第25話 ソウルフルガンメタル
「大好きなお姉ちゃんを守れなかったねぇ? オレが柊華姉ちゃんを護衛する! って、かっこよかったなー。おじさん痺れたよ。でも、すぐさまかっこ悪くなっちゃったね。こりゃダサダサの黒歴史ですわ。だって、柊華お姉ちゃん死んじゃったんだもん!」
クソ以上の趣味の悪さだった。コイツはワザとオレと柊華姉ちゃんのやり取りを見ていた。すぐに奇襲をかけられる状況にいながら、ずっと天井裏から見ていたのだ。
「要くん可哀想。心に深い傷を負っちゃった。おじさんは凄く凄く凄く同情するよ。でも、それだけね。だって予知が信用できない予知のノヴァラージュなんかどうでもいいし。お前を煽りたかっただけだし。まあ、誘拐ビジネスとしては惜しいよ? ノヴァラージュは存在を知ってる組織なら高く買ってくれるからな」
臥厳という人間は立場や効率や意味や状況なんてモノを求めない。そんなモノより刹那的な感情を優先する。
それは気分を害するモノだったり、気にくわない何かだったり、嫌がらせだったり、好奇心だったり、色々とあるだろう。悪として一流も三流もない。だから、獲物を前に舌なめずりだってする。その行動原理は理解できないモノばかりだ。
――――――殺さなくてはならない。
「でも、そんなのより俺がやりたい事やるのが大事。楽しむのが人生。その場、その時、その瞬間のノリってのが大事。だからこれでOKOK」
コイツは間違い無く人間という種の中に発生した癌だ。
「臥厳ッ!」
オレは腰へ乱暴に収めていた拳銃を取り出し臥厳に発砲した。
当然その行動は遅すぎる。臥厳は最初からオレに銃口を向けているからだ。間違い無く先にオレが撃たれる。臥厳が外すとは思えない。オレへ致命的な負傷を与えるはずだ。
だが、そんなの別にどうでもよかった。
その程度で、オレの弾丸が臥厳に命中しないなんて思えなかった。
「おっと」
撃てば捨て身の撃ち合いになる。それは面白くならないと臥厳は判断したようだ。オレとの撃ち合いを避けるように、天井へと飛び退く。
当然ジャンプしただけの芸当ではない。同時に腕からワイヤーが伸びたのが見えた。元から仕込んでいたのだろう。それで即座に天井へ移動できたのだ。
「逃がすかッ!」
臥厳が張り付いた天井に向かって発砲するが、それも臥厳は難なく避けた。サーカスの演目でもやっているかのように、四方八方へと移動する。
「くそっ…………!」
ワイヤーを使って四次元的に動く臥厳を、何も障害物のない天望デッキの中央で相手をするのは自殺行為だ。即座に身を隠さねばならない。
だが、オレはここから動けない。
ここには柊華姉ちゃんがいる。
もし、オレが少しでも移動すれば、臥厳は待ってましたとばかりに柊華姉ちゃんを撃つだろう。ただオレを煽るためだけに、ヤツは柊華姉ちゃんの身体がグチャグチャになるまで撃ち続けるはずだ。
「おいおい、もう柊華お姉ちゃんは死んでるんだぞ? だからお姉ちゃんの死体がどんなに傷ついたっていいじゃないか。大好きなお姉ちゃんが死んだ現実を認めよう!」
臥厳の弾丸は正確にオレの身体に命中している。頭を狙ってないのは単純に楽しむためだろう。オレの身体を傷つける事が、今の臥厳がやりたい事だ。
「お前は絶対に殺す…………殺してやる…………」
「そうかい。クックック。心地よいセリフが聞けてたまらんな」
オレは発砲を繰り返すが、ワイヤーで動き回る臥厳を捉えられない。オレの攻撃は全て無意味に終わる。
「くっ…………」
「ん? もう終わりかな?」
臥厳が着地し、空になった銃を向けるオレをあざ笑うように見てくる。弾切れの隙ができたオレを撃とうとしなかった。
「………………まだ遊び足りないのか」
臥厳に銃弾が当たらないのは百も承知だが、オレはすぐさまマガジンを交換する。時間として三秒もかからなかったとはいえ、臥厳はニタニタ笑ったままオレを殺そうとしなかった。
「そりゃそうだ。まだ早すぎるだろ。今お前を殺したら、識那珂柊華を殺した意味がない」
臥厳にとってオレは夢中になっているゲームと同じた。
己のステータスの高さに慢心して、わざと雑魚戦やボス戦を長く続けるプレイをしている。
ゲームや夢といった非現実でしか許されない、臥厳らしいタチの悪い戦い(遊び)方だった。
「…………しかし気に食わんな」
オレは拳銃のマガジンを交換し、既に銃口を臥厳に向けている。だが、臥厳は何ら問題にしていなかった。
「俺は識那珂柊華を殺した。心臓を撃ち貫いている。それは間違えようのない事実だ」
臥厳は改めてオレを見据える。
「お前は俺を殺したくてしょうがない。それも間違いようのない事実だ。なのに、どうしてだ? わからんのはそこだ。俺はついさっきお前にとって最愛の姉を殺したのに、お前は怒り狂っていない。いや、怒ってはいるんだが、上っ面だけで冷静さを保っている。俺が中古にしたと言った時は乱れてたのにな。おかしな話だ」
「……………………」
オレは何も答えない。臥厳へ銃口を向けたまま、柊華姉ちゃんを守るように立っている。
「まさか識那珂柊華は生きてるのか? いや、死んでるな。俺は絶対に心臓を撃ち抜いた。嬉々として殺した。今、そこに転がってるのは識那珂柊華だった肉塊だ」
臥厳はテロリストとして生きている。ならば、その最中で人の死というモノを直感的に知るようになれても不思議じゃない。生と死が薄皮一枚を隔てて存在する世界には、そこでしか得られない技能がある。それが例え第六感に近いモノだったとしても何ら不思議じゃない。
「お前が識那珂柊華の肉塊を守っているのは心の贅肉だと思っていたが、違うのかもしれんな」
そこでオレは臥厳に発砲した。臥厳はオレよりも柊華姉ちゃんに注意を向けている。ワイヤーで避けられるタイミングじゃなかった。
弾丸は臥厳に向かっていったが、キンッ! という甲高い音が響くだけに終わった。
「ああ、ワイヤーでサーカスしてたからな。勘違いさせてすまんすまん。エンティールは健在なんだよ」
オレが見えない場所で待機させていたのだろう。
鋼鉄網の時と同じ、塗料がかかって姿を晒しているエンティールが臥厳を守っていた。
「さ、どうするんだ? 銃じゃエンティールにも俺のワイヤー裁きにも対応できない。情報流体生命金属って切り札は健在だが、俺を直接殴れなきゃ意味がない。つまり、どう頑張ったって勝てないワケだ。余裕とか油断とか以前の問題だな」
臥厳をタワーから落とした時とは違う。もう不意打ちはできない。状況は全然違うし、臥厳は左腕の射程距離まで近づけさせないだろう。ワイヤーだってあるのだ。情報流体生命金属の拳を叩きつけるのは不可能だった。
「…………まあ、何でもいいか。お前が何を考えようと、その考えをねじ伏せればいいだけ――――――っと?」
瞬間、銃撃音が天望デッキに響いた。
オレではない。臥厳でもない。
霧灘と荒灰のおっさんが駆けつけてきたのだ。作業員用エレベーターに乗って来たのだろう。
マシンガンを臥厳にぶっ放しつつ、二人がオレの元へやって来る。
「おう! 苦戦してんのか須部原!」
「遅れたわ」
荒灰と霧灘は臥厳に集中砲火し、弾丸の雨を降らせるが、当然エンティールで防御されている。効果は望めなかった。
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