対魔竜ファーヴニル作戦会議①

 ――王女との会話の後、すぐにクリムは攻略BBSにその会話内容と自分が何をしたいかの旨を投稿した。


 そして……二日後に、他ギルドも自由に『スピーカー』として会話に参加できる形式で、今回の件について公開配信するという告知も。


 そうして、気が気でないまま『生命院テュール』の探索を進めていたら、あっという間に二日後の夜、配信予定時間となっていた。



 場所は、セイファート城の執務室、リュウノスケがこの二日間、今日の配信のために色々と設定を組んでくれていたスペース。


 皆は外で見ていると言って出ていく中、クリムは最後に退室しようとしていたフレイヤを「あ、そうだ」と呼び止め、頭を下げて感謝を告げる。


「フレイヤが王女との会話を録画してくれていて、本当に助かったよ」

「どういたしまして。お役に立てて良かったよ」


 クリムがすっかり失念している中で、こっそりフレイヤがカメラを回していたおかげで残せた動画。それが、今回の提案をするにあたり大きな反響となり、実際ものすごく助かっていたのだ。


「じゃあ……クリムちゃん、頑張ってね」

「うむ、では行ってくる」


 そう告げて、退室していくフレイヤを見送ると、クリムは設えられた配信用の席へと着き、配信開始のボタンを押す。


 すると、周囲に無数の配信窓……クリムの配信を見るために集まった、数多のギルドの配信画面が表示されて、無数の目がクリムの方へと集中する。


 ――大丈夫、やってやろうではないか。


 このような状況にありながら、妙に落ち着いたまま……クリムは今回の主題である『魔竜ファーヴニル』について、自らの思うところを伝え始めたのだった。




 ◇


「――というのが、ジールドーラの王女との会話だったのじゃ」


 再生が終了した動画のウィンドウをしまいながら、クリムは明らかに動画再生前よりも重たくなった空気の中、そう行って締めた。



『人の心 どこ』

『そこに無ければないですね』

『あらためて見るとひでぇ話だな』

『いや待って欲しいむしろ人の心があるからでは?』

『そうか人の心が分かるから無視できない選択肢を』

『人の心とかないんか?』



 ざわつくコメントや、他ギルドの配信画面に映っている者たち。

 概ね予想通り推移しているその様子を眺めながら、クリムは今回の本題である『魔竜ファーヴニルを撃破するか封印するか』について、自らの考えを語り始める。


「我は魔竜を撃破して、かの王女を望み通り見送ってやりたいと思っておる。もちろん、ようやくレイドバトルに参加できるようになり心踊っていた新規プレイヤーや、もう少しで目標としていた装備の完成だった者らが居るであろうことも、重々承知しているつもりじゃ」


 一転し静まり返った会場の中で、クリムは真っ直ぐ前を見据えて、少しだけ言葉に力を込めて、告げる。


「それでも、あえて言わせてもらいたい……どうか、協力して欲しい。涙さえ失った迷子の少女を、魂の帰る場所で待っているであろう親御さんのところへと送り届けることを」


 幸い、多少はあるかと思っていたブーイングの類は起きなかった。変わらず静まり返る中で、全て語り尽くしたクリムは、ふぅ、と詰まっていた息を吐く


「我からの頼みは以上じゃ。もちろん、我に強要はできん。じゃが……」

『あー、ちょっといいでやんすか?』


 皆、沈黙して話を聞いていた中で、不意に一つの配信窓からスピーカーとしてのリクエストがあり、即座にあらかじめ設定されていた通り自動承認されて声が上がる。


「お主は……ヴェーネ?」

『はいはい、ヴェーネちゃんでやんすよ。今回は忙しいおひいさまに代わって、あっしら剣の守護者の代表として、発言させて貰うでやんす』


 そう前置きしてヴェーネはコホンと一つ咳払いをした後、語り始める。


『で。まあ……なんとなく、まおーさまがBBSに書き込みするよりも前でやんすな、この本物のファーヴニル戦の話が出た時点でこうなる予感はあったでやんすよね』

「……は?」

『いや、ほら、これまでのまおーさまの行動を鑑みると、今度もたぶん情に流されるでやんすよねぇ……ってみんなで言ってたでやんす』

「そ……そんな事になっとったのか!?」


 怪訝な顔をするクリムに、ヴェーネは困ったように頬を掻きながらそんな事を曰う。驚きの声を上げるクリムだったが、しかし周囲の配信窓に映るプレイヤーたちは皆、ヴェーネの言葉に賛同し頷いていた。


『大丈夫、うちら剣の守護者は、まおーさまの方針を支持するっす。そりゃあ反対意見はあったっすけど、おひいさまが皆に呼びかけて結果ほとんどの人は納得してくれたっすよ。今はどこのギルドにも所属していない人らに会いに行ってるっす』

「そ……そうなのか?」

『はいでやんす。あっしら皆、これまでのまおーさまの背中をずっと見てきたでやんすからね。新人の方も、冥界樹の時必死に皆を先導していたまおーさまに憧れて始めたって人も多いでやんすから』


 あっしら剣の守護者からは以上でやんす……それだけ最後に告げて、ヴェーネが映っている配信窓が、スピーカーからリスナーへとあっさり戻っていった。



『……まあ、剣の守護者代表代行の彼女が言っていた通り、こんな事になる気はしていましたよ』


 次にスピーカーとなり声を上げたのは……聖王国代表の、セオドライト。彼は苦々しく眉間に皺を寄せながら、話を続ける。


『あなたの英雄症候群は有名ですからね』

「ひ、ひーろーしんどろーむ?」

『ええ、英雄願望が強くて、困難な状況ほど生き生きとする、ある種の異常者のことですよ』

「異常者とはひどくないか……?」


 あんまりな発言に、さすがに目を白黒させるクリムだったが、しかしセオドライトはそんなクリムのことをあえて無視するように、淡々と発言を続ける。


『まったく、厄介なものです。皆が善行というクリーンかつ気持ち良い行為に依存していくのですから。そして実に遺憾ながら、うちにも感染者が多いんですよ、責任とってくださいね』


 それだけ言い切ると、セオドライトの配信窓が、ぶつりと切断された。


「えっと、何やら責められているようにしか聞こえんが……つまり、協力してくれる、と?」


 自信なさげにクリムが周囲に尋ねると……皆、苦笑いしつつ頷くのだった。



 何やら気まずい空気が流れる中、そんな空気は気にも留めずに新たなスピーカーとなった者……ブルーライン共和国の配信、シャオ=シンルーのものだ。


『いやあ、英雄症候群ですかぁ。まあ僕の場合はもうちょっと俗物的な理由なんで、その言われようは若干心外ですけどね』


 そう前置きすると、彼は周囲のプレイヤーへと語りかけるように、話を始める。


『皆さん、何やらインパクトのあるデメリットに少し冷静さを失ってはいませんかね?』

「……む?」


 首を傾げるクリムや、他のプレイヤーたち。そんな皆の前で、シャオは若干演技くさい身振り手振りを交えながら語る。


『定期開催されている、集客が期待できている大規模レイドイベントをわざわざ終わらせようというんですよ。まともな運営なら、今まで人が集まっていたコンテンツの時間が空白とならないよう、それに変わる次の弾を用意していないはずがないでしょう……営利目的で展開されているサービスですよ、これ?』

「む……それは、確かにな」


 シャオの言葉に、クリムをはじめ皆がハッとする。

 人の心がないという意見ばかりが先行して、皆、このゲームを運営している者達が同時に商売人でもある事をすっかり失念していた。


『どうせネットゲームなんてアップデートが進めばインフレしていくんです。なら、惜しむ人がいるのは分かりますが、実装から一年というネットゲームとしてはもうだいぶ古い、先の見えたファーヴニル由来の装備に拘らずに、今の装備がオワコンにならないうちに次の装備集めにさっさと移行するべきでしょう』

「……ぐうの音も出ないな」

『だから、まあ……お祭り気分で気軽に女の子一人救っても良いと思いますけどね、僕は。もちろん、共和国の皆にはすでに周知済みです』


 それだけ報告すると、シャオは『あなたのいっぱい食わせられた顔を見れたので、僕は満足です』と言って去ってしまった。


「やれやれ、やはりあやつには敵わんなぁ……」


 完全に言い逃げされた感じとなり、クリムはがっくり肩を落とすのだった。

 そして、残る主要ユニオン……ある意味一番の鬼門であった、多数のレイドバトル参加志望者が集まっている武闘派のノールグラシエ北方帝国はというと。


「なんじゃソールレオン。お主、今日は妙に大人しいな?」


 なんとも微妙な顔でずっと画面を睨んでいたソールレオンに、クリムは訝しがりながらも声を掛ける。


『うちは……まあ、皆ユリィに絆されたからだな』

「……はあ?」


 何ともよくわからない答えが返ってきて、クリムは思わず聞き返すと、彼は珍しく頭を抱えて語りだす。


『私を含め、北方帝国の大半は封印支持派だったんだがな。ユリィが、幽霊さんを助けたいって反対するギルド一つ一つ回って説得したんだ』


 ソールレオンの言葉に、接続されていた北方帝国所属ギルドの配信窓から『そうだそうだ』『小さな女の子に、涙ながらに訴えられたらな……』『姫さんの頼み、聞かなきゃ男じゃねぇよなぁ!』などなどの声が上がる。


『うちは皆、ゲーム廃人の野郎ばっかりだからな。可愛いユリィの頼み事には弱いんだ』

「いや、ユリアちゃんが可愛くていい子だから理由は分かりすぎるほど分かるんじゃが、それって覇権国家としてはどうなんじゃ……?」


 つまり、皆ユリアに説得されて、北方帝国も特に異論はなし、と。

 そもそも彼らは戦闘マニアばかりなので、今後ファーヴニルの影と戦えなくなるというデメリットさえ目を瞑れるならば、強ボスと全力でやり合う事に関しては是非もなし、とのことだ。


『だから、感謝するなら私ではなくユリィの方にだぞ、クリム』


 そう、自分はまだ納得いっていないというか表情ながら、ソールレオンまで討伐賛成を表明してスピーカーから降りてしまった。


 つまり……クリムの懸念は、これまで悩んでいたのがバカバカしいほどにあっさりと解消されてしまったのだ。


「……なんじゃ、結局我一人あれこれとやきもきしていて、皆同じ考えの連中ばかりだったのではないか。なんとも滑稽な話じゃなあ」



『ですよねー』

『流石だよな俺ら一鯖』

『聖王が言ってたけど、英雄症候群なんだろうなぁ』

『本人が望んでるなら弔ってあげないとな』



 苦笑するクリムに、周囲から一斉にコメントが乱舞する。


 そうと決まれば、作戦会議だ。まだプレイヤーたちは、ファーヴニルの居るビブレストを見つけてさえいないのだから。


『とりあえず、僕らブルーライン共和国は最前線に居ますからね……幸いクリムさんから南方にビフレストがあるという情報が流れてきましたので、先に探索しておきますよ』


 そう、シャオからの報告。ジールドーラ王女が何気に重要な情報を提供してくれたため、すでにビフレスト探索に向けて出陣準備は万端だという。


『ですから、さっさと追いついてくださいね、皆さん?』

「ぐっ、が、頑張るのじゃ……」

『すまない、君らにだけ任せっぱなしで済まない……!』


 にこやかに釘を刺してくるシャオの言葉に、こと今回の『生命院テュール』探索について最近はサボりすぎだった自覚のあるクリムとソールレオンは、ぐうの音も出ずただ目を逸らしながら返答する。


 その後、色々と情報共有と探索計画の擦り合いは、滞りなく進み。


『せっかくだから、何か作戦のコードネームでも付けますかい?』


 ふとヴェーネから流れてきたコメントに、クリムはふむ、と一つ頷くと、思いつくまま口にする。


「では、そうじゃな……『亡き王女のための鎮魂歌レクイエム』などでどうじゃ?」



『まおーさま安直ー!』

『だけど良いと思う!』

『迷子の女の子は親御さんに送り届けようぜー!』



 どうやら、クリムが挙げた、有名な楽曲を露骨にパクった作戦名は案外と好評だったらしく、あっさりと可決された。


『さて、撃破の方向に決まったのは良いんですが……実際の問題として、勝てますかね?』


 シャオの言葉に、周囲から『それなー!』のコメントが乱舞する。

 何せ、相手はまだ発展期にあった世界に存在した魔法国家を、単体で滅ぼしたという魔竜だ。

 これまで何度か倒してきたレイドボスと同じ名前なせいで気がつけばそちらのつもりで語ってしまいがちだが……決して、そんな容易い相手ではないだろう。


『まあ、それはこの辺りで話し合っていてもどうにもならないだろう、実際に目にしない事にはな』

『ただ、ロード・アミリアスさん、彼女の言葉の中に気になる一文がありますよね?』


 今は判断材料が足りないため、とりあえず進むしかないというソールレオンの言葉に対し、セオドライトの告げた疑問の言葉に、皆が黙り込む。


「やはり、『通常の武器や魔法では破壊どころか傷一つ付けられない』というところじゃな」

『ええ、実物を知る重要NPCからの台詞です、無視するわけにはいきませんよね』


 クリムの言葉に、シャオが追従する。


『そう言った疑問も含め、攻略と並行して情報を集めていかないとな』

「情報か……」


 まとめに入るソールレオンの言葉に、クリムは少しばかり考え込み、すぐに顔を上げると武装をチェックしセイファート城から出かける準備を始める。


「さて……会議中すまんが、我は少し出かけてくる」

『まあ会議はぼちぼち解散するから構わないけど、こんな時間にか、クリム』

『もう、だいぶ夜も遅くなりましたよ?』


 時計を見ると、シャオの指摘通りすでにリアル世界時刻で0時を回っていた。

 今は試験も終わった夏休み前のゆるい期間とはいえ、学校がある前日としてはすでに起きているのも憚られている時間だが、しかし。


「うむ……今回の作戦で勝率をあげるため、是非とも協力を求めたい者がおってな。『廃棄島ヘルヘイム』へと行ってくる」


 クリムはそう告げて、この日の配信を終了したのだった。

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