第26話 ノヴァラージュ
「んだよ、まだあの玩具が纏わり付いてんのか」
「あの防御兵器モジユールの欠点はわかってるわ。複数人で攻撃できるなら問題ない。一人が臥厳を面として攻撃すれば、防御兵器モジユールが全てそこに集中する。そうなったら残りの人数で直接攻撃できるようになるはずよ」
「じゃ、その係は嬢ちゃんで決定だな」
「無論ね。私はこの三人で最も高い射撃の腕を持っているもの」
霧灘と荒灰がチラリとオレに視線を向ける。死んでいる柊華姉ちゃんにも。
「…………須部原君、今はお姉さんを弔う時間じゃないわ」
「俺と嬢ちゃんが手伝ってやる。さっさとあのクソ野郎ぶっ殺すぞ」
「…………ありがとう二人とも。オレは大丈夫だ」
オレは二人に顔を向けてそう言うと、霧灘も荒灰のおさっさんも安堵した表情をして、すぐに簡単な陣形を組む。
オレを中心にした扇形の陣形だ。これなら同士討ちの危険なく一人がエンティールを無力化し、残り二人が臥厳を撃てる。これが臥厳を倒すのに最も適しているだろう。
「チームワークを見せつけてくれるな。おじさん大ピンチだ。ま、それをギタギタにするのが面白いんだが」
さらに今の人数なら臥厳のワイヤーもある程度封じれる。一人であの機動を捉えるのは難しいが、人数が増えれば単純に命中率が上がるし、霧灘というスナイパーもいる。霧灘はあの強風の中で全く狙いを外さない技量があるのだ。臥厳がいくらワイヤー機動が得意でも、霧灘なら正確に捉えるだろう。
オレと霧灘と荒灰のおっさん。
この三人が一緒なら臥厳という邪悪をぶち殺せる。
「元人間の生意気なクソガキ。ケツの弱そうな女。ガキ二人相手に上から目線の痛いおっさん。なんて即席チームだ。まだブレーメンの音楽隊の方が魅力あるね」
状況は逆転している。絶望的状況になったはずだが、臥厳はため息をしながら笑っていた。
「俺はな。ドラえもんになりたいのよ。ルパン三世でもいいか。どんな状況も好転させられる道具を持っときたいんだ。そんな道具を頑張って作って、頑張って使えるようになって、頑張って勝ちたい。これでも努力家なんだよ。俺ってさ」
臥厳が笑っている意味はわからない。余裕から来ているモノか、油断から来ているものか、もしくは両方なのか、それとも全く違う意味でのモノなのか。
わかるのは俺はお前らに負けないという臥厳の努力だ。どんなに臥厳の思考がオレや常人達からかけ離れていようと、そこは間違いない。いくら余裕も油断もあろうと、相手に勝とうとしなければ楽しむも何も無いからだ。臥厳は邪悪だが、楽しむという博打を続けるために頑張っている。
故に、臥厳は奥の手を用意しているはずだ。
それは“保険”という臥厳のスタイルから離れたように思える安全策だが、それを用意するのも楽しみを続ける努力だ。それに奥の手というのは、どんなに強力でも、手持ちのカードで勝てなくなった時に始めて使うモノだ。臥厳の場合はこれ以上は楽しめないと判断した時か、充分に満足した時だろう。
「でも、そんなのどうでもいいって思う時もあんだよ。パワーでパパッと蹂躙できるならそれはそれでいいってノリがな。あるだろ? なんとなく面倒くさくなって全部を終わらせたいって時が」
今、臥厳は追い詰められている。
だから、ここでオレ達がどうしようもなくなる奥の手を出してくるのは当然だった。
「お前らと遊ぶのはまあまあ楽しかった。いい企業案件だったな」
その時、臥厳の背後に見えたモノ。
オレ達が絶望的になるシルエットが見えた。
「もし生きてたらまた会おうぜ。まあ、無理だろうが」
ガラスの向こうに見えたのは戦闘ヘリ(AHー64D)だった。アパッチ・ロングボウと呼ばれる型モデルで、三人の人間を殺すには、あまりに充分すぎる性能と火力を持っている。銃を持ってるだけのオレ達では、抵抗すらできない絶対兵器が目の前に現れていた。
「ふせろっ!」
オレがそう言った瞬間、三十ミリ機関砲チェーンガンが火を吹いた。
テッシュを破くように窓ガラスや床が破壊されていく。人間なんか即座にミンチにできる威力が天望デッキに行使され、オレ達は何も抵抗できなかった。ずっと火を吹き続ける三十ミリ機関砲チェーンガンが、コチラに向かないよう祈るしかできない。
「偶然もあるもんだなぁ。びっくりもびっくりだ。君達まだ生きてるよ」
戦闘ヘリ(AHー64D)のスピーカーから臥厳の声がした。オレ達が伏せてる間に戦闘ヘリ(AHー64D)へ乗り込んだのだろう。もう天望デッキに臥厳の姿はなかった。
「くそッ! あの野郎、戦闘ヘリまで用意してやがったのか!」
「…………私達にアレを破壊できる武装はないわね」
オレ達がワザと生かされたのは言うまでもない。臥厳は三十ミリ機関砲チェーンガンでオレ達をミンチにするのは面白くないと思ったのだ。
その証拠にオレ達は生きているし、戦闘ヘリ(AHー64D)は対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)をこちらに向けている。
臥厳は天望デッキごとオレ達を吹き飛ばすつもりのようだった。
「…………霧灘、荒灰のおっさん。オレ達はどうしようもない状況だ。あんなの相手じゃ手も足もでない」
オレは二人と、目を閉じたまま動かない柊華姉ちゃんを見て言った。
「でも諦めないでくれ。絶対に終わったと思わないでくれ。根拠なんて無くて構わない。絶対に臥厳のクソ野郎に負けてたまるかって…………それだけを考えてくれ」
オレは左腕の拳を握ると、その腕を戦闘ヘリ(AHー64D)の方へ掲げた。
――――――コレは撃つのに少し時間がかかる。先に対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)を撃たれてしまうだろう。
だが、逆転するならここしかない。臥厳が戦闘ヘリ(AHー64D)という逃げられない個室に入った今が最大のチャンスなのだ。
絶対に諦めてはならない。
ここで対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)に耐えられれば臥厳を殺せるのだ。
「ばーん」
臥厳がそう言ったと同時に、対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)が天望デッキへと放たれた。
その名の通り、このミサイルは一発で戦車をスクラップにできる威力を持っている。
風雪ペスキスタワーは最新の建築技術が使われている塔だ。頑丈さは折り紙つきで、これまで建てられたどんな建造物よりも頑丈にできおり、地震や火事にも大きな耐性を持っている。破壊するには相当な手間が必要で、だからこそ緊急時の避難場所に指定されているのだ。
だが、いくらそういった最新の建築技術が風雪ペスキスタワーに使われていようと、それはあくまで民間レベルだ。戦闘ヘリ(AHー64D)からの攻撃なんてモノに耐えられる設計なんてされていない。ミサイルが直撃すれば跡形もなく吹き飛ぶ。それは当然の仕様だった。
放たれた対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)は天望デッキに直撃する。
大爆発が起こり、その際に発生した衝撃波が臥厳の乗る戦闘ヘリ(AHー64D)を僅かに揺らした。
「お前達の事は忘れるまで忘れない! 壮大な死に方だったと天国でも地獄でも自慢しろよ! ハーッハッハッハッハッハ!」
臥厳は完全に勝ち誇っていた。
戦闘ヘリ(AHー64D)のスピーカーから、その勝ち誇ってる声がオレ達に聞こえているのだ。だから間違い無く、臥厳は勝利を確信していると断定できる。
よって、臥厳は驚愕するだろう。
「――――――なんだと?」
爆煙が晴れた後に見えたのはあり得ない現実だった。
何ら傷ついていない天望デッキと、怪我一つないオレ達。
対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)の直撃を受けた風雪ペスキスタワーは、崩壊どころか三十ミリ機関砲チェーンガンによる破損以外、何の損傷もなかった。
一発で戦車をスクラップにできる威力の爆発に見舞われたはずのに、何故かその威力が全く炸裂していない。
再び対戦車ミサイル(AGM-114ヘルファイア)が天望デッキへ向く。二発目で決着をつけようとしているようだ。というよりそうするしかないのだろう。
臥厳は何が起こったのかわかってないはずだが、自軍の圧倒的攻撃手段は健在だ。なら、その攻撃に頼ってしまうのも当然だった。
「無駄だ」
臥厳は先攻だった。だから今は後攻であるオレのターンだ。
左腕は真っ直ぐに戦闘ヘリ(AHー64D)に向けられている。
外しはしない。
「死んじまえ」
瞬間、オレの左腕が閃光と重い爆音と共に発射された。
左腕は空気を裂くように高速回転しながら突き進み、強風を浴びても真っ直ぐ戦闘ヘリ(AHー64D)へ向かって行った。
「地獄で死に方自慢なんかするなよ」
その情報流体生命金属の塊は獲物を定めた狼のように、正確に戦闘ヘリ(AHー64D)を捉えている。目標そのものも大きい。確実に命中する
オレの左腕が操縦席のガラスを突き破った。
「オレの事を話されてると思うと虫唾が走る」
爆発。
戦闘ヘリ(AHー64D)は炎上し、タワーにぶつかりながら墜落していった。
今、臥厳は死んだ。
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