パーティー分断


「――さあ、ついたギョ!」


 カトゥオヌスに案内されて到着したのは、川を遡った先の行き止まりにあった、一見すると豊かな清水を湛えた静謐な湖。

 だがその裏手の崖下の水中に、隠されているように設られた洞窟が口を開いていた。


 泳いでその中に入りしばらく進むと、金属舗装された通路へと繋がっていた。

 水から上がりその上に登ったクリムたちの眼前に広がった光景は――天井が見えないほどに広大な空間、その幅いっぱいに広がる大瀑布と、その流れを受けて稼働する巨大な機械仕掛けの高層建築物。

 そしてキラキラと光を反射して輝く、高い透明度の地底湖。その絶景に、皆から歓声が上がる。


「これは……もしや、水力発電施設か?」

「かもしれないな。そして……どうやらここは『当たり』みたいだ」


 ソールレオンが指差した、奥の建造物へ続く金属舗装された道の先。そこに、三機の小型な機械兵器らしきものが、おそらく決まったルートをなぞるように徘徊していた。


 様式は、おそらく以前に交戦したものと同系統だろう。特徴はほぼ一致している。ただこちらは以前のものとは違い、威圧感は無い。


 ずんぐりとした、丸っこい小柄なボディ。

 下部に備えた三つの車輪のようなもので、前進したりその場で回転しターンしたりしながら徘徊しているその姿は……大した武装らしきものも見当たらず、正直、あまり強そうには見えない。


「もしや、警備員的なロボットか?」

「か、可愛い……」

「あ、わかるー」


 クリムの疑問をよそに、リコリスとフレイヤがその外見を見て呑気な感想を述べる。


 たしかに、丸っこいどんぐりみたいな形状のボディに大きな赤い目、どこか愛嬌のある、歯っ欠けの口みたいな排気口を備えた姿は、見ようによっては可愛いと言えなくもない。


「とはいえ、あそこを抜けないと進めないな」

「……可哀想だけど、倒す?」


 フレイの指摘に、クリムが交戦を提案する。


 見た限り奥に向かう通路は一本道であり……では周囲の地底湖はといえば、奥に行くほどに、その見た目の美しさに似つかわしくない複雑かつ激しい水流となっていた。取り込まれたらもはや、脱出は不可能だろう。


 そのため泳いで迂回するのは早々に却下され、かと言って他に道はなく、この通路を避けては通れないだろう……そんな結論で皆が一致する。


 不満そうな声が女性陣から上がるが、ここは心を鬼にして……と、武器を生成しようとしたクリムだったが、しかし。


「それなら、ここは任せてもらおうか」

「僕ら、ようやくログインしたばかりで少し慣らしたいんですよね」


 そう言って名乗り出たのは、先ほど合流したばかりのラインハルトとシュヴァル。それを受け、やれやれとソールレオンも前に出る。


「何が起きるか分からないからな、皆は周囲の警戒を」

「うむ、では任せたぞ」


 そう言って、役割分担を終えて分かれるクリムたち。


 やはりと言うか……その場の戦闘が終えるまでには、さほど時間は必要無かったのだった。




「ふむ、あまり手強い相手では無かったが……」

「ちょっと可哀想なの……」


 ぷすぷすと煙を上げ、うつ伏せになって地面に転がるどんぐりボディの機械兵器に、クリムの隣にいたリコリスが同情の声を上げる。他の皆もだいたい似たような反応だ。


 実際、回転をつけて体当たりしてくるくらいしか攻撃手段の無いこの小型の機械兵器は、もはや罪悪感を感じるくらいに弱かったのだが……しかし。


「……いや、まずったかな?」

「む、何が……うぉ!?」


 顔を顰めるソールレオンに、クリムが何か気になるのかと首を傾げた――その次の瞬間、突然けたたましいアラーム音を上げ始めた、機能停止したかに見えた機械兵器たち。


 思わずその音量に耳を塞いだクリムたちも、慌てて周囲を見回すが……新手の機械兵器が現れる気配はなく、代わりに「ゴゴゴ……」という不吉な音と振動が、空洞内に反響する。


 不安げにスピネルを抱き寄せるリコリスを中心に、皆が散開して周囲を警戒する中で、ふと空気の流れを頬に感じたクリムが顔を上げたが先で見たものは――



「あー………………これは無理じゃなぁ」



 ――上層、大瀑布の上から降ってくる、視界を埋め尽くすほどの大量の水だった。


 もはや何をしようが間に合うはずもなく、逃れようのない圧倒的質量を前に――クリムを始め、全員が諦観の表情で、なす術なく飲み込まれたのだった。








 ◇


 ――いったい、どれくらいの時間、水流にもみくちゃにされただろうか。


「――ぷはっ!?」


 しばらく下方に引き摺り込まれるようにして流されていく感覚の後……ようやく浮上したクリムが、空気を求めて水上へ這い上がる。


 そこは、先程までの半ば機械化された空間とは違う、完全に岩肌が剥き出しとなった地下水脈のような場所だった。


 おそらく相当に流されて来たのだろう。それも、地下方向へ。


「ひ、酷い目に遭った……皆は!?」


 慌てて周囲を見渡すクリムのすぐそばで、また一つ水飛沫を上げて、何者かが浮上してくる。


 それは……巨大なクロマグロの頭。


「ふう、ちみっ子たちは無事ギョ」

「か、カトゥオヌス……!?」


 さすがは魚類というか、ケロっとした様子で水から上がって来たカトゥオヌス。しかも……


「あ、ありがとうございます、カトゥオヌスさん」

「魚のおじちゃん、ありがとう!」

「良いギョ、良いギョ。水中は拙のテリトリーゆえ存分に頼ってほしいギョ」

「さすがお魚さんなの」


 ……その両脇に、ユリアとスピネルを抱き抱えての登場だ。更にはリコリスも、彼に繋いだ機術により編まれたワイヤーによって牽引してもらっていたらしく、つまり三人も彼に助けられた事になる。


「……お主」

「おっと皆まで言わずとも良いギョ、今回助力を求めたのはこちらゆえ、このくらいの協力は当然ギョ」


 ――なんだこのイケメン、いやイケ魚類は。


 釈然としないものを感じつつも、当人が礼は不用というので心の内でだけ感謝を述べるクリムだった。


「あの悪魔ならまだしも、魚類に……負けた……!?」


 続いて愕然とした様子で水から上がって来たのは、『北の氷河』のエルネスタ。まあ、彼女に関しては心配するだけ野暮だろうとさておく。


 以降……続いて水から上がってくる者はいない。流される際に分断されたか、あるいは……戦闘不能か。

 とりあえず真っ先にフレイへと通信を投げるクリムだったが、フレイからの返事はすぐにあった。


『――クリムか。姿が見えないが、どうやらそちらも無事みたいだな』

「うむ……どうやら我らは別々の場所へ流されて分断されてしまったみたいじゃな」


 なかなかに性格の悪いトラップではあるが、少なくとも即死系の物ではなかったらしい。

 お互いの安否を確認し、クリムと、通信の向こうにいるフレイとで二人揃って安堵の息を吐く。


「そちらの様子はどうじゃ、誰か戦闘不能になった者は居らぬか?」

『ああ、無事だ。こっちは僕と姉さん、それに雛菊ちゃんと、北の氷河のリューガーさんが居る』

「となると、委員長は……」


 まだ一人、今回同行している『ルアシェイア』内で名前の挙がっていないカスミへと、グループチャットの誘いを飛ばす。こちらも、ポーンと軽快な音を立てて、すぐに通話が繋がった。


『良かった、クリムちゃん達も無事なのね!?』

「うむ、委員長は……」

『私は、ソールレオンさんとラインハルトさん、シュヴァルさんと一緒にいるよー』

「ふむ……なんだか作為的な物も感じなくはないが、まあまあバランスが取れている組み分けなのは幸いといったところじゃな」


 その後、今後について話を詰め、通信を切ると……クリムの周囲には、心配そうな顔をして話し合いの推移を見守っていた、皆の姿。


「それで、お兄様は……」

「うむ、大丈夫そうじゃ。今はそれぞれ別ルートで進もうという事になったのじゃが、お主らも構わんな?」

「はいなの! スピネル、大丈夫?」

「うん、びっくりしたけど大丈夫!」


 少女たちは、ずぶ濡れになりながらも元気いっぱいに返事を返す。残るは……


「……そういえばこれ、私の世の春が来た状況では?」

「おいエルネスタ、天国にトリップ中すまんが、そろそろ移動するぞ?」

「……はっ!? こ、コホン、申し訳ありません、いつでも行けますわ」


 仲睦まじくやる気を見せる少女たちを眺め、頬に手を当てて湿度の高い吐息を吐いて恍惚の表情を浮かべていたエルネスタも、真面目な顔に戻って武器を構え直す。

 その姿は……今はもう、引率のしっかり者で優しいお姉さんといった風情だ。その変わり身の速さには、クリムも苦笑するばかりだ。


「それじゃあ護衛対象もいますので、私たちは慎重に進みましょうか」

「む、うむ、そうじゃな……スピネルやカトゥオヌスも居るからのぅ」


 守護対象がこちらに集まってしまっているため、確かに気を引き締めねばならないだろう。

 クリムも一つ気合いを入れ直し、テキパキと指示を出す。


「とりあえず、リコリスちゃんは真ん中で我とエルネスタの援護を。エルネスタは殿を任せたぞ」

「はいなの!」

「ええ、任されました」


 主力となる二人が、それぞれ配置につく。彼女たち二人に関しては、クリムも特に心配はしていない。


「ユリア嬢とスピネルは、リコリスからあまり離れるでないぞ」

「分かりました、よろしくお願いします」

「はーい」


 素直な少女たちの元気な返答に、クリムも表情を緩めながら頷く。残るは……。


「それで、カトゥオヌスは……」

「む、拙ギョか?」


 この魚類をどう扱うべきかと悩んだところで、当の本人が提案したいと挙手をする。


「ふむ……痩せて弱体化した身となれど、サーモンリバー家の名に賭けて幼い女児を差し置き守られているだけにはいかないギョ。そこの少女二人の護衛に着くとするギョ」


 そう言って、何処からともなく取り出した三又の槍……トライデントを肩に担ぐカトゥオヌス。その姿は、それなりに頼もしい。


「……何なんじゃろうな、この無駄に漢気があって端々で格好いいムーブするクロマグロは」

「何なんでしょうねぇ……」


 ビジュアルが完全にネタ枠なのに、なんだか解釈違いを感じる。やはり微妙に釈然としないものを感じ、クリムはエルネスタとともに深々と溜息を吐くのだった。




 ◇


「しかし、あれじゃな。ユリア嬢は本当に物怖じせん子じゃな」


 しばらく地下水脈を水路沿いに歩いた頃……不意に、クリムが不思議そうな声を漏らす。そんなクリムの後方では。



「カトゥオヌスさんは、群れの女性の方々を守りながらここまで来たんですよね。その方々は今はどこに?」

「む、連れの雌たちギョか。危険にあわせるわけにはいかんゆえ、安全な場所に隠れてもらってるギョ。ことが済んだら紹介するギョよ」

「わぁ、楽しみです」



 和気藹々とした様子で、カトゥオヌスと談笑するユリアの姿があった。

 カトゥオヌスの見た目のインパクトなど気にした様子もない彼女がすっかり打ち解けているその様子に、クリムもさすがに舌を巻く。


「そうですね……一見すると内気な深層のご令嬢って感じなのですが、基本的にどんな外見の種族でも気にした様子はない、不思議な子です」

「ふむ、やはりそうなのか?」

「ええ。意思疎通が通じる相手ならば、魔獣だろうが真竜だろうとすぐ仲良くなってしまいますね……時々、こちらがハラハラしてしまうくらいです」


 それこそ居城であるノバルディス城においても、一度は敵対したアスタロトもすっかり打ち解けて、全幅の信頼を寄せて身の回りの世話を任せていると、エルネスタが語る。


 そういえば以前、セイファート城へと送り届けた時もそうだったなとクリムは思い出す。オーガ族の厳つい偉丈夫相手にも気にした風もなく接して、すっかり骨抜きにしてしまっていた。


「そして……スピネルも、ユリア嬢に並んで大概じゃなあ」


 今、ユリアと共にスピネルも、護衛を引き受けてくれているカトゥオヌスを挟んで並んで歩き、楽しげに彼と談笑している。もっともトークデッキがほぼ無いであろうこちらは、聞き役に徹しているみたいだが。

 真ん中の見た目がだいぶインパクトがあるのさえ気にしなければ、それは実に微笑ましい異種族間交流の光景でさえあった。



「それにしてもクリムちゃん、気になりませんか……思ったより、随分と平穏な道中ですね?」

「む、そういえばそうじゃな。カトゥオヌスが言うには、危険な機械兵器が徘徊しているという話じゃったが」


 今のところ、特に危険な機械兵器と遭遇はしていない。なんだか拍子抜けに思えてきた……そんな時だった。


「あ、そうだったギョ」


 ふと、カトゥオヌスが何かを思い出したような声を上げた瞬間だった。


 ――カチッ。


 クリムがブーツ越しに、何かを踏み抜いた嫌な感触を感じたのは。


 見れば、そこには今の今まで見えなかった、黄色と黒の警戒色をした明らかにヤバげなスイッチが、いつの間にか姿を現していた。


 思わずクリムが天を仰ぎ見た――その瞬間、周囲の地底湖から洞窟の天井まで届く盛大な水飛沫と共に、十数本の太く細長い『何か』が飛び出して来た。


「このあたり、こんな風に防衛機構の始動スイッチがそこら中に隠れているから、気をつけるギョ」


 カトゥオヌスのどこか呑気な言葉を聞きながら、クリムは思う。



 ――このゲームのNPC連中、なんでどいつもこいつも、大事な事を言うのが一足遅いのじゃ?



 そう嘆いた瞬間――金属で構成された機械の触手群が、クリムたち一向へと一斉に殺到するのだった。


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