第14話 優しい大人が好かれるのは当たり前

「ムチャクチャ騒がしくなったな…………」






 今、中央ホールは大パニックだった。




 テロリスト達がいなくなり、ここにいる人間の一人が警察に電話したのだ。それが風船に針を突き刺したようなきっかけとなり、全員の混乱を生んだ。




 ゾンビ映画なんかのワンシーンのような光景が目の前で広がっており、誰もが大騒ぎで助けを求めている。それは警察だったり友達だったり家族だったりマスコミだったりと様々で、この状況から逃れようと皆必至だ。もちろんそれは他国の高官達も一緒で、知らない言語で通話を続けている。




 しばらくこの状況は続くだろう。これだけ騒いでるのにテロリスト達が来ないなら尚更だ。心理的にもさっきのアレ(殺人)を見てジッとしているなんてできないだろうしな。






 「行くか」






 周囲でオレに注目しているヤツはいない。混乱の最中、オレは中央ホールからこっそり出て行った。




 今、この状況下でどうにかできる可能性があるのはオレだけだ。




 すぐに朝菱先生と連絡を取らなければならない。




 中央ホールからある程度離れた場所にある土産店につくと、オレは身体を伏せてスマホを取り出した。




 朝菱先生に電話をかけるとワンコールもせずに繋がる。






 「現状は?」






 何が起こったか言う前に聞かれた。




 もう朝菱先生は何が起こっているか理解しているらしい。






 「かなりマズいです。テロリストが椿を何処かへ連れて行きました。あと、その…………柊華姉ちゃんもテロリストの仲間みたいです」






 「そうか」






 朝菱先生は当たり前とでも言うように返事をした。




 柊華姉ちゃんの事は予想して当然だ。摩利支天はそもそも柊華姉ちゃんを疑っていたんだから。






 「他は?」






 「はい、まずここに来た時なんですが――――――――」






 オレはなるべく簡潔にこれまでの事を話した。






 「臥厳…………ヤツがこの事件に関わっているのか」






 「知っているんですか?」






 「裏の世界で名の知られてる悪党だ。略奪、テロ、虐殺、誘拐、あらゆる悪事をやっている。要人暗殺も何十人と行ってきた。何処にも所属せず、犯罪集団マフィア、密売組織シンジゲート、時にはPMC(民間軍事会社)にも雇われている。もし私の目の前にいたら即座に首を刎ねるな」






 「つまり、相当やっかいなクソ野郎ですか」






 「この世に生かしといていいヤツじゃない」






 「…………臥厳はあの飛行機爆破テロを起こしたと言ってました」






 「…………そうか」






 やはり臥厳は絶対的な悪だった。




 オレの両親を殺し、オレの身体を破壊し、こんどはオレの前から椿を攫い、柊華姉ちゃんを己の駒にしていた。




 ――――――ヤツは再びオレの大事なモノを消そうとしている。




 出会った以上、必ずツケを払わさなければならない。






 「ヤツが識那珂椿をノヴァラージュとして攫ったのなら、相当な額で取引する相手がいるだろう。ここまでの事をしているのだからな」






 誘拐ビジネスは最も一般的な世界犯罪だ。世間知らずの旅行者は何処にもでもいて、そんなヤツをたった一人攫うだけで相当な金額を要求できるからだ。自分探しの旅なんかしているヤツや戦場ジャーナリストは特に顕著で、攫いやすくなおかつ懲りないヤツが多いので狙われやすい。誘拐を資金源にしている犯罪組織は多く、治安の悪い国なら何処でも手ぐすね引いて罠を張っている。




 そう、一般人でコレなのだ。誘拐相手がノヴァラージュなら金額の桁がいくつか増えるのは想像に難くない。ノヴァラージュは存在が希少だ。知っているなら、是が非でも欲しがる組織はいるはずで、予知なんて力ならなおさらだ。






 「でも、誘拐が目的ならコレはやり過ぎじゃないですか? こんな事をしなくても、もっとやりやすい方法があるはずです」






 「何か理由があるんだろう。現時点では不明だが」






 もし椿の誘拐を目的にしているならやり方がスマートじゃない。あまりにも大がかりだし、誘拐だけならここまでやる必要はないだろう。




 ――――――――柊華姉ちゃんの事が頭をよぎる。




 考えたくないが、臥厳がこんな事をしているのは、柊華姉ちゃんが関係しているとしか思えない。




 臥厳は自分が飛行機爆破テロの犯人だと、あっさりオレに告げた。だから、柊華姉ちゃんが臥厳の事を知らないとは思えない。




 あの惨劇を起こした相手と一緒にいる。




 そこには絶対に何か理由があるはずだ。






 「こうして普通に連絡できているのもおかしいです。連絡端末なんかすぐに没収しそうなモノなのに、取り上げないどころか連絡するようけしかけてる」






 「たしかにそこも不自然だ。通話が傍受されてる様子は無いし、パニックを誘うにしてもまどろっこしい。あまりに余裕が過ぎているな」






 臥厳のやっている事は色々と不自然だ。なんら得になりそうにない行動ばかりしている。




 精神の贅肉なんて、犯罪で生き抜いている者には無いはずだ。そんなヤツが悪党で生き抜けるとは思えない。






 「須部原。今はヤツらから識那珂椿を奪い返すのが先決だ。それを第一の行動としろ。あと識那珂柊華についてだが」






 朝菱先生は冷静に、そして僅かな気づかいと熱心ある声でオレに言った。






 「私は識那珂柊華を信じている」






 それは摩利支天に属する朝菱花子が言ってはならない言葉だった。






 「お前ほど付き合いは長くないが、彼女がどういう人間かわかっているつもりだ」






 先生は立場として冷徹な判断をしなければならない。そして、今はその冷徹な判断をする必要がある状況だ。




 本来ならこんな言葉を投げかけてはいけない。柊華姉ちゃんと身近なオレには容赦のない台詞を並べ立て、現状を強く理解させなければならないし、敵と味方の区別がつかなければ最悪の結果を産んでしまうからだ。






 「個人的な感情を話すなんて、摩利支天としてどうなんですかね?」






 だから、ついオレはそんな事を言ってしまった。組織の人間として間違っていると。






 「そうだな。だが、私は大人でありたいと思っている」






 でも、朝菱先生はオレの言った事など予想しきっていた。オレ以外にも何度と聞かれた事なのかもしれない。




 朝菱先生は言った。






 「こんな現状なのに大人の私が柊華を信じないでどうする。大人の義務というモノがあるなら、それはきっと今のような状況に対する判断だ。ならば、私はその義務を全うに行いたい。当たり前の感情を捨てずに解決へ向かいたいんだよ」






 別に朝菱先生は個人の感情を優先すると言ったワケではない。来るべき状況になれば、朝菱先生は容赦無い判断を下すだろう。どんな情があろうとも間違った判断をせず、その時の最善を躊躇なく選ぶはずだ。




 つまり、先生はこんな状況だからと色んなモノに“しょうがない”と失望していないのだ。


 柊華姉ちゃんにもオレにも、朝菱先生は何の失望もしていない。




 だからあんな事をオレに言える。




 胸を暖かくする大人の言葉をオレに与えてくれる。






 「…………ありがとう先生」






 「任せたぞ須部原要。私からは以上だ」






 朝菱先生との通話が終わった。オレは自分のスマホをポケットにねじ込むと、周囲を確認する。




 誰の姿も見えないのを確認するとオレは土産屋から飛び出し、地下駐車場を目指して移動を開始した。




 集団である以上、臥厳達は何処かに司令部を作り、そこからテロリスト達全員に指示を出しているはずだ。椿と柊華姉ちゃんがいるならそこだろう。




 そして、その司令部を作るなら地下の可能性が高い。タワー内だと空に囲まれて逃げ場が無いし、ペスキスタウンだと遮蔽物がほぼ無いから見晴らしが良すぎる。




 それらと比べると、地下なら隠れるには都合がいいし、司令部もただの車に偽装しやすい。出入り口は限られているが、それは車ならの話だ。人が出入りできる場所なら非常口や連絡口と色々あるから逃げやすい。ここまでやれている臥厳達なら、地下通路の把握くらいできているだろう。






 「あっちか」






 ペスキスタウン内は何処にでも案内板があるので迷わなさそうだ。地下駐車場への道もわかりやすく案内されている。オレは最短ルートで目的地へ近づいていった。




 テロリスト達に遭遇しなかったので、すぐに地下への階段まで辿り着く。何ら障害なく来てしまったので少し不気味だったが。






 「…………ん?」






 地下階段の側にあったトイレ。そこにある多目的トイレから声が聞こえた。






 「強情な姉ちゃんだな」






 「何か喋るべきだと思うぜ? 少なくとも今のままじゃ酷い事にしかならねーんだ」






 複数の男の声が多目的トイレの中から聞こえる。誰かと喋っているようだ。




 余裕か油断か、ドアは完全に閉められていない。僅かに隙間が空いている。




 気づかれないようにその隙間から多目的トイレ内を覗く。






 「なあ、もういいだろ? コイツ喋る気ないんだ。好きにヤっていいだろ?」






 「これ以上我慢する必要もねぇか」






 「協力してくれないお嬢ちゃんにはお仕置きしないと」






 三人の男が確認できる。優位の感じられる声の調子からして、女性に色々と好き勝手していたのは明白だった。






 「…………………………」






 黙っているのは臥厳が高野美玲と言っていたあの女性だ。




 裸に剥かれていて、その手足は結束バンドで縛られている。自力脱出は不可能、便器の上であれこれされるのにうってつけの格好にされていた。白く美しい裸体に怪我が無いのは不幸中の幸いとしか思えない。






 「……………………」






 何をされるか、または何をされたか高野は理解しているはずだが、さっきから男達に向けている見下すような視線は変わる事がない。意思の強さがそこにある。高野にとって、このテロリスト達に弱さを向けるのは死ぬよりも嫌なのだろう。その表情からは臥厳に銃を向けられた時と同じモノを感じた。






 「その顔たまらねぇよなぁ?」






 「ずっと睨み付けたままだ。こんな女なかなかいないぞ」






 「はぁぁ~、もういいだろ? もういいよな?」






 このままだと確実に高野美玲が望まないお楽しみが始まってしまう。




 オレは男三人に奇襲するべく行動を開始するが。






 「動くな」






 突然、オレの後頭部に冷たい銃口が押しつけられた。

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