洞窟の向こうへ
「ふぅ、死ぬかと思ったギョ」
「あー、まあそうだよな」
クリムとソールレオンの二人がボス本体を撃破後、どうにか湖岸へと泳いで戻ってきた……ちょうどその時。
何事も無かったかのように水中から戻ってきたカトゥオヌスに、そりゃそうだとばかりに肩をすくめるソールレオン。
合流した北の氷河の皆も、呆れ顔だったり苦笑いしているが……まあ、無事を喜び合う。
コメント:しってた
コメント:エラ呼吸だもんなぁ……
コメント:魚類が水中に引き摺り込まれたから何だってんだ
コメント:とはいえ刺身や叩きになってなくて何より
後味の悪い展開が回避され、固唾を呑んで静まり返っていたコメントもまた賑やかさを取り戻し始め、つられるようにしてクリムたちの間にも緩い空気が流れ始める。
「すっかり雰囲気に騙されたが、やはり『不死身のヒドラ』の異名は伊達ではないな?」
「ギョ、その呼び名は恥ずかしいから勘弁して欲しいギョ」
すっかり戦友として軽口を叩き合っていると、対岸にいたルアシェイアの皆も、こちらへとやって来た。
「お師匠ー!」
そのうち、真っ先にクリムの元に飛び込んできた雛菊が、尻尾を振りながら抱きついてきて、むふー、と自慢げに話しかけてくる。
「約束通り、みんな無事でしのぎ切りましたですよ!」
「うん……雛菊、本当に、よく頑張ったのじゃ」
褒めてオーラ全開なその様子につい口元を緩めながら、クリムは雛菊に賞賛の言葉をかけてやる。
「皆も、よく踏ん張ってくれた。無事で何よりじゃ」
周囲をざっと見た限り、ルアシェイア、北の氷河ともに欠員は無し。この少人数であれだけの規模をしたボス戦を制覇したのだから、立派な戦果だ。
「さて、それでは転送装置の端末を探して……と言いたいところじゃが、その前にやるべき事があるのぅ」
「あっ……そうでした、カトゥオヌスさんと一緒に来た群れの女の人たちを、ここまで連れてこないといけませんでしたね」
クリムの言葉に、ハッと思い出したようにユリアが声を上げる。皆も、そういえばそうだったという表情をしているのを見るに、どうやらボス戦に集中するあまりすっかり失念していたらしい。
元々クリムたちがこの場に来たのは、カトゥオヌスからの依頼による、彼ら一族の産卵場所に適した場所の安全確保が目的だ。もう一つ、クエスト完了のためには大事な仕事が残っている。
「うむ、お手数かけるギョが、もういましばらく付き合い願いたいギョ」
「しかし、カトゥオヌスの同族の雌か……」
「見たいような、見たくないような……」
複雑な表情で呟くフレイとカスミに、周囲の皆も曖昧に笑って誤魔化す。正直、クリム自身も見るのが怖いのは否定できない。
コメント:手足が生えた魚だしな……
コメント:いや、蛙顔の人かもしれん
コメント欄の視聴者たちも、ああでもないこうでもないと憶測を繰り広げている様子だが、仕方あるまい。
やがてカトゥオヌスと同系統の見た目派、正統派なインスマス派で対立しそうになった頃……。
「なら、こっちに入り口直通のエレベーターがあったぜ」
「スイッチ入れておきましたから、早く用事を済ませて先へ行きましょう」
「む、すまないな二人とも」
そんな不毛な議論をぶった斬る助け船が、周囲の警戒をしてくれていたシュヴァルとラインハルトから齎される。
彼らが指差した方向を見ればなるほど、最上階から洞窟入り口の方、警備用の小型ロボットがいた場所まで、いつのまにか長い長い階段がクリムたちの居る建物から迫り出していた。
――そうして地下空洞から出て、外の滝に戻ったところで。
「お前たち、中の無事は確保されたから、出てくるギョ!」
周囲へと呼びかけるカトゥオヌスの声に、泉のあちこちから顔を出して、こちらに寄ってくる者たちがいた。
どんどん数を増やしていく、カトゥオヌスの群に所属する女性たちの姿は……ある意味では、クリムたちの想像の上を行っていた。
さまざまな種類の、ウロコに覆われた魚の下半身。
胸の下あたり、肋骨に位置する場所にエラこそ見えるが、それ以外は人の女性とほとんど変わらない上半身。
そして……皆それぞれ個性的でしかも見目麗しい、人とほとんど変わらない頭部。
極度に露出の激しい水着のような服を纏い、濡れそぼった髪を肌に貼り付けたその姿は……
「正統派な、人魚だと……ッ!?」
「び、美人さん揃いだねぇ」
愕然とするクリムと、その隣にいたフレイヤ。目を輝かせているユリアたち幼少組を除けば、他の皆も、だいたい似たような反応を見せていた。
コメント:なん……だと……!
コメント:やだ可愛い子いっぱい居る
コメント:これなら全然いけるわ一人ください
コメント:男女差激しすぎぃ!?
突如現れた人外美女集団を前にして、騒然となるコメント欄。
一方でそんなことなど気にした様子もなく、嬉しそうに話しかけているのは、やはりというかユリアだ。
「こんにちは、人魚さん!」
「〜〜〜〜!」
「えっと、何を言ってるから分かりませんが……嬉しそうで何よりです!」
近寄ってくる人魚の一人に向けて手を振って挨拶しているユリアに、手を振り返し笑顔で何かを語っているのは群の中でも比較的幼い、人間で言えば十代前半くらいの見た目をした、薄青い髪色の人魚の少女。
発声器官が違うのか、彼女の言葉はクリムたちには分からなかったが……こちらに感謝しており、悪い感情は抱いてないらしいのは、きちんと伝わってくる。
そうして、ユリアに釣られるようにして、雛菊やリコリスたちも、おっかなびっくりではあるが手を振ったりして人魚たちと交流を始める中で。
「おお、お前たち。こちらの恩人に挨拶するギョ」
ふと、まだ泉中心で泳いでいる大集団から離れてクリムたちの方へと寄ってきた、ややふっくらとお腹が膨らんでいるように見える人魚数名を目にして、嬉しそうに表情を綻ばせる(たぶん)カトゥオヌス。
そんな彼の様子に何となく察しつつ、クリムが皆を代表して尋ねる。
「えぇと……彼女たちは?」
「紹介するギョ。彼女たちが拙の妻たちギョ」
「た、たくさん居るんじゃな……」
「うむ。我らはオスが少ないから基本的に一夫多妻ギョ。右から順に……」
次々と集まってきた、十人は余裕で居そうな人魚たちを前に、自慢げにそれぞれを紹介していくカトゥオヌスと、その度に嬉しそうな顔を浮かべている麗しい人魚たち。その光景に……。
コメント:よし死ね
コメント:下ろす? 下ろす?
コメント:ハーレム野郎死ねばいいのに
コメントやっぱり敵だこの魚野郎!
「お主ら、本当にお主らじゃなぁ……」
好意的だった先ほどまでと一転、すっかりカトゥオヌスへの醜い嫉妬まみれな罵倒の嵐となったコメント欄に……クリムたちはただ、やれやれと肩をすくめるのだった。
◇
――と、そんなトラブルはありつつも、無事にボスが居た貯水湖まで人魚の護衛を勤め終えて。
「それじゃあ、我らはこれで失礼する」
「カトゥオヌス様、またお会いしましょう」
「うむ、重ね重ね世話になったギョ。拙は君たちの旅の成功を、ここから祈っているギョ」
名残惜しそうに手を振るユリアに向けて、にこやかに(たぶん)手を振りかえすカトゥオヌス。
そんな心温まる異種族間合流を眺めながら、クリムはここまで人魚たちを護衛しながら戻ってくる道中でフレイヤと一緒に考えていたことを、カトゥオヌスに提案する。
「なぁ、カトゥオヌスよ……子育ての時は、暖かい南海にいくんじゃよな。住む場所で困ったら、大陸南西のガーラルディア湖に来てくれてよいからな」
「もちろん、ただ遊びに来てくれても全然構わないからね」
「うむ、世話になるならないは別として、何の用件であれ、いずれお邪魔させてもらうギョ」
そう言って今度こそ、彼は貯水湖に潜り、群れのところへと戻っていく。
「なんだか、不思議な縁ができちゃったねー」
「うむ……じゃが、今はやって良かったと思っておるがの」
「始まった時は、何だこの色物イベントはと思ったけどな」
違いないと、クリムと、フレイヤとフレイの三人で並んで笑い合う。
が、気を緩めてばかりもいられない。あくまでもサブクエストが終わったのであって、クリムたちの目的はまだ達成していないのだから。
そして……目的のものは、少し先へと進んだところであっさりと見つかった。
「さて……どうやら、目的のものはあれみたいじゃな」
明らかに施設のコントロールパネルと思しき端末が、踏み行った部屋の正面奥、部屋の中心に鎮座している。そのさらに奥には、何らかの分厚い隔壁のような物も鎮座していた。
「あの隔壁、なんじゃろうな?」
「わかりませんの、でも……スピネル、端末はお願いしてもいい?」
「うん、まかせてー!」
リコリスの指示を受け、元気に端末へと駆け寄っていくスピネルが端末にアクセスし……やがて様々な情報が記載された半透明のモニターが、端末周辺に展開する。
他のプレイヤーたちは相当に端末のロック解除に苦労したらしいが、スピネルは凄まじいスピードで瞬く間に端末を操作していく。
やがて……
「――転送陣の封印解除申請開始ー、奥にある隔壁のロックも解除できるみたいだけど、これも?」
「うむ、頼む」
「はーい」
クリムが言うが早いか、すぐさま操作を開始するスピネル。やがてすぐに、作業が一つ完了したアナウンスが流れる。
【黄金郷グラズヘイムへの転送陣の封印の、解除申請が送信されました 4/6】
「……む?」
「おや。解除された封印が、もう一つ増えているな?」
いつのまに、と驚きの声を上げるクリムとソールレオン。直後、何やら調べていたフレイが「あ」と声を上げる。
「……ジャーナルに報告があった。どうやらタッチの差だけ先に、北の方、北洋近くのあたりで、嵐蒼龍と聖王国が中心となって一個解除したみたいだ」
「む……そうか、あやつらも頑張っておるんじゃな」
待っている間そんな話に耽っていると、すぐに作業中だったスピネルから声が掛けられる
「ねぇねぇまおーさま、ゲート、ロック解除したよ?」
「おっとすまんなスピネル。そのままゲートも開いてしまってもらいたい」
「はーい!」
素直にクリムの指示に従い操作を続けるスピネル。直後、地響きを上げて震える隔壁。
やがてゆっくりと時間をかけて開いていった隔壁の先には――明るい、太陽の光が差し込んでいた。
「これは……外、か?」
「う、うむ。どうやら天使たちの落夭地、その未踏の上層へと出る道は、この場所だったみたいじゃな」
何か危険があった時のためにと隔壁前でスタンバイしていたソールレオンの呟きに、同じく最前列で警戒していたクリムも驚き混じりの声で返答を返す。
隔壁の向こう側へと出た先――そこは、この『
天空を覆う浮遊大陸に限りなく近い高所からの風景が、出口の外一面に広がっていたのだった――……
【後書き】
子供が何の魚類になるのとかは聞いてはいけない。たぶんポ◯ョみたい感じの幼体だよ(適当
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