チープ・トラップ
他のメンバーにこちらの状況を逐一報告する意味も込めて、配信を回しておこう。
皆の意見が一致した提案により、一度戦線を離れて配信用のマギウスオーブの位置を調整していたリコリス。
そのせいで僅かに反応が遅れたリコリスに向かって、突如道の両脇を流れる水脈から飛び出してきた機械の触手から放たれた光弾は……しかしすんでのところで割り込んできたエルネスタによって、間一髪だ叩き落とされて虚空に消える。
「リコリスちゃん、配信も忙しいかもしれないけど、油断しないでね」
「あ、ありがとうございますなの!」
「ふふ、今は仲間なのですから、気にしないでくださいな」
そう一つ微笑みながら返事を返すと、リコリスを守るように、すぐに後方から迫り来る触手たちに相対するエルネスタ。
本来であれば扱いにくい武器であるハルバードを軽々と振り回し、舞うような身のこなしで立ち回るその姿は決して普段の残念お姉さんではなく、最強ギルドのレギュラーメンバーにふさわしい自信に満ちた佇まいをしていた。
嫋やかで、格好良く。
出来る大人の余裕を感じるその後ろ姿に、リコリスが「ほえー……」と憧れの色混じりの吐息を吐く。
コメント:これは……おねロリ!
コメント:ネキ、ロリさえ絡まなければ常識人だからな……
コメント:リコリスさん、タイが曲がっていらしてよ?
そんなコメントが流れてきて、ポーッとしていたことに気付いたリコリスが、慌てて自分の持ち場に着く。
……ちなみに、クリムがトラップのスイッチを踏み抜いて十数分ほどが経過した今もまだ、防衛機構だという機械触手の群れは次々と水中から増援として現れている。
にもかかわらず、なぜリコリスがこんなのんびり視聴者と会話している余裕があるのかというと。
コメント:まおーさま絶好調やな……
コメント:地面から生えてくるのが悪い
コメント:根本が移動できないなら当然だな
コメント:ほぼ麦穂を刈ってるようなもんだなこれ
コメント:触手出てきた時の俺たちのワクワク返して
呆れたようなコメント欄。
リコリスが撮影する先、一行の先頭では……また新たに水中から現れた機械触手の一団が、まとめて根本から狩られて爆散する。
そう……出現したエネミーが、ほぼ出現と同時に、クリムにせっせと始末されているせいだった。
◇
――出現時こそ焦ったものの、水中から生えてくる触手など、広い面積を水平に薙ぎ払うことにかけては右に出るものはいないクリムにとってはカモもいいところだ。
クリムの『剣群の王』によって操られている二振りの巨大な漆黒の剣が空間を薙ぎ払うたびに、数十本の機械触手が粉々に粉砕され、千切れ飛ぶ。
「くはは、ザコがいくら群れようとなぁ!? 鎧袖一触とはこの事じゃな!」
すっかり気をよくしたクリムの暴れ回る様子に、視聴者のコメント欄はというと……
コメント:分かりやすく調子に乗ってるw
コメント:理解らせたいこの笑顔
……と、何かを期待したまま、すっかり生暖かく見守る体勢に入っていた。
「あ、あのクリムお姉ちゃん、いつものパターンだとあまり調子にのるとそろそろ何かやらかすんじゃ……」
ハイテンションになって暴れているクリムの姿に、リコリスが心配そうな声を掛けるも、その耳には届かない。
コメント:おいリコリスちゃんにまで言われてるぞ
コメント:何かフラグが立った予感がする
コメント:奇遇だな、俺もだ
そんな心配(?)をするコメントたちに、ついにクリムは気付く事は無かったのだった。
◇
――あらあら、調子に乗っちゃってお可愛らしいこと。
――けど、まぁ……あまり頭に乗られると腹立つわね。少し恥ずかしい目に遭ってもらおうかしら?
◇
「――っ!?」
不意に、それまで躁状態で暴れ回っていたクリムが、弾かれたように顔を上げる。
当然そこにあるのは洞窟の天井なのだが、それよりもずっと上方、天を見上げるようにして、呟く。
「今、何か……ひどく、悪意に満ちたものが……」
それは、漠然としすぎてクリム自身でもよく分かっていない、微かな不安感。さりとて無視もできず、動きを止めたクリムへ……
「――クリムちゃん、周囲警戒!」
「む――ッ!?」
切迫したエルネスタの警告。
気付いた時にはもう、クリムは無数に水中から飛び出した機械触手に取り囲まれていた。
そのうち一本が凄まじい速度で頬を掠めていった瞬間、クリムの表情が一瞬驚きに染まり、すぐに厳しくなる。
「クリムちゃん!」
「エルネスタ、お主はユリア嬢やカトゥオヌスのフォローを!」
咄嗟にフォローに入ろうとしてくれるエルネスタに、しかしクリムは彼女に他の者を守るよう指示を飛ばし、時に鎌を振るい時に足捌きで回避しながら無数の機械触手に相対する。
その機械触手たち動きは――これまでが遊びだったかのように、疾く、鋭い。
一本、二本……次から次へと襲い来る触手の群れを、しかし持ち前の反射神経でギリギリを掠めるように避けるクリム。
「舐めるな――っ!!」
やがて針穴を穿つような微かな隙間を縫ってその全てを避け切ったクリムが、手にした大鎌を大きく振り回して周囲を取り囲む機械触手を薙ぎ払う。
全ての攻撃を回避されたことでその身体を伸び切らせ団子状になっていた機械触手たちは、数回閃いたクリムの大鎌に纏めて切り払われて、バラバラと地に落ちる。そんな機械触手たちに、クリムもホッと安堵した……その時。
「あ」
しゅる、とクリムの右脚に巻き付いた、一本だけ水中に身を潜めて隙を伺っていた機械触手。
痛恨の読み違えを後悔する暇もなく、次の瞬間――
「――にゃあああぁぁあああああッッ!?!?」
――勢いよく、クリムの小さな身体が逆さ吊りに釣り上げられた。突然の急上昇に、さしものクリムも盛大に悲鳴を上げる。
「こ、の、離せ……!」
コメント:見えた!
コメント:白黒のフリル!
「見るな馬鹿者どもーッ!?」
重量に従い捲れ上がるドレスのスカートを片手で必死に抑えながらジタバタともがくクリムの姿に……
コメント:エッッ!!
コメント:この瞬間を……待っていたんだ!!
コメント:フラグ回収乙
コメント:やったぜ
コメント:この悲鳴はいずれ癌に効く
コメント:ヒャッハー久々のまおーさまのPONだァ!
……やはりというか、大盛り上がりのコメント欄。
「ええい、視聴者ども! お主らどちらの味方なのじゃ!?」
コメント:それはもちろんまおーさまよ
コメント:だがそれはそれ、これはこれ
コメント:それはそれとして触手たち頑張れ!
「おのれぇ!? 後で覚えておれよ!?」
より一層ヒートアップを見せるコメント欄に、思わず抗議するクリム。だがそんな間にも次々と新手の機械触手が現れては、クリムの方へと殺到してくる。
「あぁもうこの馬鹿者ども……って、ちょ、まて、それは色々とダメじゃろう、服の中を上がってくるなぁ!?」
ついにはクリムの手足にまとわり付き、袖やスカートの下から這い上がってくる触手の冷たい感触を素肌に感じ、これ以上は色々と、そう、
「……ぐっ」
着ているゴシック風ドレスの袖口から左腕に入り込んだ機械触手から、二の腕のあたりにプシュっと何かが押し付けられる感覚、そして瞬時に全身に広がる、感覚が霞がかっていくような感触。
――麻痺毒!
麻痺自体はゲームでよくある状態異常だが、しかしこれがVRとなれば、危険度が跳ね上がる。なんせ、全ての行動が阻害されるのだから。
瞬時に今打たれたもの察し、いよいよマズイと判断したクリムは、火事場の馬鹿力で全身を捻り大鎌を振り回す。
「――にゃめるな……ッ」
クリムが、自分の発した声に愕然とする。舌が動かず、呂律が回っていない。
さらには必死に繰り出したものの、動きのキレもすっかり精彩を欠いた一撃だったが……しかしそれでも、振り抜かれた漆黒の大鎌は全ての戒めを斬り払った。
そして当然ながら、すっかり痺れが回った小さな身体は重力に引かれて落下し……即座に下で待ち構えていたエルネスタに、柔らかく抱き止められて墜落という事態は回避された。
「よっ、と。クリムちゃん、大丈夫ですか?」
「か、かたじけないのじゃ……」
「もう敵は居ないみたいだけど、リコリスちゃんは周囲の警戒お願いね、ユリアちゃん、治療お願い」
「あ、はいなの!」
「はい、エルネスタさん」
痺れて舌が回らないクリムの代わりに、クリムを抱いたままテキパキと指示を出していくエルネスタ。
新手も今のところ現れる様子はなく……もう大丈夫だろうと判断したクリムは、諦めて介抱されるに任せ、彼女に身を委ねるのだった。
◇
コメント:酷い……事件だったね
コメント:やはりまおーさまはこうでなくては
コメント:帝都からずっとシリアス続きでつよつよまおーさまだったからな
コメント:久々のポンコツまおーさま美味しい
「誰がクソザコポンコツ魔王じゃおどれらー!」
散々な言われように、クリムがガーっと怒りを露わにするが、しかしクリムがすっかり元気になったのもあってコメント欄は盛り上がるばかり。
とはいえ麻痺毒でダウンしていた先ほどまでは、ほぼ心配のコメントばかりだったのだ。
そのため、いまさら怒るに怒りきれず、クリムは「ぐぬぬ……」と悔しげに歯噛みする。
「クリムさん、大丈夫ですか?」
「うむ、すっかり痺れも取れた。ユリアよ、治療ありがとうな」
「はい、どういたしまして」
感謝の言葉と共に軽く頭を撫でてやると、ユリアが嬉しそうにふわっと微笑む。
少女の反応にクリムのささくれ立っていた心も瞬時にほっこりしつつ、自由が戻った体を起こす。
直後、治療開始からこれまで膝枕してくれていたエルネスタから「あっ……」と残念そうな声が上がる。
「お主も、手間を掛けさせたのぅ」
「え……いえ、全然! なんならもっとゆっくりお姉さんの膝で休んでいて構わないですよ!?」
「お主は……いやいや。そうもいくまい、またいつエネミーが湧くか分からんのじゃからな」
バッチコイとばかりに期待に目を輝かせ、膝を叩いてアピールする年上のお姉さんに呆れた目線を送りつつ、立ち上がって全身ストレッチを始めるクリム。その姿にエルネスタもバツが悪そうにしながら立ち上がり、座っていて付着した埃を払う。
「コホン、失礼致しました。それでクリムちゃん、今のは……」
「む、ぅ……お主から見ても、やはり?」
「はい。あの時だけ、明らかに触手たちの動きが違っておりました……まるで、オートから手動操作に切り替わったように」
エルネスタの言葉に、クリムもやはりか、と頷く。
「……何にせよ、少し気を引き締めねばな」
流石に平和ボケした期間が長すぎたせいか、気が緩みすぎていた。
そう反省し誰とはなしに呟くと、クリムは周囲の警戒をしてくれていたリコリスたちを呼び戻し、今度は慎重に先へと進み始めるのだった。
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