激戦を終えて
結局、クリムとスザク、そしてメガセリオンの三者による戦いは、臨時メンテナンス開始まで決着が着かずに強制切断によって終わりを迎えた。
ログアウトした時にはもう昼に近い時間帯。
紅は途中休憩こそしたもののほとんど徹夜であり、流石に積み重なった疲労に促されるままに、現実世界に戻ったあとは眠りに落ち……臨時メンテナンス終了に合わせて鳴るようにしていたアラームにより叩き起こされたのは、それから六時間後となっていた。
――どうやら、攻略参加メンバー中で最もログインが遅かったのはクリムらしい。
リコリスは真っ先にログインしており、もう先に下へと降りたらしい……そう先にログインして伝言を預かっていたスザクから聞き、二人も皆と合流するべく修復が完了したエレベーターに搭乗して、数分後。
そこにはすでにログインしていた攻略参加者たちが、あちこちで雑談に興じていた。
「なんかごめんな、メインタンクなのに真っ先に落ちて」
「いや、仕方ないでしょう、連戦に次ぐ連戦であなたは一番ボロボロになっていたんですから」
「またみんな装備盛大にぶっ壊したわねぇ、これはしばらく攻略参加はなしにして全部オーバーホールかしら……」
エレベーターシャフトのすぐ側でそんな事を話し合っているのは、今回攻略にあたって主要なギルドのトップであったエルミルとセオドライト、そして参加者の装備耐久値事情に頭を抱えているジェードら。
どうやら修理資材の調達や職人の確保などを相談中らしく真剣な顔で話し合いしているため、今は邪魔しないでおく。
他のプレイヤーたちが最も集まっているのは……やはりというか、種族進化を達成したというフレイとリコリスの周囲だった。
「ただいま、フレイ。それにリコリスちゃんも」
「ああ、目覚めたかクリム」
「あ、クリムさんおかえりなさい」
クリムらの姿を見るなり、場所を開けてくれる他のプレイヤーたち。厚意に甘えつつ、クリムはフレイとリコリスの元へ行くと声を掛ける。
「聞いたぞ、マザーハーロットを撃破し撤退させたって?」
「いやぁ……運が良かったのと、向こうの油断を突いた結果だから、もう一度やれと言われても無理ですけどね」
「しかし、よもや二人同時に種族進化者が出ていたとはのぅ」
感心したようなスザクの言葉に、少し照れながら宣うフレイ。そんなやりとりを眺めながら、クリムはしみじみ曰う。
「で、どのような変化があったのじゃ?」
「それが、僕の方はピーキーすぎて普段使いは難しいんだよな」
そう言って見せてくれた『ヴァニル』というらしいフレイの種族進化情報、最初に記載されていた新スキル『
「一度はまればこれ以上ないくらい強力ではあるんだがな、正直あまり使用機会は無さそうだ」
「まあ、タイムスケジュール管理が極めて難しそうなスキルじゃよなぁ」
たしかに、一度『ピット』の数が増えてしまえば無法できるスキルではある。
だが……その力を十分に発揮できるのは、せいぜいスキル発動後から1分半後より以降数十秒のみ。しかも効果終了と同時にフレイは数時間も完全に置物となるため、最大限有効な火力を狙ったタイミングでぶつけるのはなかなかに至難の業だろう。
「他には……『スキッドブラドニル』と『勝利の剣』という二つのスキルが追加されているな。ただクリムたちみたいに身体能力があがったりはしていないようだ」
「そのあたりは、シャオの時と同じみたいじゃな。スペルキャスターの種族進化の特徴なのじゃろう」
「で、だ。まず『スキッドブラドニル』だけど、これは周囲の仲間と一緒に視界内の短距離をテレポートするスキルみたいだ」
なるほど、MP消費とクールタイムはあるものの、即時発動で周囲も対処となれば、戦術面では様々な用途に役立ちそうな、純粋に便利なスキルだ。
「もう一つ『勝利の剣』だけど……こっちは自動である程度の攻撃を迎撃してくれる剣を召喚するスキルらしい。試しに呼んでみるか」
そういって、フレイは少し浮足立った様子で新たに獲得したスキルを発動すると……すぐに、彼の眼前に黄金に輝く比較的シンプルな形状の直剣が現れる。
「なるほど、基本は自動だが、こちらで操作もできるみたいだな」
そう言って、フレイは手を振ったり捻ったりしつつ、剣の動きを確認する。
「へえ……この剣、『魔本』みたいに詠唱を保存しておけるのか。しかも狙った場所に飛ばす事も出来るから……」
そう言って、ぶつぶつ呟きながら能力確認作業に入ってしまったフレイ。
検証モードに入ってしまっており、こうなるとしばらくは話しかけても無駄だなと、付き合いの長いクリムとフレイヤ、そしてリコリスまでもが苦笑し合う。
「それで、リコリスちゃんの方は? 見た感じいつもの姿だけど」
「あ、私の方は種族名自体に変化はなくて、スザクさんみたいな自由に装備チェンジ出来るタイプなの」
そう言って、リコリスは普段のボディから、新たなボディへ……背中に六枚羽を備えた、白いドレスを纏ったかのような戦闘用躯体へと瞬時にチェンジする。
「装備換装か、いいのぅ」
「わあ可愛い、天使モチーフなんだね」
「はいなの、背中の飛行ユニットは個別で動かして、推力の方向を自由に調節できるの」
そう言って、リコリスは実際に背中の羽を個別に動かしてみせる。
「高速飛行が可能なウイングに、姿勢制御をサポートしてくれる追加装甲、それにこれまで以上に長射程のロングレンジライフルで、もう狙った相手は逃がさないの」
「あはは、それは怖いなあ」
「それと、飛行モードは高速飛行形態と高軌道形態で使い分けられるの」
そう言って、翼を全て後方へ揃えた形態と、大きく左右に広げた形態を切り替えてみせる。その様子をクリムを始め数名の男子は羨ましそうに眺めるのだが、それは置いておいて。
「ただ……この『決戦用躯体マークセラフ』って言うんだけど、まだ解放されてない機能があるみたいなの」
「……へぇ?」
現在判明しているだけでも、彼女の決戦用躯体は相当な性能だ。だが更に伸び代があるとなると、かなり強力な種族進化に思える。
「じゃあ、いつどんな機能が解放されるか楽しみだね」
「はいなの!」
フレイヤの言葉に、嬉しそうに返事をするリコリス。
「でもリコリスちゃん、その様子なら、スピネルとはちゃんと話はできたんだよね?」
今のリコリスは、スピネルを連れ帰る事ができなかった割にはとても晴れやかだ。虚勢を張っているとか、全て諦めたとか、そういうネガティブな空気は感じない。
むしろ、やるべきことが見つかり道が定まったが故の覚悟を決めた者の晴れやかさだ。
「うん……きっと。あの子は私が迎えに行くのを待ってるって、確かに言っていたの。だから、まだまだ諦めたりなんかしないの」
そう、はっきりと頷くリコリスに、クリムも「なら良かった」と笑い掛けるのだった。
『さて、皆集まっているようだね』
皆が談笑していると、不意に上空から降ってくる機械音声。皆がそちらに振り向くと、そこには相変わらずドローン姿をしたロード・アミリアスが降りてくるところだった。
「む、ロード・アミリアスか。お主も無事で良かった」
『ああ、その件は本当に感謝しているよ。それで……報酬の話をしたいんだが、良いかい?』
「「「待ってました!!」」」
報酬の「ほ」あたりで食い気味に返事をしたプレイヤーたちに、ドローンがびっくりしたように一瞬跳ねる。
『やれやれ、冒険者ってやつはいつの時代も現金だね。ついてきな』
そう言ってふよふよと移動を始めたロード・アミリアスに、プレイヤーら一同は、実にウキウキとした様子でついていくのだった。
◇
――そうして、ロード・アミリアスに案内された先では。
「ここは……すごいな」
唖然とするクリム。後ろからついてきている他のプレイヤーたちも皆が似たり寄ったりな顔で、目の前に広がる空間――この『兵装院ヴェルンド』最奥にある秘密武器庫を眺めていた。
広い空間に、整然とジャンルや武器種ごとに整頓され、並べられた無数の武器の数々は、その全てが稀なる業物であるという雰囲気を発していた。
『このヴェルンドで作られた兵器のうち、個人携行用の武器を集めた倉庫さ。一人につき一つずつ、好きなものを選んでお行き』
「いいのか……!?」
ざっと見た感じ、相当な性能だ。中にはチラホラとユニーク属性をもつ武器も見受けられる。
確かに、今回の攻略は大変だった。
だからこそ、報酬としてこのユニーク属性持ち混じりの装備品の山から『好きなものを選んでいい』というお達しは、プレイヤーたちの正気を吹き飛ばして、昭和という時代に存在したというバーゲンセールのおばちゃんが如きバーサーカーにするには十分な威力を持っていた。
そんな、我先にと皆が倉庫内へ飛び出して行ったプレイヤーたちがあちこちで装備を物色する中で、クリムたちはまだ比較的冷静に、展示されている装備の性能を確かめていると。
「私は、コレにするです」
皆が頭を抱えて何にするか悩む中で、真っ先に雛菊がそんな言葉を発する。
「ん、なになに……へー、綺麗な刀で、あとなんだか可愛い名前だね」
雛菊の指差している刀を覗き込んだフレイヤが、そんな風に評する。
通常の刀と長巻の中間くらいという比較的長めな柄をした、黒鉄の刀身に薄ら赤い波紋を持つ優美な刀が、そこには掛けられていた。
柄に鍔は無く、代わりに膨らんだ刃の根本部分には、金色に輝く瞳のような意匠の宝石(?)が嵌めこまれている。一緒に飾られているのは、ピッタリに嵌る形状をした専用の鞘か。
――ユニーク属性武器『
「性能はぜんぜん可愛くないけどな。なんだこれ、見たこともない攻撃力だ、使用者のHPをバカ喰いして高火力を出す決戦兵器だぞ、これ」
「そうなのですが、何故かとても惹かれるのです。もちろん、リムセお姉さんと欲しいものが被らないのならですが」
フレイが忠告するも、雛菊の意思はどうやら固いらしい。そう言って、雛菊は同じく刀が展示されている一画を漁っていたリムセにチラッと目線を向ける。
「ん、私? うちらは少数パーティーだからね、ヒーラーやってるシタに負担かかりそうな武器はパスだな」
「それじゃあ、私はこれにしますです!」
そう、嬉しそうに宣言する雛菊。
クリムはその姿を微笑ましく眺めていると、ふと気付いたら皆それぞれ自分のものを探しに散ったようで、周囲には誰も居なくなっていた。
最も近くに居たリコリスは、どうやらマギウスオーブの外装に決めたらしく、その中でもどれにしようか悩んでいる最中らしい。現在は『キャバリアー』という名前の高機動高火力も備えた偵察型が最有力みたいだった。
ではクリムも、自分も何を貰うか決めるために場所を移動する。
「……っていっても、我はこういう時には固定武器がないから選択に困るんだよな」
現状、クリムにとって武器らしい武器は魔法作製武器の性能を底上げする指輪『シェイプシフターTPH-R』しかない。
それでも、これまではクリムの主力武器である『シャドウ・ウェポン』にクリム自身の高い魔力と各種スキルによる底上げで第一線級の火力を保ってきては居たものの、最近は単純な攻撃力では今の強力な武器たちにだいぶ負け始めている。
皆が強くなることはもちろん嬉しいが、インフレの波は、間違いなくクリムの足元を飲み込み始めているのだ。
「さて、どうすればいいかのぅ……ん?」
どんどん装備が更新されていくオンラインゲームの世知辛さに溜息を吐きながら歩いていたクリムの足が、視界の端をよぎった物体に反応して、不意に止まる。
クリムが何故かとても気になった棚、そこに並んでいたのは。
「これは……魔導書?」
この武器庫には似つかわしくない、魔法習得のための消費アイテムである魔導書が、棚に無造作に置かれていた。
なんだか妙にその中の一冊の魔導書に惹かれるままに手に取り、ページを開いていたクリムは……その内容に驚きを見せる。
『なんだい、ノーブルレッドのお嬢さんはそれが気になるのかい』
背後から聞こえてきたロード・アミリアスの声に、クリムは頷きながら、魔導書の先を読み進める。
クリムの手にした魔導書――深淵魔法『
習得した者の『シャドウ・ウェポン』を、上位互換魔法に置き換える魔法の習得方法が記された魔導書だった。
【後書き】
体調崩して更新遅れましたが、なんとか更新できました_(´ཀ`」 ∠)_
今月3/8は、ヤチモト先生著のコミックス7巻発売日です、作画の迫力が本当にとんでもない事になってますので応援よろしくお願いします!
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