また一緒に居るために

 ――フレイたちが、マザーハーロットと戦闘を繰り広げている頃。



 クリム、スザク、そしてリコリスの三人は、こちらの事を眼中にすら入れず飛び去るイァルハのことを追いかけて、エレベーターシャフト内を飛翔していた。


 だが……立ち去るイァルハの姿は辛うじて見えているが、クリムたちの速度ですら全く追いつくこともできぬまま、やがてエレベーターシャフトの出口が迫っていた。


 一足先にシャフトから飛び去ったイァルハは、その後真っ直ぐ出口エレベーターの方角に向かっているようだが、タイムリミットは刻一刻と迫っている。緊急メンテナンスまでの残り時間はあと三分を切った。



 そして――先頭を飛ぶクリムが地上、擬似真竜ヴェルンドと激戦を繰り広げた、あの広場に戻った時だった。


「ひゃっはぁ、ここまでだぜ白い奴とそれ以外ッ!!」

「ちぃ……メガセリオン、こんな時に!」


 突然、上空から炎を纏うメガセリオンが降って来て、待ち伏せ気味にエレベーターシャフトから飛び出したばかりのクリムへと襲い掛かる。


「君は行くんだ、リコリス!」

「で、でも私一人じゃ……」


 終末の獣相手にクリム一人は分が悪いと判断し、すぐさま加勢に入ったスザク。


 彼に次いでクリムの援護しようとしたリコリスだったが、しかしスザクはメガセリオンの行動を阻むようにして、最後にエレベーターシャフトを飛び出したリコリスに対し先に行けと促す。


 たが、リコリス一人であのイァルハに勝つことなど不可能だ……そんな弱気が首をもたげた瞬間、スザクはリコリスに対し喝を飛ばす。


「いいや違う、君の目的は勝つことじゃないだろう!」


 スザクの言葉に、リコリスはハッと顔を上げる。


 思えば昨年、彼の……彼とダアト=クリファードの時も、絶対に勝てないような戦いの中で、彼はダアト=クリファードを止めてみせた。


 それは武器ではなく、剥き出しにした強い想いによるもの。


 もしかしたらあの時のように、呼びかけてスピネルの意識を取り戻すことが可能かもしれない。


 そしてそれができるのは……きっと、全プレイヤー中でリコリス以外には居ないだろうとも。


「攫われたお姫様に……君の想いをおもいきりぶつけてこい!」

「スピネルを任せたよ、リコリス!」


 必死に、猛り狂うメガセリオンの猛攻を凌ぎながら、スザクとクリムは、リコリスに先を促す。

 その二人の背中を眺めながら……リコリスも、ハッキリと頷いた。


「……うん!」

「は、逃すと思ってんのかチビガキぃ!」

「いいや狂犬なんざお呼びじゃねぇんだよ、テメェは邪魔すんじゃねえッ!」

「ここは譲ってもらうぞ、メガセリオン!」


 この場から飛び去ろうとするリコリスに気づいたメガセリオンが、リコリスを追いかけようとするが、しかしクリムとスザクが二人がかりでそれを止めてくれている。


 そんな様子を横目で見送りながら、リコリスは更にフローターの出力を上げてスピードを上げ、彼方を飛ぶイァルハを追いかけるのだった。



 ◇


 ――残り時間、あと二分を切った。


「だめ、このままだと……ッ!」


 口惜しげに、リコリスが下唇を噛みながら呟く。


 クリムたちと別れてからずっとフローターは限界出力で駆動しており、すでに耐久限界により嫌な音を上げ始めている。


 それでもと、もはや常人ならば竦むようなスピードで飛んでいるリコリスだったが……彼我の性能差は如何ともし難く、イァルハとの距離は徐々に離れている。向こうのほうがわずかに速いのだ。


 ――このままじゃ、間に合わない!


 追いつけない。緊急メンテナンスだってもう間もなく始まってしまうのに、このままでは何もできない。


 ならば、どうするか。


 今の速度であれば、僅かに足留めするだけでも一気に距離を詰められるはず。


 だがそのためには、今の限界速度を維持したままで、イァルハの翼を狙い撃つ必要がある。それしか手段が無いと覚悟を決めたリコリスは『ブランクイーゼル』を構える。


 この速度を維持したままの狙撃など、さすがのリコリスも経験なんてない。

 そもそも当たったとしても、『終末の獣』と同格以上の大ボス級であろうイァルハに通用するのか。


 そんなネガティブな考えを頭の中から排除して、ただ先を飛ぶイァルハだけに集中する。



 ――スピネル、あなたともう一度話を。このままお別れなんて絶対に認めない。



【感情の振れが、規定値をオーバーしました】

【プレイヤー『リコリス』が、スキル『クリフォ1i バチカル.Lv1』を取得しました】

【決戦用躯体の封印解除。対象『リコリス』へと転送します】



「このまま終わりなんて、絶対にさせないの……だって、私はあなたのママなんだから……!」


 頭の中で、何かのスイッチが入る。

 次の瞬間リコリスの全身が、光に包まれた。


【特務決戦用躯体『マークセラフ』換装開始します】


 そんなシステムメッセージの後、光が収まった時には……リコリスの姿はすっかりと様変わりしていた。


 今までのボディよりもやや攻撃的な形状となった手足と、空力を追求する形状をした純白の追加装甲。

 背面には光る輪が浮かび、それを軸として可動する六枚羽の背部ユニットが浮かんでいる。

 その、細かく分割されたパーツ構成になっている三対六枚の小さな翼型の背部ユニットが、各所に開いたスリットから光を放つ。


 それはさながら、天使が翼を広げるように。


 ドン、と空気の壁を叩き、光の翼を広げたリコリスがさらに加速する。

 先ほどまでとは違い今度はイァルハへとジリジリ迫りつつ、そのまま手にした『ブランクイーゼル』を構える。


 その『ブランクイーゼル』もまた、完全に様相を変化させていた。

 砲身はリコリスの身長の二倍以上にも伸びて、追加パーツで一回り以上長くなったその姿は、まるで長大な突撃槍。各部に設けられたスリットからは、チャージの余波が光となって後方へと流れ出す。


 それは……まるで夜空を疾る彗星のように、暗闇の中を星屑を瞬かせて駆ける。


 それだけの速度を出しながらも、リコリスは以前よりも安定して飛行できていた。

 眼前に直接投影された仮想のターゲットサイトが、彼方を飛ぶイァルハを正確に捉える。



「――『輝ける星々の画架グローリースター・イーゼル』……届いてッ!!」



 放たれた、大出力を極限まで絞られた細く眩い閃光が、リコリスの狙い違わずイァルハの翼、その一枚を穿つ。

 それだけで撃墜とは当然ならないが……微かに体勢を崩したイァルハが、わずかに減速した。


 だが、それで十分。

 その僅かな隙に、さらに猛然と加速したリコリスは、スピネルにもう少しだけ手を伸ばすだけで届く場所まで追い縋っていた。


 あと、少し。

 あと少しで届く。


 そう確信したリコリスが、表情を明るくした直後――不意に上空から降ってきたプラズマ火球が背中に直撃し、リコリスはひとたまりもなく弾き飛ばされた。


 迂闊だった。

 マザーハーロットと、メガセリオンが居たのだ。当然ながら、彼だって居たはずなのに。


「マスター、テリオン、さん……ッ!」

「申し訳ありません、お嬢さん」


 心底申し訳なさそうな表情をしたマスターテリオンが、落下中のリコリスへと手を伸ばすと、再度プラズマ球が放たれた。


 ――やられた。


 直撃コースで迫る高熱の光弾を前に、もはや避ける術もなく戦闘不能を覚悟したリコリスだったが――しかし、リコリスに直撃するはずだった光弾は、割り込んできた羽根型の攻撃端末に衝突して爆発した。


「あ……?」

「スピネル……?」


 その、マスターテリオンの攻撃からリコリスを守ってくれた羽根型の攻撃端末は――イァルハのもの。


 そのイァルハ自身、何が起きたのか、自分が何をしたのかすら分からずに呆然としていた。


「おやおや、これはどういうつもりでしょうか、救世主殿」

「いえ……なんでもありませんよマスターテリオン。行きましょう」


 そのまま、思わずその場に滞空してしまったリコリスを一瞥だけして立ち去ろうとするイァルハに、リコリスは咄嗟に名前を呼ぶ。


「スピネル……!」


 だが今度こそ立ち去ろうとするイァルハと、どこか満足げな微笑を浮かべているマスターテリオン。

 二人を追って、ふたたび加速しようとするリコリスだったが……しかし、その意思がアバターに伝わることはなかった。


【緊急メンテナンスを開始します】


 無慈悲に告げられるシステムメッセージと、薄れていく視界。強制ログアウトが始まったのだ。


 だが、それでも。


「絶対、絶対に迎えに行くから!」


 必死に、言葉だけでも届けようと、リコリスは声を張り上げる。


「必ず迎えにいくの、だから……待っててッ!!」


 限界まで搾り出すかのようなリコリスの叫びに。


 ――うん、待ってるね、ママ。


 そう、イァルハの口が動いたのを……暗転する視界の中で、リコリスはたしかに見たのだった――……。

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