刈り取る者
――そうして迎えた週末、金曜日の夜。
天使たちの落夭地上層、最後のグラズヘイムを封印する装置があると目される場所に、無数のプレイヤーたちがひしめき合っていた。そんな中の、先頭にほど近い一角にて。
「お館様ぁ! やっとご一緒できますよぅ!」
「はは、久しぶりじゃなセツナよ。また頼りにさせてもらうぞ。しかし急になんでまた?」
「はい! ひとまずこっちの手伝いはいいからお館様のほうに行って来いってお父さんに追い出されました! でもなんでいきなり戦力外通告されたかぜんぜんわからないんですけどー!?」
久々に顔を出したかと思えばわいわいと騒がしくまくしたてるセツナに、明日は休日がそろったとかでたまたま大人組も全員揃っている『ルアシェイア』一同、あきれたように肩をすくめる。一方でその変わらない様子に少しホッとしていたりもするのだが。
「変わったといえば、シズクよ」
「あ、はい、ボクがどうかしましたか?」
「その、可愛らしくデフォルメされたリウムは一体?」
そういってクリムが指さしたのは、シズクの腕の中、デフォルメされた人形のような姿のリウムだ。だがしかし、つい先ほどまで彼は、この場所まで飛行手段のないプレイヤーを移送する仕事に従事していたはずで、決してこのような飛べるかも怪しい姿ではなかったはずなのだ。
「はい、非戦闘用の遠隔操作端末です。これで、リウムさんを危険に晒さず一緒にいられます!」
はきはきと嬉しそうに語るシズクの言葉に、クリムはなるほどルージュに持たせている『愛玩のブローチ』みたいなものかと納得する。たしかに、普段の巨体と比べてこのぬいぐるみサイズならば邪魔にもなるまい。
『フッ、俺可愛いだろ大姉御。撫でてくれても……いいんだぜ?』
「それでいいのかそれで。お主そんなキャラじゃったかなぁ……」
キメ顔でスキンシップを要求するリウムに呆れながら、クリムは周囲へと視線を移す。
「しかしこれはまた……絶景だな」
「ウユニ塩湖でしたか……雰囲気はアレに似ていますね」
先を行くソールレオンとシャオが漏らしている感想通り、クリムたちが今いるこの場所は、凄まじい景色をしていた。
真っ白な風景の大地に広がるは、天を映す鏡のような湖面。そんな風景で有名なかの塩湖のように、この湖もまた非日常の絶景を醸し出している。
そんな光景に特に雛菊ら年少組もはしゃいだ様子を見せており、その中にはこの数日浮かない顔をしていたスピネルも含まれているため、クリムたちも少しほっとしていたのだが。
「じゃがまあ、この足元は何とかならんかのぅ」
一転し嫌そうな顔で、足元の調子を確かめるクリム。
そんなクリムがブーツのかかとでコツコツ叩いている白い地面は、ぱっと見た印象に反して塩ではなく、白色をしたガラス状の謎物質で構成されている。
なぜ謎なのかというと、強度が尋常ではないのだ。クリムが試しに全力で『剣群の王』で操る大剣を落下させてなお、ヒビ1つ入らなかったのだからまず普通のガラスではないことは間違いない。
そして……材質がガラスと似ているということは、表面が濡れている以上、とても良く滑るのだ。それが嫌で仕方ないと、クリムはため息を吐く。
「遊んでおらずにそろそろ行きますよ、クリムさん」
「む、すまんなシャオ、ほれ、みな行くぞ」
あきれた様子のシャオに言われて、クリムはすでに攻略メンバー……顔見知りも多数参加している、総勢二百人ほどの大所帯だ……が先に進んでいるのにようやく気付き、みなを促して先頭へと移動する。
ちなみにだが、スザクらも含む『剣の守護者』メンバーはプレイヤーたちが手薄になった場合のほかの地域の動向に目を光らせてくれており、今回は不参加だ。
「なぁシャオよ、おぬしらの行った先行偵察では、怪しいものは見つけたんじゃよな?」
「ええ。何が起こるかわかりませんでしたから、深入りはしていませんでしたけど」
「それが正解だろう、何らかの拍子でうっかり重大なイベントが進むのがこのゲームだもんな」
「話だけ聞くとだいぶアレだというのに、すっかり慣らされてますよねあなたたち……」
そんなことを駄弁りながら先頭を行く、クリム、ソールレオン、シャオ、セオドライトら四大ユニオン盟主たち。会話をしている間にもだいぶ進んでおり、やがてすぐに目的の場所へとたどり着く。
「……まあ、これじゃよな」
「違ったら驚きですよね」
クリムたちプレイヤーの眼前に鎮座するのは、ごく低いステージのような台座の上、ティータイムの会場にでもなっていそうな、瀟洒なデザインのガゼポのようなもの。
しかし長年野晒しだったようには思えないほどに、劣化も、汚れもしていない。コンソールの類は見当たらないが、おそらくクリムたちプレイヤーが扱うシステムメニューのように、中に入ると周囲にホログラムで展開するタイプであろうと予想はつく。
「それじゃぁ……スピネル、頼んでもいい?」
「うん……りこりーたちも、気を付けてね?」
やはり先日のメガセリオン襲撃以来どこか不安そうなスピネルが、装置へと入っていく。
それを見守るクリムの袖を、不意に、ちょいちょい、と引っ張る何者かが居た。
「ねーお館様、今日ログインしてからずっと気になってたんだけどさぁ、あのリコリスちゃんと同じ種族の子、なんで今回は連れてきたの?」
「……む? おぬし、ログインできなくても我らの配信はチェックしてるって、以前に連絡をくれたよな?」
「そうだけど、私が視聴していた動画じゃ……あ、お父さんってばそういうこと!?」
何やら一人で納得して怒っているセツナに首を傾げ、なんのことか問いただそうとしたクリムだったが、それよりも一歩早く、周囲で状況が動き始めていた。
「……なぁ、何か聞こえない?」
「ああ、なんだかジェット機のような……」
遠くから聞こえてくる音に、ざわつく周囲のプレイヤーたち。だがクリムたちには、この音に聞き覚えがあった。
「――デスゲイルズ!」
「それも複数いますです!」
上空、グラズヘイムから飛来する機影――合わせて四機。
しかも成体らしき四機は、クリムたちの知るリウムよりもさらにひとまわり以上大きい。
そんなデスゲイルズたちはクリムたち侵入者を逃がすまいとするかのように周囲を大きく旋回を始め、いつ襲い掛かってくるかわからないという緊張感の中でただジェット音だけが響く。
そのまま、じりじりと数秒間が経過し――不意に一機のデスゲイルズがあらぬ方向、上空へと首を向けた。そして……。
「――何を!?」
ブレスを、放った。上空へ向けて。
だが、クリムたちが本当に驚愕する事態となったのは、この直後だった。
先ほどデスゲイルズの一体がブレスを放った上空から、光が結晶化したような槍が、ブレスを撃った機竜へ向けて降り注ぐ。
翼を砕き、胴体を突き破り、瞬く間に串刺しとすること――十二本。
全身を貫かれたデスゲイルズの一体は力無く地表へ向けて落下し、その途中にて爆発四散した。
周囲の残り三機のデスゲイルズたちが、追撃を恐れたのか一度退避していくのが見える。
「――っ」
咄嗟にリウムの小竜端末を胸に抱き目を背けるシズクと、その視界を遮るように抱くフレイヤ。
ほかの者たちも、唖然とするもの、顔を青ざめさせるもの、様々な反応を見せる中で……十二の新たな影が、上空からゆっくりと下降してくる。
「あれは……一体?」
「融機人……なの?」
白銀の衣装をまとい、リコリスがいつも使用しているものよりずっと大型のフローターを備えた、神話の戦乙女の如き外観をした機械の少女たち。
その手に、先ほどデスゲイルズの一体へと放った光り輝く槍のようなものを再び手に携え、デスゲイルズのさらに上方へと位置取るようにゆっくりと旋回を始める。
「――やっぱり来たわね」
不意に背後から聞こえてきた女性の声に、プレイヤーたちが一斉に振り返る。
そして、その場に佇んでいた存在を目にした瞬間、皆が皆、武器を抜いてその人物へと突き付ける。
「あらまあ、怖い怖い」
「何故お主がここに居る、アレは何だ……マザーハーロット!?」
クリムの問い掛けに、彼女は艶然とした様子で……しかしクリムの見間違いでなければ
「いいから、あなたたちはその、今装置に入っていった機械の小娘のやることをサポートなさい。じゃないと、全てあいつらに漁夫られるわよ」
「だから、それがなんじゃと聞いておるのじゃ!」
「ああもう面倒ね、マスターテリオン、あとの説明は任せるわ」
「はい……彼女たちは『
「……チッ!」
無茶振りを気にした様子もなく代わりに解説をしてくれるのは、いつのまにかマザーハーロットの背後に控えていたマスターテリオン。一方でそのマスターテリオンに首根っこを掴まれ引き摺られているメガセリオンは、不満たらたらといった様子でひたすらクリムを真っ直ぐ睨みながら舌打ちしていた。
だが彼ら二人はすぐに獣と竜、それぞれの本来の姿に戻り、上空に居る融機人の少女たちを睨みながら、ゆっくりとクリムらプレイヤーたちから距離を取るように移動していく。
そんな彼らの警戒も当然だ。
何故ならば……周囲を旋回していた融機人の少女たちから守られるようにして、巨大な物体が暗雲を突き破り、光差す中で、ゆっくり舞い降りてくるのだから。
その姿を見たまま率直に表現するならば――火砲で構成された、巨大なハリセンボンか。
直径百メートルはありそうな巨躯からは無数の砲口を全方位に突き出して、背面四対の光輝く翼で浮遊するその姿は、おそらく拠点制圧・防衛兵器。
破壊を撒き散らし蹂躙する事のみを目的とした兵器を前に、さしものプレイヤーたちもゴクリを唾を飲み込む音が、あちこちから聞こえてくる。
『あれが、私たちとあなた方の現時点における共通の敵――機体名デュナミスです』
宙へと飛び立つ直前に残していったマスターテリオンの言葉と同時に、クリムたちの視界上方へと表示される『ハーヴェスタ=デュナミス』というエネミー名とHPゲージ。合わせて中立を示す『災厄の獣』三騎のHPデータも視界端にポップアップする。
「お主らは何のつもりじゃ、なぜ我らに味方するマザーハーロット、それに『終末の獣』ども!?」
「はぁ? 何もかにも無いわよ、敵の敵ってだけ、アンタたちの味方をするつもりってわけじゃないんだから馴れ馴れしく呼ばないでくれる?」
『もちろん信じてほしいなどと言うつもりはありませんけれども、ここは一時だけでも共闘するのが都合はいいと思いますが、いかがでしょうか?』
『……チッ!』
一匹不満そうに舌打ちしながらクリムを睨んでいるメガセリオンはともかく、他の二体はたしかに現状敵対するつもりも無さそうだ。
「……了解した、共闘の申し出を受け入れよう」
「まあ、僕らには選択肢があってないようなものですけどね」
状況が状況だからと即決するソールレオンとシャオに、クリムもこれ以上この場で追求するのは切り上げて、意識を戦闘へと引き戻す。
「それじゃあ一時休戦ってことで。仕方ないから援護くらいはしてあげるわ」
実に不満げに呟きながら、マザーハーロットが頭上に掲げた指を鳴らす。
すると湖面一面に光が走ったかと思えば水面が隆起して、気付けば見渡す限りの湖はすっかり姿を変えて、無数の水でできた浮島が、『ハーヴェスタ』の超大型浮遊兵器へ続く道となる。
問題は、その周囲を旋回する十二体の『ハーヴェスタ』の少女たちだが、しかしこちらは一時離脱から戻ってきた三機の『デスゲイルズ』、そして宙へと舞い上がったメガセリオンとマスターテリオンらと交戦を開始しており攻撃の手は緩んでいる。
「なんかもうしっちゃかめっちゃかですねぇお館様!」
「うむ、お主はひさびさの復帰がこれでご愁傷様じゃがな」
すっかり変わっていく状況に目を回しているセツナを労ってやりつつ、クリムはやるべきことを素早く頭の中で組み上げる。
「ひとまず明白なのは、スピネルを守るのを最優先としつつ、全陣営に敵対している『ハーヴェスタ』たちをまず優先的に撃退する!」
クリムは振り返ると、そこに控えていた騎士姿の青年へと全幅の信頼を置いた目で告げる。
「エルミル、お主と『銀の翼』ギルドは……」
「任せてくれ魔王様、スピネルちゃんは必ず俺たちが守る!」
そう言って、輝く守護の光を背負い陣取るエルミルと、その仲間たち。今の『護る』ことに特化した進化を果たしたエルミルならば信頼できる、問題ないだろう。
――とにかく今は、明確な『敵』を排除して状況をクリアにするのが何よりも大切だ。
背後に控えていたエルミルたち『銀の翼』を直衛に残ってもらいスピネルを任せ、他のプレイヤーたちから少し遅れながらも、クリムたちも飛び出していく。
こうしてクリムたちプレイヤーと黄金郷のデスゲイルズたち、己が目的を秘したまま動く『終末の獣』、そして天より飛来した『ハーヴェスタ』――多数の陣営が入り混じる、混迷の戦闘が幕を上げたのだった――……
【後書き】
重大な記憶違いによるミスがあったため、一部内容を修正しました
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