それぞれの道



「あれ、エクリアスたちは?」


 フィーユのための魔法生物起動実験も終わり、就寝するまでの残り短い時間を、アドニスが淹れてくれた茶を楽しみながらのんびりと過ごしていたクリム。


 静かで気怠い時間が流れる中、声を掛けてきたのは……先ほどセイファート城内に入って行ったはずのピスケスとコルン、二人の幼い少女たちだった。


 彼女たちがその手に焼き菓子の入った小さなバスケットを携えているのを見るに、どうやらキッチンへおやつを貰いに行っていたらしい。


「あやつら……ルージュにエクリアスと、あとフィーユとヴァーゴの四人は、魔法生物の試運転とやらで島を一周散歩してくると言って出て行ったのじゃ」


 ようやく魔眼を気にせずに物を見れるようになったフィーユに、色々な物を見せてやりたかったらしい。

 今日ばかりは珍しく年相応にはしゃいでいたヴァーゴの姿を思い出し、クリムはくっくっと楽しげに喉を鳴らして笑う。


「ふーん……あ、隣失礼するわよ」

「すみません、お邪魔します」

「うむ、構わぬ構わぬ。すでに大事な話は終わって、まったりとしておっただけじゃからな」


 野次馬も立ち去り、すっかり静かになった中庭。残っているのはもう、のんびりヴァーゴたちが戻るのを待っているセオドライトと、別窓で何かを読み込んでいるシャオらNPCたちの保護者組。そしてやり遂げた満足そうな顔で休憩中のルキフグスと、巨大なチョコレートパフェの山と格闘中なエイリーしかいない。


 うっすら夕焼け色に染る中、許可を受けた二人はアドニスの手によりさりげなくティーカップをセットされた席に座り、まるでリスのように嬉しそうに焼き菓子を齧り始める。


 そんな姿を優しい気持ちで眺めながら……ふと、クリムは気になった疑問を口にする。


「そういえば気になっておったのじゃが、お主らはスザクの旅について行かなかったのだな」

「あはは……ピスケスちゃんは、置いていかれてしばらくの間はふてくされていましたけど」

「ふん、いつまでもグダグダ言ってるわけにもいかないでしょうが。それに、やりたいことも決まったしね」

「……ほう?」


 最後にピスケスがボソッと呟いた言葉にクリムは興味を惹かれ、彼女たちに続きを促す。


「私たちは、ひとまず皇女さまたち『剣の守護者』の仕事を手伝いながら、自分の勉強を頑張るつもりなんです。そして……」

「私とコルン、それにエクリアスも誘って三人で、アストロディア修道院を再建するのよ!」


 興奮気味にそんな目標を掲げる二人に、クリムは首を傾げ、尋ねる。


「アストロディア修道院……確か、巫女たちの養成機関じゃったよな?」

「はい。確かに冥界樹の脅威は去りましたが、またいつか私たちのこの力が必要な時があるかもしれませんから。だから、私たちの代で『巫女』を途絶えさえないよう、繋いで行くんだってピスケスちゃんの提案で」

「それに、あの戦闘で無茶な使い方をしたせいであちこち術式が破損した大帝都封印魔法陣も、誰かが補修しないとなのよ。もともと、その補修も私たち巫女見習いの仕事の一つだったしね」


 まあ、当時はあんな大規模施設がある意味がわかんなくて、何でこんなことしないと駄目なのかって散々愚痴っていたんだけど。


 そんな事を苦笑しながら曰うピスケスたちに、クリムは、はー、と感心の吐息を漏らす。


「そうか……お主らは、本当に立派じゃなあ」

「な……何よ真っ白お化け、そんなふうに手放して誉めてくるなんて、何か悪いものでも食べたんじゃないの?」

「あはは……ごめんなさい、ピスケスちゃんは褒められ慣れてないから、照れてるんだと思います」

「ちょっとコルン、あんたコルンのくせに生意気よ!」


 結局いつものように、余計な事を言ったせいで慌てて逃げていくコルンのことを、顔を真っ赤にして追いかけていくピスケス。

 クリムが、そんな幼い二人の背中を優しく見送っていると……。


「……アタシも、いいかげん怨みつらみに拘ってる場合じゃねーな。他の連中みたい前に進む時が来たってやつかね」


 ……不意に、対面に座ってクリム同様に茶を楽しんでいたルキフグスが、ぽつりと呟く。


「突然、どうしたのじゃ?」

「いや、だってよ……」


 首を傾げるクリムに……ルキフグスは指折りしながら、冥界樹決戦を終えた後の、ほかの悪魔たちの動向について反芻する。


「アスタロトのやつは、さっさと北の帝国に使用人として就職しちまっただろ。ベリアルのやつはフラッと贖罪の旅とやらに出ちまうし、ルシファーのクソ野郎は事態が落ち着いた途端に『それじゃあ、あとは今を生きる人たちで頑張ってねー』って言ってまたおネンネだ。ベルゼブブの姫さんは……」


 ルキフグスの視線が、今の今までずっとテーブルの片隅で特大のチョコレートパフェの山を崩して口に運びご満悦な様子の銀髪の少女を胡乱げに見つめ、何事もなかったかのようにクリムの方へと戻ってくる。


「……まあ、姫さんだしな」

「……そうじゃな、エイリーはエイリーじゃな」


 クリム共々諦めと共にしみじみ頷きあい、話を戻す。あの最強フリーダム幼女に関しては、考えるだけ無駄なのだという共通認識がすでに第一サーバーでは浸透しているのだ。


「リリスは……なんだっけ、聖都で修道女やってるんだったか? え、あの無自覚エロ女が?」

「ええ、まあ……悔しながら、なかなか優秀なシスターですよ、彼女は」


 ルキフグスの疑念たっぷりな視線を受けて、歯切れ悪く肯定するのは、末席で聞き専となっていたセオドライトだ。

 そもそもシスターとして潜入工作をしていた彼女の場合、その立ち振る舞いは実に堂に入っている。

 また、当時とは違って今は実際にシスターとして真面目に慈善活動を行っており、住民の懺悔を聞いたりもしているのだそうだ。

 もともとが物腰が柔らかく心根は優しく、何よりも美人ということもあって、魅了の力など使わずとも街の人気者になっていると……苦々しく語るセオドライトが彼女に関し複雑な顔をしているのも、仕方ないだろう。


「……で、だ。同僚がみんなそれぞれの道を選んでいって、そんな中でアタシ一人だけが自由気ままにヒキニート生活ってのもまあ、ちょっと無いだろ?」


 実際は、彼女たちの悪行については先の冥界樹決戦での功績を以って赦免ということになっているのだが、悪魔たち一同、どうやらそれでは気が済まないらしい。


「悪魔って、古今東西問わず妙なとこで律儀じゃよな……」


 契約を重んじる悪魔は……その結末はさておき……過程では実に誠実なものだ。

 ともすればラッパの音一つ鳴れば問答無用で各々が担当する分野を三割殺しに来る天使たちより、よほど話が通じるかもしれないとクリムは苦笑する。


「だから……アタシはこのままひとまず共和国に残って、ばら撒いた薬による被害者の治療に専念する。それが終わったらようやくチャラ、なんて虫のいい話は言わねーけど、少なくとも一区切りにはなるだろ」

「そうか……まあ、頑張るのじゃな、我も応援しておるぞ」


 すっかりと憑き物が落ちた顔で宣言するルキフグスに、クリムもうむ、と頷きあい、激励の言葉を送る。


「言っとくが、アタシの中では人間がクソだって考えも、とりわけ為政者とかいう連中がクソだって考えも変わってないからな。せいぜい失望させんなよ、東の龍王サマ?」

「はいはい……はあ、どうやら僕は責任重大みたいですね」


 そんな敵意に満ちた言葉をぶつけられ……静かだったと思ったらずっとネットニュースを眺めていたらしいシャオは、溜息を吐き、やれやれと肩をすくめるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る