第18話 ベンガジのGSRより慈悲深い
爆発が起こった地下駐車場は瓦礫だらけになっていた。
崩壊こそしていないものの、爆発で吹き飛んだ破片や、崩れ落ちた天井が雨のように降り注ぎ、見るも無惨な光景になっている。
「がああああっ!」
そんな光景の中、この異常な空間でも更に異常に見える銀色の球体があり、それが地下駐車場の一部をボコリと盛り上げた。
「はあっ! はあっ! はあっ! はあっ!」
球体の正体はオレの情報流体生命金属。
ボコリと盛り上がったのはコレだ。左腕の情報流体生命金属を全て防御に使い、三人を守る壁バリアにしたのだった。
「ヘビーだった…………さすがにあんな大爆発の防御はヘビーだったぜ…………」
全くやった事のない防御だった。おまけに複数人をなんて難しすぎたが、どうにかうまくいってよかった。爆発を完全に防げている。
でも、情報流体生命金属の防御機能は完全に死んだな。面積を広くして盾のように使う芸当はできなくなっている。
まあ、あんな大爆発を防いだ後もまだ使用可能なんだ。使えるだけよかったと思わないとな。
「…………助かったわ。ありがとう須部原君」
さっきまで青ざめていた霧灘が安堵していた。確実に死ぬと思ってただろう。情報流体生命金属の防御壁が作れたのは爆発ギリギリだったし、助かるなんてとても思えなかったはずだ。
泣いたり腰抜かしたりしてないのは、さすが摩利支天のエージェントだ。してたらしてたで別にいいけども。
爆発からオレと霧灘文香はどうにか助かった。
そして。
「…………なんで俺まで助けたんだ?」
三人目がここにへたり込んでいる。
爆発前、オレが撃とうとしたテロリストだ。驚いたような呆れたような顔でオレを見ている。まあ、さっきまで撃ち合ってた相手を助けてんだ。おっさんが驚くのは無理もない。
って、このテロリストはおっさんでいいよな? お兄さんというには老け顔だし、少なくともオレや霧灘に近い年齢にはとても見えない。煙草が似合いそうな雰囲気あるし、とりあえず三十過ぎのおっさんって事にしとこう。もし二十代だったら心の中で謝る。
「偶然だよ。オレの傍にいたから助かった。それだけ」
防御壁を張った中にたまたまおっさんがいただけだ。オレは助けようなんて思ってなかった。
おっさんの位置がちょっとでもオレから離れてたら死んでたろう。おっさんの運がよかったのだ。
「お前、名前は?」
「須部原要」
「ありがとよ須部原」
オレもそうだが、もうおっさんはオレ達と戦う気は無いらしい。銃から手が離れているし、この隙だらけの状態で何もしようとしない。オレに礼をいったのもその証拠だ。助かった実感を確かめるように手を握りしめているだけだった。
「臥厳は何処?」
だが、おっさんが敵である事実は変わっていない。
霧灘はおっさんに冷たく銃口を向けた。当然、引き金に指はかかっている。
「知らんな。そもそもアイツと話した事はないし、オレの前に姿を晒したのはまあまああるが、それだけだ。オレからアイツの情報を聞けると思ってるなら考え直したほうがいいぞ」
「随分と無礼な物言いね。あなたのボスでしょ?」
「オレは雇われただけだ。金につられたフリーの傭兵だよ。雇い主とは思ってもボスと思った事は一度もない」
何か思い出したのか、おっさんの顔がだんだん歪んでいく。
「チッ、まさか捨て駒にされるとはな。臥厳の私兵じゃないならどうなってもいいってかクソッタレ。どうりで作戦内容が何処かクサかったワケだ。タダ働きな上に、命まで取られるとこだったチクショウ」
どうやらあまり良い扱いを受けていなかったようだ。口調には吐き捨てるような不満が込められている。配置された場所も場所だし、臥厳に対する憎しみがおっさんの中でヒートアップしていた。
「なんというか、おっさん災難だったな」
「俺はまだ三十四だ」
「おっさんじゃん」
「俺の名は荒灰あらばいだ。おっさんと呼ぶんじゃない。あと三十四は立派なお兄さんだ。四捨五入で三十。理解しときな須部原(小僧)」
強い口調で訂正された。その年齢はバッッチリおっさんだと思うが、荒灰のおっさんとしてはかなり気になる所らしい。まあ、歳の受け取り方は個人の勝手だからどうでもいいけども。
「ああ、そうだ。臥厳の居場所は知らないが」
荒灰のおっさんはボロボロになった天井に目を向ける。
「タワーのメインデッキには武器以外の機材を大量に運んでたな。司令部をそこにしているなら、まあ納得だ。普通、現場に運び込まれるのは武器が大半のはずだからな」
「やけに素直にしゃべるんだな」
「俺を殺そうとしたクソ野郎に何で気を使う必要がある? 可能な限り困らせたくなるのは当然だ。黙っとく意味がない」
そう話す荒灰のおっさんに霧灘は首を傾げた。もちろん銃口は向けたままだ。
「メインデッキ? 地上から三百五十メートルもある孤立した場所を司令部にしているの? 逃げ場がなくなると思うんだけど?」
「俺もそんな高所に司令部を置く理由はわからん。あくまで可能性の話だ。ま、当たってると思うがな」
荒灰のおっさんが嘘をつく理由はない。臥厳に殺されかけたのだ。信じていい情報だろう。
「メインデッキ…………骨が折れる場所ね」
霧灘が言わんとしている事は理解できる。メインデッキに向かうなら、高速エレベーターは使えない。エレベーターは着いた際に音が鳴るので、敵にやって来た事を教えてしまうからだ。それに扉が開いたが最後、待ち構えていた敵に一網打尽にされてしまう。
「…………階段も不安だけど、エレベーターよりはマシね。須部原君行けるかしら?」
だが、オレ達には荒灰のおっさんが言った事しか手がかりは無い。
なので全速力で階段をダッシュだ。
「当たり前だ。絶対に行く」
階段で三百五十メートルもの高さを駆け上がるには相当の体力がいる。ちょっとやそっと鍛えたくらいじゃすぐに息があがるだろう。でも、オレの身体は情報流体生命金属に支配されている。高所とはいえ階段程度なら、問題なくメインデッキに辿り着けるだろう。
「時間が惜しいわ。すぐに向かいましょう」
そこで銃を持っている霧灘の指に力が入る。
「…………ふう」
荒灰は観念したというより、ツイてなかったという顔をした。
このおっさんから臥厳がいるだろう場所は聞いた。用は無くなったし、そもそもこのおっさんはテロリスト。人として“かっこ悪く生きてきた人間”だ。殺す理由はあっても生かす理由はない。霧灘が引き金を引くのは当然だった。
おっさんも様子からして、悪である自分は殺されると自覚している。おそらく、殺されるべきとも。
荒灰のおっさんは霧灘と相反する者だ。
霧灘は摩利支天として荒灰というテロリストを始末しなければならない。
「……………………」
荒灰のおっさんは狼狽したり暴れたりせず、静かに目を閉じて覚悟を決めている。
「やめようぜ」
だが、それを見たオレは霧灘の銃をやんわりと制した。
「何故? コイツは私達を殺そうとした敵なのよ? 生かす理由がないわ」
「でも、殺す理由もない。もう敵じゃないんだから」
「………………………………」
霧灘はしばらく黙ったままだった。多少はオレと同じ事を思っていたのだろう。
「…………須部原君には借りがあるものね」
そう言って霧灘は銃を懐にしまった。荒灰のおっさんに再度銃を向けようとはしなかった。
霧灘は呆れたような困ったような表情を浮かべているが、まあこれは自己決着をどうにかしてつけた証だろう。霧灘は善悪をはっきりつけたがるタイプっぽいから。
「甘いのね」
「そりゃ甘いさ。まだ若すぎる十六歳なんだから」
「…………言っておくわ。私は十七歳だから」
何処かムッとした顔で霧灘は言った。
「いや、さっき教えてもらったけど………………もしかして、実年齢より上に見られるの気にしてんの? 十七歳って教えたけど、気になったからもう一回言ったの?」
「黙って」
そんなこんな言いながらも、オレと霧灘は死んだテロリスト達の持っていた武器を漁った。爆発に巻き込まれたが、使える武器はどうにか残っていた。
敵はまだ多い。使える物は持てるだけ回収した方がいい。
「お、おい! 本当にいいのかお前ら? オレはテロリストだぞ? 悪党なんだぞ?」
見逃されるのが信じられないようだ。黙っておけばいいのに、わざわざ聞いて来るとか、相当オレ達の行動が納得できないらしい。
でもまあ、荒灰のおっさんから見ればそうだろうなぁと思う。この人は、そういう殺す殺さないみたいな社会で生きてる人なんだし。
「勝手に逃げていいよ。別に追ったりしないから」
そう言ってオレと霧灘は荒灰のおっさんをそのままにタワー上層へ向かった。
荒灰のおっさんはこのまま放っといても勝手にやれる。助かりたいなら一階の中央ホールにいって人質を演じればいいし、着ているテロリスト服は脱ぎ捨ててそこらにある店で着替えれば問題ない。
そうすればいずれ来るだろう救助隊からタワーの外に連れ出される。何も難しい事はない。
「重くないか? 少しなら持ってやれるけど?」
「舐めないで。このくらいどうって事ないわ」
オレと霧灘の身体はマシンピストルやハンドガンやその予備弾倉等々の装備で重くなっている。オレは平気なので霧灘を気遣ったのだが、女の子には意地があるらしい。余計なお世話だったようだ。
風雪ペスキスタワーの外階段はすぐに見つかった。
オレと霧灘は用心しながら外階段を上っていく。
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