Returned bonito



 ――あまり長居しても悪いとイリスの見舞いも終えて帰宅した紅が、『Destiny Unchain Online』にログインしてしばらく。


 先日のグラズヘイム探索に参加した『ルアシェイア』メンバーに、今日は先にログインしていたカスミも加えたクリムたち一行は、今日も『天使たちの落夭地』へとやって来ていた。





 この日、テーブルマウンテンの間を縦横に走る河川を上流まで遡ってみようという仲間たちからの提案に従い、未だプレイヤーの探索の手があまり及んでいない大陸中央部寄りまでやってきたクリムたち。


 河原にはゴロゴロと大きな石が目立つようになり、流れる水も透明で狭い清流へとすっかり変化した風景の中。


「……冷たっ!?」


 装備を解除し、胴装備のドレス以外は脱いできたクリムが、その白く小さな素足をさわさわと流れる清流に浸す。


 まだ夏には遠く、しかも大陸中央部の山から流れてくる雪解け水を水源とする上流の水は一瞬身が縮こまるほどに冷たいが、しかしここまでブーツで歩いて来たため蒸れている……仮想現実なためあくまで気分的な問題だが……足には心地良い。


 それに……。


「こういう水辺の石をひっくり返してみると……ほら、居ましたです!」

「わあ、小さなカニさん!」

「雛菊ちゃん、すごいの!」


 実家が山岳地帯なために山遊びが得意な雛菊に連れ回され、河原の石をひっくり返してそこから現れる沢蟹や虫を見つけては、きゃあきゃあと歓声を上げている、ユリアをはじめとした少女たち。

 一方でフレイとフレイヤ、カスミら年長組はそんな少女たちを見守る方向にシフトしたようで……各々が防具を解除して、思い思いの岩に腰掛けてクリム同様に足を清流に浸しながら、休憩を取っていた。


 そして……この場に居合わせたのはクリムたち『ルアシェイア』一行だけではなく、先にログインしてこの一帯を探索していたソールレオンら『北の氷河』も同様に休んでいた。

 むしろ、先客であった彼らにクリムたちが便乗した、というのが正しいだろうか。


 そんなわけでクリムも手頃な岩に腰掛けると、すぐ隣でユリアの方を遠くから見守っているソールレオンへと話しかける。


「しかし、まさかお主がこんな場所でのんびりしておるとは思わなかったのぅ」

「うん、まあ……皆、本当にユリアには甘いんだよね、うちのギルド」

「お主が言うな、お主が」


 見れば、少し後方では同行してきたドラゴニュートの青年……リューガーが、優しい眼差しで見守っている。

 その隣では、彼に首根っこを抑えられたエルネスタが、恍惚の表情をして水辺で戯れる少女たちを眺めていた。


 仕事中なため、ラインハルトとシュヴァルの二人は後で合流するらしくここには居ないが……しかし最強ギルドのメンバーが皆陥落済みな姿を見て、己のことを遥か彼方に棚上げしたソールレオンが呆れた様子で肩をすくめる。


「とはいえ……あれに水を差すというのも、野暮の極みじゃしなぁ」

「うん、まあね。ユリアもVRとはいえ久々に屋外を走り回って、はしゃいでいるみたいだしね」


 ずっと病室で大人しくしていたユリアにとって、久々な開放的な時間であり、クリムの目から見ても今の彼女は実に楽しそうだ。

 そんな微笑ましい少女たちが水辺で戯れている姿を見れば、クリムたち高校生以上の年長組の口角も、ふっと優しげに上がるというものである。


「それじゃあ、今日はもう探索は切り上げて、ここらへんでのんびりピクニックとでも……む?」

「ん、どうしたクリム……おや」


 二人揃って、何かにいち早く気付き無言で武器を抜いて立ち上がり、上流の方を睨みつけるクリムとソールレオン。

 ただならぬ様子の二人に気付き、周囲の皆も警戒を始める中……上流の方から、水生動物のものと思しきヒレが、ゆっくりとクリムたちの方へと接近して来ているのが見えた。


 ――大きい、な。


 パッと見て、鮫か何かのようにも見えなくもないヒレ。さてはフィールドボスの縄張りでも踏んだかと身構えた瞬間――ソレはザバッと盛大に水飛沫を上げて、姿を現した。


「――ギョッギョーッ!!」

「「「――てめえかよ!?」」」


 思わずツッコミを入れる、クリムたち一行。

 水中から現れたのは、昨年の夏にルルイエにてクリムたちと数度の死闘を繰り広げた魚人――サーモンリバー=カトゥオヌス十三世だった。




 ◇


「待つギョ。今日はせつに交戦の意思はないギョ」


 戦闘体制を取るクリムたちの前で、やましい事は何もないとばかりに堂々とした姿で、敵意がない事を諸手を挙げて表明するカトゥオヌス。


 ――そういえば、こいつ喋れたんだっけ。


 皆がすっかり忘れていたその設定を思い出しながら、しばらくそのまま時間が経過して……どうやら本当に裏がない事を確認したクリムが、最初に武器を下ろす。


「……どうやら、本当みたいじゃな」

「……分かった、信じよう」

「感謝するギョ」


 そんな短いやり取りの直後、カーソルを合わせた際に見えるカトゥオヌスのネームプレートが中立を示す黄色から、友好的を示す緑色に変化する。


 それを見た一同から、安堵の息が漏れると同時に武器を下ろす音。


 見た目のふざけ具合とは裏腹に強敵であるカトゥオヌスとは、過去二度の交戦どちらでも大苦戦の末に仲間たちが半壊という辛酸を舐めさせられている。交戦が避けられるならば、それに越した事はない。


「でも、どうしてこんな場所に?」


 お前海水魚だろというツッコミはギリギリのところで堪えながらのクリムの質問に、カトゥオヌスは難しい顔で頷きながら答える。


「お前たちに敗北し、ルルイエを追われた拙らは、外洋をあてもなく転々としていたギョが……」

「あ、短めで頼む」

「了解したギョ。なんやかんやあって冬もどうにか無事に越えたギョが、しかしそろそろ産卵の時期ゆえ、一族の雌たちを護衛して川を遡ってきていたギョ」

「川を遡って産卵」

「それはサケとかの生態では?」


 今度は思わずツッコミを入れるクリムとソールレオン。

 鮪の産卵場所は南の暖かい海域である。言わずもがな、川を遡り産卵する、いわゆる母川回帰は鮭やマス科の産卵だ。


「ところが、この先のさらに上流で良さげな場所は見つけたギョが」

「え、無視?」


 しかしクリムたちにとっては到底看過できない疑問も、彼らにとっては些事らしい。さっくりとスルーされてカトゥオヌスの話は続く。

 何やらよく分からない悔しさを感じながら、カトゥオヌスに話の続きを促す。


「で、トラブル?」

「そうギョ。聞きたいギョか?」

「いや、別に」


 聞いたら面倒な事に巻き込まれそうだし、という続く言葉は飲み込んだ。


 チラチラと様子を伺いながら聞いてくるカトゥオヌスの質問に、取り付く島もなく即答するクリムと、一斉に頷く話を聞いていた一同。


 しばらく沈黙が流れ、「ホー、ホッホー、ホッホー」という謎の鳥の鳴き声だけが周囲に響く。


「……聞きたいギョね!?」

「ええぃ、詰め寄るな! 至近距離だとお主のビジュアルは圧が強い!?」


 鼻(?)触れ合うほどの至近距離で再度訪ねてくるカトゥオヌスに、クリムがのけぞり気味に怒鳴り返す。


「あの、クリムさん……本当に困っているみたいですし、話くらいは聞いてあげても……」


 困ったようにオロオロと視線をさまよわせながら、いつのまにかソールレオンのそばに控えていたユリアが挙手して提案する。

 まあ、ユリアがそう言うならば……そんな雰囲気が皆に流れたところで、流れが変わったのを察したカトゥオヌスが、パッと表情(?)を明るくしてユリアの方に向き直り、感激したように胸(?)に手を当てて語り始める。


「ありがとう少女よ、君はなんと心優しく心根が美しい少女ギョか、もしも魚人族であったら拙が番として産卵を申し願っていた……」

「「「殺すぞ?」」」

「…………ッス、ギョ」


 ソールレオン、クリム、そしていつのまにか間近まで接近していたエルネスタの三人が、それぞれ双剣、大鎌、ハルバードをピタリとカトゥオヌスの首(?)に添える。

 もはや全方位どこもピクリとでも動けば薄皮が斬られるであろう体勢に、カトゥオヌスも己が失言を悟りソロソロと両手を降参の形に挙げたところで……三人がようやく武器を下ろす。


「話は聞いてやる、もう余計な事は言うなよ」

「次にユリアに色目を使ったら三枚おろしにするからな」

「り、了解したギョ」


 据わった眼で告げるクリムとソールレオンの言葉に、カトゥオヌスは真っ青な顔(?)でガクガクと頷くのだった。




 ◇


「……機械兵器?」


 必死に己が一族の窮状を訴えるカトゥオヌスからもたらされた情報に、クリムが……否、周囲の大半の者も皆、苦虫を噛み潰したような表情になる。


「そうギョ。この先にいい感じに湿り気があって暗くて水もある素晴らしい洞窟を見つけたギョが、へんな機械が大量にたむろしていて危険なんだギョ」

「誰だ……こんな色物をイベントのメインシナリオに組み込んだ馬鹿は……」


 ぶつぶつと恨み言を溢しながら、クリムがこめかみを抑える。


 おそらく、カトゥオヌスが見つけた洞窟というのは、十中八九グラズヘイムへの転送装置を封印している遺跡だろう。

 つまり……今も頭上に浮かぶ『黄金郷グラズヘイム』に行くには、このカトゥオヌスの頼みを聞くのが必須ならしい。


「ああ、それとすまんギョが、拙はここまでの道中ですっかり体力を消費し痩せ細った故に、戦力としてはあまり期待しないで欲しいギョ」

「この野郎、強敵が味方になると弱体化するといういらんお約束は忠実に守りおって……ッ!!」


 挙手して曰ったカトゥオヌスの言葉に、クリムは忌々しげに呟くのだった。

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