魔竜ファーヴニル討伐戦・開幕
――7月31日、現実時間では朝の9時。
魔竜ファーヴニルが回復のために寝床としている『ヘイムダル城塞』……生命院テュールの南端に構築された巨大な城塞、その入り口となる門の上。
この場所だけでも野球場くらいの広さはありそうな規模の屋上には、ギルドや所属ユニオン問わず集まったプレイヤーたち総勢五百人を超える大集団が、朝早くから……ただしゲーム内では夜ではあるが……声を潜めて集合していた。
天から降り注ぐ満月の光が、集まった勇士たちの姿を柔らかく照らし出している、そんな夜の要塞で。
「皆、よく集まってくれた。これより作戦名『亡き王女の為の
中で眠っている最中の魔竜ファーヴニルを起こさぬよう、抑えられた声量で発せられた総指揮官ソールレオンの宣言。周囲の者らは沈黙を守りつつも、ピリッとした緊張感が一帯の空間に満ちる。
「まず……協力してくれた『
そう言って、ソールレオンはこの場に集ったメンバーに対して、マップデータを送信する。
この『ヘイムダル城塞』の先に進むルートは、細かな分岐はあるが、大きく分けて三つ。
今いる城壁から降りて正面から進むか、両サイドに伸びた外壁上を進んでいくかだ。
そうして何枚かの壁を超えた先にある、おそらく元は防衛用の機動兵器が待機する場所だったのであろう広大な城塞内の広場に、件の魔竜ファーヴニルは眠っている。故にファーヴニルと接敵するには、左右の外壁という高台からか、もしくは降りて正面からかになる。
そして……その奥に進むと存在するのが、この砦本来の目的である『
そこには、配置されている防衛用の設備についての解説が記載されたリンクがびっしりと書き込まれている。
「まず……魔竜のオリハルコン骨格に対抗できる武器を持つ者達で構成された、クリムら『ルアシェイア』を中心とした決戦部隊は、交戦開始からしばらくは温存する、良いな?」
ソールレオンの言葉に、クリムとルアシェイアの仲間たち、そして邪竜武器の最終段階などの『虚無』属性を有する武器を携えている、スザクをはじめとしたプレイヤーたちが、承知したと頷く。
「よし……他の者たちだが、共和国と聖王国、それと
『剣の守護者』をはじめとしたその他ギルドの後衛部隊で構成された壁上部隊は、まずは魔竜とのエンカウントを避けてこの『ヘイムダル城塞』外壁両翼へと展開し、配置に着いてもらう。対魔竜用に城塞の防衛兵器を利用する場合、魔竜のいる城塞内広場よりも奥にある装置を起動する人員がいなければ動かないからな」
ペリドットたちが抜いてくれたこの『ヘイムダル城塞』……おそらくは強大な敵を内部に引き入れて包囲殲滅を目的とした最終防衛ライン内部には、砲台や設置型の
当然、これらの兵器を有効活用しない手はない。まずは、交戦を極力避けて、損耗を抑えながらこういった防衛設備を全てこちらのコントロール下に置く……それが、この魔竜ファーヴニル戦におけるスタートラインだ。
「君たちがこちらを制圧していないと、そもそもまともな戦闘にならないからな、よろしく頼む」
そう告げられ、特にこうしたレイド経験に乏しい小ギルドは役割を振られたことに不安そうにしているが、そんなプレイヤーたちを『剣の守護者』代表代行としてやってきていた緑髪の弓使いが鼓舞して回ってくれているようなので……多少の不安はあるが、たぶん大丈夫だろうと信じることにする。
「もしも魔竜に察知され向こうが動き出したら、私たち北方帝国と、決戦部隊を抜いた連王国の混成部隊が正面で魔竜のターゲットを引き受けよう」
これについては、北方帝国はいつも通り。ソールレオンの背後に控えている北方帝国所属の精鋭プレイヤーたちは、任せておけとばかりに頷いている。
また、連王国のプレイヤーたちもまた、地獄のヴェルンド最下層踏破メンバーを中心に、北方帝国にも負けず劣らず士気が高い。
「それと……」
「ここからは、私たちが説明しますね」
そう言って、ソールレオンと入れ替わりで前に出てきたのは……『刈り取る者』たちのリーダーであるガーネットだ。
「我々『刈り取る者』の
そのガーネットの言葉に、集まっていたプレイヤーたちも承知していると頷く。
「その安定稼働を阻害しているのが、このグラズヘイム全域に展開された『フォトン・ディスターバー』というフィールドなのですが……それを限定的に中和する『PDキャンセラー』という装置が要塞内に設置されているのを、私たちの同志が発見したのです」
「今回の戦闘では、彼女たちも重要な戦力となるからな。設備の掌握と並行して、この『PDキャンセラー』稼働も進めたい。なので……この稼働部隊は『刈り取る者』のガーネット隊長、それとペリドット女史とサフィア女史にお願いしている」
そう言って、背後に控えていた三人の『刈り取る者』を紹介するソールレオン。
……若干一名の口から「何で私が」という怨嗟混じりの声がずっとリピートされていたが、皆、それは聞かなかった事にした。
「エルミル、君ら『銀の翼』は、彼女たちの護衛として同行してもらう」
「よろしくお願いしますね、エルミルさん」
「は、はい、エスコート役に指名されて光栄っす!」
やたら緊張した様子でガーネットと握手しているエルミルに、周囲から若干の苦笑が漏れたが……だが、兵装院ヴェルンド最奥における彼の活躍は皆が周知しているところであり、特に否定意見は無かった。
「他、こまかな役割と班編成については皆に連絡が行っている通りだ。基本的にはギルド単位で動いてもらうことになると思うが、状況は二転三転することが予想されている。何かあった時は周囲との連携をしっかりとって、落ち着いて行動するように」
その後、各部隊を指揮する者たちからの作戦の細かな確認が行なわれ――そしてついに魔竜ファーヴニル討伐戦、ヘイムダル城塞の長い一日が始まったのだった。
◇
そうして、プレイヤーたちは皆、自分の持ち場へと向かっていった。
門上の広場に残っているのは、ソールレオンやシャオら、指揮を取るために皆の動きを背後から静観している者達と、その直属のメンバー。それに温存を申し渡された『ルアシェイア』と、スザクをはじめとした虚数属性を有する武器持ちのプレイヤーだけ……そんな時だった。
「……らしくない事をしているではないか。ただ大人しく覗き見とは、随分と芸風が変わったな」
不意に、クリムが上空を見上げながら呟いた。
直後、星空の中に一点浮かんでいた景色の歪みが、ふっと溶けて消える。門上の広場を高い場所から見下ろすようにして、上空に現れたのは……。
「お前……メガセリオン!」
姿を現した敵の名前を呼ぶ、スザクの声。
人間形態のまま姿を現した『終末の獣』メガセリオンに、スザクだけではなく周囲に残ったプレイヤーたち皆が騒然となる。
普通に考えれば、背後を突いてプレイヤーたちを混乱に落とし、作戦を妨害するためと思われるが……それにしてはクリムに呼びかけられただけで素直に姿を現し、今も静かに佇んでいる様子に、皆が違和感を感じ首を傾げていた。「こいつ、もっとこう、敵とあらば喜び勇んで襲いかかってくるヒャッハー系だったよな」と。
だが、そんな皆の疑問とは裏腹に、メガセリオンはゆっくりと、クリムに相対するようにして降りてきた。
「魔竜ファーヴニルを封印から解き放ったのも、お主か」
「……ああ」
「目的は、おそらく我らの戦意を煽るため……我らを激怒させて、自分と全力で戦わせるよう仕向けるために相違ないな」
「…………チッ」
半ば確信した様子のクリムからの問い掛けに、憎々しげに舌打ちするメガセリオン。どうやらクリムの言ったことは、彼にとって図星だったようだ。
「……ソールレオン、シャオ、スザク、それに皆も。予定通り、ここは我らに任せて先に行くが良い」
そう、クリムは周囲の者たちに先に進むよう促す。
メガセリオンがここで出てくることは、実のところ想定内。その場合どうするかも、このメンバー内では最初から相談済みだったのだ。
――おそらくメガセリオンは、自分に執心している。だから作戦への支障を最低に留めるために、最小限の仲間達と共に自分が決着をつける。
そう皆へと告げたクリムに、最初は皆も否定的だったが、それでも最終的には折れてくれた。
「ああ……まあお前なら大丈夫だとは思うが、気をつけろよクリム。お前は今回の作戦における中核なんだからな」
総指揮官としてきっちり釘を刺してから皆を引き連れて行ったソールレオンに苦笑しつつ、クリムはメガセリオンに正面から相対する。
門上に残ったのは、クリムと……フレイとフレイヤ、雛菊、そしてリコリス。あとはおそらく離れた場所で、今のこちらの状況を撮影してライブ配信しているであろう、非戦闘員のリュウノスケ。奇しくも、『ルアシェイア』結成時の初期メンバーだ。
実質、たった五人の敵対者。
だがメガセリオンは、そんな少数で残った面子を嘲るでもなく、舐めているのかと激昂することもなく、油断する訳でもなく、ただじっと睨みつけている。その静かな様子は、これまでの単純明快な言動をしていたメガセリオンよりも、かえって不気味だった。
そんなメガセリオンの様子を……クリムはやれやれと呆れ混じりに肩をすくめた後、すぐに生成した大鎌を構えて、ギンと睨み返す。
「そうじゃな……いい加減にお主との因縁も、ここでケリをつけようか、メガセリオン――ッ!」
「やれるもんなら、やってみやがれ――ッ!」
クリムの言葉を受けて、ここにきて初めて歓喜、あるいは狂喜の表情を浮かべたメガセリオンの周囲へと瞬間的に膨れ上がった豪炎。
門上に天高く火災旋風を巻き起こすほどのその炎を合図に、この『ヘイムダル城塞』最初の戦闘は幕を上げたのだった――……
【後書きというか宣伝】
来週11/8は、DUOコミカライズ9巻の発売日となります。よろしくお願いします!
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