第2話 あきらかにフラグな建築物がある

「要ちゃんあそこだよ! そこそこ! 捕まえて!」






 「あそこって何処だよ」






 五月中旬という夏に片足を突っ込んだ季節の放課後。GWが終わって、誰もが七月まで祝日が無いという悲劇に打ちのめされている中、オレと椿は朝っぱらに、家から距離の離れた公園でバタバタドタンと騒いでいた。




 現在の時刻は午前六時(家を出たのは五時半)を少し過ぎたくらい。学校へ行くには早すぎる時間で、まだ夢を満喫してても文句を言われない時間である。オレにとっては読書を嗜む大切な時間だ。






 「後ろ! いや、右斜め前! あ、左斜め後ろ! ん? アレ? 違う? 普通に右後ろ斜め前左かな?」






 「方向説明で謎解きさせるなよ…………」






 だが、オレのそんな朝時間は侵略されている。




 『占い部』という、苺の無いショートケーキのような、何の飾りも洒落っ気も無い部活動。それが無慈悲にオレを襲ったのである。




 ちなみに所属はオレ(副部長)と椿(部長)の二人だけだ。今は正式に部を名乗れているが、いつ廃部になってもおかしくない人数である。






 「とりあえず適当でいいか。きっとその辺にいるだろ」






 「うんうん、そうだね! きっとその辺にいるよ!」






 「その投げやりポジティブ顔。オレのよく知ってる椿ですわ」






 オレは自転車ママチヤリに椿を乗せて、その椿にやんややんやと応援されながら、長い坂を十分以上かけて上った先にある寂れた公園にやって来ている。




 今にも壊れそうなベンチと砂場しかない公園だ。昨今、遊具の危険性が指摘され、多くの公園から人気遊具が姿を消しているが、その例に漏れない惨状である。






 「つか、ここであってんだよな椿?」






 「えーと…………ううう、どうなんだろ。ここだと思うんだけどな…………」






 「午前五時にオレの部屋へ突撃してきた自信は何処へいったのか」






 知らない電話番号が表示されているスマホ画面を見たような不安顔で、椿はオロオロし始めた。


 つい一時間前、オレの部屋に入ってきたかと思うと「安原くんの子猫が何処にいるか解った!」といって、パンクでバンド的な人が担当するドラムのように、布団に寝転んで本を読むオレを叩きまくったというのに。アレはなかなか強烈だった。こんな体験ができるなんて、オレってばなんてツイてるんだろう。涙が出る。




 まあ、普段からオレが椿に「占い結果で何処か行く時は必ずオレを誘え」と言っているので別に文句(ツッコミ程度はしてしまうが)は無い。食事中だろうが、風呂だろうが、感動でむせび泣いていようが、そんなの関係無く絶対に誘えと言っているのはオレなのだ。






 「せっかくはっきりした“予知”がきたんだろ? だったら自信持てって」






 「う、うん…………」






 オレがそういうと椿は何度かスーハスーハーと深呼吸する。すると落ち着きを取り戻したのか、グツった鍋みたいな慌ただしさが消えた。胸に手を当てて何度が頷いた後、ビシッとベンチの後ろを指す。






 「そこ! 安原くんの猫ちゃんはベンチ後ろで寝てるよ! 今、チラッと見えた!」






 「よし、それでこそ識那珂椿。あと、そこが予知じゃなく肉眼なのもお前らしい」






 せっかく見つけた目標に逃げられてはたまらない。オレは忍び足でベンチの後ろに回り込んだ。


 椿の言った通りそこに眠ってる子猫がいた。特徴が安原から聞いていたのと一致しているので間違い無い。






 「よかったー。子猫ちゃんここにいて」






 すぐに椿もやって来る。






 「だからいつも自信持てって言ってるだろ」






 「だって、どうしても不安になるし…………」






 「いなかったらいなかったで再チャレンジすればいい。百回や二百回失敗したって気にする必要はねーよ」






 「百回も失敗したら気にするよぉ」






 そんなやり取りをしつつ、椿は子猫を抱きかかえた。




 その拍子に子猫が起きるが、特に逃げる様子はない。飼い猫だからか、人間になれているようだ。






 「起こしてゴメンね。でも、君のご主人様が探してるの」






 椿は公園の入り口までトタトタ走って行くと、子猫を地面に下ろした。




 子猫はこちらへ振り向く事なく、草むらの中へ姿を消す。




 それを確認して椿はホッとため息をついた。






 「よし、これで大丈夫。今日の朝、安原くんの登校最中に子猫ちゃんは姿を見せるはずだよ」






 「これが今回の予知か」






 「うん。こうしないと安原くんは子猫ちゃんを見つけられないんだ。私が子猫ちゃん抱えて安原くんに会いにいったら、何処かに逃げちゃって行方不明になるし」






 「で、そうなると安原はこの先子猫とは会えなくなると」






 「うん、そうなの」






 身体に染み渡るような朝日を眺めながら周囲を見渡すと、街が一望できた。さすが高所にある公園だ。地平線とまではいかないが、さすがに眺めが良い。観光名所にしていいくらいに思えるが、そこは市政の観光力が問われる。ここって、かなり来にくいし。






 「完成したんだよね」






 「何がだ?」






 「もー、アレに決まってるよぉ」






 椿は眼下に広がる街並みの中で、一際目立つ建造物を指さす。






風雪ペスキスタワー。






 全長九百メートルという東京スカイツリーもビックリな建造物で、風雪市にある高層ビル郡が霞む高さを誇っている。世界有数の建造物で、風雪市のお偉いさん達が努力した結晶でもある。ここまで高いと、色々で諸々で様々な事情があるんだろうなぁと考えずにはいられない。






 「来週、完成披露セレモニーだね。初日のできたてホヤホヤタワーに行ってみたかったなぁ」






 「四万円とダニーズのチョコパフェ驕ってくれるなら、入場チケットと整理券をどうにか手配してやるぞ」






 「チョコパフェ代はあまりにもダフすぎる価格に含めとこうよぉ」






 椿はオレに呆れた顔を向けるが、オレは嘘など言っていない。今チケットを買おうとするならオレが言ったくらいの値段はする。そんなふざけた値段になっているのだ。




 おそらくチケットの転売価格がここまで高騰しているのは、完成披露セレモニーに来るゲストのせいもあるだろう。総理大臣といったお偉いさん達がやって来る一大イベントになっており、そういうのが込みな値段になっているのだ。




 世界有数の高さを誇る建造物のお披露目だし、この先の教科書に載る可能性が高い建造物でもある。そこに立ち会えるとなると値は自然とつり上がってしまう。




 まあ、釣り上げてるのは転売屋だが。もう一度言おう。釣り上げているのは転売屋なのだが。






 「まあ、いずれ普通に行けるようになるだろ。数年後とかにな」






 「数年かぁ。そのくらいかかっちゃうよね」






 何処か遠くを見るように椿は呟いた。






 「…………ねぇ要ちゃん」






 椿がオレの方へ振り向く。




 触れれば砕ける雪細工みたいな儚い表情に、風で僅かに靡くショートヘアと、煌めく宝石みたいな目が合わさって、ただオレの方に身体を向けただけなのにドキッとしてしまう。




 これは何度も見ている幼なじみの仕草なのだが、オレはこういった椿にどうしても慣れない。椿が美少女の類いなのはクラスの男子達の反応でわかっているし、一応オレ自身も理解している。多感な十代という年頃なのもあるし、ウブな反応をしてしまうモノである。






 「いつかペスキスタワーへ遊びに行けたら…………お姉ちゃんも一緒に来てくれるかな?」






 「来てくれるに決まってるだろ。姉ちゃんが来ない理由がない」






 「…………うん、そうだよね」






 椿のその言葉には願望や諦観の方が強く込められている。自らに言い聞かせているのは明白で、そんな日は永遠に来ないと悟っているように見えた。




 まあ、そう思ってしまう寂しさは理解できる。




 なぜなら、椿の姉である識那珂柊華は雪風ペスキスツリーの完成披露セレモニーに呼ばれるような人物だからだ。所謂、お偉いさんに加えられているのである。




 今の柊華姉ちゃんはそれくらい凄い人物になった。




 こんなの飛行機爆破テロ以前では考えられない。




 常に柊華姉ちゃんは忙しく活動しており、オレも椿も長い間柊華姉ちゃんとまともな会話をしていない。






 「そろそろ帰るか。遅刻すんのは勘弁だし」






 「あ、そうだった!」






 椿は公園外に置いている自転車に向かって走りだす。スマホの時計を見ると、もう結構な時間になっている。さっさと帰らないと、遅刻はしなくとも全力ダッシュでの登校は免れない。






 「早く帰ろ要ちゃん! 遅刻しちゃう!」






 「へいへい。わかりましたよお姫様」






 椿に続くようにオレも自転車の元へ走って二人乗りを開始。帰りは下り坂だらけになるので、行きと違ってかなり楽だった。




 その際、パトカーと配送トラックがやたら多く走っているのを見かける。来週要人達が大勢来るので、その警戒だろう。ここ一ヶ月前と比べると二十倍増しになっている。配送トラックも同じくらい増えてるのは知らんけど。




 完成セレモニーの本番が近づくにつれ、警戒が強まっていくのは至って普通だし当然の事だ。警戒すぎる警戒をして損はないと、お上が判断しているのかもしれない。




 誰も知らない所で頑張ってる警察やら市役所やらの苦労を、そんな上っ面だけで考えながら、オレはペダルを漕いで家へと帰った。

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