第19話 罠だとわかっていた
「…………変だよな?」
「ええ、変ね」
メインデッキへ向かうオレ達は訝しみながら外階段を駆け上がっていた。
いるはずの見張りが何処もおらず、罠も何も無い。上ってこいと言わんばかりの無警戒ぶりなのだ。
オレ達は最初こそ警戒していたが、百メートルを超えた辺りからはスピード重視で階段を上り続けた。無駄な警戒は時間だけを消費すると判断したからだ。
オレと霧灘は全力でメインデッキへ向かう。カンカンと階段を上る音が風音に混ざり、階下の光景はどんどん遠ざかっていった。
「見張りがいないってありえるか?」
「メインデッキで決着をつけるつもりなのかもしれないわ。高所の利点を捨てる意味は不明だけど」
上りつつ外を眺めると、地上はまだ混乱が起きていなかった。摩利支天が事件の匂いを消しているのだろう。タワー周囲に人はいないが、駅前の喧噪は消えていない。セレモニーが始まってない事は適当な理由をつけているのが容易にわかった。
まだ世間は風雪ペスキスタワーで起こっている事件を知らない。
一刻も早くオレ達はこの事件を解決せねばならない。
「そろそろ着きそうだな」
メインデッキの扉が見えてきた。オレは後ろにいる霧灘に「もう少しだ」という励ましの意味も込めて、ゴールが近い事を告げた。
「………………須部原君は本当にペースが落ちないのね」
霧灘の息が少し乱れている。全力で三百メートル以上階段を上っているのだ。疲労を完全には隠せていなかった。
「改造人間みたいなもんだからな。疲れない以外にも、食べなくていいし、眠らなくていい等々の特典がある」
「なかなか魅力的な特典ね」
「でも、あまりオススメできない。好きな漫画を読んでも感動しなくなる」
「それは嫌ね。毎週の楽しみが無くなるわ」
「立ち読みで漫画読んでるのか」
「コンビニで毎週買ってる」
「珍しい女子高生だな」
「狙撃漫画は最高よね。読んでいると、私の狙撃技術はまだまだ未熟だと思い知らされるわ」
「そうか? かなりいい線いってると思うけどな」
地下での銃撃戦では、オレよりも霧灘の方が遙かに命中精度が高かった。銃口がブレやすいマシンピストルで狙いを定められるのは、かなりの技量が必要だ。
「ダメよ。私はまだ数キロ先の一円玉を鼻歌まじりに撃ち抜けないもの。三発は必要だわ」
「三発撃って命中するなら充分過ぎるだろ…………」
と、ここでメインデッキの扉前に辿り着く。妨害がなかったため随分早くついた。霧灘が好きな狙撃漫画についてもう少し深掘りしたかったが、それはまたこんどにしよう。
互いに生き延びたら、そんなどうでもいい会話で親交を深めたい。
「開けるぞ」
オレはそっとドアノブに手をかけた。
ここからが本番だ。外階段にテロリスト達はいなかったが、さすがにこの先は配置されてるはずだ。荒灰のおっさんの言ってた事が本当なら、ここに司令部がある。
この場所に臥厳はもちろん、椿もいるはずだ。
柊華姉ちゃんも。
「もうすぐだからな椿…………」
扉を開けて目に飛び込んで来たのは、タワーの高所とは思えない広いフロアだった。最低でも大型スーパー程の広さがある。そのため、ペスキスタウンと同じようにいくつもの土産屋やカフェといった店が建ち並び、それらがバランス良くメインデッキ内に展開されていた。
その中で、偶然か構造上そうなってしまったのかわからないが、オレがいる外階段扉からこのメインデッキの端までは何も無い。直線上に障害物は何もなく、短距離走ができるくらい真っ直ぐ道が続いていた。
だからすぐにわかった。
「なっ!?」
この直線上の先。タワーガラスに飛び込めないよう、フロアにぐるりと柵が敷かれているメインデッキの端に。
「椿ッ!?」
身体中大量の爆弾ダイナマイトを巻かれた椿がいた。
オレは無意識に声を荒げた。
「くそがッ!」
椿は手すりに結束バンドで縛られ、猿ぐつわをされて、その綺麗な身体を犯すように爆弾ダイナマイトが巻かれている。普通はC4爆薬を一ポンドも取り付ければ問題無いはずだが、それをわざわざ時限起爆が面倒くさい爆弾ダイナマイトにしていた。しかも過剰な数を身体中に巻き付けるなど、相当趣味が悪い。コストパフォーマンスも何もあったもんじゃない。
コレは、オレと椿に対する邪悪な意思以外の何物でもなかっだ。
「ぐっ!?」
椿の腹部に設置された起爆装置に表示されている十五秒という文字タイマー。
当然、その数字は一秒ごとに減っている。
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなッ!」
身体はとっくに動いている。我を忘れたようにオレはメインデッキに突入した。
後ろから「待って須部原君!」と霧灘の声が聞こえたが、それに答える余裕も考える余裕もない。椿の状況と少なすぎる制限時間がオレから冷静さを奪っていた。
そう、考える暇なんか無い。
あの数字がゼロになれば椿の身体は爆散する。一本でも過剰すぎるのに、バカらしいくらい爆弾ダイナマイトが仕掛けられているのだ。
「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ!」
絶対にこのメインデッキの何処かで臥厳達は待ち構えているだろう。
だが、今はそんなモノどうでもいい。
オレの頭は椿を助ける事でいっぱいだった。
「んんッ! んんッ! んんんんッ!」
「安心しろ椿! 絶対に助けるからな!」
椿の猿ぐつわを解く時間も惜しい。
辿り着いた時点のタイマーは残り十秒。
縦長い菓子箱のような起爆装置の蓋を即座に開ける。一秒もかからず内部が露出し、そこに左手を押し当てた。
この左手は情報流体生命金属が露出している部分だ。現状で、爆破装置を止められる唯一の可能性を持っている。
情報流体生命金属は摩利支天が持つ超高性能技術の塊だ。その恩恵は攻撃や防御だけでなく、爆弾処理といった出来事イレギユラーも例外ではない。さすがに一瞬とはいかないし、爆弾があまりに難解な機構だと処理不可能だが、やる価値は充分ある。この状況で贅沢は言ってられない。
左手を押し合てた時点で残り八秒。残された時間もあまりに少ないがやるしかなかった。
「頼む…………!」
情報流体生命金属が爆破装置を浸食していく。情報流体生命金属はオートで解体作業を開始し、その状況が感覚で伝わってくる。とりあえずこの爆破装置は難解に作られていない。解体可能な爆破装置だった。
起爆装置のデジタル式メーターが僅かに動いたがすぐに安定する。さすが情報流体生命金属だ。起爆信号を受け取る無線装置を騙し、信管に一切刺激を与えず仕事をこなしていた。
「早く早く早く早く早く早く!」
僅かな残り時間だったが、解体作業は順調に進んでいった。
このままいけば予想を裏切って早く終わる。
と思われたが、どうしようも無い事態に直面した。
「…………嘘だろ?」
爆弾解体のお決まりだ。所謂、赤か青か選ぶというヤツだ。
起爆回路から伸びているリード線があり、その中の一本を切らなければならない、最後の作業工程がやってきたのだ。
これは情報流体生命金属といえど処理できない。このリード線を切る作業はただの運ゲーであり、解体もクソも無い工程なのだ。
ドラマであれば二択だ。赤か青かという確率五十パーセントの賭けをしなくてはならない。
だが、オレが直面しているのは二択なんていう生易しいもんじゃなかった。
起爆回路から伸びているリード線は合計で三十本。
このうち二十九本はダミーだ。
あまりに嫌がらせが過ぎる。
「ぐっ…………!」
椿に爆弾ダイナマイトを巻き付けてるだけじゃなかった。邪悪なは起爆装置の中にも及んでいた。
三十本という数はキリが良すぎるし、そもそもこんなに数を用意する意味がない。多すぎるのだ。ワザと用意された数なのは明白だった。
「ううう………………」
オレは制作者を八つ裂きにしてやりたい気持ちを落ち着かせ、改めて三十本のリード線を見る。
当然この三十本のリード線に怪しい所はない。見た目は全て同じで、自然に起爆装置へ繋がっている。外見で判断するのは不可能だ。
残り三秒。
「うううう…………」
技術でどうにかできる部分は情報流体生命金属が始末をつけている。この三十本から正解選んで切れば解体成功だ。椿は助かり、この邪悪を始末できる。
だが、あまりにも。あまりにもあまりにもあまりにも部が悪い。
残り二秒。
「ううううう…………」
オレは情報流体生命金属があるだけの素人だ。熟練した爆弾制作者じゃない。ダミー回路にある特有のクセは見えないし、起爆装置制作者の趣味嗜好なんてのもわからない。
世界が歪む。
決断しなければ全てが終わりだ。
糸より脆く細い可能性とわかっていても選ばねばならない。
でなければ椿は死ぬ。
残り一秒。
「…………ッ!」
本当に時間が無い。
オレはランダムにどれを切るか決めて、情報流体生命金属を使ってそのリード線を切ろうとした。
そう、切ろうとした。
切ろうと考えた。
「何故切らなかったんだ?」
残りゼロ秒。
永遠にも思える数秒が過ぎた時、オレの背中に銃が押しつけられた。
「三十本もある相当部の悪い賭けだ。だが、切らなきゃお前もそこの女も死んでたんだぞ?」
「でも死ななかった。椿もオレも死んでない。生きてる」
「どれかを切ったら爆発する。おめでとう、よくわかったもんだ」
背後に立っているのは臥厳だった。呆れたような驚いたような、でも楽しそうにオレへ答え合わせをする。
「絶対に切ると思ったがな。おじさん、ドキドキしながら爆弾解体見てたよ」
「趣味が悪すぎたんだよ。数の多さが胸クソすぎて逆に冷静になった。気がついたのは残り一秒の時だったけどな」
オレはゆっくりと首だけ動かして後ろを確認した。
ニタニタと笑う臥厳の他に、多くのテロリスト達がいる。完全に包囲されていた。これでは逃げるのも歯向かうのも不可能だ。
そのテロリストの一人に霧灘は捕まっていた。解体作業するオレの側に来なかったのはそういう事だったらしい。
「残り一秒で気がつく。それで切らない決断をする。相当なガキだなお前は。おー、怖い怖い。思わずおじさん震え上がりそうだ」
銃口は変わらず押し当てられている。外しようがない零距離だ。油断も余裕も関係ない絶対的優位が臥厳にある。
「だが、それだけじゃ半分正解だ。制作者の趣味が悪いってなら、その爆弾ダイナマイトがただのハリボデって事にも気づかないとな。そんで、爆弾ハリボデの材料が全部百均ショップってとこまで気づいたら花丸だった。百二十点満点だ」
ガァン、と、臥厳の銃が火を噴いた。
「がッ!?」
臥厳に肩を撃たれ、オレの肩に嫌な熱さと酷い痛みが走った。思わず倒れそうになったが、なんとか態勢を維持する。
肩から血が噴きだし、その血がメインデッキの床と、椿の顔面をビシャリと銀色に染めた。
「んんッ! んんんッ!」
椿がたまらずオレに近づこうとする。だが、その身体は手すりに縛り付けられたままだ。ガシャガシャと音が聞こえるだけで、そこから動けない。
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