ハーヴェスタ=デュナミス討滅戦③
「ここで落とす、フレイ、リコリス、合わせろ!」
「まかせろ!」
「まかせて!」
フレイの『ディバインフレア』が、リコリスの『セラフィックランチャー』が、狙い違わずチャージ中の砲塔へと吸い込まれる。
更にクリムの『剣群の王』が投げ放った黒槍も、トドメと言わんばかりに同じ場所へと飛び込んで――直後、過剰なエネルギーが内部で炸裂した砲塔が、内側からの圧力によって膨れ上がり、爆砕する。
これで、クリムたちの受け持ちの砲塔は全て破壊した。
「……よし、あとはシャオたちの方じゃが」
そう言ってクリムが反対側、共和国が担当する方面に目を向けた丁度その時。
螺旋を描く、一般的な『ディバインフレア』より巨大な閃光――シャオが『魔導王』で改造を加え、消費の増加を代償に威力と貫通力を高めた『スパイラルフレア』と命名された魔法が、最後の砲塔を貫き爆砕したところだった。
内部で連鎖的に爆発が波及した『ハーヴェスタ=デュナミス』本体が、煙を噴きながらゆっくり下降し、湖面へと着水する。
しかし悪あがきとばかりに、今の今まで本体に蹲るような形で伏せていた『ハーヴェスタ=デュナミス』の上半身、女神像の上半身のような姿を起き上がらせて、その胸に象嵌された赤いコアのような結晶へと強力なエネルギーを集中させ始めた。
途端に周囲へ広がるのは、莫大な熱量。泉が蒸発し、まるで雲のような蒸気があたり一面に充満する。
だが所詮その熱波は余波。
では、この状況でなおそのようなエネルギーを集中させる理由とは何か。
「――自爆をする気か! ソールレオン!!」
クリムが最前線に立つソールレオンに警告を発するも、しかしすでに同様の結論に達したソールレオンは動き出していた。
熱波に晒されるのもいとわず全速力でエネルギーの流れが集中しているコアに飛び込むと、手にした双剣を深々と突き立てるソールレオン。
だが、『ハーヴェスタ=デュナミス』はまだ止まらない。ソールレオンに続けとばかりに北方帝国の
「あぁ、ドローンが!?」
「あのデカブツ、まだ残してやがったのか!?」
周囲で固唾を飲んで見守るプレイヤーから上がる、絶望感漂う叫び。
殺到する北方帝国の戦士たちにむけて、新たに女神像から射出されたドローンが襲い掛かる。
下からの援護は間に合わない。
もうダメかも……そんな感情が少なからず戦場に広がったその時、思わぬ事態が発生した。
天から降ってきた光の槍――ハーヴェスタの光槍が、敵対しているはずのプレイヤーたちを護るかのように、迫るドローンを破壊していったのだ。
そしてそれは誤射ではなく、第二波、第三波とその全てがドローンを対象に降り注いでいる。
「なんだ……?」
「ハーヴェスタたちがドローンを攻撃している、ソールレオンさん達を援護しているの?」
あるいは……彼女たちはプレイヤーを援護することで、『ハーヴェスタ=デュナミス』の自爆を防ごうとしているか。
敵であるクリムたちプレイヤーに協力してまで自爆を阻止しようとする理由とは何かと言えば、想像には難くない。
そんな事に考えを巡らせているうちに……とうとうソールレオンたちに胸部のコアを滅多刺しにされた『ハーヴェスタ=デュナミス』は、電池が切れたかのように全身から光を失い、静かに機能停止したのだった。
◇
――この後、事態がどう動くにせよ、まずは隊列の立て直しだ。
そう判断してクリムたち砲塔担当が本隊と合流しようと動き出した時、意外な者からクリムへと声が掛かる。
「赤の魔王、貴女に協力を求めるのは業腹ですが、ちょっと手伝ってください」
「む、珍しいな、どうかしたかセオドライト?」
「急いで僕を、あの女神像と本体との接合部まで抱えて飛んでほしい……上空の彼女たちが自爆を阻止しようとした動きをしていたのが気になります」
それは、先ほどクリムも同様の疑問を感じていた。つまり……あの『ハーヴェスタ=デュナミス』は搭乗者のいる有人機なのでは、と。
「うむ……もしかしたら中に何者かがいるのかと、我も気になっておったからな、全然構わぬぞ。掴まるがよい」
そうしてセオドライトの手を掴み、翼を奮って飛び上がると、彼をぶら下げたまま取り付いた『ハーヴェスタ=デュナミス』本体。
その女神の上半身の継ぎ目、腰部に到着したところ……予想通り機体下腹部のあたりに、小柄な人であればひとりがぎりぎり入り込めそうなハッチが存在していた。
「これは……コックピットハッチじゃな」
「やっぱりだ、きっと中には……赤の魔王」
「分かっておる、強制ロック解除装置を探すのじゃな」
「話が早くて助かります」
このような有人兵器は、緊急事態があった際に中の者を救助するための脱出装置を備えているはずだ……そう判断して二人がハッチ周囲を探ると、目的のものはすぐに見つかった。
ハッチすぐ横のカバー内に封じられた、緊急脱出用のハッチ強制解放爆破ボルトのレバーだ。カバーを開くためにパスワードの入力が必要らしく、小さなコンソールがあるが……。
『パスワード解析できたよ、解除するね!』
「む、助かったぞスピネル」
ロックは遠隔操作でスピネルが解除してくれた。灯火を点滅させてエマージェンシーを発しているそのレバーを操作すると、ハッチ接合部から小さな爆発が起こり、ハッチが吹き飛ぶ。
そうして解放されたハッチに上半身を突っ込んで、中から何かを引っ張り出すセオドライト。
コックピット内から出てきたのは……無数のケーブルが全身のコネクタに接続された、紫銀の髪が特徴的な、スピネルと同じくらいに見える幼げな融機人の少女だった。いまはぐったりと脱力しており、襲ってくる様子はない。
「で、どうするのじゃ?」
「う……ちょっとこんな姿をされていると、処断するのは気が引けますね。上にいる方々との交渉に使えるかもしれませんし、それか連れ帰って尋問でもしますよ」
そう言いながらも、ケーブルを外した少女を気遣いながら背負うセオドライトに、なんだかんだでお人好しな奴じゃよなぁと呆れながら、クリムが呟く。
「……またフラグ立てんようにな、お主、女難の相っぽいし」
「嫌な事言わないでくださいよ……勘がいい貴方が言うと、変なフラグが立つ気がするんですから」
しみじみ呟くクリムに、すでに
――と、そんな救助活動をしていたクリムとセオドライトが戻ってきた時になっても、プレイヤーたちとハーヴェスタたちの睨み合いは継続したままだった。
マザーハーロットら『災厄の獣』たちはあれこれ追求されるのを嫌がったのか、いつのまにか姿を消していた。
まさに色々追求したいことがあったクリムは「あの野郎ども逃げやがったな」と忌々しげに舌打ちしつつ、ソールレオンとシャオ他、主要攻略メンバーが集まっている中に合流する。
だが、ハーヴェスタたちの様子がなにか妙だ。
上空のハーヴェスタたちは攻撃を止めており、その視線はずっとセオドライトが背負う『ハーヴェスタ=デュナミス』から出てきた少女の方へと向けられている。
その姿はまるで、拿捕された仲間が人質にされないか警戒しているか、クリムたちがこれ以上少女に手を出す様子がないことに戸惑っているのか……あるいは、その両方か。
やはり、彼女たちには仲間意識というものがあるらしいとクリムが確信した頃、周囲にスピネルからの通信が届く。
『――“
ざわざわと騒ぎ出す周囲のプレイヤーたち。上空のハーヴェスタたちも、目に見えて警戒度が上がった。
「この声、スピネルちゃん?」
「サーべランスって、何のことだ?」
首を傾げるリコリスとフレイ。
見知った少女から聞いたことのない単語が飛び、戸惑いが広がる中、しかしスピネルの言葉は続く。
『大丈夫だよ、みんな。この人たちは大丈夫、ちゃんとお話ししよう?』
諭すようなスピネルの声。
いったい何をと疑問符を浮かべるプレイヤーたちの前で、しかし変化があった。
「――エリア『JUDAS』観測機体『スピネル』より提供された、該当地域の言語データのインストールが完了しました」
不意に、先頭を飛んでいたハーヴェスタの一人が翼のような大型フローターユニットを折り畳み、上空から降りてきたかと思えば、そんな言葉を発する。
思えば、間近で『ハーヴェスタ』の姿を見るのはこれが初めてだった。
やはりというか少女型らしき躯体に纏うのは、ところどころエネルギーラインが煌めく身体にピッタリとフィットしたSF風のスーツに、法衣の前の部分だけを消去したような外套。
神秘的にも扇状的にも見える格好をした機械仕掛けの天使が、顔を覆っていたメカニカルなバイザーを取ってその素顔を晒す。
その見た目は――スピネルを何歳か成長させたならばこうなるだろうかという、ミドルティーンくらいの少女の貌。
人形じみた無表情の中で、虹色の光を湛えた光彩が、クリムらプレイヤーを見定めるかのように感情を映さず睥睨している。
よもや向こうから会話してくると思っていなかったために驚きで目を見開くプレイヤーたちを他所に、彼女はクリムたちの向こう――コンソールの操作をしているはずのスピネルの方を正確に見つめて、クリムたちへも聞かせるかのように話を続ける。
「聞こえていますね、『
ハーヴェスタの少女の声は、意外にも柔らかい声色をしていた。しかし、その内容は……
「な、なんだなヤバそうな事言ってない?」
「う、うむ……大丈夫なのじゃろうな?」
戦闘を継続する意思があるかのような少女の言葉に、不安そうにクリムへ尋ねてくるフレイヤだったが、クリムにもこの後どうなるかは想像もつかない。
それは他のプレイヤーたちも同様で、続くハーヴェスタのリーダー格らしき少女の言葉を固唾を飲んで待つ。
「……心配なさらずとも、『観測者』スピネルより強い戦闘継続拒否の申し出があり、私達の半数以上が同意しました。この場では、これ以上の戦闘継続は致しません。そちらの出方次第ではありますが」
「こちらの出方とは……この、今しがたあのデカブツのコックピットから連れ出してきた、お主らの仲間の扱いについてか?」
「肯定、しかし現状、彼女の安全を確保しながら奪還するのは不可能と判断。あなた方が拿捕した彼女に対しては、捕虜として適切な対応を求めます」
「う、うむ、約束しよう」
「感謝します」
――なんだか意外にも話が分かる奴らだぞ?
あるいはそれはスピネルの説得のおかげなのだろうが、拍子抜けしながらも、見つめられているクリムが戸惑いつつもプレイヤーを代表して頷く。
それを見たハーヴェスタの少女は、恭しく一礼した後、一歩下がって背中の大型フローターを再度展開した。
「我々は貴女の判断を信用します、と『観測者』スピネルにお伝えください。ただし拿捕された彼女に何かあった場合は……分かっていますね?」
「うむ、重々気をつけよう。心配であれば、暴れさえしなければ時々様子を見に来ても構わんぞ」
クリムの返答に対して頷いたハーヴェスタの少女が、背部フローターを起動してみるみる上昇していく。上空に待機していた他11機も伴って高度を上げていき、やがて機械の少女たちの姿は見えなくなったのだった――……
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