地下水脈の徒花②



「クリム、MP、この調子だと保たないぞ!」

「分かっておる、じゃが……!」


 フレイの忠告に、クリムも若干焦りが滲む表情で返事を返す。


 眼前には、津波のように押し寄せる、凶悪な武器を先端に備えた機械の触手たち。


 先ほど既もう一度、三分の一程の触手を処理したはずなのだが、一向に減る気配がないどころか、次々と補充されている有様だ。

 あまりにも数が違い、しかも限界が訪れる様子はまるでない。


 あるいは、もっと大人数、それこそユニオン単位で来ていたらやりようはあったはずだ。


 だが、ノリと勢いでうっかり寡兵のままボスまで突撃してきたのはクリムたちの責任だ。今更、泣き言を言っている筋合いもないだろう。


「やはり、本体を叩かねばならんか……だがこう敵が多くては!」


 道中同様に、このエリアは飛行制限が掛かっている。また仮に飛べたとして、上空で360度全方位から襲い掛かる触手を処理しながら本体にたどり着くのは難しいだろう。


 本体を討つその為には、どこかのタイミングで別働隊……あるいは決死隊……を編成しなければと、そんな事を考え始めた時だった。


「ふぅ……仕方ないギョね」

「カトゥオヌス、何かいい手があるのか?」


 迫る触手を切り払いながら、いつのまにか背後に来ていたカトゥオヌスに尋ねるクリム。


 彼はフッとニヒルに笑う(たぶん)と、自分を指差して、自信満々に曰う。


「拙が、あの花のところまで泳いで連れて行くギョ」

「できるのか!?」

「うむ、『南海のテッポウ魚』と呼ばれたスピードキングの拙に、大船に乗ったつもりで任せるギョ!」

「ツッコミどころは色々とあるが、助かる!」


 活路が見えた、と表情を明るくするクリムに、しかしカトゥオヌスは指を二本立てて、告げる。


「だけど、敵をすり抜けるなら二人が限界だギョ」

「二人、か……!」


 なら、クリムと残る一人は誰を選出するか。

 順当に考えれば、すぐそばにいる雛菊が適任だろう。だがこれだけ多数居る触手たちを、クリムと雛菊が抜けた場合、純粋な前衛がカスミ一人で捌ききれるかどうか。


 それに……最大戦力を考えるならば、もっと適任がいる。だが、それを仲間である雛菊に言うのは――そんな躊躇いをクリムが見せた時だった。


「お師匠」


 不意に、クリムをジッと見つめていた雛菊が、声を上げる。


「私はもう、そんなつまらない理由で拗ねるような子供じゃないのです」

「あ……」


 彼女を信じ切れていなかった。

 そして、それを見透かされていた。


 自分の阿呆さ加減に、恥ずかしさが胸中に湧き上がるのを感じながら雛菊に目を向けるクリムに、雛菊はまた数本の触手を目にも止まらぬ剣閃で切り払いながら、頷く。


「行ってくださいです。お師匠の一番弟子として、この場はぜったいに誰一人欠けることなく保たせて見せますです」

「雛菊……わかった、ここは任せるのじゃ!」

「――まかされた、です!」


 気合い一閃。

 迫る大量の触手をまとめて両断した雛菊の、小さくも頼もしい背中を横目に、クリムは後方へ声を上げながら駆け出す。


「カトゥオヌス、走るぞ、ついてこれるな!?」

「任せるギョ、走るのは泳ぐ次に得意ギョ!」


 自信満々に曰うカトゥオヌスに、初めてルルイエ地下で彼と出会った時を思い出して「そうだったな」と苦笑しながら、目的の場所に向かって駆け出す。


「ギョ、どこに行くギョ?」

「決まっておる……を拉致りにいく!」


 目指すは、貯水湖の対岸。

 いまだ激しい抵抗を続けている、ギルド『北の氷河』の下だった。





 ◇


「お主ら無事じゃな!」

「え、クリムちゃん!?」

「エルネスタ、すまんがお主らの団長を借りていくぞ!」


 最も後方でラインハルトとシュヴァルの護衛についていたエルネスタに、そう一声掛けてすれ違い、先頭を支えていたソールレオンの腕を掴む。


「クリム、一体何を……うわ!?」

「付き合ってもらうぞソールレオン、地獄に!」

「待て、君は一体何を……」

「敵本体にカチ込む!」


 端的に告げると、一切躊躇なく水面に飛び込みながら、ついて来ているはずの者に声を掛ける。


「カトゥオヌス!」

「うむ、捕まえたギョ、あとは拙に任せるギョ!」


 クリム、そして未だ事態は呑み込み切れていないながらも抵抗はしていないソールレオンの腕を掴んだカトゥオヌスが、全力で水を切って飛び出した。



 ――うわクッソ速い。



 水圧で言葉を発するのもままならない中、まるで魚雷のように凄まじい速度で泳ぐカトゥオヌスに引っ張られていたクリムが、流れていく景色のスピードに恐れ慄く。隣にいるソールレオンも、これには流石に青褪めた顔をしていた。


 もちろん、わざわざ飛び込んできた獲物を見逃す触手たちではない。次々と迫る触手たちの群れを……しかし。


「なんとぉおおお、ギョ!!」


 まるで網の目を掻い潜るように、凄まじい水中機動でかわしていくカトゥオヌス。みるみる迫る機械仕掛けの妖花、その目前で。


「くっ……ここまでギョか!」


 不意に、水上へと急浮上したカトゥオヌスが、クリムとソールレオンを全力で上空、敵本体のはるか真上へと放り投げた。


 何を……と下を見たクリムが見たものは――脚を触手に捕まえられ、水中に引き摺り込まれていくカトゥオヌスの姿。


「拙に構わず行くギョ!」」

「カトゥオヌス、お主……」

「雌たちのこと……我が種族、未来の子供たちのことを任せたギョ!」


 クリムたちに後を託し、水中に没していくカトゥオヌスの、最後に親指を立ててサムズアップした手が水中に消えていく。


 それを見送り……クリムは、キッと眼下に迫る機械仕掛けの妖花を睨みつける。

 そんな本体からは次々と、上空にいるクリムとソールレオンに向けて新たな機械触手が放たれるが……ここでカトゥオヌスの献身を、無駄にするわけにはいかないと、二人は武器を構える。


「クリム!」

「分かっておる!」


 飛行能力は禁止されていようが、翼による滑空と、空中での姿勢制御能力は生きている。高さは幸いにも、最後にカトゥオヌスが与えてくれた。

 翼をはためかせて空気を掴み、残像すら残す速度で本体中心の周囲を飛び回り、襲い来る無数の機械触手を凌ぎながら、あえてターゲットになる。


 だがそれでもあまりにも多い触手の数に、避け損ない、体を掠めたダメージは徐々に徐々に、二人のHPゲージを黄色に、やがて赤く染めていく。


 それでも、二人は止まらない。


 やがて――二人がスレスレの位置を高速で交錯した地点で、密集しすぎて細かな動きができなくなった触手たちが、お互いを避け切れずにぶつかり合って幾重にも爆発音を響かせる。


 猛る火炎と衝撃を、しかし背に受けた二人はそれさえも前に進む勢いとして、機械仕掛けのラフレシアの五枚の花弁に囲まれた中心、おそらく中枢部らしき場所へと飛び込んだ……辛うじて同士討ちを避け、背後から迫る残り十数本の機械触手を従えたまま。


 だがこのままいけば、触手たちに追いつかれるよりも、クリムたちが敵本体である花弁の中心部、ドーム型の装甲を纏う場所へたどり着く方が早い。


 そう……このままいけば。


 クリムが、『無形の剣匠』により創り出した数本の武器を次々と『剣群の王』で掴んでは上空から射出するが――しかし、今やすっかり見慣れた障壁に直前で弾かれ、あたり一面に散らばっていく。


「えぇいやはり持っていたか、アブソリュートディフェンス!」


 しかも、五枚の花弁それぞれが展開したその防御は堅牢で、モタモタしていたら今度は後方から迫る触手に追いつかれる。


「ふっ……ここは任せてもらおうか!」


 ここで前に出たソールレオンが、周囲に展開した『ドラゴンアーマー:ヴォーダン』の自律攻撃デバイス『ワルキューレ』。

 合計八本の攻撃デバイスはそれぞれ眩い光を放ち、輝く光の剣と化す。

 それは……以前に見たことがある、EXドライヴの輝き。


「破神顕正、一意万断、此処に顕現せよ、『アルティメイトブレード』――『アルティメイトブレーズ』ッ!!」


 光の剣が宙をまさしく光速で駆け抜けて、ほぼ同時にアブソリュートディフェンスへと突き刺さり、そこで光の柱を立ち昇らせる。直後、敵本体を守護していたフィールドは粉々の砕片となって砕け散った。


「行け、クリム!」

「ああ、任せろ……破軍剣聖、剣軍跳梁、此処に来れ、『刹那幽冥剣』――行くぞ、『レギオンレイヴ』ッ!!」


 先んじて投げ込んでいた影と血の剣たちが、紅色の剣へと変化してクリムの周囲に展開、即座に真紅の電流を纏い高速回転するドリルと化す。


「――ぶ、ち、抜けぇええええッ!!」


 クリムの『レギオンレイヴ』が敵本体の中枢部を守る最後の障害である堅牢な中心部装甲とぶつかり合い、耐え切れなくなった装甲の表面に、亀裂が小さく入った。


「ぉおおおっ!!」


 さらに、ここまで背後に控えさせて温存してきた巨大な漆黒の大剣を、ひび割れた中枢部装甲へと叩きつけ……今度こそ、敵中枢を守る装甲が粉々に砕け散って突き刺さる、が。



 ――浅い!?



 薄い手答え、そしてまだ稼働中の敵機体に、クリムが失敗を悟る。

 だが、背後に迫る機械の触手は、すでに限界まで迫って来ている。もはや追撃も、回避もしている時間も、この二人ですら残っていない――はずだった。


「――クリム、掴まれ!!」


 クリムが咄嗟に、呼びかけと共に眼前に差し伸べられたソールレオンの手を掴む。


 次の瞬間、ありえないほど強引な何らかの推力により、激しい横向きのGが二人に襲い掛かる。


 全身が軋むのも構わず、無理矢理に離脱するソールレオンと、彼に手を引かれたクリム。

 一方で、直前でターゲットを見失った機械仕掛けの触手たちは、その慣性を今更打ち消すことは叶わず――内部機構が露出した敵本体の中枢部へと、耳障りな騒音と激しい火花を撒き散らし、次々と突き刺さっていく。


 巨大な花弁、その装甲内部で連鎖的に広がっていく、爆発音と振動。


 それが収まった時……この水脈の主であった機械仕掛け妖花は、眷属である機械触手たちと共に、完全に機能停止したのだった。





 ――そんな、機能停止したボス本体の上で。



「「……死ぬかと思ったぁああああ!?」」


 吹き飛ばされ、花弁最外縁の水中に落下する寸前まで転がされ、それでもギリギリでライフを残したクリムとソールレオンが、全く異口同音に安堵の叫びを漏らす。


「ところでソールレオンよ、今、どうやって離脱したのじゃ?」


 クリムは正直、あそこから退避出来るとは思わなかった。完全に刺し違える覚悟をしていたのだ。

 なぜ助かったのか。そんな疑問と共に振り返り……クリムは、ソールレオンの纏う『ドラゴンアーマー:ヴォーダン』の有様にギョッとする。


 彼のドラゴンアーマー、その背部に備えていた特徴的な翼が、内側から爆ぜたように砕け散り黒煙を上げていたからだ。


「まさか、お主……」

「ああ、片翼を『ワルキューレ』で突き刺して爆破し、その爆発の衝撃で吹っ飛んで緊急離脱したんだ。まあ、私たちが爆発に巻き込まれて死なないかは、賭けだったんだけどね」


 悪びれもせずに肩をすくめながら曰うソールレオンに、クリムはポカンと呆気に取られた後……やがて、肩を震わせ始める。


「く、はは、呆れたやつじゃなあ……っ!」

「ははは、まあ、生きていれば安いってやつだね」


 無茶が過ぎる。

 むしろ馬鹿だ。

 だが、あまりに無茶苦茶が過ぎてもはや笑うしかない。


 クリムはただ難局を乗り越えた心地よい疲労感に任せるままに、すっかり機能停止した機械の花弁に座り込み、お腹を抱えて爆笑しながら……同じく座り込んだソールレオンと共に、お互いの健闘を讃えて拳をぶつけ合うのだった。

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