Wake up, Xamenis!!
――ルージュから連絡があった、その一時間ほど後のセイファート城。
ゲーム内ではようやく日が傾き始めた夕刻、いつもは静かなセイファート城庭園内の広場は――この日は多くの人々が集まっており、ガヤガヤとした喧騒に包まれていた。
そんな騒ぎの中心に居るのは、これまで手足と首に嵌められていた痛々しい拘束具を全て外された状態で椅子に座っているフィーユと、そんな妹を心配そうに見守るヴァーゴ。
それを尻目にフィーユのあちこちに計測機を装着し、色々と調べ回っているのは……どうやら以前着せられた和服ゴシック衣装が気に入ったらしく、今も可愛らしい衣装を纏ったまま白衣を上に羽織っているルキフグス。
そして、ルキフグスのお目付役であるシャオと、ヴァーゴやフィーユの保護者であるセオドライト。
当事者と呼べるのは彼らだけなのだが……観光中だったプレイヤーたちなども何事かと野次馬に集まってしまっており、すっかりお祭り騒ぎとなっていた。
そうした中で、クリムは夕食を終え、入浴も済ませ、翌日の支度も終わらせてあとは寝るだけという状況にしてからログインしたはいいものの、想定外な人垣の外縁部でポカンと呆けていた。
そんなクリムの元へ、人混みを抜け出し、手を繋いで駆け寄ってくる二人の少女の姿があった。
「お姉ちゃん、おかえりなさい!」
「おおルージュ、待たせてすまなかったな。それに……」
ルージュの後ろをついてくる、幼いもう一人の少女。そんな彼女にクリムが笑い掛けると、少女の方も、無表情ながらも少しだけ嬉しそうに口元を緩める。
「まおーさま、久しぶり」
「エクリアスではないか、息災のようだな。今日は学校の帰りか?」
「うん。今週は、明日までお泊まり」
少女……エクリアスは、最近では地元であるレドロックの復興を手伝いながら、週に三日間ほどフィーユやピスケス、コルンといった巫女の幼少組と共にセイファート城へ泊まりに来て、ダアト=セイファートの学校へと通っている。
今日はその学校も解散となり、こちらが気になってやって来たらしい。見れば、その後ろではピスケスとコルンがすっかり遊び疲れた様子で、宿泊しているセイファート城内へと帰っているところだった。
どうやら三人とも、元気にやっているようだ。
それを確認してクリムも嬉しそうに表情を緩め、エクリアスの頭をわしわしと撫で回す。
「そうか、そうか。よく勉強し、いっぱい食べてよく眠るのじゃぞ?」
「わかってる……それで、これは何の集まり?」
「うむ、フィーユのための魔法生物の初期型が完成したらしくてな、これから起動実験だそうじゃ。お主も見ていくか?」
「うん、見ていく」
そう言って、無表情ながらも嬉しそうにクリムの横に擦り寄って、人混みの中心……不安そうに椅子に座っているフィーユと、今も慌ただしく作業中のルキフグスだ……の方を眺めるエクリアス。
興味津々らしいその様子にフッと笑いながら、クリムも視線を戻すと……どうやら、ちょうど準備が終わったらしい。
ルキフグスは作業台から、大きな蝙蝠の翼が生えた一つ目の魔法生物を手に取ると、起動の呪文を唱えた。
「とりあえず何も見えないままだと、何もできねーし、視覚からだな。ほら、そっちにいくからビックリするんじゃないぞ」
そう言ってルキフグスが手の内のものを宙に投げ放つと、目玉蝙蝠の魔法生物はパタパタと翼をはためかせてフィーユの肩に着地し、そこで翼を畳んで腰を落ち着ける。
「よし……それじゃあ小娘の姉ちゃん、これを小娘に付けてやんな」
「……首輪、ですか?」
「使用者と使い魔のリンクを確立するための魔導具だっての。四の五の言わずに従いやがれ」
これまでフィーユが力を抑えるために嵌められていたのものよりふた回りは細いとはいえ、またもや首輪のような装飾品だ。
ようやくそうした拘束から解き放ってあげられると思った矢先にまた似たようなものを渡されて、眉を顰めるヴァーゴだったが……ルキフグスに促され、渋々ながらフィーユの細い首にそれを装着する。
直後……蝙蝠とフィーユの間に、虹色の魔力の輝きが一瞬だけ瞬いた。
「……あ」
「大丈夫、どこか変なところはない?」
呆然と声を上げたフィーユに、ヴァーゴが心配そうにその顔を覗き込む。だがそんな心配を他所に、フィーユの顔は徐々に喜色を浮かべていった。
「すごい……目隠ししてるのに、見える。お姉ちゃんが見える!」
「そう……良かった、本当に」
やや興奮気味な声を上げるフィーユに、ヴァーゴがはじめは驚きに目を見開き、すぐに目尻に涙を滲ませて破顔する。そんな感動的な光景に、周囲からワッと歓声が上がった。
「お姉様、あれ……」
「うむ……『向こう』のNLD、その本来の用途であった後天性全盲患者向けの視覚補助システムそのものじゃな」
周囲が沸き立つ中、こっそり尋ねてくるルージュに、クリムも少し驚きが混じった声で同意する。
見れば、今もフィーユの肩で大人しくしている目玉蝙蝠は、フィーユが首を動かすたびに連動して細かく動いている。
それは、まさしく紅たちのいる現実世界の技術……カメラを介して周囲の情報を装着者の視覚野へと転送する視覚補助システム、そのままの光景だった。
「っし、そいつは大丈夫みたいだな……まあ、ゆくゆくは魔眼のコントロールを覚えるべきだと思うけど、しばらくはどうにかなるだろ。よし、それじゃ本命いくぜ」
そう言って、ルキフグスがパンと手を合わせると……その眼前の空間がぐにゃりと歪み、中から何かが姿を現す。
鋼のような、石材のような、不思議な質感で構成されたボディ。
子供ならばその掌に乗れそうなほどに大きくゴツい、何か虹色に揺らめく不思議な色を湛えたオーブが手の甲に埋め込まれた両手。
どっしりと大地を踏みしめる、太く大きな脚。
そして、雄々しく精悍なイメージを与える、ツインアイタイプの男性型のフェイス。
そのゴーレムタイプの魔法生物の姿を見て……シンと静まり返る中で、皆を代表するかのようにクリムが呟く。
「何というか……ずんぐりむっくりとしておるのう」
クリムの呟きに、周囲で見学していた皆が一斉に頷いた。
ルキフグスの用意してきたゴーレムは、精悍なフェイス、パーツのところどころ突起が生えたヒロイックな造形をしている一方で……体長は一メートル半ほど。胴が長く、手足はがっちりしており短い。
その姿は……例えるならば、ドワーフ族に近いだろうか。妙に寸詰まりなところが、どうしても気になってしまうクリムだったが、しかし。
「ハッ、なんだよ城主サマも分かってないなあ。あ、小娘、この腕輪が制御装置だから絶対に肌身離さず身につけておけよ」
「む、な、何じゃと?」
フィーユに魔法生物の取り扱いについて説明していたルキフグスが、クリムの言葉を聞きつけて、呆れたように肩をすくめ、深々と溜息を吐く。
「はぁー……なあ、図体がデカかったら日常生活に不便だろうが。それに重心が高くなると、乗り心地が悪くなるだろうがよ」
「…………ぐぅ、正論じゃな。すまん」
この魔法生物の主な用途は戦闘用ではなく、あまりに膨大なゆえに悪さをしているフィーユの魔力制御、および生活補助と護衛なのだ。
見れば、肩のあたりには座り心地も考慮してだろう、クッション性の高そうな革張りの鞍みたいなものが据えられており、手摺や背もたれ、シートベルトらしきものも完備されている。
他にも使い手であるフィーユに向けた配慮が見られ、なるほどこれは、乗り手を第一に考えた『乗り物』なのだと皆が納得する。
たしかに、実用性を追求した結果こうなったのならば、クリムは考えが足りなかったのだと素直に認め、謝罪する。
そんなクリムの方には興味なさそうに、フィーユに説明を続けていたルキフグスだったが……その顔が、不意に悪巧みが成功した悪ガキのような笑みを浮かべる。
「っし、それじゃ……おう小娘、腕輪に向かってこう叫べ――『ウェイクアップ・ザメーニス』!」
「え? あ、はい! 『ウェイクアップ・ザメーニス』!」
誰かが止める暇もなく、フィーユがルキフグスに言われるままに、腕輪に向かって素直にキーワードらしきものを告げる。
次の瞬間。
フィーユの眼前でそれまで静かに座っていた、ザメーニスと呼ばれた魔法生物の全身に魔力光が走り……直後、寸詰まりに見えていた原因である手足の関節部が分割されて、その各パーツが浮かび上がる。
そのパーツの間には、まるで宇宙のような点々と無数の光が煌めく濃紺の空間を内包した透明なチューブ状の力場によって繋がれて伸長していき――皆がポカンとしたまま見守る中で、十秒と少しくらい経過した頃にはもう、体長が倍の三メートルほどはあろうかという精悍で屈強な姿で立ち上がり、何やら気合いの入った格好いいポーズを取っていた。
「へ……変形したじゃと!?」
「おうよ! どうだ、これが戦闘形態、『アルティメットガーディアン・ザメーニス』よォ!!」
唖然とするクリムたちに向けて、後ろにひっくり返るのではないかと心配するほど仰け反って呵呵大笑するルキフグス。
「もちろんそれだけじゃあねぇぞ、右手に埋め込んだ魔導オーブには強力なバリア発生機が、左腕には使役者の回復魔法を高出力広範囲に放射する増幅機が内蔵されているから、バッチリ戦闘にも役立つぜェ!」
もはやルキフグスは、完全に好きなものを語る際に早口となるオタクの如き様相で、フィーユをはじめとした周囲の者たちが唖然としているのにも構わずまくし立てる。
「そして、さらァに! その両手を組み合わせて双方を同調、最大出力で解放することで、触れた生命体全てを過剰回復により崩壊させる生体破壊光波フィールドを展開し突撃する必殺技ァ!! 名付けて『ヘヴン・アンド……』」
「――ルキフグスさん、妹が使うものに随分と物騒なものを組み込んでいるんですね。私、そのようなお話は聞いていませんよ?」
「ぴぃ!?」
そんな彼女のボルテージがMAXまで跳ね上がった、その瞬間――背後から絶対零度の殺気を纏った声で呼ばれて、これまで拳を握りしめ、目を輝かせて熱弁していたルキフグスが一瞬で竦み上がる。
ギギギ、と錆びついた音を響かせてルキフグスが振り返ったその先では……ドス黒い暗黒のオーラを纏い、能面のような笑顔を浮かべたヴァーゴが、腕を組んで静かに佇んでいた。
――オイオイ死んだわアイツ。
そんな空気漂うお披露目会場を、クリムとルージュはさっとエクリアスの手を引いて、そそくさと退散したのだった。
「ところでまおーさま、ルージュお姉さん、ザメーニスって何?」
「えっと……クスシヘビっていう蛇の学名ですよね、お姉ちゃん?」
「うむ、たしか『Zamenis longissimus』という、医神アスクレピオスの杖に絡まった蛇のモデルとなった蛇の名じゃな」
「……まおーさまの話すこと、難しくて時々わからない」
【後書き】
タイトルだけZじゃなくXなのは、ぱっと見かっこよさげだったからで特に意味は無いです。
最後まで技名を言い切らなかったからセーフ。
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