ハーヴェスタ=デュナミス討滅戦②

 無数のレーザー弾幕が、水盾に弾かれて虹となって消える、幻想的なのか暴力的なのか今ひとつ判別のつかない戦場で。



「これじゃあ狙撃ポイントを取れない、あと少しで壊せるのに……!」

「クリム、お前はターゲットされていないだろう、そっちで狙えないか?」

「む、任せよ、やってみる!」


 どうにか二つ目の砲塔にダメージを与えはしたものの、先ほどから弾幕の激しさが増しており、レーザーを防いでくれる水盾の影から顔を出せずにいるリコリスたち。

 あの『ハーヴェスタ=デュナミス』は自分にダメージを与えた者にランキングを構築し、その上から順番にターゲットを選定しているらしく……これまで主力だったリコリスとフレイは重点的に狙われており、思うように動けずにいる。

 そんな中で、これまで指揮に徹していたためにあまりターゲットされていないクリムが覚悟を決めて物陰から飛び出す。


 危地に踏み出し、レーザー弾幕の間を縫うように駆けながら宙に生成したのは、ゴシックなスタイルの、長大な漆黒の槍。

 その槍を『剣群の王』で捕まえて腕と挙動を同期させ、限界まで体全体を反らせて振りかぶるような体勢から――


「ぶ……っち抜けぇええええッ!!」


 ――腕のモーションに追従する『剣群の王』を限界まで加速ブーストさせて、全身の力を載せた全力で投げ放つ。


 ドン、と骨に響く重低音を立てて、槍の初速が音の壁を突き破った。


 本来は『デスゲイルズ』みたいな超音速で飛び回る敵をまた相手にする羽目になった時のために、クリムが一人でこっそり開発していたその新技。

 一瞬で戦場を縦断した槍は、狙い違わずにこれまでリコリスたち遠隔攻撃職の斉射によってあちこちヒビの入った砲塔、エネルギー光が漏れ出て今にも発射されようとしていた開口部に吸い込まれ――盛大な爆炎を上げて、砲塔ごと粉々に砕け散る。


「これで……4つ!」


 巨大な『ハーヴェスタ=デュナミス』の一角が炎に包まれて、周囲で湧き上がるプレイヤーたちの歓声。

 先ほど反対側にてシャオたちが一つ砲塔を破壊したのは確認したから、これでようやく半分を潰したことになる。


 そしてすぐさま動きを止めた『ハーヴェスタ=デュナミス』に向けて、周囲から遠隔攻撃持ちの仲間たちの一斉射撃が始まるが……しかし、またしてもそれを妨害せんと、上空のハーヴェスタたちから光槍が降り注ぐ。


「えぇい、上空のお主ら、もっとしっかり抑えんか、『災厄の獣』の名前が泣くぞ!」


 頑張って動きを止めても、上空のハーヴェスタからカバーが入るために思うように戦闘が進まない。故に、それは反応を期待したわけではなく、ただの愚痴のような言葉だったが……しかし。


「うるさいわねぇこっちだってガラでもなく必死でやってんのよ!!」


 メガセリオンを駆って上空のサポートに奔走していたマザーハーロットからの、キレ気味な返答が返ってきた。


 実際、既に満身創痍、ギリギリ墜ちずに済んでいるデスゲイルズに比べ、『災厄の獣』三人は大きな負傷は避けているあたり、善戦しているのだろう。


 なんせ、あの12機の機械の少女たち『ハーヴェスタ』は、地上から見た感じでは速度こそデスゲイルズに一歩譲るものの、機動力は完全に上だ。

 しかもメインウェポンである、高火力でリチャージの速い光槍は遠近両用で隙も少なく、それがお互いがお互いを援護しながら連携して動いているのだから、戦闘開始からこれまで誰も堕ちていないだけ上等というものだ。


 クリムたちでは、この戦場を乗り越えるのはまず不可能だ、『災厄の獣』たちに多少なりとも上空のハーヴェスタたちを抑えてもらえているからこそ、この程度に済んでいるのは理解している。


 また、おそらく上空のハーヴェスタの方が『災厄の獣』たちより戦力が高く、しかも敵対している。彼らとしても、単独でぶつかりたい相手ではないのだろう。


 そして……そんな『災厄の獣』たちが最初確保しておきながらクリムたちに預けた、ハーヴェスタたち同様に融機人の少女。そもそも――何故、彼女が『ハーヴェスタ=デュナミス』の構造欠陥を知っていたのか。


 何となくだがクリムには、スピネルの正体と、マザーハーロットの目的が朧げだが見えた。

 そして、自分たちは嫌でもその目論見の上で踊らざるを得ないということも。


 こんな時ではあるが、その事についてマザーハーロットに追求しようとしたクリムだったが……それよりも一歩早く、事態が推移し始める。


「あれは……?」


 半数以上の大型砲塔から黒煙を上げる『ハーヴェスタ=デュナミス』の巨体各所から次々と放出されていくのは、クリムたちプレイヤーと比べてもだいぶ小さな影。


 フリスビーを二枚くっつけたような円盤型の物体……その側面におそらくは360度ぐるっと開いたスリットから四枚の羽根のような光が展開し、それはすぐに高速回転を始める。


 そんなヘリコプターのローターみたいな光を回転させ、不規則な軌道を描いて地表へ飛来した物体は――召喚士たちが展開してくれた水盾を切り裂いて、その影に隠れていたプレイヤーを防具ごと豆腐のように真っ二つに斬り裂いた。


「……対人攻撃ドローン!?」

「なかなか速いです!」


 あの巨体だ、死角となる場所に纏わり付く小さな敵に対抗する兵装があるのは予想できた事だが、そのドローンの数、そして殺傷力が尋常ではない。


「な……なんだこれは!?」

「人間だけを殺す機械かよォ!」

「お前それ言いたかっただけだろぎゃぁああ!?」


 耳障りな音と致死の刃を振り翳し、複雑な軌道を描いて迫る対人攻撃ドローンを前に、あちこちから聞こえてくる処理しきれず被弾したプレイヤーの悲鳴(何故か楽しげな歓声も混じっているが)と、ちらほら視界に映る戦闘不能になった者たちの残光。


「慌てるでない、落ち着いて、寄ってきたものから順に処理していけば……!」


 クリムたちの方にも数機飛んできた攻撃ドローンに、しかし新たに生成した刀を振るってそのうちの一機を斬り裂くクリム。


 ――不意に、全身が泡立つような嫌な予感。


 クリムが咄嗟に飛び退り、地面に臥せるよう体勢を低くした直後――攻撃ドローンが、爆炎と破片を撒き散らして爆散した。


「自爆です!?」

「えぇい至れり尽くせりなお邪魔ロボじゃな!?」

「嬉しくないですよぉ!?」


 悲鳴を上げながらも、しかし砲塔への攻撃要員であるフレイやリコリス、それに随行しているギルド『黄昏の旅団』ら後衛火力職へと近づける訳にはいかないと、三方を守護しながら刃を振るいドローンを迎撃する、雛菊とクリム、そしてセツナ。

 泣き言を言いながらも、クリムたち前衛を張れる者たちは、爆発に巻き込まれるのを覚悟しながらヒットアンドアウェイで接近するドローンを迎撃する。


 だが……こんな状況でこそ輝く仲間が、クリムたちには一人いる。


「委員長!」

「え、私?」

「お主の『暴風の王』ならばドローンの自爆も置き去りにできるじゃろ――任せる、思う存分好きにやるが良い!」

「――うん、まおーさま、了解です! カスミ吶喊しまぁすッ!!」


 頼られたことが嬉しかったのか、晴れ晴れとした笑顔で『暴風の王』を起動したカスミが、暴風を纏いドローンに襲われている仲間たちの間を縫うように爆走を開始する。

 凄まじい速度で戦場を駆け抜ける彼女が通り過ぎた後には、縦横無尽に振り回す偃月刀と纏う暴風によりすれ違い様に千々に切り裂かれたドローンたちが、何も巻き込めず虚しく爆散していった。


「クリム、僕らも迎撃に参加するか?」

「接近戦だと大変だとおもうの。共和国の方みたいに弾幕を張れば……」

「いや、お主らはこのまま敵砲塔に集中を!」


 見れば反対側、シャオたちが率いる共和国側は弾幕を展開してドローンを近寄らせないようにしているようだが、あれは向こうが魔法職中心で後衛火力職に恵まれているからこそだ。

 戦力ではどうしても劣るクリムたち連王国側では、今はとにかく時間が惜しい。戦闘を長引かせれば長引かせるだけジリ貧になりかねない以上、後衛の遠距離火力は可能な限り攻撃に割り振りたいのだ。


「すまんな、ヒーラー諸君には負担を掛けることになるが、皆で協力してしのぎ切ろう!」

「うん、了解! みんなも頑張ろうね!」

「「「応!!」」」


 クリムの後を継いで、いつのまにか実質ヒーラー班のリーダーみたいになっているらしいフレイヤの鼓舞を受けて、周囲の連王国プレイヤーから鬨の声が上がる。


 どうやらこの辺りのプレイヤーは皆、萎縮などはしていないようで一安心。問題は、最接近して最も危険な最前線にずっといる北方帝国の主力部隊だが……。


 クリムは彼らの安否を心配し、一度状況を把握するために彼らが居る水の足場の上へと目を凝らし耳を澄ませると、システムが余計な情報を排除して視界と聴覚を補正してくれた、そこで見た光景は。


「エヘヘ武器に使えそうな物がたくさんだァ!」

「爆発するなら武器に使えるなぁ!」

「もっとだ、もっとこっちにこい!」

「も、もうちょっと被弾しない戦闘を心掛けてくださぁい!?」


 ――うわぁ。


「うわぁ」


 ドン引きだった。

 思わずクリムの口から心の声が漏れたほどだ。


 拡大された視界の先では、ドローンが撃破時に自爆するのをいいことに、巻き込まれることも厭わずにハーヴェスタ=デュナミス本体へと叩きつけ串刺しにして諸共爆破するという、戦闘狂バーサーカーの群れみたいな地獄の光景が展開されているのだ。随伴している聖王国のヒーラーなどはすっかり涙目であり、同情を禁じ得ないクリムだった。


 そんな連中の親玉であるソールレオンはといえば、『ドラゴンアーマー』の光翼を全開で展開し推力任せに飛び回りながら敵ボスを翻弄している。寄ってくる敵ドローンは全てクリムも以前苦しめられた『虚空殺界圏』で斬り払い、爆風は速力で振り切り、自在に宙を駆ける八機の攻撃端末『ワルキューレ』で着実に相手に損害を与えていた。


 ……などという、ロボットアニメ主人公さながらの大立ち回りを演じていたソールレオン。


 時折降ってくるハーヴェスタたちの光槍ですら、見てもいないはずなのに回避しているのだから、何かおかしくないかアイツ非常識も程々にしろよと思うクリムである。


 ――うむ、やはりあやつらは心配するだけ無駄じゃな。


 そんな諦めの心境と共に、クリムは周囲の戦況把握を終えて、己が仕事へと戻るのだった。








【後書き】

現在執筆ペースと感想への返信が遅れ気味で申し訳ありません。感想には落ち着き次第返信を開始致しますので今しばらくお待ちください。


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