魔竜ファーヴニル討伐戦・前日

 ――セイファート城での作戦会議以降は、概ねの準備がスムーズに進んでいた。


 生命院テュールの『管制棟β』は予定通り、セイファート城での会議翌日に、北方帝国と共和国により解放された。

 これによりプレイヤーたちは生命院テュールの転移装置を自由に利用できるようになり、グラズヘイムの中でも特に広大なマップを持つこの島も、往来がぐっと楽になった。


 また、その奥にあった『虹の橋ビフレスト』――を守護する『ヘイムダル城塞』にて、魔力補充のため我が物顔で眠る魔竜ファーヴニルの姿も、最前線に合流した『ルアシェイア』を含む偵察部隊により確認され、居場所が確定された。


 更には『刈り取る者』のペリドット、ルビィ、そしてカトレアら電子戦班によって、『ヘイムダル城塞』の防衛設備について解析と掌握が進み、こちらはいつでも稼働可能な状態で出番を待っている。



 ――準備は、ほぼ万全に整った。


 ファーヴニル討伐に参加する志願者およそ五百名のプレイヤーたちはすでに管制棟βに詰めており、皆、開戦の日に向けて虎視眈々と牙を研いでいる……そんな中で、『Destiny Unchain Online』第一サーバーは、決戦を目前に控えたソワソワとした空気に包まれていた。



 ◇


 ――そして、7月30日。



「紅ちゃーん、ご飯の準備できたけど、旅行準備の方は終わったー?」

「ああ、ごめん、今終わったところ!」


 魔竜ファーヴニル戦を明日に、そして海上都市アマテラスへの出立日を明後日に控えたこの日……紅、それに昴と聖の三人は旅行の荷造りを進めながら、一緒に夕食を済ませるための支度を満月邸にて行なっていた。



 あらかた荷物を納めた終えたキャリーバックに蓋をして、一階の台所へと向かった紅。

 そのいつも見慣れた食卓には、見慣れない機械……中でぐるぐると水が流れている、流し素麺機が稼働していた。

 これは、皆が真夏の暑さで食欲が減退し「素麺でいいや」という紅たち三人の一致した提案により、この日は皆で素麺という夕飯に決定したのだが……そんな中、聖が「せっかくだからこれ使おう!」と、子供の時に使って以来倉庫に仕舞い込まれていたものを引っ張り出してきたものだ。


 ちなみにその準備中の様子について、今は明後日以降の仕事引き継ぎのため忙しくしている宙と天理に報告したところ……『そちらは楽しそうで羨ましい』という返事が返ってきたのだが、仕事で居ないものは仕方がない。


「それじゃ、流していくぞー」


 そう昴が号令を掛け、あらかじめ茹でて小分けにした素麺を流水の中に投下し始めて……ある程度まとまった量が流れ始めたのを皮切りに、皆が思い思いに水流の中から掬っては麺つゆに浸し、食べ始める。


「はー、やっぱり暑い夏はこれだよねぇ……ところで紅ちゃん、旅行の支度、忘れ物は無さそう?」

「うん、大丈夫……なはず」


 不意に聖が投げかけてきた問いに、紅は自分の麺つゆに一味唐辛子を足しながら、若干自信なさげに答える。

 準備中は大丈夫と思ったら、現地についた時に無かった……そんな経験は腐るほどあるからだ。


 着替えよし、先日買った新しい水着もよし……そんなふうに脳内でバッグに詰めたものを反芻し指折り確認し始めた紅に、昴は苦笑しながら口を挟む。


「まあ、向こうに生活している研究者や学生たちが利用している、けっこう大きなショッピングモールもあるって話だしな。最悪NLDと、ルージュちゃんを呼び出すためのベースステーションさえあれば何とでもなるだろ」

「そっか、それもそうだね……他の皆は、大丈夫かな」

「明日は、準備どころじゃないもんねぇ」

「旅行前日にレイドバトルを入れたら、まあこうなる事は予想できたよな」

「むぅ……でも、終わらせてから旅行行かないと気持ち悪くない?」

「「それは、確かに」」


 紅の不満げな言葉に、二人ともハモりながら同意する。やはり、モヤモヤした気分のまま旅行に行きたくないと思っていたのは皆一緒だったのだ。


「とはいえ、旅行中に今度はイァルハのとこまで行ってる可能性はあるがな」

「ああ、うん、そうなんだよなぁ……」

「旅行に行ってる期間がだいたい三週間だもんねぇ」

「帰ってきたらすぐ学校が再開するからな。紅、夏休みの課題、荷物に入れるの忘れてないだろうな」

「父さんたちが学生だった昔みたいに紙の問題集じゃないんだから、忘れるわけないだろ!」


 からかい半分な昴の言葉に、紅が食ってかかる。

 現在の学校からの課題は各自のNLDからアクセスできる学校のストレージ保存されているため、忘れようとしてもできるものではないのだ。


 ひとしきりいつも通りの馬鹿話をしていたものの……やがて皆の口数は減り、素麺を啜る音だけが部屋に響く。


 そんな中で……ぽつりと、聖が呟く。


「明日、私たちは勝てるかな?」

「できる限りの準備はしてきたが、さて、実際に挑んでみない限りはなんとも言えないな」


 何事かを考え込みながらの聖の問いに、昴は忖度の無い素直な言葉を返す。だが……。


「問題は、だ」

「誰がファーヴニルを封印から解放したか、だね」


 昴の言葉を引き継いだ紅の言葉に、昴もまた頷く。

 対魔竜ファーヴニルの準備はできた。だが、いまだにその疑問は残ったままなのだ。


 とはいえ……それを実行した可能性がありそうな候補は、実はそれほど多くはない。


「昴は、だと思う?」

「さて、な。には前日恨まれる事をした覚えがあるが、正直こうしたやり方をしてくる奴とも思えん」

「じゃあ、やっぱりの方が可能性大だね。って事は」

「ああ、他人が戦っているところで高みの見物をしているような奴じゃない。きっとどこかで仕掛けてくるぞ」

「望むところだ。首を突っ込んでくるなら、今度こそケリをつけてやる」


 そう言いあって、紅と昴はお互い頷き合い、やる気を漲らせている。


 そんな二人に挟まれた聖はというと。


「もー、また二人だけで盛り上がって。それより早く食べないと流れてる麺が伸びちゃうよ?」


 そう、若干の話に加われないことに対する不服さを滲ませながら、呆れたように呟くのだった。







【後書き】

 実は省略した部分全部話数使って語る予定だったけど、プロット見返したら大した中身ない上にだいぶクドくなる気がしたからダイジェストよーそんなー(´・ω・`)





 11/8にコミカライズ9巻が発売予定ですので、よろしくお願いします。

 数日前からAmazonの予約ページにて9巻表紙も公開されたみたいですので、ぜひ目にして欲しいですヤチモトセンセイスゲェゼ……(゚Д゚;)

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