第27話 絶望の洗濯機

「ぐっ…………」






 目眩で思わず身体が倒れそうになる。オレを生かしている情報流体生命金属が左手一本分失われたのだ。血液を数リットル失ったようなモノで、極度の貧血状態になっている。フラつくくらい当たり前だった。






 「しっかりして須部原君!」






 霧灘が倒れそうになったオレを支える。そのままゆっくりと床に座らせ、心配そうな顔をこちらに向けるが、オレは「大丈夫」と霧灘を安心させた。






 「別に死にかけてるワケじゃない。疲れてるが頭は回る。ありがとな」






 「ならいいけど…………さっきの凄い攻撃だったわね」






 「ロケットパンチなんてできるのか。一瞬、何が起こったのかわからなかったぞ」






 荒灰のおっさんは笑いながらオレの頭を乱暴に撫でてくる。グリグリとされるのは痛かったが、悪い気分じゃなかった。






 「奥の手にしかならないけどな。威力はかなりあるけど、撃つのに時間がかかる。だから場所や状況が限定されるし、一発こっきりだし、使えばしばらく立つのもしんどくなる。ポンポン撃てない武器だよ。さっきのが初使用だ」






 「情報流体生命金属って、あんな事もできるのね」






 「さすが摩利支天だよ。この銀血には助けられてばかりだ。でも、それはただのきっかけに過ぎない」






 オレは霧灘と荒灰のおっさんに頭を下げた。






 「ありがとう。二人があの絶体絶命を諦めなかったからこの現状がある。本当に助かった」






 「何を言っているの須部原君。たしかにミサイルをくらって無事なのは意味不明だけど、私は何もしてないわ。お礼を言われても困るわよ」






 「俺も嬢ちゃんと同じだ。あの状況じゃ、お前に言われなくても祈るしかできなかった。あれは須部原が何とかしてくれたんだろ? その情報なんたら金属ってのを使ってよ」






 「……………………」






 オレは無言で無理矢理立ち上がり、身体を引きずるように柊華姉ちゃんの元へ行った。




 当然、撃たれて倒れたままの格好だ。






 「…………須部原君」






 「わかってんだろうが…………その姉ちゃん死んでるぜ」






 霧灘と荒灰のおっさんが悲痛な視線をオレに向ける。柊華姉ちゃんはもう助からないと確信している目だった。




 柊華姉ちゃんは心臓を撃ち抜かれた。心臓は脳と並ぶ最も一般的な急所であり、そこが破壊されれば為す術はない。この二大急所をやられて死なない人間などいないのだ。






 「…………いや、大丈夫だ」






 そう、その急所である心臓を撃ち抜かれているのなら。




 心臓を撃ち抜かれてしまったのなら。






 「柊華姉ちゃんは生きてる」






 だが、心臓ではなく肩を撃ち抜かれたのなら、生命に問題はない。




 そう、柊華姉ちゃんは肩は怪我しているものの、心臓は何ら問題ない。心音も確認したがちゃんと動いている。




 識那珂柊華の命は無事だった。






 「な、なんですって!? いや、生きているのは良い事だけど……………………肩? 心臓を撃ち抜かれていると思ったのは私の勘違い…………だったの?」






 「マジか? 生きてる? 肩を撃たれてた? そんなワケねぇはずだが…………」






 オレの言っている事が信じられず、二人は慌てたように柊華姉ちゃんの所へやって来る。




 そして、霧灘と荒灰のおっさんは、間違い無く柊華姉ちゃんが生きている事に驚愕する。






 「…………何だっていいだろ。柊華姉ちゃんは生きてる。問題ない。それでいいじゃないか」






 当然だが、オレがそう言っても二人が柊華姉ちゃんを見る目は変わらない。






 「…………これは情報流体生命金属によるモノなの? あのミサイルといい、須部原君がやった事なの?」






 「……………………」






 「それとも……………………須部原君だけが知る何かによる力なのかしら?」






 あの絶体絶命で撃たれたミサイル。




 柊華姉ちゃんの命が助かっている現状。




 オレは霧灘の質問に答えられなかった。






 「…………………………」






 霧灘と荒灰のおっさんにはとても助けられた。感謝している。本当に本心からそう思っている。二人がいなければ、絶対にこのテロに決着をつけられなかった。臥厳を倒せなかった。




 二人は味方だと充分わかっている。わかっているが――――――――オレは答えを言うべきか迷ってる。




 何故なら、その理由はオレしか知らない事だからだ。摩利支天も知らない。朝菱先生だって知らない。本人だって知らない。世界でオレだけがこの理由を知っているのだ。




 その力の凄さを。その力がどんなモノであるのかを。






 「……………………それは」






 だが、この現状を霧灘と荒灰のおっさんは納得できないだろう。あまりにも不可思議な事が起きてしまっている。ミサイルの件だけでも全く意味不明だ。




 ――――――誰かに言う時が来たのかもしれない。




 オレが長く秘密にしていたあの力。




 もう隠すのは難しい。なら、この二人には打ち明けるべきではないだろうか。






 「………………おい、マジかよ」






 オレが話そうとした時、絶望した荒灰のおっさんの声が聞こえた。




 荒灰のおっさんは、双眼鏡で破壊されたガラスの向こうに見える空を見ている。どうやら、その空で何か起こっているようだった。






 「とんでもねぇのがこっちに向かってんぞ!!」






 ただ向こうの空を見るだけでも、その空が黒く染まっているのが解る。荒灰のおっさんは、それが何なのかたしかめようとしたのだろう。




 荒灰のおっさんは使っていた双眼鏡をオレに渡した。




 オレは双眼鏡でレンズの向こうを見る。






 「なっ!?」






 オレは思わず声を漏らす。




 そこから見えたのは大量の洗濯機だった。






 「臥厳のヤツ…………あんな数を用意してたのか」






 百や二百なんて数じゃない。数千か数万はあるだろう洗濯機がこちらに向かって飛んできている。


 空を埋めるように向かってくる様は、まるで全てを食い尽くすイナゴの群れだ。止められない厄災と同じで、この世の終わりが始まったような光景だった。






 「死んだ後も立派に嫌がらせ継続かよ…………」






 臥厳が使ってきた、あの洗濯機達と同種だろう。世界広しといえど、空を飛んでくる洗濯機などそれ以外にあり得ない。




 一発だけなら、この風雪ペスキスタワーがほんのちょっぴりだけ破損する程度で済む。付近には何の影響もなく終わる。




 だが、あんなとんでもない量となると被害はとんでもないモノになる。全発被弾すれば、風雪ペスキスタワーを全壊させても有り余る威力になるだろう。付近への被害は当たり前で、小さい町が焦土と化してもおかしくない量なのは間違いなかった。






 「全部エンドレス製ね。飛んでくる全ての洗濯機はペスキスタワー入り口にあった機種と同じモノばかりよ。間違い無いわ」






 霧灘はオレから受け取った双眼鏡を見て冷静に分析した。だが、分析はできても打開策がないのでは、処刑宣告と変わりがない。




 あの洗濯機達の着弾まで、おそらく五分程度。そんな時間では天望デッキから外へ逃げられない。エレベーターで下りている最中、大量の洗濯機達を浴びて全滅なのは明らかだった。






 「SNSじゃ祭りになってるぜ。家にある洗濯機が天井ブチ抜いて飛んで行ったってな。多くのご家庭じゃ破損した家の修復で頭抱えてるってよ」






 荒灰のおっさんはスマホで、SNSに上がっているそれらの悲鳴をオレ達に見せた。ネットニュースもその件ばかりであり、きっとテレビも右に同じだろう。




 おそらく臥厳のテロはこれが本命だ。




 風雪市も風雪ペスキスタワーも無茶苦茶にする事を目的にしていたのだ。






 「なんて野郎だ。こんな大がかりな仕掛け、頭にあっても実行なんかしねぇぞ」






 「逃走時間はないわ。対抗手段もない。防衛手段も…………万事休すね」






 洗濯機達が完全に目視できる距離に迫り、目の前を埋め尽くしている。




 コレはミサイルや柊華姉ちゃんの時とは違う。あまりに規模が大きすぎて、どうにかするのは不可能だ。






 「あんなクソ野郎のせいで死ぬなんて…………そんな事あってたまるか」






 手段は何も残されておらず、生き延びるのは不可能だとわかっている。




 だが、諦めるなんかできない。オレの頭と心はこの状況を全否定していた。理由も理屈も何もなくても、どうにかしてやると叫んでいた。






 「死んでたまるか…………死んでたまるかッ!」






 ここで死んだら、オレは何のために頑張ってきたんだ。




 椿を逃がせたのに。柊華姉ちゃんが助かったのに。




 ここで臥厳の嫌がらせで殺されたら、その意味と結果が消え失せる。






 「死んでたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」






 意味の無い咆哮。虚しく響くだけの大声だ。そんなので目の前の洗濯機達が停止するワケがない。


 霧灘と荒灰のおっさんしか聞いていないオレの叫びだったが――――――――――もう一人聞いている人物がいた。






 「安心しろ。お前は私が死なせない」






 その声と同時に、目の前を染めていた洗濯機達が一斉に爆発した。その衝撃がオレ達をおそったが、直撃にくらべれば遙かにマシだ。決定された死が覆り、オレも霧灘も荒灰のおっさんも何が起こったのかわからなかった。




 だが、すぐに直感で理解できる。




 この場に現れたその人物は、オレにとって危機から救ってくれる人だった。






 「それが我々大人の役目だ」






 朝菱先生が来てくれたのだ。瞬間移動でもしたかのように、突然この場に現れていた。






 「今まで須部原も霧灘もよくやってくれた。そこの男もな。後は私達に任せておけ」






 まだまだ洗濯機達はやってきている。まだ空は黒く染まっており、第二波、第三波と攻撃が続くのは間違い無い。




 だが、そんなのは想定内なのだろう。朝菱先生に焦りはなく、普段の業務を行うように落ち着き払っていた。インカムで指示を繰り返し、部下達に対処を命じている。激しく応答が繰り返される様子がないのは、完璧に洗濯機達へ対処できているからだ。もう何も心配はなさそうだった。






 「さすが先生だ。頼りになります。思わず惚れちゃいそうですよ…………」






 「別に惚れて構わんぞ? 須部原が望む答えになるかは別の話だがな」






 軽く笑いながら、朝菱先生はオレの頭を撫でた。






 「頑張ったな。こんなボロボロになって…………本当によく頑張った。私がお前の上司である事を誇りに思う。同時に自分の不甲斐なさも感じるがな」






 「そこは誇りだけでいいですよ…………先生はこうやってオレ達を助けてくれたんですから…………悪い癖ですよ…………」






 「ああ、済まない。今のお前の姿を見て色々と察してな。悪い癖が出てしまった」






 「頑張ったのはオレだけじゃないですから…………霧灘も褒めてあげてください」






 「わかっている。霧灘も私の可愛い部下だからな」






 そこで、オレの意識がスイッチが落ちたように遠のく。




 随分無理をしていたし、朝菱先生が来てくれて安心したのだ。もうここでオレが倒れても大丈夫だと。もう事件は解決したに等しいと。もう後は全部任せていいのだと。






 「要ちゃん!」






 「椿…………そうか…………先生に…………」






 オレの元へ椿がやって来た。この場にいるという事は、あの後朝菱先生が保護してくれたようだ。ちゃんと一階に向かったか心配だったが、椿はオレの言う事をしっかり守っていた。






 「先生! 要ちゃんが!」






 「須部原は頑張り過ぎたからな。ちょっと休むだけだ。心配ない。すぐにここから移送を――――――――――」






 椿と柊華姉ちゃんは助かった。臥厳は死んだ。洗濯機達は対処できた。後の処理は朝菱先生がやってくれる。これ以上ないベストエンドを迎えられたと思っていいだろう。




 最期にオレはオロオロしている椿に「大丈夫だ」と指を立てると、そのまま目を閉じた。




 眠るなんていつぶりだろうか、なんて事を思いながら。

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