少女の決意

 ――北方帝国首都、ノバルディス城『魔王の間』。


 すでに深夜と言って良い時間でありながら、黒を基調とした重々しい装飾が(関係者一同の悪ノリによって)施されたこの一室にて、クリムとフレイは今、他の魔王二人と頭を突き合わせて円卓を囲んでいたのだった。




「……しかし、まさかこの時間に会議をしたいと言われるとは思わなかったな」

「すまんて。至急情報共有せねばならん事があったのじゃ」


 ログアウト直前だったとのことで、少し眠そうにしているソールレオンに、クリムは手の平を合わせて謝罪する。

 本来ならば非常識この上ない時間なのはクリムも理解しているのだが、それをゴリ押しして開催したのだから立場が弱かった。


 一方でシャオは眠気など無いかのように、飄々とした様子で挙手をしてクリムへと問い掛ける。


「その議題とは、先ほど連王国内部であったという、メガセリオンによる襲撃に関係することですか?」


 ――なんでもう知っているんだ怖。


 そうシャオに問い掛けたいのをグッと堪えて、クリムは話を続ける。


「うむ……これなのじゃが」


 クリムはポケットの中に入れていた、先ほど偽メガセリオン戦後に見つけたものを取り出して円卓の中心に置く。


「これは……」

「黄金のプレートですか、何か絵画のようなものが描かれていますね」


 興味津々にプレートを覗き込む、ソールレオンとシャオ。彼らが言う通り、クリムが取り出した金のプレートには精緻な彫刻が施されており、現実世界であれば立派に美術品であろう物体だったのだが。


「玉座に座る誰かと、その上に吊るされている、刃を下に向けた剣の意匠……じゃな」

「すまない、私はこちらの芸術には疎くてな。シャオはこれが何かわかるか?」

「ええ。だいぶ簡略化されていますが……これは『ダモクレスの剣』ですね、栄華の中にも常に危険は迫っていることを戒める、古代ギリシャの故事を題材にした絵画です」


 元はシラクーザの王ディオニシオスに仕えていた廷臣ダモクレスが王位を羨む発言をしたところ、王は彼を天井から髪の毛1本で剣をつるした王座に座らせて、王者の身辺には常に危険があることを理解わからせたという故事から描かれたものだ……と、シャオが説明してくれる。


「お主、詳しいな」

「親の仕事柄、美術品はよく見るもので」


 何ということでもないと言うように、丸眼鏡の位置を直しながら言うシャオだったが、すぐに真剣な表情になる。


「しかし……メガセリオンが落としたというのは穏やかではないですね」


 シャオの呟きに、クリムと、その背後に控えていたフレイも頷く。


「この話は、昔の合衆国大統領が、世界は常に核戦争の危機に晒されている事を伝えるのに用いたのが有名だったな」

「ああ、転じて今では一触即発の状態であることを示す使い方がされておるな」


 それが、これ見よがしにクリムの眼前に転がされたのだ。何が理由があると考えるのが自然だろう。


「つまり……黄金にわざわざ刻印してこちらに見せ付けてきたのは、おそらくグラズヘイムに潜伏しているであろう連中からの警告か」

「うむ、『いつまでもモタモタしているならば、自分たちはいつでもお前らを潰しに行く』とな」

「今回、僕ら主要ユニオン中で一番『天使たちの落夭地』から遠い連王国首都を狙ったのも、そのためでしょうね」


 なぜ『終末の獣』たちがグラズヘイムに居るのかも、クリムたちプレイヤーを手招きしているかのような動きをしているその目的も、今はまだ分からない。

 だが、それがイベントの先にあるのならば、たとえ罠だとしてもクリムたち『ゲーマー』は進むしかない。


「……どうやら、のんびりやっていたグラズヘイム攻略を少し早めないといけないみたいだな」

「ひとまず我は、聖王国のセオドライトや『剣の守護者』のお姫様にも、この情報を共有しておくぞ」

「封印装置ですが、残る南の封印を守る遺跡はこれまで以上の大規模戦闘となるみたいだと、強行偵察隊からは報告が入ってます。僕は、少しでも情報を集めておきますね」

「では、私はプレイヤーに呼びかけて、攻略の準備を進めておくとしよう」


 そう言ってお互いの役割分担を手早く行っていく。何度も共闘したこともあって、この辺りはお互いの得意分野含めてもはや手慣れたものだ。


「では……最後に残る南の封印解除に向けて攻略開始するのは、今週末の夜ということでよろしいですかね。もちろん、何か不測の事態があれば早まるかもしれませんが」


 シャオのこの会議を締めくくる言葉に、クリムとソールレオンが頷く。

 その後、他の主要ユニオンとの会合の連絡なども済ませて……そうして、この日の会議は終了したのだった。




 ◇


「ふう……これで、今日やれる事は全部やったかな」

「お疲れ様。まさかこんな大変な日になるなんてな」

「はは、まったくだ」


 気を利かせてフレイが入れてくれたコーヒーのカップを受け取り口をつけながら、二人揃って苦笑を漏らす。


 そして……ふと、会議前には執務室に居たフレイヤが、姿を消していることに首を傾げる。


「フレイヤは、もう眠った?」

「ああ、明日の朝は僕らを起こさないといけないから、ぜったい寝坊できないってさ」

「うっ、明日は本当に寝坊には気をつけないとなぁ……」


 見れば、既に時間は丑三つ時を回っている。翌日が平日なのを考えると、完全にアウトな時間帯だ。


「それじゃあ私も落ちるけど、フレイは……」

「ん……ちょっと見ていきたい事があるからもう少し残る。また明日な」


 そう言って、クリムの執務部屋から出ていくフレイ。

 その何か心配そうな様子に、フレンドリストを開いて現在ログイン中の表示が残っているギルドメンバーの名前を確認したクリムは……。


「ふむ……意外とうまくいっておるのじゃなあ」


 そんな事を苦笑しながら呟き執務椅子に体重を預けると、今度こそきちんと睡眠をとるためにログアウトするのだった。




 ◇


 クリムと別れたフレイがやって来たのは、玉座の間がある階に設けられている、『ルアシェイア』メンバーの一人一人に自由なカスタマイズができる私室が割り当てられているフロアの一角。

 その中の一つの扉……可愛らしい『リコリスのお部屋』と書かれたお手製のプレートが掛かる扉の前に立つと、コンコン、と軽くノックをする。


「リコリスちゃん、まだ起きてるよね、入っていいかな?」

「あ、はい、今お部屋のロック解除しますの」


 中から聞こえてくる抑えた声量の返事と共に、ガチャリと機械的なSEと共に私室のロックが解除され、中へと招かれる。


 さすがにフレイも初めて入るリコリスの私室は、女の子らしいパステルカラーの可愛らしい内装をしていた。

 だがしかし壁の一面いや二面ほどには……以前、現状存在するほぼ全てのデザイン別に揃ったと嬉しげに語っていた大量の狙撃銃コレクションが掛けられているのが、実に彼女らしい。

 クリムがたまに使用する最高クラスのレア狙撃銃『ガングニール』と同じものまで日頃からコツコツ素材を集めてもう一丁作成し飾っているのだから、そのマニア気質は筋金入りだ。


 そんな室内の様子に内心でこっそり苦笑しながら、ベッドサイドに座る部屋の主人に近付いていく。


「フレイさん。会議は終わったんですか?」

「うん。リコリスちゃんも起きていたんだね」

「はいなの。ママは仕方ないわね、今回だけよって苦笑していたの」


 おそらく気分なのだろうが、楽な部屋着に着替えていたリコリスは、ベッドを占有している少女……スピネルの寝顔を優しく見守っている。

 そんな姿に少しだけドキリとした内心を押し隠して、フレイもベッドに眠る少女の様子を観察する。


「……スピネル、静かに眠っているね」

「はいなの。でも、さっきまで酷く動転していたの」


 そう言って、微かに寝返りをうった際に少しだけ顔に掛かった髪の束をそっと避けてやっている、どこか慈愛を湛えた表情のリコリス。

 そんな少女の姿に、おそらくスピネルが関係していることは間違いないであろう今回のイベントを進めることを告げるのは躊躇われたが……しかし結局、フレイはそのまま伝える。


「……今週末、グラズヘイム解放の大規模作戦が決まったよ」


 フレイの言葉に、リコリスの肩が一瞬ピクっと動いたが……しかし次いで出てきた彼女の言葉は冷静さを保っていた。


「分かっています……この子のマスターになるって決めた時から、何があっても見届けるって決めていたの」

「そうか……余計な杞憂だったね」


 フレイから見て……出会った頃と比べると、この少女は本当に強くなったと思う。

 当初のおどおどとした様子はあまり見受けられず、確かな自信と、どこかしたたかさを身につけたように見受けられ、そしてそれはフレイにとって好ましく見える変化だった。


 故に……ふとフレイは、だからこそ支えやりたいなと強く思ってしまい、その気持ちがポロッと口の端から漏れる。


「何があっても、最後まで諦めずにハッピーエンドにしたいな、クリムの奴みたいに」

「はいなの、クリムお姉ちゃんみたいに」


 フレイとリコリスはそう言って二人笑い合ったあと……そっと肩を抱くように寄り添って、静かに眠るスピネルを見守るのだった――……

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