第20話 人間だったら死んでいた

 「ほー、こりゃ綺麗なもんだ。本当に血が銀色なんだな。ヘモグロビンとかどうなってんだ? そういう人間っぽいモノで動いてるワケじゃないのか? ああ、人間じゃないからそれでいいのか」






 臥厳は再び発砲。腹部に二発、左腕に一発と、計三発の弾丸がオレの身体に命中する。






 「あぐッ!」






 三発も撃たれた事で、さっきよりも派手に血が吹き出た。床はもちろん、シャワーを浴びたように椿も銀色の血に塗れてしまう。






 「知ってたか嬢ちゃん? コイツこんな身体なんだ。人間じゃなくなってんだよ。まあ、さっき銀色の左腕見て察したとは思うけどな」






 「んんんんんッ! んんんんんッ!」






 情報流体生命金属のおかげで疲れないし、眠らなくていいし、腹も減らなくなったオレだが、痛みだけは普通の人間と同じだ。負傷すれば身体に痛みが走る。それが何発もの銃弾なら、血管内に錆び釘を埋め込まれたような激痛に耐えられず声を出してしまう。






 「なんだ? もう声を上げるのか。男の子ならまだまだ耐えなきゃダメだろう?」






 「があああッ!」






 両膝も撃たれ、オレはバランスも崩しその場に倒れてしまった。




 どうにか縛り付けられた椿を避けて横向きに倒れる。これ以上、椿をオレの血で汚すわけにはいかない。






 「ハァッ…………ハァッ…………ハァッ…………」






 ――――――もうとっくに椿がオレの血に塗れているのはわかっている。




 でも、これ以上この銀血で椿を汚し続けたくない。




 人間じゃなくなった証拠を椿に見せつけたくなかった。






 「んんんんんん! んんんん!」






 「そんな顔するなよ椿…………オレは人外だから…………このくらいすぐに治る…………だから心配すんなって」






 「んんんんん!」






 椿はオレの言った事が強がりに聞こえたようだ。そんなの嘘だと言わんばかりに激しく叫ぶせいで口角が傷つき、猿ぐつわに血が滲んでいた。






 「ったく…………お前はオレみたいな身体じゃないんだぞ…………」






 だが、オレの怪我がすぐ治るのは本当だ。すぐにとはいかないが、このくらいの怪我なら自然治癒で動ける程度まで回復できる。情報流体生命金属が自身の負傷を治してくれるのだ。さすがに体力までは一緒に回復できないが、それは望みすぎというモノだ。




 負傷は回復する。情報流体生命金属でどうにかなる負傷なら問題ない。






 「臥厳…………お前どういうつもりなんだ?」






 だから、臥厳のしている事がわからなかった。






 「ん? どういう意味かな?」






 コイツはこんなテロを起こせるようなヤツだ。用意周到で優秀なのは間違いないし、そこに無駄はないだろう。失敗の可能性を排除し、作戦成功の確率を上げる手段と理論を持っている。摩利支天から注意される悪党なら尚更で、テロを失敗する方が珍しい。臥厳がテロを起こしたという事は、それだけである程度成功が保証されているのだ。




 事実、臥厳は風雪ペスキスタワーを占拠したし、多くの人質もとっている。






 「変なんだよ…………お前の悪党レベルと実際の行動が…………釣り合ってねぇ」






 だが、そこまで。そこまでしかできていない。




 まだテロ成功からはほど遠いのに、臥厳の行動には無駄が多すぎるのだ。




 オレに名を教えたり、無抵抗の霧灘を殺さなかったり、人質達に外部連絡を許したり、有利な外階段でオレ達を始末しなかったり、他にも多くの失態や油断がある。




 臥厳には柊華姉ちゃんという予知のノヴァラージュがいる。なのに、行動が全くスムーズじゃない。




 予知で先が見えているのなら、面倒事やつまらない出来事イベントを排除か回避できるはずだが、獲物を前に舌なめずりしている。今ここで臥厳がオレに余裕噛ましてるのも良い例だ。




 臥厳がわかってやっているとしか思えない無駄や油断。




 オレにはその意図が全く読めなかった。






 「まあ、そうだな。俺もお前の言ってる事はよーくわかるよ。よーーーくわかる。だが、それは俺の行動が無駄だったらの場合だ。無駄じゃないなら、俺の行動には意味がある。意味があるなら、それはしっかりやらんとな。俺はあくせく働く個人事業主。ちゃんとお仕事やって、信頼を積まないといけない」






 「なんだと?」






 意味がある? どう考えても無駄や油断としか思えないが、アレら全てに意味があったというのか?




 ならば、臥厳の行動は全てテロの成功に直結している事になる。だが、あの諸々の無駄と油断がテロに必要だなんてとても信じられない。






 「わからないのも無理ないよ。要くんは予知ってモノを勘違いしてるから」






 暗く落ち着いた声が聞こえた。




 小さい頃からずっと聞いている声で、今まで一度も聞いた事の無い声。




 柊華姉ちゃんが倒れたオレの前にやって来ていた。






 「要くんは予知で危機を回避できると思っているんでしょ? 違うの。結果はどうしようもなく決まっている。変更なんて不可能。その辺の石ころに躓くというなら、どんなに気をつけても絶対に躓いちゃう。その躓く結果は絶対に回避できないんだよ」






 柊華姉ちゃんは天気予報の結果を教えるように、至極当然に話を続ける。






 「予知はいくつもある過程と収束する結果がわかるだけ。その人がどんな未来を歩んでいくのか。どう生きていくのか。そして、どう死んでしまうのか。それを知れるだけなんだよ。干渉して未来を変える力なんて予知にはないの。人生のネタバレが可能ってだけなんだよ」






 それは予知のノヴァラージュの虚しさと悲しさ。何度も何人も予知をしてきた識那珂柊華が導いてしまった結論だった。






 「だから私は護衛の人が臥厳おじさんに殺されるってわかってた。その事を言いたかったけど、何をどうやっても殺されるから言えなかった。絶対に回避できない死を告げるなんて私にはできなかった」






 それはどんな気持ちだったのだろう。




 もうじき死ぬ人物が目の前にいる。どう死ぬのかもわかっている。




 きっと、その何もできなかった回数は十や二十なんかじゃ足りない。




 抗えない解りきった悲劇が何度もやってくる辛さは、生き地獄以上の何かだったはずだ。






 「私は予知のノヴァラージュに期待しすぎてた。訪れる不幸が解れば、その人を助ける事ができるって思ってたけど、実際はどうしようもなかった。私にできるのはその人が死ぬまでの過程ルートを選べるだけで、救われる結果に導く事はできなかった」






 「柊華姉ちゃん…………」






 柊華姉ちゃんは絶望している。諦めてしまっている。予知のノヴァラージュという力は残酷だっただけで、期待すべきモノじゃなかったと。己を追い詰めるだけの遊具で、呪いに近いモノだったと。よかった事など何もなかったと、後悔と懺悔を吐き出している。




 たしかにそう言っている。




 なのに。




 語る表情は明るい。






 「そう、死ぬまでの過程だけ選べるの。だから私にできるのは、可能な限りマシな死に方をさせてあげる事だけ。死ぬ苦しみが長いならなるべく短く。死に方が惨たらしいならなるべく綺麗に。逃れられない危機や不幸を吟味して、その人を死なせるのが予知のノヴァラージュなんだ」






 微笑んですらいるし、すっきりした面持ちもある。声のトーンも心なしか高いし、そこには熱意がある。やるべき事を見つけ、迷いの消えた人間の強さがそこにはあった。






 「だから私の大事な椿ちゃんと要くんは幸せに死んでほしい。最初の護衛の人が臥厳おじさんに殺されてた時頼んだの。椿ちゃんと要くんが最もマシな死に方をするのに必要な人だったから」






 だから矛盾がある。






 「でも、臥厳おじさんは私をなかなか信用してくれなかったから頑張ったよ。後任の護衛の人達の事を教えてあげたりとか、今回のテロがどう成功するとか、他にも色々さ。うんうん、頑張ったなー。この風雪ペスキスタワーのテロもそう。椿ちゃんと要くんの理想の死に方に臥厳おじさんのテロは関係してるから一生懸命だったよ」






 そう、矛盾している。柊華姉ちゃんの表情と話す内容が乖離しており、全く整合していない。






 オレはこの柊華姉ちゃんの矛盾に何が込められているのか知る由もない。いくら考えようと上っ面しかわからないし、当人でないオレが思える事には限度がある。例え理解できたとしても、そこにあるべき感情や精神に追いつけるワケもない。






 「結果、頑張った甲斐あって臥厳おじさんに信用してもらえたよ。要くんが思ってる無駄とか油断って、椿ちゃんや要くんが幸せに死ぬのに必要な事なんだ。全然関係なく思えるけど必要なの。バタフライエフェクトってヤツなのかな? それと全く関係無い行動が、その人の決定的な事に関係する。うん、そんな感じだよ」






 解るのは柊華姉ちゃんが静かに狂っているという事だけ。




 だから、表情や雰囲気や内容や口調に統一感が無いのだ。






 「柊華姉ちゃん…………」






 何も気がつけなかった。柊華姉ちゃんがこうなってしまうなんて。嬉々としてオレや椿を殺そうとする程追い詰められていたなんて想像すらしていなかった。






 「ううう…………ううう…………」






 涙が流れた。自分の情けなさに耐えきれず、静かに感情が爆発した。




 これは椿ばかり見ていたオレの失態だ。椿しか見ていなかったオレの醜態だ。




 オレは大切な人を守りたいと誓ったのに。




 何故、オレは柊華姉ちゃんを護衛しようとしなかったのだろう。






 「なんだ? 泣いてるのか? 男の子が情けねぇなぁ」






 倒れたオレをあざ笑うように臥厳がやってきた。






 「よし。じゃあ、そんな情けない顔が吹き飛ぶビックニュースをお前に教えてやろう。ちゃーんと聞いとけよ? 絶対にビックリする“ネタ”だぞ」






 臥厳は倒れているオレの耳に口を近づけると、その“ネタ”をあっさり告げた。






 「お前の柊華お姉ちゃんさぁ。俺が中古にしてあげたから」






 一瞬、オレは臥厳が何を言っているかわからなかった。






 「さっき柊華お姉ちゃんが言ってたろ? 俺の信用のために頑張ったって。ああ、十代は俺の趣味じゃないよ? でも、据え膳食わぬは男の恥ってもんだからさ。いただきますしちゃいました。ごめんね要くん?」






 そして、オレの全身を激怒だけが駆け巡った。






 「きさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」






 コイツは飛行機爆破テロを起こした。オレの両親を殺し、オレの身体のほとんどを壊した。






 それだけでもコイツを殺す理由になるのに。




 なのに、コイツはそれだけに止まらず柊華姉ちゃんを。




 柊華姉ちゃんをコイツは!






 「があああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」






 死に体だったオレの身体が動いた。傷口から血が噴き出すが、全く気にならない。




 精神が肉体を凌駕していた。痛みはなく、ただ臥厳への怒りだけがオレの中にあった。






 「おっと、そんなに怒るなよ。俺と柊華姉ちゃんだけが知ってる秘密なんだぞ? だから内緒話にしてやったのに。なんてこった。お前、処女厨かよ」






 臥厳はすぐにオレから距離を取って銃を構えた。




 冷静に引き金を二回。二発の弾丸がオレを襲った。




 心臓に命中し、さらにオレの身体に穴が開く。






 「ああああああああああああああ!」






 だが、その程度でオレは止まらなかった。既に起き上がれないくらいのダメージを負っていたのだ。それなのに立ち上がっているのだから、二発程度の弾丸で大人しくなるワケがない。心臓に撃ち込まれた程度で死ぬはずがない。




 悪を形にしたモノが目の前にいる。




 それを破壊するまでオレは絶対に止まる事はない。






 「化物だな。ま、心臓ぶち抜いた程度じゃ死なないのはわかってる」






 臥厳が不自然に手を掲げた時だった。






 「なッ!?」






 オレの身体が急に動かなくなった。いくら動こうとも僅かに身体が揺れるだけで、見えない糸に縛られたように、四肢が動かせなくない。臥厳への接近を阻止されていた。






 「不思議か? 不思議だよな? 身体が動かないんだもんな。だが、教えてやらんよ」






 もう臥厳に必要な無駄や油断はない。する必要がなくなったのだろう。






 「人間らしい急所は頭部だけ。予知通り、ここで俺が撃ってやるよ」






 こんどはオレの額にピッタリと標準を合わせ、臥厳は冷徹な視線をオレに向けた。






 「ばいばい要くーん」






 外しようがない。確実にオレの脳症がぶちまけられる。




 臥厳が銃の引き金に手をかけた――――――――――――――――その時だった。






 「お待たせいたしました。地上三百五十メートル。メインデッキ到着でございます」






 無機質な機械音声が聞こえた。




 それと同時にエレベーターの扉が爆発で吹っ飛ぶ。それによって、エレベーター付近にいた臥厳の部下達が何人か巻き込まれた。




 他の臥厳の部下達が一斉にやってきたエレベーターに注目し、そのエレベーターの中から発煙筒が飛び出す。誰かがメインデッキに投げ込んだのだ。




 白煙は一瞬で、メインホールにいる全員の視界を白に染めた。前後一メートルを見るのも困難になり、兵士達の動きに混乱が起こる。

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