イリスとリィア

 ボス討伐とカトゥオヌスの依頼達成という大仕事を終え、新たに『天使たちの落夭地エンゼルフォール』上層エリアを解放したクリムたちだったが……しかし、次の日は月曜日。

 学生である以上は当然ながら学校があり、もうだいぶ遅い時間だったこともあり、そのまま解散となった。



 そして翌日、授業も終わった放課後の帰宅途中。


 紅たちいつもの同級生メンバーは、学校を出る際に待ち合わせしていたラインハルトと暁斗、そして小等部のユリアら杜乃宮の下級生の皆とも合流した後、駅前のオープンカフェでテーブルの一角を占有し、頭を突き合わせて相談会を開いていた。



「――さて、それじゃあ一度、情報を整理しようか」


 皆にドリンクが行き渡ったのを確認し、玲央がそう音頭を取ると、『天使たちの落夭地』の地図を皆で観れるようにAR表示で卓上に展開する。


「まず、昨日の時点で解放されていた封印は、ここと、ここだな」


 真っ先に昴がそう言って、可視化された『天使たちの落夭地』にバツ印をつけていく。

 一つは、最初に紅たちが攻略した封印装置のあったテレポーター・プラザがある遺跡の南東部。

 もう一つは、その後に他のプレイヤーに解放された遺跡の北東部だ。


「そして、今回私たちが攻略した水力発電施設がここで……」


 続いて玲央が、トランスポーター・プラザの南西にバツ印を新たに書き込む。


「僕らがクリアした封印装置はここですね」


 さらに続けて暁斗がバツ印を付けたのは同じくプラザの真北。


「あ、これって……」

「そうだよ聖、この、最初に解放した封印と、新たに昨日解放された二ヶ所の封印があった場所を繋ぎ合わせると……」


 紅が三つの点に線を引いて繋ぎ合わせると……そこには、ちょうどトランスポーター・プラザを中心に据えた、正三角形の図形が現れた。

 その配置はあまりにも作為的で、偶然というには不自然なほどだ。


「となると、予想になりますけど……」

「残る封印は、ここと、ここの可能性が高いだろうな」


 新たにラインハルトと昴が書き込んだ印は、トランスポーター・プラザから北西と、真南。さらにそれを既に解放されている北東の封印と繋ぎ合わせると、現れた図形は……。


「わあ、六芒星ですね!」

「うん、その可能性が高いと思うんだ」


 驚きの声を上げるユリアに、玲央が頷いて首肯する。

 地図上にはユリアの言葉通り、上下反転させた正三角形を二つズラして重ね合わせた綺麗や六芒星が、トランスポーター・プラザを中心に描き出されていた。

 だが、その答えに対して、佳澄が首を傾げながら疑問を口にする。


「あれ、でも満月さん……この辺りって、前に探索したけど何も無かったんじゃなかった?」


 公式の攻略掲示板から有志によって作成された探索済みマップを呼び出して投影し、地図と見比べながら告げた佳澄の質問に、しかし紅は首を横に振る。


「いや、その地図で探索済みで塗られている地域にも、まだ調べてないところがあるよね」

「あ……台地の上ね!?」


 昨日解放されたばかりの『天使たちの落夭地』上層、これまで不可侵だった台地の上は、いまだ誰も踏み込んでいない未知の土地だ。

 何か台地から台地の間を飛び越える手段が必要となるだろうが、この付近一帯を探索する価値はあるだろう。


 そう皆の予想が一致して、今後の活動指針についての話し合いは纏まったのだった。




 ◇


 ――とはいえ、紅たちは昨日、新たな封印を解除したばかり。


 特にクリムたち『ルアシェイア』は、すでに二ヶ所の封印解除に直接関わっている。

 あまりトップ3ギルドでイベントステージを独占するのはまた反感を抱かれかねないことと……今後を考えると、先日の攻略でだいぶ怪しくなってきた消耗品の補充を優先したい打算的な理由もあった。


 結果、しばらくは情報だけ提供して、のんびりと自分たちが所属するユニオンの他のプレイヤーやギルドを応援しながら様子を見よう……という事で、紅たち三魔王ギルド間でおおむね合意した。



 その後は、先に帰ってリコリスや雛菊たちと合流し、今後のグラズヘイム攻略に向けた色々な準備をするのだと言う昴や佳澄とは駅で別れ……紅と聖は、今日もまた玲央たちと共に、イリスの入院している病院へと訪れていた。


「「お邪魔しまーす……」」


 部屋にいるであろう赤ん坊を刺激しないように、そろそろと音を抑えて病室に入る紅と聖。そのあとには、玲央とユリアが続いている。


「あら、満月さんと古谷さん。大丈夫ですよ、アリアはちょうど今しがた、お腹いっぱいで眠ったところですから」


 連日訪れているのに嫌な顔ひとつせず、温かく迎え入れてくれるイリスの微笑みにホッとしながら、紅たちは静かに病室へと入り、そっとドアを閉じる。


「ごめんなさい、頻繁にお邪魔して。でも、アリアちゃんの顔が見たくて」

「ふふ、ぜんぜん構いませんよ。それより、アリアのことを気にかけてくれてありがとうございます」


 申し訳なさそうな聖に、しかし嬉しそうに感謝を伝えるイリスの言葉に、室内の空気が弛緩した……その時。


「あらあら、ユリアの時は全部の世話を自分がやるんだって手のつけられなかったお姉様が、二人目ともなると随分と態度を軟化させたものですね」

「ちょっと、その当時の事はもう触れないでって言ったじゃない、リィアってば」


 不意に、奥に併設されている付き添いのための休憩室から、紅たちが知らない女性の声が聞こえてきた。

 顔を真っ赤にして抗議するイリスの視線の先に居たのは……いわゆる『クラシカルロリータ』というジャンルに分類される中でもシンプルで大人びた雰囲気のワンピースを纏う、見た目は可憐な少女だった。


「あ……そういえば、今日はイリスさんの妹さんが来るっていってたね」

「ああ、そうだよ。彼女がその妹さんの、リィア叔母さんだ」


 玲央に紹介され、なるほど、と納得する。背格好や顔立ちがイリスにそっくりだ。若々しく年齢相応には全く見えないところまで含めて。

 彼女もイリスやユリア、玲央と同じ見事な銀髪だが、腰下まで伸ばしているイリスとは違い、肩のあたりでスッキリと切り揃えたその見た目の印象は……どちらかと言うと、むしろ彼女の方が年長者っぽいと、内心でこっそり思う紅だったが。


「……む、あなたたち、リィアの方がお姉さんっぽいって思ったでしょう?」

「い、いえ……」

「そんな事は……」


 あっさりバレた。

 ジト目で睨まれて、紅と聖は揃ってサッとイリスから目を逸らしながら苦しい否定をする。

 だがそんな行動は逆効果に終わり、「良いですよ、どうせ私は幼く見えるんです」といじけ始めたイリスに、紅はどう反応したものかと、新たに現れた女性に助け舟を求める視線を送る。


「大丈夫ですよ。お姉様は、どうせ人に対してネガティブな態度を長い時間維持できませんから」

「は、はぁ……」


 さりげなく酷いことを言っている気がするが、付き合いが長そうな人が言うのだからそうなのだろうと納得し、改めてイリスによく似た銀髪の女性へと向き直る。


「こほん……では、改めて。私、イリスお姉様の妹の、リィア・アトラタ・ウィム・アイレインと申します」


 紅たちの視線を受けた彼女はそう言って、優美な所作でスカートを摘んでその裾を綺麗に広げ、膝を軽く折り挨拶する。

 まるで絵画のように一分の隙も無いそのお手本のようなカーテシーに圧倒され、紅と聖も唖然として黙り込む。


「あなた、本当に対外的な猫被りが上手になったわねぇ……」

「ええ、お姉様もお母様も、いつまで経っても腹芸がてんでダメダメですからね。お父様は問題外ですので、よく皆からは私にお鉢が回ってくるから自然と……ね」

「うっ……」


 ツンと澄ました表情で、サラッと毒を吐く少女……リィアに、痛いところを突かれたとイリスが顔をヒクッと引き攣らせる。

 そんな姿に「しょうがないなぁ」と軽く肩をすくめたリィアは、纏う空気を気安いものに変化させて、両腰に手を当てて小言を続ける。


「素直で正直は美徳だと思うけど、度がすぎるのも問題だと私はいつも思うのよ、お姉ちゃん?」

「あ、あはは……あなたには、いつも迷惑を掛けてごめんなさいね」

「まあそれは良いです。私はお姉ちゃんの補佐が仕事ですから」


 どうやらこの妹には頭が上がらないらしいイリスの姿に、紅と聖が呆気に取られていると……そんな二人に気付いたリィアが、紅たちの方へと歩み寄ってくる。


「それで、あなたが満月さんね。面白い子たちだってお姉ちゃんから色々と話を聞いていて、はやく会ってみたかったの。私とも仲良くしてくれると嬉しいわ」

「は、はい、こちらこそ……」

「よ、よろしくお願いします!」


 握手を求められ、紅と聖もハッと我に返り、その手を握る。二人の様子に満足げな微笑みを浮かべた彼女は、次に並んで入り口で待っていた玲央とユリアへ優しく笑い掛ける。


「それに玲央君もユリアちゃんも、久しぶり。こっちに来て良い顔をするようになったのね」

「はは……その、色々と、楽しんでますよ、はい」

「お友達もいっぱいできました!」

「そう……良かったわね、本当に」


 二人の報告に、優しい表情で耳を傾けているリィア。そんな彼女の視線を受け、無邪気な様子で嬉しそうにしているユリアとは違って、玲央は頬を掻き目を泳がせながら、若干口籠るように返答する。


「ねぇユリアちゃん。玲央君がリィアさんの前だとやけにぎこちないけど、どうしたの?」


 なんだか様子のおかしな玲央の姿に、こっそりユリアを呼び、質問する聖。同じことが気になった紅もそちらに耳をそばだてていると、ユリアは紅と聖にだけ聞こえるようにこっそりと教えてくれる。


「えっと……お兄様は、小さい子供の頃にあのリィアおばさまにプロポーズしたことがあるから、頭が上がらないんです……ってお父様が言っていました」

「あー、まぁ小さな男の子って、割と身近なところにいる綺麗な人に憧れるものだから、それは仕方ないなぁ」

「へー、玲央君にそんな微笑ましいエピソードあったんだねぇ」


 どうやら黒歴史を握られているらしいというユリアから暴露に、しみじみと呟いて暖かい目で玲央を見る紅と聖。


 その視線に気付き……リィアに近況報告をしている最中だった玲央はただ、怪訝そうに首を傾げるのだった。






【後書き】

投稿遅れて申し訳ありません。

今回は前作要素の強い話でした。




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