勧誘 紅玉石と橄欖石

 終了直前の会議を抜け出したクリムがやって来たのは――廃棄島ヘルヘイム、『管制棟Λ』内の看守室。



「ちょっとあんた、急に来ないでよねビックリするじゃない!」


 目的の部屋に到着し、扉を開いた次の瞬間、少女特有の甲高い声がクリムの鼓膜を貫いた。


「そ……そんな事を言って、お主の事だからしっかり監視カメラなりでこちらの事を見つけておったじゃろ」

「ふふん、まぁね。言ってみただけよ」


 耳を押さえながら抗議の声を上げるクリムに、中で待ち構えていた少女……『刈り取る者』ルビィはあっさりと、不機嫌から上機嫌へと態度を翻した。


「しかし、まぁ……お主、随分と満喫しておるのぅ、ここでの生活」


 見れば、ルビィが根城としているこの『管制棟Λ』内にある看守室は、殺風景だった以前の様子は微塵も残っておらず……今や好き放題設置されたインテリア類により、まるで年頃の少女が住まう部屋であるかのように可愛らしく模様替えされていた。

 なんなら部屋の片隅には二人分のティーセットがあり、先程までお茶をしていた痕跡すらあるのだから呆れたものである。


「お主、ヘルヘイムに引きこもっていると聞いておるが、いったいどこからこの部屋を構成している物資を得てきてるんじゃ……」

「決まってるじゃない、あんたたち現地人からの貢物よ。私があれ欲しいって言ったらみんな、我先にって貢いでくれるんだから」

「お主、本当に順応性が高いというか、なんというか……」


 ドヤァ、と胸を張って自慢げに話すルビィの事を、クリムは呆れたようにジト目で見つめる。

 まさか女王様というかオタサーの姫というか……に収まっているとは思わなんだ。


 まあ、どうせこの少女の事だから、何か貰ったら素直になれないながら頑張って感謝を述べているのは想像に難くない。そして、プレイヤーたちはそんな少女の姿を堪能したくて貢ぎまくっていることも。


 それはさておき。


 クリムは次に、最近増えたという、この部屋に住まうもう一人の住人の方へ声を掛ける。


「ペリドットも、息災だったか?」

「ええ、今はのんびりやりたいようにさせてもらってますよ」


 そう、随分とリラックスした様子で施設の管理コンピュータを操作していたペリドットが、椅子を回してクリムの方へと向き直る。


 なんでも彼女は、ヴェルンド最奥を攻略後は最初『瑶命院バルドル』の方へ情報の精査に行ったらしい。

 しかし当のエリアでは『血のエイプリル事件』のピースキーパー以外には特に問題らしい問題も見つからなかったらしく……早々にこちら、今ではすっかりプレイヤーの姿を見る事もなくなって静かになった『廃棄島ヘルヘイム』へとやって来ていたのだそうだ。


「ですが……わざわざ何かと忙しいあなたがこのような場所まで戻ってきたという事は、私たちに助力して欲しい事案でも発生したのでしょうか?」

「うむ、やはりお主は話が早くて助かるな。実はの……」


 そう言って、クリムは先程までプレイヤーたちの間で行われていた会議の内容について、二人に説明を始めるのだった。



 ◇


 クリムが、ひとしきりの事情をペリドットとルビィに語り終えて。


「む……良い茶葉を使っておるな」


 話をしている間にルビィが淹れてくれた紅茶の、セイファート城で出てくるものと比べても甲乙付け難い芳醇な香りに少し驚きながら、クリムはティーカップに口をつける。


「当然よ、私への貢物のお茶なんだから、安いやつなんて許さないわ」

「はいはい……」


 ふふんと自慢げにふんぞり返るルビィに、適当な相槌を返すクリム。

 一方で困った妹を見つめる目でその様子を眺めていたペリドットは、改めて、クリムがこの部屋を訪れた理由を問いただす。


「では、あなたの頼みというのは」

「うむ、過去にこのグラズヘイムに潜伏していたドヴェルグの連中と、奴らが作ったオリハルコン製の骨格、そして魔竜ファーヴニルについて可能な範囲で調べて欲しい。なにぶん、我らには情報が足りなくてな」


 そう告げるクリムに、ペリドットは頷く。


「その魔竜ファーヴニルに関しては、過去にこのグラズヘイムが交戦した際にどのように封印したかという記録も必要ですかね?」

「うむ。我らの目的は魔竜ファーヴニルの完全撃破であって封印ではないのじゃが、それでも過去の戦闘記録から、何か弱点となるものや有効な装備、戦闘で使用された設備などが残っていないかを見つけておきたいのじゃ」

「暗黒時代以前の記録となると、なかなか難しくはなりますが……わかりました、引き受けましょう」


 そう言って、ペリドットは快諾してくれる。

 一方で、クリムとペリドットが交わす話の推移についてケーキを突きながら黙って聞いていたルビィもまた、ひとつ頷くとクリムの方をフォークで差し、口を開く。


「ああ、もちろん私も手伝うわよ。前に何かあったら恩は返すって言ったもの、これで貸し借りチャラでいいわよね?」

「ああ、そういえばお主、律儀にそんな事言っておったのぅ……」

「……何、まさか忘れてたとか言わないわよね。私、何で恩返ししたらいいかずっと悩んでたんだけど?」


 ジト目で追求してくるルビィから、クリムはそっと目を逸らす。まさかすっかり忘れていたとは言えなかった。

 が、しかしルビィは呆れたように「ま、いいわ」とこの件について追及を止め、真剣な表情に戻る。


「それに……あんたたち、スピネルを助けに行くんでしょ。なら手伝わないとね、私はお姉ちゃんなんだから」


 そう呟いたルビィに、クリムはペリドットと目線を交わし、全く素直じゃないのだからと苦笑し合う。


 何にせよ、クリムがこの廃棄島ヘルヘイムにやって来た目的は達成できた。

 それにペリドットはもちろんだが、ルビィもまた情報処理能力に長けている。

 今は聖王国のセオドライトに同行しているカトレアに加え、更に二人の『刈り取る者』が揃って協力してくれるならば、心強い事この上ない。


「それじゃあ、二人とも、魔竜ファーヴニル討伐まで、よろしく頼むのじゃ」

「ええ、任されました」

「私が協力するんだから、大船に乗った気でいなさい」


 協力の約束を取り付けて、三人はお互いにしっかりと握手を交わす。


「ああ、それと……我がお主らを忙しくしておいて何じゃが、二人とも、手が空いたら我らの居城であるセイファート城に来てもらえぬか?」


 不意なクリムの提案に、ペリドットとルビィは二人、怪訝な顔で首を傾げるのだった。

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