融機人と機竜

 ――対魔竜ファーヴニルの方針が決定した日から、三日後。


 この日、攻略には出ずにセイファート城前の広場にて上空を見上げていたクリムの方へ、二筋の閃光が空を横切って接近してきていた。


 その光は、途中で起動を変えるとみるみるクリムの方へと迫って来て……それはやがて、翼を持った人の形がはっきりと見えてくる。


 今、セイファート城に接近してきていたのは、グラズヘイムの廃棄島ヘルヘイムに居るはずの、ルビィとペリドットだった。


「おお、二人とも。忙しい中をよく来てくれたの」


 ふわりと重力や慣性を打ち消して静かに着地した二人に、クリムは両手を広げ、歓待の意思を示して迎え入れる。


「ふーん、なかなか良いところじゃない。来てやったわよ、感謝しなさい!」

「少しくらいならば、たまには空を駆けるのも良い気分転換になりますね。お招き感謝します」


 そんなクリムに、満更でもない様子で応えるルビィとペリドットの二人。


「それと、今回の用事に関して、うちのシズクとその従魔であるリウムにも同行して貰っておる。皆、仲良くな」

「よ、よろしくおねがいします!」


 すっかりガチガチに緊張しているシズクにフッと口元を緩めながら、クリムはお互いに挨拶を交わすよう促す。


「……で、私らを呼んだのは、歓迎会を開くためとかじゃないわよね!」

「うむ……まあせっかくの客人じゃし、それはそれとして歓待もしたいところなのじゃが」

「そういうのは、用事が済んだらにしましょう」

「うむ、そう言ってくれると助かる」


 そう言って、クリムがシズクとルビィ、ペリドットの三人を伴って向かったのは、セイファート城の裏手……泉霧郷ネーブルとは城を挟んで反対側となる、島の南端だった。そこには。


「これは……工場、いや、格納庫ハンガーですか?」

「うむ、まあ、ウチで働く住人の整備用の、な」


 風光明媚な景色に隠されるようにして、鎮座する鋼鉄の設備。

 そこに向かうエレベーターにルビィとペリドットを案内すると、動き出したエレベーターはすぐに格納庫内へと潜り、中の光景を窓ガラス越しに映す。


 そこには……二機並んで静かに座る、機竜の姿。

 その姿を見て、ルビィとペリドットは驚いた表情でクリムの方に目線を送ってくる。


「あいつらは、地上で交戦した……」

「クリムさん、本気ですか。私たちは、彼らの仲間を――」


 ――撃墜した。


 その言葉を、ペリドットが直前で飲み込む。


 黄金郷グラズヘイムの入り口を開放するための、最後の戦闘。

 その中で彼女たち『刈り取る者』は、グラズヘイムを守護する『デスゲイルズ』と交戦し、その数機を撃墜している……殺し合った仲だ。


 だが、クリムはその事を承知の上だと頷くと、隣に着いてきたシズクに尋ねる。


「大丈夫、話は通してある、じゃろ?」

「ええ、二人とも、ちゃんと納得してくれました。素直ないい子たちでしたよ」


 そうこうしているうちに、エレベーターは目的地に辿り着き、四人は待ち構えていたデスゲイルズたちの前に出る。


 気まずい沈黙が少しだけ続いた後……最初に動き出したのは、やはりというか気の強いルビィだった。


「まず、最初に言っておくわよ」


 腕を組み、ともすれば高圧的とも取れる態度で告げるルビィに、周囲はハラハラとした表情で推移を見守っていたが……すぐに彼女は前に手を揃え、頭を下げた。


「……ごめんなさい。あの時はお互い敵対関係だったから、攻撃したことを後悔しているわけじゃないけど。でも今はそうじゃない以上は、あなたたちの仲間を傷付けたことについては謝罪させてもらうわ」


 そんなルビィの言葉に、デスゲイルズも微かに身じろぎすると、二機のうち片方が、側に対空していたリウムへと何事かを告げるような所作をする。


 ……リウムは通訳を噛まなくともクリムたちと会話ができたが、それは『救世主』となる以前、本来の融機人イァルハが、個人的に意思疎通を図るためそう言語系のプログラムを更新していたおかげなのだそうだ。


 今この場にいるデスゲイルズたちは、こちら側の言葉はきちんと理解しているものの逆に発信はできず、正しく意思疎通するにはリウムという通訳が居る。

 そのため今回、その主人であるシズクにも同行を願い出たのだ。


「えっと……リウムが言うには、『気にするな、こちらもそういう役回りだった以上はお互い様だ』だそうです」

「そう……なら良かった。以降は遺恨なしで協力関係、いいわね?」


 ルビィのあっけらかんとした態度に、機竜の方もそれで異存はないと頷く。


「あら、まあ。全部ルビィちゃんが言ってしまいましたね


 一方で、状況に取り残されていたペリドットの方もまた、もう一機のデスゲイルズに近寄って、頭を下げるとこちらも謝罪の言葉を告げる。


「でも、あなたたちには本当にごめんなさい。以後は私とも、良好な関係を築き直せたら嬉しいです」


 そう告げて頭を下げるペリドットに、ルビィの相手をしているのとは違う方のデスゲイルズが、グルル、と静かに喉を鳴らす。

 どうやらこちらは口下手らしいが、ペリドットの謝罪する気持ちは伝わったようで、特に威嚇したりなどもせずにただ興味なさげにふいっとそっぽを向く。


「……うむ、どうやらお主らは無事和解できたようで何よりだ」


 すっかり弛緩した空気に、クリムとシズクは並んでホッと息を吐く。


「……で、私たちに彼らを紹介した理由は?」

「まあ、なんとなく想像はつきますけど」


 そう、和解はあくまで必要なプロセスの一つ。

 彼女たちの言う通り、クリムが二人を呼んだ理由はここからが本題だ。


「うむ……頼みたいのは他でもない。こっちのリウムから言語プログラムを解析して、彼らの方もアップデートして欲しいのじゃ」

『ヨロシク頼むゼ、美人の姉ちゃん達!』


 そう言って、真っ先にルビィの元へ飛んでいくちびリウム。一方でルビィの方は、そんなリウムのことをじっと見つめると。


「……そういえば、コイツだけ流暢に話してるわよね」


 なんだか釈然としない様子で、眼前をホバリングしているリウムのことを興味深そうに凝視していたのだが。


『……よせよ、お嬢さんみたいな美人さんにそんなに熱い目で見つめられたら、流石のオレも照れるゼ』


 そう言って気障なポーズを取るリウムに、彼女は呆れたようにクリムへと振り返る。


「……こうなっても知らないわよ?」

「ははは……できればそれは避けて欲しいところじゃが」


 何やら格好付けたポーズで今もなお口説き文句を垂れ流しているリウムをジト目で睨みながら、ボソッと呟いたルビィの言葉。それにクリムは苦笑混じりに返す。


 何にせよ、クリムが今回ルビィとペリドットを読んだ理由はこの二つ。

 一つが、『刈り取る者』とデスゲイルズたちとの和解。

 もう一つが、彼らデスゲイルズとの意思疎通の改善だ。


 本当はもう一つあるのだが……まあ、それは今後の交流次第だろうということで、今は触れないでおく。


「まあ、あんたに呼ばれた理由は理解したわ。そうね……だいたい一時間くらいかしら」


 ざっと作業完了までの必要時間を告げるルビィに、今度面食らったのはクリムの方だ。


「た……たったそれだけで済ませられるのか!?」

「ふふん、ここは機能制限されるグラズヘイムと違って、私たちもフルスペックで稼働できるもの」

「ええ、全力で当たればもっと短くできるかもしれませんが」

「はは……やはり、お主らとは敵対せず良好な関係を取っておくべきじゃなあ」


 しみじみと、彼女たちが味方で良かったと頷くクリム。

 一方で、ルビィとペリドットはやる気に満ち溢れた様子で、二機の機竜の方へと取り掛かる。


「ふん、やる事はいっぱいあるんだから、さっさと済ませるわよ、データ採取するから着いて来なさいチビトカゲ」

『フッ……君みたいな美少女から情熱的に誘われたら、断るわけにはいかないな』

「さっさとしろって言ったわよね、ぶっとばすわよ!?」

「あらまあ……頼られて、張り切ってますねぇルビィちゃん」

「む、そ、そうなのか?」

「ええ」


 今はリウムを抱えて口論中のルビィを指差しながら、クリムは懐疑的な目でペリドットを見るが、彼女は微笑ましいものを見る目でルビィの方を眺めるばかり。


「ほらペリドットも、さっさと済ませるんだから無駄話してるんじゃないわよ!」

「はいはい……それじゃあ、こちらは任されました」

「うむ、では、我は上でドッペルゲンガーズたちに頼んで茶の用意でもしておこうかの。シズク、この場は任せてもよいな?」

「は、はい!」


 ルビィの元気な仕切りの元、作業に入った二人を見送って……クリムは後のことをシズクに頼み、茶会の準備を進めておくよう頼むために、セイファート城庭園へと戻るエレベーターへ乗り込むのだった。


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