ハーヴェスタ=デュナミス討滅戦①


「足場は作ったって言われても……!」

「どうすりゃいいってんだ、こんなの!?」


 プレイヤーたちの焦りの声が、バトルフィールドのあちこちから聞こえてくる。


 現在、最後の封印解除に挑むプレイヤーたちは……頭上に陣取った『ハーヴェスタ=デュナミス』から、無数の弾幕に晒されていた。


 全身の火砲は伊達ではなく、雨のように降り注ぐレーザーやビーム。一応はゲームの演出ということで実際のそれらより弾速は遅いとはいえ、大多数のプレイヤーにとっては回避するだけで手一杯だ。


 そんな中で……


「あともう少し……もう少しだけ耐えてください!」

「おう、任せろ!」

「あとちょっとだな、シズクちゃんに攻撃を通すんじゃねぇぞ!!」



 戦場の一角、青い羽色のハルピュイア――シズクを囲んで鬨の声を上げている集団。だがその風体は異様の一言だった。

 というのも、その大部分が、鎧を纏ったゴブリンやオーク、コボルド……その他、異形の亜人種族で構成されている集団なのだ。



 パッと見では、シズクがエネミーに取り囲まれているように見える風景だが……彼らはれっきとした、ルアシェイア連合王国所属の同盟ギルドの一つだ。

 主に亜人系のレア種族中でも特にイロモノ揃いのプレイヤーを中心に構成された、ネタキャラの集まりによるギルド『Z.O.O』のメンバーであって、正真正銘、熟練プレイヤーなのだ。


 亜人・人外系種族をこよなく愛する彼らにとって、同じく人外系種族の少女シズクはアイドル的存在にあっという間に登り詰めたらしく、こうしてレイドバトルに不慣れなシズクを何かと気にかけてくれているのだった。



 と、それはさておき……


「――完成しました、行きます!」


 そんな彼らの適切な援護を受けながら完成した、これまででも最長の詠唱時間を掛けて構成されたシズクの召喚魔法が、フィールドに解き放たれる。


「来て、ボクの召喚獣――堕天使『クローセル』ッ!』


 シズクの周囲に眩い青色の魔法陣が輝き、召喚の門が彼女の頭上に開く。その中から舞い降りるは、黒い翼をもつ理知的な風貌の女性。


 ――堕天使『クローセル』。元は能天使だったという、学問と水脈を司る悪魔の公爵だ。


「クローセル、皆を守る盾を!」

『ええ、お任せください』


 彼女がシズクの指示に従うままバトルフィールドに手をかざすと……残っていた湖の水が隆起して、楯のようにあちこちへと屹立する。そしてそれらは実際に、『ハーヴェスタ=デュナミス』から放たれ続けているレーザーを拡散して無力な虹へと変えてくれていた。


 元々は、マザーハーロットが作り出した水の足場が、レーザーの雨を弾いて拡散していたのを見ての試みだったが、どうやら有効らしい。


「ちいさなレーザーは防げるかとおもいますが、大きなビームはたぶん貫通しますので、気をつけて!」

「うむ、助かる!」


 やり遂げた表情で報告するシズクに、クリムが頷きその仕事を褒める。


 一方で、希少とはいえこれだけプレイヤーが集まっているのだから、召喚スキル持ちも数人くらいは居る。

 周囲でもシズクに倣い、召喚スキル持ちプレイヤーが水盾を展開して、他のプレイヤーが動きやすい環境を構築してくれはじめた。


 どうにかまともに戦えそうな土台が整ってきて、さあ反撃だという、そのタイミングで。


『聞こえる、みんな!?』


 周囲に響く少女の声に、ざわつくプレイヤーたち。


「この声は、スピネル?」

「うん、どうやら通信系システムを掌握したみたいだね」


 ホッとした様子で言葉を交わしているのは、最近はなんだかすっかり親みたいになっているフレイとリコリスだ。

 向こうは順調に進んでいるのを知って安堵するクリムたちの一方で、スピネルは何ごとかを必死に伝えてくれようとしていた。


『だから、んっとね、光ってるトゲトゲを狙って!』


 そう告げるスピネルの声と同時に、クリムたちの視界に、『ハーヴェスタ=デュナミス』の外縁を囲むよう配置された八本の特に大きな砲塔へとターゲットマーカーが点灯する。そのうち数本には、いかにも発射寸前であるように見える光が灯っていた。


「む、それはチャージ済み、発射待ちの銃口をということか?」

『そう、たぶんそう!』


 危険ではないのかと思い尋ねるクリムに、スピネルは肯定で答える。


『んっと、あえて爆発させるの。そうすると本体内部にちょっと衝撃がつたわって、ちょっとの間システムエラーがでるとかなんとか。なんか、こうぞうじょうのけっかん、なんだって!』

「分かった、狙ってみるね!」


 スピネルの言葉を受けて、リコリスが『セラフィックランチャー』の追加バレルを展開し、発射体制に移る。クリムやリコリスがいるこの場からは、ちょうど光が灯る砲塔を狙い撃ちできるポジションだ。


「遠距離攻撃なら……」

「負けるわけにはいかねぇよなあ!?」


 更にはたまたま近くにいた、別の集団……元PKギルド『黄昏の猟兵』たちも、インベントリから取り出したロケットランチャー等の銃火器類を構え、リコリスと同じ砲塔に照準をつける。


「ぶっぱなしますの!」

「「「おおぉッ!!」」」


 リコリスの光弾に続いて『黄昏の猟兵』が放った重火器が、チャージ済みの大型ビーム砲の一つへと殺到し、ひとたまりもなく砲塔が爆発し、激しい音と煙を撒き散らす。


 すると……たしかに一度、『ハーヴェスタ=デュナミス』が展開していた弾幕がピタリと停止した。


「よし、動きが止まったの!」

「待てリコリス、上じゃ!」


 喜ぶリコリス目掛けて降ってきたのは、上空で『災厄の獣』三人やデスゲイルズらと戦闘中だったはずの『ハーヴェスタ』が所持する光槍。

 その軌道に、不意をつかれたせいで直撃コースから避けれないリコリスをカバーするように飛び込んだクリムが、上空で光槍を斬り払うべく大鎌を振り抜く、が。


 ――重い!?


 推進力があるように直進を続けようとする光槍に、クリムの振るった大鎌がバチバチと火花を上げながら押され始める。

 このままでは諸共ブチ抜かれると咄嗟に判断したクリムが翼をはためかせ、光槍とぶつかり合いながらも空中で強引に戦技を起動する。


「――『エクセキューション』ッ!!」


 闇を纏う大鎌が、今度こそ光槍を斬り払って振り抜かれた。攻撃力を失った光槍は速やかに消え去っていく。

 どうやら高位の単発攻撃系戦技でなければ、あの光槍には対抗できないらしいと察し、クリムは額に浮いた冷や汗を拭う……間もなく、もう一本飛来した光槍が迫る。


「ちい、デカブツに隙ができたかと思えば!」


 咄嗟に身構えるも、ぎりぎり間に合わない。

 ならば腕の一本くらいならば犠牲にしてでも後ろにいるリコリスは守る――そう思った時、クリムとリコリスを庇うように割り込んでくる影があった。


「油断するなクリム、『フェイズシフト』!」


 真竜語魔法の対魔法吸収障壁を展開し、光槍を防いでいるのはフレイだ。

 だがいつもは飄々としているその横顔は、今は険しい。


「すまん助かった! じゃが保つのか!?」

「少し難しい、が、フレイヤお前手だすなよ!」

「えぇ!?」


 フレイに続きカバーに入ろうとしたフレイヤが当のフレイ本人に制止され、驚きの声を上げるが、直に受けたクリムには理由がわかる。

 なんせ今フレイの『フェイズシフト』と拮抗しているのは、成体の『デスゲイルズ』を数発で大破させた光槍だ。

 たとえあの手この手で防御を固めたフレイヤであっても、あれはいちプレイヤーの防御力で正面から受け止め切れるような威力ではないのだ。クリムのように受け流すか、フレイのように吸収するかしかない。


 そして結局フレイの『フェイズシフト』一人分では吸収しきれず、周囲にいた他の連王国所属の魔法使い三人が協力して、どうにか光槍を吸収し切る。

 そして……それはつまり、四人は『フェイズシフト』によるエネルギー充填を存分にできたということ。


「こいつはお返しだ……『ディバインフレア』ッ!」


 フレイたち四人が吸収したエネルギーを使い放った真龍語魔法『ディバインフレア』の真白い火線が、もう一つのエネルギーチャージ済みの砲塔に突き刺さる。


 周囲からも同様の攻撃に思い至ったのか、光槍を『フェイズシフト』で吸収して攻撃に転用する方向で、あちこちから火線が飛び交うようになり始めた。


 だが、『真竜語魔法』まで習得している魔法職となると、天から降り注ぐ光槍に対し絶対数が足りない。


 そして向こうも馬鹿ではなく、その狙いがすぐさま修正されて露骨に『フェイズシフト』持ちを狙わなくなってきている。このまま守勢に回ったままでは、いずれ追い詰められ、立ち行かなくなる時が来るだろう。


「連中は、どうやら降りてくる気はないみたいですね……ッ!」

「茶々を入れてくるだけとは厄介な!」


 空から次々と降り注ぐ光槍を避けながら、先頭を走るセオドライトとソールレオンが愚痴っているのが、クリムの元まで聞こえてくる。


 そんな彼らとクリム、そして広く周囲を俯瞰していたシャオの視線が一瞬交錯し、すぐにお互いが何をすべきかをアイコンタクトで伝え合い、頷き合う。


「泣き言を言っても仕方あるまい! ソールレオン、お主らは近接が得意な面々を集めて突っ込め、セオドライトは補助構成の前衛連中と共にその援護を!」

「ああ、得意分野だ、任せて貰おうか!」

「後ろでヘマをしないでくださいよ、割を食うのは僕らなんですから」


 ソールレオンは自信満々に、セオドライトはとりあえず一言毒を吐きながら、各々の役割を果たすべくすぐさま動き出す。


「シャオ、砲塔は我らでやるぞ!」

「ええ、了解です。僕たちはさっき壊した砲塔から反時計回りに行きますね」


 言うが早いか、クリムたち連王国と、シャオたち共和国のプレイヤーが、それぞれ反対方向に向けて駆け出す。

 また、そんなクリムたちの行動を見ていた周囲のプレイヤーたちも、冥界樹で培った集団行動の経験のせいか流れるように役割ごとに分かれて、流動的にそれぞれ為すべき事を為すために行動を開始する。



 こうして……『ハーヴェスタ=デュナミス』との戦闘は、瞬く間に佳境へと雪崩れ込んでいくのだった――……

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