第13話 どうにかしなければゲームオーバー
『瀬良光男と高野美玲からの連絡が途切れた。もうじき世間も気づくだろう。いつまで経っても始まらないセレモニー中継が日本屈指のテロ事件に変わる事でな』
「はい」
真っ暗な一室で朝菱花子は画面向こうの相手を話していた。
ただ白く光っているだけのノートPCの画面に映っているのは摩利支天の上層部。朝菱の上司に当たる「伊吹」という者だ。
年老いた男の声だが、これは本人の声で無いと朝菱は知っている。摩利支天は決して表に出てこない裏の組織だ。世を忍んでいる者が正直な音声で喋るワケがない。
『観光庁はしばらく徹夜続きになる。外務省はどう対応するか私達の知る所では無いが、この件は関係国から以後百年はカードにされるだろう。我が国に不利な条件を突きつける交渉材料としてな。それは他国を気づかい自国を貶める記事をマスコミに書かせ、外交利権が売国奴を大量発生させる結果を生むだろう。世界平和指数グローバルピースインデツクスは急降下し、安全神話は取っ払われる。裏では武器の売買が活発化し、テロビジネスのやり取りが多くなるのは間違い無い。スパイ天国はさらなる安寧を遂げ、全世界の悪人がリゾートする場所になっていくというワケだ』
伊吹は続ける。
『摩利支天としても大失態だ。計五名の護衛が殺害、または連絡途絶となり、それらを実行したテロリスト達は健在。さらにそのテロリスト達の起こした行動を秘密処理できなくなってきている』
「一部のテロ市場は我らに追いつき始めています。同じ裏社会、同じ穴のムジナという事でしょう。この時代、技術の流出は究極的には防げません。その原因が人間である以上、溢れる欲は止まらず、世界に“悪知恵”が広がっていきます」
『その通りだ。だが、かといって現状を放る理由にはならない』
「もちろんです。その為の我らなのですから」
朝菱も伊吹もわかっている。
例え、世界の十年以上先を行く技術があろうと、どんな困難な任務もこなせる超人的な人材がいようと、不測の事態は必ず起きる。世界は良くも悪くもバランスを保ち、どちらか一方が突出する事はないからだ。誰かが力を持ったなら、別の誰かも力を持つ。その“小競り合い”はどちらかが諦めない限り永遠に続くのだ。
もし、摩利支天が諦めれば雪風ペスキスタワーで起こったような事件が頻発するようになり、それは地獄の日々の始まりとなるだろう。
それは絶対に許してはならない未来だ。
故に摩利支天は諦めない。国を護衛し“小競り合い”から様々なモノを守らなければならない。
「リミットは一時間。それが“言い訳”できる時間だ。このリミットさえ守れば、後は水面下でどうにかできるだろう。事件当事者の他国高官達も摩利支天の優秀さと苛烈さに息を飲むはずだ。この国にはヤバいのがいるとな」
この状況はある意味利用できると伊吹は言っている。状況が困難なら困難な分、それを解決できた時は、それだけ摩利支天を世界に知らしめられる。
そうなればこの件をカードとして使えるのはむしろこっちだ。この国に対してやっちまえば無意味な危険を呼ぶと警戒するからだ。
「一時間ですか。あまりに短いですね…………」
「予知のノヴァラージュがいるからな。こちらの動きが全て予知できるなら、これまでの結果に納得がいく。君は彼女を味方だと信じていたようだが残念な結果だ」
識那珂柊華がテロリスト側についていたのはもう解っている。高野がギリギリまで摩利支天に会話を流していたからだ。もう通信できないが、柊華が摩利支天を裏切っていたと断定する充分な会話を傍受していた。
「…………まだ決まったワケではありません」
「彼女を信じる信じないは好きにすればいい。私も見捨てたくないのは一緒だ。何か理由があって演技している可能性がある。だが、そんな可能性を追ってはキリがない。今、彼女が事件解決の障害となっているならわかっているな?」
「…………はい」
朝菱は肯定しなければならない。
柊華に対してどう思っていようと、柊華にどんな理由があろうと、柊華とどんな親密関係を築けていようと関係ない。
この事件を解決する為なら、朝菱はあらゆる障害を排除する。それが護衛対象の柊華だろうと関係ない。
朝菱は摩利支天として。
大人として。
この事件を解決するために動かねばならないのだ。
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