荒ぶる青天は機械模様の心と知れ

三浦サイラス

第1話 どうにかこうにか生き残れた

オレ、須部原要すべはらかなめが気がつくと、目の前に地獄が広がっていた。






 「しなないで~~しんじゃやだよかなめちゃん~」






 「かなめくんおきてよ…………かなめくん…………おきて…………」






 周りを埋め尽くす死体、破壊された客席、裂けた天井から見える夜空、嗅いだ事の無い苦い刺激臭、泣きながらオレの名を呼ぶ幼馴染み。




 着陸寸前に爆発音がしたのは覚えているが、以降の記憶が無い。気を失ったのはその時だろう。気がついているなら、こうなった経緯(地獄)をもっと把握できているはずだ。




 現実離れした光景のせいか、オレの頭は妙に冷静だった。






 「やだよ~やだやだやだ~しんじゃいやだかなめちゃん~」






 「かなめくん…………」






 死んだ乗客達にいくつもの破片が突き刺さっている。爆発の衝撃や、墜落に近い不時着のせいで、ガラスやら天井部分やら何やらの部品等々が乱れ飛んだのだろう。




 悲惨な死に方だが、コレはまだマシな部類かもしれない。首だけ転がっていたり、半身がひしゃげたり、炭みたいに焦げてしまった乗客と比べれば人の原型を保てているからだ。




 オレは通路に放り出されていた。シートベルトはしていたが、爆発の衝撃で外れたか焼けたらしい。オレは立ち上がろうとしたが、何故か全く立てない。全身に力が入らなかった。表情すら動かせず、喋る事もできない。




 その理由はすぐにわかった。




 落ちてきた天井に両足が潰されていたのだ。左腕は破片でズタズタに引き裂かれており、他にも腹部や胸部や股間等、様々な箇所が一目でわかるくらい無惨な状態になっている。見た目無事と言えるのは首から上だけになっていた。




 ――――――――それを理解してオレは妙に納得してしまった。受け入れてしまった。






 幼馴染みの姉妹を置いて、もうじき自分が死ぬという事実を。






 「なにかいってよ~~~! へんじしてよ~~~! わあああああん!」






 「かなめ…………くん………………」






 今のオレは、そばで泣きじゃくる幼なじみの識那珂椿しきなかつばきと、その姉の識那珂柊華しきなかしゅうかの二人に、今にも力尽きそうな目を向ける事しかできなかった。






 「わあああああん! わああああん! かなめちゃん~! かなめちゃん~!」






 椿は元々泣き虫だが、こんなに泣き叫んでいる姿を見るのは初めてだった。オレの方が重傷とはいえ、椿の腹部だって血が滲んでいる。頭から血も流れているし、かなり痛いはずだ。なのに、泣けばオレが復活すると言わんばかりにワンワン泣いていた。






 「…………………………」






 柊華姉ちゃんは奇跡的に身体は無傷で、最初こそオレに語りかけていたが、今は何も言わず静かにオレの事を見つめていた。




 涙は流しているが、もう色々と察してしまったのだろう。オレはどうみても助かる状態じゃない。




オレの死を否定する椿とは違って、柊華姉ちゃんはオレの死に絶望していた。目を闇に染めて、オレの死を受け入れる負のオーラを纏っている。




 死が充満する乗客席で、今現在生きているのはオレと椿と柊華姉ちゃんだけ。




 そう、今生きているのはその三人だけだ。旅行の保護者をしていたオレの両親は死んでいた。




 横たわったまま全く動かないオレの両親。顔は見えなかったが、現状を受け入れるには充分な姿(死体)だった。




 ――――――それを見たからだろうか。両親に最後言われた言葉が頭を過ぎった。




 それは、我が子の幼馴染みが女の子二人なら必ず出るだろう、何でも無い一言だ。








 『要は男の子だからな。椿ちゃんと柊華ちゃんを必ず守ってあげるんだぞ』




 『要は強い子よ。だから椿ちゃんや柊華ちゃんが危ない時は、要が二人を守ってあげてね』








 そう言われた。




 それはオレにとって当たり前で、言われるまでもなくて、普段からずっと思っていて。




 この時、全くできなかった事だった。






 「かなめちゃん~~かなめちゃん~~かなめちゃん~~~わああああああん!」






 「………………………………」






 消えゆく意識。もう目を開けるのも辛くなりオレのまぶたが落ちていく。




 泣きわめく椿。




 絶望する柊華姉ちゃん。




 オレはそんな二人を見るのが辛かった。本当に辛くて辛くてしょうがなかった。




 ――――――――だから。




 もし生き残れるなら。死なず生き残る事ができたなら。




 二度と二人にこんな顔はさせない。




 どんな悪や脅威からも二人を守ってみせると決意して、オレは意識を失った。














この直後、大破した機内に救助が来て、オレと椿と柊華姉ちゃんは保護された。




 三人ともしばらく入院となり、オレは怪我や手術の経過のせいもあってかなりの日数を病院やら何やらで過ごす事となる。




 そのため二人に比べると退院日に大きな差ができてしまったが、オレも無事日常へと戻れた。両足や腕だけでなく、身体の大部分がすり潰されたようにぐちゃぐちゃだったのに、


後遺症もなく元気に動かせている。これは奇跡としか言い様がなかった。




 それからのオレ、椿、柊華姉ちゃんは、大きな事故や事件に巻き込まれる事なく平穏に過ごせている。




 だが、大きな出来事イベントならあった。両親のいなくなったオレを識那珂家が引き取ってくれたのだ。椿や柊華姉ちゃんと家族になるのはこそばゆかったが、悪い気は全くしなかった。おばさんやおじさんには文字通り感謝しかない。




 現在、あの“飛行機爆破テロ”から十二年が経過している。




 まだテロの主犯は見つかっていない。

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