃないな、

 やはりエルのファッションがベースになっているのはわかる。

 あ、サイズピッタリだ。


「じゃーん!」


「おう、見違えたじゃねえか」


「そお?」


「格好いいぜ」


 可愛いじゃなくて格好いいのジャンルかー。

 まあそうだろうけれども。


 店頭のスタッフから声がかかる。


「セレシア様、準備できました!」


「開店します!」


          ◇


 開店してしばらくは道行く人達の様子を観察する。

 売り子達の目を引く服に注目してるのはやはり女の子だな。

 チラシが捌けていく。


「おい精霊使いよ。働いてないじゃねえか」


 イシュトバーンさんとお付きの女性2人、そしてラルフ君パパは店頭横に出したベンチに腰掛けている。

 イシュトバーンさんの護衛とラルフ君パーティーは、ちょっと離れたところで完全に見物を決め込んでいる。


「獲物を探してるとこだってばよ」


 忙しそうな人はダメだ。

 暇そうで、ちょっとは興味を持ってくれてる人がいい。

 ……あれだ。


「どうもー。可愛い子達でしょ?」


 ぼんやりこっちを見ながら歩いていた男性を捕まえて話しかける。


「えっ、いや、見慣れない服で可愛いな、と」


「ダメだなー。正解は『可愛い服だけど、女の子はもっと可愛い』だぞ?」


 笑い合っていると足を止める人が出始める。


「あっ、あんたフィッシュフライフェスの時の!」


「精霊使いユーラシアだよ。覚えていてくれてありがとう」


 よしよし、少し人が集まってきたね。


「魚フライ美味かったぜ」


「美味しかったろう? 今日は趣向を変えた仕掛けなんだ。題して『全てのものはレイノスに集まる』」


 言葉が浸透するのを待つ。


「フェスの時、あたしは『全ての食はレイノスに集まる』って言ったけど、考えてみれば食に限らなくてもいいよね、って話。この店はカラーズの誇る才能のひとつ、セレシア店長の服屋だよ」


「才能って言われても……」


「女ものの服じゃなあ」


「あ、男ものもあるよ。こちらへどーぞ」


 メンズコーナーへ案内する。

 ここにあるのはほぼオーソドックスなタイプの服だ。


「……案外普通だな」


「そりゃそうだよ。男にピラピラの服着せたって楽しくないもん」


「ハハハ、もっともだ」


 皆が笑う。


「ものはいいよ。あたしここのメンズのチュニック愛用してるんだ」


「あんた、ドラゴンスレイヤーって話だよな?」


「ほう? 冒険者のハードユースに耐える服か」


 ふむふむ、興味持ってくれたね。


「あたしも正直ファッションはわかんないけどさあ、ここのは気に入ってるから買ってる」


 皆、真剣に縫い目見始めたね。

 あ、新聞記者ズだ。

 遅いよ、『全てのものはレイノスに集まる』の辺で来てくれればいいのに。


「この土地、豪商のイシュトバーンさんのものですよね? どんな裏取り引きで借り受けたんですか?」


「店長さん美人ですけど、ひょっとして愛人契約ですか?」


 この空き店借りられたのはあたしだからで、セレシアさん関係ないんだがなあ。

 ニコッとキメ顔を見せて一言。


「知りたい?」


 皆がコクコク頷く。


「まーイシュトバーンさんが女好きなのは事実。セレシア店長が美人でなければ力貸してくれなかったのは確かだろうけど、それだけであのクセ者を動かせると思うのは甘いんだなあ。そんなに耄碌してたら、この前のフィッシュフライフェス成功してたはずがないじゃん」


「それは……」


「……うん、そうだな」


 ざわめく人達。

 しめしめ、いつの間にか随分集まってきたな。


「セレシア店長にファッションの才能があるから、この店を貸してくれたんだよ」


「ものがいいのはわかったよ。でも、才能って言われてもな……」


「才能が一目で理解できる服があるよ。せっかくだから皆に見せてあげよう」


 イシュバーンさんのお付きの2人に合図する。

 例の謎えっちな服に着替えて登場すると、途端に困惑と興奮の入り混じった歓声が。


「おおおおおおおおお?」


「み、魅力的だ……」


「ど、どうなってんだこれ?」


 そりゃそうだろう。

 初めて見た時、あたしもそんなんだったわ。


「これはね、イシュバーンさんの扇情的な服を作れという要望と女性側の露出を少なくしろという要望を両方かなえた、奇跡の服なんだよ」


 もう皆ガン見ですがな。

 わかるわー、身体のラインが出るとここまでえっちになるとは。


「さすがに既製服だとここまで攻めることはできないけど、注文だと才能が溢れ出るのはわかったでしょ?」


 頷く人と唸る人。

 まあ才能は認めてもらったようだ。


「向こう見てごらんよ。売り子に女の子達が群がってるだろ? 彼女達は感覚でイケてるファッションを理解してるからさ」


 女の子達を眺めやる一同。


「女子ファッションはわかんなくても、ものの良さもセレシア店長の才能もわかったでしょ? 商売に絶対はなくとも、この店が流行る確率は高い」


 納得せざるを得ない一同。


「じゃあ何か買っていきなよ。オレはこの店一目で売れると見抜いた、出店初日から贔屓にしてたんだぜって、後々まで自慢できるチャンスだぞ?」


「そこのゆったりトーガくれ!」


「モスグリーン中サイズのチュニックとボトムスと帯!」


「太め濃い色のズボン。ポケットありのやつ!」


「へーい毎度っ!」


 よーし売れる売れる、大盛況だ。

 さほど高価なわけじゃなし、あとは自然に口コミで捌けるだろ。


「あの、精霊使いさん。ちょっとよろしいでしょうか?」


 あれ、新聞記者さん達どーしたの?


「こちらのセクシーでセンセーショナルな服を記事にしたいんですけど……」


「え、いいよ? どんどん載せてちょうだい」


「いえ、言葉だけでは伝わらないので絵が必要かと思うんですが……」


「都合よく手の空いてる絵師がいなくてですね……」


 なるほど、そーゆーことか。

 売る方としても絵付きで宣伝してもらった方がありがたい。

 となれば……。


「皆、注目! このえっちなお姉さん達の絵を描きたいって人いる?」


「「「はい!」」」


 あ、結構いるじゃないか。


「じゃあ『エロそうでエロくない、少しエロい写生大会』を午後1時から始めます。参加費無料。紙と筆記具は各自持参のこと。上手に描けたら新聞社が買い取って明日の新聞に載るよ。頑張って!」


「「「うおおおおお!」」」


 数人が散っていく。

 画材を持って来るんだろう。


「「ユーラシアさんっ! 困ります!」」


「はい、モデル料ね」


 透輝珠を1つずつ渡す。

 持って来ておいて良かったなあ。

 宝飾品は実に融通が利くのでいい。


 お付きの女性達が戸惑った困った顔してるけど?


「いいじゃねえか。正当な報酬だ、もらっとけよ」


 ニヤニヤして言うイシュトバーンさん。


「今後理不尽なセクハラがあったら、慰謝料は今日の透輝珠を基準に考えるんだよ?」


「あっ、こら精霊使い!」


 慌てるイシュトバーンさんを華麗にスルーして、新聞記者ズにも透輝珠を1つずつ渡した。


「ドーラ日報賞とレイノスタイムズ賞の賞金用ね。それで出来のいい絵を買い取って記事にすればいいよ」


「えっ、しかしそこまでしていただくわけには……」


「いいんだよ。この前のフェスも大成功だったし、君達はあたしの敵じゃないだろう? ウィンウィンだよ」


 言葉が出ない新聞記者ズ。


「また新聞が売れそうな仕掛けがあったら呼ぶからね。その時はよろしく」


「「は、はい」」


「おい、記者さん達よ」


 イシュトバーンさんが声をかける。


「そこの精霊使いは面倒見がいいだけじゃねえんだぜ。敵に回るとおっかねえんだ。よくよく注意しろよ?」


「「は、はい……」」


「ほらほら、記事にするなら店長にインタビューしないと。セレシアさーん、話聞かせてやってよ」


 さて、今日のあたしの仕事はこのくらいまでだろうか。

 昼近くになってお客さんも減ってきたしな。


「御苦労さん。開店1時間で大繁盛じゃねえか」


「お見事でした。いいもの見させていただきましたよ」


「もー慣れないことはするもんじゃないと思った」


 イシュバーンさんとラルフ君パパがホコホコした顔してるけど、見せもんじゃねえぞ。

 取材を終えたセレシアさんが近づいてくる。


「ユーラシアさん、ありがとうございます! 出足はこれ以上ないくらいの成功です!」


「女の子の掴みは全然問題ないからさ。男の人も入りやすい店になれば大丈夫だと思うよ。女の子が連れてくる父親や彼氏に買わせるイメージで」


「なるほど……男性に対応する店員を増やした方がいいのかしら?」


 イシュトバーンさんと顔を見合わせる。


「要らないよねえ?」


「そうだな。店長自ら相手すればいいんだぜ」


「えっ?」


 いや、驚くとこじゃないから。


「セレシアさん、あたしと初めて会った時、服売りつけようとしたじゃないか。今あれが必要な場面だぞ?」


「男は別嬪さんの押しに弱いと相場が決まってるんだ」


 セレシアさんの表情が引き締まる。


「そうですね。努力します」


 うんうん、やっていけそうだね。

 期待してるよ。

 セレシアさんの服屋は、カラーズから初めてレイノスに進出したショップということで、おそらくその成功失敗はあたしだけじゃなく、各村の族長達も注目していると思うのだ。


「じゃあ、あたしは帰るよ。着替えてくる」


「あっ、ユーラシアさん。お礼は後ほど必ず!」


「えっ? 要らないよ。頑張ってね!」


 急ぎいつものチュニックに着替えて戻る。


「イシュトバーンさんは護衛の人におぶってもらって帰ってね」


「まあ今日はしょうがねえな。オレもスケッチしてえんだ」


「あ、絵の心得があるんだ?」


「ちょっとな」


 似合わないウインク。

 へー、意外と多才だな。


「あんた、今度はいつレイノスへ来るんだ?」


「えーと、予定としては5日後かな。イシュトバーンさんに招待された輸送隊が、揃ってレイノスに来る日。その前にもしマンティコアを肉にできたら、持って来るから食べようよ。ヴィル飛ばして連絡するね」


「オーケーだ。楽しみにしてるぜ」


 ラルフ君はまだここにいるのかな?


「ヨハンさんはこの後どうされるんです?」


「私も店長さんと打ち合わせしたら帰りますよ」


 あ、布地や糸とかの仕入れについてか。

 この店、簡単な工房も兼ねてるみたいだし。

 軽く打ち合わせくらいで済むなら、事前にかなり話ついてるんだろうな。


「師匠」


「ラルフ君達はヨハンさんの護衛だね?」


「はい。明日、お時間よろしいでしょうか?」


 ほう? 

 ラルフ君はもちろん、盾役の剣士ゴール君、魔法剣士ムオリス君、アーチャーのウスマン君、皆いい顔してるじゃないか。

 覚悟を決めたな?


「よくわかった。明日の朝、ギルドで会おう!」


「「「「はい!」」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさい」


 うちの子達が迎えてくれる。


「レイノスの店はまあまあ何とかなったよ。出足としては上々かな。こっちは皆、どうだった?」


「フィッシュのソルトグリル、食べるね?」


「あっ、ありがとう! 食べる食べる!」


 そーか、魚取りに行ったんだったね。

 楽しかったかな?


「アトム、『マジックボム』の実験はどうだった?」


「3時間くらいだとあまり威力も変わらず爆発しやすね。残りは続行中でやす」


 なるほど、結構効力は持続する、と。


「あれって踏んづけたりしても爆発するんだ?」


「衝撃を与えれば、何でもボン! ですぜ」


「アトムはレベルが上がって、『魔力操作』が上手くなったとかある?」


「あ、どうでやしょう? 考えたことなかったでやす」


 ふむ、まあいい。

 過程よりも今の効力が問題か。


「明日どのくらい威力残ってるか調べよう」


「へい!」


「ユー様、午後は魔境ですか?」


「そうだね。明日はラルフ君に呼ばれたから、朝からギルド行くよ」


 ダンテが不審げな声を出す。


「ラルフボーイ?」


「ラルフ君も魔境の塵となる覚悟を決めたみたいだぞ?」


 アハハと笑い合う。

 ラルフ君パーティーを使えるならば、あたしにも考えがあるのだ。


「ユー様、焼けましたよ」


「ありがとう。あっ、美味しい美味しい!」


 塩焼きもレイノスで流行らないかなあ。

 でも頭や骨のついてる魚を食べるのは、まだハードル高いかもなー。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 愛しの、そして麗しの魔境にやって来た。


「オニオンさーん、こんにちは!」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 タマネギ頭の中にかなりの知識を詰め込んだ小男、魔境ガイドのオニオンさんだ。


「あれ、どうしました? 珍しくお疲れのようですか?」


「今日午前中、服屋の売り子やってたんだよ」


「服屋、ですか?」


 首をかしげるオニオンさん。

 イメージに合わないと思っているんだろう。

 いや、あたしだってそう思うけれども。


「イシュトバーンさんがレイノスのすげえいい場所の空き店貸してくれてね、そこでカラーズから進出してきた服屋がオープンしたの」


「ほう、そういえばユーラシアさんは、冒険者以外の事業も積極的に手を出しておられるとか?」


「あたしがやってるわけじゃないんだ。単なるお手伝いなんだけど、カラーズとレイノスの交易が盛んになると楽しいでしょ? その一環なんだよ」


「ははあ、ドーラ全体で考えてらっしゃるんですねえ」


 戦争を視野に入れてそういうことやってるって思われそうだけど、もともと別口だからね?

 カラーズ~レイノス間の交易とカラーズ発の商売は、あたしだけじゃなくて皆がやりたいことなのだ。


「で、慣れないことは骨が折れるんだよ。疲れちゃったから、魔境に癒されに来た」


「ハハハ、行ってらっしゃいませ」


「行ってくる! 今日多分、北辺まで行ってそのまま転移の玉で帰るね」


「了解です。お気をつけて」


 ユーラシア隊出撃。

 5日後には宝飾品クエスト締め切りだからな。

 もうひと頑張りだ。


 ベースキャンプから真っ直ぐ北へ足を進める。

 魔境中央部から北辺に至るルートだ。

 いや、ルートったって何もないんだが、最近こう行くことが多い。


「でさ、イシュトバーンさんたらひどいんだ。当てる可能性の高いやり方はなくもないとか協力しようとか言ってたクセに、あたしに丸投げだったんだよ」


「それで売り子ですか? 御苦労様ですねえ」


「本当だよ。苦労はいつもあたしのところへ巡ってくるんだけど」


 うちの子達も苦笑してるじゃないか。


「ボス、『予定通りになる気がしない』ってセイしてたね」


「あっしもフラグになるだろうなあと思ってやしたぜ」


「あんた達もひどいなあ。あたしの平穏無事と家内安全と金運上昇を祈ってておくれよ」


「欲張りすぎですよ?」


 笑いながらザコどもを片付けていく。


「セレシアさんのお店の方は大丈夫ですか?」


「今日の様子見る限りは。でも不確定要因も多いから」


「戦争でやすね?」


 無言で頷く。

 一番大きい不安要因はそれだ。

 砲弾が店に直撃でもしたら目も当てられない。

 レイノスの被害が大きくなければいいんだけど。


「デカダンスね」


「この辺で2体出るのは珍しいね」


 北辺西のパラダイスゾーンでは2、3体同時というのもよくあるが、それ以外の場所でデカダンスはほとんど単体で出現するのだ。


「薙ぎ払い!」


「あ、両方とも黄金皇珠ドロップしてます!」


「ラッキーだなあ。よく働いたあたしに対して、神様からの御褒美に違いないよ」


「「「……」」」


「『悪』は余計だ」


「「「!」」」


 まったくもー、うちの子達が3人揃って『悪運じゃないか』って考えてやがる。

 わかるんだぞ? そういうの。


「アレクとケスも来てたんだよ」


「ボン達が?」


「そうそう。あたしに会いたかったに違いないよ。可愛いやつらめ」


「お使いは無事にこなせそうでしたか?」

 

 クララはちゃんと本を買ってきてくれるか心配なのかな?

 大丈夫だぞ。


「うん、イシュトバーンさんが本屋で地図を買えって言っててさ、配達員が使う店とか家主の名前が書いてあるレイノスの地図。あれは便利だわ。何回かレイノスに来れば、すっかり店覚えると思うよ。あたしも1部買った」


 レイノスにはなかなかうちの子達を連れて行けないなあ。

 街中は人が多いから、精霊には厳しい環境だ。

 せいぜいイシュトバーンさん家くらいだな。


「サイクロプスね」


 1つ目の巨人だ。

 ドラゴン帯の巨人の中では一番出現率が高いやつ。


「雑魚は往ね!」


 高級巨人がドロップするレア素材『巨人樫の幹』は、海の女王のところに持って行くために欲しかったので嬉しい。


「お魚取りはどうだった?」


「『サンダーボルト』1発でも、フィッシュがメニーメニー浮いてくるね。レベルがアップしたからだと思うね。パワーが強過ぎるかもしれないね」


「波が小さければ『フライ』で問題なく回収できます」


 そーか、威力と波が問題か。

 威力弱めの雷魔法だと……。


「今度『プチサンダー』のスクロール買って来ようか。誰が覚える?」


「「「は?」」」


「ダンテの方が雷魔法慣れてるだろうけど、クララが覚えれば1人で魚取って来られるでしょ?」


「ミーが覚えるね!」


 ダンテ謎の拘り。

 魚の雷撃漁法好きなのかもしれないな。


「グリフォンね」


「珍しいね」


 ドラゴン帯に初めて行った日、デカダンス戦後に襲われたので印象は強いのだが、実はあんまり出現しない魔物である。


「雑魚は往ね!」


「何もドロップしやせんね……」


「グリフォンの羽毛は高級布団の材料になるとか。ギルドでは引き取ってもらえないかもしれませんが、レイノスでしたら売れるのかも?」


「そうなんだ? じゃあ持っていこうか」


 でもすぐ諦めた。

 作業途中で他の魔物に襲われるのは根性で何とかするにしても、羽毛かさばるかさばる。

 これ用のデカい袋持って来ないとダメだわ。


「うーん、今後の課題だなー」


 イシュトバーンさんに聞いてこよ。

 苦労する割に安かったら嫌だし。

 さらに北へ。


「あ、ニンニクです」


「掘っていこう」


 このニンニクはうちで育てるのは難しいってクララが言ってたな。

 まあ持って帰って干しておけば保存が利く。


「ショウガはうちでも育てられるんだっけ?」


「水加減が難しいですけど、育てられますよ」


「ショウガどこかに生えてないかな?」


「魔境では今まで見ていませんね。温暖な気候を好む植物ですから、あるとすれば北辺東でしょうか?」


 同じ北辺でも、あたし達のよく来る西側は比較的冷涼なのだ。


「焼き肉のタレをどうにかしたい。砂糖とニンニクは手に入るとして、ショウガが割と難問なんだよね」


 なくもないのだが、ドーラではあまり作られていないっぽい。

 意識して手に入れようと思うと難しいのだ。

 そういえば以前サフランが持ってたけど、あれどこで手に入れたんだろ?

 醤油の生産がどうなってるかも聞いておきたいし、一度黒の民の村行ってこようかな。


「姐御、気付いているかとは思いやすが……」


「うん、気付かないフリしてるからスルーして」


「「「了解」」」


 知らない精霊がいるのだ。

 遠目だが、砂色っぽい子で羽を持ち、フワフワ飛んでいることはわかる。

 いや、魔境は人ほとんど来ないから、そういう意味では精霊がいたっておかしくはないのだが、一体どこから来たんだよ?

 強力な魔物たくさんいるから危ないぞ?


「あの子見た感じ低レベルだから、刺激して慌てさせると危険が危ない。魔物にやられちゃう恐れがあるよ。向こうからコンタクト取ろうとするまで放っておこう」


「「「了解!」」」


 クレイジーパペット2体を倒して、人形系レア魔物エリアのさらに中へ。


「じゃあいつもの通り、ウィッカーマンとデカダンスを交互に倒す感じで、高級宝飾品狙っていこう。納入期限も近いから張り切っていこうじゃないか」


「ユー様、あの子ついて来てるみたいですが」


「気にしない」


 デカダンスを瞬殺、さらにウィッカーマンを倒してデカダンス3体を倒してデカダンス2体を倒してウィッカーマンを倒してデカダンス1体を倒してデカダンス2体を倒してデカダンス2体を倒して……。


「ボス、ベリーベリー気になるね」


「あたしだって気になるわ!」


 先ほどの精霊が、ふよふよ飛びながらついて来るのだ。

 かといって一定距離以内には決して近づいて来ない。

 どーなってんだ?


「この近辺は人形系しか出現しないからいいですけれど、飛ぶ魔物の出現するところへ行ったらパクっと食べられちゃいそうです」


「でも追いかけて逃げられるとヤベーですぜ?」


「そーなんだよなー」


 あたし達に実害があるわけじゃないが、集中力が削がれるのだ。


「うーん、でもあの子、明らかに魔境知らないよね?」


 もし知ってたら、飛ぶ魔物に食べてくださいと言わんばかりの挙動をするはずがない。


「転移に自信があるのかもしれませんが……」


 あ、そういえば羽のある精霊は転移できる子が多いんだっけか。


「じゃ、油断しなきゃ危険はないかもなんだ?」


 クララが頷く。


「よし、やっぱり放置。こっちはこっちで集中ね」


「「「了解!」」」


 で、心ゆくまで各種経験値君を狩り、おっぱいさんが喜ぶくらいの高級宝飾品を得た。


 ……のだが、一体何なんあの子は?

 接触してくるわけでもなし、かといってどこかへ飛び去るわけでもなし。

 気になって気になって仕方がないのだが。

 もー辛抱たまらん!


「クララ、『フライ』であの子と話してきてくれる?」


「はい、行ってきます」


「エスケープするかもね?」


「それならそれで諦める」


 クララ1人なら圧迫感もないだろ。

 あれ? 連れて戻ってきたぞ?


「迷子だそうです」


「迷子かよ!」


 だーっ! 神経使うわ!


「何で話しかけてこなかったの?」


「だどもあんたら、おっかねえ魔物さ蹴散らしてる……」


「どこの田舎もんだ!」


「そ、それがわかんねえだ」


 転移とは原則的に、先に目印となるものがある場合か、自分と先方の位置関係がわかっている場合にしか行えないものらしい。

 が、この迷子の精霊ときたら……。


「……要するに、魔物に脅かされてランダム転移したらここに来ちゃった、と」


「そういうことだべ」


「困ったねえ、自分の住処には目印置かないものなんだ?」


「必要なかっただ。今度から注意するだ」


「今度がないじゃん」


 うなだれる砂色の精霊。

 しょうがないなー。


「あんた、ついて来なさい。ここ魔境だよ? 魔物すごく強くて危ないから」


「え、いいのけ?」


「クララ、全速『フライ』でベースキャンプに帰ると危険かな?」


 飛行魔物も少なくないからどうだろう?

 スピードはクララの全速『フライ』の方がうんと速いと思うけど。


「いえ、問題ないかと」


「お願いできる?」


「はい、フライ!」


 特急でベースキャンプへ飛んで戻る。


「ただいまー」


「あれ、ユーラシアさん? お帰りなさいませ」


 意外そうなオニオンさん。


「直接ホームに戻るという話ではなかったですか?」


「ちょっと緊急事態なんだ。迷子の精霊拾っちゃった」


「は?」


 羽を持つ砂色の精霊を見て納得したらしい。


「5人だと転移の玉使えないからさ、少しの間この子預かっててよ。すぐ戻るから。あんたもわかった? フラフラ出歩くんじゃないよ」


「あ、あい」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「疾風の精霊ハヤテだす。よろしゅう」


 ベースキャンプへ取って返し、迷子君をうちまで連れてきた。

 お茶飲んだらちょっと落ち着いたらしい。


「で、これからどうするかだけど、当てはないんだよね?」


「あい」


「近くに『精霊の友』と精霊の暮らす村があるんだ。連れてってあげるから、そこに身を寄せなさい。気に入ればそこに住めばいいし、嫌なら出てゆけばいい。少なくとも魔境で狂暴な魔物にビクビクしてるより、何万倍もマシだわ」


「わかっただ」


「あたしハヤテと灰の民の村行ってくるよ。あとよろしく」


「「「了解!」」」


 灰の民の村への道を急ぎながら、精霊ハヤテと話をする。


「ユーラシアさんとは話せるだ。でもあのタマネギとはムリだっただ」


 ははあ、精霊ハヤテの目から見てもオニオンさんはタマネギらしい。


「ハヤテは人間は初めてなの?」


「見たことはあっただけど、こんなに近ぐは初めてだ」


 どうやら何も知らん子らしい。

 マジでどこの田舎もんだ。


「そうなんだ……。精霊とは相性がいい人と悪い人がいるんだよ。相性いい人ってほとんどいないんだけど、今から行く村は皆が精霊と喋れる人だから大丈夫だよ。精霊も何人かいるからね」


「あい」


 不安もあるんだろうな。


「風の精霊は、やっぱり風の吹いてるところが心地いいの?」


「へえ、おらは特に優しい風が好きですだ」


「優しい風、いいねえ」


 なんとなくわかる。

 あたしも髪をくすぐるような風は好きだ。


「ハヤテの元いた場所はどんなところだったの?」


「森だっただ」


「魔物多いところだったんだ?」


「いんや、その森で魔物見たのは初めてだっただ」


 魔物の生息域とされているところじゃなくても、魔物が迷い込んでくることはある。

 ドーラに住んでいる限り仕方のないことだ。

 昔、灰の民の村でも、たまに魔物が柵を越えて来ることはあった。

 じっちゃんやコモさんが追い返してたけど、いきなりじゃそりゃビックリするわなあ。


「着いた。ここが灰の民の村だよ」


 サイナスさん家に行く。


「こんにちはー。ここの族長のサイナスさんね」


「へえ、よろしくお願いしますだ」


「あれ、ユーラシアか。そっちの精霊は?」


「迷子の精霊ハヤテ」


「疾風の精霊だでよ!」


「あっ、そーだった」


 かくかくしかじか。


「君、今日レイノスだったんだろう? それから魔境行ったのか」


「いや、それがレイノスで大変でさ。夜に話すよ」


 慣れないことは疲れるのだ。


「気分転換のために魔境行ったんだ。疲れた時はやっぱレジャーがいいから」


「魔境がレジャー感覚なのか……」


 何かショック受けてるみたいだけど、人の感覚は様々で皆違って皆いいんだよ?

 うちの子達も魔境大好きだよ?


「お肉お土産ね。この子もお腹減ってると思うんだ。何か食べさせてあげてよ」


「わかった。預かればいいんだな?」


「うん、ここで暮らしたいようなら、村の皆に紹介してあげてくれる?」


「そうだな。わかった」


 まずはこれでよし。


「じゃ、あたし帰る。あんたも疲れたろうから、早く休むんだよ」


「あい。いろいろあんがと」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。

 先ほどサイナスさんとは会ったばかりであるが、お腹が減っていたので速攻で帰宅したのだ。

 誰があたしを責められるであろうか?


『うん、こんばんは』


「ハヤテはどう?」


『ここの風はなかなかいいって、外へ吹かれに行ってるよ』


「そうなんだ? その子転移使えるから、明日にでもアレクに紹介してやってね」


『ああ』


 明日には輸送隊も帰ってくるはず。

 ハヤテが村に居付いてくれれば嬉しいし、アレクの転移術の研究も進むかもしれない。


「今日、セレシアさん達だけじゃなくて、アレクとケスも来たんだよ」


『へえ? 失礼はなかったかい?』


「うん、じっちゃんの孫とあたしを落とし穴に落とそうとした子だって紹介したら、イシュトバーンさんが興味持っちゃってさあ。もう少し話したかったみたいなんだ。その時あんまり時間なかったから、今度輸送隊全員を招待してくれることになった」


『今度って5日後だな? じゃあ次も輸送隊全員派遣ということになるのか』


「そういうことになるね」


 本来だったらそんな人数は必要ないのだが。


「まあ経験とイシュトバーンさんとの顔繋ぎと思えば」


『そうだな』


「いずれ輸送隊員達から詳しい報告が行くだろうけど、一応前もってフェイさんに伝えておいてくれる?」


『了解だ』


 サイナスさんが聞いてくる。


『セレシア族長の店はどうだったんだ? 君さっきレイノスで大変だったって言ってたが、今日開店したんだろう?』


「した。売り子やらされたんだよ」


『売り子? まあユーラシアは人集めるのは得意だろうけど』


 どーしてか皆そういう認識だな。


「滑り出しはよかったよ。お客さん大盛り上がり」


『大盛り上がり? また煽ったのか?』


「そりゃそうだよ。商売の基本だもん」


 いいものが売れるのは、店側にも客側にもいいことなのだ。

 仕掛けを躊躇う理由があるだろうか?


「黒の酢と青のファッションは、カラーズの商品はいいっていう信用を植え付けるチャンスなんだよ。積極的にいかないと」


『そういうものか』


「ヨハンさんも乗っかってくるだろうし」


 ラルフ君パパは案外切れる人だ。

 勢いがあると見るや、他の商品もカラーズ産であることを前面に押し出した売り方をしてくるに違いない。

 そうなったらそうなったで別の問題も発生するのだが。


「こっちはそんなとこ」


『カラーズで大した動きはないな。今一番の話題は交易だ。緩衝地帯では盛んにその話題が出ている』


「そーか。嬉しいなあ』


『輸送隊レベリングは2日後朝からよろしくとのことだぞ。大丈夫か?』


「明後日だね。うん、わかった。予定通りだ。じゃ、おやすみなさい」


『おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日はラルフ君達と……。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドにやって来た。


「おはよう、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「おはよう、ポロックさん」


 総合受付、角帽のポロックさんだ。


「ちょっといいかい?」


 え? 何だろ?

 ポロックさんが声を潜める。


「……帝国と戦争について、詳しいことはユーラシアさんに聞けとのことなんだけど」


 その話か。

 ははーん、今日は朝早くて冒険者がまだあまり来てないから聞いてきたんだな?


「多分2週間後くらいだよ」


「に、2週間後? そ、それは早い……」


「ソル君パーティー、ラルフ君パーティー、エルマ以外の冒険者は全員西域に投入するつもりで。あっちの物流が生命線だから。レイノス東とカラーズはラルフ君パーティー、エルマだけでいいです」


「わかりました。ユーラシアさん自身とソールさんは?」


「カンだけど、こっちには関われない。別の戦場がある」


 緊張するポロックさん。


「いや、勝てるんで心配しなくていいですよ。楽に勝てるといいなー、とっとと終わらせたいなーってだけの話だから」


「そ、そうですか」


 ちょっと落ち着いたか?


「この件、知ってる冒険者もいますけど、外に情報漏れると混乱しますので、基本内密で」


「わかりました」


「ここで話するのは何ですから、あたしからギルドに伝えるべきことがあったら、魔境ガイドのオニオンさんに言っときますね」


「オニ……ああ、ペコロスさんだね。お願いします」


 ギルド内部へ。


「師匠!」


 ラルフ君パーティーだ。

 どうやら背中がかゆくなりそうな話だけになる予感なので、今日はヴィルを呼んでいない。


「おはよう。皆、冒険者らしい面構えになったねえ」


「はい、自分覚悟を決めまして、師匠に魔境で鍛えていただきたく……」


「そのことについて、ちょっと食堂で話そうか」


 皆で食堂へ。

 あ、うまい具合にピンクマンがいる。


「ああ、ユーラシアとラルフか」


「いよいよラルフ君が覚悟を決めたようなんだ。楽しい魔境ツアーだよ」


「ハハッ、楽しみ過ぎないようにな」


 まずあれからどうなったかの確認からだな。


「昨日、レイノスで青の民の服屋がオープンしたんだよ。ラルフ君、あたし帰った後、何か変わったことあった?」


「いえ、これ今日のドーラ日報です」


 ピンクマンが何気なさそうに言う。


「ちょうどいい。何故か今日、ドーラ日報が売り切れでな。読めなかったのだ」


「レイノスタイムズは売り切れじゃなかったの?」


「ああ、残り部数は少なかったがな」


 で、ドーラ日報の一面が……。


「おお、よく描けてるねえ」


 女性特有の曲線のえっちさが余すところなく表現された絵。

 なるほど、売れるはずだ。


「これ、イシュトバーンさんの絵なんです」


「「えっ!」」


 へー、大したもんだな。


「どういうことだ?」


 あ、ピンクマン事情知らないもんな。


「店長であるセレシアさんの才能が一目でわかる服、ってことでこれを披露してさ。そしたら新聞記者ズが、記事にしたいけど絵師がいないって言ってたから、スケッチ大会やったんだよ」


「上手に描けたものは新聞社が買い取って新聞に載せる、という条件だったんです。で、ドーラ日報とレイノスタイムズ双方がイシュトバーンさんの絵を欲しがったんですけど、結局ドーラ日報が権利を得まして」


「これほどの絵を描けるとは、イシュトバーンさんやるなー。ただのスケベジジイじゃなかったな」


 話題性としては充分だ。


「思ったより遅い時間まで店にいたんだね?」


「売れ行きが予想以上とのことで、材料の仕入れどうするかの話が長引いたんです」


 あ、そういうことか。

 ピンクマンに聞く。


「酢が調子いいのはわかるけど、醤油どうなってるかな?」


「正直手が回っていないな。酢だけでてんてこ舞いだ」


「そうか。まー仕方ないな」


「徐々にラボで働く人を増やそうとはしているが……」


「うん、ゆっくりでいいから」


 ピンクマンが意外そうな表情を浮かべる。


「ユーラシアはてっきり生産を急がせるものと思っていたが……」


「ムリなもんはムリだよ。急げるところは急がなきゃいけないけど」


 品質の維持、人材の育成、これを生産性を向上させながら行っているのだ。

 十分期待以上だってばよ。

 戦況によっては需要減るかもしれないんだし。


「師匠、そろそろ……」


「うん、ちょっと頭寄せて」


 内緒話モード発動。


「黒の酢と青の服屋が成功することで状況が変わってきた」


「うむ、その心は?」


「カラーズ~レイノス間の交易を帝国に感付かれて、警戒されてしまう可能性が増えるってことだよ」


 ピンクマンはある程度予想がついていたようだが、ラルフ君パーティーは驚きを隠せていない。


「カラーズブランドの価値が上がってくると、ヨハンさんはそっちを強調してくるだろう。商人としては当然だよね」


「ち、父はまさにそのようなことを昨日……」


「カラーズにとってはありがたいことだよ。ただし来たるべき戦争を考えると、レイノス東が襲撃される危険性は増すんだ。わかるね?」


 コクコク頷くラルフ君パーティー。


「かといって西の重要性が減じるわけじゃないんだ。西の物流を切られて長期戦になるとレイノスが持たない。だから『アトラスの冒険者』は、ほぼ全員西域の防備に当たることになる。西域は広いんで、それでも全然手が足りないんだけどね。レイノスの東はラルフ君パーティーと、もう1人エルマっていう新人冒険者だけだよ。さて、この状況でラルフ君パーティーにできることは何だと思う?」


 真剣に考えているラルフ君パーティー。


「や、やはり師匠に鍛えていただき、個の力を上げていくべきだと」


「何を目的として?」


「はっ?」


 意味を計りかねているようだ。

 考えることは重要だよ。


「ラルフ君達がやる気になってくれて嬉しい。ラルフ君パーティーが本気ならレイノス東はまず大丈夫なんだ」


「ど、どうして?」


「レイノス東で上陸できる範囲は狭いから」


 ポカンとしてるね?


「帝国には海の一族の監視を抜ける舟の技術がある。それを使ってどこに来るかわからないのが問題なんだけど。レイノス東は港からクー川まで、実際に安全に上陸できるのはせいぜい強歩4時間くらいの範囲しかないんだよ」


「そ、それはそうでしょうけど」


「ムオリス君は『フライ』をまだ使えないよね?」


「「「「!」」」」


 ラルフ君パーティーの魔法剣士ムオリスは、風魔法の使い手なのだ。


「ふ、『フライ』で監視しろと?」


「監視だけじゃなくて攻撃もしてよ。ドンパチしてれば海の一族のパトロール隊が察知して、勝手にやっつけてくれるから」


「「「「……」」」」


 声も出ないラルフ君パーティー。

 ピンクマンが感心する。


「ユーラシアにはそういう腹積もりがあったのか」


「まあ、考えるだけはタダだから」


「輸送隊のレベル上げも戦争に備えてという面があるんだろう?」


「そりゃそうだよ。あ、明日朝からレベル上げなんだ。悪いけど手伝って」


「無論だ」


「もしエルマに会えたら、彼女にもそう伝えておいてよ」


「わかった」


 内緒話モード解除、ラルフ君パーティーに向き直る。


「さあ、やるべきことはわかったね?」


「「「「はい!」」」」


「言っとくけど、『フライ』はかなりコントロールが難しいんだ。今、うちのクララは強歩4時間くらいの距離なら10分で往復できる。でも覚えたての頃はスピードも出なかったし、ちょっと風に煽られたらバランス崩す感じだった。使いこなすには最低レベル50は必要だと思ってね」


「「「「はい!」」」」


 いい返事だね。


「じゃあね、ピンクマン。明日よろしく」


「うむ」


 フレンドで転移の玉を使用、ラルフ君パーティーを伴って帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、おはよう」


 我が心の故郷、魔境だ。


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。ラルフさんは久しぶりですね」


「そうなんだよ。ようやくラルフ君達も魔境の塵となる覚悟ができたみたいで」


「「「「できてませんよ!」」」」


「やだなー。軽い魔境ジョークじゃないか」


 オニオンさんが笑う。


「大丈夫ですよ。ユーラシアさんの魔境ツアーにはかなりの人数が参加されていますが、未だかつて事故はありませんから」


「おっ! オニオンさんはフラグ立てるのが上手だなー。今日こそ何か起こりそうな気配になったよ」


「いやいや、そんなつもりは毛頭……」


 ラルフ君よ、そんなに不安がらなくても大丈夫だってばよ。


「じゃ、行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊と脅える者ども出撃。


          ◇


 オーガとワイバーンをかるーく連破した後、アーチャーのウスマン君が言う。


「話に聞いてたよりも、何事もないですね?」


「そりゃそーだよ。あたしも魔境ツアーコンダクターとして腕を磨いたし、君達もラルフ君が魔境に来た時よりレベル高いし」


 ちょっと安心したか?


「基本1ターンで片付けるけど、クレイジーパペットとブロークンドール、それからドラゴンや高級巨人族なんかは向こうの攻撃食らうから、しっかりガードね」


「「「「了解です!」」」」


 さらに中へ。


「あ、デカダンスだ。あれは図体だけ大きいけど大したことはないから」


「た、大したことないって……」


 魔法剣士ムオリス君が何か言ってるけど、君達ラルフ君に毒され過ぎだぞ?


 実りある経験からの通常攻撃!


「ほら、脅えなくても大丈夫だってばよ」


 黄金皇珠と透輝珠ゲット。

 イマイチやりにくいなー。


「アイスドラゴンだ。しっかりガードしててね」


 まあ雑魚は往ねなんですけれども。


「リフレッシュ! 大丈夫? どんどん行くよ」


 念のため中央部は避けようか。

 ザコを倒しつつどんどん北へ。


「はい、ここが魔境北辺の稼ぎどころです。ガンガン人形系レア倒していくよ」


「「「「は、はい」」」」


 うーん、喋れるだけマシか。

 アレクとエルマはあんなにテンション高かったのになー。

 魔境ツアーは人を選ぶらしい?


 ブロークンドール3体、クレイジーパペット2体を倒し、デカダンスの多いエリアへ。

 ここは安全に経験値稼げるから、もうちょっと戦うべし。

 そしたら昼休憩でギルドかな。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ。……ラルフさん達は少々お疲れのようですね?」


 ベースキャンプに帰ってきたが、ラルフ君パーティーにやや疲労感が見られる。

 肉体的にというより精神的に?


「うーん、やっぱ緊張するのかなー。わくわく魔境ツアーは、楽しめる人とそうでない人がいるみたいなんだよね」


 あたしも気疲れするわ。

 ラルフ君が呟く。


「自分のレベルがわからない……」


「あるある。心配ない。それは誰もが経験する通過儀礼だぞ?」


「普通はそんなことないですけれどね」


 オニオンさんが笑う。


「ギルド行ってくるね」


 転送魔法陣からギルドへ。


          ◇


「いえ、全然問題ないです」


「そお? 何か皆だるそーな感じだけど」


「今日はヴィルいねえのか?」


 ギルドの食堂で食事をとりつつの話だ。

 そして何故かいるダン。


「くたびれたーみたいな感情が充満してるところだと、ヴィルの調子が悪くなっちゃうんだよ」


「なるほどな。ユーラシア式魔境ツアーは過酷か?」


 剣士ゴール君とアーチャーのウスマン君が答える。


「いえいえ、事前に聞いていたよりは、全くそんなことなくて」


「でも昨日寝られなかったんです」


「そーかー、嬉しいな。そんなに楽しみにしててくれたのか」


「「「「いやいやいやいや!」」」」


 違うの?


「あんたら師弟の決定的な断絶を見たぜ」


「えーひどいなー」


 魔法剣士ムオリス君が言う。


「リーダーから聞いてた限りでは、生きるか死ぬか魔境か、くらいの勢いだったんです」


「本当に生きるか死ぬか魔境かくらいの勢いだったんだよ!」


 ラルフ君の魂の叫びに、疑いの目を向けるメンバー達。

 いかん、このままではラルフ君がオチ担当にされてしまう。


 ダンが助け舟を出す。


「そうは言うが、ラルフがユーラシアに魔境連れ回されて、黒コゲになってたのは本当だぜ?」


「ごめんよ。あの時あたしは若かった」


「若かったって……」


 唖然とするラルフ君パーティー。


「クレイジーパペットの『フレイム』食らった時、レベル10くらいだったろ?」


「そうだね。ギリッギリ耐えられるなーと思って、つい経験値を優先してしまったんだよ」


「蘇生魔法も『リフレッシュ』も使える状況だったしな」


「ことごとくその通り。スキルに甘えてしまった。モーレツに反省している」


「こいつも大して悪気はなかったはずだぜ?」


「若さゆえの過ちだった。あたしの成長の糧になったと思って許しておくれ」


 ラルフ君パーティーの面々も段々ヤバさに気付いたようだ。

 いや、そんなにヤバくはなかったと思うけど?


「あの時のラルフの犠牲があって、今のユーラシアのパワーレベリングが完成したんだぜ。感謝しろよ」


「ラルフ君の魂に乾杯!」


「自分やられてないですから!」


 ダンがニヤニヤしてる。


「魂の抜け殻になってたぜ?」


「現世に戻って来られて良かったねえ」


「黄泉の国覗いてないですから!」


 ……案外ラルフ君のツッコミは好きだなあ。


「ちょうどあの後すぐにユーラシアがドラゴンスレイヤーになったろ?」


「ああ、そうだったそうだった。魔境行き始めて何日目だったかな?」


「『ドラゴンスレイヤーの弟子』の二つ名で、ラルフを蘇生できたようなもんだぜ」


「ラルフ君が冒険者辞めなくてよかったよ。心配だったんだぞ? バエちゃんの給料が下げられちゃうところだった」


「一欠片でも弟子の心配をしてくださいよ!」


 皆で笑い合う。


「さて、気分転換できたかな? もう少しレベル上げてこようか」


「「「「はい!」」」」


「ダン、ごちそうさま!」


「「「「ごちそうさまです!」」」」


「あっ、こら! 奢りじゃねえぞ!」


 伝票を親友にプレゼントし、フレンドで転移の玉を使用、ラルフ君パーティーを伴って一旦ホームへ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 再び魔境へ来た。


「オニオンさん、こんにちはアゲイン!」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん。午後も魔境ツアーですか?」


「そうだね。まだラルフ君達が魔境を連れ回されたいみたいだから」


 今、ラルフ君のレベルが45。

 ラルフ君パーティーの気持ちも解れてきたようだ。

 飛行魔法の安定・安全な運用を考えると、もうちょっとレベルを稼いでおきたい。


「というか、アーチャーのウスマン君が魔物倒した時のドロップ確率が上がる固有能力持ちでさ。結構バカになんないの」


「ああ、『長者』の固有能力ですね」


 ウスマン君が頷く。

 『長者』っていうのか。

 ドロップ確率が上がるって聞いてたけど、それだけじゃなくて明らかにレアドロップ率も上がってるんだよな。


 今日はレベル上げが目的なので、ダンテは『豊穣祈念』ではなく、『実りある経験』を用いている。

 しかしウスマン君の『長者』の能力と、うちのパーティーが装備してるパワーカード『るんるん』の効果で、かなり高級宝飾品も落としていく。

 宝飾品クエストを抱えてる身としてはとてもありがたいなあ。


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ!」


 ユーラシア隊とちょっとスリルを楽しめるようになった者ども出撃。


          ◇


 ザコを倒しながら北進。


「しまった、またやってしまった……」


 ワイバーンの卵だ。

 帰りに落としてくれるのはありがたいのだが、行きだと重いし割れやすいので困りものなのだ。

 しかし、どういうわけか行きにドロップすることが多い。

 一体何の法則だ?


「自分が運びますよ」


「ごめんね、お願いする」


 後衛のラルフ君に任せる。

 この前のお昼はスクランブルエッグにしたけど、今日は腹一杯食べてきちゃったしな。

 どーすべ?


 ともかく歩を進め、魔境中央部へ。


「……リッチーか。割と強いんだ。向こうにターン回らないと思うけど、一応注意してね」


「『割と』って……はい、しっかりガードします」


「卵割れるとテンションダダ下がりだぞ?」


「卵の心配ですか!」


 レッツファイッ!

 ハヤブサ斬り・零式×4で問題なく倒した!


「幽玄浮島珠、お宝です!」


「リッチーのレアドロップは高級宝飾品なんだけど、何落とすか決まってないっぽいんだよね。今日ウスマン君のおかげでレアドロップ率高いから、検証させてよ。あとでもう少し協力して?」


「「「「はい!」」」」


 ドロップ多くなる固有能力はいいなあ。

 さらに北へ。


「魔境北のパラダイスエリアですね」


「おっ、ゴール君わかってきたね?」


 ラルフ君パーティーの中でも一際身体の大きい剣士ゴール君。

 敵の攻撃を自分に集め反撃する固有能力持ちだというが?


「ゴール君の固有能力名は何ていうの?」


「『ヘイトリベンジ』です。比較的レアな能力らしいんですが、日常で攻撃の的になりやすいのはあまりいいことなくて」


「ええ? でも反撃できるのは楽しくない?」


 日常だとツッコまれまくるのかなあ?

 いろんな固有能力があるもんだ。


「さて、人形系レアで稼いでいくよ」


「「「「はい!」」」」


          ◇


「今日はまあまあ頑張ったねえ」


「まあまあですか」


 帰り道で再びリッチーを倒し、今度は降魔炎珠を得た。

 これは以前もドロップしたやつだな。


「いやいやお疲れ様、これでラルフ君パーティーも一流の上級冒険者だから」


「師匠のおかげです」


 全員がレベル50を超えた。

 ラルフ君達はクエストや護衛の仕事も真面目にこなしているし、レベルさえあれば信用できる。


「ところでさあ、これ聞いていいかわかんないんだけど、ラルフ君家とカラーズ緑の民の村ってどうして揉めてるの?」


 ズバリ切り込んでやった。

 どうだ?


「詳しくは知らないんですが、祖父母の代の族長の跡目争いで荒れたと聞きました」


 あーそれで根が深いのか。

 そしてラルフ君は特に何とも思ってないわけね?


「これ、もう少し詳しい事情を知りたいんだ。いずれは緑の民も交易の仲間に入れたいんだよね。でもどこに地雷があるかわからないんじゃ、やりにくくて仕方がない」


「では、父に聞いて師匠に報告いたしますね」


「頼むよ」


 少なくともこれで、ラルフ君家側の言い分はわかるはず。

 どうにかして緑の民側の見解も知りたいものだが。


「あれは……マンティコアですか?」


 翼とネコに似た頭部を持つ大型の魔獣マンティコア。


「あれ、美味しいんだって。イシュトバーンさんに聞いたんだ。肉にして食べよう!」


「「「「えっ!」」」」


 まあ雑魚は往ねなんですけれども。


「ラッキー! 凄草だ」


「ドロップですか?」


「そう。凄草はエーテル抜けるとまずくなっちゃうんだけど、マンティコアがドロップした時点では新鮮っていう特徴があるんだよ」


 あ、いいこと閃いた!

 でも肉が先か。


「クララ、解体お願い! 他は肉を確保できるまでクララをガードするよ!」


「「「「「「「了解!」」」」」」」


 クララの包丁捌きはほぼ神技だ。

 力入れてるように見えないのにどうなってんだろ?

 あっという間に肉にする。

 いやでも、ここは危ないな。


「ムオリスくん、『フライ』練習してみようか。ベースキャンプまで皆を運んで。飛行魔物に襲われるかもしれないから油断しちゃダメだぞ?」


「はい!」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


 うん、無事ベースキャンプに到着。

 クララの高速『フライ』には及ぶべくもないけど、ムオリスくんの『フライ』も十分実用レベルだ。


「マンティコアは美味しいって聞いたから肉にしてきたんだ。オニオンさんにも少しあげるから食べて?」


「これはこれは、どうもありがとうございます。でも、危なくなかったですか?」


「それがクララさんの解体技術がすごくて……」


 よかったねクララ。

 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「イシュトバーンさんに連絡取ってくれる?」


『わかったぬ!』


 しばらく後、イシュトバーンさんと連絡が取れる。


『精霊使いよ、肉か?』


「肉だよ。今からそっち行っていい? ラルフ君のパーティーも一緒なんだ」


『ヨハンとこの息子だな? 待ってるぜ』


「ヴィル、あたし達もそっち行くから、可愛がってもらっていなさい」


『はいだぬ!』


 よーしオッケー。


「じゃ、オニオンさんさよなら」


「さようなら。またのお越しをお待ちしております」


 フレンドで転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ラルフ君パーティーを伴って、イシュトバーンさん家にやって来た。


「こんばんはー」


「精霊使い殿、お待ちしておりました」


 イシュトバーンさん家の警備員は礼儀正しい。


「肉をお持ちいただいたとか」


「魔境でマンティコア狩ったんですよ。この前、イシュトバーンさんにこの肉お美味しいって聞いたから」


「ハハハッ、それは御苦労様です。どうぞこちらへ」


 屋敷へ案内される。

 皆でゾロゾロ。


「御主人!」


「来たか。待ってたぜ、精霊使い」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。

 ぎゅっとしてやる。

 お付きの女性にマンティコア肉とワイバーンの卵を渡した。


「よく肉にできたな。ドラゴン帯は魔物密度も高いだろ?」


「今日、ラルフ君達が一緒だったからね。囮密度も高かったんだ」


「囮じゃないですよ!」


 冒険者ジョークだってばよ。


「それより思いついたことがあるんだ。足見せて?」


「足? おいおい、要求が助平じゃねえか」


「ハッハッハッ、減るもんじゃなし」


 イシュトバーンさんの足を見せてもらう。

 ……左足の付け根と右足の膝か。


「クララ、左足の付け根に『ハイヒール』」


「はい、ハイヒール!」


「……もう1回」


「はい、ハイヒール!」


「……よし、今度は右足の膝に『ハイヒール』」


「はい、ハイヒール!」


「うん、オーケー」


 面白そうな目で見ていたイシュトバーンさんが言う。


「いや、ありがてえが、そんなことは散々やったんだぜ?」


「これ食べてくれる?」


「ん? お、凄草か」


「新鮮なやつだよ。美味いよ」


 イシュトバーンさんが葉を摘まんで口にする。


「おお、こりゃあ確かに甘い。後味がいいな!」


「でしょ? デザートでも前菜でもイケるよねえ。どんどん食べて」


 葉を全部平らげる。


「なるほど、確かに腹に溜まらねえ。これが凄草の食感か」


「ちょっとごめんね」


 イシュトバーンさんを抱えて立たせる。


「お、い、痛くねえ!」


「うーん、筋力はかなり落ちてるね。凄草1個じゃとても足りないな」


 ラルフ君パーティーもお付きの女性も驚いて声が出ない。


「どういうことだ? 説明してくれ」


「あたしレベルが上がって、他人の身体の調子の悪い部分がわかるようになったんだよ。エーテルの流れで何となくだけど。回復魔法はヒットポイントの回復だけじゃなくてケガの治癒も同時に行うから、悪い部分にピンポイントで魔法当てれば治るはずなんだ。病気や一定以上の欠損以外はね」


「理屈としてはそうだが、魔法医の治療も受けたことあるんだぜ?」


「でもマスタークラスの『ハイヒール』を連打されたことはないでしょ?」


 イシュトバーンさんが、あの愛嬌があると言えないこともない丸い目で見つめてくる。


「「あはははははっ!」」


 2人で笑い合う。


「感謝してもしきれねえな!」


「クララに感謝してくれればいいんだよ。あたしは抱っこするの面倒になっただけだから」


「でも疲れたら抱っこしてくれ」


「えー? 護衛のお兄さんがにおんぶしたがってるよ?」


 和やかな雰囲気の中、料理が運ばれてくる。


「ワイバーンの卵か。久しぶりだな」


「でもこれから探索だーって時に拾っちゃうことが多くてさ。重いし割れやすいんで厄介なんだよね。今日はラルフ君達がいたから良かったけど」


「すごく美味しいです、これ!」


 ラルフ君パーティーは、ワイバーンの卵初めてだったか。


「もうラルフ君達のレベルならワイバーン狩れるよ?」


「いや、そうでしたね。ありがとうございます」


「ほう、レベル上げが目的だったのか?」


 あ、鋭いな。

 お付きの女性達もいるので、『戦争』という言葉を使わずに説明する。


「うん、まあ。レイノス東はラルフ君パーティーとラルフ君家の警備員さん、レイノス東門の警備兵にお任せで」


「カラーズは?」


「あっちは大丈夫だと思うんだけど、一応輸送隊はレベル30くらいまで育てる。今度ここにお呼ばれするときまでには仕上げとく予定だよ」


「働き者だな」


「ええ? そんなんじゃないんだよー。あたしがやりたいからやってるの」


 あっ、肉だ!


「なるほど、これがマンティコア肉か」


「美味いことは美味いなー」


 クセがなくて爽やかだ。

 肉の獣臭さや脂が苦手な人でも食べられるだろうな。

 しかし逆に言えばパンチがない。

 タレやソースにその性格が大きく左右されそう。

 ラルフ君達は脂の乗ったコブタ肉の方が好みかもしれない。


「これ難しい肉だねえ。まよねえずが合うかも」


「フェスの時の調味料だろ。あれ、ワイバーンの卵で作ったらメチャクチャ美味いんじゃねえか?」


「あっ、そうだね!」


 ワイバーンの卵は黄身が大きく旨味が多い。

 確かにまよねえずに向いてそう。

 大量にできちゃうから、使うの大変だろうけどな。


「ワイバーンの卵は大っきいからうちで調理するの難しいんだよ。次来る時までにまた取れると思うから、持って来ていい?」


「歓迎するぜ。うちの料理人もまよねえずの作り方会得したしな」


 そーなのか。

 イシュトバーンさんも魚フライ気に入ってるみたいだな。


「ところであんたの宝飾品クエストは、進捗どうなってるんだ?」


「あ、気になる? かなーり順調だよ。今手に入れた分は、全部で200個超えてるんだ。今日初めて拾ったのも含めていくつか持って来たから見せてあげるよ」


 4つの高級宝飾品を机の上に並べると、居並ぶ皆の口から感嘆のため息が漏れる。


「一粒万倍珠、雨紫陽花珠、幽玄浮島珠、降魔炎珠か。いずれもめったにお目にかかれるものじゃねえ。こう並ぶと贅沢だな」


「これ雨紫陽花珠以外はリッチーからのドロップなんだ」


「ほう?」


 イシュトバーンさんの目が細くなる。


「リッチーは邪鬼王斑珠も落とすし、まだ他の宝飾品もゲットできるかもしれない。油断のならないやつだよ」


「雨紫陽花珠はどいつのドロップなんだ?」


「えーと、それはダイダラボッチ」


「魔境の超強え魔物全部倒してるんじゃねえか」


「いや、宝飾品落とすかもって聞いたから。そーゆー引きは乙女の好奇心を刺激するじゃん? じゃあ倒しておこうかなーって」


「『じゃあ』なのかよ! ついでみてえだな」


 デカダンスやウィッカーマンを倒すついでではあるよ。

 イシュトバーンさんがヴィルを撫でながら聞いてくる。


「期限は今月末だったか?」


「そうそう。でも搬送の都合上、納品の締め切りは妖姫の月27日だって言われたんだ。4日後? もうちょっとだから、張り切って人形系レア狩りしないと」


「ん? そりゃ妙だな。どうして搬送の都合で締め切りが3日も……」


 首をかしげるイシュトバーンさん。


「ちょっと待てよ? あんたはギルドに納品するんだよな?」


「うん。ギルドの依頼受付所」


「ははあ、そういうことか」


 何だろう?

 思い当たることがあるのか?


「依頼主に見当ついたぜ」


「えっ?」


 何故に?

 納品日が関係あるの?

 イシュトバーンさんがニヤニヤしながら言う。


「構わねえ、遠慮せず一切合切剥ぎ取るつもりでいけ」


「あたしは遠慮なんてしないし、最初から全部かっぱぐつもりだけど、誰なの? 依頼者」


「意地悪じゃねえが、今知らない方が面白えからもう少し我慢してろ。そいつはあんたに会わせろって必ず言ってくる」


 そーなん?


「ギルドでこのクエストの窓口になってるおっぱいさんも、ぺんぺん草も生えないくらいに毟り取れって言うんだよ」


「おい、そのおっぱいさんについて詳しく」


 どこまでもブレないなー。

 お付きの女性もラルフ君達も苦笑してるぞ?


「23歳の眼鏡美人だよ。うちのヴィルは『すごいお姉さん』って呼んでる」


「とってもすごいんだぬ!」


「そんなにかよ? 会ってみてえな」


「ギルドまで大した距離じゃないから、歩く練習しなよ」


「おお、そうだな。リハビリの励みになるぜ!」


 不純な原動力だな。

 まあイシュトバーンさんだからなー。

 楽しい夜は更けてゆく。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 ヴィル経由の寝る前通信だ。


『うん、こんばんは』


「商人のヨハンさんの息子が冒険者なんだけど、今日その子のパーティーのレベル上げてきたんだ」


『ああ、君を師匠扱いしてるって子か?』


「そうそう。言ったっけ?」


『以前チラッと聞いたな』


 そうだったか。

 よく覚えてるなー。


「その子のパーティーに飛行魔法使える子がいるの。レイノスからクー川の間を見回りしてくれれば、大分カラーズからレイノス東の危険は減ると思うんだ」


『危険というのは、海の一族の監視を抜ける技術というやつか』


 あ、デス爺かアレクから聞いたのかな。


「うん。でもカラーズも油断しないでね。戦争まで2週間あるかないかだよ」


『えっ?』


 随分ビックリしたね?


『そ、そんなに差し迫ってるのか?』


「ただのカンなんだけど、美少女精霊使いのカンは最近外れないんだよねえ」


『そ、そうか……』


 村の長が動揺すんなよ。


「明日、輸送隊のレベル上げ行くから、フェイさんにだけはあたしの見通し話しとくよ」


『うん、そうしてくれ』


 カラーズは大丈夫だと思うけどね。

 まあサイナスさんは輸送の手配の都合もあるからな。


「戦争になった時、白と灰の農作物も輸送隊が運ぶんだよね?」


『もちろんだ』


「台車は足りるのかな?」


『どうだろう? 黄の民の管轄なんだが、考えてたより相当早いからな』


「じゃ、そっちも言っとくね」


『間に合わせるのに最低限必要な台車の数もあるから、オレも行こう』


「あたしは例の緑の民の冒険者エルマを連れて直接緩衝地帯まで飛ぶから、サイナスさんはアレクと行っててよ」


『わかった』


 何だかんだで準備は整ってきたね。

 ブルっと来るのは冷えてきたからか、それとも武者震いか。


「そっちは何かあった?」


『輸送隊が帰着したな。本が届いてるぞ』


「明日帰りに寄るよ。アレクどう?」


『楽しかったみたいだよ。ハヤテと早速仲良くなって、文字教えてる』


「あ、それはよかった」


 ハヤテもかなり慣れたか。

 文字というのはかなり意外だが。


『そんなところだな』


「うん、おやすみなさい」


『おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日は輸送隊のレベル上げ、と。


          ◇


 今日は朝から輸送隊レベル上げの日。

 魔境の楽しさを皆に伝えるのが、美少女精霊使いたるあたしの使命だ。

 違ったかな?

 まあ細けえことはいいんだよ。


 赤プレートを取り出して話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ! 感度良好ぬ!』


「よーし、いい子! エルマがどこにいるか教えて? ギルドかアルアさんのとこか、どっちかだと思うんだ」


『わかったぬ。ちょっと待つぬ』


 一休み一休み。


『ギルドにいるぬ。ピンクマンと一緒ぬ』


「ありがとう。今からそっち行くから、ヴィルもギルドにいてね」


『わかったぬ!』


 よーし、ギルドに出発だ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「やあ、いらっしゃいユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「おはよう、ポロックさん」


 角帽のギルド総合受付が柔和な目を向けてくる。


「最近朝からギルドに来ることが多いねえ。働き過ぎじゃないですか?」


「えっ、お肌の艶がピンチかな? おっぱいさんに相談した方がいい?」


 笑いながらギルド内部へ。

 買い取り屋さんでアイテムを売る。


「毎度! ここのところユーラシアさんのおかげで、ギルドの収入がかなり上がってるんですよ」


「そーなの?」


「ええ、宝飾品の単価は高いですから」


 まあ今期『アトラスの冒険者』事業が結構儲かってるらしいという話は、チラッと聞き知ってたけどな。

 安定して運営できることはいいことだ。


「宝飾品ってそんなに需要のあるものなのかな?」


「単なる飾りとしても、マジックアイテムのコアや触媒としても引っ張りだこですよ。ドーラと帝国間の貿易は細ってますが、それでも帝国はドーラの宝飾品を輸入せざるを得ないのです」


「へー、そうなんだ」


 じゃ宝飾品クエスト、相場の5割増しでたくさん納めたとしても、依頼者もそう損しなさそうじゃん。

 お尻の毛の心配要らなくない?


「いやあ、さすがに世界の秘宝レベルの宝飾品ともなりますと、そう簡単に売れるもんじゃありませんよ」


「あ、そりゃそーか」


 やはりお尻の毛を……いやいや。


「ありがとう。またよろしく」


「いえいえ、こちらこそ御贔屓に」


 食堂へ、いたいた。


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、可愛いやつめ。


「お姉さま!」「ユーラシア」


 エルマとピンクマンだ。この2人は普通に喋れるようになったんだな?


「お待たせ、行こうか。サフランに声かけときたいんだ。ピンクマンのホームに飛んでってことでいいかな? 一番近いし」


 緑の民は今のところ交易に参加していない。

 エルマの立場的に、あたし達やピンクマンと村練り歩くのはよろしくないから、黒の民の村から緩衝地帯への方がいいだろうという配慮もある。

 あたしん家からだとちょっと距離あるしな。


「構わんぞ」


「黒の民はさー、あたし達が時々押しかけて嫌な気しないのかな? その辺のデリケートなとこわかんないんだよね」


「ユーラシアの口から……いや、なんでもない。黒の民が閉鎖的なのは認めるが、ユーラシアが来るようになって面白いイベントはあるし、村の活気も出てきた。ほとんど全員が歓迎しているぞ」


「そーかー。それは良かったよ。ところで『ユーラシアの口から』何? 『デリート』? 『バリケード』?」


 観念したように言うピンクマン。


「……ユーラシアの口からバリケードならともかく、デリケートという言葉が出てくるとは、だ」


「そっちかあ」


「お姉さま、すごーい!」


 ハッハッハッ、もっと崇めなさい。


「じゃ、行こうか。ヴィルもついておいで」


「わかったぬ!」


 フレンドで転移の玉を起動し、黒の民の村へ。


          ◇


「こんにちはー。サフランいる?」


「あっ、ユーラシアさん、こんにちは」


 黒の民の村、酢の醸造ラボだ。

 奥からサフランが駆けてくる。


「大きなラボだねえ。これフル稼働すると、前の何倍くらいの生産量になるの」


「5倍の予定ですね。機材を充実させれば7倍くらいまでにはなると思います」


「いや、ここまで来たらゆっくりでいいからね。生産量増やすことより、商品増やすこと考えよう」


「あ、醤油ですか?」


 あたしは頷く。

 商品1つというのは、何かあった時のダメージが大きいのだ。


「ところでそちらの方は?」


「あたしの妹分で新米冒険者のエルマと、うちの悪魔ヴィルだよ」


 サフランはヴィルをまよねえず講習会の時に見て知ってはいるだろうけど、あの時バタバタしてたしな。

 ヴィルはサフランを知るまい。

 一応紹介しておく。


「よろしくお願いいたします。サフランお姉さま」


「よろしくお願いしますぬ」


「2人とも可愛いじゃないですか。ズルいです。どちらかアターシにいただけません?」


「あげない」


 サフランってこーゆー子だったのか。

 悪魔と聞いて、ラボの従業員が皆こちらへ来る。


「本当だ、悪魔だ」


「ヴィルちゃんいい子だね」


「いい子ぬよ?」


「「「可愛い!」」」


 ヴィルチヤホヤされてんじゃねーか。

 まあ黒の民が悪魔くらいでビビるわけないと思ってたけれども。

 あんたら仕事はいいのかよ。


「大丈夫ですよ。発酵が順調ならば、ほぼチェックだけですので」


 そーなんだ?


「ところで醤油は今販売してないのかな? 少し欲しいんだけど」


「ありますわよ。手が足りてないので、現在生産はほぼ止めてますけれども」


「あ、じゃあ買ってくよ。それから以前焼き肉親睦会の時、ショウガ持ってたでしょ? サフランはあれどこから手に入れたの?」


「アターシが試験的に栽培してるものがあったんですの。でも手がかかるし、忙しくなってきたので、来年からはやめようかと……」


 水加減が難しいって、クララが言ってたくらいだもんな。

 でもうちにはカカシがいるから、栽培は問題なく可能だ。


「そういうことなら譲ってくれないかな。来年からあたしと灰の民が作ることにするよ」


「そうしていただけるなら嬉しいです」


 やったぜ、醤油とショウガゲット!

 砂糖やニンニクは手に入るし、焼き肉のタレ作って、海の王国とイシュトバーンさんとこ持ってこ。

 楽しみだなー。


「ありがとう。じゃあね、また来るよ」


「さようなら」


「「「ヴィルちゃーん!」」」


「ありがとうぬ! バイバイぬ!」


 ヴィル大人気じゃねーか。

 どうなってんだ?


          ◇


「黒の民の村はドクロばっかりですねえ」


「そうだねえ」


 緩衝地帯への道すがら、エルマがしきりに感心していた。


「何でなの? 百歩譲って黒の民共通の好みだとしても、他所に売ること考えると、ウケ悪いと思うんだけど?」


「ふむ、見解の相違だな。あれはあれで魂を震わせるデザインだろう?」


 そーかなー?

 まあ世の中いろんな人いるから、一概に反対するのもよろしくないか。

 でも調味料のビンにドクロマークなんか絶対入れさせんなよ?

 とっても美味しそうになっちゃうからな?


「それはそうと、呪術グッズの工房はどうなってるかな?」


「冒険者向けが一巡して暇しているな。単価の高い高級品を実現できればいいのだが……」


「そうか、よしよし」


 ピンクマンが不審げな目で見る。


「あまり喜ばしい事態ではないのだが」


「そろそろ青の族長セレシアさんが泣きついてくると思うんだ。だから」


 わからんといった様子のピンクマンとエルマ。


「青の民はファッションが得意でね。レイノスに服屋を出店したんだよ」


「そうなんですか!」


 緑の民は最初から交易を断ってきているし、緩衝地帯への出店も最初の内ちょっと参加していただけでやめちゃったから、その辺の事情に詳しくないだろう。


「一昨日開店だったんだが、ユーラシアは売り子として参加していたんだぞ」


「あれ、それピンクマンに言ったっけ?」


「新聞に載っていたぞ。『精霊使いユーラシア氏の新たな仕掛け』とな」


「お姉さま、すごーい!」


「どーして『美少女精霊使い』って書いてくれないのかな? 記者さんズ、あたしに会ってるのになあ」


 エルマとピンクマンが笑う。

 笑うところか?

 あたしは目一杯本気なのにな?


「で、メチャクチャ売れてたんだよ。あの売れ行きだと商品足りなくって、生産追いつかないはずなんだ」


「ははあ、それで黒の民に小物か何かを外注すればいい、ということなんだな?」


「そゆこと」


 理解しきれていないエルマに説明する。


「要するに、カラーズ諸村皆で儲けようぜってことなんだ。青が売れすぎて困るなら、他から供給してやればそっちも儲かるじゃない」


「元々緩衝地帯に出店の時の考え方からしてそうだったな。仲が悪いのは損だからという、説得の仕方だった」


「余ってるもの売って欲しい物買えたら、エルマだって嬉しいでしょ?」


「そんな簡単なことが、長い間カラーズではできなかったんだ」


 段々エルマの目が丸くなり、輝き出す。


「本当にそうですね! どうして緑の民は参加しないんでしょう?」


「んー間に入っている商人さんがねえ。この前話したっけ、フィルフョーの姓の人。そこ特殊な事情があるっぽいんだ」


 ラルフ君によると、族長の跡目争いで荒れたそーな。

 とすると緑の民が参加してこないのは、族長の一存らしい?


「エルマは商売や交易のことを、絶対に村の人に言ってはいけないよ。君が仲間外れにされるかもしれない」


「でもこっちで緑を仲間外れにしてるわけじゃないから、声さえかけてくれればいつでも参加できるんだよ。いずれそうなると思うけど」


「もし周りでそういう声が出始めたら、ユーラシアに相談するといい」


「あっ! あたしの仕事が増えるじゃないか。ピンクマンも働いてよ」


 エルマが首をかしげる。


「その事情について、わたしも村で少し聞いてみたのですけれども、先代の族長様が就任する際に、何やらロマンスがあったようなのです」


「ロマンス?」


 ロマンスと跡目争いか。

 極めてあたし好みのラブい気配がプンプンするけど。


「ロマンスというかスキャンダルなのですかね? 村の恥だからということで、緘口令が敷かれているらしく、詳しいことはサッパリわからないのです」


「そうなんだ……ありがとうエルマ。これ以上この件を突いて回るとあんたが変な目で見られるから、あとはこっちに任せて」


「わかりました、お姉さま」


 さて、そろそろ緩衝地帯だ。


          ◇


「はい、こんにちは」


 輸送隊隊員を前に挨拶する。


「今日は皆さんの戦闘力を上げます。輸送の最中に盗賊や魔物に襲われるといったことがないとも限らないからです。こちらは皆さんのレベル上げを手伝ってくださる2名の『アトラスの冒険者』、そしてこの子が悪魔のヴィルです。百獣の王のポーズ!」


「がーおーぬ!」


「「「「可愛い!」」」」


 よしよし、エルマが何者かは突っ込まれないで済みそう。


「悪魔とはどういうことですか?」


 黄の民輸送隊副隊長インウェンからの質問だ。


「連絡係です。ヴィルはどこへでも転移できます。皆さんが輸送任務に当たっている時に何らかの原因でこちらから緊急に連絡を取りたい場合、ヴィルを飛ばします。でもいきなり悪魔が現れるとビックリすると思うので、今日は顔合わせです」


「危険はないですか?」


「ヴィルは普通の悪魔と違って、人間の嬉しい楽しいといった感情が大好きないい子なので、皆さんを不快にすることはありません。皆さんの前に現れたら可愛がってあげてください。でも非常に高い攻撃力を持っていることは確かです。バカにしたり虐めたりすると、塵にされるかもしれませんので気をつけてくださいね」


「レベル上げとは具体的に何をしますか?」


「魔境に行きます。あたし達のパーティーが魔物を倒しますと、同行者であるあなた達にも経験値が入り、レベルが上がります。レベルとは強さの目安であり、それが上がることによって魔法やバトルスキルを習得することもあります」


 あ、ちょっと楽しそうだね。

 やっぱりスキル覚えるかもってのはワクワクするから。


「黄の民ズシェン隊長と灰の民アレクは、既に30以上までのレベル上げを終えています。1ヶ月程前にカラーズ~レイノス間に現れた、5人組の盗賊の最高レベルが15~20くらいでした。よって残りの12人の皆さんも30くらいまでのレベル上げを予定しています。中級冒険者クラスに不意を打たれても、まず問題ないレベルとお考えください。さて、始めましょうか」


 適当に6人を選び、3人ずつピンクマンとエルマに配属させる。


「じゃ、ヴィルは通常任務に戻ってね」


「わかったぬ!」


 フレンドで転移の玉を起動し、ホームへ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 魔境へやって来る。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ。これは大勢ですね?」


 3パーティー12人だ。

 魔境ガイドオニオンさんもこれには驚いたらしい。


「12人なら共闘で経験値入るんだったよね?」


「はい、問題なく」


「14~16人ほどだと微妙らしい」


 そーか、やはり3パーティーまでだな。


「魔境ツアーですか」


「うん。でもレベル30くらいを目安だから、そんなに楽しませてあげられないんだ」


「いや、遊びに来てるわけじゃないんだが」


「添乗員がそんなことでどうする」


「わたしは楽しませてもらいます!」


「エルマはいい子だなあ。行ってくるね!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊とその他大勢出撃。


          ◇


「ここが魔境か……」


 インウェンが心細そうだけど、余計なことしなきゃ大丈夫だぞ?


「はい注目。魔物が現れたらあたし達が倒します。あなた達はその場で防御体制を取ってください。むやみと逃げたりしたら餌食になるから注意ね」


「「「「「「はい」」」」」」


 オーガ出現、軽く倒す。


「リフレッシュ! はい、こんな感じです」


「あっ、オレ魔法覚えました!」


「お、オレもスキル覚えたぞ」


 盛り上がる面々。


「良かったねえ。でもスキル習得がなくてもガッカリしないでね。皆有用な能力なんだよ。眼帯隊長なんか、スキルはないけどかなりヤバげな固有能力だからね」


「「「「「「はい」」」」」」


 ザコを倒しながら中へ。

 クレイジーパペットは止めとくか。

 『フレイム』食らうし。


 ドラゴン帯で真経験値君発見。


「はい、掃討戦の時のボスが出ました。かなり経験値が高いという特徴があります」


 皆不安がるけど一撃ですよ?


「す、すげえ。あんた、こんなに強くなってるのかよ?」


「あ、フェイさんのお供の人? あたしも成長したからね」


 掃討戦参加してた人もいるんだな。


「あ、私も魔法覚えました」


「インウェンは何覚えたか興味あるな」


 回避率が高いという『猫柳』の能力持ちインウェンは、味方全員の魔法防御と敏捷性を上げる支援魔法『ささら舞』を習得した。


「あたしの知らないやつだった。でもいい支援魔法だねえ」


「はい、ありがとうございます!」


 もう1体デカダンスを倒し、じゃあ最後に見せ場かな。


「レベル的にいい感じのところまで来ましたので、最後にドラゴン倒します。一発くらいダメージ食らうかもしれませんが、現在のあなた達のレベルなら十分耐えられますので、慌てないでください」


「「「「「「おー!」」」」」」


 レッドドラゴン、まあ雑魚は往ねなんですけれども。


「すげえええええ! ドラゴンが一撃だ!」


「いいもの見たぜ!」


 喜んでもらえてあたしも嬉しいよ。


「さて、本日の魔境ツアーは終了です。帰還します」


 フレンドで転移、黒の民の村へ。


          ◇


「美少女精霊使いユーラシア以下12名、ただ今戻りましたー!」


 時間がもったいないし、最後にもう1つくらいアトラクションを楽しんでもらいたかったので、ピンクマン家からクララの全速『フライ』で緩衝地帯まで飛んだ。

 いやー盛り上がる盛り上がる。

 口々にそのコーフンを語る面々。


「身体のキレが全然違うんだ! ババッと動けるようになった」


「スキル覚えると、強くなった実感あるぜ!」


「魔境の中の方で、赤いドラゴンが一撃で倒されたのを見たの! すごかったわ!」


「最後の飛行魔法もとんでもねえスピードだったんだ!」


 ハッハッハッ。

 お客さんに満足いただけると、魔境ツアー添乗員としては実に気分がいいなあ。


「はい、じゃあ残りのメンバー行くよー」


 そっくり同じことを繰り返して、今日魔境ツアーに参加した輸送隊員は全員レベル31となった。

 うむうむ、いいだろう。

 カラーズに一大戦力を確保できた。

 あくまでレベルとしてはだが。


「はい、皆様お疲れ様でした。今日の経験を生かし、輸送隊の任務に励んでください」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 あれ、フェイさん何?


「今日の訓練を終えた諸君にプレゼントがある」


 全員に棒が配られる。

 1ヒロくらいの長さの短めの棍だ。


「輸送任務時に携帯し、役立てるよう」


 ありがたいなあ。

 これでいっぱしの輸送隊だよ。


「これにて解散!」


 よーし、終わったぞ。


「エルマ、ありがとうね。『スナイプ』獲得のクエストは終わったんだっけ?」


「まだです。残り素材数個です」


「もうちょっとだね。次の『地図の石板』で魔境行けるようになるかも知れないけど、1人で行くならパワーカード7枚揃えてからにしなさい」


「はい、そういたします。あ、お姉さま、今日新しいスキル覚えました。『ストライク50』という……」


 え? 名前からするとそれは……。

 ピンクマンが驚いたような顔をしている。


「ええと、衝波属性のダメージを、全体に50ずつ与えるバトルスキルですって」


「やっぱそれか!」


「エルマ、それはデカダンスまでの人形系レア魔物を簡単に倒せるスキルだ」


 コルム兄に『アンリミテッド』のパワーカードを作ってもらう時、このスキル付きのカードでもいいという選択肢があったのだ。

 どこまで便利なスキル覚えるんだ、『大器晩成』は。

 レベルさえ上がれば、特に装備で工夫しなくたって、どんな魔物にも対応できそう。


「良かったねえ」


「いいえ、皆、お姉さまのおかげです」


 これでエルマは、魔境行きの『地図の石板』さえ出れば、経験値もおゼゼも安心だろう。

 次かその次くらいには出るんじゃないかな。

 エルマとピンクマンに今日の宝飾品の分け前を渡す。


「疲れたなら、ゆっくり休みなさいね」


「いいえ、大丈夫です。午後は工房へ行きます。失礼いたします」


 パワーあるなあ。

 もう全然ひ弱なとこないじゃん。

 フェイさんから声がかかる。


「ユーラシア、少し時間いいか?」


「うん、大丈夫だよ。ピンクマンも来てよ」


「うむ」


 フェイさんとサイナスさん、ピンクマン、あたしのパーティーで、黄の民の村族長宅へ行く。


「さて、御苦労だったな」


「いや、フェイさんこそあの棍ありがとう。格好がついたよ」


「ハハッ。そのくらいはな」


 フェイさんが皆を見回す。


「いきなりだが、2週間後には戦争になるとサイナス殿に聞いたが」


 マジでいきなり来るなあ。

 ピンクマンが驚く。


「それほど間近なのか?」


「多分。そんなに狂わないと思う」


 あたしの知っていることと目論見を知らせろとゆーことだな?

 それならぶっちゃけよう。


「戦時にカラーズへ回せる戦力はないんだ。ここが戦場になる可能性は低いけど、万一の場合はフェイさんが指揮を取って、輸送隊の面々とエルマを使って自衛して欲しい。あと、サイナスさんと黒の民族長の姪サフランは回復魔法使える」


 回復魔法の使い手は、レベル低くても後方に待機してるだけで安心感あるからな。

 他にも各色の民に有用なスキルの使い手がいるなら、チェックしておいてもらいたいが。


「エルマとは、今日手伝いに来てた娘だな?」


「そう、13歳の緑の民。あの子レベル50超えてるし、かなりいろいろなスキル使えるから、戦時にカラーズにいる人材では最強。そしてギルドに入った情報をカラーズへもたらすという意味でも重要だよ。でも冒険者になって、まだ10日と経ってないんだ。自分で動くのはムリだから、しっかり指示出してあげてね」


「わかった。ユーラシアとカール殿はカラーズに関われないのだな?」


 あたしとピンクマンが頷く。


「フェイ殿、農作物輸送用の台車は間に合うだろうか?」


「間に合わせよう」


 頼りになるなあ。


「それから、ユーラシア」


「うん? 何だろ?」


「3日後のイシュトバーン殿との輸送隊の会合だが、俺も顔を出して構わぬだろうか?」


「あっ、助かる助かる! ぜひ来てよ。そう伝えとくから」


 フェイさんが来てくれれば楽できそうだ。

 イシュトバーンさんも楽しいだろうしな。


「うむ、では先方に連絡頼むぞ」


 これにてお開き。


「これでカラーズでやるべきことは終わったかな」


「ハハハ。御苦労さん」


 灰の民の村へ帰る途中、クララが待ちきれないとばかりに聞く。


「本が来てるんですよね?」


「アレク、どんな本買ってきてくれたの?」


「いろいろだよ。図鑑が多いかな。昆虫、木、魚とかの。あとはカル帝国の歴史、引退した『アトラスの冒険者』の手記、辞書」


 辞書?


「さすがクララの好みをよく知ってると思うけど、最後の辞書だけはよくわからない。読むものじゃないじゃん」


「あ、それはユー姉用に」


「何であたしに辞書が必要なのよ?」


「じゃあユー姉は『ゴリ押し』と『力尽く』と『パワープレイ』の違いわかる?」


「『ゴリ押し』は十八番で『力尽く』は得意技で『パワープレイ』は常套手段」


 常識だろうが。

 サイナスさんが笑いを噛み殺してるけれども。

 こらアトム、これはヤベえみたいな顔すんな。


「枕にするのにちょうどいい大きさだよ」


「あっ、ありがとう!」


 心地良い睡眠は大事。

 こらダンテ、ふーって顔すんな。


「ハヤテはどうしてやす?」


「うん、普通にしてるよ。村に住むようになるんじゃないかな」


「やっぱどこから来たかはわからないんだ?」


「ランダム転移したんでしょ? ちょっと見当つかないね。でもハヤテの話聞く限り、気候や植生が近いから、ドーラのどこかだと思うよ」


 異世界から飛んで来たとかだとお手上げだ。

 でもドーラ内だったらいずれわかるかもしれないな。


「村の図書室の魔物の図鑑でさ、ハヤテが何の魔物に遭ったか、調べてよ。大体の場所わかるかも」


「そうか。そうだね」


 知ってる魔物だといいな。


「そういやダンテ、あんたってどこから来たの?」


「アイドントノーね。どこかの転送魔法陣からギルドにゴーね」


「じゃ、『アトラスの冒険者』のホームだったのかな?」


「メイビーソーね。アラームが鳴ったけど気にしなかったね」


「『アトラスの冒険者』がいないとアラームが鳴るのか。間違って飛ばされないようにだろうな」


 へー、人に歴史ありとはよく言ったもんだ。

 人じゃなくて精霊だけど。


「あんた達は楽しい?」


「楽しいです!」


「冒険する夢が叶ったでやすよ」


「ミーもね。ソロではとてもムリだったね」


 アレクがおもむろに聞く。


「ユー姉はいつ『洗脳』の固有能力を獲得したの?」


「そんなんじゃないやい」


 灰の村が見えてくる。


「ユーラシアはこれからどうするんだ」


「イシュトバーンさんに連絡かな。フェイさんが行くこと伝えとかないと」


 到着。

 サイナスさん家で本を受け取った。

 クララがホクホク顔だ。


「じゃ、帰るね」


「気をつけてな」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「アトムとダンテは何か欲しいものないの?」


 クララに本の御褒美があったので、アトムやダンテにも報いてあげたい。


「あっしはパワーカードでやすねえ」


 出たぞ、このカードマニアが。


「よーし、じゃあ今度アルアさんのところ行ったら、アトムの考えで3枚交換しよう。『ベヘモス香』とシバさんにもらったレアで、新しいのリストに入ってるはずだし」


「本当でやすか!」


 おーおー、大喜びだね。


「ダンテはどうする?」


 ダンテはあんまり物欲のない子だ。

 小食だしなー。


「ミーは、今のライフがずっとコンティニューするといいね」


 おお、ロマンチストだね。

 でも……。


「……それは約束できないかな。というか、あたし自身が1ヶ月後に生きていられるかどうかわからない」


 あまり驚かないね。

 うちの子達もある程度覚悟してたか?


「……肥溜めガールの?」


「まあそれもあるけど」


 マーシャの予言では大変な戦い、空の敵に注意とのことだった。

 あたしのカンがこれこそ帝国の秘密兵器だと囁く。

 しかもかなりヤバいやつだ。


 リリーの説によると魔法の効かない巨大飛空艇とのこと。

 上空からポコポコ爆弾落とされたら、確かにレイノスはピンチだろう。

 高レベルの『フライ』を持つあたし達のパーティーしか相手にできそうにないが、近距離からの銃撃や弩の集中攻撃を躱せるか?


 ……あれは、『アトラスの冒険者』になった日の夢だった。

 帝国との戦争で命を落とし、女神様に最高の地位・財産・名誉・美貌・カリスマをもらって次の人生を歩むという。

 ……案外悪くないな? でも……。


「あたしが死んじゃうとダンテが泣いちゃうみたいだから、ちょっと頑張るか」


 うちの子達のいい表情を見た。

 よしよし。


「さて、イシュトバーンさんに連絡しとかないとなー」


 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ! バッチリだぬ!』


「イシュトバーンさんと連絡取りたいんだ。飛んでくれる?」


『わかったぬ! ちょっと待つぬ』


 しばらくの後、イシュトバーンさんに繋がる。


『おう、精霊使いか。ナイスタイミングだ。今すぐこっち来られねえか?』


「え、何事?」


『別嬪さんがあんたに連絡取れないかって、泣きついて来てるんだ』


 セレシアさんが?


「……それはもう売るものなくなっちゃったとか、そういうこと?」


『察しがいいな』


 マジかよ。

 思ったよりずっと売れ行きがいいな。


「わかった。行くよ」


『昼飯の用意しとくぜ』


「すぐ行く! 特急で行く!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ユーラシアさん!」


 イシュトバーンさん家に降り立つやいなや駆け寄ってくる、どう結ってるのかわからない複雑な髪形と青いドレスの背の高い女性。

 青の民の族長セレシアさんが泣き出しそうな顔だ。

 警備員さんも困ってるだろうが。


「よっぽど売れてるんだ?」


「そうなの! それはとてもいいことなんだけど、品切れが続くと店の評判にも関わるからどうしようかと……」


「飯食ってからにしようぜ。いい知恵も出ねえだろ」


「ありがとうございます! ゴチになります!」


 屋敷の方に案内され、すぐ御飯が饗される。

 食べながらの会話になった。


「昨日の新聞でな、客がどっと訪れ大わらわだそうな」


「何だ、イシュトバーンさんの絵のせいじゃん」


「あんたが写生大会やれって言ったんだぜ?」


 責任の押し付け合いをしていると、セレシアさんがため息をつく。


「いえ、売れる工夫をしていただいたことは大変嬉しいんです。ただ目先がどうにもならなくて……」


「輸送隊を返した後のことだから、村に連絡がつかないんだとよ」


「あ、村の方には在庫あるんだ?」


「はい」


「それ取ってくるよ。増産の指示はいいの?」


「ええ、それも……」


「セレシアさんも一緒に行く?」


「ええと、ひょっとしてこの前のものすごいスピードで飛んでいくやつ?」


「うん」


 残像かってくらいブルブル顔を左右に振られた。

 相当懲りたらしい。


「じゃ、ヴィルで向こうと通話できるようにするから、ここで待ってて」


「ヴィルというのは、この子のこと?」


「そうそう、うちの偵察係兼連絡係の悪魔」


「悪魔?」


「いい子だよ」


「いい子ぬよ?」


「そうなの」


 いろいろ理解するのを諦めたらしい。

 まあ過度に食いつかれても困るけど。


「ごちそうさま。行ってくるよ。ヴィルはここにいてね」


「はいだぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 クララの高速『フライ』でびゅーんと飛び、カラーズ緩衝地帯へ。

 青のショップへ、と。


「こんにちはー」


「あっ、精霊使いのユーラシアさん!」


 店員達が集まってくる。


「レイノスの店舗の状態はどうなってますでしょう?」


「それを相談しに来たんだ。セレシアさん困ってる」


「「「えっ!」」」


 心配そうな店員達。


「ちょっと待っててね。向こうと連絡取るから。ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「セレシアさんに代わって」


『ユーラシアさん!』


「こっちも代わるよ」


 店員達に赤プレートを渡す。

 こっちには帰還した輸送隊の持つ、開店初日午前までの情報しか入ってないからな。

 あ、喜んでる。

 バカ売れが伝わったか。

 一転真剣な表情、字書ける子がメモ取り始めた……。


「ユーラシアさん、ありがとうございました」


 赤プレートを返される。


「伝わった?」


「大丈夫です。申し訳ありませんが、青の村まで来ていただけませんか?」


「オーケー、ストックは村にあるんだね?」


「そういうことです。よろしくお願いします」


 青の民の村へゴー。


          ◇


「精霊使いさんには売り子もしていただけたようで。おかげで大ヒットだと、族長も喜んでおります」


「いいんだよ。初めてのカラーズ発のショップだからね。コケてくれるとこれからの商展開が難しくなっちゃうんだ」


「カラーズ全体を俯瞰していらっしゃるのですねえ」


 道々店員と話しながら進む。


「生産体制や材料の方は大丈夫なんだ?」


「それはもう。問題ないです」


「うーん、でもブームはいつまでも続くもんじゃないからな……」


「は?」


「針子増やしすぎたり材料買い込みすぎたりしてもダメってこと。セレシアさんに釘刺しとかないと」


 わかったのかそうでないのか、曖昧に頷く店員。


「レイノス出店は族長の夢でしたから」


「そうみたいだねえ」


「精霊使いさんには感謝してもしきれないと申しておりましたよ」


「大変なのはこれからだぞ?」


 戦争もあるしな。

 言わないけど。


「ところで族長としての仕事は、誰かが代行してるのかな?」


「はい、弟君が」


 へー、セレシアさん弟がいるのか。


「会っていかれますか?」


「うーん、イケメンかそうでないかチェックしたいけど、向こうの店も急ぎだから、今日は荷物持っておとなしく帰るよ。次の楽しみにしとく」


「アハハ、そうですか」


 青の民の村の門をくぐって中へ。


「え、これが衣料品の倉庫?」


「そうです。器具・材料・製品全て含めた保管所ですけど、大きいでしょう? もちろん中全部詰まってるわけではないですけれども」


 デカくね?

 どんだけ服に賭けてたんだよ。

 売れなかったらどうするつもりだったんだ?

 あ、倉庫から人集まってきたな。


「族長から連絡が入った。売れ過ぎて商品が尽きるそうだ。次回出荷分を繰り上げて精霊使いユーラシアさんに運んでもらう」


 喜びに沸く青の民。

 良かったねえ。


「どれ持って行けばいいかな? レイノスでも割と距離運ばなきゃいけないんだ。持ちやすくしてくれると助かる」


「「「「はい、喜んでー!」」」」


 どこの酒場だ。

 テキパキと大きな8つの包みができ上がる。


「じゃ、持ってくね」


「「「「お願いします!」」」」


 転移の玉を起動し、一旦帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「お待たせー。商品持ってきたよ!」


 イシュトバーンさん家に荷物を持って戻ってきた。


「ユーラシアさん、ありがとう!」


「おう、お前らこれ、店まで運んでやれ」


「あっ、ありがとう! 助かるよ!」


 イシュトバーンさん家の警備員が手伝ってくれる。

 『フライ』で運ぶとまた新聞記者呼ばれそうだしな。


「ワタシもこれでお暇いたします。本当にありがとうございました!」


「ちょい待ち」


 ウキウキで帰ろうとするセレシアさんを捕まえる。


「今の状況はいろいろ問題があるよ」


「いつまでも同じもんが売れるとは限らねえ。必ず波はあるんだぜ」


 あ、イシュトバーンさんもそう思ってたんだな。

 屋敷へ戻ってセレシアさんに言い聞かせる。


「定番物以外は商品切らしてもいいから、大増産するのはやめて」


「オレも賛成だ。人件費と材料費、保管費でいずれパンクするぜ」


「で、でも商機を失ってしまうのでは?」


 確かにそのリスクはあるのだが。


「足りないくらいだと皆が欲しがるけど、ありふれてる余ってるというのは、ファッションにとって大きなマイナスだよ?」


「といっても賞品がないのでは……」


 イシュトバーンさんがニヤニヤしながら言う。


「セレシアさんよ。ユーラシアはあんたが困ってる原因わかってたくらいだ。何か解決策も持ってるに違いないぜ? まずそれを拝聴しようじゃねえか」


「あれ投入しよう。黒の民の呪術グッズ」


「はん?」


 予想外だったか、イシュトバーンさんがポカンとしている。


「カラーズ黒の民は、安く呪術グッズ作れるんだよ。でもデザインが壊滅的だから、そっちをセレシアさんに担当させて売れないかってこと」


「もう少し詳しく」


「具体的には、精霊様モチーフの本当に運のパラメーターが上昇するペンダントを500ゴールドで売る」


「ほう!」


 イシュトバーンさんが感心する。


「あのファッションにモチーフを合わせた、開運グッズアクセサリーか。500ゴールドは確かに高えが、パラメーター上昇が本当なら破格だな」


「そうでしょ? 黒の民は400で作ってくれるから、差し引き100ゴールドの儲け。でも儲けの1割は精霊様のモデル料としてもらうよ」


「しっかりしてんな」


 実際には輸送費がかかるから、もう少し儲けは減るが。


「本当は精霊の月に突っ込もうと思ってたアイデアなんだ。でもこうなったからには、今店の商品拡充しとかないと、お客さんに見限られちゃう」


「そ、そうですわね」


 セレシアさんがぎこちなく頷く。


「トータルコーディネートを目指すんだろう? 黒の呪術グッズ、白の革、赤のガラス、黄の木工、使えるものは全部使うんだよ」


「全部自前でやってりゃ儲けは確かに大きくなるが、見込みが外れて損するときもデカいぜ。外注をうまく用いるのは有効な手段だ。同時に恩も売れる」


「冒険者需要が一服して、黒の呪術グッズ工房が今比較的暇なんだ。チャンスだぞ」


「あんた、もうそんなことまでチェックしてたのかよ?」


 呆れるなよ。

 基本だってばよ。


「わかりました。外注で商品を充実させましょう!」


「早速デザイン決めてよ。クララのスケッチする?」


「ええ、では」


「オレにも描かせろ」


 ――――――――――30分後。


「何でクララをこんなえっちに描くの! 客層考えてよ」


「ハッハッハッ。満足したぜ」


 イシュトバーンさんが描くと、自然とえっちな絵になるらしい。

 描き手の本性が滲み出るからだな?


「こんなところでどうでしょう?」


「うん、可愛い」


 セレシアさんのデフォルメクララ。

 そうそう、こんなんでいいんだよ。

 黒の民の連中はムダに凝るしな。


「色と大きさは……」


 薄いブルーとピンクの2種、いいじゃんいいじゃん。

 そうだね、小さい方が可愛いね。


「3日後には青の輸送隊の人来るんでしょ? それまでに細かいところまで決めといてよ。発注数とかも。あ、この絵もらえる? 大体こんな感じで注文入るぞーって工房に言っとけば、すぐ製作にかかれると思うから」


「そうですね。お願いします」


「ヴィル」


「何だぬ?」


「ピンクマン探してくれる? ギルドかカラーズだと思うんだ」


「わかったぬ!」


 ヴィルが転移で飛んだ後、イシュトバーンさんが聞いてくる。


「精霊使いよ。今日はあんた何でオレに連絡取ろうと思ったんだ?」


「あっ、そーだ。カラーズ黄の民の族長代理が、輸送隊の元締めみたいなことやってるんだけど、その人も3日後ここへ来たいって」


「どんなやつだ?」


「カラーズで一番できる男だよ」


「ほお? あんたがそう言うくらいか。ぜひ呼んでくれ。楽しみだぜ」


 ニヤニヤ顔のイシュトバーンさん。

 ほんと愉快なことが好きだよなー。

 あたしも他人のこと言えないけど。


 赤プレートから声がする。


『御主人、ピンクマンはギルドにいるぬよ』


「わかった。あたしもそっち行くから」


『待ってるぬ!』


 よーし、大体いいだろう。


「あたし達帰るね。さよなら」


「またな」


「ユーラシアさん、ありがとう。さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 イシュトバーンさんの家から帰宅して、ギルドでピンクマンに呪術グッズの注文が行く旨を話し、その後1時間ほど軽く魔境へ行って稼ぎ、帰って夕御飯を食べた後の、ヴィル経由の寝る前通信だ。

 ふう。


『うん、今日は御苦労さん』


「ノルマが終わった気がするよ。肩の荷が下りた」


『え? 君楽しんでやってるだろう?』


「それはそれとして」


 まったりとしてコクがある穏やかな笑い。


「セレシアさんの店がバカ売れでさ、商品足んなくなるって言うんで、午後に青の民の村から在庫運んだんだよ」


『あ、そうだったのか』


「ちょっと危険な売れ方なんだよね。いっぺんに流行っていっぺんに廃れたんじゃ困るから、セーブするよう言い聞かせてきた」


『うーん、他に商品ないんだろう?』


「いや、黒の呪術グッズを、セレシアさんデザインで売ることにした。ラッキーアイテムね」


『なるほど、外注で商品増やすのか』


「そゆこと。外注第1弾だね」


 他色の村も潤うといいなあ。


「明日明後日は特に予定ないんだ。のんびり魔境行こうかと思って」


『どうして『のんびり』と『魔境』がくっつくのかなあ?』


「相性ピッタリに違いないよ」


『君が力説するほど信じられなくなるのはどうしてだろ?』


「人徳のせいかな? それともカリスマ?」


 アハハと笑い合う。


『本はどうだい?』


「隣でクララが読んでるよ」


『辞書は?』


「枕にするには固かった」


『大事にしとけよ。いつか使うかもしれない』


「固い枕が好みになる日が来るかなあ?」


 マジでなさそうだぞ、そんな機会は。


『ハハハ、おやすみ』


「おやすみなさい。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 明日は魔境か?


          ◇


「やったぜ、カカシ!」


「ついにやったなあ!」


 今日の株分けで凄草が48株に達した。

 6日に1度株分けのパターンなので、これで4人が毎日1株食べてもなくならない計算だ。


「今日で普通のステータスアップ薬草も最後か。感慨深いなー」


 何だかんだでかなり食べてるから、実感なくてもきっと強くなってるんだろうな。

 最後の今日は、クララが月草・体力草・魔力草の入ったスープを作っている。


「そうだ、昨日ショウガもらったんだよ」


「おう、育てるのかい? 春に植えてくれればいいぜ」


「何か水がたっぷり必要って聞いたんだけど?」


「そうなんだが、水だらけだと腐っちまうんだ。オイラに任せとけば大丈夫だぜ?」


「カカシかっくいー!」


「ハハハハ、植える時まで凍らないように気をつけておけよ」


「わかった!」


 この地が凍るほど冷え込むのは稀だけどな。

 ドーラでも寒くなるところはあるのかもしれないけど。

 あ、『氷晶石』からは念のため離しておかないと。

 家の中からクララの声だ。


「ユー様、朝御飯ですよ」


「うん、今行く!」


 食べることは元気の印であり証であるのだ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドへアイテムの売却に来た。


「おはよう、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「おはよう、ポロックさん」


「エルマさんがお待ちですよ」


「エルマが?」


 何だろ?

 昨日手伝わせちゃったことが、緑の民の村で不都合なことだっただろうか?

 ギルド内部へ。


「御主人!」「お姉さま!」


 先行させたヴィルとエルマが飛びついてくる。

 もーまったくあんた達は可愛いんだから。


「どうしたの?」


「実は緑の民の村で魔物が現れまして、父が襲われたんです」


 たまにこういうことがある。

 カラーズの隣接地域は魔物の住むエリアなのだ。


「お父さん大丈夫だった?」


「はい、浅傷です」


「何が何体出たかわかる?」


「父の話を聞く限り、おそらく食獣植物1体だと思います」


 食獣植物か。

 アルハーン平原に出現する魔物では弱い方。

 アルアさんところにも出るから、エルマも普通に倒してるはず。

 もっとも今のエルマが倒せない魔物なんてそうそういはしないのだが。


「村で結構な騒ぎになっておりまして、見習い冒険者であるわたしに頼りになる冒険者を呼んで来い、できればお姉さまをと……」


「えーと、エルマの村での扱いは見習い冒険者なの? 職人見習いでなくて?」


「どうなんでしょう? 冒険者やると言って、職人のところに入り浸ってる?」


「まあ人生一筋縄ではいかないよねえ」


 食獣植物なんて、エルマにとっては目瞑ってたって楽勝な魔物だ。

 しかし一般論で言えば、ソロで戦うならレベルが10近くあって装備がしっかりしていなければ厳しい相手。

 必ずしも1体だけとは限らないし、見習いが倒せなどという話は出ないのだろう。


「うん、あたしが行くのが一番問題なさそうだね」


「御足労かけて申し訳ないです」


「いいんだよ。可愛い妹分のためだからね」


「お姉さま……」


 目ウルウルのエルマ。

 愛いやつめ。

 魔物退治の名目ならフルメンバーで行くべきだけど、うちの子達置いてきちゃったな。


「ちょっと待ってね。換金してからうちの子達と一緒に行こう。ヴィル、通常任務に戻っててくれる? 展開によっては後で呼ぶかもしれない」


「わかったぬ!」


 よしよしいい子。

 ぎゅっとしてリリース。


          ◇


「おお、精霊使いだ! 本物だ!」


「エルマのクセにやるな! マジで大物連れてきたじゃないか!」


 フレンドでエルマのホームに飛ぶと、結構な数の人が集まっていた。

 ハッハッハッ、歓迎されてしかも大物扱いだぞ?

 気分がいいなあ。


「精霊使いのユーラシア殿で間違いございませんな?」


「そうです」


 鮮やかな緑の蓬髪と口ヒゲが特徴的な、細身長身の壮年男性だ。


「緑の民族長のオイゲン・フィルフョーと申します」


「ユーラシア・ライムです。よろしく」


 握手を交わすが?

 ふむ、この人は……。


「村の西に凶暴な魔物が現れましてな、村の者が襲われてケガをしました。被害を大きくする前に、高名な冒険者であるユーラシア殿に依頼するのが間違いなかろうと、相成ったのでございます」


「了解しました。早速退治いたします。ケガされたのはエルマのお父さんと聞きましたが、容態はどうでしょうか?」


「全く問題はありませぬ。パウルはポーションと『ヒール』でピンピンしておりますぞ」


「『ヒール』は族長が?」


「さようです。少々心得がありますのでな」


 やはり。


「早速まいりましょう。うちのパーティーとエルマ、道案内にエルマのお父さん、検分をオイゲン族長、その7名でよろしいですか?」


 オイゲンさんの目が光る。


「結構ですな」


 7名で森へ入る。

 入口はそうでもないけど、奥へ行くと木の密度が高く感じるな。


「この森には精霊が住むという言い伝えがありましてな。『精霊の森』と呼ばれております」


「精霊の好みそうな森ですねえ」


 灰の民にとって精霊は珍しくないが、他所の人達にとっては違う。

 もっともエルフは精霊と親しいと言われており、エルフの血を引くとされる緑の民にとっても、一種独特の感傷を呼び起こさせるもののようだ。


 少し森に分け入った道中、不意にオイゲンさんと目が合う。


「「あはははははっ!」」


 突然笑い出したあたしとオイゲンさんに驚く、エルマとエルマパパ。


「ど、どうしたのです?」


「いや、オイゲンさんはあたしに何の用があったのかなーと思って」


「さすがですな、精霊使い殿は!」


 再び笑い合う。


「いや、オイゲンさんくらいの実力があれば、その辺の魔物くらいどうってことないんですよ。エルマの力を見抜けないはずもないし」


 食獣植物を退治するためだけなら、あたしの手なんか全然必要ないのだ。

 にも拘らず精霊使い呼んで来いということなら、何らかの意図がある。


「わしも若い頃『アトラスの冒険者』をやっていた時期がありましてな。ほんの手慰みですが」


「ああ、そうだったんですね。いやいや、でも上級冒険者並みじゃないですか」


 オイゲンさんは若い頃に村を飛び出したことがあり、自由開拓民集落に身を寄せながら『アトラスの冒険者』をしていたのだという。


「……であるから、村にはわしが冒険者をしていたことを知る者はほぼおらん。外の世界を知ると、カラーズの閉鎖性が歯痒うての」


「よーくわかります」


「で、カラーズ改革の旗手である精霊使い殿と、誼みを結びたいというわけです」


「ははあ、そしてこんな搦め手に頼らざるを得ないということは、反対派も強いと」


「さようです。検分役をわしに振ってここへ同行させてもらえるとは、精霊使い殿の洞察力は素晴らしいですな!」


「お姉さま、すごーい!」


 和やかな雰囲気になったところで、赤プレートに呼びかける。


「ヴィルカモン!」


「今のは?」


「悪魔召喚の呪文です」


 オイゲンさんとエルマパパが首をかしげる内に現れる幼女悪魔。


「ヴィル参上ぬ!」


「ヴィルちゃんいらっしゃい!」


「こちら、緑の民の族長オイゲンさんとエルマのお父さんだよ」


「初めましてぬ!」


「ああ、こちらこそ」「こんにちは」


 ぎこちなく挨拶をするオイゲンさんとエルマパパ。


「うちの連絡係を務めてくれてるんです。とてもいい子ですから心配要りません」


「いい子ぬよ?」


「ほう、精霊使い殿は高位魔族を仲間にしておいでですか。これは驚いた……」


 ヴィルの頭を撫でるオイゲンさん。

 ヴィルも気持ち良さそう。


「緊急に知らせたいことがある時、ヴィルを飛ばしますので御了承ください」


 頷くオイゲンさんとエルマパパ。


「ヴィル、この森に魔物が1体いるらしいんだ。探せる?」


「見つけてくるぬ!」


「うん、じゃああたし達はここにいる」


 ヴィルが飛んでいく。


「それでエルマが急激に強くなっているのはいかなる理由ですかな? 冒険者になるのならないのと騒ぎ出した10日前には考えられぬことなのですが?」


「エルマも『アトラスの冒険者』なのはお気付きかと思いますが?」


「うむ、しかし到底務まらぬだろうと見ておりました」


 そりゃそうだろう、常識的には。


「あたしもそう思いまして、エルマのレベル上げを手伝いました。『大器晩成』という、やたらとスキルを覚える代わりに、レベルアップが遅いという固有能力者なんです」


「ほう『大器晩成』。かなりのレア能力ですな?」


 ふむ、オイゲンさんは知っていたか。


「『アトラスの冒険者』の最もいいところは、世の中の広さを知ることができる、その点です」


「うむ、まさしく!」


 オイゲンさんも同意見だ。

 やはり外の世界を見るとそういう考え方になるよな。


「でも『アトラスの冒険者』って、初期で半分脱落しちゃうそうなんですよ。才能に恵まれた子ばっかり集めてですよ? もったいないじゃないですか。エルマだって初っ端で落伍したんじゃ、自身にとっても運営にとっても何1つメリットがない」


「だから初めに助力するということですか?」


「そうですね。必ずしも冒険者活動がメインじゃなくてもいい。エルマはパワーカード職人に興味があるみたいですよ」


「ふむ、大いに理解できますが、しかしレベルアップが早すぎやしませんかな?」


「そこは人形系レア魔物を狙って倒す、あたしの得意技で何とか」


「人形系レア魔物といっても……ははあ、ひょっとして魔境の上級人形系魔物ですかな?」


「はい」


「そんなことができるというのも驚きですが」


 オイゲンさんが大きく頷く。


「エルマはいい先輩を得たの」


「はい、最高のお姉さまです!」


『御主人、見つけたぬ!』


 赤プレートからヴィルの声が響く。


『御主人のいる場所から真北へ300ヒロくらい、ちょっと開けたところだぬ!』


「今行く! クララ、『フライ』!」


「はい、フライ!」


 木の上まで浮き、びゅーんとすごいスピードで北へ。

 いた! やはり食獣植物。

 予想通りだ。


「エルマ、片付けちゃって」


「はい、強撃!」


 エルマパパの止める間もなく一撃。

 唖然とするけどそんなもんですって。


「お見事」


「強くなったとは聞いていたが、実際に目にすると……」


 娘の成長を認めなよ。


「エルマはヘプタシステマ使いですか」


「はい。重い武器は向いてないんで、あたしが勧めました。パワーカード工房への転送魔法陣が出た理由もそれでだと思います」


 しきりに頷くオイゲンさん。

 さて、そんなことより……。


「皆さんにお知らせがあります。他言無用に願います。帝国とドーラは戦争になります。10日~2週間後くらいだと思う」


 シーンとなる。

 あ、オイゲンさんは聞いてたらしいな。


「きな臭い、とは思っていたが、そんなに早いですか」


「『アトラスの冒険者』は西域の街道の防備に当たります。あっちの物資がレイノスに入らなくなると一大事ですから。が、エルマは未成年なんでカラーズに残します。結果としてエルマがカラーズの最大戦力になります」


 真剣に聞いてるね?


「今、カラーズ~レイノス間で交易してる関係で、安全のために輸送隊をレベル上げしているんですよ。そっちでレベル30以上が14人と、その他2人併せて計16人います。カラーズが帝国軍に襲われる可能性は低いです。しかし有事の際には、黄の民フェイ族長代理の指揮下に入ってください。オイゲンさんが元冒険者だって知ってたらお任せしたんですけど、今更指揮系統変えると混乱するんで」


「いや、フェイ君が出来物だというのは知っておる。彼ならば問題ない」


 おーフェイさん評価されてるね。


「フェイさんにはエルマのこと話してあるから、よく言うことよく聞いてね。決して無茶な指示は出さないから。むしろ勝手に動いた時が危険だよ」


「は、はい。お姉さまは……」


「あたしにはあたしにふさわしい戦場がありそう」


 オイゲンさんが難しい顔をして言う。


「他言無用とのことだが、戦争の話はどこまで広がっているのですかな?」


「カラーズではほぼ族長クラスだけですね。しかも差し迫ってることを知ってるのはフェイさんの他、灰の民サイナス族長のみ」


「何よりも混乱が怖い、ということか」


 こっくり。

 理解が早くて助かるね。


「この戦い、ドーラが負けることはまずないんです。でも混乱に乗じて工作されるとちょっと困るんですよ。帝国艦隊がレイノスに砲弾撃ち込むまで知らぬ存ぜぬして、戦争始まったら統制して、向こうの攻め手失わせれば損害を少なくできます」


「ふむ、要するに帝国には砲撃以外に何か攻め手があるということですな? 精霊使い殿はそれに備えてレベル上げをして回っていると」


「その通りです」


 わかってくれてマジ助かる。

 ちょっと話しておくか。


「帝国には、海の一族の監視を抜けて上陸する手段があるんです」


「何と! まことですかな?」


「本当です。ただそれも際限なく使えるわけじゃなくて、小舟でそーっと漕ぎ寄せるくらい。つまり最大限にムリすると、数十人規模の潜入工作部隊を組織できることになる」


 オイゲンさんがこめかみを抑える。


「数十人規模、となるとカトマスから西の街道、物流が最も危ない。それで『アトラスの冒険者』は西へ……」


「確率としてはそういうことです。でもカラーズが急襲される可能性だってないわけじゃない」


「カラーズに回す戦力はない、だから自衛せいということですな? なるほど、よおくわかりましたぞ。パウル、エルマ。今聞いたことは、誰にも話してはならぬ。たとえ家族でもだ」


「「は、はい」」


 よし、この話はこの辺までか。


「で、オイゲンさん。不躾で申し訳ないんですけど、ヨハン・フィルフョーさんと緑の民との確執って何が問題なんです? ヨハンさん優秀な商人ですし、今んとこ彼を通さないとレイノスとの交易がうまくいかないんですが」


 オイゲンさんとの信頼関係は得られたと見た。

 ならばぶっちゃけてしまえ。


「先々代緑の民族長家には3人の息子がいたのです。しかしこの先々代族長というのが長生きで、跡を継がせることがないまま3人の息子が亡くなってしまった」


「あれま」


「いよいよ先々代が隠居するという時、長男家の一人娘と次男家の一人息子が跡目を争った。そしてその2人が駆け落ちして村を出てしまったんです」


 なるほどロマンスでスキャンダラスだ。


「それがヨハンさんの御両親?」


「そういうことですな。思いがけず族長の座が転がり込んできた三男家、わしの父にとってみれば、実力で勝ち取ったわけでもない跡目は嘲笑の的でもあったろうし、何より2人が帰ってくれば争いの元だ。2人を恥知らずとして吊るし上げ、タブーとしたのはむしろ必然の成り行きと言えましょう」


 ふうむ、そういうことか。


「でもオイゲンさん自身は、ヨハンさんに隔意がないようですが?」


「冒険者時代にしょっちゅう会っていたのでな」


「あ、そうなんですか?」


 ヨハンさんがラルフ君の『アトラスの冒険者』を後押ししたというのは、そういう含みがあったのか。


「わしの叔父叔母3人がまだ健在での。まあわしも若い頃村を顧みず、ほっつき歩いていた引け目もあって、叔父叔母には頭が上がらんのです」


「その叔父叔母3人というのが、強力な反対派というわけですね? それだけだったらどうにでもなりそうですけれども」


「えっ? ど、どうやって?」


「交易のメリットを流布しといて、何十年も前のネタで今の利益捨てるのっておかしくね? ヨハンさんみたいな金持ちが、今更貧乏村の族長に拘るわけないじゃんって、真正面から論破してもいいし」


 鼻白むオイゲンさん。


「もうちょっと穏便に行くなら、代理人立ててその人と交易始めちゃう。うまく回り始めて経済的に緑の民が潤ったところで、その人がヨハンさんの代理人だってバラせばいい。叔父叔母3人が発狂してそこで止めようとしたってもう遅いでしょ? 何言ってんだ、バカかオメーらで済んじゃう」


「そ、それが穏便な方法ですか?」


「皆にいい顔することができないなら、族長としてどっち向くべきか決めればいいんです。応援しますから」


 そこで皆黙るなよ。

 あたしがすげえ悪女みたいじゃないか。


「どっちにしても、戦争前に揉め事持ち込んで内部分裂はあり得ませんよ?」


「さ、さようですな」


「ゆっくり考えてください」


 まー緩衝地帯への出店は再開すればいいんじゃないかな?

 交易の話が自動的に耳に入って、オレ達もやろうぜってことになると思うから。


「帰りましょうか」


 ヴィルは通常任務に戻して……。


「あっ、お姉さま。ヴィルちゃんをぎゅーしていいですか?」


「いいよ。お願い」


「ぎゅー」


「ふおおおおおおおおお?」


 良かったね。


          ◇


 クララの『フライ』で緑の民の皆の前に降り立つ。


「魔物は退治したので安心してください!」


 退治したのはエルマだけどね。


「おおおお、ありがとうよ!」


「もう安心だねえ!」


 皆さんも喜んでくれてるし。


「じゃ、あたし達帰ります」


「精霊使い殿のキレと凄味はよくわかりました。また相談に乗ってくだされ」


「喜んで。フェイさんやサイナスさんと腹を割って話してみるのもいいですよ。きっと力になってくれますから」


 頭を下げるオイゲンさん。


「パウルさん、エルマ、さようなら」


「お姉さま、ありがとうございました!」「さようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、これもクエストだったのか。

 何個目だったろう?


          ◇


 夕食時、うちの子達と話す。


「まだかなりの威力があるねえ」


「そうでやすね。あっしもちっと驚きでやす」


 『マジックボム』放置実験のことだ。

 もう3日経つのだが、最初の7割くらいの威力を保っている。


「トラップとして使えると思うんだよね」


「マジックサーチされるとバレてしまうね」


「それはそうなんだけど」


 確かに魔力を放っているものだから、わかる人にはわかっちゃうのだが、足を止めることはできそう。


「使い方次第ではないですか?」


「ウシの糞とウマの糞とヤギの糞のミックス溜まりを、ちょうどジャンプで越えたところに、『マジックボム』仕掛けておくとか?」


「それはちょっと、人間の所業を逸脱してませんか?」


 ひどいことを言う。


「例えば精霊の所業だとどうする?」


「上に何か仕掛けておいて、遠隔で崩し落とすことはできやすぜ」


「上からウシの糞とウマの糞とヤギの糞を落とすの? それはそれでひどくない?」


「いや、糞から離れて」


「うん」


「フーン」


「あっ、ダンテが何か言った!」


「ボスも『うん』ってセイしたね!」


「御飯時だから止めましょう」


 クララ正論です。


「結構広い森だったねえ。無事魔物を捕捉できて良かったよ」


 夕食時にうちの子達と話をする。

 今日は緑の民についていろいろ事情を知ることもできた。

 かなりの収穫だったなー。


「まだ先になりそうだけど、緑の民も交易に参加してくれる雰囲気になってきたのは嬉しいな」


「そうですねえ」


 アトムが言う。


「ハヤテはひょっとして、あの森から逃げ出したんじゃねえですかい?」


「アイシンクソー、トゥー」


 そうかも。

 確認したいが、あたしが動くと何事かと思われるしな?


「……ハヤテがもし食獣植物から逃げたのがハッキリしたなら、サイナスさんに連れて行ってもらうのが一番いいかな」


 うちの子達が頷く。

 急ぎの案件じゃないからいつでもいいか。


「そろそろ高級宝飾品が多くなってきましたけど、どうします?」


 今日も午後から魔境に行って、手持ちが100個近くになっている。


「うーん、明後日締め切りだし、最後にどーんと持ってくとおっぱいさん喜びそうだから、まとめて納品することにしよう」


「「「了解!」」」


 ちなみにワイバーンの卵を拾ったので、1個キープしてある。

 明後日イシュトバーンさんのところへ持って行って、輸送隊の皆に食べさせてやろうと思うのだ。


「今日はそこまで。ごちそうさまっ!」


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『こんばんは』


「今日、緑の民のオイゲン族長と話す機会があったんだ。というか向こうが一度あたしと会ってみたいってことで、魔物退治にかこつけて呼ばれた」


『ほう。我慢しきれなくなったかな?』


「うん、そういう側面もあると思う」


 緑の民も本音では交易をしたいはずだから、放っとけば向こうから仲間に入れて欲しくてすり寄ってくる、というのがサイナスさんの読みだった。


「ちょっとややこしいんだけど、ヨハンさんの御両親が従兄妹同士で、ともに緑の族長候補だったんだけど駆け落ちして逃げてきちゃったんだって」


『……となると、オイゲン族長とヨハン氏の関係は?』


「はとこ?」


 そういう関係何て言うのかよくわからんけれども。


「で、オイゲンさんのお父さんが棚ぼたで族長になったけど、実力で勝ち取ったわけじゃないから権威がなくて、ヨハンさんの御両親を悪者に仕立てたってことらしい」


『客観的な意見っぽく聞こえるな。ということは、オイゲン族長自身はヨハン氏や交易に対して反対ではない?』


「うん。オイゲンさん若い頃村から出て、『アトラスの冒険者』やってたんだって。ヨハンさんとも会ってたみたい。だから交易賛成派。でもオイゲンさんの頭が上がらない叔父叔母が3人いて、そっちが大の反対派」


『ははあ、そういう構図か』


「すこーし焚きつけてきたから、しばらくすると何らかのリアクションはあると思う。戦争前に揉めるのはナシねって言っといたから、多分その後くらい」


『君の『すこーし』は当てにならないんだよなあ』


「あ、よくわかってるね。さすがサイナスさん」


『ちょっと待て。何言ってきた?』


 華麗にスルー。


「そこでサイナスさんにミッションがありまーす」


『何だ?』


「さっき魔物退治にかこつけて呼ばれたって言ったでしょ? 緑の民の村に食獣植物が出て住民が襲われたんだけど、現地が『精霊の森』ってとこなんだ」


『『精霊の森』?』


「ひょっとして、ハヤテの元の居場所がそこかもしれないと思って」


『あ、アレクが『ハヤテは食獣植物に襲われたらしい』って言ってたな』


 ビンゴだな。


「サイナスさんはハヤテ連れて緑の民の村に帰してあげてよ。灰の村に遊びに来たければそうすればいいし。で、そうすると自然にオイゲンさんと会うことになるだろうから、ユーラシアに聞いた、力になれることがあったら協力するって言っといてよ」


『ふむ、必要か?』


「そりゃ必要だよ。交易に舵を切ったはいいが、他の族長連が冷たいんじゃ困っちゃうでしょ? サイナス族長の存在感の見せどころだよ」


『オレの存在感なんか、君の数分の1しかないんだが』


「それだけあれば上等だよ?」


 変な笑い。


「オイゲンさん結構戦える人だってわかったからさ、戦時にはフェイさんの指揮下に入ってって伝えといた」


『それで納得してたか?』


「うん。フェイさんのこと認めてたし、命令系統の不統一が何の利益にならないことも理解してたよ」


『じゃあ緑がいずれ交易に参加したいということも含めて、フェイ族長代理に伝えておく方がいいな?』


「そうだね。お願いしまーす」


 そんなとこだな。


『明日は初めてカラーズ輸送隊のみの出発だ。全員で行くんだな?』


「そうなるね。明後日イシュトバーンさんに招待されてる」


『粗相があると困るが』


「え? 大丈夫だってば。イシュトバーンさんそういうの全然頓着しないから。あたしともタメ口だよ?」


『普通は君が頓着しなきゃいけないんだぞ?』


 そんなこと言われても。


「眠くなってきたよ。サイナスさん、おやすみなさい」


『ハハハ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日はまずアルアさんとこだな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 パワーカード工房にやって来た。


「アルアさーん、こんにちは!」


「いらっしゃい。よく来たね。今日は悪魔っ子もお供かい?」


「そうなんですよ」


「そうなんだぬ! こんにちはぬ!」


「いい子だねえ」


 ヴィルがアルアさんに頭を撫でられる。

 気持ち良さそう。

 ヴィルもアルアさんもニコニコしている。


 それにしてもここは落ち着くな。

 岸壁に掘られたもので、帝国の山の集落も似た感じだが、アルアさん家は明り取りが備えられていて明るい。


「素材の換金でいいかい?」


「はい、お願いします」


 交換ポイントは1033になった。

 

「何か交換していくかい?」


「はい。今日は趣向を変えて、アトムの裁量で3枚交換するってことにしてるんですよ」


「ほお?」


 アルアさんの顔のしわが心持ち深くなる。

 興味深そうだな。

 あたしも楽しみなんですよ。


「交換レート表だよ」 


 『逃げ足サンダル』50P、敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『ナックル』100P、【殴打】、攻撃力+10%

 『シールド』100P、防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』100P、防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『ニードル』100P、【刺突】、攻撃力+10%

 『サイドワインダー』120P、【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『ボトムアッパー』100P、攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ルアー』100P、狙われ率+50%、防御力+10%、魔法防御+10%

 『スナイプ』100P、攻撃が遠隔化、攻撃力+10%

 『スラッシュ』100P、【斬撃】、攻撃力+10%

 『火の杖』100P、魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『マジシャンシール』100P、魔法力+12%、MP再生3%

 『シンプルガード』100P、防御力+15%、クリティカル無効

 『癒し穂』150P限定1枚、魔法力+12%、スキル:些細な癒し

 『鷹の目』100P、命中率+50%、攻撃力+2%、敏捷性+2%

 『ハードボード』100P、防御力+20%、暗闇無効

 『アンチスライム』100P、【対スライム】、攻撃力+10%

 『風月』150P限定1枚、攻撃力+10%、スキル:颶風斬、疾風突

 『フレイムタン』100P、【火】、火耐性30%、攻撃力+7%

 『寒桜』100P、【氷】、氷耐性30%、魔法力+5%、麻痺無効

 『オールレジスト』100P、基本8状態異常および即死に耐性50%

 『スコルピオ』150P限定1枚、攻撃力+15%、毒付与

 『ホワイトベーシック』100P、魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『雷切』100P、【雷】、雷耐性30%、魔法防御+10%、即死無効

 『カマイタチ』100P、【風】、風耐性30%、敏捷性+12%、防御力・魔法力弱体無効

 『石舞台』100P、【土】、土耐性30%、防御力+4%、スキル:地叫撃

 『スペルサポーター』150P限定1枚、魔法力+10%、MP消費率50%、MP再生3%、沈黙無効

 『あやかし鏡』200P限定1枚、行動回数1回追加

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『暴虐海王』600P限定1枚、攻撃力+10%、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性弱体付与

 『武神の守護』100P、防御力+15%、HP再生5%

 『ドラゴンキラー』100P、【対竜】、攻撃が遠隔化、攻撃力+5%、

 『スカロップ』100P、防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『一発屋』100P、攻撃力+3%、会心率+30%

 『三光輪』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性30%、魔法防御+7%

 『サイコシャッター』100P、防御力+4%、魔法防御+4%、睡眠/混乱/激昂無効

 『必殺山嵐』100P、防御力+4%、反撃率+30%、会心率+5%

 『ミスターフリーザ』150P限定1枚、魔法力+15%、スキル:アダマスフリーズダブル

 『ファイブスター』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性/風耐性/土耐性30%

 『アンデッドバスター』100P、【対アンデッド】、攻撃力+10%

 『ライトスタッフ』100P、【殴打】、攻撃力+5%、魔法力+7%

 『天使の加護』100P、HP再生13%

 『テンパランスチャーム』100P、攻撃力/防御力/魔法力/魔法防御/敏捷性全て+4%、MP再生2%

 『益荒男』150P限定1枚、攻撃力+30%、魔法力-15%、敏捷性-15%

 『風林火山』100P、攻撃力+10%、MP再生3%

 『マスターソード』150P限定1枚、【斬撃】【殴打】【刺突】【炎】【氷】【雷】【風】【土】

 『吸血鬼の牙』200P限定1枚、攻撃力+10%、物理攻撃で与えたダメージの一部をヒットポイントとして吸収

 『マジックオーソリティ』150P限定1枚、魔法力+30%、攻撃力-15%


 ここのところ換金だけだったので、交換レート表をもらうのも久しぶりだ。

 これ見てると楽しいんだけど、つい必要のないカードまで欲しくなっちゃうんだよな。

 カード好きのアトムは、尚更そうなんじゃないか。


 さて今回新しく交換対象となったのは、『マスターソード』『吸血鬼の牙』『マジックオーソリティ』の3枚。

 いずれも限定1枚だ。


 『マスターソード』は驚くべきことに8つも攻撃属性がついている。

 攻撃力はあっても属性を持たないカードと相性がいいだろう。

 弱点属性の異なる魔物同士が一度に出現するエリアなんかでは、特に有効だろうな。


 『マジックオーソリティ』は攻撃力が激上がりする『益荒男』に似たカードで、こっちは魔法力が激上がりするが攻撃力は下がる。

 後衛の専門魔法職にとって攻撃力なんて必要ないので、『益荒男』よりうんと使いやすいのではなかろうか?

 下がるパラメーター量も少ないし。


「はーい、今回の問題作『吸血鬼の牙』でーす。ヤバくない?」


「ヤバいですね」


「ヤバいぜ」


「ヤバいね」


「ヤバいぬ!」


 うん、今日はヴィル入りなので完璧だ。

 たしかなまんぞく。


 何がヤバいって、『物理攻撃で与えたダメージの一部をヒットポイントとして吸収』っていう、文面から滲み出るヤバさ。


「これって、通常攻撃もバトルスキルも関係なく、攻撃が当たりさえすればヒットポイント吸い取れるってことですよね? 全体攻撃であれば、全ての魔物に対して効果を発揮する?」


「その通りだね。レア素材『魔血石』で実現するヒットポイントドレイン効果さ。めったに手に入るものじゃないんだが」


「シバさんにもらったんですよ。いやーありがたいなー」


 アトムは盾役だからヒットポイントを失いやすい。

 それを補充するのにちょうどいいカードだ。


「さあアトム、選んでもらおうじゃないか!」


「へい。『吸血鬼の牙』と『マジックオーソリティ』で」


 ほう、2枚か、意外だな。

 以前確か『必殺山嵐』に興味があるって言ってたけど、それはスルーのようだ。

 アトムに有効なパワーカードであることに疑いはないが、『必殺山嵐』に回す7枚枠がないということを理解しているのだろう。


「ファイナルアンサー?」


「ファイナルアンサーでやす」


「アルアさん、『吸血鬼の牙』『マジックオーソリティ』1枚ずつもらう」


「はいよ」


 2枚のカードを受け取り、交換ポイントは683になった。


「姐御、カード編成もあっしにやらせておくんなせえ」


「よーし、任せたよ」


 あたし……『あやかし鏡』『スナイプ』『アンリミテッド』『暴虐海王』『スコルピオ』『風林火山』『ハードボード』

 クララ……『逃げ足サンダル』『誰も寝てはならぬ』『三光輪』『スカロップ』『シンプルガード』『スペルサポーター』『ボトムアッパー』

 アトム……『ドラゴンキラー』『ルアー』『誰も寝てはならぬ』『ハードボード』『武神の守護』『シンプルガード』『吸血鬼の牙』

 ダンテ……『誰も寝てはならぬ』『癒し穂』『三光輪』『るんるん』『マジシャンシール』『光の幕』『マジックオーソリティ』

 予備……『寒桜』×4『誰も寝てはならぬ』『アンチスライム』『サイドワインダー』×2『三光輪』×2『前向きギャンブラー』『オールレジスト』『ヒット&乱』『刷り込みの白』『ナックル』×2『ニードル』『スラッシュ』×2『アンデッドバスター』『風月』『鷹の目』『スナイプ』『シールド』×2『ファイブスター』『ボトムアッパー』『ポンコツトーイ』『厄除け人形』『火の杖』『エルフのマント』『ファラオの呪い』『プチエンジェル』


 なるほど。

 あたしの運の高さからクリティカルは食らわないと見て、『シンプルガード』をより防御力の高い『ハードボード』に置き換える。

 その『シンプルガード』をアトムが装備して巨人族のクリティカル攻撃に備え、さらに『ファラオの呪い』の無慈悲な状態異常付与より『吸血鬼の牙』のヒットポイント吸収を選んだということか。

 ダンテに『マジシャンシール』『光の幕』『マジックオーソリティ』をつけて防御力と魔法力を上げ、『スペルサポーター』をクララに回す。


「いいじゃんいいじゃん。やるなアトム! 前々からダンテの守りが薄いような気はしてたんだよね」


「そうでやすね。『陽炎』の固有能力で攻撃を受けにくいとはいえ、過信するのは良くねえと思いやす。『プチエンジェル』がイマイチ働いてなかったんで、わかりやすく効果を出してみやしたぜ」


 そうだな。

 『プチエンジェル』付属の蘇生魔法『天使の鐘』が外れるのは、惜しい気がしないでもない。

 が、蘇生薬の類を持ってりゃ済む話でもある。


「『誰も寝てはならぬ』は外しにくいねえ。最大ヒットポイント増強効果がバカになんない」


「凄草を毎日食べることで、最大ヒットポイントが増えてくると、要らなくなるかもしれやせんが」


 うんうん。

 アトムのカード愛がわかって嬉しいよ。


「残り1枚の交換はどうする?」


「後の楽しみにしておきやす」


 いいだろう。

 今後もカード交換は、アトムの意見をよく聞きながら行うことにしよう。


「アルアさん、ありがとう。さようなら」


「さようならぬ!」


「気をつけて行くんだよ」


 アルアさん家の外の転移石碑からギルドへ。


          ◇


 ギルドに到着。


「こんにちは、ポロックさん」


「いらっしゃい。チャーミングなユーラシアさん。今日はどこかの転移石碑から?」


「アルアさんとこですよ」


「ああ、なるほど」


 全員揃ったところでギルド内部へ。


「お姉さま!」


 買い取り屋にエルマがいた。


「あ、ギルドにいたんだ。あたし達今、アルアさんとこ行ってたんだよ」


「そうでしたか。あのう、昨日のことですけれども、族長様がお姉さまにお礼を差し上げねばと申していたのですが」


「え? 要らないよ。大体食獣植物倒したのエルマじゃない」


 そんなんでお礼もらうのは気が引けるわ。


「えーと、ではわたしはどうすればよろしいでしょうか?」


「オイゲンさんに気にするなって言っといてくれる? そんなことより、話がある時はいつでも相談に乗るからって伝えてね」


「はい、わかりました!」


 あたしも買い取ってもらお。

 よーし、おゼゼ大事。


「師匠、おはようございます」


「おーラルフ君達じゃないか。おはよう」


「先日の我が家と緑の民族長家の件ですが」


「あっ、ちょうどよかった。昨日緑の民オイゲン族長の話聞けたんだよ。情報のすり合わせしよう。エルマもおいで」


「はい」


 皆で食堂へ。

 テーブルをくっつけて大きくする。


「大将、ミントティー9個!」


 注文の後、皆に向き直る。


「えーと、ラルフ君パーティーとエルマは面識あるんだっけ?」


「顔と名前くらいは」


「鮮やかな緑髪が格好いいなあと思っていました」


 その程度か。

 あ、ヴィルがクララのとこ行った。


「ラルフ君は、カラーズ~レイノス間の交易を仕切ってもらってる商人ヨハン・フィルフョーさんの息子」


「あ、では族長様の御親戚ですね?」


「そう。オイゲン族長のお父さんと、ラルフ君のお爺さんお婆さんが従兄弟同士になるのかな、確か」


「はい、そう聞いております」


「わかりました」


「エルマは13歳の緑の民で、『大器晩成』っていうやたらとスキル覚える固有能力持ちの子」


「レア能力ですね? よろしく」


「皆様、よろしくお願いいたします」


 握手を交わす。

 それでだ。


「昨日、魔物退治の名目で緑の民の村に呼ばれて、オイゲン族長と話できたんだ。エルマもその場にいた。オイゲンさんはヨハンさんと面識あるようだったけど?」


「はい。時々ふらっと遊びに来た、少し年齢は離れていたが、いい兄貴分だったと、父が申しておりました」


「ヨハンさんの御両親が2人とも緑の先々代族長の孫で、次期族長候補だったんだって? 駆け落ちしていなくなっちゃったから、残った族長候補三男家の権威付けのためにも2人を悪者にせざるを得なかったと聞いたよ」


「そういうことでしたか。父は緑の民の村にいたことがなく、祖父母からの伝え聞きのみなんですよ。祖父母は、村を出てきて苦労もしたが、愛し合っていたので後悔はない。村に迷惑をかけたのが心残りだ、と言っていたとのことです」


「素敵なロマンスですねえ」


 まったくだ。

 でもオイゲンさんの物言いとニュアンスが違うな?


「ヨハンさんの御両親、つまり長男家と次男家の跡目候補が緑の民の村を去って、今の族長家である三男家は棚ぼたの幸運に喜んだっぽいんだよ。迷惑なんて全然思ってなくて。ただ村に帰って来られると族長争いで揉めるだろう? 特にヨハンさんは長男家と次男家のハイブリッドだから」


「え? いや血統上はそうかもしれませんが、父は商人であって今の緑の民の村と繋がりありませんし……」


 戸惑うラルフ君。


「あたしもそう思うけど、現在の族長家長老達にはその考え方が支配的だとは知ってて。だから緑の民はヨハン・フィルフョーと関わりを持ちたくなくて、その伝手で交易なんてとんでもない。ここまではオーケー?」


「了解しました」


「ただ、オイゲンさん自身は交易したい派なんだよ。あたしと接触したがったのはそういうことなんだ」


 エルマがコクコク頷く。


「そうでしたか……いえ、父はオイゲン族長の気を損じたか、道を違えたかと少々思い煩っておりましたので」


 ヨハンさんは緑が交易に参加しないことで、そういう受け取り方をしていたか。


「ヨハンさんにいずれ緑も仲間に入る、心配要らないって言っといてね。こっちはどうにかするから」


「そうです! 昨日お姉さまは詐欺師も舌を巻くような方法を考え出されて、族長様を引かせるほど感心させておいででしたから」


「あれくらいはごくごく普通だってば」


 エルマ、それは褒めてないぞ。

 見ろ、ラルフ君パーティーもどん引きじゃないか。


「で、ちょっといいかな?」


 内緒話モード発動。


「いずれにせよ、今緑の民が交易を積極的に進めることはないんだ。戦争前に緊急じゃない議論で民を割るわけにいかない」


 ラルフ君パーティーとエルマが頷く。


「この話の続きは戦後になるけど、それ以前にヨハンさんとオイゲンさんの意思の交換はなされていた方がいい。エルマ、あんたが仲介するんだよ。あたしが緑の民の村に入り浸ってたんじゃ目立つから」


「はい、わかりました」


 引き締まった表情になる。


「でもエルマとオイゲンさんが、交易反対派のいないところで会うってのは難しいんだ。誰が敵で誰が味方かもよくわかんないし。ヨハンさんにオイゲンさん宛ての手紙を書いてもらって、それをエルマから渡してもらうのが現実的かな。その返事をエルマからラルフ君に渡してもらえば連絡が取れる」


「「はい」」


「じゃ、ラルフ君はヨハンさんにそう伝えておいてね。エルマはラルフ君から手紙を受け取ったら、『誰もいないところで開封してください。わたしが仲介できます』とだけ言ってオイゲンさんに渡すんだ。いいね?」


「「はい」」


 内緒話モード解除。


「ああ、陰謀は楽しいねえ」


「楽しいぬ!」


 悪魔が陰謀楽しいって言うのはそれっぽくて面白いなあ。

 いい子ヴィルだとギャップがあって、より一層おかしい。


「あたしは帰るよ」


「師匠はこれから魔境ですか?」


 おっ、ビビらずに『魔境』と言えるようになったじゃないか。


「そうそう、宝飾品クエストの締め切り明日だからさ。もうちょっと頑張ろうかと」


「お姉さま、素敵です!」


 ハッハッハッ、何が素敵かわからんけど、こぼれる魅力がエルマをアタックしちゃったかな?


「じゃあヴィルは通常任務に戻っててね」


「わかったぬ!」


「また会おう!」


「「「「「さようなら!」」」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 憩いの場にして我が心の故郷、魔境だ。


「宝飾品クエストは今月一杯でしたか?」


「そうなんだけど、搬送の都合上、納品の締め切りは明日って言われてるんだ」


「明日? それは変ですね」


 あ、やっぱり変なんだ?

 オニオンさんが首をかしげる。


「ワタクシ、この依頼を出したのはレイノスの誰かであろうと考えていたのです。けれども搬送の都合で締め切りが繰り上がるのならば、もっと遠くでないと道理が合わないんですよ。はてさて?」


 ふーん、そういうことか。


「イシュトバーンさんも同じこと言ってたんだ。締め切りが変だって。で、依頼者の見当ついたみたい」


「ほう、誰なんですか?」


「今知らない方が面白いからって、教えてくれなかったんだよ。とにかく一切合切剥ぎ取れって。依頼者はあたしに会わせろと必ず言ってくるって」


「ははあ、楽しいイベントが残ってるわけですね?」


「そーゆーことなのかなあ?」


 あたしも楽しみではあるけど、正体がわかんないから何とも。


「ま、とにかく稼いでくる」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「今日は真っ直ぐ北でやすか?」


「そうだね。今日は心ゆくまで真経験値君、並びにほぼ経験値君と戯れようじゃないか」


 いざ北進!


「……しまった。またやらかした」


 何をってワイバーンの卵だ。

 どーしていつも行きに拾うのか。

 重いし持ちづらいんだよなーこれ。


「明日持って行くんですよね?」


「そうだけど、帰りに拾いたかった」


「ネバーマインドね」


「そうだぜ姐御。もう1個拾ったら一旦帰って置いてくればいいぜ」


「あっ、アトムがフラグ立てた! ほらほらワイバーン出てきたし。もーこんなん絶対卵落とすに決まってる」


 案の定でした。


「しょうがない。帰って置いてこよう」


「「「了解!」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん……あれ?」


 混乱するオニオンさん。


「いや、ワイバーンの卵2個拾っちゃって、重いから一度家に置いてきたの」


「ああ、そういうことでしたか」


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊再出撃。


          ◇


「行きはワイバーン無視ね」


「「「了解!」」」


 ストックしてある分含めてワイバーンの卵は3個か。

 いいお土産になったと思えばいいや。


「ふう、ようやくドラゴン帯か。ここまで来れば安心だ。ワイバーンに遭遇しなくてすむ」


 魔境であたし達の最も恐れる魔物が、ワイバーンになっているのは何故だ?


「サイクロプスね」


「雑魚は往ねっ!」


 よしよし『巨人樫の幹』だ。

 もう数は足りてるけど、高価なレア素材であることには変わりない。

 中央部でイビルドラゴンを蹴散らし、さらに北へ進む。


「パーラダーイス!」


 魔境北辺の人形系レア魔物エリアに到達。


「ここも今日で最後かな」


 名残惜しいが、明日はイシュトバーンさん家に顔出すし、魔境に来る時間はない。

 宝飾品クエストが終われば人形系レアに拘る必要もなくなる。


「思う様、デカダンスとウィッカーマンを狩ろうじゃないか!」


「「「了解!」」」


 最初に比べればかなり効率も良くなったもんだ。


「デカダンス3体ね」


 豊穣祈念からの薙ぎ払い!


「黄金皇珠1個透輝珠3個か」


 レア1個というのは不満残るが、まあ確率だからこういうこともある。

 ウィッカーマンを倒して、と。


「やたっ! 黄金皇珠と鳳凰双眸珠だ!」


 今度はレアが出たぞ。

 よしよし。


「今日はギリギリまで稼ごう。夜はギルドで食べていこうね」


「「「了解!」」」


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさいませ」


 クララの全速『フライ』でベースキャンプまで戻ってきた。


「明日からは魔境に来る頻度減っちゃうと思うんだよ」


「宝飾品クエストの締め切りですね? 寂しくなりますねえ」


 オニオンさんがシュンとする。


「あたしも寂しいよ。宝飾品クエストがなくなったら、何を張り合いに生きてゆけばいいんだろ?」


「ユーラシアさんほどいろんなことに忙しそうな人、他にいないと思いますけど」


 それはそうかもしれないけど。


「かなり宝飾品狩りの効率を極めたのになー。今後この技を使う機会がないと思うと悲しい。また誰か宝飾品好きなだけ持ってこいって依頼出してくれないかなー」


「好き好んで破産したがる人いないですって」


「好き好んで破産したがる人いないかなー」


 アハハと笑い合う。

 この場を借りて破産希望者大募集だよ。


「これって、あたしが納品完了した時点でクエスト終了なのかな?」


 普通の依頼所クエストだとそういうもんだけど。


「いえ、内容が内容ですから、ギルドの一存では完了扱いにできないんじゃないでしょうか。おそらく依頼主のところへ運ばれ、受け取りの確認ができて初めて完了になるものと思われます」


「そっか。じゃあこれが最後だとしても、新しい『地図の石板』はまだ出ないんだ?」


「そういうことになりますねえ」


 さらにつまらんな。

 いや、ギルドセットのクエストが、これで終わりと決まったわけじゃないのか。


「ありがとう。オニオンさん、さよなら」


「さようなら、またいつでもいらしてくださいね」


 転送魔法陣からギルドへ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


 あ、ポロックさんがいない。

 ということは5時過ぎちゃったか。

 しょうがない、換金は明日だな。

 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「イシュトバーンさんのところへ行って、通信繋いでくれる?」


『わかったぬ!』


 しばし待つ。


『おう、精霊使い、どうした?』


「ワイバーンの卵3個拾ったから、明日持ってくよ。料理人さんに伝えておいて」


『わかった。昼前だな?』


「そうだね、それくらいに行く」


 これでよし、と。


『用はそれだけか?』


「うん、それだけ」


『つれねえじゃねえか。もっと話してくれよ』


「何だこの寂しんぼめ、甘えんぼめ」


『寂しんぼで甘えんぼだぜ』


「あたしはイシュトバーンさんの専属オペレーターじゃないんだけど?」


『そう言わずによろしく頼むぜ。明日は美味い飯用意させるからよ』


 もーしょうがないなあ。

 そう言われちゃ断れないじゃないか。


「歩く練習はしてる?」


『おう、少しずつな。今日は服屋まで歩いたぜ。帰りはおぶってもらったが』


「あっ、すごいじゃない!」


『男の背中は耐えられねえから、すぐに往復歩けるようになると思う』


「理由に悲壮感が漂うね」


 笑い。

 悲壮感ってなんだっけ?


「そういえばさ、魔境にグリフォンいるじゃん?」


『グリフォンか。ドラゴン帯だな。でも数少ねえんだろ?』


「うん、たまにしか遭わない。でさ、その羽毛が高く売れるんじゃないかって話なんだけど、どこに売ったらいいかな?」


『そんなもの持って帰れるのかよ? いや、あんたはマンティコアの肉持って来るんだったな』


「うーん、羽毛はかさばるから、肉より面倒と言えば面倒」


 倒し方によっては血だらけで台なしになっちゃうしな?


『ハハハッ。昔、強制睡眠を使える強力な固有能力の冒険者がいてよ。その技を駆使してグリフォンから毟った羽毛を枕と布団の材料にし、一財産築いたって話があるんだ。だから羽毛自体を取り引きしてたんじゃねえんだな。今取り扱ってる業者もねえはずだ』


「そっかー」


 売れないんじゃ取ってきても仕方ないか。

 自分で布団作る気にはなれないし。


『グリフォンの羽毛は、洗うとすげえふっかふかになるんだぜ』


「そんなに?」


 それは興味あるな。

 でも洗うったって難しいんだが。

 どこで乾かせばいいんだ。


『ヨハンに相談してみろ。うまい利用法を思いついて買い取るかも知れねえ』


「ありがとう。そうする」


 ま、これだけ魔境愛に溢れたあたし達なのに、あんまり遭わない魔物だしな、グリフォンって。

 気にし過ぎても仕方ないか。


『例の宝飾品クエスト、明日で終いなんだろ?』


「そう。何か悲しくて」


『オレが心の隙間を埋めてやるぜ』


「いやーん、ユーちゃん困っちゃう」


 笑い合う。


『魔境にはあまり行かなくなるのか?』


「どうだろ? 今までほど行かなくなるのは確かだけど、次にどんなクエスト出るかもわからないから、まだ何とも」


 戦争もあるしな。

 マジで予測が立てづらい。


 ……夢の女神様のお世話にならず、無事生き残ることができたなら、来年の春から夏にかけて魔境を踏査したいな。

 食べられる植物、役に立つ植物をチェックしたい。


『おう、じゃあ明日楽しみにしてるぜ』


「あたしも楽しみだよ。じゃあね。ヴィル、今あたし達ギルドにいるんだ。こっちにおいで」


『はいだぬ!』


 さて、御飯食べていこ。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『うん、こんばんは』


「ヨハンさんの息子の冒険者と話したよ。ヨハンさん、緑から交易拒絶されたの結構堪えてたらしい」


『それはオイゲン族長と交流があっただけに?』


「そうそう。オイゲンさんは交易賛成派だってことを伝えてもらうことにした」


『いいね。ヨハン氏もやる気になるだろう』


 そーだね。


「で、この前話したエルマとヨハンさんの息子を通じて、オイゲンさんとヨハンさんに手紙のやり取りしてもらおうと思うんだ」


『ほう、何やら画策してるね』


「どうってことないんだけどね。オイゲンさんとヨハンさんの意思の疎通が図れていれば、後で仕掛けも効きやすいじゃん?」


 結果が楽しみなやつではある。

 あの2人がツーカーならば、交易の拡大も速やかだろう。

 ま、戦後だけどな。


「ハヤテどうだった? 緑の民の村連れてったんでしょ?」


『やはり『精霊の森』の精霊だったよ。大喜びしてた。でも灰の民の村も気に入ったらしくて、昼間はこっちへ遊びに来るらしい』


「ああ、それは良かったねえ!」


『森よりは刺激があるだろうからね』


 これでハヤテも安心と。


「オイゲンさんどうだった?」


『すごい頭下げられたんだけど。君一体何した?』


「え、何かするのはこれからだよ? あたしのことよく知らない人はこれだから」


 サイナスさん胡散臭げな顔してるだろうなってのがアリアリとわかるけど、本当に大したことしてないんだってばよ。


「輸送隊の初陣どうだった?」


『今日は『どうだった』ばっかりだね。フェイ族長代理が率いて行ったから、まず問題ないよ』


「あ、そーだった」


 まあフェイさんなら失敗要らないだろ。


『明日、レイノスのイシュトバーンさんに招待されてるんだろう?』


「そうなんだよ。誰が何やらかすか楽しみで仕方ない」


『え? ムリヤリにエンターテインメントに仕立て上げなくても』


「イシュトバーンさんもそーゆーの好きなんだよなー」


『ひょっとして君と性格似てる人なのか』


「失礼だな。あたしはあんなにえっちじゃない」


『無事に終わることを心から祈ってるよ』


 投げやりになってきたぞ?


「そんなとこかな。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日は宝飾品納めてからイシュトバーンさんとこか。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 最近、朝からギルドに来ることが多い。


「おはよう、チャーミングなユーラシアさん。今日は随分大荷物だね?」


「おはよう、ポロックさん。今日、宝飾品クエストの納品期限の日なんだよ。残り全部持って来たの」


 ギルド総合受付のポロックさんが納得する。


「ああ。ドーラが丸ごと買えるだろうって噂の?」


「それは大げさだけど」


 ギルド内部へ。

 先行させていたヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。

 最近ではヴィルが1人でギルドにいても、誰も不審に思わないようだ。

 依頼受付所のおっぱいさんのところへ行く。


「サクラさん、おはよう」


「すごいお姉さん、おはようぬ!」


「おはようございます、ユーラシアさん、ヴィルちゃん。宝飾品の納品ですか?」


「うん。今日魔境天気良くないみたいだから、納品もこれで最後だよ」


 どさっと荷物を置く。


「はい、確認いたします。ベルさん、フリスクさん、よろしくお願いします」


 やじ馬冒険者が集まる中、武器・防具屋のベルさんと買い取り屋のフリスクさんが2人がかりでチェックしていく。


「どんなもんだ?」


 ツンツン髪の軽薄そうな男、ダンだ。


「『道具屋の目』の固有能力は、食いっぱぐれがなくていいねえ」


「そんな感想かよ」


「あんたもシバさんが『鑑定』持ちだって知った時、そんなんだったぞ?」


「美少女精霊使い様と同じ感想とは恐れ多いぜ」


 あ、チェック終わったな。


「本日新たに黄金皇珠92個、一粒万倍珠3個、邪鬼王斑珠1個、降魔炎珠2個、雨紫陽花珠1個、鳳凰双眸珠6個、羽仙泡珠23個、幽玄浮島珠1個をお預かりいたします。先日までの分と併せまして、黄金皇珠208個、羽仙泡珠67個、鳳凰双眸珠19個、邪鬼王斑珠3個、一粒万倍珠4個、降魔炎珠2個、雨紫陽花珠1個、幽玄浮島珠1個を、お預かりいたしております」


「「「おおー!」」」


 やじ馬達が歓声を上げ、拍手してくれる。


「いいもん見たぜ」


「おう、一生自慢できるわ」


「ありがとう。あたしも皆が喜ぶエンターテインメントを提供できて鼻が高いよ」


「アハハ、いいぞ精霊使い!」


 にこやかな顔のおっぱいさんが言う。


「おそらく明後日には、遅くとも3日後には依頼主の元へ納品手続きが終了いたします。その時点をもってクエストの完了となります」


「これ、依頼主の見当ついたって人が、依頼主はあたしに会わせろと必ず言うだろうって話してたけど、サクラさんもそう思う?」


 おっぱいさんはちょっと驚いた顔をしたが、ハッキリ言う。


「はい、私もそう思います」


 ふーん、やっぱそーなのか。


「お願いします」


「お願いしますぬ!」


 宝飾品クエストもこれで終わりだな。

 ダンが聞いてくる。


「その、依頼主の見当ついた人ってのはクソジジイのことか?」


「うん、スケベジジイのこと。でもイシュトバーンさん、知らない方が面白えからって、誰だかは教えてくれなかったんだ」


「俺も『遅くとも3日後には依頼主の元へ納品手続きが終了』ってのでわかったぜ」


「えっ?」


 やっぱり日付がポイントなのか?

 商売に関係ある人だとわかるんだろうか?


「ダンもあたしが依頼者知らない方が面白いと思う?」


「いや、あんたとその依頼者の絡みなら、どっちでも面白くなるだろ。傍で見てる分にはな。でもあんたにとっては楽しみが残った方がいいんじゃねえか?」


「そーゆーもんなんだ? じゃ、大人しく待ってる」


 まー2、3日のことだしな。


「ユーラシアは今からどうすんだ?」


「カラーズとレイノスの交易が本格化してきててさ、その輸送隊の面々がイシュトバーンさんに招待されてるの。あたしも顔出さないと」


「いろんなことやってるな」


「ダンは?」


「魔境だぜ」


 ふてぶてしい顔だね。


「さて、一度帰ろうかな」


「おう、じゃあな。ヴィルもまたな」


「バイバイぬ!」


「あ、そーだ、アイテム換金してくんだった」


「締まらねえな。やはりオチは俺じゃねえと務まらねえのか?」


「あっ、オチ担当の自覚が芽生えてきたね。あたしも精進するよ」


 アハハと笑い合う。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 イシュトバーンさん家へ。


「こんにちはー」


「精霊使い殿、お待ちしておりました」


「……あれ、今日は物々しいですね?」


 イシュトバーンさん家の警備員さん達が完全武装なのだ。


「このスタイルで客人を迎えよとのことで」


「ははあ、イシュトバーンさんの悪ふざけだね?」


 警備員さんが苦笑する。


「でも面白そう」


「ハハハッ、中へどうぞ」


 屋敷へ案内される。


「来たか、精霊使いよ」


「どうしたの、この臨戦態勢?」


「こういう扱いされた時にどういう対応するか、興味ねえか?」


「すごくある」


 あたしとイシュトバーンさんがニヤニヤしていると、うちの子達の『この2人同類だ』っていう視線に晒される。

 しかし刺さらないその視線。


「じゃ、あたし達は屋敷の中で迎えた方がいいね」


「おう、隠れていよう。ピリピリ緊張してここへ来るやつらを見て大笑いしてやろうぜ」


 お付きの女性達の『この2人趣味悪い』っていう視線に晒される。

 しかしそれを跳ね返す面の皮。


「これワイバーンの卵」


「3つもか。ありがとうな。おう、厨房に持って行ってくれ」


 お付きの女性達達が卵を運ぶ。

 重くてごめんよ。


「1個はまよねえずにするんだ」


「あっ、今日魚フライがメイン?」


「カラーズの連中なら、まだ食ったことねえだろう? ワイバーンの卵のまよねえずで食うなら最高だぜ」


「そうだねえ、楽しみだよ!」


 企みつつ待つことしばし。

 門の方が騒がしくなる。

 来たか、隠れてみた。


「やはりフェイさんは堂々としてるねえ」


「先頭のデカいモヒカンか? お、もっとデカいやつもいるじゃねえか」


「一番デカい眼帯君が輸送隊の隊長だよ」


「あの手足が同時に出てるお団子女子は?」


「あの子が副隊長」


 インウェンすげえ緊張してるな。

 もういいだろう。


「いらっしゃーい! 我が屋敷へようこそ!」


「おいこら、あんたの屋敷じゃねえ」


「でもお付きの女性達は、あたしが主人の方が都合良さそうだよ?」


 頷きかけて慌てて首を振る2人。


「全く油断がならねえ」


 よしよし、砕けた雰囲気になったね。


「黄の民族長代理フェイ・チャンと申す。本日はイシュトバーン殿のお招きに預かり、感謝に堪えぬ所存だ」


「立派な挨拶痛み入る。しかし堅苦しいのはなしでいこうぜ?」


 イシュトバーンさんの愛嬌のある丸い目がフェイさんを見つめる。


「「「あはははははっ!」」」


 あたしとフェイさん、イシュトバーンさんの3人で笑い合う。


「ははあ、イシュトバーン殿とはこういう方でしたか」


「いや、あんたもなかなかじゃねえか。カラーズにも人物はいるな。精霊使いが評価するだけはある」


「そうでしょ?」


 イシュトバーンさんが隊員を見回し、眼帯男に目を止める。


「あんたが隊長か」


「へ、へェい」


「反骨の相がある。よくこんなのを隊長にしてるな?」


 一瞬にして空気が凍る。

 これが『タイガーバイヤー』と呼ばれた男の真骨頂か。


「……ズシェンがやんちゃなのは重々承知しておりますが、そこは俺の器量が勝ればいいことゆえ」


「聞いたか、眼帯よ。あんた絶対にフェイ君とユーラシアには逆らうんじゃねえぞ? 勝てねえ喧嘩は売るだけ損だ」


「へえ、そのことは姐さんにもさァんざん言われておりやしてェ」


「ほう」


 そのえっちな目こっちに向けんな。


「精霊使いよ。あんた案外親切じゃねえか」


「眼帯君にもいいとこあるんだってば。路頭に迷うと可哀そうだから」


 特に黄の民の隊員には、眼帯男をフェイさんのライバルと見る向きがあったかもしれない。

 しかし実力者であるイシュトバーンさんがフェイさんを格上と認め、あたしが眼帯男を可哀そう扱いしたことで、そうした目は変化していくだろう。


「まあ眼帯にも輸送隊の長が務まるだけの貫目は十分ある。せいぜい励みな」


「へェい」


 次々と料理が運ばれてくる。


「精霊使いの大仕掛けですっかりレイノスの名物料理になった、魚フライのまよねえず掛けだ。たんと食ってくれ」


 海の魚を食べたことある隊員はほとんどいないだろうな。

 あ、アレクは塔の村で食べてるか。


「ほう、これは美味い!」


 フェイさんが食べ始めると。

 他の面々も徐々に手をつけ始める。


「あっ、美味しい!」


「ほんとだ!」


 おーおー、ケスなんかガツガツ食べてるじゃん。

 気に入ってくれて嬉しいよ。


「あの、これをユーラシアさんが仕掛けたというのは?」


 インウェンの質問だ。


「このまよねえずっていうタレ、黒の民の村の酢を使ってるんだよ。で、レイノスの料理人にレシピ教えて魚フライにつけて食べると美味しいよって教えたら、何とかして魚仕入れろってことになってさ。でも食べつけない食べ物って、なかなか食べてもらえないでしょ? だからフェスやって、いっぺんに広めることにしたの」


「酢の販促のためですか?」


「まあそんなとこ」


「レイノスでは大変な盛り上がりだったんだぜ?」


 フェイさんが聞いてくる。


「その魚はどこから持って来たのだ?」


「海の王国から。今はもう、海の王国とレイノスとの魚取り引きは確立してるんだ」


 イシュトバーンさんとフェイさんが何か言いたそうな顔してるけど、そうだよ。

 お魚は戦争の時の食料として考えてるよ。


「で、そっちの姉ちゃんが副隊長だな」


「は、はい」


「インウェン気をつけて。完全にスケベジジイモード入ってる」


 ニヤニヤしながらイシュトバーンさんが言う。


「触り甲斐があるって教えてくれたのは精霊使いだぜ?」


「弄り甲斐があるって言ったんだよ。物理で触ろうとすんな!」


 インウェンが脅えてるだろうが。


「ハハハ。女性隊員に対するお戯れはそこまでにしていただきましょうか」


「お? おう」


 やるねフェイさん。

 インウェンの目が完全にハートだぞ?


「それよりイシュトバーン殿、アルハーン平原掃討戦の時のユーラシアの活躍ぶりを聞きたくありませんかな?」


「え?」


 インウェンのバーターであたしが生け贄かよ?


「ぜひ、聞きてえな!」


「え、じゃあ掃討戦前の情報をいかに得たかについて」


「地味じゃねえか?」


 まあそうだね。

 一同皆微妙な顔してるけど。


「あの掃討戦は、事前にほとんど情報がないって特徴があったんだ。フェイさんもいきなり参加してくれって話だったと思うけど」


「うむ、確かに」


「人間勢力の伸長を喜ばない、知性ある魔物なんかに計画を知られるとヤバいから、っていう理由だったんだよ。悪感情を摂取するため、魔族に面白半分に首突っ込まれる可能性すらあったって。でも逆に侵攻サイドもほとんどの人員が何も知らずに投入された。今、酢醸造の総責任者である黒の民サフランなんて、ドレス姿で来てたからね」


 何人かが頷く。


「あたしも掃討戦があることを知ったのは偶然だったんだよ。あたし達が使ってる装備品パワーカードの工房で、冒険者ギルドの職員が話してたという『大掃除』なる秘密計画があるってことを聞いたのが最初」


 いつの間にか皆が聞いてるね?


「次にレイノス西口の警備兵隊長さんに『大掃除』について知ってるかって聞いたら、1週間口外するなって言われたんだ。その時『精霊様騒動』っていう、ちょっとした事件起こしちゃったのは内緒」


 イシュトバーンさんの補足だ。


「精霊様とその巫女という謎の存在が上級市民を凹ませたってな、一時期レイノスではすげえ話題になってたぜ」


「後、クエストで行った『本の世界』ってとこのマスター、この世のいろんな秘密を知ってる人形に、クー川西のアルハーン平原から魔物を駆除する計画があるっていう、決定的なことを教えてもらった」


 ほう、という声が聞こえる。


「それからほこら守りの村ってとこがあってね、うちのダンテが『肥溜めガール』って呼んでる不思議な子がいるんだ。『肥溜めガール』の理由は察して。その子の百発百中の占いで、ラッキーアイテムはスキルスクロールと出た」


 肥溜めでビクッとした13歳の子がいるよ。

 隣の13歳の子は笑い堪えてるけど。


「戦場の隣になる灰の民の村には何かヒントあるかなーと思って行ったら、たまたま『黒き先導者』パラキアスさんがいたんだよ。掃討戦の打ち合わせに来たのかって聞いたら、『経穴砕き』のスクロールをくれたの。ラッキーアイテムが『経穴砕き』のスクロールと判明し、掃討戦のボスが『経穴砕き』に弱いって知ったのはその時」


 シーンとなっちゃったね。

 面白い話じゃなかったか?


「その後はちょっとでも勝率上げようと思って、ボス戦用のパワーカード手に入れたり『経穴砕き』のスクロール買い足したり、それから支援もらうのに消耗品やたらと買ったりしてた。何事もそうだと思うんだけどさ、情報の収集と事前の準備は大事だよ。でもこういう話、背中がかゆくなるから嫌なんだけど」


 フェイさんとイシュトバーンさんが口々に言う。


「……ユーラシアが積極的に動き回るのは、そういう理由があるのか」


「お前ら聞いたか? 情報の収集と事前の準備は大事だってよ」


 もー本当やめようよ。

 イシュトバーンさんが聞いてくる。


「最近何か面白いことねえのか?」


「聞き方がアバウトだなー。緑の民の交易関係でなくはないけど、仕掛け時を間違うと拗れるかもしれないから、今凍結中。その内皆に助けてもらうからよろしく」


 フェイさん聞いてるね。

 よしよし。


「イシュトバーンさんの方から何か話ないの? 皆それを楽しみに集まってるんだと思うけど」


「オレか? 引退して10年になるから最近の話はねえぞ」


「いや、面白ネタじゃなくてさ。もっと何かえらそーに聞こえること」


 イシュトバーンさんが首をかしげる。


「商売のことか? 間違いのないものを仕入れて間違いなく運び、間違いなく売れば間違いなく儲けが出る。それだけだぜ?」


 フェイさんが話しかける。


「ふむ、イシュトバーン殿は『道具屋の目』の固有能力持ちと伺いましたが」


「そうだな」


「イシュトバーン殿のような能力持ちでないお主らには、間違いのないものを確実に仕入れることはできぬであろうが、間違いなく運ぶこともまた重要な役目と心得よ」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 イシュトバーンさんが言う。


「得意なやり方でいいんだぜ? 知識があるならそっちに注力してもいいし、他人を見抜く力に自信があるならそれを当てにしてもいい。無理だと思ったらその分野には手を出さず、他人に任せるのもまた良し。でもこの精霊使いのマネはするんじゃねえぞ」


 何だよ、悪い例かよもー。


「懐にふっと入ってきたかと思えば貸し押し付けていきやがるし、脅して言うことを聞かせるだけの実力も実績もあるし、煽ってムーブメントを作るのが抜群に上手い。それらがマジで1人でやってるのかっていうデタラメな行動力と、悪魔みてえな洞察力だかカンだかに裏打ちされている。正直こんな愉快なやつは見たことがねえ。唯一見習えることがあるとすれば……」


 だからそのえっちな目こっちに向けんな。


「こいつの好きな『ウィンウィン』って言葉だな。あなたも幸せ私も幸せ。基本的に他人に割を食わせて自分だけ得するって考えがねえから、こいつの話には素直に乗れるんだ。商人には自分だけ儲かればいいってやつが実に多いが、そんなのがいつまでも栄えた例はないんだぜ。覚えておきな」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


          ◇


「あたしは商人じゃないんだけどなー」


 食事会がお開きになり、輸送隊の皆を門まで送る。


「人生訓だぜ人生訓」


「そんなに大したもんじゃないよ。やりたいことやってるだけ」


「ハハッ」


 勘弁してほしいなもー。

 ファイさんが話しかけてくる。


「緑についてはどうなっている?」


「オイゲン族長はヨハンさんと顔なじみで交易賛成派。だけど緑の民長老連が大反対で、身動き取れないって感じになってるんだ」


「それは先代の世継ぎ争いに関連した問題か?」


「そうそう」


 あ、フェイさんも調べてるっぽいな。


「それだけが問題ならどうにでもなるな」


「なるなる。族長なら民の利益考えろって煽ったけど、今は動くなって言ってあるんだ。フェイさんとこにそれとなくコンタクト取りに行くかもしれないから、その時は歓迎してあげてよ」


「うむ、わかった」


 戦争があるから動かないという理由は伝わったろう。

 こっちは安心だな。


「ユー姉」「姐さん」


「あんた達、今日は出番なかったねえ」


 アレクとケスだ。

 今日は大人しかった。


「子供の出番なんて、これからいくらでもある。今日も帰るまでまだ時間あるんだろ? レイノスを見て行けばいい」


「「はい!」」


 イシュトバーンさんは子供をやる気にさせるの上手だな。


「今日も自由開拓民集落泊まりなの?」


「うん、ハチヤで」


 レイノス東には、レイノスに近い方からグーム、ハチヤ、ツツスクの3つの自由開拓民集落がある。

 

「自由開拓民集落とも交流深める方針で、往路にハチヤ、復路にツツスクで宿泊っていうパターンになりそう。今日はイシュトバーンさんに招待いただいたから、その分ここから近いハチヤ泊まりだけど」


 なるほどなー。

 ソル君家のあるグームともその内交渉を持つんだろう。


「ではイシュトバーン殿、大層世話になった。感謝する」


 フェイさんが深々と頭を下げる。


「おう、楽しかったぜ。また来い」


「は」


 輸送隊の面々が手を振りながら散っていく。


「イシュトバーンさん、ありがとう。いい経験になったと思う」


「ワイバーンの卵のまよねえずは抜群だったな」


 アハハと笑い合う。

 こういう会話好きだな。


「あんたこれからどうすんだ?」


「ここからカラーズへ行く途中に、聖火教の大っきな礼拝堂があるの。そこ行ってこようかと」


「ん、本部礼拝堂だな? 大祭司に用か?」


 暗に戦争関係か? と聞いている。


「そう。ユーティさんはパラキアスさんと親しいからさ、何か思惑あるかもしれないし。あそこヴィル飛ばすと怒られるから、直接行かなきゃなんだよね」


「ハハハ、そりゃそうだろう。聖火教の悪魔嫌いは有名だからな」


「じゃあね、さよなら」


「おう、また来い」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 イシュトバーンさん家から帰宅後、聖火教アルハーン本部礼拝堂にあたし1人で来た。

 うちの子達は留守番だ。

 先に整地を進めている北の地区の方見てくるか。


「あ、もうこんなに進んでるんだ?」


 ほとんど木は撤去されているじゃん。

 聖火教徒の馬力は大したもんだなー。

 外縁をぐるっと回り、知った顔はいないかな、と。


「こんにちはー」


「精霊使いユーラシアじゃないか。どうしたんだ?」


 魔物の見張りに立っているハイプリーストだ。

 名前はえーと確か……。


「ワフロスだ」


「惜しい、もうちょっとで思い出せそうだったのになー」


「いや、まあそれはいいんだが」


「いいんだ? そんなこと言われると名前覚えないぞ?」


「努力はしてくれ」


 アハハと笑い合い、切り開かれた土地を眺める。


「大分整地が進んだねえ。スピードにビックリだよ。もうじき使えそうじゃん」


「うむ、しかしユーティ様はここをどうするおつもりなのか……」


「あ、まだ聞いてないんだ?」


 ふーむ、ワッフークラスのハイプリーストでさえ聞かされていないとなると、おそらく全てがユーティさんの胸の内か。


「何? あんた知ってるのか?」


「教えてもらったわけじゃないけど、見当は付いてる」


 ワッフーが驚く。


「そ、そうか。やはり精霊使いはすごいな」


「ワッフーはユーティさん信じてる?」


「ワッフー? い、いやもちろん俺はユーティ様を信頼しているぞ」


「あんたはそうかもしれないけど、他の信徒はどうかな?」


「……」


 やはりかなり文句は出ているか。

 それはそうだろう。

 冬越しの支度も進めなければいけないところへ、この意図の理解できない余計な労働が加わるわけだからな。

 しかし、ユーティさん中心に聖火教徒がまとまって欲しいのに、不満が燻るのはあまり望ましい状態じゃない。


「ユーティさんがここをどうするか言わない理由もわかるから、あたしからワッフーにも言えない。でも10日後くらいには結果が出るよ」


「10日後? そうなのか?」


「ウソなんかつかないって。その時にユーティさんの苦しみも悲しみも、全部いっぺんに理解できる。それまで全力で支えて。できればこれ、教団幹部の共通認識にしといて」


「わ、わかった」


 ワッフーの目に決意の色が見える。


「精霊使いはそれを言いに来たのか?」


「いや、ユーティさんに会いに来たんだよ」


「え? 何の用で?」


「んー御機嫌伺い?」


 言えない理由と察したか、それ以上追及して来ない。


「礼拝堂にいらっしゃる。案内しようか?」


「いいよ、勝手に行くから。見張り頑張って」


「ああ」


 ワッフーと別れ礼拝堂へ。


「こんにちはー」


「こんにちは、精霊使いさん」


 お、修道女さん、あたしが来ても驚かないね?


「あたし来るの、飽きられちゃった?」


「いえいえ、そんな」


「うちの子達連れてきた方がインパクトあったかなあ?」


「もしかすると精霊使いさんがそろそろお出でになるかもしれない、とのユーティ様の仰せでしたのですよ」


 なるほど、そういうことか。


「通してもらえる?」


「はい、こちらへどうぞ」


 奥の間へ通される。


「こんにちは、ユーラシアさん」


「こんにちは」


 ユーティさん痩せたか?

 苦悩の色が濃い。


「私達2人にしてください」


「かしこまりました」


 修道女達が席を外す。


「ユーティさん、御飯しっかり食べてる? 大事な時だよ? パワーが出ないですよ」


「ユーラシアさん……」


 苦笑いするユーティさん。


「何か新しい情報はありますか?」


「あたしが聞きたいくらいなんですよ。でも10日くらいで開戦だと思う」


「10日? 思ったよりかなり早い……」


 ユーティさんが考え込む。


「でも北の整地区画、間に合いそうじゃないですか」


「そうですね、何とか。急がせてよかったです」


「パラキアスさんはこっち来ないの?」


「1ヶ月ちょっと前が最後ですね。それ以降は……」


 とすると、パラキアスさんにヴィルを初めて会わせた時だな。

 あれ? じゃあユーティさんにはほとんど情報入ってない?


「ユーティさん、戦争についてどこまで知ってます?」


「確定の情報としては、戦争が避けられないとだけしか……」


 ユーティさんが首を振る。

 しまったな、ここは連絡入ってると思ってたんだけど。

 パラキアスさんが西域にかかりっきりになってるのかもしれないな。


「戦争はレイノスと帝国艦隊の砲撃戦がまずあります。それ以外に、帝国には海の一族の監視を抜けてドーラに上陸する技術があるの」


「えっ?」


 驚くユーティさん。

 やはり知らなかったか。


「いや、でも際限なくその手法を使えるわけじゃなくて、ちっちゃい舟でそーっと上陸するのが精一杯、ただし数十人規模の工作兵部隊は組織できそうってことなんだ」


「……であれば、最も危ないのは西域の街道?」


「そういうこと。で、『アトラスの冒険者』は西域の流通を守るために、ほぼ全員あっちに投入することになる」


「待ってください。となるとレイノスより東のエリアはどうなります?」


 ようやく本題だ。


「今日はそれについて相談しに来たんだよ。こっちは西に比べて襲撃される可能性は遥かに低いんだけど、ないわけじゃない。まるっきり対策を取らないのは危険だからさ」


 ユーティさんが頷く。


「ここにも聖騎士やハイプリーストはいますが……」


「戦力として計算できるのは数人でしょ? 数の多い非戦闘員を守れるほどじゃない。万一帝国工作兵部隊に襲われたら、人的被害が大きくなっちゃう。かといってレイノスは遠すぎる。潜入工作兵が攻めてくるなら海側からだし」


「……カラーズに合流しろ、ということですか?」


 うんうん、そゆこと。

 理解が早いね。


「でもカラーズに戦力なんて……ユーラシアさんがカラーズに?」


「いや、あたしはカラーズにいられないんだけど、今カラーズ~レイノス間の交易を進めていて、その輸送隊を鍛えてるの。盗賊や魔物に備えるぞーっていう名目で。カラーズにはレベル30以上が17、8人いるんだよ」


 ビックリするユーティさん。


「えっ、そんなに? どうやって?」


「魔境に連れて行って、共闘して魔物を倒すことによって強制的にレベル上げるという、あたしの得意技がありまして」


 理屈はわかるだろうけれども。


「それにしてもレベル30って……魔法を使える者も?」


「もちろん。というか、固有能力持ちを選別してレベル上げしてるんだ。正直戦闘は素人だけどね、地の利はあるから十分自衛は可能と思うよ」


「驚いた……ユーラシアさんは戦争を見越して?」


「うん。でも輸送隊員は戦争があることをまだ知らないんだ。カラーズで知ってるのは族長クラスだけ」


 ようやくユーティさんが笑顔になる。


「ユーラシアさんの話を聞いてると、何もかもうまくいくような気がしますねえ」


「困ったことに、皆があたしを能天気扱いするんだよ。努力が正当に評価されないのには物申したい」


 2人で笑い合う。


「トップがしょぼくれてちゃ、信徒達が道を見失うでしょ。ユーティさんはニコニコしててよ」


「そうでしたね。彼の日までに、私がやっておかなければいけないことはあるでしょうか?」


「え? 特にないんじゃないかな……マジックウォーターごっそり買い込んでおくくらい?」


 再び2人で笑い合う。


「ユーラシアさんは何でも御存知ですねえ」


「買いかぶりだよ。じゃ、あたし帰るね」


「ええ、お気をつけて」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんはー」


 食後、寝る前に恒例のヴィル通信だ。

 イコールのんびりタイム。


『うん、こんばんは』


「イシュトバーンさん家で食事会だったけどさあ、あんまり面白いことなかった」


『ハハハ、君を面白がらせるための集まりじゃないだろ』


「誰かそういう会開いてくれないかなあ」


 心からそう思う。

 皆の者、あたしを癒すのだ。


『で、首尾はどうだったんだい?』


「まあまあ。イシュトバーンさんも機嫌良かったし」


『成功じゃないか』


「そうとも言う」


 まあそれはそれとして。


「フェイさんに緑の民の状況ちょっと伝えといた。皆がいたから詳しいことまでは話せなかったけど」


『いや、助かるよ』


「その後ユーティさんに会ってきたんだ」


『聖火教大祭司の?』


 意外そうですね?

 今あんまり関わりなくても、聖火教礼拝堂は地理的にカラーズに近いのですぞ。


「そうそう、何か新しい情報あるかと思って。1ヶ月くらい前に、ヴィルをパラキアスさんに紹介したことあったじゃん? あの時パラキアスさん礼拝堂泊まりだったはずなんだけど、それ以来連絡取れてないみたいなんだよねえ」


『ということは、戦争についての情報を持ってない?』


「うん。もし礼拝堂が帝国兵に襲われるようならカラーズに合流しろって言ってきたから、これもフェイさん帰ったら言っといてくれる?」


『わかった。しかし聖火教に情報回ってないのは意外だったな……』


 パラキアスさんとユーティさんは近いって話だったのにな。


『そういえば、礼拝堂北の整地区画ってどうなんだ?』


「あ、ごめん、これ前行った時に聞いたんだった。報告してなかったね。何を作るかは言ってなかったけど、カラーズが店作るならそれとはバッティングしないから構わないってよ。道挟んだ礼拝堂の向かい側を使ってくれって』


『そうか。どっちにしろ交易始まったから、聖火教徒との商売は後になるな』


「うん、順番変わっちゃったね」


 礼拝堂近くの商展開は、宿や食堂のノウハウを蓄積するのにいい。

 それなりに重要だとは思ってるんだけど、残念ながら今はそこまで手が回らない。


「そっちは何かない?」


『特にないな。ハヤテが遊びに来てたくらい』


「アハハ。ハヤテが楽しそうでよかったよ」


『そんなところか?』


「うん、今まで関わってた、宝飾品納めるクエストが今朝終わっちゃったんだ。明日から暇なんだよなー」


『ゆっくり休んでもいいじゃないか』


「うーん、そうかな。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日はバエちゃんとこ行こうかな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 チュートリアルルームに来た。


「ようこそ、ユーちゃん」 


「こんにちはー。あ、それ使ってくれてるんだ?」


 セレシアさん作の花冠みたいな頭飾りだ。


「うん。カツラより頭が蒸れないってことに気がついたの」


「そんな理由かい。ま、それはともかく、期限1ヶ月で宝飾品納めろってクエスト、ようやく区切り付いたんだ」


「御苦労様。頑張ったわねえ」


「ライフワークみたいになっちゃってたんだよ。だからなくなると何やっていいかわかんなくてさ」


「ええ? じゃあ次の新人さんの教育、ユーちゃん希望にすれば良かった」


「あたしこの前、エルマの面倒みたじゃん」


 笑い合う。


「エルマさんはどう?」


「順調だよ。レベル50超えてもうちょっとでドラゴン倒せそうなくらい強くなったけど、本人はパワーカード制作工房に入り浸ってるから、多分兼業冒険者になるね」


 そーか、エルマはここへは来ないか。

 あれだけスキル覚えると用がないもんな。


「あたしはスキル買いに来たんだった。どーもここ来ると、本来の要件忘れちゃう」


「何のスキル?」


「『プチサンダー』のスクロール1本ちょうだい」


「『プチサンダー』?」


 バエちゃんが首をかしげる。


「後学のために、ユーちゃんがどうして『プチサンダー』を必要とするのか、教えてくれない?」


「バエちゃんの口から『後学のために』なんて、頭良さそーな言葉が出てきたぞ?」


「スキルスクロールが売れると歩合でお金もらえるの。ナンバーワン冒険者のユーちゃんの買った理由が、セールストークに使えるかもしれないじゃない?」


「極めてバエちゃんらしい理由だった」


 2人して笑う。


「ごめん、あんまり参考にならないと思うけど、今まで魚取りに『サンダーボルト』を海に撃ち込んで感電させるっていうのやってたの。でもレベルに連れて威力も上がり過ぎちゃったから、『サンダーボルト』じゃたくさん取れ過ぎちゃうんだよ。もう少し威力の小さい雷魔法が欲しくなってさ」


「なるほど。雷魔法は魚取りに使えるって宣伝してみる!」


 魚もフライ以外は食べられてないしな?

 サバイバル系の冒険者ならそれで売れるかもしれないけど、『アトラスの冒険者』にはどうだろう?

 面白そうだから、やってみて欲しいな。

 結果が知りたい。


「はい『プチサンダー』のスキルスクロール。1000ゴールドです」


 支払い後に聞く。


「今日、御飯食べに来ていい?」


「あっ、じゃあカレーにするね」


「それなら今から肉持ってくるよ。肉ゴロゴロのかれえにしよう!」


「わあい、楽しみぃ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「こんにちは、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


 バエちゃんとこに冷凍肉を届け、ギルドに様子を見に来た。

 海岸も行って来たけど、やっぱり新しい『地図の石板』はなかったのだ。


「宝飾品クエストが終わっちゃって、喪失感が激しいの。あたしの心の隙間を埋めてくれるものがあるかなーと思って来ちゃいました」


「ハハハ。まだ新しい石板クエストは出てないのかい? 依頼所でユーラシアさんにふさわしいクエストあるかもしれないし、今までの転送先で違った知見があるかもしれない。『初心者の館』の研究者達と話すのも、今のユーラシアさんだと別の観点から面白いかもしれないよ?」


 ……なるほど、それもそうだ。

 だてに角帽被ってないな。


「ありがとう、ポロックさん。まだまだ楽しいことはありそうだねえ」


「幸運を祈っておりますよ」


 ギルド内部へ。

 おっぱいさんのところ行ってみるか。

 あれ、冒険者っぽくない人とヴィルが一緒?


「こんにちはー。何事です?」


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 あんたは可愛いのう。

 ぎゅっとしてやる。


「ユーラシアさん。こちらの方なんですが……」


 濃い青髪の大柄な壮年男性だ。

 ……似てるな。


「やあ、あなたが精霊使い殿ですか。私はレイノスの商人ヘリオス・トニックと申すものです。高名なユーラシア殿とお近づきになれるとは、望外の喜びにございます。先日のフィッシュフライフェスはユーラシア殿の仕込みだそうで、まことに鮮やかな手並みでございました」


「アハハハ。ありがとうございます。ユーラシア・ライムです。よろしく」


 握手。

 ふむ、我が強いきらいはあるが、真っ当な商人と見た。

 貸し押し付けておいて損はないな。

 こらクララ、またユー様悪いこと考えてるみたいな目で見るな。

 おっぱいさんが説明してくれる。


「ヘリオス様は息子さんをお探しだそうで……」


「さよう。1ヶ月半ほど前でしたかな、冒険者になると飛び出していきまして。すぐ行き詰まって戻るものと思っていたところ、どうしてどうして、まだ戻ってこんのです」


「『アトラスの冒険者』に該当者はなく、ギルドに出入りしている者にも特徴から当てはまりそうな人はいないのです」


「ヘリオスさんは、息子さんが見つかったらどうしたいのかな?」


 苦渋に満ちた顔になる。


「正しき道を進んでいればいい。悪しき道へ踏み込んでいるなら性根を叩き直したい。それも生きていればだが……」


「何が何でも連れ戻したい、というんじゃないんだ?」


「我が子とはいえ、成人年齢である15歳を越えています。自分の将来を自分で決める権利はあると思います」


 ふむ、そういうことならば。


「息子さんってジン? ヘリオスさんより少し背の低い、青髪の白魔法使える子?」


「「えっ?」」


 ヘリオスさんとおっぱいさんが驚く。

 

「そ、そうです! 御存知なのですか?」


「よく知ってます。ここではなくて西の果てですが、今や立派な中級冒険者ですよ」


「そうでしたか……」


 安堵したようだ。


「話したいですか?」


「えっ? いや、そりゃあ話したいですが……」


「ヴィル、ジンに繋いでくれる?」


「わかったぬ!」


 消え失せるヴィルに驚きを隠せないヘリオスさん。


「今のは……」


「うちの連絡係を務めている悪魔ヴィルです。とってもいい子なんですよ」


「そ、そうですか」


 それだけの説明じゃ何のことやらわからんだろうけど、ヴィルはジンとも面識があるんだってばよ。


『御主人、聞こえるかぬ?』


「うん、よく聞こえるよ。ジンはいた?」


『いたぬ。代わるぬ』


「ジン、今いいかな?」


『ユーラシアさん、何でしょう?』


「こっちにあんたのお父さん来てるんだけど、代わっていい?」


『えっ?』


 しばしの沈黙。


『……お願いします』


 赤プレートをヘリオスさんに渡す。


「ジンか。無事だったか」


『父さん……』


 感慨もあるだろう。


「今、『アトラスの冒険者』のギルドに来ているのだ。お前がいるならここだろうと思ってな。そうしたらたまたま精霊使い殿がいて、お前の居場所を御存知だったのだ」


『うん、ユーラシアさんには礼を言っておいておくれよ』


「元気でやっているんだな?」


『もちろん。僕はまだ、帰るわけにはいかないよ』


「半人前の分際で何を言うか。一人前になって初めて実家の門をくぐれると思え」


 似た者父子なんだな。

 赤プレートを返される。


「もういいんですか?」


「ハハッ。生きていることが知れれば十分です」


「ヴィル、ありがとう。こっちに戻っておいで」


『了解だぬ!』


 これでよし、と。


「ジンと初めて会った時、素材やアイテムの目利き、ある程度の武芸と腕っ節、知らない世界の見聞、人脈を広げること、これらが人生に必要なことだと思ったから冒険者になるんだって言ってましたよ」


「そうでしたか。どうせ思いつきで言ってるんだろうと、私はジンの意見をロクに聞こうとしなかったですな。反省せねばなりません」


「ヘリオスさんとジンはよく似てます。ジンはもう少し穏やかな子かと思ってたけど、頑固なところもあるんだなーって」


「ハハハ。そう思われますか」

 

 ヘリオスさん嬉しそうだ。

 あ、ヴィル帰ってきた。

 よしよし、いい子。


「ヴィルちゃん、ありがとうな」


「どういたしましてぬ!」


 ヘリオスさんがヴィルの頭を撫でる。


「ヴィルちゃんは可愛いですね。悪魔とはもっとこう、おどろおどろしいものかと」


「ヴィルは特別ですよ。普通の悪魔は悪感情を欲しがるんです。そのために人間を陥れようとしたりするんですが、ヴィルは好感情が欲しい子なんです。だから人を不快にしたりしません」


「そうですか。いい子ですねえ」


「いい子ぬよ?」


 よほどいい感情なのだろう。

 ヴィルがじっと頭を撫でられている。


「さて、謝礼をせねばなりませんが」


「あたしは要らない。ギルドの規定ではどうなの?」


 おっぱいさんが答える。


「正式に依頼を請けたのではありませんので、当方も必要ありません」


「だってよ?」


「いや、それではあまりにも……」


 ヘリオスさんが申し訳なさそうな顔になる。


「じゃあたまにはここで依頼出してよ。何かアイテム持って来いみたいなのは、ギルドの専売特許だよ?」


「ハハハ、でも黄金皇珠が欲しいみたいな依頼は困るでしょう?」


「喜んで請けるよ」


「え?」


 ビックリするなってばよ。


「ユーラシアさんは特にその手の高級宝飾品に関しては得意なんですよ。黄金皇珠ですと200個以上納めていただいた実績があります」


「200個?」


 呆然とするなってばよ。


「いや失敬。では依頼させてもらってよろしいですか? 御存知かもしれませんが、商人の間では黄金皇珠を飾ると金に困らないという験担ぎがありましてな。ただ出物が少ない上に重要な輸出品ですから、なかなか手に入らんのです。黄金皇珠1個、40000ゴールドでいかがでしょう?」


「ギルドの仲介手数料が1割ですので、ユーラシアさんの取り分は36000ゴールドになります。よろしいですか?」


 おお、あたしへの直接依頼かと思ったら、おっぱいさん強引に依頼所案件にしたね?


「いいよ。1時間もかからないと思うから、ヘリオスさんここで待っててくれる?」


「や、申し訳ない。今日は金を持ち合わせておりません。3日後、ここへ取りに参りましょう」


「じゃ、締め切り3日後の朝で。1個だけでいい?」


「ハハハ。では親しい取引先の分も含めて3つお願いできますか?」


「毎度あり! 早速行ってくるよ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 軽くお昼を食べてから魔境に来た。


「魔境の風が忘れられなくて、吹かれにおいでですか?」


 オニオンさん意外と詩人だね。


「いや、違くて。黄金皇珠3個持ってこいってクエストが入ったの」


「ほう?」


 オニオンさんの顔が興味深そうだ。


「商人さんの間では黄金皇珠を飾る験担ぎがあるんだって。なかなか市場に出回らないからってことだった」


「ああ、そういうことですか」


 納得したようだ。


「本当は別件で来た商人さんだったんだけど、何か話してる内に依頼ゲットしたんだ」


「ハハハ。ユーラシアさんお得意の話術ですか?」


「いやー、今日はおっぱいさんの方が上手だったね。あたしが商人さんから直接請けた依頼かと思ったら、何となく依頼所クエストにされてた」


「サクラさん、有能ですから」


 まったくだ。悪い気はしないけど。


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「いつもの北進コースでやすか?」


「そうだね。北辺西のパラダイス目指して、黄金皇珠3つ手に入れたら東行こうか。早めに切り上げるつもりで」


「「「了解!」」」


 ザコを倒しながら北へ、よし、デカダンスだ。


「透輝珠だけか。仕方ない」


 ま、そーゆーこともある。


「ウィッカーマンね」


 ウィッカーマンは必ず黄金皇珠をドロップする。


「よし、黄金皇珠1個目。もう1つは羽仙泡珠か」


 黄金皇珠より高いんだろうけど、売ったことないから相場がわかんないな?


「ユー様、今後高級宝飾品手に入れたら、売らずに取っておくのはどうでしょうか?」


「その心は?」


 帝国との貿易がさらに細ると、高級宝飾品が市場に溢れる可能性がある。

 そうすると需給バランスの関係から、引き取り価格が安くなってしまうのでは? とのクララの仮説だ。


「あり得るねえ。そうおゼゼに困ってるわけじゃなし、手元に残しておこうか」


「それがいいと思います」


 さらに北進。

 ザコを蹴散らしつつ、人形系レア魔物てんこ盛りのエリアを目指す。


「さて、着いたぞ、エルドラドだ」


「パラダイスではなかったね?」


 ブロークンドールやクレイジーパペットを倒しながらデカダンスゾーンへ。


「3体だ」


 豊穣祈念で薙ぎ払い!


「よし、黄金皇珠2個ゲット! 合計3個だね。このまま東を探索する」


「「「了解!」」」


 魔境北辺は西側こそよく来ているが、それ以外は大雑把に見ただけだ。

 今日は境界の岩壁に近いところを見ていくか。


「何か急に暖かくなったね?」


「地熱でやすね」


 北辺は東に行くほど暖かいのかと思ってたけど、そうじゃないんだ。


「うあ、湖だ!」


「ビッグサイズね」


 以前来た時は一番北のところ通らなかったから気付かなかったよ。

 こんなデカい湖なのにな。


「ちょっと内側からは見通せなかったぜ」


「クレソンの生えてた場所と、水の出所は同じかもしれませんねえ」


 あ、何かデカい魔物だ!


「おそらく首長竜です」


「ディスタントね」


 湖の真ん中辺りにいるのだ。

 クララの『フライ』で飛んで行けば倒せないことはないけど、あそこじゃドロップ品あったとしても回収できないしなあ。

 素直に諦める。


「……これ、青ジソです」


「枯れててもわかるんだ?」


「はい。種は落ちちゃってますかね、あ、取れます取れます!」


 クララが嬉しそう。

 食卓が潤うのは歓迎だな。


「ま、今日はこの辺にしとこうか?」


「「「了解!」」」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「こんにちはー。さっきの黄金皇珠持って来ましたよ」


「すごいお姉さん、こんにちはぬ!」


 再びギルドに戻ってきて、宝飾品を納品しておこう。

 依頼受付所のおっぱいさんが眼鏡をくいっと上げる。


「はい、ではギルドカードの提出願います」


 ギルカは便利だなー。


「はい、お返しいたします。黄金皇珠3個、確かに受領いたしました。クエスト完了です。こちら依頼報酬108000ゴールドになります。お受け取りください」


「ありがとう」


「ありがとうぬ!」


 さて、買い取り屋さんにも寄って行くか。


「ユーラシアさん」


「はい?」


「宝飾品クエスト、ありがとうございました。ユーラシアさんでなければ、とてもあんな胸のすく結果にはなりませんでした」


 ははあ、本当に嬉しそうだな?


「1ヶ月も楽しませてもらって、あたしもお礼を言いたいくらいだよ」


「お楽しみはこれからですよ?」


 おっぱいさんの目が怪しく光る。

 その顔怖いってばよ。

 ヴィルがあたしの陰に隠れようとするんだけど。


「明日午前中には先方に全ての宝飾品が届くと思います。ああ、その時の依頼者の顔を想像すると楽しくて楽しくて」


 あっ、こらヴィル、逃げようとすんな。

 ぎゅーしてやるから。


「ひょっとすると明日中にも、泡食った依頼者から連絡あるかもしれません。いい気味だと感じながらお待ちください」


「……はい」


 どーなってんだってばよ?

 冒険者になってから初めてといっていい、名状しがたい根源的な恐怖。

 換金今度でいいや。

 転移の玉を起動、ヴィルを連れてそそくさと帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 いらないってばよ。


          ◇


「きょおはおっいしいカレーのひっ!」


「おにくゴロゴロかれえだよっ!」


 チュートリアルルームでバエちゃんと食事会なのだ。

 いやあ、今日のかれえ美味しいわ。


「バエの姉貴、おかわりありやすか?」


「ごめーん、炊飯器目一杯でもそれだけしかお米炊けないの。パンにつけて食べる?」


「それでお願えしやす!」


 アトムだけじゃなくて、クララもダンテも結構食べてるよ?

 かれえは食が進むなあ。


「お肉が多いと食いでがあるわねえ」


「いや、それよりいつものかれえより今日のやつ、ピリっと感が強いね。アクセントになっててイケる」


「あっ、それショウガが入ってるの」


「そーか、ショウガかー」


 合うなあ。

 でも食堂で提供するなら、万人向けにスパイシー感抑え目のやつから提供しなくちゃいけないな。


「……ん? これだけ味変わるってことは、ひょっとしてショウガかなり入れてる?」


「うん。最初少しずつ入れてったんだけど、全然味に変化がなくて、最終的にはゴワっと入れちゃった」


「バエちゃん成長したねえ。最初からゴワっと入れたんじゃないところが素晴らしいよ」


「そお? ありがとう!」


 キレのいいクネクネ。


「かれえはいろんな野菜入れると美味しいだろうなあ。ショウガ、ニンニク、トウガラシあたりの量で辛さを調節することになるか」


「考えてるのねえ。牛乳入れるとマイルドになるって話だけど」


「なるほど。牛乳かー」


 こっちじゃ牛乳は高級品だから、ちょっと使いづらいな。

 コスト上がっちゃう。

 いや、ドーラも牛乳を気軽に使えるようにしたいもんだ。


「そーだ。最近、マンティコアっていう魔物の肉が美味しいって聞いてさ、食べてみたんだけど」


「うん、どうだった?」


 ははあ、肉食女子が興味津々じゃないか。


「サッパリとしてて美味しいは美味しい。でも料理人の技量に左右される繊細な肉だと思ったな。あたし達がいつも持ってくるコブタ肉は、焼こうが煮ようが素人がどうしたって美味しいでしょ? そういうのが許されない感じ」


「そういうお肉もあるのねえ」


「今後の研究次第なんだけど、生息数が少なくて狩るのが難しいってこともあるからどうかな?」


 誰も研究しなさそう。


「御主人」


 どうした?

 ヴィルが不安げにすり寄ってきたぞ。

 あれか、ギルドでの恐怖体験のせいか。


「よしよし、あんたは間違いなくいい子だぞ」


「ヴィルちゃんは本当にいい子ねえ」


 バエちゃんが目を細める。


「ギルドの依頼受付所に、あたしが『おっぱいさん』って呼んでる美人のお姉さんがいるんだよ」


「うん、それだけでどういう人だかわかるけど」


 アハハと笑い合う。


「けど、今日は怖かったねえ」


「すごく怖かったぬ……」


「え、どういうこと?」


 まあ仔細はわかるまい。

 バエちゃんに説明する。


「あたしが請けてた宝飾品クエストあったじゃん? どーもその依頼主と何かあるらしいんだよ。で、依頼主を破産させるくらいたっぷりがっつり納品したから」


「破産って」


 バエちゃん笑ってるけど、決して大げさではないんだなー。


「だからおっぱいさんは大喜びしてるんだ。でもその笑顔が心の闇を増幅させてるみたいで、そりゃもう怖い怖い。ヴィルなんか逃げ出そうとしてたもん」


「あれはヤバいぬ」


「そんなに?」


「ヴィルには耐えられない悪感情だったってことだよ。でもあれ、悪感情好きの悪魔でも食中毒起こすんじゃないの?」


「きっとそうだぬ!」


 散々な言い様だけど、楽しみは楽しみなのだ。

 おっぱいさんによると、明日にでもリアクションあるかもってことだったし。


「でもユーちゃん、揉め事好きでしょ?」


「暇よりはよっぽどマシだねえ」


 揉め事で思い出したか、バエちゃんの表情がやや固くなる。


「戦争、もうすぐなんだっけ?」


「あと10日くらいで開戦なんじゃないかと思ってる」


「大丈夫なの?」


「負けることはないなー。でも誰かが厄介なところ引き受けなきゃいけないから」


 どうやらあたしが厄介なところを担当するんだということは察したらしい。


「ケガしないでね」


「アハハ、まあ適当にやってくるよ。それがポリシーだから」


「ポリシーゆるくない?」


「ゆるいくらいで良くない?」


 やるだけはやるけど、ムリなことはムリだからね。


「ごちそうさま。すごく美味しかったよ。ボチボチ帰るね」


「いえいえ。また研究しとくね」


「バエちゃんは間違いなくモテる女カテゴリーの住人になったねえ。ところでシスター・テレサはあれからどうしてるか、連絡ない?」


 ちょっと首をひねるバエちゃん。


「忙しいみたい。この前会った時に『挫折した』って言ってたよ」


「あー、残念。部屋片付けられなかったか」


「そうなのかな?」


「そりゃそうだよ。部屋に空きスペースがなきゃテストモンスターの機械も入らないし、料理だってやる気になんないもん」


 そこまであたしが気にする義理はないのだが。


「じゃあね。また来るよ」


「うん、またね」


「バイバイだぬ!」


 ヴィルを通常任務に戻し、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「今日はカラーズや戦争に関係すること何もなかったなー」


『そうか。のんびりする日もいいんじゃないか?』


「そうかも」


 でも動いてないと退屈だしな。


「あ、でも1人レイノスの商人さんと知り合いになったんだよ。ひょっとしたら将来、カラーズの商売とも関わりがあるかもしれない」


『何だ、またたらし込んだのか?』


「もーいくらあたしが魅力的だからって」


 アハハと笑い合う。


「塔の村の冒険者のお父さんなんだ。赤の民レイカのパーティーのメンバーなんだけど」


『ああ、そういう繋がりか。何を扱ってる商人なんだ?』


「紙って言ってたかな。詳しいこと聞いてないんだ。でも良さそうな感じの人だったから、またいつか会いたいと思ってる」


『ふうん。君にとっては何ができるかよりも、どういう人かの方が重要なんだな?』


「あ、そうかも。意識してなかったけど」


 何ができるかももちろん重要だけどね。


「それから『アトラスの冒険者』関係で、エルと同じ世界の人がいるんだ。今日その人と夕御飯一緒に食べてた」


『ほう?』


「かれえっていう、結構衝撃的な食べ物。スパイシーなシチューみたいなもので、めっちゃ美味しいの」


『かれえか。どこかで聞いたことがあるが、どこだったか……』


 サイナスさんがかれえを聞いたことあるって言ってるのも、結構衝撃的なんだが。

 いったいどこで?

 サイナスさんもかなりの読書家だから、何かの本に載ってたのかもしれないな。


「ドーラで米を一般的な食べ物にする時の切り札にしようかと思ってるんだ」


『え? また何か仕掛けるつもりなのか?』


「そりゃまあ必要とあれば。せっかく黄の民が米作ってくれるのに、売れ行き悪かったら気分悪いもん」


『米か。今日フェイ族長代理が来て、明日クー川近くの下見に行くから付き合ってくれと言ってきたな』


「あ、フェイさん行動早いな」


 米の栽培には水を張った特殊な畑が必要なのだ。


『うむ、自由開拓民集落で種籾も購入してきたと言っていたぞ』


「そーか。フェイさんが輸送隊について来たのは、そういう目論見もあったんだな」


 以前ヨハンさんが、レイノス東の自由開拓民集落で米を生産していると言っていたのを覚えていたんだろう。

 できる男だね、まったく。


『米だけじゃなくて、塩の生産にも目鼻つけたいのかもしれない』


「そうだね」


 ん? クララ何?


「クララがさ、村の図書室に米や塩の生産についての本があるはずだって」


『塩についての本は知ってるが、米の本もあったのか』


「アレクなら知ってるだろうから、連れて行くといいよ」


『ああ、そうしよう』


 ……何か楽しそうだな?


「やっぱりあたしも行く。面白そうだから」


『ハハハ、待ってるよ』


「当然午前中からだよね?」


『そうだな。朝8時に灰の民の村に集合だ』


 思ったより早いな。

 といっても灰の民の村からクー川まで歩くと3時間くらいはかかるから、まあそんなもんか。


「黄の民は何人くらいで来るのかな?」


『3人と言っていた』


「昼御飯用に肉狩って持ってくよ。灰の村から真東に行く感じ?」


『ああ、そうだ』


「クララの『フライ』で追いかけるから先に行ってて。焼く時用の金属のクシがあるといいんだけど?」


『了解だ。持って行こう』


「ピクニックだね。楽しみだなあ!」


『ピクニック気分なのは君だけだぞ?』


「そうかな? アレクも楽しいと思うよ。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 明日はピクニック!


          ◇


「薙ぎ払い!」


 今日はピクニック。

 本の世界でコブタ肉の調達だ。

 ちょうどストック用の肉がなくなったってこともあるけど。

 4トン、こんなもんだろ。

 エントランスまで戻って、本の世界のマスターである人形に話しかける。


「ねえ、アリス。戦争のことで新しくわかったこと、何かある?」


「あるわ。カル帝国は8艦からなる艦隊を組織し、首都メルエルの外港タムポートに集結させている。補給物資もほぼ積み終わり、出航間近よ」


「わかっちゃいたけど緊張感あるねえ」


 いよいよだ。


「秘密兵器については何かわからない?」


「あなたの言う秘密兵器かはわからないけれども、かなり秘匿されていた情報が露わになりつつあるわ。空を飛ぶことのできる大型軍艦が完成、帝国本土からドーラまで飛び続けることができ、魔道結界により外部からの魔法攻撃を無効にするという特徴がある」


「うわーやっぱそれか。そいつの攻撃は高々度からの爆撃だよね?」


「そうね。あと普通の軍艦並みの砲撃銃撃は可能」


 大体予想通り。


「そいつは1艦だけ?」


「1艦のみ。ただこれ、燃料満タンにしても帝国本土~ドーラ間を往復することはできないの。そして今積んでる燃料分だと、ドーラに行くのさえ不十分よ」


 ふむ?


「ありがとうアリス。愛してるよ」


「まっ!」


 人形が赤くなるの、どういう仕組みなんだろうなあ。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 クララがコブタマンを捌いて肉にしている間に連絡だ。

 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「パラキアスさん、どこにいるかわかるかな?」


『ちょっと待つぬ』


 この間がもどかしい。

 花の命は短いのに。


『見つけたぬ! 西域からおそらくレイノスに戻る途中、カトマスの近くだぬ』


「話しかけても大丈夫そう?」


『1人だから大丈夫だと思うぬ』


「じゃ、繋いでくれる」


『わかったぬ!』


 ヴィルは本当にいい子だなー。


『パラキアスだ。何かわかったのか?』


「本の世界のマスターからの情報ね。帝国は8艦からなる艦隊を首都メルエルの外港タムポートに集結、補給物資もほぼ積み終わって出航間近だって」


『予想の範囲内だな』


「それからこれが秘密兵器だろうと思うけど、空を飛ぶことのできる大型軍艦が完成、飛行して高々度から爆撃してくる。もちろん普通の軍艦並みの砲撃銃撃も可能で、こいつ魔道結界により外部からの魔法攻撃を無効にするって」


『魔法攻撃無効の大型飛行軍艦?』


 唖然としてるのがわかるよ。


『……とんでもないものを造り出したな。1艦だけか?』


「うん、1艦だけ。帝国本土からドーラまでは飛び続けられるけど、燃料満タンでも往復はできないって」


『ほう、補給は必須か』


「で、現在積んでる燃料からすると、ドーラに来るのさえムリじゃないかってことなんだけど、パラキアスさんどう思う?」


『大方どこかへ試験的に投入されるんだろう。そこで成果を上げれば、レイノスに爆弾の雨あられだ』


「これで兵士を運んで上陸させるってことはないかな?」


『ないな。1艦で運べる兵士の数はたかが知れてる。空を飛んでいてこそ無敵なのに、地理もわからん上魔物も多いドーラに着陸して、弱点を晒すなんてことはしないだろう』


 うむ、パラキアスさんもそういう見解だな。


「西域はどうでした?」


『とりあえず敵に回ることはなくなった』


「え?」


 マジで西域が敵に回る選択肢があったのかよ?


『バルバロスはそういうやつなんだ』


「えーと、じゃあ『アトラスの冒険者』は西域守備でいいんだよね?」


『というか、通常通りレイノスに食料を売るのはそれが条件だと』


 苦々しげですね。


『2、3日中にもオルムスの名で通達が行くが、その前に君、ギルドの職員にこれ伝えておいてくれ』


「わかりました」


『情報感謝するよ。レイノスに着くまでに思考を整理できる』


「いえいえ。じゃあヴィル、通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 よーし、オーケー。

 さて、ピクニックだ!


          ◇


「8時出発だとすると、もうかなりクー川に近いところまで行ってるかも」


「そうでやすねえ」


「ダンテ、よく見ててね」


「イエス、ボス!」


 クララの高速『フライ』で一行を追いかける。

 一番目がいいのはダンテだが、何せこっちの移動スピードが速いから見逃しそうなのだ。


「いたっ、山側!」


 おお、手振ってるね。

 向こうもわかったらしい。

 着地、と。


「お待たせ、肉持ってきたよ!」


「おお、すまんな」


 黄の民族長代理のフェイさんだ。

 もう2人黄の民がついて来ている。


「とりあえずクー川まで行くんだ?」


「うむ、米を作るならば川の側がやりやすい」


「でも大雨降ったときに氾濫するところだといけないから、地形見ながら判断しないと」


「それよりも基地の場所を決めたいのだ」


「基地?」


 いちいち村まで帰ってくるのは大変だから、寝泊りできる基地が欲しいとのことだ。


「そういえば掃討戦の時にきれいな水の湧く沢があったよ」


「何? どこだ?」


「山沿いの、ボスのいたところよりもかなり東だった。クララ、覚えてる?」


「はい」


「『フライ』で飛ばして」


「はい、フライ!」


 クララお得意の高速『フライ』で、あっという間に現地へ。


「これは見事な技だな!」


「心臓がバクバク言うんだが」


 族長代理と族長の異なる感想。

 まったくサイナスさんはヘタレなんだから。


「青のセレシアさんを高速『フライ』で運んだ時は、何語だかわかんない言葉で大絶賛だったよ。興味本位で聞いたら悲鳴語って言ってた」


「ユー姉、それは万人に共通」


 アレクは割と冷静だな。

 あたしの言うことを信用してるんじゃなくて、クララの技を信頼してたんだろうけど。


「ふむ、飲用に足るな。井戸を掘るまでの間に合わせには十分だ」


 サイナスさんとフェイさん、アレクが地図を確認している。


「クー川にも近い。理想的だ。ここに基地を設置しよう」


「具体的にはどうするの?」


「まず木材を運び、小屋を作る」


 え、ここまで木運ぶの?

 大変じゃね?


「クララ、ここまで木材運べる?」


「何回かに分ければ大丈夫だと思います」


「ごめんね、手伝ってもらえる?」


「はい、もちろん」


「おお、助かるぞ!」


 フェイさん大喜びだ。


「いつがいいのかな?」


「早い方がよい」


「ダンテ、明日天気どうだろう?」


「グッドね」


「じゃあ明日で」


「よし、明日朝までに緩衝地帯に運ぶ資材と人員を揃えておく。それを運んでくれるか」


「うん、わかった」


 明日は山小屋造りのお手伝い、と。


「お昼にしようよ。お肉持って来たんだ」


          ◇


「川にまいろうか」


 すっかり腹一杯で満足していた時、フェイさんが言う。

 クー川はドーラ最大の大河だ。

 なだらかに水が流れる。

 もっともドーラ大陸にはまだ探検家でさえ足を踏み入れていない地域があるから、もっと大きな川がないとは限らないが。


「この土手のあるところまでは水が来るかもしれないんだよね?」


「そうだな」


 ここから水引くの結構大変だな。

 さっきの沢の水引いた方が早いんじゃ。

 ん? クララ、アトム、ダンテ、何だろ?


「うちの子達が言うには、潮の干満や風向きによっては水に塩が混じりやすいから、上流から水引いた方がいいって」


「上流か……魔物の生息域だな。先ほどの沢の水を使った方がいいか?」


「あの沢の水は冷たいから、そのまま引くと生育が悪くなるって。陽の光によく当てて暖かくしてから入れればいいって」


「ふむ、では水路を長くするか遊水池を造るかだな。将来はクー川から水を引きたいが、来年は沢の水を使うことにするか」


 皆が頷く。


「となると、沢からクー川へ流れ込む途中に遊水池を作るのが現実的だから……」


 再びサイナスさんとフェイさん、アレクの3人が地図とにらめっこ。

 フェイさんの指示で2人の黄の民が杭を打って、位置の目安にしている。


「まあ来年は試しだ。種籾が増えればいいくらいの気でやってみるぞ」


「灰の民に声かけてよ。そういうの得意な精霊が見れば大失敗はしないはずだから」


「うむ、サイナス族長、よろしく頼みますぞ」


「はい」


 次は塩か。


「基本的に天日を使って海水を濃縮し、その濃縮海水を煮詰めて塩を析出させます」


「ふむ、それならば川から遠いところの方が塩分は濃いか?」


「いや、アルハーン平原は恒常的に東風が吹くから……」


 何か難しいこと話してるね?

 アレクが言う。


「ユー姉は何かアイデアないの?」


「あるよ」


 フェイさんが興味を持ったようだ。


「ほう、精霊使いの考えを拝聴したいが」


「要するに製塩は海水を運んでくるのが最も大変だから、そこから考えるべきだと思うんだよね」


「それはそうだけど、それこそ潮の満ち引きと人力しかないだろう?」


「転移術を使えないかってことなんだけど」


「「「!」」」


 驚く3人。


「大地のエーテルを吸い集めて魔力として用いるマルーさんの技術があるんだ。転移石碑なんかに使われてるやつでさ。あれを使えば、手のかかるところが自動でできちゃうんじゃないかな。それなら場所は割とどこでもいいような」


 唸るサイナスさん。


「……転移術はデスさんの教えを乞うことができるとしても、マルーってあの悪名高き『強欲魔女』だろう?」


「うん、でもマルーさんはお金で何でも解決できる人らしいよ。あたし大金入ってくる予定なんだ」


「そ、それはあれか。例の宝飾品納めるクエスト?」


「そうそう。金額に換算したら、ドーラが丸ごと買えるって話だよ?」


 呆気にとられる3人。

 ようやく口を開いたのはフェイさんだった。


「……そういうことなら、海水転移の実現を待って考えた方が良いな。いずれにせよ米作と製塩を同時に立ち上げるのは難しい。来年は米作のノウハウを蓄積する年としよう」


「うん、マルーさんの技術教えてもらう時、アレクを一時輸送隊から外してあたしに貸して? あたしじゃ多分、魔法技術のことちんぷんかんぷんだからさあ」


「ハハハ、構わんぞ」


 アレクがぶつくさ言う。


「ボクの意見もなく話が進んでいくんだけど?」


「気にするなよ。おゼゼが関わらない人身売買みたいなもんだ」


「さらにひどくない?」


 まだ呆けてるのかよ。

 ツッコミが弱いんだけど。


「面白そうなんて思ってないからね」


「このツンデレ王子め」


 皆で笑う。


          ◇


「たまにはピクニックも楽しいねえ」


 帰りはクララの『フライ』が使えるからということで、その後もう少し地図と見比べながらクー川に近い域を探索してきた。

 カラーズ緩衝地帯までの高速『フライ』で、またサイナスさんがヒイヒイ言ってたけど気にしない。

 フェイさん達と別れを告げ、灰の民の村への帰り道を行く。


「どっちにしても、将来的に多くの人口を住まわせようとするなら、クー川からの引き込み用水路が必要だ。来年には無理でも、再来年には手をつけたい」


「水路があれば何でもできるな。少なくとも川に近いところは、もっと奥地まで確保しとかなきゃだねえ。そっちの魔物退治は任された」


 あたし自身が生きていればなんだけど。

 アレクが言う。


「戦後は帝国からの移民が増えるのかな」


「わからないけど、おそらくは。大体帝国がこんな無用の戦を仕掛けてくるのは、国内の不満があるからだと思う」


 そう、ドーラが反発したわけでもないのに帝国が植民地を武力で抑えようとする、その背景には不明なことが多い。


「パラキアスさんも最初融和路線で考えてたみたいなんだよ。帝国ですごく人気のある皇女をドーラ総督に据えて、とかさ。事態は急速に悪化してそれどころじゃなくなったって言ってた」


「リリーさんのこと?」


「そうそう」


「アレクも知ってるのかい?」


 サイナスさんに説明する。


「塔の村で従者と普通に冒険者やってるの。レイノス中町出身の変わり者お嬢様っていう設定で」


「セバスチャンさんというお付きの執事が、とてもできた方なんです。またリリーさん自身も親しみやすいお嬢様ってことで、すんなり受け入れられてるんですよ」


「逆にリリーが皇女って言っても、誰も信じないと思う。大雑把で大体パワープレイで解決だし、プリンセスの『プ』の字も構成要素にない」


「君と似てるな」


「あたしは美少女精霊使いであって、プリンセスじゃないじゃん」


 失礼だな。

 ただの事実なのに、うちの子達まで苦笑してる。


「リリーさん、本当のお茶さえあれば寝坊なぞしないのだーって、毎日言ってた」


「お茶かあ」


 クララが口を出す。


「栽培は難しくないですが……」


「うん、お腹が膨れない」


 ドーラでお酒以外の飲み物として一般的なのは、ハーブや柿の葉を煮出したものだ。

 一部産地では牛乳や果汁も飲まれているが。

 お茶は栽培に手がかかるのに食べられないからなー、ちょっと今のドーラでは手がけにくい。


「ドーラが裕福になったら仕掛けたいねえ」


「君はそういうの大好きだな」


 サイナスさんが笑う。


「あっ、そーだ! 帝国そろそろ攻めてくるんだよ。もう艦隊を集結させてて出航間近だって。用意しててね」


「どうしてそういう大事なことを、急に思い付いたみたいに言うんだ!」


「ユー姉は何でもないことみたいに言うけど」


「まあ艦隊自体は虚仮威しだからねえ。ただ空飛ぶ軍艦寄越してレイノスを爆撃するみたい」


「リリーさんの言ってた飛空艇? 魔法が効かないという?」


「そうそう。現実に製造してたんだ。かなりの高度が出るから、こっちの砲撃は届かないっぽい。迷惑だよねえ」


 サイナスさんが驚く。


「大変じゃないか!」


「まあそうなんだけど、そいつもずっと飛び続けられるわけじゃないんだ。帝国からドーラまでは飛んで来られるけど、燃料満タンでも往復はできないって。着水したところでどうにかしようとするなら、結局外洋で海戦になるんじゃないかな?」


「海戦って、帝国艦隊相手にか?」


 ドーラは軍船を所持していない。

 まともに戦うのは自殺行為だ。


「その辺は偉い人達が何か考えるんじゃないかなー」


 そうなっちゃうとあたしの出番じゃないし。


「砲撃だろうと爆撃だろうと、それだけじゃレイノスは落ちないよ。被害の大小だけの違い。こっちはこっちでやるべきことをやる。わかった?」


「……そうだな。ユーラシアのように割り切るべきか」


 灰の民の村の門が見えてくる。


「じゃ、あたし達は帰るよ。今日は楽しかった」


「うん、じゃあな」


「ユー姉、また!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ」


「「「ユーラシアさん!」」」


 魔境に来たらソル君パーティーがいた。

 結構遅い時間なのにな?


「久しぶりだねえ。元気してた?」


「もちろんですよ。今日は文字通り魔境トレーニングです」


「ソル君は偉いなー。あたし魔境来る時はバカンス気分だよ」


 皆が笑う。


「今日、ユーラシアさんは1人なのか?」


 アンが不審そうだ。


「オニオンさんとデートだから」


「あははっ! 本当は何ですか?」


 オニオンさんがアタフタすると同時に、セリカに笑い飛ばされた。

 ちっ、つまらん。


「戦争について新しい情報が入ったんだ。ソル君達も聞いていってよ」


 皆の背筋が引き締まる。


「8艦からなる帝国艦隊が向こうの首都の外港に集結済み、出撃間近ね」


 皆が頷く。

 この辺は予想の範囲内か。


「いよいよですね」


「それとは別に、空を飛ぶことのできる大型軍艦が完成した。ドーラに近づくと、かなり高い高度からレイノスに爆撃を浴びせるだろうって。もちろん普通の軍艦並みの砲撃銃撃も可能。面倒なことに、魔道結界張ってて魔法攻撃を無効にする。多分こいつが帝国の秘密兵器だよ」


「空飛ぶ軍艦ですか?」


 オニオンさんが呆気に取られてる。


「こっちの砲撃届かないってことですか?」


「魔法も無効?」


「そんなの無敵じゃないですか!」


 ソル君パーティが口々に言う。


「帝国本土からドーラへ直接飛んで来られるんだけど、往復できるほどの燃料は積めないらしいんだ。どこかで補給が必要」


「なるほど、隙がないわけではない……」


 ソル君考えてるね?


「で、もう1つ。パラキアスさんが『西域の王』バルバロスさんの説得に成功した。とりあえず西域が敵に回ることはなくなったって」


 セリカが驚く。


「えっ、西域が帝国につく可能性もあったのですか?」


「あったみたい。ドーラも一枚岩じゃないんだねえ」


 沈黙する4人。


「『アトラスの冒険者』は予定通り西域の守備が仕事ね。とゆーか、西域が通常通りレイノスに食料を売るのはそれが条件なんだって」


「何とずうずうしい!」


 オニオンさんが憤るが、この条件はわからんでもない。

 交渉次第では、西域が戦争に巻き込まれる必要はなかったかもしれないからだ。


「2、3日中にオルムス・ヤン副市長から通達来るって。オニオンさんは、ギルドの職員さん達に前もってこれ伝えておいてね」


「了解です」


「具体的な配置はどうなりますか?」


「レイノス東はラルフ君パーティーに任せる。あっちは上陸できる範囲が狭いから、『フライ』で監視して、もし帝国工作兵が上陸する気配があるなら、上空から攻撃しろって言ってあるんだ。騒ぎになれば海の一族が黙ってないだろうから」


「な、なるほど!」


 アンが納得する。


「もう1人エルマって子知ってるかな? 新人なんだけど、未成年だから出身地のカラーズに置いとく。カラーズにはあたしが上級冒険者くらいまでレベリングした人が15人以上いるし、聖火教の聖騎士とハイプリーストも合流予定だから、もし上陸されても持ち堪えられそう」


「いろいろ手を打ってるんですねえ」


 感心するセリカ。


「あとは少数の待機組をギルドに残して西域に派遣だねえ。エルマもギルドに待機させて、情報次第でカラーズに帰らせた方がいいか。向こうの工作兵も各個撃破が怖いから、ある程度まとまって行動すると思う。敵を発見したら無闇と交戦せずに場所と人数をギルドに報告、それで対策練ればいいんじゃないかな?」


「わかりました。ギルドの基本方針として申し伝えておきます」


「オレ達も西域ですね?」


 ソル君の視線を受け止める。


「いや、とりあえず待機組で」


「「「!」」」


 驚くソル君パーティー。


「どうしてですか!」


「今回の戦いで、放っとくと一番被害が大きくなるのは空飛ぶ軍艦なんだ。そいつどうにかしようとすると、やっぱレベル99の『フライ』の使い手がいるうちのパーティーなんだよねえ」


「まさか空中戦する気ですか!」


「補給のために降りてる時襲撃されるのは、向こうも想定内でしょ。でも飛んでる時飛行魔法使って攻撃されるのは、さすがに考えてないんじゃないかな。空中戦は有力な選択肢の1つとして考慮しとくべきってことね。ただ銃で狙い撃ちされると近づけないんだなー。帝国の火薬や兵器ってすごいらしいじゃない?」


 オニオンさんが頷く。


「ドーラの比ではありませんね。当たり前ですが、貿易でも火薬や兵器の類は一切入ってきません。その分ドーラでは魔道技術が進歩したという側面はありますが……」


「だからオレ達に援護しろと? あっ、スキルハッカーの習得枠を1つ空けておくというのは……」


「不思議と繋がってきたねえ」


 おいおい、そんな尊敬の瞳を並べるんじゃないよ。

 照れるぜ。


「我達はギルドでユーラシアさんをお待ちしてればよろしいのですね?」


「そうだね。それからこれはカンじゃなくて根拠のあることなんだけど、おそらくあたしらの戦場は……」


 驚愕が広がる。

 心して待て。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 毎晩寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、今日は御苦労だったね』


「楽しかったよ。特に『フライ』で飛んでる時のサイナスさんは笑えた」


『やめろ。本当に懲りた』


「そお? 慣れるときっと楽しいよ?」


『まことにもって楽しくない』


 保守的だなあ。


「米も作れそう」


『うん。見る限り、クー川の水が土手を超えて溢れてくることはなさそうだ。将来的に重要な居住地であり、穀倉地帯になるだろう』


「掃討戦跡地で人口増えると、カラーズも潤うねえ」


『ハハハ、そうだね』


 一瞬の沈黙の後、サイナスさんが言う。


『あの製塩の手法、前から考えていたのかい?』


「転移で海水運ぶやつ? いや、あの場での思い付きだよ」


『そうなのか?』


「ただ、マルーさんのエーテルを吸い集める技術、あれは前から欲しかったんだ。いろいろ自動でできそうで便利でしょ?」


『うーん?』


「転移石碑に使われてる黒くて硬い石、あれ黒妖石って言うんだ。エーテルを貯められるっていう特徴があるんだよ。使用に足るデカいやつなかなかないんだけど、おゼゼできたら買うって5つ予約してあるの」


『思ったより入れ込んでると知ってビックリだよ。でも相手は『強欲魔女』だろ? 大丈夫かい?』


 心配してくれてるみたい。


「じっちゃんにマルーさんのこと聞いたら、『一生知り合いになぞならない方が幸せ』って言ってたんだよ。その話をコルム兄のパワーカード製作の師匠アルアさんにしたら、『デスさんにしては不見識だね』って」


『へえ、『強欲魔女』を評価してる人もいるのか』


「『来世も再来世も知り合いにならない方が幸せだよ』だってさ」


『ひどい話だなあ』


 サイナスさんが呆れる。


「好意を持ってる人がいないんだよね。だからあたしすごく興味あるんだ」


『どうしてそこで『だから』なのかなあ?』


「実力あるってことはじっちゃんも認めざるを得ないんだよ。でも毛嫌いされてるの。すごくない?」


『何が君の琴線に触れるのかわからない』


「いずれ会ってみたいなー」


『十分注意しろよ?』


「うん」


 皆がそう言う。


『明日は資材運びか。皆で行くのか?』


「いや、あたしとクララだけで」


『そうか、一応マジックウォーター持ってった方がいいと思う』


 あ、マジックポイント切れの可能性か。


「そうだね。ちょうど1ビンあるよ」


『そんなとこか?』


「うん。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日は小屋作りのお手伝いだ。


          ◇


「いい天気だねえ。あたしが正道を歩んでるからだな」


「前からサニーデイの予定だったね」


「前から心掛けが良かったからだったか」


 今日は朝から快晴。

 掃討戦跡地でフェイさん率いる黄の民が、米作用の基地作りをするのにピッタリの日だ。

 そのお手伝いに出かける。


「じゃ、あたしとクララで行ってくるから、アトムとダンテは留守番ね」


「うーす」「イエス、ボス」


「行こうか」


「はい、フライ!」


 ふわっと浮き、その後びゅーんと緩衝地帯へ。


「おはよう!」


「おう、待っていたぞ。精霊使いユーラシアよ」


 フェイさん以下10名の黄の民と食料・調理具・日用品・工具、そして木材。


「これ、何回往復すればいいかな?」


 クララによると3回でイケるそう。


「まず、人と細々したもの運ぶよ。木は2回で運ぶから分けておいてくれる?」


「「「「「へい!」」」」」


 10名の黄の民と小物とともにびゅーんと現地へ。


「ここはいい水が出るし、いい場所だねえ」


「まったくだ。土地も肥えているのだろう?」


「そうみたい。ここには無限の未来があるねえ」


 ドーラの輝かしき発展はここから始まるのだ! なんてね。

 フェイさんもにこやかだ。


「えーと、フェイさんしばらくこっちにいるのかな?」


「うむ、3日はこちらで陣頭指揮を執る」


 3日か、戦争もあるしな。

 あんまり長いことこっちにいられないから、そんなもんだろう。

 とゆーか、たった3日でかなりの部分やっちゃうつもりなんだな?


「わかった。急用ある時はこっちに連絡しに来るよ」


「うむ」


「じゃ、残りの木材持ってくるね」


「頼むぞ」


 クララと緩衝地帯へ飛んで帰る。


          ◇


「疲れてない? マジックウォーター飲んどく?」


「いえ、大丈夫ですよ」


 木材を運び終えた後、しばらくクララと一緒に組み立てられる小屋を見ていた。


「ワクワクするなあ!」


 組み上げられていくスピードの速いこと速いこと。

 黄の民の建築はすごいなー。

 フェイさんの直接指揮と9人の手があるとこんなに速いのか。


 そーいや以前、黒の民の醸造ラボを建てた時、ピンクマンが『みるみる内に丸太が組みあがっていくのが面白くてな』って言ってたけど、わかるわー。


「秘密基地みたいだねえ」


「そうですね」


 これ今日中に建っちゃうじゃん。


「ユーラシア、昼飯食べていくか?」


「いや、食料減らすのも悪いから帰るよ」


「そうか。今日は助かったぞ。礼は必ずしよう」


「え、いいんだよ。じゃあまたね」


「うむ、さらばだ」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「あっ、姐御! お帰りなさいやし」


 家に帰ると、アトムとダンテが慌てて駆け寄ってくる。

 どうしたんだ?


「留守中何かあった?」


「いえ、そんなんじゃねえんでやすが、ちいとおかしなことが。こちらへ」


 家の東側、転送魔法陣の区画?


「2つ目のギルド行き魔法陣の行き先が変わってるんでやす」


「え?」


 行き先が変わることは今までもあった。

 どこに行けるようになったんだろうな?


 かつて『ドリフターズギルド・セット』の名称だった転送魔法陣に立つ。

 魔法陣から立ち上る光が強くなり、フイィィーンという小さくやや高い音を発し始めるとともに、頭の中に事務的な声が響く。


『カトマスに転送いたします。よろしいですか?』


 カトマス?

 しめた! 西域とレイノスを結ぶ重要な村だ。

 以前から行きたいと思ってた場所だから嬉しいな。


「えーと『ドリフターズギルド・セット』のクエストが一段落ついたから、転送先が振り変わったっていう理解でいいのかな?」


『はい、そういうことです』


「ありがとう。今は転送はやめとく」


 立ち上る光が弱くなる。

 なるほど、カトマスか。

 ヴィルの住処から聖火教礼拝堂に転送先が変わった時も、クエストの続きという体裁だった。

 今回も今までのクエストとカトマスが関係あるのかな?


「よく気付いたねえ」


「暇だったんで全部の転送先チェックしてたんでやすよ」


「よーし、偉い!」


「アナザーワン、おかしなやつがあるね」


「え?」


 まだあるのかよ。

 いや、変化あるのは面白いけれども。


「こっちでやす」


 13番目の転送魔法陣。

 これ皇女クエストの時のだ。

 『遭難皇女:至急』から『自由開拓民集落バボ』に名前変わったやつ。

 魔法陣の真ん中に立つと響く声。


『自由開拓民集落ユーラシアに転送いたします。よろしいですか?』


「……よろしくないです」


 何じゃこれ?

 実に蠱惑的な名前になってるぞ?

 どーゆーこと?


「確かに村の名前変えろって言ったけれども」


「ボスは『あたしの名前使っていい』ともセイしたね」


「……そーゆー意味じゃなかったけど、そうだったかも」


 ちょーっとあたしの意図と違ってる気もするが、まあいいか。

 うまくやれてるといいな。


「ギルド行きのやつ、行き先変わったってことは、新しい石板来てるのかな?」


「来てなかったね」


 そうか。

 とゆーことは、やはりカトマスでクエストの続きがあるんだな?


「ギルドでポロックさんかおっぱいさんに様子聞こう。ついでにお昼食べてこよ?」


「「「了解!」」」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに来た、が?


「あっ、ユーラシアさん……」


「どうかしました?」


 決まり文句の『チャーミング』も忘れて、困り顔のギルド総合受付ポロックさん。

 今更戦争のことで戸惑ったりしないだろうし、何事だってばよ?


「昨日の午後から、ユーラシアさんに会わせろって人が来てるんだ」


「あっ、ひょっとして宝飾品クエストの依頼人かな?」


「そうなんだよ」


「すっごい楽しみだったんだ。会ってくるね」


「あっ、気をつけて!」


 気をつけるも何も。

 ギルド内部へ足を踏み入れる。

 

 依頼受付所の前の椅子に知らない老婆が腰掛けている。

 この人か?

 やじ馬冒険者もチラチラ様子を見ているようだ。


「ほら、ユーラシアさんがいらっしゃいましたよ」


 おっぱいさんが老婆に声をかける。

 んーおっぱいさん、すごく嬉しそうだけれども?


「アンタが精霊使いユーラシアかい?」


「あたしが美少女精霊使いユーラシアだよ」


 立ち上がる老婆。

 ふむ、若干背中が曲がっているが、足腰はしっかりはしている。

 結構なレベルだな。

 冒険者の心得がありそう。


「チェックのケープと編み帽子が素敵ですねえ」


「おためごかしをお言いでないよ!」


 何か怒られるようなこと言ったかしらん?


「アンタ、アタシが昨日から待ってるのに来ないとは、一体どういう了見だい!」


「そんなこと言われても、あたしだってピクニック行ったり秘密基地の建設手伝ったり、忙しかったんだもん」


「全然忙しそうに聞こえないねい!」


 周りに集まった人から笑いが漏れる。


「怒ってたって仕方ないでしょ。そういう時は御飯食べようよ」


「何を……」


 いきなりの提案に面食らう老婆。


「お腹一杯になると大体どうでもよくなるよ。奢るからさあ」


「そんなことで誤魔化されないよ!」


「まあまあ。ギルドの食堂の『鶏の香草炙り焼き』は、洞窟コウモリの肉なんだ。すごく美味しいよ」


「……」


「ばっちゃんは奢りと食べることが大好きな人のはずだよ。あたし、そういうのわかるんだから」


 奢りと食べることが嫌いな人なんかいないけれども。


「そ、そうかい?」


 いざ食堂へ。


          ◇


「……で、今カラーズからレイノスへ物売ろうとしてるの」


「ほう、アンタはヨハン・フィルフョーの知り合いかい?」


 御飯を食べながら話は進む。

 まだ周りの冒険者がこっちをチラ見してくる。

 話しかけてくればいいのに。


「ヨハンさん知ってるんだ?」


「おおとも。子供の頃から知ってるさね」


 チャンス!

 思わぬところに情報源が。


「ヨハンさんの御両親は、緑の民の村から逃げてレイノス郊外に住み着いたって聞いたんだけど?」


「親がともに緑の民の族長候補だったんだよ。母御は賢く世にも可憐な娘で、父御は『威厳』の固有能力持ちだった。どちらが族長になったとしても、緑の村は栄えただろうにねい」


「そうだったんだ……2人が結婚して族長やるって方向はなかったのかな?」


「緑の民はエルフの血が入ってるだろう? エルフは族長の権威が強いと聞くねい。当時の緑の民も互いの派閥争いが激しくて、そんなことはできなかったらしい」


 ほう、族長の権威が強い?


「今の緑の民の族長は、叔父叔母に遠慮しちゃってるみたいなんだけど?」


「本人の腰が砕けてるだけじゃないかい? よほどのボンクラでなければ、緑の民は族長の方を向くものさね」


「ふーん」


 本当っぽいな。

 マジで緑の交易はどうにでも仕掛けようがある。

 今は放置しとくけれども。


「そういえばヨハンさんの息子さんが、『威厳』の固有能力持ちだよ」


「へえ、そうかい。固有能力は血も関係するからね」


「そーなの?」


「そうさ。ヨハンは能力持ちではないけれど、『威厳』の素因は持っているよ」


 え? そういうのがわかるってことは……。


「あれ、ばっちゃんひょっとしてマルーさん? 『強欲魔女』って呼ばれてる?」


「『強欲魔女』は余計だねい」


 老婆が愉快そうな目になる。


「誰だと思って話してたんだい?」


「知らないけど、なかなか愉快なばっちゃんだなーと思って」


「呆れた娘だね」


「そこの『娘』を『美少女』に置き換えてくれない?」


「贅沢をお言いでないよ」


 笑い合う。


「で、いつの間にか頭を撫でられに来ているこの子は何者だい? アンタの子かい?」


「あたしの子じゃないけどうちの子だよ。悪魔のヴィル」


「ヴィルだぬ! よろしくぬ!」


「ほう、『いい子』だね。初めて見た」


「いい子ぬよ?」


 『いい子』って、マルーさんが初めて見るほどレアな固有能力なんだ?


「うちの偵察係と連絡係やってるんだ。ばっちゃんとこにも用があったら飛ばすかも知れないからよろしくね」


「面白いね」


 ヴィルが素直に頭を撫でられている。

 ということは、マルーさん相当機嫌がいいんだろうな。


「で、何かあたしに用だった?」


「おおそうだ、本題を忘れていたよ」


 マルーさんが居住まいを正し、頭を下げる。


「宝飾品の代金、とても全部は払えない」


「あるだけでいいよ。どうせ全額はムリだと思ってたし」


「え?」


 唖然とするマルーさん。

 周りもザワザワする。


「んーでも、宝飾品なら転売すれば結構なお金になるんじゃないの?」


「誰が鳳凰双眸珠や雨紫陽花珠を買えるんだよ! 冗談お言いでないよ!」


「うん。まーそーかなーとは思ったけど」


 買える人いないってのもその通りだけど、あれだけの数放出したら、相場ガタ落ちで大損だろうしな。


「ばっちゃんは何で高級宝飾品が欲しかったの?」


「……単純に綺麗だろう? 十分鑑賞して、見飽きたら転売すればいいし」


「でもそれなら1個2個依頼してくれればよかったのに」


「どの口が言うんだい! 『正当な依頼料払えるかどうかがわかんない』って煽ったのはアンタだろうが!」


「親切のつもりだったのになー」


「誰が300個も持ってくると思うんだよ!」


「えー? 結果を出した冒険者に文句言うってひどくない?」


 血圧上がるよ?

 マルーさんに柿の葉茶を勧める。


「……アンタは最初からあれだけの数を集める自信があったのかい?」


「あるわけないじゃん。最初は全然手に入れられなかったし。ウィッカーマンを倒せるようになってからだな、集まり始めたの」


「えっ、ウィッカーマンって、あの最上級の人形系レア魔物かい? かつてドラゴンスレイヤー3人がかりで挑んでも、全然倒すのムリだったという……」


 マルーさんが呆然とする。


「あ、知ってるんだ? あれヒットポイントがイビルドラゴンくらいあるの。1ターンで倒すの結構大変で、かなり試行錯誤したよ」


「……」


「でもウィッカーマンね、黄金皇珠を絶対落として、レアドロップが羽仙泡珠、スーパーレアが鳳凰双眸珠なんだ」


「……」


「この1ヶ月すごく楽しかった。ばっちゃんが個数無制限って条件つけてくれなかったら、こんなに楽しめなかったよ。ありがとう」


「ふっ」


 含み笑いをし、肩を上下させるマルーさん。


「……なるほど。これが精霊使いユーラシアかい!」


「美少女精霊使いだってばよ」


 マルーさんがせいせいした表情で言う。


「わかったよ。アタシの負けだ。何をすればいい?」


「教えて欲しいことがあるんだ。でもそんなに気にしなくていいよ。実力者に貸し押し付けるのは、あたしの趣味だから」


「えっ?」


 キメ顔を見せておく。

 初めて心配そうな顔になるマルーさん。


「ばっちゃん家、カトマスにあるんでしょ? あたしもカトマス行きの転送魔法陣出たから、明日の午前中行くよ」


「あ、ああ。じゃあ待ってるよ。ごちそうさん」


 転移の玉を起動し消えるマルーさん。

 あれ、『アトラスの冒険者』だったのか?


「すげえ、かの『強欲魔女』を丸め込んだぜ!」


「いいもん見た。精霊使いはさすがだな!」


 やじ馬が盛り上がってるけど、そんなんじゃないのになー。

 それにしても、マルーさんと知り合えたのは嬉しい。

 思ってたより面倒な人じゃなかったし、何で嫌われてるのかわからん。


「ハハッ、やるじゃねえか。面白い見世物だったぜ」


 ツンツンした銀髪の男がニヤニヤしている。


「特に不安がらせて帰すとこなんざ最高だ」


「ダン。依頼者がわかったのって、やっぱカトマスは遠いから?」


「まあな。レイノス納めなら前日でいいはずだし、カトマス以西にこんなバカげた依頼出せる金持ちは、あのクソババアしかいねえ」


「そっかあ」


 ダンもそういうのよく知ってるのな。

 そういや情報屋だったか。


「ユーラシアさん、ちょっとよろしいですか?」


 おっぱいさんだ。

 何だろ?

 念のためヴィルをダンに預け、依頼受付所へ。


「満額受け取れないユーラシアさんには申し訳ありませんが、ギルドとしては違約金含め、ゴッソリ毟り取ることができました。ありがとうございます」


 ツヤツヤしてるおっぱいさん。


「サクラさんはカトマス出身なんだ?」


「そうです。昔からあの魔女はお金のことしか頭になくて、村中の嫌われ者なのです」


「ははあ、アンセリも嫌ってたな。カトマスでは成人になる時、必ずマルーさんに鑑定してもらうけど、その金額が法外だって」


「私も見てもらったときに言われました。『巨乳』以外の固有能力を発現させたかったら金を払いなって」


「何それ? その無敵な固有能力あたしも欲しい」


 いや、おっぱいさん能力持ちじゃないから冗談だってわかるけど。

 ……おっぱいさんは14歳の時から巨乳と判明した。


「それからもう、生理的に嫌で嫌で。いつか仕返ししてやりたいと考えていたんです」


「そ、そお?」


 ヤバい。

 おっぱいさんから闇が噴き出してきた。

 ヴィル預けといて良かった。


「ユーラシアさんの仕事は完璧でした! 魔女のあんなにイライラしている様子も、あんなに不安げな後ろ姿も初めてです。本当にありがとうございました!」


 すげー熱烈な握手されたけど。

 まあおっぱいさんが喜んでくれたならいっか。


「マルーさんって『アトラスの冒険者』なのかな? 転移の玉使ってたけど」


「いえ、当ドリフターズギルトを設立した時の、出資者の1人であったと聞きます」


「あ、そういうことなんだ」


 なるほど、『アトラスの冒険者』ではないのか。

 でもレベル結構あったっぽいし、どこかで冒険者してたんだろうけどな。


「カトマスへの転送魔法陣出たから、明日行ってみたいんだけど、あたし初めてなんだよね。何か注意することあるかな?」


「そうでしたか。カトマスは雑多で活気のある村ですよ。治安はいいとは言えませんね。盗まれた方が悪い、騙された方が悪いとする風潮があります。でもユーラシアさんなら全然問題ないと思いますけど」


「食べ物とか名産品とかは?」


「ああ、注意ってそういうことでしたか」


 おっぱいさんが屈託なく笑う。

 良かった、笑顔から闇が抜けたよ。

 これでヴィルの好きな、平和なギルドが戻ってくるだろう。


「特にカトマスの特産と言えるものはありませんが、西域で生産したものとレイノスから出荷されたもの、双方が集まる地です。大体何でもレイノスより安く買えますよ。強いて言えば砂糖とか?」


「あっ、砂糖欲しいな。そうかーカトマスで買えばいいのか。サクラさん、ありがとう!」


「いえいえ、楽しんできてください」


 依頼受付所を離れ、ダンに遊んでもらっていたヴィルをぎゅっとしてやる。


「ユーラシア、今日の午後はどうするんだ?」


「どうしよっかな」


 特に決めてはいなかった。

 魔境に行くか、それともあたしの名前になった盗賊村に顔を出すか。


「用がなければ、ちょっと付き合ってくれねえか?」


「デート?」


「まあそんなもんだ」


「夕御飯で手を打つよ」


「肉たっぷり鍋でいいか?」


「もちろんだよ親友」


 ダンとともにオーランファームへ。


          ◇


「ユーラシアさん、その節は大変お世話になりました」


 あたしがレベル上げしたオーランファーム従業員さん達だ。


「いえいえ、今日もお肉たっぷり鍋のいい匂いに釣られてお邪魔しました」


 皆が笑う。


「新しい『地図の石板』が届いたんだが」


「えっ? あんたもう魔境の100体倒す条件クリアしたんだ?」


 ダンの家の庭の転送魔法陣が並ぶエリアだ。

 魔境のクリア条件は、100体の魔物を倒すか真の竜族を倒すかである。


「まあな。といってもあんたとの愛の共同作業がかなりある」


「いやん、共闘って言いなよ」


 共闘分は2分の1で算定されるそうな。

 あれ? そーいや確かダンが『アトラスの冒険者』じゃない内から、ラルフ君と魔境行ったり世界樹エリアで共闘したりしてるな。

 あの辺の算定どうなってるんだろ?


「俺だけじゃちと面倒なクエストなんだ」


「どんなんなの?」


「ま、直接見たほうが早いぜ」


「そーだね。楽しみだなあ」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 

「ダンさん、お待ちしておりました」


 ここは?

 どこかの自由開拓民集落だろうか。

 いかにも村人っぽい、30代くらいの男性がにこやかに挨拶してくれる。


「助っ人連れてきたぜ。精霊使いユーラシアだ」


「こんにちはー」


「ユーラシアさんというと、あの有名な?」


「そう、美少女として有名な」


「おい、美少女よりも、いい性格の方が前に出過ぎだぞ?」


「どっちをウリにしたほうがいいかなあ?」


 30男が大丈夫かコイツみたいな顔してるけど。


「悪いがもう一度説明してやってくれ」


「はい、では……」


 つまり両側に出入り口があるトンネルみたいなダンジョンがあり、そこに魔物が生息しているってことらしい。

 反対側にも人が住んでいるので、片方から討伐を進めると、向こうに魔物を押し出してしまって都合がよろしくない。


「今のところ魔物が外部に出てくることはなく、実害はほぼないんですが……」


「気味悪いだろ?」


「そうだねえ。両側の入り口塞いだらどう?」


「そんなんでクエストクリアの条件になるのならな」


 なるわけないか。


「じゃ、片っぽ塞いでおいて、もう片っぽから攻めるのは?」


「中に住み着いてる一番の大物はレッサーデーモンらしい。岩や土で塞いどくのと美少女精霊使いで塞いどくの、どっちが安全だと思う?」


「そーゆーことか」


 レッサーデーモンは魔境ワイバーン帯に住む魔物だ。

 例えばカイルさんと2パーティーに分けて挑んだとするなら、かなり危険。


「デーモンって暗いところが好きなのかな? 魔境であんまり遭わないのもそのせい?」


「そうかもな」


 30男が言う。


「魔物が外からやってきたのか、それとも中に発生源があるのかわからないんです」


「発生源かは知らんが、中に何かあるから強い魔物が住みつくと考えるのが自然だろ?」


「うん。で、一方の入り口がここってことね」


 比較的大きい洞窟だ。


「歩いて10分ほどのところにもう一方の入り口があります」


「俺らが向こう側から入る。あんたは10分経ったらこっちから入ってくれ。中に分岐はないって話だが、言い伝えレベルなんでどうかわからねえ。分岐があったらそこで止まって、少なくともこっちの集落に魔物を出さないようにしてくれ」


「オーケー。そっち心配だから、ヴィルついていってあげてくれる?」


「わかったぬ!」


 間違ってグレーターデーモンクラスの魔物がいたとしても、ヴィルがいればどうにかなるだろ。


「助かるぜ。ヴィル、よろしくな」


「よろしくだぬ!」


「では10分後、よろしくお願いします」


          ◇


 10分経ったので、ダンジョン内部へ突入した。

 手で持つことによって光を発する『光る石』はあるけど、その明かりだけでは正直心許ない。

 まあレベルが上がってある程度夜目も利くし、カンも働くので何とかなる。


「やけにエーテル濃度濃くない? 入る前もそんな気してたけど」


「イエスね」


 当たり前か。

 デーモンがエーテル濃度の低いところに喜んで住み着くわけはない。


「素材がすごく多いねえ。歩くのが捗らない」


 クララが言う。


「ユー様、『鹿威し』で魔物散らすだけでいいんですか?」


「だってあたし達は魔物を通さないのが役目だし、ダン達が戦って経験値稼いだ方がいいでしょ」


「見通し利かねえ足場も不安定で、戦うのが嫌なんでやしょ?」


「そーとも言う」


 とゆーか、今のところ大した魔物出てきてない。

 暗いからハッキリはわからんけど、気配がザコっぽいんだよな。

 向こう『威厳』持ちのカイルさんいるし、ヴィルが『闇のブレス』吐くだけであらかた片付くだろ。


「分岐はないでやすね」


「うん、これならどんどん進んで構わないね。通路もまあまあの広さだし」


 素材回収素材回収っと。


「入り組んでるからかなー、もう10分は余裕で歩いてるよね?」


「暗いので、それほど距離を進んでないのかも知れませんねえ」


 そういうこともあり得るか。


「エーテル濃度がハイになってきたね。何かいるね」


 広くなったところにおそらくレッサーデーモンとその他大勢。


「倒しちゃおうか」


「「「了解!」」」


 レッツファイッ!


 ダンテの豊穣祈念! アトムの五月雨連撃! 弱い魔物を一掃した! レッサーデーモンの強撃! アトムが受ける。あたしの雑魚は往ね!


「……効きが弱いな。ボス補正っぽい」


 ダンテのインフェルノ! あたしのハヤブサ斬り・改! 『あやかし鏡』の効果でもう一度ハヤブサ斬り・改! よし、倒した!


「『悪魔の尻尾』は回収して、と。どんどん行こうか」


「「「了解!」」」


 さらに進む。


「……さっきから音が聞こえるねえ」


「そうですね。戦っているようですが……」


 おかしいな?

 ずーっと音がするんだけど。

 仮にレッサーデーモンがもう1体いたとしても、ダンとヴィルがいてそんなに苦戦するはずはないがなあ?


「姐御、人形系レアが固まっちまってるんじゃ?」


「あっ、そーか!」


 向こうのパーティーで人形系レアに有効なスキルは、ダンの『経穴砕き』のみか?


「急ごう!」


 もしそういう状況なら、おそらくダンの1トップで防御主体。

 攻撃をヴィルに任せて、人形系レア以外を片付けようとするはず。


「踊る人形だったら倒してるだろうけど、戦闘が長引くってことは、ヒットポイントそれ以上のやつが出てるんだろうねえ」


「そうですね」


 ダンテが言う。


「やはりエーテル濃度は、さっきのボスルームが一番ハイね」


「エーテルが湧くっぽい?」


 『永久鉱山』チックなところなのかもしれない。

 すると単純に魔物倒したり封鎖したりするだけじゃダメなのか?


「素材が多いのもエーテルのせいかな?」


「おそらくは」


「急ぐ割には素材は拾ってくんでやすねえ」


「冒険者の義務だから譲れない」


 あーはいはいみたいな顔をするうちの子達。

 でも暗いからなー、大分見逃しちゃってるかも。


「もうちょっとだね」


 音が大きくなってきた。


「おーい、聞こえる?」


 返答がある。


「来たか、ユーラシア! 人形系だ。そっちから攻めてくれ!」


「了解!」


 いた、向こうの明かりが見える。

 結構魔物の数が多い、7、8体いる!


「ギャルルカンです。ヒットポイントは2。土系の魔法を使います」


「わかった!」


 何か魔法食らったけど薙ぎ払い一閃!

 ギャルルカンどもを駆逐した。


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。


「よしよし、頑張ったね」


「助かったぜ」


 ダンと従業員さん達がホッとした顔をしている。


「ごめんよ。途中まで人形系が固まってる可能性に気付かなくてさ」


「いや、あんたのせいじゃねえ」


「『鹿威し』でどんどん魔物追ってた」


「あんたのせいかよ!」


 それはそれとして。


「どっちから帰る?」


「レッサーデーモンがいた、エーテル濃度の濃いところってのを見てえな」


「じゃ、あたし達の来た方へ戻ろうか。あ、ちょっと待って。ドロップ拾ってくるね」


 墨珠7つに藍珠が3つ。


「あげる」


「全部? 愛情表現か?」


「お詫びのしるしだってばよ」


「ありがたくもらっとくぜ」 


 全員であたし達の通った道を戻る。


「ここなんだけど」


「なるほど、広い場所だな」


 問題はどうしてエーテル濃度が高まるのかなのだが。

 自然に高まるんだと、また魔物湧いちゃうだろうしなあ。


「ボス!」


 あ、珍しいな。

 『精霊の友』じゃない人間がいるのに、ダンテが声かけてくるなんて。


「『ファントマイト』ね!」


「何それ?」


 クララの説明によると、別名を『精霊石』ともいう、周辺からエーテルを集める特性のある石で、レア素材でもあるという。


「へー。結構大きいね」


 どうやら洞窟みたいな空気のよどんだところに長い間こんなもんがあったから、魔物を寄せちゃったということらしい。


「ふーん、でもここ両側に出入り口があったから、全く空気の通りがないわけじゃないのになあ」


「片方しか出入り口がなかったら、もっとヤベー魔物が湧いてたんじゃねえか?」


「こんなところに湧いて、巨体縮こませてキュウキュウ鳴いてるドラゴンを想像すると笑えてくるねえ」


「精霊使いの想像力は偉大だな」


 要するにこの石がここになければいいんだな?


「これ、あたしもらっちゃっていい?」


「もちろんいいぞ。こっちは宝飾品いただいたしな」


「やったあ! ぎゃーおもーい!」


「ハハッ、ユーラシアも可愛いところあるじゃねえか。どれ、貸してみろ。って何だこれ、メチャクチャ重っ?」


 そりゃあレベルカンストのあたしが重いつってんだから。

 結局あたしがふうふう言いながら運びましたとさ。


「……ってことだ。洞窟としての用がないなら、入り口だけ塞いでおけばいいと思うぜ。念のためしばらくしたら様子見に来るが」


 ダンが村人30男に説明する。


「ありがとうございました。些少ですが」


 謝礼を受け取る。

 あたしは御飯食べさせてもらう約束だから要らないのにな。


「ところでここはどこなの?」


 転送魔法陣の名前も『洞窟のデーモン』だったからわからん。


「ハチヤという、自由開拓民集落です」


「あ、ハチヤなんだ」


「知ってるのか?」


「レイノス東だよ。ソル君家のあるグームよりちょっと北にある」


 ダンは、レイノス東のことはよく知らないか。


「カラーズからの交易輸送隊が泊まってくでしょ? もし冒険者が必要なトラブルがあったら、輸送隊経由であたしに連絡くれても構わないからね」


「はい、助かります!」


 めでたしめでたし。


「でもこんなところにレッサーデーモンがいるなんてビックリだねえ」


「危ねえよな。もっともエーテル濃度の薄い外には、出て来ねえかもだが」


「無事に済んで良かったよ」


 レッサーデーモン相手のクエストなんて、かなりレベル高い冒険者じゃないと割り振られないだろう。

 案外こういうケース多いのかな?


「飯食うか?」


「ダンの家だよね。『精霊石』重過ぎるから、先に置いてくる」


「俺がエスコートしてやろうか?」


「『メチャクチャ重っ?』とか叫んでた貧弱君を歩かせるのも申し訳ないから、あたし達だけで行くよ」


「怪力精霊使いのえぐる傷が痛い!」


 笑いの中、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヘリオス・トニックという商人さんなんですけど」


「ああ、存じておりますよ。紙と印刷物を専門としております方ですな」


 ダンとダンパパことカリフさんとの夕食中の話だ。


「鍋はウシ肉が合いますねえ」


「おい、話繋がってねえぞ?」


「そんなこと言ったって美味しいんだもん」


「ハハハ、どうぞどうぞ」


 上品でくどくない肉は野菜との相性がいいのだ。


「ウシの糞はやっぱり肥料ですか?」


「そうですな。収穫後の作物の植物体を乾燥させて細かくしたものを混ぜて発酵させると、よい堆肥になります」


「おい、食事中だぞ」


「ごめんよ。掃討戦のあった場所あるでしょ? あそこで家畜飼うのは早めた方がいいかなって、考えてるところなんだ」


「蹄耕法という手法がありますよ。藪をアバウトに伐採して、家畜を入れてしまうのですな。そして家畜の食うがままに任せると。雑草がなくなったら耕作地に転換してもいいし、牧草の種を蒔いてそのまま牧場にしてもいい」


「なるほど! 第2オーランファームを作る予定があったら、向こうも候補地にしてくださいよ」


「ふむ、考えておきますよ」


 今は注意喚起しておくだけでいい。

 需給のバランス取れてるしな。

 しかし戦後に移民が多くなったりしたら、農産物の増産が急務になるのだ。


「で、ヘリオスさんってどんな人です? カリフさんから見て」


「話戻るのかよ!」


 自称聖人はうるさいなあ。

 善人パパを見習えよ。


「手前自身との関わりは多くないですが、やり手ですよ。積極的で、特に悪い評判はありません」


「今度はそいつを悪巧みに引き込むのか」


「人聞きが悪いなー。レイノスの商人さんって、カラーズの人間にはあんまり縁がないからさ。いい人だったらコンタクト取りたいじゃん」


「あんた、冒険者よりそっちの方が熱心じゃねえか」


「そうかも」


 西の流通もわかんないんだよなー。

 塔の村がデス爺の思惑通り発展するなら、レイノス~カトマス~塔の村のラインは無視できないし、カラーズも西域との商売を考えざるを得なくなる。


「流通なら、手前の娘婿が関わっておりますよ。オーランファームからレイノスだけでなく、カトマス~レイノス間の物資輸送も手がけております」


「あっ、そうでしたか」


 ん、娘婿?


「お姉さんがいるんだ?」


「2人いるぞ。もう1人はレイノスで農場の直営店を旦那と切り盛りしてる」


「えーと『サナリーズキッチン』だっけ?」


「そう。サナリーは2番目の姉」


 そーなんだ。

 いや、ダンは性格が末っ子っぽいとは思ってたけど。


「もう1つ、マルーさんってどう思います? 『強欲魔女』なんて呼ばれてますけど」


 あら、露骨にダンパパの顔色が変わったね?


「今日こいつ、ギルドに怒鳴り込んできた強欲ババアをからかって追い返したんだぜ?」


 そんなんじゃないってば。

 おもろいばっちゃんだったから、楽しく談笑してただけだってば。


「実際に会ってみて、愉快な人だなーとは思ったんですよ。でも聞く人聞く人皆悪口ばっかりで、どーもあんまり参考になる意見がないんですよね。何か御存知でしたら、教えていただけると嬉しいんですが」


「さ、それは……」


 汗拭いてますね。

 もうすぐ冬ですよ?


「手前ごときでは相手にならぬ、恐ろしい方ですが……」


「はい」


 ん、何かあるのか?

 今後マルーさんとは絡みが多くなりそうな予感がするのだ。

 参考になる意見だといいが。


「マルー殿が少し酔っておられた際です。『人は不平等だ』とおっしゃっていたことがあります。その時の言いようが諦観というか静かな怒りというか、一番印象に残っているあの方の言葉ですな。ええ、もうどれだけ値切られた時よりもその時の方が……」


「『人は不平等だ』……」


 ふーん、引っかかる言葉だな?

 世間一般に言われる強欲とは別の側面がある?


「ありがとうございました。これはマルーさんを理解する上で、とても重要なことのような気がします」


「ユーラシアがそう言うならそうなのかもしれんが」


 ダンがしかめっ面だ。


「ただの強欲ババアだぞ?」


「おゼゼにうるさいことはその通りなんだろうけど、『ただの』じゃないよ?」


「『鑑定』の能力については優れてるんだろうがよ……」


「いや、能力ばかりじゃなくって、人間が浅くない気がするの。というか、お金で埋まらない隙間があるのかな」


 まだ疑わしげだね?


「明日、カトマス行くんだ。アンセリの故郷がどんなところか楽しみ」


「勢いのある村です。最もドーラらしい地とも言えます」


「そうですか!」


「俺も好きな場所なんだ。まあでも、こすっからいぜ? 油断してるとロクな目に遭わねえ。あんたに言うべきこっちゃないがな」


「うん、期待値が高まるね!」


 あんまりワクワクしてると、睡眠時間が減っちゃうからな。

 10分くらい。


「今日はありがとうございました。ごちそうさまでした」


「いえいえ、また来てください」


「カトマスでの話、後で聞かせろよ」


「うん、じゃあ失礼します」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 毎夜の楽しみ、寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは。今日は黄の民の小屋造りだったか?』


「うん、予定通り。クララに木材とか運んでもらった」


『フェイ族長代理は現地にいるのか?』


「3日は向こうで指揮を執るって」


『3日だな?』


 サイナスさんも、戦争があるからそんなに長居はできないと思っているのだろう。


「でも小屋はすぐにでも建ちそうだったよ。米作用地の方も、ある程度進めてくるんだろうと思う」


『そうか』


 あっちは問題ないだろ。

 フェイさん仕事速いし。


「今日マルーさんに会ったよ」


『え?』


「例の宝飾品クエスト、マルーさんが依頼主だったんだ」


『『強欲魔女』が? いや、そう意外でもないか』


 何か考えているようだ。


「『アタシが昨日から待ってるのに来ないとはどういう了見だ』って言うから、『ピクニック行ったり秘密基地の建設手伝ったり忙しかった』って答えたら、何か怒ってたよ」


『君の煽りは天然だよな』


 煽りじゃないのになー。

 煽る時は計算で煽るし。


「でも御飯食べてる内に機嫌良くなった。ヴィルが大人しく頭撫でられたもん」


『その理屈がよくわからないんだが』


「ヴィルは好感情のあるところが好きなんだ。悪感情に晒されると調子悪くなるから逃げちゃうの」


『そうなのか?』


「面白いことに、お酒飲んた時の酩酊状態とか人間の恋愛感情に当てられると、ヴィルも酔っぱらっちゃう」


『ハハハ、おかしいな』


 うんうん、ヴィルはいい子。


「で、明日カトマス行ってくるね」


『魔女の家へ、ということか?』


「そうなんだけど、あたしカトマス初めてだから楽しみなんだ」


『精霊達も連れて行くのか?』


「いや、人多いところみたいだから留守番かな」


『それがいいだろうな』


 サイナスさんが急に思いついたように言う。


『そうだ、魔女は宝飾品の代金払えるのか?』


「え? 払えるわけないじゃん」


『それでいいのか?』


「あるだけもらうからいいよ。ドーラ屈指の実力者に貸し作るのは気分がいいねえ」


『君はそういう考え方なんだな』


「そりゃそうだよ。おゼゼに換算するのが難しいことなんて、たくさんあるよ?」


 いよいよできることが増えていくなあ。


「そっちは明日、輸送隊が出る日だよね?」


『ああ、今回アレクは休みだが』


「ラッキー! 近い内にその優れた頭脳を借りに行くって言っといて。賃貸料はいくらだって聞いてきたら出世払いって」


『君どれだけ出世する気なんだ』


 これでよし、と。


『明日はよくよく気をつけろよ』


「ありがとう、サイナスさん。おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日はカトマスかー。


          ◇


「きょーおっは凄草株分けの日っ!」


「ユーちゃん、ゴキゲンだな」


「そりゃそーだよ。美味しいものが増えるのは嬉しい」


 株分け日は大体畑番の精霊カカシとお喋りだな。


「先食べるべきか後がいいか、それが問題だ」


「名言風だな。大したこと言ってねえけど」


 オーソドックスに前菜としてもいいんだけど、甘さはデザート向きなんだよな。

 まあどうでもいいっちゃどうでもいいんだが。


「そうだカカシ。石に魔力込めるの、自動でできるかもしれない」


「ほお?」


「今のままだとさ、長期のクエストにハマって帰れなくなったりしたら、凄草枯れちゃうじゃん? 何とかしたかったんだよね」


 魔力を時々補充する方式だと、そういう難点がある。


「それ、前も言ってたな……ムリはしてくれるなよ?」


「ムリじゃないんだよ。大地からエーテルを吸い集める技術持ってる人のさ、協力を得られると思うんだ。今日、その人の家行ってくる」


「そうか。どんな人だい?」


「ドーラで一番嫌われてる人?」


「え?」


 カカシが唖然としてる、多分。


「でもあたしは面白い人だと思うんだよね」


「そうかい? 気を付けろよ?」


「うん」


 皆気を付けろって言うけど、必要ないと思うがな。

 マルーさんに会うのもだが、カトマスに行くこと自体も楽しみなのだ。

 どんなところかなー。


「ユー様、御飯です」


「はーい、今行くー」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「ここがカトマスかあ!」


 行き交う人々の足音と微かな砂埃、客引きの声とそれをあしらう声、ウマのいななき、賑わってるねえ。

 同じ人が多いのでもレイノスとは異なる、山っ気やワイルドさが感じられる。


「おっと可愛い娘ちゃん、そこは転移先ビーコンのある場所だぜ。危ないから離れてた方がいい」


「ありがとう、イケてるおっちゃん!」


「いいってことよ」


 転移や転送でカトマスに来る人が何人かいるっぽいな?

 あ、そういえばおっぱいさんも転移の玉持ってるはずだ。

 ふむふむ。


 ちょっと歩いてみたけど……広くない?

 獣人の2人組が普通に歩いてる。

 ここは亜人でもジロジロ見られたりしないんだな。

 うちの子達連れてきても大丈夫そうだけど、精霊には人見知りっていう精霊側の問題があるからなー。


 ところでマルーさん家どこだろ?

 地元の人っぽいおばちゃんを捕まえて聞いてみる。


「すいませーん、マルーさん家ってどこですか?」


「『魔女の館』かい? すぐそこだよ」


 あ、本当だ。

 看板出てるじゃん。

 庭は広いけど普通の家だな。


「『強欲魔女』に用があるのかい? 油断してるとケツの毛まで抜かれるから気をつけな」


「うん、ありがとう!」


 まさか抜きに来たんだよとは言えないしなー。

 ドアをノックする。


「こんにちはー」


「精霊使いかい? お入り」


 声に応えて中へ。


「うーん」


「どうしたんだい?」


「『魔女の館』って言われてたからさ、ちょっと期待してた」


「何をだよ!」


 家の主マルーさんだ。


「もうちょっと魔女っぽい演出とゆーか雰囲気作りとゆーか」


「冗談お言いでないよ!」


「いや、あながち冗談でもなくてさ。ばっちゃん鑑定でかなりのおゼゼもらってるんでしょ? お客を満足させることも考えないと」


「ふん」


 聞いてないようで聞いてますね?


「それよりカトマスって大きいんだねえ。ビックリしたよ」


「精霊使いは、カトマス初めてかい?」


「うん、カラーズ灰の民はこっちに縁がないねえ。冒険者になっていろんなところ行くようになったけど、ここは初めて」


「そうかい。ハゲ爺は元気かい?」


「デス爺? 元気だよ。溢れるバイタリティーを持て余して、西への街道の果ての塔のあるところに村作ってる」


「ああ、そういえばそうだったね。あの塔は冒険者向きなんだろ?」


「そうそう。その塔が『永久鉱山』でいくらでも素材が取れるから、冒険者集めてそれを売買する商売やってるの」


「なるほどねえ」


 あたしと同じくらいの年齢の女性が、ハーブティーを淹れてくれる。

 この人何だろう?

 儚いというか生気がないというか、表現しがたい違和感がある。


「ん? 気になるのかい?」


 あたしの視線に気がついたか、マルーさんが水を向ける。


「すごく」


「さすがにカンがいいねえ。あの子は呪われた子なんだ。あんたみたいな恵まれた子にはわからないかも知れないが」


「呪われた子?」


「人は不平等だ」


 マルーさんがため息をつく。

 ここでダンパパの言っていたキーワードが。


「アタシの孫娘なんだ」


「うん」


 醸し出す雰囲気は全く違うが、言われてみれば顔形は似ていなくもない。


「アタシの息子もそうだったんだよ。どうやらあの……呪われた体質は子孫に受け継がれるらしい」


「その呪いってのは何なの?」


「あの子ニルエは、固有能力の素因を1つも持たないんだよ」


 最強の冒険者シバさんの説明だと、『人は必ず1つ以上の固有能力の素因を持つ』とのことだった。


「固有能力は翼であり、素因はその可能性だ。ニルエは可能性を持たない」


「そうかな?」


 キッとした目であたしを睨むマルーさん。


「アンタみたいにたくさんの素因を持って、5つも固有能力の発現している子に何がわかるって言うんだい! アタシは……」


 マルーさんが声を詰まらせる。


「……魔女なんて呼ばれていながら、あの子に何もしてやれない」


「ちょっとあの子貸してくれる?」


「は?」


 立ち上がってニルエに近づく。

 ニルエもまた光のない瞳であたしを見つめる。


「何を?」


 ぎゅっとハグする。

 ちょっとある。

 血の流れるような感覚。


「うん、いいんじゃないかな?」


「ち、力が湧いてくるような気がします?」


 マルーさんの目が驚愕に見開かれる。


「ニルエに固有能力が? ば、バカな、素因すらなかったのに……」


「良かったねえ」


「あ、アンタ一体何を……」


 説明する。


「彼女は身体全体のエーテルの流れが悪かったんだよ。あたしレベルが上がって、そういうのわかるようになったんだ」


「エーテルの流れ?」


「ケガして障害のある人いるでしょ? そういう時になる状態なんだけど、身体全体がそんな感じだった」


「だ、だけどニルエはケガなんか……」


「うん、だから違和感があったんだよねえ。で、ぎゅっとしたら本来のエーテルの流れになるかなーって」


 唖然とした目であたしとニルエを交互に見るマルーさん。

 おそらく小さい頃から固有能力の素因を1つも持たないことを絶望され、ニルエ自身の気力が失われてしまったんじゃないだろうか?

 それがエーテルの流れを阻害したのでは。


「エーテルの流れが正常になると、固有能力が発現したり、素因が出たりするのかい?」


「ばっちゃんみたいな専門家が知らないことを、あたしが知るわけないじゃん。でも固有能力って大したことじゃない気がするんだよねえ。そんなのないのは普通だし、持ってなくとも優秀な人はいるよ?」


 例えばレイノス副市長のオルムスさんや、イシュトバーンさんをも唸らせるファッションセンスを持つセレシアさんがそうだ。

 おっぱいさんにはあたしだっていろいろ勝てない気がするしな。


「でもエーテルの流れはすっごく大事。元気な人は例外なく流れが活発なんだよ。そして元気があれば何でもできる」


 いや、正直固有能力が発現したってのはビックリだけど。


「ハハ、ハハハハッ……」「エフ、エフ……」


 何だよ2人して。

 泣くのか笑うのかどっちかにしなよ。


「呪いなんかじゃなかったんだ……」


「そんなんじゃないってば」


「ありがとうございます、精霊使いさん!」


「あたしの名前、ユーラシアね」


「はい、ユーラシアさん!」


 マルーさんは誰よりも『鑑定』の能力が優れているだけに、固有能力万能主義に陥ってたのかもしれないな。

 あたしも戦闘や特定の商売に関しては、固有能力持ちの方が有利だと思うけど。


「ところでニルエの固有能力って何なの?」


 かなり不思議系っぽい気配なんだけど?


「『いい子』だね」


「え?」


 ヴィルと同じやつ、まさかの超レアキター!


「アンタには礼をしなきゃいけないんだが、残念ながら金がない。アタシにはもう、この家と売れない宝飾品しかないんだ。家を売れと言うなら売るし、宝飾品も返せと言うなら返すが……」


「いいよ、そんなの。それよりばっちゃんらの生活はどうなの? 『鑑定』の能力があれば困るほどじゃないのかな?」


「そりゃあそうだが……」


 申し訳なさそうなマルーさん。


「ばっちゃんの力を貸しておくれよ。地中からエーテル引っ張ってくるやつ! あの技術があたしには必要なんだ」


「エーテル抽出を? 何に使うんだい?」


「一番大きな計画は、転移術と組み合わせて塩を作るってやつだな」


「塩? ……ははあ、つまり人力で海水を汲むのは大変だから、エーテルを溜めておいてスイッチ1つで海水を転移させてくると?」


「そうそう、ばっちゃん理解早い!」


 感心するマルーさん。


「えらいことを考えたね」


「まだあるんだ。凄草栽培するのにエーテルが必要なんだけどそれを集めたり、氷晶石と連動させて冷蔵庫作ったり」


「よし、協力しようじゃないか!」


「やったあ!」


 よーし、計画が実現できるぞ!


「ただあれには、エーテルを溜めておく媒体が必要なんだよ」


「黒妖石でいい? 当てがあるから買ってくる!」


「知ってるのかい。呆れたもんだね……これが精霊使いユーラシアか」


 美少女精霊使いだってばよ。


「……アンタ、新しい固有能力は要らないかい?」


 そーいやマルーさんは、何の素因かとか発現条件とかもわかるって話だったか?


「『巨乳』か『ギャグセンス』はあるかな?」


「そんな固有能力はないねえ」


「そっかあ、じゃあ要らない」


「そ、そうかい」


 何かガッカリしてるけれども。


「あっ、今は必要ないんだけど、将来固有能力があることで打開できそうな状況があったら頼んでいい?」


「もちろんだよ!」


 喜んでやってもらえるのが一番だね。


「また明日来るよ。あたしん家まで来てくれる?」


「わかったよ」


「じゃ、あたしこの村見物して帰るね」


「そうかい。ニルエ、案内してやんな」


「はい!」


 マルーさん家を後にする。


          ◇


「ニルエはさー、年齢いくつなの?」


「17です」


「じゃああたしの2つ上だね」


 マルーさんの孫娘ニルエとカトマス巡りだ。


「アンとセリカって知ってる?」


「もちろんです。冒険者にふさわしい力を持ってますから、カトマスでも有名なんですよ」


「あの2人の故郷って聞いて、カトマスには前から来たかったんだ。すごく大きい村なんだねえ」


 カラーズ全部と同じくらいの人口あるんじゃないだろうか?

 すごく活気があるし。


「いえ、カトマスの人口なんて、レイノスの5分の1もないと思いますよ。レイノスや西域からの旅人や行商人が多いんです。ほら、宿屋がたくさんあるでしょう?」


「あ、本当だ」


 へー、こんなに人の出入りの多い村も、ドーラではここだけだろうな。

 さすがレイノスと西域の結節点だけのことはある。

 産物が集まるってのが素晴らしい。


「ん……」


「ユーラシアさん、どうされました?」


「いや、何でもない」


 またスリか。

 そんな悔しそうな顔したってダメだぞ。

 あたしを狙おうとする時点でなってないんだから。


「あっ、あれは大道芸かな?」


「『チャレンジ腕相撲』と書いてありますねえ」


 広場に大勢人が集まっている。

 えーと何々?

 参加費20ゴールド、20人勝ち抜きで杳珠をもらえる?


「あっ、やるやる!」


「えっ? ユーラシアさんお強いと思いますけど、疲れちゃいますよ?」


「そーかなー? 何だかイケそーな気がする!」


 赤と緑の派手な服を着た、調子のいい興行主が声をかけてくる。


「おっ、お嬢ちゃんやるかい?」


「うん、やってみる!」


「新たなチャレンジャー、元気少女の登場だ!」


「え~元気美少女にして?」


 こらオーディエンスよ。

 そこは笑うところじゃない。


「おっとこれは失敬、元気美少女が現在4人勝ち抜きのウシ男トムに挑むぞ!」


 レッツファイッ!


 バターン!


「お見事! 元気美少女の勝利! さあどうだ、チャレンジャーはいないか?」


「「「「おう!」」」」


 おーおー、たかが美少女と侮ってくれるじゃないか。

 されど美少女なんだぞ?


 レッツファイッ!


 バターン! バターン! バターン! バターン! バターン! バターン! バターン! バターン! バターン!


「何とこれは驚いた! 元気美少女破竹の10連勝だ! しかし疲れたか? 盛んに手首を振っているぞ。さあ次のチャレンジャーはいないか?」


 手首振ってるのはポーズだけどね?


 レッツファイッ!


 バターン! バターン! ググッバターン! ググッバターン! グググッバターン!


「元気美少女驚異の15連勝! だが決着をつけるのに時間がかかるようになってきたぞ! さあさあ、次なるチャレンジャーはいないか?」


 あたしだって盛り上げ方くらいわかっているのだ。

 首と腕を回す。


 レッツファイッ!


 グググッバターン! ググググッバターン! グググググッバターン! ググググググッバターン!


「元気美少女、前人未到の19連勝だ! しかし限界か? 限界なのか? 最後のチャレンジャーは謎のマスクマン!」


 お? 今までの挑戦者とはレベルが違う。

 ははーん、賞品取られないようにするための仕込みだな?

 屈伸して身体を大きく回し、ひねる。


 レッツファイッ!


 ググググググッ!


「おおっと互角! 名勝負になった!」


「嬢ちゃん頑張れ!」


「元気美少女、オレがついてるぜ!」


「負けんな娘っ子!」


 皆あたしの応援だよ。

 気分がいいなあ。

 じゃあそろそろ……。


 バターン。


「何ということだ! 元気美少女の勝利! 20連勝で杳珠を獲得! おめでとう!」


「皆さん、応援ありがとう!」


 盛り上がる盛り上がる。

 ニルエは驚いたか感動したか声も出ないぞ。

 興行主から杳珠を受け取る。


「まいったぜ。だがおめでとう!」


「ありがとう。ものは相談だけど、この杳珠1000ゴールドで買わない?」


「え、いいのかい?」


 杳珠の売値はそんなもん。

 ただし、買うともっとずっと高いらしい。

 1000ゴールドならあたしは損しないし、興行主もその方が嬉しいだろ。


「しかし驚いたぜ。あんた何者だい?」


「あたしは精霊使いユーラシアだよ」


「え? あのドラゴンスレイヤーの?」


「そうそう」


 興行主が声を張り上げる。


「何と元気美少女の正体は、彗星のごとく現れたスーパー冒険者、精霊使いユーラシアだったぁ! 拍手!」


「「「「「「「「おーパチパチパチパチ!」」」」」」」」


「『チャレンジ腕相撲』はまだまだ続くぜ! さあチャレンジはリセット、最初のチャレンジャー2人は参加費無料だよ!」


「えっ? もう1回チャレンジしていい?」


「丁重にお断りするぜ!」


 観客大笑い。

 ま、そりゃそうだ。


「あー楽しかった」


「ユーラシアさん、すごいですねえ! こんなにコ―フンしたの初めてですよ!」


「楽しんでもらえて嬉しいよ。エンターテイナー冥利に尽きるね」


 笑いながら村の奥へ。

 人通りが少なくなってくる。


「あ、ここいらは普通の家が多いね」


「そうですね。カトマス人の居住区です。食料とか衣服とかの生活必需品のお店はこの辺りですよ」


 なるほど、他所からの人は、奥までは用がないということか。

 小さい小売店が多い。


「そうだ、砂糖が欲しいんだった。カトマスなら安く買えると聞いたんだけど?」


「この村以外の相場は知りませんが、砂糖なら私のいつも使ってるお店で売ってますよ」


 ニルエ行きつけのお店にゴー。

 ワクワク。


「……ヤベーな。あたしの知ってる砂糖の値段の半額以下だよ。あっ、粒コショウも安い!」


「季節季節になると、いろんな旬の野菜も入荷するんですよ」


「暮らしやすいところだねえ」


 西域って本当にいろんなもの作ってるんだな。

 ……しかし様々な西域の産物が入るが、おっぱいさんの言ってたようにカトマス自体の特産品はない様子。

 物品を西へ東へと流してるだけか?

 商人の活躍する地だから、生産にまで期待するのはムリかもしれないが、物が集まるなら何か工夫もできそうな気はする。

 欲張り過ぎか。


「あれ? あんたニルエかい? 生き生きしてるじゃないか。見違えたねえ」


 お店の主人に声をかけられる。


「こんにちは」


「今日はお友達と一緒なのかい? 珍しいねえ」


「そうそう、友達友達」


「えっ、友達?」


 ニルエは恥ずかしそうだ。

 何故に?

 お店の主人が声を潜めてあたしに話しかけてくる。


「……ここだけの話だが、ニルエはあの金の亡者の孫だろ? カトマスじゃ昔から孤立しててねえ。うちは贔屓にしてもらってるから、ニルエが悪い娘じゃないって知ってるけど、村じゃ色眼鏡で見られることも多いんだ」


「そうだったんだ? でもこれからは大丈夫だと思うよ。ニルエ変わったでしょ?」


「ああ、こんなに明るい雰囲気でニコニコした表情を見るのは初めてだ。あんた、これからも仲良くしてやっておくれよ」


「もちろん。あ、砂糖大袋でちょうだい。それから粒コショウ1ビン」


「あいよ、毎度あり!」


 買い物を終えて帰路へ。


「やーいい買い物した。カトマスいいところだ!」


「あの、ユーラシアさん。ありがとうございました」


「何なの? こっちこそ案内してもらってありがたいよ。またよろしくね」


 俯くニルエ。

 上ずったような声で話しだす。


「私、昨日まで本当に人生に希望が持てなくて……」


「でもニルエは優しい子だよ。マルーさんのケープと編み帽子、あれ、あんたが作ったんでしょ?」


 マルーさん家にあった道具と材料で気付いた。

 寒くなるこの時期、マルーさんの身体を気遣って編み上げたに違いない。


「今のお店の主人もそう言ってたでしょ? ニルエの良さをわかってる人もいるんだよ」


「そうでしょうか?」


「マルーさんはドーラ一の鑑定士だから固有能力目線になるんだろうけど、世の中能力持ちの方が少ないんだから」


「でも、もし結婚して子供を産んだ時、その可能性を摘んでしまうと考えると……」


 固有能力の素因すら持たない。

 しかもそれが子供にも受け継がれるとなると、深刻に思う者もいるだろう。

 そうか、それを呪いと捕え、悲観的に考えたか。


「もういいじゃん。昔のことは忘れれば。今あんたは立派な固有能力持ちだし。それより元気大事だよ?」


「そうですね」


 うーん守ってあげたいタイプ。

 とにかく笑いなよ。その方が魅力的だよ?


「……ん」


 またか、いい加減にしろよ。

 ふっと伸ばしてきた手を捩じり上げる。


「あ痛てててて!」


「さっきから何なんだよもー、スリ3人目だぞ!」


「か、勘弁してくれ! 痛い痛い!」


「指図すんな! 勘弁するかどうかはあたしが決める!」


「な、何をすればいいんだ!」


「面白い話して?」


「え?」


「逃げようたってムダだぞ?」


「ひ……」


 キメ顔を見せておく。

 ただの美少女の笑顔なのだが、何故か皆が怖いというあの顔だ。


「どーしてあたしを狙ったの?」


 いかに治安の悪い村だとはいえ、ちょっと歩いてるだけで次から次へとひったくろうとするやつが現れるっておっかしいだろ。


「そ、そりゃあ娘2人で歩いてる、キョロキョロしていかにもお上りさん、隙だらけならターゲットになって当然だぜ」


「前2つはそうかもしれないけど、あたしが隙だらけってどんな節穴だ!」


 そんな役に立たない目はくり抜いてしまえ。


「のんびり大股で歩いてたじゃねえか」


「それは単なるクセで隙じゃねーよ!」


 ダメだこいつ。

 ってゆーか、今までスろうとしてきたやつら、全員そういう判断なのか?


「大体あたしよりこっちの子の方が、どう見たって隙大きいでしょ!」


 ニルエを指差す。

 あたしばっかり狙われるってどういうことだ?

 魅力的だからか?


「そっちの子は地元民なんだろ? それにどう見たっていい子だから、ちょいと気が引けるというか……」


「おおう」


 なるほど、そういうことだったか。

 あれ、ひょっとして『いい子』の固有能力って汎用性高い?

 そーいやヴィルが虐められることって、ほぼないな?


「行っていいよ」


「え?」


 信じられないようなものを見る目だ。


「あたしの気付かない視点だったよ。ありがとう」


「え? 一体何なんだ? 礼を言われるようなことじゃねえが……まあ、見逃してもらったし、これやるよ」


「何これ?」


 筒状の入れ物だ。

 中身は縮れた葉っぱ?


「本物のお茶ってもんだ。いわゆるハーブティーとか柿の葉を煎じたものじゃなくてな。湯に浸して、いい香りがしてきたら飲むといいぜ。ドーラじゃ少ないが、俺らの村では一般的な飲み物なんだ」


「あっ、ありがとう! あんたの村だとお茶が手に入るんだね。どこ?」


「おお? 食いついてくるやつは珍しいな。ここから西へ強歩3時間くらいの、ザバンっていう自由開拓民集落だ」


「覚えておくよ。お茶っていろんな種類のものがあるのかな?」


「ん? まあ発酵度合いや混ぜ物で好みはあるな。一番茶二番茶でも性質が違うぜ。ところであんた、いやに熱心じゃねえか。どういうことだい?」


 探るような目付きだね?


「知り合いのお嬢に、お茶がないと朝起きられないって子がいるんだよ。それにドーラがもっと裕福になったら、お茶も広めたいって思ってるんだ」


「お茶を広める? そりゃあありがたいが、あんた何者だ?」


「精霊使いユーラシアだよ」


「あっ、あのレイノスで魚フライのフェス仕掛けたっていう?」


「そうそう」


「ほえー、有名な冒険者じゃねえか。何で丸腰なんだ?」


「よくそう言われるけど、丸腰じゃないってば」


 パワーカードを起動して見せてやる。


「……どうやら本物だな」


「本物だってばよ」


 ちょっと腕に覚えのある人なら、あたしがどんだけのレベル持ちか、見ただけでわかるもんだぞ?

 精霊連れじゃなくてもわかれよ。


「悪かった。カトマスは騙し騙される村だからな」


「物騒だなー。そんな謳い文句が通用するってどんなだ」


「ザバンはそんなことないぜ? 純朴で静かな田舎だ。ま、カトマスと取り引きすることでやっとこさ息を吐いてる村だから、精霊使いがお茶を広めてくれると嬉しいがな」


「当分はムリだよ。ドーラにはお茶におゼゼ出せる人がほとんどいない。皆をもっとお金持ちにしないと」


「ハハッ、皆を金持ちにするって発想がすげえな。夢見させてもらったぜ。じゃああばよ」


「じゃねー」


 男が去ってゆく。


「いいんですか? 逃がしてしまって」


「え? いいんだよ。実害なかったし、面白い情報仕入れられたし」


 お茶ももらったしな。


「悪い人ですよ?」


「そうかもしれないけど、敵じゃないから」


「ユーラシアさんにとっては、自分を狙うスリも敵じゃないんですね」


「世の中いろんな事情や立場があるからねえ。この人はいつか仲間になるかも、役に立ってくれるかもって考えた方が楽しいよ?」


「そういうものですか」


 そういうものなんだよ。

 マルーさん家に戻ってきた。


「ただいまー」


「お帰り。カトマスはどうだった? 賑やかなところだろう?」


「なかなかそそられる村だね。それよりばっちゃん、大変だよ」


「何だい? 面倒ごとかい?」


「ニルエに縁談が殺到する予感がする」


「「えっ?」」


 ポカンとするマルーさんとニルエ。


「レベル99『閃き』能力持ちのカンだよ」


「……当たりそうだねえ。確かにニルエはそういう話があってもおかしかない年齢だけども、そんなの今までちーっとも、気配すらなかったよ」


「そりゃまあ、しょうがないよ。ばっちゃんの孫っていうディスアドバンテージがとんでもなく大きいから」


「ズバッとお言いでないよ! アタシだってね、たまには傷つくんだよ!」


 たまにはなのか。

 マルーさんもおもろい人だな。


「そんなことはどうでもいいけれども」


「良かあないよ!」


「思ったより『いい子』の固有能力はチートだった」


「えっ?」


 心当たりがないようだ。


「『いい子』ってあれだろ? 褒めるとパワーアップするっていう……」


「あたしもそう説明されてたんだけど、どーもそんなに単純な固有能力じゃないな。自己評価が上がることはイコール自分で自分を褒めることだから、それだけで効果があるっぽい。それも冒険者的なステータスパラメーターだけじゃなくて、魅力とかオーラとかも」


「そうなのかい?」


「そうでないと、チラチラ見てくる男の子の説明がつかないよ」


「ユーラシアさんを見てたのでは?」


「いや、視線の半分はニルエ行きだった」


 あれ、ニルエ戸惑ってるね。


「周りの害意も受けにくいみたいだよ。『いい子』には遠慮しちゃう感じだな」


「ほお? いいことだね」


「まあそれもどうでもいいけれども」


「良かあないよ!」


 ええ? だってあたし関係ないんだもん。


「どっちにしても、これからそういう話は絶対出てくる。備えておかなきゃいけないよ」


「私が結婚……」


 ニルエ嬉しそうじゃないか。

 良かったねえ。


「ばっちゃんはどんな婿がいいの?」


「そうさね、アンタが男ならいいのに」


「美少女精霊使いに何てことを言うんだ」


 いくらあたしがハンサムだからって。


「じゃ、あたし帰るね」


「あっ、ユーラシアさん、ありがとうございました!」


「大感謝だよ!」


「明日あたしん家に来てよ。午前中に迎えに来るからね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 これで宝飾品クエスト真の終了か。

 新しい石板出るかな?


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドにやって来た。


「やあユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん。あたしはもちろんチャーミングだよ!」


 いつものやり取りの後、ギルド内部へ。

 今日はレイノスの商人ヘリオスさんが宝飾品を取りに来る日だ。

 もう依頼所受付に納品は済ませているのであたしがいる必要はないんだが、人脈は大事にしておきたいからな。

 おっぱいさんに呼ばれる。


「宝飾品クエストの報酬として、15000000ゴールドをお預かりしておりますが、どういたしましょう?」


「あ、そうか。受け取っても置いておくとこないな」


 どーすべ?


「このままギルドでお預かりしておきましょうか?」


「いいの? 預かり賃要る?」


「必要ありませんよ。お預かりしたお金は、貸し付け等で運用させていただきます。長期間預けていただけますと、僅かですが利子代わりに特典もつきます」


 へー、そんなシステムがあったとは。

 ありがたいなあ。


「ギルドってそういう商売もしてたんだねえ」


「そうですね。上級冒険者の方は一般にたくさんお金をお持ちですので、そういう案内をさせていただいております」


 そーか、あたしおゼゼカツカツのこと多かったもんな。


「1つ注意点として、1000000ゴールド以上を一度にお引き出しの場合、お金を用意させていただくのに1日かかりますので御留意ください」


「うん、わかった。300000ゴールドだけ下ろしていきます」


「はい、ではギルドカードお預かりいたしますね。300000ゴールドお渡しいたしますので、御確認下さい。口座管理はギルドカードを通じて行われます。残りお預かり金額14700000ゴールドになります」


「ありがとう!」


 さて、あとは必要ないアイテムを換金してくるかな。


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 どこにいたんだ?

 おっぱいさんと話してる時、警戒して寄って来ないでやんの。

 よしよし、でもいい子。


「今日ね、ヴィルと同じ『いい子』の固有能力持った子に会ったよ」


「いい子だったかぬ?」


「そうだね。明日ヴィルにも会わせてあげようか」


「楽しみだぬ!」


 買い取り屋さんで不要なアイテムを換金していると、見覚えのある青髪の壮年男性がギルド内へ来る。


「ヘリオスさん、こんにちはー」


「やあ、精霊使い殿。3日ぶりですな」


 快活に挨拶を返してくれるヘリオスさん。

 代金と引き換えにおっぱいさんから黄金皇珠3個を受け取っている。


「やあ、見事な黄金皇珠ですな」


「また必要なら依頼出してくださいよ。いくらでも取ってくるから」


「ハハハ、いくらでもというのが恐ろしいですな」


 ヴィルがくっついて来るくらい和やかな雰囲気だ。


「今からお帰りです?」


「ええ、そうです」


「レイノスまでお供させてくださいよ」


「いや、精霊使い殿に護衛していただけるとは贅沢ですな。しかし何故です?」


「ヘリオスさんと話したいってこともあるんだけど、さっきカトマス行ったら、ほんの1時間くらいの間に3人もスリが出たんですよ。治安悪くなってるのかなーと思って」


 ヘリオスさんが首をひねる。


「……そう言われると、帝国から輸入品が入らなくなって不満を口にする者もいますな」


 あ、この反応は素だ。

 ヘリオスさんは上級市民相手にも商売してるのかな?

 そして戦争のことは聞いていないようだ。


「行こうか。サクラさんさよなら」


「バイバイぬ!」


「さようなら」


 ギルドを後にしレイノスへ。


          ◇


「……でね、ジンも『アトラスの冒険者』のことはもちろん知ってたんだけど、こっちは即戦力を求めてるようだ、ってことで西へ」


「ははあ、そういう経緯でしたか」


 ヘリオスさんと秘書さんを、ヴィルを含めたうちの子達とレイノスまで送る。

 まあクララの『フライ』なら数秒なんだけど、話したいこともあるから。


「それで途中の自由開拓民集落でハオランっていう拳士の子と知り合って、塔の村まで行ったんだって」


「そのハオランというのは?」


「クリティカル頻発の固有能力持ちで、ジンとは同い年くらいですかねえ? 出身はカラーズ黄の民で、親御さんとともに西域の開拓民になったみたい」


 おそらくはアトムと同じ固有能力『獣性』持ちなんだろう。


「で、塔の村で、既に冒険者として実績のあった、火魔法使いのレイカのパーティーで活躍してます。レイカはあたしの友達で赤の民出身、アルハーン平原掃討戦にソロで参加してたくらいの実力者です」


「ははあ、よく理解できました」


 ヘリオスさんが頷く。


「塔の村のダンジョンはちょっと変わってて、魔物倒したり素材採取しても比較的短時間で復活するんですよ。だからあそこの冒険者は、塔内で得た素材や魔物肉を売ってお金を得ている」


「ある程度の強さがあれば、生計を立てやすいわけですな?」


「そういうことです。経験も積みやすいし」


 言いようによっては恵まれた冒険者に聞こえるよなー。

 実際には魔物の出る環境で働く歩合制鉱山労働者だけれども。


「だから塔の村は順調に冒険者増えてるの。冒険者同士のちっちゃな諍いはあるかもしれないけど、まあどうってことない」


「ふむ。そういう場所が増えれば、冒険者という職業も安定しそうですが」


「うーん、塔のダンジョンみたいなの『永久鉱山』って言うんだけど、あそこにしかないんですよねえ」


 『永久鉱山』みたいなエーテル条件特殊な場所があちこちにあったら、それはそれで問題ありそうな気がする。

 それに他の仕事をやってくれる冒険者がいなくなるのも困る。

 やはり依頼やクエストを取りまとめて冒険者に振り分ける、ドリフターズギルドみたいな組織が各地にあることが望ましい。

 でも加盟者を希望するしないに拘わらず勝手に選抜し、その庭に転送魔法陣を設置しまくる『アトラスの冒険者』だって、大概頭おかしいしな?


「ヘリオスさんのことも教えてくださいよ。紙と印刷物を専門としてるって話は聞いたんだけど」


「ハハハ、私のやってることなど大したことではないのですが。ドーラ日報とレイノスタイムズ両新聞社に紙を卸していますな」


「ふーん。どこで生産してる紙なの?」


「西の自由開拓民集落ですよ」


 これ以上話す気はないようだ。

 ははあ、商売上の秘密か。

 読み捨ての新聞の紙なんて、かなり安く仕入れてるはずだしな。


「本当は書物をもっと流通させたいのですよ」


「本を?」


「そう、しかし書物には質の良い紙が必要ですし、そうした紙は実に高価だ。また本を著すだけの力量のある人も不足している」


「本高いですよねえ。カラーズ~レイノス間の交易が動き始めたんで、その輸送隊の子に本買ってきてって頼んだけど。5000ゴールド渡して6、7冊でしたよ」


 ヘリオスが意外そうだ。


「ほう、精霊使い殿は読書家で?」


「いや、あたしは積ん読専門で枕にしか使ってないんですけど、うちのこの子クララが本好きなんですよ」


「なるほど」


 精霊も本を読むのかって顔だね?


「精霊に販路を広げる方向もアリですかな?」


 あ、そういう興味でしたか。

 商人だなあ。


「いやー、人とともに暮らす精霊しか読み書きできないから」


「となるとやはり問題は……」


「識字率ですねえ」


 ドーラの識字率はそんなに高くないはず。

 どのくらいなんだろ?


「レイノスは均すと比較的高いですね。中町の住人は皆読み書きできますから。西域の自由開拓民集落は、村長クラスの有力者じゃないとムリじゃないでしょうか。カラーズはどうなんです?」


「灰の民は全員読み書きできますけど、他はどうだか?」


 黒の民とかは大丈夫そうだけど。


「では、ドーラ全体だと2、3割になりますか」


 2、3割か、そんなもんかもしれないな。


「……識字率上げよう。そうでないと話にならない」


「えっ? ど、どうやって」


「灰の民の族長が学校やりたいって言ってたんですよ。多分何か考え持ってます。それより質が高くて安い紙を……」


 緑の民が紙作ってるって話だけど、質がわからんな?

 緑もいずれ交易に加わるだろうし、調べとかないと。

 でも学校をもし作れたとしても、働かずに学校来るなんてムリか。

 じゃあ働いてない子供から……いや雨の日ならば……。


「うーん、ちょっと考えがまとまらない」


 教育機関で読み書き教えるって考えが馴染まない気がする。

 灰の民みたいに、食うに困らなくて勉強熱心な村ばかりじゃないしな。

 そもそも帝国との戦争があるから、あたしも当面関われない。


「……精霊使い殿は何故、本や識字率に熱心なのです?」


「そりゃあ『精霊使いユーラシアのサーガ』が出版された時、売れ行き良くないと面白くないから」


 ヘリオスさんも秘書さんも笑い過ぎだろ。

 レイノス西門に無事到着。


「いやいや、ありがとうございました」


「いいんですよ」


「お礼に当店出版の本を進呈したいのですが」


「えっ、いいの?」


 クララの顔がパアっと明るくなる。


「当店までお越しいただけますかな?」


「えーと、お店はどの辺です?」


 レイノスの地図を取り出す。

 セレシアさんの服屋の近くじゃないか。

 ここ西門からは遠い。


「おいおい、また騒ぎ起こすのはやめてくれよ」


「またってゆーな」


 西門の警備兵さんに釘刺されてしまった。


「以前に何かあったのですかな?」


「精霊様騒動っていう……」


「あっ、あれはユーラシア殿でしたか」


「確信犯ですよ」


「確信犯ゆーな」


 警備兵さん達が笑う。

 もー内幕知ってる人がいるとやりにくいな。


「ちょっと精霊連れじゃ入りにくいな」


 どーすべ?


「……イシュトバーンさんの家知ってますよね?」


「そりゃあもちろん」


「ヴィル、イシュトバーンさんに連絡取ってくれる?」


「わかったぬ!」


 ヴィルがワープする。

 警備員さん達が興奮したように言う。


「あっ、あれが精霊使いの悪魔だったのか!」


「話には聞いていたが、あんなに小さい子だったとはなあ」


「ここに用がある時、あの子寄越すことがあるかも知れないからよろしくね」


「おお、楽しみだ」


 そんな機会があるかはわからんけど。

 ヴィルから連絡が入る。


『御主人、聞こえるかぬ?』


「うん、バッチリだよ」


『代わるぬ』


 イシュトバーンさんが話しかけてくる。


『おう、精霊使い。どうした?』


「ヘリオス・トニックっていう商人さん知ってる? その人が本くれるって言うんだけど、精霊連れでレイノス歩くと警備兵さんに迷惑かけちゃうからさ、イシュトバーンさんとこで待ち合わせしていい?」


『おう、ヘリオスか。代わってくれ』


 ヘリオスさんに赤プレートを渡す。


「ヘリオスです」


『おう、元気か? 最近来ねえじゃねえか』


「御無沙汰して申し訳ありません。翁はこの前のフェスで存在感を見せ付けたようで」


『ハハッ、オレは名前貸しただけだぜ。お前も精霊使いに捕まったか。お互い難儀なことだな』


 何てことゆーんだ。


「で、お邪魔してよろしかったですか?」


『おう、じゃあ今日の夕飯時に来い』


「あっ、じゃあコブタ肉持ってくよ」


『待ってるぜ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻っててね」


『はいだぬ!』


 警備員さん達が感心して言う。


「ほー。遠くにいる人と通話ができるのか」


「メチャクチャ利用価値が高いんじゃないのか?」


「うん。ヴィルがいてとっても助かってる」


「すげえなあ」


「まったくだ」


 ヴィルはいい子だ。

 ヘリオスさんが言う。


「では、私はこれにて失礼します。また後ほど」


「じゃあまた」


 ヘリオスさん秘書さんと別れ、転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 イシュトバーンさん家に到着。

 

「こんにちはー」 


「精霊使い殿、お待ちしておりました」


「おう、待ってたぜ」


 警備員さんだけじゃなくてイシュトバーンさんも待ち構えてる。

 何でだ?

 結構寒くなってきたんだから、暖かいところにいなよ。 


「あれ、ふらつかなくなってるね?」


「ちょっと慣れてきたな。まだ肉がつくところまではいかねえんだろうが」


「コブタ肉たくさん持ってきたから食べよう」


 お付きの女性達に肉を渡す。


「あんたも胸に肉がつくといいのにな」


「悲しいことにダメみたい。今日マルーさんに会ってさ、固有能力要らないかって言われたから、『巨乳』か『ギャグセンス』はあるか? って聞いたらないって」


 警備員さん笑うなら笑っておくれよ。


「やはり宝飾品クエストの依頼主、マルーだったか。払えねえだろ?」


「そりゃまあ全額はムリだけど。15000000ゴールドもらったからいいんだ。あと、大地からエーテル集める技術教えてもらうの」


「エーテルを集める?」


 イシュトバーンさんが首をかしげる。


「魔道の装置か? 何するんだ、そんなの?」


「いろいろ利用できるんだけど、一番影響が大きくなりそうなのは塩かな」


「塩?」


「じっちゃんの転移術と組み合わせて、海水を濃縮させる装置まで持って来るでしょ? 火の魔法も使えれば、煮詰めて塩にするところまで自動でできるかなって」


「ははあ、えらいこと考えたな」


「考えるのはタダだよ。でもここから試行錯誤が大変なんだよなー」


 イシュトバーンさんは感心するけど、難しいのはこの後だよ。


「掃討戦後に使えるようになった土地あるじゃん? あそこで黄の民に塩作ってもらおうと思ってたの。身体デカくてパワーあるから。でも自動でできるところは自動でやった方が、楽で儲かるなーと思ってさ」


 屋敷に上げてもらう。


「あんた、そういうのは本読んで思い付くのか?」


「本読むのはあたしの領分じゃないな。ここにいるクララと、弟分アレクの仕事」


「そうだよなあ。あんたが読んでたらすぐ寝ちゃいそうだ」


「1分半くらいは頑張れると思うけど」


「1分半かよ」


 笑い合う。


「クララやアレクが重要なことは教えてくれるから、そういうのの内、面白いのが頭に残ってる感じ?」


「おい、『重要』が『面白い』に変換されてんぞ?」


「世の中の全てが『面白い』に変換されないかなあ」


 ふとイシュトバーンさんが真面目な顔になり、声を落として言う。


「……ヘリオスは知ってるのか?」


 間近に迫っている帝国との戦争のことだろう。


「話した限りでは知らないっぽい」


「そうか、わかった」


 門の方へ警備員さん達が駆けていく。

 ヘリオスさん来たかな。


          ◇


「これは大変美味いですな!」


「そうだろう? 精霊使いに教わったんだぜ」


 コブタ肉の炙り焼きにフルコンブ塩をかけた例のやつだ。

 ヘリオスさんとその随員2人が夢中で食べている。


「違う食べ方でも美味しくなるはずなんだけど、そっちまだ研究中なんだ」


「違う食べ方?」


「うん、鉄板で焼いて醤油ベースのタレで食べるってやつ。今日ようやくそのタレの材料揃ったとこなの」


「醤油ってあれか、風味のある黒い塩水だよな。脂落とさねえのか?」


「脂のパンチのあるとこ、タレで受け止める感じ? どっちかというと若者向きの食べ方かもしれないな」


 ヘリオスさんが感心したように言う。


「この前の魚フライフェスもそうでしたが、精霊使い殿は食に強いので?」


「美味しいものが好きなだけだよ。どこ行っても食いしん坊扱いされちゃうけど」


 アハハと笑い合い、イシュトバーンさんが聞いてくる。


「あんたらはどこで知り合ったんだ?」


「冒険者になると言って家を飛び出した息子を、私が探していてですね。『アトラスの冒険者』のギルドを訪れたんです」


「たまたまあたしが、その子が西の塔の村に行ったこと知ってたの。ジンって言うんだけど、ジンと知り合った時まだ誰もレイノスの商人さんを知らなかったから、この縁を大事にしとこうと思ったんだ」


 イシュトバーンさんが呆れたような顔をする。


「あんた、レイノスの商人1人も知らない内から、何か仕掛けようとしてたのかよ?」


「いや、その頃はどうにかしてカラーズの品をレイノスに売り込みたかったから、間に入ってくれる商人さんが欲しかったんだよ」


「今は?」


「緑の民が紙作ってるから、その辺とっかかりにして交易に引き込みたいし、ドーラの識字率上げるのに何かやりたい」


「識字率?」


 首をかしげるイシュトバーンさん。


「『精霊使いユーラシアのサーガ』が出版された時、売れ行き良くないと面白くないらしいですよ?」


「ハハハ、で、本当のところは?」


「読み書き計算ができないとお金持ちになれないと思う。貧乏人相手に商売しても、儲かんないからつまんないんだよねえ」


 イシュトバーンさんが頷く。


「まあ、そっちの方が本音に近そうだな。ヘリオスよ、この自分が儲けるために全体を底上げするって考え方が精霊使いユーラシアだぜ」


「はい」


「で、マルーの方はどうなんだ?」


 あれ、マルーさんの名前が出た途端、ヘリオスさんとお供の人達、動揺してるね?

 どんだけ恐れられてるんだろ?


「どうもこうも。今日カトマスを案内してもらったよ。精霊連れでも大丈夫そうな村だったから、明日はうちの子達も連れて行こうかと思って」


「ああ、カトマスは普通に亜人も出入りしてるよな。ヘリオスよ、精霊使いは高級宝飾品持ってこいってクエストにバカ正直に仕事して、マルーを破産させたんだぜ」


 破産はしてないってばよ。


「あっ、あの黄金皇珠200個というのは?」


「それだけじゃねえんだ。鳳凰双眸珠だの邪鬼王斑珠だの一粒万倍珠だの、大秘宝をこれでもかって届けたんだ」


「だって個数無制限だったんだもん」


「鳳凰双眸珠って、帝国の宝物庫に1つだけ保管されているという噂の?」


 唖然とするヘリオスさん。


「鳳凰双眸珠持ってこいって依頼出してくれたら、あたしが請けるよ。あれちょっと難しくて、今のところうちのパーティーでしか取って来られないから」


「いやいやいやいや!」


 ヘリオスさんが首と手を同時に振る。

 案外器用だな。


「で、マルーさん大喜びでいろいろ協力してくれることになったから、あたしも楽しみなんだ」


「……妙だな? たとえ払えきれねえ借金押し付けたって、ふて腐れるか開き直るかが関の山だろう。あのマルーが大喜びで協力するなんてあり得ねえんだが」


 ヘリオスさんが何度も大きく頷き、イシュトバーンさんがニヤッと笑う。


「あんた他にも何かやってるだろ?」


「大したことじゃないんだけど、マルーさんの孫娘が固有能力の素因を何も持たない人だったんだよ。その子のお父さん、マルーさんの息子さんもそうだったらしくて、血で受け継がれる呪いだって言ってた」


「ほう?」


「呪いどうこうという話は聞いたことありますね」


 話に引き込まれる2人。


「『あんたみたいな恵まれた子にはわからない』って言ってたんだけど、その子どう見ても身体のエーテルの流れが悪いんだよ。ぎゅっとしたら治った」


「待て待て待て、サッパリわからねえ。端折ったとこ丁寧に話せよ」


 え、面倒くさいな。


「その子ニルエっていうんだ。一目見ておかしいって思えるほどエーテルの流れが滞ってたんだよ。ケガでも病気でもないのに」


「つまり、外見上何でもないのに調子が悪い状態だった、と?」


「そう。だからぎゅっとハグしたら調子良くなるかなーと思ってそうしたの」


「何故?」


「その辺は説明しづらいな。カン?」


 何となくとしか言いようがないのだ。


「まああんたはパワフルだから、ぎゅっとされたら調子良くなるってのは、わからんでもないけどな」


「治ったというのは、そういうことですか?」


「それ以外に固有能力も発現したの。ヴィルと同じ『いい子』ってやつ」


「「えっ?」」


 驚く2人。


「ちょっと待て、素因もないって話じゃなかったか?」


「うん、だからマルーさんもビックリしてた」


「あんた、そこまで計算してハグしたのか?」


「いや、プロが知らないことあたしがわかるわけないじゃん。元気のいい人はエーテルの流れも活発だからさ、元気が出れば固有能力なんかなくたっていいと思ったんだけど、結果が思わぬ方向に行った」


 マルーさんでも見えない、固有能力の素因のそのまた種みたいなものがあるんじゃないだろうか?

 で、それはエーテルに関連するのかも。


「呪いが解けた……」


「そりゃあ感謝されるわ。マルーが協力的になる理由もわかる」


 納得する2人。


「そういやあ、あんたの固有能力はどうなってんだ? いくつか持ってるって噂は聞いたことあるが」


「あたしが持ってるのは『精霊使い』の他に、沈黙・麻痺・睡眠に耐性がある『自然抵抗』でしょ。気合いでドンみたいなスキル覚える『発気術』、運がいいっていう『ゴールデンラッキー』、カンがいい『閃き』の5つ」


「固有能力5つ所持とは……聞いたことがないですね」


「意外だな。直接戦闘に役立ちそうなのは『発気術』だけじゃねえか」


 確かに。

 あたしの持つパッシブな能力は、戦闘に関して言えば気持ち有利なのかなあ、くらいだ。

 『精霊使い』はレアかもしれないけど、だから強いってもんではない。

 強い精霊と出会える運があって、初めて真価を発揮する。


「運のパラメーターが高いと、変わったスキル覚えやすいみたいだよ」


「ほお? 例えば」


「『雑魚は往ね』っていうのがあるんだけど……」


「あっ、聞いたことがある。自分よりレベルの低い魔物を一撃で全部倒せる、デタラメなバトルスキルだろ? あんたあれの使い手なのかよ?」


「そうそう。ドラゴンくらいまでは効くから便利だよ」


 イシュトバーンさんよく知ってるな。


「他には?」


「これ最近運関係ないっぽいって考えてるんだけど、『リフレッシュ』っていう低コストの全体回復魔法を覚えてる」


「冒険者垂涎のレアスキルだな。『リフレッシュ』の習得条件も運じゃないかって聞いたことあるが、関係ないってのは根拠あるのか?」


「あたしの知り合いにもこれ覚えた子いるんだ。でもその子特別運のパラメーター高いってわけじゃないんだよね」


「ほー、面白えな」


 イシュトバーンさんはいろんなことを面白がる人だ。


「さて、ごちそうさまでした。すっかり遅くまでお邪魔してしまいました。私どもはこれで失礼させていただきます」


「あたし達も帰るよ」


「そうか、また来いよ」


「ユーラシアさん、約束の本ですが」


 そうだった。

 ヘリオスさんが本を取り出す。


「どうぞ」


「ありがとう。3冊も?」


 クララが大喜びだよ。

 『詳細図説・薬草食草』、『土と岩の民の生活』、『世界樹とともに』か。

 ……最後のペペさんが書いた本じゃん。


「何か却って悪いから、これお土産にしてよ」


「ハハハ、透輝珠か。もらっとけもらっとけ」


「や、これはすみませんな」


 恐縮するヘリオスさん。


「本書く人って少ないみたいだよ。イシュトバーンさんも書けば?」


「翁に書いていただけるなら望外の喜びですが」


「オレが書くのなら商売の手引書だろうが、説教臭くて面白くねえんじゃねえか?」


 でも満更でもなさそうだね。


「精霊使いは書く気ねえのか」


「あたしはムリだなー。書く側より書かれる側がいいよ」


「普通は書く側と読む側に分類するもんだけどな」


「それはどっちもダメだあ!」


 笑いの中解散となり、転移の珠を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんはー」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「今日、輸送隊出る日だっけ?」


『そう、ズシェン隊長以下5人で』


「5人か。そうだね、今んとこ必要な人数はそんなもんだよねえ」


 いずれもうちょっと交易規模を大きくしたいものだが、最初の内はしょうがない。


『セレシア族長の店で売る呪術グッズ、今日持って行ったぞ』


「あっ、精霊様ペンダント? 間に合ったんだ」


 やるな呪術グッズ工房。

 仕事が早い。


『何だ、精霊様ペンダントって?』


 あ、サイナスさん内容は知らなかったか。


「クララをモチーフにした可愛いデザインのアクセサリーだよ。マジで運が上がるやつ」


『ほう。いくらで売るつもりなんだ?』


「500ゴールドくらいかな。儲けの1割はモデル料としてもらえるんだ」


『しっかりしてるな』


 1個売れて10ゴールド以下だから大したことはないけど。


『君、今日カトマス行ってきたんだろう?』


「うん、すごく活気のある村だった」


『魔女は?』


「協力取り付けたから、エーテル吸う技術教えてもらう。時間わかんないけど、明日そっちにアレク取りに行くよ」


『取りに行くって』


 サイナスさん苦笑してるんだろうな。


『よく『強欲魔女』に了承させたね?』


「美少女が誠心誠意話せば大体わかってもらえるの」


『……君がそういう言い方するのは、何かやらかした時だけど?』


「信用ないなー」


 やらかしてはいないってばよ。


「明日はカトマスにうちの子達も連れて行くんだ」


『大丈夫なのかい?』


「普通に獣人とか歩いてるし、全然問題ないと思う」


『そうか、カトマスは大らかなところだな』


「でも治安は良くないよ。3回もスリが出た」


『スリくらいどうってことないだろう?』


「まあそうだけど。そのスリから、お茶作ってる自由開拓民集落教えてもらったんだ」


『情報源が限りなくグレーだな』 


 いや、ウソ言ってる顔じゃなかったよ?

 明日も楽しみだ。


『そんなところか?』


「うん、サイナスさん。おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 さて、クララが『詳細図説・薬草食草』を見てるから、あたしは『世界樹とともに』を読みながら寝るか、ぐー。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「こんにちはー。まだおはようの時間だったかな?」


「あっ、精霊使いさん!」


 村人がワラワラと集まってくる。


「どうしたの? ここ、あたしの名前になってるじゃん」


 そう、今日は朝から、西域の自由開拓民集落ユーラシアにやって来た。

 昔はバボという名前だったのだけれど、随分麗しくネームチェンジしたもんだ。


「精霊使い殿のアドバイスをいただきましたのでな。まあその名を拝借してもよろしいだろうと。満場一致でしたぞ」


「くすぐったいんだけど」


 皆が笑う。

 頼むからあたしの名前で悪いことしないでくれよ。

 ただでさえ胡散臭いと思われてるんだから。


「お金できたから、残りの黒妖石5つ買いに来たよ。はい250000ゴールド」


 村人達の目が丸くなる。


「村はうまくやれてる?」


「旅人が寄ってくれるようになったんだ」


「よーしチャンスだよ。評判良くなれば、客も増えるからね」


 沸く村人達。

 村長が聞いてくる。


「この250000ゴールドはどう使うべきですかの?」


「もう今年の冬越すのが大変ってことはないと思うんだ。だから目先に拘るより、できれば将来豊かになるように使って欲しいね」


「将来ですか。例えば?」


「うーん、地下のダンジョンで取れた薬草売ってると思うけど、売れ行きどう?」


「チドメグサは売れますが、魔法の葉はほとんど売れませんな」


「これを売れるようにする方法がある」


「「「!」」」


 簡単なことなんだが。


「マジックポイント回復アイテムは魔法やバトルスキルを使う人にとって重要で、ほぼ必携のアイテムではあるんだよ。でも魔法の葉ってすごく不味いの。味知ってる人は買わないんだよね」


「な、なるほど」


「だからこれをマジックウォーターに作り変えるんだよ。マジックウォーターなら保存も利くしね。そういう技術は重要だから、おゼゼ払ってでも教えてもらうべき。ついでにチドメグサをポーションにする技術もね」


 頷く村長以下の村人達。


「西の塔の村にそういうことできる人がいるから、あたしの名前出して教えてもらってくるといいよ。春になると農作業忙しくなっちゃうでしょ? 今の内がいい」


「早速、手配しますぞ!」


 やること決まると勢いづくね。


「それから、他の自由開拓民集落とは仲良くしといた方がいいかな。あんまり交流ないんでしょ?」


「そうですな。まだほとんど」


「近くの集落でよくできる作物があったら、ここでもうまく育つ可能性は高いよ。苗なり種なり買ってくるといい。交流が進めば、以前の盗賊村とは違うぞアピールにもなるよ。ポーションやマジックウォーターを作れるようになったら売ってもいいし」


「おお!」「そうか!」


 盛り上がるねえ。


「簡単なところから家畜を飼ってみたいねえ。ニワトリ、ウズラ、ヤギくらい? それから商売になる作物だね。服になる繊維とか、染料とか蝋とか油とか。食物も大事だけどおゼゼも大事だよ。特に他所と取り引きするようになってくるとね。極端な話、食用作物よりも効率よく儲けられる換金作物を作れるなら、食物は全部他所から買ってもいいんだから」


「そ、そういうのもアリか」


「難しいな?」


「アプローチの仕方がたくさんあるよってことで、全部やろうとしなくたっていいんだって。自分らでできそうなところから少しずつで十分。旅人来たら、いろんな話聞いとこうね。あたしも使えそうな植物とかあったら持って来るよ」


「よろしくお願いしますぞ!」


 そんなとこか。


「いいかっ! 今のところ順調だから、油断せず前を見据えて進もうぜ!」


「「「「「「「「おう!」」」」」」」」


「じゃ、あたし達石持って帰るね。重いからここ寄らずに、直接転移で飛ぶよ」


「わかりました。お気をつけて」


 クララの『フライ』で遺跡の中へ。


          ◇


「この村の南、地下遺跡の温室から排出される温かい水は利用できますね。クレソンはきっとよく育ちますよ」


「そうか、そうだねえ」


 あたしの名前がついた集落ともなると見捨てるわけにいかない。

 なるたけ協力しようじゃないか。

 春になったらクレソン持って来よう。


「結局、食いもんが十分あるところが裕福だぜ」


「その通りだねえ」


「土地のサイズがインポータントね」


 うむ、狭いと何もできないもんな。

 ここ山がちだけど暖かいから、柑橘類なんかとは相性が良さそうではある。

 魔物の問題がなければ村域を広げたいもんだ。


 大体他所と交流がないってのがよろしくない。

 交流できれば知恵も湧くだろ。


「さて、着いたぞ」


 以前トロルメイジのいた六芒星の広間に来た。

 黒妖石の台を台座から外す。


「これ前はすげー重いと思ったけど、今はそれほどでもないねえ」


「レベルアップの恩恵ね」


 ステータスアップ薬草のおかげもあるだろうな。

 自分の確実な成長が感じられると嬉しい。

 でも一昨日のファントマイトはメチャメチャ重かったぞ?


 よし、これで黒妖石の台を5つとも外してまとめた。


「よし、帰ろうか」


 転移の珠を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「お、昨日の可愛い娘ちゃんじゃないか。今日は連れが多いね」


「そうなんだよ、イケてるおっちゃん!」


 カトマスに飛んできた。

 このおっちゃん、どうやら転送先の番人みたいだな。


「ん? 随分変わった連れだな。亜人かい?」


「うちの子達は精霊だよ。1人は悪魔」


「精霊に悪魔? あ、あんた精霊使いユーラシアだったのか」


「美少女精霊使いユーラシアだよ。よろしくね」


「ハハッ、こりゃすまないね。一本取られたよ」


 マルーさん家へ。


「こんにちはー」


「待ってたよ」


「ユーラシアさん!」


「これお土産」


 冷凍コブタ肉をニルエに渡す。


「まあ、ありがとうございます」


「昨日の今日なのに、すっかりニルエ明るくなったねえ」


「アンタのおかげだよ」


 マルーさんも機嫌がいい。


「ヴィル、あの子が『いい子』だよ」


「わかったぬ!」


 ヴィルがふよふよ飛んでニルエに近づく。


「こんにちはぬ!」


「あなたは?」


「悪魔のヴィルだぬ」


 ニルエに説明する。


「ヴィルは幸せの感情が好きな悪魔なんだよ。やっぱり『いい子』の固有能力持ちで、ニルエも同じだよって教えたら会いたいって」


「そうなの。よろしくね、ヴィルちゃん」


「よろしくお願いしますぬ!」


 よしよし。

 『いい子』2人は見ててホンワカするわ。

 マルーさんが言う。


「で、アンタん家行けばいいのかい?」


「そうだね、よろしく。ニルエも来る?」


「よろしいんですか?」


「もちろん」


 マルーさんとフレンド登録し、転移の玉でホームへ。


          ◇


 家で凄草の栽培について説明する。


「呆れたもんだね。アンタ、凄草栽培してるのかい?」


「うん、ここにいる精霊カカシのおかげ」


「ユーちゃんが凄草を見つけ、エーテル環境を整えてくれたからだぜ」


 案山子が喋ったことにマルーさんとニルエが驚いている。

 カカシはあたしがいれば、『精霊の友』じゃない人がいても割と喋るんだよな。

 この辺、同じ精霊でも性格の差があって面白い。


「寄り代タイプの精霊だったのかい」


 頷くマルーさん。


「凄草はエーテル濃度が高いところじゃないと育たないんだって。今はここの黒妖石にあたし達が直接魔力を送り込んで、それをカカシが分配してくれてるんだけど」


「なるほど、それを自動化したいということだねい?」


「うん。今のままじゃ、しばらく家に帰れないクエストに当たったりすると、凄草枯れちゃうんだよね」


 マルーさんが考え込む。


「ははあ、じゃあ近場から取ったんじゃ、畑のエーテルが薄くなっちまうね。離れたところからエーテルを吸って、この畑に送らないといけない」


「そういうことなんだ。南が割とエーテル豊富だから、そっちでエーテル吸って『スライムスキン』張ってこっちの黒妖石と繋げばいいと思ってたんだけど。


「ほう、それは誰かに教えてもらったのかい?」


「え?」


「大地からエーテルを吸うのも『スライムスキン』を使うんだよ」


「そーなの?」


 すごいな『スライムスキン』。


「折り畳み方にエーテルの流れを一方通行にするコツがあるんだ」


「あっ、ちょっと待って! あたしの弟分連れてくる」


 クララの『フライ』で灰の民の村へ、アレクを連れて即行で戻る。


「お待たせ!」


「……とんでもないスピードの飛行魔法だね」


 飛行魔法はレベル依存だからね。


「デス爺の孫のアレクだよ。賢いの」


「こんにちは」


「ハゲ爺の? ふん」


 アレクをジロジロ見るマルーさん。


「ドーラに悪名高き『強欲魔女』のマルーさんと、その孫娘のニルエ」


「本人の前で『悪名高き』とか『強欲魔女』とかお言いでないよ!」


 アレクが聞いてくる。


「あれ? ひょっとしてマルーさんって愉快な人?」


「かなり」


「あつかましいところはハゲ爺によく似てるよ!」


 アレクはデス爺に似てるって言われたら喜ぶだけなのになあ。

 あ、ヴィルはニルエに遊んでもらってるのか。


「ニルエ、退屈だったかな? 南へ行くと海があるんだよ。うちの子達と魚取ってきてくれる?」


「魚ですか?」


「カトマスにはまだ入ってないけど、レイノスと塔の村では魚フライが食のトレンドなんだ。美味しいよ」


「わかりました。行ってきます!」


 精霊は喋んないけど、ヴィルがいるから平気だろ。


「魚なんてどうやって取るんだい?」


「雷魔法を海面に落とすと感電して浮いてくるんだよ。それを飛行魔法で回収するの。お昼は魚フライ食べよ?」


「ハハッ、楽しみだね」


 さて、『スライムスキン』の畳み方を教わるか。


 ――――――――――30分後。


「む、難しいんだけど?」


「魔術・魔法の基礎理論が必要なんだ。アンタには難しいのかもしれんねえ」


 マルーさんがニヤニヤしてやがる。


「こっちのボウズは筋がいいね」


「要するにエーテルが波打つように流れてくるから、それを逆流しないように押し止めるイメージだよ」


「そうだねい」


 人間の身体の中でエーテルは脈打つように流れるから、波打つって感じもわからなくはない。

 でもそれを『スライムスキン』折るだけで押し止めるってどーゆーこと?


「ダメだ。あたしにはムリとわかった」


「おや、早々と諦めたねい?」


「アレクを連れて来たあたしの判断は極めて正しかった」


 苦笑するマルーさんとアレク。

 何かこの2人性格似てる気がする。


「で、これにこれ塗って防腐加工するだろ……」


「……供給量に合わせて……」


「……なるほど、表面を熱で溶かすと粘着力が増すから……」


 2人でどんどん話を進めている。

 もーあたしには完全にわからん。

 あ、黒妖石に『スライムスキン』の足くっつけてる。


「さあ、出来上がりだよ。どこに設置するんだい?」


「あたしが持ってくよ」


「おお、力持ちだね」


 南の敷地外へ。


「これ埋めればいいの?」


「そうだね。足が大きく広がるように」


 穴を大きく掘って黒妖石を半分くらい埋め、『スライムスキン』の足を広げて土を被せて戻す。


「これで畑側の黒妖石と『スライムスキン』で結べば完成だよ」


「おお、ばっちゃんありがとう! じゃ、早速……」


「ユー姉ちょっと待った。今繋げると畑側の黒妖石からエーテルが逆流するよ。吸い取り側の黒妖石にエーテル溜まってからの方がいい」


「ボウズはよく理解してるじゃないか」


「アレク、後でクララに説明しといてよ」


 あ、海行ってた連中が帰ってきた。


「楽しかった?」


「楽しかったです!」


「楽しいぬ!」


「よーし、御飯にしよ!」


          ◇


「この調味料は何だい?」


「これは醤油。黒の民が作ってるんだ。いずれドーラ全土に広める予定だよ」


「いい風味だね」


「ユー姉、魚フライはこれでも美味しい」


「そうでしょ?」


 クララが魚フライを揚げてる間にあたしが野菜スープを作り、皆でそれを食している。

 塔の村は魚フライを塩コショウだけで食べているし、レイノスはまよねえずが主流だ。

 こういう食べ方も広まるといいな。


「魚フライ、とても美味しいです!」


 ニルエが感激している。

 まだカトマスには魚が入らないからな。


「カトマスは魚の水揚げ場所からちょっと距離あるんだよね。でもその内魚も流通するようになると思うよ」


 転移の技術が一般的になればいいんだが、それはそれで事故も多くなりそうだしな。

 氷魔法で凍らせて運ぶことになるか。


「ヴィルちゃんは何も食べないんですか?」


「わっちはお腹一杯だぬ!」


「皆が満足してるといい感情をたくさん得られて、ヴィルも満腹なんだよ」


「そうなんですか」


 よしよし、ヴィルの頭を撫でてやる。


「このスープも味が濃厚だね」


「これはコブタマンの骨でダシ取ってるんだ。時々作ってストックしてあるの」


「ああ、氷晶石の冷蔵庫ってやつにかい?」


「そうそう。まあそっちの自動化の重要性は今は低いんだけど、将来どこかで食堂をオープンするなら考えないとな、っていう」


「手広げすぎじゃないかい?」


 考えてるだけだよ。

 まだ広げてないってば。


「ばっちゃん、こういうものもあるんだけど」


「ほう、『精霊石』かい?」


 ぎゃー重い! マジ重い!

 この前手に入れた『精霊石』こと『ファントマイト』。

 周辺からエーテルを集める特性があるというレア素材だ。


「『精霊石』があるなら、わざわざ地中からエーテル集めなくても良かったじゃないか」


「うーん、これが簡単に手に入るならその通りなんだけど」


 メチャメチャレアみたいだしな。

 あっちこっちでエーテル集めて、いろんなことに使おうという意図には向いてない。

 素材としての需要も大きいし。


「エーテル集めに関しては黒妖石と『スライムスキン』で完全に互換が利くから、『精霊石』の出番はないさね」


「そーかー」


 じゃあアルアさんとこ持ってこ。


「えっ、何これ重っ? 見かけよりずっと重っ!」


「腰いわせたるぞ、的な重さが凶悪だよねえ」


 ビックリしたろ?

 『ファントマイト』は想像以上に重いんだってば。

 アレクじゃちょっと揺らすのが精一杯だ。


「それから魔力を蓄える用途に用いる黒妖石は、純粋なものでなくてもいいんだ。例えば砂でも小石でも、粘土で固めて焼いて一塊にすれば使えるはずだよ。もちろん純粋なものに比べて容量は落ちるが」


「「へー」」


 ためになるなあ。

 小石でもいいから黒妖石は集めとくべきだな。

 アトム聞いてる?


「ごちそうさまでした」


「じゃあ帰るとするかねい」


「ばっちゃんありがとう。これ手間賃だよ。もらって」


 透輝珠を渡す。


「アンタには借りがあるからいいのに」


「ばっちゃんにタダ働きさせる気はないんだよ。そんなのはあたしの敬老精神に反する」


「アンタのやってることには、最初から敬老精神なんて感じられないんだよ!」


「それはそれとして」


「その辺が不敬なんだよ!」


 ばっちゃんのツッコミはなかなか心地良い。


「まあもらっといてよ。そうでないと今後何かあったとき頼みづらいし」


「そうかい?」


 ニルエが珠を受け取るが、マルーさんがため息を吐く。


「しかし……」


 え、何かある?


「宝飾品は少々トラウマなんだがね」


「知らんがな」


 これは比較的普及品だから、普通に売っておゼゼにできるってばよ。

 笑いの中で解散。

 またカトマス遊びに行くからね。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちはー」


「おや、いらっしゃい。アンタはいつも元気だね」


 クララがアレクを送っていく間に、アトムとダンテを連れてアルアさん家に来た。


「素材換金に来ましたよ。それからこれ『ファントマイト』。すっごい重いの。どこ置いとけばいいです?」


「結構な大きさの『ファントマイト』だね。アタシらじゃ運べないから、作業場の台の下がいいよ。こっちへ持ってきてくれるかい?」


 お、ゼンさんとエルマがせっせと働いてるね。


「元気してる?」


「はい!」「もちろんだぜ」


「ごめん。ちょっとこれ重いんだ。ここ置いとくね」


 どっこいせ、と。


「ふー、これでよし。アルアさん、お土産です」


「肉かい? いつもありがとうよ」


 さて素材の換金だ。

 交換ポイントは799となる。


「カードと交換していくかい?」


「いや、今日はいいです」


 『ファントマイト』を換金したことで何が交換対象になったか、気になるところではあるが、まあいつでもいいのだ。

 特に必要なカードがあるわけじゃないからな。

 今のあたし達にとっては、何か問題が起きて解決するためのカードが欲しくなった時、すぐ交換できるだけのポイントを溜めておくことの方が大事。


 あ、そうだ。

 アルアさんに言っとかないと。


「えーと、ギルドから大量にカードの発注あると思いますけど、よろしくお願いします」


「ん? どういうことだい?」


「カラーズ~レイノス間の輸送隊に、パワーカード持たせとこうと考えてるんですよ。あたしもかなりお金持ちになったんで、プレゼントしようかと思って」


 エルマが言う。


「あっ、あの宝飾品クエストが終わったんですね?」


「そうそう。これからあんまり魔境行かなくなっちゃうかと思うと、ちょっとセンチな気分なの」


 アハハと笑い合い、アルアさんが聞いてくる。


「隊員達に持たせたいのは、要するに基本的なカードということだね?」


「そうですね。盗賊と魔物への対策なんで、特化型じゃない、オーソドックスで汎用性の高いものがいいと考えてます」


「それなら問題ないよ。ゼンの手はかなり速くなったし、エルマもスキル付与のない基本的なカードは作れる」


「おお、すごいねえ!」


 照れる2人。

 いや、大した進歩だよ。

 オリジナルのすげー効果を実現するカードを作れるようになるのも、遠い未来じゃないね。


「アンタはこの後、どうするんだい?」


「んーどうしようかな……」


 ……アレはゼンさんに関係のあることだ。

 話しておいた方がいいだろうか?

 いや、暴走されるとややこしいことになるな。

 ゼンさんが不思議そうに聞いてくる。


「ユーさんの歯切れが悪いの、珍しいな」


「あたしも悩み多き年頃だから」


 皆で笑う。


「ギルド行こうかな。エルマはクエストの進捗どうなってるの?」


「はい、ここのクエストは終わりまして、『スナイプ』のカードを手に入れました。今、薬草をたくさん持ってこいというクエストになっています」


「あ、魔境行きじゃなかったんだ?」


 ギルドも配慮してくれたんだろうな。

 これでエルマの手持ちカードは『スラッシュ』『武神の守護』『ポンコツトーイ』『シンプルガード』『スナイプ』の5枚か。

 物理アタッカーとしてなかなかバランスもいい。

 今のクエストを終える頃には、さらに装備も充実するだろうし。


「そうですね。今度の魔法陣の転送先はかなり素材を得やすいところなので、修行のつもりで頑張ります」


「うんうん、偉いねえ」


 うむ、エルマは問題なさそう。


「ゼンさんは困ってることない?」


「順調だぜ。特に困ってることなんざないが、そうさな、強いて言えば発想がな」


「え? 何それ?」


 発想、とは?


「常識的じゃねえ発想のパワーカードだぜ。ユーさんはそういうの考えないのかい?」


「そーだなー。自由に空飛べるカードあったら便利だな」


 あれ? アルアさんまで話聞きに来たぞ?


「それは飛行魔法『フライ』が自動発動する、のような?」


「そうです。マジックポイント減ってくと悲しいから、自動回復して飛び放題だと嬉しいですねえ」


 アルアさんもゼンさんも考えてるね?

 実現可能なのか?


「面白いね」


「え? でも『フライ』って、かなりレベル高くならないと自由に飛び回れないんですよ。皆が必要とするカードじゃないですけど」


 でも逆にレベルの高い人は皆欲しがる気もするな。


「ちなみにこのカードがもし実現できたら、アンタは何枚欲しい?」


「4枚ですねえ」


 マジックポイントが減らないならクララの分も欲しい。


「わたしも欲しいです!」


 うん、エルマのレベルなら問題なく使用できるだろう。


「条件的に製作可能だとは思うんだが、何せ今までにないタイプのパワーカードだ。時間がかかるよ」


「そりゃあもう」


 別に急いでないし。


「じゃあ楽しみにしてな」


「はい」


 注文したみたいな形になったぞ?

 構わんけれども。


「じゃ、あたし達帰りますね」


「気をつけてな」「じゃあな」「お姉さまさようなら」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「言ってみるもんだねえ」


 帰宅してアトム、ダンテと話をする。

 もちろん今アルアさん家で依頼した、飛行用パワーカードについてだ。


 ちなみにクララはまだ帰って来ていなかった。

 アレクにエーテル吸収技術のレクチャーを受けてるんだろうな。


「自由に空を飛べちゃうでやすか?」


「自由に空を飛べちゃうんだろうねえ」


「フライね? フライね?」


 アトムやダンテもテンション高い。

 やっぱクララみたいにびゅんびゅん飛べるかもしれないと思うとワクワクするなあ。

 研究がうまく進むといいが。


「パワーカードってすげー面白いな。今更ながら思うわ。あんた達もこんなカードあったらいいな、ってのがあったら提案してよ」


「うーす」「イエス、ボス」


 アトムはカード大好きっ子だし、ダンテもたまに変なこと思いつくから、奇想天外なカード案が飛び出てくるかもしれない。

 いや、もちろん攻撃力増強&マジックポイント自動回復のパワーカード『風林火山』みたいな、実用的なアイデアでもいいんだよ?


「あたしギルド行ってくるね。クララ帰ってきたら、一応その教わってきたことを理解しようと努力してくれる? あたしにはムリだった」


「え? 姐御にムリだったとは?」


 2人が警戒する。


「あれ、魔道の素養と知識がないとわかんない気がするんだよね」


 ダンテは3系統の魔法を使いこなすし、アトムは『魔力操作』の固有能力持ちで、しかも土魔法を使える。

 あたしよりずっと魔法に親しみがあるだろう。


「クララがキャントアンダスタンだったらどうするね?」


「クララにわからないものが、あたしらにわかるはずないじゃん。ムダなことはやめよう。その時はアレクをこき使えばいい」


「「了解!」」


「じゃ、行ってくるね!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに着いた。


「やあ、いらっしゃいユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん」


「ちょっといいかい?」


 ポロックさんが声を潜める。


「今日の午前中、レイノス副市長オルムス・ヤンの名で通達が来た。アトラスの冒険者は西域を守れと」


「うん、西域が離反しない条件というのがそれなんだって。オニオンさんに話聞いてる? こっちの対応と布陣は変更なし。帝国艦隊はもう向こうを出航してるはず。おそらく1週間以内に開戦だよ」


「わ、わかった」


 緊張してるね?


「きっとそんなに問題ないから大丈夫だよ」


「でもユーラシアさん達は……」


「きっと大丈夫」


 ポロックさんの目を真っ直ぐ見つめる。


「……」


「粛々と準備を進めてね」


「ああ」


 ギルド内部へ。


「御主人!」


「よしよし、ヴィルはいい子だね」


 飛びついてきたヴィルと一緒にお店ゾーンへ。

 買い取り屋さんで換金、道具屋さんでハイポーションとマジックウォーターを買い込んだ後、武器・防具屋さんへ行く。


「こんにちはー。売り上げに貢献しに来ましたよ」


「いらっしゃいませ。パワーカードですか?」


「はい」


「現在販売中の商品はこちらになります」


 『ナックル』【殴打】、攻撃力+10%

 『ニードル』【刺突】、攻撃力+10%

 『スラッシュ』【斬撃】、攻撃力+10%

 『ライトスタッフ』【殴打】、攻撃力+5%、魔法力+7%

 『スナイプ』攻撃が遠隔化、攻撃力+10% 

 『風林火山』攻撃力+10%、MP再生3%

 『サイドワインダー』【斬撃】、攻撃力+5%、スキル:薙ぎ払い

 『シールド』防御力+15%、回避率+5%

 『光の幕』防御力+10%、魔法防御+10%、沈黙無効

 『シンプルガード』防御力+15%、クリティカル無効

 『ハードボード』防御力+20%、暗闇無効 

 『武神の守護』防御力+15%、HP再生5% 

 『スカロップ』防御力+5%、魔法防御+5%、回避率+10%、毒無効

 『サイコシャッター』防御力+4%、魔法防御+4%、睡眠/混乱/激昂無効

 『火の杖』魔法力+12%、スキル:プチファイア

 『ホワイトベーシック』魔法力+12%、スキル:ヒール、キュア

 『マジシャンシール』魔法力+12%、MP再生3%

 『オールレジスト』基本8状態異常および即死に耐性50%

 『ボトムアッパー』攻撃力・防御力・魔法力・魔法防御・敏捷性全て+5%

 『ファイブスター』100P、火耐性/氷耐性/雷耐性/風耐性/土耐性30%

 『スプリットリング』100P、HP再生8%、MP再生3%

 『逃げ足サンダル』敏捷性+10%、回避率+5%、スキル:煙玉

 『誰も寝てはならぬ』防御力+5%、睡眠無効、最大HP+10%

 『ヒット&乱』攻撃力+5%、混乱付与、混乱無効

 『前向きギャンブラー』攻撃力+10%、会心率+80%、防御力-30%、魔法力-30%

 ※1枚1500ゴールド、ただし『サイドワインダー』は2000ゴールド、『逃げ足サンダル』は1000ゴールド


「常時買えるカードも随分充実したねえ」


「ある程度現物を見せた方が売れるということがわかりまして」


「なるほど、お主も悪よのう」


「精霊使い殿のお仕込みで」


 アハハと笑い合う。


「ちなみにここに置いてある以外のカードって、売れることあります?」


 アルアさんとこの工房で、コモンの素材のみで作ることのできるカードは全て販売対象である。

 武器・防具屋さんで実物を売っているカードでなくても取り寄せられるのだ。


「そうですね、『ドラゴンキラー』は1枚売れましたよ」


「へー。やるなあ」


 『ドラゴンキラー』は【対竜】属性と攻撃が遠隔化する特性のあるカードだ。

 ラルフ君あたりがドラゴンに挑むのだろうか?


「いや、ワイバーン対策だと言ってましたけどね」


「ワイバーンでも大したもんだよ。卵美味しいし」


「卵美味しいの関係なくないですか?」


 再びの笑い。


「で、何のカードにいたしましょうか?」


「大量になるんだ。メモしてくれる?」


 『ナックル』3枚、『ニードル』3枚、『スラッシュ』3枚、『ライトスタッフ』3枚、『スナイプ』12枚、『サイドワインダー』3枚、『シールド』5枚、『光の幕』2枚、『シンプルガード』5枚、『ハードボード』8枚、『武神の守護』10枚、『サイコシャッター』12枚、 『ホワイトベーシック』3枚、『マジシャンシール』3枚。


 輸送隊14人及びフェイさんの分。

 サフラン用はピンクマンが何とかするだろ。


「計75枚ですか……足りない分は取り寄せになります。少々お時間いただくかもしれませんが」


 大量に注文した理由については何も聞いてこない。

 武器・防具屋ベルさんもギルドの正職員なので、戦争に関係のあることと察しているのだろう。


「アルアさんに確認とって来たから大丈夫だと思うよ」


「ああ、そうでしたか。では明後日以降お渡しで」


「先に払っておくね。いくら?」


「114000ゴールドになります」


 足りたけどかなりサイフが寂しくなった。

 預けてあるお金を下ろせばいいんだが、宝飾品も欲しいし魔境行くかな?


「師匠」


「ああ、ラルフ君達。どうしたの、顔が強張ってるよ。可愛い娘ちゃんに話しかけるからって、緊張しなくてもいいんだよ?」


 一笑い。

 まあ開戦間際だし、緊張するのはわかるけど。


「ムオリス君は『フライ』、練習してる?」


「はい、バッチリです」


 うんうん、よしよし。

 食堂で内緒話モード発動。


「何かあった?」


「いえ、特別には。ただ自分らにはどうにも責任が重く……」


「『フライ』による監視にかかってると言われるとどうしても……」


「かかってないからリラックスしなよ」


「「「「え?」」」」


 呆然とする4人。


「そりゃラルフ君達の監視と攻撃だけで片付けば一番楽だけど。自分らばっかり働くのは損だよ。あたしが新聞記者に囲まれた時、ラルフ君らに任せてとんずらしたこと覚えてる? 他の人を働かせることも考えなよ」


「ぐ、具体的には?」


「レイノス東で戦えるのは、ラルフ君達の他にレイノス東門の警備兵、ラルフ君家の警備員、聖火教の聖騎士とハイプリースト、輸送隊を中心とするカラーズの面々だね」


 全員頷く。


「ラルフ君パーティーの監視防衛線が破られました、さてどうする?」


「それは……レイノス守備隊と当家の警備員への連絡ですか?」


「そうそう。それから3つの自由開拓民集落の人達へ避難指示とその引率、ギルドと聖火教礼拝堂とカラーズに連絡ね」


「なるほど……」


 納得するラルフ君達。


「聖火教の聖騎士とハイプリーストはそれなりに強いけど、人数少ないんだよね。もし攻め込まれた時はカラーズに逃げ込めって伝えてあるから、早期に連絡できるかは意外と大事だよ」


「ということは、自分らの役割としては連絡係がかなり重要?」


「そうそう。レベル的にラルフ君達はレイノス東で最強ではあるけど、戦える人は他にもいる。でも連絡係を担えるのはムオリス君しかいないんだ。そう考えると、立ち回りもおのずと決まってくるだろう?」


 考えてるね?


「……むしろ引き気味に戦闘した方がいいくらいですか?」


「そうだねえ。これ見よがしに引けば、向こうさんも伏兵を疑って出足鈍くなるかもしれないよ?」


「ははあ、では上陸を許したら……」


「上陸したところから足取りを追えるなら、こっちに都合のいい戦場も設定できる」


「さすが師匠」


 ハッハッハッ、もっと尊敬していいよ。


「カラーズの輸送隊はレベル30くらいまでにはしておくという話でしたが、その認識で合ってるでしょうか?」


「おっ、いいね。輸送隊14人とエルマその他でレベル30以上が17、8人いるよ。聖火教徒が合流すればさらに強化されるから、向こうが落ちる心配はまずないと思って」


「……水際で叩くのが理想ではあるけれども、そうできないときは引き込んだ方が地の利もあるし、敵の兵站も引き伸ばせる……」


「その通りだよ。大分ラルフ君も楽の仕方がわかってきたね」


「楽の仕方というと、どうも据わりの悪い心地がしますけれども」


「味方の力を信じて任せるんだよ」


「師匠……」


「ってゆーと、同じことでも据わりがいいでしょ?」


「師匠お!」


 アハハ、まあまあ。

 内緒話モード解除。


 緑の民との内緒通信についてはどうだ?


「ヨハンさんとオイゲンさんのやり取りって進展ある?」


「ちょうど手紙が1往復したところですね。今のところ久闊を叙すという感じで、特に進展はないと思います」


 うん、そんなところだろうな。


「ヨハンさんからの手紙ってバレるとよろしくないけど?」


「あ、そこはもちろん変名にしてますので」


「抜かりないね」


 よしよし、こっちは焦る必要はない。

 機が熟すのを待てばいい。


「ラルフ君達が働いてくれると、あたしも楽ができるよ」


「いえいえ、とんでもないです」


 この場合の『楽』には後顧の憂いが小さくなる、くらいの意味しかないのだが。

 ヴィルをぎゅっとしてやる。


「そーだ、グリフォンの羽毛って何か役に立つかな? ヨハンさんに聞いてくれない?」


「え、グリフォンの羽毛ですか? それはどういう……」


 唐突な話題の転換に、ラルフ君の目の焦点がブレる。

 いかんな、冒険者がそんなことでは。


「グリフォンの羽毛って、洗って乾かすとふっかふかになるんだって。昔、それで布団作って大儲けした人がいたって聞いたんだよ。でも今、誰かが買い取ってくれるわけじゃないからさあ。イシュトバーンさんに相談したら、ヨハンさんならうまい利用法を思いつくかもって言ってたんだ」


「ああ、そういうことですか。父に確認しておきますよ」


「よろしくね。グリフォンは数も少ないし、絶対に羽毛が手に入るって決まったわけじゃないんだけど」


 よーし、ギルドの用は終わったな。


「じゃ、あたし帰るね」


「お気をつけて!」


「バイバイぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 夕食後、寝る前ののんびりタイムことヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「今日、マルーさんにエーテル吸い集める技術教えてもらったんだ」


『うん、どうだった?』


「むっつかしいの。魔道の基礎知識が必要みたい。あたしには全然ムリだと思った」


『アレクとクララが図書館でゴソゴソやってたぞ?』


「アレクは理解してたみたいだから、クララが教わってたんだ」


『アレクとクララは身につけたってことだな』


「うん。アトムとダンテもクララに聞いてたけど、やっぱダメだった」


 でも2人理解してれば計画に全然支障ないな。


「転移術次第で製塩はかなり自動化できそう」


『転移術も難しいだろ』


「うーん、戦争終わったら、基礎的な仕組みくらい早めに何とかしたいんだけど?」


『フェイ族長代理だって、米と塩両方はムリだって言ってたじゃないか』


「まあ米を1年目から莫大な収穫量にしろってのはムリだけど、塩の生産はそうでもない気がしてきたから」


 大体フェイさんとその話してた時は、まだマルーさんと会ってもいない、架空の話だったもんな。


「ところでサイナスさん。エーテルが供給されてたら火つけっぱなしにできそうなものなんだけど、どうやったらいいか心当たりない?」


『おいおい、煮詰めるところまで自動にするのかい?』


「その方が楽だからね。考えるだけは考えておこうと思って」


 バエちゃんとこの魔道コンロは、スイッチ1つでずっと火を灯し続ける。

 あれどんな仕組みになってるんだろうな?


『エーテルの流れを一方通行にして溜める技術があるなら、その逆も可能だろ。どこか1ヶ所からエーテルを逃げやすくしておけば、そこに火をつければ燃え続ける理屈だ』


「なるほどわからん」


 エーテルを逃げやすくする?

 どうやって?

 そういえばカカシはどうやって黒妖石からエーテルを取り出してるんだろ?

 あの黒妖石は土に埋まってるから……。


「あっ、閃いた! 逆にエーテルを通さないものを考えれば良さそう!」


『そうだな』


「いずれマルーさんに教えてもらえばいいや。サイナスさん、ありがとう!」


『礼を言われるほどのことはしてないが』


 でも満更でもないんでしょ?

 ま、しかし製塩は海水転移の方が重要で、煮詰めるのは人の手でもいいから後回しになりそう。

 戦争もあるしな。


「そっちは何かあった?」


『特にないな。ケスとハヤテが来てたぞ。図書室にいた』


「へー、何しに?」


『2人とも字を覚えにだな』


 そーいやハヤテが字に興味あるみたいな話があったけど、ケスもか。


「まあ字を覚えるのは重要だと思うけど」


『アレクとクララを含めた4人で楽しそうだったぞ。ケスは『精霊の友』なんだ』


「そーなの?」


 それは気付かなかったな。

 クララ、そういうことは報告してよ。


「フェイさんは明日帰ってくるんだっけ?」


『予定通りならばそうだな』


「輸送隊が帰ってくるのも明日だよね。パワーカード注文したんだ。明後日届くから、フェイさんと輸送隊にプレゼントするよ」


『いいのかい? 高いんだろう?』


「いいのいいの。今あたしお金持ちだから社会に還元しないと」


『ハハハ。まあ無駄ではないしな』


「うん。じゃあサイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『はいだぬ!』


 明日は海の王国で素材を交換してくるか。


          ◇


「薙ぎ払い!」


 今日は海の王国へ行くので、朝から本の世界でコブタマン狩りだ。


「5トンあればいいですよね?」


「うん、3トンはそのまま海の王国持ってくから、2トン捌いておいてくれる?」


「はい」


「クララの素敵包丁捌きに見物人がいないのは、最近すげーもったいない気がしてるけど」


「アハハ、何ですかそれ?」


 ただの本心だよ。

 乙女のもったいない精神の発露だ。


 エントランスホールまで戻って、本の世界のマスターである、帝国宮廷風クラシックドレスの身を包んだ金髪碧眼の人形に声をかける。


「おはよう、アリス」


「おはようございます」


「えーと、本日はお日柄も良く……」


「あら、今日は凶日よ?」


「そーなの?」


 何基準で凶日なんだろ?


「それはアリスの世界で凶日なの? それともこっちの世界で凶日なの?」


「あなたの世界の帝国の暦で凶日ですのよ」


「じゃああたしら関係ないじゃん。良かったあ」


「そ、そう?」


 戸惑うアリス。

 表情が変わるわけじゃないけど、何となくわかるんだよなー。


「アリスが作られた世界って、赤い瞳の人達の世界だよね? そっちにもカレンダー上の吉日凶日ってあるの?」


 ちょっと踏み込んでみたがどうだ?

 突っ込み過ぎか?


「もちろんあるわよ」


 さらりと言い放つ金髪人形。

 あれ? 『アトラスの冒険者』については教えてくれないのに、そっちの世界については教えてくれるのか?

 ならば……。


「かれえの作り方について教えてくれる?」


「そこかよ!」


「な、何なの? 1人で」


「いや、アトムの気持ちを代弁してみたの」


 もーしっかりツッコんで来なよ。


「一般の家庭料理としては、お湯にカレールーを溶かせばいいわ。好みで炒めた肉や野菜を入れるけど」


「うーん、こっちの世界ではかれえるうが手に入らないんだよね。その代わりに香辛料は手に入ると思うんだけど」


「定義的には、多くの香辛料で味付けした煮込み料理をカレーと言うわ。そちらの世界で香辛料が手に入るのならば、それ多数で味付けした煮込み料理またはスープならばカレーを名乗っていいと思うけど」


 なるへそ。

 かれえってそういうもんなんだ。


「具体的には何を入れればいいかな?」


「現在一般的なカレーのルーツは、元々船乗りの作り出した保存の利く料理だったという説があるわ。それにはターメリック、ショウガ、コショウが使われていただけの単純なものだったようです」


「ほう」


 たあめりっくはバエちゃんに教えてもらった、かれえの重要香辛料の1つ。

 ショウガ入れたら美味しいこともわかっているし、肉入れるならコショウ入れるのも想定内だな。


「ルーは小麦粉をバターで炒めたものの総称で、主にとろみを出すために用いるわ。カレーに必須ではないけど」


 必須じゃないけど、あたし達が今まで食べてたかれえには入ってたということか。


「うーん、奥が深いね?」


 つまり香辛料をたくさん使えばかれえらしい。

 でも問題は美味しいか美味しくないかなんだよな。

 マニアックにし過ぎると子供舌に向かないし。

 かれえの成功失敗は、現在ドーラにあまり馴染みのない米を初めから爆発的に普及させ得るかに関わると思うから、慎重に進めないと。


「ありがとう、アリス。それと戦争何か進展あるかな?」


「そっち後回しなのかよ!」


「また何なの? 1人で」


「いや、アトムがツッコんで来ないから」


 うちの子達が苦笑している。


「帝国艦隊は首都メルエルの外港タムポートを進発したわ。大型飛行軍艦は、試験飛行を兼ねて別の作戦に投入予定よ」


「別の作戦?」


 大型飛行軍艦はドーラ戦の秘密兵器じゃないのか?

 いや、おそらく試験飛行の後に来る。


「わかった。ありがとう」


「どういたしまして」


「次は戦後だなー。しばらく来られなくなっちゃうけどごめんね」


「気を付けてね」


 最近、『気を付けて』と言われることが増えた気がする。


「またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


 帰宅後、クララがうちの分を捌いて肉にしてる間に、ヴィルと連絡を取る。

 今アリスに聞いたことを報告しておかねばならない。


「今、パラキアスさんがどこにいるかわかるかな?」


『ちょっと待つぬ』


 しばし待つ。

 開戦が近い。

 そんなにレイノスから離れたところにはいないんじゃないかって気がする。


『見つけたぬ。レイノスからカラーズへ続く道の途中だぬ』


 おそらく行く先は聖火教礼拝堂、ユーティさんと連絡を取るために行くのだろう。


「話しかけても大丈夫そう?」


『1人だから大丈夫だと思うぬ』


「うん、じゃあパラキアスさんに繋いで」


『わかったぬ!』


 ヴィルはいい子だなー。

 赤プレートを握りしめて待つ。


『パラキアスだ』


「こんにちは。手短にいくよ。帝国艦隊は向こうを進発したって」


『ああ、オリオン・カーツからそういう予報は受けた。君のは確報なんだな?』


「うん」


『では4日後には帝国艦隊はドーラに来る』


 4日後かあ。

 盛り上がるイベントなのに、あんまり楽しみじゃないなあ。


「それから例の大型飛行軍艦は、試験飛行を兼ねて別の作戦に投入予定だって。パラキアスさん、これどう思う?」


『別の作戦? ああ、別の作戦か』


 ははあ、やはりパラキアスさんは知っている。


「パラキアスさん、その『別の作戦』に心当たりありそうだけど?」


『なくもないが、証拠もない。君に要らぬ先入観を与えそうだから言えないな』


「あたしも心当たりあるんですよ」


『ほう?』


 声のトーンが警戒を帯びたものになる。

 おそらくその別の作戦とは、パラキアスさんの情報工作によって実施されることになったのだ。


『『全てを知る者』に教わったわけではなかろう? どこで気付いた?』


「ユーティさんが、聖火教本部礼拝堂の北の広い範囲を整地させてるでしょ? わざわざそんなことしてるのに、何に使うのか言えない、理由も言えないってことだったから」


『ハハハ。精霊使いに隠し事はできないな』


「パラキアスさん、悪い人ですねえ」


『自覚してるよ』


 自嘲気味だね?


『軽蔑するかい?』


「いや、狙いはわかるから。あたしの好きな方法じゃないなーってだけで」


『しかし最も犠牲を少なくできると信じている』


 そうかもしれない。

 犠牲を人死にに限ればだが。


「ってことは、あたしが大型飛行軍艦担当でいいのかな?」


『頼めるか?』


「ソル君のパーティーを貸してくれれば」


『ソル君? というと、君の後にドラゴンスレイヤーになった?』


「そうです」


 沈黙が時を支配する。


『……何か考えがあるんだな? よかろう、任せた』


「やったあ!」


 ソル君達がいるなら百人力だ。

 思う存分暴れてくれるぞー!


『10日足止めしておいてもらえると助かる。その間でドーラも決着をつける』


「10日だね、わかったよ」


 パラキアスさんには、帝国工作潜入兵を手早く片付ける策があるらしい?


『では、さらばだ』


「じゃあまた。ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 さて、いよいよ動き出したな。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


 コブタマンを持って海の王国に来た。


「この銅鑼はどうしてこんなに魅力的な形をしているんだろうねえ?」


 もー今すぐ叩けはよ叩けと言わんばかり。


「ボス、鳴らないドラはナッシングね」


「その通りだ!」


「どっちにしても鳴らすんでやしょ? ならば早い方がいいですぜ」


「その通りだ!」


「ユー様、ガンガンいきましょう!」


「その通りだけれども……えっ?」


 今何と?


「うちのパーティーの良識派であるクララにそう言われると、何だかとてもいいことをしているような気がして不安になる」


「理屈がおかしくないでやすか?」


 もっともどんだけ何を言っても、あたしがガンガン銅鑼を鳴らす未来は変わらないのをわかっているからだと思うけど。

 どーれ、いくぞお!


「グオングオングオングオングオングオーン!」


 女王が転げ出てくる。


「肉襲かっ!」


「肉襲だぞーっ!」


「待ちわびたぞ!」


 あ、衛兵達最初から台車持って来るのな。

 調理場へコブタマンを運んでいく。


「食べていくのかの?」


「ごめん、今日は帰るよ。お土産にお肉持って来ただけ」


「そうじゃったか」


 女王が残念そうだ。


「戦争終わったら、またゆっくり遊びに来るからね」


「うむ。肉を持って来るならいつでも歓迎するぞ」


「えー持って来なくても歓迎してよ」


 アハハと皆で笑う。


「それからレア素材の『逆鱗』と『巨人樫の幹』持って来たよ」


「同程度の価格になる素材と交換じゃったの。用意してあるぞよ」


 素材を取り出す。


「えーと、『逆鱗』が残りの4枚と、『巨人樫の幹』5つね」


「うむ、確かに。コモンの素材約14000ゴールド分と、レア素材『クラムボン』と『埋没コイン』を用意したがどうじゃ?」


 『クラムボン』は以前手に入れたことがあるけど、『埋没コイン』というのは初めてだな。

 クララが言うには、コインのような形をしているが、正体は古代生物の化石なのだという。


「うん、ありがとう。それでいいよ」


 取り引き成立。

 また素材が山のように手に入った。

 嬉しいなあ……使う機会があればいいけど。


「地上との交易は、その後どうかな?」


「レイノスの取り引きが大きくなってきたの」


「おっ、てことはレイノスでは魚がよく食べられてるってことだね。よしよし。戦争終わって一段落ついたら、地上の物品もこっちに売るようにして、取引活発にしようよ」


「それは楽しみじゃの!」


 女王の表情の読みにくい顔があたしを見据える。


「戦争はいつ頃になりそうなのじゃ?」


「向こうの艦隊がドーラに到着するのが4日後だって」


「さようか……長引きそうか?」


「敵味方含めて、長引いて嬉しい人は誰もいないはずなんだよ。だから早いとこけりをつけたいんだよねえ」


 女王は何か言いたそうだったが、結局声には出さなかった。


「適当に頑張ってくるよ」


「武運を祈っておるぞ」


「ありがとう。じゃあ帰るね」


「気をつけてな。必ずまた来るのじゃぞ」


「うん」


 『また』という言葉が重くのしかかる。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 早めにお昼を済ませて魔境に来た。


「気分がくさくさした時は魔境だねえ」


「ハハハ、そうですか」


「帝国の艦隊が向こうを出航した。4日後にはドーラへ来るって」


 話題の振り幅に、オニオンさんが微かに驚きの表情を浮かべる。

 が、すぐに引き締まった顔で言う。


「……了解です。ギルドの職員の間で情報を共有しておきます」


「それからやっぱりあたしとソル君の出番は、この前話した通りね。今日パラキアスさんと連絡取れたんだよ。ハッキリは言わなかったけど白状したようなもん。そっちはあたしに任せるって」


「そうですか。『黒き先導者』らしい策謀ではありますが」


 オニオンさんの顔が険しくなる。


「じゃ、行ってくるね」


「あっ、今日の魔境探索のテーマは?」


「テーマってのはいいねえ。どーもあたしは出たとこ勝負の美少女だと思われてるから。本当は綿密な計算の下に行動しているとゆーのに」


「真のできる女は、意図を読みづらいということじゃないですか?」


「オニオンさんはいいこと言うなあ。いや、最近透輝珠クラス以下の宝飾品は、お礼に渡すのにちょうどいいなって思い始めたんだ。手元にちょっとストックしとこうかと」


 売値が10000ゴールド越えちゃうようなのは大げさだし、出回りすぎると価格下がりそうだけど、売値1500ゴールドの透輝珠までならどうってことないだろ。

 輸出品としても引っ張りだこみたいだし。


「なるほど。では行ってらっしゃいませ」


「うん」


 ユーラシア隊出撃。


          ◇


「姐御、今日もパラダイスでやすか?」


「そう、エルドラド」


 北辺西の人形系レア魔物大量発生地だ。


「ブロークンドールとクレイジーパペットを中心に倒して、使い勝手のいい宝飾品のゲットを目的としまーす。で、アトム、あんたには重要な役割があるよ」


「わかってやすぜ! 黒妖石でやすね?」


「そう。黒妖石小さいものも拾い集めてね。さあ行こうか」


 進路は北へ。


「ワイバーンね」


「あたしは学習したぞー。これはまた行きに卵拾って苦労するパターンだ!」


「見逃しやすか?」


「いや、倒すけど」


 君達の頭に浮かんでる疑問符どけろ。

 邪魔だよ。


「卵拾ったら重いですよ?」


「若い頃の苦労は買ってでもしろと言うし」


「……必ず拾うとも限りませんしね」


「あっ! クララが立てた、フラグを立てた!」


 レッツファイッ!

 軽く倒して……。


「……エッグ、ドロップしないね?」


「……それはそれで著しく納得いかないね」


 まあいいけれども。

 素材『ワイバーンの爪』をゲットしてさらに北へ。


「アトム、さっきからちょくちょく屈んでる気がするけど、そんなに黒妖石が落ちてるの?」


「そうでやすよ。小さいやつはそう珍しくねえんで」


 へー、大きいのが珍しいだけなんだ。


「でも魔境だからじゃないでやすか? 他所でこれほど落ちてるところは、なかなかないと思いやすぜ」


「ふーん。とにかくいろいろやってみたいんだよね。せっかくエーテルを集めることはできるようになったんだし」


 『アトラスの冒険者』になった時、バエちゃんに『プチファイア』の使える『火の杖』をもらったが、あれは主に日常で役に立っている。

 でも薪が要らなくなるんじゃないからな。

 エーテル利用により燃料不要にしたい。


「魔道コンロがあればもうちょっと楽ができるよ」


「そうですねえ」


 クララが嬉しそう。


「でもごめんね。魔道コンロの重要性は比較的低いんだ」


 まず、黒妖石の小石集めて固めたものに、どれほど魔力が溜められるかの検証が必要だ。

 そのために小石の数を集めなければ。

 というか、魔道コンロより簡単なものから作ってみるべきだな。


「レッドドラゴンね」


「邪魔だなー。考えごとしてるのに」


 雑魚は往ねですけれども。


「『逆鱗』剥がしてきやすぜ」


「うん、お願い。……最近あたし達大分強くなってない?」


「ミー達はストロングね」


「いや、ここのところ特に」


 気付きにくいけど、戦闘が楽になってる気がする。


「ステータスアップ薬草の恩恵じゃないでしょうか?」


「そーかー。このまま強くなれたら、ウィッカーマン2体でも倒せるようになるかもね」


 問題はウィッカーマン2体を一度に倒せたところで、特にメリットがないということなのだが。


「また誰か高級宝飾品山ほど持って来いって依頼出してくれないかな」


 皆が頷く。

 うちの子達も宝飾品クエストは楽しかったんだろうな。

 ザコを倒してどんどん北へ。


「ユートピアにやってまいりました!」


「姐御、エルドラドって言ってやせんでしたか?」


「その辺は気分だけれども。それよりクレイジーパペットには『新経験値君』という立派な真の名があるのに、ブロークンドールに名前がないのは可哀そうだねえ」


「ボスはウィッカーマンの時も似たようなことセイしてたね」


「そーだったかな?」


 まあとりあえず宝飾品確保するのが先か。


「よーし、狩っていこうか」


「「「了解!」」」


          ◇


「今日はまったりとした1日だったねえ」


 魔境から帰ってからの夕食時、お気楽な時間帯だ。

 ドロドロしたパラキアスさんの画策を知った時は、どよんとした気にもなった。

 でもまあ魔境で気分転換して美味しい御飯を食べれば、大体のことはどうでもよくなるもんだ。


「黒妖石の細けえのは、結構拾えたでやすぜ」


「そうだねえ。ありがとうね」


 何だかんだで袋1杯分、人の頭くらいの量を確保できた。


「マルーさんは粘土で固めて焼け、って言ってたな」


「『魔力を蓄える用途に用いる』場合にはという話でしたよ。異なる目的ならば違った工夫が必要なのかもしれません」


「あ、そーか」


 じゃこれもいつかマルーさんに確認、と。

 ついでにエーテルをよく通す材料と通しにくい材料も聞いて来よう。

 うーん、でも今やってる時間ないな。


「戦後にやること多いなー。とゆーか、あたし達いつでもやんなきゃいけないこと多くない?」


「それよりおニューの石板がアピアーしないね」


「それなー」


 新しい『地図の石板』が来ないのだ。

 宝飾品クエストが終わったら次がすぐ来ると思ってたのだが?


「戦争があるから、クエストを絞ってるのかもしれやせんぜ」


「まだギルド周りでクエストが残ってるのかもしれないですけれども」


「うーん、両方ありそうだけど」


 とにかく石板欲しいもんだ。

 新しいとこ行きたいし。


「トゥモローはどうするね?」


「素材たくさんになったから、アルアさんのところ行こうか。換金だけね。飛ぶカードできた時に、特注4枚分だからかなり交換ポイント必要だと思うし。その後ギルドだな。輸送隊用のパワーカードが来てるはず。それ受け取ってフェイさんとこ届ける」


 そうだ、アレク以外の属性魔法使い2人は、ノーコストの魔法持ってた方がいいな。

 バエちゃんとこで『プチウインド』か何かのスキルスクロール買ってくか。

 『ファイアーボール』や『サンダーボルト』撃ちまくって、火事になったりマジックポイント枯渇したりしたら困る。


「そんなとこだなー。ごちそうさまっ!」


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「帝国の艦隊が向こう出発したって。4日後にはこっちに到着する」


『……わかった。フェイ族長代理には伝えておいた方がいいか?』


「一応お願いしていいかな? あたしも輸送隊員用のカード届けに行く予定ではあるけど」


 戦争近いと突発的な事件あるかもしれないしな。


「で、その帝国艦隊が出航したことを、パラキアスさんにヴィルで伝えた」


『ハハハ、ヴィルはすごく重宝するな。ん? 君、パラキアス氏から情報得てるんじゃないのか?』


「謎情報源があるんだ。『アトラスの冒険者』のクエストであった本の世界のマスターっていうのがいて、すげえいろんなこと知ってるの。じっちゃんやパラキアスさんは『全てを知る者』って呼んでるけど」


『……聞いたことあるな。君、そんなのと知り合いなのか?』


「金髪の可愛い人形なんだよ。前、セレシアさんにもらったリボンあったじゃん? あれその子にあげたんだ」


『ほう』


 感心してるようだけれども。


「ただその子からの情報も限界があって、決まってる事項については教えてくれるけど、未確定のことは言わないんだよねえ。それから厳重な秘密だと、その子であっても知る余地がないみたい」


『なるほど。でも重要な情報源だな』


「そうなんだよ。今その子とアクセス取れるの、あたしだけみたいだからさ。仲良くしてるんだ」


 アリスもいい子だよなー。


「そっちは何かあった?」


『黄の民一同が、開拓地の現場から戻ってきたぞ』


「あ、もう一段落ついたんだ」


 フェイさんは仕事速いな。


『しかし、あの場所は遠い。作業はなかなか大変だろう』


「あそこの開拓地で暮らせる体制を整えよう。カラーズ全村共同で拠点を作ろう」


『え? 集落を作るってことか?』


「それは急にはムリか。あっ、転移石碑設置しよう! 緩衝地帯とあそこを結べばすごい便利だ!」


『ユーラシアの発想はワクワクしてくるな』


「そうでしょ?」


 転移石碑に使う大きさだと、細かい黒妖石固めたやつじゃ難しいな。

 大体そんなデカいの作れるかどうかもわかんない。

 あたしの名前の自由開拓民集落で買った黒妖石使おう。


「年明けになっちゃうかなー。向こうで本格的な作業始まるまでに、じっちゃんに協力してもらってなんとかしよう」


 あ、黒妖石硬いから、魔道の文様彫り込むのにアルアさんにも協力してもらわなきゃいけないか。


『全ては戦後だな?』


「そーだね。とっとと片付けよう!」


『ケスとハヤテは今日も来てたぞ』


「熱心だね?」


『ケスは読み書きできることの重要性を、白のルカ族長に諭されたみたいだな。ハヤテの方は純粋に興味あったみたいだが』


 へー、大したもんだな。


「じゃあサイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『わかったぬ!』


 明日はアルアさんとことギルド、と。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「アルアさーん、こんにちは!」


「はいよ。アンタはいつも元気だね」


 今日は朝からアルアさん家にお邪魔している。


「換金しに来たんですよ」


「そりゃそうだろうけれども。……これはまた結構な素材の量だね。一昨日来たとこじゃなかったかい?」


「あっ、これは海の女王と交換したんですよ」


「交換?」


 わかんないか。

 わかんないわな。


「女王が『逆鱗』や『巨人樫の幹』みたいなレア素材を欲しがったの。で、同じくらいの価値の素材と交換、ってことで。あたし達は持ってないレア素材や、そうでなければ素材の数が欲しいですから」


「なるほど、それでかい」


 納得するアルアさん。

 交換ポイント制だと素材の数も重要なのだ。


「ほう、『埋没コイン』だね。これも海底で?」


「そうです」


「地上じゃ手に入りづらいんだよ」


 へーそうなのか。

 ちなみにレア素材はストックも欲しいので、今回は新たな交換対象のカードを期待できる、『埋没コイン』のみ持って来ている。


「ところでアンタは、戦争のことかなり知ってるんだってね」


「はい。帝国艦隊がドーラに来るの3日後ですよ」


 アルアさんもギルドの職員にかなりのところまで聞いてるんだろうな。


「アンタ、一番大変なパートを受け持つらしいじゃないか」


「それ、ゼンさんには内緒でお願いしますね」


 頷くアルアさん。


「ところで今日、ゼンさんは?」


「使いに出してるよ」


 シュパパパッ。

 誰か来たな、エルマだ。


「あ、師匠、お姉さま、おはようございます!」


「おはよう」


 そーか、エルマはこのくらいに時間に出勤か。


「お姉さまは換金ですか? とても多いですね」


「そうそう。お願いしまーす」


「はいよ」


 交換ポイントは1037となる。


「うあ、今回多かったな」


「カードと交換していくかい?」


「えーと、今回はいいです。飛ぶカード楽しみにしてますよ」


「あれはかなり時間がかかるよ?」


「待つ時間が長いほど楽しめそうです」


 アハハと笑い合う。

 マジで楽しみだな。


「ギルドから大量のパワーカードの注文が来たよ。あれアンタだろう?」


「そうなんですよ。カラーズで使用してもらうんです」


「素材かなり使ったから助かるよ」


 あたしの注文で使った素材をあたしが納める。

 これが永久機関か、違うか。


「あのパワーカードは輸送隊に配るんですよね?」


「輸送隊は戦争時の戦力としても考えてるからね。あれだけのカードがあれば、カラーズは防衛できる」


 エルマが目を丸くする。


「まだカラーズでは、上の方の人しか戦争あること知らないんだ。これは黙っててね」


「は、はい。わかっています」


「戦争があることを隠すのは何故だい?」


「混乱するのが一番困るんですよ。帝国が工作兵送り込んでくると予想されてるんです」


「工作兵が動く余地を与えるのが怖いと、そういうことかい?」


 こっくり。

 バタバタすると被害が大きくなるからね。


「レイノスの砲撃我慢してる間に、工作兵を虱潰しにしていけば勝ちです」


「しかしアンタは……」


 言い過ぎたと気付いたか、アルアさんが黙る。


「戦争中、エルマはカラーズとギルドを行ったり来たりしててね。ギルドに集まる情報をカラーズに伝えられるのはあんただけだよ。オイゲン族長か、カラーズの総指揮を執る黄の民のフェイさんとよく連絡を取るよう」


「はい、わかりました」


 よし、そんなとこか。


「そうだ、転移石碑が欲しいんですよ。掃討戦で獲得した土地を開拓しようと思うんですけど、カラーズの中心部からクー川までってかなり距離ありますので」


「それはデスさんの術式をアタシが黒妖石に刻めば可能だろうが、起動のたびに魔力を注ぎ込むんじゃ現実的じゃないよ」


「あ、マルーさんに地中のエーテルを吸い取って集める技術教えてもらったんです」


 あたしは理解できなかったけど。


「あの技術を? エリート金の亡者がアンタに? いくらかかった?」


「タダです。お礼に透輝珠1個渡しましたが」


 『エリート金の亡者』ってすごい表現だけれども。

 アルアさんの深いしわの奥の目が大きく見開かれる。


「あの天上天下唯金独尊が? 考えられない……」


 さらにすごいパワーワードキタでござる!


「以前、黄金皇珠以上の宝飾品を可能な限り持って来いっていう、クエストを請けていてですね」


「お姉さまがドーラを丸ごと買えるほどの宝飾品を納めたと、ギルドで大変な噂になっているものですね?」


「ああ、聞いた聞いた。そのクエストの依頼者が糞金虫だったってオチかい?」


「そういうことです」


 アルアさんが呆れたような顔をする。


「それだけであのマルーが手を貸すなんて考えにくいんだが。よっぽど気に入られたもんだね。アンタの一番の長所だよ」


「お姉さますごーい!」


 そうなのかな?


「じゃ、あたし達はこれで。ギルドへ行ってきます」


「アンタがここに来るのは、戦争前はこれで最後かい?」


「うーん、多分」


「気を付けるんだよ」


「お姉さま、さようなら」


 アルアさん家を後にする。


          ◇


 ギルドにやって来た。


「ポロックさん、こんにちは」


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「御主人!」


 先行させていたヴィルが飛びついてきた。

 よしよし、いい子だね。

 今日はポロックさんに遊んでもらってたか。


 ちらりとポロックさんを見たが、落ち着いている。

 特別あたしに話したいこともないようだ。

 ギルドで戦争への対応ないし準備は着々と進んでいると見た。


 次々うちの子達も転移して来る。


「今日は転移石碑から?」


「そうです。アルアさんのところの」


「ああ、今アルアさんのお弟子さんが来ているよ」


 あ、ゼンさんだな。

 使いって、ギルドへカード納めに来てたのか。


「多分あたしの用だ。行ってきますね」


 ギルド内部、お店ゾーンへ。


「ゼンさん、ベルさん!」


 やはりゼンさんは武器・防具屋だったか。


「ユーラシアさん、パワーカードちょうど納品されたところです。御確認ください」


「はーい」


「やっぱりユーさんの注文だったかい。そうだとは思ったが」


「ごめんね。数が数だったから、作るの大変だったでしょ?」


「ハハッ、たまに忙しいのは歓迎だ。逆に仕事がないと不安になるぜ」


「おっ、職人らしい、かっちょいいセリフだねえ」


「私も不安になるほど売れて欲しいです」


 アハハと笑い合う。

 いい雰囲気だねえ。

 受け取ったカードを確認、と。


「はい、とりあえず枚数は間違いないです」


「もっとキッチリ確認してくれよ」


「そんなこと言ったって、あたしだって何注文したか、細かいところ覚えてないんだもん」


「ユーさんらしいぜ」


 再び皆で笑う。

 前衛用12人分、魔法職用3人分あればまあオーケーなのだ。


「このカードは、交易の輸送隊に装備させるって話だったかい?」


「うん、そうなんだ。全員のレベルは上げて、一応皆棍は持ってるんだけどね。やっぱしっかりガッチリ戦える装備も必要なんだよ。ちょっと前に、カラーズ~レイノス間の道で盗賊出たんだよね。冒険者崩れっぽかったんだけど、結構バカになんない強さでさあ。戦いの立ち回りまでは難しいけど、せめて武装は整えておかないとね」


 ベルさん何か言いたそうだね?

 ちょっとあたしも言い訳っぽい口調だったか。

 まあベルさんはギルドの正職員だから、戦争の話は聞いてるはず。

 レベリングの真の目的も想像つくだろうけど。


「お買い上げありがとうございました」


「じゃ、あたし帰るね。カードすぐに作ってくれてありがとう」


「また注文してくれよ」


「あ、ゼンさんはどうやって帰るの?」


「師匠に転移の玉を借りてるぜ」


 ベルさんから説明が入る。


「灰の民デスさんの作った転移の玉は『アトラスの冒険者』のものと違い、使用者の認証がないので誰でも使えるんですよ」


「へー、じっちゃんの作った転移の玉なんだ」


 エルの使ってるやつも一緒かな?

 『アトラスの冒険者』クビになったら、デス爺に転移の玉作ってもらお。


「また1つ賢くなってしまった。ゼンさんベルさんありがとう」


「ユーさん、またな」


 ゼンさんベルさんと別れる。

 さて、バエちゃんとこでスクロール買って、フェイさんとこ行くか。

 その前に何か食べてからにしようか。


「おい、ユーラシア」


「あっ、ナイスタイミング!」


「俺にたかろうとすんな」


「たかろうとするぬ!」


 ちっ、読まれたか。

 このツンツン銀髪男め。

 ヴィルも今のはなかなか面白かったよ。


「ダンはムダにカンがいいよねえ」


「あんたほどじゃねえ」


「失礼だな。あたしのはムダじゃない」


「ようヴィル。元気か?」


「元気だぬ!」


 急に話変えんな。

 ま、いいや。お昼食べてこ。


「デミアンが来てるんだ。あんたに用があるらしい。奢ってくれるぜ」


「デミアンって誰だっけ?」


 名前だけはどこかで聞いたことあるような気がするけど?


「おいおい、美少女精霊使いに特有の記憶喪失か?」


「いや、会ったことない人だよ」


 ダンがウソだろ? みたいな顔するけど、知らんよそんな人。


「まあとにかく食堂行こうぜ」


「行くけどちょっと待って。アイテム換金してく。結構あるから重いんだ」


          ◇


 食堂にそれはいた。


「えーと、ここへ来て新キャラ?」


「新キャラ扱い、悪くない」


「悪くないぬ!」


「マジで知らねえのかよ?」


 いや、ダンはそう言うけど、未知との遭遇だって。

 ファーストコンタクトだってばよ。


「こんなん一度でも会ってたら忘れるわけないじゃん」


「こんなん扱い、悪くない」


「悪くないぬ!」


「ごめん、ちょっとヴィル黙っててくれる? クララのところ行ってなさい」


「はいだぬ!」


 あたしまだ冒険者になって3ヶ月くらいだしな。

 ギルド来るタイミングの問題とかで会ったことない人もいるとは思ってたけど、何なのこれ?

 こんな特徴的な人を見たことなかったってのは衝撃だよ。

 いや、かなり高レベルの冒険者だってことはわかるけど。


「初めまして。美少女精霊使いユーラシアだよ」


「よろしく。天才冒険者のデミアンだ」


「互いにすげえ自己紹介だな。傑作だぜ」


 解説のダン先生が笑いながらのたまう。


「デミアンとはこういうやつだ。第一印象は?」


「黄色」


「他には?」


「イエロー?」


「ハハッ、ま、そうだわなあ」


 ダンが大笑いする。

 目の前のデミアンなる冒険者は、中背でややがっしりめの体形で、堅実な前衛を思わせる。

 が、装い見るとそうでもないかな。

 おそらく魔道効果が付与されているのであろう、黄色のマントがすごく目立つ。

 薄く明るいストレートの茶髪も黄色と言えないこともなく、全体の印象が黄色なんだなあ。


「で、誰?」


「あんたが『アトラスの冒険者』として名を上げる前に、天才の名をほしいままにしてたやつだ。まだ冒険者になって2年にはならねえんじゃないか?」


「ああ、そうだな。吾輩の『アトラスの冒険者』歴は年明けで2年だ。悪くない」


「よろしく。精霊使いのユーラシアだよ」


「デミアンだ。悪くないだろう」


 握手。


「で? 有名な人なんだ?」


「そりゃまあ。あんたほどじゃねえが、一気に駆け上がった冒険者だしな」


 デミアンが興味深そうな目を向けてくる。


「吾輩も噂の精霊使いに会うのは楽しみだったのだ。噂通りの美少女、悪くない」


「天才冒険者さんは話せるねえ」


「おい、いきなり飼い馴らされてるじゃねーか」


「そりゃあ初対面で『噂通りの美少女』と言われたら、丁重に扱わないと」


「俺も丁重に扱えよ!」


「低調に扱うぞ?」


 黄色のデミアンが言う。


「美少女精霊使いは、吾輩が天才冒険者であることに異論はないんだな?」


「ないよ。でもあたしが美少女精霊使いであることは譲らないよ」


「もちろんだ、悪くない」


「あんたらさては同類だな?」


「「それは違う」」


 おおう、ダンってそんな微妙な顔できるんだな。


「あたしのことはユーラシアって呼んでよ。あんたのことはデミアンって呼ぶから」


「いいだろう。悪くない」


 再び握手。


「デミアンがあたしにお昼を奢りたい理由は何なの?」


「え? 奢りたいと言った記憶はないが、まあいいだろう。悪くない。実は吾輩、人生で一番の壁に直面している。美少女精霊使いユーラシアの力を借りたい」


 『美少女精霊使いユーラシア』とフルネームで呼ばれると、素直に力を貸したくなるじゃないか。

 しかし自称天才冒険者の、人生で一番の壁って一体何?


「そー言われると、御飯が腹八分目くらいしか入らないんだけど」


「安心しろ。あんたの得意分野だ」


「ダンは内容知ってるんだ?」


「珍しくこいつが悩んでるような顔してたからな。冒険者として捨て置けねえじゃねえか」


「ゴシップ屋として捨て置けないの間違いでしょ?」


 ニヤッとするダン。

 このパパラッチめ。


「要するに、新人冒険者の教育係が振られたってことだ」


「あっ、なるほど!」


 例の新人さんいらっしゃーい、優しい先輩が手取り足取り指導するよプロジェクトの第1号ケースか。

 それは勝手がわからないかも知れない。

 その新人さんとの相性もあるだろうしな。


「じゃあまず、デミアンのこと教えてよ」


「早速この天才に惚れたのかい。悪くない」


「こーゆーとこダンにも似てる」


「マジでやめろ。俺はこいつほどトンチンカンじゃねえ」


 本気で嫌そうだね。


「『アトラスの冒険者』なら何かの固有能力持ちなんでしょ?」


「吾輩の固有能力は『ジーニアス』だ」


「え?」


 冗談でなく天才なんだ?

 どんなやつ?


「全てのステータスパラメーターに多少のボーナスがつく、と聞いたことがあるな。それであってるか?」


「いいだろう。悪くない」


「へー、それはかなり有利だねえ」


 どの程度のボーナスかはわからないけど、確実に地力が底上げされる固有能力だ。

 レベルアップやステータスアップ薬草の恩恵も大きい。

 序盤からずっと安定して力を発揮するだろう。

 とゆーか、元々前衛向きの能力でそんな補正が付くんだったら、初心者で入ったとしても、最初から全然困らなさそうだな?


「パーティーメンバーは?」


「いるわけねえだろ。こんなんだぞ?」


「困難だねえ」


「悪くない」


 何が悪くないんだよ。

 でもそうツッコんだら負けみたいな気がするしな。


 いやでもソロで冒険者やってて、2年も経たずにそのレベルって相当すごくない?

 そりゃ天才って呼ばれるわ。


「吾輩、初期からそう苦労した覚えがなく、経験からアドバイスできないのだ」


「そーだろーなー。天才だもんねえ」


「ある意味コミュ障だしな」


 ふーむ。

 でもこれ、ダンが見ればよかったんじゃない?

 あたしはデミアンと面識なかったんだし。 


「何でこの案件あたしに振ろうとするの?」


「あんた、ルーキー研修の提案者じゃねえか」


「あたしが提案したんじゃないんだけど」


「提案したのと同然ではないと、美少女精霊使いの二つ名にかけて言いきれるか?」


「言いきれないけれども」


「まああんたが関わった方が絶対に面白えしな」


 もーまたダンの暇潰しかよ。


「ま、いいや。お腹が減ったよ。話後にして、とりあえず御飯食べよ?」


「そうだな」


「悪くない」


「盛大に奢られるぞー!」


「え?」


「精霊使いはこういうやつだ。関わった段階で諦めろ」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 昼食後にチュートリアルルームにやって来る。


「ユーちゃん、いらっしゃい」


「お肉、お土産だよー」


「やったあ!」


 身体をクネクネさせて喜ぶバエちゃん。


「デミアンって冒険者いるでしょ? 黄色い人」


「うん、悪くない人よね。よくスキルスクロール買ってくれるの」


「あ、そーなんだ?」


 『ジーニアス』の固有能力って、スキルはあんまり覚えないのかな?

 どっちにしてもソロなら回復魔法が必要になるか。


「その人が新人の教育係任されて困ってたから」


「あっ、はいはい」


 内情知ってるっぽいな。


「デミアンに仕事回したの、バエちゃんなん?」


「うん、ユーちゃん忙しそうだったし。次いで優秀な冒険者ってあの人だから、デミアンさん指名でお願いしたの」


「あの人今まで冒険者として困った経験がないから、アドバイスできないって、今初めて困ってるんだけど?」


「まあ。じゃあデミアンさんも成長できるわね」


 考え方がポジティブだな、おい。


「いやいや、そーかもしれないけど、新人さんの方がリタイヤしちゃったらダメじゃん。教育係指名したのバエちゃんなら責任問題だ。給料下げられちゃうぞ?」


「あっ、本当だ! どうしよう?」


「そこであたしが来た!」


「頼りになるう~!」


 ハッハッハッ。

 この美少女精霊使いを頼りたまえ。


「それで新人さんはどんな子なの?」


「まだよくわからないの。ここにも来たことないし」


「あっ、そんな段階なんだ?」


 何だ。

 デミアンも実際に会ってみて指導に悩んでるんじゃないんだ?


「『地図の石板』はもう送ってあるから、きっと今日中に来ると思うの」


「段取り悪いなー。一度ここに来させてテストモンスターとの試闘見て、その時点で明らかに必要だったら冒険者を手配する。そうでなければ、難しかったら先輩の助けがあるからいらっしゃい、って風に伝えとけばいいじゃん」


「そうねえ。今度からそう提案してみる」


 それはそれとして。


「『プチウインド』のスクロール2つちょうだい」


「はい。2000ゴールドになります」


「あたしちょっと用があるから、先に済ませてくるね。後でまた様子見に来るよ。1時間後くらいになると思う」


「わかった。待ってるね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「こんにちはー」


「あっ、姐さん!」


 クララの『フライ』でカラーズ緩衝地帯へ飛ぶと、黄の民の面々がワラワラと集まってくる。


「皆、元気? フェイさんいるかな?」


「テントの中におります」


「失礼するね」


 テントの中へ。

 フェイさん1人か。


「よく来たなユーラシア。何か用があったか?」


「パワーカード75枚、フェイさんと輸送隊14名に5枚ずつプレゼントだよ」


 驚くフェイさん。


「……よいのか? 高価なのだろう?」


「いいんだ。最近お金持ちになったから」


「では遠慮なく。明日にでも輸送隊全員を招集して配ろう」


「あ、それからこれ」


 スキルスクルール2本を渡す。


「これは?」


「開くと魔法を覚えられる巻物。アレク以外に2人、属性魔法の能力持ちの子いたでしょ? 『火魔法』と『雷魔法』だったからさ、迂闊に使うと火事になっちゃうんだよ。これは威力小さ目だけど、マジックポイントなしで使える風魔法のやつだからさ、渡して覚えさせてあげてくれる?」


「うむ、何から何まですまんな」


「それからフェイさんにもらった棍、普段はそのまま装備させといてね」


「要するに脅しが利くからということか?」


「そうそう。眼帯君みたいな人が棍持ってるのと持ってないのとでは、威圧感が全然違うもんねえ」


 そういうところはパワーカードの欠点だ。


「いい話があるよ。大地のエーテルを吸い集めて魔力として用いる技術、あれ教えてもらったんだ」


「ほう! ということは?」


「塩に応用するのはちょっと先になるかもしれないけど、まず転移石碑を設置しようと思うんだ。この緩衝地帯から米栽培の現場近くまで」


「おお、それは助かるな!」


 フェイさんもノッてきたね。


「いずれクー川に近い掃討戦跡地に、各色合同で集落作りたいねえ。どんどん開発勧められると思うんだよ」


「移民を募ってもいいな」


「あっ、そうだね!」


 土地があるだけで夢広がるなあ。

 人口増えれば物も売れるし、知らない技術持ってる人もいるかもしれない。


「戦後になるけど、来年早々には転移石碑何とかしたい」


「うむ、早めに決着がつくといいが」


 フェイさんが声を低くする。


「サイナス族長から開戦間近と聞いた」


「帝国の艦隊がドーラに到着するのが3日後だって」


「ふむ」


 フェイさんが腕を組む。


「即開戦とは限らないけど」


「待ってくれるほど気前がいいとは思えぬな」


 無骨な笑い。


「サイナス族長に頼まれていた作物輸送用の台車だが、明日には数が揃う。明後日の輸送隊出立には間に合うと伝えてくれるか」


「わかった、ありがとう」


 よし、用終わり!


「じゃ、あたし帰るね」


「うむ、忙しいところすまんな」


「え、こっちは大丈夫だよ。またね」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 再びチュートリアルルームにやって来る。

 ちなみにうちの子達は留守番だ。


「ユーちゃん、いらっしゃいアゲイン」


「ごめんね。お肉アゲインにはならないけど」


「アハハ」


 でもちょっと残念そうなバエちゃん。

 既にチュートリアルルームに来ていたデミアンと、ステータスパネルを見ている。


「……デミアン、ひょっとして緊張してる」


「少々の緊張は人生のスパイスだ。悪くない」


「おお、天才冒険者っぽいイカすセリフだね」


 パネルを見ながらも所在なさげにしている。

 本当にコミュ障なのか、喋りがユニークなだけなのかよくわからんな?


「新人さんはまだ来てないの?」


「こればっかりは本人の性格もあるから何とも。割と悩む人が多いのよ? ユーちゃんみたいに昼御飯食べてから損害賠償請求しに行こう、みたいなのはごく少数派なの」


「何で知ってるんだよもー」


 皆で笑う。


 チュートリアルルームにあるのはただのステータスパネルじゃなくて、新人冒険者観察用のモニターも兼ねていると初めて知ったよ。

 最初ここに来た時、待ち構えて挨拶されたから変だなーとは思ってたけど。

 チュートリアルルーム行きの転送魔法陣は、こういう仕組みになってたんだな。


「デミアンは最初『地図の石板』を手にした時、どうだったの?」


「吾輩にふさわしい運命の招待状だと思った。悪くない」


「何それ、デミアンかっくいいーって言って欲しいの?」


「大いに歓迎する、悪くない」


 相当面白いやつだな。

 今まで知り合えてなかったのは惜しかった。


「あたし初めて『地図の石板』拾ったの海岸だったの。直後に大波被って溺れそうになった」


「ハハッ、面白い目に遭ってるな。悪くないだろう」


「あっ、転送魔法陣に入った。来るわ」


 シュパパパッ。

 薄茶髪の一見中性的な男の子と女の子が現れる。


「ようこそ。ゼファー・ヌヌスさん。私がこのチュートリアルルームの管理人イシンバエワです。よろしくお願いいたします」


 どうやら男の子の方が『アトラスの冒険者』らしい。

 2人は兄妹かな?

 顔がよく似てる。


「こ、こんにちは」


「緊張しなくていいよ。あなた達2人の関係は?」


「双子の兄妹です。えーと、あなたは?」


「あたしは精霊使いユーラシアだよ」


「「えっ、あの有名な?」」


 おお、さすが双子。

 息ピッタリだね。


「バエちゃん、まず説明してあげてよ」


 ――――――――――30分後。


「……とゆーわけで、行けるところが増えるのは単純に便利。あんた達だってレイノスやカトマスへ簡単に行けるようになったら嬉しいでしょ?」


「「そーですねっ!」」


 バエちゃんの『アトラスの冒険者』に関する基本的な説明の後、あたしがそのメリットを力説する。

 ツインズもかなりノリノリになってきた。

 ちなみに妹さんの名前はエオリア、2人は西域の自由開拓民集落の出身だそうな。


「仮に自分達の転送先に行きたい場所が出なくても、知り合いの誰かの転送先にあれば、一緒に飛べるようになるから。それには冒険者の集まるドリフターズギルドに行って、ギルドカードをもらうことが必要」


「なるほど、そのギルドに行くためにはどうしたらいいですか?」


「今日のチュートリアルが終わると新しい『地図の石板』が手に入る。そうすると2つめの転送魔法陣が設置されて、転送先に新しいクエストがあるよ。そういうクエストを2、3完了すると、ギルド行きの石板がもらえるんだ」


 熱心に聞くツインズ。


「はい、ここでいい話と良くない話がありまーす。どっちから聞く?」


「で、ではいい話から」


「ギルドとレイノスはすぐ近くだし、魔物もまず出ないんだ。ギルドまで来られたらレイノスでお買い物できるよ」


「良くない話とは何ですか」


「『アトラスの冒険者』は、ギルドに来るまでに半分が脱落しちゃう」


 ツインズの顔が曇る。


「半分も、ですか……」


「ただそれも過去の話なんだなー」


「「?」」


 ツインズに説明する。


「新人冒険者が脱落しても誰も得しないんだよ。困りごと抱えてる人は救われない、ギルドは儲からない、バエちゃんは給料下げられる。そして新人冒険者は……」


 一呼吸置く。


「挫折感以外何も得られない」


 全員が頷く。


「だから新人冒険者をサポートする制度ができたのでした。おめでとう! あんた達はその栄えある第1号だよ!」


「「はい!」」


「あんた達が順調にクエストをこなせるならばそれでいい。でももしムリだと思ったならバエちゃんに泣きつきなさい。ここにいる『アトラスの冒険者』が誇る天才デミアンが、あんた達をサポートするよ」


 拍子抜けしたような顔でゼファーが言う。


「えーと、あの、ユーラシアさんは?」


「あたしはデミアンのサポートを今日のお昼御飯で頼まれたの。デミアンが困るほどならあたしも協力するから、心配しなくていいって」


「「わかりました!」」


「じゃ、バエちゃん、あとお願い」


「はい。では2人ともこちらへ来てくださいね」


 ステータスパネルで能力の確認だ。


「ゼファーさんは攻撃力・防御力・最大ヒットポイントに優れた前衛向きで、『魔力操作』の固有能力持ち、エオリアさんは魔法力・敏捷性・最大マジックポイントに優れた後衛向けで、『アシスタント』の固有能力持ちです」


 『アシスタント』は支援系補助系のスキルをいくつか覚えるんだそうな。


「デミアン、どう思う?」


「ゼファーは悪くないだろう。しかしエオリア次第で、序盤が易しくも難しくもなる」


「そうだねえ」


 初期装備が案外難しいな?


「用意させていただいたお2人用の装備です」


 剣と胸当て、棍、革の服か。

 ごく常識的だが?


「『プチウインド』と『ウインドカッター』、どっちがいいかな?」


「『ウインドカッター』、悪くないだろう」


 そーだな。

 『プチウインド』と『ウインドカッター』のスクロールの価格は同じだが、マジックポイント節約より与ダメージが大きい方を。


「バエちゃん、棍と革の服要らない。その代わりに『ウインドカッター』のスキルスクロールをエオリアに」


「え? はい」


 ゼファーが剣と胸当てを装備し、エオリアが『ウインドカッター』のスキルスクロールを開いて習得する。


「ゼファー、この場合の戦術としては?」


「僕が前衛で、後ろに攻撃を通さないようにします。エオリアが引いた位置から攻撃魔法を放ちます」


「オーケー。エオリア、今後の方針は?」


「装備の充実と、私が回復を担当することになると思いますので、その手段を得ること、ですか?」


「いいだろう、悪くない」


「よーし、あんたら偉い! よく理解してる。バエちゃん、テストモンスター用意して」


「わかったわ! 出でよ! 邪悪なる存在、テストモンスターよ!」


 バエちゃんがノリノリでテストモンスターを起動する。

 剣と盾を持った、ファイターみたいな見かけの影のようなものが現れた。


「そいつはフィールドで出現する最弱魔物より弱いよ。あんたらの実力なら問題なく勝てる。ガンガンいこうぜ!」


「ガンガンいっちゃってください」


「ガンガン、悪くない」


 レッツファイッ!


 エオリアのウインドカッター! ゼファーの斬撃! テストモンスターに攻撃ターンを許さない完勝だ!


「おめでとうございます! これでチュートリアルは終わり、新しい『地図の石板』が出ますよ。次からは実戦で頑張ってくださいね」


「少なくともあたしがレベル1の時よりは強いよ」


「複数を相手にすると後衛が厳しいだろう。装備が整うまで、単体の魔物を相手にするのが悪くない」


おー嬉しそうだなツインズ。


「ゼファーは『魔力操作』の固有能力持ちでしょ? レベル1つ2つ上がると覚える『マジックボム』が強力だから、問題なくギルドまでは来られると思うけどな」


「ほう、ユーラシアは博識だな。悪くない」


「いや、たまたまうちの子の1人が『魔力操作』持ちなの。でも『マジックボム』も欠点あるから注意ね」


 全員がそれは何? って顔をする。


「爆散する威力が強いから、例えば洞窟コウモリを『マジックボム』で倒しても、食べるところ残んないんだよ。うちでは美味しい魔物倒すときは禁じ手にしてた」


 笑うな。

 大事なことだぞ。


「エオリアさんが早めに回復魔法『ヒール』を使えるようになると、さらにいいと思いますよ」


「バエちゃんの人の良さそうなタレ目に騙されちゃダメだよ。『ヒール』のスキルスクロールはチュートリアルルームの収入源で、かなーり阿漕な値段なんだ」


「ユーちゃん、ひどーい」


 皆で笑う。


「精霊使いのパーティーで使っているパワーカードはどうなんだ? 悪くないだろう?」


「確かに」


 ツインズに『アンリミテッド』を起動して見せてやる。


「あっ、ユーラシアさん、武器持ってるんですね?」


「冒険者が丸腰なんてことないって。この手のカードの一種に『ホワイトベーシック』というのがあって、装備すれば『ヒール』『キュア』が両方使えて魔法力も上がる。で、ギルドでの販売価格1500ゴールド。ちなみに『ヒール』と『キュア』のスキルスクロールを両方買うと10000ゴールド」


「お得ですね」


「お得なんだけど、うちのパーティーは『ホワイトベーシック』使ったことないんだ。どうしてだと思う?」


 ヘプタシステマ装備体系の利点欠点を教えてやる。


「……ということで、うちのパーティーにとって『ホワイトベーシック』よりも有用と考えられるカードを装備させてるし、あたし自身は『ヒール』や『キュア』より高価な『クイックケア』をスクロールから覚えてるんだ」


「なるほど、7枚の制限がある……」


「パーティーメンバーの能力次第で……」


 考えてるね?


「パーティーに1人ヘプタシステマ使いを入れとくのが、最近のトレンドだとは聞いたよ。装備が軽いから、アイテムや素材の採取が捗るんだよね」


「ギルドまで来れば仲間を得やすい。最終的なパーティーの方向性は、その後に決めても悪くない」


「そうそう。ギルドまでは火力で押して、回復はアイテムに頼ってでもいい。あんた達の村ではマジックウォーター売ってるかな?」


 ツインズが顔を見合わせる。


「売ってないですね」


「回復アイテムはチドメグサ、魔法の葉くらいです」


「じゃ、マジックポイントがなくなったら引き上げて、クエストは次の日に持ち越しなさい」


「えっ? 魔法の葉は……」


 ツインズを制して言う。


「あれは人間の口の中に入れるもんじゃないんだ」


「草食動物も1ヒロ以内に近づかないほどだ。ユーラシアの意見、悪くない」


「魔法の葉かしからずんば死か、それくらいの不味さだよ」


「冒険者は一度は口にするものだ。しかし、いかに勇敢であっても二度目はない」


「魔法の葉食べるかイビルドラゴンの攻撃食らうか選べって言われたら、あたしはためらいなくイビルドラゴン選ぶ」


 コクコク頷くツインズ。

 これだけ言っとけば、魔法の葉食べようなんてバカな気は起こさないだろう。


「ありがとうございました。素材やアイテムについては勉強するとして、その他冒険者未満の駆け出しが注意すること、あるでしょうか?」


 ……特にない気はするけど?


「『経穴砕き』については、今知っていても悪くない」


「おお、デミアンやるね。1500ゴールドで手に入る『経穴砕き』ってスキルがあるんだよ。これはちょっと気の利いた冒険者なら覚えてるんだ。必ず元取れるから」


 バエちゃんの持ってる、販売中のスキルスクロールの価格と効果一覧を、興味深そうに見るツインズ。


「……敵単体に1ダメージを与え魔法防御をかなり下げるバトルスキル、ですか。ちょっと使いどころがわかりませんが」


「そう思うだろう? このスキル、必ず1ダメージ与えるってところがミソなんだ。人形系と呼ばれてる特殊な魔物がたまに現れるんだけど、こいつは普通の物理攻撃や魔法攻撃が効かないの。衝波系とか防御力無視って呼ばれる攻撃じゃないと。極めてレアな固有能力持ち以外は、低レベルの内は『経穴砕き』しかダメージを与える手段がないんだよ」


「人形系は総じてヒットポイントが小さい。低レベルの内に出現する踊る人形は1、ギャルルカンは2だ。にも拘らず得られる経験値は非常に多く、高価な宝飾品を必ずドロップする。悪くない」


「人形系を倒せないなんて、そんな人生つまんない」


 これは誰が何と言おうと至言であり金言。

 それはそうと、ツインズのチュートリアルは終了だな。


「では、お気をつけて。あなた方の御活躍をお祈りいたします」


「「ありがとうございました。失礼します」」


 転移の玉を起動、嬉々としてツインズが帰っていった。


「大喜びで帰っていくのは気分がいいねえ。ってゆーか、あたし要らなくなかった? デミアンだけで十分だったじゃん」


「いやいや助かった。悪くない」


「そお?」


 あたしは御飯奢ってもらったからいいんだが。


「今日思ったのはさ、装備決定の時点で、現役冒険者の意見を取り入れた方がいいってことだねえ」


「同感だ。悪くない。しかし初期装備をスキルに入れ替えられるというのは、我輩知らなかったが」


「3000ゴールド相当なら何でもいいみたいだよ? 元々武器や防具を持ってることだってあるだろうし、現金やアイテムの方がいいケースもありそうだけど」


「うん、わかった。それも提案してみる」


 新人さんの選択肢が増えるね。


「てかどーして今頃新人さんが来るの? こっち戦争直前で忙しいんだけど」


「そう言われても、人員の選定と投入については、私みたいな一係員が関わり得るところじゃないの」


「!」


 驚くデミアン。


「あ、バエちゃんは他所の世界の人だから、帝国とドーラの戦争には無関係なんだ」


「他所の世界? ああ、納得の超技術だ。悪くない」


「理解早くて助かるよ。『アトラスの冒険者』は今のところうまく回ってるから、このことは内緒にしといてね。つまんない詮索されてシステム壊されると困る」


「オーケー、いいだろう」


 自分から天才って言うだけあるな。


「どこまで聞いてる? 3日後には帝国の艦隊が来るんだ」


「3日後?」


 バエちゃんが心配そうな声を出す。


「魔境のペコロス氏にある程度のことは聞いた。西域に行くんだろう? 悪くない。しかし何故、ユーラシアは情報が早いんだ?」


 答えにくいこと聞いてくるなあ。

 バエちゃんの前で本の世界のことはこれ以上言わない方がいいし。


「クエストの転送先にたまたま事情通がいるんだ。その情報をパラキアスさんに流して、代わりにパラキアスさんからも話聞いてるの」


「なるほど。ペコロス氏も、詳しいことはユーラシアに聞けと言っていたんだ。今日、ユーラシアを誘い出した理由の1つがそこにある」


「ほー、策士だね」


「帝国軍工作兵が西域に密かに上陸すると聞いた。それを潰せばいいんだな?」


「実際にはどこに上陸するかわからないけど、西域の可能性が最も高いってことね。せいぜい派手に働いてくれる? パラキアスさんと『西域の王』バルバロスさんとの協定で、『アトラスの冒険者』が西域の守りにつくことが、西域の離反しない条件なんだ」


「バルバロス氏には逆らえん。いいだろう」


 いいんだ?

 デミアンも西域出身なのかな?


「もう1つ知りたいことがある。魔法攻撃を無効にする空飛ぶ軍艦というのは?」


「帝国の秘密兵器だよ。というかそれの実戦投入に目処が立ったから攻めて来るんだ。そいつはあたしが任された。ソル君が援護してくれる」


「ソル君というのはスキルハッカーだな?」


 デミアンて真剣な話する時は『悪くない』って言わないのな?


「そう。空飛ぶ軍艦を空中で相手しようと思ったら、レベル99の『フライ』使えるうちのパーティーしかないし、それでも狙い撃ちされたら近づけないから援護が欲しいの」


「援護といっても……」


「援護になりそーな攻撃には1つしか心当たりがないんだ」


 デミアンの目を直視する。


「……それでスキルハッカーが必要なのか」


「うん」


 話の通じてないバエちゃんが、あたしとデミアンを交互に見る。


「ハハッ、わかったわかった。悪くない。美少女精霊使いの思考回路は大胆だな!」


「ユーちゃん、大丈夫なの?」


「あんま大丈夫じゃないんだなー。これが決まれば戦争はすぐ終わると思うけど、ダメならもっと泥臭い方法取らなきゃなんない。そうすると人死にが増えるんだよね」


 バエちゃんが困ったような顔してるけど、あたしにも何とも言えないんだよ。

 そこんとこ察しておくれ。


「今日は精霊使いユーラシアの人物を知ることができて大収穫だ。悪くない」


「そう? エンターテインメントとしてどうだった?」


「満点だ! 悪くない」


「満点だったかー。そりゃああたしも大満足だよ」


 楽しませてなんぼだね。


「それに、ここチュートリアルルームで戦争についての情報を聞けたのは、吾輩大いに助かった。悪くない」


「ん、どゆこと?」


「夕飯を奢って話を聞きだす手間が省けた」


「あっ、失敗した!」


 3人で笑い合う。


「じゃ、あたし帰るね」


「ユーちゃん、またね」


「また会おう」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 あ、これクエスト扱いか。

 今度こそ新しい『地図の石板』が来るかな?


          ◇


「サイナスさん、こんばんは」


 皆で夕御飯をいただいた後、寝る前のヴィル通信に興じる。


『ああ、こんばんは』


「フェイさんとこに行って、パワーカード75枚渡してきたよ」


『うん、聞いた。明日輸送隊員全員集合だ』


「これでフェイさんと輸送隊全員5枚ずつのカード持ちだよ。戦力として十分のはず。あ、アレクはもう1枚持ってるから6枚か」


 もうあたしができることはない。

 あとそっちは任せたよ。


『君、支出多くなるけど大丈夫なのか?』


「大丈夫大丈夫。でもボーナスくれるなら、受け取るにやぶさかでないけど」


『くれないよ。金はある方からない方に融通するのが君の持論なんだろう?』


「そういえばそうだった。でもたまには気分を変えてみるのも悪くないよ」


 アハハと笑い合う。

 あれ、デミアンが感染ったかな?


「そうだ。作物輸送用の台車が明日には数が揃う、明後日の輸送隊出立には間に合うってフェイさん言ってた」


『そうか、一応明日確認取っておこう』


「戦時中の輸送隊は何人で編成するのかな?」


『うーん、治安の悪化から、道中で襲われる可能性は高まると考えた方がいいだろうが……』


 人数多くすると逆にカラーズの守りが薄くなる。

 その辺、フェイさんはどう考えているのだろうか?


「しまったな。今日聞いてくれば良かった」


『いや、オレが聞いておくよ』


「ごめんね。お願いします」


『ユーラシアがしおらしいと気味が悪い』


「何てことをゆーんだ。もっとしおらしくしちゃうぞ?」


 アハハと笑い合う。


「あと戦争中は緑の民のエルマがさ、『アトラスの冒険者』のギルドとカラーズを行き来して、ギルドの情報をカラーズに持ってくる予定だよ。緑のオイゲン族長のところで情報止まっちゃわないように注意しててくれる?」


『了解だ。それも併せてフェイ族長代理に伝えておこう』


 うん、これでよし。


「それから転移石碑について、ドワーフのアルアさんに協力依頼してきた」


『ん? 何か関係があるのかい?』


「転移石碑に使う黒妖石ってすごい硬いんだよ。ドワーフの石工技術がないと術式彫り込むの難しいんだ」


『ということは、デスさんの協力があれば転移石碑は実現するわけだな?』


「そうそう」


 クー川の近くまで転移できるようになれば、飛躍的に掃討戦跡地開発の効率が高まる。

 『スライムスキン』を確保しとかなきゃいけないな。

 スライム爺さんのところに挨拶しといた方がいいか?

 市販のでも構わないんだけど、安いに越したことないしな。


「そっち何かある?」


『特別ないな。ケスとハヤテが来るくらいだ』


「そっかー。読み書きの勉強だよね?」


『もう読む方は簡単なものならいけるらしいぞ』


「へー、随分覚えてるんだ。熱心だなあ」


 読む方優先で教えてるんだな。


「眠くなってきたよ。サイナスさん、おやすみなさい」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 明日は特別用事はない。

 ギルド行こうかな。

 何か情報得られるかも。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 今日は朝からギルドへ。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「おはよう。ポロックさんがいつもチャーミングって言ってくれるから、あたしもパワーが溢れてくるよ」


「魅力というパワーかな?」


「そーだなー。力こそパワーだよ」


 アハハと笑い合う。

 ふむ、念のためギルドに来てみたけど、特に戦争についての情報交換は必要なさそうな気配だ。

 あたしの方も新しい話ないしな。

 ギルド内部へ。


「御主人、こっちだぬ!」


 おっぱいさんのところにいるヴィルに呼ばれる。

 あれ、こういうパターン珍しいな。

 依頼受付所へ。


「サクラさん、おはよう」


「おはようございます、ユーラシアさん」


「ひょっとしてあたしに依頼です?」


「はい。ユーラシアさんほどの実力者に見合う依頼ではないのですが、ちょうど転送魔法陣をお持ちなので、お願いしようかと」


 ああ、なるほど。

 そういうケースもあるんだな。

 すぐ現地に行けるなら、スピーディーに依頼こなせるもんな。


「どういう依頼です?」


「スライム牧場です。レベル15以上の冒険者を寄越してくれとの内容で」


「あっ、ちょうどいい! 用があって行こうと思ってたところなんだよ」


 おっぱいさんがすまなさそうな顔をする。


「この依頼、ギルドは仲介料を受け取っていますが、冒険者には現金報酬がなくて現物支給なんですよ。その分獲得経験値に上乗せしたいところですけど、ユーラシアさんのパーティーはレベルカンストしていますし」


「そんなの全然構わないってばよ」


「はい、ではお願いします。こちら石板クエストに準じた扱いになります。後のギルドカード確認は必要ありませんので」


「わかった、行ってくるね!」


「行ってくるぬ!」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


 スライム牧場のある地に転送して来た。

 前来た時とほとんど印象変わらないな?

 相変わらず荒地っぽく見えるけど、荒れ果てている感じではない。


「もっとすごく寒くなってるかと思ったけど、そうでもないね」


「寒い風は山で防がれるのかもしれませんね」


「こういう気候が、スライムの生育に必要なのかなあ?」


 アトムから声がかかる。


「姐御、黒妖石かなり落ちてやす。魔境よりも!」


「マジ? じゃそっち任せた! ダンテ、袋広げてあげてて。あたしはクララとスライム爺さんのところ行ってくる」


「「「了解!」」」


 ムイムイ鳴く牧場のラブリースライムの頭を撫でてから、爺さんがいるだろう小屋へ。


「こんにちはー」


「おお、お主達が来てくれたか。久しぶりじゃの、活躍は聞いておるぞ」


「ありがとうございます。えーと、そちらの方は?」


 爺さんともう1人、20歳そこそこの若い男の人がいる。


「ワシの孫じゃ。牧場を継いでくれることになってな」


「それは良かったですねえ」


 お孫さんに挨拶される。


「精霊使いユーラシアさんですね? お名前はかねがね」


「初めまして。今後ともよろしく」


 握手。

 感じのいい人だ。


「それで牧場を拡張しようということになったのじゃ。今の規模ではワシの食い扶持が精一杯じゃからの」


「生産は増えても、『スライムスキン』の需要がないと困るんですけど……」


 お孫さんが心配しているようだが。


「え? 大丈夫ですよ。海の女王も欲しいって言ってますし」


「お主、そっちにも顔が利くのか?」


「友達なんですよ」


 『スライムスキン』はあればあるだけ売れる気がする。


「で、ギルドへの依頼はその牧場を広げるお手伝いですか?」


「いや、そちらはワシらだけで可能じゃ。問題は西に大型のスライムが現れたことでの。ワシの見たところ、レベル15以下の者では退治はムリだろうと思われるのでな。依頼を出したのじゃ」


 スライム爺さんは元『アトラスの冒険者』だ。

 年齢から実戦はムリでも、魔物の見立てが間違っていることはないだろう。


「ここ、結構スライムが出るんですかねえ?」


「夏涼しいが冬はさほど冷え込まないのじゃ。スライムの生育には適しておるの」


 ふーん。

 以前、魔物を飼うのに他人の理解が得にくいから、奥地に引っ込んでるみたいなこと言ってたが、やっぱ気候が適してるってこともあるんだな。


「了解です。西ですね?」


「ふむ、注意して欲しいことがある。通常のスライムは雑食性じゃが、件の大型スライムは純植物食性なのじゃ」


「純植物食性……それは何か問題がありますか?」


「植物を溶解して取り込むスピードがかなり速い」


 えーとつまり?


「油断してると服を溶かされるから気を付けよ」


 帝国の変態貴族が飼い慣らしているとゆー、伝説のドスケベスライムここでキター!

 そーか、服に用いられている木綿や麻は植物性だからか。


「溶解液を飛ばしてくることがあるが、お主らの実力ならば避けるのは容易いはずじゃ」


「なるほど、よーくわかりました。気を付けます」


「もう1つ。上手に倒せば、通常の20倍以上の『スライムスキン』が採取できる」


 ほう? 聞き捨てならない情報だ。


「どうやって倒すのが理想的ですか?」


「即死攻撃で一突き、じゃな」


「うーん、ちょっと難しいですね」


 あたし達のレベルで普通に刺突攻撃したら、スライムなんかパツンと破裂してしまう。

 手加減した攻撃で、パワーカード『ニードル』と『ファラオの呪い』やアトムのバトルスキル『朱屠拘束』を用い、即死効果に期待することは不可能ではないが、即死効果が出るのって相手が無耐性でも20~30%の確率だしな?

 何度も突いたんじゃ穴だらけになって本末転倒だ。

 ボス補正があったりすると、そもそも即死が効かないし。


「まあ即死狙いはムリじゃろう。であれば真ん中から真っ二つにしてくれればよいぞ。あちこちに傷がついたり、魔法で変質してしまったりするよりよほどよい」


「それなら任せてください」


「ハハハ、心強いの。ではまいろうか」


 小屋を出る。


「アトムー、ダンテー、お仕事行くよ」


 アトムとダンテが駆け寄ってくる。スライム爺さんが疑問に思ったようだ。


「こやつらは何を拾っておったのじゃ?」


「こういう黒くて硬い石です。黒妖石っていうんですけど」


 袋の中を見せる。


「ああ、これか。スライムが嫌うので、避けてたくさん集めてあるぞ。必要か?」


「欲しいです」


「こちらへ」


 小屋の裏の納屋に案内される。

 スライムが嫌う石ってのは面白いな。

 ヒットポイント自動回復持ちのスライムは、体内のエーテル流量の多い魔物だ。

 迂闊に触れると、体内のエーテルが黒妖石側に流れちゃうんじゃないだろうか?

 だから嫌うと考えると説明はつく。


「わ、こんなに?」


 黒妖石の山イコール宝の山だ。

 集めるの大変だったろうに。


「もらっちゃっていいんですか?」


「大した礼もできぬのじゃ。こんな石で良ければ全部進呈しよう」


「ありがとうございます!」


 やったあ!

 当分黒妖石には困らないぞー。


「うむ、では問題のスライムのいる西へまいるぞ」


 テクテクと10分ほど歩くとそいつはいた。


「本当だ。大きいですね。1体だけですか?」


「1体だけじゃ。任せたぞ」


 緑色のドスケベスライムに警戒されるのを承知で、あえて風上から近づく。

 え? 何で気配を晒してまで風上から行くんだって?

 だって風下で斬った時に汁飛んできたら嫌じゃん。


「……」


 無言のまま、『スラッシュ』&『スナイプ』の間合いに入ったところで一閃。

 リクエスト通り、真っ二つにして倒す。

 え? ドスケベスライムなのにサービスシーンはないのかって?

 ないよそんなものは。


「お見事!」


「ほう、あんなに遠くても届くのじゃの」


 爺さんとお孫さん大喜びだ。

 2人で手際よくスキンを剥いでゆく。

 へー、職人技はすごいな。


「ではこれが依頼料になる。受け取ってくれ」


「ありがとうございます」


 現物支給ってこれなんだ?

 理にかなってるけど。

 でもでっかい『スライムスキン』は、あたし達にとっても使い勝手がいいので嬉しいな。


「ところでお主ら、あの黒い石は何のために集めておるのじゃ?」


「カトマスのマルーさん御存知ですか? その技術で……」


 大丈夫ですか?

 ものすごい勢いで咳き込んでますが。


「『強欲魔女』が関わっておる案件か? いやいや、聞かなかったことにする! あっ、それからここでその石を得たことは内密に頼むぞ!」


「はい、わかりました」


 マルーさん、どこ行ってもこんな扱いなんだけど?

 いつかその武勇伝をゆっくり拝聴したいものだ。


「今日はすまなんだの」


「いえいえ、こちらこそお土産もらい過ぎです。お礼したいんですけど」


 どう考えてもあのごっそり黒妖石は過剰だよ。

 却って悪いなあ。


「よいよい。売れるものではないし、ワシらが持っていても使えぬものじゃ」


 貸し作るのは好きだけど、借り作るのは好きじゃないんだよなー。


「あっ、じゃあお孫さん1時間ほど貸してください! スライム牧場にふさわしい人材にしてみせます!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「オニオンさん、こんにちはー」


「いらっしゃいませ、ユーラシアさん」


 スライム爺さんのお孫さんを連れて魔境にやって来た。


「今日も魔境ツアーですか?」


「うん。この人、昔『アトラスの冒険者』やってて今スライム牧場営んでるお爺さんの孫なの。そのスライム牧場というのがあたしの最初のクエストでさ。すごくお世話になったから、お孫さんのレベル上げに来た」


「ほう。そのスライム牧場のある場所というのは、魔物の出る土地柄ですか?」


「そうそう。今日もでっかいスライムが出て、依頼があたしに振られたんだよ。で、お礼一杯もらっちゃって悪かったから、少しお返ししとこうと思って」


「つまりそのお孫さんに強くなってもらって、魔物退治まで含めて自分で管理できるようになった方がいい、ということですね?」


「そゆこと!」


 オニオンさんがお孫さんに言う。


「ユーラシアさんは魔境のプロフェッショナルです。指示に従っていれば危険はありませんから」


「は、はい」


「行ってくる!」


「行ってらっしゃいませ」


 ユーラシア隊及び未だ事情のわかっていない牧場の跡取り出撃。


          ◇


「ただいまー」


「おう、帰ってきたか。ん……何をした?」


 スライム牧場へ戻ると、早速爺さんの質問だ。

 さすがは衰えたりとはいえ元『アトラスの冒険者』。

 お孫さんの変化にすぐ気付いたらしい。


「お孫さんのレベル上げてきました。これなら少々の魔物が出ても依頼出さなくていいですよ。パワーもかなり上がってますから、牧場の拡張捗ると思います」


「それは助かるが、しかし……?」


 お孫さんをしげしげと眺める爺さん。


「……どう見ても上級冒険者クラスなんじゃが?」


「そうですね。レベル30越えてます」


 スライム爺さんも口あんぐりパフォーマーでしたか。


「ど、どういう理屈で?」


「えーと、共闘することによってレベル上げするという、あたし達の得意技がありまして……」


「それはわかるが、さっきから1時間と経っておらんだろう?」


「魔境でデカダンスを倒すと、すぐレベル上がるんです」


「デカダンスとな……」


 絶句するスライム爺さん。

 元『アトラスの冒険者』ならばこそ、その困難さが理解できるのであろう。

 いやでもあたし達人形系レアハンターだから、そーゆーの得意技なの。


「……お主らが初めて牧場に来てから、3ヶ月くらいになるか」


「ちょうどそのくらいですね」


「驚くべき才能じゃのう」


 いや、多分人形系に絞って戦ってる冒険者が、あたし達だけだからだと思うんですけどね。

 最初からこういうスタイルを教え込んで、それを可能にする武器が普及すれば、皆1ヶ月でレベルカンストするんじゃないかな?


「これ、お返しします」


 『アンチスライム』のパワーカード。

 以前のクエストの際、スライム爺さんに報酬の1つとしてもらったものだ。


「大変役に立ちました。でも今は、お孫さんにこそ必要なカードだと思います」


「そうか、そうじゃな」


 爺さんは懐かしそうにそのカードを受け取り、お孫さんに渡す。


「ヒューバートよ。勇者の手を経たパワーカードじゃ。大切に使うのじゃぞ」


「はい、わかりました」


 うんうん、人口多くなると『スライムスキン』の需要は絶対増えるしな。

 野生のスライム倒すことによって得られる『スライムスキン』の数なんて知れてるんだから、安定の仕事だと思うよ。

 どうしても商売人目線になるけど。


「じゃ、あたし帰りますね」


「ありがとうございました!」


「気をつけての。また来るがよい」


「はい」


 転移の玉を起動し帰宅する。


『クエストを完了しました。ボーナス経験値が付与されます』


 お孫さんのレベルアップまで終えた、このタイミングの転移でクエスト終了か。

 いい仕事したなー。


          ◇


「サイナスさん、こんにちはー」


「ユーラシアじゃないか。どうした?」


 午後は灰の民の村に遊びに来た。


「どうってほどのこともないけど、たまにはサイナスさんがあたしの可愛い顔を見たいだろうと思って」


「お土産の肉は素直に嬉しい。皆で分けるよ」


 もーサイナスさんたら恥ずかしがっちゃって。


「今日なんかある?」


「特には。午前中に輸送隊全員に集合がかかって、パワーカードを配布したくらいだな。明日輸送隊は7名で出すらしい」


「ふーん、7人か。その心は?」


「お団子頭のインウェン副長がいるだろう? あの子には戦争のことを伝えたんだと。なるべくレイノスの様子を探って来いと」


 ははあ、なるほど。

 明後日到着する頃には帝国艦隊が沖に現れ、レイノスが混乱している可能性が高い。

 情報収集を重要と見て、若干人員を増やしたか。


「アレクとケスも今回のメンバーに入っているんだ」


「いいんじゃないかな。あの2人は観察力あるし」


 アレクは戦争あること知ってるもんな。

 市内が混乱してたって浮つくことないだろうし、セレシアさんの服屋知ってるから連絡も取れる。

 まあでもセレシアさんは戦争あることわかっててこの時期に開店したんだから、カラーズに撤退するって意思はないんだろうけど。


「……ところでそれは何だ?」


「転移石碑用のでっかい黒妖石2つと『スライムスキン』だよ。あたししばらく帰って来られないかもしれないんだ。こっちの戦争に集結の目鼻ついたら、じっちゃん捕まえて転移石碑設置の計画進めてよ」


「了解だ。しばらく帰って来られないかもしれないとは?」


「文字通りの意味だよ」


 サイナスさんがあたしの表情から探ろうとする。

 でもムダだろう。

 あたしにもどうなるかわからないんだから。


「どこ置いておけばいいかな? 結構重いんだよ、これ」


「あ? ああ、じゃあ隅に」


 どっこいせっと。


「これ、迂闊に持とうとすると腰やられるよ。気をつけて」


「ハハハ、君が重いって言うくらいだとオレじゃ持ち上がらないから平気だ。わざわざチャレンジしない」


「サイナスさん、賢いねえ」


 笑い。


「今日は夜、ヴィル飛ばさなくて大丈夫かな?」


「そうだね。これ以上特に用はなさそうだが」


「じゃあ緊急のことがない限りナシね」


「わかった」


 ないならないでヴィルが可哀そうかなあ。


「ケスとハヤテ来てるのかな?」


「ああ、アレクと図書室だ」


「行ってくる!」


 サイナスさんと別れ、図書室へ。


          ◇


「おーい、アレク! ケス! ハヤテ!」


 図書室で声をかけると、皆が一斉にこちらを向く。


「ユー姉」「姐さん」「ユーラシアさん」


「皆で勉強? あんた達は偉いねえ」


「姐さんは本とか読まねえのか?」


「本読むと眠くなっちゃうんだよね。変な時間に寝るとリズムが崩れるから、寝る前以外はなるべく読まないようにしてるんだ」


 ん、クララ?


「アレクさん。この前の本、ありがとうございました。楽しく読ませていただいてます」


「本好きのクララがどうしてユー姉について行ったの? おかしくない?」


「そりゃあカリスマか人徳か?」


「ユー姉の怪しげな珍回答は要らないんだけど」


 失礼だな。


「ハヤテはどう? 字、かなり覚えたみたいだけど」


「あい、とても楽しいですだ」


「ケスも?」


「ああ、字が読めねえと地図がわからねえから」


「あっ、そーか!」


 以前、輸送隊員に地図を配ったが、あんまり役に立ってない?


「アレク、輸送隊員で読み書きできないのって何人いる?」


「というか、読み書きできるのが、隊長副隊長と黒の民の2人だけじゃないかな」


「マジか」


 割とショックな現実だ。

 カラーズの識字率はもっと高いと思ってたよ。

 とゆーか、眼帯隊長が読み書きできるのは割と意外だな?


「アレク、こりゃダメだ。ドーラの識字率上げよう」


「えっ? どうやって?」


「ゲーム作ろう」


「この前の双六みたいなやつ?」


「いや、『美少女精霊使いのドラゴンを倒す旅』だって読めなきゃ遊べないでしょ。読める人増やすのが先だわ」


「何かそのタイトルすっかり定着してるけれども」


 定着させるのも大事なんだぞ?


「字を覚えさせるゲームだよ」


「どういうこと? 字が表記されてるゲームなら、それが読めないんじゃどうしようもないじゃないか」


 説明する。


「絵札2枚ずつでペアで作っとくんだよ。誰が見てもそれとわかるやつ。例えばドラゴンの絵札に『ど』『ら』『ご』『ん』って字入りのやつが1枚と、『□』『□』『□』『□』って空欄のやつ1枚」


「ふんふん、字は知らなくても、絵で読み方がわかる感じだね?」


「そう、それが肝。で、絵札とは別に字札作っといて場に置いとくでしょ? で空欄絵札見せて、これの3文字目とかでゲーム参加者が取り合いするの。合ってるかどうかは字入り絵札で確認すれば、読めなくても遊べる」


「「「「「「おお~!」」」」」」


 皆が感心する。


「っていうのをベースに、考えてくれない?」


「姐御、それほぼ完成してやすぜ?」


「いや、絵札は2枚にするのがいいのか1枚で表裏にするのがいいのかとか、誰もが知ってる単語として何を絵札にしたらいいかとか、遊びやすい大きさとか材質とか細かいルールとか、詰めなきゃいけないこといくらでもあるでしょ。あたしそういうの苦手」


 面倒なことはあたし向きじゃないんだよなー。


「売り出した時の収益は3人で分ければいいから頑張って」


「えっ? ユーラシアさんはいいだか?」


「ドーラの人が字読めるようになれば、皆が『精霊使いユーラシアのサーガ』読むでしょ。そっちのモデル料で儲かるからいいんだよ」


「おいらもそれ読みたい!」


「ケスはいい子だね。本刷り上ったら1冊進呈しよう」


「いやったぜ!」


 ハッハッハッ、架空の本で盛り上がるがいい。


「字のゲームはいいのができたら仕掛けるから。大ブームになるよ」


「ユー姉は簡単に大ブームって言うけど」


 アレクは懐疑的だね?


「字を読めるようになりたい人が多い、字を読める人が多くなることで有利になる人も多い。こういうのは仕掛け手伝ってくれる人も多いから、絶対売れるんだぞ?」


 出来が良くて値段が高くなければね。


「この前レイノスの紙とか印刷とか扱ってる商人さんと会って話してたんだ。ドーラの識字率2、3割だろう、レイノス以外だともっと低いだろうって。でも読み書き計算できなくてお金持ちになるって、相当難しいじゃん? だからまず字を読めるようになって欲しいんだよね」


 字さえ読めれば、その後は教科書があれば理解できるだろうしな。


「そのお金持ちどうこうというのがわからないんだけれども」


「相手がお金持ってないと、こっちの物が売れないんだぞ?」


「お金を作ってばら撒くんじゃお金持ちにはなれないだか?」


「それは違うんだなー。あたしは物がたくさんあって、それを買えるようにしたいの。世の中のお金が増えても物が増えないんじゃ一緒でしょ?」


 ケスが聞いてくる。


「読み書き計算ができれば金持ちになれるのか?」


「とは限らないけど、計算できなくて商売はあり得ないでしょ? 読み書きできれば持てる知識や情報の量に大きな差が出るよ。お金持ちになれるチャンスの数が違うんだな」


 1人お金持ちが出れば、その人の下で働いたり仕えたりする人もお金をもらえる。

 優秀な人を雇おうとすれば他と競争になり、賃金を上げざるを得ない。

 そうなると皆におゼゼが回る。

 で、やっぱ優秀な人材は読み書き計算くらいはマスターしてないと。


「でもまあ、ケスは雇われる方より雇う方が向いてると思うよ。経験を積んでいこうね」


「お、おらはどうだべ?」


「人間は御飯のために働かなきゃいかんけど、精霊は必ずしもそうでないでしょ? ハヤテだって風に吹かれていれば、最低限お腹は満たせるんだから。字とか本とかが好きなら、利益関係なく楽しめばいいじゃん。やりたいことやって、『精霊の友』の知り合い増やしていけば面白いと思うよ?」


 ハヤテは何したいんだろうな?

 どういう目的があるのか、ちょっと興味ある。


「おらも金儲けしてみたいだ」


 そうきたか。

 この俗物精霊め。


「……っても、あんた普通の人相手じゃ何にもできないだろうし……。あっ、魚人は『精霊の友』だから大丈夫だな。エルフも精霊親和性高いって聞いたことあるし。ハヤテは転移できるんだから、それ生かせばいいんじゃないかな。魚人やエルフ相手に商売できるよ。こっちで高値で売れそうなものを向こうで仕入れて、ケスやアレクに売ってもらう手もある」


 おーハヤテ嬉しそうじゃないか。


「ユー姉、ボクは?」


「何であんたの世話を焼かなきゃいけないんだ」


「そう言わずに。美少女精霊使いのカリスマを発揮しておくれよ」


「そー言われちゃしょうがないなー」


 皆が皆してちょろいぜ、の顔。


「さっきの紙・印刷扱ってる商人さんの話だと、本書く人足りないみたいなんだよ」


「本を書けってこと? でもそれは食べていくだけの収入にならないだろう? 本はそんなに売れるものじゃないから」


「それが常識だと困っちゃうんだな。さて、ここで問題です。どーして本は売れないのか?」


 さあ、皆で考えよう!

 クイズ世界は商売商売!


「読む人が少ないからだべ?」


「ああ、ハヤテの言う通りだ。字を読める人の絶対数が少ない。読めなきゃ本なんて買うわけないから」


「値段の問題もあるだろ。高くちゃ買えねえ」


「うん、ここでやっぱり識字率と、それから質のいい紙の価格が問題になる」


 新聞に使うような紙はさほど高くないようだが。


「紙は緑の民の村でも作ってるって話だから、どの程度の品質でどれくらいの値段になるのか知りたいね。さて、大事なのはそれだけかな?」


「「「えっ?」」」


 素っ頓狂な声出すな。

 あたしはそれで正解だなんて言ってない。


「識字率が高くて本の価格が安ければ売れるのかな?」


「そりゃあ……興味のない内容だったら、いくら安くても買わないだろうけれども」


「それだよ、一番重要なのは。万人ウケする内容ならば、お客さん予備軍の数は多くなる。そしてお客さんはドーラ内に限らなくたっていいんだよ? 本は腐るもんじゃないんだし、帝国本土の人に売りつけること考えてもいいんじゃないの? 面白いものさえ書ければ」


「……」


 アレクが黙る。

 あたしが戦争後も帝国との貿易を考えていることに驚いたのだろう。

 ケスはまだ戦争があることを知らないはずだから、アレクもそれ以上口には出さない。


「今、帝国との貿易は細ってるみたいだけどさ、いつまでもそうじゃないよ。人口の多い帝国と商売して儲け出すくらいの本書いてよ」


「……なるほどね。専門書だけじゃなくて、広く売れそうな本ということか。そういう本を安く出せれば……」


 専門書は数売れないんだから、高くたっていいんだってばよ。

 それより字が読めるようになった人達が喜んで読んでくれるような……。


「エンターテインメントだよ、エンターテインメント。具体的には、あたしが枕にしようとしても、それを押し止めて読ませるだけの威力がある本。それなら売れるな」


 ユー様、それは不可能じゃないですかって顔をクララがしてるけど、必ずしもそんなことはないんだぞ?


「あー、誰か『精霊使いユーラシアのサーガ』書いてくれないかなーちらっ」


「また『ちらっ』って。『精霊使いユーラシアのサーガ』は、ダンさんに書いてもらえばいいじゃないか」


 何故ここでダンが出てくる。


「ダンは面白い方向にしか話を盛らないもん。かっちょいい風に盛ってくれないと」


「面白い方が売れるよ。エンターテインメントだよ?」


「……一理ある」


 うあ、葛藤があるな。


「ま、いいや。勉強の邪魔しちゃ悪いから。アトム、ダンテ、あんた達は字の読み書きできるんだっけ?」


「書いたことはないでやすが、読む方はできやすぜ」


「モーマンタイね」


 そうなんだ?

 案外優秀だな。


「どこで覚えたの?」


「「パワーカードの説明で」」


「あっ、そーか」


 読めなきゃどれが何のカードかわかんないもんな。


「うーん、必要性は最高の教師だねえ」


 ケスが聞いてくる。


「姐さん達はこれから用があるのか?」


「今日はないよ」


「じゃあ、ゆっくりしていってくれよ。その方が楽しいぜ」


「そーだね。クララ、アトム、ダンテ、あんた達ここでゆっくりしてなさい」


「ユーラシアさんはどうするだ?」


「あたしは掃討戦で広げた畑の方見てくる」


 アレクがニヤニヤしながら言う。


「ここにいればいいのに」


「眠くなっちゃうんだよ。わかってるくせに」


 皆が笑う。


          ◇


「あ、外は結構寒いな」


 そりゃまあドーラがいくら温暖とはいえ、落窪の月に入れば気温は低い。

 でも良かった。

 この前ギリギリ間に合った秋植えの野菜達も、しっかり根付いているようだ。

 春にはかなりの収穫が期待できるだろう。


「おや、ユーラシアかい?」


「こんにちはー」


「あんた時々、肉を持ってきてくれるだろう? ありがたいよ」


「そーゆーこと言われると、また張り切って狩って来たくなるなあ。気分が良くなると頑張っちゃう子だから」


「じゃあもっと盛大に感謝しないといけないね。楽しみにしてるよ」


 アハハと笑い、拡張した畑を眺める。


「この掃討戦でもらった土地の方見るのは初めてかい?」


「うん、サイナスさんに様子だけは聞いてたんだ。秋植えがギリギリ間に合ったって」


 ハクション!

 ちょっと冷える。


「あらあら、あんたは健康だけがとりえなんだから」


「『健康だけ』はひどいなー。『知性』や『美貌』もとりえなのに」


 再びアハハと笑い合う。


「カゼひくといけないよ。これ羽織ってなさい」


「ありがとう」


 ケープを借りた。

 肩にぬくもりを感じる。


「この畑ねえ、族長が急いで仕上げろって躍起になってたんだよ」


「サイナスさんが族長って言われると、違和感あるねえ」


「あはははっ! そうだねえ」


 ひとしきりの笑い。


「そんなに作物があっても余っちゃうと思うんだけど」


「レイノスと交易進んでるのは知ってるでしょ? 灰の村も作物を売るんだよ」


「そういう理屈もわかるんだけどねえ。でもここは精霊とともに生きる村だよ。お金なんか、暮らせるだけあればいいと思うんだが」


 灰の民は無欲だ。

 こういう考え方をする人もまだまだ多い。


「あたしも冒険者になっていろんなとこ見たけど、野菜は灰の民の村のが一番美味しいよ。他所の人にも食べさせてあげないと可愛そうでしょ?」


「ああ、それはそうかもねえ。緩衝地帯のショップあるだろう? あそこで他色の民にもよく売れるんだよ。丸々とした野菜だって」


「それに食べ物足んなくなるかもしれないよ。移民が増えるって話もあるんだ」


「そうなのかい?」


 話を曖昧に盛った。

 作物の収穫量は多くても決して困らないという意識は持っててもらいたいからだ。


「最近アレクと仲の良い、羽の生えた精霊がいるだろう?」


「うん、疾風の精霊ハヤテね」


「あの子、どこから来たのかねえ? 何か聞いてない?」


「あ、ごめん。あたしが拾ってきた」


「え?」


 緑の民の村の森に住む精霊なのだが、魔物に脅され魔境で迷子になっていたことを話す。


「……ってわけで、今も向こうに住んでるんだけど、こっちにいるのが楽しいらしくて、日中遊びに来てるの」


「ああ、そうなのかい」


 灰の民は精霊に優しい。


「いつまでも精霊と暮らせる村だといいけどねえ」


「……うん」


 元族長のデス爺がそれはムリだと考えてることを知ったら悲しむだろうな。


「さて、あたしはそろそろ帰ろうかな。ケープ返すね」


「カゼひかないようにするんだよ」


「うん、じゃあね」


 図書室に駆け戻る。


          ◇


「やー今日身体冷えたから、あったかいスープが美味しい!」


 帰宅して夕食の一時だ。


「今日はのんびりした日でしたねえ」


「たまにはいいね」


 最近ゴリゴリやることこなす毎日だったからなー。

 もっとも今日はドスケベスライムをやっつけてきたから、退屈を持て余すほど何もしてなかったわけではないのだが。


「ボス、トゥモローはどうするね?」


「絶対しなきゃいけないことはないなー。でも新しい『地図の石板』来てないかのチェックはしとこうか。あと何かあるかもしれないから、ギルドに顔は出しときたい」


「石板来てたら、クエスト行くんでやすか?」


「うーん、中途半端になるの嫌だから、戦争終わってからにしよう。でも至急だったらその限りじゃない、すぐ行こう」


「「「了解!」」」


 クララが言う。


「ユー様、お茶の葉どうしましょう。リリーさんにお渡ししますか?」


「そーか、それもあったね」


 翌日には帝国軍来るぞーって注意喚起も必要か?

 サイナスさん~デス爺のラインからある程度は聞いてるとは思うけど……。


「心配だな。時間あったら、塔の村も行こうか」


「バット、ギルドで何があるか予想つかないね」


「そうだねえ」


 何だかんだで明後日には帝国艦隊来襲だしな?


「……情報が欲しいな。本の世界へ話だけでも聞きに行こうか。アリスが新しいこと知ってるかもしれない」


 となるとパラキアスさんにも連絡取っといた方がいいか。

 パラキアスさんはもう、レイノスに入ってるかな?


「何となく慌ただしいでやすね」


「まさに何となくだねえ。あたし達らしくもなく、浮足立ってるのかなあ?」


「こんな時はゆっくり寝ましょう」


 大正義クララの鶴の一声。


「そーだね。クララの言う通りだ」


「えへへー」


「寝やしょう寝やしょう」


「レッツスイミングね」


 流れで納得しそうだったけど、スイミングって睡眠と何も関係ないからな?

 ダンテ、あんた一番浮足立ってるだろ。


「レッツおやすみっ!」


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「おはよう、アリス」


「あら、おはようございます。今日は早いのね」


 うちの子達に海岸での回収作業その他を任せ、あたしは本の世界に来た。

 もちろん明日の情報収集のためだ。


「今日はお肉狩りじゃないのね」


「うん、可愛いアリスに会いに来たんだよ」


「まっ!」


 赤くなる金髪人形。

 まったくどうして人形が赤くなるんだろうな?

 これは聞いたら教えてくれるだろうか?

 でもこういうのは、聞かないのがお約束なんだよなあ。

 あたしもお笑いシップに則った行動を心がけてるから、原則は外せないし。


「明日には帝国艦隊がドーラに到着するんだよね?」


「そうね。7艦からなる艦隊がレイノス港に現れる計画だわ」


「7艦?」


 帝国本土から進発したのは8艦からなる艦隊だったはず。

 そうか、1艦は潜入工作兵の母艦か。

 おそらくは西、それとも東へ別れたか?


「多分戦争でしばらくここにも来られなくなると思う。ごめんね」


「あなたが謝ることではないわ。でもまた来てくれると嬉しい」


「あざといくらいに可愛いなまったく」


 伏し目がちの大きな瞳をウルウルしてくる。

 マジでどういう仕組みなんだろ?


「戦争について新しい情報、何かある?」


「大型飛行軍艦についての情報があるわ。明日初めて、試験飛行を兼ねて実戦投入される。行く先は山岳地帯の聖火教徒の村」


 やはり。


「うん、予想通り。明日か……」


 後でギルド行くのは必須になったな。

 今日中にソル君に連絡つくといいけど、まあ明日の朝でもいいか。


「それから山岳地帯には、同時に歩兵部隊が投入されるわ」


「ああ、それくらいの慈悲はあるんだな。いや、慈悲なんてもんじゃないか」


 歩兵部隊による降伏勧告・制圧後に爆撃で破壊する算段だったか。

 もし仮に制圧に失敗したとしても爆撃するから同じこと。


「ありがとう、アリス。また必ず来るからね」


「きっとよ。またね」


 いつか見た夢の内容は忘れよう。

 女神様のおっぱいだけは覚えとくか。

 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさい」「お帰りなせえやし」「ウェルカムホームね」


 うちの子達にアリスからの情報を伝える。


「大型飛行軍艦は明日、山の集落に来る」


「予定通りでやすね。腕が鳴りまさあ」


「うん。ただし、同時に歩兵部隊が来るって」


「歩兵部隊?」


 クララが首をかしげる。


「爆撃後の確認ということでしょうか?」


「いや、先に通告なり宣戦布告なりして村人達を脅して連行、その後に爆撃で村を焼き払うんじゃないかな」


 いきなり爆撃では帝国軍の信を問われる。

 反対派や穏健派を抑えるのが面倒になるだろうから。


「ということは、歩兵部隊を追っ払ってからデカブツでやすね」


「多分ね」


 ダンテが聞いてくる。


「その歩兵部隊は、どのくらいのスケールね?」


「規模? あの山道登ってくるんでしょ? 大した数じゃないと思うけど」


「でも村人に抵抗する意思も起こさせないほどじゃないといけませんから……」


 完全武装で数十人規模、最大100人ってとこじゃないかな。


「まあ、来るってわかってりゃ問題ない数だねえ」


「歴戦の勇士みたいで格好いいセリフでやすね」


「本当だ。ユーラシア隊にふさわしいねえ」


 皆で笑う。


「そっちはどうだった?」


「ニューストーンボードはなかったね」


「やっぱりな。そーかなーと思ったけど、ないならないで残念だねえ」


 うちの子達も頷く。

 やはり新しいクエストの配給は、戦後に回してるようだ。


「あたし、今から山の集落行って、話通してくるよ。あんた達家で待ってて」


「「「了解!」」」


 信じてもらえないかもしれないけど、注意だけはしておかねば。

 明日になっていきなり慌てふためくよりマシだろ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 カル帝国・山の集落に降り立つ。


「どわー、寒い!」


 やっぱ寒さはドーラの比じゃないな。

 というか吹き付ける風が強くて冷たい。


「あっ、精霊使いさん! どうしたんですか?」


「大問題発生だよ。長老いるかな?」


「家にいますよ」


 岩壁に開いた穴の家に案内される。

 明日は暖かい格好して来なきゃな。


「長老、こんにちは」


「おお、お客人。久しぶりですな」


「こっち寒いですねえ。ビックリしましたよ」


「ハハハ、雪はあまり降らんのですが、冬は寒い土地ですぞ。岩肌を舐める風も強いですしな」


 挨拶もそこそこに早速本題に入る。


「以前あたしが『ここの土地を捨てなきゃいけなくなったらドーラにおいで』って言ったの覚えてます?」


 長老がヒゲだが髪だかをぞろっと動かしながら、大きく頷く。


「もちろん。妙に印象に残っておる」


「その時が来たんだ。ここに帝国軍が攻めて来る」


「……やはりそうか」


 あれ、意外そうじゃないのが意外だな?


「役人も行商人もとんと来ぬしの。山の中の邪教徒の存在がよほど迷惑と見える。事前通告もなし、たいそう狭量なことではあるの」


「事態は切羽詰ってるんだ。帝国軍の歩兵と空飛ぶ巨大軍艦が明日来る」


「空飛ぶ巨大軍艦? 明日?」


 さすがに動揺する長老。


「ごめんね。あたしも確報掴んだの、ついさっきなんだ。その空飛ぶ軍艦ってのが明日試運転がてらここへ投入されるんだけど、すんごい高いところからドカドカ爆撃してくるの。歩兵を撃退したとしても、もうここには住めない」


「……」


 沈黙する長老。

 いつの間にか集まる村人達。

 1人が質問してくる。


「さ、最初から降伏したらどうでしょうか?」


「何もしてないのにいきなり攻めて来るってよっぽどだよ? あんた達は善良な帝国民のつもりかもしれないけど、完全に反乱扱いじゃないか。帝国では反乱軍の扱いはどうなの? 死刑? 奴隷? あたしこっちの法律はよく知らないんだ」


 震え上がる村人達。


「この土地と心中するつもりがなければ、皆荷物まとめといてね。ドーラの聖火教大祭司ユーティさんが明日迎えに来るよ。あたし達が帝国軍を食い止めてる間に、転移でドーラへ逃げて」


「精霊使いさんが強いのは知ってるが、どうして俺らのために戦ってくれるんだ?」


 ふむ、そこは疑問かもしれないな。

 説明する。


「いや、ドーラ側の事情もあるんだよ。こっちと時を同じくして、ドーラも帝国と戦争になる。ただドーラの近海は魚人のなわばりで、向こうの首都であるレイノスっていう港町以外は船で近づけないの」


「じゃあその港町さえ守っていれば、帝国軍は上陸できない?」


「そうそう。だからレイノスで帝国艦隊と砲撃戦になるんだろうけど、それだけでドーラが降参するわけないじゃない? そこで問題になるのが……」


「先ほどの空飛ぶ軍艦か」


 長老の声に頷くあたし。


「そんなんがドーラに来られると被害が大きくなっちゃうから、明日試験飛行で油断してる時に落としてしまえっていう作戦なんだ」


「お、落とすってどうやって?」


「根性で?」


 唖然とする一同。


「ドーラだってここと一緒だ。帝国に逆らったんでも刃向かったんでもないんだよ。帝国は空飛ぶ巨大軍艦なんてものを造り上げたから、ドーラに対する支配力を強められるなんて、くだらないこと考えついたんじゃないかな。空飛ぶ巨大軍艦のせいでこことドーラが不幸になる。あれは世の中に不必要なものだ。だから落とす」


 あたしの決然とした態度に息を呑む人々。

 照れるぜ、そんなに格好いい?


「も、もし落とせなければ?」


「仕方がないからこっちでゲリラ戦やって、足元に火がついてるぞドーラなんか攻めてる場合じゃないぞーって作戦に切り替える。でもそんなことすると、こっちの住民の皆さんに迷惑でしょ? だからデカブツ落として終わらせたいんだよねえ」


 しーんとする。


「皆に移住してもらおうと思ってる地は、ユーティ大祭司の指示の下、ドーラの聖火教徒徒が冬越しの準備もそこそこに、一生懸命整地してる場所だよ。戦場にはまずならないから安心していい」


「我らのために、すまんな」


 長老の一言に皆が頭を下げる。


「いや、あたしはあたしとドーラの都合で動いてるだけだからいいんだよ。でもユーティさんは別。ここの集落が襲われるかもしれないって可能性だけを根拠に、使うか使わないかわかんない土地を、今より情報もない時からえらい労力かけて開墾してるわけでしょ? 向こうの信徒の間でもかなり不満が出ているらしいんだ」


 初めてその点に気付いたか、どよめく村人達。


「ど、どうすりゃいいかな?」


「お、オレは帝国軍と戦うぞ!」


「あーそういうの要らない」


 村人一同を見渡す。


「向こうでユーティさんに感謝して。自分達が生きることだけ考えて。できる限りの支援はするよ? でもドーラもこれから冬だし、厳しいことは厳しいから」


「帝国兵は……」


「そっちは任せなよ。空飛ぶ軍艦以外はどうにでもなるから」


「しかし……」


「悪いけど、戦い慣れてない人は邪魔」


 バッサリ切り捨てる。


「お客人……精霊使い殿に従おう」


 うん、そーしてください。


「だが、わしは村の最期を見届けよう。よろしいだろうか?」


「……はい」


 ユーティさんがあの転移石碑を持ち帰ったとしても、ソル君のパーティーは3人だ。

 長老1人だけならドーラへの転移・帰還に問題はない。


「皆の者、明日に備えるのだ!」


「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 すぐさま準備に取り掛かる村人達。

 よしよし、これでいい。

 長老と話す。


「良かったです。信じてもらえなかったら困ったなーと思ってたんですよ」


「ハハハ。あの気迫で話されて信じない者などおりはせぬよ」


 気迫? そうなのかな。

 固有能力『発気術』の効果かも。


「でも、せっかく南の盆地が形になってきたところだったから」


「何の。命の方がずっと大事ですからな」


 わかってもらえて良かった。

 これで集落の住民に犠牲者は出るまい。


「……ドーラもいいところですよ。温暖で土地肥えてます」


「ドーラ『も』とおっしゃってくださるか。精霊使い殿は優しいですな」


「コッカー美味しかったですからねえ」


 ハハハと笑い合う。


「今日は帰ります。明日朝に来ますよ」


「うむ、お気を付けて」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「ただいまー」


「お帰りなさい」


「どうでやした?」


 カル帝国本土山の集落からの帰宅後、うちの子達が聞いてくる。


「うん、バッチリ。問題ない。大急ぎで移住の準備してもらってる」


「ナイスね」


「そーすね」


 さーて、もうレイノスの総督府開いてる時間だろ。

 赤プレートに話しかける。


「ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「パラキアスさん、どこにいるかわかるかな?」


『ちょっと待つぬ』


 しばし待つ。


『見つけたぬ。前もいたことのある、レイノスの大きな役所だぬ』


 よーし、思った通りだ。


「前と同じ部屋かな?」


『そうだぬ』


「じゃあ窓をノックして開けてもらいなさい。あたしが連絡取りたいって。同室の人にも聞かせて構わないから」


『はいだぬ』


 やはり開戦後はレイノスで戦況を窺うつもりだな。


『パラキアスだ。オルムスとオリオンがいるが構わないな?』


「ええ、全然構わないです」


 レイノス副市長のオルムス・ヤンさんと、確か船団長のオリオン・カーツさんか。

 パラキアスさんと併せて、独立後のドーラを取りまとめることになる3人だろう。


「大型飛行軍艦は明日初めて実戦投入、行く先は山岳地帯の聖火教徒の村だって」


『予想通りだな』


「もーパラキアスさん悪い人だな。おかげでこっちが苦労するよ」


『ハハハ、すまんがよろしく頼む』


 憎めない人だなー。

 パラキアスさんはパラキアスさんの信念でやってることだし。


 おそらくパラキアスさんが、山岳地帯の聖火教徒が反乱を企図しているとの噂を、帝国国内で流しているのだ。

 帝国本土の状況を混沌とさせることで、ドーラに対する圧力を減らす戦略だろう。

 最終的にはマジックウォーターを注ぐことで機能する転移石碑を用い、住民を移民としてドーラに迎え入れるつもりだったに違いない。


 確かにうまく嵌れば人的被害を少なく、対帝国戦の戦況を有利に運ぶことができたかもしれない。

 でも山の聖火教徒達が父祖の地を捨てなきゃいけなくなることは、考慮されていないようだ。


『予想より帝国艦隊の速度が速い。明日朝にはレイノス沖に来るとの、オリオンからの情報だ』


「了解。ギルドにはそう伝えときます」


『……山岳地帯の村はどうしてる?』


 躊躇した言い方だね。


「今行って、荷物まとめといてって言っときました」


『信じたか?』


「うん。村の人は聖火教徒だから攻められるんだと思ってたですけど」


『そうか』


 パラキアスさんも言葉少なだ。


『向こうは君の裁量で動いてくれ』


「任せといて」


『戦後のドーラの体制作りについての会議を開くんだが、君参加できるか?』


「えっ、いつ?」


『1週間後だ』


「……つまりその頃までには大体決着がついていると?」


『ドーラはな。あとはそっち次第だ』


 この前10日って言ってたのに、相当自信があるっぽいな?

 あたし次第となれば、日数に余裕を見てこれ見よがしに暴れた方がいいから……。


「真面目な会議は背中がかゆくなっちゃうからムリ」


『ハハハ、まあムリだろうとは思ったが』


「代わりといってはなんだけど、ソル君推薦しときますよ」


『スキルハッカーのか?』


「スキルハッカーで最年少ドラゴンスレイヤーですよ。前途洋々の立派な勇者」


『……ふむ、わかった』


 よーし、面倒なことはソル君に押し付けたし。


「じゃあね、パラキアスさん。オルムスさんとオリオンさんにもよろしく」


『ああ、武運を祈る』


「ヴィル、ありがとう。ギルド行っててくれる? あたし達も行くから」


『わかったぬ!』


 これでよし。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「やあ、ユーラシアさん。今日もチャーミングだね」


「こんにちは、ポロックさん。……帝国艦隊は明日朝にはレイノス沖だって」


 声を落として付け加える。


「朝か、早いな。わかった、ありがとう」


 ギルド内部へ。

 あれ? またヴィルがおっぱいさんのところにいる。


「こんにちはー」


「御主人!」


 ヴィルが飛びついてくる。

 よしよし、いい子だね。


「こんにちは、ユーラシアさん。ヴィルちゃんは可愛いですね」


「可愛いぬよ?」


 アハハと笑う。


「スライム牧場のクエストは問題ありませんでしたか」


「問題なかったけど、問題ありだったよ」


「えっ?」


 おっぱいさんの目が点になる。


「それはどういう? レベル15以上の冒険者を寄越してくれとの依頼でしたから、ユーラシアさんなら全く問題はないと考えていましたが」


「大型スライムを倒せっていう内容で、そいつがかの有名な服を溶かすスライムだったの」


「ああ」


 大きく頷くおっぱいさん。


「本当にそんなスライムがいるんですね」


「もー危うく乙女の柔肌を晒すところだったよ」


 互いに笑い合う。


「スライムが嫌う石というものがあって、それがあたしの欲しいやつだったんだ。たくさんもらえたから、結果としてすごくありがたかった」


「そうでしたか」


 おっぱいさんもニコニコだ。

 声を低くして伝える。


「……ポロックさんにも言ったけど、帝国艦隊の速度は思ったより速め、明日朝には来るって。気を引き締めてね」


「……はい」


          ◇


 依頼受付所からお店ゾーンへ。

 あれ? ペペさんいるな。


「たのもう!」


「ふあっ?」


 飛び起きたペペさんに倒れて来たあのデカい杖が直撃、ごいんと結構な音がした。


「大丈夫? あ、この杖割と重いんだねえ」


「あ痛たたた。あれ、ユーラシアちゃん、どうして上を見てるの?」


「天井でも落ちてくると、ギャグとして完結するなあって思ったの」


「やだもー!」


 ペペさんが弾けるように笑う。

 ペペさんの笑顔は本当に幼く見える。


「ペペさんがいるってことは、何かスキルできたの?」


「や、違うの」


 首を振るペペさん。


「最近家で1人でいると、考えることが多くて寝られないの」


 戦争直前だしな。

 わからんでもない。


「なるほど、それで発想を転換して職場で寝ることにしたんだね?」


「うんそお」


 うちの子達は何を言ってるんだという顔をしてるが、後ろのダンは面白そうだ。


「起こしてごめんね」


「んーん。お店だから仕方ないの」


「『売るものありません』って張り紙しとけば、きっと起こされないよ?」


「……それもそうねっ!」


 ついに笑い出したダンがペペさんに声をかける。


「いやあ本末転倒で傑作だ。もう昼飯時だぜ。ペペさん、奢るからどうだ?」


「ありがとうダンいい男!」


「ユーラシアは金持ちだし人数多いじゃねえか。まあいいや、食堂行こうぜ?」


「すみません。御馳走になります」


「ペペさん、もっと堂々と奢られればいいんだよ?」


「あんたはもっと遠慮しろ」


 笑いながら食堂へ。


「あっ、ソル君達! 今からお仕事?」


 ソル君パーティーは、お昼を食べ終えたところのようだ。


「ええ、準備もありますし」


「明日は朝からギルドに来ててよ。出番だよ」


「わかりました」


 表情を引き締めたアンが聞いてくる。


「何か持って行った方がいいものあるだろうか?」


「だから勇気と余裕とお弁当だってば」


「いつぞやと同じ答えですねえ」


 セリカは笑うが、重要なんだぞ?


「結構寒いんだよ。十分暖かい格好して来てね」


「わかりました。じゃあ失礼します」


「ばいばーい」


「バイバイだぬ!」


 ダンが不審げに聞く。


「明日って……何かあるのか?」


「ん、デート?」


「アンセリがいるじゃねーか」


「ソル君もやるよねえ。両手に花のくせに、もう一輪どうにかしようなんて」


「そういうのはいいから話せよ」


 案外マジだね?

 内緒話モード発動。


「帝国の秘密兵器である魔法攻撃の効かない空飛ぶ巨大軍艦が、明日帝国内部の山岳地帯に試験飛行なんだ。そいつがドーラに来てレイノスにボコボコ爆弾落とすんじゃかなわないから、油断してる内に何とかしてくる」


「おい、その話初耳だぞ!」


 ペペさんはある程度の話聞いてるらしいな。


「ギルドの職員とソル君達なんかには、あたしの予想を交えてある程度話してあったけど、確定したのは今日の朝なんだ。そして明日朝には7艦からなる帝国艦隊がレイノス沖に来る。あたしとソル君のパーティーが帝国山岳地帯で空飛ぶ巨大軍艦担当」


「ユーラシアちゃんはわかるけど、どうしてソールさんが?」


「スキルハッカーだから」


 ダンとペペさんが見つめてくる。

 いやん。


「必要なんだな?」「必要なのね?」


「必要だねえ」


 あ、ヴィルがあたしのところに来た。

 ダンとペペさんはちょっと緊張してるのかもなー。

 よしよし、いい子。


「まあ、皆が自分の仕事こなせばいいんじゃないの? ダンは西だね、ファーム近辺」


「西ったって大して西じゃねえ。自分家だしな」


「カトマス~レイノス間が切られるとシャレになんないんだぞ?」


「よーくわかってるぜ」


 ニヤッとする。

 とはいってもダンは問題ないだろうけど。


「ペペさんは何か役振られてるの?」


「1週間後の会議には参加しろって言われてるけど、それ以外は余計なことするなって」


「そーだろーなー」


 ペペさんは敵に回ったら脅威だけど、味方でも驚異なんだよな。

 トラブルメーカーに仕事をさせてはいけない。


「ペペさん、会議って何だ?」


「パラキアスさんが、戦後のドーラの体制作りについての会議を開くって言ってたから、それのことじゃないかな?」


「そお、それ」


 いわゆる『パワーナイン』は全員集合なのかもしれない。

 プラスソル君か。


「あんたはその会議に出席するのか?」


「え? いや、出ないけど」


「ふうん?」


 不思議そうな顔すんな。

 そんなの柄じゃないよ。


「そんなとこ?」


 内緒話モード解除。

 お腹減ったぞー。


「ご・は・ん! ご・は・ん!」


「あんたはもっと慎みを持てよ」


「だってお腹ぺこぺこなんだもん」


「ペペさんを見習えよ」


「見習っていいのかなー?」


「え?」


 嫌な予感がしたか、ダンが眉を顰める。


「以前、ピンクマンが奢った時に気付かなかった? ペペさんってものすごく食べるんだぞ?」


「そんなことないわよお」


「ほら見ろ、既にナイフとフォークを装備してる。臨戦態勢だ。バッタバッタと食い倒すつもりだよ」


「……お手柔らかに」


「ダメだ許さん!」


「どーしてあんたが宣言するんだ!」


 ダンのサイフをかなり軽くして帰宅。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 クララ達に夕食と明日以降の食事の準備を任せ、あたしは塔の村に来た。


「おーい、じっちゃーん!」


 よく目立つハゲ頭に声をかける。


「何じゃ、ユーラシア。騒々しい」


「御機嫌伺いだよ」


「こちらへ」


 デス爺の小屋へ案内される。


「どこまで情報入ってる? 明日の朝、帝国の艦隊がレイノス沖まで来るよ」


「うむ。それはパラキアス殿と連絡を取った時に聞いた。バルバロスやマルーにも情報を回しておる」


「あ、じっちゃんが連絡係やってるんだ?」


 そりゃそーか。

 転移術使えるデス爺以外に務まらない役だ。


「あたしは明日から帝国行ってくる」


「魔法の通じぬ空飛ぶ巨大戦艦相手と聞いたが」


「うん。相手に不足はないねえ」


「ムリはするでないぞ」


「わかってる」


 何事も適当が良い。

 あたしのモットーだし。

 でもちょっとムリが必要な場面っぽいのだ。


「こっち何か変わったことある?」


「……帝国の皇女がこの村に匿われているという噂が流れておる」


「え?」


 リリーが見た目から皇女と思われるなんてありえない(偏見)し、大体皇女がドーラに来たこと知ってる人なんて……。


「ははーん、そういうことか」


「知ってることがあるなら話せ」


「多分、パラキアスさんだよ。そういう情報をリークして、西域に上陸する帝国工作兵の注目を塔の村に集める作戦だ」


「何? どういうことじゃ!」


 手短に説明する。


「リリーはあんなんでも帝国ではすごく人気あるらしいんだ。保護して連れ帰ることができたなら、工作兵の武勲としては十分過ぎるでしょ?」


 後方を撹乱するというのは、やられる方は嫌だけど、やる方としては危険度の割に地味な仕事だ。

 結局勝負を決めるのは空飛ぶ巨大戦艦だとわかってるだろうし、工作兵指揮官は絶対大功が欲しいはず。


「パラキアスさんが、早期決着間違いないみたいな口振りだったんだよ。何の根拠があるのかなーとは思ったけど」


「そうじゃったか」


 敵軍の襲撃目標を塔の村に限定できれば当然決着は早くなる、という目算なのだろう。

 10日だの1週間だのって妙な自信はそこからか。


「となればここが潜入工作兵の攻撃目標になる確率は高くなる。とゆーかパラキアスさんの言い方からすると、十中八九攻められるんじゃないの? 土地勘のある人を斥候に出して、不意打ちを警戒して。『アトラスの冒険者』はバルバロスさんとの取り決めで最初西域の防備から外せないけど、ここが襲われてることハッキリすれば討伐隊を組織できる。3日持ち堪えてくれれば援軍来るから」


「うむ、承知じゃ!」


 デス爺がしっかりしてればこっちは大丈夫だろ。

 電撃的に制圧されることさえなければ、転移でちょっとずつ援軍連れて来ることだってできるしな。


「エルとレイカとリリーに注意だけしてくるよ。もうそろそろ塔から帰ってくるよね?」


「そうじゃな」


 食堂行ってよっと。

 あ、ちょうどいい。


「レイカ!」


「ユーラシアじゃないか。久しぶりだな」


「リリーはまだ塔かな?」


「そうだな。もう帰ってくるんじゃないか?」


 レイカパーティーと食堂へ。


          ◇


「……ってわけで、ジンのお父さんとは知り合いになったんだ」


 レイカパーティーと話に花を咲かせる。


「強引な父ですが」


「ユーラシアはもっと強引だから問題ないだろ」


「ひどいなー」


 一笑い。

 あ、エルとリリーだ。


「おーい、こっちこっち!」


「「ユーラシア!」」


 エルのパーティーとリリー、黒服がやってくる。


「今日は精霊達は置いてきたのかい?」


「あたし、明日から出張なんだ。うちの子達は携帯食とか作ってる」


「出張?」


 内緒話モード発動。


「以前リリーが言ってたろう? 魔道結界施した飛行軍艦ってやつ。あれが実際に完成した。明日帝国の山岳地帯へ試験飛行だから落としてくる」


「「「「「「!」」」」」」


「だって放っとくとドーラを爆撃しようとするに決まってるからさー。そんなん迷惑じゃん? だから試験飛行で浮かれてる内に壊しちゃう」


 リリーが聞いてくる。


「落とすってどうやって……」


「頑張って?」


 皆が唖然とする。


「いや、そっちはあたしの仕事だからいいんだ。こっちも仕事だよ」


「うん、話してくれ」


 エル、ノッてきたね。


「明日の朝、帝国の艦隊がドーラに来る。それから以前に言ってた潜入兵特殊工作部隊だけど、その攻撃目標がここになる可能性が高いんだ」


「明日か……思ったより早いな」


 黒服が聞いてくる。


「ユーラシア様、物資の流れからすると、この塔の村が攻撃目標になることに違和感を覚えます。何か事情がありますか?」


「リリーがここにいることがバレてるっぽい。リリーを確保して帝国へ連れ帰ることができたなら、潜入兵大勝利の巻だろう?」


 衝撃が走る。


「わ、我が迷惑をかけておるのか?」


「迷惑なんて思っちゃいないよ。どっちにしたって帝国は攻めてくるんだから。むしろドーラ全体から考えれば、敵が塔の村に拘ってくれるのはありがたいくらい」


 皆が頷く。

 塔の村は戦略的に重要な地点ではない。


「皇女であることを利用したっていいんだよ」


「利用、とは?」


「『我がここにおるのに攻めてくるとは何事か、この不忠者どもめが!』ってどやしつければ、帝国兵の腰砕けるんじゃない?」


 ポカンとするリリーと黒服。


「し、しかしお嬢様の身バレはよろしくないと……」


「よろしくはないだろうけど、誰もあんまり気にしないと思うよ。ドーラは帝国からの移民で成り立ってるでしょ? でも誰それは帝国で貴族だったとか犯罪者だったとか、話題にならないもん」


 レイカやエルも言う。


「ユーラシアの言う通りだ。ドーラには王族や貴族がいないからかもしれんが」


「身分を気にしないのはいいことじゃないか?」


「レイノスに上級市民はいるけど、あれ身分制度じゃないよねえ?」


 考え込むリリーと黒服。


「まあ方法は何でもいいけど、無様に負けてくれるなよ? ここが攻められてるのがわかれば2、3日で援軍来るよ。最悪それまで抵抗してくれりゃいいから」


 発破をかけて内緒話モード解除。


「それはそれとして、ドーラでもお茶作ってるところがあったんだ。これ」


 リリーにお茶葉の入った筒を渡す。


「今度来た時に品質どんなもんか教えてよ。あたし本当のお茶飲んだことないからさ」


「うむ。ドーラでもお茶が普通に飲めるようになるといいの」


「……当分難しいかな。ドーラは貧しいから」


 ドーラで一般的に飲まれているのはハーブティーや柿の葉茶だ。

 つまり他の用途のために栽培されている植物を、飲用としても利用してるに過ぎない。

 お茶のような腹の足しにならない嗜好品を作るのは難しく、また販売しても買うだけの余裕のある者はほとんどいないだろう。


「でもユーラシアは、いつかは何とかしようとしてるのだろ?」


「そりゃそーだ。何であたしが遠慮しなきゃいけないんだ」


 エルが言う。


「ユーラシアはボクの国の食文化も取り入れようとしてるんだ」


「あっ、エル! 多分来年にはかれえの試作品できるぞ!」


「本当かい!」


 レイカとリリーが聞いてくる。


「「かれえとは?」」


「ボクの国ですごく人気のある料理だよ。嫌いな人はいないとまで言われる」


「こっちでは似た食べ物がないから表現しづらいんだけど、スパイシーで食べやすいシチューの類なんだ。主に炊いた米にかけて食べるの」


「米か」


 リリーが反応した。


「そういえばドーラで米は見ないな?」


「ちょっとは作ってるんだけどね、地形と水事情が米作に向いてないんだよねえ。でもアルハーン平原の掃討戦で、クー川っていう大河まで人間の住める領域が広がったから、来年には米も大規模試作が始まるよ。再来年には米食をいっぺんに広めるつもりなんだ。エルやリリーは米食のレシピ教えてよ。参考にするからさ」


 レイカがしみじみ言う。


「ユーラシアはこういう話する時、本当に楽しそうだな」


「すごく楽しいよ」


「「「「「食い意地が張ってる」」」」」


「何だとお!」


 黒服さんだけだよ、あたしを尊重してくれるのは。

 楽しい時間が過ぎてゆく。


          ◇


 名残惜しそうにエルが呟く。


「帰るのか?」


「そんな寂しそうな顔したってダメだぞ? この当たり判定の小さいおっぱいめ」


「誰の何の当たり判定が小さいかっ! うがー!」


 皆が笑う。

 エルはこういう時、おセンチになる傾向があるからな。

 エルのパーティーは塔の村の主戦力でもあるし、意識して発奮させておかないといけない。


「しばらくこっちへは来られないのだな?」


「そーだね。長期出張になりそう。なのにお土産持ってこられる当てがないんだ。ごめんよ、でもひどくない?」


 黒服が声をかけてくれる。


「お気を付けて」


「あたしに親切にしてくれるのは黒服さんだけだねえ。見習いなよ」


「「「どの口が言うか!」」」


 アハハと笑い合う。


「あたしの方は好き勝手動けるからいいんだけど、こっちは頼むよ?」


「任せておくのだ!」


 おお、リリー威勢がいいね。

 再び内緒話モード発動。


「レイカはフィールドで肉狩ってたから、地形よくわかってるでしょ? 偵察は任せたよ。正直不意打ち食らっていきなり落とされることがなければ、どうにでもなると思う」


 レイカパーティーが頷く。

 夜襲してくるにしても、土地に不慣れな連中だ。

 必ず近場に痕跡は残すはず。


「本当にここへ攻め寄せるなら、向こうさんの目的はリリーに決まったようなもん。前に出たいのはわかるけど引き気味に。補助に回って」


「……わかった」


 不承不承リリーが頷く。


「レベル的にもパーティーバランス的にも主力はエルだぞ。任せたよ」


「ああ」


 言葉少なにエルが答える。

 気合入ってるね。


「あたしが工作兵指揮官なら、戦争だという情報が塔の村に伝わる前に急襲したくなるな。つまり明日だぞ? 油断するなよ」


「「「「「「おう!」」」」」」


 内緒話モード解除。

 これでよし。


「じゃ、あたし帰るね。諸君の健闘を祈る! また会おう!」


「ユーラシアこそ気を抜くなよ?」


「塔の村は問題ないのだ」


「待ってる」


 転移の玉を起動し帰宅する。


          ◇


「サイナスさーん、こんばんは」


 夕食後、寝る前恒例のヴィル通信だ。


『ああ、こんばんは』


「ギルドと塔の村で根回ししてきたよ。こっちでの用は終わった」


『こっちでの用? 君はどうするんだ?』


「うちの子達と帝国本土へ出張だよ」


『!』


 驚いてる驚いてる。

 人の意表を突くのは気分がいいなあ。


『……しばらく帰って来られないというのは、そういうことか』


「うん、うちの子達にお弁当作り任せちゃった。煮て包んで冷凍してさあ。うち氷晶石があるから、それも持っていけばしばらくもつよ」


『何だか楽しそうだね』


 くすんだ笑い。


「というわけで、明日から夜のヴィル通信はしばらくお休みね」


『ん、それはしばらく向こうに滞在するからかい?』


「帝国の魔道技術がどれほどかわかんないんだよねえ。向こうで目覚ましい活躍を披露するつもりだけど、ドーラと繋がってることがバレるとドーラが恨まれそうじゃない?」


 ヴィル通信を探知される可能性があるかもしれない。

 最悪通信や転移をブロックされることだってあり得る。


「だから転移も最後に帰ってくる時だけにしようかと思ってるんだ」


『考えてるね』


 あくまで帰れれば、だけどねえ。


「あ、それからレイノス東が攻められる可能性は低くなった」


『どうしてわかる?』


「帝国の皇女が塔の村にいるってことがバレてて、そっちが標的になるみたい。話してたっけ? 海の一族の監視を抜けてくる帝国の技術。そんなに乱用できないし信頼性もないから、向こうが狙われるならこっちにもっていう余力はないと思うんだ」


『そうか。カラーズにとっては朗報だな』


 でも余裕ぶっこいてんじゃねーぞ?


「塔の村にも気合い入れて来たから大丈夫」


『そんなんでいいのか?』


「え? 向こうにも結構レベル高い冒険者いるし、警戒怠って隙突かれたなんてことなければ問題ないよ」


『ふむ』


 塔の村にはデス爺いるしな。

 ドーラはまず平気。

 あれ、マジであたしの働き次第なんだが?


「そっちは輸送隊出たんだっけ?」


『ああ、情報収集を兼ねてね』


「アレクとケスに成長が見られるといいねえ」


『あれ、そういう目線なんだね?』


「慈愛に満ちた母のようでしょ?」


 笑い合う。

 サイナスさんも肩の力が抜けたようだ。


「サイナスさん、おやすみなさい。今日はゆっくり寝るんだ」


『ああ、おやすみ』


「ヴィル、ありがとう。通常任務に戻ってね」


『了解だぬ!』


 いよいよ明日だ。


          ◇


「カカシー。あたし達しばらく帰って来られないからさ、今日の凄草の株分け分は皆食べちゃうからね」


「おう、わかったぜ」


 畑への魔力供給が自動でできるようになって本当に良かった。


「帰りはいつ頃になるんだい?」


「それがわかんないんだなー。最低10日は向こうで頑張るつもり」


 首尾よく空飛ぶ軍艦を落とせたとしても、部品回収されてすぐ再建されたんじゃ困る。

 村人がドーラに逃げた痕跡もなるべく消さなきゃいけない。

 パラキアスさんは1週間って言ってたが、向こうでしばらく暴れた方が、帝国がドーラに構ってる暇もなくなるだろうし。


「そうか。まあ畑はオイラに任せておけよ」


「うん、お願い」


「ユーちゃんも気を付けろよ?」


「カカシは優しいなー」


 さて、凄草サラダをたっぷりいただこうじゃないか。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。

 ギルドに到着。


「やあユーラシアさん。今日はいっそうチャーミングだね」


「おはよう、ポロックさん。いっそうっていうのは気分がいいねえ」


 アハハと笑い合う。


「どうなってます?」


「7艦からなる艦隊が現れたと、レイノスから連絡が入っているよ」


「残り1艦は西なんだろうなー。塔の村が襲われる可能性が高いみたいなんだ。向こうには注意しろって言ってきたけど、攻められてるのがハッキリしたら、西域防備の冒険者を再編して塔の村へ派遣して」


「了解です」


「冒険者達はまだ来てないよね?」


「ソールさんパーティーはもういらしてますよ。カールさんは西域へ先発しています」


 ピンクマンの動きが早い。

 ソロなんだから誰かと一緒に行動すりゃいいようなものだが、おそらく工作兵を見つけたらすぐ転移して、場所を報告するつもりなんだろうな。


 ダンが玄関から入ってくる。


「よう」


「あんた転送で来るんじゃないんだ?」


「昔からの習慣だからな」


 そーか。

 『アトラスの冒険者』じゃない時は当然徒歩だったろうしな。


「現在の状況はどうなってる?」


「帝国艦隊はもうレイノスに来てるって。それ以外はまだ何とも」


「そうか。じゃ、うちの連中にタネ明かししてくるぜ」


 カイルさん以外のオーランファームの従業員は、まだ戦争があることは知らないはず。

 パワーレベリングの真の理由を話すんだろう。


「あんたも気を付けろよ?」


「うん」


 ダンが転移の玉を起動していなくなる。


「じゃ、手筈通りに」


「わかりました」


 ポロックさんが頷くのを見てギルド内部へ。


「「「ユーラシアさん!」」」


 ソル君パーティーだ。

 うん、いい面構えだね。


「待たせたね。行こうか」


 フレンドで転移の玉を起動しホームへ。


          ◇


 フイィィーンシュパパパッ。


「うわ、寒い!」


「これ、今日はマシな方だよ?」


 ソル君パーティーとともに帝国の山の集落に到着。

 昨日よりは風が弱い。

 村人の1人、以前砂蜘蛛に襲われていたところを助けた女性が、心配そうな様子で話しかけてくる。


「精霊使いさん!」


「こんにちはー。仲間を連れて来たよ」


「役人と歩兵が現れました。長老が交渉しています」


「え?」


 こんな朝早くに山の上まで登って来たのかよ?


「帝国の役人や兵隊は働き者だねえ」


「南の盆地と渓谷の境です」


「急ぎましょう!」


「クララ」


「はい。フライ!」


 うちとソル君のパーティー計7人が現地に向かうと、もじゃもじゃ長老が帝国の役人と話しているところだった。


「お待たせ!」


「これは……我が戦士達」


 やるね長老。

 咄嗟に身元がバレるような言葉を引っ込めてくれた。

 役人が怒鳴る。


「何だ貴様らは!」


「え? 今長老が説明したじゃん。あったま悪いなー」


 役人をからかう意図に気付いたか、ソル君パーティーの表情が緩む。


「そこの3人、武装しておるではないか! 重大な違法行為だぞ!」


「あんたの後ろの人達も武装してるよ?」


「国兵に向かって何ということを言うか!」


「国兵である証拠は?」


「しょ、証拠?」


 うろたえる役人。

 ろくすっぽ令状すら用意せず、一方的に通告して村人達を引っ立てていくつもりだったんだろう。


「あーやしーいなー」


「ま、魔物も多い山の中を通るのに武装は必要であろうが!」


「バッカだなー。そりゃあたし達だって同じことが言えるじゃん」


「ええい黙れ、この者達を捕えろ!」


「ははーん、さてはあんたら悪者だな? 役人を名乗る詐欺に気をつけろと、回覧板で回ってきたぞ?」


 こらアンセリ、笑い声が隠せてないから。


「でやっ!」


 役人と護衛についてきた4人の兵隊を軽く叩きのめす。


「国軍の兵隊さんがこんなに弱いわけないじゃないか。ウソつきめ」


「こ、こんなバカな……」


 役人と兵隊が這う這うの体で逃げ出す。


「あー面白かった」


「精霊使い殿……」


 歓喜と不安がないまぜになった長老の声。


「村人達を避難させますね。ヴィル、聞こえる?」


『聞こえるぬ!』


「聖火教の礼拝堂、ユーティ大祭司に連絡取ってくれる?」


『大丈夫ぬか?』


 心配そうだね?


「大丈夫だよ。許可取ってあるからね」


『わかったぬ!』


 ソル君が聞いてくる。


「ここは聖火教徒の村ですか?」


「そう。ユーティさんの故郷で、長老のクランさんはユーティさんの伯父さんなんだよ」


「そうでしたか。これはどうも。ソールと申します」


「精霊使い殿のお仲間ですな。よろしく」


「ソル君達はここの南の渓谷を偵察しててくれる? 村人全部を連れ去るつもりなら、まとまった数の兵隊連れて来てると思うんだ」


「「「了解です!」」」


 ソル君パーティーが出動すると同時に、赤プレートに反応がある。


『ユーティです。ユーラシアさんですか?』


「うん。帝国本土の山の集落に来てる。今からこっち戦場になるから、村人達を逃がしてくれる?」


『わかりました!』


「クランさんに代わるね」


 長老に赤プレートを渡す。


「ユーティか。精霊使い殿に聞いた。すまん、迷惑をかけるな」


『そんな、伯父様……』


「善き火の導きを」


『善き火の導きを』


 赤プレートを返される。


『では、今すぐそちらへまいります』


「じゃ、そういうことで。ヴィルはこっちに来てくれる?」


『わかったぬ!』


 よーし、これで細工は流々仕上げを御覧じろ。


「長老はやはり最後まで見ていきます?」


「ええ。つまらぬ老人の感傷ですがな」


「いえいえ」


 この地とともに生きてきた一生に、あたしみたいな若造が言えることはないっすよ。


「ただ今ヴィル参上ぬ!」


「よしよし、よく来たね」


 ヴィルをぎゅっとしてやる。


「ユーラシアさん」


 アンが戻ってきて報告してくれる。


「まだ少し距離があるが、歩兵部隊が近づいてきている」


「何人くらいいそう?」


「5、60人だと思う」


「へー、御苦労なことだねえ」


「どうする? 隘路で防ぐか?」


 アンの提案は少数で多数を相手にする常道ではある。


「いや、考えてることがあるんだ。ここまで通しちゃって」


「わかった」


「クララ、ユーティさんに挨拶しとこうか」


「はい、フライ!」


 あたしとクララ、長老の3人で、転移石碑のところへ。

 もう村人は半分くらい転移済みだった。


「ユーティさん」


「ユーラシアさん、伯父様」


 ユーティさんにこやかだ。


「よかったです。皆さん完全に準備ができていて。手間取っているうちに敵に襲われたらどうしようかと」


「長老の指示が良かったんだねえ」


「いやいや、精霊使い殿の説得力ですぞ」


 戦闘が近いとは思えぬ穏やかな雰囲気の中、ユーティさんに伝える。


「長老は最後まで見届けたいそうなんだ。後でソル君に送ってもらうから、ユーティさんはそのビーコン、持って帰っちゃってよ」


「ユーラシアさんは意地悪ですね」


 ユーティさんが笑う。

 それがただの転移先を示すビーコンではなく、転移石碑として機能しているのはバレバレなのだ。


「じゃ、こっちそろそろ帝国兵来そうなんで戻るね」


「御武運を」


 ユーティさんと別れ南の盆地へ飛んで戻る。

 ソル君とセリカも戻って来ていた。


「もう数分で来ると思います」


「向こうに魔道士風の人いる?」


「いないですね。銃と剣を装備した歩兵ばかりです」


「ありがとう。距離取ろうか。飛び道具だけ注意ね」


 長老を安全な高台に避難させ、帝国兵を待ち受ける。


「来ましたよ?」


「来たねえ」


 セリカちょっと緊張してる?

 今から始まるのは茶番だぞ?


「はん! 渓谷で待ち伏せているかと思えば、開けた地まで我らを通すとは! とんだ素人ではないか!」


 隊長らしき男が叫ぶ。


「国軍を詐称する弱虫が人数集めたって、別に怖くないんだなー」


「な、何だと!」


「ところで何しに来たの?」


「は?」


「あたしらビンボーだから、騙して何か取りあげよーったってムダだぞ?」


 隊長が声を張り上げる。


「この地の聖火教徒どもが、帝国政府に反旗を翻すという情報が入ったのだ!」


「ほら見ろ、ウソがバレた」


「何がウソだ!」


「あたしら聖火教徒じゃないもん」


「……は?」


 アホ面を晒す隊長。


「やっぱり集団詐欺師だね! 我が眷属よ、やっておしまい!」


「わかったぬ!」


 ヴィルの恐怖の息吹! 歩兵達が恐慌状態に陥って逃げてゆく!


「ば、バカな。高位魔族だと……」


「へー。あんたはなかなか根性あるじゃん」


 1人踏みとどまる隊長に声をかける。


「聖火教徒が高位魔族を使役するなど……」


「だから聖火教なんて知らないってばよ。わっかんないおっちゃんだなー。で、どうする? まだやる?」


「くっ。覚えておれよ!」


「この期に及んであたしの記憶力を試そーとするとは」


 よし、逃げた。

 これでいい。


「あー楽しかった」


「精霊使い殿!」


 長老が駆け寄ってくる。

 危ないよ、ヒゲ踏むぞ?


「今のは?」


「サービスだよ。他の聖火教徒が白い目で見られても可哀そうだからね」


 聖火教徒の村が帝国に盾突いたとなると、当然他所の聖火教徒も疑いの目で見られるに違いない。

 しかし聖火教の教義では、悪魔と決して慣れ合ってはならないことになっている。

 聖火教徒の村というのが誤った情報で、悪魔を操る怪しげな集団だったとなれば、聖火教との関連は追及されまい。


「そういうことだったんですか!」


「さすがはユーラシアさん」


「何から何まですみませぬな」


 ハッハッハッ。

 気分がいいなあ。


「ヴィル、ここへ空飛ぶでっかい船が来る予定なんだ。いつ頃来そうか、偵察してきてくれる? 攻撃されるかもしれないから、あんまり近づいちゃダメだよ」


「了解だぬ!」


 皆に向き直る。


「まだ時間があるよ。今後の方針を大雑把に決めておこうか」


          ◇


「冷たい! 何ですか、これ?」


「それは氷晶石っていう、魔力やエーテルを吸って冷たくなる石だよ。食べ物が悪くなりにくいから重宝してるんだ」


「へえ」「便利ですねえ」


 アンセリが食いついてくる。

 ソル君見てるか?

 かまどを預かる女性は、こういうものに興味があるんだぞ。


「魔境で見つけたんだ。天気も悪くないのに寒いところがあってね」


「なるほど、魔境のエーテルを吸収して冷たくなると」


「そうそう。チュートリアルルームのバエちゃんとこに氷晶石を利用した冷蔵庫があってさ、前から探してたんだ」


 感心しきりのアンセリ。


「魔境は素材もいろんなものが拾えるけど、食べられる植物も多いよ。あたし達もいろんなの取ってきて、来年育てようとしてるんだ。ソル君家も庭広いんだし、そういう観点で魔境探索すると生活豊かになるよ?」


「「そうですねっ!」」


 いやあ、賛同を得られてよかった。

 ソル君は置いてけぼりな顔してるけど。


「それで問題の空飛ぶ巨大軍艦の件ですけど」


「そうだ。精霊使い殿はどういうおつもりで?」


 男性陣は性急だねえ。


「……まだわかんないかな。情報が少ない」


「「情報?」」


「高々度から爆弾落としてくる、魔法が通用しないってことはわかってるけど、実際の大きさやスピード、機敏さみたいのは見てみないと何とも」


 向こうのスペックでこっちのやれることも変わるしな。


「どうにも勝ち目ないようなら、しっぽ巻いて逃げるしかないじゃん? でも最初の試作機からそんな完成度高いわけないと思うんだよねえ」


 アンセリもこっちの話に加わる。


「で、どうせ今日は攻撃されるなんて思ってないだろうから、操縦要員と爆撃要員、それから魔道結界の様子を見る魔道士? くらいしか乗ってないんじゃないかな」


「そ、それで空中戦ですか?」


「まさか目の前で着陸とかしてくれないだろうからねえ」


 全員が難しい顔をして頷く。


「2パターン考えてるんだ。パターン1はソル君に『フライ』を覚えてもらう」


「2パーティーで空中からバトルスキル浴びせるんですね?」


 セリカが勢い込む。


「うん。正攻法と言える。ただこの方法は問題点もあるんだよね。『フライ』ってかなり扱うのが難しい魔法なんだ。覚えていきなり空中戦って厳しいのかもしれない。で、もう1つの問題点というのが……」


「これで落とすのは難しい」


 長老が重々しく言う。

 その通り。


「そこそこのダメージを与えることはできても、落とすことはムリだろうね。外からじゃ動力部に致命傷を与えられると思えない。でも空飛ぶ軍艦に思ったより機動力があったりすると、こっちの方法しか取れないかな」


「パターン2は何でしょう?」


「ソル君に『デトネートストライク』を覚えてもらう」


「「「!」」」


 驚くソル君パーティー。

 『デトネートストライク』とは最大最強の攻撃魔法なんです、と長老に説明しておく。

 アンが聞いてくる。


「攻撃魔法は効かないんだろう?」


「何をもって効かないと言ってるんだと思う?」


「「「えっ?」」」


 虚を突かれるソル君パーティー。


「例えば人形系レア魔物には魔法効かないけど、魔法当てると吹っ飛ぶでしょ?」


「え、ええ」


「ドカンとデカい魔法ぶつければ、それ自体で船体にダメージ与えられなくても、中の乗組員はビックリするんじゃないかな。狙い撃ちさえされなければ『フライ』で乗り込める。中入っちゃえばこっちのもんだよ」


 実際はどうやって魔法無効化するんだか知らんけれども。

 反射であっても吸収であっても、『デトネートストライク』のエネルギー全てを消せはしまい。


「敵艦が鈍重なデカブツだったらパターン2でいく。これなら確実に落とせる」


「「「わかりました!」」」


「最大最強の魔法は勇者にふさわしいぞ!」


「「そうですねっ!」」


「……」


 こらソル君、ノリが悪いぞ。


『御主人!』


 赤プレートに連絡が入る。

 ヴィルの声もちょっと緊張を帯びているか?


「どう?」


『大きな船がゆっくりそちらに飛行中ぬ! 1時間くらいはかかると思うぬ』


「ありがとう。そのまま見つからないように監視しててね。変化あったら連絡して」


『はいだぬ!』


 長老が言う。


「いい子ですな」


「聖火教もヴィルは認めてやって欲しいですねえ」


 本当にいい子だからね。

 偏見で見るのはやめて欲しいな。


「さて、1時間あるって言うから、お昼食べちゃお」


          ◇


 ――――――――――飛空艇内部にて。

 クリーク艦長視点。


「……つまらん任務だ」


「提督、まあそう言わずに」


 好天の空を往くオレの心中は荒天だ。

 どうしてこうなった?


「動力炉、魔力炉、ともに異常ありません」


「大したものであるとお思いになりませんか?」


 不承不承ながら頷く。

 飛空艇が大したものであることは認めざるを得ない。

 しかし、ただ大したものであるだけだ。

 何故こんなデカブツが空を飛ぶのか、オレの単純な頭では何度説明されても理解できない。


「貴公は御機嫌ではないか」


「提督のおかげをもちまして、大変順調でございますれば」


 オレの補佐についている魔道士、名前を何といったか。

 こんなに偉そうに諂うやつを見たことがない。

 飛空艇開発における中心人物の1人とのことだったが。


「オレは弱者をいたぶる趣味はない」


「反乱軍ですぞ?」


 山岳地帯の聖火教徒に反乱の気配があるという。

 反乱だと?

 貧しい村民に何ができるというのだ。

 百歩譲っても試験飛行だけでいいではないか。

 どうして爆撃が必要なのだ?


「実績が必要なのでございます」


「わからんではないがな」


 実績を作り予算が下りれば、無敵の飛行艦隊を組織できるだろう。

 中将に昇進したオレがその艦隊を率いる。

 そうした欲がないわけではないが。


「この野蛮なピクニックが必要とは思えん」


「反乱軍ですぞ?」


 またそれか。

 本当なのか?

 目障りな聖火教徒を掃除したい、何者かの恨みか望みかが結晶化しただけじゃないのか?


「……まあいい。オレも軍人だ。任務を完遂するのが使命」


「それでこそ提督閣下でございます!」


 お前はそのよく喋る口を縫い付けておけ!

 心の中で毒づく。


 ……つまらんことで冷静さを欠いてしまった。

 くだらん仕事はとっとと片付けて、ドーラ遠征に参加すればいいのだ。

 華々しい武勲を立てる場が待っている。


『ドゴゴゴッゴワーーーーーーーンンンンン!』


 轟音と激しい揺れ。

 椅子ごと壁に叩きつけられる。


「な、何事だっ!」


 どこからも返事がない。

 哀れにも滑稽な魔導士は、頭から血を流して倒れている。

 部屋を飛び出し機関室へ。


「どうした! 事故か?」


「ど、動力炉、魔力炉、ともに異常ありません。外部からの攻撃と思われます!」


「攻撃だと?」


『ドゴゴゴッゴワーーーーーーーンンンンン!』


 再びの轟音と激しい揺れ。

 船体が大きく傾く。

 たまたま動力炉の窪みに身体を預けることができ、転倒を免れる。


 間違いない、確かにこれは攻撃だ!

 あり得ないことが起こっているのだ。

 オレは伝声管に飛びつき、操舵室に指示を出す。


「操舵室、聞こえるか! オレだ! 当艦は攻撃されている! タムポート港へ転進しろ!」


『了解!』


 よし、操舵室は機能している。

 再び伝声管。


「艦底倉庫、応答せよ! 艦長クリーク・ミュラーである。爆薬は無事か!」


『艦底倉庫、異常ありません。艦長、これは何事でありますか?』


「外部からの攻撃だ」


『攻撃? まさか……』


 まさかで思考停止していいものなら、オレだってそうしたい。


「しっかりしろ! 貴様それでも帝国軍人か!」


『はっ、申し訳ありません!』


「異常が続くなら追って指示する。それまで待機!」


『了解!』


 甲板はどうなっているのだ?

 あの揺れだ、皆振り落とされてしまったか?


「甲板、誰かいないか! 艦長クリーク・ミュラーである! 応答せよ! 応答せよ!」


『か、艦長。甲板です……』


「現況を報告せよ!」


『賊です! 2名の賊が甲板の全兵を撃ち倒し、艦内に侵入しました!』


「賊だと!」


 どういうことだ?

 出航時から潜んでいたのか?

 いや、あの轟音と激しい揺れは、艦内のものじゃない。

 外部からの砲撃か魔法攻撃だ。


 魔法攻撃?

 ……いや、この飛空艇に魔法攻撃は通用しないという触れ込みではなかったか?

 では砲撃?

 この空高くまで届き、あの音と揺れを引き起こす砲撃?

 それでいて艦底に異常なし?


 意味不明だ。

 理屈に合わないことばかりじゃないか。


 バタバタと足音が聞こえてきた。

 この期に及んで持ち場を離れるとは誰だ?


「あっ、偉そうな人発見!」


「何者だ!」


 乗員ではない。

 彼女が侵入者か?

 10代半ばの少女ではないか。

 しかし異様にレベルが高い?


「あたしは山の四天王が1人、『美少女戦士』だよ。で、こっちが『白き幼女ヒーラー』ね。よろしく」


「……お初にお目にかかる。オレがこの艦の艦長クリーク・ミュラー帝国軍少将だ」


 何なのだ、この少女は?

 しかし妙に惹きつけられる……。


「艦長さんが話の通じそうな人でよかった。操舵室壊しちゃってさあ、もうすぐこの艦落ちちゃうから、皆に逃げろって命令出してよ」


「何だと!」


 慌てて丸窓から外を見る。

 高度が下がってる!


「本艦は墜落する! 総員退避せよ! 繰り返す! 本艦は墜落する! 総員退避せよ!」


 全ての伝声管に向けて声を張り上げ、機関室員達にも命令する。


「お前らも逃げろ!」


「了解! しかし艦長は?」


「オレは彼女達に用がある」


「わかりました!」


 機関室員達を逃がし、少女に向き直る。


「君は、何だ?」


「だから山の四天王の『美少女戦士』だってば」


 人を食ったような答えが返ってくる。

 これ以上、オレに素性を明かす気はないらしい。


「四天王と言うからにはあと2人いるのだろう? それは?」


「え? 『カードマニア』と『インチキ横文字トーカー』だよ」


 横の幼女ヒーラーが微かに笑った気がした。

 色が白い。

 亜人だろうか?


「ねえ、空飛んでるけど、皆逃げられるかなあ?」


「非常時を想定した、脱出用のウインドスライダーがある。数は充分に用意されているから大丈夫だ」


 というか今日は試運転だ。

 ほぼ最小限しか乗組員がいない。


「へー、空から逃げられるんだ? 都会にはすごいものがあるねえ。あたし達も1つもらっていいかな?」


「ああ、構わんぞ」


「やったあ! ありがとう!」


 無邪気に礼を言う少女。

 何なのだ一体。


「君達は最初から当艦に乗り込んでいたのか?」


「違うよ。飛行魔法で艦の上まで飛んで来て、魔道結界の外で飛行魔法を解除して乗り込んだの」


「ば、バカな。そんなマネができるとは……」


 かなり地面が近くなってきた。


「何故オレの任務の邪魔をする」


「そりゃ上から爆弾落とされちゃ困るからだよ」


「……どうして飛空艇のことを知っている?」


「調べたから」


 かなり厳重な機密だったはずだ。

 少将かつ艦長たるオレでさえ、知らされたのは1週間前だぞ?

 それをこんな田舎少女が?


「今、田舎少女がとか考えたでしょ? わかるんだぞ?」


「ハハハ、すまない。君達が乗り込んでくる直前だと思うが、わけのわからん攻撃を受けた。あれは何だ?」


「乗り込む時に狙い撃ちされちゃ困っちゃうじゃん? だからドカーンと援護してもらって、艦内を混乱させたの」


「なるほど、理にかなっている。で、そのドカーンの正体は?」


「うーん、それは言えないかなー。乙女の秘め事ってやつだよ」


 肝心なことはのらりくらりと躱して話さない。

 年齢相応の喋り口だが、相当危機意識が高い?

 驚くほど高いレベルといい、こんな化け物が山岳地帯にいるとは。


「今、化け物って……」


「すまんな。うまい表現が思い付かんのだ」


 冗談みたいなカンの良さ。

 素晴らしい逸材だ。


「君は……軍に入る気はないか?」


「チヤホヤしてくれる? 美少女手当ては支給される?」


「いや、そこまでの特別扱いはさすがにできんが」


「じゃあ入らない」


 女性が軍に入るのはほとんど例がない。

 それだけで相当な特別扱いではある。

 ふざけた言い方ではあるが、明確な拒絶であろう。


「艦長さんは逃げないのかな?」


「オレか? オレはこの艦を失った責任を取らねばならんのでな」


「えー別に艦長さんに責任ないよ? 誰が艦長でも落としたもん」


「ふ……」


 笑いが込み上げてくる。

 それはそうだ。

 誰がこの奇襲を防げたというのか?


「艦長さんみたいないい人に死なれると寝覚めが悪いから、腕ずくでも連れて逃げるよ」


「もう遅い。オレも君みたいな子を道連れにするのは寝覚めが悪いが、生かしておくのは国のためにならん。死んでくれ」


          ◇


 ――――――――――同刻。

 ソール視点。


「ズゴゴゴゴゴゴオオオオオーーーーーーーンンンンン!」


「……本当に落とした」


 思わず口を突いて出た言葉がそれだった。


「ユーラシアさんは脱出でき……」


「グアアアアアアアアーーーーーーーンンンンン!」


 アンの言葉を待たず墜落した軍艦が爆発、艦体が炎上する。


「くっ!」


 無事脱出はできたのだろうか?

 ユーラシアさんのことだから、そんなの当たり前だと思いたい。


「ソール様。ユーラシアさんの安否は心配ですが、ドーラに帰還いたしましょう!」


「そうだ。薬もたくさん持っているし、世界一のヒーラーもついている。わたし達のできることは何もない!」


 ユーラシアさんの最後の言葉を思い出す。


『あたしとクララが半分くらいまで近づいたら、ダンテが『デトネートストライク』ね。その後ソル君がそれ覚えてもう1発ぶつけて。2発も正体不明な攻撃食らえば、泡食って帰ろうとすると思うんだ。そこへ乗り込んで落としてくる。墜落確認したらソル君達は長老連れて帰還、レイノスの総督府を訪ねて、パラキアスさんかオルムス副市長に仔細を報告してね。ソル君の名前で通してくれるから。面倒なこと押し付けてごめんよ。あたしの代わりだぞ?』


「墜落確認したら帰還、か……」


 ユーラシアさんはそう言った。

 確かに今オレ等にできることは、帰還して戦果を報告することだけだ。


 アンが『ヒール』をかけた、オレンジ髪の精霊ダンテはいつの間にか消えている。

 工作活動に出た精霊アトムと合流しに行ったか?


「……帰還する」


 オレは転移の玉を起動した。


          ◇


「……気の重い報告になりますねえ」


「ああ、スッキリしない」


 セリカとアンが口々に言う。


 ギルドに事情を話し、山の集落の長老クランさんを預けて来た。

 戦況に見極めがつき次第、聖火教本部礼拝堂に送ることになる。


 オレ達はその後、ギルドからレイノスに向かう途中なわけだが。


「総督府って初めてだ。緊張するね」


 あえてユーラシアさんのことに触れず、ジョークっぽく話してみたが、アンとセリカは苦笑するだけだ。

 やはり慣れないことはうまくいかない。


「君達、最年少ドラゴンスレイヤーのパーティーだろう? 『アトラスの冒険者』は西域守備じゃなかったのか?」


 レイノス西口の警備兵に聞かれる。

 もうレイノスに着いたか。

 頭の中がぐちゃぐちゃだと時間の経つのが早い。


「オレ達別口なんです。精霊使いのユーラシアさん御存知ですか? そのお手伝いで、帝国の空飛ぶ軍艦を相手にしてたんです」


「空飛ぶ軍艦だと?」


 警備兵隊長らしき人も話に加わる。


「機密でなければ話してくれんか?」


「帝国は魔法攻撃の効かない空飛ぶ軍艦というものを開発し、このレイノス上空から爆撃する計画だったんです」


 愕然とする警備兵達。


「……そうか。そういう含みがあって艦隊から砲撃が来ないのか」


「えっ? まだこっちは開戦してないんですか?」


「表向きはな。しかし西域に工作兵を上陸させるだろうとの報告を受けている。そちらの情勢はわからん」


 隊長は何かに気付いたように話を続ける。


「『空飛ぶ軍艦を相手にしてた』と言ったな? 過去形か?」


「今日帝国本土で、そいつの試験運用だったんです。ユーラシアさんが墜落させて」


「空飛ぶ軍艦を? どうやって?」


「飛行魔法で乗り込んで内部から」


「ははあ」


 隊長が頷く。


「ということは、君達は支援と陽動を担当か。大手柄じゃないか。何を浮かない顔をしているんだ?」


「……ユーラシアさんの生死が不明なんです」


「……そうだったか」


 努めて明るくしようとしてくれたのだろう。

 警備兵が言う。


「いや、あの陽気な精霊使いが簡単にくたばるなんて、想像できませんよ」


 皆が曖昧に頷く。

 それもそうだ。

 その内ひょっこり帰ってきて、あの特徴的な大股の歩き方を披露しながら武勇伝を語るだろう。


「で、君達はレイノスへ何の用だったかな?」


「空飛ぶ軍艦戦の首尾について、総督府に報告してくれとのことだったので」


「そりゃあ引き止めて悪かった」


 すぐに通してくれる。


          ◇


「ちょっと人通りが少ないですね」


「沖に軍艦が並んでいては仕方ない」


 レイノス外町はどこか落ち着かない雰囲気だ。

 しかしそれなりには店も賑わっている。

 やはりまだ宣戦布告されていないか、それを市民に公表していないかなのだろう。

 このまま何事もなく終結すればいいが。


「総督府はどこですか?」


 道行く人に尋ねる。


「ほう、イカした盾じゃないか。あ、さてはドラゴンスレイヤーの冒険者ソールだな? 新聞で見たぜ。総督府は真っ直ぐ市の中央部へ行って階段を昇り、港の見える中町の一番デカい建物だ」


「親切にありがとう」


 オレも有名になったんだな。

 ユーラシアさんのおかげではあるが。

 レイノスの中心部へ歩を進める。


「一番大きな建物、あれだな」


 見誤ろうはずもない立派な建物がある。


「ソールと申します冒険者です。パラキアス氏かオルムス副市長に面会願いたい」


「はい、伺っております。こちらへどうぞ」


 受付の女性がすぐさま案内してくれる。


 2階、『副市長室』の札のかかった部屋へ。


「副市長、ソール様御一行をお連れしました」


「通してくれ」


 広い部屋だ。

 思ったよりバラエティに富んだ多くの人がいる?


「失礼します。『アトラスの冒険者』ソールと申します。こちらはオレのパーティーのアンとセリカです」


「紹介ありがとう。僕がレイノス副市長オルムス・ヤンだ。こちらから時計回りに『黒き先導者』パラキアス、船団長オリオン、カル帝国第7皇女リリアルカシアロクサーヌ殿下とその従者セバスチャン氏、塔の村の村長デス殿だよ」


 皆に頭を下げる。

 ドーラの大立者達だ。

 それにしても、帝国の皇女がどうしてここに?

 使者だろうか。


 パラキアス氏が話しかけてくる。


「大型飛行軍艦、あれ、どうなった?」


「ユーラシアさんが墜落させ、爆発炎上しました」


「やったか!」


 安堵の空気が広がる。

 副市長が説明してくれる。


「帝国軍の特殊潜入部隊も塔の村の冒険者達が撃ち破り、降伏させたんだ。この2つの事実を艦隊が知れば、戦争は始まらずして終結する公算が高い」


 結果としては最高だ。

 しかし……。


「ユーラシアはどうしたのだ?」


 太眉の皇女が聞いてくる。

 ユーラシアさんを知っているようだ。


「それが……生死不明で」


「「「「「「!」」」」」」


 パラキアス氏が冷静に言う。


「向こうであったことについて、最初から話してくれ」


 山の集落の住人のふりをして役人を追い返したこと。

 聖火教ユーティ大祭司と連絡を取り、住人を転移で逃がしたこと。

 悪魔ヴィルを使って歩兵を壊乱させ、聖火教徒に疑いがかかるのを防止したこと。

 2発の最強魔法で艦乗務員を混乱させ、飛行魔法で空飛ぶ軍艦に乗り込んだこと。


「……なるほど、魔法攻撃が無効であっても、衝撃までは逃がせないのか」


「完璧な段取りでんな。生きてさえおれば」


 副市長と船団長が口々に言う。

 口を真一文字に引き結び、厳しい顔で聞いていたパラキアス氏が話しかけてくる。


「ソール。君、6日後の会議に出席してくれ」


「えっ、会議とは?」


「今後のドーラの方針を決める会議だ。本来はユーラシアに用意した席だったが……」


 一旦言葉が切られる。


「……彼女は参加できないと言ったんだ。代わりに君を推薦すると」


 ユーラシアさんの最後の言葉は『面倒なこと押し付けてごめんよ。あたしの代わりだぞ?』だった。

 まさかここまで見越していたのか?

 あまりのことに汗が吹き出る。


「大丈夫だな?」


「はい、問題ありません」


 ユーラシアさんの代わりにはなれなくとも、その穴を少しでも埋めなくてはならない。


「皇女殿下もオブザーバーとして参加願ってよろしいですかな?」


「うむ、出席しよう」


 副市長が全員に話しかける。


「おそらくは3、4日中に、この騒動はなかったこととして決着がつきます。ドーラは独立ないし今以上の大幅な自治を認められることになるでしょう」


 パラキアス氏が続ける。


「帝国との修好は再開し、ドーラは帝国に譲歩させた地として、多くの移民が押し寄せることになるだろう。かなりの混乱が見られるのはないかと思われる」


「6日後の会議では、その辺りのことを話し合いましょう。会議といっても堅苦しいものじゃありません。自由に意見を出してくだされば結構ですので」


 そうなのか。

 ユーラシアさんが好きそうなやつだ。

 いや、ユーラシアさんは決め事じゃなくて、自分で自由にやるのが好みか。


「本日はありがとうございました。これにてお開きです」


 オルムス・ヤン副市長は優れた政治家でキチッとしているイメージだったけど、軽妙で洒脱な人なんだな。


 部屋を出ると皇女様に話しかけられた。


「ソール、と言ったか」


「殿下……」


「リリーと呼べ。ユーラシアも我の名前が長ったらしくて覚えられないからと、最初からリリー呼びであったわ」


 思わず笑ってしまった。

 いかにもユーラシアさんらしい。


「リリーさんはどこでユーラシアさんと知り合ったんですか?」


「我がドーラに来てすぐの時、西域の盗賊村でトラブルになっての。ユーラシアに世話になったのだ」


「そういうことでしたか」


 皇女の身分でありながら飾らない人だ。

 セリカと同じ一人称が少しおかしい。


「ぬしも『アトラスの冒険者』なのであろ?」


「はい」


「いろんなところへ飛べていいのう」


 本当に羨ましそうだ。


「リリーさんはどうしてドーラへ?」


「国でのいざこざに嫌気がさして飛び出してきたのだ。今は西の塔の村で冒険者をやっている」


「え?」


 セバスチャンと言ったか、黒服の従者が大きく頷いている。

 なるほど、高い身分なりのゴタゴタがあったのだろう。


「後ろの2人はソールの嫁か?」


「「はい!」」


 返事する間すらなく、アンとセリカが答えてしまった。


「さすがはユーラシアが認めた男、お盛んであるの」


「……」


 そんなんじゃないのに。


「……昨日、ユーラシアに茶葉をもらったのだ」


「お茶、ですか?」


 昨日?

 そんな余裕があったのか。

 しかし茶葉とは?


「我の好物なのだ。ドーラではほとんど茶は作られておらぬそうだな。ところが作っているところを見つけたらしくて、我の感想を聞かせろとのことだったのだ」


「そうでしたか」


「大変結構だ。発酵度の高いものも飲みたい、と伝えておいておくれ」


「しかしユーラシアさんは……」


「どうせフイッと帰ってくるのであろ?」


 ニコッと笑う。

 リリーさんはどちらかというと精悍な顔つきであるが、笑顔は大変可愛らしい。


「そうですね」


 ユーラシアさんの生還を疑わない人がいる。

 嬉しいことだ。


「では、さらばだ」


 塔の村の村長の転移で、リリーさん従者さんともに去っていった。


「オレ達も帰ろう」


「「はい」」


          ◇


 事態は急速に落ち着きを取り戻した。


 結局帝国艦隊から1発の砲弾も発射されることはなく、あの空飛ぶ巨大軍艦を落とした日から4日後には、ドーラはカル帝国の友好国として円満に独立を果たした。

 聖地母神珠なる、世界に1つしかない最高級の宝飾品を帝国に献上したことが、交渉を有利にしたと言われている。


          ◇


 ――――――――――1ヶ月後。

 相変わらずユーラシアさんは姿を見せない、が……。


「師匠は帰って来ているらしいです。アルハーン平原掃討戦跡地の開拓を指揮していらっしゃるとか」


「ユーラシアか。小生は見ておらんが、忙しく動き回っているようだぞ?」


「緑の民の族長様が、お姉さまと一昨日会ったそうです」


 カラーズに縁のある面々から、そうした話が出るようになってきた。

 良かった、ユーラシアさんは生きてたんだ。


「まあドーラが滅んでも死ななさそうなやつだしな」


 憎まれ口を叩くダンさんこそが、一時期一番深刻な顔をしていたのだが。


「ゆ、ユーラシアさん。お久しぶりです。よく御無事で……」


「何だよーポロックさん。いつもみたいに『チャーミング』って褒めてよ」


 このやり取りは!

 エントランスの総合受付に駆け出す。

 ユーラシアさんとヴィルだ!


「「ユーラシアさーん!」」


 アンとセリカがユーラシアさんに抱きつく。

 ついでにヴィルも飛びつく。


「え? 何なのあんた達。ははーん、さてはあたしがいなくて寂しかったんだな? この可愛いやつらめ」


 アンとセリカが涙し啜り上げる。

 オレだって泣きたいくらいだ。


「ユーラシアさん、ひどいですよ!」


「ん、会議押し付けちゃったことかな? ごめんね、あたし真面目な集まりは、背中かゆくなっちゃうから苦手なんだよね」


 まるで明後日の方向を向いた答えが返ってくる。


「よう、ユーラシア」


 ダンさんだ。


「これ見てみなよ。美少女が2人と美幼女が1人だよ? モテる女はツライねえ」


「ハハッ、まあここだと邪魔だから食堂行こうぜ」


「やたっ! 久しぶりの奢りだ!」


 皆で食堂のテーブルを囲む。


「まあ順番に話聞かせろよ。あんた空飛ぶ巨大軍艦落とした後、何してたんだ?」


「そりゃあ向こうで暴れてたんだよ。帝国本土で変事があれば、ドーラに構ってる暇なんかないだろう?」


「そこまではわかる。いつまで経っても帰ってこなかったのは?」


「ドーラの戦争が終わったら、本腰入れて鎮圧に来ると思ってたの。だから攻勢が激しくなったら帰るつもりだったんだけどさあ。いつまで経っても圧力が変わんないんだよ。まさかこっちの戦争が始まってもいなかったってのは盲点だった」


「本当は美味い魔物肉でも食えたからなんだろ?」


「何でわかるんだよ。コッカーっていうすごい美味しい鳥がいるの。あれドーラにいないみたいなんだよね」


 いつものユーラシア節だ。

 この日常が戻ってきたのは嬉しい。


「帰ってきたのは何かきっかけがあったんですか?」


「服がね、汚れすぎて15の乙女には耐えられなくなったんだよ」


「そういえばユーラシアさん、着替えは持って行ってなかったな」


「うん、盲点だった」


「盲点ばっかりじゃねえか。どうせ食いもんだけたくさん持ってったんだろ?」


「どーしてわかるんだよもー!」


 皆で笑いあえる、この時間は素敵だ。


「ギルドにしばらく顔を出さなかったのは?」


「いや、思ったより移民が多くなるって話なんだ。今の内に準備しておかないと餓死者出ちゃうからさ。あの掃討戦の跡地何とかしようと思って」


 そういえば会議でもそうした話はあった。

 ユーラシアさんは1人で動いてるのか。


「ダンのとこの農場も食糧多めに生産してよ」


「わかったぜ」


「ユーラシアさんはいろいろやってるんですねえ」


 まったくセリカの言う通りだ。


「思いつくとやりたくなっちゃうんだよ。今は識字率上げようと思ってるんだ」


「識字率? 読み書きさせようってことか?」


「そうそう。せっかく『精霊使いユーラシアのサーガ』が出版されても、読めないんじゃ売れないでしょ?」


「そういや、俺んとこに『精霊使いユーラシアのサーガ』の執筆依頼が来たぜ」


「「「「え?」」」」


 初耳だ。

 いや、でも考えてみれば適任かも。


「何でダンのところに?」


「そりゃあ俺が一番ユーラシアの面白エピソードを収集してるからだな」


「まあいいか。じゃあダンに……」


「おっと、俺は依頼を請けたから書くんだ。モデル料は依頼主の方に請求しろよ?」


「こんなん先回りで言われるとは」


 皆で笑う。


「いや、依頼主もユーラシアが死んだと思ってたから、俺に書けって言ってきたんだと思うぜ」


「そーかも」


「俺も困ってるんだ。あんたが生きてるなら、タイトル変えたほうがいいかと思ってな」


「それは『生ける伝説』を前にくっつけるだけで良くない?」


「おお、そうだな。本人がそれ言い出したってとこまでエピソードで書いてやる」


「えーずるーい!」


「安心しろ。識字率の件から丸々書く」


「あたしに原稿料の何分の1かくれてもいい案件じゃない?」


「どんどんネタを増やすなよ。忘れちまうぜ」


 ヴィルがニコニコしている。

 素晴らしい感情に満ちているんだろう。


 今日はいい日だ。

 きっと明日も、明後日も。







 ――――――――――完

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アトラスの冒険者 uribou @asobigokoro

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