第12話 殺したい相手が見つかった

「これって…………」






 「要ちゃん…………」






 椿はギュッとオレの腕を握った。震えそうな身体を誤魔化す為の無駄な力が入った手だ。




 オレは安心させるように、その椿の手を握り返すと、すぐに柊華姉ちゃんのいる方を見る。




 先頭にいる柊華姉ちゃんの背中が見える。震えているようには見えないが、内心はかなり怖がっているはずだ。




 すぐにでも柊華姉ちゃんの側へ飛び出して行きたいが、それは遮られた。




 この状況を作ったであろう人物が現れたのだ。






 「みなさん風雪ペスキスタワー完成披露セレモニーへようこそ。歓迎しますよ」






 スーツを着た中年男性が現れ、メインホールにあるステージに上がると、オレ達を景色でも見るように眺めだした。






 「あいつ…………」






 間違い無い。作業着じゃなくなっているが、タワーに入る前オレと会話した中年男性だ。






 「一応言っておきますが抵抗はやめてください。ま、この状況を理解できないバカはいないと思うがね」






 オレは周囲を確認する。




 ステージ以外にあるのはホール端にズラリと立ち並ぶ大理石の柱と、計四カ所の通路があるだけだ。




 ここは中央ホールというだけあって特別な区域なのだろう。ペスキスタウンの様々な場所へ行けるようになっており、タワー上階へ行く高速エレベーターに通じるホールにもなっていた。






 「ここにいてくれてれば危害は加えない。談笑にでもふけってくれ。この状況や、オレについてや、脱出する話でも何でも自由に。スマホで外と連絡したっていい」






 相当舐めきった態度だ。連絡までしていいとは、このテロリストは自分達が失敗するなど微塵も思っていないらしい。人質達をロープなりで縛ってもいない事からも、その様子が感じられる。




 中年男性はオレ達を煽るように続ける。






 「どうした? 別に連絡していいんだぞ? 警察呼ぶなり家族に連絡するなり友達と話すなりしていいんだ」






 だが、誰も携帯やスマホを取り出そうとはしない。連絡するべきだが、不信感を持つ者が大半のようだった。全員、罠か何かだと思っている。テロリストの言う事を素直に聞ける人間はこの場にはいないようだ。






 「どうしたんだ? 緊張で固くなってんのか? ここに来る前にあった「楽しみー」なテンションは何処にいったんだ?」






 中年男性は指を顎に何度かトントンと突くと、何か閃いたような顔をする。






 「よーしわかった。特別大サービスだ。君達を解放するウルトラチャンスをやろう」






 中年男性はテレビショッピングでよくある、買った商品についてくるおまけを紹介するように言った。




 だが、誰もその提案に喜ぶヤツはいない。実行者のテロリスト自身が言っているのだ。信じる方がバカげている。






 「そこのお前。そうお前だ。あとお前。お前ら二人に大チャンスだ」






 柊華姉ちゃんのすぐ隣にいた二人が指名され立ち上がる。




 その二人はオレ達と一緒にタワーの中に入ってきた一般人だった。オレとあまり変わらない若い男女のペア、恋人同士でタワーにやって来たようだ。






 「そこから俺の額を撃て。成功したらここにいる全員を解放してやる。もちろん総理大臣様も他国の皆様も全員だ」






 僅かに場がザワめくが、すぐに「何をバカな」といった雰囲気に変わる。




 撃てとは、普通に考えて銃の事だろう。そんなの一般人が持っているワケないし、仮に持っていたとしても扱えるワケがない。






 「な、何を言ってるんだ! そんなのできるワケないだろう!」






 「嫌よ…………帰らせて…………お願い…………」






 男も女も「意味がわからない」と叫んだ。当たり前の話だ。




 だが、中年男性はオーバーに手を上げ、やれやれと首を振る。






 「おいおい何言ってんだ二人とも? そんな演技じゃ四季や新感線に程遠いぜ? もうこっちはまるっとお見通しなんだ。摩利支天所属の瀬良光男せらみつおくんと高野美玲こうのみれいちゃん。ま、これは偽名だろうがな。お前ら銃ぐらい持ってるだろう? 護衛なら当たり前だよな?」






 中年男性の言葉に澱みは無い。ニヤニヤしながら言っているが「とぼけるなと」完全に二人の正体を見破っている。






 「…………あの人達って姉ちゃんの護衛なのか」






 間違いないだろう。瀬良と呼ばれた男性も高野と呼ばれた女性も、中年男性に対する恐怖が消えている。






 「………………」






 「………………」






 完全にバレていると悟ったのだろう。怯える一般人の皮を捨て、本来の姿が向きだしになっている。




 裏で暗躍する自称国の用心棒、摩利支天の姿に。






 「大変だよな。今日は朝四時に摩利支天風雪支部に出勤してブリーフィング。瀬良光男と高野美玲の関係をおさらいして休憩がてら待機。対象から目を離さないようにしつつ、列の先頭を確保。大雑把だがこんな感じだろ? この後の予定は――――――」






 中年男性がペラペラと話してる最中だった。




 瀬良と高野が衣服に隠していた銃を取り出し発砲した。




 素早く正確に三連発。銃を取り出して発射するまで一秒もかかっていない。目視じゃ十フレームにも満たない速さだった。




 距離は十メートル程。目標の中年男性はその場から動いていないし、銃の狙いは定められている。絶対に外しようが無い。銃の訓練を受けている者なら何の問題も無い距離だった。




 銃撃音がホールを支配し、発射された弾丸は真っ直ぐ中年男性の眉間に向かっていったが。






 「どうした? 終わりか?」






 銃弾は中年男性の直前まで迫ったが、その瞬間に甲高い音を立てて弾かれた。




 キィン、と音がしただけで、中年男性のヘラヘラした顔は崩れない。




 合計六発の銃弾はどれも直前まで目標に迫っただけだった。






 「凄い凄い。全弾眉間だ。近距離とはいえ、二人ともなかなかやるじゃないか。特に高野美玲ちゃん。お前の弾丸は三発とも完全同箇所に命中。こりゃなかなかできるもんじゃない。オレの眉間を貫けてたら、そこを残り二発が通過していったな」






 中年男性の命は奪えなかった。やはりテロリストが自身で不利になる条件を言うワケがなかったのだ。






 「くそッ!」






 「どうしてッ!?」






 銃弾は中年男性の手前で弾かれる。




 だが、そうだとわかっていても二人は撃ち尽くすまで発砲をやめなかった。




 そうする事しかできなかった。






 「なんてこった。摩利支天ならもっと特別な銃なり武器なりあると思ったんだがな。そんな何処でもあるような銃じゃ、コレには傷もつかんぞ」






 瀬良と高野が全発撃ったからか、中年男性の前にある“透明な壁”が認識できた。傷はつかなくとも僅かな振動は走るようで、そのせいで視感反射率が一瞬変化したらしい。壁が微細に揺れのが見えたのだ。






 「ったく、銃は苦手なんだがな。えーと、こうやって狙いを定めて」






 だが、それがわかった所で意味は無い。更なる絶望が宣言されたようなもので、勝機や逆転といった要素は皆無だ。






 「ばーん」






 中年男性はスーツの内ポケットから銃を取りだし、躊躇いなく瀬良に発砲した。




 目の前に透明な壁があるはずのに、撃たれた射線をなぞるように弾丸が向かって行く。






 「お、当たった当たった」






 弾丸は瀬良の眉間に命中。シェイクしまくった炭酸ジュースみたいに血が吹き出て倒れる。即死だった。




 側にいた客達は瀬良の血をシャワーのように浴びてしまい、ここは地獄だと理解したような顔をした。コレを浴びてない他の客達も同様の顔をしている。




 だが悲鳴は出なかった。




 ギリギリの理性が働いたのだろう。叫べば殺されると誰もが思ったのだ。怯えに塗れた顔をしながら、思い切り目を瞑って口に手をあてている。どうにか恐怖に耐えていた。






 「ああ、今のはたまたま。俺は銃が苦手なんだ」






 続けて中年男性は高野に狙いを定めた。瀬良と同じく眉間に狙いを定めている。






 「――――――ッ!」






 確実に殺される。なのに、顔が恐怖で引きつってないのはプロだからだろうか。




 高野は「必ず他の摩利支天がお前を殺す」と、覚悟を決めた顔で中年男性を睨み付けていた。






 「怖い顔するなよ」






 中年男性がトリガーを引こうとした時。






 「あん?」






 突如中年男性は銃を下げた。右手を耳に当て何かボソボソと喋り始める。誰かと通信しているようだ。




 誰と話しているのかわからない。だが、通話相手は中年男性の気にくわない相手なのか、ずっと苦い顔をしている。






 「ちっ、興が冷めたな」






 中年男性は銃をスーツ内に仕舞うと指を鳴らす。すると、大理石の柱の影からISIL(イスラム国)のような武装をしているテロリスト達が現れた。どうやら命令があるまで待機していたようだった。






 「死体を片付けとけ。あと、高野美玲は連れて行け。連れてく途中で犯そうが嬲ろうが構わんが殺すなよ。まあ、殺そうにも殺せんだろうが」






 コクリと頷くとテロリスト達は頷くと行動を開始した。人質を掻き分け瀬良の死体を運ぶ作業を始め、中年男性を睨み付けたままの高野を拘束する。




 テロリスト達は声一つ出さず手際よく作業を開始し、それを確認した中年男性はステージから飛び降りた。






 「どうした? 今のはどうみても凶悪犯罪だったろ? 善良な一般市民ならお巡りさん助けて~って連絡するべきだぞ」






 当のテロリストから言われて動く者はいない。




 さっきの件もあり、そんな度胸がある者はこの場にいなかった。






 「あ、そう。まあ、連絡するしないもお前らの自由だ」






 中年男性が革靴の音をホールに響かせながら歩く。




 誰かを探すようにジロジロと見ている。一般客達に視線を向けながら、一人一人を吟味していた。


 そして、その足がピタリと止まる。




 中年男性は椿を見ていた。






 「久しぶり。いや、さっきぶりだな」






 見知った仲のように声をかける。






 「一応最初に言っとくか。俺はお前みたいな小娘に興味は無い。出来上がってない女の身体を犯す趣味はないし、もっといい女がいるって知ってる」






 優しく話しかけているが、底冷えのする声だった。






 「俺みたいな雇われはスポンサー様の要望に応える仕事をしてるだけだ。頑張って仕事やらなきゃ怒られちゃうんだよ。嫌々でやってるだけなんだ。だから、お互いのため協力してくれないか?」






 どの口が言っているのだろう。さっき瀬良を殺した時、コイツはノリノリで撃った。通信がなければ高野も喜んで殺していただろう。






 「…………嫌です」






 「ほう? 凄いな嬢ちゃん。さっきのアレ見てそんな口を叩けるなんてな。外面は大人しそうだが内面はなかなかだ。もしかして夜はハッスルするタイプなのかな?」






 初めて見た手品に驚くような顔で中年男性は椿を見る。






 「おじさん助けると思ってさ。遠慮しないで。お願いだよ」






 「嫌です」






 「ったく、強情なガキだ」






 中年男性は椿の腕を握ると無造作に引っ張った。気づかいの欠片もない扱いだった。






 「痛ッ!」






 椿から苦悶の声が漏れ、痛みで顔を歪ませる。




 中年男性は椿を気にかけようとしない。この場を立ち去ろうと、椿を無理矢理連れて行く。






 「椿!」






 思わずオレは荒げた声で叫んだ。






 「だ、大丈夫だよ要ちゃん」






 今にも中年男性に飛びかかろうとするオレに、椿は「心配するな」と諫めた。






 「別に平気だから。こんなの飛行機爆破テロの時と比べればどうって事ないよ」






 それが椿の精一杯の強がりなのはすぐにわかった。椿の足は震えていたし、声にははっきりと恐怖が滲んでいた。






 「本当に大丈夫だから。そんな顔しないで。ね?」






 普段は柊華姉ちゃんへのコンプレックスだったり、自身の予知結果に自信を無くしたりするくせに――――――――――――こういう時は自分の弱さを見せないよう強がる。




 本当は凄く怖いクセに、悲鳴を上げて助けを求めたいクセに、恐怖で縮み上がっているクセに。




 どんなにバレバレでも、心配をかけまいと強がりをやめない。




 それが識那珂椿というオレの幼馴染みだった。






 「…………飛行機爆破テロってのはアレか? 十年前にこの国であった、あのテロの事か?」






 椿を連れて行こうとした中年男性の足が止まった。






 「はははは! 恐ろしい偶然もあるもんだな! あのテロの生き残りと再会とは。そうかそうか。もう随分経ったもんな。生きてりゃこのくらいに成長してるはずだ。ったく、この展開は聞いてねえぞ」






 中年男性は面白いバラエティでも見たかのように笑った。






 「……………………何?」






 そしてオレに氷柱を神経に直接突き刺したような感覚がやってくる。






 「生き残ったヤツが三人いるのは知ってたが、まさかここでソイツら全員と会うとはな。なかなかドラマチックじゃないか」






 因果、とでも言うべきなのか。




 コイツにとってはただの仕事、オレ達にとっては忘れる事のできない悪夢。




 ソイツとオレは今日ここで再び出会った。




 出会えてしまった。






 「良い事教えてやるよ。あの飛行機テロはこの俺、臥厳がげんがやった。ったく、生き残るなんて無理だったはずだがな。単なる偶然か、それともノヴァラージュのせいか。まあ、どうでもいい」






 あまりの偶然に可笑しかったのか、臥厳は笑いながら自白した。




 オレはすぐにでも臥厳の首を跳ね飛ばしたかったが、臥厳の側には椿がいる。椿を人質にされている。




 オレが今ここで何か行動を起こすのは不可能だった。






 「おっとそうだった」






 椿を連れて通路の向こうに消えようとした臥厳がコチラを振り返る。




 他のテロリスト達は作業を終えている。だから、ここにいるのは臥厳しかいなかったが。






 「来い柊華。もう人質のフリはいい」






 臥厳はテロリストのメンバーとでも言うような口調で柊華姉ちゃんに命令した。






 「…………ええ」






 柊華姉ちゃんが立ち上がる。




 そこでオレは初めてタワーに入ってから柊華姉ちゃんの顔を見た。






 「予知にない展開があった。何故言わなかった?」






 「別に。取るに足らない事と思っただけ」






 「それを判断するのは俺だ。殺されないと思って調子のってんのか?」






 「………………そんな事思ってないわ」






 そこにあったのはこの世の全てを見限ったような顔だった。オレの知ってる柊華姉ちゃんの表情なんて微塵もない。心を漆黒で染めたみたいに、柊華姉ちゃんの意思が感じられない。




 いつも見せてくれてた明るい笑顔は夢だったとでも言うように、柊華姉ちゃんは別人になっていた。






 「予知で全てお見通しなんだろうが、本当にそうなのか俺がためしてもいいんだぞ?」






 「………………」






 「ったく、冗談だよ冗談。そんな気分じゃない。予知でわかってんだろ?」






 柊華姉ちゃんは臥厳の後ろを付いて行き、すぐにその表情は見えなくなった。




 臥厳に無理矢理歩かされる椿は、後ろからついてくる柊華姉ちゃんを見ていた。なので、椿の顔だけはオレの位置からでも見えてたが。




 やはりオレと同じ事を思ったようだった。






 「なんでだよ…………」






 摩利支天が言っていた通りになってしまった。




 臥厳との会話からして間違い無い。




 識那珂柊華はテロリストと組んでいる。






 「なんでだよ柊華姉ちゃん…………」






 すぐに三人の姿は消え、オレだけが中央ホールに残された。

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