ルアシェイアの休暇・終
敵をあらかた掃討し終えて、火災の消火もひと段落し、ようやく平穏を取り戻した城塞都市ガーランド。
その領主の城前で、シズクとリウムを含む仲間たち皆と合流したクリムら『ルアシェイア』一行は、ホールで何やら作業中だったエルミルたち『銀の翼』と合流していた。
「ありがとう、魔王様。助けに来てくれて」
「うむ、それは仲間じゃから当然として……ところでベリアルはどうしたのじゃ?」
周囲を見回しても、何やらホール全域に所狭しと白いチョークで図形を書き殴る作業に没頭中のルキフグスは居るが、ベリアルの姿は見当たらない。クリムがその事に首を傾げていると、答えはまわりにいる銀の翼メンバーが教えてくれた。
「彼女は……なあ?」
「なんか皆に礼を言われるのに耐えかねたみたいで、逃げていっちゃったよ」
「ツンデレ美味しいです!」
「はぁ……ベリアルめ、相変わらず素直じゃないのぅ」
何やらほっこりとした様子で語る銀の翼所属の男たちの言葉を聞いて、やれやれと肩をすくめるクリム。
本当はベリアルに聞きたいこともあったのだが、立ち去ってしまったのならばクリムたちに彼女を捕捉する手段はないため、仕方がないと諦める。
……と、そんな雑談をしている間にもルキフグスの作業は進んでいた。
やがて質素な石畳が一面、チョークによって描画された魔法陣で埋め尽くされた頃……ルキフグスはようやく満足そうな表情で起き上がる。
「それじゃア……いいんだな、幽霊野郎?」
『ええ、どうやら私は、まだまだ成仏を許してもらえないみたいですから』
「ハッ、物好きな連中だぜ」
そう言ってルキフグスに促され、魔法陣中央へと連れてこられたのは……もうだいぶ魔力を失い、その存在を薄れさせたアルベリヒ。このまま放置すればいずれ近いうちに消えてしまうだろう。
だが、ルキフグスは満面のドヤ顔で、心配はいらないと胸を叩いてみせる。
「一応テメェらバンピーにも解説しておくが、今から行うのは、この世に残留している幽霊野郎の魂魄を結晶化する呪法だ」
サラリと告げるルキフグスだったが、ざわりと周囲のプレイヤーが戸惑いの声を上げる。
アルベリヒが――ゴーストが不安定なのは、その魂を現世に維持するのに常に魔力が必要となるためだ。現世に繋ぎ止める魔力を失った瞬間、魂は星の最奥にある内海、生者がいつか還るとされる場所へと戻っていく……と、この世界では言われている。
そも、クリムたち『プレイヤー』――未覚醒者を含む、ルシファーより与えられた『クリフォ1i』の欠片を有する『
多少のスキル、いわば魂の一部をエネルギーに変換するのを代償として、生前の状態に
そうではない場合……たとえ現世に残留するゴーストとはいえ、アルベリヒのように保有している魔力を喪失すると、その留めておける力を失い魂が拡散して、星の内海へと還ってしまう。
それを防ぐためには他者から奪い取るほか無く、大多数のアンデッドが生者を襲うのはそのためだ。
――魂の結晶化。
拡散する魂を現世に固定し消滅を防ぐというそれは、ある種の不死存在を生み出す、錬金術の秘奥のはずの技術だった。
まさかそんなと思う一方で、だが足元に展開している魔法陣はあまりにも精緻で巨大なもの。クリムたちにも、この秘術が成功するという、不思議と確信めいたものを感じさせてくる。
彼女が天才であることを改めて目の当たりにし、クリムたちプレイヤーが固唾を飲んで見つめる先で――アルベリヒの半透明な幽体は姿を消して、入れ替わるようにひとつの紫色の宝石のようなものが、ふよふよと浮遊していた。
「――っし、成功だ、さすがアタシ」
ルキフグスの言葉に、一斉に皆が安堵の息を吐く。
「術式の解除権限は幽霊野郎に付してあるからな。オマエがこいつに星に還ってほしくねぇなら、せいぜい見限られないように気をつけるんだな」
「ああ……わかってる」
ルキフグスに促され、壊れ物を扱うようにその宝石を手に取るエルミル。それを満足げに見届けたルキフグスは、今度は足元に亜空間を開き、何かを無造作に引っ張り出す。
「んで……こっちの器に移すぜ」
ルキフグスが首根っこを捕まえつつ引っ張り出したそれは、成人男性型の人形のようだった。
外見は、幽霊のアルベリヒによく似ている。だが関節部などがところどころ球体になっているなど、ぱっと見では分からないが、よく見たらようやく精巧な人形だということが分かるほどのものだ。
「飯も食える。食ったもんは分解されて多少なりとも魔力としてチャージされて魂の方に充当されるから安心しな」
「それは、本当にありがとう。それで、どうしたらいい?」
「慌てなさんな。ほら、ここに収めるための場所があんだろ」
その人間であれば心臓の存在する場所に、宝石を収めるスロットのような物がある。ルキフグスに案内されるまま、エルミルがそこにアルベリヒの宝石を納めて閉じ、しばらく見守っていると……やがて人形の体がピクッと動き、その目が見開かれる。
「ん……これは、いったいいつ以来の実体がある身体でしょうか」
意外にもあっさりと身を起こすアルベリヒに、エルミルが詰め寄る。
「アルベリヒ……だよな、間違いなくお前なんだな?」
「ええ、嘘偽りなく……とりあえず、服をいただけると嬉しいのですが」
すぐに手渡された、あらかじめ用意されていた執事服を着込み、手には白手袋を嵌めると……もはや人とは違う球体関節も見えず、その姿は普通の人間と遜色なくなった。
最後に、これまで住民が見知った幽霊と同じ顔をした者が街を歩いているのは問題があるだろうと、アルベリヒ本人の希望で用意されたらしい仮面を被ると……彼は堂に入った使用人の礼を取る。
「ご心配をおかけしてしまいましたが、それではこれよりふたたび、あなたに仕えさせていただきます、エルミル様」
「ああ、またよろしくな。調子はどうだ、何かおかしなところはないか?」
「そうですね……強いて言うならば、しばらく幽霊をやったあとだと重量というものがなんだか変な感じがしますね」
肩こりに悩まされない身体なのが、せめてもの救いでしょうか。そうおどけてみせるアルベリヒに、エルミルはただ、そうかそれは羨ましい限りだと笑って返すのだった。
◇
アルベリヒの復活を見届けたその後――城塞都市ガーランドの後始末はエルミルに任せ、現在の連王同盟国内で稼働できる建築用ゴーレムを全てガーランド修繕に割り振った。あとは時間によって復興は問題なく進むだろう。
そうしてクリムたちが役目を完全に終え、ふたたびリウムの背に乗ってセイファート城へと戻ってきた頃には……すでに日付が変わっていた。
『あの、最大限丁寧に飛んだつもりなんっスけど、どうでしたか大姉御?』
「うむ、快適な空の旅じゃったぞ。良き腕じゃなリウム」
心配そうに尋ねてくるリウムに頷き太鼓判を押したクリムが、真っ先にセイファート城の庭園に飛び降りる。その背中では、夜更かしに弱い雛菊が半分夢の中で船を漕いでいる。
「うぅ、明日の朝起きられるかなぁ」
「あはは……じゃあカスミちゃん、明日は最初に起きた人がみんなに連絡して起こし合おうね?」
「フレイヤお姉さんに賛成なの……ふぁあ」
皆眠そうに目をこすりながら、リウムの背から飛び降りた……そんな時。
「りこりぃ、おかえり!」
「ひゃ!? ……あれ、スピネル?」
「よかった……無事だよね!?」
飛び込んで抱きついてきた小さな人影に目を白黒させながら、何事かと尋ねるリコリス。
しかし当のスピネルはひどく動転した様子で「大丈夫!?」と心配しきりで、リコリスはそんな彼女を宥めるので精一杯となる。
そして……突然の展開に呆気に取られているクリムの背中に掛かる、慣れ親しんだ声。
「疲れているところをごめんなさい、お姉ちゃん」
「おかえりなさい。随分と遅かったわね」
「妾を待ちぼうけさせるなんて、おかげで手持ちのお菓子を食べ尽くしちゃったわ」
「ルージュとアドニスはまあ分かるが、なにゆえエイリーまで……それに、スピネルがどうして?」
スピネルは、クリムたちがガーランドに向かう頃にはもう自室で眠っていたはずだ。それがなぜこの場に出迎えに来ているのかと、ルージュに質問を投げかける。
「うん……最初は大人しく眠っていたんだけど、少し前に急に起きたと思ったら慌て出して」
「まぁ妾はたまたま居合わせて、興味があったからついてきただけなんだけど」
「さよか」
横から口を挟んでくるエイリーをスルーしながら、クリムはルージュに話の続きを促す。
「それで、スピネルちゃんが『皆が心配だから迎えにいく』って言うから、アドニスお姉さんに付き合ってもらって、ここで皆さんが帰還するのを待っていました!」
そう言って締めるルージュに、クリムはなるほど、と頷く。
おそらく……スピネルの動転したきっかけは、先程のメガセリオンとの戦闘だろう。
そもそも彼女と出会うきっかけになったのは『災厄の獣』たちからの情報だ、何か関連性があるのは疑いようがない。
もっとも、その関連性がいまだに読めないのが問題なのだが――今はなるようにしかなるまいと、クリムは一つ溜息を吐く。当然だが、何があるか分からないからスピネルを処分するなどという選択肢は真っ先に棄却した。
「雛菊さんは、私が部屋へ連れていきますね。クリム様はゆっくりお休みを」
「む、すまんなアドニス、任せる」
クリムが背負っていた、八割がたすでに寝落ちしている雛菊をアドニスに預ける。
そうして肩の荷も降りて、腕に抱きついてくるルージュの頭をひと撫でしてやり、ようやく一息ついたクリムだったが。
「さて……明日も学校があるのじゃし、いい加減寝ねばならぬ時間ではあるのじゃが」
しかし、今はそうもいかない、やるべき事ができてしまった。
先程メガセリオン戦後に拾ったポケット内の物体……ズシリと重い金属のプレートの感触を確かめながら、クリムはセイファート城に向けて足を進める。
「僕も行こう。他のユニオンと今後の相談だろ?」
「うむ。幸いにも、ソールレオンやシャオの奴もまだ起きておるみたいじゃからな」
「それはそれで心配なような……」
「いったい、いつ寝てるんだあの廃人ども」
完全に自分たちのことを棚上げした発言で笑い合いながら、魔王間の相談用オーブが設置してある自分の執務室へと向かうクリムと、共に会議へ参加するために追従するフレイとフレイヤ。
それ以外の皆はここで解散ということで、この後用事のある者や、いつものログアウト地点に向かう者、方々に散っていくセイファート城の住人たち。
こうして、余暇だったはずにもかかわらずバタバタとした『ルアシェイア』の長い一日は、ようやく終わりを告げようとしていた。
――その中で一人、立ち去っていく
「――随分と、おままごとをお楽しみみたいじゃない、
そう言って彼女はただ愉快そうに、悪戯っぽく、無邪気に笑うのだった。
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